「ジングルベール、ジングルベール、ふっふっふーんふふ~ん」
妖精メイドたちがツリーや壁に飾り付けを進める中、上機嫌に広間を眺めながら定番のメロディを口ずさむレミリア。
「あっしったーはた・の・し・い・ク・リ・ス・マ・ス!」
『ヘイ!』
彼女の歌声に、メイドたちは一斉に合いの手を入れる。妖精はとにかく賑やかなことが好きなのだ。
その様子に主人も気分を良くし、さらに大きな声で歌いながら両手をあおいで指揮の真似をする。
「ジングルベール、ジングルベール」
『すっずっが~なるぅ~』
そんな調子で盛り上がる様子を遠目に見やりながら、美鈴はため息をついた。
「またこの日がやって来てしまいましたか」
先に言っておくと、彼女が憂いているのはこの状況そのものにではない。
メイドたちは歌いながらもしっかりと手は動かしている。むしろノリノリで作業効率は上がっているぐらいだ。
通常との当社比は六割増しほど。普段からもっと働け、というレベル。
まぁ、とにかく、楽しいのは良い事だ。美鈴自身、神に興味は無いがお祭り騒ぎは大いに賛成だし、今だって出来れば一緒に歌ってクリスマスの準備を手伝いたい。
なら何がいけないのか。
美鈴はいつの間にやら規模の膨れ上がった合唱を背に、憂いの元へと向かった。
「大丈夫ですか、咲夜さん」
普段なら内側から部屋の主によって開けられる扉を、自分で押して中に入ると、ベッドの方からうめき声が返ってきた。
「ずびびびっ……はぁー、はぁー、ケーキ食べたい」
「ダメそうですね」
近づいて見ると、額に氷のうを乗せ、涙を垂れ流しながら鼻水を啜る咲夜の姿があった。瀟洒の欠片も無い。
「食欲はありますか? ポタージュスープでも持ってきましょうか」
「ケーキが良いわ」
「……本気なのか強がりなのかわかりませんね」
軽口を言いながらも、顔色をうかがえば強がりであることははっきりとわかった。
「やっぱり今年は諦めましょうか。お嬢様はがっかりなさるかもしれませんけど、明日直接渡せば結果は同じですし」
美鈴が言っているのは、サンタクロースのプレゼントのことだ。
実は毎年クリスマスの夜には、咲夜がレミリアの寝室に忍び込み、枕元へプレゼントを置いていくのが通例となっている。
主の夢を壊さないよう、一応サンタの衣装まで着た上で、時を止めてる間に事を成すのだ。そんな芸当は咲夜にしか出来なかった。
しかし当の彼女がこの有り様では仕方あるまい。
「心配、無いわ」
「その体でやるつもりですか? 許しませんよ」
「あなたがやればいいじゃない」
「へ?」
そう思っていたのに、床に伏せるメイド長は突拍子も無いことを言い出した。
「あの、クローゼットの中に、衣装を用意してあるわ。一番右端にあるのがあなた用ね。サイズも合ってる筈だから」
「ちょっと待って下さい。何で当然のように私の分があるんですか」
「瀟洒なメイドは準備を怠らないものよ」
渾身のドヤ顔だが鼻水のせいで全てが台無しである。
「私じゃあ即バレちゃいますよ」
「あら、お嬢様の期待を裏切るの? 気を遣う程度の能力が泣くわよ」
その言い方は卑怯だ。美鈴に選択肢など無かった。
「はぁ、やるだけやってみますよ」
「それでこそヴぇえええっけしょぃ!」
「……おっさんですか」
ジト目でツッコミながら咲夜の指すクローゼットの方へ向かい、開いてみる。
左から数着の私服、次に大量のメイド服、そして赤いサンタ服が二着。
サイズの違うそれらのうち、少し大きい方を手にとった美鈴は、すぐに違和感を覚えた。
「咲夜さんが着てるやつって、下は長ズボンじゃなかったですか」
そう、そうなのだ。その筈だったのだ。
しかし今彼女が手に持っている服の下半身部分は、あり得ない程短かった。
いわゆるミニスカサンタコスというやつである。神への冒涜も甚だしい。今さらか。
「あなたの分を作ってる時に、生地が足りなくなっちゃったのよ、偶然。だから今年はそれでやってちょうだい。偶然、ホント偶然だから」
「本当ですか?」
「ぶぁっっくしょはらしょーごるぁぁ」
「凄いくしゃみですね」
相変わらず絶妙なタイミングで珍妙なくしゃみをする。逆に瀟洒に思えてきた。
「後はよろしく。私の分のストロベリーケーキはそこのテーブルの上に置いておかなくても良いわよ。出来ればチョコレートケーキも欲しくないわ。それじゃおやすみグー」
最後に一息でそこまで言うと、咲夜はそのまま本当に眠ってしまった。どうやら今のやりとりも相当無理をしていたようだ。
「やれやれ」
色々な意味を込めたやれやれである。彼女の心境はお察し。
ともかくこれ以上の追求は不可能となったわけで、仕方なく手に持った衣装に着替える。
念の為ふさふさの白く大きな付け髭で顔を隠し、クローゼットの傍に置いてあったこれまた白い袋を肩にかけ、部屋を後にした。
「いやぁ、なんだかこういうのってワクワクしますね」
レミリアの部屋に忍び込むことなど、滅多にない。扉の前で幾度か深呼吸すると、気配を完全に殺してそっと取っ手を回した。
おはよーございまーす、と脳内だけで囁きながら一歩一歩慎重に、かつ大胆に主のベッドへと近づいていく。
ついにすぐ横まで辿り着き、肩の袋を下ろした瞬間、シーツの小さな膨らみが動いた。
心臓が跳ね上がる程の驚きを、ギリギリのところで抑え込む。
数秒程硬直していると、ベッドの主はころりと寝返りをうっただけで、すぐに安らかな寝息が聞こえてきた。
ふはぁと息を吐き出し安堵する。と同時に、レミリアのあどけない寝顔が美鈴の方に向けられたことによって、別の意味で声が出そうになる。
か、可愛い~っ!!
思わず、床をバシバシ叩くか、うっすら開いた口から覗く牙をくすぐるか、ぷにぷにの頬を指で突っつきたい衝動に襲われた。
レミリアとフランドールの世話をしていたこともある美鈴だが、それも昔のことだ。久しぶりに見た無防備な表情の破壊力と言ったら、思い出の中の小さな顔とダブって余計に感情がせり上がってくる。
たえろ、たえるのだ。ここで己の欲に負けてしまったら、この子の希望まで踏み躙ることになるのだから。
心の葛藤は凄まじく、ようやく理性が打ち勝った頃には、彼女はすっかり燃え尽きていた。真っ白にな。
ともあれ、これ以上長居しているとまた欲望が湧いてきそうだ。
さっさと仕事を済ませようと、袋から取り出した包みを枕元に置いた。
キュイン、キュキュキュキュキュキュイ~ン。スーパーラッキー!
謎のサイレンと音声が部屋中に鳴り響く。
と同時に天井からタライが落下し、美鈴の頭に当たって小気味良い音がした。
「なんとぉー!?」
「ククク、かかったわね」
つい今まで眠っていた筈のレミリアは、その瞳をカッと見開き、嬉々としてベッドからとびおりた。
「お、起きてらっしゃったんですか」
「いいえ、寝てたわよ。だからこそのアラームじゃない?」
「なるほど。まんまと罠にかかったわけですね」
先ほどは天使の様な寝顔だったのに、いざ相対する表情はまさに悪魔だ。
待ち望んだ獲物を前に舌なめずりする。
「プレゼントはもう置いたので、こちらとしてはさっさと退散したいのですが」
「連れないこと言わないでよ。せっかく対面したんだから、ちょっとぐらい遊んでっても神様は目を瞑ってくれるよ」
言い終わるやいなや、一瞬で美鈴の懐に入り、固めた拳を突き上げてきた。
持ち前の反射神経で咄嗟にガードしたが、後方に吹き飛ばされ、壁に背中を打ち付ける。
「ずっとサンタと闘ってみたかったのよ。もし生き残れたら、あわよくば捕獲してやろうってね」
「まず前提は殺しちゃうんですか!?」
まずいことになった。これはバレるバレない以前に、命が危ない。なんとか機会を見て逃げなければ。
そう考えて意識を目の前に戻した途端、愕然とした。
レミリアの掲げた右腕に、紅い光の槍が出現していたのだ。
「捕獲する気ないでしょ」
「だからあわよくば、よ」
振り下ろされた腕に呼応して、宙に浮かぶ槍が直線の軌跡を描いて突っ込んだ。
「やったかしら」
自分の部屋だというのに全くお構い無しだ。扉の横に別の出入り口が出来てしまった。咲夜が復帰したら泣き崩れそうな光景である。
壊れて煙を上げる壁を悠然と眺めていると、その向こうに二つの人影が見えた。
一つはもちろん美鈴で、その前に立つもう一人は、レミリアと同じぐらいに小柄なサンタだった。
「ほぅ」
「いつから、サンタは一人だなんて錯覚してたの?」
どうやらこの新しく現れたサンタ庇ったらしい。後ろの美鈴は無傷だ。
「まだまだ遊び足りないから、わざとフラグをたててやっただけよ」
レミリアはさらに笑みを深めた。
ちびサンタの格好は、これまた白いもさもさのヒゲで顔のほとんどが隠れているが、その声だけで美鈴は正体に気付いた。
(フランドール様、どうして)
そう。それは紛うことなきフランドール・スカーレット。
背中の羽は収納自在なので今は見えない。ちなみに下はもちろんミニスカである。
(私は美鈴専用のサンタなの。部屋にいなかったから探してたんだよ)
小声で問い掛ける彼女に、少女は前を見据えたままで答えた。
(お姉様は私が相手するから、さっさと逃げて着替えちゃってよ。そんな格好をこれ以上私以外のやつに見せないでよね)
イケメンである。体は小さいのに、纏う雰囲気と言動がとてつもなく頼りになる。
「さぁ、早く」
「イエス、マイロード!」
廊下をダッと駆け出す美鈴を狙うレミリアだが、そうはさせるかとフランドールが立ち塞がった。
「無視しないでくれる?」
「失礼。で、あなたはどんなプレゼントをくれるの?」
「すっごいのをあげるよ」
二人は同時に魔力を手に収束させると、光の弾丸を撃ち合った。
そこから一瞬の内に繰り返される攻防。どちらもひけをとらない。
背後から聞こえてくる爆音に、美鈴は心底加わらなくて良かったと思った。
「時にレミリア・スカーレット、あんたは妹のことをどう思う?」
「フランドールのこと? どうしてサンタがそんなことを訊くの」
「今年のサンタさんはアンケート調査も実施中なの。我が社のサービス向上にご協力下さい」
フランドールはなるべく時間を稼ごうと、他愛も無い話を振った。
「あいつはバカでアホで下品で愚かで、世間知らずなクソガキよ」
「かっちーん」
が、その結果かなりムカつくことを言われた気がする。本気で殺してやろうか。
そんな様子を知ってか知らずか、さらに言葉は続けられる。
「誰に似たんだか、どこまでもわがままで、大切なものの扱い方もまるで知らない。だからそれがわかるまで、閉じ込めといてやったのよ。最近じゃあようやく壊す以外のやり方も覚えたみたいだけどね。所詮はお子ちゃま」
よし、潰す。確実にすり潰して川に撒いてやる。そう決心し掛けたところで、だ。
「そう、お子ちゃまなのよ。怒って暴れて泣いて喚いて悲しんで、そして笑うようになった。赤ん坊からクソガキになったばかりの、手のかかる可愛い妹。純粋なのよ、欲しいものを素直に欲しいと言える程に、ね。まぁ、本人の前じゃあ言ってやらないけど。甘やかすとつけあがるから」
レミリアがあまりに優しい声色で、穏やかな表情でそんな事を言ったものだから、一気に毒気を抜かれてしまった。
あの高慢ちきでいつも自分を小馬鹿にしてくる姉が、そんな風に思っていたのかと。
「それにやっぱり未熟だわ。あの子はまだわかっていない。真の愛情表現とは」
なおも言い募る姉に、フランドールは完全に意識を持っていかれた。だから反応出来なかったのだ。
「隙ありよ、未熟者!」
「!? しまったっ」
突如床を蹴って横を通り過ぎたレミリアに、慌てて腕を伸ばすが届かなかった。
気を逸らすつもりで始めた問答で、逆にこっちが気を取られるとは、情けないやら悔しいやらである。
とにかく後悔している暇は無い。急いで追いかけていく。
いくら紅魔館が広くとも、吸血鬼の滑空するスピードで考えれば大した距離ではない。二人はすぐに美鈴に追いついた。
『デーモンロードクレイドル』
飛行する勢いもそのままに、レミリアは魔力を纏いながら体を捻り、つま先から突進する。
「ひいぃぃぃ、お嬢様に掘られるーっ」
「もらったぁ!」
こうなったら覚悟するしかない。
背中の傷は門番の恥だ。潔く振り返る。
人は死に直面した時、世界がゆっくりと見えるらしい。この時、美鈴にもその現象が起こった。
やーらーれーたー。
凶気は徐々に胸の辺りに近づき、服がびりびりと裂けていく。紅いサンタ服が散っていく様はまるで血のようだ。
そしてたわわな肉を抉ろうかというところで、しかしそれは慣性の法則をまるで無視して真横にぶっ飛んだ。
「へぁ」
「大丈夫、美鈴?」
どでかい音を立てて壁に激突するレミリアを見やり、ぽかんと突っ立っていると、肩で息をするフランドールに声を掛けられた。
また助けられたようだ。
「あ、ありがとうございます。おかげ様でまだ生きてます」
「そう、良かった……ぶはっ」
目の前で何が起こったのかにわかには理解出来なかった。己の無事を伝えた途端、フランドールは顔から血を吹いて倒れたのだ。
真っ赤に染まっていくフランドールの白ひげ。本物の血飛沫が体にかかるのを感じ、慌てて駆け寄り、小さな体を抱き起こす。
「しっかりして下さい! こんな、まさか私を庇ったせいで」
「心配しないで。大丈夫、大丈夫だから……だい、じょう…………」
「フランドール様? ふ、フランドール様ぁ!」
「ち、違う、よ。今の私は、サンタクロー・スカーレット」
「語呂が良いやら悪いやら!?」
がくっ。最後に意味不明な偽名を口にして、フランドールは意識を失った。
力が抜けてくたりとなった頭を、そっと抱きしめる。
「げっほっ、い、今のはちょっと効いたわ……って、あら、気絶したの?」
そこへ復活したレミリアが現れたが、二人の光景を目にした途端、もう完全に戦意は失せてしまった。
「あーあー、情けないったらないわ」
「なんてことを。この方はあなたの」
必死な形相で訴える美鈴を、レミリアはスッと手で制した。
「落ち着きなさい。それ全部鼻血よ」
「えっ」
言われ、顔を覆うひげの口部分を少しだけずらして確かめてみると、なるほど血の出どころは鼻孔であった。他に傷らしい傷も見当たらない。やはり鼻血に違いなかった。
「なんでまた」
「多分、あんたの胸がはだけてたせいじゃないの?」
そこで美鈴は初めて、自分が今かなり際どい格好になっていることに気付いた。
胸の部分の布は下着まで破れており、ぎりぎり突起が見えるか見えないかぐらいのところまではだけていた。
元々短いミニスカも少し裂け、スリットが入ったようになっている。サービス満点である。
「気絶したのだって、おおかた興奮ゲージが限界超えちゃっただけでしょうよ。やっぱりお子ちゃまねぇ」
右手で頭を抱え、やれやれと首を振りつつも、堪えきれないように口端がぐにりと上がっていった。
「ていうか、この程度でどうこうなるタマじゃないことぐらい知ってるでしょうに」
その言葉に、ハッとする。美鈴はレミリアのこの表情をよく知っている。悪戯が成功して喜ぶ子供の顔そのものだ。
一気に全身の緊張がほぐれ、がっくりと項垂れた。
「私たちのこと、気付いてたんですか。本当に人が悪い……いえ、悪魔でしたね」
「当たり前でしょ。むしろひげだけでバレないと本気で思ってたことに驚くわ。まぁとにかく、久しぶりに戦えて楽しかったわよ。素敵なプレゼントだったわ」
そう言ってこの場を去ろうとしたレミリアだったが、すぐにふと立ち止まった。
「あぁ、出来れば今風邪をひいて寝込んでる駄メイドに、ケーキを届けてくれないかしら。厨房に特製のやつを置いてあるの」
そう言って懐から紅いカードを取り出すと、美鈴に差し出した。
「このメッセージカードも添えてね」
それを受け取って目を通してみると、彼女はまたげんなりと苦い表情をした。
「これはまた随分な。咲夜さんのことも知ってたんじゃないですか」
「頼んだわよ、サンタさん」
にっこり微笑まれ、美鈴はもう何度目だかわからないため息をついた。
「しょうがないですねぇ。良い子のお願いは断れませんから」
「えぇ、良い子だから、私」
そこでまるで時が止まったかのように、場の空気が静まりかえった。
「…………ぷっ」
「……くっ」
かと思えば、示し合わせたように笑い出す二人。
その声に起こされた妖精メイドたちが、ぞろぞろと部屋から出てきても、お構い無しで大笑いした。
フランドールが瞼を上げると、すぐ傍に美鈴の顔があった。
さっと辺りを見回すと、ここが美鈴の部屋で、自分は今彼女のベッドに寝かされているのだと知れた。
二人とも普段の格好に戻っている。良かった。もしまだ美鈴があの格好だったら、再び鼻血を吹いて倒れていたかもしれない。
「気が付かれましたね。どこか痛みますか」
「……へーき。かっこ悪いとこ見せちゃったね」
「いいえ、かっこ良かったですよ。そんなあなたに、はいこれ」
彼女が背後から取り出したのは、小さなプレゼントボックスだった。
「サンタクロー・スカーレ・ミリア様からのプレゼントです」
「だっさい名前ね」
「いえむしろ流石姉妹……まぁ、いいです。そしてこれは私からです」
緑色の長いマフラーがフランドールの首に巻かれる。
去年は緑の手袋だった。さらにその前は緑のニット帽。段々と揃えられていく防寒グッズに、少女は大層嬉しい気持ちになるのだ。
にやけて赤くなった顔を、隠すようにマフラーに埋ずめながら、くぐもった声を発する。
「あとで私の部屋にも来てよ。こっちだって、プレゼントぐらいちゃんと用意してるんだからね」
翌朝、目を覚ました咲夜はテーブルの上に置かれた包みに喜んでとびついた。もう体調はすこぶる良さそうだ。
そしてその中身と、添えられたメッセージに、彼女は驚喜した。
『おバカな従者へ
せっかくのイベントに体調を崩すなんて、まだまだね
罰として、来年は時を止めずにプレゼントを置きに来なさい
もちろん簡単に済むとは思わないことよ
追伸
お見舞いも兼ねて、この私が丹誠込めて作ったメロンケーキをプレゼントしてあげる
じっくり味わって、しっかり休んで、さっさと復帰なさい』
「おおお、お嬢様ぁ!」
感動のあまりメッセージカードをぐしゃりと握りしめてしまい、慌てて皺を伸ばすと、机の中にしまい込む。引き出しの中には彼女の宝物が詰まっている。そこにまた新たな思い出が加わったのだ。
そっと引き出しを閉めると、それではお待ちかねと、包みを開いて箱の蓋を持ち上げる。クリームまで緑色の、鮮やかなケーキが現れた。あまりにも綺麗に整っていたので、咲夜は意外だ、と目を見張った。
失礼ながら、あの不器用な主の手作りでは、見た目や味に期待は出来ないと思っていたのだ。お気持ちだけで十分満足、と。
しかしこれはひょっとすると、味の方もイケてるかもしれない。
うきうきと小躍りしそうな程舞い上がった様子で、いつの間に用意したのか、切り分けられたケーキにフォークを突き刺し、口をがっぽり開けて食らいつく。
メイド長は、誰も見ていないところでは案外意地汚かった。
瀟洒? そんな言葉は溝に捨てたとでも言わんばかり。顔に大量のクリームを付け、幸せそうに頬張る。
あれ、なんかこのケーキ、全然甘くなくない?
そんな疑問が浮かぶ。さらに何故かスポンジケーキのふんわりした食感の中に、がり、ごり、という硬いものがあった。
途端、彼女の口の中に広がっていくメロンの芳醇な甘さ――ではなく、強烈な苦味とぬるぬる。
「ぅ、ヴぉええeええぇっ」
とても描写出来ないような大惨事が起こった。
館内全体に響いたかという程の、咲夜の悲鳴が聞こえ、レミリアは口端をぐにりとつり上げた。
「そう言えば、メロンとオクラを間違えたかしら。まぁ、よくあることよね」
「何の話?」
テーブルの対面に座るパチュリーが興味無さ気に、本から視線を上げることすらなく尋ねた。ちなみに彼女の頭には赤いサンタ帽が乗っている。
レミリアはそれに答えるともなく、先ほどまで目の前の魔女と興じていたチェスの盤上に佇むナイトを、指で弾いてくすりと笑った。
「真の愛情表現とは、弄ぶことよ」
妖精メイドたちがツリーや壁に飾り付けを進める中、上機嫌に広間を眺めながら定番のメロディを口ずさむレミリア。
「あっしったーはた・の・し・い・ク・リ・ス・マ・ス!」
『ヘイ!』
彼女の歌声に、メイドたちは一斉に合いの手を入れる。妖精はとにかく賑やかなことが好きなのだ。
その様子に主人も気分を良くし、さらに大きな声で歌いながら両手をあおいで指揮の真似をする。
「ジングルベール、ジングルベール」
『すっずっが~なるぅ~』
そんな調子で盛り上がる様子を遠目に見やりながら、美鈴はため息をついた。
「またこの日がやって来てしまいましたか」
先に言っておくと、彼女が憂いているのはこの状況そのものにではない。
メイドたちは歌いながらもしっかりと手は動かしている。むしろノリノリで作業効率は上がっているぐらいだ。
通常との当社比は六割増しほど。普段からもっと働け、というレベル。
まぁ、とにかく、楽しいのは良い事だ。美鈴自身、神に興味は無いがお祭り騒ぎは大いに賛成だし、今だって出来れば一緒に歌ってクリスマスの準備を手伝いたい。
なら何がいけないのか。
美鈴はいつの間にやら規模の膨れ上がった合唱を背に、憂いの元へと向かった。
「大丈夫ですか、咲夜さん」
普段なら内側から部屋の主によって開けられる扉を、自分で押して中に入ると、ベッドの方からうめき声が返ってきた。
「ずびびびっ……はぁー、はぁー、ケーキ食べたい」
「ダメそうですね」
近づいて見ると、額に氷のうを乗せ、涙を垂れ流しながら鼻水を啜る咲夜の姿があった。瀟洒の欠片も無い。
「食欲はありますか? ポタージュスープでも持ってきましょうか」
「ケーキが良いわ」
「……本気なのか強がりなのかわかりませんね」
軽口を言いながらも、顔色をうかがえば強がりであることははっきりとわかった。
「やっぱり今年は諦めましょうか。お嬢様はがっかりなさるかもしれませんけど、明日直接渡せば結果は同じですし」
美鈴が言っているのは、サンタクロースのプレゼントのことだ。
実は毎年クリスマスの夜には、咲夜がレミリアの寝室に忍び込み、枕元へプレゼントを置いていくのが通例となっている。
主の夢を壊さないよう、一応サンタの衣装まで着た上で、時を止めてる間に事を成すのだ。そんな芸当は咲夜にしか出来なかった。
しかし当の彼女がこの有り様では仕方あるまい。
「心配、無いわ」
「その体でやるつもりですか? 許しませんよ」
「あなたがやればいいじゃない」
「へ?」
そう思っていたのに、床に伏せるメイド長は突拍子も無いことを言い出した。
「あの、クローゼットの中に、衣装を用意してあるわ。一番右端にあるのがあなた用ね。サイズも合ってる筈だから」
「ちょっと待って下さい。何で当然のように私の分があるんですか」
「瀟洒なメイドは準備を怠らないものよ」
渾身のドヤ顔だが鼻水のせいで全てが台無しである。
「私じゃあ即バレちゃいますよ」
「あら、お嬢様の期待を裏切るの? 気を遣う程度の能力が泣くわよ」
その言い方は卑怯だ。美鈴に選択肢など無かった。
「はぁ、やるだけやってみますよ」
「それでこそヴぇえええっけしょぃ!」
「……おっさんですか」
ジト目でツッコミながら咲夜の指すクローゼットの方へ向かい、開いてみる。
左から数着の私服、次に大量のメイド服、そして赤いサンタ服が二着。
サイズの違うそれらのうち、少し大きい方を手にとった美鈴は、すぐに違和感を覚えた。
「咲夜さんが着てるやつって、下は長ズボンじゃなかったですか」
そう、そうなのだ。その筈だったのだ。
しかし今彼女が手に持っている服の下半身部分は、あり得ない程短かった。
いわゆるミニスカサンタコスというやつである。神への冒涜も甚だしい。今さらか。
「あなたの分を作ってる時に、生地が足りなくなっちゃったのよ、偶然。だから今年はそれでやってちょうだい。偶然、ホント偶然だから」
「本当ですか?」
「ぶぁっっくしょはらしょーごるぁぁ」
「凄いくしゃみですね」
相変わらず絶妙なタイミングで珍妙なくしゃみをする。逆に瀟洒に思えてきた。
「後はよろしく。私の分のストロベリーケーキはそこのテーブルの上に置いておかなくても良いわよ。出来ればチョコレートケーキも欲しくないわ。それじゃおやすみグー」
最後に一息でそこまで言うと、咲夜はそのまま本当に眠ってしまった。どうやら今のやりとりも相当無理をしていたようだ。
「やれやれ」
色々な意味を込めたやれやれである。彼女の心境はお察し。
ともかくこれ以上の追求は不可能となったわけで、仕方なく手に持った衣装に着替える。
念の為ふさふさの白く大きな付け髭で顔を隠し、クローゼットの傍に置いてあったこれまた白い袋を肩にかけ、部屋を後にした。
「いやぁ、なんだかこういうのってワクワクしますね」
レミリアの部屋に忍び込むことなど、滅多にない。扉の前で幾度か深呼吸すると、気配を完全に殺してそっと取っ手を回した。
おはよーございまーす、と脳内だけで囁きながら一歩一歩慎重に、かつ大胆に主のベッドへと近づいていく。
ついにすぐ横まで辿り着き、肩の袋を下ろした瞬間、シーツの小さな膨らみが動いた。
心臓が跳ね上がる程の驚きを、ギリギリのところで抑え込む。
数秒程硬直していると、ベッドの主はころりと寝返りをうっただけで、すぐに安らかな寝息が聞こえてきた。
ふはぁと息を吐き出し安堵する。と同時に、レミリアのあどけない寝顔が美鈴の方に向けられたことによって、別の意味で声が出そうになる。
か、可愛い~っ!!
思わず、床をバシバシ叩くか、うっすら開いた口から覗く牙をくすぐるか、ぷにぷにの頬を指で突っつきたい衝動に襲われた。
レミリアとフランドールの世話をしていたこともある美鈴だが、それも昔のことだ。久しぶりに見た無防備な表情の破壊力と言ったら、思い出の中の小さな顔とダブって余計に感情がせり上がってくる。
たえろ、たえるのだ。ここで己の欲に負けてしまったら、この子の希望まで踏み躙ることになるのだから。
心の葛藤は凄まじく、ようやく理性が打ち勝った頃には、彼女はすっかり燃え尽きていた。真っ白にな。
ともあれ、これ以上長居しているとまた欲望が湧いてきそうだ。
さっさと仕事を済ませようと、袋から取り出した包みを枕元に置いた。
キュイン、キュキュキュキュキュキュイ~ン。スーパーラッキー!
謎のサイレンと音声が部屋中に鳴り響く。
と同時に天井からタライが落下し、美鈴の頭に当たって小気味良い音がした。
「なんとぉー!?」
「ククク、かかったわね」
つい今まで眠っていた筈のレミリアは、その瞳をカッと見開き、嬉々としてベッドからとびおりた。
「お、起きてらっしゃったんですか」
「いいえ、寝てたわよ。だからこそのアラームじゃない?」
「なるほど。まんまと罠にかかったわけですね」
先ほどは天使の様な寝顔だったのに、いざ相対する表情はまさに悪魔だ。
待ち望んだ獲物を前に舌なめずりする。
「プレゼントはもう置いたので、こちらとしてはさっさと退散したいのですが」
「連れないこと言わないでよ。せっかく対面したんだから、ちょっとぐらい遊んでっても神様は目を瞑ってくれるよ」
言い終わるやいなや、一瞬で美鈴の懐に入り、固めた拳を突き上げてきた。
持ち前の反射神経で咄嗟にガードしたが、後方に吹き飛ばされ、壁に背中を打ち付ける。
「ずっとサンタと闘ってみたかったのよ。もし生き残れたら、あわよくば捕獲してやろうってね」
「まず前提は殺しちゃうんですか!?」
まずいことになった。これはバレるバレない以前に、命が危ない。なんとか機会を見て逃げなければ。
そう考えて意識を目の前に戻した途端、愕然とした。
レミリアの掲げた右腕に、紅い光の槍が出現していたのだ。
「捕獲する気ないでしょ」
「だからあわよくば、よ」
振り下ろされた腕に呼応して、宙に浮かぶ槍が直線の軌跡を描いて突っ込んだ。
「やったかしら」
自分の部屋だというのに全くお構い無しだ。扉の横に別の出入り口が出来てしまった。咲夜が復帰したら泣き崩れそうな光景である。
壊れて煙を上げる壁を悠然と眺めていると、その向こうに二つの人影が見えた。
一つはもちろん美鈴で、その前に立つもう一人は、レミリアと同じぐらいに小柄なサンタだった。
「ほぅ」
「いつから、サンタは一人だなんて錯覚してたの?」
どうやらこの新しく現れたサンタ庇ったらしい。後ろの美鈴は無傷だ。
「まだまだ遊び足りないから、わざとフラグをたててやっただけよ」
レミリアはさらに笑みを深めた。
ちびサンタの格好は、これまた白いもさもさのヒゲで顔のほとんどが隠れているが、その声だけで美鈴は正体に気付いた。
(フランドール様、どうして)
そう。それは紛うことなきフランドール・スカーレット。
背中の羽は収納自在なので今は見えない。ちなみに下はもちろんミニスカである。
(私は美鈴専用のサンタなの。部屋にいなかったから探してたんだよ)
小声で問い掛ける彼女に、少女は前を見据えたままで答えた。
(お姉様は私が相手するから、さっさと逃げて着替えちゃってよ。そんな格好をこれ以上私以外のやつに見せないでよね)
イケメンである。体は小さいのに、纏う雰囲気と言動がとてつもなく頼りになる。
「さぁ、早く」
「イエス、マイロード!」
廊下をダッと駆け出す美鈴を狙うレミリアだが、そうはさせるかとフランドールが立ち塞がった。
「無視しないでくれる?」
「失礼。で、あなたはどんなプレゼントをくれるの?」
「すっごいのをあげるよ」
二人は同時に魔力を手に収束させると、光の弾丸を撃ち合った。
そこから一瞬の内に繰り返される攻防。どちらもひけをとらない。
背後から聞こえてくる爆音に、美鈴は心底加わらなくて良かったと思った。
「時にレミリア・スカーレット、あんたは妹のことをどう思う?」
「フランドールのこと? どうしてサンタがそんなことを訊くの」
「今年のサンタさんはアンケート調査も実施中なの。我が社のサービス向上にご協力下さい」
フランドールはなるべく時間を稼ごうと、他愛も無い話を振った。
「あいつはバカでアホで下品で愚かで、世間知らずなクソガキよ」
「かっちーん」
が、その結果かなりムカつくことを言われた気がする。本気で殺してやろうか。
そんな様子を知ってか知らずか、さらに言葉は続けられる。
「誰に似たんだか、どこまでもわがままで、大切なものの扱い方もまるで知らない。だからそれがわかるまで、閉じ込めといてやったのよ。最近じゃあようやく壊す以外のやり方も覚えたみたいだけどね。所詮はお子ちゃま」
よし、潰す。確実にすり潰して川に撒いてやる。そう決心し掛けたところで、だ。
「そう、お子ちゃまなのよ。怒って暴れて泣いて喚いて悲しんで、そして笑うようになった。赤ん坊からクソガキになったばかりの、手のかかる可愛い妹。純粋なのよ、欲しいものを素直に欲しいと言える程に、ね。まぁ、本人の前じゃあ言ってやらないけど。甘やかすとつけあがるから」
レミリアがあまりに優しい声色で、穏やかな表情でそんな事を言ったものだから、一気に毒気を抜かれてしまった。
あの高慢ちきでいつも自分を小馬鹿にしてくる姉が、そんな風に思っていたのかと。
「それにやっぱり未熟だわ。あの子はまだわかっていない。真の愛情表現とは」
なおも言い募る姉に、フランドールは完全に意識を持っていかれた。だから反応出来なかったのだ。
「隙ありよ、未熟者!」
「!? しまったっ」
突如床を蹴って横を通り過ぎたレミリアに、慌てて腕を伸ばすが届かなかった。
気を逸らすつもりで始めた問答で、逆にこっちが気を取られるとは、情けないやら悔しいやらである。
とにかく後悔している暇は無い。急いで追いかけていく。
いくら紅魔館が広くとも、吸血鬼の滑空するスピードで考えれば大した距離ではない。二人はすぐに美鈴に追いついた。
『デーモンロードクレイドル』
飛行する勢いもそのままに、レミリアは魔力を纏いながら体を捻り、つま先から突進する。
「ひいぃぃぃ、お嬢様に掘られるーっ」
「もらったぁ!」
こうなったら覚悟するしかない。
背中の傷は門番の恥だ。潔く振り返る。
人は死に直面した時、世界がゆっくりと見えるらしい。この時、美鈴にもその現象が起こった。
やーらーれーたー。
凶気は徐々に胸の辺りに近づき、服がびりびりと裂けていく。紅いサンタ服が散っていく様はまるで血のようだ。
そしてたわわな肉を抉ろうかというところで、しかしそれは慣性の法則をまるで無視して真横にぶっ飛んだ。
「へぁ」
「大丈夫、美鈴?」
どでかい音を立てて壁に激突するレミリアを見やり、ぽかんと突っ立っていると、肩で息をするフランドールに声を掛けられた。
また助けられたようだ。
「あ、ありがとうございます。おかげ様でまだ生きてます」
「そう、良かった……ぶはっ」
目の前で何が起こったのかにわかには理解出来なかった。己の無事を伝えた途端、フランドールは顔から血を吹いて倒れたのだ。
真っ赤に染まっていくフランドールの白ひげ。本物の血飛沫が体にかかるのを感じ、慌てて駆け寄り、小さな体を抱き起こす。
「しっかりして下さい! こんな、まさか私を庇ったせいで」
「心配しないで。大丈夫、大丈夫だから……だい、じょう…………」
「フランドール様? ふ、フランドール様ぁ!」
「ち、違う、よ。今の私は、サンタクロー・スカーレット」
「語呂が良いやら悪いやら!?」
がくっ。最後に意味不明な偽名を口にして、フランドールは意識を失った。
力が抜けてくたりとなった頭を、そっと抱きしめる。
「げっほっ、い、今のはちょっと効いたわ……って、あら、気絶したの?」
そこへ復活したレミリアが現れたが、二人の光景を目にした途端、もう完全に戦意は失せてしまった。
「あーあー、情けないったらないわ」
「なんてことを。この方はあなたの」
必死な形相で訴える美鈴を、レミリアはスッと手で制した。
「落ち着きなさい。それ全部鼻血よ」
「えっ」
言われ、顔を覆うひげの口部分を少しだけずらして確かめてみると、なるほど血の出どころは鼻孔であった。他に傷らしい傷も見当たらない。やはり鼻血に違いなかった。
「なんでまた」
「多分、あんたの胸がはだけてたせいじゃないの?」
そこで美鈴は初めて、自分が今かなり際どい格好になっていることに気付いた。
胸の部分の布は下着まで破れており、ぎりぎり突起が見えるか見えないかぐらいのところまではだけていた。
元々短いミニスカも少し裂け、スリットが入ったようになっている。サービス満点である。
「気絶したのだって、おおかた興奮ゲージが限界超えちゃっただけでしょうよ。やっぱりお子ちゃまねぇ」
右手で頭を抱え、やれやれと首を振りつつも、堪えきれないように口端がぐにりと上がっていった。
「ていうか、この程度でどうこうなるタマじゃないことぐらい知ってるでしょうに」
その言葉に、ハッとする。美鈴はレミリアのこの表情をよく知っている。悪戯が成功して喜ぶ子供の顔そのものだ。
一気に全身の緊張がほぐれ、がっくりと項垂れた。
「私たちのこと、気付いてたんですか。本当に人が悪い……いえ、悪魔でしたね」
「当たり前でしょ。むしろひげだけでバレないと本気で思ってたことに驚くわ。まぁとにかく、久しぶりに戦えて楽しかったわよ。素敵なプレゼントだったわ」
そう言ってこの場を去ろうとしたレミリアだったが、すぐにふと立ち止まった。
「あぁ、出来れば今風邪をひいて寝込んでる駄メイドに、ケーキを届けてくれないかしら。厨房に特製のやつを置いてあるの」
そう言って懐から紅いカードを取り出すと、美鈴に差し出した。
「このメッセージカードも添えてね」
それを受け取って目を通してみると、彼女はまたげんなりと苦い表情をした。
「これはまた随分な。咲夜さんのことも知ってたんじゃないですか」
「頼んだわよ、サンタさん」
にっこり微笑まれ、美鈴はもう何度目だかわからないため息をついた。
「しょうがないですねぇ。良い子のお願いは断れませんから」
「えぇ、良い子だから、私」
そこでまるで時が止まったかのように、場の空気が静まりかえった。
「…………ぷっ」
「……くっ」
かと思えば、示し合わせたように笑い出す二人。
その声に起こされた妖精メイドたちが、ぞろぞろと部屋から出てきても、お構い無しで大笑いした。
フランドールが瞼を上げると、すぐ傍に美鈴の顔があった。
さっと辺りを見回すと、ここが美鈴の部屋で、自分は今彼女のベッドに寝かされているのだと知れた。
二人とも普段の格好に戻っている。良かった。もしまだ美鈴があの格好だったら、再び鼻血を吹いて倒れていたかもしれない。
「気が付かれましたね。どこか痛みますか」
「……へーき。かっこ悪いとこ見せちゃったね」
「いいえ、かっこ良かったですよ。そんなあなたに、はいこれ」
彼女が背後から取り出したのは、小さなプレゼントボックスだった。
「サンタクロー・スカーレ・ミリア様からのプレゼントです」
「だっさい名前ね」
「いえむしろ流石姉妹……まぁ、いいです。そしてこれは私からです」
緑色の長いマフラーがフランドールの首に巻かれる。
去年は緑の手袋だった。さらにその前は緑のニット帽。段々と揃えられていく防寒グッズに、少女は大層嬉しい気持ちになるのだ。
にやけて赤くなった顔を、隠すようにマフラーに埋ずめながら、くぐもった声を発する。
「あとで私の部屋にも来てよ。こっちだって、プレゼントぐらいちゃんと用意してるんだからね」
翌朝、目を覚ました咲夜はテーブルの上に置かれた包みに喜んでとびついた。もう体調はすこぶる良さそうだ。
そしてその中身と、添えられたメッセージに、彼女は驚喜した。
『おバカな従者へ
せっかくのイベントに体調を崩すなんて、まだまだね
罰として、来年は時を止めずにプレゼントを置きに来なさい
もちろん簡単に済むとは思わないことよ
追伸
お見舞いも兼ねて、この私が丹誠込めて作ったメロンケーキをプレゼントしてあげる
じっくり味わって、しっかり休んで、さっさと復帰なさい』
「おおお、お嬢様ぁ!」
感動のあまりメッセージカードをぐしゃりと握りしめてしまい、慌てて皺を伸ばすと、机の中にしまい込む。引き出しの中には彼女の宝物が詰まっている。そこにまた新たな思い出が加わったのだ。
そっと引き出しを閉めると、それではお待ちかねと、包みを開いて箱の蓋を持ち上げる。クリームまで緑色の、鮮やかなケーキが現れた。あまりにも綺麗に整っていたので、咲夜は意外だ、と目を見張った。
失礼ながら、あの不器用な主の手作りでは、見た目や味に期待は出来ないと思っていたのだ。お気持ちだけで十分満足、と。
しかしこれはひょっとすると、味の方もイケてるかもしれない。
うきうきと小躍りしそうな程舞い上がった様子で、いつの間に用意したのか、切り分けられたケーキにフォークを突き刺し、口をがっぽり開けて食らいつく。
メイド長は、誰も見ていないところでは案外意地汚かった。
瀟洒? そんな言葉は溝に捨てたとでも言わんばかり。顔に大量のクリームを付け、幸せそうに頬張る。
あれ、なんかこのケーキ、全然甘くなくない?
そんな疑問が浮かぶ。さらに何故かスポンジケーキのふんわりした食感の中に、がり、ごり、という硬いものがあった。
途端、彼女の口の中に広がっていくメロンの芳醇な甘さ――ではなく、強烈な苦味とぬるぬる。
「ぅ、ヴぉええeええぇっ」
とても描写出来ないような大惨事が起こった。
館内全体に響いたかという程の、咲夜の悲鳴が聞こえ、レミリアは口端をぐにりとつり上げた。
「そう言えば、メロンとオクラを間違えたかしら。まぁ、よくあることよね」
「何の話?」
テーブルの対面に座るパチュリーが興味無さ気に、本から視線を上げることすらなく尋ねた。ちなみに彼女の頭には赤いサンタ帽が乗っている。
レミリアはそれに答えるともなく、先ほどまで目の前の魔女と興じていたチェスの盤上に佇むナイトを、指で弾いてくすりと笑った。
「真の愛情表現とは、弄ぶことよ」
一時寒さを忘れて熱中させていただきました!
あとフランちゃんが残念なイケメンでよかったです
咲夜さんといいフランちゃんといい、求める側はみなダメっ子なのか
何気に美鈴大好きなフランちゃんが可愛い。
賑やかなクリスマス。楽しかったです。
フランちゃんマジイケメン。面白かったです!
油断してたらやられたよ!
パンチの効いたギャグが中々良かったです。