魔理沙などには意外がられるが、インドア派な私はこうした遊びが苦手ではない。
苦手ではない、というだけで積極的に遊ぶかというと必ずしもその限りではないのだが、手持ち無沙汰なときの消極的な暇つぶしとしては都合がいいものだ。
もっとも、手持ち無沙汰でないときのほうが少なかったのだが。
トランプ、花札、チェス、バックギャモン。こうしたボードゲームにはそれなりに親しみがあったものの、飽きっぽい性分なのか長く一つのものに打ち込むことはなかった。
将棋もそのひとつで、ルールはちゃんと把握していたものの大した腕というわけではなかったし、興味も薄かった。
というか、大概においてこうした遊びの相手である、おそらく、幻想郷で最もインドア派な――もちろん、2位は私だ――図書館の魔女の教え方は放任主義で(これでも、かなり彼女に配慮した表現だ)上達の助けになるとは言いがたいものだったし。
というわけで、いくつもある私の消極的な暇つぶしの一つにすぎなかった”それ”が、再び目に止まるのはちょっとしたきっかけが必要だったわけだ。
* * *
来客のもてなしというのは、古来、外交交渉ともいえるような重大な意味を持つこともあった。
ゆえに、古今東西そのための作法を継承し、プライドをかけて(このあたりは、往々にして理解できないが)最高の待遇を与えようと競った、らしい。
そうした文化はヨーロッパにおいても例外ではなく、名家の末裔を自称するレミリア・スカーレットにとってはパーティは自己主張の場であり、畏怖させる場なんだろう。
犬も食えないプライドを世界一愛するお姉様にとって、来客がないというのはまったくもって我慢のできない事態であるらしく。
不定期に、ありていにいえば彼女の気まぐれによって適当な客が館に招かれていた。
若干辛辣に言ったが、無味乾燥なインドア生活に変化をもたらすイベントとしてはそれなりに気に入っている。
もっとも、そもそも会えないことも、あるいは私から会おうとしないこともしばしばあるのだが。
その時の来客は姉から十二分に頑丈というお墨付きを受けた相手であり、お目通りがかなったわけだ。
「お久しぶりですフランドールさん。どうですか一部」
「ん、ありがと」
今日の客はよく言えば退屈しない、悪く言えば退屈できない天狗だった。
毎度よこしてくる新聞は、それなりに楽しみでもあった。気分ののらない日、なんてのももちろんあったが。
そんな”気分ののらない日”を経験してもなお変わりなく接してくる相手は貴重でもあった。
姉の太鼓判つきの頑丈な相手というわけだ。
「へえ、魔理沙ったらそんなことしてたのね」
「ええ、ええ。追っているだけでネタには困らない方です。新聞記者としてはありがたい相手です」
確かにそうした記事は見新しいが、一方でいつしか見飽きたような記事ばかりにも感じるようになるんじゃないかと思ったりもする。
つまらないと思っているのではなく、私が一番楽しみにしている部分であるゆえに、心配なのだ。
そんなことを思いつつ斜め読みで紙面をなぞっていくと、隅の記事が目に入った。
「……名人戦?」
「ああ、それですか。いやはや、妖怪の山でやる身内の企画のようなものでして、こうした記事は本分に沿うものではないのですが、あやや、悲しくも私も組織の一員、社会の一員としての責務を……」
「ながいー」
「あやや。将棋に興味でもおありですか? 半ば身内の企画とはいえ、八坂神社も噛んでますし外からの参加者を無下にするってこともないんじゃないですかねー。もっとも、有象無象の人間が幾百年幾千年生きた私達に敵うとは思いませんが、あなたなら必要十分! ……”あの”吸血鬼の妹が殴りこみ、なかなか素敵じゃないですか」
どうやら、妖怪の山にもそれなりに紅魔館の名は知れているらしい。おまけ扱いなのは仕方ないとは思うが、少し気に食わない。
「お生憎。ルールを知ってるくらいかな。私なんかよりパチュリーの方が遥かに強いよ」
「そりゃ残念。そうですか、パチュリーさんですか。確かにこうしたボードゲームは強そうですが、いかんせんインパクトが……」
「もう、私もパチュリーも出るなんて言ってないよ。ちょっと目新しい記事だったから読んでみただけ」
「あやや!? それは私の記事に目新しさがないということでしょうか!? フランドールさん、そこのところ詳しく!」
「はいはい」
追いすがる文を振り払い、自室に戻ってゆっくりと目を通してみる。
外出の名分としては、それなりに有効なものだろうかと思う。
明らかに冗談めかした口調であったが誘いの言質はもらったし、これを当主が横から蹴るのは失礼にあたるんじゃないかな。どうだろう、あいつの価値観は割とテキトーだしな。
まあ、仮に許可がもらえるとしても開催は再来月。本気で打ち込んだとしてもとても間に合うようなものではない。
妖怪の山に、それこそ中毒者とも言えるようなのがゴロゴロしていることは想像に難くない。
ただ。併記されている『級位者向けの大会もございます』という一文は、名分ぐらいにはなってくれるんじゃないかな。
そのときは、そんなわずかな期待を持っただけに過ぎなかった。
* * *
「天が呼ぶ、地が呼ぶ、我が呼ぶ! 誰が呼んだか比那名居天子!」
「小悪魔、咲夜に門番に減点1と伝えておいて」
今日の客は客じゃない方の客らしい。
「白黒に聞いて来てみたけど、聞いた通り黴臭いところねー」
「黴臭くないのは6時の方向よ」
「あー、なんかやってるー、それ将棋ね将棋、私知ってるわ!」
あれから、とりあえずパチュリーのとこに教えを請いに来たわけだ。
出る予定もつもりも決まっちゃいないが、私にとっては予定が半分もあること自体珍しい。
幸いにして今日のパチュリーは付き合いがよく、まあまあうまく事が運んだ。
「暇にあかしてる天人はこういうの得意なのよねー。麻雀、囲碁、バックギャモン、なんでもござれよ」
「将棋は?」
「花札、五目並べ、双六あたりは私の得意な分野ね」
「将棋は?」
「ルールは知ってるわよ、ルールは。大丈夫大丈夫いけるいける」
動かない大図書館がすくっと動く。
「よろしい、6枚落ちで相手してあげるわ。2人ともまとめてかかってらっしゃい」
* * *
「将棋には駒落ちというルールがありまして、これは実力に明らかな優劣がある対局者のためのハンデマッチです。
2枚落ちは飛車と角行、4枚落ちはそれに加えて左右の香車、そして今回行う6枚落ちは更に左右の桂馬を落としたものです。
今回はそうしたハンデに加えて、二人の相手と同時に指す”2面指し”も合わさっていますわ」
「説明ありがとう、咲夜」
「お褒めいただき恐縮の限りですわ」
いつのまにか咲夜が私達を見守っていた。
淹れてもらいたての紅茶の入ったカップをパチュリーが置く。
「……まだ20手やそこらだっていうのに、まったく対照的ね……あなたたちは」
ひたすら攻めかかる体制を築いている私。一方、天子の盤面を見るとがっちりと金銀の中に玉を収めていた。
「蔵書の『妖怪を足して2で割る魔術の手引き』が役立つときがきたわね」
「あってたまるかそんなもの」
喋りながらも手は止めない。桂馬がパチュリーの陣地に噛み付く用意を決めた。
守りの金を剥がしに行く。
かわせば3三角成と角を切って、同金には2二金と打ち込んで詰みだ。
かといってここでみすみす金を剥がされるようでは辛いだろう。
と、考えていると△4四桂。角の利きを弱めつつ、飛車に当てた手だ。
仕方なく飛車を引く。
そこで△3二金と寄られる。
どう動いても銀が取られてしまう。しまった、しくじった。
* * *
その後なんとか暴れてみたものの、もとより実力差がある戦い。
ハンデ分の駒を取り返された後は歯が立たなかった。
「むー」
「攻めてばかりだからいけないのよ、バランス取りなさい」
「吸血鬼は究極の偏食主義だよ」
「知ってるわ」
口で言うくらいじゃ聞かないのもね、とパチュリーが呟く。
「なら、やるからには徹底的になさい。例えばさっきの局面」
「ここで飛車を逃げるんじゃなく、△4二銀成と殴り合いに出なさい。桂馬が飛車を取れば△3三角成で勝勢よ。
攻めが好きなら、一度食らいついたら離さないくらい強烈な攻めでないとね」
それで、お次はあちららしい。
「あなたは逆ね。一目散に囲ってちゃあっちの好きに組まれるわよ」
「だって攻めとかよくわかんないし……」
「なら、あなたも守りを極めなさい。ただ囲うだけが守りじゃないわ。
相手の攻めを邪魔し、苦しい攻めを強要して、強烈なカウンターを決める。それが守りよ」
ご指導の時間は終わったのか、一息ついて紅茶を口に運ぶ。
「前はそんな熱心に教えてくれなかったのに」
「前はそんな熱心じゃなかったじゃない」
熱心?私が?
「同じ遊びを再び私のところに持ってきたのは弾幕ごっことこれだけよ」
「そうだったっけ」
「まあ、三度目を楽しみにしてるわよ。次は打ち負かして見せなさい」
三度目があるかはわからないけど、もし次やるなら勝ってみたいとは思った。
弾幕ごっこもそうだったかもしれない。
負けが悔しいほど、勝った時は嬉しかったのだ。
その快感は、狭い世界に住んでいた私にとっては強烈すぎたんだと思う。
* * *
紅魔館の頭脳といえど、流石に独自研究だけでやるほど暇ではなかったらしい。
どうやら図書館にかなりの量の棋書が眠っているらしく、これでも氷山の一角であろう私のレベル向きの棋書を山ほど抱えた小悪魔が部屋に来た。
「いやあ、パチュリー様も単なる暇つぶしでしたらそれでもいいんでしょうけどね。
やっぱり手軽に強くなるのでしたら本なり人なりに教えを乞うのが一番ですから」
「へー。パチュリーにもそういう情熱あるんだ。意外」
交友関係は私と違わないレベルで狭いのではないかと思っていたが、そうした相手が過去にいたらしいということは案外社交的なのかもしれない。
魔理沙とかともなんだかんだで仲いいし。
パチュリーの交友関係も気になるが、とりあえず目下の目標はあの天人だ。
無根拠な自信はパチュリーに飛ばされたらしく、正規の手続きのもと私と同様に本を借りていった。
そのうち来るといっていたが、あちらが時期を選べるのはちょっと不利なんじゃないかなあ。
あ、でもやるとしたらここでか。地の利は我にあり。
「しかし、弾幕ごっこと同じくらい難しいね」
感性だけで弾幕ごっこをやっていると思うかもしれないが、そうではない。
というか、遊びだから避けられなければいけないってレギュレーションが悪い。あの辺の細則で弾速や弾数が規制されうるさいのだ。
将棋もどうやら感性だけというわけにはいかないらしい。
パチュリーが私向けといって選んだのは振り飛車という戦法だ。
将棋の戦法は居飛車と振り飛車に大分されるらしい。
『居飛車』はその名の通り、飛車を初期位置に据えたまま戦う戦法だ。
強力だが隙の多い駒である相手の『角』を飛車と角で両方で狙い撃つ。
一方、私がパチュリーに勧められたのは『振り飛車』。
初期位置から飛車を横に動かして戦う。こうすることで、相手は対応に迫られることが多い。
つまりは、自分が主導権を握って見慣れた形で戦いやすいということだ。
動かした飛車の位置によって『向かい飛車』『三間飛車』『四間飛車』『中飛車』と更に細かく分類される。
図では左から4番目に振っているから『四間飛車』、というわけだ。
飛車と角の利きが一つの歩で重なっているのが特徴で、この歩が動くことで一気に二つの大駒が働き出す。
強烈なカウンターが持ち味の戦法だそうだ。
こうした振り飛車の中で、私が興味を持ったのが、『中飛車』だった。
見ての通り、飛車が中央にいるから『中飛車』。
天王山である中央に最強の駒である飛車を利かせる、攻め味抜群の戦法だという。
まあ、そうした理屈は後付けで。
なんとなく、私はこの見た目に惹かれたのだ。
攻めて攻めて攻めて中央突破。わかりやすくない? けっこう、気に入った。
* * *
ほどなくして、パチュリーに6枚落ちで勝てるようになった。
飛車角と香車を落とす4枚落ちも勝ったり負けたりというところまでは来ている。
天子もちょくちょく顔を出すようになった。
無害であると理解されたようで、もはや既に顔パスだ。いや、顔パスでなければ入れないというほど警備の厳しいところではないのだが。
こっちとは平手でやって、やっぱり勝ったり負けたり。
最初はやはりパチュリーに直に教えてもらいやすいからだろうか、勝ち越し気味であった。
だが、気分で戦法をクルクル変える私に対して、居飛車一本で来る天子は次第に局面に慣れていったようで、やや追い越され気味といったところ。
私も得意な戦法を絞ったほうがいいのかな、と思ったけれども。
「楽しければいいのよ、遊びなんだから」
「でも、勝ったほうが楽しいよ」
「そりゃそうでしょうね。だから戦法を絞るのもひとつの選択よ。
でも、ひとつの戦法を極めるのにメリットがあるのと同時に、いろいろな戦法を使えるようになるのにもメリットがあるわ。
単純に球種が増えれば相手の弱点をつけるし、そうでなくてもいろんな場面に慣れておくのはいいことが多いわ。
……結局のところ、あなたの好き嫌いよ。絞らないと勝てない、なんてことはないわ」
と、言われたのでいろんな戦法を指すことにしている。
ただ、やはり得意戦法と自負するのは中飛車だ。飛び抜けて勝率が高いというわけではないけれど、指していて一番楽しい。
もちろん、当初思っていたように攻め一辺倒というようなものではない。
必要と有らば守り、堅めて、退き、間合いを図らねばならない。
だけれども、相手がもっとも駒を集めやすい、中央という部分を突破するのは弾幕の一番厚いところを抜けていくような楽しみがある。
厚い厚い城壁を突破さえしてしまえば、あとはバラバラになった敵陣を蹂躙するだけなのだ。愉快。
「ところでところで! みなさいこれを」
「先月の文々新聞ね」
「ほらほら、みてみて『級位者向けの大会もございます』だって!」
「先月の新聞だから、たぶん先月に読んだ記事ね」
「なんで言ってくれないのよ!」
「それはすまなかったわ。じゃあ昨年からの記事を全部教えるから書き留めるといいわ」
「過去なんて振り向かないことにしたわ」
どうやら、一緒に出ようということらしい。
少しかじってみて将棋の恐ろしい深さを味わい、記事を読んだ時のような思いは薄くなっていた。
出てもまともな相手になれないであろうと、そう伝えた。
「まあそうね。妖怪の山でこんなのに出るのは相当の腕ならしでしょうしね。
級位者向け、と言っても及ばないと思うわ」
「いいのよ、ボロボロに負けたって! パチュリーにボコられても毎回得るものはあるもの!」
「そうね。いいんじゃない、出てみれば?
『弱すぎて迷惑がかかるんじゃないか』なんて考えなくていいのよ」
考えていることを言い当てられたようでドキリとした。
「この天人ほどでなくとも、適度に不遜なぐらいでいいのよ。自分のためになると思うのなら出たほうがいいわよ」
「でも……」
そのとき、扉が開く音がした。
目に入ったのは咲夜と一緒のお姉様だ。
「パチェが寂しがっている気がしたんだが、違ったかな」
「なに馬鹿言ってるのよ」
お姉様がテーブルを一瞥する。
ふうん、と呟いたように聞こえた。
「来月、妖怪の山で大会があるのだけど、フランを出して構わないかしら」
「ああ、いいよ」
「さすがフランのお姉さん! 話がわかる!」
「ねえ、お姉様」
ほんの少しだ息を吸い込んで続きを言う。
「お姉様も、一緒に出ない?」
少し、驚いたような顔をした気がした。
「そうだな、フランがパチェに勝てたらな」
だが、口調はいつもと変わりなく。そう言って、図書館を出ていった。
「あらら、かわされちゃったわね。パチュリーに勝つなんていつのことになるやら。
それにしてもパチェなんて呼ばれてるのね。私も呼んでいー? ねー、パチェー」
それは本というにはあまりにも大きすぎた。大きく、ぶ厚く、重く、そしてその打撃は大雑把すぎた。
* * *
拍子抜けするほど出場はあっさり認められ、逃げ道を失った私の出場が決まった。
むしろ、出場する旨を伝えるよう頼んだ文の驚いた顔が一番印象的だったかも。
今から思うと、外からの参加者が私らくらいだから、あの驚きようだったんだろうな。
そんでもって、どうやら私の当たる相手はその天子らしい。
初出場組による逆シードはあまり当たる相手を用意してくれなかっただけで、こんなお遊びの大会でよそ者の2人をぶつけよう、なんて仕込みではないと思いたい。
むしろ、確実に一人はあがれると考えよう。プラス思考プラス思考。
「ふ、一回戦から私たちのどちらかが消える。波乱の幕開けね!」
「順当じゃない?」
「相手に不足はないわね!」
前から思っていたけど私の話を聞いてもらえないことが多い。
話し方が悪いのかなあ。パチュリーに今度相談しようっと。
対局のための部屋に入ると、思ったより緊張しているのがわかる。
あっちはどうなんだろうか。もうあんな軽口を叩いてこないところを見るとやっぱり緊張しているのかな。
持ち時間をはじめとした規則が読み上げられるが、耳にしっかりとは入ってきていない。
予めほとんど抑えていたからよかったけども。
「それでは、対局を始めてください」
司会の一斉対局を促すコール。
「お願いします」
「お願いします」
挨拶をし、振り駒で後手と決まった天子がチェスクロックを押す。相変わらず、正座は慣れてない。
初手、▲5六歩。
用意してきた戦法は、いつもの相棒である中飛車。
もちろん、相手にとっても勝手知ったるもの。
時間を使わず双方サクサクと進む。
得意の穴熊で対抗する手段もあるが、天子は見送ったようだ。
早速駒をぶつける。▲5六歩。
△同歩、▲同歩、△同飛と歩を交換するだけだが、飛車が歩のないところを直射し、いつでも放り込める歩を持てる。
攻め好きの私としては気分の良い展開だ。
ここで△5四歩、と相手が元の位置に歩を打てば、歩を持ち駒として自由に使える私と、既に使ってしまった天子で微差ながら有利になる。
そこで、天子は囲いを固める△3ニ銀。
バランスを重視した堅陣、左美濃だ。
飛車の位置が高い位置にありすぎると、相手に都合よく狙われる。
そうなる前に▲5九飛と一段目まで引いた。
そこで、相手はより強力な堅陣である『銀冠』に組み換える。
強力な囲いを築いて一旦落ち着けてから、△5四歩で再び城壁を組み上げる。
ならば、と私も、駒を進め、『銀冠』を組み立てる。
双方守りはしっかりした。
あとは攻めるだけだ。
ここで、ついに駒がぶつかり合う。
相手の飛車の正面だ、流石にこの歩は取らないとまずい。▲同歩。
相手も歩を交換して満足し、引く。
膠着した場面。ジリジリと間合いを図り、相手の隙を伺う。
この△4ニ角が、私は隙とみた。
▲5五歩と歩を打って再びぶつける。
△同歩に▲同飛では意味が無い。そこで、▲6五歩と角のルートをあけた。
相手の角が動いたため、中央の歩を角で取れればこちらの角だけ働きが格段によくなる。
そのため、相手は5五の歩を守る△5四銀。
ここで、先程ぶつけておいた4五の歩を前にすすめる。
▲4四歩、△同金。
そして、手に入れた歩を、再び5筋に放り込む。▲5六歩!
ここで△同歩ととると、浮いた金を角できゅっと取れる。
そうなると流石になかなか負けない。
なので△6五銀とかわすが、堂々と▲5五歩。
中央制圧成功だ。あとは突破し蹂躙するだけ。
しかし、問題は間に合うかどうかだ。
かわした銀がそのまま攻めに転じてくる。
角を守る歩を剥がされ、銀を剥がされ、こちらの城に火の手が上がった。
吊り上げられた金が、飛車に狙われている。
しかし、ここであっさり引くようじゃ私らしくない。
ここは攻める。
なにせ、中央と左端、相手の王様に近いのはこちらなのだ。
▲5六歩。
中央に歩が進んだだけではない。こちらの角が相手の金に利いている。
こっちの金はくれてやろう、代わりにきゅっとしてドカーン、な手だ。
肉を切らせて肉と骨を断つ、といったところか。
しかし、相手もなかなか注文には応じてくれない。
相手の角が顔を出す。
こちらの囲いへの圧力を高める手だ。
ならば、と意を決する。相手の攻めを無視して、殴りかかる。
相手もここで引くわけにはいかない。もう後戻りはできない局面へ進んでいった。
激しく駒を取り合う。
こちらは相手を飛車で攻め、相手はこちらを角で攻める。
あとはどちらの攻めが早いかだ。
しかし、手番を握っているのは私。
一気に本丸に雪崩れ込む。
▲1三銀、とまさに押しこむような手。
△同桂、▲同歩成、△同玉、▲1一飛成。
念願の飛車成り。しかも、相手の急所中の急所の位置だ。
攻めが決まったか。
しかし、あちらも腹を据えたのか。
徹底して受けに回った。
崩壊寸前だった城が息を吹き返す。
この攻めが止まってしまえば、相手が大量に抱える持ち駒で一気に攻められてしまうだろうか。
それとも、一旦守りに手を回し、余裕を作ってから攻めるべきだろうか。
おそらく、ここが最後の正念場。
残った時間を全て使い切る。
十分な時間だったとはいえないものの、最初から腹は決めていた。もちろん、攻め続ける。
隙間にねじ込む▲2五桂。
これで決まっていて欲しいが。
天子も懸命に受ける。
ここで、一気に勝ちまで雪崩れ込む順がみえた。
しかし、持ち時間は全て使い切り、一手はたったの1分で考えなければいけない。
踏み込んで成功すれば勝ちだが、非常にリスキーな手だ。
考えるというよりは、迷っていた1分。
58秒の時点で意を決する。
▲3ニ龍。
攻めの要であり、切り札であった龍を捨てる。
当然、△同銀だ。
そして、角で歩を払い、得た金をタダのところに捨てる。
これを取れないようでは辛すぎる。
よって△同玉。だが……
この1六銀が決め手だ。
△同銀、と取ると▲2五金。
香車が王様に刺さってしまうため、銀で取れないのだ。
仕方なく△2四玉、と逃げるが……
銀を取って、金を貼って詰み。
私の勝ちだ。
* * *
私は2回戦に進んだが、フリルだらけの服の相手にあっさり負けた。
勝った相手は準決勝である3回戦で負けた。
そいつも決勝で負けた。私とはいったい。
自分ではそこそこ健闘したつもりだったが、パチュリー曰く「ボロ負け」だそうで。
天子には私に勝ったくせに不甲斐ないわね、とか言われた。ここまで言われるなら譲ったほうが賢明だったかもしれない。
まあでも、楽しかったかな。
まずは、パチュリーに2枚落ちで勝てるようにならないと。
ゆくゆくは平手だ。
来年度の大会に、間に合わせてみせたい、なんて考えるのはさすがに図々しすぎるだろうか。
「さて、次は私の出番ね」
「えっ」
「なによ、私が出場しちゃいけないの」
「だって、いかにも付き添いだけでこういうの興味ないしー、みたいな面だったし」
「えー、そうかな、楽しみで仕方ないなー、今夜は眠れないなーって顔だったよ、昨晩」
「……そんな顔はたぶんしてなかったと思うけど」
「いやいや、してたしてた」
「すごいー、フランすごいー」
* * *
「いやはや、なかなか話題になりましたよ、”あの吸血鬼”の妹、フランドールさんの出場は」
「ふーん、だから? 私には関係ないじゃない」
「いやいや、そんなこと言って。大会に無理やり割り入って、いきなり優勝していったあなたですからねえ。
その妹が出るとなれば、そりゃあねえ、あなたの心境でもお聞きしてみたいかと」
やや面倒そうに首を振る。
「だから、私には関係ないよ。勝手に学んで、勝手に出ただけ。私は何も関与していないよ」
「でしょうねー。棋風も戦法も、全然違いますしね。
でも、これを起爆剤としてあなたがまた出場するとなれば大騒ぎですよ、たぶん」
「私は金輪際出ないよ。面倒だし。というかこうしてまた面倒になってて後悔してるわ」
「またまたー、フランドールさんがパチュリーさんに勝ったら出る、なんておっしゃったんでしょう?
私の独自ルートでお聞きしました」
「パチェは強いよ。なんだかんだで指導してるならうまく勝たせるタイプだし。フランもまだまだ底を知らないよ、たぶん」
そんな風に言い放つと、天狗はニヤニヤしながら戯言を口走る。
「レミリアさん、気づいてますか?」
「?」
「今日のあなた、ずっと嬉しそうですよ」
一瞬固まったのが自分でもわかる。
「そうかもね。明日は宴会だからかも」
「どこのですか」
「そりゃあ、どこかの」
「そりゃあ、どこかではやってるでしょうね」
天狗はメモを仕舞い、翼を広げた。
「ま、私個人としては楽しみにしておきますよ。いい記事になりそうですから」
そんな風に言い捨てて、飛び立っていった。
「咲夜、そんなに露骨だったかな」
「申し訳ありません。さっきお嬢様はここのところ嬉しそうでって漏らしたのは私ですわ」
「悪いと思ってないだろう、お前」
「まあ、でも。
咲夜に見抜かれるくらいなら、私の負けかな」
紅魔館のテラスから見える地平線に、帽子の桃と虹色の羽が見えた。
苦手ではない、というだけで積極的に遊ぶかというと必ずしもその限りではないのだが、手持ち無沙汰なときの消極的な暇つぶしとしては都合がいいものだ。
もっとも、手持ち無沙汰でないときのほうが少なかったのだが。
トランプ、花札、チェス、バックギャモン。こうしたボードゲームにはそれなりに親しみがあったものの、飽きっぽい性分なのか長く一つのものに打ち込むことはなかった。
将棋もそのひとつで、ルールはちゃんと把握していたものの大した腕というわけではなかったし、興味も薄かった。
というか、大概においてこうした遊びの相手である、おそらく、幻想郷で最もインドア派な――もちろん、2位は私だ――図書館の魔女の教え方は放任主義で(これでも、かなり彼女に配慮した表現だ)上達の助けになるとは言いがたいものだったし。
というわけで、いくつもある私の消極的な暇つぶしの一つにすぎなかった”それ”が、再び目に止まるのはちょっとしたきっかけが必要だったわけだ。
* * *
来客のもてなしというのは、古来、外交交渉ともいえるような重大な意味を持つこともあった。
ゆえに、古今東西そのための作法を継承し、プライドをかけて(このあたりは、往々にして理解できないが)最高の待遇を与えようと競った、らしい。
そうした文化はヨーロッパにおいても例外ではなく、名家の末裔を自称するレミリア・スカーレットにとってはパーティは自己主張の場であり、畏怖させる場なんだろう。
犬も食えないプライドを世界一愛するお姉様にとって、来客がないというのはまったくもって我慢のできない事態であるらしく。
不定期に、ありていにいえば彼女の気まぐれによって適当な客が館に招かれていた。
若干辛辣に言ったが、無味乾燥なインドア生活に変化をもたらすイベントとしてはそれなりに気に入っている。
もっとも、そもそも会えないことも、あるいは私から会おうとしないこともしばしばあるのだが。
その時の来客は姉から十二分に頑丈というお墨付きを受けた相手であり、お目通りがかなったわけだ。
「お久しぶりですフランドールさん。どうですか一部」
「ん、ありがと」
今日の客はよく言えば退屈しない、悪く言えば退屈できない天狗だった。
毎度よこしてくる新聞は、それなりに楽しみでもあった。気分ののらない日、なんてのももちろんあったが。
そんな”気分ののらない日”を経験してもなお変わりなく接してくる相手は貴重でもあった。
姉の太鼓判つきの頑丈な相手というわけだ。
「へえ、魔理沙ったらそんなことしてたのね」
「ええ、ええ。追っているだけでネタには困らない方です。新聞記者としてはありがたい相手です」
確かにそうした記事は見新しいが、一方でいつしか見飽きたような記事ばかりにも感じるようになるんじゃないかと思ったりもする。
つまらないと思っているのではなく、私が一番楽しみにしている部分であるゆえに、心配なのだ。
そんなことを思いつつ斜め読みで紙面をなぞっていくと、隅の記事が目に入った。
「……名人戦?」
「ああ、それですか。いやはや、妖怪の山でやる身内の企画のようなものでして、こうした記事は本分に沿うものではないのですが、あやや、悲しくも私も組織の一員、社会の一員としての責務を……」
「ながいー」
「あやや。将棋に興味でもおありですか? 半ば身内の企画とはいえ、八坂神社も噛んでますし外からの参加者を無下にするってこともないんじゃないですかねー。もっとも、有象無象の人間が幾百年幾千年生きた私達に敵うとは思いませんが、あなたなら必要十分! ……”あの”吸血鬼の妹が殴りこみ、なかなか素敵じゃないですか」
どうやら、妖怪の山にもそれなりに紅魔館の名は知れているらしい。おまけ扱いなのは仕方ないとは思うが、少し気に食わない。
「お生憎。ルールを知ってるくらいかな。私なんかよりパチュリーの方が遥かに強いよ」
「そりゃ残念。そうですか、パチュリーさんですか。確かにこうしたボードゲームは強そうですが、いかんせんインパクトが……」
「もう、私もパチュリーも出るなんて言ってないよ。ちょっと目新しい記事だったから読んでみただけ」
「あやや!? それは私の記事に目新しさがないということでしょうか!? フランドールさん、そこのところ詳しく!」
「はいはい」
追いすがる文を振り払い、自室に戻ってゆっくりと目を通してみる。
外出の名分としては、それなりに有効なものだろうかと思う。
明らかに冗談めかした口調であったが誘いの言質はもらったし、これを当主が横から蹴るのは失礼にあたるんじゃないかな。どうだろう、あいつの価値観は割とテキトーだしな。
まあ、仮に許可がもらえるとしても開催は再来月。本気で打ち込んだとしてもとても間に合うようなものではない。
妖怪の山に、それこそ中毒者とも言えるようなのがゴロゴロしていることは想像に難くない。
ただ。併記されている『級位者向けの大会もございます』という一文は、名分ぐらいにはなってくれるんじゃないかな。
そのときは、そんなわずかな期待を持っただけに過ぎなかった。
* * *
「天が呼ぶ、地が呼ぶ、我が呼ぶ! 誰が呼んだか比那名居天子!」
「小悪魔、咲夜に門番に減点1と伝えておいて」
今日の客は客じゃない方の客らしい。
「白黒に聞いて来てみたけど、聞いた通り黴臭いところねー」
「黴臭くないのは6時の方向よ」
「あー、なんかやってるー、それ将棋ね将棋、私知ってるわ!」
あれから、とりあえずパチュリーのとこに教えを請いに来たわけだ。
出る予定もつもりも決まっちゃいないが、私にとっては予定が半分もあること自体珍しい。
幸いにして今日のパチュリーは付き合いがよく、まあまあうまく事が運んだ。
「暇にあかしてる天人はこういうの得意なのよねー。麻雀、囲碁、バックギャモン、なんでもござれよ」
「将棋は?」
「花札、五目並べ、双六あたりは私の得意な分野ね」
「将棋は?」
「ルールは知ってるわよ、ルールは。大丈夫大丈夫いけるいける」
動かない大図書館がすくっと動く。
「よろしい、6枚落ちで相手してあげるわ。2人ともまとめてかかってらっしゃい」
* * *
「将棋には駒落ちというルールがありまして、これは実力に明らかな優劣がある対局者のためのハンデマッチです。
2枚落ちは飛車と角行、4枚落ちはそれに加えて左右の香車、そして今回行う6枚落ちは更に左右の桂馬を落としたものです。
今回はそうしたハンデに加えて、二人の相手と同時に指す”2面指し”も合わさっていますわ」
「説明ありがとう、咲夜」
「お褒めいただき恐縮の限りですわ」
いつのまにか咲夜が私達を見守っていた。
淹れてもらいたての紅茶の入ったカップをパチュリーが置く。
「……まだ20手やそこらだっていうのに、まったく対照的ね……あなたたちは」
ひたすら攻めかかる体制を築いている私。一方、天子の盤面を見るとがっちりと金銀の中に玉を収めていた。
「蔵書の『妖怪を足して2で割る魔術の手引き』が役立つときがきたわね」
「あってたまるかそんなもの」
喋りながらも手は止めない。桂馬がパチュリーの陣地に噛み付く用意を決めた。
守りの金を剥がしに行く。
かわせば3三角成と角を切って、同金には2二金と打ち込んで詰みだ。
かといってここでみすみす金を剥がされるようでは辛いだろう。
と、考えていると△4四桂。角の利きを弱めつつ、飛車に当てた手だ。
仕方なく飛車を引く。
そこで△3二金と寄られる。
どう動いても銀が取られてしまう。しまった、しくじった。
* * *
その後なんとか暴れてみたものの、もとより実力差がある戦い。
ハンデ分の駒を取り返された後は歯が立たなかった。
「むー」
「攻めてばかりだからいけないのよ、バランス取りなさい」
「吸血鬼は究極の偏食主義だよ」
「知ってるわ」
口で言うくらいじゃ聞かないのもね、とパチュリーが呟く。
「なら、やるからには徹底的になさい。例えばさっきの局面」
「ここで飛車を逃げるんじゃなく、△4二銀成と殴り合いに出なさい。桂馬が飛車を取れば△3三角成で勝勢よ。
攻めが好きなら、一度食らいついたら離さないくらい強烈な攻めでないとね」
それで、お次はあちららしい。
「あなたは逆ね。一目散に囲ってちゃあっちの好きに組まれるわよ」
「だって攻めとかよくわかんないし……」
「なら、あなたも守りを極めなさい。ただ囲うだけが守りじゃないわ。
相手の攻めを邪魔し、苦しい攻めを強要して、強烈なカウンターを決める。それが守りよ」
ご指導の時間は終わったのか、一息ついて紅茶を口に運ぶ。
「前はそんな熱心に教えてくれなかったのに」
「前はそんな熱心じゃなかったじゃない」
熱心?私が?
「同じ遊びを再び私のところに持ってきたのは弾幕ごっことこれだけよ」
「そうだったっけ」
「まあ、三度目を楽しみにしてるわよ。次は打ち負かして見せなさい」
三度目があるかはわからないけど、もし次やるなら勝ってみたいとは思った。
弾幕ごっこもそうだったかもしれない。
負けが悔しいほど、勝った時は嬉しかったのだ。
その快感は、狭い世界に住んでいた私にとっては強烈すぎたんだと思う。
* * *
紅魔館の頭脳といえど、流石に独自研究だけでやるほど暇ではなかったらしい。
どうやら図書館にかなりの量の棋書が眠っているらしく、これでも氷山の一角であろう私のレベル向きの棋書を山ほど抱えた小悪魔が部屋に来た。
「いやあ、パチュリー様も単なる暇つぶしでしたらそれでもいいんでしょうけどね。
やっぱり手軽に強くなるのでしたら本なり人なりに教えを乞うのが一番ですから」
「へー。パチュリーにもそういう情熱あるんだ。意外」
交友関係は私と違わないレベルで狭いのではないかと思っていたが、そうした相手が過去にいたらしいということは案外社交的なのかもしれない。
魔理沙とかともなんだかんだで仲いいし。
パチュリーの交友関係も気になるが、とりあえず目下の目標はあの天人だ。
無根拠な自信はパチュリーに飛ばされたらしく、正規の手続きのもと私と同様に本を借りていった。
そのうち来るといっていたが、あちらが時期を選べるのはちょっと不利なんじゃないかなあ。
あ、でもやるとしたらここでか。地の利は我にあり。
「しかし、弾幕ごっこと同じくらい難しいね」
感性だけで弾幕ごっこをやっていると思うかもしれないが、そうではない。
というか、遊びだから避けられなければいけないってレギュレーションが悪い。あの辺の細則で弾速や弾数が規制されうるさいのだ。
将棋もどうやら感性だけというわけにはいかないらしい。
パチュリーが私向けといって選んだのは振り飛車という戦法だ。
将棋の戦法は居飛車と振り飛車に大分されるらしい。
『居飛車』はその名の通り、飛車を初期位置に据えたまま戦う戦法だ。
強力だが隙の多い駒である相手の『角』を飛車と角で両方で狙い撃つ。
一方、私がパチュリーに勧められたのは『振り飛車』。
初期位置から飛車を横に動かして戦う。こうすることで、相手は対応に迫られることが多い。
つまりは、自分が主導権を握って見慣れた形で戦いやすいということだ。
動かした飛車の位置によって『向かい飛車』『三間飛車』『四間飛車』『中飛車』と更に細かく分類される。
図では左から4番目に振っているから『四間飛車』、というわけだ。
飛車と角の利きが一つの歩で重なっているのが特徴で、この歩が動くことで一気に二つの大駒が働き出す。
強烈なカウンターが持ち味の戦法だそうだ。
こうした振り飛車の中で、私が興味を持ったのが、『中飛車』だった。
見ての通り、飛車が中央にいるから『中飛車』。
天王山である中央に最強の駒である飛車を利かせる、攻め味抜群の戦法だという。
まあ、そうした理屈は後付けで。
なんとなく、私はこの見た目に惹かれたのだ。
攻めて攻めて攻めて中央突破。わかりやすくない? けっこう、気に入った。
* * *
ほどなくして、パチュリーに6枚落ちで勝てるようになった。
飛車角と香車を落とす4枚落ちも勝ったり負けたりというところまでは来ている。
天子もちょくちょく顔を出すようになった。
無害であると理解されたようで、もはや既に顔パスだ。いや、顔パスでなければ入れないというほど警備の厳しいところではないのだが。
こっちとは平手でやって、やっぱり勝ったり負けたり。
最初はやはりパチュリーに直に教えてもらいやすいからだろうか、勝ち越し気味であった。
だが、気分で戦法をクルクル変える私に対して、居飛車一本で来る天子は次第に局面に慣れていったようで、やや追い越され気味といったところ。
私も得意な戦法を絞ったほうがいいのかな、と思ったけれども。
「楽しければいいのよ、遊びなんだから」
「でも、勝ったほうが楽しいよ」
「そりゃそうでしょうね。だから戦法を絞るのもひとつの選択よ。
でも、ひとつの戦法を極めるのにメリットがあるのと同時に、いろいろな戦法を使えるようになるのにもメリットがあるわ。
単純に球種が増えれば相手の弱点をつけるし、そうでなくてもいろんな場面に慣れておくのはいいことが多いわ。
……結局のところ、あなたの好き嫌いよ。絞らないと勝てない、なんてことはないわ」
と、言われたのでいろんな戦法を指すことにしている。
ただ、やはり得意戦法と自負するのは中飛車だ。飛び抜けて勝率が高いというわけではないけれど、指していて一番楽しい。
もちろん、当初思っていたように攻め一辺倒というようなものではない。
必要と有らば守り、堅めて、退き、間合いを図らねばならない。
だけれども、相手がもっとも駒を集めやすい、中央という部分を突破するのは弾幕の一番厚いところを抜けていくような楽しみがある。
厚い厚い城壁を突破さえしてしまえば、あとはバラバラになった敵陣を蹂躙するだけなのだ。愉快。
「ところでところで! みなさいこれを」
「先月の文々新聞ね」
「ほらほら、みてみて『級位者向けの大会もございます』だって!」
「先月の新聞だから、たぶん先月に読んだ記事ね」
「なんで言ってくれないのよ!」
「それはすまなかったわ。じゃあ昨年からの記事を全部教えるから書き留めるといいわ」
「過去なんて振り向かないことにしたわ」
どうやら、一緒に出ようということらしい。
少しかじってみて将棋の恐ろしい深さを味わい、記事を読んだ時のような思いは薄くなっていた。
出てもまともな相手になれないであろうと、そう伝えた。
「まあそうね。妖怪の山でこんなのに出るのは相当の腕ならしでしょうしね。
級位者向け、と言っても及ばないと思うわ」
「いいのよ、ボロボロに負けたって! パチュリーにボコられても毎回得るものはあるもの!」
「そうね。いいんじゃない、出てみれば?
『弱すぎて迷惑がかかるんじゃないか』なんて考えなくていいのよ」
考えていることを言い当てられたようでドキリとした。
「この天人ほどでなくとも、適度に不遜なぐらいでいいのよ。自分のためになると思うのなら出たほうがいいわよ」
「でも……」
そのとき、扉が開く音がした。
目に入ったのは咲夜と一緒のお姉様だ。
「パチェが寂しがっている気がしたんだが、違ったかな」
「なに馬鹿言ってるのよ」
お姉様がテーブルを一瞥する。
ふうん、と呟いたように聞こえた。
「来月、妖怪の山で大会があるのだけど、フランを出して構わないかしら」
「ああ、いいよ」
「さすがフランのお姉さん! 話がわかる!」
「ねえ、お姉様」
ほんの少しだ息を吸い込んで続きを言う。
「お姉様も、一緒に出ない?」
少し、驚いたような顔をした気がした。
「そうだな、フランがパチェに勝てたらな」
だが、口調はいつもと変わりなく。そう言って、図書館を出ていった。
「あらら、かわされちゃったわね。パチュリーに勝つなんていつのことになるやら。
それにしてもパチェなんて呼ばれてるのね。私も呼んでいー? ねー、パチェー」
それは本というにはあまりにも大きすぎた。大きく、ぶ厚く、重く、そしてその打撃は大雑把すぎた。
* * *
拍子抜けするほど出場はあっさり認められ、逃げ道を失った私の出場が決まった。
むしろ、出場する旨を伝えるよう頼んだ文の驚いた顔が一番印象的だったかも。
今から思うと、外からの参加者が私らくらいだから、あの驚きようだったんだろうな。
そんでもって、どうやら私の当たる相手はその天子らしい。
初出場組による逆シードはあまり当たる相手を用意してくれなかっただけで、こんなお遊びの大会でよそ者の2人をぶつけよう、なんて仕込みではないと思いたい。
むしろ、確実に一人はあがれると考えよう。プラス思考プラス思考。
「ふ、一回戦から私たちのどちらかが消える。波乱の幕開けね!」
「順当じゃない?」
「相手に不足はないわね!」
前から思っていたけど私の話を聞いてもらえないことが多い。
話し方が悪いのかなあ。パチュリーに今度相談しようっと。
対局のための部屋に入ると、思ったより緊張しているのがわかる。
あっちはどうなんだろうか。もうあんな軽口を叩いてこないところを見るとやっぱり緊張しているのかな。
持ち時間をはじめとした規則が読み上げられるが、耳にしっかりとは入ってきていない。
予めほとんど抑えていたからよかったけども。
「それでは、対局を始めてください」
司会の一斉対局を促すコール。
「お願いします」
「お願いします」
挨拶をし、振り駒で後手と決まった天子がチェスクロックを押す。相変わらず、正座は慣れてない。
初手、▲5六歩。
用意してきた戦法は、いつもの相棒である中飛車。
もちろん、相手にとっても勝手知ったるもの。
時間を使わず双方サクサクと進む。
得意の穴熊で対抗する手段もあるが、天子は見送ったようだ。
早速駒をぶつける。▲5六歩。
△同歩、▲同歩、△同飛と歩を交換するだけだが、飛車が歩のないところを直射し、いつでも放り込める歩を持てる。
攻め好きの私としては気分の良い展開だ。
ここで△5四歩、と相手が元の位置に歩を打てば、歩を持ち駒として自由に使える私と、既に使ってしまった天子で微差ながら有利になる。
そこで、天子は囲いを固める△3ニ銀。
バランスを重視した堅陣、左美濃だ。
飛車の位置が高い位置にありすぎると、相手に都合よく狙われる。
そうなる前に▲5九飛と一段目まで引いた。
そこで、相手はより強力な堅陣である『銀冠』に組み換える。
強力な囲いを築いて一旦落ち着けてから、△5四歩で再び城壁を組み上げる。
ならば、と私も、駒を進め、『銀冠』を組み立てる。
双方守りはしっかりした。
あとは攻めるだけだ。
ここで、ついに駒がぶつかり合う。
相手の飛車の正面だ、流石にこの歩は取らないとまずい。▲同歩。
相手も歩を交換して満足し、引く。
膠着した場面。ジリジリと間合いを図り、相手の隙を伺う。
この△4ニ角が、私は隙とみた。
▲5五歩と歩を打って再びぶつける。
△同歩に▲同飛では意味が無い。そこで、▲6五歩と角のルートをあけた。
相手の角が動いたため、中央の歩を角で取れればこちらの角だけ働きが格段によくなる。
そのため、相手は5五の歩を守る△5四銀。
ここで、先程ぶつけておいた4五の歩を前にすすめる。
▲4四歩、△同金。
そして、手に入れた歩を、再び5筋に放り込む。▲5六歩!
ここで△同歩ととると、浮いた金を角できゅっと取れる。
そうなると流石になかなか負けない。
なので△6五銀とかわすが、堂々と▲5五歩。
中央制圧成功だ。あとは突破し蹂躙するだけ。
しかし、問題は間に合うかどうかだ。
かわした銀がそのまま攻めに転じてくる。
角を守る歩を剥がされ、銀を剥がされ、こちらの城に火の手が上がった。
吊り上げられた金が、飛車に狙われている。
しかし、ここであっさり引くようじゃ私らしくない。
ここは攻める。
なにせ、中央と左端、相手の王様に近いのはこちらなのだ。
▲5六歩。
中央に歩が進んだだけではない。こちらの角が相手の金に利いている。
こっちの金はくれてやろう、代わりにきゅっとしてドカーン、な手だ。
肉を切らせて肉と骨を断つ、といったところか。
しかし、相手もなかなか注文には応じてくれない。
相手の角が顔を出す。
こちらの囲いへの圧力を高める手だ。
ならば、と意を決する。相手の攻めを無視して、殴りかかる。
相手もここで引くわけにはいかない。もう後戻りはできない局面へ進んでいった。
激しく駒を取り合う。
こちらは相手を飛車で攻め、相手はこちらを角で攻める。
あとはどちらの攻めが早いかだ。
しかし、手番を握っているのは私。
一気に本丸に雪崩れ込む。
▲1三銀、とまさに押しこむような手。
△同桂、▲同歩成、△同玉、▲1一飛成。
念願の飛車成り。しかも、相手の急所中の急所の位置だ。
攻めが決まったか。
しかし、あちらも腹を据えたのか。
徹底して受けに回った。
崩壊寸前だった城が息を吹き返す。
この攻めが止まってしまえば、相手が大量に抱える持ち駒で一気に攻められてしまうだろうか。
それとも、一旦守りに手を回し、余裕を作ってから攻めるべきだろうか。
おそらく、ここが最後の正念場。
残った時間を全て使い切る。
十分な時間だったとはいえないものの、最初から腹は決めていた。もちろん、攻め続ける。
隙間にねじ込む▲2五桂。
これで決まっていて欲しいが。
天子も懸命に受ける。
ここで、一気に勝ちまで雪崩れ込む順がみえた。
しかし、持ち時間は全て使い切り、一手はたったの1分で考えなければいけない。
踏み込んで成功すれば勝ちだが、非常にリスキーな手だ。
考えるというよりは、迷っていた1分。
58秒の時点で意を決する。
▲3ニ龍。
攻めの要であり、切り札であった龍を捨てる。
当然、△同銀だ。
そして、角で歩を払い、得た金をタダのところに捨てる。
これを取れないようでは辛すぎる。
よって△同玉。だが……
この1六銀が決め手だ。
△同銀、と取ると▲2五金。
香車が王様に刺さってしまうため、銀で取れないのだ。
仕方なく△2四玉、と逃げるが……
銀を取って、金を貼って詰み。
私の勝ちだ。
* * *
私は2回戦に進んだが、フリルだらけの服の相手にあっさり負けた。
勝った相手は準決勝である3回戦で負けた。
そいつも決勝で負けた。私とはいったい。
自分ではそこそこ健闘したつもりだったが、パチュリー曰く「ボロ負け」だそうで。
天子には私に勝ったくせに不甲斐ないわね、とか言われた。ここまで言われるなら譲ったほうが賢明だったかもしれない。
まあでも、楽しかったかな。
まずは、パチュリーに2枚落ちで勝てるようにならないと。
ゆくゆくは平手だ。
来年度の大会に、間に合わせてみせたい、なんて考えるのはさすがに図々しすぎるだろうか。
「さて、次は私の出番ね」
「えっ」
「なによ、私が出場しちゃいけないの」
「だって、いかにも付き添いだけでこういうの興味ないしー、みたいな面だったし」
「えー、そうかな、楽しみで仕方ないなー、今夜は眠れないなーって顔だったよ、昨晩」
「……そんな顔はたぶんしてなかったと思うけど」
「いやいや、してたしてた」
「すごいー、フランすごいー」
* * *
「いやはや、なかなか話題になりましたよ、”あの吸血鬼”の妹、フランドールさんの出場は」
「ふーん、だから? 私には関係ないじゃない」
「いやいや、そんなこと言って。大会に無理やり割り入って、いきなり優勝していったあなたですからねえ。
その妹が出るとなれば、そりゃあねえ、あなたの心境でもお聞きしてみたいかと」
やや面倒そうに首を振る。
「だから、私には関係ないよ。勝手に学んで、勝手に出ただけ。私は何も関与していないよ」
「でしょうねー。棋風も戦法も、全然違いますしね。
でも、これを起爆剤としてあなたがまた出場するとなれば大騒ぎですよ、たぶん」
「私は金輪際出ないよ。面倒だし。というかこうしてまた面倒になってて後悔してるわ」
「またまたー、フランドールさんがパチュリーさんに勝ったら出る、なんておっしゃったんでしょう?
私の独自ルートでお聞きしました」
「パチェは強いよ。なんだかんだで指導してるならうまく勝たせるタイプだし。フランもまだまだ底を知らないよ、たぶん」
そんな風に言い放つと、天狗はニヤニヤしながら戯言を口走る。
「レミリアさん、気づいてますか?」
「?」
「今日のあなた、ずっと嬉しそうですよ」
一瞬固まったのが自分でもわかる。
「そうかもね。明日は宴会だからかも」
「どこのですか」
「そりゃあ、どこかの」
「そりゃあ、どこかではやってるでしょうね」
天狗はメモを仕舞い、翼を広げた。
「ま、私個人としては楽しみにしておきますよ。いい記事になりそうですから」
そんな風に言い捨てて、飛び立っていった。
「咲夜、そんなに露骨だったかな」
「申し訳ありません。さっきお嬢様はここのところ嬉しそうでって漏らしたのは私ですわ」
「悪いと思ってないだろう、お前」
「まあ、でも。
咲夜に見抜かれるくらいなら、私の負けかな」
紅魔館のテラスから見える地平線に、帽子の桃と虹色の羽が見えた。
これは新しい(・ω・)
ところで後書きwww
フランと将棋の組み合わせは新鮮でした。
フリルだらけは雛のことかな?
優勝者も気になりますね
新鮮な感じでとてもよかった
知らないひとにもわかりやすい説明があるのでGoodでした
キャラクターのやりとりも楽しく、棋風に個性が出てて面白かった
しかし経験者から見ると、棋譜の不自然感は否めない感じですね
最後の龍切りとか、まあ級位者の将棋という設定から仕方ないんでしょうけれど……
早指し棋戦ながら双方迫力のこもった、最後まで勝負の分からない熱戦となっておりますので、ぜひ並べてみてください。
将棋盤の図が出てきたときはびっくらこきましたが、これがあるとないとでは大違いですね。
意欲作に拍手。