Coolier - 新生・東方創想話

彼女たちの舞台裏

2013/01/31 01:06:23
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「それでは今年度の大会陽(だいえよう)の実行委員会を始めさせていただきます。今回の司会は私、雲居一輪です。」
そう言って、私は一礼する。部屋にいる他の委員も一礼で答える。まぁ、委員と言ってもいつもの面々なわけだけど。

命蓮寺の大広間。
集まっているのは、姐さんことメイン住職の聖白蓮、我らが虎柄御本尊、寅丸星。
星が召喚しておいた寺の頭脳ナズーリン、僕らのキャプテンキャプテンムラサ。
天然拡声器の幽谷響子、欠席気味だけど今日は出てきている封獣ぬえ、頼れる金庫番ニツ岩マミゾウ。
そして、私と雲山。

寺の大広間に座卓を置き、壁に『大会陽実行委員会』と貼りつけて、それで会議室は完成。内内のことだから準備も簡単だ。
火鉢をいくつか置けば、冬の寒さも大したことはない。こうやって広くて寒々とした大広間で話し合うのも一種の修行なのだ。
修行なのだが…御本尊たる星が火鉢を一個占有しているのは、みんな大目に見てやっている。猫科だからしょうがない。ゴロニャン。

「では皆さんお手元の資料をご覧ください。作成者は雲山ですが、雲山の声は皆さんに聞こえないため、私が代わって読み上げます」
雲山が作ってくれた資料を見ながら、私が前年度の実績などを読み上げる。丁寧な字で書いてくれているので読みやすい。
さくさくと必要な事項だけを読み上げていった。

「と、前年度は以上のような内容となっております。この内容を元に、今年度の開催内容を」
「あー、ちょっと待って。私前回サボってたから良く分かんないんだけどさ。この行事ってそもそもなんだっけ?」
私が説明を終え、審議に入ろうとしたところで、ぬえが緊張感のない声をかける。
そういえば、ぬえは去年の今頃はどこかをふらふらしていて帰ってこなかったんだっけ。
行事がなんなのか理解しないのに委員をやっている正体不明の委員、というのもぬえらしいとは思うが、面倒だなぁ。

「えーっとね、簡単に言うと、なんだっけ」
「私から言おうか。元々は藤原鎌足とかいう廟の連中の子孫かなんかが始めた維摩会で…まぁこれはどうでもいいな。
簡単に言うと節句の一つで、寺で法要を行う日を節目としてそう呼んでいるだけさ。
明るく恵み深い春の心に巡り合おう、っていう行事で、その法要と合わせて、各種イベントを開催する」
私が言葉に詰まっているのを感じ取って、ナズーリンがペラペラと説明してくれた。
ぬえはなんだかわかったようなわからないような顔をしているが、そもそも興味があんまりなさそうだ。

「はい、じゃあ何のためにやっているかが良く分かったところで、今回も盛り上げるためにみんなで考えましょう!」
ぱん、と私が手を叩いて仕切り直し。目的なんてどうでもいい!盛りあがったら勝ちなのよ!

「では私、寅丸星から言わせていただきます。資料を見ると、去年の客入りはあんまり芳しくなかったですね。
『わくわく!ふれあいアニマルコンサート』が不調に終わってしまったのが大きいでしょう」
星がいきなり鋭く指摘する。響子には悪いが、前年度の反省として避けては通れない話題だろう。

『わくわく!ふれあいアニマルコンサート』は響子の発案で去年行われたものだった。
当初行われるはずだった大人気の鳥獣伎楽(ちょうじゅうぎがく)によるパンクライブが姐さんの反対により中止になり、
代わりとしてもっと大人しい方向性で、ということでみんなで歌える童謡などを主に組みこんでコンサートを開催することになった。
が、大人しい内容だから落ちついた曲調でと考えて、楽団のうちルナサ・プリズムリバーだけを招聘したのがまずかった。
ルナサが奏でる『聞き過ぎると鬱になってしまう曲』が、響子の力で反復増幅され、ミスティアの力で目の前は暗くなっていく。
聴衆たちは全ての希望を失っていき、また一人、また一人と打ちひしがれていく。
盛り上がるどころの話ではない。姐さんと星が喝を入れなかったら、全員の精神が崩壊してしまっていただろう。

「うう、ごめんなさい…私のせいで」
響子がうなだれる。
「そんなに落ち込まなくていいのよ、響子。起きたことを悔やみ続けるのではなく、どうやったら良くなるかを考えていけばいいの。
今年はどうやったらもっとみんなに楽しく聞いてもらえるか、一緒に考えましょうね」
「うん!頑張ります、聖」
姐さんに促されて、響子が笑顔で顔をあげる。素直なことはとてもいいことだと思う。復活が早い。

「しかし、前回失敗に終わったイベントを繰り返すということだけでは客はこんじゃろうのう。
改善しても、聞きに来てもらえないことにはしようがないし。何か別の目玉も考えんとのう」
マミゾウが思案顔で呟く。外の世界で長く人間と暮らしていただけあって、こういうことを考えるのは好きなようだ。
しかし、急に代案をと言われても私も簡単には思いつかない。
しばらくは会議の時間が止まるかと思われたが、姐さんが突然手を高く上げた。

「はい。それについては私に一案があります。
今回の目玉行事ですが、五重塔から宝木(しんぎ)を投げ込む、という仏事を、復活させたいと思うのよ」
「しんぎ、ですか?」
「そう。投げられた宝木をいち早く受け止められた人は、一年の福を手に入れられるのよ。ちょっと面白そうでしょう?」

その後、姐さんが皆に行事の内容を説明してくれた。
宝木(しんぎ)とは、クスノキで作った八角柱を香で炊き、加持祈祷し、表面に経文を書き込んだ、ありがたーい効果満載の木柱らしい。
それを塔の上から投げつけて、参加者は投げられた宝木を奪い合う。
見事自分のものにした参加者には、その年一年の幸福が約束され、運営者からは賞金が贈られる、という福奪(ふくばい)の一種だそうだ。

「なるほど。それはいいんですけど。も、もしかして姐さんが投げるんですか?受け止めた人はその。
腕が折れるとかそういう話で終わらなくて、はっきり言うと、『破裂』してしまいそうなんですが…」
水風船みたいに。人間に木柱が突き刺さって、ぱぁんって。それはヤバい。
お寺の行事でやってしまうには余りにも血なまぐさい。どちらかというと西洋の供物だとかそういう分類になってしまいそう。

「心配いりませんよ、一輪。幻想郷には膂力のある方がたくさんいらっしゃいます。そういう方たちをお呼びしましょう。
きっと、みんな楽しみに見に来てくれるイベントになるわ」
姐さんが笑顔で手を合わせる。

なるほど、確かに言われてみればその通りだ。何もその辺の人間に姐さんの必殺のスローイングを受け止めろなんて言う必要なかった。
姐さんの力は強大だが、それに匹敵する化物たちもまたゴロゴロいるのがこの幻想郷の恐ろしくも頼もしいところ。
巷でラスボスクラスだと騒がれる何人かの候補を頭に思い浮かべて、私は納得した。

「全力を出した聖の一撃を、幻想郷の猛者たちが我先にと奪いあい受け止める。中々絵になるんじゃないでしょうか。私もぜひ見てみたい」
「賞金を運営費から出さなくてはならないのがネックだがね。余り少ないと参加者がうまく集まらない恐れもあるし。
足りないようなら、私が少しばかり掘り出してくるというのもありかもしれない」
ナズーリンが胸のペンダントをかざす。

「いえ、それはやめておきましょう。今後もこの行事を続けていくのであれば、無理をしない程度の賞金でいいと思います」
「ワシも聖に賛成じゃのう。前年度からの繰り越し分も多少あるし、
運営費だけでそれなりの賞金を出せると会計からも太鼓判を押させていただくよ。」
ポン、とマミゾウが腹を叩く。たぬきだけに、流石に様になっていて、笑うよりも前に安心した。

ここで賢明な諸兄は、「星とナズーリンがいればいくらでも金銀小判がざっくざくなんじゃなかろうか」とお思いだろう。
が、貨幣の価値なんていうのは結局のところ「何でも交換券」に過ぎないので、
交換の対象である物資の量が限定されている幻想郷では私たちが過剰に抱え込んでいても特に意味がないのだ。
金満経営でもなく、誰からも相手にされない寂れた施設でもなく、信仰してくれる妖怪や協力してくれる人がいて成り立っているお寺。
それこそ姐さんの目指している理想的中庸の場なのである。ありがたやありがたや。

その後、特に反対意見も出ず、行事全体の主軸は宝木投擲ということに決まった。
そこから先は、皆でサブイベントを考えて行くことになる。
コンサートの曲はこういうのがいい、人里でこういう新しい屋台があった、新しい芸をする人が見つかった、
皆がめいめいに思いついたこと、温めていた案を口にしていく。

「はい!わたくしキャプテンムラサからも提案をさせていただきます!」
がたっ、と座卓を押しのけて、勢いよくムラサが立ち上がる。
「ではムラサ、お願いします。」
私は笑顔で指名しつつ、席をたって、静かにふすまをあけて置く。そうしておいた方がいいという予感があるからだ。

「はい!『ドキッ!心臓も凍える寒中水泳大会with舟幽霊!!水底で僕と握手!』をげふうっ!!」
雲山がムラサを一撃し、ムラサは空けておいたふすまから庭の方へかっ飛んで行った。
一応、最期まで企画タイトルは言わせてあげた。武士の情けじゃ。

「もー、ひどいよいちりーん。私はこれでも寺の未来を真剣に考えてだね?」
特に痛がる様子もなく、とぼとぼとムラサが庭から戻ってくる。
「念縛霊を量産した結果暴れ巫女に寺ごと沈められる、なんて未来はまっぴらごめんよ!あんた一人で藻屑になりなさい!」
これも、私の毎度のツッコミ。
皆、やれやれまたムラサかと言った感じで肩をすくめ、苦笑する。力が抜ける。私と雲山も体を動かしたので少し晴れやかになる。
こうして会議のたびにブレイクタイムをわざわざ体を張って作ってくれる。流石キャプテンの名に恥じない女だわ。
たまーに、本気で実行しようとしてるフシがあるけど、その時は本気で止めてあげる。長年の連れ添いだから、力加減も分かるしね。


「はーい」
珍しく、ぬえが手を挙げた。こういった会議ではいつもつまらなさそうにしているので、意外だった。
ムラサが心の小休止を作ってくれたおかげで、言いやすくなったのかもしれない。

「はい、じゃあぬえ」
「一輪と雲山の雲芸ってさぁ、最近ちょっと飽きられてるっしょ?」
「うぐ!!」
指名すると、いきなり指摘された。
突然私にお鉢が回ってきたことにもたじろいだが、内容が私自身薄々感じていたことだったこともあり、ニ重に驚く。

「ダメですよ、ぬえ。そんな風に人を傷つけるようなことを言っては」
「えー。だって本当のことじゃん」
姐さんの注意にも、ぬえは悪びれない。やめて二人とも!私そういうのグレイズできないから!
隣にいる雲山を見ると、やはり精気がなくしょんぼりしている。
人里での集客数がこのところ少し落ち込んでいるという事実を、雲山も自覚はしていたのだ。
「そ、それで?ぬえは私と雲山にもう祭りに出るなって言いたいのかしら?」
私は、ちょっとずつこみあげてくる怒りを抑えながら、ぬえに問いかける。
ダメよ一輪、ぬえの言っていることは間違いではないのだから。
痛いところを突かれて鉄拳制裁、なんていくらなんでも僧として無しだ。

「ち、違うって。なんかこう新しいモンやらないと客は食いついてこないわよ、と思ってさ!
あんたのこと馬鹿にしたいわけじゃないの!あの人形遣いと合同でショーでもやったらウケるんじゃない、って話をしたかったの!」

ぬえは両手を開いて前に突き出しながら、必死に弁解をする。
その態度にからかう様子がまったく見られなかったため、私は反省した。私の中に相手がいたずらものだという先入観があったようだ。
そういう目で誰かを見るのは慎まないと。しかし、提案の内容はというと…人形遣いですって?

「人形遣い、というと魔法の森のアリスのことかい?人里で人形劇をやっているのを見たことがあるね」
「そうそう、そいつ。あいつの劇と雲芸を組み合わせたらまったく新しい何かができるんじゃね?」
ナズーリンが補足し、ぬえの意図したいことがようやく伝わってきた。
要するに、私と雲山が芸をするだけでは飽きられてるんだから、別の芸人さんとユニットを組みなさいよと。

「なるほど、それはいい案かもしれませんね。ぬえも一生懸命考えてくれたんですね。偉いですよ」
「えへへ。そうでしょ?私だってたまには良いこと言うでしょ?」
姐さんがぬえに近づいてなでなでしてあげている。くそ、ちょっと羨ましいなそれ。
星なんてあからさまに羨ましそうにしてウズウズしている。猫科だからしょうがないね。後で喉をごろごろしてもらいなさいね。

ぬえがふざけているんでも何でもなく、真剣に盛り上げることを考えてくれていることは分かった。
しかし、当事者である私は、そう簡単に首を縦に振る気にはなれなかった。
「でも私と雲山のショーは、どちらかというと体験型だから…雲山のフワフワ感を生かしたアトラクションタイプなのよ?
彼女のショーは、完全に演劇型でしょ?うまく組み合わせられるか自信がないし、彼女が引き受けてくれるかもわからないし。
アリスは魔法の森に住んでるって話だけど、家がどこにあるかまでは知らないし…」

私は、必死で考えた『言い訳』をまくしたてる。そう、言い訳だ。はっきり言って気が重いのだ。

「確かにお引き受けしてくれるかどうかまでは分かりませんが、話をしてみるのは悪くないでしょう。
突然お邪魔するよりも、お手紙を送って、それから直接一輪たちがご自宅に訪問しに行くのがいいかもしれませんね。
結局、住所が分からないことにはどうしようもないわけですが」
うーん、と姐さんが頬に手をついて悩み出す。

「それなら私が知ってるから大丈夫だよ」
「ぅわっ!!??」

私は心臓が止まりそうなくらい驚く。突然の目の前から声がして、在家信者の古明地こいしが『現れた』からだ。

こいしの能力は『無意識を操る程度の能力』。彼女側からこちらに接触してこない限り、こちらは彼女を認識できない。
故にこいしはいきなり『現れる』ということが頭では理解できているのだが、慣れることはまったくない。
何せ、別に透明なわけじゃなく、『見えてはいるけどまったく気にしていなかったもの』が唐突に意識の中で輪郭線をかたどるのだから。
いきなり認識を捻じ曲げられるというか…瞬間移動とか透明化解除とかの方がまだ現象として分かりやすいので気持ち悪くない。

私の心臓がばっくんばっくん言っているということはお構いなしで、こいしが説明を始める。
「アリスのショーは時々見るんだ。すごいんだよ。お人形さんがたくさん出てきていっぱい喋るの。
あんな人形どうやって作るんだろうと思って後ろからお家までついていったこともあるから、どこに住んでるか知ってるよ」
どこをどう聞いても実にナチュラルにストーカーだ。無意識だからしょうがない、でほっといていいのかなぁ。

「ああそれと、私地底の鬼さんとも知り合いだよ。宝木受け止める人が必要なんでしょ?」
「確か星熊勇儀さんでしたか。書物でしかお見かけしたことはありませんが、大層力持ちな方だとか。
お呼びすることができたら助かりますね。私も全力が出せそうですし。お願いできますか?」

実は宝木の話の場面からいたのか。しかもちゃんと話の内容聞いてたのか。つくづく良く分からない子だ。
それはそうと、姐さんはこいしの呼びかけに乗るつもりのようだ。確かに、探し人が一片に片付くので、面倒はないのだが…。

私は、まだ乗り気にはなれていなかった。しかしそれをこの場で表明する気にもなれなかった。
こんな時、言い出せないでいるのは私らしくない、と自分でも思う。
理由はある。やります、とはっきり言いきる気にはなれない理由…。

「えへへ。任せてよ。お手紙届けてくればいいんだよね?えーと確か」
私の心の葛藤をよそに、こいしは得意げにごそごそと懐を探していたかと思うと、ナイフを取り出した。

ん?ナイフ?なんで?今の会話の流れでナイフが出てくる必要どっかにあった??

「『協力シナイトブチ殺スゾ』って書いて、相手の枕にナイフで刺してくればいいんだよね?」
「「「違います!」」」
「あ、分かった。お手紙を矢にくくりつけて、相手の眉間に撃ち込めばいいんだっけ。大丈夫だよ。私、そういうの外したことないから」
「「「それもだめー!!」」」



会議の後、姐さんがアリス・マーガトロイドと星熊勇儀にイベント参加依頼書を書いた。
なおもレイピアの先に突き刺して突きだすだのスイカに貼り付けて殴りつけるだの言うこいしをどうにかこうにか説得し、
「優しく、寝ている相手の顔の上にそっと手紙を置いてくる」という案で、なんとか決着した。
正直、いやいやそれも無理筋でしょ起きたら手紙が顔の上にって完全にホラーでしょそれ、と思っていたのだが。

数日経った頃に、お寺に訪れる信徒の人たちを通して、二人が返信を届けてくれた。
「お話をお伺いしますのでおうちに来てね」という内容のことが書いてあった。二人とも割と心が広かったようだ。
姐さんがちゃんと「なおこの書類は古明地こいしがお届けします。ご了承ください」と書いておいたのが功を奏したのだろうか。

星熊勇儀を宝木受け止め役として勧誘しに行くのは、地底暮らしが長いムラサとぬえということに決まった。
アリス・マーガトロイドに劇の共催をお願いしに行くのは、もちろん私と雲山。
それと、「今回劇を大がかりにするならその音響に徹したい」と言ってくれた響子も、私たちと同行することになった。




うっそうと木々が生い茂り、何だか良く分からない鳥の声がギャーギャー聞こえ、キノコがそこらじゅうで胞子を吹いている。
冬だと言うのに、魔法の森は大変元気だった。活力というものをまったく失わない。もうちょっと大人しくしてほしい。
ざくざく、と私たちは木々の間にも少しだけ積っている雪を踏みしめながら移動する。

「魔法の森ってやっぱりすごいところなんですね、一輪さん…。私、どこをどう歩いてきたのかまったくわかりません」
「そうね、響子。私も何が何やらさっぱりだわ。さっきのキノコを見るのは2回目な気がする」
「ええっ!?だ、大丈夫なんですかそれ!?私たちここで白骨死体ですか!?」
「大丈夫よ響子。安心して。私たちには『こいしの不思議な地図』という便利なアイテムがあるのだから」
ちょっと尻尾がふるふる震えている響子を、私はなだめる。

響子は知らなかったが、こいし本人と違って、こいしの描いてくれる地図は本当に頼りになるのだ。
内容はというと…子供のいたずら描きに「きのこ」とか「おおきな木」とか「かぶ」とかこれまた適当な注釈がしてあるだけ。
こんなもんで目的地に着けるかー!と最初は誰でも思うのだが、
「あ、『おおきな木』ってこれのことかな…」と読んでる方も適当に解釈して適当に歩いていると、
いつの間にか行きたい場所についてしまうのだ。すごい!不思議!…読んでるだけでこいしの無意識に操られてる?少し怖い。
しかもなぜかこの力は行きの時しか通じず、帰りは自分がどこをどうやって歩いてきたのかすら良く分からなくなる。
地図と呼べるのかこれは。まぁ、アリスの家さえ見つけてしまえば、帰りは上空まで飛べばいいんだから、今回は困ることはない。

「あ、なんか家が見えてきましたよ。あれじゃないでしょうか?」
「本当ね。見えてきた。『何となくあそこが目的地のような気がしてきた』し、どうやら正解みたいよ」
響子が指差す先には、小じんまりした洋館が見えていた。
魔法使いの家、というと、もっと蔦の生い茂った館というものを連想していたが、どうもそういう様子でもない。
人里にあれば西洋からの迷い人の家かな、と思う程度に普通の造りだ。

しかし、こいしの地図もあるし、人形遣いのアリスの家であることに疑いようはない。
ドアの前に立つ。ここは間違いなく目的地なのだから、さっさとノックをして、家人を呼ばなければいけない。いけないのだが。

「…一輪さん?ノックしないんですか?」
響子が、ドアの前で突っ立っている私に向かって声をかける。
雲山も、一体どうしたという顔でこちらを見てくる。

二人の言いたいことは分かっている。これからやらなければならないことも分かっている。
けれど、私は緊張しているのだ。これから話さなければならない相手に対して、こんなこと持ちかけていいのか、と思っているのだ。

普段の私なら、こんな風に緊張はしていないと思う。「たのもー!」って中に入って行って、話をつけてくればいいだけだ。
地の底に落とされた1000年で出会った危険度極高級の連中に比べれば、幻想郷の人妖のみんなは大体話が通じる。
相手は交渉に応じると返信をくれたのだし、私が恐れなきゃいけない相手じゃないはずなのだ。

だから、今こうして躊躇している原因は、相手ではなく私の中にある。
私と雲山の雲芸は、芸といっても拙いものだ。雲山が大きさを自由に変えられるふわふわの不定形生命体であることを利用し、
里の子供たちや妖精たちを乗せて、ぼわんぼわんと膨らんだりしぼんだりしてあげるだけ。
それだけでも子供たちは喜んでくれるけれど、誰にだって誇らしく「入道屋として修業を積んできました」と言えるレベルにはない。

それに比べて、これから会うアリス・マーガトロイドは、幻想郷随一、いや唯一と言っていいくらいの人形遣いだ。
彼女以上に人形劇をうまくやり遂げられる人妖は存在しないから、他に人形劇をやっている者はいない。
私も人里で彼女の劇を何度か見たことがあるのだ。複数が非同期で連携して動く人形たち…構造も方法も熟練の域を超えている。
私は、アリスの技術に見惚れていた。同じ何かを使役するものとして、尊敬の念を抱いた。
そんな相手に、
「私、入道使い、あなた、人形使い。おお、同じ分類。仲間。オーケイ?じゃあ共同事業の話に移ろうか」
なんて、誰が言えるというのか。

(いやいや私の本職は僧侶なわけだし、本職の人形遣いさんに対してそこまで引け目を感じなくてもいいわよ。
お祭りで貴方の力が必要なんです。協力して、って言いに行くだけじゃない。一歩踏み出すのよ一輪!)

そう思っているのに、ドアノブに手をかけたところから、私の手は動かなくなってしまった。情けない。
ふー、と息をつきながら、ふと顔を横に向けると、ふよふよと、人形が浮かんでいた。

「え…人形?」
「人の家の前で何やってるの?」
「おぅわ!?喋った?」

人形に突然話しかけられ、たじろぐ私。一瞬ぎょっとしたが、良く考えたら別に驚くことでもなかった。
前に人里で人形劇を見た時に、この声は聞いたことがある。腹話術という奴だろう。建物の内と外でも出来るとは知らなかった。

「あの、アリスさん、ですよね?」
「そうよ。貴方達は?」
「お手紙でご連絡した、命蓮寺の雲居一輪と雲山です」
「あ、あの、幽谷響子といいます!よろしくお願いします!」
人形に向かって自己紹介する私たち。響子に至っては頭まで下げている。
滑稽すぎるが、相手からもちゃんと見えているようなので、響子の対応の方が正しいのかもしれないな。

「入って」
ドアが一人でに開き、人形が中へと入って行く。私たちも、それについていった。


「いらっしゃい。大体の話は伺っているわよ。そこに座って」
人形の後について、埃一つない客間に案内されると、そこには既に紅茶が用意されていた。
館の主人、アリス・マーガトロイドは既に席についている。

人形たちが、砂糖やミルクを運んでくる。これも全部この娘一人が操っているんだろう。器用なんてレベルじゃない。
せっせと働く人形たちに囲まれた彼女もまた、西洋人形をそのまま大きくしたかのような姿をしている。
人形が人形を働かせている。人形たちの女王様、といった感じを、私は受けた。

「す、すごーい!これ全部アリスさんが動かしてるんですか!?うわ指まで全部ちゃんと動いてる!!」
「ええそうよ。あんまり細かい部分には触らないであげてね。この子たち、結構繊細なのよ」
「あ、ごめんなさい!」
響子は、角砂糖を入れてくれている人形に触っていたが、すぐに手を離す。
響子がはしゃいでしまうのも良く分かる。私も何か、おもちゃ箱の中に迷い込んでしまったような錯覚を受けている。
人里で、彼女の技は見たことがあったはずなのに。人形の女王様と、こうして対面で向き合っているからだろうか?

「響子ちゃんは手紙の中では紹介されていなかったわね?」
「はい。劇のお手伝いがしたいなぁ、と思って、今回はコンサートから降りたんです。
音響関係のことはミスティアと一緒に色々調べたんで、お手伝いできると思います」
響子が得意げに自分の耳をなでる。

「そう、頼りになるPAさんってことね。よろしくお願いします」
「えへへ。よろしくお願いします!」
二人が笑顔をかわす。すっかり打ち解けたようだ。歌手としてではなく、スタッフとしても響子はやっていけるんだろうな。

私は、私はと言えば。

「それで?これから一緒に劇の内容を詰めていくことになるのかしら?」

彼女からまっすぐに提案されて、頭の中が真っ白になっていた。

後から思えば、私はあんなことを言うべきじゃなかったのだ。何であんな風に動転していたのか、今でも分からない。
彼女の透き通るような肌や金髪、落ちついた物腰がそうさせたのだろうか。いや、地底でもそういう人を見たことはあるのだ。
だから、分からない。とにかく私は必死だった。何に対して必死だったのかも分からない。
自分なんかアリスと一緒に劇をやるにはふさわしくない、今日はこんな風に押しかけてすまなかった、
雲山だって貴方の人形のような繊細な動きはできやしない、響子だって音をガンガン鳴らすだけが能でまともなBGMになりやしない、
そういうことをずっとまくしたててしまった。相手に何も言わせずに。
およそ、交渉とか協力の申し出とか、そういうこととはほど遠かった。自分でも何をやっているのだろう、と不思議だった。

全てを言い終えた後、私の目の前にあったのは、彼女の冷たい視線だった。
当然だと思った。温かく迎えてもらえるだなんて、自分でも思わなかった。
アリスの口から出る言葉が、処刑の宣告のように聞こえていた。


「はっきり言うけど、私、自分のパートナー貶す奴って大嫌いなの」

「自分に力さえあればいくらでも実力なんて引き出してあげられるわけでしょ?ただの責任転嫁じゃない」

「貴方みたいな人と協力しても、私は自分を高めることなんてできやしないわ。人形遣いとしても、演出家としてもね。
もう話す気もないから、さっさと出て行ってくれる?」


バタン。ガチャ。
ぼーっとしたまま、私はアリスの家から出てきていた。ご丁寧に、中から鍵までかけられたらしい。
本日は閉店いたしました。ありがとうございました。またのご愛顧はごめんこうむります、ってとこか。

「い、一輪さぁん…どうしましょう…」
響子の耳も尻尾も、垂直落下している。目は涙をたっぷりたたえている。
そりゃそうだ。彼女は何も悪くない。ちゃんとアリスに自分のできることを提示した。受け入れてもらえた。
悪いのは、全面的に私なのだ。

「すーーーはーーーー」
私は、魔法の森の胞子と魔力と花粉がたっぷり混じった美味しくない空気で深呼吸をした。
もう、これ以上ないくらいに嫌われた。
いや、あれは嫌われたというレベルじゃないな。関心を完全に失った、道端のゴミと同価値になった、と言ってもいいだろう。
つまりは、何をやっても許されるということだ。何でもやっちゃっていいさってことだ。
何が幻想郷随一の人形遣いだ。七色魔法使いだ。知るもんか。知ったことか。

『いつもの私』が急に戻ってきた。まったく、何をやってんのよ私。マヌケ。ええかっこしい。変な頭巾…いかん、ここらでストップ。
反省も、仲間への謝罪も後回しだ。今やりたいこと、今しかできないことをやってしまえ。
「いっちょやっちまうわよ、雲山」
私が呼ぶと、雲山は目だけで頷いた。


「じゃあ、お願いね響子」
「ほ、本当にいいんですか!?」
「いいの。早くやってちょうだい。彼女を待たせたら悪いでしょ」
「ううう。い、いいのかなぁ…大丈夫かなぁ…」


「すーーーーーー」
アリスの家から大体5メートルくらい離れたところで、響子は思いっきり息を吸いだした。

私は耳をふさいで、口を開ける。これからくる『爆発的なアレ』に備える。




「   下手に出てたら言いたい放題言ってくれやがって
                    スカしてんじゃねぇよ このクサレ人形遣いーーーー!!!!!!!! 」


『音』の爆弾が、そこら中を駆け巡る。家のガラスが震える。ぎゃあぎゃあぎゃあ、と、カラスがその辺から飛び出してくる。


「すーーーーーー」

「  さっさと表に出てきやがれ聞こえてんだろ
           この家に火ぃつけて てめぇの綺麗な金髪ちりちりパーマにしてやろうかーーーー!!!!!   」

ガチャ!バタァン!
木製のドアが力いっぱい開け放たれ、中から鬼の形相のアリスが現れる。

「出てきたわね人形遣い!スペルカードルールに則り決闘を申し込む!」
「その勝負受けたわ!!カードは5枚!」

私が間髪入れずに放った決闘宣告に、アリスもノータイムで応じる。
当然、こうなることは分かっていた。幻想郷での喧嘩なんていつでも安値大売り出しなのだ。売って買ってもらえない喧嘩なんてない。
アリスが両手を勢いよく左右に広げると、家の中から十、二十と人形が出てくる。もちろん全員刃物所持、スクランブルで臨戦態勢だ。

「わわわ、いいんですか、一輪さん!?喧嘩しちゃったら手伝ってもらえないんじゃ!?」
「大丈夫。響子は下がってなさい。『私と雲山』できっちりシメてくるから」
「ふん!言うじゃない!!私が勝ったらそこのうるさい犬ッコロは皮剥いで加工してスピーカーよ!
「ひぃぃぃん!!一輪さぁん!勝ってーーー!!」

鬼気迫るアリス。泣き叫ぶ響子。
ふふふ、いい感じだ。やっぱり、こうじゃないとね。仲良く机に座ってよろしくね、なんて幻想郷じゃ挨拶って言わないの。
「私たちのコンビネーション、たっぷり見せてあげるわ!」
私は宣言する。私が雲山を纏い出す。さぁ、始めよう!!




勝負は割と、短時間で終わった。

「はーもーだめ。私も雲山もカラッカラ」

がくっと膝を落とし、私はその場に座り込む。
私の最後のスペルカードが、霧になって森の空気に溶けて行く。
彼女が消費したのは2枚。私の消費したのは5枚。決着だ。

全ての力を使い果たした雲山は、形を保つことができず、薄雲の幕となってその辺を漂っている。
私も雲山も、満身創痍。

「負けたわ。あんたの勝ちよ、アリス。」

私は負けを認めた。認めざるを得ない結果だった。

彼女は人形遣い。遠隔攻撃型の戦い方をするのだから、本体を叩けばいい。そんなこと誰でも簡単に思いつく。
雲山を囮にし、私が直接殴りかかったりレーザーを撃ち込んでやったりしたのだが、彼女の『防壁』はほとんど崩れなかった。
館の中からまるで湧いて出てくるかのように人形たちが増えて行き、倒されていった人形たちを補充するどころか増殖してしまう。
『拠点に籠る魔法使いは強い』、というセオリーを見事に体現した戦い方をされてしまった。
あれだけ威勢よく啖呵を切っておいて、結果としてはボロ負け。負け犬。

「どうしようどうしよう。一輪さんたち負けちゃった。
ああ、私スピーカーにされちゃうんだ。もう入力された音声しか出力できないんだ…」
響子がブツブツと小声で呟いている。この子も小声とか出せたんだ。あと、そもそもヤマビコって言われた言葉だけ返す妖怪だよね。

(まぁ多分、そんなにびびらなくても大丈夫よ。響子)

私はじっと、アリスの方を見る。勝者の目を見つめる。

アリスには、勝ち誇った様子がない。
何か言いたそうに口をもごもごと動かし、それを諦めたように、目を閉じる。ため息を吐きだす。
しばらくそうやって何かを考えた後、改めて私の方に向き直る。

「はいはい。スペカ勝負は私の勝ち。でも交渉は貴方の勝ち、ってわけね」

(ほら、ね)

「へ?」
意味が分からないといった風に、響子はアリスの方を見る。

「まぁ、あんたの姿勢は見せてもらったわよ。色々できます、って見せつけるために、わざとやってたんでしょ?
攻撃が一つ一つ隙だらけだったもの。演劇タイプ、と言ってもいくらなんでもわざとらしすぎるし」

そう、私は、普段以上に雲山を『舞台装置として』動かした。
薄い霧状にこぶしを展開し、そこに眼力レーザーを撃ち込んで、光を分散させる。
人形たちを雲山の体の中に放り込み、別の場所から勢いよく射出させる。
その辺の残雪を雲山の体の中に取り込んで、勢い良く膨らみ、辺り一面に雪化粧を施す。
雲山の体に波を作り出し、人形たちを押し流す。流されている最中の人形たちを、1体1体別々に下から吹き上げて飛ばしてやる。

思いつく限り色々やった。アリスの人形たちと遊んでやった。『雲山と私にできること』を、出来得る限り見せつけてやった。
アリスへの攻撃は、そのついでに私がちまちまとやっていただけ。
最初から、勝つつもりはあんまりない…んだけど、正直まともにやってもアリスには勝てなかったとは思う。

「パートナーになる及第点はいただけた、って思っていい?」
今度こそ期待を込めて、聞いてみる。

「ええ。さっきの言葉は撤回します。貴方達と協力すれば、この子たちをもっといい舞台に立たせてあげられる。そういう気になったわ。
貴方のプレゼンを受け入れます、雲居一輪、雲山。音響の響子ちゃんも」

アリスがゆっくりとこちらに近づいてきて、膝をついた私の手を握ってくれる。上に引っ張りあげてくれたおかげで、立てることができた。
(あ、魔力も少しくれてる。うーん、やっぱりすごいなこの人)
彼女の手から、動ける分だけの少しの魔力を受け取った。気遣いの出来る人だ。

「よろしく、アリスと人形たち」
「よろしくお願いします!アリスさん!」
アリスと響子が握手をする。アリスは雲山ともしてくれようとしていたけれど、残念ながら雲山はこぶしの形を成せなかった。
「無理させちゃったわね、雲山。後はゆっくり詰めておくから、休んでて」
私が言うと、薄幕の中から小さく目だけが出現し、ウィンクしてきた。ちょっとその技は初めて見たわよ、雲山。器用ねぇ。

その後、アリスの家の中で、たっぷりと今後のための打ち合わせをした。
基本的な出演時間、舞台の広さ、客層、彼女の人形劇からどのタイトルを選択するか、チラシに載せる内容、
響子がPAとして出力する曲や効果音の内容、私と雲山の舞台装置としての生かし方、等々。
充実した時間を過ごし、練習は現地である命蓮寺で行うことまで確約をもらってから、私たちはアリス邸を後にした。




私と響子、回復した雲山が意気揚々と帰ってきたら、ちょうど地底から帰ってきているムラサとぬえに境内で鉢合わせした。
二人で肩を支え合って、ふらふらと歩いている。
「きゃ、キャプテン!?ぬえさん!?な、何でボロボロなんですか!?」
響子が大声を出しながら、急いで二人のところに駆け寄る。

「…何があったの?鬼を誘いにいっただけだったよね?」
私も二人のところに移動して支えながら、一応聞いてみる。実は、何があったのか大体見当はついているのだが。

「うふふ…大したことじゃないよ。会った途端、『手紙で話は聞かせてもらった!さぁ、力を見せてみな!!』って言われて」
「いきなり何のこっちゃって思ってたら『あんたら二人で来てるから私もちょっとだけ本気出す!』って鬼が杯を投げ出してさ」
「奴が一歩踏み出したら、地面が粉々に砕けだしたのよ。とっさに碇を投げつけたけど投げ返されて」
「視界が嵐のような拳骨で埋まってぐちゃぐちゃに殴られて、野郎なにしやがると思いながらUFO出したけどパリンパリン割られて」
二人は口ぐちに、鬼が一体どれほどの恐怖に値する存在なのかをたっぷりと語ってくれた。

まぁ…そんなところだろうとは思っていた。私も地底暮らしが長かったから、星熊勇儀の噂を知らなかったわけではない。
いわく、山の四天王でも武闘派中の武闘派。生粋のバトルマニア。地獄闘技場のチャンピオン。ステゴロ最強妖怪。
噂がどこまで真実かは知らないが、言うことを聞かせようと思ったら、方法は穏やかなものにはならないことは察しがついていた。

「で、結果は?」

「うん…『久々に楽しめた。祭りには必ず行ってやるよ。約束は守る』ってさ」
「ミッション…コンプリート…」
ぬえが親指を立てて呟き、崩れ落ちる。ムラサも、倒れたぬえに覆いかぶさるようにして体を投げ出す。

「キャプテーーン!!ぬえさーーーーん!!」
「雲山…二人を寝室まで運んであげて。」
響子が大声で叫んでも、二人が再びファイティングポーズで立ち上がることはなかった。
ムラサ、ぬえ。貴方達の雄々しい死に様は忘れないわ…あ、片方1000年前にもう死んでた。




アリスは、頻繁に命蓮寺を訪ねてくるようになった。
いつも昼食が終わった時間帯くらいにポットに入れた紅茶と一緒にやってきて、私たちと練習を重ねた後、帰って行く。
そして次来る時には、台本に付箋をいっぱいつけてやってくるのだ。

基本的にはアリスの劇はアリス一人が人形を動かし、声色を出しているので、
台詞ではなく雲山や響子の演出に関することで台本に修正が重ねられていく。
練習を重ねるたびに、あれもできる、こういう風にも見せられる、ということに各人が気づいていき、どんどん劇が洗練されていく。
私は、その行為に夢中になった。響子もアリスもとても熱が入っていたが、一番舞い上がっていたのは私だという変な自信がある。
私なんかじゃ近づけないと思っていた舞台を、幻想郷随一の遣い手と一緒に作っているのだ。興奮しないわけがない。
私も、アリスも、雲山も、響子も、自分たちの新しい可能性を感じ取っていた。

ちなみに、私が一番驚かされたのは、意外にも響子の可能性だった。
私はてっきり響子の能力では歌とか声とかそういったものしか返せないと思っていたのだが、そうではなく、
響子が聞きとれるありとあらゆる音を返すことができるらしい。音は貯めておいて好きなタイミングで出すこともできる。
ただの拡声器どころか、とんでもなく繊細な楽器にもなる、ということに気付かされたのは、アリスがこんなことを言ったからだ。

「私の人形からはなるべく駆動音がしないように工夫を施しているのだけれど…
舞台裏に響子ちゃんがいる時に人形を動かしてると、操糸がこすれる僅かな音すらしなくなってるのよね。何かしてくれてるの?」

それに対して、響子はふふん、と見るからに自慢げに答える。

「いえいえ、大したことはしてないですよ。『音』なんてのは、ただの空気の振動ですからね。
アリスさんの人形からする音と同じ音を、同じ強さで、ぶつけてあげているだけです。いい勝負の綱引きは、中心が動かないでしょう?」
うわ。響子がなんかかっこいいこと言いだした。姿は『ご主人様に褒められて得意げな子犬』にしか見えないのに。
そんな微細な音までリアルタイムに演奏できたのあんた。音界の支配者を自称しても許せるわ。


そうして、発見と充実感に溢れた日々は、あっという間に過ぎて行く。
時間が過ぎて行くのがこんなにも惜しいと思った日々は、いつ以来だろう。
アリスともっと劇以外のことも話していたいとも思ったけれど、聞き出せたことはほんのわずかなことだった。
劇以外に気をやるのも失礼だし、それで良かったのだとも思う。
ただただ練習と研鑽を重ねて行くうちに、大会陽当日が近づいて行った。








大会陽当日。私たちは境内に設置された舞台の袖で待機していた。

どうにかあの世行きは免れたぬえとキャプテン、それとナズーリンとネズミたちが、
協力して大量のチラシを配布してくれていたので、寺の客入りは例年以上のものだった。
ただ、今の時間帯は境内には人はまばらだ。
集まってくれた大量の人妖は、星と姐さんが執り行う法要に参加するために、本堂の方に集まっている
法要の前半が終わって小休止になれば、本堂からは大量の客が出てくるはずだ。それを見計らって、私たちの人形劇が始まる。


「ふー。緊張する。故郷で初めて家族に人形劇を見せた時を思い出すわ」
アリスが呟く。高まる鼓動を抑えるように、自分の胸に手を当てて。

「私たちはたっぷり練習を重ねてきたんだから、大丈夫よ。どーんと行きましょ、アリス」
ぽん、と気持ち強めに彼女の肩に手をやる私。
この言葉に嘘はない。いざ事に挑もうと思うと、肝が据わる。アリスと雲山と響子がいれば、きっとなんとかなる。

「…うん?アリス?どうかした?」
じっと、なぜかいぶかしげな顔で、アリスが私を見つめてくる。
な、何か口を滑らせたかしら、私。これから同じ舞台を演出する仲間として、割と理想的なこと言ったと思うんだけど。

「貴方、緊張するタイプだったんじゃないの?私に最初に会いにきた時滅茶苦茶だったじゃないの」
「えっ?い、いやあれはその…ちょっとした事情があるのよ」
「事情?何の」

ううむ、これはまずい。アリスがこんなことを言いだすとは思ってなかったので、咄嗟に下手な嘘を口走ってしまった。
「はい!あなたのことが気になって気になって仕方がなかったんです!」
なんて口に出せるはずもない。本番直前だと言うのに色々アウトだ。主に私が。

「…き、キノコ恐怖症なのよ。魔法の森で気持ち悪いキノコをたくさん見たら、混乱状態になっちゃって」
「ふぅん…。まぁ、あの森のキノコは危ないけどねぇ」
下手な嘘を重ねたら、とりあえずアリスは納得してくれたようだった。どうにかこの場は取り繕えた…。

「一輪さん!アリスさん!そろそろお客さんがお堂から出てきますよ!」
響子の声が響いてくる。そうだ、今は余計なことを考えている場合じゃない!

私と、みんなの、これまでの成果を。たっぷりと見せつけてやるのだ。やってやろうじゃないか。



「  えー お集まりの紳士淑女、妖しい化生に生臭獣、神に仏に天人仙人の皆さん!
     これよりアリス・マーガトロイドと命蓮寺一座の人形劇を初公開いたします!
         常世に辿りついても忘れられぬ夢舞台!どうぞごゆるりとお楽しみください!    」

響子の口上を聞き届けて、私が薄く引き延ばした雲山をゆっくりと舞台から客席の方向に放つ。天然のスモークだ。
薄雲の中から、ひょっこりと、馬に乗った人形騎士が現れる。

「おのれ!忌々しい天空の竜め!浚われた姫君は、必ずや私が取り戻して見せるぞ!」
人形騎士が宣言する。アリスの声色に、響子がエコーをかける。

ただそれだけで、観客がおおー、っとどよめいてくれる。アリスの人形が真に迫っているのももちろん理由の一つだが、
これだけ装置の整った舞台を見るのは初めてだろうから。
雲山と響子の作り出す環境の成果に手ごたえを感じながら、私は次の指示を雲山に出していった。


遥か遠く空の上へと連れ去られた人形姫を助けるために、人形騎士が天空目指して冒険の旅に出る。
ぼふぅん、ぼふぅんと上へと繋がる雲を一歩ずつ踏み、飛び出してくる魔物たちと戦っていく。
魔物の吐き出すおどろおどろしい声。まるで炎のように揺らぎながら襲いかかってくる煙。光る目。
追い落とされ、地面にたたき落とされても、騎士は何度でも何度でも立ち上がる。
騎士が立ち上がる度に、客席からは子供たちの「がんばれー!」という声が聞こえる。
その声を聞きつけたかのように、増えて行く仲間たち。ある者は戦士。あるものは老婆。ある者はエルフ。
声も姿も種族も年も、まったく違う人形たちが増えて増えて増え続けて。
いつか天空の竜まで辿りついた騎士たちは、総出で竜と立ち向かう。
山のように大きな竜は、騎士たちを飲みこみ、吐き出し、翼で風を起こして全員を蹴散らしてしまう。
それでも諦めない人形たちは、とうとう竜の陣取る天空の島を突き崩す。落下する竜。
劇場全体に響き渡る衝撃音が止むと、倒れた竜の腹はばっくりと割れ、皆が探し求めた姫が現れる。

ありきたりのハッピーエンド。ありきたりのBGM。
それでも十分、人形たちの織りなす劇を楽しんでもらえたということは、
観客席から聞こえてくる万雷の拍手の音で、私にも分かったのだった。



初めて見るショーに興奮冷めやらぬ観客たち。特に子供たちは、先ほどの主役たちに触りたくて仕方がないようだった。
アリスは、人形たちのうちの何体かを自動操縦モードにし、子供たちの相手を任せるつもりのようだ。
私も、雲山と響子にその場を任せることにした。
あれだけの演出をしたのに、二人はあまり疲れていないようで、観客と触れあいたがっている。
音と雲と人形たちに直接触れた人たちは、きっと今日のお土産話をさらに膨らませて家に帰ってくれることだろう。

アリスと私は、舞台裏に簡易で作った控室に戻ってきた。
単に天幕を張っただけの急ごしらえなので、隙間から祭りの風景が良く見えた。日は暮れ始めている。
これから後半の法要が始まるまでは、とくに大きなイベントもなく、ゆっくりできるはずだ。

「お疲れ様、一輪」
「お疲れ様、アリス」
ぱしん、とアリスとハイタッチをする。
打ち合わせた手から、じーん、と達成感がこみ上げてくる。

控室で座って、私たちはゆっくりと先ほどの劇の感想と反省を話し合った。
あんなにたくさんの数の観客に見てもらえたのは初めてだったこと、拍手が聞こえてきた瞬間の喜び、
私が雲山を操る速度が少しだけ急すぎたこと、アリスがそれに冷静に反応してくれてことなきを得たこと。
その他、劇の最中に感じたことを、二人で次々に話題にしていった。

「それで次回以降の公演のことだけど。これからもお寺で行事はあるんでしょう?その時にまた共演しない?」
特にてらいもなく、アリスは口にする。

アリスがそう言ってくれるだろうことを、期待していなかったわけではない。
だけど、ここに来てまた、私らしからぬ言い訳の虫が湧いてしまった。
「でも、今回ので私と雲山の使えるネタは大体出し尽くしちゃったわよ?新しい方法を考えるまでは、貴方の役には立てないかも」
もごもごと言いながら指を交差させる私。

「ふふふ、それを考えるのが楽しいんでしょう?私も手伝ってあげるわよ」
「う、うん。ありがとう」
そんな私の不安を、アリスは事もなげに振り払ってくれた。
今までの短くて充実した時間の中で分かったことの一つ。彼女は嘘をつかない。

「里のチビっこたちも大分集まってくれてたわよねぇ。あの子たちに飽きられないように、斬新な演出を考えなきゃね!」
アリスの一言で安心して未来を考えられるようになった私が、話を持ち出す。
そう、今回の客入りは予想以上の嬉しいものだったが、その中に子供たちがたくさん含まれていたのは重要な点だ。
子供たちは単純で純粋だから、面白いものには面白がり、飽きたものには見向きもしない。

当然、すぐに賛同してくれるだろうと思っていたアリスは、一瞬顔をうつむけて、何かを考えていた。

「アリス?どうかした?」

「本当はね、妖怪相手ならともかく、人間たちに見せるのに、新しい劇や演出なんて必要ないのよ。
人間たちが真に私の劇に飽きることはないの」

「え?」
アリスが話し始めた内容の意外さに、私は戸惑う。

「ここは狭い世界だから、演劇を見せていたらそのうち全員が見ることになるかもしれない、って貴方は思ってるんでしょ。
でもね、人間の寿命なんて本当に短いものだから。あっちで見てもらえたと思ったら、そっちでもう死んでるのよ。
次々次々生まれては消えていくから、いつまで経っても飽きられることはない」

アリスは遠いところを見る目をしていた。泣き顔をしているわけじゃない。うっすらと、口元だけで笑っている。
彼女の言葉に、彼女の諦めに、私は半分は納得していた。私たちは結局妖怪なのだ。生きる時間は、人間とは違う。

ただ、違和感を感じてもいた。練習の日々で聞き出せたわずかなことのうちの一つが、彼女の年齢。確か100歳ちょっとだったはず。
1000歳超えてる私に比べて、随分年下なのだ。私はずっと地底でいて、人間たちと関わり合う時間はそんなに長いわけじゃなかったけど、
彼女が感じているような人間との時間の相違は、私の方が自覚が強いはずなんじゃないだろうか?
彼女は私よりも人間との別れを寂しいと感じている。つらいと感じている。そんなに多くの数の人間と別れたわけでもないだろうに。

だから、思った、というか分かったのだ。彼女がそう感じている相手は、別に人間全体とかそういう話じゃないのだ。

「貴方は、本当は一人の人間に見てもらいたいのね。消えていくその他大勢にじゃなくて」

私がそう言うと、アリスは少し、驚いた顔をしていた。見抜かれるとは思っていなかったらしい。

「うん。一人に、ずっと、ずっとね。見てもらえていたら…まぁ、見たって何の感慨も浮かべないような奴なんだけどね」

彼女は笑って答えた。頬が、ほんのり赤くなっているような気がした。


その後、私たちはしばらくは言葉をかわさなかった。別に気まずくなったわけではない。
アリスは、私がその本当の一人が誰なのか、聞かなかったことが嬉しかったようだ。それ以上を聞いてほしくはなかったのだろう。
人形の一体を抱えて、満足そうに、祭りを見ている。日が少しずつ落ちて行くのを眺めている。

私はと言うと、別にアリスのことを思って黙っていたわけではない。聞けなかった。それが誰か聞いたら、私がつらくなると思ったのだ。
アリスの気持ちを聞かせてもらえたのが、嬉しくて、なぜだかちょっとさびしかった。


「ちょっと探したい奴がいるから、行ってくる」とアリスが言って、私たちは別れた。
私は後半の法要を手伝うため、本堂に入った。姐さんのありがたいお説法も、今の私の頭にはまともに入ってこなかった。


法要を終えると、日はもう大分暮れていた。
がやがや、がやがやと、大会陽に集まってくれた人たちが、境内の一角、五重塔がある場所へと吸い寄せられていく。
いよいよ本日のメインイベント、宝木の投擲が始まるのだ。人形劇も、このイベントへの客寄せの一貫だったと言っても過言ではない。
そんな重要な行事だが、しかし境内には松明の一本も炊かれてはいなかった。
薄闇の時間帯、せっかくの投擲を見逃してしまうのではないか、と思われるかもしれない。
が、この場合は見逃す可能性など皆無なのだ。なぜなら。

「ではみなさーん。行きますよーー」

朗らかに、五重塔のてっぺんから宣告した姐さんの手の上で。宝木は、光り輝いていた。
輝度マックス。ぎんぎんに光を放ちまくっていて、そこにどれだけの魔力が込められているかを思いっきり主張している。
あんなもん、真夜中でも絶対見逃さない。

「おう、いつでもこーーい!全力で受け止めてやるーー!!」
「おい、押すなよ勇儀!!受け取るのは私なんだからな!」

五重塔の下、宝木が落下すると思われる地点には、鬼が二人いた。どうも、ポジション争いをしているようだ。
一人は星熊勇儀。ムラサとぬえが命を懸けて勧誘してきた相手。約束を守って駆けつけてくれたようだ。
もう一人は伊吹萃香。以前、寺のみんなを闇討ちしに来た、ちょっと因縁のある相手。まぁこの場ではそのことは掘り返すまい。
姐さんの一撃を受けて死なない奴、ということで他にも声はかけてみたが、来てくれたのはこの二人だけのようだ。
落下予測地点に近寄るのは、この二人以外に誰もいない。巻き込まれたら死ぬと分かっているから、離れて見ている。

私と雲山は、遠巻きに見ている観衆たちと鬼たちとのちょうど中間地点の辺りで待機していた。
鬼たちならそういうミスはしないと思うのだが、もしも宝木を受け止めきれず弾いてしまった場合、
その兆弾が観客たちに飛び込んだだけで死傷者が出る恐れがあるからだ。要するに、もしもの時のカバー役。

「では!!」
ばしぃん!と、姐さんが両の手を合わせ、宝木を挟みこむ。

      『まかはんにゃーはーらーみたしんぎょう』
   『『かんじーざいぼーさーつー』』
              『『くうふーいーしき』』
           『『『むーげんかいないしーむーいーしきかい』』』

まるで姐さんが何人もいて別々に呪文を唱えているかのように聞こえ出す。魔法の多重展開だ。
元々身体強化魔法が得意な姐さんがじっくり時間をかけて、一撃を撃ち出すための力を練る。
一体それがどれほどの威力を生み出すのか、想像もつかない。

流石の鬼たちも、姐さんが『弾丸』にさらに魔力を詰め出すのを見て、体に力を入れているようだ。
さっきまでの割合のん気な笑みから一変し、獲物を食い殺すかのような凶暴な笑みになる。受けて立つ、ということだろう。

塔から発せられる尋常ではない魔力。それを迎え討とうとしている鬼たちの原始の力。
自分に向けられるものではないと分かっているのに、観客たちが息を飲み、畏怖すらしていることが伝わってくる。
かくいう私も、逃げ出したいくらいだ。

今ここに近づける奴は、誰ひとりとしていない。

そう、思っていたのだが。

「なーにやってんのよう、鬼が雁首揃えて。退治しちゃうわよー」
 
緊張の『場』を切り裂いて、博麗の巫女が歩いてきた。へべれけに酔った状態で。

(な!なんでこんなところにあんな無防備に出てこれるの!?)
私は、目の前で起こったことに混乱していた。誰もが固唾を飲んで見守っている状況に、巫女だけがずかずかと入りこんできたのだ。
この時の私は知らなかったのだが、それこそがこの巫女の能力だった。
不特定多数の人妖が作り出す『緊張感が張り詰めてできた結界』だろうがなんだろうが、飛び越えてしまう能力。無茶苦茶だ。

「こらこら霊夢、今ここに近寄ったら危ないよ」
「あ、萃香。もう投げるってのに持ち場離れたらまずいぞ」
鬼たちも、あまりに無防備、あまりに無頓着に『場』に入ってきた巫女に釣られて、駆け寄ってしまう。

落下予定地点に、誰もいなくなる。鬼たちの気迫が消えて、空白になる。

「えっ?」

この空白に向けて、姐さんがこれから宝木を投擲する?地面に向けて、全力で?
 
(まずい)

私の全身から汗が噴き出す。非常事態だ。
姐さんは鬼たちの気が逸れていることに気付いていない。詠唱を終えて、そのまま投げる姿勢に入っている。止めなきゃ。

無理だ、もう間に合わない!

投擲。音がするよりも前に、地面に宝木が突き刺さった。否。地面が負けた。魔力が走り、地面が弾ける。

(まずいまずいまずい!)

こういう非常事態のため、私たちは待機していたのだ。雲山に全力で妖力を流しんだ。
(この衝撃を封じ込めるのよ、雲山!)
雲山が落下地点に殺到し、体全体で包み込んだ。
しかし、込められていた姐さんの魔力は、到底私たちに抑えきれるようなものではなかった。

ぱんっ!という音がして、雲山ごとその場の空気が弾けとんでしまう。

破裂音と共に発生した衝撃波で私は吹き飛ばされた。
いや、私だけではない。衝撃波は観客の方にまで到達した。
何の力もない人間たちにはなす術もない。巻き込まれた順番に、吹っ飛んでいってしまう。

(くっ!!私は耐えられるけど、人間たちがこの速度で叩きつけられたら死ぬ!!)

吹き飛びながら、咄嗟に雲山に妖力を伝える。
衝撃波ごと散って行った雲山を敢えてさらに加速させ、吹っ飛んでいった人間たちのぶつかる先に移動させる。
そこで、雲山を実体化。人間たちを雲山の体で受け止める。5人、10人、20人。
それでも、間に合わない。このままじゃ受け止めきれなかった人間が地面に激突する!

(せっかくのお祭りなのに!!悲しい出来事なんて、起こってほしくないのに!!)

私は、無力だった。このまま地面に吸い込まれる人間たちを見ているしかないのか。
体の自由は効かない。私自身、地面に叩きつけられるのを待つしか…。

そう思っていたら、空中でいきなり手を引っ張られた。
「のわっ!?」
がくん!と私が飛ばされるスピードが落ちる。
腕がちぎれるかと思ったが、完全に停止したわけではなかったので、どうにか胴体とはくっついている。

誰が止めてくれたのか、と思って手の方向を見ると、それは意外な『人物』だった。
「シャ、シャンハーイ」
「…アリスの、人形?」

「ゴリアテー」
突然に襲いかかってきた事態を飲みこめず茫然としている私は、その『声』で目の前に別の人形がいることにも気がついた。

いや、人形、と呼んでいいのだろうか。デカい。ものすごくデカい。三重塔くらいあるんじゃないこれ。
いつも見ているアリスの人形をそのまんま拡大したかのような巨大な代物が私の目の前に立ちはだかっていた。

「はー。間に合った。こんな一瞬でこれだけの人形展開したの初めて…色々焼き切れるかと思ったわ」
その巨大な人形の肩に、アリスは立っていた。巨大人形は、手で何人かの人間を受け止めてくれている。

(そうだ、人間たちは!?)

焦り、周りを見渡す。私が想像する最悪の事態は起こってないことが確認できた。
吹き飛ばされた観客たちは、恐怖のあまり泣き出してはいるけれど、誰ひとり地面に激突してちぎれてなどいない。
雲山が受け止めそこなった者は、アリスの人形たちが残らずキャッチしてくれていた。
人間一人につき大体5体くらいの人形がクッションになってくれているようだ。

「…はぁあああああ…」
私は、安堵のため息をもらす。もし死者が出ていたら、イベントどころではなくなっていたのだ。

よくよく見渡すと、人間たちを受け止めているのは雲山と人形だけではなかった。
観客側にいた星やぬえ、マミゾウやムラサが、それぞれ何人かをカバーしてくれていたようである。
良く見るとナズーリンも、ロッドに一人ずつ引っかけてくれている。
ナズーリンは私が見ていることに気付いたのか、引っかけたまんま、ロッドを振って合図してくる。降ろしてあげなさいよそこは。

「一輪さーん!!」
響子が、泣きながらこっちに飛んできた。よしよし、怖かったね。
「ごめんなさい、一輪さん!!私が反応できていたら、あれくらいのショックウェーブ、かき消せていたのに!」
「いいのよ響子。みんな無事だったんだから」
響子ならあれをかき消すことができていたという事実にちょっとたじろいだが、
今は、それよりもっと重要なことがある。

私は、改めてアリスを見る。死者が出なかったのは、主に彼女のおかげだ。
もう劇も終わって、私たちのために何かしなきゃいけない義理もなかったのに。投擲を見る観客の一人でしかなかったろうに。
わざわざ大量の人形を一斉に操って、大事故になってしまうところを食い止めてくれたのだ。
感謝してもし足りない。

「アリス…貴方のおかげよ。本当にありが」
「霊夢ーーー!!!一体何やってんのよー!!!」
私の感謝の言葉は、途中で遮られた。他でもない、アリス自身の声で。

何事かと思ってアリスを見るが、彼女はこっちを見ちゃいなかった。
アリスはどこか一点を見て、ずしーんずしーんと歩き出す。いや、歩いているのは彼女の乗っている巨大人形か。
巨大人形はもう手に持っている人間に興味がなかったようで、ぽいっと空中に捨てて行ってしまった。
「ちょっと!?」
慌てて雲山をクッションにしてやる。危ない危ない。

アリスの突然の行動にあっけにとられていた私だが、巨大人形の向かう先にある人物がいることに気がついた。
いる、というか、釣りあげられている、というか。
人形二体にそれぞれ左手右手を掴まれて、博麗霊夢が空中に浮かんでいた。
そう言えば、あの巫女は私よりも爆心地寄りに近づいていたんだっけ。結局、巫女も吹き飛ばされて人形にキャッチされていたのね。

巨大人形が巫女に近づいて行くと、普通の人形が巫女の手を離した。
当然、巫女は下に向けて落ちて行くと思ったが、今度は巨大人形が左手で掴まえる。
「うわー。なにするのよこのー」
巫女が、巨大な手でつまみ上げられている。なんというか…連れ去られた子猫?

その釣り下げられた猫、じゃなかった、巫女に、アリスがぷんぷんと怒りながら早口で話しかけている。
「あんた博麗の巫女ってことに自覚はないの!?
見てみなさいよこの惨状!!私がなんとかしなきゃ、あんたのせいで里人がいっぱい死んでたんだからね!!」
「うー。ごめん、アリス…」

謝罪する巫女。なおもくどくどと言い募るアリス。
なんと言えばいいのか。二人の世界に入ってしまっていて、話かける隙がない。
しかし、ここから聞いていても理解できるのは、どうもアリスが人間たちを助けてくれたのは私たち命蓮寺のためではなく、
原因を作ったとして糾弾される側にいる巫女のためのようだった。

確かに、巫女があんな風に出てきたせいなんだけれど。
私は、というかアリスと巫女を除いた全員は、あっけに取られて何も言えないでいた。

そうしてしばらくアリスが激怒している様子を全員で見守るという何とも言い難い状況が続いたのだが。
唖然としている私の目に、巨大人形の体のあちこちから出てきている煙が見えた。
煙だけではなかった。シュー、という、なんだか余り良くない予感がする音も、体の各部から聞こえてきている。


「あ、忘れてたけど、ゴリアテは一定時間経つと爆発しちゃうのよ。
まだまだ試験段階で、蓄えた大量の魔力を効率よくとどめて置くことができないのね」
「ほえ?」


アリスが、巫女に向けていとも容易く言い放った一言は、彼女たち二人を除く全員の時間を動かした。
人間たちも、さっきまで泣いてた子供も、わき目も振らず走り出した。流石幻想郷の人間。状況理解が早い。
いつの間にか姐さんも塔の上から降りて来ていたようで、子供たちのうち何人かを抱え、超人の速度でその場を離れる。
ムラサたちも、両手に抱えられるだけの人間をひっ捕まえて、巨大人形ゴリアテから少しでも距離を取ろうと空に退避する。
星熊勇儀も急いで…いや、悠々と歩いている。一歩が超長いからか。伊吹は霧になった。あいつら原因の一端の癖にずるいなぁ。

私も当然、急いで飛び去ろうとしていたのだが。

「将来的にはもちろんね、長時間運用をしようと思うんだけど。でも今の段階じゃどうしても爆発を止められないのよ。困るでしょう?」
「あんたの人形、いつも爆発してるけど」

ゴリアテ人形の手の上で、のん気に会話を始める巫女とアリスを見つけてしまった。

(な、なにやってんのあの二人!?)

「ちょっとあんたら早くこっちに来なさいって!」
ゴリアテ人形の手の位置まで飛んで、二人の首根っこを両手で掴む。もう前に振り返っている余裕もなく、
そのまんま体を後ろに傾けて、体に残っている全妖力を推進力に変える。後ろに全力で飛ぶ。

「ぬおおおおおおお!?」
両手に荷物を抱えて後ろに飛ぶもんだから、腰肩背中腕、全部にものすごい力がかかる。
蛸から逃げる海老になった気分だ。私が腰の曲がったおばあちゃんになったら荷物になってる二人のせいだからね。

「それで、どうせ爆発しちゃうならね?今日はお祭りってことだから、派手にやった方がいいと思って。
火薬も魔力も多めに詰み込んでおいたの。だから、霊夢も驚くくらい、すごく綺麗に大きく吹っ飛ぶと思うのよ?」
「ふーん、そうなの」
「ちょ、ちょっとあんたらね、少しは自力で飛ぶ努力をするとかさぁ!!」

あろうことか、私に首根っこ掴まれて連れ去られながら、こいつら会話始めやがった。信じられん。
でも、説明するアリスの口調が本当に楽しそうで。引っ張っている私のことも、爆発に巻き込まれそうな周囲の状況も、
何一つ気にすることなく巫女の方だけを見ているから。


私は、「アリスが劇を見せたい本当の一人」が誰なのか、唐突に分かってしまった。


何もこんな時にこんな状況で理解できなくても良かったのに!自分の心に思いを馳せる時間もまったくない!!
ああ!なのに!私の心も状況も、何もかもがぐちゃぐちゃだってのに!!その最大の原因の彼女は!

「それでねそれでね、魔理沙から買い取った星型爆薬ポーションもたっぷり詰み込んでるの!だから今日はスターシャワースペシャル!」

ちくしょう!いい笑顔だなぁ!晴れやかだなぁ!こんな笑顔を見せられたら、私も笑うしかないじゃない!

全力で飛びきって、ぼふぅんと、後ろにいつもの柔らかい衝撃を感じた。雲山が受け止めてくれたようだ。
みんなが何とか爆風圏外に出た辺りで、ゴリアテ人形は大爆発を起こした。

彼女の設計通り、それはとても綺麗だった。薄暗くなった辺り一面に、きらきら、きらきらと、星の欠片がぶちまけられていた。

私の左手の中で、巫女がその光景を口をあけながら見ていた。目もまんまるになっていた。よっぽどこの光景が目に焼きついたのだろう。
私の右手の中で、アリスは巫女をずっと見ていた。頬は赤く染まっている。霊夢の様子に、とても満足していた。
あーあー。「好きな相手にプレゼントを喜んでもらえるのが私の一番の喜びです」、ってオーラが全身から溢れかえってるわよ?

結局、私は裏方なのだろう。雲山の裏方。舞台装置のそのまた後ろにいて、劇を盛り上げるための楽団員。
アリスもまた、同じような楽団員。同じだけど、同じだから、見てもらいたい相手になりあうはずもない。
私じゃ彼女の観客になってあげることはできないんだ。でも、束の間、パートナーでいることはできた。

「それで十分、ってことにしといたげるわよ、もう」
ボソッと呟く私に、力を消耗した疲れが一気に襲いかかる。耐えきれなくなり、両手を離した。
雲山が形を変え、二人を抱きとめる。飛ぶ力もなくなり、私も雲山にもたれかかる。

「ありがとう、雲山。私、ちょっと寝るわ」

コクン、と雲山が頷くのが見えた。
自分も疲れてるだろうに、本当にいい奴だ。それに甘えよう。今私は傷心中なんだからしょうがないよね?

ああ、意識が落ちる。夢を見よう。とびっきりでありきたりのハッピーエンドがいい。
私のハッピーエンドって何かな。夢の中でくらい、私は主役でいられるのかな。
いや、別に主人公じゃなくたって、いいや。後ろでいいのよ。その時隣に、輝く瞳の、劇団員さんがいれば、さぁ。







「では、会計より今回の爆発事故に関する始末を報告させていただく。
死者怪我人はゼロ。損壊した五重塔は『宝木を受け取るという約束を破ったから』と鬼二人が修理してくれて修繕費は浮いた。
二次災害を引き起こしたのはアリスじゃが、被害を食い止めたのもアリスじゃし、『綺麗だった』と観客も言うので責任は不問。
博麗の巫女とマヨヒガからは『霊夢の泥酔が原因の一つにもあったため』とお咎めなしの通達も来た。
ま。世は全てこともなし、ってとこじゃ。では次回も安全には気を付けて、楽しい祭りにしようの!解散!」



そこそこ長い読み物になってしまいました。中編くらいの長さになるんでしょうか。
ここまで読んでいただいた方がもしいらっしゃったら感謝いたします。

この宝木を五重塔から放り投げるというイベントは、以前はうちの地域でも現実に行われていたらしいのですが、
木を奪い合う際に暴力沙汰が発生してしまい、あえなく幻想入りしてしまったようです。
日本のどこかではこのイベントがまだ行われているところもあるんでしょうね。

一輪さんや寺のみんなが好きなので、また書けたらいいなと思います。それでは、ありがとうございました。
犬小屋
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コメント



0.560簡易評価
2.100名前が無い程度の能力削除
凄く良かった!
5.100パレット削除
 アリスに協力をお願いしに行きながらなんだか気が動転して自分達の至らなさについてひたすら言い募る、という辺りはいくらなんでも失礼すぎる(加えて、その場面を詳細に書いてるわけでもないので説得力も欠け気味な)ように思えて正直もにょったのですが、そこ以外は楽しく読めました。
 一輪のアリスへの憧れみたいな気持ちをこのひたすら言い募りとはまた別の形で、かつもうちょっとじっくり熟成されていく風味で見たかった的な気持ちも無きにしも非ずなのですが、それやるとちょっと長くなりすぎるのでしょうか。一輪メインの青春失恋劇、みたいな?
 最後らへん、二人の世界に入り気味のアリスと霊夢さん、完全に蚊帳の外の一輪さんがとても可愛かったです。面白かった!
6.100名前が無い程度の能力削除
あれ、宝木って放り投げるんだよね?全力で叩きこむものじゃないよね・・・?
しかも受け止めるのが妖怪だと幸福どころかエンチャント付きで追加ダメージ?
なんてことを誰も考えない辺り毒されてるなぁ・・・w

『いつもの』一輪さんマジ姐さん。
10.80奇声を発する程度の能力削除
良いですね、面白かったです
17.無評価名前が無い程度の能力削除
作者の書きたい事は伝わって来るんだけど、流石に一輪の行動がキチガイすぎやしないだろうか。
手紙で協力を頼んで、いざ逢いに行けば「出来ない」「無理だ」のオンパレード、それで協力を断られたら喧嘩を売って、その真意は自分の実力を見て貰いたい。
あくまでも協力を頼む方の立場でやるこっちゃないよね?
別にアリスの協力を取り付けられないと寺が滅ぶってわけでもあるまいに、恥知らずすぎるだろうって話。
18.803削除
文章としてはもしかしたら他のSSと比べてやや劣ってしまうのかもしれません。
ですが、それ以上に魅力溢れるSSであったと思います。
アリスの家に頼みに行く時の一輪の行動だけが疑問だったので、この点数で。