居心地よく、少し眩しい晴の日。何かを始めるにはいい日かもしれない、霊夢はそんな気がした。
暦だって確か今日は一粒万倍日、一粒の籾(もみ)が万倍の稲穂になる。
物事を始めるのには絶好の状態だ、何かが万倍になったら良いなと陽気にあれこれ考え始める。
「でも私が考えた所でなぁ…なんの役に立つわけでもなし…」
──じゃんじゃん──
何か音が聞こえた気がした。
「どうしたんだ?健やかな顔をして考え事をしているようだが」
魔理沙が口元をゆるめ目だけは心配そうにして顔を覗きこむ
「どういう意味よ」
暇つぶしにでも来たと予想し、霊夢は縁側に座り碌な挨拶もせずに話を続ける。
「珍しいという意味だ」
「まあ……珍しいかもね。何か始めようと思ってたのよ」
魔理沙は定位置に着くように霊夢の横に座り、盆栽だの囲碁だの将棋などを挙げ始めた
「なんだか年寄り臭い物ばっかり、娯楽じゃなくて私自身が始めたいの」
「ほう、じゃあ商売でも始めてみたらどうだ」
「……悪くない。何処かの誰も来ないような何とか魔法店には勝てそう」
「おう、喧嘩なら買ってやろう」
「お買い上げありがとう。何売ろうかしら……あ、お守りなんて良いかしら」
「本気か?というかそれを商売と言っていいのか?」
存外だったのだろうか、驚いている魔理沙の言葉は流し霊夢は少し頭で話を進めた。お守りなら一度作ってしまえば暫くは置いておける。
贅沢するつもりはないけどいくらか作って捌ければ入用の時に役に立ちそうだ。捌けるつもりもないが。
「そもそもお前の神社にはお守りに回すほどの信仰とご利益があるのか」
だから捌けるつもりはない。と引きつった笑いを向けた
「材料も必要なんだろ、いつもの御札を売ったほうが早いんじゃないのか」
霊夢はピンと来た。そういえばそんなお守りを以前見たことが有る。どうせ有人神社は此処と山だけだし、真似してしまおう。
「それよ!守札を作ればいいんだわ!」
「まもりふだ?ああ、身に付けるタイプの札、でもそんなに直ぐに作れるのか?」
「偕老洞穴符を作るわ」
「なんだそりゃ」
「一緒に年を取り、同じお墓に入るっていう故事を元にした縁結びのお守りよ」
「道連れにも使えるやもしれんな。それにしても縁結びとは意外だ、悪霊退散の札でも作るかと……」
「何だかんだ言って縁結びは人気あるのよ、老若男女が日常的に信仰心を持っているのは縁結びの神だからね」
「神無月に神が集まるのも縁を決める為だったな」
魔理沙は言い終えるとよっと縁側から降りた。本当にやるのかとまだ訝しげにしている。
「まあ頑張ってくれ、私も少しは仕入れをしてくるとしよう」
魔理沙が箒で去ると早速準備に掛かった。
御札を作るのもただ書く物では無い、それ相応の準備と儀礼が必要だ。身を清めて書き、御霊入、祈念はしなくてはならないが
要はある程度書いておけば御霊入、祈念は多少後でも大丈夫だろう。そもそもうちの神様なら御霊入も対して要らないかもしれない。
「この台でいっか」
準備が整うといつも使っている小さめだが四人でも囲んで座れる座卓に硯や用紙を置き、一人で黙々と作業を始めた。
翌日
今日も魔理沙は神社を訪れた。彼女は少し意気揚々としている。
「よお、聞いたか?」
霊夢は座卓に突っ伏して居た。
「魔理沙、おはよう……」
「もう昼時も過ぎたが、なんだそれ昨日言ってた御札か」
「思い立ったが吉日と思ってちょっと頑張りすぎたわ……今日も日が出て直ぐやってたら眠くなっちゃってね」
座卓の上には数十枚の札が散乱している。
「それで?何かあったようだけれど…」
霊夢はのっそりと顔を上げた。
「そうだ、ここ最近の怪音騒ぎを知っているか?」
「知らないけど、どうせ妖精の遊びじゃないの」
「それがどうやらここ数日の間に幻想郷の至る所で聞いた奴が居るんだ、妖精はそこまで忙しない動きしないだろ」
「ふーん、でも音の正体は何なのよ?どんな音かとかさ」
「乗り気だな?どうやら正体は火の玉らしいが……音はジャンジャンと音を鳴らすらしい。でも近づくと直ぐ逃げる」
「何だ。ただの狐火みたいね」
霊夢はつまらなさそうに答える。
「だがとても悪戯程度には見えないらしい、私はちょっと捕まえに行こうと思うんだが」
魔理沙は虚空を指さし、少し付き合えと言わんばかりである。
「気分転換に外に行くがてら、どっちが先に捕まえられるか競争ね?負けたらご飯奢り」
霊夢も既に御札を書くのに飽き始めていて、どうせ大した話ではないだろうが外に出る理由に喜んだ。
ところが考えよりも怪火の行動は奇抜だった。
─じゃんじゃん─
霊夢が立とうと伸びをしたその時、音が聞こえたのだ。
「あ?」
「おお?もしかして……噂をすればなんとやら」
─じゃん!─
縁側の向こう側にその火は佇んで居た。
「たしか競争って言ったよな?」
魔理沙は縁側に出て既に怪火を捕まえる気満々だった。
「ちょ、ちょっと待ちなさい!」
慌てて立ち上がり座卓を飛び越えようとする。
──ゴツン!
「痛ぁっ!」
霊夢は目測を誤り足の甲で思いきり座卓を蹴っ飛ばした。突然の激痛に思わず転げまわった。
「おい……何やってるんだ?」
「う、うるさい」
涙目になりながら漸く表に出たが、魔理沙は怪火の側で呆れていた。
「逃げないの?そいつ」
「ああ、何か聞いてたより全然大人しいみたいだ。あんまり熱くも無いしな」
魔理沙が怪火に向かって笑うと、怪火もじゃんじゃんと音を出す。
「ただの人魂なら私の出る幕じゃないわね……」
まだ蹴飛ばした痛みも有る霊夢は、
─じゃんじゃんじゃんじゃん!─
怪火は急に音を鳴らし始めた。
「おお、どうした霊夢が気に入らないのか」
「わ、私は何もしてないわよ」
「それよりお前は取り敢えずあっちを片付けた方が良いんじゃないか?競争は無かったことにしてやるから」
魔理沙が指差す方向には位置がずれた座卓、墨まみれになった御札と座卓から落ち散らばった御札があった。
「見ないようにしてたのに」
御札は結局結構な数が駄目になってしまった、硯の海に水を入れすぎていたのと水入れ諸共溢したのが災いしたのだ。平気だったものを部屋の隅の箪笥にしまう。昨日はいい日だと思ったのに、霊夢は思い肩を落としながら座卓に着く。
「それで、この怪火はどうして居座っているのかしら」
怪火は魔理沙と一緒に入ってきて二人と怪火で座卓を囲んでいた。霊夢はじっと怪火を観察する。人の頭位の大きさだ、結構メラメラしているけど手をかざしてもそんなに熱くない。じっとしているし魔理沙から聞いていた話は盛られていたかもしれない。そう思った。
「でもほら、こいつマナーはわきまえているようだぞ。いっそ飼っちゃうとか」
「そんな犬猫じゃあるまいし……」
─じゃんじゃん─
怪火は返事をするように音を出した。
「こいつ一応話通じているんじゃないか?」
「もしかしたらそうかも、さっきも私が喋ったら急に鳴り始めたし。でも喋れないんじゃねえ」
「そんな事はないぞ、イエスかノーだけわかれば十分だ。イエスなら【じゃん】、ノーなら【じゃんじゃん】と音を出して貰えばいい」
「ああ、なるほどね……わかった?」
─じゃん─
魔理沙はウインクしてみせた。
「じゃあ早速質問しよう、ここ最近この辺りを忙しなくしているのはお前だな?」
─……じゃん─
少し弱めに鳴る。自覚はありそうだと二人は顔を見合わせる。
「えーと、結局お前は悪戯したいだけだったのかね?」
─じゃんじゃん!─
「目的があると」
─じゃん─
「ふむ、何がしたかったのか少し考えてみるか……」
「あ、じゃあ私から一つ。さっきは逃げなかったけど、もしかして此処に用があったの?」
─じゃん!─
二人は再び顔を見合わせた。わからん。
怪火と言えば妖怪と言うよりも霊に近い。寺や冥界に用は有っても神社に用があるとは何なのか。しばらく怪火の火が揺らめくだけの時間が流れる。
「もしかして霊夢が座卓を蹴っ飛ばすのを見に来たんじゃないか」
「そんなわけあるか」
─じゃんじゃん─ ─じゃんじゃん─
怪火流の慰めのように思えて、魔理沙は笑ったが霊夢は嬉しくないといじけてそっぽ向いた。
「ニブイねぇ」
縁側から今度は見知った声が、現れた彼女はいつもの様に酔っていて、笑顔だった。
せせら笑いのようだったが、霊夢はその笑いに少し別の含みを感じ砂粒ほどの嫌な予感がした。
「萃香か」
「いきなり出てきて鈍いとは何よ」
萃香は酒の匂いを漂わせながら近づいてくると断りもなくちゃぶ台の前に座った。
「萃香はこいつと知り合いなのか?」
「うんにゃ、知らないけど。こいつはじゃんじゃん火っていう妖怪だよ」
「じゃんじゃん火?」
「色々種類はあるんだけど……じゃんじゃん火はつがいと二匹で飛ぶ少し特殊な鬼火といった所かな。普通の鬼火と同様に元々は死んだ人間。心中した恋人だったりね。名前の由来は言わなくても分かるよね」
「じゃあこいつはもしかして、つがいを探していたのか?」
魔理沙は手の拳で手のひらを搗いて言った。
─じゃん!─
正解と言わんばかり。だがまだ納得出来ない点が有った。
「待ってよ、なんで神社に来るのよ。私は別に占い師でも人探しの達人でもないんだけど?」
「だな、何なら萃香が探してやってくれよ。お前なら一発で何処にいるか分かるんじゃないか」
魔理沙は手をそのまま萃香の方に向けた。
「ところがそうも行かないんだよね」
「?」
「こいつのつがいは幻想郷には居ないんだよ」
「はぁ?」
二人は唖然とした。
「じゃあ何だ死んじまったのか?いや、成仏?」
「違うでしょ、たぶん……こいつだけ結界を超えてしまったんだわ」
「当たり。じゃんじゃん火はお互い別々の寺に葬られたりしていて、まずそこから落ち合える場所に飛ぶんだけど……」
─じゃん─
「どっちかの寺に問題が有ったか、手傷を負ったか、或いは偶然迷い込んだか……」
─じゃん─
萃香がいっぺんに喋ったため何が起こったのかは分からなかったが、とにかく普段と同じ事をしようとしていたら幻想郷に来てしまった。
そして幻想郷に来てどうなったのかを二人は察した。
じゃんじゃん火は気がついたら見知らぬ場所に居た。一人孤独に知らない世界に飛ばされてしまっていたのだ、焦るのは想像に容易い。だから必死につがいを探し幻想郷中を移動し回る。そして妖怪ながら慣れない妖怪達からは逃げざるを得なかった。
人間が迷い込んだ時とやっていることは全く違いなかったのだ。
「霊夢、どうするんだ?」
魔理沙は少し苦笑いで霊夢の方を向いた。
「も、もしかして……外の世界に帰せって言うの!?」
霊夢はぴしゃりと言う。
「そりゃああんま無いことかもしれないけどさ、こいつに自力で結界を超えるような力はないし。人間は帰りたいと言ったら帰してるんだろう?いいじゃない」
萃香は霊夢と違い普段の調子でけろりと言う。
「人間と妖怪は違うじゃない、それにこいつは迷い混んだんじゃなくて結界の機能として取り込まれたかもしれないし。力が弱くなった妖怪と認識されてたなら、もしかしたら戻った後消えてもおかしくないのよ?」
「おお、珍しく霊夢が妖怪を心配している……」
「そういうつもりじゃないけど、本当に帰るべきなのかって……」
─じゃん─
じゃんじゃん火はその時一度、今までとは違うはっきりとした音を鳴らした。
「こいつが神社に来たのは多分、此処で返す事を聞いたからだよ。偶然か誰かと話したのかは知らないけどね」
言い終わると萃香は頬杖をついてあとは霊夢次第だよと付け加えた
魔理沙は笑っている。
「あー、もう分かったわよ。帰せばいいんでしょ帰せば」
霊夢はぶつくさいいながら立ち上がった。
「そうだ、これ要る?」
ふと思い出し部屋の隅の箪笥からお守りにする予定の御札を取り出してきた。
「げ、偕老洞穴符か。嫌な神社の札だなあ」
萃香の方が先に反応する。
「ん?うちの神社で作るつもりで書いただけなんだけど……まだ御霊入もしてないし、お土産にしかならないけどね」
「ああ、そうなんだ。でもそれ晴明神社の奴じゃん。人の神社丸パクリってあんた……」
そういえば元はそんな所の御札だったかもしれない。で、でも印は博麗神社にしたし人にバレなければ……。霊夢は心で唱える。
「それよりこいつは心中とかして別々の寺に葬られたんだろ。そいつに一緒に年を取って同じ墓に入る札を上げるって、ちょっと失礼じゃないか」
魔理沙は怪訝な顔で言った。
確かにデリカシーが無かったかもしれない。霊夢は再び箪笥の方へ向かう。
「それもそうか……悪かったわね」
─じゃんじゃん!─
じゃんじゃん火は霊夢の方へ寄って行って否定する。
「ほら、欲しいって!」
霊夢は取り敢えず御札をじゃんじゃん火の上に乗せると、一応近くの物は持つことができるらしくふよふよと側に浮きはじめた。
「心中して死んでからも会うくらいだ、本当はそんな暮らしがしたかったんだよ」
萃香は頬杖のまま目を閉じ言った。
「……まあ私はそろそろ帰るか、そいつはちゃんと帰してやれよ」
魔理沙は立ち上がり縁側に出た。
「もう帰るの?」
「他にもやることあるしな」
「萃香は?」
声を掛けた時には萃香は既に失せていた。勝手なやつだと霊夢は頭を掻く。
魔理沙も手を振りつつ飛んで行き、これで博麗神社の呼んでない客人は後一人になった。
「帰る?」
─じゃん─
後日
「あいつは元気にしてるのかな?」
「あいつ?」
「じゃんじゃん火だよ」
「さぁね……」
霊夢と魔理沙はいつもの様に縁側で話していた。
「それにしても、恋人に会いたいがため幻想郷から外に帰るなんてロマンチックな奴だ」
「うーん」
本当に帰してよかったのか。霊夢はあれから考えている。
「とは言えやっぱり妖怪だからね。大人しかったけど、心中しても現世にいるって事はそれだけ世への未練や怨みが強いのよ。ただの霊でなく鬼火になるくらいにはね」
ふう、と溜息をついて霊夢は続けた。
「きっと人間を怨んでる。萃香もやろうと思えば外に出せたと思うし、わざわざ私にさせたのはもしかして馬鹿にされたのかなー」
「考えすぎだろ」
「じゃんじゃん火のような妖怪は悪としないと、同じような死に方する人が出るかもしれないでしょ」
「それは外でやらなくちゃ意味ないじゃないか、幻想郷でやる仕事じゃないさ」
「……まあね、いっそああいうのが縁結びの神にでも成れば心中とか無くなるかも」
後悔しても意味が無い。そう思い考えるのは辞めて霊夢は少し話を変えた。
「どうしたって割を食う奴は居そうなもんだがな」
「そんなもんかしら、難儀ねぇ」
「だから死んでも神様にすがるのかもしれん」
「あの御札は神様いれて無いけどね」
「じゃあ霊夢にすがってたんじゃないか」
「まさか」
霊夢は考える。
縁結びの信仰はかなり強い、人気の高い大国主も縁結びの神だし、イザナギイザナミだって夫婦神として有名だ……
縁結びは元来漠然とした見えない力を司っている。それは人間が決して動かせない部分であり、故に不変の願望でもある。特に恋愛関係で願い事をする人が多いのは思い通りにならないからだろうか。
心中にも願いとして永久相愛的な面があるのかもしれない、だけど一緒に年を取り同じ墓に入る事が難しいからこその心中もある。じゃんじゃん火は別々の寺の墓に埋葬されたようだが、それは生前からあまり良い交際とは認められていなかったに違いない。
魔理沙は割を食う奴と言った。縁を決める神達がいくら頭を捻っても、じゃんじゃん火の様な妖怪は防げないのだろうか。
もし結ばれた縁が切れそうな時、私だったらどうするだろう?
「心中はしたくないなぁ」
─じゃん─
あの音が聞こえた気がした。
暦だって確か今日は一粒万倍日、一粒の籾(もみ)が万倍の稲穂になる。
物事を始めるのには絶好の状態だ、何かが万倍になったら良いなと陽気にあれこれ考え始める。
「でも私が考えた所でなぁ…なんの役に立つわけでもなし…」
──じゃんじゃん──
何か音が聞こえた気がした。
「どうしたんだ?健やかな顔をして考え事をしているようだが」
魔理沙が口元をゆるめ目だけは心配そうにして顔を覗きこむ
「どういう意味よ」
暇つぶしにでも来たと予想し、霊夢は縁側に座り碌な挨拶もせずに話を続ける。
「珍しいという意味だ」
「まあ……珍しいかもね。何か始めようと思ってたのよ」
魔理沙は定位置に着くように霊夢の横に座り、盆栽だの囲碁だの将棋などを挙げ始めた
「なんだか年寄り臭い物ばっかり、娯楽じゃなくて私自身が始めたいの」
「ほう、じゃあ商売でも始めてみたらどうだ」
「……悪くない。何処かの誰も来ないような何とか魔法店には勝てそう」
「おう、喧嘩なら買ってやろう」
「お買い上げありがとう。何売ろうかしら……あ、お守りなんて良いかしら」
「本気か?というかそれを商売と言っていいのか?」
存外だったのだろうか、驚いている魔理沙の言葉は流し霊夢は少し頭で話を進めた。お守りなら一度作ってしまえば暫くは置いておける。
贅沢するつもりはないけどいくらか作って捌ければ入用の時に役に立ちそうだ。捌けるつもりもないが。
「そもそもお前の神社にはお守りに回すほどの信仰とご利益があるのか」
だから捌けるつもりはない。と引きつった笑いを向けた
「材料も必要なんだろ、いつもの御札を売ったほうが早いんじゃないのか」
霊夢はピンと来た。そういえばそんなお守りを以前見たことが有る。どうせ有人神社は此処と山だけだし、真似してしまおう。
「それよ!守札を作ればいいんだわ!」
「まもりふだ?ああ、身に付けるタイプの札、でもそんなに直ぐに作れるのか?」
「偕老洞穴符を作るわ」
「なんだそりゃ」
「一緒に年を取り、同じお墓に入るっていう故事を元にした縁結びのお守りよ」
「道連れにも使えるやもしれんな。それにしても縁結びとは意外だ、悪霊退散の札でも作るかと……」
「何だかんだ言って縁結びは人気あるのよ、老若男女が日常的に信仰心を持っているのは縁結びの神だからね」
「神無月に神が集まるのも縁を決める為だったな」
魔理沙は言い終えるとよっと縁側から降りた。本当にやるのかとまだ訝しげにしている。
「まあ頑張ってくれ、私も少しは仕入れをしてくるとしよう」
魔理沙が箒で去ると早速準備に掛かった。
御札を作るのもただ書く物では無い、それ相応の準備と儀礼が必要だ。身を清めて書き、御霊入、祈念はしなくてはならないが
要はある程度書いておけば御霊入、祈念は多少後でも大丈夫だろう。そもそもうちの神様なら御霊入も対して要らないかもしれない。
「この台でいっか」
準備が整うといつも使っている小さめだが四人でも囲んで座れる座卓に硯や用紙を置き、一人で黙々と作業を始めた。
翌日
今日も魔理沙は神社を訪れた。彼女は少し意気揚々としている。
「よお、聞いたか?」
霊夢は座卓に突っ伏して居た。
「魔理沙、おはよう……」
「もう昼時も過ぎたが、なんだそれ昨日言ってた御札か」
「思い立ったが吉日と思ってちょっと頑張りすぎたわ……今日も日が出て直ぐやってたら眠くなっちゃってね」
座卓の上には数十枚の札が散乱している。
「それで?何かあったようだけれど…」
霊夢はのっそりと顔を上げた。
「そうだ、ここ最近の怪音騒ぎを知っているか?」
「知らないけど、どうせ妖精の遊びじゃないの」
「それがどうやらここ数日の間に幻想郷の至る所で聞いた奴が居るんだ、妖精はそこまで忙しない動きしないだろ」
「ふーん、でも音の正体は何なのよ?どんな音かとかさ」
「乗り気だな?どうやら正体は火の玉らしいが……音はジャンジャンと音を鳴らすらしい。でも近づくと直ぐ逃げる」
「何だ。ただの狐火みたいね」
霊夢はつまらなさそうに答える。
「だがとても悪戯程度には見えないらしい、私はちょっと捕まえに行こうと思うんだが」
魔理沙は虚空を指さし、少し付き合えと言わんばかりである。
「気分転換に外に行くがてら、どっちが先に捕まえられるか競争ね?負けたらご飯奢り」
霊夢も既に御札を書くのに飽き始めていて、どうせ大した話ではないだろうが外に出る理由に喜んだ。
ところが考えよりも怪火の行動は奇抜だった。
─じゃんじゃん─
霊夢が立とうと伸びをしたその時、音が聞こえたのだ。
「あ?」
「おお?もしかして……噂をすればなんとやら」
─じゃん!─
縁側の向こう側にその火は佇んで居た。
「たしか競争って言ったよな?」
魔理沙は縁側に出て既に怪火を捕まえる気満々だった。
「ちょ、ちょっと待ちなさい!」
慌てて立ち上がり座卓を飛び越えようとする。
──ゴツン!
「痛ぁっ!」
霊夢は目測を誤り足の甲で思いきり座卓を蹴っ飛ばした。突然の激痛に思わず転げまわった。
「おい……何やってるんだ?」
「う、うるさい」
涙目になりながら漸く表に出たが、魔理沙は怪火の側で呆れていた。
「逃げないの?そいつ」
「ああ、何か聞いてたより全然大人しいみたいだ。あんまり熱くも無いしな」
魔理沙が怪火に向かって笑うと、怪火もじゃんじゃんと音を出す。
「ただの人魂なら私の出る幕じゃないわね……」
まだ蹴飛ばした痛みも有る霊夢は、
─じゃんじゃんじゃんじゃん!─
怪火は急に音を鳴らし始めた。
「おお、どうした霊夢が気に入らないのか」
「わ、私は何もしてないわよ」
「それよりお前は取り敢えずあっちを片付けた方が良いんじゃないか?競争は無かったことにしてやるから」
魔理沙が指差す方向には位置がずれた座卓、墨まみれになった御札と座卓から落ち散らばった御札があった。
「見ないようにしてたのに」
御札は結局結構な数が駄目になってしまった、硯の海に水を入れすぎていたのと水入れ諸共溢したのが災いしたのだ。平気だったものを部屋の隅の箪笥にしまう。昨日はいい日だと思ったのに、霊夢は思い肩を落としながら座卓に着く。
「それで、この怪火はどうして居座っているのかしら」
怪火は魔理沙と一緒に入ってきて二人と怪火で座卓を囲んでいた。霊夢はじっと怪火を観察する。人の頭位の大きさだ、結構メラメラしているけど手をかざしてもそんなに熱くない。じっとしているし魔理沙から聞いていた話は盛られていたかもしれない。そう思った。
「でもほら、こいつマナーはわきまえているようだぞ。いっそ飼っちゃうとか」
「そんな犬猫じゃあるまいし……」
─じゃんじゃん─
怪火は返事をするように音を出した。
「こいつ一応話通じているんじゃないか?」
「もしかしたらそうかも、さっきも私が喋ったら急に鳴り始めたし。でも喋れないんじゃねえ」
「そんな事はないぞ、イエスかノーだけわかれば十分だ。イエスなら【じゃん】、ノーなら【じゃんじゃん】と音を出して貰えばいい」
「ああ、なるほどね……わかった?」
─じゃん─
魔理沙はウインクしてみせた。
「じゃあ早速質問しよう、ここ最近この辺りを忙しなくしているのはお前だな?」
─……じゃん─
少し弱めに鳴る。自覚はありそうだと二人は顔を見合わせる。
「えーと、結局お前は悪戯したいだけだったのかね?」
─じゃんじゃん!─
「目的があると」
─じゃん─
「ふむ、何がしたかったのか少し考えてみるか……」
「あ、じゃあ私から一つ。さっきは逃げなかったけど、もしかして此処に用があったの?」
─じゃん!─
二人は再び顔を見合わせた。わからん。
怪火と言えば妖怪と言うよりも霊に近い。寺や冥界に用は有っても神社に用があるとは何なのか。しばらく怪火の火が揺らめくだけの時間が流れる。
「もしかして霊夢が座卓を蹴っ飛ばすのを見に来たんじゃないか」
「そんなわけあるか」
─じゃんじゃん─ ─じゃんじゃん─
怪火流の慰めのように思えて、魔理沙は笑ったが霊夢は嬉しくないといじけてそっぽ向いた。
「ニブイねぇ」
縁側から今度は見知った声が、現れた彼女はいつもの様に酔っていて、笑顔だった。
せせら笑いのようだったが、霊夢はその笑いに少し別の含みを感じ砂粒ほどの嫌な予感がした。
「萃香か」
「いきなり出てきて鈍いとは何よ」
萃香は酒の匂いを漂わせながら近づいてくると断りもなくちゃぶ台の前に座った。
「萃香はこいつと知り合いなのか?」
「うんにゃ、知らないけど。こいつはじゃんじゃん火っていう妖怪だよ」
「じゃんじゃん火?」
「色々種類はあるんだけど……じゃんじゃん火はつがいと二匹で飛ぶ少し特殊な鬼火といった所かな。普通の鬼火と同様に元々は死んだ人間。心中した恋人だったりね。名前の由来は言わなくても分かるよね」
「じゃあこいつはもしかして、つがいを探していたのか?」
魔理沙は手の拳で手のひらを搗いて言った。
─じゃん!─
正解と言わんばかり。だがまだ納得出来ない点が有った。
「待ってよ、なんで神社に来るのよ。私は別に占い師でも人探しの達人でもないんだけど?」
「だな、何なら萃香が探してやってくれよ。お前なら一発で何処にいるか分かるんじゃないか」
魔理沙は手をそのまま萃香の方に向けた。
「ところがそうも行かないんだよね」
「?」
「こいつのつがいは幻想郷には居ないんだよ」
「はぁ?」
二人は唖然とした。
「じゃあ何だ死んじまったのか?いや、成仏?」
「違うでしょ、たぶん……こいつだけ結界を超えてしまったんだわ」
「当たり。じゃんじゃん火はお互い別々の寺に葬られたりしていて、まずそこから落ち合える場所に飛ぶんだけど……」
─じゃん─
「どっちかの寺に問題が有ったか、手傷を負ったか、或いは偶然迷い込んだか……」
─じゃん─
萃香がいっぺんに喋ったため何が起こったのかは分からなかったが、とにかく普段と同じ事をしようとしていたら幻想郷に来てしまった。
そして幻想郷に来てどうなったのかを二人は察した。
じゃんじゃん火は気がついたら見知らぬ場所に居た。一人孤独に知らない世界に飛ばされてしまっていたのだ、焦るのは想像に容易い。だから必死につがいを探し幻想郷中を移動し回る。そして妖怪ながら慣れない妖怪達からは逃げざるを得なかった。
人間が迷い込んだ時とやっていることは全く違いなかったのだ。
「霊夢、どうするんだ?」
魔理沙は少し苦笑いで霊夢の方を向いた。
「も、もしかして……外の世界に帰せって言うの!?」
霊夢はぴしゃりと言う。
「そりゃああんま無いことかもしれないけどさ、こいつに自力で結界を超えるような力はないし。人間は帰りたいと言ったら帰してるんだろう?いいじゃない」
萃香は霊夢と違い普段の調子でけろりと言う。
「人間と妖怪は違うじゃない、それにこいつは迷い混んだんじゃなくて結界の機能として取り込まれたかもしれないし。力が弱くなった妖怪と認識されてたなら、もしかしたら戻った後消えてもおかしくないのよ?」
「おお、珍しく霊夢が妖怪を心配している……」
「そういうつもりじゃないけど、本当に帰るべきなのかって……」
─じゃん─
じゃんじゃん火はその時一度、今までとは違うはっきりとした音を鳴らした。
「こいつが神社に来たのは多分、此処で返す事を聞いたからだよ。偶然か誰かと話したのかは知らないけどね」
言い終わると萃香は頬杖をついてあとは霊夢次第だよと付け加えた
魔理沙は笑っている。
「あー、もう分かったわよ。帰せばいいんでしょ帰せば」
霊夢はぶつくさいいながら立ち上がった。
「そうだ、これ要る?」
ふと思い出し部屋の隅の箪笥からお守りにする予定の御札を取り出してきた。
「げ、偕老洞穴符か。嫌な神社の札だなあ」
萃香の方が先に反応する。
「ん?うちの神社で作るつもりで書いただけなんだけど……まだ御霊入もしてないし、お土産にしかならないけどね」
「ああ、そうなんだ。でもそれ晴明神社の奴じゃん。人の神社丸パクリってあんた……」
そういえば元はそんな所の御札だったかもしれない。で、でも印は博麗神社にしたし人にバレなければ……。霊夢は心で唱える。
「それよりこいつは心中とかして別々の寺に葬られたんだろ。そいつに一緒に年を取って同じ墓に入る札を上げるって、ちょっと失礼じゃないか」
魔理沙は怪訝な顔で言った。
確かにデリカシーが無かったかもしれない。霊夢は再び箪笥の方へ向かう。
「それもそうか……悪かったわね」
─じゃんじゃん!─
じゃんじゃん火は霊夢の方へ寄って行って否定する。
「ほら、欲しいって!」
霊夢は取り敢えず御札をじゃんじゃん火の上に乗せると、一応近くの物は持つことができるらしくふよふよと側に浮きはじめた。
「心中して死んでからも会うくらいだ、本当はそんな暮らしがしたかったんだよ」
萃香は頬杖のまま目を閉じ言った。
「……まあ私はそろそろ帰るか、そいつはちゃんと帰してやれよ」
魔理沙は立ち上がり縁側に出た。
「もう帰るの?」
「他にもやることあるしな」
「萃香は?」
声を掛けた時には萃香は既に失せていた。勝手なやつだと霊夢は頭を掻く。
魔理沙も手を振りつつ飛んで行き、これで博麗神社の呼んでない客人は後一人になった。
「帰る?」
─じゃん─
後日
「あいつは元気にしてるのかな?」
「あいつ?」
「じゃんじゃん火だよ」
「さぁね……」
霊夢と魔理沙はいつもの様に縁側で話していた。
「それにしても、恋人に会いたいがため幻想郷から外に帰るなんてロマンチックな奴だ」
「うーん」
本当に帰してよかったのか。霊夢はあれから考えている。
「とは言えやっぱり妖怪だからね。大人しかったけど、心中しても現世にいるって事はそれだけ世への未練や怨みが強いのよ。ただの霊でなく鬼火になるくらいにはね」
ふう、と溜息をついて霊夢は続けた。
「きっと人間を怨んでる。萃香もやろうと思えば外に出せたと思うし、わざわざ私にさせたのはもしかして馬鹿にされたのかなー」
「考えすぎだろ」
「じゃんじゃん火のような妖怪は悪としないと、同じような死に方する人が出るかもしれないでしょ」
「それは外でやらなくちゃ意味ないじゃないか、幻想郷でやる仕事じゃないさ」
「……まあね、いっそああいうのが縁結びの神にでも成れば心中とか無くなるかも」
後悔しても意味が無い。そう思い考えるのは辞めて霊夢は少し話を変えた。
「どうしたって割を食う奴は居そうなもんだがな」
「そんなもんかしら、難儀ねぇ」
「だから死んでも神様にすがるのかもしれん」
「あの御札は神様いれて無いけどね」
「じゃあ霊夢にすがってたんじゃないか」
「まさか」
霊夢は考える。
縁結びの信仰はかなり強い、人気の高い大国主も縁結びの神だし、イザナギイザナミだって夫婦神として有名だ……
縁結びは元来漠然とした見えない力を司っている。それは人間が決して動かせない部分であり、故に不変の願望でもある。特に恋愛関係で願い事をする人が多いのは思い通りにならないからだろうか。
心中にも願いとして永久相愛的な面があるのかもしれない、だけど一緒に年を取り同じ墓に入る事が難しいからこその心中もある。じゃんじゃん火は別々の寺の墓に埋葬されたようだが、それは生前からあまり良い交際とは認められていなかったに違いない。
魔理沙は割を食う奴と言った。縁を決める神達がいくら頭を捻っても、じゃんじゃん火の様な妖怪は防げないのだろうか。
もし結ばれた縁が切れそうな時、私だったらどうするだろう?
「心中はしたくないなぁ」
─じゃん─
あの音が聞こえた気がした。
こういったお話が読めるのが東方の魅力ですね。
次作を期待してしまいます。
楽しめました
この霊夢の描きかた好きです
非日常の様な日常を垣間見たようで面白かったです
次も期待しています
次回も期待して待ってます。
誤字?というか誤用?自信ないです。私が間違っていたらスルーしてください。
>贅沢するつもりはないけどいくらか作って捌ければ入用の時に役に立ちそうだ。捌けるつもりもないが。
捌くつもりもないが?「捌く」「事ができる」という意味あいだと次の文章の意味が通じなくなるし?とかなり頭をひねりましたが、あえての表現でしたら申し訳ない
>「それがどうやら個々数日の間に幻想郷の至る所で聞いた奴が居るんだ、
たぶん文の意味的に「ここ数日」ではないかと。もしかしたら個々でもいいのかもしれませんが。
前後も巻き込みそうで上手く直せそうに無いので今はこのままにしておきます
個々数日は完全に誤字でした!修正しますね
ご指摘ありがとうございました!
商売勝負はどうなったのかなー