※以前投稿した「亡霊の悪戯と、妖怪寺・聖人達の交流の切っ掛け」と「珍しく働く因幡てゐ」の後のお話です。
「咲夜、ちょっと休暇をあげるから数日くらい仕事せずにゆっくりしてなさい」
ある日の紅魔館の朝。
起き抜けの身支度を整えてくれている従者、十六夜咲夜へ向けて紅魔館の主、レミリア・スカーレットは命じた。
「休暇、ですか……」
実質的に紅魔館を一人で切り盛りしているような身の咲夜には青天の霹靂と言える話だ。
「ええ、ちょっと出かけて来ようと思って」
「はぁ、お一人で?」
「いいえ、フランも連れて行くわ」
咲夜にはこのやり取りで主の意図がくみ取れた。
レミリアが思いつきで無茶な事を命じるのは、日常茶飯事と言っていい程だ。
それも黙って聞き入れるのは従者の役目。
だが、主が間違っているのであればそれを正すのも従者の役目。
これは、どちらであるか。
咲夜は咄嗟には判じかね、黙ってしまった。
どちらでもあるのだ。
時間にして1秒程の迷いの後に咲夜は口を開いた。
「幽々子が白蓮・神子と、輝夜が神奈子・諏訪子と宴会したのが羨ましいから、じゃあうちは地霊殿。 と、そういう事なんですね?」
図星だったらしく、命じた得意気な顔そのままでレミリアは固まった。
「あっちも姉妹なんだから、こっちも姉妹で話をつけに行こうというわけですか」
「……何か問題でも?」
文句を言われると思っているのか、レミリアは不満そうにそっぽを向く。
「私としてもその発想自体は良いと思いますが、少々クリアせねばならない課題が多すぎるかと」
「例えば?」
「妹様が素直に同行するかどうか、地霊殿へ出向いて「宴会したい」という目的が第一と察せられても話を聞いてくれるかどうか、無事に誘いを受けてくれるかどうか……すぐ浮かぶだけでも三つですよ」
地霊殿の主、さとりといえば心を読み、痛い所を突いてくる事によって、嫌われているというのが世間一般の評価、そんな相手と怒らずにまともに話していられるか……という問題については、この場面では敢えて口にしない咲夜。
「でも貴女を使わして宴会に誘うだなんて、嫌味ったらしくない?」
「そう取られるかもしれませんね……美鈴では上手く言いくるめられて帰ってくるでしょうし、私や美鈴より上手く事を運べそうなパチュリー様は、補助ならまだしも、一から十までを動いて頂く理由が難しいとして、一番可能性があるのはお嬢様が自ら、という面もあると思われます」
その発言を聞いて、レミリアの表情は再び得意げなものに変わった。
「そうでしょう? だからここは私が行くしかないのよ」
「……ではまず妹様と話をつける所から始めましょうか。 私が補助に当たりますので、この先必要になる感覚を掴みましょう」
「感覚……?」
「今説明をすると掴めなくなってしまいます、後で妹様の元へ参りましょう」
咲夜はレミリアのそばに寄り、頭を下げて手を差し伸べる。 レミリアは首を傾げつつもその手を取った。
午後になってからそろそろ準備を始めるという事で、咲夜はフランドールを探した。
フランドールは概ね地下に、そうでなければ館内をうろうろしていたり、天気が曇りであれば美鈴の所にいる事もある。
いずれにせよこの紅魔館の敷地内、咲夜ならば造作もなく見つけられる。
広大な館内のとある一画の廊下に、フランドールはいた。
「あ、咲夜ー」
「こんにちは、妹様」
咲夜の姿を見つけたフランドールは、にこやかに声をかけてきた。
「お姉様もいたの?」
「元気そうね、フラン」
一方レミリアに気付いた際の声は、明らかにトーンが下がっている。
「早速だけど、一緒に地霊殿に行きましょう」
「どうして?」
やや引き気味で伏し目がちの姿勢、警戒してしまっているが、レミリアは気にする様子もない。
「幽々子や輝夜が宴会をしたのは知ってる?」
「魔理沙が参加したっていうあれ?」
レミリアや咲夜は文々。新聞からその件を知ったが、フランドールは新聞を読まない。 魔理沙か美鈴から部分的に聞いているのだろう、言葉からすると魔理沙からか。
「そう、それの事ね。 だから私達もやろうと思うのよ。 それで地霊殿は主のさとりにこいしという妹がいるから……」
「お姉様一人で行くんじゃ駄目なの?」
フランドールが冷めた視線を送りつつ問うと、レミリアは胸を張って答えた。
「あっちが姉妹なんだからこっちも姉妹で行って、仲良くなれれば宴会を開きやすいでしょう?」
「……そうねぇ、一緒に地霊殿まで行って下さいフラン様って言ったらいいよ」
「は?」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔をするレミリア、フランドールは正に悪魔のような笑みを浮かべている。
「どうしたの? お姉様、宴会をしたいんでしょう?」
レミリアが俯き怒りに震えだした所で……
「はいお二人共、一旦中断して頂きますよ」
咲夜から声がかかった、何時の間にやら美鈴も居るが、きょろきょろと辺りを見回している。 時を止めて連れて来られたらしい。
「妹様をお願い、あと状況に応じて貴女の判断で補助してくれるかしら?」
「え? あ、はい、解りました」
美鈴はフランドールの後ろに立つと、のしかかるような体勢で抱きかかえて、共に成り行きを見守りだした。
そして咲夜はレミリアの前にしゃがみ込む。
「お嬢様、妹様の言い様に御怒りのようですが、それをこらえられなければこの先上手く行きません」
「……うー」
今回の件はあのさとりが相手となる、咲夜の言葉を聞いてレミリアもその意を察した。
「彼女は妹様の直球なものよりも、もっと辛辣な言葉を投げかけて来る事でしょう。 その中でただ一度でも怒れば、目指す宴会も水の泡。 堪えて根気よく行く事が肝要です。 そして……妹様?」
「な、何?」
レミリアとのやり取りを見て説教をされると思ったのか、フランドールはたじろいだ様子で少し掠れた声を出した。
「……大丈夫です、怒ってはおりませんよ。 正直にお話し下さい、妹様は何故お嬢様にあのように言われたのですか?」
少しもじもじとして迷った後、フランドールは意を決したように口を開く。
「お姉様ってばいつも偉そうに、ああしろこうしろ言うんだもん……」
「それでつい意地悪な事をしてしまった、と」
「うん……」
怒ってはいない、と、咲夜は言ったがフランドールはすっかり萎縮してしまった。
「妹様はお嬢様の事をお嫌いで?」
「そんな事! ない、よ……たぶん」
力強く否定しようとしたが、思い返すと色々引っかかる所があったのか、だんだん弱気になっていく。
「ならば妹様からも、お嬢様を許す、と、お考えください」
「許す?」
フランドールは首を傾げる。 咲夜は頷くとじっと目を見据えて続けた。
「はい、お嬢様が妹様に「偉そうに指示をした」というのも、全ては妹様を思っての事に御座います。 お嬢様は常に妹様を大事に思っておられ、妹様もまたお嬢様を嫌ってはおられないのでしたら、妹様はお嬢様を許し、お嬢様はもう少しでも妹様のお気持ちを考えて頂けば、お二人は仲良くしていられると思うのです」
投げかけられた言葉を反芻してか、フランドールは俯き気味に考えるような仕草をした。
そして咲夜はレミリアへと向き直る。
「お嬢様、この事ももう一つの留意点です。 私達や博麗神社・白玉楼といった面々であれば、お嬢様の人となりを解しておりますが、今回はそうも行きません。 自らの主張を述べるばかりでなく、相手の意を汲みませんと」
「……随分簡単に言うけど……」
「勿論難しい事です。 聞いたからとてすぐ様実行できる事では御座いません。 まずは所々で一歩引いて、相手がどう思ってるか考え……概ね解りませんから不安なら、訊いてみる事ですね」
レミリアとフランドール、両名共にすっかりうなだれてしまっている。
咲夜は二人の手を取ると互いに握らせた。
「さ、難しい話はここまでです。 お二人共、互いに悪く思ってはいらっしゃらないのですから、まずは仲直りしましょう」
レミリアが咲夜を、フランドールが美鈴を見た。 咲夜も美鈴も微笑みを返す。
「……お姉様、ごめんなさい」
先にフランドールが謝った。
「……私の方こそ、いつも押し付けてばかりで悪かったわ」
続いてレミリアも謝る。
「……妹様は地霊殿へは行きたくはないのですか?」
咲夜が問うとフランドールは首を横に振った。
「ううん、私も行った方がいいんだったら、お姉様のお手伝いをするよ」
それを聞いて、レミリアの表情がぱぁっと明るくなり……
「そ、それじゃ早速準、ぐえっ!」
慌しく走っていき出したレミリアだったが、時を止めつつ追いすがった咲夜の腕が後ろから伸び、綺麗に首に決まった。
「お嬢様、一つお忘れですよ?」
「げほっ……な、何?」
咲夜は無言でチラリとフランドールの方を見やった。
「あ……そ、そうね。 ……有難う、フラン」
……
「ところで貴女、結局何も言わなかったわね」
「咲夜さんの采配加減に割り入る余地が無かったんですよぅ……」
……
レミリアとフランドールの両名は、先程の険悪なやり取りなどなかったかのように、和気藹々と館から持ち出すものを見繕い出した。
「……咲夜さんはお手伝いしないんですか?」
門番の仕事に戻ろうとした美鈴は咲夜に止められ、その横について主達を見守っている。
「こんなに楽しそうにしているのを、ぶち壊す程無粋ではないわよ。 貴女だってこの光景を見たら、そう思うでしょう?」
「それもそうですね、いっその事ずっと見ていたいくらいですよ」
答える美鈴はにやけてしまっている。
「ずっと、とはいかないわね」
準備を終えてから咲夜によりチェックが入り、レミリア・フランドール共に不満を漏らす場面もあったが、飽くまで目的を持って行くのであって、遊びではない事から両名共に納得し、問題は出発を控えた段階に至ってから発生した。
「勢ぞろいして何の用?」
美鈴の提案の元、レミリア・フランドール・咲夜・美鈴、四名揃って図書館を訪れた。
「お嬢様とフラン様が、地霊殿に行く事になったんですが……」
美鈴がパチュリーへ事情を説明した。
レミリアは元々咲夜へ言った通り、館の面々には留守の間休暇とするつもりでいたため、館で見送るだけでついて来る必要はないと咲夜に告げた。
すると咲夜が不測の事態が起こらないとも限らず、日中に日傘を持って出るのであれば、地底への洞窟までは同行すると言って譲らなかったのだ。
先程のやり取りからすればレミリアが折れて咲夜の言を聞き入れるべきとも取れるが、普段から働きづめの咲夜にゆっくりしてほしいというレミリアの願いは、両者のやり取りを聞いていたフランドールも美鈴も無碍にはしたくなく、また、咲夜の心配も一理ある。
「……というわけでして、どうしたものかと」
「つまり咲夜や美鈴に働かせなければいいのね」
パチュリーは本を閉じると、ふわふわ浮かんで書架の向こうへと飛んで行った。
すぐに浮かべた何かを携えて戻ってきたと思えば……
「魔理沙……?」
レミリアが困惑気味な声をあげた。
魔理沙が大きな袋に入れられ首から上だけ出して、口にはテープが貼られている。
袋の口は紐で縛られてはおらずに、魔術的な拘束を施しているらしい。
「今日は勝ったんだけど、どう使ってやろうか決めてなかったのよ」
明らかに過剰だが、こうでもしないと隙を見て逃げられるため、図書館の本を「借りて」行く行為への仕返しが出来なくなってしまう。
パチュリーは、魔理沙の口に貼ったテープを勢いよく剥がすと、詰め寄って言った。
「というわけで今回のペナルティは、地底までレミィとフランを無事送り届ける事。 運が良かったわね」
「あー、なんだ、そんなのでいいのか」
念入りに拘束されていた割に声音は平静そのもの、慣れているようだ。
パチュリーは一同が出て行くのを図書館で見送り、程無くして咲夜と美鈴だけが戻ってきた。
「二人は行ったのね」
「はい、魔理沙には気をつけるようにと、念入りに行っておきました」
「私達は休暇扱いで、館の主は一時的にパチュリー様に移行すると仰ってましたよ」
美鈴の言葉に、パチュリーは本に落としていた視線を、咲夜・美鈴に向けて動かした。
「じゃあ早速私から命令するわ」
「え?」
きょとんとした表情を浮かべる美鈴、咲夜は普段とごくわずかに遅れて頭を下げる。
「貴女達の前にまずは……」
パチュリーは席を立つと、咲夜・美鈴についてくるよう促して飛んでいった。
順路を示すような矢印が解りやすく設置されている書架、その隙間をどんどん進んでいく。
平時ならパチュリーか小悪魔が立ち入るかどうかとすら思う程、図書館の中のかなり奥まった場所、書架をどけるか何かで広めにとられたスペースに、幾つか魔法陣が描かれている。
そのうちの一つにパチュリーが立った。
「あー、図書館のパチュリーよ。 館内全域に声を届かせる魔法で話しかけているわ。 レミィが出かけていて、一時的に主を任されたの、そこで貴女達に代理の主人から命令。 レミィが戻るまで休暇とするわ。 但し、はしゃぎすぎて館を壊すような事をしようとすると、それなりに酷い目に遭うような仕掛けがあるから、館内で遊ぶ際は節度を守りなさい。 あと外泊希望者は図書館まで来る事」
やがて外に出たいという妖精達が集まりだした。
パチュリーは、別の魔法陣に置いていた袋から、小さな石を取り出しては妖精に渡して行く。
「これが帰還の魔法を施した陣と石、レミィが戻ったら発動させて呼び戻すから、この石は肌身離さず持ってなくさないように。 光り出して十分でここに戻るわ。 じゃ、行ってらっしゃい」
妖精達への沙汰を終えると、大きく息をついて咲夜・美鈴へと向き直るパチュリー。
「待たせたわね、最後に貴女達よ」
更に別の魔法陣に片手を向けて呪文を呟き、もう片方の手を咲夜・美鈴へと向ける。
光の粒子が咲夜・美鈴に纏わりついて、すぐに消えた。
「はい、これでよし。 地底へ向かったら解るようにしたわ。 様子を見に行こうとは思わない事ね」
「……い、いつの間にこんなものを……」
館に被害を与えそうになると酷い目に遭うという魔法・館全域に声を送る魔法・多数を対象に幾度も発動させられる帰還魔法・特定の地点への接近を察知する魔法……今朝のレミリアの思いつき、或いは昨日一昨日にそれを知らされていたとて、準備の間に合いそうなものではない。
「余所が宴会した事だしうちは地霊殿と……ってレミィが言い出すだろうと思ってね、こんな風にもなるかと準備しておいたのよ、備えあれば憂いなし」
近くに置いてあった安楽椅子にどさっと腰かけると、後ろの方に控えていた小悪魔に合図を送った。
「貴女達もちゃんと休む事。 特に咲夜、元々は貴女を名指しで休めと言っているんだからこの機会にレミィ抜きでなんか遊んでおきなさい」
「はぁ、ですがお恥ずかしい話、こうまとまった時間を頂くのも珍しいですから、すぐには浮かびませんねぇ……」
文字通りの「休む」という意味ならば、普段から停止した時間の中で行ってもいるが、「遊べ」と言われると話は別だ。
「すぐじゃなくていいわよ、休暇なんだから」
「それにしても流石はパチュリー様ですね、咲夜さんも凄まじいですが、負けず劣らずお嬢様を解っていらっしゃる」
「咲夜の熱意には負けるけど、私も年季の入った親友よ」
そう答えるパチュリーは、少し誇らしげだった。
一方レミリアとフランドールは、魔理沙がさす日傘に守られつつ、地底への洞窟を目指していた。
「……安請け合いしたが……この傘、でかいな……」
今回は姉妹そろって出かけるとあって、レミリアに咲夜がついていく際に持つ傘よりも、大きなものを持っている。
その分通常よりも重みがあるせいか、左に持ち替え右に持ち替え、魔理沙の様子はやや辛そうだ。
「もうへばってるの? だらしないわねぇ、咲夜なら涼しい顔して持ち続けてるわよ?」
レミリアがニヤニヤしながら、傘を持つ魔理沙の腕をつつく。 逆の腕はフランドールが握っているため、払う事も出来ない状態だ。
「残念ながら私はただの人間で、うら若き乙女なんでな、箸より重いものを持った事がないんだ」
「咲夜だってただの人間で、うら若き乙女だよ?」
「あいつは乙女だが、ただの人間じゃないな、メイド長って種族だ。 お前私や霊夢が行くまで、人間見た事なかったんだろ?」
淀みなく嘘をつく魔理沙、それを聞いてフランドールは目を輝かせる。
「そうなの!?」
「はいはい嘘教えない」
ぺしっと魔理沙の頭をはたくレミリア。
「そんな冗談はさておき、レミリア、変わってくれないか? お前の荷物の方が持ちやすそうだ」
「駄目よ、貴女のは罰なんだから」
魔理沙の頼みも空しく、レミリアは鰾膠無く断る。
「直射日光に当たったら、お前達ただじゃすまないだろ?」
「少しくらいならちょっと熱い程度よ、限界だって私が思ったら変わるわ」
諦めるしかないと悟って、魔理沙は大股に歩き始めた。
「ちょ、ちょっと、速いわよ!」
「知るか、少しでも早くこの苦行を終わらせてやるんだ。 お前達ちゃんとついてこい」
「だったら私に良い案があるよ!」
「お? なんだ?」
……
魔理沙がフランドールを背負い、背負われたフランドールは片手に自分の荷物を持ち、もう片方の手に傘を持った。
「……それ、傘持つより大変じゃないの?」
「いや、手に持つのと背負うのとでは違うもんだぞ? それに霊夢おぶるのとあんまり変わらないな……っていうかむしろ少し軽い……? フランは軽いんだな、これじゃ将来出るとこ出ないんじゃないか?」
「そんな事ないよ! 私もお姉様も大人のれでぃーになったら、ぼんっきゅっぼんっだよ!」
身振りを交えようとしてしまったらしく、魔理沙の目の前でフランドールの手が少し動いた。
「なんだそのおっさんくさい表現は。 まぁともかくあんまり動かない方がいいぞ。 うっかり顎に当たりでもしたら、多分私は倒れる。」
フランドールが大人しくなったのを確認してから、魔理沙は歩き出した。
「……ところでお前達、地霊殿へ何をしに行くんだ?」
特に意味なく訪れた沈黙を嫌ってか、少し進んだ所で、魔理沙が今回の件の理由を尋ねた。
「幽々子や輝夜達が宴会したって言うじゃない、だからうちもと思ってね」
「あいつらが関わらなかった場所と、ってわけか、解りやすいな」
そういう意味での選択肢なら他にもあるが、後はこんな浮ついた誘いに食いつかないどころか説教をしてきそうな閻魔か、暇つぶしに異変を起こして以降姿を見せる事が減っている天人くらい、どちらも違った意味で声をかけづらい。
「魔理沙はその宴会に参加したんでしょ?」
「おう、幽々子達のとこのは変装してる時にサポートしたり、輝夜達のとこのは宴会の準備を手伝ったり、そういう縁でな」
「じゃあうちのにも参加する気?」
レミリアは少し期待を含んだような声音で問いかけたが魔理沙の言葉はそれの答えではなかった。
「それは開催出来る事になってから言った方がいいな、さとりは強敵だぞ?」
「心を読むらしいね」
「ああ、それで嫌がるような事とか困る事とか言ってニヤニヤするんだ。 まぁ相手次第で程度は違うらしいんだけどな。 お前なんか絶対物凄く煽られるぞ」
それを聞いてレミリアは肩をすくめる。
「咲夜に釘を刺されてるわよ、怒ったらすぐに失敗するですって」
「あいつはそうやってふるいにかけてるみたいだからなぁ」
「ふるいに? どういうこと?」
咲夜の話には無かった情報だ、レミリアが訊ねると魔理沙は宙を見て思い出すようにしてから答えだした。
「心を覗かれるのは誰だって嫌なもんだ、そうやって避けられて、それでも近づいてくる奴は、さとりのその力を利用したい下心のある奴も少なくなかったらしい、勿論そんなのはすぐ見破られて撃退されたそうだが。 で、嫌がる事なく、変な狙いを持たずに居てくれるような奴と付き合ってるんだと。 ……地底にいる奴の受け売りなんだがな」
「ふーん、少なくとも私には利用価値はないわね、運命を操れば事足りるし」
そう口にしてレミリアはふと気づく。
自分の所には運命操作を頼ろうなどといった手合いは現れない。
気心の知れた連中――主に霊夢や魔理沙辺りなど――が冗談で運命をいじってなんとかしてくれなどと言う事もあるが、少なくとも下心を持った輩を撃退した事はない。
煩わしくないのはいいが「誰も来ない」ようで面白くもない事だった。
「だが心読まれてねちっこく言われたらキレるだろお前、簡単に」
「大丈夫よ、咲夜に言われたんだから」
言葉にして発し、更に胸の内でも繰り返す
暗示をかけるかのようなその行動は、自らの怒りやすさを自覚しての事であった。
「私達も喧嘩しそうになったけど、仲直りさせてもらったんだよ」
「そういや同じ傘に入るなんて、と、気になってたがそんな事があったのか」
普段の調子ならフランドールが同じ傘に入る事を嫌っていた事だろう、一変して今回は距離が近い事に何ら抵抗を見せていない。
「こっちもきちんと歩調を合わせて挑まないとね」
「って、さとりとこいしの姉妹仲について知ってるのか?」
「……そういえば知らないわね」
さとりの方は有名でレミリアも知っていたが、こいしについては咲夜も全く言及していなかった。
「いやまぁ仲いいんだろうって思ってたんなら、それで合ってるっぽいんだけどな」
「さとりについては聞いたけどこいしはどんな子なの?」
フランドールに問いかけられ、再び魔理沙は少し思い出す間を置いてから答えた。
「無意識で行動してるらしいな、やる事なす事全部考えてやってる事じゃないとかで。 ああ、だからって何も考えてないってわけじゃないぞ? 何か思いついた事を、そっから更に「考えて」という一拍がない分突拍子もない事を言ったりしたり、だな。 こっちもこれはこれで強敵かもな」
「……なんだか解りにくいわね」
「まぁ合えば解るさ。 表面的には遠慮がなく失礼だと見えるだろうな、お前には」
そう聞いて、レミリアは再び胸中で咲夜に言われたんだから大丈夫、と、繰り返した。
結局途中で魔理沙は力尽きた。
最終的に魔理沙が箒で飛びつつ荷物を預かり、レミリアとフランドールが傘のみを持って進んで行った。
そして地底へ続く洞窟に到着すると……
「ん? なんだありゃ」
「どうしたの?」
洞窟に近寄ろうとせずに魔理沙が止まった。
レミリアとフランドールに手を向けて制止する。
「なんか魔法が仕掛けてあるな、ちょっと調べてくるから木陰辺りで待っててくれ」
魔理沙が一人で洞窟の脇に近づいて行くと、すぐに大きく驚いたような仕草を見せた。
何か頷いているような仕草を幾度かした後、振り向いてこっちへ来いと手招きしだした。
「危険というわけではないのね」
近寄ってみると、魔理沙は地面を指示した。
「パチュリーがなんかやったらしい、この辺にもうちょっと近づいてくれ」
レミリアは言われるままに前に出た。
「レミィ、洞窟に着いたようね」
「え? パチェこんなとこまで来て魔法の準備してたの?」
レミリアからは特に何かしておくようにと頼んではいない。 パチュリーは何か理由があれば外へ出て行く事もあるが、逆になければとことん出ないので意外な事だった。
「地霊殿に自分が行くって言い出すだろうと思って、ちょっと前に準備しといたのよ」
パチュリーから先程の妖精達への対応が説明された。
「それとそこの陣に感知の魔法を仕込んであって、咲夜と美鈴が近づくとこっちで解るようにしておいたわ。 館の事は気にせずに頑張って来なさい」
「ええ、有難う、パチェ」
と、そこで魔理沙が割って入った。
「パチュリー、動かない大図書館が随分と動いたんだな」
「私だってたまには動く、それよりレミィとフランの事頼んだわよ」
「へいへい」
本の拝借未遂のペナルティはここまで送ってくる事ではなかったのだろうか、レミリアが訝しんでいると顔に出ていたのか魔理沙が補足した。
「お前達が地底に行くのは初めてだから着いてってやれだってよ。 まぁ楽しそうだからいいんだけどな」
洞窟を通り過ぎ、縦穴を降りて旧都へと到着した。
「へぇ……結構栄えてんじゃない」
「あんまりそういう事言うもんじゃないぜ。 それにあからさまにきょろきょろするのもなしだ。 こっちの連中はガラが悪いのが多いからな、絡まれちゃ面倒だ」
魔理沙らしからぬ弱気な言……と、レミリアは受け取った。 ニヤニヤと笑みを浮かべて言葉を返す。
「あんたにしちゃ随分弱気じゃないの、ここの奴らは地上の奴らより強いっての?」
「そういう事を言ってんじゃない、お前達は宴会のお誘いに来てるってのに、ここで喧嘩なんてしてどうするんだよ。 一応さとりはここの責任者みたいなものなんだぞ? 挨拶に行く前に終わっちまっちゃ、目も当てられんだろうが」
正論を返されてしまった。 思わず言葉に詰まるレミリア。
「じゃあここでは、ドカーンしちゃいけないんだね」
「そうだな……あいつがいてくれりゃ、楽そうなんだがなぁ……まぁそのうち顔出すだろうな」
先程の話にも「地底にいる奴の受け売り」という発言があった、魔理沙はここで顔の利く者と知り合いらしい。
「そんなに頼りになる奴と知り合いなの?」
「おう、星熊勇儀って知ってるか? 霊夢んとこに居る萃香と昔つるんでた奴で、さとりとも仲良くしてるんだ。 鬼だから腕っ節も強いし、ここでも一目置かれてる」
そんな奴が一緒にいれば因縁をつけてくる奴もいないだろうと、レミリアは納得すると共に、何も起こらないのは少しつまらないような気持ちもよぎった。
「ただあいつは地上の奴らとつるむ気が無いらしくてなぁ……」
「あんた地底の者だったの? キノコっぽいし納得ね」
「お前なぁ……このまま置いてってやろうか?」
レミリアの軽口に、魔理沙は苦い顔をして頭をわしわしと掻いた。
「でもそれならなんで、魔理沙とは友達なの?」
「さぁな、よくわからんが気に入られたらしい」
ふとレミリアは、先程の咲夜の相手がどう思っているかを考えてみろという言を思い出し、考えてみた。
しかし数秒程の考えで……結局、人間にしては強く、力のある者にも物怖じせず挑んでいる――スペルカードルールの上でだが――ことへの興味しか浮かばなかった。
「で、早速地霊殿に行くのか?」
「勿論、そのつもりで来たんだからね」
「ここを真っ直ぐ行けば地霊殿だ」
と、魔理沙は説明したがそれは問題ない。
何せ既に見えているのだから。
「凄い中途半端なとこで案内終わりなのね」
そう、見えてはいるが、中途半端に距離が離れている。
「あんまり近づいて、気付かれるわけにもいかんしな。 パチュリーからは、目的自体の手助けはするなって言われてる」
「ふーん、成程ね」
「ここで待っててやるから、玉砕してくるんだな」
どうも魔理沙は、上手く行くとは全く思っていないらしい。
「そんな事言っちゃっていいの? もし話が弾んで、そのまま数時間も話し込んでくるとかなったらどうすんのよ」
「魔理沙は待ってるの苦手だもんねー」
「そんな事有り得ないから、安心して待ってるぜ」
魔理沙はさとりの事も知っていて、こう断言している、それに今朝咲夜からも難しいだろうと言われていた。
……もしかして話も出来ないのではないだろうか、レミリアはつい弱気になってしまう。
「どうしたの? お姉様」
「……なんでもないわ、さぁ、行きましょう!」
地霊殿の敷地内に入った。
「うちと違って門番はいないのね」
「もう私達が来たって、気付かれてるのかな?」
フランドールは無邪気な表情で首を傾げる。
単に気になっただけらしい。
「どうでしょうね、魔理沙も警戒していたし、気付かれてると思う方が自然なんでしょうけど」
扉をノックすると、すぐ内側に誰かが控えていたかのように……
「はーい」
と、声が帰ってきた。
「紅魔館の……」
名乗ろうとした所で扉が開く。
紫の髪をした、見た目から人間に例えればレミリアやフランドールと同程度か、やや上といった年の頃の少女が顔を出した。
「……紅魔館のレミリアとフランドールよ」
名乗る前に開けられるとは思わなかったため、少し調子が狂ったが、そう告げる。
「えーっと、ここの主のさとりさんはいらっしゃるかしら?」
「……新聞なら間に合ってます」
がちゃ。
扉を閉められた。
「……あ、いや、その、新聞じゃなくてね?」
がちゃ。
再び顔を出して来たが……
「宗教勧誘なら、うちのさとりは黒にゃんこ教を信仰しておりますので」
がちゃ。
再び閉じられた。 よく解らない断りの言葉と共に。
「……宗教勧誘でもないわ」
がちゃ。
「ではどういったご用件でしょう」
「宴会をしようと誘いに来たの」
「……眷属候補を見繕うなら、旧都を探してはどうです? あそこなら屈強な者も沢山いますよ?」
がちゃ。
「え?」
全く考えていなかった事を言われて、レミリアは閉じた扉を前に目を白黒させた。
言われた内容を頭の中で反芻する。
眷属候補を見繕う、つまり……
「いやいや、それも違うって。 別に血を吸ってうちの配下になんて思ってないし、大体なんで、仲良くしようとしに来たのに、引き抜きなんてしなきゃならないってのよ」
「お姉様、吸血鬼にしてやる程血を吸えないもんね」
フランドールからの横槍に、レミリアは慌てた表情を向ける。
「ちょ!? フラン! そんな事言わなくたっていいじゃない!」
「えー? なんで? ここに居て心を読まれてるんなら、言っても言わなくても同じだし、読まれてないなら、悪いように勘違いされてちゃ損だよ?」
確かに眷属がどうこうと言われて、そもそも無理である事は、レミリアも意識してしまったし、地霊殿にとってその危険はないと伝わっていた方がいいだろう、しかし……
「でも不名誉と言わざるを得ないわ」
レミリアにとっては恥ずかしい、それが問題だ。
「そんな事言っても隠せないと思うけど……」
「そうだとしても恥ずかしい事だってあるんだから、フラン、あんただってあるでしょ、言われたくない事」
びしっと指を突きつけられてフランドールは首を傾げる。
「……あんまりないかなぁ?」
「うぎぎ」
地下室暮らしで色々と無頓着なせいか、少なくとも当人には思い当たる所がないらしく、また、レミリアにもそれらしいものは思いつかなかった。
「それよりもほら、お姉様」
フランドールは扉の方を指さす。
「そ、そうね、こんな事言いあってる場合じゃない……」
扉に向き直り、ノックする。
……が、反応は帰ってこない。
「……何度か出てきておいて今更居留守?」
レミリアはおもむろに腰を低く構え手に槍を発現させ……
「お姉様、駄目だよ。 咲夜が怒っちゃ駄目って、それに魔理沙も喧嘩しちゃ駄目って言ってたでしょ?」
発現させようとした所を、フランドールに手を握られ止められた。
「う、そうね、危ない危ない……有難う、フラン」
「えへへ、どういたしまして」
もしフランドールが怒ってしまうようなら、なんとか自分が止める必要があるとレミリアは思っていたが、それどころか逆に止められてしまった。
胸中で反省すると共に冷静さを取り戻す。
「……一旦出直しましょうか」
先程別れた地点で、言葉の通り魔理沙は手持無沙汰そうにしながら待っていた。
「お、どう追い払われた?」
やはり失敗したと前提に置かれている。
「どうもこうも門前払いよ。 私達くらいの小間使いの子みたいなのに、新聞なら間に合ってますとか、宗教勧誘なら間に合ってますとか言われちゃって」
がっくりと肩を落とすレミリア、魔理沙はそれを聞いて顎に手をやり難しい顔をして考えている。
「そいつってもしかして……なんか変な線がうねうねしてたり、それに目玉がついてたりしなかったか?」
「ん? ああ言われてみれば、あと服だったか……ハートマークがあったわ」
魔理沙は手の平に立てた拳をぽん、と置いて言った。
「ああ、さとりだそれ」
「は?」
レミリアの場合、来客に自ら扉まで出向いて行く事はない、更に宗教勧誘と言われたくだりの中でうちのさとり、と発言していたのもあって、本人とは全く思っていなかった。
思わず館の方を見やる。 してやられた……という感覚がふつふつと湧き起こった。
「なんでそんな回りくどい事してんの……」
「お前達を試したんじゃないか? 撃退しようとかかって来られずに、放っておかれたんならまだマシだろ」
取りつく島もないといった状況だが、これでも最悪ではないらしい。
「どうすればいいのかな?」
フランドールの疑問はレミリアの持つそれと同じだ、しかし……
「フラン、それは教えてもらっちゃ駄目よ」
「どうして?」
「今回は咲夜達の手助けはなし、それはつまり私達が、自分でやり遂げなければならないという事。 他の事ならともかく、この一番の目的を助けてもらってはいけないわ」
実の所自分が出た理由は咲夜達への休暇が目的だったのだが、ついレミリアは、フランドールにいい所を見せようと、格好つけて言ってしまった。
「それなら……仕方ないかぁ」
「ええ、二人で頑張りましょう」
レミリアはフランドールの手を取る、フランドールも頷きを返した。
「なんだかすっかり仲良し姉妹になってるな」
「へへーん、いいでしょー」
フランドールは得意げな顔をして、魔理沙を見やる。
フランドールから避けられている・嫌われていると思った事もあったレミリアだったが、先程の館でのやり取りとそれ以降を見るに、単に姉として、或いは館の当主としての判断の押し付けを、煙たがっていただけのようだ。
思えばフランドールが長く地下室にいたため、姉妹で共に何かをする事も……もしかしたらこれが初めてかもしれない。
「しかしそうだとすると、運命を操るのもなしってわけか。 まぁ、そのつもりがあるなら、最初っから上手く行ってるな」
「そりゃそうよ、他の誰かのためならまだしも自分の、それも普段の生活でぽんぽん操作してちゃ、ありがたみも何もあったもんじゃない」
状況が違えば「うちで宴会を開くように運命を操作してやる!」といった趣旨を言い出していたかもしれない事を、完全に棚に上げるレミリア。
「そいつは殊勝なこった。 で、この後はどうするんだ?」
「咲夜達に数日の休暇をというつもりで出てきてるから、着替えやお金も持ってきてるのよ。 泊まるとこ探して作戦会議ってとこ?」
「へー、予算は?」
問われてレミリアは鞄を開けてごそごそ漁ると、大きいがまぐち財布を取り出して、魔理沙に渡した。
「……把握してないのか。 どれどれ……?」
勘当されたとはいえ、腐っても道具屋の娘という事か、魔理沙はかなりの早さで勘定を終えると、レミリアに財布を返す。
「うん、大分あるな。 これなら安いとこ行きゃ数日どころか、一週間だって持つんじゃないか?」
「どこかいいとこ知らない?」
先程自分達でやり遂げねばならないと言ったが、宿泊先に関しては完全に魔理沙を頼ってしまっている。
(五百歳以上って言ってもまるっきり子供、しかも自分だけで、その上金払って宿泊施設で外泊だなんて、したことないだろうしな……)
急にきちんと自分でやれというのも酷だろう、ましてここは地上と比べて治安もよくない……
「はぁ」
魔理沙は大きく息を突いた。
「? 何よ、溜息なんかついて」
「いや、咲夜はよくここへお前達を送り出したもんだなと思ってな」
「いつも咲夜任せで、自分じゃ何も出来ないって言いたいの?」
苛立ちを含んだ声音、すぐに自覚したのかハッとした表情を浮かべるレミリア。
魔理沙はその事には取り合わず、眉間を抑える。
「半分合ってるな。 いや、別にそれを馬鹿にしてるとかじゃないぞ? 実際なんでもかんでも、咲夜がやっちまうんだからある意味仕方ない。 で、あの心配性がお前達をここに来させて、平気な顔して休暇を楽しんでるかっつったら、きっと心配してるんだろうなって思うと、なんだかこっちまで、ひどく落ち着かない気持ちになってな」
自ら地霊殿に赴くつもりであると伝えた際、そしてその後フランドールとのちょっとした喧嘩と準備に至るまで、咲夜は上手くいくようにと助言をくれたが、心配していそうには見えなかった。
その態度こそが、咲夜の気遣いだったのかもしれない。
先程別れたばかりの従者の事を、酷く恋しく思ってしまうレミリアだった。
一方当の従者はと言えば……
相変わらず図書館で降って湧いた休暇を持て余していた。
先程のパチュリーの合図で、小悪魔が出してくれたお茶も、すっかり冷めてしまっている。
パチュリーは「休め」ではなく「遊べ」と言っていた、それはきっとレミリアの意を汲む事となるだろうとは咲夜も思う。
しかしレミリアありきで生活しているため、仕事も――大っぴらに言える事ではないが、その中において遊びまで――レミリアを起点としている。
つまりレミリアがいなければ、何をするも思いつかない。
咲夜がいなければ、レミリアは暮らす事も立ち行かなくなるが、それは逆もまた同じだった。
(自ら事を成して頂ければ、一つ糧となると思ったけれど……)
自分の方もこれ程とは、咲夜自身気付いていなかった。
「……あのー、咲夜さん」
とりあえず何をするか決まるまで一緒に居ると宣言していた美鈴、本を読んで過ごしていたが、おずおずと手を挙げつつ声をかけた。
「何かしら?」
「どうしても思いつかないなら、例えばお嬢様が帰って来た後に、やれる事を増やしておくというのはどうです?」
レミリアが居ないためにやる事が浮かばない、その点を美鈴に見抜かれていた。
余程解りやすいのか、と、咲夜は胸中で溜息をつく。
「そうは言っても、何があるかしら」
大体の事は他でもないこの図書館で、知識を蓄える事が出来る。
この際だからという程の事は、それこそ浮かばない。
「そこを、今だから出来る事で探すんですよ」
今だから出来る事……美鈴の言葉を反芻すると、言わんとする事が解った。
「つまり余所へ行って、そこでどうしてるかを見聞して真似ろって事ね」
「はい、普段ならお嬢様が出かけたいという時でないと、そういう事も出来ませんしね」
確かに得るべきものがあればそれでよし、無ければ無いで気分転換にはなる。
「そうね……そうしようかしら」
「じゃあ、ついていってもいいですか?」
美鈴の申し出は咲夜にとっては意外だった。
「どうして?」
「私はいつも外に立ってばかりですし、たまには仕事抜きで一緒に居てみたいんですよ」
何をするか決まるまでと言っていたが、最初からその後もついてまわるつもりでいたらしい。
「解ったわ。 代わりと言っては難だけど行き先も決めてくれる?」
「え? いいんですか?」
少し戸惑う美鈴に咲夜は微笑みを返す。
「一緒に居たいなんて言ってくれたお礼に、と言うとちょっと変だけど、貴女がここなら良さそうと思った場所でいいわよ」
「有難うございます!」
咲夜は席を立つと、パチュリーに一礼した。
「では、お嬢様のために学んで来ようと思います」
「実りがあるといいわね、行ってらっしゃい」
本に視線を落としたまま、パチュリーはそう返した。
……
咲夜と美鈴が出て行ってから、パチュリーは本に落としていた視線を天井に向けて、大きく息を突いた。
「魔理沙にはレミィ達の事を頼んであるし……これでようやく、久方ぶりにゆっくり読んでいられるわね。 小悪魔、貴女もこっちで座って自由に読んでなさい。 何かある時は言うから」
レミリアとフランドールは、魔理沙に連れられて旧都を歩いていた。
魔理沙は多少ここにも来るとはいえ、流石に宿泊はしていない。
一応は宿場通りに来たものの、どの宿がいいとは薦められず、レミリアとフランドールが値段と外観から判断し……そして結論づけられずにいる。
地底は概ねここだけで完結している……旅行者、例えば地上からの者などを泊める必要も、基本的にはなかったため、施設はそう多くはない、迷っているうちに宿場通りを一通り見てしまった。
「ここだ、ってとこが無かったわけだが……どうする?」
「惜しいとこはあったし、そこで妥協するしかないわね」
そんな具合に引き返し、妥協候補の宿にて。
「ちわーっす。 女将さん、部屋の空きはあるかい?」
カウンターに座り、帳簿に何か書き込んでいた恰幅の良い女性、帳簿を閉じるとにこやかに魔理沙に返事をする。
「ええ、ええ、御座いますよ? ……あら? お客さん見かけない顔で」
勇儀やさとり等と交流があるといえど、宿場には来ない魔理沙はここでは無名のようだ。
「ああ、ちょっと地上から逃れて来たばかりなもんでな、私はこっちに知人がいるんだが、こいつらは私の友人ってだけだから、急に押しかけて面倒見てくれとは頼めないんだ。 んで仕方ないから、数日くらいでも宿で過ごそうってわけだ」
よくもまぁ、すらすらと嘘をつけるものだとレミリアは内心呆れたものの、助けてもらっている以上文句はいえないし、少し考えてみれば、恐らく魔理沙でなく咲夜であっても、似たような事を言って誤魔化していただろうと気付く。
「あらあらそれはご苦労なさって。 ですが非常に心苦しいのですけどね、地上の方からは特別料金を頂く事になっておりまして」
そう言って女将は開いた手の平を出す。
「……五倍!?」
レミリアが驚嘆の声をあげると、女将は物凄い勢いで首を横に振った。
「いえいえいえいえ、幾らなんでも五倍じゃ御座いません。 五割増しです」
「五倍に比べりゃ大人しいもんだが、結構な暴利じゃないか」
魔理沙の言に、女将は肩をすぼめて身を小さくする。
「ええ、私どもが地上の方を受け入れるのは危険が御座います。 間欠泉の騒ぎ以降は、地上と地底を往来する者も増えておりますが、表向きは変わらず御法度。 表沙汰になればお咎めを受ける事も考えられますのでね。 これでも以前よりはお安くなっているのですよ、何せ間欠泉の件の前は二倍でしたから」
「ああ……そうか、そういや地上の奴は紹介がないと泊まれない、ってとこもあるんだっけ」
「その通りです。 こちらに知人がおられると仰いましたね、その方とであれば不自由はないでしょう」
「うーむ、そうか……」
魔理沙は当たり前のように、レミリアの鞄からがまぐち財布を取り出すと、紙幣を一枚出してカウンターに置いた。
文句を言いそうになったレミリアだったが既の所でこらえる。
「おかげで助かった、ありがとな」
「明日は仲間となるかもしれない方々に冷たくは出来ません、改めてお泊りになる所をお考えの際に、思い出す事があれば是非お越しくださいませ」
「さーて、五割増し払うか、勇儀に手伝ってもらえるかだなー……」
「随分と手馴れてたわねぇ」
地上から逃げてきたという言い方といい、お礼の言葉と共に差し出したお金といい、いかにも法から外れた者達の流儀といった風情の行動だ。
「魔理沙、なんかかっこよかったよ!」
「フラン、あれに憧れるのは頼むからやめて」
「あー、その、なんだ、こういうもんだって聞いてたからな。 地上の奴を警戒してるだとか、情報をもらったらお礼をしろだとか……あとあの女将さんもそれっぽい事言ってたが、仲間と認められれば優しいんだとさ」
それを聞いて宿を振り返るレミリア。
もしも魔理沙がいなかったら、もしも別の宿にフランドールと二人だけで入っていたら、面倒な事になっていたかもしれない。
「お前達だけだったらどうなってたんだろうな」
「……ま、碌でもない展開になってたでしょうね、助かったわ」
流石に怒って暴れたりはしなかっただろうと、希望的観測を前提に置いて、レミリアは考える。 さとりを宴会に招きたいという目的を持って地上から来たと話して、どう受け取られるかといった所だろうか。
「改めて、咲夜の決断には恐れ入るってとこだなぁ全く……」
「……本当はこっそりついてきて様子を見るつもりだったけど、パチェに止められて無理になって、代わりにあんたがついててくれてるから心配だけど任せてる、ってとこ?」
魔理沙は意外だといった表情を浮かべて頬を掻いた。
「お前がそんな風に誰かの考えを想像するって、珍しくないか?」
「咲夜に言われたのよ、やってみるようにって」
「大体解らないだろうし、不安なら訊いてみろって言ってたね」
「確かに、さとりを相手にするならそういう姿勢は評価されるかもな。 さ、立ち話してんのも難だし勇儀を探してみようぜ」
そういうと、魔理沙はさっさと歩き出した。
何故それが評価されるのかはレミリアには解らなかったが、その理由を問うよりも目の前の問題を片付けるべく後に続く。
繁華街をうろつきながら、魔理沙が手当たり次第に勇儀の行き先を知らないかと訊ねる一方、楽しげな雰囲気と見慣れないものにすっかり舞い上がって、あれこれ欲しがるフランドールをレミリアは必死に止めていた。
程なくして一行に見慣れぬ妖怪から声がかかった。
「失礼、貴女方は先程宿場に現れた地上からの者と名乗る、人妖三名に違いありませんね?」
「ん? ああ、そうだが」
魔理沙が応対し、これを見てフランドールも流石に大人しくなった。
「知人がおられるとの事でしたが、それは星熊勇儀で?」
「ああ、なんか知らんがあいつが気に入ってくれてる地上の魔法使い、と、言えば宿場でなくこっちでなら、知ってる奴も居るんじゃないか?」
それを聞いて妖怪は頭を下げる。
「これはとんだご無礼を、私はあの宿の使いで、それとなく貴女方の動向を窺っておりました」
「なんかここに厄介ごとを持ち込みはしないか、って事か。 悪いな、それならちゃんと勇儀の名前を出しとくんだった。 で、様子を見てたんなら、なんで声をかけてきたんだ?」
妖怪は背後の方を親指で示した。
「別の使いの者が勇儀殿の元へ向かっております。 この件を耳に通しておくために。 ですので、その者が連絡に参り次第ご案内しましょう」
「おお、そいつは有り難い。 じゃあ遠慮なく案内してもらおうか」
もしかして魔理沙は疑われているのでは……レミリアの胸中にそんな想像がよぎったが、勇儀とやらと知人である事は紛れも無く事実だろう、そう思って気楽に構えて成り行きを見守る事にした。
長屋が軒を連ねる一角、そのうちの一軒に勇儀がいると指し示されたが、少し離れた所でも何か盛り上がっている声が聞こえた。
「一悶着解決させた後の酒宴に招かれているのですが……如何致します?」
案内をしてくれた、勇儀を探していた妖怪は控えめに質問した。 人間である魔理沙が、鬼のいる酒宴に参加させられては潰されると思っての事か。
「あー、一応話はしておきたいからなぁ…… 私が開けて入ってくのもアレだろ? 悪いけど勇儀に知らせてくれないか?」
地底の妖怪は頷くと長屋へと近づき、そして入っていった。 すぐに勇儀を伴って出て来る、勇儀は魔理沙に気付くと大きく手を振りながら近寄ってきた。
「やぁ白黒の、地上から逃げてきたって聞いたけど、本の借り過ぎでついに追い払われたのかい?」
「悪いな、逃げてきた、ってのは嘘なんだ。 今回は地底に初めて来るこいつらの手伝いで来てる」
嘘と聞いてほんのり赤く染まった勇儀の表情は、やや不機嫌に変わった。
気に入っている魔理沙が移住して来るのかと思えば、嘘だったからだろうかとレミリアは思いつつも自己紹介をした。
「初めまして、紅魔館のレミリアよ、こっちは妹のフランドール」
「うん? レミリア? どっかで聞いたような……ああ、萃香が言ってた西洋の鬼か、何しに来たのかを教えて欲しいんだけど……こいつらにも聞いてもらっていいかな?」
勇儀の不機嫌はすぐに鳴りを潜め、治安維持に一役買っている面を露わにした。
むしろ聞いていてもらった方が話は早い、レミリアは頷いて説明を始める。
「地霊殿と宴会したいと思って来たんだけど、さとりに門前払いされたのよ」
「宴会? そりゃまたなんで……私ゃさとりとは他より親しくしてると自負があるけど、あんたらと交流があるって聞かないよ?」
酒宴とやらは放っておいて話していてしまっていいのだろうか……気になったレミリアだが、そこを指摘してもし万一、あっちで飲みながらと言われると大変だ、敢えて気にしない事にした。
「理由としては至って単純よ、白玉楼と命蓮寺、永遠亭と守矢神社、異変絡みのあいつらが宴会したから、私と同じく残った地霊殿とやってみたいと思っただけ」
「なんだいそりゃ、さとりやあそこの連中と仲良くしたいからってんじゃなくって、ただ単に残り物繋がりでって事かい? あんたら地上で嫌われてんの?」
「なっ!? そ、そんな事……!」
レミリアはそんな事ないと否定しようとしたが、普段の生活を思うと然程来客は多くないと感じるのも事実、これはもしや……と思いたくないが思いかけた所で魔理沙から横槍が入った。
「あー、こいつらは嫌われてないと思うぜ? 私はちょくちょく遊びに行ってるし、他の奴だって行く事もある。 ただこいつが寂しがってもっと誰か来ないかって、常日頃思ってるだけだ」
魔理沙から帽子越しにぐりぐりと頭を撫でられるレミリア。
「ちょっと魔理沙、寂しがってるだなんて……!」
「お姉様、何日も誰も来ないと機嫌悪いもんね」
フランドールからも余計な補足が入った。
「うぎぎ……あ、あんた達ねぇ……」
「おっと、内輪もめはそこまでにしてくれないかい? 実際来てみてあんた達はさとりをどう思った? と言っても、門前払いじゃ解るもんも解らない、か」
「どうって? そうねぇ……」
レミリアは腕を組んで考え出した、その間にフランドールが勢いよく手を挙げる。
「はいはーい! お姉様が考えてる間に私から!」
「威勢がいいな、じゃ、あんたから」
「うん! 私は四百九十五年間紅魔館の地下室で過ごしてたの。 だから思うんだけど、たまには外にも出ないと勿体ないって」
そう聞いて勇儀の表情が少し曇った。
「地底に居るばかりでなく地上に出ろと?」
「そうじゃないよ。 地下室にいた私は、お姉様と咲夜とパチュリーと美鈴しか知らなかったけど、霊夢と魔理沙が来てから外に出て、遊びに来た幽々子や妖夢と会ったりもしたんだ。 館のみんなだけじゃなく、外のみんなもいい奴だったよ。 さとりは外のみんながいい奴だけじゃなかったから、館に篭るようにしたみたいだけど、待ってるだけじゃお姉様みたいになっちゃうもん」
「ちょ、それってどうもごっ……」
文句を言おうとしたレミリアは魔理沙に口を押えつけられた。 むーむーと不満の声を漏らす。
本気を出せば魔理沙の腕尽くの拘束を解くくらい、吸血鬼たるレミリアには造作もないが、そうまでして話に割って入るべきではないとは理解している。 余計な一言は入れるなという、せめてもの意思表示だった。
「……勘違いしてるとこもあるけど、一理あるねぇ、あいつはここ地底の奴らとも一部としか付き合ってない。 そしてあいつの事を恐れるばかりじゃない奴だっているのも事実、と。 これみたいにね」
勇儀は魔理沙を指さした。 当の魔理沙は意外そうな顔をして答える。
「いや? 私はこれで結構あいつは苦手だぜ?」
「面倒くさがりながらも、避けたり嫌ったりせずに会ってるじゃないか」
「まぁな、心を読まれるのは落ち着かないが、読まれて困るような事はあんまりない」
魔理沙は胸を張る。
恥ずべき所の無い生き方とは決して言えないはずなのだが、この自信はどこからくるのだろうなどとレミリアは考えた。
「で、むーむー言ってたお嬢さんの方は?」
「話聞いてたらなんだか……妙な親近感が湧いちゃったわ」
「ほぅ?」
「私もさとりは心を読む事で、嫌われ者で通ってるという噂は知ってたわ。 でも魔理沙の話を聞いたり、貴女の言い様を聞いたりしてるとどうも、嫌われてばかりの一匹狼してるわけでもないみたいじゃない。 魔理沙に、貴女、それ以外も居るんでしょ? さとりの友達って」
館に篭って自分達だけで過ごすなど、出来るものなのだろうかと疑問があった。
そこから魔理沙の話と、勇儀の一言で思った事をレミリアは口にする。
「ああ、そんなに多くはないんだけどね」
「多くはないけど「友達」って言えるそれなりに親しいのが、確かにいるってんでしょ? それってつまり、ほんとに全部拒絶してるって話じゃなくなるわ。 魔理沙が言うには付き合っていける奴かどうかを、ふるいにかけてるって話だけど……私達の門前払いもそういう事なんじゃない?」
勇儀は魔理沙の方を見た。
どうやら魔理沙の言っていた「地底の奴の受け売り」は勇儀の言っていた事だったらしい。
「しかも魔理沙まで友達だって言うなら……魔理沙があそこに行ったのって最近でしょ? もう他人と付き合うなんてこりごりで、古い友人だけいればいいっていう事でもない。 だったら私だって友達になれるはずよ」
「ふーん……で、私に手伝えっていうのかい?」
レミリアの話を聞き終えると、勇儀はニヤリと笑ってそう言った。
協力を求めても断られそうだと、レミリアはなんとなく感じたが……
「いいえ、さとりと打ち解けるための手伝いを求めに来たわけじゃないわ」
元よりそこに助けを求めるつもりはない、きっぱりとそういうと勇儀は少し意外そうな顔をした。
「門前払いされちまったから、明日出直す事にして、こっちで宿を取ろうとしたんだよ」
「あー、それで私に報告が来たんだね。 手助けが欲しいのはそっちの事か」
魔理沙が目的について補足をしてくれて、勇儀は納得した様子を見せる。
勇儀が、監視役の妖怪の方を見やるとこくりと頷いた。
「そうよ、さとりとの事は飽くまで私とフランでやるわ、協力は要らない」
「成程本気ってわけかい。 そういう事なら一肌脱ごうか」
それはレミリアとフランドールにとっては意外な申し出だった。
「え? いいの?」
「あんた地上の奴は好きじゃないんだって聞いたけど?」
勇儀との短時間のこのやり取りでも、豪放な性格であろうとレミリアにも窺えた。
裏があるとは思えない。
しかし、勇儀は地上の者とは付き合いたがらないと聞かされていたレミリアには不可解だ。
「さとりと友達になってやるだなんて、真っ直ぐに言う奴は珍しいからね、あんたは見た目の通りの奴みたいだし、きっとあいつにも悪い話じゃないだろう」
見た目の通り、というフレーズに引っかかりを覚えたが、認めた上で協力してくれるらしい。
「それは心強いわね」
「で、泊まるのはこいつらの所でいいのかい?」
「そうね、女将さんが親切にしてくれた事だし」
「解った。 ……そういう事だからしっかり頼んだよ。 私もこっちが終わったら後で挨拶に行くよ」
尾行をしていた妖怪・案内してくれた妖怪、両名共に勇儀に頭を下げた。
宿へと戻って部屋に案内され……荷物を置いて一息ついた後、レミリアとフランドールは早速作戦会議と称して、次に訪ねる際の方針を議論する事にした。
「あんたの助言はいらないからね」
と、ついてきている魔理沙に釘を刺す。
「じゃあ、お前達が何をしようとするのか、楽しく聞かせてもらおうか」
「それはいいとして、あんたいつまでついてくんの?」
宿の部屋はレミリアとフランドールだけという事になっているため、帰るつもりではいるようだが……
「パチュリーに頼まれてるし、何よりこんなのそうそう見られるもんじゃないし、最後まで付き合うぜ。 適当なとこで一旦帰ってまた来るつもりだが」
「ふーん……まぁ助かってるしお礼は言っとくよ、有難う」
「はいはいどういたしまして。 じゃ、私の事は気にせず作戦を立ててくれ」
立ち上がるのを面倒くさがってか、魔理沙は四つん這いで壁際まで行くと座り直し、腕組みをしてレミリアとフランドールを眺め出す。
「まずは中に入れてもらわないと、話にならないわね」
「さっきのお姉様がやろうとしたみたい、にドアをドカーンして入れてもらうんじゃ駄目なんだよね」
そう言うフランドールは、表情も声音も無邪気なものだ。
悪気なくレミリアの痛い所を突いている。
「……そ、そうね、さとりが自分から私達を館に入れようと、話を聞こうというように思ってもらわないと始まらないわ」
「ケーキを持っていってお茶に誘う?」
「今のままだと、和菓子派だとか言われて断られそうね」
レミリアには容易に想像出来た。
先程扉を少し開けて、顔を出して話していたように「折角のお誘いですが、申し訳ありません、私は和菓子派ですので」と言われて扉が閉じられる様が、あまりに鮮明にイメージされる。
「そっか、何かを使ったりしちゃいけないんだね……でもそういうのが駄目なんだったら、今は何をしても無理じゃないかな?」
「もうちょっと詳しくお願い」
地下室暮らしの長かったフランドールは、解りにくい言い方をする事が往々にしてある、レミリアが説明を求めると、視線をあげて考えつつ話し始めた。
「えーっと……お菓子とかで誘って入れてもらっても、さとりの気持ちは変わってないんだから、意味がないよね。 だから何か持っていったりしないでやらなきゃならないけど、今は私達と友達になっていいかを、私達に冷たくしてその反応で決めてるんだとしたら……」
「結局やられるままでいて、堪え続けるのが今の所一番良さそうな手段って事、か……うーん、そういう覚悟だって言っても、なんだかちょっと気が重くなるわね」
ふるいにかけていると言うが、さとりは何を以て認めるというのだろう、先が見えないのは辛い所だ。
「お姉様、さっき危ない所だったしね」
「貴女が止めてくれなかったらと思うと恐ろしいわ、そこは認めないとね。 有難う、フラン」
「うん!」
レミリアのお礼に、フランドールは屈託のない笑顔を返す。
何かにつけ生意気だった妹が、こんなに素直でかわいいなんて、と、レミリアは密かに感動し、会話が少し途切れた。
「……貴女なら私が考えるよりも、さとりの感覚に近いのかしらね。 フラン、貴女なら地下室に居る時に、話した事無い奴が友達になろうってやってきたらどう?」
そして途切れた間に浮かんだ質問を投げかけるレミリア。
フランドールは困ったような表情を浮かべる。
「え? それは……どうかなぁ、何話せばいいかわかんないよ?」
「どうすれば話して、打ち解けられそう?」
「……じっとそこに居て待ってたら、何か思いついたら話すかも」
さとりに対しても通用するだろうかと、レミリアは考える。
魔理沙は撃退されなかっただけマシと言っていた。
根気よく待っているのを見れば、その熱意に興味を持つ……かもしれない。
「じゃあ明日は入れてもらえず、これ以上話もしないって状況になったら、無理に声をかけたり扉をノックしたりせず、館の前でしばらく過ごしてみようか」
「でも大丈夫かな……? さとりのは私のと違うし……」
「雲行きが怪しかったら、すぐ退散すればいいわよ。 ……多分」
二人揃って弱気ではあるが、一応方針は決まった。
その後レミリアは魔理沙に頼んで、フランドールと三人で買い物に出た。
館の前で待つと決めたはいいが、それではフランドールが退屈を訴えるのではないかという懸念が湧き、待つ間の暇つぶしがあった方がいいと判断したためだ。
幸いにも美鈴やパチュリーのおかげで、フランドールも「本を読む」事に抵抗が無くなって来ているので、書店に行くだけで事足りた。
翌日。
今日も付き添ってくれるという魔理沙の到着を待っているため、レミリアとフランドールは朝食を終えた後も、まだ出発していなかった。
レミリアは、どうせ魔理沙は館の近くまでは行かないんだろうし、待たなくていいんじゃないか……と、言ったものの、フランドールが納得しなかった。
「待たせたな」
現れた魔理沙は、悪びれもせずそう言う。
「遅いわよ」
「まぁまぁいいじゃないか、今日もきっちり補助してやるんだから」
「自分で言うこっちゃないでしょうが……」
魔理沙が言わずとも、もしかしたらフランドールが、魔理沙自身の言った内容と同じような事を言って、助け舟を出していたかもしれない、そう思ってチラリと窺うと少し不満そうに見えた。
「大丈夫よフラン、怒ってるんじゃないわ」
「そうそう、じゃれあってるようなもんだ」
魔理沙はレミリアとフランドールの手を取り、重ねさせると、その手を引くようにして二人の前に立った。
「よし、行こうぜ」
「って、こんな連行されてるみたいな歩き方しないっての」
昨日と同じように途中で魔理沙と別れ――今回は話が出来なくとも、館の前で待ってみるつもりだと伝えたため、魔理沙も適当に時間を潰しに行ってから、宿に戻ってみるという事になった――……レミリアとフランドールは地霊殿の前に到着した。
扉をノックする……もしかしたらそもそも応対すらされないのではという思いも一瞬よぎったが……
ゆっくりと扉が開き、無言で顔を出す少女の姿。
昨日散々に断っていた彼女、魔理沙が言うにはこの娘こそがさとりだ。
「もうバレてるんですね」
何も言わずとも通じている。
レミリアは、咲夜の指示を出さずとも望む事を用意する様を思い出したが、さとりとは色々な意味で質が違う。
「私達の用件は解ってるんでしょ?」
「ええ、宴会に誘おうとしに来た、と。 迷惑だ、と言ったらどうします? 昨日やろうとしたように、ドアを破壊して押し入りますか?」
ニヤニヤしながらさとりはそう言った。
それこそ昨日のレミリアなら、このような挑発を受ければ、本当にやっていたかもしれない。
しかし咲夜に、そしてフランドールに止められた、その上既にこういった事をされるのは想定済みだ。
「いいえ、貴女の気が変わるまで待つわ」
「そうですか」
短くそれだけ言ってさとりは扉を閉じた。
いずれにせよ、追い払おうとするような言葉は無駄であると判断したのだろうか、レミリアはフランドールの方へ向き直って……
「それじゃあ昨日話した通りにしようか」
「でもここだと誰か来たら邪魔だよね」
フランドールの心配も尤もだ。
レミリアはきょろきょろと辺りを見回して待機する場所を探す。
「あの辺の塀の裏側にでもしときましょ、門からちょっと離れてるから、入ってくる時には見えないでしょうし」
「なんでわざわざこんな所で本なんて読んでるんだい?」
案の定ただ立って待っているだけでは退屈になり、昨日購入した本を二人それぞれ読んでいると、覚えのある声がかかった。
「ん? ああ、勇儀、おはよ……じゃなくてもうこんにちは?」
地底では空の明るさも解らず、またレミリアは時計を持ち歩く習慣が無いので、挨拶の言葉に迷ってしまった。
「そろそろ昼だからこんにちはだね」
「結構経ってたのね。 今日も碌に話聞いてもらえなかったから、気が変わるまで待つって言ってここにいたのよ、正面だと誰か来た時に邪魔になっちゃうだろうってフランが言うから、目立たないここでね」
「成程ね、入って行く時は全然気づかなかったから、その気遣いは上手く行ったようだ。 でもさとりにあんたらが来て外に居ると聞かされて、どっかに隠れてるんだろって答えちゃったよ」
出て来る際に気付いて、話しかけてきたらしい。
レミリアもフランドールも、本を読んでいたため、勇儀が訪ねてきていた事には気付いていなかった。
「どうせここに居る事もバレてるんでしょうし、別に問題無いんじゃない? ところで貴女はなんで来たの?」
「昨日の酒盛りの件の報告にね……私が無理矢理丸く収めちゃったけど、仲違いがあってそれを解決したんだって事を、ちゃんと伝えとかないと」
「そういえばあんたって、ここのまとめ役みたいな事してんの? 昨日も私達が来た事を、わざわざ報告されてたみたいだし」
大分毛色は違うが、咲夜の役割と幾らか重なる所がある、レミリアはその部分に興味を持った。
「ああ、自分から買って出たわけじゃないんだけどね……鬼だから腕っぷしが強いし、何かと周りに頼られてねぇ。 それでいろんな奴に、勇儀さん勇儀さんって持ち上げられて、何時の間にやらすっかり自警団長みたいなもんになってたよ。 さとりとも付き合いがあるし、なるべくしてなったとも言えるのかな……ま、お礼に美味いもん食わせてもらったり、酒飲んだり出来る事が多いから、悪くはないね」
「ふーん、なんというか、凄く天職って感じね」
能力として適任であり、立ち位置も担うに適切、おまけに自身もそれなりに気に入っている、中々良い運命を引いているようだと感心するレミリア。
「そんな事よりあんたら、いつまでここで立ってるんだい? 話した限りさとりはまだ、それ程前向きになっていないようだけど」
「うーん、それじゃあ……魔理沙を待たせてるし、もうお昼ならとりあえず一旦戻ろうか」
勇儀とは戻る途中で別れたが、去り際に「後で行くよ、紹介したい奴がいるんだ」などと言っていた。
地上の者を避けているのは勇儀だけで、他の連中はそうでもないのだろうか……疑問はあるが、それよりも退屈しなくて済みそうだという事が、レミリアには有り難かった。
とりあえず宿に戻ってフランドールと共に一息つくレミリア。
「お姉様ー、お昼ごはんはどうするのー?」
「魔理沙が来てくれればいいんだけど……女将さんに何か作ってもらえないか、訊いてみようか?」
魔理沙に言わせれば、咲夜の持たせてくれたお金は余裕があるようだが、どう必要になるか・またどれ程かかるかは、普段咲夜任せのレミリアには想像もつかず、極力使用は控えたい所だった。
勇儀が訪ねてくるつもりだと聞いて、退屈しなくて済みそうだと思ったのも、それが原因だ。
お金を使わないようにとなれば、必然的に宿でゆっくりする選択を取らざるを得ず、そして何もせずにゆっくりしている事は、幼い性格のレミリアやフランドールには、退屈な事でしかない。
「お金に余裕があるんなら、昨日行ったあそこで何か食べようよー」
あそこ、とは繁華街の事だろう。
館にいてばかりのこの姉妹には、店先で購入して、歩きながら食べられるようなものを、思いのままに買う経験など、そうそう得られるものではない。
「うーん、お金をどう使う事になるか解らないから、あんまり使いたくないのよね」
「それなら魔理沙に決めてもらえばいいじゃん、どうせ便りにしきっちゃってるんだから、これくらいいいでしょ?」
不満そうに言うフランドールの様子を見て、それも一理あると思うと共に、喜ばせてやりたいとレミリアは考えた。
「そうね、じゃ、しばらく魔理沙を待って……来なかったらもう、私達だけであそこに行きましょ。 でも、魔理沙が来なかったらちょっと我慢しないとね」
「うん!」
しかし魔理沙は現れず……
「まだここに居たか」
勇儀が先に現れた。
「え? 後でって言ってたのにもう?」
「いなけりゃいないで、夜にでもまた来ればいいか、ってね。 それに宿の事をあいつに面倒見てもらってたんだから、もしかしたら食事をどうすべきかで、迷ってるかもしれないとも思ったのさ」
図星だ、見事な程に。
「うん、正にその通りよ。 お金をどこまで使っていいのかとか、わかんないから迷っててねぇ」
「あんたらも鬼だって言うけど、私らみたいによく食べるのかい?」
勇儀はレミリアとフランドールを交互に見やる。
その視線には少しの期待があるような、どことなく楽しそうなものだった。
「いいえ、それも見た目の通りね」
「なんだ、子供みたいなくせにどれだけ食べるんだ、って、面白いものが見られるかと思ったのに」
残念そうにする勇儀だがすぐに表情を明るくさせる。
「それなら私がおごってやろうじゃないか」
「え? ほんとに?」
「ああ、その代わりと言っちゃ難だが……おーい、パルスィ」
勇儀が声をかけて、部屋の外に控えていた人物が入ってきた。
「初めまして、水橋パルスィよ。 貴女達がさとりと仲良くしようとしてるって聞いて、会ってみたくなったの」
「というわけだから、こいつと話してやってくれないか?」
「構わないわ。 ……レミリアよ、こっちは妹のフランドール」
「よろしくね!」
パルスィはぺこりと頭を下げた。
フランドールもぎこちなくそれに倣う。
「しょっちゅう妬ましい妬ましいって言うが、気にしないでやってくれ、そういう妖怪なんでね」
「嫉妬心を操る能力があるの。 だけど理由もなく、みだりに焚き付けたりはしないわ」
「自分が妬んでるだけの方が多い……というよりも、能力使ってる所見た事ないな」
怒りっぽいレミリアには覿面な効果を発揮する事だろう、それを向けられる事はなさそうと聞いて少し安心する。
「じゃ、行くとしようか、お腹すかせてるんだろう?」
繁華街に到着すると、昨日同様フランドールが目を輝かせだした。
「フラン、よその人に食べさせてもらうんだから、食べたいものを片っ端から買って、食べきれなかったなんて事になっちゃ駄目よ。 ちゃんと食べ切れる量だけにしなさい」
「えー……うん、わかった」
不満そうな声を漏らしたものの、勇儀の方を見やると、渋々といった様子ながらも頷くフランドール。
「こう言うと気を悪くするかもしれないが、いかにも幼い姉妹って感じで、凄く微笑ましいねぇ」
「仲良し姉妹ね、妬ましいわ」
勇儀の言には少しムッとしてしまったレミリアだったが、続けてのパルスィの言には嬉しくさせられた。
フランドールの方も、今しがたの不満が掻き消えたように笑みを浮かべる。
「仲良く見えるのなら何よりだわ。 こっちに来る直前まで、良好とは言えない関係だったんだから」
「そりゃ穏やかじゃないね、おやつの取り合いでもしたのかい?」
完全にレミリアを幼子扱いする勇儀、慣れるしかなさそうと見て、レミリアは咲夜の事を考えてクールダウンを試みる。
「お姉様が私に色々言うのを、私が嫌がってたんだよ」
考えてる間の沈黙に、フランドールが補足した。
まるでフランドールが悪いような言い方だが……
「いいえ、私の方も言い方が悪かったのよ、貴女の気持ちを考えずに押し付けてばかりで」
「その様子からすると、上手い具合に仲裁してもらったのね」
パルスィに言い当てられて、レミリアは驚きの表情を向けた。
「貴女達をよく見て心配する者がそばにいるのね、妬ましいわ」
「そうよ、私達の事しか考えてないんじゃないかってくらい。 だから今回二人で出てきて休暇をあげたの」
レミリアは「私達」と言ったものの、そう言うには、咲夜のそれはいささか比重が偏っている。
自覚もあったが、最近では美鈴がフランドール寄りとも言えるため、きっと良いバランスなのだろうと考えた。
「それ程なんだったら、離れるのが辛いという事もあるんじゃないかい?」
勇儀の発言はレミリアの胸中を騒がせた。
魔理沙も心配しているのではないかと口にしていた、咲夜はどうしているだろう……
「あれ? 貴女達だけなの? レミリアは?」
白玉楼を訪ね、その一室に通された咲夜と美鈴、幽々子から開口一番そう質問された。
「お嬢様は妹様と共に、地底へ行かれているの。 昨日からとある目的のために、向こうに滞在中なのよ」
従者としてではない訪問故か、咲夜の口調は砕けたものだ。
「地底ねぇ……あ、ちょっと待ってね。 何をしに行ったのか当ててみたいの」
咲夜の説明を聞いて、幽々子は楽しそうに笑みを浮かべてそう答えた。
取り出した扇子を閉じたまま、ぴっと妖夢に向ける。
「さ、妖夢、当ててみて?」
「え? 幽々子様が当てるんじゃないんですか?」
「貴女の予想を聞いてみたいのよ」
相変わらず仲の良い二人だと、咲夜は胸中で呟く。
咲夜の持つ主従像とは違った形を持つ両名を見ていると……
「うーん、咲夜を置いて、というのがあってよく解らないです。 一緒なんだったら、地霊殿に何かしに行くのかなと思うんですが」
妖夢の答えを聞いて、咲夜はよぎった思いを振り払った。
今は幼いレミリアも、いずれはこの亡霊などのように、未熟な従者を導く事もあるのだろうか、そんな想像は今はしてはいけない事だ。
「私は宴会のお誘いに行ったんだと思うわ。 あっちが姉妹のいる館なんだから、こっちも姉妹で、って所でしょう?」
「うわ、当たってる……どうしてわかったんですか?」
幽々子の予想は正解を完全に射抜いた。
美鈴が問うと笑って答える。
「だってうちや永遠亭が宴会した後じゃない、あの子の事だからうちもやる、って言い出すでしょ?」
こうレミリアを理解してくれる者が、友としていてくれる事は咲夜には有り難い事だ。
欲を言うなら、もっと頻繁に遊びに来てもらいたい所だが、白玉楼は幽霊管理の仕事がある、是非にとは言えない。
「でも貴女達は何故ここに? レミリアが居ないんなら、自由行動かしら?」
「ええ、休暇を頂いてまして、ですが咲」
「私達だけで行動できる機会も非常に珍しい事、この機に余所の主従関係から、学ばせてもらおうとして来たの」
美鈴の発言に、敢えて割って入った咲夜。
美鈴の説明では、言われたくない事が出て来ると見た事は、この目ざとい亡霊には気付かれるだろう。
「そういう事情なら、うちは貴女達の所と全然違うし、新鮮な事もあるかもしれないわね」
しかし幽々子は特に触れて来なかった。
「えっと、咲夜と美鈴が学ぶっていうと、つまり私が幽々子様にしてる事を、参考にするわけですよね?」
「責任重大ね」
疑問符を浮かべる妖夢に、幽々子はプレッシャーをかける。
「あ、いえ、大丈夫ですよ。 別に新しく身につけなくてはいけない、という意味ではないんです。 飽くまで休暇ですから、気分転換がてらの事ですし、気楽に構えて下さい」
美鈴がフォローすると、妖夢は安心したように息をついた。
「そういえばレミリア達が出かけたのは、昨日からなのよね? 昨日は他の所に行ったの?」
「昨日はちょっと里で買い物を」
事も無げに答える咲夜だったが、実際の所は……
こんな機会は滅多にある事ではないと舞い上がった美鈴、行き先として白玉楼を挙げてはいたが、その前に里で買い物をと提案した。
自由な買い物、それも仕事ではない咲夜つきとあって、ついつい長居をしてしまって、結局白玉楼を訪ねるどころではなくなってしまっていたのだ。
嬉しそうにする美鈴についていくのも悪くは無いと思う反面、レミリアが気がかりだった咲夜、それを見抜かれて「魔理沙がいるのなら問題無い」と見解を聞かされ、納得出来るその内容に、不安が幾分か解消していた。
「成程ねぇ、それじゃお茶でも飲みながら、妖夢の働きぶりを赤裸々に話しましょうか」
「あ、あまり変な事は言わないで下さいね……?」
レミリアは、フランドールの暴走を抑えるために、一つ思いついた事を提案した。
「食べる量は、私もフランもあんまり変わらないんだし、私が何か買ったらフランも何か買う、買った物を比べて、大体同じくらいになるように収めるってのはどう?」
「うん、それでいいよ!」
量の制限こそあれども、自由に選べるというのは、フランドールにとって魅力のある事だったようだ。
勇儀は、レミリアとフランドールが何を食べようとするのか興味があったらしく、予めお金を多めに渡して二人を自由にさせた。
しかし各種の店先や屋台などから、レミリア・フランドールが買ってきたものを見て、肩透かしを食ったような顔をした。
鮨・おでん・天ぷらなど、見慣れたものが多かったからだ。
「西洋の鬼というのにこっちのものばかり食べるのか……」
「? それがどうかしたの?」
「何か変わった選び方をして、これが美味いんだと薦めてくれでもするかと、期待があったのさ」
「ああ、私達こっちの料理に抵抗ないしねぇ……納豆好物だし」
屋台などで持ち帰りとして購入したものを食べるために、テーブルや椅子が並べられたスペースがあり、レミリア達はそこで食事を摂った。
勇儀だけは食べる量が桁違いのため一人だけまだ食べている。
「あ、そうだ、さっき読んでた本持ってる?」
「さっきの本?」
「ああ、どっかで見たような気がしてねぇ」
「こっちに来てから買ったから、本屋で見たのかもしれないよ」
そう言いながらフランドールは件の本を取り出してテーブルの上に置いた。
「これは……」
一目見てパルスィは、心当たりがありそうな素振りを見せた。
「あ、パルスィも? って事は……」
「ええ、これさとりが書いたものね」
「え? さとりが!? でもこれ名前が……」
著者名は「古明地さとり」ではない。
「ペンネーム使ってるのよ、本の内容から人となりを誤解されると面倒だからって」
「私はじっくり本を読むのは苦手だから殆ど見せてもらってないけど、あのさとりが書いたとは思えないほのぼのした話があったねぇ」
「そう、例えばその本を見て嫌われ者のくせに内面は優しいんだって思われたら、妙なのが訪ねて来そうだとか」
レミリアは驚いてしまってパルスィ・勇儀の話も碌に耳に入らない程だった。
目を白黒させて本をぱらぱらとめくっている。
咲夜が相手がどう思うかを考えろと言っていた、その事があってたまたま書店の店員に訊いて、心理描写の多いというこの本を出してもらったのだ。 それがさとりの書いた本とは……
「操作してないのに……」
「じじつはしょうせつよりきなり って奴だね」
フランドールが得意気に言ったが、発音からすると言葉と文字が一致していなさそうだ。
「それにしても、さとりには災難だったようね」
「どうして?」
パルスィの言にフランドールが首を傾げる。
「私達が読ませてもらった時は借りていったのよ。 読んだ後の感想を聞くのは歓迎だけど、目の前で読んで心の声実況は流石に落ち着かないって」
「そういえばさっき、普段と様子が違うような気がしたけど……成程ね」
レミリアとフランドールは、敷地内の塀の辺りにいた、そこであればさとりの能力の及ぶ範囲内であるのなら……
「例えれば、諦めて帰るのかと思ったらその場に居座り、日記を朗読されるような心地なのかしらね。 その声はさとりにしか聞こえないわけだけど」
「うわぁ」
知らなかったとはいえ、途轍もなくえげつない行為をしてしまったようだ。
流石にレミリアも、胸中が罪悪感一色に染まる。
「これがさとりのだって知らなかったんなら、もし読んでたのが聞こえてたとしても、意図的にやった事じゃないって、通じてるんじゃないか? 知ってたか知らなかったかも、当然心を読めば解るだろう?」
「そうね、気にする事はないわよ、むしろ貴女達に意地悪したさとりの自業自得ね。 本当に応じる気がないなら、もっとちゃんと諦めるよう仕向けるくせに、はっきりさせずに様子見なんてしたせいだもの」
勇儀とパルスィはすぐさまレミリアを弁護した。
それを受けてレミリアは少し立ち直り、そしてさとりの著書を館の前で読んだ行為の影響が、いまいち解らないらしく、きょとんとした表情のフランドールが口を開く。
「それってさとりにとって嫌な事なんだったら、私達の事怒ってるかな?」
「怒りはしてないでしょうね、でも、また行くのなら、今日はやめておいた方がいいかもしれないわ。 そんな事があった直後じゃ、出て来辛いでしょうし」
結局その後、レミリアとフランドールは夕方頃の時間まで勇儀・パルスィと共に過ごした。
パルスィは元々、レミリアとフランドールがさとりと仲良くしようとしていると勇儀に聞かされ、それが問題無いかを自分でも判断してみたかったのだと話した。
「上手く行くといいわね」
別れ際にパルスィはそう言っていた、眼鏡に適ったようだ。
そして宿に戻ると……
「おー、おかえりー」
魔理沙が寝そべって本を読んでいた。
そういえばすっかり忘れていたと気付くレミリアだったが、魔理沙は二人がなかなか戻ってこなかった事について、特に機嫌が悪い様子などもなく平然としている。
「上手く行った、ってわけじゃないよな、どうしたんだ?」
「勇儀が来て昼食をおごってくれて、連れてきてたパルスィと話したりしてたのよ」
レミリアは昨日買った本が、さとりの著書であった事を説明した。
「へぇ、そいつは面白い偶然だな。 じゃあ明日は私もついていっていいか?」
「なんで? 協力はいらないわよ?」
「勿論手伝わないぜ。 さとりがその事についてどう言うんだか、その場で見てみたいんだ」
そう答える魔理沙の顔は今から既に楽しそうだ。
助けてもらった手前断りにくい、こんな状態の魔理沙を連れて行っては、さとりが頑なに断るような事態になるのでは……その危惧が現実のものとならないよう、レミリアは祈るばかりだった。
翌日、余程楽しみなのか今度は魔理沙の合流が早い。
「魔理沙、そのニヤニヤすんのやめてくれない? さとりが嫌がって出て来てくれなかったらどうするのよ……」
「大丈夫だろ、あいつが隠れようとしても、こっちには切り札があるんだからな」
つまり出てこなかったらまた読んでやれという事か、その想像を裏付けるように、魔理沙はテーブルに乗せてあった本をとって指差した。
「それを読んで出てこさせろっていうの? 私はやだよ」
フランドールは頬を膨らませてそっぽを向く、それを見て魔理沙は意外そうな顔をした。
「意地悪されたのに、仕返ししないでいいのか?」
「そうしてたら、館を出て来る前のお姉様との関係みたいになっちゃうでしょ?」
「うーむ」
魔理沙は唸りながらレミリアに歩み寄った。
「な、何よ」
ぽん、と、頭に手を置かれる。
「こりゃお姉ちゃんも怒りっぽいのなんとかしないと、妹に置いてかれるな」
幾分かは抑え気味になったとはいえ、危ない場面もあった。
レミリアは反論できずに、僅かな焦りを持て余すのだった。
魔理沙の同行を強く断る事も出来ず、それについて良いとも悪いとも、レミリアは答える事が出来なかった。
しかし魔理沙もフランドールの様子を見て思う所があったのか、先程のようにニヤニヤしてはいない。
この分なら、魔理沙の考えている内容のせいで、さとりが出て来たがらないという事も無いと思いたい所だ。
「お姉様、きっと大丈夫だよ。 美鈴が言ってたもん、昔偉い人が、どうしても仲良くなりたい人の所に行って意地悪されたけど、三回目には仲良くなれたんだって」
地霊殿へ向かう道すがら、フランドールは得意気にそう語った。
立場の関係等、違う所もあるが状況は話に似ているとも言えるかもしれないとレミリアは感じた。
「美鈴の故郷で昔あった出来事? えーっと、なんて言うんだっけこういうの」
諺、ではない。 そうとしか浮かばなかったレミリアは答えを求めるように魔理沙を見る。
「私を頼られてもな、そういったものを知らないわけじゃないが、どう呼ぶかなんて……あー、そうだ、事故成語みたいなんじゃなかったか?」
「なんか惜しいけど違うって気がするわね、まぁいいわ」
「今のは……さんこのれい、って言うらしいよ?」
ややうろ覚え気味な説明だったが、この事例の名前は覚えていたようだ。
「三個の例? 行く度になんか贈り物して、気に入られでもしたのか?」
「帰ったら美鈴に訊いてみる?」
「……そうだな、よくわからんし、なんかもやもやする」
地霊殿に到着し、扉をノックしようと……
「おはようございます」
ノックしようとした所で扉が開き、さとりが顔だけ出して挨拶してきた。
「昨日は悪かったわね……」
レミリアはまず最初に謝った。
するとさとりは首を横に振る。
「いえ、あれは偶然ですし、お気になさらず。 それよりも足繁く通って頂いてますから……そろそろきちんとお話を伺おうかと思います。 お入り下さい」
食堂に通されてレミリア達三人は席についた。
さとりは一瞬それぞれの顔を見たと思えば、隅の方に控えていた館の者に近づき、何かを指示して戻って来た。
「無礼を働き失礼致しました。 お察しの通り、私は貴女達の気持ちの程を量っていたのです」
「で、通してくれたって事は認めてもらえたの?」
「まだ完全にではありませんね。 これも既に御存知のようですが、家の前で私の本を読まれては落ち着かないので」
気にしないようにと話しこそしたものの、これ以上やられる事が嫌なのも事実らしい。
「丁度うちの咲夜……メイド長に、他人がどう思ってるか考えてみるようにと言われた直後だったから、貴女の本はいい勉強になったわ」
心を読む力を持つさとりが記す登場人物の内面、それは実際に見聞きしたものが元だろう、他人の考え方を知ってみる上では適した教材とも言えるはずだ。
レミリアの言にさとりは少し恥ずかしそうにした。
「ありがとうございます」
短くお礼だけ言って頭を下げる。
「ねえねえ、こいしはいるの?」
溢れんばかりの期待を含んだ声音で、フランドールが問いかけた。
まだ会っていない同じ「妹」の立ち位置の彼女に興味があるようだ。
「貴女達が来ている事を知って、探しに行ってみると言って、しばらく前から外に出てますね。 諦める様子もなかったと話してありますから、探す範囲は恐らく旧都まで、そのうち戻って来るでしょう」
魔理沙が言うには、遠慮がなく失礼な奴と見えるかもしれない、という話だった。
実際に会ってみてどうなる事だろう、フランドールは問題なさそうに見えるが、自分の場合は……レミリアの胸中に少し不安がよぎる。
「極端に言えば、なんでもかんでも思うがままに口にしてしまう子供みたいなものです。 身構えなくとも大丈夫ですよ」
そんな具合に本題から逸れた話をしていると、先程さとりが指示を出していた館の者がレミリアとフランドールに紅茶を、さとりにコーヒーを出した。
「……私のは?」
魔理沙には何も出されていない。
「ただの付き添いだから置物のように思っておけと、私に呼びかけていましたからね。 置物でしたら飲み物も要らないでしょう?」
そう言ってさとりはニヤリと笑う。
もしこれが自分に向けられていたらと思うと、レミリアは冷や汗をかいた。
これ程にきつい仕打ちはまだされていない、相手によって程度を変えるのだろうか……?
「あー、悪かった。 お前がうろたえる様を見たいとか、期待するのは極力やめておこう。 だから私にも出してもらえないか?」
さとりは返事をせずに涼しい顔をしてコーヒーを口にした。
「おい、無視……っと、ああ、有難う」
さとりの様子に食ってかかろうとした魔理沙だったが、後ろの方からコーヒーを出されて尻すぼみな声でお礼を言う。
コーヒーを口にする事が控えている者への合図……にしてはタイミングが早い、予め言い含めておいたのかとレミリアが想像すると、さとりが視線を合わせてきてニヤリとした。
「……そういえばきちんと話を、っていうけど、私達の目的ももう知ってて、それがどれくらい本気かってのも見てて、これ以上あと何を話すの?」
改めて考えてみるとレミリアには、これ以上その件で話す事は浮かばなかった、後はさとりが同意するか否かだけではないだろうか。
「その見解は、咲夜さんが聞けば減点する事でしょうね。 うちは私が一声かければそれでよし、というわけにもいかないので、こいしと……それにつれて行く事になる、お燐とお空にも、賛成してもらわないといけません」
紅魔館では、レミリアが方針を打ち出せば――問題があると咲夜が判断する内容でない限り――概ね皆ついてくる。
地霊殿はそれとは事情が違う……知っている連中はレミリアの方に近い事もあって、すっかり失念していた。
「お燐とお空を同席させると、じっくり話してもいられなくなりそうですから、まずこいしが戻るのを待って、姉妹同士のティータイムを、実現させてからと思ってたんですよ」
レミリアはハッとした表情を浮かべる。
そういえばさとりを宴会に招く、という目的の方にばかり目が行っていた、そもそもフランドールをつれて来た理由には姉妹同士、という狙いがあったのだ。
さとりがちらりと魔理沙の方を見た。
置物、と自ら言っただけあって、考えはしても口には出さないつもりのようだ。
さとりの表情は特に変わらなかったため、魔理沙が心のうちで何かを言ったのだろうと想像しても、その内容はレミリアには解らなかった。
「あー、いたー!」
食堂の入口の方で叫び声があがった。
「おかえりなさい、こいし」
さとりが声をかけると、こいしは足早にやってきてさとりの隣に座る。
「もう入れてもらってたんだね、それなら探しに行かなければよかった」
「どういう事?」
「お姉ちゃん、悪く思ってはないみたいなのに、入れてあげてなかったから、私が連れて来ようと思ったの。 びっくりするだろうとも思ったし」
「それでわざわざ探しに行ったのね……」
妙だ、とレミリアは思った。
さとりは心を読めるというのに、こいしには質問をしている。
それを察してか魔理沙から耳打ちされた。
「こいしは心を閉じてるから、さとりも心を読む事が出来ないんだ」
するとつまり……
(何を考えてるかを把握して、応対するんじゃないわけだから……)
レミリアの場合はフランドールに姉として、館の主としての立場から、押し付けと思われるような事をして、距離を置かれてしまっていた。
さとりのこいしへの言動は、姉から妹への振る舞いとして、良い指標となるかもしれない、そう思ってレミリアはさとりを注視する。
「フランドールだよ、よろしくね。 あとこっちは私のお姉様でレミリア」
じっと見ていたため紹介を忘れてしまっていた。
代わりにフランドールから紹介され、こいしはフランドールに笑みを返す。
「うん、よろしくね」
二人の雰囲気は和やかだ、これなら問題なく打ち解けると思えた。
「さとりは私達の事、悪く思ってなかったって言ったけど、全然解らなかったよ」
フランドールの声音は少し羨ましそうだ。
何故だろう、レミリアは考えようとしたものの、こいしの言葉がすぐに続いた。
「友達になりたいって思って、ここまで来るなんて殆どないんだもん。 しかも本をほめてくれるから、お姉ちゃんそわそわしちゃ」
「ちょっと、こいし、あんまり余計な事は言わないでお願いだから」
(あ、同じだ)
レミリアは自然と微笑んでしまっていた、よく自分が誰かの余計な一言に恥ずかしがり、他の連中がニヤニヤしているのを、疎ましく思っていたものだが……
(これは、仕方ないわね)
見る側に回って初めてその気持ちを理解したレミリア、これからは咲夜や美鈴辺りが自分を見てニヤニヤしていても……
不意に気付いてレミリアは隣を見た。
(うん、やっぱり無理だわ)
魔理沙を見て、やはり耐えられ無さそうだという思いがよぎった。
しばらく、レミリアとフランドール・さとりとこいし(+自称置物魔理沙)で話してから、空と燐が呼ばれた。
「おや、可愛らしいお客さんだね」
燐に可愛らしいと言われて、見た目の幼さを指している事を察したレミリアは、不覚にも一瞬苛立ちを覚えたが……
「しかも地上からって、何をしに来たの?」
空の発言から目的を思い出し、苛立ちをかき消して答える。
「さとりと……」
「私達と宴会をしたいんだって!」
答えようとするレミリアに、こいしが大きな声で割り込んだ。
先程のさとりの言からして、思いついた事を即座に言ったのだと、レミリアも思い至った。
宴会、という言葉に目を輝かせる空。
「宴会!? ……でも、なんで?」
「あー、それはね」
レミリアは燐と空に、余所がそれぞれ宴会をした事を受けて、自分もやろうと思った旨を説明した。
「で、この際だから貴女達と、仲良くさせてもらおうと思ったの」
「ふーん、そういう事なら、私達はさとり様がその気なんだったら、賛成するよ。 ね、お空」
「うん! さとり様とこいし様はどう?」
「私は賛成!」
空に問われ、こいしは即座に元気よく答える。
「皆がその気なら、私だけ反対するわけにもいきません」
こいし・燐・空の三名の意見を受け、さとりもそう答えた。
「じゃあ、宴会開催、決定ね」
「やったね! お姉様!」
満面の笑みを浮かべるフランドールに、レミリアも微笑みを返した。
(なんだかみんな、すごくあっさり賛成してたけど……もしかして、こうなるって解ってた?)
宴会開催決定に沸き立つ面々をよそに、ふとそんな疑問が浮かんだレミリア。
周りの者達の賛成に後押しされ、仕方なくといった体で賛成する、という手法はレミリアにも身に覚えがある、つまり……
(本当は賛成してたけど、素直に言うのが恥ずかしかったんじゃ……)
さとりの方を見やると、少しわざとらしく視線を逸らされた。
「咲夜、ちょっと休暇をあげるから数日くらい仕事せずにゆっくりしてなさい」
ある日の紅魔館の朝。
起き抜けの身支度を整えてくれている従者、十六夜咲夜へ向けて紅魔館の主、レミリア・スカーレットは命じた。
「休暇、ですか……」
実質的に紅魔館を一人で切り盛りしているような身の咲夜には青天の霹靂と言える話だ。
「ええ、ちょっと出かけて来ようと思って」
「はぁ、お一人で?」
「いいえ、フランも連れて行くわ」
咲夜にはこのやり取りで主の意図がくみ取れた。
レミリアが思いつきで無茶な事を命じるのは、日常茶飯事と言っていい程だ。
それも黙って聞き入れるのは従者の役目。
だが、主が間違っているのであればそれを正すのも従者の役目。
これは、どちらであるか。
咲夜は咄嗟には判じかね、黙ってしまった。
どちらでもあるのだ。
時間にして1秒程の迷いの後に咲夜は口を開いた。
「幽々子が白蓮・神子と、輝夜が神奈子・諏訪子と宴会したのが羨ましいから、じゃあうちは地霊殿。 と、そういう事なんですね?」
図星だったらしく、命じた得意気な顔そのままでレミリアは固まった。
「あっちも姉妹なんだから、こっちも姉妹で話をつけに行こうというわけですか」
「……何か問題でも?」
文句を言われると思っているのか、レミリアは不満そうにそっぽを向く。
「私としてもその発想自体は良いと思いますが、少々クリアせねばならない課題が多すぎるかと」
「例えば?」
「妹様が素直に同行するかどうか、地霊殿へ出向いて「宴会したい」という目的が第一と察せられても話を聞いてくれるかどうか、無事に誘いを受けてくれるかどうか……すぐ浮かぶだけでも三つですよ」
地霊殿の主、さとりといえば心を読み、痛い所を突いてくる事によって、嫌われているというのが世間一般の評価、そんな相手と怒らずにまともに話していられるか……という問題については、この場面では敢えて口にしない咲夜。
「でも貴女を使わして宴会に誘うだなんて、嫌味ったらしくない?」
「そう取られるかもしれませんね……美鈴では上手く言いくるめられて帰ってくるでしょうし、私や美鈴より上手く事を運べそうなパチュリー様は、補助ならまだしも、一から十までを動いて頂く理由が難しいとして、一番可能性があるのはお嬢様が自ら、という面もあると思われます」
その発言を聞いて、レミリアの表情は再び得意げなものに変わった。
「そうでしょう? だからここは私が行くしかないのよ」
「……ではまず妹様と話をつける所から始めましょうか。 私が補助に当たりますので、この先必要になる感覚を掴みましょう」
「感覚……?」
「今説明をすると掴めなくなってしまいます、後で妹様の元へ参りましょう」
咲夜はレミリアのそばに寄り、頭を下げて手を差し伸べる。 レミリアは首を傾げつつもその手を取った。
午後になってからそろそろ準備を始めるという事で、咲夜はフランドールを探した。
フランドールは概ね地下に、そうでなければ館内をうろうろしていたり、天気が曇りであれば美鈴の所にいる事もある。
いずれにせよこの紅魔館の敷地内、咲夜ならば造作もなく見つけられる。
広大な館内のとある一画の廊下に、フランドールはいた。
「あ、咲夜ー」
「こんにちは、妹様」
咲夜の姿を見つけたフランドールは、にこやかに声をかけてきた。
「お姉様もいたの?」
「元気そうね、フラン」
一方レミリアに気付いた際の声は、明らかにトーンが下がっている。
「早速だけど、一緒に地霊殿に行きましょう」
「どうして?」
やや引き気味で伏し目がちの姿勢、警戒してしまっているが、レミリアは気にする様子もない。
「幽々子や輝夜が宴会をしたのは知ってる?」
「魔理沙が参加したっていうあれ?」
レミリアや咲夜は文々。新聞からその件を知ったが、フランドールは新聞を読まない。 魔理沙か美鈴から部分的に聞いているのだろう、言葉からすると魔理沙からか。
「そう、それの事ね。 だから私達もやろうと思うのよ。 それで地霊殿は主のさとりにこいしという妹がいるから……」
「お姉様一人で行くんじゃ駄目なの?」
フランドールが冷めた視線を送りつつ問うと、レミリアは胸を張って答えた。
「あっちが姉妹なんだからこっちも姉妹で行って、仲良くなれれば宴会を開きやすいでしょう?」
「……そうねぇ、一緒に地霊殿まで行って下さいフラン様って言ったらいいよ」
「は?」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔をするレミリア、フランドールは正に悪魔のような笑みを浮かべている。
「どうしたの? お姉様、宴会をしたいんでしょう?」
レミリアが俯き怒りに震えだした所で……
「はいお二人共、一旦中断して頂きますよ」
咲夜から声がかかった、何時の間にやら美鈴も居るが、きょろきょろと辺りを見回している。 時を止めて連れて来られたらしい。
「妹様をお願い、あと状況に応じて貴女の判断で補助してくれるかしら?」
「え? あ、はい、解りました」
美鈴はフランドールの後ろに立つと、のしかかるような体勢で抱きかかえて、共に成り行きを見守りだした。
そして咲夜はレミリアの前にしゃがみ込む。
「お嬢様、妹様の言い様に御怒りのようですが、それをこらえられなければこの先上手く行きません」
「……うー」
今回の件はあのさとりが相手となる、咲夜の言葉を聞いてレミリアもその意を察した。
「彼女は妹様の直球なものよりも、もっと辛辣な言葉を投げかけて来る事でしょう。 その中でただ一度でも怒れば、目指す宴会も水の泡。 堪えて根気よく行く事が肝要です。 そして……妹様?」
「な、何?」
レミリアとのやり取りを見て説教をされると思ったのか、フランドールはたじろいだ様子で少し掠れた声を出した。
「……大丈夫です、怒ってはおりませんよ。 正直にお話し下さい、妹様は何故お嬢様にあのように言われたのですか?」
少しもじもじとして迷った後、フランドールは意を決したように口を開く。
「お姉様ってばいつも偉そうに、ああしろこうしろ言うんだもん……」
「それでつい意地悪な事をしてしまった、と」
「うん……」
怒ってはいない、と、咲夜は言ったがフランドールはすっかり萎縮してしまった。
「妹様はお嬢様の事をお嫌いで?」
「そんな事! ない、よ……たぶん」
力強く否定しようとしたが、思い返すと色々引っかかる所があったのか、だんだん弱気になっていく。
「ならば妹様からも、お嬢様を許す、と、お考えください」
「許す?」
フランドールは首を傾げる。 咲夜は頷くとじっと目を見据えて続けた。
「はい、お嬢様が妹様に「偉そうに指示をした」というのも、全ては妹様を思っての事に御座います。 お嬢様は常に妹様を大事に思っておられ、妹様もまたお嬢様を嫌ってはおられないのでしたら、妹様はお嬢様を許し、お嬢様はもう少しでも妹様のお気持ちを考えて頂けば、お二人は仲良くしていられると思うのです」
投げかけられた言葉を反芻してか、フランドールは俯き気味に考えるような仕草をした。
そして咲夜はレミリアへと向き直る。
「お嬢様、この事ももう一つの留意点です。 私達や博麗神社・白玉楼といった面々であれば、お嬢様の人となりを解しておりますが、今回はそうも行きません。 自らの主張を述べるばかりでなく、相手の意を汲みませんと」
「……随分簡単に言うけど……」
「勿論難しい事です。 聞いたからとてすぐ様実行できる事では御座いません。 まずは所々で一歩引いて、相手がどう思ってるか考え……概ね解りませんから不安なら、訊いてみる事ですね」
レミリアとフランドール、両名共にすっかりうなだれてしまっている。
咲夜は二人の手を取ると互いに握らせた。
「さ、難しい話はここまでです。 お二人共、互いに悪く思ってはいらっしゃらないのですから、まずは仲直りしましょう」
レミリアが咲夜を、フランドールが美鈴を見た。 咲夜も美鈴も微笑みを返す。
「……お姉様、ごめんなさい」
先にフランドールが謝った。
「……私の方こそ、いつも押し付けてばかりで悪かったわ」
続いてレミリアも謝る。
「……妹様は地霊殿へは行きたくはないのですか?」
咲夜が問うとフランドールは首を横に振った。
「ううん、私も行った方がいいんだったら、お姉様のお手伝いをするよ」
それを聞いて、レミリアの表情がぱぁっと明るくなり……
「そ、それじゃ早速準、ぐえっ!」
慌しく走っていき出したレミリアだったが、時を止めつつ追いすがった咲夜の腕が後ろから伸び、綺麗に首に決まった。
「お嬢様、一つお忘れですよ?」
「げほっ……な、何?」
咲夜は無言でチラリとフランドールの方を見やった。
「あ……そ、そうね。 ……有難う、フラン」
……
「ところで貴女、結局何も言わなかったわね」
「咲夜さんの采配加減に割り入る余地が無かったんですよぅ……」
……
レミリアとフランドールの両名は、先程の険悪なやり取りなどなかったかのように、和気藹々と館から持ち出すものを見繕い出した。
「……咲夜さんはお手伝いしないんですか?」
門番の仕事に戻ろうとした美鈴は咲夜に止められ、その横について主達を見守っている。
「こんなに楽しそうにしているのを、ぶち壊す程無粋ではないわよ。 貴女だってこの光景を見たら、そう思うでしょう?」
「それもそうですね、いっその事ずっと見ていたいくらいですよ」
答える美鈴はにやけてしまっている。
「ずっと、とはいかないわね」
準備を終えてから咲夜によりチェックが入り、レミリア・フランドール共に不満を漏らす場面もあったが、飽くまで目的を持って行くのであって、遊びではない事から両名共に納得し、問題は出発を控えた段階に至ってから発生した。
「勢ぞろいして何の用?」
美鈴の提案の元、レミリア・フランドール・咲夜・美鈴、四名揃って図書館を訪れた。
「お嬢様とフラン様が、地霊殿に行く事になったんですが……」
美鈴がパチュリーへ事情を説明した。
レミリアは元々咲夜へ言った通り、館の面々には留守の間休暇とするつもりでいたため、館で見送るだけでついて来る必要はないと咲夜に告げた。
すると咲夜が不測の事態が起こらないとも限らず、日中に日傘を持って出るのであれば、地底への洞窟までは同行すると言って譲らなかったのだ。
先程のやり取りからすればレミリアが折れて咲夜の言を聞き入れるべきとも取れるが、普段から働きづめの咲夜にゆっくりしてほしいというレミリアの願いは、両者のやり取りを聞いていたフランドールも美鈴も無碍にはしたくなく、また、咲夜の心配も一理ある。
「……というわけでして、どうしたものかと」
「つまり咲夜や美鈴に働かせなければいいのね」
パチュリーは本を閉じると、ふわふわ浮かんで書架の向こうへと飛んで行った。
すぐに浮かべた何かを携えて戻ってきたと思えば……
「魔理沙……?」
レミリアが困惑気味な声をあげた。
魔理沙が大きな袋に入れられ首から上だけ出して、口にはテープが貼られている。
袋の口は紐で縛られてはおらずに、魔術的な拘束を施しているらしい。
「今日は勝ったんだけど、どう使ってやろうか決めてなかったのよ」
明らかに過剰だが、こうでもしないと隙を見て逃げられるため、図書館の本を「借りて」行く行為への仕返しが出来なくなってしまう。
パチュリーは、魔理沙の口に貼ったテープを勢いよく剥がすと、詰め寄って言った。
「というわけで今回のペナルティは、地底までレミィとフランを無事送り届ける事。 運が良かったわね」
「あー、なんだ、そんなのでいいのか」
念入りに拘束されていた割に声音は平静そのもの、慣れているようだ。
パチュリーは一同が出て行くのを図書館で見送り、程無くして咲夜と美鈴だけが戻ってきた。
「二人は行ったのね」
「はい、魔理沙には気をつけるようにと、念入りに行っておきました」
「私達は休暇扱いで、館の主は一時的にパチュリー様に移行すると仰ってましたよ」
美鈴の言葉に、パチュリーは本に落としていた視線を、咲夜・美鈴に向けて動かした。
「じゃあ早速私から命令するわ」
「え?」
きょとんとした表情を浮かべる美鈴、咲夜は普段とごくわずかに遅れて頭を下げる。
「貴女達の前にまずは……」
パチュリーは席を立つと、咲夜・美鈴についてくるよう促して飛んでいった。
順路を示すような矢印が解りやすく設置されている書架、その隙間をどんどん進んでいく。
平時ならパチュリーか小悪魔が立ち入るかどうかとすら思う程、図書館の中のかなり奥まった場所、書架をどけるか何かで広めにとられたスペースに、幾つか魔法陣が描かれている。
そのうちの一つにパチュリーが立った。
「あー、図書館のパチュリーよ。 館内全域に声を届かせる魔法で話しかけているわ。 レミィが出かけていて、一時的に主を任されたの、そこで貴女達に代理の主人から命令。 レミィが戻るまで休暇とするわ。 但し、はしゃぎすぎて館を壊すような事をしようとすると、それなりに酷い目に遭うような仕掛けがあるから、館内で遊ぶ際は節度を守りなさい。 あと外泊希望者は図書館まで来る事」
やがて外に出たいという妖精達が集まりだした。
パチュリーは、別の魔法陣に置いていた袋から、小さな石を取り出しては妖精に渡して行く。
「これが帰還の魔法を施した陣と石、レミィが戻ったら発動させて呼び戻すから、この石は肌身離さず持ってなくさないように。 光り出して十分でここに戻るわ。 じゃ、行ってらっしゃい」
妖精達への沙汰を終えると、大きく息をついて咲夜・美鈴へと向き直るパチュリー。
「待たせたわね、最後に貴女達よ」
更に別の魔法陣に片手を向けて呪文を呟き、もう片方の手を咲夜・美鈴へと向ける。
光の粒子が咲夜・美鈴に纏わりついて、すぐに消えた。
「はい、これでよし。 地底へ向かったら解るようにしたわ。 様子を見に行こうとは思わない事ね」
「……い、いつの間にこんなものを……」
館に被害を与えそうになると酷い目に遭うという魔法・館全域に声を送る魔法・多数を対象に幾度も発動させられる帰還魔法・特定の地点への接近を察知する魔法……今朝のレミリアの思いつき、或いは昨日一昨日にそれを知らされていたとて、準備の間に合いそうなものではない。
「余所が宴会した事だしうちは地霊殿と……ってレミィが言い出すだろうと思ってね、こんな風にもなるかと準備しておいたのよ、備えあれば憂いなし」
近くに置いてあった安楽椅子にどさっと腰かけると、後ろの方に控えていた小悪魔に合図を送った。
「貴女達もちゃんと休む事。 特に咲夜、元々は貴女を名指しで休めと言っているんだからこの機会にレミィ抜きでなんか遊んでおきなさい」
「はぁ、ですがお恥ずかしい話、こうまとまった時間を頂くのも珍しいですから、すぐには浮かびませんねぇ……」
文字通りの「休む」という意味ならば、普段から停止した時間の中で行ってもいるが、「遊べ」と言われると話は別だ。
「すぐじゃなくていいわよ、休暇なんだから」
「それにしても流石はパチュリー様ですね、咲夜さんも凄まじいですが、負けず劣らずお嬢様を解っていらっしゃる」
「咲夜の熱意には負けるけど、私も年季の入った親友よ」
そう答えるパチュリーは、少し誇らしげだった。
一方レミリアとフランドールは、魔理沙がさす日傘に守られつつ、地底への洞窟を目指していた。
「……安請け合いしたが……この傘、でかいな……」
今回は姉妹そろって出かけるとあって、レミリアに咲夜がついていく際に持つ傘よりも、大きなものを持っている。
その分通常よりも重みがあるせいか、左に持ち替え右に持ち替え、魔理沙の様子はやや辛そうだ。
「もうへばってるの? だらしないわねぇ、咲夜なら涼しい顔して持ち続けてるわよ?」
レミリアがニヤニヤしながら、傘を持つ魔理沙の腕をつつく。 逆の腕はフランドールが握っているため、払う事も出来ない状態だ。
「残念ながら私はただの人間で、うら若き乙女なんでな、箸より重いものを持った事がないんだ」
「咲夜だってただの人間で、うら若き乙女だよ?」
「あいつは乙女だが、ただの人間じゃないな、メイド長って種族だ。 お前私や霊夢が行くまで、人間見た事なかったんだろ?」
淀みなく嘘をつく魔理沙、それを聞いてフランドールは目を輝かせる。
「そうなの!?」
「はいはい嘘教えない」
ぺしっと魔理沙の頭をはたくレミリア。
「そんな冗談はさておき、レミリア、変わってくれないか? お前の荷物の方が持ちやすそうだ」
「駄目よ、貴女のは罰なんだから」
魔理沙の頼みも空しく、レミリアは鰾膠無く断る。
「直射日光に当たったら、お前達ただじゃすまないだろ?」
「少しくらいならちょっと熱い程度よ、限界だって私が思ったら変わるわ」
諦めるしかないと悟って、魔理沙は大股に歩き始めた。
「ちょ、ちょっと、速いわよ!」
「知るか、少しでも早くこの苦行を終わらせてやるんだ。 お前達ちゃんとついてこい」
「だったら私に良い案があるよ!」
「お? なんだ?」
……
魔理沙がフランドールを背負い、背負われたフランドールは片手に自分の荷物を持ち、もう片方の手に傘を持った。
「……それ、傘持つより大変じゃないの?」
「いや、手に持つのと背負うのとでは違うもんだぞ? それに霊夢おぶるのとあんまり変わらないな……っていうかむしろ少し軽い……? フランは軽いんだな、これじゃ将来出るとこ出ないんじゃないか?」
「そんな事ないよ! 私もお姉様も大人のれでぃーになったら、ぼんっきゅっぼんっだよ!」
身振りを交えようとしてしまったらしく、魔理沙の目の前でフランドールの手が少し動いた。
「なんだそのおっさんくさい表現は。 まぁともかくあんまり動かない方がいいぞ。 うっかり顎に当たりでもしたら、多分私は倒れる。」
フランドールが大人しくなったのを確認してから、魔理沙は歩き出した。
「……ところでお前達、地霊殿へ何をしに行くんだ?」
特に意味なく訪れた沈黙を嫌ってか、少し進んだ所で、魔理沙が今回の件の理由を尋ねた。
「幽々子や輝夜達が宴会したって言うじゃない、だからうちもと思ってね」
「あいつらが関わらなかった場所と、ってわけか、解りやすいな」
そういう意味での選択肢なら他にもあるが、後はこんな浮ついた誘いに食いつかないどころか説教をしてきそうな閻魔か、暇つぶしに異変を起こして以降姿を見せる事が減っている天人くらい、どちらも違った意味で声をかけづらい。
「魔理沙はその宴会に参加したんでしょ?」
「おう、幽々子達のとこのは変装してる時にサポートしたり、輝夜達のとこのは宴会の準備を手伝ったり、そういう縁でな」
「じゃあうちのにも参加する気?」
レミリアは少し期待を含んだような声音で問いかけたが魔理沙の言葉はそれの答えではなかった。
「それは開催出来る事になってから言った方がいいな、さとりは強敵だぞ?」
「心を読むらしいね」
「ああ、それで嫌がるような事とか困る事とか言ってニヤニヤするんだ。 まぁ相手次第で程度は違うらしいんだけどな。 お前なんか絶対物凄く煽られるぞ」
それを聞いてレミリアは肩をすくめる。
「咲夜に釘を刺されてるわよ、怒ったらすぐに失敗するですって」
「あいつはそうやってふるいにかけてるみたいだからなぁ」
「ふるいに? どういうこと?」
咲夜の話には無かった情報だ、レミリアが訊ねると魔理沙は宙を見て思い出すようにしてから答えだした。
「心を覗かれるのは誰だって嫌なもんだ、そうやって避けられて、それでも近づいてくる奴は、さとりのその力を利用したい下心のある奴も少なくなかったらしい、勿論そんなのはすぐ見破られて撃退されたそうだが。 で、嫌がる事なく、変な狙いを持たずに居てくれるような奴と付き合ってるんだと。 ……地底にいる奴の受け売りなんだがな」
「ふーん、少なくとも私には利用価値はないわね、運命を操れば事足りるし」
そう口にしてレミリアはふと気づく。
自分の所には運命操作を頼ろうなどといった手合いは現れない。
気心の知れた連中――主に霊夢や魔理沙辺りなど――が冗談で運命をいじってなんとかしてくれなどと言う事もあるが、少なくとも下心を持った輩を撃退した事はない。
煩わしくないのはいいが「誰も来ない」ようで面白くもない事だった。
「だが心読まれてねちっこく言われたらキレるだろお前、簡単に」
「大丈夫よ、咲夜に言われたんだから」
言葉にして発し、更に胸の内でも繰り返す
暗示をかけるかのようなその行動は、自らの怒りやすさを自覚しての事であった。
「私達も喧嘩しそうになったけど、仲直りさせてもらったんだよ」
「そういや同じ傘に入るなんて、と、気になってたがそんな事があったのか」
普段の調子ならフランドールが同じ傘に入る事を嫌っていた事だろう、一変して今回は距離が近い事に何ら抵抗を見せていない。
「こっちもきちんと歩調を合わせて挑まないとね」
「って、さとりとこいしの姉妹仲について知ってるのか?」
「……そういえば知らないわね」
さとりの方は有名でレミリアも知っていたが、こいしについては咲夜も全く言及していなかった。
「いやまぁ仲いいんだろうって思ってたんなら、それで合ってるっぽいんだけどな」
「さとりについては聞いたけどこいしはどんな子なの?」
フランドールに問いかけられ、再び魔理沙は少し思い出す間を置いてから答えた。
「無意識で行動してるらしいな、やる事なす事全部考えてやってる事じゃないとかで。 ああ、だからって何も考えてないってわけじゃないぞ? 何か思いついた事を、そっから更に「考えて」という一拍がない分突拍子もない事を言ったりしたり、だな。 こっちもこれはこれで強敵かもな」
「……なんだか解りにくいわね」
「まぁ合えば解るさ。 表面的には遠慮がなく失礼だと見えるだろうな、お前には」
そう聞いて、レミリアは再び胸中で咲夜に言われたんだから大丈夫、と、繰り返した。
結局途中で魔理沙は力尽きた。
最終的に魔理沙が箒で飛びつつ荷物を預かり、レミリアとフランドールが傘のみを持って進んで行った。
そして地底へ続く洞窟に到着すると……
「ん? なんだありゃ」
「どうしたの?」
洞窟に近寄ろうとせずに魔理沙が止まった。
レミリアとフランドールに手を向けて制止する。
「なんか魔法が仕掛けてあるな、ちょっと調べてくるから木陰辺りで待っててくれ」
魔理沙が一人で洞窟の脇に近づいて行くと、すぐに大きく驚いたような仕草を見せた。
何か頷いているような仕草を幾度かした後、振り向いてこっちへ来いと手招きしだした。
「危険というわけではないのね」
近寄ってみると、魔理沙は地面を指示した。
「パチュリーがなんかやったらしい、この辺にもうちょっと近づいてくれ」
レミリアは言われるままに前に出た。
「レミィ、洞窟に着いたようね」
「え? パチェこんなとこまで来て魔法の準備してたの?」
レミリアからは特に何かしておくようにと頼んではいない。 パチュリーは何か理由があれば外へ出て行く事もあるが、逆になければとことん出ないので意外な事だった。
「地霊殿に自分が行くって言い出すだろうと思って、ちょっと前に準備しといたのよ」
パチュリーから先程の妖精達への対応が説明された。
「それとそこの陣に感知の魔法を仕込んであって、咲夜と美鈴が近づくとこっちで解るようにしておいたわ。 館の事は気にせずに頑張って来なさい」
「ええ、有難う、パチェ」
と、そこで魔理沙が割って入った。
「パチュリー、動かない大図書館が随分と動いたんだな」
「私だってたまには動く、それよりレミィとフランの事頼んだわよ」
「へいへい」
本の拝借未遂のペナルティはここまで送ってくる事ではなかったのだろうか、レミリアが訝しんでいると顔に出ていたのか魔理沙が補足した。
「お前達が地底に行くのは初めてだから着いてってやれだってよ。 まぁ楽しそうだからいいんだけどな」
洞窟を通り過ぎ、縦穴を降りて旧都へと到着した。
「へぇ……結構栄えてんじゃない」
「あんまりそういう事言うもんじゃないぜ。 それにあからさまにきょろきょろするのもなしだ。 こっちの連中はガラが悪いのが多いからな、絡まれちゃ面倒だ」
魔理沙らしからぬ弱気な言……と、レミリアは受け取った。 ニヤニヤと笑みを浮かべて言葉を返す。
「あんたにしちゃ随分弱気じゃないの、ここの奴らは地上の奴らより強いっての?」
「そういう事を言ってんじゃない、お前達は宴会のお誘いに来てるってのに、ここで喧嘩なんてしてどうするんだよ。 一応さとりはここの責任者みたいなものなんだぞ? 挨拶に行く前に終わっちまっちゃ、目も当てられんだろうが」
正論を返されてしまった。 思わず言葉に詰まるレミリア。
「じゃあここでは、ドカーンしちゃいけないんだね」
「そうだな……あいつがいてくれりゃ、楽そうなんだがなぁ……まぁそのうち顔出すだろうな」
先程の話にも「地底にいる奴の受け売り」という発言があった、魔理沙はここで顔の利く者と知り合いらしい。
「そんなに頼りになる奴と知り合いなの?」
「おう、星熊勇儀って知ってるか? 霊夢んとこに居る萃香と昔つるんでた奴で、さとりとも仲良くしてるんだ。 鬼だから腕っ節も強いし、ここでも一目置かれてる」
そんな奴が一緒にいれば因縁をつけてくる奴もいないだろうと、レミリアは納得すると共に、何も起こらないのは少しつまらないような気持ちもよぎった。
「ただあいつは地上の奴らとつるむ気が無いらしくてなぁ……」
「あんた地底の者だったの? キノコっぽいし納得ね」
「お前なぁ……このまま置いてってやろうか?」
レミリアの軽口に、魔理沙は苦い顔をして頭をわしわしと掻いた。
「でもそれならなんで、魔理沙とは友達なの?」
「さぁな、よくわからんが気に入られたらしい」
ふとレミリアは、先程の咲夜の相手がどう思っているかを考えてみろという言を思い出し、考えてみた。
しかし数秒程の考えで……結局、人間にしては強く、力のある者にも物怖じせず挑んでいる――スペルカードルールの上でだが――ことへの興味しか浮かばなかった。
「で、早速地霊殿に行くのか?」
「勿論、そのつもりで来たんだからね」
「ここを真っ直ぐ行けば地霊殿だ」
と、魔理沙は説明したがそれは問題ない。
何せ既に見えているのだから。
「凄い中途半端なとこで案内終わりなのね」
そう、見えてはいるが、中途半端に距離が離れている。
「あんまり近づいて、気付かれるわけにもいかんしな。 パチュリーからは、目的自体の手助けはするなって言われてる」
「ふーん、成程ね」
「ここで待っててやるから、玉砕してくるんだな」
どうも魔理沙は、上手く行くとは全く思っていないらしい。
「そんな事言っちゃっていいの? もし話が弾んで、そのまま数時間も話し込んでくるとかなったらどうすんのよ」
「魔理沙は待ってるの苦手だもんねー」
「そんな事有り得ないから、安心して待ってるぜ」
魔理沙はさとりの事も知っていて、こう断言している、それに今朝咲夜からも難しいだろうと言われていた。
……もしかして話も出来ないのではないだろうか、レミリアはつい弱気になってしまう。
「どうしたの? お姉様」
「……なんでもないわ、さぁ、行きましょう!」
地霊殿の敷地内に入った。
「うちと違って門番はいないのね」
「もう私達が来たって、気付かれてるのかな?」
フランドールは無邪気な表情で首を傾げる。
単に気になっただけらしい。
「どうでしょうね、魔理沙も警戒していたし、気付かれてると思う方が自然なんでしょうけど」
扉をノックすると、すぐ内側に誰かが控えていたかのように……
「はーい」
と、声が帰ってきた。
「紅魔館の……」
名乗ろうとした所で扉が開く。
紫の髪をした、見た目から人間に例えればレミリアやフランドールと同程度か、やや上といった年の頃の少女が顔を出した。
「……紅魔館のレミリアとフランドールよ」
名乗る前に開けられるとは思わなかったため、少し調子が狂ったが、そう告げる。
「えーっと、ここの主のさとりさんはいらっしゃるかしら?」
「……新聞なら間に合ってます」
がちゃ。
扉を閉められた。
「……あ、いや、その、新聞じゃなくてね?」
がちゃ。
再び顔を出して来たが……
「宗教勧誘なら、うちのさとりは黒にゃんこ教を信仰しておりますので」
がちゃ。
再び閉じられた。 よく解らない断りの言葉と共に。
「……宗教勧誘でもないわ」
がちゃ。
「ではどういったご用件でしょう」
「宴会をしようと誘いに来たの」
「……眷属候補を見繕うなら、旧都を探してはどうです? あそこなら屈強な者も沢山いますよ?」
がちゃ。
「え?」
全く考えていなかった事を言われて、レミリアは閉じた扉を前に目を白黒させた。
言われた内容を頭の中で反芻する。
眷属候補を見繕う、つまり……
「いやいや、それも違うって。 別に血を吸ってうちの配下になんて思ってないし、大体なんで、仲良くしようとしに来たのに、引き抜きなんてしなきゃならないってのよ」
「お姉様、吸血鬼にしてやる程血を吸えないもんね」
フランドールからの横槍に、レミリアは慌てた表情を向ける。
「ちょ!? フラン! そんな事言わなくたっていいじゃない!」
「えー? なんで? ここに居て心を読まれてるんなら、言っても言わなくても同じだし、読まれてないなら、悪いように勘違いされてちゃ損だよ?」
確かに眷属がどうこうと言われて、そもそも無理である事は、レミリアも意識してしまったし、地霊殿にとってその危険はないと伝わっていた方がいいだろう、しかし……
「でも不名誉と言わざるを得ないわ」
レミリアにとっては恥ずかしい、それが問題だ。
「そんな事言っても隠せないと思うけど……」
「そうだとしても恥ずかしい事だってあるんだから、フラン、あんただってあるでしょ、言われたくない事」
びしっと指を突きつけられてフランドールは首を傾げる。
「……あんまりないかなぁ?」
「うぎぎ」
地下室暮らしで色々と無頓着なせいか、少なくとも当人には思い当たる所がないらしく、また、レミリアにもそれらしいものは思いつかなかった。
「それよりもほら、お姉様」
フランドールは扉の方を指さす。
「そ、そうね、こんな事言いあってる場合じゃない……」
扉に向き直り、ノックする。
……が、反応は帰ってこない。
「……何度か出てきておいて今更居留守?」
レミリアはおもむろに腰を低く構え手に槍を発現させ……
「お姉様、駄目だよ。 咲夜が怒っちゃ駄目って、それに魔理沙も喧嘩しちゃ駄目って言ってたでしょ?」
発現させようとした所を、フランドールに手を握られ止められた。
「う、そうね、危ない危ない……有難う、フラン」
「えへへ、どういたしまして」
もしフランドールが怒ってしまうようなら、なんとか自分が止める必要があるとレミリアは思っていたが、それどころか逆に止められてしまった。
胸中で反省すると共に冷静さを取り戻す。
「……一旦出直しましょうか」
先程別れた地点で、言葉の通り魔理沙は手持無沙汰そうにしながら待っていた。
「お、どう追い払われた?」
やはり失敗したと前提に置かれている。
「どうもこうも門前払いよ。 私達くらいの小間使いの子みたいなのに、新聞なら間に合ってますとか、宗教勧誘なら間に合ってますとか言われちゃって」
がっくりと肩を落とすレミリア、魔理沙はそれを聞いて顎に手をやり難しい顔をして考えている。
「そいつってもしかして……なんか変な線がうねうねしてたり、それに目玉がついてたりしなかったか?」
「ん? ああ言われてみれば、あと服だったか……ハートマークがあったわ」
魔理沙は手の平に立てた拳をぽん、と置いて言った。
「ああ、さとりだそれ」
「は?」
レミリアの場合、来客に自ら扉まで出向いて行く事はない、更に宗教勧誘と言われたくだりの中でうちのさとり、と発言していたのもあって、本人とは全く思っていなかった。
思わず館の方を見やる。 してやられた……という感覚がふつふつと湧き起こった。
「なんでそんな回りくどい事してんの……」
「お前達を試したんじゃないか? 撃退しようとかかって来られずに、放っておかれたんならまだマシだろ」
取りつく島もないといった状況だが、これでも最悪ではないらしい。
「どうすればいいのかな?」
フランドールの疑問はレミリアの持つそれと同じだ、しかし……
「フラン、それは教えてもらっちゃ駄目よ」
「どうして?」
「今回は咲夜達の手助けはなし、それはつまり私達が、自分でやり遂げなければならないという事。 他の事ならともかく、この一番の目的を助けてもらってはいけないわ」
実の所自分が出た理由は咲夜達への休暇が目的だったのだが、ついレミリアは、フランドールにいい所を見せようと、格好つけて言ってしまった。
「それなら……仕方ないかぁ」
「ええ、二人で頑張りましょう」
レミリアはフランドールの手を取る、フランドールも頷きを返した。
「なんだかすっかり仲良し姉妹になってるな」
「へへーん、いいでしょー」
フランドールは得意げな顔をして、魔理沙を見やる。
フランドールから避けられている・嫌われていると思った事もあったレミリアだったが、先程の館でのやり取りとそれ以降を見るに、単に姉として、或いは館の当主としての判断の押し付けを、煙たがっていただけのようだ。
思えばフランドールが長く地下室にいたため、姉妹で共に何かをする事も……もしかしたらこれが初めてかもしれない。
「しかしそうだとすると、運命を操るのもなしってわけか。 まぁ、そのつもりがあるなら、最初っから上手く行ってるな」
「そりゃそうよ、他の誰かのためならまだしも自分の、それも普段の生活でぽんぽん操作してちゃ、ありがたみも何もあったもんじゃない」
状況が違えば「うちで宴会を開くように運命を操作してやる!」といった趣旨を言い出していたかもしれない事を、完全に棚に上げるレミリア。
「そいつは殊勝なこった。 で、この後はどうするんだ?」
「咲夜達に数日の休暇をというつもりで出てきてるから、着替えやお金も持ってきてるのよ。 泊まるとこ探して作戦会議ってとこ?」
「へー、予算は?」
問われてレミリアは鞄を開けてごそごそ漁ると、大きいがまぐち財布を取り出して、魔理沙に渡した。
「……把握してないのか。 どれどれ……?」
勘当されたとはいえ、腐っても道具屋の娘という事か、魔理沙はかなりの早さで勘定を終えると、レミリアに財布を返す。
「うん、大分あるな。 これなら安いとこ行きゃ数日どころか、一週間だって持つんじゃないか?」
「どこかいいとこ知らない?」
先程自分達でやり遂げねばならないと言ったが、宿泊先に関しては完全に魔理沙を頼ってしまっている。
(五百歳以上って言ってもまるっきり子供、しかも自分だけで、その上金払って宿泊施設で外泊だなんて、したことないだろうしな……)
急にきちんと自分でやれというのも酷だろう、ましてここは地上と比べて治安もよくない……
「はぁ」
魔理沙は大きく息を突いた。
「? 何よ、溜息なんかついて」
「いや、咲夜はよくここへお前達を送り出したもんだなと思ってな」
「いつも咲夜任せで、自分じゃ何も出来ないって言いたいの?」
苛立ちを含んだ声音、すぐに自覚したのかハッとした表情を浮かべるレミリア。
魔理沙はその事には取り合わず、眉間を抑える。
「半分合ってるな。 いや、別にそれを馬鹿にしてるとかじゃないぞ? 実際なんでもかんでも、咲夜がやっちまうんだからある意味仕方ない。 で、あの心配性がお前達をここに来させて、平気な顔して休暇を楽しんでるかっつったら、きっと心配してるんだろうなって思うと、なんだかこっちまで、ひどく落ち着かない気持ちになってな」
自ら地霊殿に赴くつもりであると伝えた際、そしてその後フランドールとのちょっとした喧嘩と準備に至るまで、咲夜は上手くいくようにと助言をくれたが、心配していそうには見えなかった。
その態度こそが、咲夜の気遣いだったのかもしれない。
先程別れたばかりの従者の事を、酷く恋しく思ってしまうレミリアだった。
一方当の従者はと言えば……
相変わらず図書館で降って湧いた休暇を持て余していた。
先程のパチュリーの合図で、小悪魔が出してくれたお茶も、すっかり冷めてしまっている。
パチュリーは「休め」ではなく「遊べ」と言っていた、それはきっとレミリアの意を汲む事となるだろうとは咲夜も思う。
しかしレミリアありきで生活しているため、仕事も――大っぴらに言える事ではないが、その中において遊びまで――レミリアを起点としている。
つまりレミリアがいなければ、何をするも思いつかない。
咲夜がいなければ、レミリアは暮らす事も立ち行かなくなるが、それは逆もまた同じだった。
(自ら事を成して頂ければ、一つ糧となると思ったけれど……)
自分の方もこれ程とは、咲夜自身気付いていなかった。
「……あのー、咲夜さん」
とりあえず何をするか決まるまで一緒に居ると宣言していた美鈴、本を読んで過ごしていたが、おずおずと手を挙げつつ声をかけた。
「何かしら?」
「どうしても思いつかないなら、例えばお嬢様が帰って来た後に、やれる事を増やしておくというのはどうです?」
レミリアが居ないためにやる事が浮かばない、その点を美鈴に見抜かれていた。
余程解りやすいのか、と、咲夜は胸中で溜息をつく。
「そうは言っても、何があるかしら」
大体の事は他でもないこの図書館で、知識を蓄える事が出来る。
この際だからという程の事は、それこそ浮かばない。
「そこを、今だから出来る事で探すんですよ」
今だから出来る事……美鈴の言葉を反芻すると、言わんとする事が解った。
「つまり余所へ行って、そこでどうしてるかを見聞して真似ろって事ね」
「はい、普段ならお嬢様が出かけたいという時でないと、そういう事も出来ませんしね」
確かに得るべきものがあればそれでよし、無ければ無いで気分転換にはなる。
「そうね……そうしようかしら」
「じゃあ、ついていってもいいですか?」
美鈴の申し出は咲夜にとっては意外だった。
「どうして?」
「私はいつも外に立ってばかりですし、たまには仕事抜きで一緒に居てみたいんですよ」
何をするか決まるまでと言っていたが、最初からその後もついてまわるつもりでいたらしい。
「解ったわ。 代わりと言っては難だけど行き先も決めてくれる?」
「え? いいんですか?」
少し戸惑う美鈴に咲夜は微笑みを返す。
「一緒に居たいなんて言ってくれたお礼に、と言うとちょっと変だけど、貴女がここなら良さそうと思った場所でいいわよ」
「有難うございます!」
咲夜は席を立つと、パチュリーに一礼した。
「では、お嬢様のために学んで来ようと思います」
「実りがあるといいわね、行ってらっしゃい」
本に視線を落としたまま、パチュリーはそう返した。
……
咲夜と美鈴が出て行ってから、パチュリーは本に落としていた視線を天井に向けて、大きく息を突いた。
「魔理沙にはレミィ達の事を頼んであるし……これでようやく、久方ぶりにゆっくり読んでいられるわね。 小悪魔、貴女もこっちで座って自由に読んでなさい。 何かある時は言うから」
レミリアとフランドールは、魔理沙に連れられて旧都を歩いていた。
魔理沙は多少ここにも来るとはいえ、流石に宿泊はしていない。
一応は宿場通りに来たものの、どの宿がいいとは薦められず、レミリアとフランドールが値段と外観から判断し……そして結論づけられずにいる。
地底は概ねここだけで完結している……旅行者、例えば地上からの者などを泊める必要も、基本的にはなかったため、施設はそう多くはない、迷っているうちに宿場通りを一通り見てしまった。
「ここだ、ってとこが無かったわけだが……どうする?」
「惜しいとこはあったし、そこで妥協するしかないわね」
そんな具合に引き返し、妥協候補の宿にて。
「ちわーっす。 女将さん、部屋の空きはあるかい?」
カウンターに座り、帳簿に何か書き込んでいた恰幅の良い女性、帳簿を閉じるとにこやかに魔理沙に返事をする。
「ええ、ええ、御座いますよ? ……あら? お客さん見かけない顔で」
勇儀やさとり等と交流があるといえど、宿場には来ない魔理沙はここでは無名のようだ。
「ああ、ちょっと地上から逃れて来たばかりなもんでな、私はこっちに知人がいるんだが、こいつらは私の友人ってだけだから、急に押しかけて面倒見てくれとは頼めないんだ。 んで仕方ないから、数日くらいでも宿で過ごそうってわけだ」
よくもまぁ、すらすらと嘘をつけるものだとレミリアは内心呆れたものの、助けてもらっている以上文句はいえないし、少し考えてみれば、恐らく魔理沙でなく咲夜であっても、似たような事を言って誤魔化していただろうと気付く。
「あらあらそれはご苦労なさって。 ですが非常に心苦しいのですけどね、地上の方からは特別料金を頂く事になっておりまして」
そう言って女将は開いた手の平を出す。
「……五倍!?」
レミリアが驚嘆の声をあげると、女将は物凄い勢いで首を横に振った。
「いえいえいえいえ、幾らなんでも五倍じゃ御座いません。 五割増しです」
「五倍に比べりゃ大人しいもんだが、結構な暴利じゃないか」
魔理沙の言に、女将は肩をすぼめて身を小さくする。
「ええ、私どもが地上の方を受け入れるのは危険が御座います。 間欠泉の騒ぎ以降は、地上と地底を往来する者も増えておりますが、表向きは変わらず御法度。 表沙汰になればお咎めを受ける事も考えられますのでね。 これでも以前よりはお安くなっているのですよ、何せ間欠泉の件の前は二倍でしたから」
「ああ……そうか、そういや地上の奴は紹介がないと泊まれない、ってとこもあるんだっけ」
「その通りです。 こちらに知人がおられると仰いましたね、その方とであれば不自由はないでしょう」
「うーむ、そうか……」
魔理沙は当たり前のように、レミリアの鞄からがまぐち財布を取り出すと、紙幣を一枚出してカウンターに置いた。
文句を言いそうになったレミリアだったが既の所でこらえる。
「おかげで助かった、ありがとな」
「明日は仲間となるかもしれない方々に冷たくは出来ません、改めてお泊りになる所をお考えの際に、思い出す事があれば是非お越しくださいませ」
「さーて、五割増し払うか、勇儀に手伝ってもらえるかだなー……」
「随分と手馴れてたわねぇ」
地上から逃げてきたという言い方といい、お礼の言葉と共に差し出したお金といい、いかにも法から外れた者達の流儀といった風情の行動だ。
「魔理沙、なんかかっこよかったよ!」
「フラン、あれに憧れるのは頼むからやめて」
「あー、その、なんだ、こういうもんだって聞いてたからな。 地上の奴を警戒してるだとか、情報をもらったらお礼をしろだとか……あとあの女将さんもそれっぽい事言ってたが、仲間と認められれば優しいんだとさ」
それを聞いて宿を振り返るレミリア。
もしも魔理沙がいなかったら、もしも別の宿にフランドールと二人だけで入っていたら、面倒な事になっていたかもしれない。
「お前達だけだったらどうなってたんだろうな」
「……ま、碌でもない展開になってたでしょうね、助かったわ」
流石に怒って暴れたりはしなかっただろうと、希望的観測を前提に置いて、レミリアは考える。 さとりを宴会に招きたいという目的を持って地上から来たと話して、どう受け取られるかといった所だろうか。
「改めて、咲夜の決断には恐れ入るってとこだなぁ全く……」
「……本当はこっそりついてきて様子を見るつもりだったけど、パチェに止められて無理になって、代わりにあんたがついててくれてるから心配だけど任せてる、ってとこ?」
魔理沙は意外だといった表情を浮かべて頬を掻いた。
「お前がそんな風に誰かの考えを想像するって、珍しくないか?」
「咲夜に言われたのよ、やってみるようにって」
「大体解らないだろうし、不安なら訊いてみろって言ってたね」
「確かに、さとりを相手にするならそういう姿勢は評価されるかもな。 さ、立ち話してんのも難だし勇儀を探してみようぜ」
そういうと、魔理沙はさっさと歩き出した。
何故それが評価されるのかはレミリアには解らなかったが、その理由を問うよりも目の前の問題を片付けるべく後に続く。
繁華街をうろつきながら、魔理沙が手当たり次第に勇儀の行き先を知らないかと訊ねる一方、楽しげな雰囲気と見慣れないものにすっかり舞い上がって、あれこれ欲しがるフランドールをレミリアは必死に止めていた。
程なくして一行に見慣れぬ妖怪から声がかかった。
「失礼、貴女方は先程宿場に現れた地上からの者と名乗る、人妖三名に違いありませんね?」
「ん? ああ、そうだが」
魔理沙が応対し、これを見てフランドールも流石に大人しくなった。
「知人がおられるとの事でしたが、それは星熊勇儀で?」
「ああ、なんか知らんがあいつが気に入ってくれてる地上の魔法使い、と、言えば宿場でなくこっちでなら、知ってる奴も居るんじゃないか?」
それを聞いて妖怪は頭を下げる。
「これはとんだご無礼を、私はあの宿の使いで、それとなく貴女方の動向を窺っておりました」
「なんかここに厄介ごとを持ち込みはしないか、って事か。 悪いな、それならちゃんと勇儀の名前を出しとくんだった。 で、様子を見てたんなら、なんで声をかけてきたんだ?」
妖怪は背後の方を親指で示した。
「別の使いの者が勇儀殿の元へ向かっております。 この件を耳に通しておくために。 ですので、その者が連絡に参り次第ご案内しましょう」
「おお、そいつは有り難い。 じゃあ遠慮なく案内してもらおうか」
もしかして魔理沙は疑われているのでは……レミリアの胸中にそんな想像がよぎったが、勇儀とやらと知人である事は紛れも無く事実だろう、そう思って気楽に構えて成り行きを見守る事にした。
長屋が軒を連ねる一角、そのうちの一軒に勇儀がいると指し示されたが、少し離れた所でも何か盛り上がっている声が聞こえた。
「一悶着解決させた後の酒宴に招かれているのですが……如何致します?」
案内をしてくれた、勇儀を探していた妖怪は控えめに質問した。 人間である魔理沙が、鬼のいる酒宴に参加させられては潰されると思っての事か。
「あー、一応話はしておきたいからなぁ…… 私が開けて入ってくのもアレだろ? 悪いけど勇儀に知らせてくれないか?」
地底の妖怪は頷くと長屋へと近づき、そして入っていった。 すぐに勇儀を伴って出て来る、勇儀は魔理沙に気付くと大きく手を振りながら近寄ってきた。
「やぁ白黒の、地上から逃げてきたって聞いたけど、本の借り過ぎでついに追い払われたのかい?」
「悪いな、逃げてきた、ってのは嘘なんだ。 今回は地底に初めて来るこいつらの手伝いで来てる」
嘘と聞いてほんのり赤く染まった勇儀の表情は、やや不機嫌に変わった。
気に入っている魔理沙が移住して来るのかと思えば、嘘だったからだろうかとレミリアは思いつつも自己紹介をした。
「初めまして、紅魔館のレミリアよ、こっちは妹のフランドール」
「うん? レミリア? どっかで聞いたような……ああ、萃香が言ってた西洋の鬼か、何しに来たのかを教えて欲しいんだけど……こいつらにも聞いてもらっていいかな?」
勇儀の不機嫌はすぐに鳴りを潜め、治安維持に一役買っている面を露わにした。
むしろ聞いていてもらった方が話は早い、レミリアは頷いて説明を始める。
「地霊殿と宴会したいと思って来たんだけど、さとりに門前払いされたのよ」
「宴会? そりゃまたなんで……私ゃさとりとは他より親しくしてると自負があるけど、あんたらと交流があるって聞かないよ?」
酒宴とやらは放っておいて話していてしまっていいのだろうか……気になったレミリアだが、そこを指摘してもし万一、あっちで飲みながらと言われると大変だ、敢えて気にしない事にした。
「理由としては至って単純よ、白玉楼と命蓮寺、永遠亭と守矢神社、異変絡みのあいつらが宴会したから、私と同じく残った地霊殿とやってみたいと思っただけ」
「なんだいそりゃ、さとりやあそこの連中と仲良くしたいからってんじゃなくって、ただ単に残り物繋がりでって事かい? あんたら地上で嫌われてんの?」
「なっ!? そ、そんな事……!」
レミリアはそんな事ないと否定しようとしたが、普段の生活を思うと然程来客は多くないと感じるのも事実、これはもしや……と思いたくないが思いかけた所で魔理沙から横槍が入った。
「あー、こいつらは嫌われてないと思うぜ? 私はちょくちょく遊びに行ってるし、他の奴だって行く事もある。 ただこいつが寂しがってもっと誰か来ないかって、常日頃思ってるだけだ」
魔理沙から帽子越しにぐりぐりと頭を撫でられるレミリア。
「ちょっと魔理沙、寂しがってるだなんて……!」
「お姉様、何日も誰も来ないと機嫌悪いもんね」
フランドールからも余計な補足が入った。
「うぎぎ……あ、あんた達ねぇ……」
「おっと、内輪もめはそこまでにしてくれないかい? 実際来てみてあんた達はさとりをどう思った? と言っても、門前払いじゃ解るもんも解らない、か」
「どうって? そうねぇ……」
レミリアは腕を組んで考え出した、その間にフランドールが勢いよく手を挙げる。
「はいはーい! お姉様が考えてる間に私から!」
「威勢がいいな、じゃ、あんたから」
「うん! 私は四百九十五年間紅魔館の地下室で過ごしてたの。 だから思うんだけど、たまには外にも出ないと勿体ないって」
そう聞いて勇儀の表情が少し曇った。
「地底に居るばかりでなく地上に出ろと?」
「そうじゃないよ。 地下室にいた私は、お姉様と咲夜とパチュリーと美鈴しか知らなかったけど、霊夢と魔理沙が来てから外に出て、遊びに来た幽々子や妖夢と会ったりもしたんだ。 館のみんなだけじゃなく、外のみんなもいい奴だったよ。 さとりは外のみんながいい奴だけじゃなかったから、館に篭るようにしたみたいだけど、待ってるだけじゃお姉様みたいになっちゃうもん」
「ちょ、それってどうもごっ……」
文句を言おうとしたレミリアは魔理沙に口を押えつけられた。 むーむーと不満の声を漏らす。
本気を出せば魔理沙の腕尽くの拘束を解くくらい、吸血鬼たるレミリアには造作もないが、そうまでして話に割って入るべきではないとは理解している。 余計な一言は入れるなという、せめてもの意思表示だった。
「……勘違いしてるとこもあるけど、一理あるねぇ、あいつはここ地底の奴らとも一部としか付き合ってない。 そしてあいつの事を恐れるばかりじゃない奴だっているのも事実、と。 これみたいにね」
勇儀は魔理沙を指さした。 当の魔理沙は意外そうな顔をして答える。
「いや? 私はこれで結構あいつは苦手だぜ?」
「面倒くさがりながらも、避けたり嫌ったりせずに会ってるじゃないか」
「まぁな、心を読まれるのは落ち着かないが、読まれて困るような事はあんまりない」
魔理沙は胸を張る。
恥ずべき所の無い生き方とは決して言えないはずなのだが、この自信はどこからくるのだろうなどとレミリアは考えた。
「で、むーむー言ってたお嬢さんの方は?」
「話聞いてたらなんだか……妙な親近感が湧いちゃったわ」
「ほぅ?」
「私もさとりは心を読む事で、嫌われ者で通ってるという噂は知ってたわ。 でも魔理沙の話を聞いたり、貴女の言い様を聞いたりしてるとどうも、嫌われてばかりの一匹狼してるわけでもないみたいじゃない。 魔理沙に、貴女、それ以外も居るんでしょ? さとりの友達って」
館に篭って自分達だけで過ごすなど、出来るものなのだろうかと疑問があった。
そこから魔理沙の話と、勇儀の一言で思った事をレミリアは口にする。
「ああ、そんなに多くはないんだけどね」
「多くはないけど「友達」って言えるそれなりに親しいのが、確かにいるってんでしょ? それってつまり、ほんとに全部拒絶してるって話じゃなくなるわ。 魔理沙が言うには付き合っていける奴かどうかを、ふるいにかけてるって話だけど……私達の門前払いもそういう事なんじゃない?」
勇儀は魔理沙の方を見た。
どうやら魔理沙の言っていた「地底の奴の受け売り」は勇儀の言っていた事だったらしい。
「しかも魔理沙まで友達だって言うなら……魔理沙があそこに行ったのって最近でしょ? もう他人と付き合うなんてこりごりで、古い友人だけいればいいっていう事でもない。 だったら私だって友達になれるはずよ」
「ふーん……で、私に手伝えっていうのかい?」
レミリアの話を聞き終えると、勇儀はニヤリと笑ってそう言った。
協力を求めても断られそうだと、レミリアはなんとなく感じたが……
「いいえ、さとりと打ち解けるための手伝いを求めに来たわけじゃないわ」
元よりそこに助けを求めるつもりはない、きっぱりとそういうと勇儀は少し意外そうな顔をした。
「門前払いされちまったから、明日出直す事にして、こっちで宿を取ろうとしたんだよ」
「あー、それで私に報告が来たんだね。 手助けが欲しいのはそっちの事か」
魔理沙が目的について補足をしてくれて、勇儀は納得した様子を見せる。
勇儀が、監視役の妖怪の方を見やるとこくりと頷いた。
「そうよ、さとりとの事は飽くまで私とフランでやるわ、協力は要らない」
「成程本気ってわけかい。 そういう事なら一肌脱ごうか」
それはレミリアとフランドールにとっては意外な申し出だった。
「え? いいの?」
「あんた地上の奴は好きじゃないんだって聞いたけど?」
勇儀との短時間のこのやり取りでも、豪放な性格であろうとレミリアにも窺えた。
裏があるとは思えない。
しかし、勇儀は地上の者とは付き合いたがらないと聞かされていたレミリアには不可解だ。
「さとりと友達になってやるだなんて、真っ直ぐに言う奴は珍しいからね、あんたは見た目の通りの奴みたいだし、きっとあいつにも悪い話じゃないだろう」
見た目の通り、というフレーズに引っかかりを覚えたが、認めた上で協力してくれるらしい。
「それは心強いわね」
「で、泊まるのはこいつらの所でいいのかい?」
「そうね、女将さんが親切にしてくれた事だし」
「解った。 ……そういう事だからしっかり頼んだよ。 私もこっちが終わったら後で挨拶に行くよ」
尾行をしていた妖怪・案内してくれた妖怪、両名共に勇儀に頭を下げた。
宿へと戻って部屋に案内され……荷物を置いて一息ついた後、レミリアとフランドールは早速作戦会議と称して、次に訪ねる際の方針を議論する事にした。
「あんたの助言はいらないからね」
と、ついてきている魔理沙に釘を刺す。
「じゃあ、お前達が何をしようとするのか、楽しく聞かせてもらおうか」
「それはいいとして、あんたいつまでついてくんの?」
宿の部屋はレミリアとフランドールだけという事になっているため、帰るつもりではいるようだが……
「パチュリーに頼まれてるし、何よりこんなのそうそう見られるもんじゃないし、最後まで付き合うぜ。 適当なとこで一旦帰ってまた来るつもりだが」
「ふーん……まぁ助かってるしお礼は言っとくよ、有難う」
「はいはいどういたしまして。 じゃ、私の事は気にせず作戦を立ててくれ」
立ち上がるのを面倒くさがってか、魔理沙は四つん這いで壁際まで行くと座り直し、腕組みをしてレミリアとフランドールを眺め出す。
「まずは中に入れてもらわないと、話にならないわね」
「さっきのお姉様がやろうとしたみたい、にドアをドカーンして入れてもらうんじゃ駄目なんだよね」
そう言うフランドールは、表情も声音も無邪気なものだ。
悪気なくレミリアの痛い所を突いている。
「……そ、そうね、さとりが自分から私達を館に入れようと、話を聞こうというように思ってもらわないと始まらないわ」
「ケーキを持っていってお茶に誘う?」
「今のままだと、和菓子派だとか言われて断られそうね」
レミリアには容易に想像出来た。
先程扉を少し開けて、顔を出して話していたように「折角のお誘いですが、申し訳ありません、私は和菓子派ですので」と言われて扉が閉じられる様が、あまりに鮮明にイメージされる。
「そっか、何かを使ったりしちゃいけないんだね……でもそういうのが駄目なんだったら、今は何をしても無理じゃないかな?」
「もうちょっと詳しくお願い」
地下室暮らしの長かったフランドールは、解りにくい言い方をする事が往々にしてある、レミリアが説明を求めると、視線をあげて考えつつ話し始めた。
「えーっと……お菓子とかで誘って入れてもらっても、さとりの気持ちは変わってないんだから、意味がないよね。 だから何か持っていったりしないでやらなきゃならないけど、今は私達と友達になっていいかを、私達に冷たくしてその反応で決めてるんだとしたら……」
「結局やられるままでいて、堪え続けるのが今の所一番良さそうな手段って事、か……うーん、そういう覚悟だって言っても、なんだかちょっと気が重くなるわね」
ふるいにかけていると言うが、さとりは何を以て認めるというのだろう、先が見えないのは辛い所だ。
「お姉様、さっき危ない所だったしね」
「貴女が止めてくれなかったらと思うと恐ろしいわ、そこは認めないとね。 有難う、フラン」
「うん!」
レミリアのお礼に、フランドールは屈託のない笑顔を返す。
何かにつけ生意気だった妹が、こんなに素直でかわいいなんて、と、レミリアは密かに感動し、会話が少し途切れた。
「……貴女なら私が考えるよりも、さとりの感覚に近いのかしらね。 フラン、貴女なら地下室に居る時に、話した事無い奴が友達になろうってやってきたらどう?」
そして途切れた間に浮かんだ質問を投げかけるレミリア。
フランドールは困ったような表情を浮かべる。
「え? それは……どうかなぁ、何話せばいいかわかんないよ?」
「どうすれば話して、打ち解けられそう?」
「……じっとそこに居て待ってたら、何か思いついたら話すかも」
さとりに対しても通用するだろうかと、レミリアは考える。
魔理沙は撃退されなかっただけマシと言っていた。
根気よく待っているのを見れば、その熱意に興味を持つ……かもしれない。
「じゃあ明日は入れてもらえず、これ以上話もしないって状況になったら、無理に声をかけたり扉をノックしたりせず、館の前でしばらく過ごしてみようか」
「でも大丈夫かな……? さとりのは私のと違うし……」
「雲行きが怪しかったら、すぐ退散すればいいわよ。 ……多分」
二人揃って弱気ではあるが、一応方針は決まった。
その後レミリアは魔理沙に頼んで、フランドールと三人で買い物に出た。
館の前で待つと決めたはいいが、それではフランドールが退屈を訴えるのではないかという懸念が湧き、待つ間の暇つぶしがあった方がいいと判断したためだ。
幸いにも美鈴やパチュリーのおかげで、フランドールも「本を読む」事に抵抗が無くなって来ているので、書店に行くだけで事足りた。
翌日。
今日も付き添ってくれるという魔理沙の到着を待っているため、レミリアとフランドールは朝食を終えた後も、まだ出発していなかった。
レミリアは、どうせ魔理沙は館の近くまでは行かないんだろうし、待たなくていいんじゃないか……と、言ったものの、フランドールが納得しなかった。
「待たせたな」
現れた魔理沙は、悪びれもせずそう言う。
「遅いわよ」
「まぁまぁいいじゃないか、今日もきっちり補助してやるんだから」
「自分で言うこっちゃないでしょうが……」
魔理沙が言わずとも、もしかしたらフランドールが、魔理沙自身の言った内容と同じような事を言って、助け舟を出していたかもしれない、そう思ってチラリと窺うと少し不満そうに見えた。
「大丈夫よフラン、怒ってるんじゃないわ」
「そうそう、じゃれあってるようなもんだ」
魔理沙はレミリアとフランドールの手を取り、重ねさせると、その手を引くようにして二人の前に立った。
「よし、行こうぜ」
「って、こんな連行されてるみたいな歩き方しないっての」
昨日と同じように途中で魔理沙と別れ――今回は話が出来なくとも、館の前で待ってみるつもりだと伝えたため、魔理沙も適当に時間を潰しに行ってから、宿に戻ってみるという事になった――……レミリアとフランドールは地霊殿の前に到着した。
扉をノックする……もしかしたらそもそも応対すらされないのではという思いも一瞬よぎったが……
ゆっくりと扉が開き、無言で顔を出す少女の姿。
昨日散々に断っていた彼女、魔理沙が言うにはこの娘こそがさとりだ。
「もうバレてるんですね」
何も言わずとも通じている。
レミリアは、咲夜の指示を出さずとも望む事を用意する様を思い出したが、さとりとは色々な意味で質が違う。
「私達の用件は解ってるんでしょ?」
「ええ、宴会に誘おうとしに来た、と。 迷惑だ、と言ったらどうします? 昨日やろうとしたように、ドアを破壊して押し入りますか?」
ニヤニヤしながらさとりはそう言った。
それこそ昨日のレミリアなら、このような挑発を受ければ、本当にやっていたかもしれない。
しかし咲夜に、そしてフランドールに止められた、その上既にこういった事をされるのは想定済みだ。
「いいえ、貴女の気が変わるまで待つわ」
「そうですか」
短くそれだけ言ってさとりは扉を閉じた。
いずれにせよ、追い払おうとするような言葉は無駄であると判断したのだろうか、レミリアはフランドールの方へ向き直って……
「それじゃあ昨日話した通りにしようか」
「でもここだと誰か来たら邪魔だよね」
フランドールの心配も尤もだ。
レミリアはきょろきょろと辺りを見回して待機する場所を探す。
「あの辺の塀の裏側にでもしときましょ、門からちょっと離れてるから、入ってくる時には見えないでしょうし」
「なんでわざわざこんな所で本なんて読んでるんだい?」
案の定ただ立って待っているだけでは退屈になり、昨日購入した本を二人それぞれ読んでいると、覚えのある声がかかった。
「ん? ああ、勇儀、おはよ……じゃなくてもうこんにちは?」
地底では空の明るさも解らず、またレミリアは時計を持ち歩く習慣が無いので、挨拶の言葉に迷ってしまった。
「そろそろ昼だからこんにちはだね」
「結構経ってたのね。 今日も碌に話聞いてもらえなかったから、気が変わるまで待つって言ってここにいたのよ、正面だと誰か来た時に邪魔になっちゃうだろうってフランが言うから、目立たないここでね」
「成程ね、入って行く時は全然気づかなかったから、その気遣いは上手く行ったようだ。 でもさとりにあんたらが来て外に居ると聞かされて、どっかに隠れてるんだろって答えちゃったよ」
出て来る際に気付いて、話しかけてきたらしい。
レミリアもフランドールも、本を読んでいたため、勇儀が訪ねてきていた事には気付いていなかった。
「どうせここに居る事もバレてるんでしょうし、別に問題無いんじゃない? ところで貴女はなんで来たの?」
「昨日の酒盛りの件の報告にね……私が無理矢理丸く収めちゃったけど、仲違いがあってそれを解決したんだって事を、ちゃんと伝えとかないと」
「そういえばあんたって、ここのまとめ役みたいな事してんの? 昨日も私達が来た事を、わざわざ報告されてたみたいだし」
大分毛色は違うが、咲夜の役割と幾らか重なる所がある、レミリアはその部分に興味を持った。
「ああ、自分から買って出たわけじゃないんだけどね……鬼だから腕っぷしが強いし、何かと周りに頼られてねぇ。 それでいろんな奴に、勇儀さん勇儀さんって持ち上げられて、何時の間にやらすっかり自警団長みたいなもんになってたよ。 さとりとも付き合いがあるし、なるべくしてなったとも言えるのかな……ま、お礼に美味いもん食わせてもらったり、酒飲んだり出来る事が多いから、悪くはないね」
「ふーん、なんというか、凄く天職って感じね」
能力として適任であり、立ち位置も担うに適切、おまけに自身もそれなりに気に入っている、中々良い運命を引いているようだと感心するレミリア。
「そんな事よりあんたら、いつまでここで立ってるんだい? 話した限りさとりはまだ、それ程前向きになっていないようだけど」
「うーん、それじゃあ……魔理沙を待たせてるし、もうお昼ならとりあえず一旦戻ろうか」
勇儀とは戻る途中で別れたが、去り際に「後で行くよ、紹介したい奴がいるんだ」などと言っていた。
地上の者を避けているのは勇儀だけで、他の連中はそうでもないのだろうか……疑問はあるが、それよりも退屈しなくて済みそうだという事が、レミリアには有り難かった。
とりあえず宿に戻ってフランドールと共に一息つくレミリア。
「お姉様ー、お昼ごはんはどうするのー?」
「魔理沙が来てくれればいいんだけど……女将さんに何か作ってもらえないか、訊いてみようか?」
魔理沙に言わせれば、咲夜の持たせてくれたお金は余裕があるようだが、どう必要になるか・またどれ程かかるかは、普段咲夜任せのレミリアには想像もつかず、極力使用は控えたい所だった。
勇儀が訪ねてくるつもりだと聞いて、退屈しなくて済みそうだと思ったのも、それが原因だ。
お金を使わないようにとなれば、必然的に宿でゆっくりする選択を取らざるを得ず、そして何もせずにゆっくりしている事は、幼い性格のレミリアやフランドールには、退屈な事でしかない。
「お金に余裕があるんなら、昨日行ったあそこで何か食べようよー」
あそこ、とは繁華街の事だろう。
館にいてばかりのこの姉妹には、店先で購入して、歩きながら食べられるようなものを、思いのままに買う経験など、そうそう得られるものではない。
「うーん、お金をどう使う事になるか解らないから、あんまり使いたくないのよね」
「それなら魔理沙に決めてもらえばいいじゃん、どうせ便りにしきっちゃってるんだから、これくらいいいでしょ?」
不満そうに言うフランドールの様子を見て、それも一理あると思うと共に、喜ばせてやりたいとレミリアは考えた。
「そうね、じゃ、しばらく魔理沙を待って……来なかったらもう、私達だけであそこに行きましょ。 でも、魔理沙が来なかったらちょっと我慢しないとね」
「うん!」
しかし魔理沙は現れず……
「まだここに居たか」
勇儀が先に現れた。
「え? 後でって言ってたのにもう?」
「いなけりゃいないで、夜にでもまた来ればいいか、ってね。 それに宿の事をあいつに面倒見てもらってたんだから、もしかしたら食事をどうすべきかで、迷ってるかもしれないとも思ったのさ」
図星だ、見事な程に。
「うん、正にその通りよ。 お金をどこまで使っていいのかとか、わかんないから迷っててねぇ」
「あんたらも鬼だって言うけど、私らみたいによく食べるのかい?」
勇儀はレミリアとフランドールを交互に見やる。
その視線には少しの期待があるような、どことなく楽しそうなものだった。
「いいえ、それも見た目の通りね」
「なんだ、子供みたいなくせにどれだけ食べるんだ、って、面白いものが見られるかと思ったのに」
残念そうにする勇儀だがすぐに表情を明るくさせる。
「それなら私がおごってやろうじゃないか」
「え? ほんとに?」
「ああ、その代わりと言っちゃ難だが……おーい、パルスィ」
勇儀が声をかけて、部屋の外に控えていた人物が入ってきた。
「初めまして、水橋パルスィよ。 貴女達がさとりと仲良くしようとしてるって聞いて、会ってみたくなったの」
「というわけだから、こいつと話してやってくれないか?」
「構わないわ。 ……レミリアよ、こっちは妹のフランドール」
「よろしくね!」
パルスィはぺこりと頭を下げた。
フランドールもぎこちなくそれに倣う。
「しょっちゅう妬ましい妬ましいって言うが、気にしないでやってくれ、そういう妖怪なんでね」
「嫉妬心を操る能力があるの。 だけど理由もなく、みだりに焚き付けたりはしないわ」
「自分が妬んでるだけの方が多い……というよりも、能力使ってる所見た事ないな」
怒りっぽいレミリアには覿面な効果を発揮する事だろう、それを向けられる事はなさそうと聞いて少し安心する。
「じゃ、行くとしようか、お腹すかせてるんだろう?」
繁華街に到着すると、昨日同様フランドールが目を輝かせだした。
「フラン、よその人に食べさせてもらうんだから、食べたいものを片っ端から買って、食べきれなかったなんて事になっちゃ駄目よ。 ちゃんと食べ切れる量だけにしなさい」
「えー……うん、わかった」
不満そうな声を漏らしたものの、勇儀の方を見やると、渋々といった様子ながらも頷くフランドール。
「こう言うと気を悪くするかもしれないが、いかにも幼い姉妹って感じで、凄く微笑ましいねぇ」
「仲良し姉妹ね、妬ましいわ」
勇儀の言には少しムッとしてしまったレミリアだったが、続けてのパルスィの言には嬉しくさせられた。
フランドールの方も、今しがたの不満が掻き消えたように笑みを浮かべる。
「仲良く見えるのなら何よりだわ。 こっちに来る直前まで、良好とは言えない関係だったんだから」
「そりゃ穏やかじゃないね、おやつの取り合いでもしたのかい?」
完全にレミリアを幼子扱いする勇儀、慣れるしかなさそうと見て、レミリアは咲夜の事を考えてクールダウンを試みる。
「お姉様が私に色々言うのを、私が嫌がってたんだよ」
考えてる間の沈黙に、フランドールが補足した。
まるでフランドールが悪いような言い方だが……
「いいえ、私の方も言い方が悪かったのよ、貴女の気持ちを考えずに押し付けてばかりで」
「その様子からすると、上手い具合に仲裁してもらったのね」
パルスィに言い当てられて、レミリアは驚きの表情を向けた。
「貴女達をよく見て心配する者がそばにいるのね、妬ましいわ」
「そうよ、私達の事しか考えてないんじゃないかってくらい。 だから今回二人で出てきて休暇をあげたの」
レミリアは「私達」と言ったものの、そう言うには、咲夜のそれはいささか比重が偏っている。
自覚もあったが、最近では美鈴がフランドール寄りとも言えるため、きっと良いバランスなのだろうと考えた。
「それ程なんだったら、離れるのが辛いという事もあるんじゃないかい?」
勇儀の発言はレミリアの胸中を騒がせた。
魔理沙も心配しているのではないかと口にしていた、咲夜はどうしているだろう……
「あれ? 貴女達だけなの? レミリアは?」
白玉楼を訪ね、その一室に通された咲夜と美鈴、幽々子から開口一番そう質問された。
「お嬢様は妹様と共に、地底へ行かれているの。 昨日からとある目的のために、向こうに滞在中なのよ」
従者としてではない訪問故か、咲夜の口調は砕けたものだ。
「地底ねぇ……あ、ちょっと待ってね。 何をしに行ったのか当ててみたいの」
咲夜の説明を聞いて、幽々子は楽しそうに笑みを浮かべてそう答えた。
取り出した扇子を閉じたまま、ぴっと妖夢に向ける。
「さ、妖夢、当ててみて?」
「え? 幽々子様が当てるんじゃないんですか?」
「貴女の予想を聞いてみたいのよ」
相変わらず仲の良い二人だと、咲夜は胸中で呟く。
咲夜の持つ主従像とは違った形を持つ両名を見ていると……
「うーん、咲夜を置いて、というのがあってよく解らないです。 一緒なんだったら、地霊殿に何かしに行くのかなと思うんですが」
妖夢の答えを聞いて、咲夜はよぎった思いを振り払った。
今は幼いレミリアも、いずれはこの亡霊などのように、未熟な従者を導く事もあるのだろうか、そんな想像は今はしてはいけない事だ。
「私は宴会のお誘いに行ったんだと思うわ。 あっちが姉妹のいる館なんだから、こっちも姉妹で、って所でしょう?」
「うわ、当たってる……どうしてわかったんですか?」
幽々子の予想は正解を完全に射抜いた。
美鈴が問うと笑って答える。
「だってうちや永遠亭が宴会した後じゃない、あの子の事だからうちもやる、って言い出すでしょ?」
こうレミリアを理解してくれる者が、友としていてくれる事は咲夜には有り難い事だ。
欲を言うなら、もっと頻繁に遊びに来てもらいたい所だが、白玉楼は幽霊管理の仕事がある、是非にとは言えない。
「でも貴女達は何故ここに? レミリアが居ないんなら、自由行動かしら?」
「ええ、休暇を頂いてまして、ですが咲」
「私達だけで行動できる機会も非常に珍しい事、この機に余所の主従関係から、学ばせてもらおうとして来たの」
美鈴の発言に、敢えて割って入った咲夜。
美鈴の説明では、言われたくない事が出て来ると見た事は、この目ざとい亡霊には気付かれるだろう。
「そういう事情なら、うちは貴女達の所と全然違うし、新鮮な事もあるかもしれないわね」
しかし幽々子は特に触れて来なかった。
「えっと、咲夜と美鈴が学ぶっていうと、つまり私が幽々子様にしてる事を、参考にするわけですよね?」
「責任重大ね」
疑問符を浮かべる妖夢に、幽々子はプレッシャーをかける。
「あ、いえ、大丈夫ですよ。 別に新しく身につけなくてはいけない、という意味ではないんです。 飽くまで休暇ですから、気分転換がてらの事ですし、気楽に構えて下さい」
美鈴がフォローすると、妖夢は安心したように息をついた。
「そういえばレミリア達が出かけたのは、昨日からなのよね? 昨日は他の所に行ったの?」
「昨日はちょっと里で買い物を」
事も無げに答える咲夜だったが、実際の所は……
こんな機会は滅多にある事ではないと舞い上がった美鈴、行き先として白玉楼を挙げてはいたが、その前に里で買い物をと提案した。
自由な買い物、それも仕事ではない咲夜つきとあって、ついつい長居をしてしまって、結局白玉楼を訪ねるどころではなくなってしまっていたのだ。
嬉しそうにする美鈴についていくのも悪くは無いと思う反面、レミリアが気がかりだった咲夜、それを見抜かれて「魔理沙がいるのなら問題無い」と見解を聞かされ、納得出来るその内容に、不安が幾分か解消していた。
「成程ねぇ、それじゃお茶でも飲みながら、妖夢の働きぶりを赤裸々に話しましょうか」
「あ、あまり変な事は言わないで下さいね……?」
レミリアは、フランドールの暴走を抑えるために、一つ思いついた事を提案した。
「食べる量は、私もフランもあんまり変わらないんだし、私が何か買ったらフランも何か買う、買った物を比べて、大体同じくらいになるように収めるってのはどう?」
「うん、それでいいよ!」
量の制限こそあれども、自由に選べるというのは、フランドールにとって魅力のある事だったようだ。
勇儀は、レミリアとフランドールが何を食べようとするのか興味があったらしく、予めお金を多めに渡して二人を自由にさせた。
しかし各種の店先や屋台などから、レミリア・フランドールが買ってきたものを見て、肩透かしを食ったような顔をした。
鮨・おでん・天ぷらなど、見慣れたものが多かったからだ。
「西洋の鬼というのにこっちのものばかり食べるのか……」
「? それがどうかしたの?」
「何か変わった選び方をして、これが美味いんだと薦めてくれでもするかと、期待があったのさ」
「ああ、私達こっちの料理に抵抗ないしねぇ……納豆好物だし」
屋台などで持ち帰りとして購入したものを食べるために、テーブルや椅子が並べられたスペースがあり、レミリア達はそこで食事を摂った。
勇儀だけは食べる量が桁違いのため一人だけまだ食べている。
「あ、そうだ、さっき読んでた本持ってる?」
「さっきの本?」
「ああ、どっかで見たような気がしてねぇ」
「こっちに来てから買ったから、本屋で見たのかもしれないよ」
そう言いながらフランドールは件の本を取り出してテーブルの上に置いた。
「これは……」
一目見てパルスィは、心当たりがありそうな素振りを見せた。
「あ、パルスィも? って事は……」
「ええ、これさとりが書いたものね」
「え? さとりが!? でもこれ名前が……」
著者名は「古明地さとり」ではない。
「ペンネーム使ってるのよ、本の内容から人となりを誤解されると面倒だからって」
「私はじっくり本を読むのは苦手だから殆ど見せてもらってないけど、あのさとりが書いたとは思えないほのぼのした話があったねぇ」
「そう、例えばその本を見て嫌われ者のくせに内面は優しいんだって思われたら、妙なのが訪ねて来そうだとか」
レミリアは驚いてしまってパルスィ・勇儀の話も碌に耳に入らない程だった。
目を白黒させて本をぱらぱらとめくっている。
咲夜が相手がどう思うかを考えろと言っていた、その事があってたまたま書店の店員に訊いて、心理描写の多いというこの本を出してもらったのだ。 それがさとりの書いた本とは……
「操作してないのに……」
「じじつはしょうせつよりきなり って奴だね」
フランドールが得意気に言ったが、発音からすると言葉と文字が一致していなさそうだ。
「それにしても、さとりには災難だったようね」
「どうして?」
パルスィの言にフランドールが首を傾げる。
「私達が読ませてもらった時は借りていったのよ。 読んだ後の感想を聞くのは歓迎だけど、目の前で読んで心の声実況は流石に落ち着かないって」
「そういえばさっき、普段と様子が違うような気がしたけど……成程ね」
レミリアとフランドールは、敷地内の塀の辺りにいた、そこであればさとりの能力の及ぶ範囲内であるのなら……
「例えれば、諦めて帰るのかと思ったらその場に居座り、日記を朗読されるような心地なのかしらね。 その声はさとりにしか聞こえないわけだけど」
「うわぁ」
知らなかったとはいえ、途轍もなくえげつない行為をしてしまったようだ。
流石にレミリアも、胸中が罪悪感一色に染まる。
「これがさとりのだって知らなかったんなら、もし読んでたのが聞こえてたとしても、意図的にやった事じゃないって、通じてるんじゃないか? 知ってたか知らなかったかも、当然心を読めば解るだろう?」
「そうね、気にする事はないわよ、むしろ貴女達に意地悪したさとりの自業自得ね。 本当に応じる気がないなら、もっとちゃんと諦めるよう仕向けるくせに、はっきりさせずに様子見なんてしたせいだもの」
勇儀とパルスィはすぐさまレミリアを弁護した。
それを受けてレミリアは少し立ち直り、そしてさとりの著書を館の前で読んだ行為の影響が、いまいち解らないらしく、きょとんとした表情のフランドールが口を開く。
「それってさとりにとって嫌な事なんだったら、私達の事怒ってるかな?」
「怒りはしてないでしょうね、でも、また行くのなら、今日はやめておいた方がいいかもしれないわ。 そんな事があった直後じゃ、出て来辛いでしょうし」
結局その後、レミリアとフランドールは夕方頃の時間まで勇儀・パルスィと共に過ごした。
パルスィは元々、レミリアとフランドールがさとりと仲良くしようとしていると勇儀に聞かされ、それが問題無いかを自分でも判断してみたかったのだと話した。
「上手く行くといいわね」
別れ際にパルスィはそう言っていた、眼鏡に適ったようだ。
そして宿に戻ると……
「おー、おかえりー」
魔理沙が寝そべって本を読んでいた。
そういえばすっかり忘れていたと気付くレミリアだったが、魔理沙は二人がなかなか戻ってこなかった事について、特に機嫌が悪い様子などもなく平然としている。
「上手く行った、ってわけじゃないよな、どうしたんだ?」
「勇儀が来て昼食をおごってくれて、連れてきてたパルスィと話したりしてたのよ」
レミリアは昨日買った本が、さとりの著書であった事を説明した。
「へぇ、そいつは面白い偶然だな。 じゃあ明日は私もついていっていいか?」
「なんで? 協力はいらないわよ?」
「勿論手伝わないぜ。 さとりがその事についてどう言うんだか、その場で見てみたいんだ」
そう答える魔理沙の顔は今から既に楽しそうだ。
助けてもらった手前断りにくい、こんな状態の魔理沙を連れて行っては、さとりが頑なに断るような事態になるのでは……その危惧が現実のものとならないよう、レミリアは祈るばかりだった。
翌日、余程楽しみなのか今度は魔理沙の合流が早い。
「魔理沙、そのニヤニヤすんのやめてくれない? さとりが嫌がって出て来てくれなかったらどうするのよ……」
「大丈夫だろ、あいつが隠れようとしても、こっちには切り札があるんだからな」
つまり出てこなかったらまた読んでやれという事か、その想像を裏付けるように、魔理沙はテーブルに乗せてあった本をとって指差した。
「それを読んで出てこさせろっていうの? 私はやだよ」
フランドールは頬を膨らませてそっぽを向く、それを見て魔理沙は意外そうな顔をした。
「意地悪されたのに、仕返ししないでいいのか?」
「そうしてたら、館を出て来る前のお姉様との関係みたいになっちゃうでしょ?」
「うーむ」
魔理沙は唸りながらレミリアに歩み寄った。
「な、何よ」
ぽん、と、頭に手を置かれる。
「こりゃお姉ちゃんも怒りっぽいのなんとかしないと、妹に置いてかれるな」
幾分かは抑え気味になったとはいえ、危ない場面もあった。
レミリアは反論できずに、僅かな焦りを持て余すのだった。
魔理沙の同行を強く断る事も出来ず、それについて良いとも悪いとも、レミリアは答える事が出来なかった。
しかし魔理沙もフランドールの様子を見て思う所があったのか、先程のようにニヤニヤしてはいない。
この分なら、魔理沙の考えている内容のせいで、さとりが出て来たがらないという事も無いと思いたい所だ。
「お姉様、きっと大丈夫だよ。 美鈴が言ってたもん、昔偉い人が、どうしても仲良くなりたい人の所に行って意地悪されたけど、三回目には仲良くなれたんだって」
地霊殿へ向かう道すがら、フランドールは得意気にそう語った。
立場の関係等、違う所もあるが状況は話に似ているとも言えるかもしれないとレミリアは感じた。
「美鈴の故郷で昔あった出来事? えーっと、なんて言うんだっけこういうの」
諺、ではない。 そうとしか浮かばなかったレミリアは答えを求めるように魔理沙を見る。
「私を頼られてもな、そういったものを知らないわけじゃないが、どう呼ぶかなんて……あー、そうだ、事故成語みたいなんじゃなかったか?」
「なんか惜しいけど違うって気がするわね、まぁいいわ」
「今のは……さんこのれい、って言うらしいよ?」
ややうろ覚え気味な説明だったが、この事例の名前は覚えていたようだ。
「三個の例? 行く度になんか贈り物して、気に入られでもしたのか?」
「帰ったら美鈴に訊いてみる?」
「……そうだな、よくわからんし、なんかもやもやする」
地霊殿に到着し、扉をノックしようと……
「おはようございます」
ノックしようとした所で扉が開き、さとりが顔だけ出して挨拶してきた。
「昨日は悪かったわね……」
レミリアはまず最初に謝った。
するとさとりは首を横に振る。
「いえ、あれは偶然ですし、お気になさらず。 それよりも足繁く通って頂いてますから……そろそろきちんとお話を伺おうかと思います。 お入り下さい」
食堂に通されてレミリア達三人は席についた。
さとりは一瞬それぞれの顔を見たと思えば、隅の方に控えていた館の者に近づき、何かを指示して戻って来た。
「無礼を働き失礼致しました。 お察しの通り、私は貴女達の気持ちの程を量っていたのです」
「で、通してくれたって事は認めてもらえたの?」
「まだ完全にではありませんね。 これも既に御存知のようですが、家の前で私の本を読まれては落ち着かないので」
気にしないようにと話しこそしたものの、これ以上やられる事が嫌なのも事実らしい。
「丁度うちの咲夜……メイド長に、他人がどう思ってるか考えてみるようにと言われた直後だったから、貴女の本はいい勉強になったわ」
心を読む力を持つさとりが記す登場人物の内面、それは実際に見聞きしたものが元だろう、他人の考え方を知ってみる上では適した教材とも言えるはずだ。
レミリアの言にさとりは少し恥ずかしそうにした。
「ありがとうございます」
短くお礼だけ言って頭を下げる。
「ねえねえ、こいしはいるの?」
溢れんばかりの期待を含んだ声音で、フランドールが問いかけた。
まだ会っていない同じ「妹」の立ち位置の彼女に興味があるようだ。
「貴女達が来ている事を知って、探しに行ってみると言って、しばらく前から外に出てますね。 諦める様子もなかったと話してありますから、探す範囲は恐らく旧都まで、そのうち戻って来るでしょう」
魔理沙が言うには、遠慮がなく失礼な奴と見えるかもしれない、という話だった。
実際に会ってみてどうなる事だろう、フランドールは問題なさそうに見えるが、自分の場合は……レミリアの胸中に少し不安がよぎる。
「極端に言えば、なんでもかんでも思うがままに口にしてしまう子供みたいなものです。 身構えなくとも大丈夫ですよ」
そんな具合に本題から逸れた話をしていると、先程さとりが指示を出していた館の者がレミリアとフランドールに紅茶を、さとりにコーヒーを出した。
「……私のは?」
魔理沙には何も出されていない。
「ただの付き添いだから置物のように思っておけと、私に呼びかけていましたからね。 置物でしたら飲み物も要らないでしょう?」
そう言ってさとりはニヤリと笑う。
もしこれが自分に向けられていたらと思うと、レミリアは冷や汗をかいた。
これ程にきつい仕打ちはまだされていない、相手によって程度を変えるのだろうか……?
「あー、悪かった。 お前がうろたえる様を見たいとか、期待するのは極力やめておこう。 だから私にも出してもらえないか?」
さとりは返事をせずに涼しい顔をしてコーヒーを口にした。
「おい、無視……っと、ああ、有難う」
さとりの様子に食ってかかろうとした魔理沙だったが、後ろの方からコーヒーを出されて尻すぼみな声でお礼を言う。
コーヒーを口にする事が控えている者への合図……にしてはタイミングが早い、予め言い含めておいたのかとレミリアが想像すると、さとりが視線を合わせてきてニヤリとした。
「……そういえばきちんと話を、っていうけど、私達の目的ももう知ってて、それがどれくらい本気かってのも見てて、これ以上あと何を話すの?」
改めて考えてみるとレミリアには、これ以上その件で話す事は浮かばなかった、後はさとりが同意するか否かだけではないだろうか。
「その見解は、咲夜さんが聞けば減点する事でしょうね。 うちは私が一声かければそれでよし、というわけにもいかないので、こいしと……それにつれて行く事になる、お燐とお空にも、賛成してもらわないといけません」
紅魔館では、レミリアが方針を打ち出せば――問題があると咲夜が判断する内容でない限り――概ね皆ついてくる。
地霊殿はそれとは事情が違う……知っている連中はレミリアの方に近い事もあって、すっかり失念していた。
「お燐とお空を同席させると、じっくり話してもいられなくなりそうですから、まずこいしが戻るのを待って、姉妹同士のティータイムを、実現させてからと思ってたんですよ」
レミリアはハッとした表情を浮かべる。
そういえばさとりを宴会に招く、という目的の方にばかり目が行っていた、そもそもフランドールをつれて来た理由には姉妹同士、という狙いがあったのだ。
さとりがちらりと魔理沙の方を見た。
置物、と自ら言っただけあって、考えはしても口には出さないつもりのようだ。
さとりの表情は特に変わらなかったため、魔理沙が心のうちで何かを言ったのだろうと想像しても、その内容はレミリアには解らなかった。
「あー、いたー!」
食堂の入口の方で叫び声があがった。
「おかえりなさい、こいし」
さとりが声をかけると、こいしは足早にやってきてさとりの隣に座る。
「もう入れてもらってたんだね、それなら探しに行かなければよかった」
「どういう事?」
「お姉ちゃん、悪く思ってはないみたいなのに、入れてあげてなかったから、私が連れて来ようと思ったの。 びっくりするだろうとも思ったし」
「それでわざわざ探しに行ったのね……」
妙だ、とレミリアは思った。
さとりは心を読めるというのに、こいしには質問をしている。
それを察してか魔理沙から耳打ちされた。
「こいしは心を閉じてるから、さとりも心を読む事が出来ないんだ」
するとつまり……
(何を考えてるかを把握して、応対するんじゃないわけだから……)
レミリアの場合はフランドールに姉として、館の主としての立場から、押し付けと思われるような事をして、距離を置かれてしまっていた。
さとりのこいしへの言動は、姉から妹への振る舞いとして、良い指標となるかもしれない、そう思ってレミリアはさとりを注視する。
「フランドールだよ、よろしくね。 あとこっちは私のお姉様でレミリア」
じっと見ていたため紹介を忘れてしまっていた。
代わりにフランドールから紹介され、こいしはフランドールに笑みを返す。
「うん、よろしくね」
二人の雰囲気は和やかだ、これなら問題なく打ち解けると思えた。
「さとりは私達の事、悪く思ってなかったって言ったけど、全然解らなかったよ」
フランドールの声音は少し羨ましそうだ。
何故だろう、レミリアは考えようとしたものの、こいしの言葉がすぐに続いた。
「友達になりたいって思って、ここまで来るなんて殆どないんだもん。 しかも本をほめてくれるから、お姉ちゃんそわそわしちゃ」
「ちょっと、こいし、あんまり余計な事は言わないでお願いだから」
(あ、同じだ)
レミリアは自然と微笑んでしまっていた、よく自分が誰かの余計な一言に恥ずかしがり、他の連中がニヤニヤしているのを、疎ましく思っていたものだが……
(これは、仕方ないわね)
見る側に回って初めてその気持ちを理解したレミリア、これからは咲夜や美鈴辺りが自分を見てニヤニヤしていても……
不意に気付いてレミリアは隣を見た。
(うん、やっぱり無理だわ)
魔理沙を見て、やはり耐えられ無さそうだという思いがよぎった。
しばらく、レミリアとフランドール・さとりとこいし(+自称置物魔理沙)で話してから、空と燐が呼ばれた。
「おや、可愛らしいお客さんだね」
燐に可愛らしいと言われて、見た目の幼さを指している事を察したレミリアは、不覚にも一瞬苛立ちを覚えたが……
「しかも地上からって、何をしに来たの?」
空の発言から目的を思い出し、苛立ちをかき消して答える。
「さとりと……」
「私達と宴会をしたいんだって!」
答えようとするレミリアに、こいしが大きな声で割り込んだ。
先程のさとりの言からして、思いついた事を即座に言ったのだと、レミリアも思い至った。
宴会、という言葉に目を輝かせる空。
「宴会!? ……でも、なんで?」
「あー、それはね」
レミリアは燐と空に、余所がそれぞれ宴会をした事を受けて、自分もやろうと思った旨を説明した。
「で、この際だから貴女達と、仲良くさせてもらおうと思ったの」
「ふーん、そういう事なら、私達はさとり様がその気なんだったら、賛成するよ。 ね、お空」
「うん! さとり様とこいし様はどう?」
「私は賛成!」
空に問われ、こいしは即座に元気よく答える。
「皆がその気なら、私だけ反対するわけにもいきません」
こいし・燐・空の三名の意見を受け、さとりもそう答えた。
「じゃあ、宴会開催、決定ね」
「やったね! お姉様!」
満面の笑みを浮かべるフランドールに、レミリアも微笑みを返した。
(なんだかみんな、すごくあっさり賛成してたけど……もしかして、こうなるって解ってた?)
宴会開催決定に沸き立つ面々をよそに、ふとそんな疑問が浮かんだレミリア。
周りの者達の賛成に後押しされ、仕方なくといった体で賛成する、という手法はレミリアにも身に覚えがある、つまり……
(本当は賛成してたけど、素直に言うのが恥ずかしかったんじゃ……)
さとりの方を見やると、少しわざとらしく視線を逸らされた。
少なくとも自分がどう思われるかとかそういうことを思ったほうがいい。
別に完璧に原作準拠設定を知らずともよいと思いますし、二次ソースでも構わないと思います。
が、敢えてそれを宣言してもマイナス要因にしかならず、読者から余計な反感を買ってしまいます。
それを宣言しておくことで、あなたの中で何かが守れるというのであれば、この限りではないですが…。
でも「原作に全く興味は無い」と明文化して断言されると殆どの読者はムッときます
東方のガワだけ必要だと言い張るなら極論それは同人ゴロと同じだからです
万が一あなたがそうだとしても、世の中にはあえて言わない方がいい話題だってあるんですよ
作品としては、想像力をかきたてる部類のものではないと感じました。
地の文で心情を語るも結構ですが、語り過ぎじゃないでしょうか。
キャラの台詞や行動から、その想いを想像するのも読者の楽しみの一つです。
直後の地の文で仔細にコトの経緯を説明されてしまってはその楽しみが削がれてしまいます。
もう少し読者を信用して下さい。あるいは読者の勝手な解釈を許容して下さい。
あなたの提示する模範解答以外を認めることはできないというのであれば、
正直向いてないです。
今回の問題は単なる舌禍だけではなく、本質的なボタンの掛け違いに寄るものかもしれません
消される前に主コメを読みましたが貴方は設定だけを愛でているようにしか見えない、ここまでの長文を書かせるだけの思い入れや理由が見えない、それでは誰も共感できないのです
読みやすくってつい時間を忘れちゃいますね。私は面白ければなんでもアリなので、これからも期待してしまいます。いろいろな意見があると思いますが少なくとも私は大好きですよ。
評価は人それぞれですからね!