パラリ、パラリ。図書館にいつもと同じ音が響く、本のページをめくる音だ。
ページをめくるのはパチュリー・ノーレッジ、紅魔館地下大図書館の主である魔法使いだ。
彼女は一年のほとんどを図書館の中で過ごしている。勿論図書館でする事は一つ、本を読む事だ。つまりパチュリーは一年のほとんどを本を読んで過ごしているのだ。例外があるとすれば、彼女の親友がわがままを言い始めた時くらいだろうか。とにかく、彼女が本を読む手を止める事は少ない。
勿論今日も彼女は本を読んでいた。いつも通り、静かな読書だ。しかし、最近の彼女は読書を邪魔する輩に困っていた。そいつの名前は霧雨魔理沙。借りてくぜ、と言いながら勝手に本を持っていく。いわゆる泥棒と言うやつである。彼女がいままでに持っていった本は数十冊にも及ぶ。
いい加減に捕まえなくては、いつか図書館に穴が開いてしまう。次に盗みに入ったら捕まえてやろう。パチュリーはいつもそう考え、忘れたように本を読む。
彼女が本を読みだして数時間ほど、大図書館には一人の客が来ていた。
客の名前は霧雨魔理沙、件の泥棒である。どこから入ったのか、彼女はパチュリーに悟られないように動いている。しかしそこは図書館の主、パチュリーには彼女の姿はお見通しだった。魔法の腕前はパチュリーの方が一枚も二枚も上手の様だ。彼女はパチュリーに悟られている事も知らずに、今も目当ての本を物色している。彼女の狙いは珍しい魔道書。いつも通りの魔理沙の狙いに、パチュリーの頭は痛くなる一方だった。
せめてもう少し解りにくければ魔法の練習にもなるでしょうに。と、パチュリーは思う。しかし今でも持っていかれているのだ。もう少し解りにくくなったら、もっと持っていかれてしまうのだろう。二者択一。貴重な本とほんの少しの研鑽、どちらを選ぶかは明白だった。まあとにかく、魔理沙の犯行がパチュリーの得になる事は無いようだ。
パチュリーがそんな戯れ事を考えている間に、魔理沙は狙いを決めたようだ。本を帽子の中にしまって、手にした箒にまたがる。入る時は静かに、しかし出るときは派手にやるのが彼女の手口だ。魔理沙は隠れて本を持っていくこそ泥では無い、きっちり奪って逃げて行く強盗である。強盗は犯行を隠す事は無いのだ。
「ようパチュリー、ちょっと気になる本を見つけてな、私が死ぬまで借りてくぜ」
霧雨魔理沙は不敵に笑って空を飛ぶ。今日も魔理沙は絶好調の様だ。
「借りて行く、と言われてはいそうですかと貸しだせるものではないわ。それはこの場所以外のご禁制、持ち出し禁止の危険物よ。こと、あなたみたいな半人前にはなおさらね」
勿論パチュリーも魔理沙の犯行を見過ごす事はない。パチュリーは手に持っていた本を閉じ、自らも宙へと浮かびあがった。
「おっと、私に挑むなんて一日早いぜ。今日の私は絶好調だからな」
魔理沙がそういって手に取るのはスペルカード。もめごとは酒か弾幕で始末を付けるのが幻想郷での暗黙のルールだ。時々手が出る事もあるが、おおむね弾幕でけりをつける。
「あなたの好調と私の正調、一体どちらが上なのか、試してみるのもいいかもね」
売られた喧嘩は受けて立つ。幻想郷の少女達は、実に男前なのであった。
こうして始まった弾幕勝負、攻勢なのは紫の少女の方であった。勿論黒白も負けてはいないが、しかし今回は分が悪いようだ。
「随分調子がいいじゃないか、これでほんとに正調だってか?」
火と水の弾幕を潜り抜けながら、魔理沙が問う。避けるだけで精一杯、攻勢に出る余裕はないようだ。
「今日の私は正調よ、あなた達で言えばだけど」
パチュリーはそう言いながらもスペルを放つ。いつもの喘息はなりを潜めている、パチュリーの顔には苦悶の色は無かった。
「つまりお前には絶好調ってわけだ、正調だなんて騙されたぜ」
苦悶の表情を浮かべているのは魔理沙。避けているだけでも精一杯の弾幕に、さらに弾幕が追加される。これは無理だと判断し、魔理沙は十八番のスペルを放つ。
「恋符『マスタースパーク』」
瞬間、魔理沙の手から光が迸る。魔理沙の手から伸びる光はパチュリーの弾幕を引き裂いて、一直線に飛んで行った。やがて光が止まり、魔理沙の姿が映し出される。
「全く、本当に絶好調だな」
ひとまずパチュリーの弾幕を蹴散らした魔理沙だが、その表情は明るいものではなかった。魔理沙にはすでに、パチュリーの弾幕が迫っていたからだ。
「さて、そろそろ終わりにしましょうか。読書の時間が無くなるわ」
そう言ってパチュリーは弾幕を厚くする。激しさを増す弾幕に、魔理沙はそのまま飲まれていった。
弾幕の海は無くなり、いつも通りの静けさを取り戻した大図書館。
いつもと違うのは、パチュリーの隣に魔理沙が座っていることだろうか。
「なあパチュリー、どういうつもりなんだ?」
魔理沙が訊ねるのは今の状況に対してだった。
今の魔理沙は、パチュリーの隣で本を読んでいる。読んでいるのは、魔理沙が借りて行こうと思っていた本だった。
「ここは書庫じゃなくて図書館だもの。勝手な持ち出しをしないなら何も言う事は無い。あなたは本を粗雑に扱う事もないだろうし」
手にした本からは目を離さず、いつも通りの仏頂面でパチュリーが言う。
「……じゃあこの本を借りて行きたいんだが」
そう言って魔理沙が見せるのは、手にした魔道書だ。
「それは持ち出し厳禁。持って言っても今のあなたには読めないわ」
パチュリーは悪気なく、事実のみを口にする。
「……だから持っていって研究したいんだがな。
はぁ。ま、負けちまったもんは仕方ない。ここで読む分には構わないんだろ?」
「勿論。本は読んでも無くならない。本を持っていかないなら、何時来たって構わないのよ」
パチュリーが何気なく言った言葉に、魔理沙の顔色が変わる。親に叱られる事を怖がる子供が、罪を咎められず許された時のような顔だ。
「……一応覚えとくぜ」
魔理沙はそう言って、箒にまたがり空をとんだ。
「じゃあな、パチュリー。また来るぜ」
ばつの悪い顔をしたまま、魔理沙は空に消えて行った。
魔理沙がいなくなり静かになった図書館で、パチュリーはいつものように本を読むのだった。
パラリ、パラリ。今日も図書館にはページをめくる音が響く。椅子に座る人影、小さな机に紅茶のカップ、周りに積まれたいくつもの本。紅魔館地下の大図書館は、いつも通りの光景を映していた。
そんないつも通りの図書館で、今日も本を読むパチュリー・ノーレッジ。彼女は本を読み終えて、次の本へと右手を伸ばす。彼女の右手は本に触れ、しかし掴まず宙を泳ぐ。右手を見れば、いつもの通りの黒白の姿。借りてくぜ、と消えてゆく姿を見て。パチュリーは一つ、小さなため息をつくのだった。
ページをめくるのはパチュリー・ノーレッジ、紅魔館地下大図書館の主である魔法使いだ。
彼女は一年のほとんどを図書館の中で過ごしている。勿論図書館でする事は一つ、本を読む事だ。つまりパチュリーは一年のほとんどを本を読んで過ごしているのだ。例外があるとすれば、彼女の親友がわがままを言い始めた時くらいだろうか。とにかく、彼女が本を読む手を止める事は少ない。
勿論今日も彼女は本を読んでいた。いつも通り、静かな読書だ。しかし、最近の彼女は読書を邪魔する輩に困っていた。そいつの名前は霧雨魔理沙。借りてくぜ、と言いながら勝手に本を持っていく。いわゆる泥棒と言うやつである。彼女がいままでに持っていった本は数十冊にも及ぶ。
いい加減に捕まえなくては、いつか図書館に穴が開いてしまう。次に盗みに入ったら捕まえてやろう。パチュリーはいつもそう考え、忘れたように本を読む。
彼女が本を読みだして数時間ほど、大図書館には一人の客が来ていた。
客の名前は霧雨魔理沙、件の泥棒である。どこから入ったのか、彼女はパチュリーに悟られないように動いている。しかしそこは図書館の主、パチュリーには彼女の姿はお見通しだった。魔法の腕前はパチュリーの方が一枚も二枚も上手の様だ。彼女はパチュリーに悟られている事も知らずに、今も目当ての本を物色している。彼女の狙いは珍しい魔道書。いつも通りの魔理沙の狙いに、パチュリーの頭は痛くなる一方だった。
せめてもう少し解りにくければ魔法の練習にもなるでしょうに。と、パチュリーは思う。しかし今でも持っていかれているのだ。もう少し解りにくくなったら、もっと持っていかれてしまうのだろう。二者択一。貴重な本とほんの少しの研鑽、どちらを選ぶかは明白だった。まあとにかく、魔理沙の犯行がパチュリーの得になる事は無いようだ。
パチュリーがそんな戯れ事を考えている間に、魔理沙は狙いを決めたようだ。本を帽子の中にしまって、手にした箒にまたがる。入る時は静かに、しかし出るときは派手にやるのが彼女の手口だ。魔理沙は隠れて本を持っていくこそ泥では無い、きっちり奪って逃げて行く強盗である。強盗は犯行を隠す事は無いのだ。
「ようパチュリー、ちょっと気になる本を見つけてな、私が死ぬまで借りてくぜ」
霧雨魔理沙は不敵に笑って空を飛ぶ。今日も魔理沙は絶好調の様だ。
「借りて行く、と言われてはいそうですかと貸しだせるものではないわ。それはこの場所以外のご禁制、持ち出し禁止の危険物よ。こと、あなたみたいな半人前にはなおさらね」
勿論パチュリーも魔理沙の犯行を見過ごす事はない。パチュリーは手に持っていた本を閉じ、自らも宙へと浮かびあがった。
「おっと、私に挑むなんて一日早いぜ。今日の私は絶好調だからな」
魔理沙がそういって手に取るのはスペルカード。もめごとは酒か弾幕で始末を付けるのが幻想郷での暗黙のルールだ。時々手が出る事もあるが、おおむね弾幕でけりをつける。
「あなたの好調と私の正調、一体どちらが上なのか、試してみるのもいいかもね」
売られた喧嘩は受けて立つ。幻想郷の少女達は、実に男前なのであった。
こうして始まった弾幕勝負、攻勢なのは紫の少女の方であった。勿論黒白も負けてはいないが、しかし今回は分が悪いようだ。
「随分調子がいいじゃないか、これでほんとに正調だってか?」
火と水の弾幕を潜り抜けながら、魔理沙が問う。避けるだけで精一杯、攻勢に出る余裕はないようだ。
「今日の私は正調よ、あなた達で言えばだけど」
パチュリーはそう言いながらもスペルを放つ。いつもの喘息はなりを潜めている、パチュリーの顔には苦悶の色は無かった。
「つまりお前には絶好調ってわけだ、正調だなんて騙されたぜ」
苦悶の表情を浮かべているのは魔理沙。避けているだけでも精一杯の弾幕に、さらに弾幕が追加される。これは無理だと判断し、魔理沙は十八番のスペルを放つ。
「恋符『マスタースパーク』」
瞬間、魔理沙の手から光が迸る。魔理沙の手から伸びる光はパチュリーの弾幕を引き裂いて、一直線に飛んで行った。やがて光が止まり、魔理沙の姿が映し出される。
「全く、本当に絶好調だな」
ひとまずパチュリーの弾幕を蹴散らした魔理沙だが、その表情は明るいものではなかった。魔理沙にはすでに、パチュリーの弾幕が迫っていたからだ。
「さて、そろそろ終わりにしましょうか。読書の時間が無くなるわ」
そう言ってパチュリーは弾幕を厚くする。激しさを増す弾幕に、魔理沙はそのまま飲まれていった。
弾幕の海は無くなり、いつも通りの静けさを取り戻した大図書館。
いつもと違うのは、パチュリーの隣に魔理沙が座っていることだろうか。
「なあパチュリー、どういうつもりなんだ?」
魔理沙が訊ねるのは今の状況に対してだった。
今の魔理沙は、パチュリーの隣で本を読んでいる。読んでいるのは、魔理沙が借りて行こうと思っていた本だった。
「ここは書庫じゃなくて図書館だもの。勝手な持ち出しをしないなら何も言う事は無い。あなたは本を粗雑に扱う事もないだろうし」
手にした本からは目を離さず、いつも通りの仏頂面でパチュリーが言う。
「……じゃあこの本を借りて行きたいんだが」
そう言って魔理沙が見せるのは、手にした魔道書だ。
「それは持ち出し厳禁。持って言っても今のあなたには読めないわ」
パチュリーは悪気なく、事実のみを口にする。
「……だから持っていって研究したいんだがな。
はぁ。ま、負けちまったもんは仕方ない。ここで読む分には構わないんだろ?」
「勿論。本は読んでも無くならない。本を持っていかないなら、何時来たって構わないのよ」
パチュリーが何気なく言った言葉に、魔理沙の顔色が変わる。親に叱られる事を怖がる子供が、罪を咎められず許された時のような顔だ。
「……一応覚えとくぜ」
魔理沙はそう言って、箒にまたがり空をとんだ。
「じゃあな、パチュリー。また来るぜ」
ばつの悪い顔をしたまま、魔理沙は空に消えて行った。
魔理沙がいなくなり静かになった図書館で、パチュリーはいつものように本を読むのだった。
パラリ、パラリ。今日も図書館にはページをめくる音が響く。椅子に座る人影、小さな机に紅茶のカップ、周りに積まれたいくつもの本。紅魔館地下の大図書館は、いつも通りの光景を映していた。
そんないつも通りの図書館で、今日も本を読むパチュリー・ノーレッジ。彼女は本を読み終えて、次の本へと右手を伸ばす。彼女の右手は本に触れ、しかし掴まず宙を泳ぐ。右手を見れば、いつもの通りの黒白の姿。借りてくぜ、と消えてゆく姿を見て。パチュリーは一つ、小さなため息をつくのだった。
いつも通りの大図書館。タイトルがぴったりですね。