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漆黒の羽が窓の傍を落ちていったのを、博麗霊夢が見つけた。途端、弛緩しきっていた顔に心底からの嫌悪を浮かべたのと、香霖堂の扉が勢い良く開け放たれたのは同時のことだった。
「どうも毎度お世話になってます、清く正しい射命丸文が文々。新聞をお届けに上がりましたーっ!」
威勢の良い澄んだ声が店内を殴り付け、霊夢の鼓膜を憂鬱と面倒臭さに震わせた。
「やあ、君か。最近はちゃんと扉から入って新聞を届けてくれるので助かるよ」
「あやややや……店主さん、そんな意地悪言わないでくださいよぅ。ちゃんと窓ガラスの修理代はお支払いしたじゃないですかー」
「そうだったかな」
店主、森近霖之助はカタカタと笑った。文も似たように笑いながら、もう、と少し怒ったフリをした。
ブスリ、と腹立たしげな音が二人を刺した。
「……霖之助さん、シロップかけてよ」
「あぁ? 手元にあるじゃないか、自分でかければいいじゃないk」
「か・け・て・よ」
有無を言わせない迫力に霖之助はたじろいだ。何事かと驚きながらも、身の危険を感じたため命令に従った。
粘度のそこそこ高い黄金色のシロップは甘ったるい香りを周りに撒き散らしながら細い軌跡で華奢な模様を描いていく。文はその様子を感嘆して眺めていた。
「はぁ、ホットケーキですか。うぅん、甘い匂い……」
恍惚とした文の声の先は、霖之助と霊夢それぞれの手元に向けられていた。
そこには少し崩れた円形をしたホットケーキが二段重ねに堂々としていた。てっぺんに四角いバターがちょこんと乗っているのがなんともそれらしい。それに、霊夢の方は先ほど霖之助がせがまれて(と言わなければいけないと、文は直感した)かけたメイプルシロップが眩しい格子模様を描いていて、それが一層その完全性を高めていた。
これぞまさにホットケーキ。幻想郷において洋菓子の中でも普及していないもののひとつであるが、実は文はこれを一度食べた事がある。人間の里に取材に行ったときの話だ。あのときの感動を、文は今でも忘れられない。口に入れた途端に口いっぱいに広がる柔らかい甘みと匂い。舌触りはどこまでも優しく、社会や何やに疲れた自分の全てを口の中から癒してくれる。そんな錯覚さえ覚えたものである。
それが、今再び自分の目の前にこうしてあることに、文は一種の運命を感じた。今日自分がこの店に来たのは、決して偶然ではないだろう。巡り合うべくして巡り合った。再会はあのときから約束されていたのだ――。
「おぅい、おい、文君」
「ハッ、私は一体」
「いや、知らないけれど……どうしたね、急にだらしない顔になって」
「だ、だらしない顔でしたか」
「めっっっっっちゃくちゃだらしなぁーーーーーーーい顔だったわよ!」
ここぞとばかりに霊夢の嘲笑が文を殴りつける。自分は何かこの巫女に悪い事をしただろうか。少なくとも今日に限っては何もしていないと、思いたかった。
「こらこら、霊夢。むやみに人を罵るものじゃないよ」
「貴方が言いますか?」
「なんのことかな」
ひょうひょうと霖之助は知らんふりをし、自分のホットケーキにもメイプルシロップをかける。やはり美しい。文は生唾を飲み込んだ。
それを目聡く霊夢が見つけて、鋭く「あげないわよ」と言い放つ。殺生な、と文は涙を浮かべてしまいそうになった。
「これ見よがしに切り分けながらそんなこと言わないでもいいじゃないですかぁ……ちょっとくらい」
「い・や・よ! とっとと帰れハシブトガラス!」
べーっ、と子どものように舌を出して邪険にする霊夢を「こら」と短く叱ってから、霖之助は小さく首を傾げた。
「なんだね、天狗という種族はホットケーキなんぞが好みだったのかい?」
「天狗が、というか……実は私、甘いものとか大好きで、ホットケーキって一度しか食べたことないもので……」
恥ずかしそうに告白する文に、ふぅんと興味深そうな相槌を打つ店主。パンッ、と勢いよく手を打ち合わせて文は体をくの字に折り曲げた。
「店主さん、どーうか! どうか御慈悲を、御慈悲をぉ!」
「て、天狗がそこまでして食べたいものか、これ」
驚き呆れる霖之助の袖を引っ張って、霊夢が厳しい顔をする。鬼でももういくらか柔和な顔をするものだと霖之助は思った。
「だめよ、霖之助さん。こんなバカ烏に同情してやることなんてないわ。貴重なホットケーキなのよ、めったに食べれないんだから。妖怪なんかに渡しちゃだめ!」
「僕も半分は妖怪なんだけど」
「細かい事はいいのよ」
細かいことだろうか。
「霊夢、君、ちょっと機嫌が悪そうだけど、急にどうしたんだね」
ついに訳がわからなくなった霖之助はたまらずそのように聞いた。霊夢がぐぬ、と一瞬押し黙る。
「そうですよ、霊夢さん。私何かしましたか? いや、普段何もしてないかと言われたらちょっと困っちゃいますけど、今日に限っては何もしてないはずなんですが……」
霖之助にのっかって文が謎を愚痴にする。ぐぬぬぬ、としばらく火山が噴火する前兆の地響きのような声で呻いたあと、霊夢は叫んだ。
「うっさい! とっとと出てけバカラス! 出てけーっ!」
「れ、霊夢。落ち着きなさい、落ち着け」
「わかりました霊夢さん! ホットケーキを一口くれたら出ていきます!」
「イイ顔で何ぬかしてんのよ! 誰がやるかーっ!」
「くれるまで梃子でも動きません!」
「だったら力尽くで――っ」
たまらず霖之助が叫ぶ。力尽くの余波で店が半壊しては敵わない。
「やめないか霊夢! 文君、ホットケーキなら僕のを一口やるから! ほら!」
霖之助は急いで一口分切り分けるとフォークで刺して文の顔の前に持っていった。
「はやく食べてしまえ!」
「は、はいっ」
初めて聞いた霖之助の切羽詰まった怒声に文が従う。
パクリと、文の口がホットケーキをさらった。
静寂。
沈黙。
おそらく、嵐の前の静けさであった。
「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっっっ!」
霊夢の絶叫が店内を揺らす。霖之助は鼓膜が破れたと確信した。
「あぁぁぁあああああんたあんたあんたあんたあんたあんたいまいまいまいまいまい」
顔を真っ赤にして発言も満足にできないほどに興奮している霊夢を見て、文は久しぶりに命の危機を感じた。これはまずい、明らかにまずい。
霖之助も同じことを感じたのだろう。冷や汗を隠す事も出来ずに叫んだ。
「急げ文君! 早く出ていくんだ! 早く、速く!」
「はっ、はいいいいいいいい!」
刹那、突風が店内の埃をいくらか巻き上げて、けたたましい音とともに姿をくらませた。
「あああああああああああああああああああやああああああああああああァアアアアアアっっっ!」
あらん限りの金切り声に、心から怯えながら。
/
――妖怪の山。
文は基本的に私室で夕飯をとる。仕事の帰りに何かしら買ってくることもあるが、今日は自炊だ。そして、自炊するとき、文は「一人分作るのがめんどくさい」という理由で馴染みの深い天狗や河童を拉致、もとい招待することがよくあった。今日もその例にもれず、テーブルには顰め面の犬走椛が待機していた。
「さぁーて、できたできた。食べるわよーイタダキマース」
「いただきます……」
椛は別に、文の料理が嫌で浮かない顔をしているわけではない。単純に明日は早番だから、早めに眠りたかったのに、上司である文に拉致されてそれが実現不可能となてしまったからげんなりとしているだけのことである。
料理は、おいしいと。そう思う。
「ふふーん、どうよ、美味しいでしょう」
「まあ……はい」嘘を言うのも嫌で、渋々頷いた。
そうだ、と文が米を咀嚼しながらつぶやいた。
「今日、香霖堂でホットケーキを食べたんだけど、そしたら何故か霊夢さんがブチ切れてね」
「はい? どうしてまた」
「わかんないわよそんなの……て言うか、私が店にきた途端に機嫌悪くなったし。今日は何もしてないのになぁ……」
「普段の行いが悪いんじゃないんですか?」
「あんたときどき部下とは思えないこと吐くわね」
「すいません、不器用なもので」
「不器用は免罪符じゃないわよ、まったく……」
くだらないやりとりをしながら、文は今日の事を思いだしていた。
――どうして霊夢さんはあんなに機嫌が悪かったんだろう。
自分が香霖堂に着いてから、何かしただろうか。……いや、あそこまで怒らせるようなことは何もしてないはずだ。
だって、香霖堂に入ったら二人がホットケーキを今まさに食べようとしてて、少し分けて下さいってお願いして、ちょっと霊夢さんと言い合いして、見かねた店主さんが一口くれて……――?
「……ねぇ、椛」
「はい?」
「……あーん」
「はぁ?」
文は自分の皿からえのきのベーコン巻を一つつまんで、椛の前に差し出した。椛の顰め面におぞけが交じった。
「やめてくださいよ、そんなこっぱずかしい」
「そうよねぇ」
「……はぁ?」
「だいぶ恥ずかしいわよねこれ……」
「わかってて何やってるんですか貴女は……」
「うん……今気付いたけどこれやばいわ。ほんとなんかあの……やばい」
「頭大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃない大丈夫じゃない、やばいやばいやばいって、だって、だってアレってあれでしょ、あの……」
「何言ってるんですか文さん、ちょっと、しっかりしてください。ちょっと?」
椛の声が聞こえる。いいや、聞こえない。何も聞こえない。あれほど恐ろしかった霊夢の金切り声さえ今は思考の片隅にすらない。文の頭の中は、いまや閻魔もヒくほどに真っ白であった。
ベーコン巻を差し出したまま、文は絶叫した。
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漆黒の羽が窓の傍を落ちていったのを、博麗霊夢が見つけた。途端、弛緩しきっていた顔に心底からの嫌悪を浮かべたのと、香霖堂の扉が勢い良く開け放たれたのは同時のことだった。
「どうも毎度お世話になってます、清く正しい射命丸文が文々。新聞をお届けに上がりましたーっ!」
威勢の良い澄んだ声が店内を殴り付け、霊夢の鼓膜を憂鬱と面倒臭さに震わせた。
「やあ、君か。最近はちゃんと扉から入って新聞を届けてくれるので助かるよ」
「あやややや……店主さん、そんな意地悪言わないでくださいよぅ。ちゃんと窓ガラスの修理代はお支払いしたじゃないですかー」
「そうだったかな」
店主、森近霖之助はカタカタと笑った。文も似たように笑いながら、もう、と少し怒ったフリをした。
ブスリ、と腹立たしげな音が二人を刺した。
「……霖之助さん、シロップかけてよ」
「あぁ? 手元にあるじゃないか、自分でかければいいじゃないk」
「か・け・て・よ」
有無を言わせない迫力に霖之助はたじろいだ。何事かと驚きながらも、身の危険を感じたため命令に従った。
粘度のそこそこ高い黄金色のシロップは甘ったるい香りを周りに撒き散らしながら細い軌跡で華奢な模様を描いていく。文はその様子を感嘆して眺めていた。
「はぁ、ホットケーキですか。うぅん、甘い匂い……」
恍惚とした文の声の先は、霖之助と霊夢それぞれの手元に向けられていた。
そこには少し崩れた円形をしたホットケーキが二段重ねに堂々としていた。てっぺんに四角いバターがちょこんと乗っているのがなんともそれらしい。それに、霊夢の方は先ほど霖之助がせがまれて(と言わなければいけないと、文は直感した)かけたメイプルシロップが眩しい格子模様を描いていて、それが一層その完全性を高めていた。
これぞまさにホットケーキ。幻想郷において洋菓子の中でも普及していないもののひとつであるが、実は文はこれを一度食べた事がある。人間の里に取材に行ったときの話だ。あのときの感動を、文は今でも忘れられない。口に入れた途端に口いっぱいに広がる柔らかい甘みと匂い。舌触りはどこまでも優しく、社会や何やに疲れた自分の全てを口の中から癒してくれる。そんな錯覚さえ覚えたものである。
それが、今再び自分の目の前にこうしてあることに、文は一種の運命を感じた。今日自分がこの店に来たのは、決して偶然ではないだろう。巡り合うべくして巡り合った。再会はあのときから約束されていたのだ――。
「おぅい、おい、文君」
「ハッ、私は一体」
「いや、知らないけれど……どうしたね、急にだらしない顔になって」
「だ、だらしない顔でしたか」
「めっっっっっちゃくちゃだらしなぁーーーーーーーい顔だったわよ!」
ここぞとばかりに霊夢の嘲笑が文を殴りつける。自分は何かこの巫女に悪い事をしただろうか。少なくとも今日に限っては何もしていないと、思いたかった。
「こらこら、霊夢。むやみに人を罵るものじゃないよ」
「貴方が言いますか?」
「なんのことかな」
ひょうひょうと霖之助は知らんふりをし、自分のホットケーキにもメイプルシロップをかける。やはり美しい。文は生唾を飲み込んだ。
それを目聡く霊夢が見つけて、鋭く「あげないわよ」と言い放つ。殺生な、と文は涙を浮かべてしまいそうになった。
「これ見よがしに切り分けながらそんなこと言わないでもいいじゃないですかぁ……ちょっとくらい」
「い・や・よ! とっとと帰れハシブトガラス!」
べーっ、と子どものように舌を出して邪険にする霊夢を「こら」と短く叱ってから、霖之助は小さく首を傾げた。
「なんだね、天狗という種族はホットケーキなんぞが好みだったのかい?」
「天狗が、というか……実は私、甘いものとか大好きで、ホットケーキって一度しか食べたことないもので……」
恥ずかしそうに告白する文に、ふぅんと興味深そうな相槌を打つ店主。パンッ、と勢いよく手を打ち合わせて文は体をくの字に折り曲げた。
「店主さん、どーうか! どうか御慈悲を、御慈悲をぉ!」
「て、天狗がそこまでして食べたいものか、これ」
驚き呆れる霖之助の袖を引っ張って、霊夢が厳しい顔をする。鬼でももういくらか柔和な顔をするものだと霖之助は思った。
「だめよ、霖之助さん。こんなバカ烏に同情してやることなんてないわ。貴重なホットケーキなのよ、めったに食べれないんだから。妖怪なんかに渡しちゃだめ!」
「僕も半分は妖怪なんだけど」
「細かい事はいいのよ」
細かいことだろうか。
「霊夢、君、ちょっと機嫌が悪そうだけど、急にどうしたんだね」
ついに訳がわからなくなった霖之助はたまらずそのように聞いた。霊夢がぐぬ、と一瞬押し黙る。
「そうですよ、霊夢さん。私何かしましたか? いや、普段何もしてないかと言われたらちょっと困っちゃいますけど、今日に限っては何もしてないはずなんですが……」
霖之助にのっかって文が謎を愚痴にする。ぐぬぬぬ、としばらく火山が噴火する前兆の地響きのような声で呻いたあと、霊夢は叫んだ。
「うっさい! とっとと出てけバカラス! 出てけーっ!」
「れ、霊夢。落ち着きなさい、落ち着け」
「わかりました霊夢さん! ホットケーキを一口くれたら出ていきます!」
「イイ顔で何ぬかしてんのよ! 誰がやるかーっ!」
「くれるまで梃子でも動きません!」
「だったら力尽くで――っ」
たまらず霖之助が叫ぶ。力尽くの余波で店が半壊しては敵わない。
「やめないか霊夢! 文君、ホットケーキなら僕のを一口やるから! ほら!」
霖之助は急いで一口分切り分けるとフォークで刺して文の顔の前に持っていった。
「はやく食べてしまえ!」
「は、はいっ」
初めて聞いた霖之助の切羽詰まった怒声に文が従う。
パクリと、文の口がホットケーキをさらった。
静寂。
沈黙。
おそらく、嵐の前の静けさであった。
「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっっっ!」
霊夢の絶叫が店内を揺らす。霖之助は鼓膜が破れたと確信した。
「あぁぁぁあああああんたあんたあんたあんたあんたあんたいまいまいまいまいまい」
顔を真っ赤にして発言も満足にできないほどに興奮している霊夢を見て、文は久しぶりに命の危機を感じた。これはまずい、明らかにまずい。
霖之助も同じことを感じたのだろう。冷や汗を隠す事も出来ずに叫んだ。
「急げ文君! 早く出ていくんだ! 早く、速く!」
「はっ、はいいいいいいいい!」
刹那、突風が店内の埃をいくらか巻き上げて、けたたましい音とともに姿をくらませた。
「あああああああああああああああああああやああああああああああああァアアアアアアっっっ!」
あらん限りの金切り声に、心から怯えながら。
/
――妖怪の山。
文は基本的に私室で夕飯をとる。仕事の帰りに何かしら買ってくることもあるが、今日は自炊だ。そして、自炊するとき、文は「一人分作るのがめんどくさい」という理由で馴染みの深い天狗や河童を拉致、もとい招待することがよくあった。今日もその例にもれず、テーブルには顰め面の犬走椛が待機していた。
「さぁーて、できたできた。食べるわよーイタダキマース」
「いただきます……」
椛は別に、文の料理が嫌で浮かない顔をしているわけではない。単純に明日は早番だから、早めに眠りたかったのに、上司である文に拉致されてそれが実現不可能となてしまったからげんなりとしているだけのことである。
料理は、おいしいと。そう思う。
「ふふーん、どうよ、美味しいでしょう」
「まあ……はい」嘘を言うのも嫌で、渋々頷いた。
そうだ、と文が米を咀嚼しながらつぶやいた。
「今日、香霖堂でホットケーキを食べたんだけど、そしたら何故か霊夢さんがブチ切れてね」
「はい? どうしてまた」
「わかんないわよそんなの……て言うか、私が店にきた途端に機嫌悪くなったし。今日は何もしてないのになぁ……」
「普段の行いが悪いんじゃないんですか?」
「あんたときどき部下とは思えないこと吐くわね」
「すいません、不器用なもので」
「不器用は免罪符じゃないわよ、まったく……」
くだらないやりとりをしながら、文は今日の事を思いだしていた。
――どうして霊夢さんはあんなに機嫌が悪かったんだろう。
自分が香霖堂に着いてから、何かしただろうか。……いや、あそこまで怒らせるようなことは何もしてないはずだ。
だって、香霖堂に入ったら二人がホットケーキを今まさに食べようとしてて、少し分けて下さいってお願いして、ちょっと霊夢さんと言い合いして、見かねた店主さんが一口くれて……――?
「……ねぇ、椛」
「はい?」
「……あーん」
「はぁ?」
文は自分の皿からえのきのベーコン巻を一つつまんで、椛の前に差し出した。椛の顰め面におぞけが交じった。
「やめてくださいよ、そんなこっぱずかしい」
「そうよねぇ」
「……はぁ?」
「だいぶ恥ずかしいわよねこれ……」
「わかってて何やってるんですか貴女は……」
「うん……今気付いたけどこれやばいわ。ほんとなんかあの……やばい」
「頭大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃない大丈夫じゃない、やばいやばいやばいって、だって、だってアレってあれでしょ、あの……」
「何言ってるんですか文さん、ちょっと、しっかりしてください。ちょっと?」
椛の声が聞こえる。いいや、聞こえない。何も聞こえない。あれほど恐ろしかった霊夢の金切り声さえ今は思考の片隅にすらない。文の頭の中は、いまや閻魔もヒくほどに真っ白であった。
ベーコン巻を差し出したまま、文は絶叫した。
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そこの所、少し興味が湧きますね(ゲス顔)
こういう短いのはサクッと読めていいですね。