起床時刻を告げる目覚まし時計をコンマ0.2秒で止めた私は、上半身を起こすと大きく欠伸をする。
まだ薄暗い室内を虚ろな意識と眼差しで見渡すと、日めくりカレンダーが目に入った。
12月25日。世間ではクリスマスというイベントである。が、門番にはあまり関係のないことだった。お嬢様たちが騒でいようとも、私は平常通り門番をしなければならないからだ。
一人立ち続けることに、寂しさを覚えることはあっても不満はない。それが自分の仕事なのだし、お嬢様たちを守ることに誇りだって持っている。
それに――これが、一番の要因かもしれない――パーティが終わった後、咲夜さんは、必ずプレゼントを贈ってくれる。
手編みのマフラーだったりセーターだったり、特製のケーキだったり。内容は毎年違うけれど、どれも一日の報酬としては十分過ぎるものだ。
今年は、一体なんだろうか。
そう考えると、眠気も覚めて活力も湧いてきた。我ながら単純な傾向だとは思うが、悪いことばかりではない、と思う。
「今日も一日がんばりますか」
意気込みを声に出して、ベッドから離れようとしたときだった。
ガシャン、と窓が割れる音がした、と思ったときには足元に小さな球が数個転がってきた。
赤青緑の色鮮やかな球。しかし、それには導火線を伝って小さな火花を散らしていた。
「――ッ!」
この紅魔館にこんな大胆な攻撃をしかけるとは、一体何処の命知らずだ。
だが、朝だからといって油断していると思うのは甘い考えと言わざるを得ない。少なくとも、私には――!
「破ッ!」
投げ捨てるには時間が足りないと判断。一呼吸で練り上げた気を障壁として、前面に展開する。
どんな爆弾かは知らないが、この大きさでは威力もたかが知れている。この障壁を貫けるはずもない。
そして、報いは大きい。必ず、この行いを後悔させてやろう。
私がまだ見ぬ襲撃者に敵意を覚えたのと同時に、火花は導火線を焼きつくす。
衝撃に備えて力を込め直し、そして。
パンッ、と予想よりもはるかに軽い音と、色とりどりの紙吹雪が撒き散らされた。
「はっ?」
両手をかざした体勢のまま、思わず間抜けな声を漏らしてしまう。
目の前で舞い散る紙吹雪は、どう見てもただの紙だ。特別な力があるようには見え無いし、何も感じない。
これは一体どういうことなのか……。
「おはよう美鈴。いい朝ね」
混乱する私にかけられた凛とした声に我に返る。
「咲夜、さん……?」
音もなく眼前に現れたのは、咲夜さん……だと思う。
シワ一つ無いメイド服、冷たい色をした銀髪、表情の読めないすまし顔。そこまではいつも通りの咲夜さんだ。
しかし、いつもと違うところが一つあった。何故か、頭に紅白のサンタ帽子を被っていたのだ。
「朝早いけど、プレゼントを持ってきたわ」
「ええと、その、サンタさん?」
サンタ帽子を被ったすまし顔の彼女に、余計に混乱した私は阿呆みたいな返答をしてしまう。
というか、さっきの爆竹は咲夜さんの仕業ですか。
「ええ、盛り上がるかと思って」
しれっと、悪びれた風もなく応える咲夜さん。割れたはずの窓を見れば、いつの間にか元通りになっていた。
しかし、どうにも様子というか、テンションがおかしい。
咲夜さんが朝には弱いといっても、毎日ガラスを割ったりサンタ帽子を被っていたりするわけじゃない。
何かあって妙に舞い上がっている。そんな感じだった。
「ほら、早く着替えて。出かけるわよ」
「ちょっ、ちょっと待って下さいよ。出かけるって何処へ? そもそもお仕事はどうしたんです?」
咲夜さんはぐいぐい腕を引っ張って、私をベッドから引きずり出そうとする。
慌てて押しとどめると、咲夜さんはああ、と言ってエプロンから一枚の紙切れを取り出す。
「出かけるのは、パーティの買いだし。それと、クリスマスプレゼントよ」
「これが、ですか?」
差し出された紙切れを受け取る。ノートか何かの切れ端で、書類というほど上等ではない。
これがクリスマスプレゼントって……『プレゼントは物じゃなくて気持ち』と言ってもこれはさすがに……。
と、思ったが書面を見れば納得した。
上部に『休暇届け』と書かれ、続いて『休む人 紅美鈴』『休ませる人 レミリア・スカーレット』と記されていた。裏をめくると、『好きなだけイチャついてよし!』と殴り書かれている。
裏の文章が気になるが、それは置いといて。要するに、これは休暇許可で、今日私は門番をしなくてもいいということだ。
ということは、つまり、
「パーティにも出られるってことですか?」
「勿論、荷物持ちだけさせるわけないでしょ」
どこか得意げに咲夜さんは応える。
私はしげしげと休暇届という文字を眺める。そっか、パーティに参加できるんだ……。
「嫌だった?」
「いやいや、そんなわけないですよ。すっごく嬉しいです」
少し不安そうに訊ねられ、慌てて私は否定する。
咲夜さんと一緒に買物に行って、しかもパーティに参加できる。それが嬉しくないわけがない。
そのあまりにも思いがけない出来事に、いまいち実感が湧かなかったのだ。
「そう、良かった。サンタさんに頼んだ甲斐があったわね」
「サンタさん?」
それってどういうことです?
そう訊ねる前に、咲夜さんは再び私の腕を引っ張り言う。
「そういうわけだから、ほら行きましょう」
「行くって……まだ、開いてる店なんて無いですよ?」
「えっ?」
「えっ」
動きを止めて黙りこむ咲夜さん。あのえっと、その反応はつまりそういうことですか。
「……どうやら寝不足みたいね。少し休むわ」
「そ、そうですね。まだ時間はありますし、それまで寝ましょう」
視線を逸らしながら言う咲夜さんの耳は、ちょっと赤くなっていた。可愛い。
「7時くらいになったら起こすから」
「いいんですか?」
「大した手間じゃないもの、すぐ傍なんだから」
「そうですか? じゃあ、お願いします」
だけど、『すぐ傍』っていうほど近いかなぁ。この小屋から咲夜さんの部屋まで結構あったと思うけど。
まぁ、本人がいいと言ってるんだからいいんだろう。おやすみなさい、と言って私は布団に潜り込む。
おやすみなさい、と返事があった。すぐ近く、具体的には耳元5センチの距離から。
「……あの、咲夜さん」
「何かしら?」
「どうして私の布団に?」
極自然に、咲夜さんはぴったりと身を寄せていた。腕はがっちりと回されていて、離れることはできそうもない。
布団の暖かさのせいか、早くも胡乱な目をした彼女はめんどくさそうに応える。
「この寒い中部屋まで戻れっていうの?」
いや、あなたバッチリ愛用の寝間着に着替えてるじゃないですか。
そう指摘する間もなく、咲夜さんは私の胸に頭を預けると、すぐに寝息を立て始める。
「むぅ……」
唸ってはみたものの、この寝顔に為す術があるかと言われれば、無いわけで。
結局、外に出て冷えた彼女の身体を温めるように肩を抱き寄せ、私は目を閉じた。
◇
「ずいぶん買っちゃったけど……まあ、大丈夫よね。美鈴がいるんだから」
「当てにしてくれるのは嬉しいですけど、ちょっと体重が心配です」
「その分動けば大丈夫よ」
雪が被った通りを、私と咲夜さんは両手に買い物袋を抱えて歩いて行く。吐く息は白く、すぐに消えてなくなる。
目を横に向ければ、何処かしこの商店もクリスマスカラーに色を変えて、商売に勤しんでいた。私達と同じように買い物袋を手にした人たちともすれ違う。
それを見て、ふと思ったことを口にする。
「どれだけの人がクリスマスの趣旨を解っているんでしょうね」
「さぁね。少なくとも私は知らないわ」
「私もよくわかりませんね。誰かの誕生日で、良い子はプレゼントが貰えるってことくらいです」
「その程度の認識でも楽しめるなんて、素敵なことだと思うわ」
「そう思います」
クリスマスは酒を飲んだり騒いだりするイベント。その程度の認識で楽しめるのなら、それでもいいのだろう。そんな事とは関係なしに、私は今を満喫しているのだし。
肩を並べて歩く咲夜さんを見て、私はそう思った。
「だけど、貰ってばかりで申し訳ないです」
この時間をくれた彼女に対して何も用意していないというのは、心苦しい。
出かける時間もなかなか取れないせいで、クリスマス当日にプレゼントを渡せたことは殆ど無い。裁縫が苦手な私では、満足な出来のマフラーを作ることも出来なかった。
そう言うと、咲夜さんは肩をすくめて応える。
「別に気にしないでいいのに。美鈴は少し気を使いすぎよ」
「そうは言っても……やっぱり当日に渡したいですよ」
「私は十分なくらい貰ったのに。悩むよりも笑顔を見せてくれたほうが嬉しいわ」
「プレゼントは笑顔、ですか?」
「私はそれでも嬉しいけど。あなたは違う?」
「えっ……いや、その……」
率直な問に、言葉を詰まらせる。私もですよ、と即座に返せるほど大胆な精神を持ちあわせてはいなかった。
言いあぐねている私を見て、咲夜さんは可笑しそうに笑う。
「修行が足りないわね、美鈴」
「……精進します」
こういう時スパっと切り返せたら格好いいんだろうなぁ。しかし、このザマではそれに至るまで遠そうだ。
小さく溜息をついて、次の店に向かおうとした時、
「そこのお二人さん、アクセサリーは如何かな? 二人みたいな美人さんに買って貰えたら、商品も喜ぶんだけど」
言葉の割に幼い、それでいて場馴れした声がかけられた。
視線を声の先に向ける。そこには商店の軒先に建てられた小さな屋台があり、見知った顔が二つあった。
「永遠亭の兎じゃないの。こんなところで薬売り?」
永遠亭で暮らす兎の妖怪――てゐさんと鈴仙さんだった。
たまに、里に薬を売りに来ることがあると聞いたけど、こんな日まで仕事なんだろうか。いや、人のことは言えないけど。
「今日は薬じゃなくて、こういうのをね」
そう言っててゐさんは、テーブルに並べられていたアクセサリーを示す。銀色に光る指輪、四つ葉のクローバーをあしらったブローチ、様々な色の水晶が嵌められたピアス。
ずらっと並べられたそれに、感嘆の声が漏れた。
「へえ、すごいですね。全部手作りですか?」
「そうだよ、私達と姫様でね。で、店の前のスペースを借りて露店してるってわけ」
いい稼ぎになるんだよねー、とほくそ笑むてゐさん。対照的に鈴仙さんは疲れた顔をしていた。
「半分くらいは私だけどね……。ホント疲れたわよ……」
「感謝してるってば。ちゃんと働いてくれた分の報酬は渡すから」
「どうだかね。期待しないで待ってるわ」
「期待していいよ。私は口に出さないだけで鈴仙にはいつも感謝してるからね」
「また、そうやって適当なことを……」
鈴仙さんは呆れたように言うが、口振りとは裏腹に口元は柔らかく緩んでいた。
口では文句を言いつつも、しっかりと二人でクリスマスを楽しんでいるようだ。
「で、悪魔のメイドさん。このリングとブローチとピアスをまとめて買うと幸せになれるよ。隣の彼女さんの分まで買うと、末永く幸せになれるんだけどなー」
ニコニコと胡散臭い笑顔を浮かべえて、あからさまに怪しい勧めをするてゐさん。
咲夜さんにそんなことをするなんて、商魂たくましいのか度胸があるのか。
まぁ、てゐさんの『人を幸福にする能力』がどういうものか咲夜さんは知っているし、引っかかるわけもないだろうけど。
「言い値で買うわ。端から端まで。小切手でいいかしら」
「いやいや咲夜さん!?」 「ちょっ、騙されてるってば!」
私のみならず鈴仙まで一緒になって、咲夜さんを羽交い締めにする。そうでもしないと、紅魔館を担保にしかねない勢いだったのだ。
小切手にサインを記入しようとする手を抑えつけながら、とにかく叫ぶ。
「どうして止めるの美鈴! 一緒に幸せになりたくないの!」
「幸せにはなりたいですけど住むところは無くしたくないです!」
「今度作ってあげるわよ!」
「3時のおやつのノリで言わないでください!」
「幸せになる手段が目の前にあるのに逃す理由はないわ!」
「私が幸せにしますから! だから、小切手から手を離して!」
「えっ……」
「っと。はぁ……落ち着きましたか?」
私の必死の説得が通じたのか、咲夜さんは抵抗をやめ、力が抜けた手から小切手を取り落とす。
拾ったそれをポケットに仕舞い、窘めるように言う。
「どうしたんですか急に。咲夜さんらしくも無いですよ」
「……少し我を忘れただけよ」
少し? とは思ったが追求はしなかった。そっぽを向いた咲夜さんから説明を貰えそうにはなかったからだ。
「……えーと、なんだ。全部買うと幸せになるのは冗談だけど、どれもプレゼントにはお勧めだよ」
「へ、へえ。そうなんですかー」
若干引きつった笑顔を浮かべながらも、営業トークを再開するてゐさんには尊敬の念を覚えざるを得ない。
いたたまれない空気を払拭するため、私もそれに乗らせてもらおう。
「とくにこのペアリングなんていいんじゃないかな。綺麗な色水晶でしょ?」
てゐさんが示した指輪は、シンプルな装飾を施された環に小さな色水晶が嵌められたものだった。
言った通り、陽の光が色水晶を綺羅びやかに照らして輝いている。手にとって確かめてみると、作りもしっかりしているようだ。
「本当だ。鮮やかな紅と青ですね」
「姫様が仕舞い込んでいたやつを使ったんだよ。どう、気に入った?」
「そうですね……」
プレゼントを用意できなかった現状に、これは渡りに船だろう。
見た目もあまり派手過ぎず地味過ぎず、咲夜さんにも気に入ってもらえると思う。
ならば、買うしか無いだろう。私は頷き財布を取り出す。
「いいの、美鈴?」
「貰ってばかりじゃいけませんよ。それに、同じアクセサリーを身につけるっていうのに、ちょっと憧れていたんです」
「……そう、ありがとう。美鈴」
照れくさそうに言う咲夜さんに微笑み返す。
うん、この笑顔が見れるならいくらでもプレゼントしますって。そのくらいの価値があるんだから。
「毎度ありー。二つで1万円ねー」
代金を渡して、引換に指輪を受け取る。
恥ずかしい話だけど、ペアリングなんて初めて買ったものだから、緊張して手が震えていた。
それを悟られないように、心の中で気合を入れる。年上なんだから、シャキッとしないと。
「お互いのカラーと違うのを持つといいよ。いつでも相手のことを思い出せるようにね」
「ふぅん、てゐでもロマンチックなこと言うんだね」
失礼な、とてゐさんは愚痴る。
「私は常に夢を追いかけているんだよ。それと、オマケにこれをあげる」
はい、と差し出されたのは細い鎖だった。こちらは特別装飾をしてあるわけでもない、ただの鎖だ。
これをどうすればいいのかと、訝しげに弄んでいると、
「指につけてたら家事するときは、外さないといけないでしょ。だからそれをつけるの」
「なるほど」
ペンダントのようにするということか。
私は言われた通りに、紅い水晶のついた指輪に鎖を通す。
「咲夜さん」
「うん」
向い合って、咲夜さんの首に鎖をかける。
それだけのことなんだけど、気恥ずかしい感情は拭いきれない。首にかけることを躊躇っていると、視線がぶつかった。
真新しい陶器みたいに白い彼女の頬が、今は羞じらいに赤く染まっていた。それを自覚しているのか、恥ずかしげに胸の前で手を組んで視線を落とす。
鼓動が早まる。顔が熱い。
どうしよう、すごく可愛い。どう、したらいいのだろう――。
「お客さーん、店の前でイチャつかないでくれませんかねー」
てゐさんの呆れたような言葉に、現実に引き戻される。慌てて周りを見ると、結構な人数が足を止めてこちらを見ていた。
何をしているんだ私は。人前でこんなことをして。
顔の熱さが余計に増した。餅が焼けそうなくらいに熱くなってると思う。
しかし、そのおかげで踏ん切りはついた。勢いに任せて言葉を紡ぐ。
「さ、咲夜さん! 私からのプレゼントです!」
髪に引っかからないように、ゆっくりと鎖を首にかけていく。
指先が彼女の髪に触れ、耳に触れ、そして首筋に触れる。鎖から手を離して、正面から見つめ合う。
咲夜さんは、指輪の存在を確かめるように指で触れ、ぎゅっと握り締める。
「ありがとう、美鈴。すごく、嬉しいわ」
子どものように無邪気な笑顔と率直な言葉に、思わず安堵と至福の息が漏れた。
良かった、喜んでもらえて――本当に良かった。
◇
パーティの会場は、お嬢様の部屋となった。身内だけで人数も少なく、ホールを使う必要もないと判断したのだ。
買い物から戻ると、すぐに料理を作り、部屋を飾り付けたりツリーを運び込んだり。
途中、部屋の風通しを良くしそうな妹様を押しとどめたり、サンタ服を強要する小悪魔にキレたパチュリー様がロイヤルフレアしたり――なんだかんだあったけれど、慌ただしく準備は行われ、そしてパーティは開催された。
「やぁん、私の身体がお姉さまにぴったりくっついて……ふぅ……」
「あだだだ!? 極まってる! 関節極まってるから! 私の肩はポリキャップじゃないから! 外れても簡単に直せたりしないから!」
「大丈夫よレミィ。あなたなら死なないわ」
「もう、お姉さまったら。照れなくてもいいのに」
「お前ワザとやってんだろ!? 咲夜ー! たーすーけーてー!」
ツイスターゲームで姉妹仲良く遊ぶ微笑ましい光景……に違いない、うん、そう言うことにしておこう。
目の前の現実から目を逸らしつつ、ソファーに身体を預けてワインを一口飲む。こんな風に過ごせるとは、昨日には思ってもいなかった。
門番をすることに不満はなかったけれど、寂しさはあったから、こうして皆で過ごせるのは嬉しかった。
「駄目ですよ妹様。お嬢様の腕は、取れたら簡単に治らないんですから」
「そっかー。じゃあ、今度は咲夜が付き合ってよ」
「喜んで」
だから、咲夜さんには、感謝してもしきれない。
本当に、ありがとございます。
「……楽しそうね、美鈴」
感謝の念を捧げる私の前に、ぬっとお嬢様が顔を出す。ボロ雑巾と言っても差し支えない惨状に思わず顔を引いてしまう。頭に被ったサンタ帽も今にもずり落ちそうだ。
お嬢様は、私にばっかり無茶しおって、と愚痴りつつ私の隣に腰を下ろす。
「まぁ、楽しめているならいいんだけどね。咲夜のプレゼントは正解だったみたいね」
「はい、しっかり楽しんでいます」
「ならばよし。私もサンタやった甲斐があったってものよ」
「サンタ……あ、そう言えば、あの休暇届って、お嬢様から咲夜さんへのプレゼントだったんですか?」
お嬢様が満足気に言ったその言葉に、思い出すことがあった。
休暇届を私が貰った時、咲夜さんは『サンタさんに頼んだ甲斐があった』と言っていた。そして、休暇届をプレゼントにできそうな『サンタさん』はお嬢様しかいない。
「ええ、そうだけど。それがどうかしたの?」
「私のために休暇届を願ったのなら、ますます感謝しないとなぁ、って思いまして」
「正確に言うとちょっと違うんだけどね。聞きたい?」
そう言って、ニヤニヤとした笑顔で訊き返される。肘で突っついてくるオマケ付きだ。
次の台詞を予想しつつも、私は応える。
「いや、言いづらいことなら別に構いませんけど」
「そっかー、そんなに知りたいなら仕方ないなー」
あ、やっぱり私の意見は聞いてなかったんですね。解っていましたけど。
半ば達観した私をよそに、お嬢様はとても楽しそうに語り始める。
「咲夜が願ったのはね、『美鈴と過ごす今日』よ」
「……ふぅん?」
えーと、つまり?
「だーかーら。咲夜は美鈴とクリスマスを過ごしたかったのよ。恋人みたいにデートしたりしてね」
「あー、なるほど」
へえ、そうなんだ。咲夜さんは、私とクリスマスを過ごしたかったん――えっ?
それは、つまり、私のことが――。
「あら、トナカイでもないのに真っ赤ね」
「だだだって、そんなこと急に言われたら……」
「私に頼むときの咲夜も、そんな顔をしてたわね。あの子が珍しく我儘を言ってさ、驚くと同時に妬けたわ。そんなに想ってもらっているんだもの」
「え、ええっ?」
「咲夜を泣かせたら許さないわよ。幸せにしなさい」
可笑しそうに笑うお嬢様の声が遠くに聞こえる。瞬間的に茹だった頭は思考を放棄していた。身体が震える。呼吸が乱れる。
だけど、不思議と苦しくはない。むしろ、身体を包み込んでいたのは万能感だった。今ならなんでも出来る、言える、と。
胸からこみ上げるのは、歓喜と衝動。この気持ちを叫びたい。この気持ちを伝えたい!
残りのワインを一気に飲み干し、立ち上がって衝動に任せ叫ぶ。
「咲夜さん!」
突然名前を呼ばれた咲夜さんが、驚いたようにこちらを見つめる。
私には、あなたしか見えない。視線を受け止め、気持ちを全て吐き出した。
「今日はありがとうございました! 本当に、本当に楽しかったです! だから、今日だけじゃなくて、明日も、来年も――これからもずっと一緒に過ごしたいです! 絶対に、私が幸せにしますから!」
喉が枯れても構わないと、吼えた。
静まり返った部屋で聞こえるのは、私の鼓動と切れた息だけ。それが僅かな時間続き、
「――――美鈴」
黙って私の言葉を聞き終えた咲夜さんは、ゆっくりと口を開く。
「ありがとう美鈴。今すぐにでも、あなたを抱きしめたいのだけど」
私と同じくらいに顔を朱に染めた彼女は、その表情に苦笑を浮かべ呆れたように言う。
「場所と状況を考えなさい」
その台詞は、冷水となって茹だった頭にぶっかけられる。正常な思考を取り戻すとともに、狭まった視界が広がっていく。
「あー……そこまで言うとは思わなかったわ」
「クリスマスウエディングってやつ? おめでとう咲夜!」
「陳腐な台詞ほど、心には届くものね」
「ですねー。私も言われてみたいです。具体的にはパチュリー様に!」
口々に、好き勝手言うお嬢様たちがいた。当たり前だけど、突然現れたわけではなく、最初からそこにいた。ということは、さっきのも全部聞かれていたわけで。
――よし、逃げよう。
刹那で決断し、窓に向かって身体の向きを反転させる。一気に踏み出そうと足に力を込めた瞬間、
「おおっと。逃げちゃダメだよ美鈴。馴れ初めとか色々聞きたいことがあるんだから」
「私もとても興味があります。今後の参考にしたいです」
両脇からがっちりと、妹様と小悪魔に抑えこまれた。
このままではいかん、と助けを求めるように、パチュリー様に視線を送る。
パチュリー様は、ふぅ、と溜息をついて一言、
「興味ないわね、他人の恋愛話なんて」
いやあなためっちゃこっちのことチラチラ見てるじゃないですか。興味アリアリじゃないですか、やだー。
「私も興味が有るわ。じっくり聞かせてちょうだい」
お嬢様の無慈悲な追撃を喰らい、がっくりと私は膝をついた。
「諦めなさい、美鈴。こういう運命だったのよ、きっと」
完全に観念しきった咲夜さんの言葉に、私は抵抗することをやめて席に舞い戻る。
ホント、修行が足りないなぁ私。大胆さだけじゃなくて、繊細さも足りていないなんて。
興味津々な4人の視線を浴びながら、私は天を仰いだ。
まだ薄暗い室内を虚ろな意識と眼差しで見渡すと、日めくりカレンダーが目に入った。
12月25日。世間ではクリスマスというイベントである。が、門番にはあまり関係のないことだった。お嬢様たちが騒でいようとも、私は平常通り門番をしなければならないからだ。
一人立ち続けることに、寂しさを覚えることはあっても不満はない。それが自分の仕事なのだし、お嬢様たちを守ることに誇りだって持っている。
それに――これが、一番の要因かもしれない――パーティが終わった後、咲夜さんは、必ずプレゼントを贈ってくれる。
手編みのマフラーだったりセーターだったり、特製のケーキだったり。内容は毎年違うけれど、どれも一日の報酬としては十分過ぎるものだ。
今年は、一体なんだろうか。
そう考えると、眠気も覚めて活力も湧いてきた。我ながら単純な傾向だとは思うが、悪いことばかりではない、と思う。
「今日も一日がんばりますか」
意気込みを声に出して、ベッドから離れようとしたときだった。
ガシャン、と窓が割れる音がした、と思ったときには足元に小さな球が数個転がってきた。
赤青緑の色鮮やかな球。しかし、それには導火線を伝って小さな火花を散らしていた。
「――ッ!」
この紅魔館にこんな大胆な攻撃をしかけるとは、一体何処の命知らずだ。
だが、朝だからといって油断していると思うのは甘い考えと言わざるを得ない。少なくとも、私には――!
「破ッ!」
投げ捨てるには時間が足りないと判断。一呼吸で練り上げた気を障壁として、前面に展開する。
どんな爆弾かは知らないが、この大きさでは威力もたかが知れている。この障壁を貫けるはずもない。
そして、報いは大きい。必ず、この行いを後悔させてやろう。
私がまだ見ぬ襲撃者に敵意を覚えたのと同時に、火花は導火線を焼きつくす。
衝撃に備えて力を込め直し、そして。
パンッ、と予想よりもはるかに軽い音と、色とりどりの紙吹雪が撒き散らされた。
「はっ?」
両手をかざした体勢のまま、思わず間抜けな声を漏らしてしまう。
目の前で舞い散る紙吹雪は、どう見てもただの紙だ。特別な力があるようには見え無いし、何も感じない。
これは一体どういうことなのか……。
「おはよう美鈴。いい朝ね」
混乱する私にかけられた凛とした声に我に返る。
「咲夜、さん……?」
音もなく眼前に現れたのは、咲夜さん……だと思う。
シワ一つ無いメイド服、冷たい色をした銀髪、表情の読めないすまし顔。そこまではいつも通りの咲夜さんだ。
しかし、いつもと違うところが一つあった。何故か、頭に紅白のサンタ帽子を被っていたのだ。
「朝早いけど、プレゼントを持ってきたわ」
「ええと、その、サンタさん?」
サンタ帽子を被ったすまし顔の彼女に、余計に混乱した私は阿呆みたいな返答をしてしまう。
というか、さっきの爆竹は咲夜さんの仕業ですか。
「ええ、盛り上がるかと思って」
しれっと、悪びれた風もなく応える咲夜さん。割れたはずの窓を見れば、いつの間にか元通りになっていた。
しかし、どうにも様子というか、テンションがおかしい。
咲夜さんが朝には弱いといっても、毎日ガラスを割ったりサンタ帽子を被っていたりするわけじゃない。
何かあって妙に舞い上がっている。そんな感じだった。
「ほら、早く着替えて。出かけるわよ」
「ちょっ、ちょっと待って下さいよ。出かけるって何処へ? そもそもお仕事はどうしたんです?」
咲夜さんはぐいぐい腕を引っ張って、私をベッドから引きずり出そうとする。
慌てて押しとどめると、咲夜さんはああ、と言ってエプロンから一枚の紙切れを取り出す。
「出かけるのは、パーティの買いだし。それと、クリスマスプレゼントよ」
「これが、ですか?」
差し出された紙切れを受け取る。ノートか何かの切れ端で、書類というほど上等ではない。
これがクリスマスプレゼントって……『プレゼントは物じゃなくて気持ち』と言ってもこれはさすがに……。
と、思ったが書面を見れば納得した。
上部に『休暇届け』と書かれ、続いて『休む人 紅美鈴』『休ませる人 レミリア・スカーレット』と記されていた。裏をめくると、『好きなだけイチャついてよし!』と殴り書かれている。
裏の文章が気になるが、それは置いといて。要するに、これは休暇許可で、今日私は門番をしなくてもいいということだ。
ということは、つまり、
「パーティにも出られるってことですか?」
「勿論、荷物持ちだけさせるわけないでしょ」
どこか得意げに咲夜さんは応える。
私はしげしげと休暇届という文字を眺める。そっか、パーティに参加できるんだ……。
「嫌だった?」
「いやいや、そんなわけないですよ。すっごく嬉しいです」
少し不安そうに訊ねられ、慌てて私は否定する。
咲夜さんと一緒に買物に行って、しかもパーティに参加できる。それが嬉しくないわけがない。
そのあまりにも思いがけない出来事に、いまいち実感が湧かなかったのだ。
「そう、良かった。サンタさんに頼んだ甲斐があったわね」
「サンタさん?」
それってどういうことです?
そう訊ねる前に、咲夜さんは再び私の腕を引っ張り言う。
「そういうわけだから、ほら行きましょう」
「行くって……まだ、開いてる店なんて無いですよ?」
「えっ?」
「えっ」
動きを止めて黙りこむ咲夜さん。あのえっと、その反応はつまりそういうことですか。
「……どうやら寝不足みたいね。少し休むわ」
「そ、そうですね。まだ時間はありますし、それまで寝ましょう」
視線を逸らしながら言う咲夜さんの耳は、ちょっと赤くなっていた。可愛い。
「7時くらいになったら起こすから」
「いいんですか?」
「大した手間じゃないもの、すぐ傍なんだから」
「そうですか? じゃあ、お願いします」
だけど、『すぐ傍』っていうほど近いかなぁ。この小屋から咲夜さんの部屋まで結構あったと思うけど。
まぁ、本人がいいと言ってるんだからいいんだろう。おやすみなさい、と言って私は布団に潜り込む。
おやすみなさい、と返事があった。すぐ近く、具体的には耳元5センチの距離から。
「……あの、咲夜さん」
「何かしら?」
「どうして私の布団に?」
極自然に、咲夜さんはぴったりと身を寄せていた。腕はがっちりと回されていて、離れることはできそうもない。
布団の暖かさのせいか、早くも胡乱な目をした彼女はめんどくさそうに応える。
「この寒い中部屋まで戻れっていうの?」
いや、あなたバッチリ愛用の寝間着に着替えてるじゃないですか。
そう指摘する間もなく、咲夜さんは私の胸に頭を預けると、すぐに寝息を立て始める。
「むぅ……」
唸ってはみたものの、この寝顔に為す術があるかと言われれば、無いわけで。
結局、外に出て冷えた彼女の身体を温めるように肩を抱き寄せ、私は目を閉じた。
◇
「ずいぶん買っちゃったけど……まあ、大丈夫よね。美鈴がいるんだから」
「当てにしてくれるのは嬉しいですけど、ちょっと体重が心配です」
「その分動けば大丈夫よ」
雪が被った通りを、私と咲夜さんは両手に買い物袋を抱えて歩いて行く。吐く息は白く、すぐに消えてなくなる。
目を横に向ければ、何処かしこの商店もクリスマスカラーに色を変えて、商売に勤しんでいた。私達と同じように買い物袋を手にした人たちともすれ違う。
それを見て、ふと思ったことを口にする。
「どれだけの人がクリスマスの趣旨を解っているんでしょうね」
「さぁね。少なくとも私は知らないわ」
「私もよくわかりませんね。誰かの誕生日で、良い子はプレゼントが貰えるってことくらいです」
「その程度の認識でも楽しめるなんて、素敵なことだと思うわ」
「そう思います」
クリスマスは酒を飲んだり騒いだりするイベント。その程度の認識で楽しめるのなら、それでもいいのだろう。そんな事とは関係なしに、私は今を満喫しているのだし。
肩を並べて歩く咲夜さんを見て、私はそう思った。
「だけど、貰ってばかりで申し訳ないです」
この時間をくれた彼女に対して何も用意していないというのは、心苦しい。
出かける時間もなかなか取れないせいで、クリスマス当日にプレゼントを渡せたことは殆ど無い。裁縫が苦手な私では、満足な出来のマフラーを作ることも出来なかった。
そう言うと、咲夜さんは肩をすくめて応える。
「別に気にしないでいいのに。美鈴は少し気を使いすぎよ」
「そうは言っても……やっぱり当日に渡したいですよ」
「私は十分なくらい貰ったのに。悩むよりも笑顔を見せてくれたほうが嬉しいわ」
「プレゼントは笑顔、ですか?」
「私はそれでも嬉しいけど。あなたは違う?」
「えっ……いや、その……」
率直な問に、言葉を詰まらせる。私もですよ、と即座に返せるほど大胆な精神を持ちあわせてはいなかった。
言いあぐねている私を見て、咲夜さんは可笑しそうに笑う。
「修行が足りないわね、美鈴」
「……精進します」
こういう時スパっと切り返せたら格好いいんだろうなぁ。しかし、このザマではそれに至るまで遠そうだ。
小さく溜息をついて、次の店に向かおうとした時、
「そこのお二人さん、アクセサリーは如何かな? 二人みたいな美人さんに買って貰えたら、商品も喜ぶんだけど」
言葉の割に幼い、それでいて場馴れした声がかけられた。
視線を声の先に向ける。そこには商店の軒先に建てられた小さな屋台があり、見知った顔が二つあった。
「永遠亭の兎じゃないの。こんなところで薬売り?」
永遠亭で暮らす兎の妖怪――てゐさんと鈴仙さんだった。
たまに、里に薬を売りに来ることがあると聞いたけど、こんな日まで仕事なんだろうか。いや、人のことは言えないけど。
「今日は薬じゃなくて、こういうのをね」
そう言っててゐさんは、テーブルに並べられていたアクセサリーを示す。銀色に光る指輪、四つ葉のクローバーをあしらったブローチ、様々な色の水晶が嵌められたピアス。
ずらっと並べられたそれに、感嘆の声が漏れた。
「へえ、すごいですね。全部手作りですか?」
「そうだよ、私達と姫様でね。で、店の前のスペースを借りて露店してるってわけ」
いい稼ぎになるんだよねー、とほくそ笑むてゐさん。対照的に鈴仙さんは疲れた顔をしていた。
「半分くらいは私だけどね……。ホント疲れたわよ……」
「感謝してるってば。ちゃんと働いてくれた分の報酬は渡すから」
「どうだかね。期待しないで待ってるわ」
「期待していいよ。私は口に出さないだけで鈴仙にはいつも感謝してるからね」
「また、そうやって適当なことを……」
鈴仙さんは呆れたように言うが、口振りとは裏腹に口元は柔らかく緩んでいた。
口では文句を言いつつも、しっかりと二人でクリスマスを楽しんでいるようだ。
「で、悪魔のメイドさん。このリングとブローチとピアスをまとめて買うと幸せになれるよ。隣の彼女さんの分まで買うと、末永く幸せになれるんだけどなー」
ニコニコと胡散臭い笑顔を浮かべえて、あからさまに怪しい勧めをするてゐさん。
咲夜さんにそんなことをするなんて、商魂たくましいのか度胸があるのか。
まぁ、てゐさんの『人を幸福にする能力』がどういうものか咲夜さんは知っているし、引っかかるわけもないだろうけど。
「言い値で買うわ。端から端まで。小切手でいいかしら」
「いやいや咲夜さん!?」 「ちょっ、騙されてるってば!」
私のみならず鈴仙まで一緒になって、咲夜さんを羽交い締めにする。そうでもしないと、紅魔館を担保にしかねない勢いだったのだ。
小切手にサインを記入しようとする手を抑えつけながら、とにかく叫ぶ。
「どうして止めるの美鈴! 一緒に幸せになりたくないの!」
「幸せにはなりたいですけど住むところは無くしたくないです!」
「今度作ってあげるわよ!」
「3時のおやつのノリで言わないでください!」
「幸せになる手段が目の前にあるのに逃す理由はないわ!」
「私が幸せにしますから! だから、小切手から手を離して!」
「えっ……」
「っと。はぁ……落ち着きましたか?」
私の必死の説得が通じたのか、咲夜さんは抵抗をやめ、力が抜けた手から小切手を取り落とす。
拾ったそれをポケットに仕舞い、窘めるように言う。
「どうしたんですか急に。咲夜さんらしくも無いですよ」
「……少し我を忘れただけよ」
少し? とは思ったが追求はしなかった。そっぽを向いた咲夜さんから説明を貰えそうにはなかったからだ。
「……えーと、なんだ。全部買うと幸せになるのは冗談だけど、どれもプレゼントにはお勧めだよ」
「へ、へえ。そうなんですかー」
若干引きつった笑顔を浮かべながらも、営業トークを再開するてゐさんには尊敬の念を覚えざるを得ない。
いたたまれない空気を払拭するため、私もそれに乗らせてもらおう。
「とくにこのペアリングなんていいんじゃないかな。綺麗な色水晶でしょ?」
てゐさんが示した指輪は、シンプルな装飾を施された環に小さな色水晶が嵌められたものだった。
言った通り、陽の光が色水晶を綺羅びやかに照らして輝いている。手にとって確かめてみると、作りもしっかりしているようだ。
「本当だ。鮮やかな紅と青ですね」
「姫様が仕舞い込んでいたやつを使ったんだよ。どう、気に入った?」
「そうですね……」
プレゼントを用意できなかった現状に、これは渡りに船だろう。
見た目もあまり派手過ぎず地味過ぎず、咲夜さんにも気に入ってもらえると思う。
ならば、買うしか無いだろう。私は頷き財布を取り出す。
「いいの、美鈴?」
「貰ってばかりじゃいけませんよ。それに、同じアクセサリーを身につけるっていうのに、ちょっと憧れていたんです」
「……そう、ありがとう。美鈴」
照れくさそうに言う咲夜さんに微笑み返す。
うん、この笑顔が見れるならいくらでもプレゼントしますって。そのくらいの価値があるんだから。
「毎度ありー。二つで1万円ねー」
代金を渡して、引換に指輪を受け取る。
恥ずかしい話だけど、ペアリングなんて初めて買ったものだから、緊張して手が震えていた。
それを悟られないように、心の中で気合を入れる。年上なんだから、シャキッとしないと。
「お互いのカラーと違うのを持つといいよ。いつでも相手のことを思い出せるようにね」
「ふぅん、てゐでもロマンチックなこと言うんだね」
失礼な、とてゐさんは愚痴る。
「私は常に夢を追いかけているんだよ。それと、オマケにこれをあげる」
はい、と差し出されたのは細い鎖だった。こちらは特別装飾をしてあるわけでもない、ただの鎖だ。
これをどうすればいいのかと、訝しげに弄んでいると、
「指につけてたら家事するときは、外さないといけないでしょ。だからそれをつけるの」
「なるほど」
ペンダントのようにするということか。
私は言われた通りに、紅い水晶のついた指輪に鎖を通す。
「咲夜さん」
「うん」
向い合って、咲夜さんの首に鎖をかける。
それだけのことなんだけど、気恥ずかしい感情は拭いきれない。首にかけることを躊躇っていると、視線がぶつかった。
真新しい陶器みたいに白い彼女の頬が、今は羞じらいに赤く染まっていた。それを自覚しているのか、恥ずかしげに胸の前で手を組んで視線を落とす。
鼓動が早まる。顔が熱い。
どうしよう、すごく可愛い。どう、したらいいのだろう――。
「お客さーん、店の前でイチャつかないでくれませんかねー」
てゐさんの呆れたような言葉に、現実に引き戻される。慌てて周りを見ると、結構な人数が足を止めてこちらを見ていた。
何をしているんだ私は。人前でこんなことをして。
顔の熱さが余計に増した。餅が焼けそうなくらいに熱くなってると思う。
しかし、そのおかげで踏ん切りはついた。勢いに任せて言葉を紡ぐ。
「さ、咲夜さん! 私からのプレゼントです!」
髪に引っかからないように、ゆっくりと鎖を首にかけていく。
指先が彼女の髪に触れ、耳に触れ、そして首筋に触れる。鎖から手を離して、正面から見つめ合う。
咲夜さんは、指輪の存在を確かめるように指で触れ、ぎゅっと握り締める。
「ありがとう、美鈴。すごく、嬉しいわ」
子どものように無邪気な笑顔と率直な言葉に、思わず安堵と至福の息が漏れた。
良かった、喜んでもらえて――本当に良かった。
◇
パーティの会場は、お嬢様の部屋となった。身内だけで人数も少なく、ホールを使う必要もないと判断したのだ。
買い物から戻ると、すぐに料理を作り、部屋を飾り付けたりツリーを運び込んだり。
途中、部屋の風通しを良くしそうな妹様を押しとどめたり、サンタ服を強要する小悪魔にキレたパチュリー様がロイヤルフレアしたり――なんだかんだあったけれど、慌ただしく準備は行われ、そしてパーティは開催された。
「やぁん、私の身体がお姉さまにぴったりくっついて……ふぅ……」
「あだだだ!? 極まってる! 関節極まってるから! 私の肩はポリキャップじゃないから! 外れても簡単に直せたりしないから!」
「大丈夫よレミィ。あなたなら死なないわ」
「もう、お姉さまったら。照れなくてもいいのに」
「お前ワザとやってんだろ!? 咲夜ー! たーすーけーてー!」
ツイスターゲームで姉妹仲良く遊ぶ微笑ましい光景……に違いない、うん、そう言うことにしておこう。
目の前の現実から目を逸らしつつ、ソファーに身体を預けてワインを一口飲む。こんな風に過ごせるとは、昨日には思ってもいなかった。
門番をすることに不満はなかったけれど、寂しさはあったから、こうして皆で過ごせるのは嬉しかった。
「駄目ですよ妹様。お嬢様の腕は、取れたら簡単に治らないんですから」
「そっかー。じゃあ、今度は咲夜が付き合ってよ」
「喜んで」
だから、咲夜さんには、感謝してもしきれない。
本当に、ありがとございます。
「……楽しそうね、美鈴」
感謝の念を捧げる私の前に、ぬっとお嬢様が顔を出す。ボロ雑巾と言っても差し支えない惨状に思わず顔を引いてしまう。頭に被ったサンタ帽も今にもずり落ちそうだ。
お嬢様は、私にばっかり無茶しおって、と愚痴りつつ私の隣に腰を下ろす。
「まぁ、楽しめているならいいんだけどね。咲夜のプレゼントは正解だったみたいね」
「はい、しっかり楽しんでいます」
「ならばよし。私もサンタやった甲斐があったってものよ」
「サンタ……あ、そう言えば、あの休暇届って、お嬢様から咲夜さんへのプレゼントだったんですか?」
お嬢様が満足気に言ったその言葉に、思い出すことがあった。
休暇届を私が貰った時、咲夜さんは『サンタさんに頼んだ甲斐があった』と言っていた。そして、休暇届をプレゼントにできそうな『サンタさん』はお嬢様しかいない。
「ええ、そうだけど。それがどうかしたの?」
「私のために休暇届を願ったのなら、ますます感謝しないとなぁ、って思いまして」
「正確に言うとちょっと違うんだけどね。聞きたい?」
そう言って、ニヤニヤとした笑顔で訊き返される。肘で突っついてくるオマケ付きだ。
次の台詞を予想しつつも、私は応える。
「いや、言いづらいことなら別に構いませんけど」
「そっかー、そんなに知りたいなら仕方ないなー」
あ、やっぱり私の意見は聞いてなかったんですね。解っていましたけど。
半ば達観した私をよそに、お嬢様はとても楽しそうに語り始める。
「咲夜が願ったのはね、『美鈴と過ごす今日』よ」
「……ふぅん?」
えーと、つまり?
「だーかーら。咲夜は美鈴とクリスマスを過ごしたかったのよ。恋人みたいにデートしたりしてね」
「あー、なるほど」
へえ、そうなんだ。咲夜さんは、私とクリスマスを過ごしたかったん――えっ?
それは、つまり、私のことが――。
「あら、トナカイでもないのに真っ赤ね」
「だだだって、そんなこと急に言われたら……」
「私に頼むときの咲夜も、そんな顔をしてたわね。あの子が珍しく我儘を言ってさ、驚くと同時に妬けたわ。そんなに想ってもらっているんだもの」
「え、ええっ?」
「咲夜を泣かせたら許さないわよ。幸せにしなさい」
可笑しそうに笑うお嬢様の声が遠くに聞こえる。瞬間的に茹だった頭は思考を放棄していた。身体が震える。呼吸が乱れる。
だけど、不思議と苦しくはない。むしろ、身体を包み込んでいたのは万能感だった。今ならなんでも出来る、言える、と。
胸からこみ上げるのは、歓喜と衝動。この気持ちを叫びたい。この気持ちを伝えたい!
残りのワインを一気に飲み干し、立ち上がって衝動に任せ叫ぶ。
「咲夜さん!」
突然名前を呼ばれた咲夜さんが、驚いたようにこちらを見つめる。
私には、あなたしか見えない。視線を受け止め、気持ちを全て吐き出した。
「今日はありがとうございました! 本当に、本当に楽しかったです! だから、今日だけじゃなくて、明日も、来年も――これからもずっと一緒に過ごしたいです! 絶対に、私が幸せにしますから!」
喉が枯れても構わないと、吼えた。
静まり返った部屋で聞こえるのは、私の鼓動と切れた息だけ。それが僅かな時間続き、
「――――美鈴」
黙って私の言葉を聞き終えた咲夜さんは、ゆっくりと口を開く。
「ありがとう美鈴。今すぐにでも、あなたを抱きしめたいのだけど」
私と同じくらいに顔を朱に染めた彼女は、その表情に苦笑を浮かべ呆れたように言う。
「場所と状況を考えなさい」
その台詞は、冷水となって茹だった頭にぶっかけられる。正常な思考を取り戻すとともに、狭まった視界が広がっていく。
「あー……そこまで言うとは思わなかったわ」
「クリスマスウエディングってやつ? おめでとう咲夜!」
「陳腐な台詞ほど、心には届くものね」
「ですねー。私も言われてみたいです。具体的にはパチュリー様に!」
口々に、好き勝手言うお嬢様たちがいた。当たり前だけど、突然現れたわけではなく、最初からそこにいた。ということは、さっきのも全部聞かれていたわけで。
――よし、逃げよう。
刹那で決断し、窓に向かって身体の向きを反転させる。一気に踏み出そうと足に力を込めた瞬間、
「おおっと。逃げちゃダメだよ美鈴。馴れ初めとか色々聞きたいことがあるんだから」
「私もとても興味があります。今後の参考にしたいです」
両脇からがっちりと、妹様と小悪魔に抑えこまれた。
このままではいかん、と助けを求めるように、パチュリー様に視線を送る。
パチュリー様は、ふぅ、と溜息をついて一言、
「興味ないわね、他人の恋愛話なんて」
いやあなためっちゃこっちのことチラチラ見てるじゃないですか。興味アリアリじゃないですか、やだー。
「私も興味が有るわ。じっくり聞かせてちょうだい」
お嬢様の無慈悲な追撃を喰らい、がっくりと私は膝をついた。
「諦めなさい、美鈴。こういう運命だったのよ、きっと」
完全に観念しきった咲夜さんの言葉に、私は抵抗することをやめて席に舞い戻る。
ホント、修行が足りないなぁ私。大胆さだけじゃなくて、繊細さも足りていないなんて。
興味津々な4人の視線を浴びながら、私は天を仰いだ。
切っ掛け作ってくれたレミリアサンタさんあざーっす。
それにしても咲夜さん天然というかテンパりすぎというかww
クリスマスは百合に限るぜー!
最初の添い寝のシーンでぼくはすでに幸せでした。
このSSが素敵なプレゼントだぜ!!
どうでもいいけどコンマ0.2秒って言い方おかしくないでしょうかね?
ニヤニヤさせていただきました