「春、じゃないですよー……?」
春告精リリーホワイト、通称リリーの弱々しい声が真っ白な妖怪の山に小さく響いた。
~~~~~~~~~~
冬。それも寒波が猛威を振るう12月の下旬頃。
当然ながら、幻想郷では一面の雪景色が楽しめる。
今頃どこぞの氷精は、冬眠している蛙を掘り起こしては凍らせて遊んでいるのだろう。
冬になると現れる雪女は悠々と幻想郷中を闊歩しているのだろう。
冬。それはリリーにとって最も苦手な季節。
大好きな春が終わると彼女は妖怪の山の麓にある住処に帰り、次の春が来るまで冬眠……ではなく夏秋冬眠をしている。
そうして春が来たら、長い間溜め込んだ力を目一杯放出するのだ。
しかし今は冬。
桜の木の中にある住処にて、ふかふかの毛布に包まっているリリーは絶望をひしひしと感じていた。
それは冬に起きてしまった自分に対してではない。そもそも次の春まで眠るといっても、ずっと寝たきりという訳ではないのだ。
二、三ヶ月に一度だけ彼女は目を覚まし、埃の溜まった部屋の掃除や春に備えて食事をとったりしている。例年通り今年もそうしてきた。
ならば何故リリーは絶望するのか。
それは“春に備えて食事をとること”にあった。
元来妖精とは食事を必要としないものである。彼女達はただ人間の真似をしているに過ぎないのだ。
しかしリリーは違った。
幻想郷中を飛び回る時は、行く先行く先にある春の力の恩恵を受けることで疲れ果てることはない。
しかし、家から出て初めにする第一声、つまり春一番は訳が違う。
起き抜けでまだ僅かにしかない春の力だけでは、それは勤まらない。
彼女は美しい春を迎える為に、偶に起きては食物から少しずつエネルギーを摂取して力を溜めているのだが……。
「食料が……ないですー………」
季節に深く関わる者同士の好で、秋の神様から毎年貰う食料が家にないのだ。
普段ならそこには沢山のお米とお芋があるはずなのだ。秋の恵みのそれらを食べて、来る春に備えてもう一眠りするのをリリーは習慣としている。
「もしかしなくても、寝過ごした、です?」
眠る前の記憶を辿る。あれは夏だったか。目が覚めて部屋の掃除をし、とっておいた春の食材を食べて、満足して眠る。
それがいつもどおり。毎年そうしてきたのだ。
その次は秋に目を覚まして、神様達に食料を貰うことも毎年のことだった。
それなのに、秋に起きた記憶がない。今年は秋がとんでもなく短かったのだろうか。
いいや、まず12月下旬に起きた時点で寝過ごしていることは明らかだった。
「どうしましょう……このままでは春一番どころか、妖怪の山に春を伝えることすらできなくなっちゃうです」
決断の時が来た。
このまま不貞寝して、例年よりも元気のない春で我慢するのか。
なんとしてでも食材を確保し、そのエネルギーを以って最高の春を生み出すのか。
もちろん、答えは一つしかなかった。
「……たとえお外が寒くても、リリーは負けないですよ!」
普段着ることのないフワフワの白いコートを羽織り、意を決してリリーは太陽の下に飛び出した。
~~~~~~~~~~
「おわっ!?」
「ひゃんっ!!」
鈍い音とともに、リリーのおでこに衝撃が走る。
飛び出した彼女の前には一面の銀世界が待ち構えていると思いきや、目に映るのは一面金色の世界だった。
「な、なんだい? 急に驚かさないでおくれよ」
ぶつかった衝撃でフラフラと後ろによろけるリリーの前には、彼女の二倍程の長身の金髪の女性がいた。頭の後ろをさする女性の様子から、どうやらリリーのおでこと女性の後頭部がぶつかったらしい。
「ご……ごごごごめんなさいですっ!」
女性の顔を見たとき、リリーは戦慄した。
ちょうど衝突した所の反対側、つまり女性のおでこには見慣れない赤色の一本角が生えているのだ。
リリーは小さい頭で理解する―――まぎれもなく、鬼だ。それも恐らく地底から来た奴だろう。その鬼に思いっきりぶつかってしまった。彼らは好戦的と聞く。その怪力を以ってすれば、妖精ごとき一瞬で一回休みにさせられてしまうだろう。
残念!リリーの冒険はここで終わってしまった!
「何をそんなに怯えているんだい。私は大丈夫だが、お前さんは平気なのかい?」
「ははははいぃっ! 大丈夫です!」
「ははは、元気そうで結構結構。それにしても、妖精ってホントに木や花の中に住んでいるんだねぇ……まさか寄りかかっていた木に妖精がいたとは、私としたことが気付かなかったよ」
ニッコリと笑った鬼はちらちらと雪が降る中、酒がなみなみと入った杯を豪快に呷る。
どうやら存在を消されずに済んだようだ。
一先ず安心したリリーに、それを知ってか知らずか鬼は声をかける。
「なぁ、お前さんはかの春告精だろう? なんで冬にいるんだい」
「あ、えと、それには深そうで深くない、でもちょっとだけ深いワケがありまして……」
かくかくしかじか。寝坊した、ご飯がない、春がピンチ。
鬼はうんうんと頷きながらリリーの拙い話を聞く。案外、優しい妖怪なのかもしれないとリリーは心の隅で思った。
「へえ、中々大変じゃないか。力になるか分からないが、この酒を持っていくといいよ」
「あ、すみません……私お酒は弱い方なんですー」
前の春の宴会の時、下戸なのについついお酒を飲んでしまったリリーは、抵抗できないのを狙われて紅魔館に拉致されたのだ。なんとも、彼女に興味をもった吸血鬼が従者に春告精を連れてくるよう命じたのだとか。
その時は門番さんにこっそり助けてもらい、血を吸われることも弾幕に打ち抜かれることもなく無事に逃げ出せたのだ。
危うくリリースカーレットになるところだったと、後の彼女は天狗に語った。
何はともあれ、それ以来お酒は出来るだけ飲まないようにしたのだ。
そんな出来事を話すと、鬼はカッカッと笑ってお酒を再び呷った。
鬼と妖精、どちらも顔がほんのりと赤みを帯びていた。
原因となるものは違えど、両者とも会話を楽しんでいた。
「それなら、この先お前さんが世話になるであろう誰かにこの酒を持っていきなさい。天然の酒虫からできた極上の酒だ、きっと喜んでくれるさ」
「こんな高そうなもの、貰っちゃっていいんですか?」
「ああ、話相手になってくれたお礼さ。一人で雪見酒もいいかと思ったんだが、やっぱり私は誰かと一緒に飲む方が性に合うみたいだ」
両手で持てる程の大きさの瓶を受け取り、リリーはお礼を言う。
中のお酒がチャポンと音をたてた。
「…うーん、何かお礼をしたいですー」
「じゃあ、これならどうだい。次の春からは、私の家がある地底にも春を伝えに来てくれないかい?」
「それなら任せてください! とっても綺麗な春で地底を彩ってやるですよー!」
「よし、これでおあいこだね。春が楽しみだ」
鬼はもう何度目になるだろうか、杯をクイッと呷り立ち上がる。
「さてと、もうそろそろ帰ろうかね。私の仲間が探してそうだ」
「では、私もそろそろ行きますね。人里の方に一応当てがあるので、そちらに向かおうと思ってますー」
「あとそうだ、私に会ったことは誰にも言わないでおくれよ。力のある鬼が地上にいるのを見つかると厄介なんでね。勢力バランスがなんだかんだと、嫌な顔をされるのはごめんだ」
「了解ですー。ではまた来春に会いましょうねー」
「ああ。地底で待ってるよ」
薄い羽を広げてリリーは飛び立つ。
それを見送った鬼は空になった杯を片手に機嫌よく帰路についた。
~~~~~~~~~~
人里へ向かう途中、先ほどまで真っ直ぐ静かに落ちてきていた雪が風に煽られてリリーの顔にぺちぺちと当たるようになっていた。
目を瞬かせ、お酒を手に持ちながら負けじと進む。
しかし悲しいかな、普段なら冬に外に出ることがない為、雪の中でのフライトは慣れておらず予想以上にスピードが出ていない。その上、力の拠り所となる春の恩恵が一切ないせいか羽にあまり力が入っていないようだ。
本格的に寒くなる夜までには住処へ帰りたいが、空は雲だらけで太陽が見えないので如何せん今の時刻が分からない。
午の刻になるあたりだろうかと思案していると、にわかに後方から声がかかった。
「おや、春告精じゃないか。こんにちは」
「こんにちはですー。ええっと、八雲の狐さん」
幻想郷最高品質の金色毛玉、もとい八雲藍がリリーと同じ方向を目指して飛んできていた。
どうやら今はお昼ぐらいで合っているようだ。
「冬なのに珍しいこともあるものだ。前に会ったのは春先の宴会かな」
「ええと、そうですね。あの時は散々でしたよー」
「はは、違いないな。あの吸血鬼には困ったものだ」
私にとっては笑い事じゃないんですよー、とリリーは言うが軽く流されてしまった。
「ところで、狐さんも里に用事ですかー?」
「ああ、冬眠している主人の代わりに、稗田の娘に貸していた本の回収にな」
「いつもお疲れ様ですー。私も里に行く用事があるので、よかったら一緒に行きませんかー?」
何気ないこの発言から、思い掛けない幸運がリリーに舞い降りた。
「そうだな。なら、私の尻尾に乗りなさい。春の妖精が寒い中を飛ぶのは辛いだろう」
幻想郷の誰もが憧れる美しい毛並みの金色の尻尾が、彼女の前に差し出される。
一度は触ってみたいとリリーは思っていたが、まさかそれが今叶うとは思っていなかったのだろう。
「わあ! お言葉に甘えてふかふかしちゃいますよー!!」
興奮のあまり羽を忙しなく羽ばたかせ、勢いよく九つの尾に飛び込み頬ずりをする。
そしてそのまま尻尾の中に潜り込み、全身を布団に包まれたように外に顔だけ出した状態になる。
「すごいです! とっても暖かくてふわふわで快適で……とにかく幸せですよー!!」
「ふふ、では行くとするか」
尻尾から妖精の顔を生やした妖怪の姿を目撃したチルノが、何を勘違いしたか仲間の妖怪を引き連れて藍を退治しに行ったのはまた別の話。
「そういえば、お前は妖怪の山に住んでいるのかい?」
「そうですよー。そう言う狐さんも山の方から飛んで来たし、同じ山に住んでるんですかー?」
「いや、私の式の橙という化け猫が住んでいてな。急ぐ用事ではないし様子を見に行ってたんだ」
橙のことを話す藍の顔がだらしなくにやけているのを、藍の背中しか見えないリリーは気付かなかった。
「猫さんですかー。お話ししたことないですねー」
「山奥にある猫の里からあまり出ていないらしいから仕方ないか。さらに今は冬だから尚更引き篭もっていてな……妖怪だというのに、いつから家猫になったのやら」
ため息をつきながら肩を竦める藍の様子が可笑しいのか、リリーはころころと笑っている。
「猫さんですし、寒いのが苦手なんでしょうねー」
「さっきも主人の意向で設置された炬燵にうまっていて……確かにあれは良いものだが、いくらなんでも一日中ずっと浸るのはまずいだろうと、引き剥がしてきたところだよ」
「きっと今頃はまた浸っているでしょうねー」
愚痴を言いながらも、藍の口調に怒りはみられない。
優しいというよりかは自分の式には甘い彼女のことだから、しばらくは猫さんの方も変わらないだろうとリリーは笑い続ける。
そんな彼女の様子に、藍は咳払いをして居住まいを正す。
「まあ、そのなんだ、もし橙に会ったら遊んでやってくれ。普段はだらしなくても、弾幕ごっこの時は私に負けないくらい早く動くぞ」
「ふふ、分かりました。春なら私だって負ける気はしませんよ」
「程々によろしくな……っと、人里が見えてきたぞ」
人が生活している証拠である何条もの煙が立ち上っているのが見える。
予想よりも早く到着したことにリリーは吃驚する。
「じゃあ、ここでお別れかな。帰りは気を付けるんだよ」
尻尾から泣く泣く抜け出したリリーはその手に持っていた物を思い出し、里へ降りていく藍を呼び止める。
「あの、良かったらこれ、貰ってください。私はお酒飲めないので」
リリーが差し出した酒瓶を見て、今度は藍が吃驚する。
「そ、それは酒虫の酒じゃないか!? 一体どこでこんなものを手にいれ…」
「ナイショなんですよー。お礼に受け取って下さいですー」
藍の言葉を遮り、強引に自分の言葉を押し通す。
どうやら、いくら妖精でも大切な約束は忘れていないようだ。
「あ、ああ、まぁ聞かないでおくが、私にはこのお礼は高すぎるよ」
そう言って藍は袖の中をガサゴソと漁る。
スキマにでもなっているのだろうかとリリーは思うが、その真偽を知る者は当事者しかいない。
「お、良い物があった。そのお酒と釣り合うかは分からないが、これをあげよう」
藍の手に握られている物、それはリリーには見覚えのある物だった。
天狗がよく使っているものに似ているが、微妙な違いはすこし大きくごてごてとした姿ぐらいだろう。
「これはポラロイドカメラという外の世界の道具だ。このボタンを押せば、目の前の風景を切り取った絵がここから出てくるという優れものだ。まぁ、天狗が使っている物のそっくりさんのような感じかな」
「外の世界ってすごいですー。面白いものが一杯あるんでしょうねー」
キラキラとした目でポラロイドカメラを見つめるリリーだが、その使い方はちゃんと理解していないだろう。
実際、受け取ったそれを手でくるくると弄び、思い切り振り回したり軽く叩いたりを繰り返している。
それを見た藍は、妖精だからこんなものかと呆れながらもリリーの満足した様子に笑っていた。
「では、今度こそお別れだ。次は春に会おうな」
「はいー! また来春ー!」
稗田亭に向かう藍とは反対の方向に、カメラを首から提げたリリーは足を進めた。
~~~~~~~~~~
リリーは今、お花屋さんの前にいた。
いつも仲良くしてくれる売り子の少女に食材を貰うのが目的だったのだろう。
予定通りだったら今ここでそれらを貰い、さっさと住処に帰ってご飯を食べ、春に向けて眠っていただろう。
しかし、それらの予定が調和することは不可能となった。
「お花屋さん、どうして閉まってるんですかー…」
休業中と書かれたプレートの前で、本格的に不味いとリリーは思った。
人間友好度の高い彼女なら道行く人に頼めば助けてくれそうではあるが、見ず知らずの人に世話をかけるのは気が引けるのだろう。
比較的仲の良い慧音の所に行こうとしたが、彼女の家をしらない為にその希望も絶たれる。
いつもは寺子屋にいるが、今は冬休み中で誰もいないだろう。
今からでも藍を追いかけようかと考えていて心に余裕がなかったせいか、人通りが少ないというのに背後から忍び寄る影に気付くことができなかった。
「おどろけー!!!」
「ひやぁあああぁぁああぁあぁぁあ!?」
この時のリリーは驚きのあまり5メートル程すっ飛んでいたと、空から偶然見ていた魔理沙は後に語る。
「え、わ…! すごい! とってもお腹いっぱいだぁ!!」
ぴょんこぴょんこと飛び跳ね喜ぶのは忘れ傘の妖怪、多々良小傘だ。
おそらく今まで驚かせた中では一番の快挙だろう。
リリーはというと、盛大に雪の中へと尻餅をついていた。
「うぅぅ……なんなんですか一体」
「えへへ~ぼんやりしてたから、つい驚かせちゃった」
悪気など一切感じていないと言うかのように可愛らしく舌を出し、雪に埋まったリリーに手を差し伸べる。
対するリリーはあからさまに機嫌が悪いらしく、小傘の手を取りながら頬を膨らませている。
「貴女は……宴会の時、その茄子みたいな傘で骸骨をまわしてた妖怪さんですよね。小傘さんでしたっけ」
「む、いかにも。わちきは小傘と申す! それにしても、わちきの大切な傘を茄子みたいだとは失礼な。紫色は昔から高貴な色として珍重されてたでやんすよ」
小傘が芝居がかった口調でおどけながらそう言うと、ついついリリーも笑ってしまった。
「まったく……私が巫女だったら退治しちゃいますよー」
「いやぁあああそれだけは勘弁して~」
さっきまでの機嫌の悪さはどこへやら。
服についた雪を軽く落とし、簡単に身嗜みを整える。
「そういえば、何で春告精が冬なのにこんなとこにいるの?」
「それはですねぇ、うふふ……実は私、お腹が空いてしまいましてね。……貴女みたいな手頃な妖怪を食べちゃいにきたんですよー! ぎゃおー!!」
さっきのお返しと言わんばかりにリリーは手をいっぱいに広げて自分を大きくみせようとするも所詮は妖精、小傘が真に受けて驚くことはなく逆に笑われてしまう。
それも、お腹を抱えて涙が出るほどに。
「むむ……まぁ、お腹が空いているのは本当なんですよー」
「私はお腹いっぱいなんだけどねーププッ」
「もう! 笑わないでくださいよー! こっちは真剣なんですからー」
あの顔であの台詞はないわー、と笑い続ける小傘にまた頬を膨らませるリリー。
それを見た小傘は落ち着きを取り戻して、話の続きを促す。
「ここのお花屋さんにご飯を頂こうと思ってたのですが、生憎閉まってまして……どこかでおこぼれを頂けないかなーと」
「うーん、そうねぇ……」
道の真ん中で真面目に思案する二人に、近づく影が一つ。
「おやおや、こんな寒い中で小娘が何を唸っとるんじゃ?」
丸い耳に大きな尻尾、普段よりも疲れた様子で歩いてきたのは化け狸の二ッ岩マミゾウだ。
「あ、マミゾウ! どうしたの、何かフラフラしてない?」
「ちょいとそこで狐とでくわしてな、一泡吹かせてやったわい」
狐とは恐らく藍のことであろう。
うっすらと汚れた服やグシャグシャな毛並みを見るに、取っ組み合いをしたことは想像に難くない。
「えっと、マミゾーさん初めまして。春告精のリリーホワイトという者ですー。以後お見知りおきをー」
「ほう、礼儀正しい妖精さんじゃの。それに首から珍しい物を提げておるな。確か……ぽらろいどかめらなる物じゃったかのう」
「ええ、知り合いから貰ったんですー」
先程の話から察するに、マミゾウは藍とは仲が悪いらしい。
そう思ったリリーは、カメラの入手経路を言わないようにした。
「もうこちらに来てしまうとは……案外早かったのう」
どこかを心配するようにしかめっ面をするマミゾウの横で、小傘はカメラを食い入るように見つめている。
「私もそれ気になってたんだよねー。外の世界の道具なら、早苗に見せたら驚くかなーって」
キラキラと目を輝かせながら、カメラに顔がついてしまうほど近づく小傘。
それを見たリリーは首から提げていたカメラを抜き取り、おずおずと差し出す。
「良かったらどうぞですー。私では使いこなせなさそうなので……」
「えっ、でもいいの? 人から貰ったものなんでしょ?」
正確には妖怪からなんですけどねー、と心の中で思うが口にはしない。
「やっぱり道具は、ちゃんと使ってくれる方に持ってもらうのが良いと思うんですー。小傘さんなら、人一倍大切にしてくれるでしょう?」
「っ! うん!! 大切にするよ!」
「こらこら、貰い物をしたら喜ぶだけじゃのうて、礼をせねばいかんぞ」
カメラを受け取って、どこか使命感に燃える小傘を静めるようにマミゾウが彼女の頭を撫でる。
「そうだね……じゃあコレとかどう? 春告精にはぴったりだと思うの!」
そう言ってリリーに渡されたのは、鮮やかな紫色の小さな巾着袋だった。
中にはいくつか花の種が入っているようだ。
「駄菓子屋のおばちゃんに貰ったんだけど、私はお花育てるの苦手だし、貴女なら上手く育ててくれるでしょ?」
「はいー。では、ありがたく頂戴しますよー」
「ふぉっふぉっふぉっ、よきかなよきかな。ところで、さっきまでうんうん唸っておったが何かお困りかの?」
巾着袋をなくさないように懐に仕舞うリリーとカメラを嬉しそうに見ていた小傘は、先程までの会話を思い出して同時に顔を上げる。
「ああ、そうだった! マミゾウはこの辺りでタダでご飯を食べれるとこ知らない?」
「おん? 主は驚かせる努力をすればいいんじゃないのかのぅ?」
「小傘さんのじゃなくて、私のご飯ですよー。このままだと元気に春が迎えられなくなりそうなんですー」
「生憎じゃが、今日は鈴奈庵という貸本屋を見に行くだけのつもりじゃったんで、お金を持ち合わせておらんのじゃよ……」
むむむ、と手を顎にあててマミゾウは思案する。
しかし誰もが分かりきっていたように、タダ飯ができるところなど無いという結論に落ち着く……かと思いきや、マミゾウは違ったようだ。
「そうそう旨い話がある訳なかろうに……と言いたいところじゃが、心当たりがひとつだけある」
「本当ですか! 良かったら教えて欲しいですー!!」
「儂の居候しておる、命蓮寺じゃよ。主をみる限り邪な考えはなさそうじゃし、ちゃんと理由を言えば温かく迎えてくれるじゃろう」
「確かに、あそこなら安心だね! 私も何度かお世話になってるし、良い人……というより妖怪がいっぱいいるの」
風の噂では小傘の言う通り、命蓮寺は妖怪に優しいと聞く。
行ったことはないが、恐らく妖精にも優しく接してくれるだろうとリリーは思った。
「ありがとうございますー。とりあえず、そこに向かうことにしますねー」
「ああ、ちと待ってくれ。儂が提示しておいて何なんじゃが、命蓮寺に伝言を頼んでもよいかの?」
笑顔でリリーが頷くと、頬をかきながらマミゾウが空を見上げる。
つられて二人も上を向くと、だいぶ風の勢いが強くなっていることに気付く。
「もう一刻もしないうちに吹雪が強くなるかもしれん。それに先程の狐との争いで儂は大分疲れてしまってな……鈴奈庵で吹雪が弱くなるまで休ませてもらおうと思っておる。つまりは、命蓮寺に帰るのは遅くなると伝えて欲しいんじゃ。できるかの?」
「はい、任せてくださいですー!」
元気良く返事をしたリリーにつられて、マミゾウもニッコリと笑顔になる。
「では、儂はもう行くとするかの。二人とも、怪我をせんように気を付けてな」
「はーい。じゃあ私も天気が本格的に悪くなる前に、早苗のところに行こうかなー。カメラを早く見せてあげたいし。じゃ、またねー」
「お二方ともありがとうですー。また来春に会いましょうねー」
違った方向にある目的地へ向かって、三人とも足を速めた。
~~~~~~~~~~
「おぉおおぅ……前が見えないですー」
二人と別れて数分たったくらいであろうか。
命蓮寺に向かって羽を広げたというものの、だんだん大粒になってきた雪がリリーの視界を悪くしている。
それに加えて容赦なく風が吹くので、自分がどっちに向いているかすらも分からなくなっていた。
人里近くにある命蓮寺まではそこまで距離はないだろうと思っていたが、そんなリリーの考えは甘かったようだ。
飛んで行くよりも歩いた方が安全で早いことに気付いた時、天狗が起こしたような強風がリリーの体を吹き飛ばした。
~~~~~~~~~~
朦朧とした意識の中でリリーは誰かが近づいてくるのを見た。
雪に埋もれているというのに、何故か暖かさを感じる。
安心を覚えるとともに彼女は意識を手放した。
~~~~~~~~~~
「………い、おーい……あ、気が付いた?」
リリーがゆっくりと目を開けると、茶色い天井と女の人の顔が視界に飛び込んできた。
どうやら、凍死寸前のところを彼女に助けてもらったようだ。
リリーはなんとかお礼を言おうとして体を起こしたが、軽く咳き込んでしまった。
「ああ、無理しないでいいよ。今温かいお茶を持ってくるから、ゆっくり休むといい」
そう言って女の人は部屋の奥に消えていった。
白い長髪の彼女にリリーは見覚えがなかったので、どうやら人里にいる人間ではないようだ。
家を見渡すと目に付くものは渋柿が干してあることくらいで、特に物は置いてなく質素な生活をしているらしい。
実際、リリーに掛けられている薄い布団は少しやつれているように見える。
そうしてキョロキョロと周りを見ていると、女の人が湯気のたつ湯呑みを片手に戻ってきた。
「ほら、少しずつ飲みなさい。一気に飲むと体によくないからね」
「あ……助けてくれてありがとうですー。おかげで一回休みにならなくて済みました」
「なに、礼にはおよばないよ。人助けには慣れてるというか、趣味のようなものだからね」
湯呑みを傾け、少しずつお茶を胃に流し込んでいく。
ちょうどいい温かさがリリーの気持ちを落ち着ける。
「ところで、お前さんは春告精だろう? こんな真冬に見かけるとは思ってなかったよ」
「いつもならお家で冬眠してるんですけどねー。まぁそれには色々と訳がありまして……簡単に言うと、綺麗な春を迎えるには今日の内に食事をとらないといけないんですー…」
「へぇ、そりゃあ大変じゃないか。弱弱しい春なんかが来たら、巫女が異変だと思ってやってきそうだ」
あの鬼のような巫女が飛んでくるのを想像して青褪めるリリー。
それを見た女の人はカラカラと笑って再び部屋の奥へ行き、手に何かを持って戻ってくる。
「心配はいらないさ。ほら、よければコレを食べなさい」
そう言って目の前に置かれたものは、イチョウ形の美味しそうなアップルパイだった。
ふわりと漂う甘い香りに、リリーのお腹が可愛らしい音をたてる。
「え、え、いいんですか!? お返しできそうな物が花の種くらいしかないんですー…」
「ふふっ……お返しなんていらないから早くお食べ。私はもう食べたから、気にせず全部食べるといい」
「ありがとうございますですー!! 美味しくいただきます!!」
リリーは勢いよくアップルパイにかぶりつく。
その瞬間、彼女の口内にリンゴ独特の酸味と甘味が弾ける様に広がった。
焼いてから時間が大分経っているようだがパイの柔らかさは健在で、サクサクとした食感がリリーの舌を喜ばせる。
「~~~ッ!! とってもでりしゃすですー!」
「あら、ありがとう。今朝に私と慧音で協力して作ったやつだから、幸せそうに食べてくれて嬉しいわ」
「お姉さんはけーねぇのお友達ですかー! もしかして、貴女の名前って……!」
リリーの言う“けーねぇ”とは、“慧音”と“お姉さん”が合わさった言葉だろうか。
そう考えて微笑んだ女の人は、興奮するリリーの頭をぽんぽんと優しく叩き、口一杯に頬張ったパイをゆっくり食べるよう促す。
「ああ、そういえば紹介がまだだったね。私は藤原妹紅、竹林に住む人間さ」
「あ、えっと、幻想郷に住む方なら大体知ってるとは思いますが、私はリリーホワイトっていいますー」
お互いに軽く頭を下げ、自己紹介をする。
予想した名前と合っていた為か、リリーの顔はどこか誇らしげだ。
お辞儀をした時に湯呑みが空になっていることに気付いた女の人、妹紅は新しいお茶を慣れた手付きで注ぐ。
「もぐもぐ……もこねぇのお話はけーねぇからよく聞くですよー」
慧音がけーねぇなら自分はもこねぇなのかと、妹紅は気が抜けたように頬を緩ませる。
「へぇ、例えばどんな話を聞いたんだい、リリー?」
「そうですねぇ……あいつは何時も服が汚くて困る、戦いに勝った事を自慢しに早朝に家に来るのはやめて欲しい、授業中に子ども達に混ざって寝るから大人としての示しがつかない……えとせとらですー」
リリーから吐かれる悪口の応酬に、妹紅はがっくりと肩を落とす。
全て自分に非があるので反論の余地がなく、苦虫を噛み潰したような表情だ。
「愚痴ばっかりじゃないか……何かもう少し違うのはないのかい? もちろん、愚痴以外で」
「んー……そういえば、私ともこねぇはそっくりさんだから機会があったら仲良くしてやってくれ、って言われました。今こうしてお話できて嬉しいですよー」
「ああ、私もさ。しかしまぁ、私とリリーがそっくりって、何故だか分かるかい? 私には見当もつかないよ」
妹紅の言葉を受けてこくりと頷くリリー。
にへら、と笑っていた顔を引き締めた彼女につられて、妹紅も背筋を伸ばす。
「もこねぇは、死なない人間さんですよね?」
「そう、不老不死の蓬莱人さ。それがどうしたんだい?」
「つかぬ事をお聞きしますが、長く生きるのはやっぱり寂しい、です?」
「……ここには同じ蓬莱人がいるから、もう昔みたいな寂しさは感じないよ。こうして死なないおかげで、慧音やリリーに会うことができるのだし……ね」
思いもよらぬ質問に口ではそう答えるも、どこか影を帯びる妹紅の姿。
そんな妹紅を明るく照らすように、リリーは言葉を放った。
「なんとびっくり! 私たち妖精には死という概念がないんですー!! 自然がある限り、何度でも復活しちゃうんですよー! 私がいる限り、もこねぇに寂しい思いはさせませんよ!!」
しんみりとしていた空気は何処へやら。
寂しくないと言ったのに、こんな事を言われるとは思ってもいなかったのだろう。
呆気にとられた妹紅はやがて、そんな自分と自信満々な顔のリリーに可笑しくなって笑い出す。
妹紅は妖精に死がないことは知っていたが、不老不死のそっくりさんだとは考えたことがなかった。
彼女の目にうっすらと浮かんだ涙は、笑いすぎによるものか、それとも別のものか。
「ふふっ……そうね、ありがとうリリー」
「いえいえ、これからもよろしくなんですー!!」
不意に向けられたリリーの小さな手を、妹紅の手が優しく握り返した。
~~~~~~~~~~
「ところで、ご飯の件はもう大丈夫なの?」
「はい! あとはお家に帰って眠るだけですー!!」
助けられた当初の様子とは大違い。
羽をパタパタ頭をフリフリ、それこそ生まれ変わったかのように元気だ。
「パイだけで足りちゃうのねぇ」
「人間さんには少なくても、妖精には十分な量なんですよー。もこねぇのおかげで命蓮寺にお世話になる必要が…………あ」
リリーは思い出した。
当初の予定なら命蓮寺に行ってご飯をお裾分けしてもらい、マミゾウからの伝言を伝える筈だったことに。
リリーは気付いた。
ご飯の問題が解決し命蓮寺に行く必要がなくなっても、マミゾウの伝言はなくならないことに。
命に関わるような大事な伝言ではないので伝えなくても大丈夫かもしれないが、引き受けた仕事を蔑ろにするのはリリーの中では許せないことだった。
伊達に春を告げる使命を背負っていない彼女ならではだ。
急いで家を飛び出そうとするが、扉を開ける前に妹紅に引き止められてしまう。
「急にどうしたんだ? 今外に出るとさっきの二の舞になるよ!」
「はわっはわわわっ……頼まれてた伝言があったんですよー! 早く伝えなきゃ、命蓮寺の方々が心配しちゃうかもですー!!」
暴れるリリーをなんとか抑え付け、妹紅はリリーの顔を窓の外へ向ける。
「ほら、吹雪はまだ強い。私が代わりに伝えに行ってやるから、リリーはもう少し休んでなさい」
「駄目なんですー! 私が受けた仕事は私がやんなきゃ、気がすまないんですよー!!」
ほとほと困る妹紅だったが、リリーを止めることは無理と判断したらしく溜め息を吐いた。
「仕方ない、私がついていこう。リリーだけじゃ心配だ」
「ふぇ!? 良いんですか!? もこねぇと一緒だと心強いですー!!」
簡単に出かける支度を済ませて家を出ると、リリーが飛ばされた先程と同じかそれ以上の吹雪が二人に襲い掛かる。
「あばばばばばば……これじゃあ飛ぶどころか歩くこともできないですうぅぅぅ!!!」
「何言ってんだい、急ぐんだろう? 私にかかればこんな雪、どうってことないよ」
そう妹紅が言うと、辺り一面が一気に明るくなる。
一瞬何が起きたのかリリーは分からなかったが、妹紅の姿を見て納得した。
彼女の体には、轟々と燃える炎の翼と長い鳥の尾が出現していた。
周辺の雪は瞬時に融け、彼女の炎の前では吹雪すらもただの強風となる。
「すごいです! もこねぇカッコいいですー!!」
「ほらほら、はしゃいでないでこっちに来なさい。雪が降ってこなくても、こんな風じゃ一人で飛べないだろうから抱っこしてあげるよ」
「わーい! 抱っこですー!!」
妖精とは総じて子どもと同じなので、抱っこしてくれる事に喜んでリリーは近付く。
するとあっと言う間に服をつかまれて、軽々とお姫様抱っこのポーズになった。
まさかお姫様抱っこされるとは思ってもいなかったリリーは目を白黒させている。
「普通に抱っこじゃないんですか!?」
「こっちのほうが安定するし、安全だろう? さ、もう飛ぶよ」
恥ずかしいと抗議する暇もなく、リリーを抱えた妹紅は空へと飛び立った。
~~~~~~~~~~
竹林を飛び出し、真っ白な平原の上を低空飛行する。
風の強い上空を飛ぶことをリリーの為に避けているのだろうが、本人は特に気付いてない様子だ。
「とっても暖かくて早いですー!」
「こら、暴れない。命蓮寺はそんなに遠くないから、もうすぐ着くよ」
冷たい風がどんなにぶつかってこようとも、今は妹紅という安心に包まれているのでリリーは気楽そうだ。
その証拠に、妹紅が注意をしても意に介さず、体に当たることなく目の前で蒸発していく雪を掴もうと腕の中でもがいている。
「ふふ、もこねぇはとっても温かいですねー」
「そりゃあ、炎を操ってるし……温かくて当然じゃない?」
「そうじゃないんですよ、この温かさは炎じゃなくて………恋心なんですよー」
唐突なリリーの発言に、妹紅はバランスを崩して地面にぶつかりそうになる。
「ななな、何を言ってるのリリー!?」
「だって、もこねぇはけーねぇのことが好きなんですよねー? 私がけーねぇのお話をすると、もこねぇの中の春がとっても上昇するんですよー」
恋という名の春も感知するのかと、妹紅は顔を真っ赤にし口をパクパクさせている。
“我も紅に染まれ”と願ってつけた自分の名前に恥じない赤さである。
この様子を見るに、想いを伝えられず一人で燻らせているのだろうとリリーは予想する。
「あ、命蓮寺が見えてきましたよー」
平然としているリリーとは逆に、妹紅は平常心を保つのでいっぱいいっぱいだった。
~~~~~~~~~~
「ごめんくださいですー」
命蓮寺の門を潜り、敷地に入って近くに人がいるか探してみる。
妹紅は中までついてくる気はないらしく、門のあたりで待ってくれていた。
遠くからでも見て取れるほど、そっぽを向いている彼女の頬はまだ赤い。
そんな様子が可笑しくてリリーが笑っていると、寺の中から青い頭巾を被った女性が出てきた。
「はいはい、何か御用でしょうか? …って、あら、妖精? ……それも春告精がここに来るなんて珍しいわね」
「えっと、マミゾーさんに頼まれて、伝言を届けに来ました」
口に手をあてて、女性が驚いた表情をする。
今は大分落ち着いてきてはいるが、先程までの猛烈な吹雪を考えれば無理もないだろう。
女性が門にいる妹紅に気付くと、納得した様子でリリーに続きを促した。
「こんな天候の中、御免なさいね。それで、伝言の内容は何かしら?」
「マミゾーさんが、鈴奈庵で一休みするので帰りが遅くなると……」
「あら、そうなの。わざわざありがとうね。それにしても、伝言するほどのことじゃないわねぇ……寒かったでしょうし、よかったら休んでく? もちろん、門のところにいる人も呼んで」
女性が妹紅の方を指差して言う。
妹紅はというと、暇つぶしに小さな雪だるまを作っているようだ。
「いえ、お気持ちだけ頂きますー……と言っておいて何なんですけれど、宜しければ手で持てる程度のコップみたいなものを二つ、頂けませんかー?」
「コップ? うちの鼠が拾ってきた物があるから、それでいいかしら?」
「はい、ありがとうございますー!」
リリーがお礼を言うと、どこからか雲の塊がやってきて女性の近くで止まる。
「雪掻き中ごめんなさいね、雲山。ナズーリンの掘り出し物のコップみたいなのが居間にあるから、ちょっと持ってきてくれない?」
入道の妖怪さんだろうかとリリーが思っていると、雲山と呼ばれた雲が寺の奥へと飛び、あっという間に頼まれた物を手に戻ってきた。
「これでいいかしら?」
そう言って見せてきた物は、とても綺麗な模様の施された紺色の二つのコップ……と言うよりは口の広い徳利のようなものだった。
リリーの指定した通りの大きさではあったが、あまりにも高価そうなそれらに彼女はたじろいでしまう。
「こ、こんなに綺麗な物を貰っちゃっていいんですか!?」
「いいのよいいのよ、どうせうちの鼠が置いていった物だし。伝言のお礼として受け取って」
女性がにこりと笑い、それらをリリーに渡す。
滑って落とさないようにと、親切に袋も付けてくれている。
「ありがとうございますー! 来年は素敵な春をお届けしますね!!」
「ふふ、楽しみにしてるわ。あと、門のとこにいる人にも宜しく伝えといてね」
「はい! ではよいお年をー!」
ぺこりと一礼をして命蓮寺を後にし、妹紅のもとへと走り寄る。
もう顔の赤みは引いているようだ。
彼女の立っていた門の隅には、完成した小さな雪だるまが二つ並んでいた。
「お、伝言は済んだかい?」
「はいー。お待たせですー。もこねぇに宜しく伝えるよう言われましたー」
「あら、私も中までついていくべきだったかしら……。ところで、リリーはどこに住んでいるの? 吹雪は弱まってきたけれど、心配だから送ってくよ」
そう言って差し出された手をリリーが掴み返すと、先程と同じように軽々と小さな体を持ち上げられてお姫様抱っこの格好になった。
「お言葉に甘えて送られちゃいますー! 妖怪の山の麓までいいですかー?」
「了解、じゃ、行くよ!」
門から少し離れた場所で翼を展開し、二人は大空へと羽ばたいた。
~~~~~~~~~~
「へえ、リリーはこの木の中に住んでるのか。ホント、妖精って不思議ねぇ」
「無闇に木を焼かないで下さいよー? 妖精のお家を焼くのと同義なんですからー」
気付けばあんなに強かった吹雪は止み、雲の切れ間から夕日が顔を覗かせていた。
二人がいるリリーの住処周辺には段々と夜が降りてきていた。
「じゃあ、私はもう帰るよ。ああ、あと慧音のことは秘密にしておいてくれよ? 他の奴らにはもちろん、慧音にもね」
暗くなってきているのに、妹紅の顔が赤くなるのが分かる。
乙女なんですねー、とリリーは思ったが直接口には出さない。
「ふふふふふ、今のもこねぇ、とっても温かいですよー」
「こら、からかわないの」
「心配しなくても、もちろん内緒にしますよー。でも最後に、今日のお礼をさせて下さいですー」
リリーの言葉に妹紅は首を傾げる。
「お礼? お礼はいらないって言ったじゃない」
「でもでも、私がしたいからするんですー! まずは命蓮寺で貰ってきたこの二つの入れ物に、手頃な土を入れますよー」
冷たい雪を掻き分けて、やっと出てきた土を小さな手でそれぞれの入れ物に入れていく。
ある程度入れると、今度は懐から紫色の巾着袋を取り出す。
「次はコレです! 小傘さんから貰った何かの種を投下しますよー!」
いくつかの種の中からリリーが二粒選び、一つずつ入れ物の中の土に埋めていく。
そうして鉢植えとなった入れ物が二つ、リリーの目の前に出来上がる。
妹紅はというと、何をするのか分からないといった様子で腕を組み、リリーの行動を見守っている。
「ふふ……何も、鉢植えがお返しという訳ではないんですよー。ここからが本番ですー!!」
気合を入れたリリーが二つの鉢植えを手に取り、優しく胸の前に抱き寄せる。
むむむ、と小さく唸ったと同時に彼女から淡い光が溢れ出し、鉢植えを包み込んでいく。
眩しい程の光に妹紅は思わず目を細めて、それを遮るように腕で顔を隠す。
炎とは違った温かさが辺りに広がったかと思えば、やがて静かに治まっていった。
「ん……一体何なの……?」
眩んだ目を瞬かせ、妹紅がリリーの方に目をやる。
「ふぅ! ……はい、もこねぇ! 私の心からのお礼ですー!!」
リリーから差し出されたもの、それは紫色のチューリップが見事に咲いた二つの鉢植えだった。
命蓮寺で貰った高そうな入れ物と相まって、とても美しく上品に見える。
「春告精って、花を咲かせることもできるのね……」
「はいー! 十分に春の力が集まったので、お花さんに少し注いで咲かせてみましたー」
本来チューリップは春の花だが、リリーの力で冬でも逞しく育ってくれるらしい。
「コレ、チューリップの種だったんですねー。私、お花屋さんでは球根しか見たことなかったからビックリですー」
「種を数年育てると、球根の状態になるんだっけねぇ……。それにしても、二つとも貰っていいのかい?」
受け取るのを躊躇う妹紅に、リリーは二つの鉢植えを押し付けるようにして渡す。
「一つはもこねぇにプレゼントですー。もう一つの方はもこねぇの告白と一緒に、けーねぇにプレゼントしてあげて下さいー。いいですか、こ・く・は・く、素直に気持ちを伝える時に渡すんですよー?」
リリーは晴れやかな笑顔で言うが、言われた方は堪ったものではない。
それこそ、彼女が本当は腹黒い奴なのではないかと疑ってしまう程に。
「えっ、ちょっ、告白って……!」
慌てる妹紅を尻目に、リリーはニヤニヤとした顔を隠さずに言葉を続ける。
「ふふふ、紫色のチューリップの花言葉、ご存知ですかー?」
~~~~~~~~~~
「おーいパルスィ、今帰ったぞー」
「あら、勇儀。誰もアンタなんか待ってないわよ?」
「つれないねぇ、今日はいい土産話があるんだよ」
「ああもう、いつにまして酒臭いわ」
「まぁまぁ、聞いておくんなし。地上はホントに面白いとこでね、真冬なのに春告精がいたんだ」
「へぇ、春の妖精ねぇ。縁起でしか知らないけれど」
「私も会ったのは初めてさ。なかなか面白い奴でね、私特製の酒をあげたんだ」
「特製って……アンタは酒虫を捕まえて水に入れただけでしょうが」
「違いないが、捕まえるのが大変なんだよ。まぁ、そのお返しに地底にも春告精に来てもらうことになったよ」
「こんな辛気臭いとこにねぇ。ああ、春告精が来た日には盛大に宴会するんでしょうね。妬ましいわ」
「何言ってんだい、春の宴会にはお前さんと一緒に飲むって言わなかったかい?」
「……しょうがないわね、付き合ってあげるわよ!」
「紫様、紫様! 起きてください、お酒ですよ! それも鬼のお酒です!!」
「……んん、なによぅ。冬眠中に起こさないでって……え? 鬼の?」
「はい! 何故か春告精から貰ったんです」
「ええええええ! 私が頼み込んでもくれないのに、妖精が!? なんで!?」
「何故これを持ってたのかは私にも分かりません……」
「世の中何が起きるか分からないわね……私もまだ常識に囚われているのかしら……」
「とりあえず、橙を呼んで三人で飲みましょうか」
「そうね、皆で美味しく頂きましょうか。スキマで橙は連れてくるから、藍はおつまみをお願い」
「了解です! お酒に合う良いモノを用意してきますね!!」
「早苗~おどろけー!!」
「はいはい、驚いた驚い………え!?」
「えへへ~カメラだよー。驚いた? 驚いた?」
「驚きましたよ!! 天狗は貸してくれないのに、どこでそれを?」
「色々あって貰ったのー」
「色々って……便利な言葉ですねぇ」
「ね、ね、そんなことより写真撮ろう! 神様達も呼んでさ!」
「うーん、二人だけで撮りませんか? その後で二柱は呼びましょう」
「でも、どうやって撮るの? 一人だけ写真に写ってもつまんないよ?」
「自撮りですよ、じ・ど・り。こうやって撮るんです」
「わわわ、急に引っ張んないでよ。って、これちゃんと写るの?」
「もっと近寄って下さい! ほら、撮りますよー!!」
「「はい、チーズ!!」」
「今帰ったぞー。ふぅ、すっかり暗くなってしまったな」
「あらマミゾウ。おかえりなさい、ホントに遅くなったわねぇ」
「おお、ちゃんと伝わっとったか。あの妖精に感謝じゃのう」
「ところで、鈴奈庵だっけ? 面白い本とかあったの?」
「一輪の好きそうな、らぶこめでぃーとやらなら何冊か借りてきてやったぞ。ほれ、汚さんようにな」
「わ、ありがとー! 最近の本って昔と違くて面白いのよねー」
「おーい、そこの二人。居間に置いてた私の大切な二つの小壺を知らないかい?」
「………………ギクッ」
「おう、ナズーリン。儂は出掛けとったし知らんが……一輪? どうしたんじゃ、そんな青褪めおって」
「いちりーん…? 私の小壺を何処にやったんだい……?」
「ご……ごめんなさーい!!」
「やれやれじゃの」
「こんばんはー。慧音、いるかい?」
「ああいるよ、こんばんは。何か用かい妹紅?」
「唐突で悪いんだが、これ……受け取ってくれないかな?」
「チューリップ? なんでまた冬に?」
「弱っていた春告精を助けたお礼に貰ったんだ。ホントは二つ貰ったんだけど、一つは慧音に渡してって言われてね」
「なるほど。リリーは花を咲かせることもできると聞いていたが、お目にかかるのは初めてだよ。ありがとうな、妹紅」
「ああ、礼はリリーに言ってくれ。……あと、その、慧音はこの紫色のチューリップの花言葉を知っているかい?」
「紫色の? 花屋の娘に教えられたが、何だったかな……確か、ええっと…」
「あああ、言わないで! ……ちょっと恥ずかしいけれど、それが私の気持ちだよ、慧音」
「……! ふふっ、相変わらず不器用な奴だな、妹紅は」
「わ、笑わないでよ! 慧音は、私のこと、どう………どう思ってるの?」
「顔が真っ赤だぞ妹紅。…ああ、私も人のこと言えないな……」
「えっ、慧音、なんで泣いて……! わ、私じゃ、迷惑だったかな……」
「そんなことはない、そんなことはないんだよ妹紅。嬉しいんだ、本当に……。私も同じ気持ちだ、大好きだよ」
「……!!」
「おいおい……お前まで泣いてしまうとは、ああもう、せっかくのプロポーズなのに、肝心なところで決まらないなぁ」
「もう! もうっ…!! 私だって、嬉しくて……!!」
「ふふっ……紫色のチューリップの花言葉、本当に、私たちにピッタリだ」
「う、受け取って、くれるよね?」
「ああ、確かに受け取ったよ。“永遠の愛”を」
了
春告精リリーホワイト、通称リリーの弱々しい声が真っ白な妖怪の山に小さく響いた。
~~~~~~~~~~
冬。それも寒波が猛威を振るう12月の下旬頃。
当然ながら、幻想郷では一面の雪景色が楽しめる。
今頃どこぞの氷精は、冬眠している蛙を掘り起こしては凍らせて遊んでいるのだろう。
冬になると現れる雪女は悠々と幻想郷中を闊歩しているのだろう。
冬。それはリリーにとって最も苦手な季節。
大好きな春が終わると彼女は妖怪の山の麓にある住処に帰り、次の春が来るまで冬眠……ではなく夏秋冬眠をしている。
そうして春が来たら、長い間溜め込んだ力を目一杯放出するのだ。
しかし今は冬。
桜の木の中にある住処にて、ふかふかの毛布に包まっているリリーは絶望をひしひしと感じていた。
それは冬に起きてしまった自分に対してではない。そもそも次の春まで眠るといっても、ずっと寝たきりという訳ではないのだ。
二、三ヶ月に一度だけ彼女は目を覚まし、埃の溜まった部屋の掃除や春に備えて食事をとったりしている。例年通り今年もそうしてきた。
ならば何故リリーは絶望するのか。
それは“春に備えて食事をとること”にあった。
元来妖精とは食事を必要としないものである。彼女達はただ人間の真似をしているに過ぎないのだ。
しかしリリーは違った。
幻想郷中を飛び回る時は、行く先行く先にある春の力の恩恵を受けることで疲れ果てることはない。
しかし、家から出て初めにする第一声、つまり春一番は訳が違う。
起き抜けでまだ僅かにしかない春の力だけでは、それは勤まらない。
彼女は美しい春を迎える為に、偶に起きては食物から少しずつエネルギーを摂取して力を溜めているのだが……。
「食料が……ないですー………」
季節に深く関わる者同士の好で、秋の神様から毎年貰う食料が家にないのだ。
普段ならそこには沢山のお米とお芋があるはずなのだ。秋の恵みのそれらを食べて、来る春に備えてもう一眠りするのをリリーは習慣としている。
「もしかしなくても、寝過ごした、です?」
眠る前の記憶を辿る。あれは夏だったか。目が覚めて部屋の掃除をし、とっておいた春の食材を食べて、満足して眠る。
それがいつもどおり。毎年そうしてきたのだ。
その次は秋に目を覚まして、神様達に食料を貰うことも毎年のことだった。
それなのに、秋に起きた記憶がない。今年は秋がとんでもなく短かったのだろうか。
いいや、まず12月下旬に起きた時点で寝過ごしていることは明らかだった。
「どうしましょう……このままでは春一番どころか、妖怪の山に春を伝えることすらできなくなっちゃうです」
決断の時が来た。
このまま不貞寝して、例年よりも元気のない春で我慢するのか。
なんとしてでも食材を確保し、そのエネルギーを以って最高の春を生み出すのか。
もちろん、答えは一つしかなかった。
「……たとえお外が寒くても、リリーは負けないですよ!」
普段着ることのないフワフワの白いコートを羽織り、意を決してリリーは太陽の下に飛び出した。
~~~~~~~~~~
「おわっ!?」
「ひゃんっ!!」
鈍い音とともに、リリーのおでこに衝撃が走る。
飛び出した彼女の前には一面の銀世界が待ち構えていると思いきや、目に映るのは一面金色の世界だった。
「な、なんだい? 急に驚かさないでおくれよ」
ぶつかった衝撃でフラフラと後ろによろけるリリーの前には、彼女の二倍程の長身の金髪の女性がいた。頭の後ろをさする女性の様子から、どうやらリリーのおでこと女性の後頭部がぶつかったらしい。
「ご……ごごごごめんなさいですっ!」
女性の顔を見たとき、リリーは戦慄した。
ちょうど衝突した所の反対側、つまり女性のおでこには見慣れない赤色の一本角が生えているのだ。
リリーは小さい頭で理解する―――まぎれもなく、鬼だ。それも恐らく地底から来た奴だろう。その鬼に思いっきりぶつかってしまった。彼らは好戦的と聞く。その怪力を以ってすれば、妖精ごとき一瞬で一回休みにさせられてしまうだろう。
残念!リリーの冒険はここで終わってしまった!
「何をそんなに怯えているんだい。私は大丈夫だが、お前さんは平気なのかい?」
「ははははいぃっ! 大丈夫です!」
「ははは、元気そうで結構結構。それにしても、妖精ってホントに木や花の中に住んでいるんだねぇ……まさか寄りかかっていた木に妖精がいたとは、私としたことが気付かなかったよ」
ニッコリと笑った鬼はちらちらと雪が降る中、酒がなみなみと入った杯を豪快に呷る。
どうやら存在を消されずに済んだようだ。
一先ず安心したリリーに、それを知ってか知らずか鬼は声をかける。
「なぁ、お前さんはかの春告精だろう? なんで冬にいるんだい」
「あ、えと、それには深そうで深くない、でもちょっとだけ深いワケがありまして……」
かくかくしかじか。寝坊した、ご飯がない、春がピンチ。
鬼はうんうんと頷きながらリリーの拙い話を聞く。案外、優しい妖怪なのかもしれないとリリーは心の隅で思った。
「へえ、中々大変じゃないか。力になるか分からないが、この酒を持っていくといいよ」
「あ、すみません……私お酒は弱い方なんですー」
前の春の宴会の時、下戸なのについついお酒を飲んでしまったリリーは、抵抗できないのを狙われて紅魔館に拉致されたのだ。なんとも、彼女に興味をもった吸血鬼が従者に春告精を連れてくるよう命じたのだとか。
その時は門番さんにこっそり助けてもらい、血を吸われることも弾幕に打ち抜かれることもなく無事に逃げ出せたのだ。
危うくリリースカーレットになるところだったと、後の彼女は天狗に語った。
何はともあれ、それ以来お酒は出来るだけ飲まないようにしたのだ。
そんな出来事を話すと、鬼はカッカッと笑ってお酒を再び呷った。
鬼と妖精、どちらも顔がほんのりと赤みを帯びていた。
原因となるものは違えど、両者とも会話を楽しんでいた。
「それなら、この先お前さんが世話になるであろう誰かにこの酒を持っていきなさい。天然の酒虫からできた極上の酒だ、きっと喜んでくれるさ」
「こんな高そうなもの、貰っちゃっていいんですか?」
「ああ、話相手になってくれたお礼さ。一人で雪見酒もいいかと思ったんだが、やっぱり私は誰かと一緒に飲む方が性に合うみたいだ」
両手で持てる程の大きさの瓶を受け取り、リリーはお礼を言う。
中のお酒がチャポンと音をたてた。
「…うーん、何かお礼をしたいですー」
「じゃあ、これならどうだい。次の春からは、私の家がある地底にも春を伝えに来てくれないかい?」
「それなら任せてください! とっても綺麗な春で地底を彩ってやるですよー!」
「よし、これでおあいこだね。春が楽しみだ」
鬼はもう何度目になるだろうか、杯をクイッと呷り立ち上がる。
「さてと、もうそろそろ帰ろうかね。私の仲間が探してそうだ」
「では、私もそろそろ行きますね。人里の方に一応当てがあるので、そちらに向かおうと思ってますー」
「あとそうだ、私に会ったことは誰にも言わないでおくれよ。力のある鬼が地上にいるのを見つかると厄介なんでね。勢力バランスがなんだかんだと、嫌な顔をされるのはごめんだ」
「了解ですー。ではまた来春に会いましょうねー」
「ああ。地底で待ってるよ」
薄い羽を広げてリリーは飛び立つ。
それを見送った鬼は空になった杯を片手に機嫌よく帰路についた。
~~~~~~~~~~
人里へ向かう途中、先ほどまで真っ直ぐ静かに落ちてきていた雪が風に煽られてリリーの顔にぺちぺちと当たるようになっていた。
目を瞬かせ、お酒を手に持ちながら負けじと進む。
しかし悲しいかな、普段なら冬に外に出ることがない為、雪の中でのフライトは慣れておらず予想以上にスピードが出ていない。その上、力の拠り所となる春の恩恵が一切ないせいか羽にあまり力が入っていないようだ。
本格的に寒くなる夜までには住処へ帰りたいが、空は雲だらけで太陽が見えないので如何せん今の時刻が分からない。
午の刻になるあたりだろうかと思案していると、にわかに後方から声がかかった。
「おや、春告精じゃないか。こんにちは」
「こんにちはですー。ええっと、八雲の狐さん」
幻想郷最高品質の金色毛玉、もとい八雲藍がリリーと同じ方向を目指して飛んできていた。
どうやら今はお昼ぐらいで合っているようだ。
「冬なのに珍しいこともあるものだ。前に会ったのは春先の宴会かな」
「ええと、そうですね。あの時は散々でしたよー」
「はは、違いないな。あの吸血鬼には困ったものだ」
私にとっては笑い事じゃないんですよー、とリリーは言うが軽く流されてしまった。
「ところで、狐さんも里に用事ですかー?」
「ああ、冬眠している主人の代わりに、稗田の娘に貸していた本の回収にな」
「いつもお疲れ様ですー。私も里に行く用事があるので、よかったら一緒に行きませんかー?」
何気ないこの発言から、思い掛けない幸運がリリーに舞い降りた。
「そうだな。なら、私の尻尾に乗りなさい。春の妖精が寒い中を飛ぶのは辛いだろう」
幻想郷の誰もが憧れる美しい毛並みの金色の尻尾が、彼女の前に差し出される。
一度は触ってみたいとリリーは思っていたが、まさかそれが今叶うとは思っていなかったのだろう。
「わあ! お言葉に甘えてふかふかしちゃいますよー!!」
興奮のあまり羽を忙しなく羽ばたかせ、勢いよく九つの尾に飛び込み頬ずりをする。
そしてそのまま尻尾の中に潜り込み、全身を布団に包まれたように外に顔だけ出した状態になる。
「すごいです! とっても暖かくてふわふわで快適で……とにかく幸せですよー!!」
「ふふ、では行くとするか」
尻尾から妖精の顔を生やした妖怪の姿を目撃したチルノが、何を勘違いしたか仲間の妖怪を引き連れて藍を退治しに行ったのはまた別の話。
「そういえば、お前は妖怪の山に住んでいるのかい?」
「そうですよー。そう言う狐さんも山の方から飛んで来たし、同じ山に住んでるんですかー?」
「いや、私の式の橙という化け猫が住んでいてな。急ぐ用事ではないし様子を見に行ってたんだ」
橙のことを話す藍の顔がだらしなくにやけているのを、藍の背中しか見えないリリーは気付かなかった。
「猫さんですかー。お話ししたことないですねー」
「山奥にある猫の里からあまり出ていないらしいから仕方ないか。さらに今は冬だから尚更引き篭もっていてな……妖怪だというのに、いつから家猫になったのやら」
ため息をつきながら肩を竦める藍の様子が可笑しいのか、リリーはころころと笑っている。
「猫さんですし、寒いのが苦手なんでしょうねー」
「さっきも主人の意向で設置された炬燵にうまっていて……確かにあれは良いものだが、いくらなんでも一日中ずっと浸るのはまずいだろうと、引き剥がしてきたところだよ」
「きっと今頃はまた浸っているでしょうねー」
愚痴を言いながらも、藍の口調に怒りはみられない。
優しいというよりかは自分の式には甘い彼女のことだから、しばらくは猫さんの方も変わらないだろうとリリーは笑い続ける。
そんな彼女の様子に、藍は咳払いをして居住まいを正す。
「まあ、そのなんだ、もし橙に会ったら遊んでやってくれ。普段はだらしなくても、弾幕ごっこの時は私に負けないくらい早く動くぞ」
「ふふ、分かりました。春なら私だって負ける気はしませんよ」
「程々によろしくな……っと、人里が見えてきたぞ」
人が生活している証拠である何条もの煙が立ち上っているのが見える。
予想よりも早く到着したことにリリーは吃驚する。
「じゃあ、ここでお別れかな。帰りは気を付けるんだよ」
尻尾から泣く泣く抜け出したリリーはその手に持っていた物を思い出し、里へ降りていく藍を呼び止める。
「あの、良かったらこれ、貰ってください。私はお酒飲めないので」
リリーが差し出した酒瓶を見て、今度は藍が吃驚する。
「そ、それは酒虫の酒じゃないか!? 一体どこでこんなものを手にいれ…」
「ナイショなんですよー。お礼に受け取って下さいですー」
藍の言葉を遮り、強引に自分の言葉を押し通す。
どうやら、いくら妖精でも大切な約束は忘れていないようだ。
「あ、ああ、まぁ聞かないでおくが、私にはこのお礼は高すぎるよ」
そう言って藍は袖の中をガサゴソと漁る。
スキマにでもなっているのだろうかとリリーは思うが、その真偽を知る者は当事者しかいない。
「お、良い物があった。そのお酒と釣り合うかは分からないが、これをあげよう」
藍の手に握られている物、それはリリーには見覚えのある物だった。
天狗がよく使っているものに似ているが、微妙な違いはすこし大きくごてごてとした姿ぐらいだろう。
「これはポラロイドカメラという外の世界の道具だ。このボタンを押せば、目の前の風景を切り取った絵がここから出てくるという優れものだ。まぁ、天狗が使っている物のそっくりさんのような感じかな」
「外の世界ってすごいですー。面白いものが一杯あるんでしょうねー」
キラキラとした目でポラロイドカメラを見つめるリリーだが、その使い方はちゃんと理解していないだろう。
実際、受け取ったそれを手でくるくると弄び、思い切り振り回したり軽く叩いたりを繰り返している。
それを見た藍は、妖精だからこんなものかと呆れながらもリリーの満足した様子に笑っていた。
「では、今度こそお別れだ。次は春に会おうな」
「はいー! また来春ー!」
稗田亭に向かう藍とは反対の方向に、カメラを首から提げたリリーは足を進めた。
~~~~~~~~~~
リリーは今、お花屋さんの前にいた。
いつも仲良くしてくれる売り子の少女に食材を貰うのが目的だったのだろう。
予定通りだったら今ここでそれらを貰い、さっさと住処に帰ってご飯を食べ、春に向けて眠っていただろう。
しかし、それらの予定が調和することは不可能となった。
「お花屋さん、どうして閉まってるんですかー…」
休業中と書かれたプレートの前で、本格的に不味いとリリーは思った。
人間友好度の高い彼女なら道行く人に頼めば助けてくれそうではあるが、見ず知らずの人に世話をかけるのは気が引けるのだろう。
比較的仲の良い慧音の所に行こうとしたが、彼女の家をしらない為にその希望も絶たれる。
いつもは寺子屋にいるが、今は冬休み中で誰もいないだろう。
今からでも藍を追いかけようかと考えていて心に余裕がなかったせいか、人通りが少ないというのに背後から忍び寄る影に気付くことができなかった。
「おどろけー!!!」
「ひやぁあああぁぁああぁあぁぁあ!?」
この時のリリーは驚きのあまり5メートル程すっ飛んでいたと、空から偶然見ていた魔理沙は後に語る。
「え、わ…! すごい! とってもお腹いっぱいだぁ!!」
ぴょんこぴょんこと飛び跳ね喜ぶのは忘れ傘の妖怪、多々良小傘だ。
おそらく今まで驚かせた中では一番の快挙だろう。
リリーはというと、盛大に雪の中へと尻餅をついていた。
「うぅぅ……なんなんですか一体」
「えへへ~ぼんやりしてたから、つい驚かせちゃった」
悪気など一切感じていないと言うかのように可愛らしく舌を出し、雪に埋まったリリーに手を差し伸べる。
対するリリーはあからさまに機嫌が悪いらしく、小傘の手を取りながら頬を膨らませている。
「貴女は……宴会の時、その茄子みたいな傘で骸骨をまわしてた妖怪さんですよね。小傘さんでしたっけ」
「む、いかにも。わちきは小傘と申す! それにしても、わちきの大切な傘を茄子みたいだとは失礼な。紫色は昔から高貴な色として珍重されてたでやんすよ」
小傘が芝居がかった口調でおどけながらそう言うと、ついついリリーも笑ってしまった。
「まったく……私が巫女だったら退治しちゃいますよー」
「いやぁあああそれだけは勘弁して~」
さっきまでの機嫌の悪さはどこへやら。
服についた雪を軽く落とし、簡単に身嗜みを整える。
「そういえば、何で春告精が冬なのにこんなとこにいるの?」
「それはですねぇ、うふふ……実は私、お腹が空いてしまいましてね。……貴女みたいな手頃な妖怪を食べちゃいにきたんですよー! ぎゃおー!!」
さっきのお返しと言わんばかりにリリーは手をいっぱいに広げて自分を大きくみせようとするも所詮は妖精、小傘が真に受けて驚くことはなく逆に笑われてしまう。
それも、お腹を抱えて涙が出るほどに。
「むむ……まぁ、お腹が空いているのは本当なんですよー」
「私はお腹いっぱいなんだけどねーププッ」
「もう! 笑わないでくださいよー! こっちは真剣なんですからー」
あの顔であの台詞はないわー、と笑い続ける小傘にまた頬を膨らませるリリー。
それを見た小傘は落ち着きを取り戻して、話の続きを促す。
「ここのお花屋さんにご飯を頂こうと思ってたのですが、生憎閉まってまして……どこかでおこぼれを頂けないかなーと」
「うーん、そうねぇ……」
道の真ん中で真面目に思案する二人に、近づく影が一つ。
「おやおや、こんな寒い中で小娘が何を唸っとるんじゃ?」
丸い耳に大きな尻尾、普段よりも疲れた様子で歩いてきたのは化け狸の二ッ岩マミゾウだ。
「あ、マミゾウ! どうしたの、何かフラフラしてない?」
「ちょいとそこで狐とでくわしてな、一泡吹かせてやったわい」
狐とは恐らく藍のことであろう。
うっすらと汚れた服やグシャグシャな毛並みを見るに、取っ組み合いをしたことは想像に難くない。
「えっと、マミゾーさん初めまして。春告精のリリーホワイトという者ですー。以後お見知りおきをー」
「ほう、礼儀正しい妖精さんじゃの。それに首から珍しい物を提げておるな。確か……ぽらろいどかめらなる物じゃったかのう」
「ええ、知り合いから貰ったんですー」
先程の話から察するに、マミゾウは藍とは仲が悪いらしい。
そう思ったリリーは、カメラの入手経路を言わないようにした。
「もうこちらに来てしまうとは……案外早かったのう」
どこかを心配するようにしかめっ面をするマミゾウの横で、小傘はカメラを食い入るように見つめている。
「私もそれ気になってたんだよねー。外の世界の道具なら、早苗に見せたら驚くかなーって」
キラキラと目を輝かせながら、カメラに顔がついてしまうほど近づく小傘。
それを見たリリーは首から提げていたカメラを抜き取り、おずおずと差し出す。
「良かったらどうぞですー。私では使いこなせなさそうなので……」
「えっ、でもいいの? 人から貰ったものなんでしょ?」
正確には妖怪からなんですけどねー、と心の中で思うが口にはしない。
「やっぱり道具は、ちゃんと使ってくれる方に持ってもらうのが良いと思うんですー。小傘さんなら、人一倍大切にしてくれるでしょう?」
「っ! うん!! 大切にするよ!」
「こらこら、貰い物をしたら喜ぶだけじゃのうて、礼をせねばいかんぞ」
カメラを受け取って、どこか使命感に燃える小傘を静めるようにマミゾウが彼女の頭を撫でる。
「そうだね……じゃあコレとかどう? 春告精にはぴったりだと思うの!」
そう言ってリリーに渡されたのは、鮮やかな紫色の小さな巾着袋だった。
中にはいくつか花の種が入っているようだ。
「駄菓子屋のおばちゃんに貰ったんだけど、私はお花育てるの苦手だし、貴女なら上手く育ててくれるでしょ?」
「はいー。では、ありがたく頂戴しますよー」
「ふぉっふぉっふぉっ、よきかなよきかな。ところで、さっきまでうんうん唸っておったが何かお困りかの?」
巾着袋をなくさないように懐に仕舞うリリーとカメラを嬉しそうに見ていた小傘は、先程までの会話を思い出して同時に顔を上げる。
「ああ、そうだった! マミゾウはこの辺りでタダでご飯を食べれるとこ知らない?」
「おん? 主は驚かせる努力をすればいいんじゃないのかのぅ?」
「小傘さんのじゃなくて、私のご飯ですよー。このままだと元気に春が迎えられなくなりそうなんですー」
「生憎じゃが、今日は鈴奈庵という貸本屋を見に行くだけのつもりじゃったんで、お金を持ち合わせておらんのじゃよ……」
むむむ、と手を顎にあててマミゾウは思案する。
しかし誰もが分かりきっていたように、タダ飯ができるところなど無いという結論に落ち着く……かと思いきや、マミゾウは違ったようだ。
「そうそう旨い話がある訳なかろうに……と言いたいところじゃが、心当たりがひとつだけある」
「本当ですか! 良かったら教えて欲しいですー!!」
「儂の居候しておる、命蓮寺じゃよ。主をみる限り邪な考えはなさそうじゃし、ちゃんと理由を言えば温かく迎えてくれるじゃろう」
「確かに、あそこなら安心だね! 私も何度かお世話になってるし、良い人……というより妖怪がいっぱいいるの」
風の噂では小傘の言う通り、命蓮寺は妖怪に優しいと聞く。
行ったことはないが、恐らく妖精にも優しく接してくれるだろうとリリーは思った。
「ありがとうございますー。とりあえず、そこに向かうことにしますねー」
「ああ、ちと待ってくれ。儂が提示しておいて何なんじゃが、命蓮寺に伝言を頼んでもよいかの?」
笑顔でリリーが頷くと、頬をかきながらマミゾウが空を見上げる。
つられて二人も上を向くと、だいぶ風の勢いが強くなっていることに気付く。
「もう一刻もしないうちに吹雪が強くなるかもしれん。それに先程の狐との争いで儂は大分疲れてしまってな……鈴奈庵で吹雪が弱くなるまで休ませてもらおうと思っておる。つまりは、命蓮寺に帰るのは遅くなると伝えて欲しいんじゃ。できるかの?」
「はい、任せてくださいですー!」
元気良く返事をしたリリーにつられて、マミゾウもニッコリと笑顔になる。
「では、儂はもう行くとするかの。二人とも、怪我をせんように気を付けてな」
「はーい。じゃあ私も天気が本格的に悪くなる前に、早苗のところに行こうかなー。カメラを早く見せてあげたいし。じゃ、またねー」
「お二方ともありがとうですー。また来春に会いましょうねー」
違った方向にある目的地へ向かって、三人とも足を速めた。
~~~~~~~~~~
「おぉおおぅ……前が見えないですー」
二人と別れて数分たったくらいであろうか。
命蓮寺に向かって羽を広げたというものの、だんだん大粒になってきた雪がリリーの視界を悪くしている。
それに加えて容赦なく風が吹くので、自分がどっちに向いているかすらも分からなくなっていた。
人里近くにある命蓮寺まではそこまで距離はないだろうと思っていたが、そんなリリーの考えは甘かったようだ。
飛んで行くよりも歩いた方が安全で早いことに気付いた時、天狗が起こしたような強風がリリーの体を吹き飛ばした。
~~~~~~~~~~
朦朧とした意識の中でリリーは誰かが近づいてくるのを見た。
雪に埋もれているというのに、何故か暖かさを感じる。
安心を覚えるとともに彼女は意識を手放した。
~~~~~~~~~~
「………い、おーい……あ、気が付いた?」
リリーがゆっくりと目を開けると、茶色い天井と女の人の顔が視界に飛び込んできた。
どうやら、凍死寸前のところを彼女に助けてもらったようだ。
リリーはなんとかお礼を言おうとして体を起こしたが、軽く咳き込んでしまった。
「ああ、無理しないでいいよ。今温かいお茶を持ってくるから、ゆっくり休むといい」
そう言って女の人は部屋の奥に消えていった。
白い長髪の彼女にリリーは見覚えがなかったので、どうやら人里にいる人間ではないようだ。
家を見渡すと目に付くものは渋柿が干してあることくらいで、特に物は置いてなく質素な生活をしているらしい。
実際、リリーに掛けられている薄い布団は少しやつれているように見える。
そうしてキョロキョロと周りを見ていると、女の人が湯気のたつ湯呑みを片手に戻ってきた。
「ほら、少しずつ飲みなさい。一気に飲むと体によくないからね」
「あ……助けてくれてありがとうですー。おかげで一回休みにならなくて済みました」
「なに、礼にはおよばないよ。人助けには慣れてるというか、趣味のようなものだからね」
湯呑みを傾け、少しずつお茶を胃に流し込んでいく。
ちょうどいい温かさがリリーの気持ちを落ち着ける。
「ところで、お前さんは春告精だろう? こんな真冬に見かけるとは思ってなかったよ」
「いつもならお家で冬眠してるんですけどねー。まぁそれには色々と訳がありまして……簡単に言うと、綺麗な春を迎えるには今日の内に食事をとらないといけないんですー…」
「へぇ、そりゃあ大変じゃないか。弱弱しい春なんかが来たら、巫女が異変だと思ってやってきそうだ」
あの鬼のような巫女が飛んでくるのを想像して青褪めるリリー。
それを見た女の人はカラカラと笑って再び部屋の奥へ行き、手に何かを持って戻ってくる。
「心配はいらないさ。ほら、よければコレを食べなさい」
そう言って目の前に置かれたものは、イチョウ形の美味しそうなアップルパイだった。
ふわりと漂う甘い香りに、リリーのお腹が可愛らしい音をたてる。
「え、え、いいんですか!? お返しできそうな物が花の種くらいしかないんですー…」
「ふふっ……お返しなんていらないから早くお食べ。私はもう食べたから、気にせず全部食べるといい」
「ありがとうございますですー!! 美味しくいただきます!!」
リリーは勢いよくアップルパイにかぶりつく。
その瞬間、彼女の口内にリンゴ独特の酸味と甘味が弾ける様に広がった。
焼いてから時間が大分経っているようだがパイの柔らかさは健在で、サクサクとした食感がリリーの舌を喜ばせる。
「~~~ッ!! とってもでりしゃすですー!」
「あら、ありがとう。今朝に私と慧音で協力して作ったやつだから、幸せそうに食べてくれて嬉しいわ」
「お姉さんはけーねぇのお友達ですかー! もしかして、貴女の名前って……!」
リリーの言う“けーねぇ”とは、“慧音”と“お姉さん”が合わさった言葉だろうか。
そう考えて微笑んだ女の人は、興奮するリリーの頭をぽんぽんと優しく叩き、口一杯に頬張ったパイをゆっくり食べるよう促す。
「ああ、そういえば紹介がまだだったね。私は藤原妹紅、竹林に住む人間さ」
「あ、えっと、幻想郷に住む方なら大体知ってるとは思いますが、私はリリーホワイトっていいますー」
お互いに軽く頭を下げ、自己紹介をする。
予想した名前と合っていた為か、リリーの顔はどこか誇らしげだ。
お辞儀をした時に湯呑みが空になっていることに気付いた女の人、妹紅は新しいお茶を慣れた手付きで注ぐ。
「もぐもぐ……もこねぇのお話はけーねぇからよく聞くですよー」
慧音がけーねぇなら自分はもこねぇなのかと、妹紅は気が抜けたように頬を緩ませる。
「へぇ、例えばどんな話を聞いたんだい、リリー?」
「そうですねぇ……あいつは何時も服が汚くて困る、戦いに勝った事を自慢しに早朝に家に来るのはやめて欲しい、授業中に子ども達に混ざって寝るから大人としての示しがつかない……えとせとらですー」
リリーから吐かれる悪口の応酬に、妹紅はがっくりと肩を落とす。
全て自分に非があるので反論の余地がなく、苦虫を噛み潰したような表情だ。
「愚痴ばっかりじゃないか……何かもう少し違うのはないのかい? もちろん、愚痴以外で」
「んー……そういえば、私ともこねぇはそっくりさんだから機会があったら仲良くしてやってくれ、って言われました。今こうしてお話できて嬉しいですよー」
「ああ、私もさ。しかしまぁ、私とリリーがそっくりって、何故だか分かるかい? 私には見当もつかないよ」
妹紅の言葉を受けてこくりと頷くリリー。
にへら、と笑っていた顔を引き締めた彼女につられて、妹紅も背筋を伸ばす。
「もこねぇは、死なない人間さんですよね?」
「そう、不老不死の蓬莱人さ。それがどうしたんだい?」
「つかぬ事をお聞きしますが、長く生きるのはやっぱり寂しい、です?」
「……ここには同じ蓬莱人がいるから、もう昔みたいな寂しさは感じないよ。こうして死なないおかげで、慧音やリリーに会うことができるのだし……ね」
思いもよらぬ質問に口ではそう答えるも、どこか影を帯びる妹紅の姿。
そんな妹紅を明るく照らすように、リリーは言葉を放った。
「なんとびっくり! 私たち妖精には死という概念がないんですー!! 自然がある限り、何度でも復活しちゃうんですよー! 私がいる限り、もこねぇに寂しい思いはさせませんよ!!」
しんみりとしていた空気は何処へやら。
寂しくないと言ったのに、こんな事を言われるとは思ってもいなかったのだろう。
呆気にとられた妹紅はやがて、そんな自分と自信満々な顔のリリーに可笑しくなって笑い出す。
妹紅は妖精に死がないことは知っていたが、不老不死のそっくりさんだとは考えたことがなかった。
彼女の目にうっすらと浮かんだ涙は、笑いすぎによるものか、それとも別のものか。
「ふふっ……そうね、ありがとうリリー」
「いえいえ、これからもよろしくなんですー!!」
不意に向けられたリリーの小さな手を、妹紅の手が優しく握り返した。
~~~~~~~~~~
「ところで、ご飯の件はもう大丈夫なの?」
「はい! あとはお家に帰って眠るだけですー!!」
助けられた当初の様子とは大違い。
羽をパタパタ頭をフリフリ、それこそ生まれ変わったかのように元気だ。
「パイだけで足りちゃうのねぇ」
「人間さんには少なくても、妖精には十分な量なんですよー。もこねぇのおかげで命蓮寺にお世話になる必要が…………あ」
リリーは思い出した。
当初の予定なら命蓮寺に行ってご飯をお裾分けしてもらい、マミゾウからの伝言を伝える筈だったことに。
リリーは気付いた。
ご飯の問題が解決し命蓮寺に行く必要がなくなっても、マミゾウの伝言はなくならないことに。
命に関わるような大事な伝言ではないので伝えなくても大丈夫かもしれないが、引き受けた仕事を蔑ろにするのはリリーの中では許せないことだった。
伊達に春を告げる使命を背負っていない彼女ならではだ。
急いで家を飛び出そうとするが、扉を開ける前に妹紅に引き止められてしまう。
「急にどうしたんだ? 今外に出るとさっきの二の舞になるよ!」
「はわっはわわわっ……頼まれてた伝言があったんですよー! 早く伝えなきゃ、命蓮寺の方々が心配しちゃうかもですー!!」
暴れるリリーをなんとか抑え付け、妹紅はリリーの顔を窓の外へ向ける。
「ほら、吹雪はまだ強い。私が代わりに伝えに行ってやるから、リリーはもう少し休んでなさい」
「駄目なんですー! 私が受けた仕事は私がやんなきゃ、気がすまないんですよー!!」
ほとほと困る妹紅だったが、リリーを止めることは無理と判断したらしく溜め息を吐いた。
「仕方ない、私がついていこう。リリーだけじゃ心配だ」
「ふぇ!? 良いんですか!? もこねぇと一緒だと心強いですー!!」
簡単に出かける支度を済ませて家を出ると、リリーが飛ばされた先程と同じかそれ以上の吹雪が二人に襲い掛かる。
「あばばばばばば……これじゃあ飛ぶどころか歩くこともできないですうぅぅぅ!!!」
「何言ってんだい、急ぐんだろう? 私にかかればこんな雪、どうってことないよ」
そう妹紅が言うと、辺り一面が一気に明るくなる。
一瞬何が起きたのかリリーは分からなかったが、妹紅の姿を見て納得した。
彼女の体には、轟々と燃える炎の翼と長い鳥の尾が出現していた。
周辺の雪は瞬時に融け、彼女の炎の前では吹雪すらもただの強風となる。
「すごいです! もこねぇカッコいいですー!!」
「ほらほら、はしゃいでないでこっちに来なさい。雪が降ってこなくても、こんな風じゃ一人で飛べないだろうから抱っこしてあげるよ」
「わーい! 抱っこですー!!」
妖精とは総じて子どもと同じなので、抱っこしてくれる事に喜んでリリーは近付く。
するとあっと言う間に服をつかまれて、軽々とお姫様抱っこのポーズになった。
まさかお姫様抱っこされるとは思ってもいなかったリリーは目を白黒させている。
「普通に抱っこじゃないんですか!?」
「こっちのほうが安定するし、安全だろう? さ、もう飛ぶよ」
恥ずかしいと抗議する暇もなく、リリーを抱えた妹紅は空へと飛び立った。
~~~~~~~~~~
竹林を飛び出し、真っ白な平原の上を低空飛行する。
風の強い上空を飛ぶことをリリーの為に避けているのだろうが、本人は特に気付いてない様子だ。
「とっても暖かくて早いですー!」
「こら、暴れない。命蓮寺はそんなに遠くないから、もうすぐ着くよ」
冷たい風がどんなにぶつかってこようとも、今は妹紅という安心に包まれているのでリリーは気楽そうだ。
その証拠に、妹紅が注意をしても意に介さず、体に当たることなく目の前で蒸発していく雪を掴もうと腕の中でもがいている。
「ふふ、もこねぇはとっても温かいですねー」
「そりゃあ、炎を操ってるし……温かくて当然じゃない?」
「そうじゃないんですよ、この温かさは炎じゃなくて………恋心なんですよー」
唐突なリリーの発言に、妹紅はバランスを崩して地面にぶつかりそうになる。
「ななな、何を言ってるのリリー!?」
「だって、もこねぇはけーねぇのことが好きなんですよねー? 私がけーねぇのお話をすると、もこねぇの中の春がとっても上昇するんですよー」
恋という名の春も感知するのかと、妹紅は顔を真っ赤にし口をパクパクさせている。
“我も紅に染まれ”と願ってつけた自分の名前に恥じない赤さである。
この様子を見るに、想いを伝えられず一人で燻らせているのだろうとリリーは予想する。
「あ、命蓮寺が見えてきましたよー」
平然としているリリーとは逆に、妹紅は平常心を保つのでいっぱいいっぱいだった。
~~~~~~~~~~
「ごめんくださいですー」
命蓮寺の門を潜り、敷地に入って近くに人がいるか探してみる。
妹紅は中までついてくる気はないらしく、門のあたりで待ってくれていた。
遠くからでも見て取れるほど、そっぽを向いている彼女の頬はまだ赤い。
そんな様子が可笑しくてリリーが笑っていると、寺の中から青い頭巾を被った女性が出てきた。
「はいはい、何か御用でしょうか? …って、あら、妖精? ……それも春告精がここに来るなんて珍しいわね」
「えっと、マミゾーさんに頼まれて、伝言を届けに来ました」
口に手をあてて、女性が驚いた表情をする。
今は大分落ち着いてきてはいるが、先程までの猛烈な吹雪を考えれば無理もないだろう。
女性が門にいる妹紅に気付くと、納得した様子でリリーに続きを促した。
「こんな天候の中、御免なさいね。それで、伝言の内容は何かしら?」
「マミゾーさんが、鈴奈庵で一休みするので帰りが遅くなると……」
「あら、そうなの。わざわざありがとうね。それにしても、伝言するほどのことじゃないわねぇ……寒かったでしょうし、よかったら休んでく? もちろん、門のところにいる人も呼んで」
女性が妹紅の方を指差して言う。
妹紅はというと、暇つぶしに小さな雪だるまを作っているようだ。
「いえ、お気持ちだけ頂きますー……と言っておいて何なんですけれど、宜しければ手で持てる程度のコップみたいなものを二つ、頂けませんかー?」
「コップ? うちの鼠が拾ってきた物があるから、それでいいかしら?」
「はい、ありがとうございますー!」
リリーがお礼を言うと、どこからか雲の塊がやってきて女性の近くで止まる。
「雪掻き中ごめんなさいね、雲山。ナズーリンの掘り出し物のコップみたいなのが居間にあるから、ちょっと持ってきてくれない?」
入道の妖怪さんだろうかとリリーが思っていると、雲山と呼ばれた雲が寺の奥へと飛び、あっという間に頼まれた物を手に戻ってきた。
「これでいいかしら?」
そう言って見せてきた物は、とても綺麗な模様の施された紺色の二つのコップ……と言うよりは口の広い徳利のようなものだった。
リリーの指定した通りの大きさではあったが、あまりにも高価そうなそれらに彼女はたじろいでしまう。
「こ、こんなに綺麗な物を貰っちゃっていいんですか!?」
「いいのよいいのよ、どうせうちの鼠が置いていった物だし。伝言のお礼として受け取って」
女性がにこりと笑い、それらをリリーに渡す。
滑って落とさないようにと、親切に袋も付けてくれている。
「ありがとうございますー! 来年は素敵な春をお届けしますね!!」
「ふふ、楽しみにしてるわ。あと、門のとこにいる人にも宜しく伝えといてね」
「はい! ではよいお年をー!」
ぺこりと一礼をして命蓮寺を後にし、妹紅のもとへと走り寄る。
もう顔の赤みは引いているようだ。
彼女の立っていた門の隅には、完成した小さな雪だるまが二つ並んでいた。
「お、伝言は済んだかい?」
「はいー。お待たせですー。もこねぇに宜しく伝えるよう言われましたー」
「あら、私も中までついていくべきだったかしら……。ところで、リリーはどこに住んでいるの? 吹雪は弱まってきたけれど、心配だから送ってくよ」
そう言って差し出された手をリリーが掴み返すと、先程と同じように軽々と小さな体を持ち上げられてお姫様抱っこの格好になった。
「お言葉に甘えて送られちゃいますー! 妖怪の山の麓までいいですかー?」
「了解、じゃ、行くよ!」
門から少し離れた場所で翼を展開し、二人は大空へと羽ばたいた。
~~~~~~~~~~
「へえ、リリーはこの木の中に住んでるのか。ホント、妖精って不思議ねぇ」
「無闇に木を焼かないで下さいよー? 妖精のお家を焼くのと同義なんですからー」
気付けばあんなに強かった吹雪は止み、雲の切れ間から夕日が顔を覗かせていた。
二人がいるリリーの住処周辺には段々と夜が降りてきていた。
「じゃあ、私はもう帰るよ。ああ、あと慧音のことは秘密にしておいてくれよ? 他の奴らにはもちろん、慧音にもね」
暗くなってきているのに、妹紅の顔が赤くなるのが分かる。
乙女なんですねー、とリリーは思ったが直接口には出さない。
「ふふふふふ、今のもこねぇ、とっても温かいですよー」
「こら、からかわないの」
「心配しなくても、もちろん内緒にしますよー。でも最後に、今日のお礼をさせて下さいですー」
リリーの言葉に妹紅は首を傾げる。
「お礼? お礼はいらないって言ったじゃない」
「でもでも、私がしたいからするんですー! まずは命蓮寺で貰ってきたこの二つの入れ物に、手頃な土を入れますよー」
冷たい雪を掻き分けて、やっと出てきた土を小さな手でそれぞれの入れ物に入れていく。
ある程度入れると、今度は懐から紫色の巾着袋を取り出す。
「次はコレです! 小傘さんから貰った何かの種を投下しますよー!」
いくつかの種の中からリリーが二粒選び、一つずつ入れ物の中の土に埋めていく。
そうして鉢植えとなった入れ物が二つ、リリーの目の前に出来上がる。
妹紅はというと、何をするのか分からないといった様子で腕を組み、リリーの行動を見守っている。
「ふふ……何も、鉢植えがお返しという訳ではないんですよー。ここからが本番ですー!!」
気合を入れたリリーが二つの鉢植えを手に取り、優しく胸の前に抱き寄せる。
むむむ、と小さく唸ったと同時に彼女から淡い光が溢れ出し、鉢植えを包み込んでいく。
眩しい程の光に妹紅は思わず目を細めて、それを遮るように腕で顔を隠す。
炎とは違った温かさが辺りに広がったかと思えば、やがて静かに治まっていった。
「ん……一体何なの……?」
眩んだ目を瞬かせ、妹紅がリリーの方に目をやる。
「ふぅ! ……はい、もこねぇ! 私の心からのお礼ですー!!」
リリーから差し出されたもの、それは紫色のチューリップが見事に咲いた二つの鉢植えだった。
命蓮寺で貰った高そうな入れ物と相まって、とても美しく上品に見える。
「春告精って、花を咲かせることもできるのね……」
「はいー! 十分に春の力が集まったので、お花さんに少し注いで咲かせてみましたー」
本来チューリップは春の花だが、リリーの力で冬でも逞しく育ってくれるらしい。
「コレ、チューリップの種だったんですねー。私、お花屋さんでは球根しか見たことなかったからビックリですー」
「種を数年育てると、球根の状態になるんだっけねぇ……。それにしても、二つとも貰っていいのかい?」
受け取るのを躊躇う妹紅に、リリーは二つの鉢植えを押し付けるようにして渡す。
「一つはもこねぇにプレゼントですー。もう一つの方はもこねぇの告白と一緒に、けーねぇにプレゼントしてあげて下さいー。いいですか、こ・く・は・く、素直に気持ちを伝える時に渡すんですよー?」
リリーは晴れやかな笑顔で言うが、言われた方は堪ったものではない。
それこそ、彼女が本当は腹黒い奴なのではないかと疑ってしまう程に。
「えっ、ちょっ、告白って……!」
慌てる妹紅を尻目に、リリーはニヤニヤとした顔を隠さずに言葉を続ける。
「ふふふ、紫色のチューリップの花言葉、ご存知ですかー?」
~~~~~~~~~~
「おーいパルスィ、今帰ったぞー」
「あら、勇儀。誰もアンタなんか待ってないわよ?」
「つれないねぇ、今日はいい土産話があるんだよ」
「ああもう、いつにまして酒臭いわ」
「まぁまぁ、聞いておくんなし。地上はホントに面白いとこでね、真冬なのに春告精がいたんだ」
「へぇ、春の妖精ねぇ。縁起でしか知らないけれど」
「私も会ったのは初めてさ。なかなか面白い奴でね、私特製の酒をあげたんだ」
「特製って……アンタは酒虫を捕まえて水に入れただけでしょうが」
「違いないが、捕まえるのが大変なんだよ。まぁ、そのお返しに地底にも春告精に来てもらうことになったよ」
「こんな辛気臭いとこにねぇ。ああ、春告精が来た日には盛大に宴会するんでしょうね。妬ましいわ」
「何言ってんだい、春の宴会にはお前さんと一緒に飲むって言わなかったかい?」
「……しょうがないわね、付き合ってあげるわよ!」
「紫様、紫様! 起きてください、お酒ですよ! それも鬼のお酒です!!」
「……んん、なによぅ。冬眠中に起こさないでって……え? 鬼の?」
「はい! 何故か春告精から貰ったんです」
「ええええええ! 私が頼み込んでもくれないのに、妖精が!? なんで!?」
「何故これを持ってたのかは私にも分かりません……」
「世の中何が起きるか分からないわね……私もまだ常識に囚われているのかしら……」
「とりあえず、橙を呼んで三人で飲みましょうか」
「そうね、皆で美味しく頂きましょうか。スキマで橙は連れてくるから、藍はおつまみをお願い」
「了解です! お酒に合う良いモノを用意してきますね!!」
「早苗~おどろけー!!」
「はいはい、驚いた驚い………え!?」
「えへへ~カメラだよー。驚いた? 驚いた?」
「驚きましたよ!! 天狗は貸してくれないのに、どこでそれを?」
「色々あって貰ったのー」
「色々って……便利な言葉ですねぇ」
「ね、ね、そんなことより写真撮ろう! 神様達も呼んでさ!」
「うーん、二人だけで撮りませんか? その後で二柱は呼びましょう」
「でも、どうやって撮るの? 一人だけ写真に写ってもつまんないよ?」
「自撮りですよ、じ・ど・り。こうやって撮るんです」
「わわわ、急に引っ張んないでよ。って、これちゃんと写るの?」
「もっと近寄って下さい! ほら、撮りますよー!!」
「「はい、チーズ!!」」
「今帰ったぞー。ふぅ、すっかり暗くなってしまったな」
「あらマミゾウ。おかえりなさい、ホントに遅くなったわねぇ」
「おお、ちゃんと伝わっとったか。あの妖精に感謝じゃのう」
「ところで、鈴奈庵だっけ? 面白い本とかあったの?」
「一輪の好きそうな、らぶこめでぃーとやらなら何冊か借りてきてやったぞ。ほれ、汚さんようにな」
「わ、ありがとー! 最近の本って昔と違くて面白いのよねー」
「おーい、そこの二人。居間に置いてた私の大切な二つの小壺を知らないかい?」
「………………ギクッ」
「おう、ナズーリン。儂は出掛けとったし知らんが……一輪? どうしたんじゃ、そんな青褪めおって」
「いちりーん…? 私の小壺を何処にやったんだい……?」
「ご……ごめんなさーい!!」
「やれやれじゃの」
「こんばんはー。慧音、いるかい?」
「ああいるよ、こんばんは。何か用かい妹紅?」
「唐突で悪いんだが、これ……受け取ってくれないかな?」
「チューリップ? なんでまた冬に?」
「弱っていた春告精を助けたお礼に貰ったんだ。ホントは二つ貰ったんだけど、一つは慧音に渡してって言われてね」
「なるほど。リリーは花を咲かせることもできると聞いていたが、お目にかかるのは初めてだよ。ありがとうな、妹紅」
「ああ、礼はリリーに言ってくれ。……あと、その、慧音はこの紫色のチューリップの花言葉を知っているかい?」
「紫色の? 花屋の娘に教えられたが、何だったかな……確か、ええっと…」
「あああ、言わないで! ……ちょっと恥ずかしいけれど、それが私の気持ちだよ、慧音」
「……! ふふっ、相変わらず不器用な奴だな、妹紅は」
「わ、笑わないでよ! 慧音は、私のこと、どう………どう思ってるの?」
「顔が真っ赤だぞ妹紅。…ああ、私も人のこと言えないな……」
「えっ、慧音、なんで泣いて……! わ、私じゃ、迷惑だったかな……」
「そんなことはない、そんなことはないんだよ妹紅。嬉しいんだ、本当に……。私も同じ気持ちだ、大好きだよ」
「……!!」
「おいおい……お前まで泣いてしまうとは、ああもう、せっかくのプロポーズなのに、肝心なところで決まらないなぁ」
「もう! もうっ…!! 私だって、嬉しくて……!!」
「ふふっ……紫色のチューリップの花言葉、本当に、私たちにピッタリだ」
「う、受け取って、くれるよね?」
「ああ、確かに受け取ったよ。“永遠の愛”を」
了
「ありがとうですよー」とか言われたら、めっちゃ和む。
読んでいてとても幸せな気持ちになれました。