幽アリはナチュラルに恋人設定ですので苦手な方はご注意ください。
ただし、今回イチャつき度は5%くらいです。
『巳年と白蛇と松の内の奇跡』
「まだやってるかしらねぇ」
「さぁ?」
新年あけて数日後、アリスはいつもよりもゆっくりと歩いていた。なぜなら、今日は着物を着ているから。草履というのは普段履いているブーツに比べて安定感がない。幻想郷はでこぼこ道や砂利道が多い。既に二回、よろめいた身体を幽香に支えられている。
隣を歩く幽香は洋装だ。以前アリスがプレゼントした茶系のコートと、つい先日の今年、じゃなかった昨年のクリスマスにあげたばかりの淡いチェック柄のストールを巻いて、普段の幽香とは少し違うので新鮮なのだが、やっぱり幽香にも着物を着せたかった。
着せたい、というよりは単に一緒に着て欲しかっただけなのだが、予想外に頑なに嫌がられてしまった。いきなり言われたって困るわよ、というのが幽香の言い分で、驚かせようと思ったことが裏目に出てしまった。ちゃんとひとそろえ準備していたので非常に残念である。あんなに吟味したのに。
派手過ぎず、地味すぎない良い色味の赤地になに模様と言うのかはわからないけれど素敵な柄がちょうどよく配置されていて、幽香に似合うと思ったのに……などと考えていたらまた足元がよろけてしまった。すかさず幽香にがっしりとつかまれた。
「あ、ごめん。ありがと」
こういう時の幽香は非常に頼もしい。足は遅いが反射は早い。そう考えると二人とも着物じゃなくてよかったのかもしれない。二人して転んでいたらもう幽香はお出かけ自体をとりやめそうだ。だが、都合三回もよろめくアリスを見て憎まれ口が叩きたくなったらしい。
「……まったく、そんなに歩きにくいし動きにくいのに何で着物なんて着るのよ」
「……だって」
実は今よりむかし、魅魔にメイドをさせられたりしていたなつかしい思い出の頃に、里で晴れ着を着た若い女性を見る機会があった。その女性が美しかったせいもあるが、アリスの目にはその着物の艶やかな優美さがとても強く印象に残った。それからずっと憧れていたのだ。
しかし再び幻想郷を訪れ冷静に自身を省みれば、悩ましいほどにアリスは幻想郷の人間とはかけ離れていた。見た目が、である。基本的に里の人間は黒髪もしくは暗めの茶色。昔見た晴れ着の女性も艶のある綺麗な黒髪だった。
対してアリスは絹糸のような淡い金。髪も顔も端整だ可愛いと評価してもらえることが多いのはありがたいし自慢でもあるが、着物に関しては似合わないんじゃないかと我ながら思ってしまった。髪だって結えるほどには長くない。なにより里で売られていた着物がなかなかに値の張るものだったこともある。都会派は、似合わないものを無理に着ない、ということにして諦めた。
それが、昨年の正月も明けて冬も終わるころだっただろうか。香霖堂に新しく入ってきた外の世界の雑誌を見て気が変わったのだ。ちょうど着物に関して特集されていて、その中の一人がアリスと似たような顔立ちで、 髪の色は金に近い茶色、しかも短めなのに上手くアレンジされ全身バランスよく着こなしていた。
明るい髪でも、顔が里の人間たちと違くても、案外イケるのでは?そう思って次の正月には着物デビューを飾ろうと今日まで準備を進めてきたのだ。昔見た晴れ着みたいな豪華な振袖はちょっと敷居が高いしやり過ぎな気がしたので、初詣にも適しているという小紋に決めた。洋服よりはそりゃあ面倒な手順があるが、それでも柄次第で落ち着きのある風にも華やかにも選べるのが魅力的だった。
一目見て気に入った綺麗な青地のものを呉服屋で合わせてみた時、店員の「よくお似合いです」という言葉が、ただのお世辞ではないことは表情や声音でわかった。自分で鏡を見ても悪くない、と思えた。これは有り、だ。
だからこそ絶対着るのだと志し、幽香の分も合わせて準備したのだ。着付けも必死で覚えた。アリスには人形たちがいる。覚えてしまえば、普通の人間が一人で頑張るよりはずっと綺麗に着こなせるようになったと自負している。実際呉服屋の「完璧です」のお墨付きだ。
「……着たことないから、着てみたくて。似合ってない?」
さっきからちらちらと着物のアリスを見ているのは知っている。答えがわかっていて聞いている質問だ。じゃーんと着物で幽香の前に登場した時の幽香の顔を思い出すとニヤニヤしてしまう。
「そ、んな、ことは、ないわよ。……よく、似合ってるわ」
「ふふふ、ありがと。嬉しい」
にっこり笑って幽香の顔に向けて微笑む。照れているのか恥ずかしそうに顔をそらすけど、すぐにアリスの顔や髪を見ては着物にも目をやっている。その反応を見るに、幽香もそんなに悪くないかも、と思ってたらいいなぁ、実はそうなんじゃないかなぁ、とアリスは都合よく考えている。今回はアリスの作戦失敗だった。次はもうちょっと上手に誘おう、そんなことを考えていた時だった。
「あけましておめでとうございます!! 今年も守矢神社をよろしくお願いします!!!まだまだ、白蛇様との撮影会は終了しておりません!ぜひぜひ、今年の干支であるだけでなく、縁起物としても霊験あらかたな白蛇様とご一緒に一枚どうぞ!!」
まだ守矢神社には距離があるのに、早苗の声が耳に届いた。その守矢神社へと歩いていたアリスと幽香はその声に思わず顔を見合わせた。どちらともなくクスリと笑い、「まだやってるみたいね」と言ってまた歩き出す。
拡声器でも使っているのかいつもの声とは少し異なるが、早苗の声であることは間違いない。近づいていくにつれ、その声はさらに大きく強くなっていく。正月から現人神は元気なものだ。いや正月だからこそ、か。
早苗の言う白蛇様云々については、師走に入って少し経ったくらいだったか、まず文々。新聞に守矢神社への初詣奨励記事が掲載された。そしてクリスマスが過ぎてからは特別チラシが配られた。
その内容は、来年(もう今年だが)の干支である巳年の特色やら説明が書かれ、一番大きく扱われていたのが、来年の干支であるへび、それも縁起が良いとされる白蛇様と記念撮影をすると奇跡が訪れる、と大きく銘打ってあった。
記事のはしっこの方に『かもしれません。縁起が良いことは確かです』と小さい字で書いてあった。保険を忘れないところは誰仕込みだろう。早苗か文か、それとも長い時を生きてきた二柱か。
あの張り切った声を聞くに、企画者は早苗であるのは間違いないだろう。バレンタインの時といい、早苗はイベント事を考えるのがとても上手だ。実際アリスも行ってみたくなってしまったのだから。まぁせっかくの着物なのでみんなに見てもらいたいという気持ちも少なからずはある。
それにしても、早苗のいかに守矢神社の参拝者を増やすか、信仰が増えるかという点に関しての熱意は凄まじい。霊夢がまったくそういうことに無頓着なので、対比がより強く感じられるのだろう。『信仰は人間の欲から』と公言して憚らない巫女は、確かに自身も欲にまみれてるように思える。 『我欲の巫女』とはよく言ったものだ。
「さぁさぁさぁ、撮影をご希望の方はこちらへ!二列にお並びになってお待ちください。今なら白蛇様のご機嫌がよろしいのでお手に乗せて撮ることが出来ますよー!!」
もう神社の敷地に入っている。拡声器を通した早苗の声はうるさいくらいだ。予想通り、早苗の隣には文がいて、忙しなく動き回っては記念撮影のカメラマンとして立ち働いているようだった。幻想郷最速が無駄に使用されているような気がするのはアリスの気のせいか。
とりあえずお参りを先にするべく、行列を横目に前へ。お賽銭を入れお祈り。あれ、作法ってあるんだっけ?普段訪問することがあってもあまりお参りをしないのでわからない。だって神様すぐそこにいるし……。まぁ適当で。
幽香とお互いの叶う限り一緒にいられますように。
自律人形の研究がうまく行きますように。
パチュリーがあの本を貸してくれますように。
魔理沙が私の家から泥棒をしませんように。
幽香の噛み癖が直りますように。
幽香の
アリスが最初以外やたらと俗なお願いごとを乱発していると待ちきれなくなったか、幽香の気配が遠ざかる。元旦から七日も過ぎて、人ごみが少しはマシになったとはいえ、まだ境内はにぎわっている。それもこれも早苗の奮闘のおかげだろうが。アリスも最後にもう一度幽香とずっと一緒にいられますようにとお願いして追いかけた。
転ばぬよう気を付けながら幽香に追いついたところで、聞いたことのある声が掛けられる。
「あけましておめでとうございます!今年も文々。新聞をよろしくお願いします!!」
「ああ、文。あけましておめでとう。」
「アリスさんはさすが、お着物お似合いですね。見事に着こなしてます」
「ふふ、ありがとう」
「ところで、今ちょうど人がいないのですが、白蛇様とのご撮影はいかがでしょう?」
「あー、それ、ね。記事読ん」
「今なら神奈子様と一緒に撮れるというオプション付きですよ!!さぁさぁ撮りましょう!!」
「え、ちょ、早苗。私はちょっと様子を見にきただけで……」
あけましておめでとうもなく、片手にとぐろを巻いた白蛇様を乗せた早苗が会話の途中で割り込んでくる。出たな我欲。御指名の神様すら当惑している。まぁ知り合いだからこそのサービスオプションなのだろうが。
八坂の神のしめなわは蛇が絡まっている姿を表現しているというし、確かに巳年でへびの二乗でご利益は有りそうだ。もともと、これも目当てだったのだし。都会派は流行には一応のっておく。
「じゃあお願いしようかしら。早苗、あけましておめでとう。その白蛇さんは幽香によろしく」
「え」
「ハイ、幽香さん手を出してくださいね!落とさぬようお気をつけて。粗相があったらたたられますよ」
「ちょ」
「では神奈子様の前にお二人とも並んで並んで」
早苗に追い立てられるように神奈子の前に並ぶ。神奈子と新年の挨拶を簡単にしていると、そこへ諏訪子がととっとやってきた。早苗の隣に立って、二人でニヤニヤしている。うなずいたりして、なんか言いことがあったのかしら。
「あ、っと、ちょっと待ってくださいね。カメラの準備がもう少し……」
文が珍しく手間取っている。こちらの準備が整う間もなくシャッターを切るのが射命丸だというのに。それにそう言いながらも早苗と目くばせをしつつ、ニヤリと文も笑ったのが気になった。しかし怪訝に思い始めたその時掛け声がかかる。
「ハーイ!お待たせいたしました。ではいきますよー!イチ、ニ、サン!」
軽いシャッター音が鳴って、もう一度鳴る。終わったかしら、そう思って写真用のかしこまった笑顔をゆるめる。ふと下を見ると、白蛇様が舌をピロリと伸ばしていた。うげぇ、まともに見ちゃった。心の中で毒づく。アリスは蛇が大の苦手だった。
「ちょ、幽香!それ以上その子こっちに近づけないで!!私ヘビ苦手なんだから!!
「ちょっと?私だって好きなわけではないわよ!!アンタが撮りたいって言ったんでしょ!」
「だって、縁起物だからって……生理的に駄目なのよ」
「おまえら、私を前にしていい度胸だな……」
「そうですよー失礼です!せっかくアリスさんと幽香さんには特別に大きい白蛇様もご参加していただいたのに」
「素敵な一枚が撮れましたよー。今のところ早々と今年のイチオシです。」
皆が好きなように話す中、早苗の言葉が気になった。白蛇様の、大きい方?……どこに?アリスの気がかりに答えたのは、それまでにやにやと見ていた諏訪子だった。あ、なんか嫌な予感がする。諏訪子の表情は、悪戯っ子のソレ、そのものだ。
「そうだよー。ねぇ?二人とも後ろ、見てみなよ」
「……へ?」
「うしろ……って、ぎゃぁぁぁぁぁ!!!」
守矢神社の境内にアリスの叫び声と四人の人妖のぎゃっはっはっは、というかしましい笑い声が響いた。
神奈子の背負ったしめ縄に、幽香の手に乗っていた手のひらサイズの白蛇様よりも大きくて長い白蛇が絡みついていた。こういう時の自らの身の処し方を蛇なりに心得ているのか、キリリと決め顔をアリスに向けていた。サービス☆とでも言うかのようにシューシューという呼吸音までさせてくれる。
あ、駄目、こんなにまじまじ見ちゃ。聞いちゃ。あの光沢とにょろりとした動き、うろこ――それらがアリスはどうしても駄目なのだ。誰にだって苦手なものはある。そう、最強クラスの妖怪と言えど、である。
蛇が苦手なのはアリスだけではない。幽香も苦手なのである。アリスもそれは知っていた。文々。新聞の記事で事前に幽香と話した時に蛇が苦手、という話はしていたからだ。苦手なポイントはほぼアリスと同じ。長く見つめていることが出来ない、と言っていた。アリスなんて見ようと思ったことすらない。
それでも、お花畑ではよく遭遇するしまぁ慣れたけどね、と幽香が言ったので、ならばアリスよりは大丈夫だと勝手に思わせてもらうことにした。だから先ほども小さい白蛇様をよろしくしたのだ。
しかしさすがの幽香も、アリスのように叫びこそしなかったが固まっていた。アリスは叫ぶと同時に幽香の後ろに回り込んでその肩にしがみついていたので、幽香の身体の硬さがよくわかった。あの不意打ちで、小さい白蛇様を落とさなかっただけでもアリスから見ればたいしたものである。
いや、そんなことより今は現状打破が先だ。頼りの幽香が固まっているのだから動けるアリスがなんとかしなければ。なるべく白蛇様を見ないようにして守矢の面々に訴える。
「ちょ、ちょ、ちょっと! どういうことよ!さっきまでいなかっ……きゃあ! ちょっと近寄らないで! 動かないで!!」
「おいおい無茶を言うな。じゃあ目でもつぶっていなさい。大きい方には下がってもらうから」
盾にしている幽香の身体に隠れて、神奈子に言われた通り目をつぶる。ずるりずるりと動く音がして(ちなみにこういう音も大の苦手である)行ったよ、という神奈子の声で目を開けた。
「小さい白蛇様はこの後も撮影がありますので」
「ああ、うん、この子なら……なんとか。あんまり見れないけど。触れないけど」
「いやー、新年早々笑わせていただきました。当然、大きい白蛇様も一緒に写ってらっしゃいますから。これは相当縁起のいい一枚ですよー?」
「神様と大小の白蛇様と記念撮影なんてレアすぎますよ!きっとこれが『奇跡』です!!」
「そんな奇跡いらないわよ。はぁ、びっくりした……」
「まったくそんなに嫌がることないだろう。可愛いじゃないか。しかしいつの間に仕掛けたんだ?私もわからなかったぞ」
「むふふ、私の即興の機転だよー。それに、途中でバレちゃあ良い写真撮れないからね。完全に気配も断ったしね」
まったく無駄に高度な悪戯だ。仕掛けた側は新年早々楽しかったかもしれないが、こちらとしては新年から心臓に悪い。
ふと、幽香が固まったままなのに気付いた。ちいさい声で、ぽそりと大丈夫?と問うと、スイッチが入ったように動きだし、手のひらに乗っていた小さい白蛇様を早苗に渡した。
「なかなかいい余興だったわ。それに二匹も白蛇なんて本当に縁起が良さそう。ブン屋、ちゃんと二枚ちょうだいね」
「ええ、それはもう勿論!」
「ありがとう」
なんて余裕ぶって答えちゃって。知ってるわよ。回復するまで時間かかってたのなんて。時々アリスが憎らしくなるくらい、みんなの前ではポーカーフェイスがお上手だから、早苗や文にはバレていないようだけど。まぁそもそも幽香は最強クラスの妖怪、というイメージがついているので蛇ごときで青ざめているなんて、思いもしないのかもしれない。
「うんうん、新年早々いい感じですね。……あ、アリスさん、幽香さん、白蛇様との撮影料○○○○円頂戴いたします!」
「はぁ?」
「お金取るの?」
「ええ!タダより高いものはございませんよ!金銭もしくはそれ相当の物品お布施という形式をとっております」
ササッと早苗が下に置いていた木の看板を見せてくる。新聞記事には料金のことなど何も書いていなかった。撮る前にも看板を見せられた記憶がない。しかもそこに表示された金額と早苗が先ほど言った金額が違う。それを伝えると、素晴らしい笑顔で、
「それは勿論、スペシャルオプション付きということで!!神様と、もう一体の白蛇様です」
「………………」
神奈子ももう一体の白蛇様も頼んでないし。むしろ……(略)そう言い返す気力はもはやアリスにはなかった。こういうとき幽香はあてにならない。金銭的なことにケチをつける性分じゃないし、そもそもアリスが、という話になるからだ。それに、神奈子と白蛇はともかく、幽香とのお正月の記念写真は欲しい。
ふと、視線を二柱に向けれ苦笑した顔でこちらに向かって拝んでいた。これは、『お布施ありがとうございます』というよりは、『うちの子が無茶言ってすまないねぇ』というジェスチャーだろう。なんたること。
言いたいことやら文句やらはたくさんあるのだが、新年開けで相当信仰が集まったのか、凄まじい勢いのパワーを放っている目の前の現人神に勝てる気がしない。我欲の巫女という二つ名は伊達ではなかった。
「………………ハイ」
なによ、我欲って言いかえれば『がめつい』ってことじゃないの!そう心の中で毒づきながら、アリスは早苗の言うとおりの額を支払った。都会派は、値切ったりしない。
End.
ただし、今回イチャつき度は5%くらいです。
『巳年と白蛇と松の内の奇跡』
「まだやってるかしらねぇ」
「さぁ?」
新年あけて数日後、アリスはいつもよりもゆっくりと歩いていた。なぜなら、今日は着物を着ているから。草履というのは普段履いているブーツに比べて安定感がない。幻想郷はでこぼこ道や砂利道が多い。既に二回、よろめいた身体を幽香に支えられている。
隣を歩く幽香は洋装だ。以前アリスがプレゼントした茶系のコートと、つい先日の今年、じゃなかった昨年のクリスマスにあげたばかりの淡いチェック柄のストールを巻いて、普段の幽香とは少し違うので新鮮なのだが、やっぱり幽香にも着物を着せたかった。
着せたい、というよりは単に一緒に着て欲しかっただけなのだが、予想外に頑なに嫌がられてしまった。いきなり言われたって困るわよ、というのが幽香の言い分で、驚かせようと思ったことが裏目に出てしまった。ちゃんとひとそろえ準備していたので非常に残念である。あんなに吟味したのに。
派手過ぎず、地味すぎない良い色味の赤地になに模様と言うのかはわからないけれど素敵な柄がちょうどよく配置されていて、幽香に似合うと思ったのに……などと考えていたらまた足元がよろけてしまった。すかさず幽香にがっしりとつかまれた。
「あ、ごめん。ありがと」
こういう時の幽香は非常に頼もしい。足は遅いが反射は早い。そう考えると二人とも着物じゃなくてよかったのかもしれない。二人して転んでいたらもう幽香はお出かけ自体をとりやめそうだ。だが、都合三回もよろめくアリスを見て憎まれ口が叩きたくなったらしい。
「……まったく、そんなに歩きにくいし動きにくいのに何で着物なんて着るのよ」
「……だって」
実は今よりむかし、魅魔にメイドをさせられたりしていたなつかしい思い出の頃に、里で晴れ着を着た若い女性を見る機会があった。その女性が美しかったせいもあるが、アリスの目にはその着物の艶やかな優美さがとても強く印象に残った。それからずっと憧れていたのだ。
しかし再び幻想郷を訪れ冷静に自身を省みれば、悩ましいほどにアリスは幻想郷の人間とはかけ離れていた。見た目が、である。基本的に里の人間は黒髪もしくは暗めの茶色。昔見た晴れ着の女性も艶のある綺麗な黒髪だった。
対してアリスは絹糸のような淡い金。髪も顔も端整だ可愛いと評価してもらえることが多いのはありがたいし自慢でもあるが、着物に関しては似合わないんじゃないかと我ながら思ってしまった。髪だって結えるほどには長くない。なにより里で売られていた着物がなかなかに値の張るものだったこともある。都会派は、似合わないものを無理に着ない、ということにして諦めた。
それが、昨年の正月も明けて冬も終わるころだっただろうか。香霖堂に新しく入ってきた外の世界の雑誌を見て気が変わったのだ。ちょうど着物に関して特集されていて、その中の一人がアリスと似たような顔立ちで、 髪の色は金に近い茶色、しかも短めなのに上手くアレンジされ全身バランスよく着こなしていた。
明るい髪でも、顔が里の人間たちと違くても、案外イケるのでは?そう思って次の正月には着物デビューを飾ろうと今日まで準備を進めてきたのだ。昔見た晴れ着みたいな豪華な振袖はちょっと敷居が高いしやり過ぎな気がしたので、初詣にも適しているという小紋に決めた。洋服よりはそりゃあ面倒な手順があるが、それでも柄次第で落ち着きのある風にも華やかにも選べるのが魅力的だった。
一目見て気に入った綺麗な青地のものを呉服屋で合わせてみた時、店員の「よくお似合いです」という言葉が、ただのお世辞ではないことは表情や声音でわかった。自分で鏡を見ても悪くない、と思えた。これは有り、だ。
だからこそ絶対着るのだと志し、幽香の分も合わせて準備したのだ。着付けも必死で覚えた。アリスには人形たちがいる。覚えてしまえば、普通の人間が一人で頑張るよりはずっと綺麗に着こなせるようになったと自負している。実際呉服屋の「完璧です」のお墨付きだ。
「……着たことないから、着てみたくて。似合ってない?」
さっきからちらちらと着物のアリスを見ているのは知っている。答えがわかっていて聞いている質問だ。じゃーんと着物で幽香の前に登場した時の幽香の顔を思い出すとニヤニヤしてしまう。
「そ、んな、ことは、ないわよ。……よく、似合ってるわ」
「ふふふ、ありがと。嬉しい」
にっこり笑って幽香の顔に向けて微笑む。照れているのか恥ずかしそうに顔をそらすけど、すぐにアリスの顔や髪を見ては着物にも目をやっている。その反応を見るに、幽香もそんなに悪くないかも、と思ってたらいいなぁ、実はそうなんじゃないかなぁ、とアリスは都合よく考えている。今回はアリスの作戦失敗だった。次はもうちょっと上手に誘おう、そんなことを考えていた時だった。
「あけましておめでとうございます!! 今年も守矢神社をよろしくお願いします!!!まだまだ、白蛇様との撮影会は終了しておりません!ぜひぜひ、今年の干支であるだけでなく、縁起物としても霊験あらかたな白蛇様とご一緒に一枚どうぞ!!」
まだ守矢神社には距離があるのに、早苗の声が耳に届いた。その守矢神社へと歩いていたアリスと幽香はその声に思わず顔を見合わせた。どちらともなくクスリと笑い、「まだやってるみたいね」と言ってまた歩き出す。
拡声器でも使っているのかいつもの声とは少し異なるが、早苗の声であることは間違いない。近づいていくにつれ、その声はさらに大きく強くなっていく。正月から現人神は元気なものだ。いや正月だからこそ、か。
早苗の言う白蛇様云々については、師走に入って少し経ったくらいだったか、まず文々。新聞に守矢神社への初詣奨励記事が掲載された。そしてクリスマスが過ぎてからは特別チラシが配られた。
その内容は、来年(もう今年だが)の干支である巳年の特色やら説明が書かれ、一番大きく扱われていたのが、来年の干支であるへび、それも縁起が良いとされる白蛇様と記念撮影をすると奇跡が訪れる、と大きく銘打ってあった。
記事のはしっこの方に『かもしれません。縁起が良いことは確かです』と小さい字で書いてあった。保険を忘れないところは誰仕込みだろう。早苗か文か、それとも長い時を生きてきた二柱か。
あの張り切った声を聞くに、企画者は早苗であるのは間違いないだろう。バレンタインの時といい、早苗はイベント事を考えるのがとても上手だ。実際アリスも行ってみたくなってしまったのだから。まぁせっかくの着物なのでみんなに見てもらいたいという気持ちも少なからずはある。
それにしても、早苗のいかに守矢神社の参拝者を増やすか、信仰が増えるかという点に関しての熱意は凄まじい。霊夢がまったくそういうことに無頓着なので、対比がより強く感じられるのだろう。『信仰は人間の欲から』と公言して憚らない巫女は、確かに自身も欲にまみれてるように思える。 『我欲の巫女』とはよく言ったものだ。
「さぁさぁさぁ、撮影をご希望の方はこちらへ!二列にお並びになってお待ちください。今なら白蛇様のご機嫌がよろしいのでお手に乗せて撮ることが出来ますよー!!」
もう神社の敷地に入っている。拡声器を通した早苗の声はうるさいくらいだ。予想通り、早苗の隣には文がいて、忙しなく動き回っては記念撮影のカメラマンとして立ち働いているようだった。幻想郷最速が無駄に使用されているような気がするのはアリスの気のせいか。
とりあえずお参りを先にするべく、行列を横目に前へ。お賽銭を入れお祈り。あれ、作法ってあるんだっけ?普段訪問することがあってもあまりお参りをしないのでわからない。だって神様すぐそこにいるし……。まぁ適当で。
幽香とお互いの叶う限り一緒にいられますように。
自律人形の研究がうまく行きますように。
パチュリーがあの本を貸してくれますように。
魔理沙が私の家から泥棒をしませんように。
幽香の噛み癖が直りますように。
幽香の
アリスが最初以外やたらと俗なお願いごとを乱発していると待ちきれなくなったか、幽香の気配が遠ざかる。元旦から七日も過ぎて、人ごみが少しはマシになったとはいえ、まだ境内はにぎわっている。それもこれも早苗の奮闘のおかげだろうが。アリスも最後にもう一度幽香とずっと一緒にいられますようにとお願いして追いかけた。
転ばぬよう気を付けながら幽香に追いついたところで、聞いたことのある声が掛けられる。
「あけましておめでとうございます!今年も文々。新聞をよろしくお願いします!!」
「ああ、文。あけましておめでとう。」
「アリスさんはさすが、お着物お似合いですね。見事に着こなしてます」
「ふふ、ありがとう」
「ところで、今ちょうど人がいないのですが、白蛇様とのご撮影はいかがでしょう?」
「あー、それ、ね。記事読ん」
「今なら神奈子様と一緒に撮れるというオプション付きですよ!!さぁさぁ撮りましょう!!」
「え、ちょ、早苗。私はちょっと様子を見にきただけで……」
あけましておめでとうもなく、片手にとぐろを巻いた白蛇様を乗せた早苗が会話の途中で割り込んでくる。出たな我欲。御指名の神様すら当惑している。まぁ知り合いだからこそのサービスオプションなのだろうが。
八坂の神のしめなわは蛇が絡まっている姿を表現しているというし、確かに巳年でへびの二乗でご利益は有りそうだ。もともと、これも目当てだったのだし。都会派は流行には一応のっておく。
「じゃあお願いしようかしら。早苗、あけましておめでとう。その白蛇さんは幽香によろしく」
「え」
「ハイ、幽香さん手を出してくださいね!落とさぬようお気をつけて。粗相があったらたたられますよ」
「ちょ」
「では神奈子様の前にお二人とも並んで並んで」
早苗に追い立てられるように神奈子の前に並ぶ。神奈子と新年の挨拶を簡単にしていると、そこへ諏訪子がととっとやってきた。早苗の隣に立って、二人でニヤニヤしている。うなずいたりして、なんか言いことがあったのかしら。
「あ、っと、ちょっと待ってくださいね。カメラの準備がもう少し……」
文が珍しく手間取っている。こちらの準備が整う間もなくシャッターを切るのが射命丸だというのに。それにそう言いながらも早苗と目くばせをしつつ、ニヤリと文も笑ったのが気になった。しかし怪訝に思い始めたその時掛け声がかかる。
「ハーイ!お待たせいたしました。ではいきますよー!イチ、ニ、サン!」
軽いシャッター音が鳴って、もう一度鳴る。終わったかしら、そう思って写真用のかしこまった笑顔をゆるめる。ふと下を見ると、白蛇様が舌をピロリと伸ばしていた。うげぇ、まともに見ちゃった。心の中で毒づく。アリスは蛇が大の苦手だった。
「ちょ、幽香!それ以上その子こっちに近づけないで!!私ヘビ苦手なんだから!!
「ちょっと?私だって好きなわけではないわよ!!アンタが撮りたいって言ったんでしょ!」
「だって、縁起物だからって……生理的に駄目なのよ」
「おまえら、私を前にしていい度胸だな……」
「そうですよー失礼です!せっかくアリスさんと幽香さんには特別に大きい白蛇様もご参加していただいたのに」
「素敵な一枚が撮れましたよー。今のところ早々と今年のイチオシです。」
皆が好きなように話す中、早苗の言葉が気になった。白蛇様の、大きい方?……どこに?アリスの気がかりに答えたのは、それまでにやにやと見ていた諏訪子だった。あ、なんか嫌な予感がする。諏訪子の表情は、悪戯っ子のソレ、そのものだ。
「そうだよー。ねぇ?二人とも後ろ、見てみなよ」
「……へ?」
「うしろ……って、ぎゃぁぁぁぁぁ!!!」
守矢神社の境内にアリスの叫び声と四人の人妖のぎゃっはっはっは、というかしましい笑い声が響いた。
神奈子の背負ったしめ縄に、幽香の手に乗っていた手のひらサイズの白蛇様よりも大きくて長い白蛇が絡みついていた。こういう時の自らの身の処し方を蛇なりに心得ているのか、キリリと決め顔をアリスに向けていた。サービス☆とでも言うかのようにシューシューという呼吸音までさせてくれる。
あ、駄目、こんなにまじまじ見ちゃ。聞いちゃ。あの光沢とにょろりとした動き、うろこ――それらがアリスはどうしても駄目なのだ。誰にだって苦手なものはある。そう、最強クラスの妖怪と言えど、である。
蛇が苦手なのはアリスだけではない。幽香も苦手なのである。アリスもそれは知っていた。文々。新聞の記事で事前に幽香と話した時に蛇が苦手、という話はしていたからだ。苦手なポイントはほぼアリスと同じ。長く見つめていることが出来ない、と言っていた。アリスなんて見ようと思ったことすらない。
それでも、お花畑ではよく遭遇するしまぁ慣れたけどね、と幽香が言ったので、ならばアリスよりは大丈夫だと勝手に思わせてもらうことにした。だから先ほども小さい白蛇様をよろしくしたのだ。
しかしさすがの幽香も、アリスのように叫びこそしなかったが固まっていた。アリスは叫ぶと同時に幽香の後ろに回り込んでその肩にしがみついていたので、幽香の身体の硬さがよくわかった。あの不意打ちで、小さい白蛇様を落とさなかっただけでもアリスから見ればたいしたものである。
いや、そんなことより今は現状打破が先だ。頼りの幽香が固まっているのだから動けるアリスがなんとかしなければ。なるべく白蛇様を見ないようにして守矢の面々に訴える。
「ちょ、ちょ、ちょっと! どういうことよ!さっきまでいなかっ……きゃあ! ちょっと近寄らないで! 動かないで!!」
「おいおい無茶を言うな。じゃあ目でもつぶっていなさい。大きい方には下がってもらうから」
盾にしている幽香の身体に隠れて、神奈子に言われた通り目をつぶる。ずるりずるりと動く音がして(ちなみにこういう音も大の苦手である)行ったよ、という神奈子の声で目を開けた。
「小さい白蛇様はこの後も撮影がありますので」
「ああ、うん、この子なら……なんとか。あんまり見れないけど。触れないけど」
「いやー、新年早々笑わせていただきました。当然、大きい白蛇様も一緒に写ってらっしゃいますから。これは相当縁起のいい一枚ですよー?」
「神様と大小の白蛇様と記念撮影なんてレアすぎますよ!きっとこれが『奇跡』です!!」
「そんな奇跡いらないわよ。はぁ、びっくりした……」
「まったくそんなに嫌がることないだろう。可愛いじゃないか。しかしいつの間に仕掛けたんだ?私もわからなかったぞ」
「むふふ、私の即興の機転だよー。それに、途中でバレちゃあ良い写真撮れないからね。完全に気配も断ったしね」
まったく無駄に高度な悪戯だ。仕掛けた側は新年早々楽しかったかもしれないが、こちらとしては新年から心臓に悪い。
ふと、幽香が固まったままなのに気付いた。ちいさい声で、ぽそりと大丈夫?と問うと、スイッチが入ったように動きだし、手のひらに乗っていた小さい白蛇様を早苗に渡した。
「なかなかいい余興だったわ。それに二匹も白蛇なんて本当に縁起が良さそう。ブン屋、ちゃんと二枚ちょうだいね」
「ええ、それはもう勿論!」
「ありがとう」
なんて余裕ぶって答えちゃって。知ってるわよ。回復するまで時間かかってたのなんて。時々アリスが憎らしくなるくらい、みんなの前ではポーカーフェイスがお上手だから、早苗や文にはバレていないようだけど。まぁそもそも幽香は最強クラスの妖怪、というイメージがついているので蛇ごときで青ざめているなんて、思いもしないのかもしれない。
「うんうん、新年早々いい感じですね。……あ、アリスさん、幽香さん、白蛇様との撮影料○○○○円頂戴いたします!」
「はぁ?」
「お金取るの?」
「ええ!タダより高いものはございませんよ!金銭もしくはそれ相当の物品お布施という形式をとっております」
ササッと早苗が下に置いていた木の看板を見せてくる。新聞記事には料金のことなど何も書いていなかった。撮る前にも看板を見せられた記憶がない。しかもそこに表示された金額と早苗が先ほど言った金額が違う。それを伝えると、素晴らしい笑顔で、
「それは勿論、スペシャルオプション付きということで!!神様と、もう一体の白蛇様です」
「………………」
神奈子ももう一体の白蛇様も頼んでないし。むしろ……(略)そう言い返す気力はもはやアリスにはなかった。こういうとき幽香はあてにならない。金銭的なことにケチをつける性分じゃないし、そもそもアリスが、という話になるからだ。それに、神奈子と白蛇はともかく、幽香とのお正月の記念写真は欲しい。
ふと、視線を二柱に向けれ苦笑した顔でこちらに向かって拝んでいた。これは、『お布施ありがとうございます』というよりは、『うちの子が無茶言ってすまないねぇ』というジェスチャーだろう。なんたること。
言いたいことやら文句やらはたくさんあるのだが、新年開けで相当信仰が集まったのか、凄まじい勢いのパワーを放っている目の前の現人神に勝てる気がしない。我欲の巫女という二つ名は伊達ではなかった。
「………………ハイ」
なによ、我欲って言いかえれば『がめつい』ってことじゃないの!そう心の中で毒づきながら、アリスは早苗の言うとおりの額を支払った。都会派は、値切ったりしない。
End.
でも幽アリ大好きだから許せる!!
幽香ちゃん○禁してない?大丈夫?