「パチェ、アレ取って」
「ほい」
「サンキュー」
END
ご理解いただけただろうか?
では今のシーンをもう一度。
「パチェ、アレ取って」
ふいに放たれた何気ないそれは、完全なる意識外からの言葉だった。
ここ紅魔館地下図書館に、当主レミリア・スカーレットが遊びにきたのは一時間前。適当に挨拶をしたあとはお互い平和な読書タイムをすごしていたのに、急に声をかけられてしまってはパチュリーびっくりしちゃう。
しかも! ちょっぴりエッチなページにさしかかったタイミングだもの。
いやいや決していかがわしいものを読んでた訳じゃないよ、ただの少女漫画だよ。でもエッチシーンがあるなんてパチュリーも知らなかったもの、心構えできていなかったもの。ポーカーフェイスを保ちつつ内心でうわーうわーと興奮しちゃっていただなんて、親友レミリアに知られちゃったらとっても恥ずかしい!
なぜならパチュリー・ノーレッジは知的なクールビューティーで売っているのだから。
レミリアからも知的でクールな立ち振る舞いを高く評価されている。
その期待を裏切れない。友情のために、なによりも自尊心のために。
よって、パチュリーはかろうじてポーカーフェイスを保つに至った。
魔女が持つ鋼鉄の精神力の賜物である。
だが問題はここからだ。レミリアはアレと言った。アレってなんだ。
ここは地下図書館。二人は小さなテーブルを挟んで座っている。
周りにあるのは本ばかり。まさか、手元にあるティーカップをということはないだろう。レミリアの前にもカップは置かれてあるし、ポットもお互い手の届く距離にある。
ならば、レミリアの手の届かないところにこそアレがあるに違いないと、魔女はずば抜けた聡明さによって見抜いた。
読んでいる少女漫画から目線を上げると、悪魔の紅き魔眼は、魔女の右側に向けられていた。
ああ! 目線を確認するという至極簡単なことを今さら行うとは。もっと早くしていればここまで迷うことも無かったろうに。
パチュリーの右側にあるものと言えばなんだろう。自身も視線を右に向けると、五冊の本が積まれていた。
上から順に魔導書、日本語辞典、植物図鑑、攻略本だ。一番下だけは背表紙がこちらを向いていないので不明。
果たしてレミリアが欲している本は。
どれ?
そう訊ねればよかったのかもしれない。
だがレミリアの言葉には全幅の信頼が込められており、ここで問い返しては自身の友情が薄っぺらいものになってしまう気がした。
以心伝心。
阿吽の呼吸。
ツーカーの仲。
それこそが親友の理想である。
ここはその信頼に応えてこそであるとパチュリーは確信した。
魔女の叡智によって正しき解にたどり着いてみせよう。
まず魔導書。ありえる。レミリアはこう見えて魔法に堪能であり、知識も豊富だ。悪魔だし。新しい弾幕の参考にと魔導書を読みにきたことだってある。
日本語辞典。ありえる。レミリアは日本語が堪能で、従者に十六夜咲夜なんて和名をつけられるほど。でもやっぱり生まれも育ちもワラキアであり、純日本人に比べれば日本語力は劣る。なにかわからない単語があるのかもしれない。
植物図鑑。この線は薄いのではないか? 学術的なものだし。庭師を兼任している紅美鈴ならともかく。
攻略本。これも恐らく違うだろう。運命を紐解き読むことのできるレミリアは、人生を楽しむためあえて運命を読まないでいるのが基本スタイル。よって運命を読むにも等しい攻略本など無粋の極み。いやしかしクリア後のやり込みに、という線は十分にありえる。保留だ。
問題は一番下の本! なんであるかまったく予想がつかず、推理材料も皆無。一か八かでこれを選ぶのは下策。可能性がゼロではないとはいえ、これを選ぶのは賢き者のすることではない。
手がかりが足りない。
パチュリーは一秒という永遠にも等しい時間を犠牲にして、チラリとレミリアへと視線を戻す。
親友はなにをしている?
本を読んでいたはずだ。
しかし本は持っていない。
横に置かれている。
手ぶら。
あの本は?
読み終わったばかりか。
だとしたら手がかりはそれ。
横に置かれた本の背表紙に視線を走らせる。
見えた!
――ドラゴンボール 42巻
終わってる! パチュリーは戦慄した。ドラゴンボールは全42巻。仮に五冊の一番下がドラゴンボールの単行本だったとしても――サイズ的に違うだろうけれど――すでに最終巻まで読み終わっている今、続きの巻を求めている訳ではあるまい。
だが手がかりだ、手がかりには違いないのだ。考えろパチュリー・ノーレッジ。
ドラゴンボールは少年向けであり、特別難しい言葉が多用されている訳でもない。よって国語辞典は多分違う。植物図鑑も全然関係ないだろう。攻略本もだ。では魔導書か? かめはめ波を、いや、レミリアの性格なら魔族らしくピッコロさんの魔貫光殺砲あたりを再現すべく魔導書を欲しているのか? そうだ、そうに違いない。他に手は無い。やるしかないぞノーレッジ!
一番上に置かれていた魔導書を手に取る。
ポーカーフェイスは保ったままだが、手には汗がにじんでいた。
こんな小心者だと悟られたら、きっと低く見られてしまう。
食客としての立場が、親友としての立場が、音を立てて崩れかねない。
だから。
「ほい」
だからどうか、魔導書であってくれ。
魔女でありながら、パチュリーは祈った。運命を司る天空の神々に。
運命を司る吸血鬼に向けて、テーブル越しに、ついに魔導書を差し出す。
受け取れ。これで合っていてくれ。
どうか、どうか。
レミリアはまばたきをしてパチュリーを見返した。
違うのか! 魔導書ではなかったのか! 一番下の謎の本のことだったのか!?
パチュリーの背筋に冷たい汗が浮かんだ。
手が緊張に震えたが、本の重さと非力さのせいだと、どうか勘違いしておくれ親友。
レミリアの小さな手が持ち上げられる――。
「サンキュー」
受け取った。
何事も無かったかのようにレミリアは魔導書を開くと、目的のページを探してかぺらぺらとページをめくった。
わーい、やったぞ。さすがパチュリー・ノーレッジ。紅魔館の知識者。
こんな些細なトラブルさえも聡明な頭脳と大胆な決断力によって完璧に乗り越えるだなんて、全世界の魔女から羨望の眼差しを向けられるレベルの立派さだ。すごいぞ格好いいぞ。
フッと口角を上げ、勝利の笑みを浮かべたパチュリーは、改めて読書を再開した。
ちょっぴりエッチなページを広げたままにしていたので、実にドキドキな数秒間であった。
一番下のドラゴンボール完全版(ジャンプコミックスよりサイズが大きい)に載っているラディッツ戦を確認して、ピッコロの魔貫光殺砲を参考に新しいスペルを考えようかなと考えていたレミリアであったが、渡されたのは魔導書だった。
それ違う。
と言えばよかったかもしれないが、表紙が見えた瞬間、魔女の意図を悟って礼を述べ、受け取ったのだ。
魔力螺旋理論の魔導書ともなれば、魔貫光殺砲を再現するには持ってこい。
まだ魔貫光殺砲を再現しようかなどうしようかなって程度だったレミリアであったが、パチュリーはそんなこと悩んでいないでとっとと再現しちゃいなさいと、後押ししてくれたに違いない。ならばそれに応じるのが親友ってもんだ。
という風にレミリアは受け取ったのである。
さすがパチェだわと感心しつつ、その後ろに立っている小悪魔がなぜパチュリーの読んでいる本を覗き見て顔を赤らめているのだろうと不思議に思いながら。
END
「ほい」
「サンキュー」
END
ご理解いただけただろうか?
では今のシーンをもう一度。
「パチェ、アレ取って」
ふいに放たれた何気ないそれは、完全なる意識外からの言葉だった。
ここ紅魔館地下図書館に、当主レミリア・スカーレットが遊びにきたのは一時間前。適当に挨拶をしたあとはお互い平和な読書タイムをすごしていたのに、急に声をかけられてしまってはパチュリーびっくりしちゃう。
しかも! ちょっぴりエッチなページにさしかかったタイミングだもの。
いやいや決していかがわしいものを読んでた訳じゃないよ、ただの少女漫画だよ。でもエッチシーンがあるなんてパチュリーも知らなかったもの、心構えできていなかったもの。ポーカーフェイスを保ちつつ内心でうわーうわーと興奮しちゃっていただなんて、親友レミリアに知られちゃったらとっても恥ずかしい!
なぜならパチュリー・ノーレッジは知的なクールビューティーで売っているのだから。
レミリアからも知的でクールな立ち振る舞いを高く評価されている。
その期待を裏切れない。友情のために、なによりも自尊心のために。
よって、パチュリーはかろうじてポーカーフェイスを保つに至った。
魔女が持つ鋼鉄の精神力の賜物である。
だが問題はここからだ。レミリアはアレと言った。アレってなんだ。
ここは地下図書館。二人は小さなテーブルを挟んで座っている。
周りにあるのは本ばかり。まさか、手元にあるティーカップをということはないだろう。レミリアの前にもカップは置かれてあるし、ポットもお互い手の届く距離にある。
ならば、レミリアの手の届かないところにこそアレがあるに違いないと、魔女はずば抜けた聡明さによって見抜いた。
読んでいる少女漫画から目線を上げると、悪魔の紅き魔眼は、魔女の右側に向けられていた。
ああ! 目線を確認するという至極簡単なことを今さら行うとは。もっと早くしていればここまで迷うことも無かったろうに。
パチュリーの右側にあるものと言えばなんだろう。自身も視線を右に向けると、五冊の本が積まれていた。
上から順に魔導書、日本語辞典、植物図鑑、攻略本だ。一番下だけは背表紙がこちらを向いていないので不明。
果たしてレミリアが欲している本は。
どれ?
そう訊ねればよかったのかもしれない。
だがレミリアの言葉には全幅の信頼が込められており、ここで問い返しては自身の友情が薄っぺらいものになってしまう気がした。
以心伝心。
阿吽の呼吸。
ツーカーの仲。
それこそが親友の理想である。
ここはその信頼に応えてこそであるとパチュリーは確信した。
魔女の叡智によって正しき解にたどり着いてみせよう。
まず魔導書。ありえる。レミリアはこう見えて魔法に堪能であり、知識も豊富だ。悪魔だし。新しい弾幕の参考にと魔導書を読みにきたことだってある。
日本語辞典。ありえる。レミリアは日本語が堪能で、従者に十六夜咲夜なんて和名をつけられるほど。でもやっぱり生まれも育ちもワラキアであり、純日本人に比べれば日本語力は劣る。なにかわからない単語があるのかもしれない。
植物図鑑。この線は薄いのではないか? 学術的なものだし。庭師を兼任している紅美鈴ならともかく。
攻略本。これも恐らく違うだろう。運命を紐解き読むことのできるレミリアは、人生を楽しむためあえて運命を読まないでいるのが基本スタイル。よって運命を読むにも等しい攻略本など無粋の極み。いやしかしクリア後のやり込みに、という線は十分にありえる。保留だ。
問題は一番下の本! なんであるかまったく予想がつかず、推理材料も皆無。一か八かでこれを選ぶのは下策。可能性がゼロではないとはいえ、これを選ぶのは賢き者のすることではない。
手がかりが足りない。
パチュリーは一秒という永遠にも等しい時間を犠牲にして、チラリとレミリアへと視線を戻す。
親友はなにをしている?
本を読んでいたはずだ。
しかし本は持っていない。
横に置かれている。
手ぶら。
あの本は?
読み終わったばかりか。
だとしたら手がかりはそれ。
横に置かれた本の背表紙に視線を走らせる。
見えた!
――ドラゴンボール 42巻
終わってる! パチュリーは戦慄した。ドラゴンボールは全42巻。仮に五冊の一番下がドラゴンボールの単行本だったとしても――サイズ的に違うだろうけれど――すでに最終巻まで読み終わっている今、続きの巻を求めている訳ではあるまい。
だが手がかりだ、手がかりには違いないのだ。考えろパチュリー・ノーレッジ。
ドラゴンボールは少年向けであり、特別難しい言葉が多用されている訳でもない。よって国語辞典は多分違う。植物図鑑も全然関係ないだろう。攻略本もだ。では魔導書か? かめはめ波を、いや、レミリアの性格なら魔族らしくピッコロさんの魔貫光殺砲あたりを再現すべく魔導書を欲しているのか? そうだ、そうに違いない。他に手は無い。やるしかないぞノーレッジ!
一番上に置かれていた魔導書を手に取る。
ポーカーフェイスは保ったままだが、手には汗がにじんでいた。
こんな小心者だと悟られたら、きっと低く見られてしまう。
食客としての立場が、親友としての立場が、音を立てて崩れかねない。
だから。
「ほい」
だからどうか、魔導書であってくれ。
魔女でありながら、パチュリーは祈った。運命を司る天空の神々に。
運命を司る吸血鬼に向けて、テーブル越しに、ついに魔導書を差し出す。
受け取れ。これで合っていてくれ。
どうか、どうか。
レミリアはまばたきをしてパチュリーを見返した。
違うのか! 魔導書ではなかったのか! 一番下の謎の本のことだったのか!?
パチュリーの背筋に冷たい汗が浮かんだ。
手が緊張に震えたが、本の重さと非力さのせいだと、どうか勘違いしておくれ親友。
レミリアの小さな手が持ち上げられる――。
「サンキュー」
受け取った。
何事も無かったかのようにレミリアは魔導書を開くと、目的のページを探してかぺらぺらとページをめくった。
わーい、やったぞ。さすがパチュリー・ノーレッジ。紅魔館の知識者。
こんな些細なトラブルさえも聡明な頭脳と大胆な決断力によって完璧に乗り越えるだなんて、全世界の魔女から羨望の眼差しを向けられるレベルの立派さだ。すごいぞ格好いいぞ。
フッと口角を上げ、勝利の笑みを浮かべたパチュリーは、改めて読書を再開した。
ちょっぴりエッチなページを広げたままにしていたので、実にドキドキな数秒間であった。
一番下のドラゴンボール完全版(ジャンプコミックスよりサイズが大きい)に載っているラディッツ戦を確認して、ピッコロの魔貫光殺砲を参考に新しいスペルを考えようかなと考えていたレミリアであったが、渡されたのは魔導書だった。
それ違う。
と言えばよかったかもしれないが、表紙が見えた瞬間、魔女の意図を悟って礼を述べ、受け取ったのだ。
魔力螺旋理論の魔導書ともなれば、魔貫光殺砲を再現するには持ってこい。
まだ魔貫光殺砲を再現しようかなどうしようかなって程度だったレミリアであったが、パチュリーはそんなこと悩んでいないでとっとと再現しちゃいなさいと、後押ししてくれたに違いない。ならばそれに応じるのが親友ってもんだ。
という風にレミリアは受け取ったのである。
さすがパチェだわと感心しつつ、その後ろに立っている小悪魔がなぜパチュリーの読んでいる本を覗き見て顔を赤らめているのだろうと不思議に思いながら。
END
二三秒の出来事なのにボリュームあったw
あと、悪魔としてそれでいいのか小悪魔ww
妙な緊張感が面白かったです
なんてことのないワンシーンがこうも面白く書けるとは。
その名も
魔殺「デッドスパイラル」
私はレミリアよりセンスなかった。
ナイスギャグでした。二人は親友ですね、うん。
シンプルで面白かったです。
別にわざわざ突込む所のも野暮だけど、ドラゴンボールから植物図鑑は十分連想の範囲内だよね。実際、丁度レミリアが読んでたのは「ラディッツ」戦だったし。
別にわざわざ突込む所のも野暮だけど、ドラゴンボールから植物図鑑は十分連想の範囲内だよね。実際、丁度レミリアが読んでたのは「ラディッツ」戦だったし。
前作を読んだばかりだったのでアレはなんだろうなー首かなーとか怖い想像をしてしまいました。
つまり、おぜう様は一番下の本のタイトルしか分からなかったはずである。
知的なクールビューティーは何かを渡すとき
「ほい」
なんて言わないだろw
そして小悪魔w