「魔理沙~ひま~」
「へぇ」
「へぇ、じゃなくてさ~」
「ほぉ」
「う~ん……魔理沙~ひまひまひまー!」
「そーなのかー」
「魔理沙わざと言ってるでしょ……」
魔理沙は私なんて気にもしないように、黙々と作業を続けている。
手元のキノコを熱したり、本に何かを書いてたり。
私はそんな魔理沙の様子を見ながら、だらだらと床に転がっていた。
暇だ。どうしようもなく、暇。
外が晴れていればすぐにでも出かけるんだけど、あいにくの雨だから仕方がない。
私の口から出てくるのは、ひま、ひまと本当にただそれだけ。
「ルーミア」
「……あ、魔理沙?」
ようやく魔理沙が私の方を向いてくれた。
遊んで欲しいとは言わないけど、せめて構って欲し――
「あのな……少し黙っててくれないか?」
「……え?」
「研究中は邪魔すんなって言っただろ?」
確かに言われた覚えがある。
――魔法使いの本業は研究。だから仕方ないことくらい分かっているんだけれども。
暇な物は暇。それはどうしようもない。
魔理沙の魔法の研究みたいに、やらなきゃいけないこと、みたいなのが私には無いから、こういうとき私は結局暇になる。
雨が降るというだけで、こんなにも暇になるものだろうか。
今まであまり感じなかったような気がする。
「おい、ルーミア」
だらだらと床に転がることを再開した私に、魔理沙がもう一度呼びかけてきた。
もう、魔理沙に話しかけようと言うつもりは無い。
「……何? 静かにしてるよ?」
「外見てみ、外」
いつの間にか雨は止んでいた。
――と言っても、5分後にはまた降ってきそうな感じの天気だ。
「今日お前に構うつもりはない。それだけ言っておく」
「……魔理沙のけちー」
「誰のせいだと思ってるんだ……」
「え?」
「……なんでもない」
魔理沙はそう言うと、再び作業に戻った。
昨日は一緒に遊んでくれたのに、今日になったら急にこんな様子。
でも、私のせいで集中できていないのかもしれない。そう思うと、なんだかちょっとだけ悪い気がしてきた。
「……どこ、いこっかな」
――といっても、私に行く場所なんてほとんどない。
だからこそ、魔理沙の家に住み着いているようなものだ。
住み着いてると言っても、毎日寝泊りしてるワケじゃない。
魔理沙と出会う前は洞窟とかにこもってたワケだし、特にどこどこに住んでる、ってことも無かった。
だから、今でも前に住んでた洞窟やら仲のいい妖精たちの寝床なんかで寝てたりもする。
そうだ、いつも遊んでいる妖精たちの所に行くのもいいかもしれない。
どうせ彼女たちも暇だろう。それだったら昨日の夜、魔理沙に教えてもらった、トランプをやってみるのもいいかもしれない。
そうじゃなくても、彼女たちとなら雨の中で遊んでも楽しそうだ。
――と、そうと決まったらこうはしてられない。
またいつ雨が降ってくるか分からない。だったらすぐに出かけなきゃ。
無駄に雨に濡れたくはない。
私は魔理沙の机からトランプを持ち出すと、急いで外へ出た。
――――――――――――――――――――
「うわぁ、やばやば」
魔理沙の家を飛び出してから数分。
雨が降り出し、それはいつの間にか強くなっていた。
しかも、焦ってたのかどうか分からないけど、方向を間違ったみたいだ。
いつもの湖が見えてこない。
雨がいよいよ激しくなってきた。
どうしよう。とりあえず雨宿りがしたい。
ちょっとした小屋でも見つかればいいんだけど、ここは魔法の森。
そんなものが簡単に見つかれば苦労はしない。
――魔理沙のところに住み着くようになってから、楽な生活をし過ぎたような気がする。
考えてみれば、以前は雨なんてこんなに気にしなかったはずだ。迷ったりなんかもしなかったし。
「……あれ?」
あたり一面緑の景色に、浮かび上がる一点。
あれはどう考えても、家である。
しかも、そこそこ大きい。
不自然にも程があるけど、魔理沙の家だって似たようなものだ。いや、姿形は全然違うけれども。
こんなところに住む変な人がもう一人くらいいたっておかしな話じゃない。
人がいなければラッキーだけど、なんだかいそうな雰囲気だ。
とりあえず、ここに一時避難することにしよう。
入り口の側に回る。
ええと、こういう時なんていうんだったかな……
「……ごめんくださーい」
合ってるかな?
後は人が出てくるのを待つだけ。
少しの間待っていると、がちゃ、と言う音と共に扉が開いて、中から女の人が出てきた。
魔理沙より背の高い、金髪の女の人。大人、って感じがする。
「……何か用かしら」
魔理沙みたいに変な人だろう、と勝手に思ってたけど想像と全然違った。
ほんのちょっとだけ緊張する。
「雨宿りしたい」
「……ふ~ん」
「じゃあ入るね」
これで大丈夫、たぶん。
言わなきゃいけないことは全部言ったはずだ。
全部魔理沙に教えてもらったことだけど。
「ちょっと待ちなさい」
「……へ?」
女の人の横を抜けて中に入ろうとしたら、手で止められた。
何か悪いことをしただろうか。
「貴女、びしょ濡れじゃない」
「うん」
びしょ濡れ、と言うほどでもないけど、確かに服は濡れていた。
この状態で家に入っちゃダメ、ということだろうか。
魔理沙の家だったら、魔理沙自身がびしょ濡れだろうとお構いなしである。
「このままじゃ、風邪引くわよ」
「……そーなのかー」
私は妖怪だから風邪なんか引かない、と思う。
風邪がどんなものかは分かる。以前妖精達が辛そうに寝ていたから。
特になんとも思わず、私には無縁だなぁ、なんてなんとなく感じてたけど。
「ほら、タオル」
「……うん」
「コレでちゃんと拭きなさい」
――と言われても、やったことがないのでよく分からない。
以前雨で濡れた時は、魔理沙が強引に拭いてくれた。
でも魔理沙に会う前はと言うと、乾くまでずっとそのまま待ってただけだったと思う。――と言うより、気にしたことが無い。
「ええと……」
「……何してるの」
さっきの女の人が、しゃがんで私と目線を合わせた。
目の色が少し魔理沙と違う気がする。目なんてじっくり見たこと無いけど、綺麗な感じがする。
ふと、普通の人なんだろうか、という疑問が沸いてくる。いや、こんなところに住んでる時点で普通なワケが無いのだけれども。
私が抱いた疑問は、この人は人間か妖怪か、ということだ。
私は妖怪だから、相手が人間か妖怪かなんて、なんとなくでつかむことができる。
匂い、というかなんというか、そんな感じで大体分かる。
でも、この人は妖怪なんだろうけど人間の匂いがする。
何故かは分からない。
私はじっと女の人の目を見続ける。
どういうことか、不思議そうな目をしている。
「……何してるの」
「あっ、うん」
「……タオルは妖怪には無用だったかしら? でも、部屋が汚くなるからちゃんと拭かなきゃダメ」
そう言うと、女の人はわたしの髪をわしゃわしゃとタオルで拭きだした。
魔理沙の時みたいな強引さが、全く無いやり方のせいで。
魔理沙の時みたいに抵抗をする気が全く起きなかった。
なんだか、私の味わったことの無いような感覚。
やっぱり、魔理沙のところに住み着くようになってから、私は変わってしまったのかもしれない。
それが良いのか悪いのかは、自分では分からないけれど。
「はい、終わり。入りなさい」
「おじゃましまーす」
「……あら、そういうことを言う妖怪は珍しいわね」
「魔理沙に教えてもらったの」
そんなことをしゃべりながら、二人で家の中に入っていく。
ドアを開けてすぐ見えたのは、外から見たのと変わらない、大きな空間。
きっと、魔理沙の家より大きさは二倍くらいあるんだと思う。
でも、ところどころに散乱してたり、壁に立てかけてる人形が部屋をせせこましい場所に見えるようにしている。
もしかしたら、そこらにある箱にも人形が入ってるのだろうか。
やっぱり、変な人だ。
「そうね、やっぱり魔理沙のところの妖怪よね」
「……え?」
「いや、そんな話を魔理沙がしてたなー、と思って」
「ふーん」
そういえば、魔理沙、という名前を出してもこの人は何も聞いてこなかった。
魔理沙を知ってる、だけでない。魔理沙と仲がいいのかもしれない。
だって、この人は私のことを知っているから。
――そういえば、この人って誰だろう。
急に、そんな疑問が浮かびあがった。
「ねぇねぇ」
「……どうしたの?」
「誰?」
女の人の方を指差して、そう聞いてみる。
「誰って……抽象的過ぎて分からないけど」
「なんていう名前?」
「名前? 名前はアリスよ。アリス・マーガトロイド」
「ありす?」
「そう、アリス」
アリス。聞いたことがある。
魔理沙がこの前人里に連れて行ってくれたとき。確かその時に聞いた名前だ。
その時のことを、必死に思い出す。
「……そうだ!」
私が大きな声でこう言うと、女の人――アリスは、もう一度私の顔の方を向いた。
「おいしいもの作ってくれる人だ!」
「……私が?」
「うん」
偶然だと思うけど、私は今日とても運がいいんだと思う。
奇跡的に雨宿りが出来た上に、おいしい食べ物にありつける。
これ以上の幸運は無いような気がする。
「……もしかして、魔理沙がそんなことを言ってたの?」
「うん。おいしいもの作ってくれる人だ、って言ってた」
「本当に?」
「うん」
確かそんな感じのことを言ってたはず。
これ以上は考えるのもめんどくさいし、どうでもいい。
人の言ったことなんて、大事な部分だけ覚えてればいいし。
「料理は一応申し分程度には出来るけど……」
「うん」
「魔理沙はほかに何か言ってなかったの?」
「えー……」
めんどくさいと言ってるのに。いや、言ってはいないけど。
「えーとねー」
「うん」
「アリスの家に行ってー」
「……それで?」
「おいしいものを食べさせてくれるって言ってた」
「……そう」
これで寸分も間違いは無いはず。
言ってること自体はさっきとあんまり変わってないように思えるけど。
「分かったわ。とりあえず、そこでくつろいでなさい」
「うん」
アリスは部屋の片隅にある椅子の方を指差した。
少し、長い椅子だ。
なんだか柔らかそうなので、倒れこんでみる。
「んむ」
ぼふっ、と音がして顔が埋まった。
全然見たことの無い椅子だ。もしかしたら、本当は椅子じゃないのかもしれない。
でも、座るためにあるものだとしたら、コレは椅子なんだろう。
「何してるの」
「ねぇ、コレなに?」
「それ? それはソファーだけど」
「そふぁー?」
よく見ると、顔が埋まったのは椅子自体ではなく、隣にあるまん丸な形の――
「それはクッションね」
「……くっしょん?」
「知らなくてもいいわ、別に」
確かに知らなくてもいい。特に知りたいわけでもないし。
とりあえず私はこの長い椅子に寝転がることにする。
「むー」
やっぱりやめた。
暇だから魔理沙の家を飛び出してきたのに、これじゃあ本末転倒だ。
私が寝転んだのを見て、アリスは壁際にある机に向かっていた。
「ねぇねぇ」
アリスを呼び止める。
アリスは不機嫌そうにも見える無表情で、私の方を見た。
相変わらず、目が綺麗だなぁ、なんて思いながら私はアリスの目をじっと見つめる。
「……何?」
私の方を向きながら、アリスは机の前にある椅子に腰掛けた。
私が寝転がっている椅子――もう名前はなんだったか忘れたけど、それとは違う、普通の椅子だ。
「ひま」
たった二文字の短い言葉。
アリスはそう言われてから私のほうをじっと見つめて多分だけど、分かったわ、と言うような表情をした。
「上海、遊んであげなさい」
アリスはそう言うと、机の方向に向き直り、目の前にある本を取って読み始めた。
魔理沙の本を読んでいる姿はなんとなく変な気もするけど、アリスの本を読んでいる姿は、確かに頭がよさそうな感じがする。
いや、そんなことはどうでもいい。
「暇なんだけど――」
もう一度アリスに呼びかけようかと思ったその時、不意に後ろから声がした。
――声と言うよりは、音に近いような気がする。
でも、何かを喋ってるように聞こえるし、声なんだと思う。
よく見てみると、それを発しているのは人形だった。
私の背丈よりもずっと小さな、可愛い人形。
「……人形?」
私が人形に向かって喋りかけると、人形はよく分からない言葉を発した。しゃんはい?
アリスは、私にコレと一緒に遊べ、と言ってるのかな。
人形と遊ぶって言うのも、変な話だと思う。それに、動く人形なんて聞いたことも無い。
――元々、人形自体ほとんど見たことが無いけど。
「まぁいいや」
ポケットに入れていたトランプを取り出す。
小さなケースに入っていたから、トランプだけは雨に濡れていない。
「これやろうよ」
人形に向かってトランプを差し出す。
相変わらず人形は変な言葉を発しながら、トランプを手に取った。
そして、それを返された。頷いているって言うことは、多分いいってことなんだろう。
やっと暇がつぶせるなぁ、なんて考えると、自然と笑みがこぼれてきた。
なんとなく視線を感じて、アリスの方を向いてみる。
――やっぱり、アリスが私の方を向いていた。
「どうかしたの?」
首をかしげながら聞いてみた。
でも、アリスはまた机のほうに向きなおして、ふぅ、と溜め息をつくと、また本を読み始めた。
なんで溜め息をついたんだろう。
よく分からない。
ふと、また後ろから声がした。人形の声だ。
「うん、じゃあばば抜きしよう」
振り返って人形に声をかける。
考えてみれば、トランプをする対象が妖精から人形に変わっただけだ。
多少人数は減ったけど、暖かいところで出来るし、なんだか居心地も悪くない。
「ルール教えるね」
人形にルールを教えるって言うのも変な話だなぁ、なんて改めて思いながら、私は人形にトランプを配った。
――――――――――――――――――――
「む~ん」
トランプを始めてから二時間くらい。
同じゲームをコレだけやってると、流石に飽きてくる。
そういえば、ばば抜きは多人数でやったほうが面白い、って魔理沙が言ってた。
だから今度トランプするときは湖に居る妖精達とやろう、って決めていたんだった。そういえば。
「う~ん」
トランプを放り出して長椅子にもたれかかる。
後ろの人形が何か言ってるけど、どうせおんなじことしか言わないから気にしないことにする。
ふと横を見る。
窓から見える景色は、すでに日が沈んで一面黒模様になっていた。相変わらず雨は降っている。
反対側の横をみる。
そこには、相変わらず本を読んでいるアリスが――
「あれ」
アリスが居なかった。
ほんの一勝負前には居たと思ったのに。
ふと、部屋の奥の方から音がした。
なんとなく、覗いてみる。
「……あら」
そこには、エプロンを身に着けたアリスが立っていた。
相変わらずの無表情。
両手に何かを持っていたけど、何なのかはよく分からない。
でも、何をしているかは分かった。
「料理だ」
「……そうだけど?」
やっぱりおいしいものを作ってくれるんだ。
そう思うと、無意識に顔から笑みがこぼれてくる。
いや、無意識じゃない。もうアリスにとびっきりの笑顔を見せてあげよう。
私はおいしいものが好きだってことの、最大の表現。
魔理沙にこの顔をしたら、なんだか魔理沙は優しくしてくれるから、きっとそういうことなんだろうと思う。
「部屋に戻ってなさい、もうすぐできるから」
「は~い」
ちょっとだけ、アリスが笑ったような気がした。
――そういえば、アリスは魔理沙と居る時、どんな表情をしてるんだろう。
魔理沙には不思議な魅力みたいなものがあって、私はなんとなく魔理沙についていってしまった。
でも、魔理沙は私を大切な友達だって言ってくれてる。それが、すごくうれしい。
アリスも、そういった類の友達なんだろうか。
「む~」
考えても分からないから、後でアリスに聞いてみよう。
とりあえず、おなかが減ったからアリスの作った料理を食べたい。
そう思うと、今考えたことなんかどうでもよくなってきた。
居間にあるテーブルを見つけると、私はそこで食事をするんだろうと思った。
だから、そこの椅子に座って待つことにした。
楽しみだなぁ、なんて思いながら。
「出来たわよ」
思ったよりも早くその時は来た。
アリスが料理を持って私のところに来る。料理はお盆にのっていた。
そして、二つあるお皿の片方を、そばに居た二つの人形が持ち上げて、私の前にそれを置いた。
アリスも自分のお皿を片手にとって、椅子に座る。
すると、お盆にのっていた二つのフォークのうち、片方を私のほうに差し出した。
フォークを受け取ってから、素朴な疑問を口にする。
「……これなぁに?」
ベージュ色のソースがかかった、巻くようにしている大量の麺。
麺類ってことくらいしか分からない。
麺と言えば、人里で今流行のラーメンを、魔理沙と一緒に食べたことがあるくらいだ。
「パスタ……って知らないかしら」
「しらない」
聞いたことも無い。
魔理沙はここでいつもこんな料理を食べているのだろうか。
「……まぁ、コレよ。そうとしか言いようが無いわ」
「ふ~ん」
「……早く食べなさい。冷めちゃうわよ」
「いただきます」
確かに、冷めた食べ物はおいしくない。
アリスの言うとおりにする。
使い慣れていないフォークを使って、麺を口の中に流すように入れた。
「んぐ、あち」
「熱いから気をつけなさい」
「んぐむぐ」
確かに熱い。
熱い、けど――
「こら、普通そんなにがっつくかしら」
おいしい。
ものすごくおいしい。
右手が止まらない。止める気もない。
絶妙、って言うんだろうか。この前魔理沙が教えてくれた、じゅーしー、って言うんだろうか。
いや、そんなことはどっちでもいい。
熱いソースが顔にはねるのも気にならない。
「パスタ、って言ったけど、正式にはカルボ――」
「はふはふ、むぐ」
「……聞いてないか」
アリスが何か言ってるけど、それも気にならない。
魔理沙の言ってたことは、正しかった。
やっぱりアリスはおいしいものを作ってくれた。
朝はずっと暇だったし、雨も降ってきて大変だったけど。
そんなことが全部晴れるくらいに、今が幸せだ。
でも、そんな幸せも続かない。
気がついたら、パスタは残り一口になっていた。
「む~」
仕方ない。食べ物は食べたら無くなる。
私はフォークで最後の一口を、お皿を持って口に流し込む。
そして、最後の幸せを堪能する。
「ルーミア」
ふと、声がした。アリスの声だ。
もしかしたら、名前を呼ばれるのは初めてかもしれない。
「……いる?」
「……うん!」
全速力で首を縦に振る。幸せ続行決定。
私の反応で、アリスはすぐに私のお皿を手にとって、アリスのお皿の上のパスタを半分乗せた。
もう、三口四口くらいだけど、それは私にとっては三回、四回の幸せだ。
さっそく、もらったパスタを食べ始める。
――そういえば、前に魔理沙と人里へ言った時も、こんな感じだった気がする。
なんで二人とも私に自分の分を分けてくれるんだろう、と思ったけど分かるような気がしなかったので、考えるのをやめた。
おいしい食べ物があるから、幸せ。
きっと、それだけでいいんだと思う。
「……そんなに喜んでくれると、流石に嬉しいわね」
「うれひいの?」
「……まぁ」
そーなのかー、と思った。でも、思ったのはその一言だけじゃない。
食べている分を飲み込む。
「私だって嬉しいよ」
「ありがとう」
またアリスが笑ってくれた。
なんでかお礼を言われて、それがなんとなく気恥ずかしい。
それをごまかすのと、次の一口を食べたいのと半々で、私はパスタをまた口に運んだ。
――――――――――――――――――――
「ごちそうさま」
アリスがそう言ったとき、私はもう食べ終わっていた。
また、どこからともなく人形が出てきてお盆の上に私のお皿を乗せる。
そして、アリスがそのお盆を持って奥の部屋に消えていった。
幸せだったなぁ。
またパスタ食べたいなぁ。
――だから、また来たいなぁ。
そんな風に思うけど、今日来たのは雨が降ったからであって、来たくて来たワケじゃない。
だから、私がもう一度ここにくる理由が無い。
でも、もしかして魔理沙についてくればまたここに来れるだろうか。
「どうしたの?」
「んん?」
いつの間にかアリスが目の前にいて、びっくりして変な声が出てしまった。
どうしたもこうも、別にどうもしてないと思う。
「いや、何でもないよ?」
「……そう? 何か悩んでいるように見えたから」
「ふぅん。アリスって優しいね」
「……そうかしら」
優しいと思う。だって、よく考えてみたら私はここに押しかけてきた、ただの一妖怪。
そんなのにご飯まで作ってくれるなんて、普通の人だったら絶対にしない。
そんなことをするのは、とてつもなく優しい人か、とてつもなく変な人だと思う。
あるいはその両方か。
「アリスって変な人?」
「……そう言われても」
いや、確かに変な人だ。
私はアリスに最初会ったときからずっと思ってたから間違いない。
なんで私はこんなこと聞いたんだろう。
「ルーミアも、十分変よ」
「えー」
「たまに、森で迷った旅人なんかを泊めたりしてるけど」
「ふぅん」
「大体は気味悪がって泊める前に逃げ出しちゃうもの」
「そーなのかー」
こんなおいしいものを作ってくれるというのに、逃げ出すとはどういうことだろう。
「あなたが妖怪だから、かしらね」
「ふぅん、分かんないや」
妖怪も人間も、おいしいものを食べたい気持ちは同じはずだ。
そんなの分からないに決まっている。
「あなたは今日、どうするの?」
「どうするって、何?」
「ほら」
そう言って、アリスは外のほうを指差した。
真っ暗闇でよく見えないが、雨が降っているのは分かった。
「うるさいから雨の音は聞こえないようにしてるけど、かなりの大雨よ」
「うん」
確かに、これでは魔理沙の家に帰れない。
困ったなぁ、と思いながらアリスのほうに目を見やる。
すると、目が合った。
5秒くらいの沈黙。お互いに何も喋らないまま、目だけを合わせている。
「……泊まる?」
「やったぁ」
私がそういうとアリスは、ふぅ、と溜め息を一つついた。
溜め息なのになんだかちょっと嬉しそうに見えたのは気のせいだろうか。
「妖怪を泊めるなんて初めてよ」
「そーなのかー」
「今用意するから待ってなさい」
ご飯を食べたばかりで、眠くなってきた。
もう夜も結構遅いみたいだし、もう寝る時間かな。
「あ、だけどルーミア」
「なに?」
後ろからアリスの声がしたので振り向く。
「泊める、と言っても寝る所は私のベッドしかないからそこのソファーで寝てもらうけど」
「え~、そこで寝るの?」
「布団を今持ってくるわ」
アリスはそう言うと、布団の用意に向かった。
確かにソファーはふかふかで、寝心地は悪くなさそうだ。
――椅子で寝るっていうのに、変な抵抗があるけど。
「お待たせ」
アリスが布団を持ってこっちへ来た。
ソファーに、丁寧に布団を敷く。
場にちょっとした沈黙が流れる。
「あのね」
「ん? どうしたの?」
そういえば、ごはんを食べる前に感じた疑問があった。
ずっと気になっていたから、それを聞かないと寝れないような気がする。
「アリスって、魔理沙とは仲いいの?」
「魔理沙と?」
単刀直入に聞いてみる。
するとアリスは、少し悩んでいるような表情になって、動かしていた手を止めた。
「仲が良い、と思う?」
「うん」
「そう……そうね」
何を言ってるのかよく分からない。
「私と魔理沙はどちらも魔法使いだけど、魔理沙と違って私が人間ではないのは分かる?」
「うん、分かるよ。でも人間みたいな感じもする」
「それは、出来るだけ私が人間に近い存在であり続けようとするからなの」
アリスは布団を置いて、ソファーに座った。
そしてもう一度私のほうに向き直る。
「あなたには分からないかもしれないけど、魔理沙といるのはそういう部分が強いわ」
「ふぅん」
人間の友達がいないと人間らしくない、ということだろうか。
アリスの昔がどんなだったかは知らないけど、きっとそうしなきゃいけない理由があるんだろう。
「じゃあ魔理沙は好きじゃないの?」
「う~ん……そういわれると、ね。よく分からないわ」
「わかんないの?」
「同じ魔法使いだから知り合った、っていうのもあるかもしれないけど」
「うん」
「確かに、魔理沙には変な魅力があるからね」
私も同じ風に思う。
やっぱりこの人もなんだかんだで魔理沙が好きなのかもしれない。
「あなたは、魔理沙のことは好き?」
「うんっ!」
勢いよく返事をする。
魔理沙が好きな気持ちは、まったくもって嘘偽りのないものだから。
「でもね」
「……なに?」
一呼吸置いて、アリスのほうをじっと見る。
「アリスのことも好き!」
「……そう? ありがとう」
「だって、おいしいもの作ってくれるもん」
「ふふ、そうね」
でも、それとは別になんだかアリスは好きになれそうな気がした、というのもある。
だって、一緒にいて楽しい、と思うから。
魔理沙仲間なのだからかもしれない。
「じゃあ、もう寝ましょう」
「え~」
もっとアリスと一緒にいたい。話がしたい。
寝る時間を割いてでも、遊ぶ時間を削ってでも、アリスと話がしたい。
そんな風に思いながら、アリスの目をじっと見つめる。
じっと、何秒でも、何分でも。
「……一緒に、寝る?」
仕方ない、と言った表情でアリスは私に問いかけた。
思いきりよく首を縦に振る。
今日、アリスの家に来れてよかったなぁ、なんて漠然と思う。
「ふふ、なんだか娘を持ったみたいね」
「そーなのかー?」
どんな話をしようかな。
いつも一緒に遊ぶ妖精達の話をしようか。それとも、好きな食べ物の話でもしようか。
――いや、きっとするのは魔理沙の話なんだろうなぁ。
そんなことを考えていたら、私の顔を見ていたアリスが、また小さく微笑んだ。
だから、私も一緒に笑った。
アリスの、落ち着いているんだけど色々と弱い、優しい所が好きです。
狙って書いているとしたら恐ろしい限りです。