幻想郷はぽかぽかとした陽気に包まれていて、春告精は季節の変わり目を弾幕で表現した。
透き通るような青空に柔らかく包む陽光。幻想郷では欠伸をする者が後を絶たない。
寒気からの解放は働く気も失せさせる。夏まで間の準備段階であることは植物でも知っている。せっせと芽を出して、草木たちはこれから強烈になる太陽を期待しながら成長という準備をしていた。
暖かな空気は、幻想郷に穏やかさを醸し出していた。
博麗霊夢はすっかりと暖かさにやられてしまっていた。
陽光が当たる畳の上で、ごろりと転がって春眠を満喫している。
冬の忘れ物である枯れ葉など目にくれず、せっかくの活動しやすい気温だと言うのに外に出ようとはしない。すっかりダレている光景がそこに広がっていた。
そこに一人の来客が訪れる。
暖かくはなったものの、だからといってそれほど薄着ではない布地。いつもと変わらぬ赤い服を着て、頭にはのっかるように緑の帽子が配置。
何よりの特徴が、ぴょこぴょこ動く黒毛の耳に、ふりふりと動く先端が白毛の尻尾。
「あーっ!」
橙は霊夢の姿を視認した途端、大声を上げた。
「ダメだよ霊夢! 起きなきゃ、おーきーなーくーちゃー!」
そのままジャンプして、霊夢の腹の上にダイレクト着地。
霊夢の腹から空気が押し出され危うく中身もぶちまけるところだった。
「げほぉ、がはぁ!」
慌てて横になり橙を振り落として空気を供給する。
「な……なな、なにをするんじゃボケ猫!」
「ぼ、ボケ猫……」
春ボケしている者からボケ呼ばわりされてショックを受ける。
「たく、人が幸せにぐっすりと眠っている時に……」
「そう、それだよ! ダメだよ、霊夢が寝ちゃ!」
「……はぁ~?」
首を斜めにしての威嚇行動。
己よりも強い者に威嚇されて毛が逆立つ。
「だ……ダメなものはダメだもん!」
しかし勇気を振り絞って主張する。
霊夢はため息を吐く。
「なによ、どうしてそこまで私に寝させてくれないわけ? こんなにもい暖かくなったじゃない。あんただって眠くなるでしょ?」
「う……」
確かに、という表情を浮かべる橙。霊夢の主張は「ならばみんな寝ればいい」という平等的解決。
しかし、それは堕落への道。
確かに、みんなが寝れば問題はない。
けれど橙には「霊夢にだけ」は寝てほしくない理由があった。
「霊夢は――霊夢はみんなのお父さんだから負けずに寝ちゃダメなの!」
霊夢はしばらく無言のうち、
「は?」
と、首を傾げた。
霊夢は橙を家に上がり込ませて、冷茶をコップに注ぐ。
「はい」
「あ、ありがとうお父さん」
流れるようなモーションで頭にチョップ。
「あぅ」
「誰がお父さんじゃこら」
頭を押さえながら橙は霊夢を見上げる。
「だって、霊夢は幻想郷のみんなにとってのお父さんなんだもの」
「意味分からんわ」
「えっとね、えっとね……」
橙は口をもごもごとさせる。言いたいことを言おうとしているのだが、整理できていないようだ。
霊夢はため息を吐いて、橙の口元にコップを持っていった。
「ほら、まずは飲んで落ち着く。それから話す」
「う、うん」
霊夢からコップを受け取り、冷茶をこくこくと飲む。
コップの半分くらい一気に飲んだ。
「ぷはぁ」
「いい飲みっぷりじゃん」
「……は! これはお父さんがやることで、橙さんがやっちゃいけないことだった!」
霊夢の顔をジッと見つめる。
手にしたコップを差し出した。
「霊夢、飲んで! ぷはぁってして!」
「はぁ!? あんたなにを――」
ジッと橙は真剣な眼差しで霊夢を見る。
「…………」
霊夢はしばらくは無言だったが、諦めたのか橙のコップを受け取り、残りを一気に飲み干して「ぷはぁ!」と言った。
「おぉ~」
橙はパチパチと手を叩く。
「じゃあ、もう一杯」
「何のコントだ!」
「えー。霊夢いい飲みっぷりだったよ? こういう時は『もう一杯』って言うんじゃないの?」
「あんたのそれはどこ情報か……いや、いいわ。どうせあの性悪ババアが変なこと吹き込んだに決まってる。私を変にお父さん言うのだって、あいつのせいに決まってる」
「誰のこと言ってるんか分からないけど……霊夢がお父さんだと思ったのは、橙さんが考えたことだよ?」
「あんたが考えたの?」
「うん」
「ふーん、へぇ、そうなんだぁ……」
霊夢は近くにあった文々。新聞を丸めて、橙の頭をスパーンと叩いた。
「あぅ!? な、なんで!?」
「いやぁ、なんとなく。で、なんで橙は私がお父さんだと考えたの? というか、お母さんじゃないの?」
「ううん。お母さんは紫さまなの」
「どうして?」
うーん、と一生懸命に橙は考える。
「じゃあ、まずいつそれを思ったの?」
霊夢の問いかけに、橙は身振り手振りを交えて一生懸命に伝えようとした。
「あ、うんとね、橙さん藍さまと人里で買い物してる時に見たの。藍さまと橙さんみたいに仲良く買い物してる人間たちをね。でもね、なんか橙さんと藍さまみたいなのに、なんか違うの。なんていうか……雰囲気みたいなのが、違うの。それでね、藍さまが言ったの。『まるで私たちみたいだね』って。橙さんビックリしてね、どうして藍さまは同じだと思ったんだろうって。それでね、橙さんそのもやもやしてるものが何て言うのか分からなかったから、藍さまにきいたの。どこが似てるんですか? って。そしたら、藍さまはね、『親子みたいだね』って」
親子じゃないんかい……と霊夢はツッコミたかったが、人間と妖怪の価値観が違うことは今更なので口にはしなかった。
「それで?」
「橙さん、親子ってものがどんなのか考えたことなかったの。橙さんは、人間みたいな生まれ方じゃなかったから。だから、紫さまにきいたの。藍さま忙しそうだったから、起きたばっかりの紫さまに。そしたらね、紫さまは教えてくれたの。親子って言うのは、お父さんとお母さんがいて、お父さんとお母さんは子どもを大事にするんだって。そのためにお父さんとお母さんは役割を分けながら、大事に子どもを見守るんだって。それでね、橙さん、それをどっかで聞いたことがあった気がしてね、一生懸命に考えたの。そしたらね、思い出したの」
「それは?」
「それはね――幻想郷を守ってる紫さまと霊夢にぴったり当てはまると思ったの。それで橙さん、どっちがお父さんかお母さんか分からないから、藍さまにきいたの。紫さまにきいたら意味がないし、紫さままた寝てたから。そしたら、藍さま言ったの。お父さんには『だいこくばしら』っていう役割があるって。『だいこくばしら』がなくなったらお家が壊れちゃうんだって。藍さまそれしか教えてくれなかったけど、橙さんはそこから考えたの。幻想郷にとってのお家って何だろうって。考えたらね、それが分かったの。『はくれいだいけっかい』がみんなのお家だって。それで、霊夢が死んじゃったら『はくれいだいけっかい』は消えちゃうんでしょ?」
「まぁ、ねぇ……」
「だから、幻想郷にとっての『だいこくばしら』は霊夢で、霊夢がお父さんだと思ったの! で、残ったお母さんが紫さま。ね?」
「まぁ……うん……」
霊夢は何か答えることができなかった。これは橙が自分で一生懸命考えたことだ。それを「違う」とバッサリ切ることは霊夢にはできなかった。
代わりに、霊夢は別のことを訊くことにした。
「それで、どうして私が寝ちゃいけないの?」
「お父さんが寝ちゃったら、なんか大変なことがあった時に大変でしょ? お母さんの紫さまも今寝てるし、幻想郷を守るにはお父さんである霊夢しかいないの!」
「ふむ……」
霊夢は冷茶を啜りながら考えた。
コップを置いて、橙に話しかける。
「あのね、橙。あなたは勘違いしてるわ」
「かんちがい?」
「実はね、逆なのよ。私は、今寝なくちゃいけないの」
「えぇー!? ど、どうして!? どうして!? だって――」
「私や紫が寝てたら、幻想郷に大変なことが起きたら大変、でしょ? 確かに、今何かが起きたら大変ね。でもね、考えてもみて橙。どうして紫は冬に眠ってるのかしら?」
「え? それは……」
「考えたことある?」
橙は素直に首を横に振った。
霊夢は微笑む。
「あのね、それは私が冬に起きてるからなのよ。私と紫はちゃんと幻想郷を守ってるわ。……かわりばんこで、ね」
「かわりばんこ……」
「そ。だから、今春が来て、紫は起きてきたでしょう? それはね、私と交代するためなの。今度は私が寝る番。寝て、次の冬まで休んで備えるの」
「そ、そうだったんだー! 役割を分けるってそういうことだったんだ!」
橙はキラキラした目でこくこくと頷く。
「納得してくれた? じゃあ、私は寝るわね。もう眠いから」
「う、うん。ごめんね、そうとは知らずに起こしちゃって……」
「いいのよ。知らなかったらしょうがないもの」
霊夢は寝る体勢に入る。これでしばらくは安眠は確保されるだろう。霊夢の思惑通りに、橙は帰ろうとしている。
その背中を見ていて、ふと脳内に疑問が浮かび上がった。
「そういや、橙」
呼ばれ、振り返る。
「なに?」
「ここには何の用で来たの?」
「え? えっと」
橙は黙って、その場でもじもじし始めた。
「なによ、早く言いなさいよ」
「……その」
橙は上目で呟くように言った。
「……霊夢お父さんと、親子みたいなことがしたいなって……」
霊夢は横になろうとしていた動きを止めた。
「………………お母さんは、忙しいの?」
「うん」
霊夢は目をつむって考え込む。
姿勢だけで見れば、すぐにでも横になろうとしている霊夢だったが、
「そういえば、夕食の食材を買い忘れたわね」
すくっと立ち上がった。
橙をチラッと見る。
「……来る?」
橙の顔が輝いた。
「うんっ!」
橙は霊夢の手を握った。その手は小さいながらも温かく、霊夢は橙がそこにいることを実感する。
今まで自分が経験したことないことを、今『親』サイドから経験している。
きっとこうすれば橙は喜ぶだろうと思い、霊夢は手を握ったまま飛ばずに、歩き始めた。ゆったりとした歩調で、なるべく長く過ごせるために。
案の定、橙は喜んでいるようだった。霊夢は少し橙が羨ましかった。
「……私も、こういう風に歩きたかったなぁ」
「何か言った?」
「ううん、何でもないわよ」
笑顔でこちらを見上げる橙を見る。体験したかったことを体験できる喜びに満ちている橙を見る。
(……しょうがないなぁ)
霊夢からクスリと笑みがこぼれた。
自分を慕ってやって来たのだ。理由はともあれ、嬉しい限りじゃないか。そう言い訳して、霊夢は橙の『おままごと』に付き合うことにした。
(しかし、親子かぁ……親子なぁ)
相手は紫。娘は橙か――。
(……ん?)
霊夢の中で、何かが引っかかった。
「ねぇ、橙」
「なーにー?」
「あんた、誰から式もらったんだっけ?」
「んー? 霊夢知らなかったっけ? 藍さまだよぉ」
「藍……紫が、母親……」
霊夢は橙の手を振り切った。
「あぁ! 何するの!?」
「ちょ、手を握らないで。お願い。あと帰って。私が……とか、冗談じゃない!」
「ねぇ、最後なんて言ったの!? ねーえー! れーいーむぅー!」
「寄るなー!」
霊夢は飛んで逃げた。橙はそれを追いかける。
「あ、分かった鬼ごっこだね! 橙さんが鬼だね! よし、捕まえるぞぉー!」
「ぎゃー! 寄るなぁー! 今から年寄りになんてなりたくなーーーーい!」
霊夢の絶叫は、幻想郷中に響いた。
〈終わり〉
透き通るような青空に柔らかく包む陽光。幻想郷では欠伸をする者が後を絶たない。
寒気からの解放は働く気も失せさせる。夏まで間の準備段階であることは植物でも知っている。せっせと芽を出して、草木たちはこれから強烈になる太陽を期待しながら成長という準備をしていた。
暖かな空気は、幻想郷に穏やかさを醸し出していた。
博麗霊夢はすっかりと暖かさにやられてしまっていた。
陽光が当たる畳の上で、ごろりと転がって春眠を満喫している。
冬の忘れ物である枯れ葉など目にくれず、せっかくの活動しやすい気温だと言うのに外に出ようとはしない。すっかりダレている光景がそこに広がっていた。
そこに一人の来客が訪れる。
暖かくはなったものの、だからといってそれほど薄着ではない布地。いつもと変わらぬ赤い服を着て、頭にはのっかるように緑の帽子が配置。
何よりの特徴が、ぴょこぴょこ動く黒毛の耳に、ふりふりと動く先端が白毛の尻尾。
「あーっ!」
橙は霊夢の姿を視認した途端、大声を上げた。
「ダメだよ霊夢! 起きなきゃ、おーきーなーくーちゃー!」
そのままジャンプして、霊夢の腹の上にダイレクト着地。
霊夢の腹から空気が押し出され危うく中身もぶちまけるところだった。
「げほぉ、がはぁ!」
慌てて横になり橙を振り落として空気を供給する。
「な……なな、なにをするんじゃボケ猫!」
「ぼ、ボケ猫……」
春ボケしている者からボケ呼ばわりされてショックを受ける。
「たく、人が幸せにぐっすりと眠っている時に……」
「そう、それだよ! ダメだよ、霊夢が寝ちゃ!」
「……はぁ~?」
首を斜めにしての威嚇行動。
己よりも強い者に威嚇されて毛が逆立つ。
「だ……ダメなものはダメだもん!」
しかし勇気を振り絞って主張する。
霊夢はため息を吐く。
「なによ、どうしてそこまで私に寝させてくれないわけ? こんなにもい暖かくなったじゃない。あんただって眠くなるでしょ?」
「う……」
確かに、という表情を浮かべる橙。霊夢の主張は「ならばみんな寝ればいい」という平等的解決。
しかし、それは堕落への道。
確かに、みんなが寝れば問題はない。
けれど橙には「霊夢にだけ」は寝てほしくない理由があった。
「霊夢は――霊夢はみんなのお父さんだから負けずに寝ちゃダメなの!」
霊夢はしばらく無言のうち、
「は?」
と、首を傾げた。
霊夢は橙を家に上がり込ませて、冷茶をコップに注ぐ。
「はい」
「あ、ありがとうお父さん」
流れるようなモーションで頭にチョップ。
「あぅ」
「誰がお父さんじゃこら」
頭を押さえながら橙は霊夢を見上げる。
「だって、霊夢は幻想郷のみんなにとってのお父さんなんだもの」
「意味分からんわ」
「えっとね、えっとね……」
橙は口をもごもごとさせる。言いたいことを言おうとしているのだが、整理できていないようだ。
霊夢はため息を吐いて、橙の口元にコップを持っていった。
「ほら、まずは飲んで落ち着く。それから話す」
「う、うん」
霊夢からコップを受け取り、冷茶をこくこくと飲む。
コップの半分くらい一気に飲んだ。
「ぷはぁ」
「いい飲みっぷりじゃん」
「……は! これはお父さんがやることで、橙さんがやっちゃいけないことだった!」
霊夢の顔をジッと見つめる。
手にしたコップを差し出した。
「霊夢、飲んで! ぷはぁってして!」
「はぁ!? あんたなにを――」
ジッと橙は真剣な眼差しで霊夢を見る。
「…………」
霊夢はしばらくは無言だったが、諦めたのか橙のコップを受け取り、残りを一気に飲み干して「ぷはぁ!」と言った。
「おぉ~」
橙はパチパチと手を叩く。
「じゃあ、もう一杯」
「何のコントだ!」
「えー。霊夢いい飲みっぷりだったよ? こういう時は『もう一杯』って言うんじゃないの?」
「あんたのそれはどこ情報か……いや、いいわ。どうせあの性悪ババアが変なこと吹き込んだに決まってる。私を変にお父さん言うのだって、あいつのせいに決まってる」
「誰のこと言ってるんか分からないけど……霊夢がお父さんだと思ったのは、橙さんが考えたことだよ?」
「あんたが考えたの?」
「うん」
「ふーん、へぇ、そうなんだぁ……」
霊夢は近くにあった文々。新聞を丸めて、橙の頭をスパーンと叩いた。
「あぅ!? な、なんで!?」
「いやぁ、なんとなく。で、なんで橙は私がお父さんだと考えたの? というか、お母さんじゃないの?」
「ううん。お母さんは紫さまなの」
「どうして?」
うーん、と一生懸命に橙は考える。
「じゃあ、まずいつそれを思ったの?」
霊夢の問いかけに、橙は身振り手振りを交えて一生懸命に伝えようとした。
「あ、うんとね、橙さん藍さまと人里で買い物してる時に見たの。藍さまと橙さんみたいに仲良く買い物してる人間たちをね。でもね、なんか橙さんと藍さまみたいなのに、なんか違うの。なんていうか……雰囲気みたいなのが、違うの。それでね、藍さまが言ったの。『まるで私たちみたいだね』って。橙さんビックリしてね、どうして藍さまは同じだと思ったんだろうって。それでね、橙さんそのもやもやしてるものが何て言うのか分からなかったから、藍さまにきいたの。どこが似てるんですか? って。そしたら、藍さまはね、『親子みたいだね』って」
親子じゃないんかい……と霊夢はツッコミたかったが、人間と妖怪の価値観が違うことは今更なので口にはしなかった。
「それで?」
「橙さん、親子ってものがどんなのか考えたことなかったの。橙さんは、人間みたいな生まれ方じゃなかったから。だから、紫さまにきいたの。藍さま忙しそうだったから、起きたばっかりの紫さまに。そしたらね、紫さまは教えてくれたの。親子って言うのは、お父さんとお母さんがいて、お父さんとお母さんは子どもを大事にするんだって。そのためにお父さんとお母さんは役割を分けながら、大事に子どもを見守るんだって。それでね、橙さん、それをどっかで聞いたことがあった気がしてね、一生懸命に考えたの。そしたらね、思い出したの」
「それは?」
「それはね――幻想郷を守ってる紫さまと霊夢にぴったり当てはまると思ったの。それで橙さん、どっちがお父さんかお母さんか分からないから、藍さまにきいたの。紫さまにきいたら意味がないし、紫さままた寝てたから。そしたら、藍さま言ったの。お父さんには『だいこくばしら』っていう役割があるって。『だいこくばしら』がなくなったらお家が壊れちゃうんだって。藍さまそれしか教えてくれなかったけど、橙さんはそこから考えたの。幻想郷にとってのお家って何だろうって。考えたらね、それが分かったの。『はくれいだいけっかい』がみんなのお家だって。それで、霊夢が死んじゃったら『はくれいだいけっかい』は消えちゃうんでしょ?」
「まぁ、ねぇ……」
「だから、幻想郷にとっての『だいこくばしら』は霊夢で、霊夢がお父さんだと思ったの! で、残ったお母さんが紫さま。ね?」
「まぁ……うん……」
霊夢は何か答えることができなかった。これは橙が自分で一生懸命考えたことだ。それを「違う」とバッサリ切ることは霊夢にはできなかった。
代わりに、霊夢は別のことを訊くことにした。
「それで、どうして私が寝ちゃいけないの?」
「お父さんが寝ちゃったら、なんか大変なことがあった時に大変でしょ? お母さんの紫さまも今寝てるし、幻想郷を守るにはお父さんである霊夢しかいないの!」
「ふむ……」
霊夢は冷茶を啜りながら考えた。
コップを置いて、橙に話しかける。
「あのね、橙。あなたは勘違いしてるわ」
「かんちがい?」
「実はね、逆なのよ。私は、今寝なくちゃいけないの」
「えぇー!? ど、どうして!? どうして!? だって――」
「私や紫が寝てたら、幻想郷に大変なことが起きたら大変、でしょ? 確かに、今何かが起きたら大変ね。でもね、考えてもみて橙。どうして紫は冬に眠ってるのかしら?」
「え? それは……」
「考えたことある?」
橙は素直に首を横に振った。
霊夢は微笑む。
「あのね、それは私が冬に起きてるからなのよ。私と紫はちゃんと幻想郷を守ってるわ。……かわりばんこで、ね」
「かわりばんこ……」
「そ。だから、今春が来て、紫は起きてきたでしょう? それはね、私と交代するためなの。今度は私が寝る番。寝て、次の冬まで休んで備えるの」
「そ、そうだったんだー! 役割を分けるってそういうことだったんだ!」
橙はキラキラした目でこくこくと頷く。
「納得してくれた? じゃあ、私は寝るわね。もう眠いから」
「う、うん。ごめんね、そうとは知らずに起こしちゃって……」
「いいのよ。知らなかったらしょうがないもの」
霊夢は寝る体勢に入る。これでしばらくは安眠は確保されるだろう。霊夢の思惑通りに、橙は帰ろうとしている。
その背中を見ていて、ふと脳内に疑問が浮かび上がった。
「そういや、橙」
呼ばれ、振り返る。
「なに?」
「ここには何の用で来たの?」
「え? えっと」
橙は黙って、その場でもじもじし始めた。
「なによ、早く言いなさいよ」
「……その」
橙は上目で呟くように言った。
「……霊夢お父さんと、親子みたいなことがしたいなって……」
霊夢は横になろうとしていた動きを止めた。
「………………お母さんは、忙しいの?」
「うん」
霊夢は目をつむって考え込む。
姿勢だけで見れば、すぐにでも横になろうとしている霊夢だったが、
「そういえば、夕食の食材を買い忘れたわね」
すくっと立ち上がった。
橙をチラッと見る。
「……来る?」
橙の顔が輝いた。
「うんっ!」
橙は霊夢の手を握った。その手は小さいながらも温かく、霊夢は橙がそこにいることを実感する。
今まで自分が経験したことないことを、今『親』サイドから経験している。
きっとこうすれば橙は喜ぶだろうと思い、霊夢は手を握ったまま飛ばずに、歩き始めた。ゆったりとした歩調で、なるべく長く過ごせるために。
案の定、橙は喜んでいるようだった。霊夢は少し橙が羨ましかった。
「……私も、こういう風に歩きたかったなぁ」
「何か言った?」
「ううん、何でもないわよ」
笑顔でこちらを見上げる橙を見る。体験したかったことを体験できる喜びに満ちている橙を見る。
(……しょうがないなぁ)
霊夢からクスリと笑みがこぼれた。
自分を慕ってやって来たのだ。理由はともあれ、嬉しい限りじゃないか。そう言い訳して、霊夢は橙の『おままごと』に付き合うことにした。
(しかし、親子かぁ……親子なぁ)
相手は紫。娘は橙か――。
(……ん?)
霊夢の中で、何かが引っかかった。
「ねぇ、橙」
「なーにー?」
「あんた、誰から式もらったんだっけ?」
「んー? 霊夢知らなかったっけ? 藍さまだよぉ」
「藍……紫が、母親……」
霊夢は橙の手を振り切った。
「あぁ! 何するの!?」
「ちょ、手を握らないで。お願い。あと帰って。私が……とか、冗談じゃない!」
「ねぇ、最後なんて言ったの!? ねーえー! れーいーむぅー!」
「寄るなー!」
霊夢は飛んで逃げた。橙はそれを追いかける。
「あ、分かった鬼ごっこだね! 橙さんが鬼だね! よし、捕まえるぞぉー!」
「ぎゃー! 寄るなぁー! 今から年寄りになんてなりたくなーーーーい!」
霊夢の絶叫は、幻想郷中に響いた。
〈終わり〉
これは危険過ぎるwww
春めいた雰囲気は素敵。
話の中の春の暖かさが伝わってくるようでした
妙な微妙さで、いい雰囲気でした。具体的には橙さんとか。特に橙さんとか。あと橙さんとか。
霊夢が色々と不憫でしたが、あったかくて良い作品でした。
ここまで幼い橙は珍しいですが、上手く書けていたと思います。