Coolier - 新生・東方創想話

幻想カルキュレイション

2013/01/10 20:03:07
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「今日、霊夢の秘密が明らかに!」
「帰れ」





霊夢が落ち葉で焼き芋でも作ろうかと思っていると、今日も今日とて魔理沙がかっ飛んできた。
しかも何やら風呂敷包みを持ってだ、こういう時はろくな事が起きないと霊夢は思う
反射的にいつもの突っ込みをこなすと、それは置いといて魔理沙のお茶を淹れてやる。
魔理沙が変な話題を持ってきても、黙ってお茶を出す。博麗神社の日常風景ではあるが、
霊夢は魔理沙の言葉にいつもより不穏なものを感じつつ、出がらしだが比較的新しい茶を彼女に出した。

「サンキュ、霊夢、煎餅もらうぞ」
「だーめ、これ一枚しかないし」

魔理沙は石段に腰をおろし、ややぬるい茶を飲み干すと、風呂敷につつんだ木箱を見せた。
彼女の目は相変わらず好奇心に輝いている。霊夢はそんな魔理沙が好きだ。
言葉には出さないけれど。

「で、今日はどんな悪だくみをしに来たのかしら」
「これを見ろよ、香霖に譲ってもらったんだ。名づけてラプラスの計算機。なんでも周りの原子という原子をサーチして、たいがいの質問には答えてくれるそうだぜ」
「盗んだんでしょ」
「だから今言ったように、譲ってもらったんだ」
「はいはい、そう言う事にしといてあげる」

魔理沙はその木箱、何やらボタンやダイヤルのようなものが付いたそれをいじくりまわし、動かしてみようとするが、何の反応も無い。

「ラプラスの悪魔っていうのは知ってるか?」

帽子から工具のような物を取りだし、機械と格闘しながら魔理沙は聞いた。

「全然。紅魔館のこあちゃんみたいな?」 
「いんや、ああいう種族の人外が暮らしているとかじゃなくて、概念上の存在つーか、この世のあらゆる物質やエネルギーの今現在の状態を把握して、
それが未来にどう動くか予測できる知性の事なんだぜ」
「それじゃあ、予言が出来ると言う事かしら?」
「その通り、これはそれを限定的ながら実現したものらしい」
「じゃあ、どんな事でも、例えば神社がどうすれば楽に儲かるかとか?」
「そんな事言うとまた仙人に怒られるぜ」

魔理沙は首を振った。そして計算機に書かれた説明らしき文字を読んでいる。
魔道書の言葉らしく、霊夢には読めない。

「何て書いてあるのか私にも教えなさいよ」
「ふむふむ、香霖の言ってた事とこの説明書きを合わせて考えるとだな、これは明日の里の天気とか、誰かの本音を推し量るとか、
そういった程度の予測しかできないようだぜ」
「全ての物質やエネルギーの動きを読むとか言うくせに、割とみみっちいわね」
「まあ、これが制作者の限界だったんだろ」

そういう魔理沙の手には当たり前のようにお煎餅があった。
霊夢が盆を見ると、当然消えている。一枚しかなかったのだから。
ばりぼりという音がして魔理沙の方を見ると、案の定食われていた。

「魔理沙~、お煎餅はダメって言ったよね」

精一杯場の空気を冷やしたはずだったが、魔理沙は平然としていた。

「まあ良いじゃないか、おっ、これは魔力を込めると起動するらしいぞ」

魔理沙は箱に両手を当て、魔力を込める、魔理沙の両手が紫色に光り、光が箱に吸い込まれていく。
すると箱の上面がひとりでに観音開きになり、中にはガラスか水晶のような美しいレンズがはめ込まれていた。

「おお、これで正解らしいぜ」

レンズは紫色の光を発し、空中に文字を写しだした。これも魔道書の文字だった。

「ふむふむ、おおっそういうことか」

一人で盛り上がっている魔理沙に少しいら立った霊夢が、機械と魔理沙の間に顔をのぞかせる。

「何なのか私にも説明しなさいよ」
「口頭で質問を発するだけで、なんでも答えてくれるそうだぜ」
「なんでもって? 本当に何でも?」
「そうらしいぜ」
「じゃあ質問、最後のせんべいを食べられた私の気持ちを答えなさい」

機械が低い音を立て、中で何かかが作動した。
魔理沙はわくわくしながら見守っている。

「この機械、今考えているみたいだ」 

やがてチーンと音がして、文字が出力された。なぜか日本語で。

「おお、来た来た」





私は恨んでなどいません。
もともと違う道を進む運命だったのでしょう。
あなたはあなたの道を進んで下さい。
あなたのままでありつづけて下さい






霊夢は呆れて頭に手を当てた。

「全然違う。恨むってほどじゃないけど、あきれてものが言えない気分だし、そりゃあ私とあんたは違う道を歩んでいるのは正解だけどね。
それに、あんたを違うあんたにするのは不可能なのも分かってる」
「まあ、それなりに使えると言う事だな」

また人の気配がして、霊夢は参道を見た、魔理沙はまだ機械に夢中でいる。
魔理沙とはまた違う西洋風の服を着たその人物は、やはり霊夢がよく知る少女、アリス=マーガトロイドである。

「こんにちは、魔理沙がいろいろ盛大にやらかしているけど気にしないで」
「やらかしているとは失敬な、魔法探究の最中だぜ」

アリスは件の機械を見たとたん、放心状態で持っていたバスケットを落としてしまった。

「あの機械……」

上海人形がとっさにバスケットを受け止め、アリスは顔を伏せる。その様子を2人は見逃さない。

(なぜあれが今頃……まるで私に……)

「ちょっとアリス、何かあったの?」
「悩み事なら格安で請け負うぜ」
「何でもない、2人には関係ないわ……」

2人は少しの間考えていたが、魔理沙が場の空気を切り替えた。

「まっ、とりあえず霊夢に茶ぁ出させるから、それ飲んで落ち着け、ただ、お茶受けは切らしてるけどな」

アリスは境内に腰掛け、霊夢のお茶を少し飲んで落ち着いた後、誰に促されるともなくぽつりぽつりと切り出していく。

「この機械はね、ずっと昔に私が作ったのよ」
「そりゃすごいな、人形以外にもこんな物が作れたんだ」
「どうしてこれを?」
「ある人の本心が知りたくてね」

魔理沙が好奇心いっぱいの顔でアリスの顔を覗きこんできた。

「そいつは、男か、女か?」
「男の子だったわ、今の霊夢と魔理沙ぐらいの」
「ヒューヒュー、アリスもやるねえ」 にやけ顔でアリスを肘で軽く突く。
「痛いわ、もっとも残念ながら、あんた達の期待に沿えるような話は何もなかったけれどね」

アリスは遠くを眺めるような目つきで、100年以上前を振り返っていた。

当然霊夢も魔理沙も生まれていない時代、あの少年と出会った日の事を。










コンコン。

その日の昼下がり、いつも通りアリスが人形作りに精を出していると、誰かがドアをノックする音が聞こえた。

「誰かいませんか」

アリスは面倒と思いながらも、返事をしてドアを開ける。
昼とは言え、薄暗く、常人には有害になりがちな魔力があふれている魔法の森。
そこを訪れるのは誰だろう、ただの人間がこんな所へ来れるわけはないと思ったが、来客はどこからどう見ても、ただの人間だった。

「こんにちは、道にでも迷ったのかしら」

その人間は着物を着た10歳代と思われる少年だった。
道に迷った旅人にしては、何の荷物も持っていない。

着物がところどころ破れている点を除けば、その辺を散歩したついでに寄ってみました、
とでもいうような感じである。

「いえ、森を散歩していて、可愛らしい家があったので、どんな人がいるのかなとか、ちょっと休ませてもらおうかなと思ったんでつい……」
「こんな人里離れた森を散歩? しかもそんな軽装で?」

アリスは少年を訝しんだが、一応敵意を持った存在ではなさそうだったので、とりあえず上がらせてやった。

「何もないけど、お茶ぐらいは出すわ」
「ありがとうございます」

少年は出された紅茶をうまそうに飲んだ。

「これ美味しいですね、このお菓子も、アリスさんが作ったんですか」
「どっちも人里で買った材料で適当に作っただけよ」
「でも美味しいです、うちの里じゃこういう物は滅多に食べられないですし」
「ねえあなた、見た所旅人ではなさそうだけど、一体何の用でここまで来たのかしら?」
「別に用なんてありません、本当にただの散歩です、うちの里は何にも面白いものがないんでね」

聞くと、少年が暮らしている里は、近くを流れる川の上流にある集落の事らしい。
アリスが時々訪れる、白沢に守護される里ではなかった。
お茶を飲ませてすぐに帰らせようかとも思ったが、少年の物腰は柔らかで人当たりがよく、それほど不愉快ではない。
しばらく雑談に興じたり、自分の部屋などを見せてやったりもした。
しかしその好感も、自分が男性に慣れていないせいもあるかもしれない、と自己分析する余裕は持っていた。
アリスが人形師を生業にしているのだと言うと、少年は目を輝かせて、ぜひ操っている姿を見せて欲しい、とせがんできたものだ。

「アリスさん、僕、アリスさんが人形操っている所みたいな」
「しょうがないわね、一度だけよ」

アリスが二体の人形で即興劇を見せると、少年は手をぱちぱちと叩いて彼女を称えた。

「わあすごい、本当に生きているみたい」
「そう、よかった、じゃあ、暗くなるからそろそろ帰りなさい」
「分かりました、また今度来ます」
「ええっ?」

少年はお辞儀をして、玄関へ歩いていく。
この家は魔法の森の奥にある。ただの人間がそう簡単にたどり着ける場所であるはずがない。
しかし何かの聞き間違いか、少年はまた来ますと言った。
変な人、でもこれが最近の人間のトレンドなのかもな。とアリスは考える。

「一人で帰れるの?」
「大丈夫ですよ、道は覚えました」
「そう、なら良いけど。じゃあさっさと帰った方が良いわ」
「はい、今日はとってもごちそうになりました。さようなら」

人間一人、帰り道に宵闇妖怪当たりに喰われた所で、自分にも幻想郷にも大勢に影響はない、
ないのだが、久しぶりに会った人間と言う事もあるのだろう、アリスはこっそり人形に帰り道を見張らせる事にした。





そして次の日もその少年は来た。
道を覚えているといったのは嘘ではなかったのだ。
アリスは呆れながらも、別に追い出す理由もないので家に招き、縫物をしながら制作中の人形について話したり、
少年の住む里の出来事を聞いたりして過ごしていた。

「で、その妖怪が僕に言ったんです、あなたは食べてもいい人類かって、それで僕は何て答えたと思います?」
「食べてはいけない人類だと?」
「食べてもいいけど、使命を果たしてからにしてくれと答えたんです、そうしたらつまらなさそうな顔で、
まずそうだし、そもそも腹減っていないからいい、と言って、こう両手を広げて去っていたんです」
「危機一髪だったわね。ところで使命って何?」
「ねえアリスさん」

少年は答える代わりに、アリスの目を正面から見つめて問う。

「アリスで良いわ」
「アリス、あなたは運命とか、生まれつき定められた使命とか信じますか?」

針を指に刺しそうになった。不意に妙な事を言いだしたものだから。

「どうだろう、私はどちらかと言うと懐疑的な方かしら。これが運命だったのだと言っても、
事が起きた後に後付けで言っているのが多いような感じが……」 

最後にアリスは、答えになってないかもしれないけれど、と苦笑した。

「そういう考えもありますね。でも僕が言うのは、そう言う意味じゃなくて、
誰もがどう動いても、どんな価値観とか宗教とかを拠り所としても、結局はそこに落ち着く。というような流れがあると信じますか、て言う事なんですよね」

アリスは落ち着きを取り戻し、再び針仕事の手を動かす。

「で、貴方は信じているの」
「はい、そういう流れみたいなものはあると思います。実は僕、捨て子だったんです」

アリスははっとしたが、すぐ本来の調子を取り戻そうとして、

「それはそれは、一気に話が重くなったわね」
「これも運命なんでしょう、でも僕は決してそれを憎みません、辛い事ばかりじゃないんですからね。
拾ってくれた里の人も良くしてくれて、本とかも読ませてくれて、それに……」
「それに?」

少し勇気を出して、

「アリスともこうして出会えたわけだし」
「何言ってるのよ、クッキー食べたらさっさと帰りなさい」
「明日もまた来ます」

少年を見送った後、アリスは不思議な気持ちを覚えた。
相手はただの人間。不死に近い自分の前を通り過ぎていくだけの、ちっぽけな存在。
それがなぜ、一緒にいて、悪くない感じがするのだろうか、と。

「また来ないかしらね、ねえ上海」

と人形を軽くつついて呟く。
その日の夜、冷たい雨が降っていた。





肌寒い次の日、少年は来なかった。雨はまだ降り続けている。

アリスは、まあ来なければ来ないで別にいい、と思う反面、寂しく感じないわけでもなかった。
一度人形に少年を送らせているので、里の所在は知っている。
だがもともと積極的に他者と関わる事が好きではないアリスはそこまでする気にもなれなかった。
加えて、里の住人が人外に慣れていない場合、自分と少年が少しでも親しくしていると分かれば彼にも迷惑がかかる。
とはいえ……、

「ああもう、たかが人間にどうしてこうも気を使わなきゃいけないのよ」

かわりに遊びに来たのは妖怪の少女だった。名前は知らない。何度尋ねても、「私は路傍の小石」と答えるのみ。
閉じた目玉のようなアクセサリーを身につけたその少女は、アリスの家にふらりと立ち寄り、例の少年の話に興味を持った。

「へえ、あなたの目から見ても変わった人間なんだね」
「そうよ、私の家に来る前、前に別の妖怪に脅かされたみたいだけど、その時すでにお腹いっぱいだったらしくて見逃されたそう。でその子、食われかけた直後だと言うのに、やけに胸が座っているというか、普通の人間みたいに取り乱したりしてなかったのよ」
「へぇ、で今日もその人間来るの?」
「今日また来るって言ったのにまだ来ないのよ」
「別の妖怪に食べられたんじゃないの?」
「そうなると、ちょっと詰まらないわね、暇つぶしにはなるし」
「ねえアリス、あまり人間に深入りするといろいろ切ないよ」
「深入りなんかしてないわ」
「ならいいけど、あくまで人間と私たちは別の生き物。線引きは大事だよ」

言い終えると、その少女は急にいなくなった。彼女はいつもこうだった。





雨がやんだ。
気分転換に、その日はいつもの人里へ出かけて過ごすことにした。少年の住んでいる場所ではない、白沢に守られたいつもの里である。
彼女はすでに食べなくても死なない体だったが、いくつかの食材を購入する事にした。
人間だったころの習慣を楽しむためと、気まぐれな来客に備えてである。
最後に紅茶の葉が切れかけている事を思い出して寄った店で、店主が茶葉をびんに詰めながら思わぬ事を尋ねてきた。

「アリスちゃん、心に決めた人とか居るのかい」
「ええっ?! それは、まだ……でもどうしてそんな事を?」

この人はなんて事をいきなり言い出すのか? と言いたげなアリスの目を見て、店主が申し訳なさそうな顔をした。

「いやごめんごめん、アリスちゃん美人だし、それにちょっと買い物がいつもより多めだったから、
もしかしたらいい人ができたのかな……とかって思ったのさ」
「いえ、人間がこの前迷い込んできたので」
「そうか、アリスちゃんももっと人間を知って欲しいな、食材としてじゃなく」
「人なんて食べてません!」
「あはは冗談だよ、冗談。お詫びにちょっぴり負けとくよ」

(あれ、何気にばれてる。しかもあんまり怖がっていない?)

歩きながら路地裏を除くと、蛍の妖怪が子供達と鬼ごっこに興じていた。
妖怪も子供達も、多少服に泥が跳ねるのも構わず、夢中で遊んでいる。
他方では白沢が里をただ守るだけでなく、最近寺子屋も教えるようになったとも聞いた。つまりは、そう言う時代なのだろう。
アリスは人里の変化をそれなりに知っているつもりだったが、ここまで人妖の垣根が低くなっているとは思わなかった。でも……。

…………人間に深入りするといろいろ切ないよ…………

妖怪少女の声が、ちょっとだけアリスを不安にした。
その日の夕方、また雨が降り始めた。今夜はかなり降りそうに思えた。





雨の降りしきるその日の深夜、誰かがアリスの家のドアを叩いた。
こんな時間にと不審に思い、無視しようかとも思ったが、ドアを叩いた者は無言でしばらく待ち続けた後、やがて去っていった。
その足音に聞き覚えがあった。
コートを羽織って人形達に臨戦態勢を取らせ、もしやと思い開けてみると、やはりあの少年だった。

「あなただったの」

振り向いた彼は傘もささず着物はびしょ濡れで、その顔には疲労の色が見えたが、アリスの顔を見て笑顔に戻る。

「夜分にごめんなさい」
「ひどい顔しているわ、とりあえず中に入って」

聞くと里の人々は彼がアリスと会う事をあまり良く思っていないらしく、育ての親を説き伏せて、どうにか抜け出してきたのだと言う。
渡したタオルで頭を拭くきながら、

「昼間行ったんですけどアリスがいなくて、それでもなんか、どうしてもまたお話したいな~って思って」
「バカ、風邪引くじゃないの、お風呂沸かすから入りなさい」
「でも、いいんですか」
「いいのよ、さっさと入る」

入浴している間、アリスは魔法で着物を乾かしながら考えた。

(私とつきあう(?)事を反対されて、人目を忍んで会いに来た、か)

そう思われるのも満更でもない。しかし腑に落ちない点がある。
人目を忍んでとはいっても、なぜこんな大雨の日の夜に、傘もささずに来る必要があったのだろうか? 
今日自分に会えた時の少年の表情は確かに喜びに満ちていたが、どこか悲壮感も漂っていたような気がする。
あれはただ好きな人に会えなかったどころの雰囲気ではなさそうだ。でもなぜ……。

「いやあ助かりましたよ」

風呂からあがって着替えた少年が一息ついた。

「どういたしまして、お腹空いてるなら、今作るから食べていってもいいわよ」
「いただきます。アリスみたいな素敵なひとの料理が食べられるなんて、もう死んでもいいくらいだ」

冗談とは思えない目だった。

「何本気で死んでもいいみたいな目をしてるのよ。その目怖い」
「ご、ごめんなさい」
「あり合わせの物で簡単に作るだけだから、そんな物に命までかけちゃダメよ」

少年が温め直した料理の残りをおいしそうに食べるのを見守り、テーブルで向かい合って軽く雑談した後、
それとなく疑問に思っていた事を聞いてみた。

「……でね、その人、私が妖怪だったのを知ってて、それでも普通に接してくれていたの」
「へえ良かったですね、僕も今度行ってみたいな」
「ねえ、私を気にいってくれるのはいいのだけど、こんな時間、こんな天気のときにこなくても良かったのに」
「アリス、僕には使命があるってこの間言いましたよね、その日が近そうなんですよ」
「どんな使命?」
「それは……、他人には言わないようにときつく教えられています」

アリスの予想通り、彼の語調はトーンダウンした。

「もしかして、里の人達にいじめられているのかしら、もしそうだったら……」

アリスの言葉を片手を出して遮った。

「里の人達を悪く言わないで下さい、みんな捨て子だった僕に優しくしてくれています、
これで使命を果たさなければ罰が当たると言うものです。そう自分に言い聞かせてきましたし、それが間違いだとは思っていません」

アリスから見て、彼の顔は嘘をついていない。が、同時にまだ本心を隠しているようにも見えた。

「じゃあどうして、魔法の森を歩いていたの、本当にただの散歩だったの?」
「それは……」
「本当は、新しい運命を探していたんでしょう? その使命とやらから逃れる、新しい分岐点を」

少年は無言でうなずいた。

「じゃあ、私の弟子になってみる気はない? 魔法使いである私のね」
「弟子? でも僕にそんな力があるでしょうか」
「才能がないなら、使用人として雇ってあげる。里への買い出しとかお願いするから。
だから……貴方が望むなら、一緒にいてもいいのよ」

言い終わり、アリスは自分の頬が赤くなるのを感じた。
一体自分は何故こんな事を言うのだろう? 同情心? 憐れみ? それとも、一緒に居ると楽しいから?

「ありがとうございます、僕、アリスと会えて本当に良かった」

少年は感謝の意を表し、けれどアリスの提案を固辞した。

「でも、僕は使命を果たそうと思います」
「どうして?」
「うちの里、アリスさんが言ってた里より小さくて、それにお察しの通り貧しいんですよ」
「…………」
「でも、みんな一生懸命生きているんです。僕はそんな人たちの支えになりたい」

そして椅子を立ち、お辞儀して別れを告げた。

「それでは、お邪魔しました。アリスさん、さようなら」

少年は玄関へ向けて歩いていく、ドアを開けた彼をアリスは呼びとめた。

「待って、一つだけ約束して、もし貴方の心が変わったら、またここに来なさい」

そう言って、一本の銀の鍵を強引に手渡した。鍵には魔法の文字で持ち主の名が彫られていた。

「もし私がいなければ、これでドアを開けて、鍵を閉めて待っていて。この鍵を持っていない者は、私以外絶対中に入れないから」
 
少年は泣きだしそうになるのをこらえて、精一杯の笑顔でアリスを抱きしめた。
彼のぬくもりと息遣いが感じられる。

「本当にアリスは優しいんですね。はい、もちろん約束します。もし機会があったらまた遊びに来ます。
もう一度アリスの焼いたクッキー食べて、人形劇見たいです」

そしてアリスをゆっくり離し、去り際にもう一度振り返ってアリスの顔を見、それから決心したように走っていった。

「約束よ、クッキーも劇も新しいの作って待っているから」

最後に見た彼の表情は、笑っているようでもあり、泣いているようでもあった。





それっきり、彼は現われなかった。
一週間、一カ月たってもアリスの家には来ない。
不安になったアリスは、以前彼を送らせた人形の記憶をたどってその里へ向かう。
森を抜け、山を登り、急流のある崖の下にその小さな集落はあった。家から近いとも遠いとも言えない距離だった。
里の人々はアリスを追い払いこそしなかったが、みな怪訝そうに彼女を見ており、そういう存在には慣れていないのだとアリスは悟った。
通りがかりの中年女性に彼の事を尋ねてみると、言葉少なめにある方を指差した。

「あの、大きめの家ですか」
「そうだよ」

その女性は後ろめたい事でもあるのか、足早に去っていく。
その家は単なるわらぶきの家に見えるが、どこか他と違う感じがした。
よく見ると、あちこちに木の格子が付けられていて、まるで座敷牢のようだ。
格子の窓から中を覗くと、内部は和室なのに洋風の調度品がいくつか並んでいて、
ふもとの里で見かけた玩具や本、それに食べかけの菓子などが散らばっていた。
格子さえなければ、良いところのお坊ちゃんの部屋といった雰囲気である。

「あんたが例のアリスさんか。あの子が世話になったな」

声がして振り向くと、着物を着た初老の男性がいた。聞けばやはり彼は少年の育ての親で、この家こそ少年の住んでいた家だった。

「あの、何であの子はこんな所に閉じ込められていたんですか? いまどこに居るの? 教えてください、ねえ教えてよ」

男性に詰め寄って問い詰めると、彼は気まずそうに答えた。

「あの子は、里のために……水神様の元へ行ったんだよ」


……捨て子、使命、格子だらけの部屋、大雨、水神様の元へ……


アリスは全てを悟り、乾いた笑い声が里人を驚かした。

「うふふふ、あははっ、なるほど、そういうオチね、そうきたか、あははははははは」

笑い声はやがて小さくなり、それに反比例して涙声が混じってくる。

「ふふふ、傑作、傑作よ、私が彼をひき止めていれば、もっと強く、強く……」

里の人間達への憎しみよりも、自責の念が彼女の胸を締め付けた。
笑い声が嗚咽に代わり、半分は里人たちへ、もう半分はアリス自身に向けて声を絞り出す

「……どうしてよ、あんなにいい子だったのは分かるでしょ。なんで助けられなかったのよ」

最後に振り向いた時のあの泣き笑い。本当はもっと強くアリスに引き止めて欲しかったのではないか。
でも彼の中の大きすぎる使命感がそれを邪魔した。
この際、いっそ妖怪が彼を襲い攫ったという形式を取ってでも家に置いておけば、里を裏切ったという罪の意識にさいなまれることなく生きていられたかもしれない。
強力な妖怪に捕われてはどうしようもない、と思えるから。
だがそれも、今となってはどうしようもなかった。

「わたしらがこんな事を言っても怒るかも知れんが、あの子は最後の時、あんたに貰った鍵を紐で硬く腕に巻いて、それで入水してくれた。
無理やりじゃない。あの子もあんたに感謝しているだろうよ」
「そんなこと、分からない」
「ええっ?」

アリスは立ち上がって訴えた。涙が地面を濡らしていた。

「分からないじゃない! あの子はこの里も、あなたも、私も、全て恨みながら死んでいったのかも知れないじゃない。
だったら彼の怨念が、いずれ里も私も飲み込むでしょうね。
でもこれは当然の報い。人一人死なせないとみんなを救えないなら、みんなが少しずつ努力すれば、誰も死なせないで済むとは考えないの!」

アリスは茫然と立ち尽くす男性を尻目に、里を出ていこうとした、もうこの里に用はない。
家々の陰で子供たちとその親たちが、不安そうにアリスを見ている。
彼女は足を止め、一人一人の顔を見た。
彼が命と引き換えに守ろうとした人間たち……。

「こうする以外になかった? 自分たちの運命を決めつけないで。運命に逆らってあがいて見せるのが人間の性でしょう?
こんな事は止めなさい。さもないと私が妖怪どもをひきつれて、この里を滅ぼすわ」

そう宣言して里を去った。

「だから言ったのに」 誰かがアリスにつぶやいた。
「全くよ」      アリスが応じた。





アリスはその後、ふもとの里へ降りて遺体が上がってないかを聞いて回った。
しかし里を守護する白沢も自警団も、水死体はここ最近見つからないと言っていた。
もしかして水妖にでも喰われたのだろうか、それとも、奇跡的に誰かに助け出されたのかもしれない。
遺体か墓と対面するまでは諦めきれず、アリスは人形劇を披露しながら情報を集める事にした。
おそらく今は亡き彼と対面してどうなると言うのか、そんな事はその時に考えればいい。そうアリスは思って行動した。

「さあさあ、グランギニョル座の公演が始まるよ~」

ある時、人形劇の途中に通りがかった宵闇の妖怪と目が合った。
蔑むような眼差しだった。お前も人間に媚びているのかとでも思ったのだろう。
それでも気にせず劇を続けるうちに、アリスに何人かの知り合いが出来た。
もともと里に留まる方便として始めた劇だったが、アリスはこれも楽しいと感じる余裕ができ始めていた。
だが少年の生死は全く分からない。
ふとアリスは気付いた。もしかして、彼は幻想郷からずっと離れた場所に流れ着いたのではないだろうか?
幻想郷はすでに博麗大結界で外界から隔離されたため、自由に行き来する事はもはやできなくなっている。
だとしたら情報集めも無意味。そう思ってからアリスは、情報集め兼人形公演の数を減らし、並行してある試みを行うようになった。
それは、魔法の技術を結集し、ラプラスの悪魔を呼びよせ運命を見る機械。
全てでなくてもいい、せめてあの時の彼の本当の気持ちを知りたい。
たとえそれが恨み事であっても、背負って生きていく。
10年かけてあらゆる科学、魔法、占いに関する文献を出来る限り読み漁り、様々な呪符や微細な歯車などを使い、
とうとう計算機械の形になったそれに質問を入力する。


~○○年○月○日時点での、この私アリス=マーガトロイドに対する、少年○○の本当の気持ちを走査せよ~


様々な時間の原子を走査する機構が動き、そこから得られた情報をもとに、人工の思考経路が質問にふさわしい答えを用意するはずだった。
しかし、現実は甘くなかった。1年間魔力を注入しながら走査と計算を続けさせても、一向に機械は答えを出さない。
いろいろと試行錯誤を重ねてみたが、答えを聞く事はほぼ不可能だと悟った。

「自然の摂理には逆らえないのね……」

この機械はどこかの道具屋に譲った。もしかしたら気まぐれな誰かが、このがらくたを種に何かを造り出すかも知れない。
そうなれば今までの苦労もまあまあ報われる。





あの日からもう100年以上が立ち、様々な事が起きた。博麗大結界が張られた前後に、博麗の巫女が代替わりしたらしい事。
かの宵闇の妖怪も人間と関わって切ない目に遭ったらしく、人肉食をぴたりとやめてしまった事。
スペルカードルールの制定で人妖間の争いが平和的なものに変わった事など。
そして時間とは残酷なもので、もう私自身、彼の事を思い出して悲しむ事が少なくなった。
どんなに言葉を飾ってもそうだったとしか言えない。
あの機械がどこぞの気まぐれな誰かによって掘り起こされ、目の前に再び現われるまでは。





「……とまあ、そんな所よ。お互いが抱いていた感情が恋愛だったのかは怪しいと思う。
だいいち出会ったのは3日程度だったわけだし、もう過ぎ去った事よ」

しんみりした雰囲気を変えるようにクールさを装うが、先程の泣きそうな顔を見られては説得力がない。
だがそんなアリスを、霊夢と魔理沙は決して笑わなかった。

「その少年、きっとアリスを恨んでいないと思うわ」 
「ああ、むしろ会えて良かったと思っているに違いないぜ」
「ありがとう。でも自分のせいで一人の命が失われてしまった可能性は否定できないわ。
人間自体はいくらでも生まれてくるけど、ひとりひとりの個体は二度と生まれてこないものね」

そう、本当にそうだとアリスは自分でうなずいている。

「しっかし捨て子を人柱要員として育てるかねえ普通?」魔理沙がしかめっ面をする。
「今ではもうそんな風習は過去のものらしいわ」 アリスが言う。
「きっとアリスと、その男の子が里の運命を変えたのよ」 と霊夢。
「そいつの死も無駄ではなかったと思いたいぜ……ん? 何か今の話おかしくないか」

急に魔理沙はある事に気がついた。

「どこがおかしいの?」
「アリス、お前あの機械は失敗作だって言ったよな」
「そう、計算には膨大な時間がかかり過ぎるらしくて、それが何年か何億年かは不明だけど、それで諦めたのよ」
「それで、今までその機械に入力した質問はどれくらいだ」
「ずっと、あの時のあの子の気持ち、それだけよ」
「と言う事は、ここで私が例えば、『霊夢の今の気持ちは何だ』って言ってもすぐ答えがでるわけじゃないんだよな」
「当然だけど、それが?」 アリスには魔理沙の質問する意図を掴みかねていた。

霊夢と魔理沙は顔を見合わせる。

「ということはだぜ?」
「そう言う事になるわね」

そして微笑む。

「もう、2人して何なのよ?」

2人は計算機にまだ表示されていた解答をアリスに読ませた。
100近く、あまりにも長い長い時を経てたどり着いた解答である。
その時のアリスの姿を鴉天狗が撮影しようとしたが、2人がやんわりと制止し、事情を知ると鴉天狗も気を利かしてそっとしておいてくれた。

「私も他人の気持ちを尊重するのにやぶさかではありませんから」
「良く言うわね」
「良く言うぜ」

その晩、3人は少年を偲び、静かに酒を酌み交わすのだった。

「アリス、きっとそいつは……生きていたと思うぜ」
「そう、ずっと私のなかで。改めて思い出した」
「いや、そう言う意味じゃなくて、まあそういう意味でも構わんが……。
死体が上がっていないと言う事は、たぶんどこかで生きていて、天寿を全うした。そうに違いない」
「根拠は?」
「ない! だが確実に死んだとも言い切れない」
「アリス、そう信じましょう。幻想だとしても、ここはその幻想の世界。その方が辛くないわ」





3人が寝静まった深夜、機械に光が宿り、別の文章が出力される。






本当はアリスと一緒にいたかった。
でもこれは僕の意志で行った事です。
決して誰も恨まないで下さい、自分を責めないで下さい。
もし生まれ変わる事が出来たら、またあなたに会いたいです、アリス。







そして機械の光は消え、その使命を静かに終えた。













Extra


とある大学の教室で、1人の女子学生が先輩の2人と話をしていた。

「蓮子先輩、マエリ……メリー先輩。うちのひいお爺さんの遺品なんですが、見てもらえますか」

その学生は、バッグから小箱を出し、中身のペンダントのような物を2人に見せた。
蓮子と呼ばれた女子学生は、そのペンダントを手にとって窓から射す日光にかざし、しばらく眺めてみた。

「ずいぶん少女趣味な遺品だね」

メリーと呼ばれた方がうなずく。

「そうね、ちょっと汚れている点を除けば、ファンシーショップにあってもおかしくないし」
「でもなんだかこれをみていると、不思議な感じがして……ほら先輩達オカルトサークルをやっているそうじゃないですか。
だから何か分かるかなあと思ったんです」

ペンダントは銀色の鍵の形をしており、鎖は後になってからつけたものらしい。

「ひいお爺さんはどうしてこれを?」 と蓮子が聞く。

「はい、なんでも小さいころに川で溺れたらしくて、そのときこれを腕にくくりつけていたおかげで助かったと言っていたらしいんです。
森の魔法使いのくれたお守りだって」
「ますますひいお爺さんってイメージには合わないわね」
「多分、溺れて必死にもがいている内に、偶然川底に沈んでいたのを掴んだとかでしょうね」

しばらく鍵型のペンダントを見ていたメリーが何かに気づいた。

「なんか文字が彫ってある」
「よく知りませんが、ルーン文字とかじゃないですか? それでその森の魔法使い、今は結界が貼ってあって行けないが、
確かに会って話をしたとも言ってました。可哀想だけど、多分妄想だと思います。だってうちの田舎信州ですよ。
そんなヨーロピアンな存在がいるわけないじゃないですか」

その女子学生は苦笑したが、2人は真剣に聞いている。やがて蓮子がペンダントを眺めながらしみじみとつぶやいた。

「でもね、多分、その幻想が支えになったからこそ、その人はどんな時代でも生き抜く事が出来たんだと思うわ」
「そうかも知れませんね、それで私もこの世にいるわけだし」
「だから、これはたしかに魔法のペンダントなのよ」 メリーが微笑んだ。
「そう考えるとロマンチックですね。ああそうだ、ご一緒にお弁当食べませんか?」
「いいわよ」


(結界か、行ってみる価値はありそうね、メリー)
(蓮子の言うとおり、これはひょっとすると久々の大ヒットかもよ)


そのペンダントは再びバッグの中にしまわれ、三人は談笑しながら食堂へ向かった。
銀色の鍵に刻まれた不思議な文字は、翻訳すれば、アリスと読めたはずである。
よくある悲恋ものと、SFものを混ぜてみました。
悲恋っぽいシーンはある恋愛小説、SFっぽいシーンはあるSF小説を中心として(もちろんどちらもこの話よりずっと良作です)、
他にだれでも思いつきそうなネタをブチ込んだものです。

最初はアリスの役割は霖之助の予定で、例の機械は別れた人間の女性の真意を知るために彼自身が作った物でした。
あるいは少年を少女にして、後のにとりである(胸の鍵が例のそれ)と言う風にしようかとも思いました。

あと絶対バーニィの最後のメッセージみたいだと言うなよ、絶対だぞ。

少年はお前の自己投影だろうと言われたら辛いですが、私はこの少年ほど純真でもなければ、
使命感あふれるわけでもないので大丈夫でしょう、多分。
とらねこ
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コメント



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3.90名前が無い程度の能力削除
予想していたよりも感動的なお話で、内容が良くとても面白かったです。
後書きにある、少年がにとりの場合も面白そうで気になるw
5.80奇声を発する程度の能力削除
良いお話で面白かったです
6.90名前が無い程度の能力削除
程ほどの長さでほっこり出来て良かった。
文章を書く才能があると思う。
8.無評価名前が無い程度の能力削除
最初のなんでもないと思われた言葉が伏線で、綺麗に回収されてとてもすっきりしました。きちんとまとまって、でもまた新しい話が始まる予感をさせる終わり方がとても素敵だと思いました。にとり版の設定で書いた話も面白そうですね、読んでみたいです。
9.100名前が無い程度の能力削除
最初のなんでもないと思われた言葉が伏線で、綺麗に回収されてとてもすっきりしました。きちんとまとまって、でもまた新しい話が始まる予感をさせる終わり方がとても素敵だと思いました。にとり版の設定で書いた話も面白そうですね、読んでみたいです。
10.無評価名前が無い程度の能力削除
↑すみませんふたつ上の間違えてしまいました
12.703削除
最初のメッセージが伏線だったのは完全にやられた。
書きたいことを書ききったSSなのだろうなーと思いました。