「ラブレターの有料代筆サービス?」
とある昼下がり、紅魔館地下図書館の主、パチュリー・ノーレッジは、紅魔館のメイド、十六夜咲夜からの思いもよらぬ依頼に困惑の声を上げた。
「ええ。最近、お嬢様が宴会ばかり催すおかげで、紅魔館の財政が危なくなっておりまして」
「はあ。確かに最近宴会多かったものねえ……。で、なんでラブレター?なんで私なの?魔法書や評論文ならまだしも、そういうのは専門外なのだけれど」
「それはわかっておりますわ。ですが、魔法書ということになりますと、一冊作るのにかなりの時間がかかってしまいますし、この幻想郷では買う人など香霖堂の店主かアリスくらいしかいませんから」
「ああ……。あの黒ねずみは買うどころか盗んでいくでしょうしね……」
幻想郷に魔法書の需要はほとんど無い。評論など言わずもがなだ。その上、買っていくどころか盗んでいく奴さえいる。それではいくら書いたところでお話にならないのだ。
「でも、私はやらないわよ?そんなもの書いた経験なんてないし、第一そんな恥ずかしいことできるわけがないじゃない」
「もちろんパチュリー様の名前は出しません。依頼書や手紙の受け渡しも時間を止めたまま行い、依頼先がわからないように細心の注意を払います。それでもダメでしょうか」
「ダメね。名前が出なくたって、恥ずかしいものは恥ずかしいもの」
「どうしても、ですか?」
「ええ。私は食べるものがなくなっても死にはしないし。レミィの尻拭いをするつもりはないわよ」
「そうですか……」
がっくりと肩を落とす咲夜。しかしその目は、むしろ不敵な笑みをたたえていた。
「そうですね。100年も生きていても恋愛経験のない女性だって、たまにはいますものね。パチュリー様ならもちろんそれくらいの経験はお持ちだろうと思っていたのですが、仕方ないです」
去り際に、心底残念そうにそんなことを言い放つ。
「……あなた、言うわね。今ちょっとカチーンときたわよ……」
「あら、それは申し訳ございませんパチュリー様。いくらいつも本ばかり読んで雑用も小悪魔に押し付けて自分は全く働かないパチュリー様でも、ラブレターくらいなら書けるだろうと思ってお願い申しあげたのですが、見込み違いだったようですわ」
「……っ!」
「しかもこれだけいつもいつも本を読んでるのですから、恋愛小説などはとうの昔に読み飽きるほど読んでいると思っていたのですが、それでも書けないとおっしゃるとは……パチュリー様ほどの方なら経験がもし無かったとしてもそれくらいのことならできると思ったのですが」
「なっ!別に書けないとは言ってないわよ!ただそんな恥ずかしいことしたくないってだけの話よ!」
「え?本当ですか?……しかし恋愛経験もなく、本ばかり読んでいる頭でっかちのパチュリー様に、本当に書けるのですか?それなら私が書いたほうがよっぽどいい気もしますが……」
「書けるわよそれくらい!魔法書に比べればそんなもの朝飯前よ!バカにしないでもらえる!?」
「いえいえ、バカにしているつもりはないのですよ?ですが、いつも雑用は小悪魔に任せっぱなしで、自分は私が淹れた紅茶を飲みながら優雅に一日中読書タイムを満喫していらっしゃるパチュリー様に、本当にそんなことできるのかなーと」
「書 け る わ よ !ほらここに紙持って来なさい!何枚でも何十枚でも書いてやるわ!!!」
「いえいえ、無理して書いていただかなくても結構ですよ?パチュリー様が読書に勤しんでいらっしゃる間に、私が忙しい合間を縫って、それこそ時間を止めてでも書けばいいだけのことですから。パチュリー様にわざわざ書いていただかなくても大丈夫ですよ?」
「無理して!?誰が無理しないと書けないなんて言ったのかしら!?そんなもの読書の傍らにでも余裕で書けるわ!いいから早く持って来なさい!」
ニヤリと笑って舞い戻る咲夜。
「本当ですか?助かります。では、片手間にとはいえ一応仕事なので、その前にこちらの契約書にサインしていただけますか?」
「何よ早くよこしなさい!……ほらこれでいいんでしょ!?」
「はい。ありがとうございます。それでは、依頼が届いたらすぐにこちらにお持ちしますね。それでは」
「届いたらすぐに持って来なさいよ!目にもの見せてやろうじゃない!」
契約書を受け取った咲夜は、見えないところで勝ち誇った笑みを浮かべながら、図書館から消えるように出ていった。
残されたパチュリーは、不満気な顔で文句をたれながら読書に戻る。
「なによバカにしてくれちゃって。それくらい簡単に書けるわよ。私を誰だと思ってるの……」
そして、ふとあることに気づく。
「……ん?」
自分がラブレター代筆の依頼を受けてしまったことに。
「あああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
図書館に、魔女の叫びが響き渡った。
「はあああああ……パチュリー様……かわいい……」
主のそんな姿を見て、本棚の裏では小悪魔が鼻血を垂らしていた。
Case1:恥ずかしがり屋の魔法使い
時は流れて夕方。
「あああ……私としたことが……なんという単純な手に引っかかったのかしら……」
自分の馬鹿正直さに呆れ果てる魔女のもとに、早速一件目の依頼が届く。
「パチュリー様ー。ラブレターの依頼が届いてますよー」
「ああ、小悪魔、そのへんにおいておいてくれる?」
「はーい」
「で、咲夜は?」
「私にこれを渡してどこかに行かれましたよ。『今日はお嬢様のおやつの買い出しに行かなければいけませんので』とかなんとか」
「……逃げたわね」
なにか一言言ってやらないと気が済まないパチュリーは、「足の小指をぶつける呪い」とか「蜘蛛の巣が顔に引っかかる呪い」とかをかけてやろうかと思ったが、さすがにそんなことに労力を割くのも馬鹿らしいと思い、仕方なく仕事にとりかかることにした。
「ええと、なになに……」
依頼書に目をやる。
依頼人:霧雨魔理沙
対象者:アリス・マーガトロイド
依頼内容:私には恋文なんてこっ恥ずかしい文章は書けないから、よろしく頼むぜ!あ、パチュリーとか霊夢とかには内緒な!
「おもいっきりバレてるじゃないの……」
自称・恋の魔法使いの突っ込みどころしかない文章にいきなり出鼻をくじかれ、頭を抱えた。
「で、これを読め、と」
そしてその隣に山積みにされている調査資料を見て、更に頭を抱える。
「どこから持ってきたのよこんな資料。プライバシーも何もあったもんじゃないわ」
身長や体重、出身地はもちろん、人間関係や二人の出会い、さらには全く関係ないと思われる好きな食べ物やハマっている酒などなどとんでもない量のデータを見て、咲夜の本気にちょっと寒気を覚えた。
「大体魔法書10冊分ってとこかしら。……まあ1時間もあれば読み終わるでしょうけど」
誰へというわけでもなく速読のプチ自慢をしつつ、パチュリーは仕方なく資料を読む作業に入る。その机の上には、いつの間にやら湯気を上げる温かい紅茶とお茶菓子が置かれていた。
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「ふう……」
パチュリーの溜息とともに、ばらばらに散らばっていた資料が集まっていく。そして、ティーカップを置くコトン、という音とともに、すべての資料が元の場所に収まった。
「ひと通りは読み終えたけど……」
ちらりと空になっているはずのティーカップとお皿に目をやる。
「あんのアホメイド、嘘を隠す気もさらさら無いわね……まあありがたいといえばありがたいのだけれど」
そこには湯気を上げる新しい紅茶と、クリームといちごで可愛らしく飾り付けられたショートケーキがあった。
一口食べてみる。
「……美味しいわね」
甘いケーキを食べても苦い顔のパチュリーは、気を取り直して机の上に目をやった。
「一応メモは取ったけれど……」
・春雪異変の際に出会う。
・魔法使いという共通点から、永夜異変など様々な場所で共闘している。
・その際、文句を言いながらも丁寧に怪我の手当てをしてくれたアリスに心惹かれるようになる。
・現在は、宴会や魔法の研究などを通じて仲を深めようとしているが、未だに一歩踏み出せずにいる。
……以上。
「あのバカメイド、量ばっかり集めてもしょうがないっての……ほとんどがまるで無駄な情報じゃない」
ため息をつきつつ、誰もいない虚空を見つめて文句を垂れる。
「ここから、恋文をねえ……」
投げ出しかけたパチュリーの頭に、ふと昼間の咲夜の言葉がよぎった。
『いくらいつも本ばかり読んで雑用も小悪魔に押し付けて自分は全く働かないパチュリー様でも、ラブレターくらいなら書けるだろうと思ってお願い申しあげたのですが、見込み違いだったようですわ』
……イラッときた。
「ふ、ふふふ……やってやろうじゃない。この大魔法使いパチュリー・ノーレッジに喧嘩を売ったことを後悔させてやるわ!」
ものすごい勢いでその優秀な頭脳をフル回転させるパチュリー。しかし彼女は、恋文を上手く書いたところで咲夜を後悔させることはまったくもって不可能なことにも、恋文というものは頭をいくら回転させたところで上手く書けるかどうかにはほとんど影響しないということにも、そしてそんなちょっとアレな主人を本棚の影から小悪魔が今にも鼻血を噴き出させようかというような表情で見つめていることにも気が付かないのであった。
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拝啓 アリス・マーガトロイド様
春の陽気もうららかな今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。
この度、どうしてもあなたに伝えたいことがあり、こうしてお手紙をさし上げる運びとなりました。
どうか、私の正直な気持ちを聞いて下さい。
私、霧雨魔理沙は、あなたのことをお慕い申し上げております。
あなたの美しさ、可憐さ、そして何よりその優しさに、私は心を奪われました。
できることならば、あなたの傍で、これからの人生を歩んでいけたらと思っています。
お返事、お待ちしています。
霧雨 魔理沙
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「どう?これでも私を恋愛経験のないただのニートなんて言うかしら?」
次の日の朝、手紙を受け取リに来た咲夜に、パチュリーは得意げに大きく胸を張って手紙を突き出した。
「ええ、とても素晴らしいですわパチュリー様。まるでしおらしい乙女のような可愛らしい文面です」
「当り前じゃないの!私を誰だと思ってるのよ」
この上のないドヤ顔でこっちを見てくるパチュリーを見て、思わず笑ってしまいそうになりながら手紙を封筒にしまう。
「ではパチュリー様、こちらを魔理沙に届けて参ります」
「ええ、お願いするわ。しっかりと代金をふんだくってきなさい」
とても上機嫌に言うパチュリーを見て、咲夜は少し含みのあるような笑みを浮かべ、図書館を後にするのだった。
「咲夜さん!その手紙、読ませて下さい!!!!」
図書館から出た瞬間に、小悪魔がものすごい形相で迫ってきたのは予想外だったが。
Case1.5:魔法使いたちの午後
次の日の午後、紅魔館の図書館には、天窓からの日の当たるいつもの場所でいつもの様に読書タイムを楽しんでいるパチュリーと、借りていた本を返しに来たアリスの姿があった。
「本、ここに置いとくわね」
「……ええ」
「何かおすすめの本ってあるかしら?」
「……別にないわ」
「そう。じゃあ、これ借りていっていいかしら?」
「……どうぞご自由に」
「ありがとうパチュリー。また今度返しにくるわね」
そう言って、いつものように花のような可愛らしい笑顔でアリスは図書館を出ていく。
――アリスと話すのは苦手だ。あの笑顔を見ると、いつもの様にスラスラと言葉が出てこない。そして、アリスが帰ったあと、どうしてこんなにそっけない対応しかできないのかと、自己嫌悪に陥るのだ。
「はあ。何なのよ全く」
読書に戻ろうとしたその時、バリーンと大きな音とともに、天窓から黒い物体が図書館に飛び込んできた。
「借りてくぜ!死ぬまでな!」
「……本を盗っていくのはまだいいとして、せめて窓を壊さないでもらえるかしら、黒い盗人さん?」
「堂々と正面から入ったら咲夜に見つかるだろう?あと私は盗人じゃない。本を一生借りに来たただの図書館利用者だぜ」
そう言って本を盗って行こうとする魔理沙の顔を見たパチュリーは、少しだけ違和感を感じた。
「魔理沙、あなた……目が腫れてない?」
「えっ?」
急に挙動不審になる魔理沙。いや、挙動どころか窓から入ってきて本を盗っていく時点で元々ただの不審者なのだが。
「い、いや、そんなこと無いぜ!そうこれは……たまたま!そう、たまたま目にゴミが入っただけなんだぜ!」
いやーこの図書館は埃っぽいからなー、などと言いつつ目を隠そうとする魔理沙を見て、何が起こったかを悟った。
「そ、それじゃあな!また借りに来るぜ!」
そう言って、帽子を目深にかぶって、慌てて図書館を出ていく。それを見て、パチュリーは、ぎゅっと胸が締め付けられたような気分になった。
「……そう。フラれたのね」
誰へともなしにつぶやく。
――自分の手紙がもう少し上手ければ、あの恋だって叶ったかもしれないのに。
でも、なぜだか、そんな切ない気持ちと同時に、少しだけ安心感を覚えている自分に気がついて、パチュリーは首を傾げるのだった。
Case2:努力家の小さな妖精
「パチュリー様ー、次の依頼が届きましたよー」
「ああ、机の上に置いておいてくれる?」
「分かりましたー」
数日後の夜、パチュリーのもとに、次の依頼が届いた。
「咲夜は?」
「ええと、なんでも異変を解決しに行かなきゃならないそうで……」
「だから?」
「私にこれを渡して、どこかに」
別にもう怒ってなどいないことくらいはわかっているはずなのだが、今回も咲夜は姿を見せない。
まあいいわ、と言って、机に向かった。
「……前回は魔理沙に申し訳ないことをしてしまったからね。上手い文章を書けばいいわけじゃない。もっと相手の気持になって、きちんと、気持ちが伝わるように書かないと……」
依頼書に目を通す。
依頼人:チルノ(咲夜が書いた字)
対象者:アリス・マーガトロイド(同上)
依頼内容:(なんだかよくわからない絵)
「……ど、どうしろってのよおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」
絶叫した。
「これでどうやって相手の気持ちになればいいってのよ!無理でしょ!これ思考回路が根本から違うじゃないの!!!というか本当にこいつはアリスが好きなの!?!?!?何か間違えてるんじゃないの!?こんなのハードル高すぎるわよおおおおおおおおおおおゴフッゲフッグホゲホッ!!!」
「ちょ、ちょっと落ち着いて下さいパチュリー様!発作が!発作が出てます!!!」
「はああ!?落ち着け?!これが落ち着いていられグフッゲホッ」
「だ、大丈夫ですか!?今お薬をお持ちしますから……パチュリー様?……パチュリー様!?」
「……むきゅう……」
「パ、パチュリー様ああああああああああああああ!!!!!!」
パチュリーは机に倒れ伏して動かなくなった。
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~少女卒倒中により爽やかな別映像をお楽しみ下さい~
「ねえ咲夜。図書館が騒がしいようだけれど、何かやってるのかしら?」
「さあ。私には分かりかねますわ。パチュリー様が新しい魔術の実験でもしてらっしゃるのではないでしょうか」
「まあそれならいいのだけれど。……あら、この紅茶おいしいわね。茶葉を変えたのかしら?」
「いいえ、茶葉はそのままですわ。ただ、隠し味に少しはちみつを加えてみました。お気に召しましたか?」
「ええ、寝起きの頭には最高だわ。そういえば咲夜、この間の宴会の件だけど――」
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5分くらい後、なんとか回復したパチュリーは、息を整えつつ机に向かっていた。
「はあ、はあ……。なんで出てこないかと思ったら……突き返されると思って逃げたわね、あんのクソメイドが……相手を選びなさいっての……」
ブチブチと文句をたれながらも、仕方なく机の上に置いてある資料と向き合う。
「……今回はまた随分と少ないわね」
今回の資料は、文庫サイズの紙、というかメモが、たったの3枚しか無かった。
「まあ、あの妖精のことを調べろっていう方が無理よね。本人から聞き出そうにも覚えてないだろうし、彼女の友人もどうせ有益な情報なんて持ってないだろうし」
バカだからね、と付け加えて、3枚の紙に目を通す。
1枚目。
依頼人の趣味、普段の生活、交友関係など。特に有益な情報は無し。
2枚目。
今のアリスとの関係について。アリスが紅魔館に来る際、たまに一緒に遊んでいる(というかアリスが遊んであげている)のを見かける、との情報。というか美鈴談。
そして、3枚目。
本人が書いたと思われる、なんだかよくわからない、落書きのようなものが並んでいた。
「なにこれ。文字?……す……だ……き……」
よくわからないので裏返してみる。裏までびっしりと書かれた文字?記号?の上に、咲夜のものらしきメモが貼ってあった。
『友人に教えてもらいながら、字の練習をしていたそうです』
そして、そのすぐ近くに、何とか読めるくらいの拙さで、こんな一言が書いてあった。
『だいすき』
「…………」
その一言をじっと見つめる。
「……はあ。ここまで練習したんだから、バカはバカなりに最後まで自分で頑張りなさいっての」
少しため息を付いて、(いつの間にか置いてあった)紅茶をすする。
「仕方ないわね。一度引き受けた仕事なんだから、投げ出すわけには行かないもの」
紅茶の味は、なんだかいつもより少し、甘かった。
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ありすへ
だいすきです。
ずっといっしょにいてほしいです。
おへんじまってます。
ちるの
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「はい。これでいいかしら」
次の日の朝、朝食を届けに来た咲夜に、完成した原稿を手渡す。
「ありがとうございます。出来はどうでしたか?」
「知らないわよそんなの。それはアリスが判断することじゃないのかしら?」
咲夜がふと机の上に目をやると、そこには何枚もの下書きが積み重なっていた。そしてその山の中に、なんだか見たこともない道具が見える。こんなに簡単な文章だけれど、きっと、チルノの気持ちを少しでも汲み取ろうと、必死であのメモを読み解いたのだろう。
「……そうですね。お疲れ様です。ゆっくりお休み下さい」
眠気で赤い目をしたパチュリーにねぎらいの言葉をかけて、咲夜は図書館をあとにした。きっと昼食はいらないだろうな、そんなことを思いながら。
「咲夜さん!手紙を!」
出た瞬間に、相変わらずな小悪魔にぶち壊しにされたけれど。
Case2.5:見つめ合うと素直に以下略
数日後。いつものようにアリスが本を返しにやって来た。
「ここ、置いておくわね」
「……ええ」
いつも通りの素っ気ない会話。しかし。
「パチェー、いるー?」
今日は少しだけ、いつもと違っていた。
「あらレミリア。こんにちは」
「あら、アリス。来てたのね。ご機嫌いかが?」
「悪くないわよ。この図書館の主さんが面白い本をいっぱい貸してくれたからね」
「そう。それは良かったわ。で、その主さんはどこにいるのかしら?」
「机で読書中よ」
ありがとう、とアリスに礼を言って、レミリアは上機嫌で机の方へ向かう。
「もー、いるなら返事くらいしてくれたっていいじゃないの」
「……たまにはそういう日もあるのよ」
「ふーん、そう。よくわからないけど、まあいいわ。で、来週の宴会の件なのだけれど――」
話し始めたレミリアとパチュリー。アリスはそれを見て、二人に声をかけた。
「……さてと。じゃあ私はおいとまするわね。本を貸してくれてありがとう、パチュリー。また来るわ」
「あらアリス、もう帰るの?せっかく私が来たっていうのに」
「ごめんなさいねレミリア。もう少しここに居たいところだったけど、人里で人形劇を頼まれてるのよ」
「あら、それは仕方ないわね。咲夜!お客様をお見送りして差し上げなさい!」
「気にしなくていいわよ。彼女も忙しいだろうし。一人で帰るわ」
「あらそう?なら、また今度ね、アリス」
「ええ、また」
そう言って図書館を出ていくアリスを見て、レミリアは感嘆のため息をつく。
「はあ……全く、よくできた子よねえあの子。うちのメイドにしたいくらいだわ」
「……そうね」
「今のだって、私達が話し始めたのを見て、邪魔にならないように帰ったでしょう。うちの咲夜にも見習ってほしいわ」
「ええ、そうね……」
アリスをべた褒めするレミリアを見て、なんとも言えない気持ちで紅茶をすする。レミリアは、そんなパチュリーを、何か思いついたような顔で見つめた。
「……何よ」
「パチェってさあ、アリスが来ると無口になるわよね」
「……」
「もしかして、あの子のこと、好きなの?」
「ブフォッ!!」
吹き出した紅茶が、ニヤニヤした悪魔の顔に見事にぶちまけられた。
「ちょ、ちょっとパチェ汚い!」
「ゲホッゲホッ、な、なんでそうなるのよ!?」
「もー……図星なの?」
「ど、どこをどう見たらそうなるのよ……」
「え?それは……どこからどう見ても?」
「はあ?そんなわけないでしょう。大体――」
言いかけて気づいた。否定するような理由がなにもないことに。
「大体、何?」
いたずらっぽい笑みを浮かべるレミリア。
――確かに、私はあの子のことが好き、と自覚しているわけではない。でも、それ以前に、咲夜の言うとおり、私は恋をしたことがない。だから、気づいていないだけで、もしかして、私はあの子のことを好きなんじゃないか……?
アリスと一緒にいる時のことを思い返してみる。
上手く喋れない。そっけない態度しか取れない。そんな自分にいらいらする。でも、アリスが帰るときいつも、もっとここにいて欲しい、もっとおしゃべりしたい、そう思っていた。いつも、アリスが来るのを心待ちにしていた。
おかしい。彼女が来るたび自分にいらいらしてばかりいるはずなのに。ストレスばかりたまるはずなのに。なんでこんなことになっているのだろう。矛盾してる。変だ。意味がわからない。まさか本当に……?
「……ふふ、冗談よ」
レミリアの声で我に返る。
「ただ苦手なだけなのかもしれないし、本当に好きなのかもしれない。もしかしたら、命を取る機会を虎視眈々と狙ってるのかもしれない。そんなもの見ただけで判断できるものじゃないわ」
「……何よそれ」
「他人の気持ちは分からんね、って話よ。どこからどう見たとしても、他人の考えなんて分かるもんじゃない。自分の感情ですらわからないこともいくらでもあるんだから」
「……」
自分の感情がわからない。まさにそれだ。アリスといる時間が楽しいのは事実だ。しかし、これは本当に恋なのだろうか?魔理沙のようなきっかけもない。チルノのような情熱もない。あるのはただ、一緒に居たいという感情と、気恥ずかしさだけだ。
こんなのを、恋と呼べるのだろうか。
「っと、そんな話をしに来たんじゃないんだったわ。さっきの話の続きなんだけど――」
――私は、アリスのことが好きなんだろうか。
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「――っと、オッケー。じゃあ今度の宴会はこの企画で決まりね。ありがとうパチェ。助かったわ」
10分くらい後、宴会の話を終え、レミリアは座っていた机から立ち上がった。
「え、ええ。これくらいお安い御用よ」
結局、話は殆ど聞いていなかった。ただ、ええ、とか、そうね、とか言っていただけだったのだが、彼女は勝手に納得したようだった。
「あ、そういえば一つ言い忘れていたけれど」
部屋を出ていこうと扉の前まで来たところで、ふとこちらを振り返る。
「私は、アリスのことが好きよ」
空気が、止まった。
「それだけよ。読書の邪魔して悪かったわね」
「……ちょ、ちょっと待ってレミィ!」
急いで呼び止める。
――でも、何を話す?
――私はレミィに何を言いたいの?
――私は、なぜレミィを呼び止めたの?
自分で自分の思考がわからなくなる。
「どうしたの?なにもないなら行くわよ」
そう言って歩き出すレミリアに向かって、何とか言葉を絞り出した。
「……ねえレミィ」
「なあに、パチェ?」
背を向けたまま答える。
「恋って、何?」
「さてね。私にもわからんよ」
両手を上げてわからない、というジェスチャーをするレミリア。そして、扉に手をかけたところで、ふと立ち止まった。
「『恋愛の真の本質は、自由である』」
そして、扉を大きく開け放つ。
「恋愛なんてものに、決まった形なんてないんじゃないかしら?相手を殺したいと思おうが、相手を犯したいと思おうが、それはそいつなりの恋愛の形よ。だから」
開け放した扉の向こうで、レミリアはくるんと振り返る。
「頑張ってね、パチェ。応援してるわ」
そう言って笑う親友の顔は、いつもよりずっと大人びて見えた。
Case3:口下手な幼い悪魔
「パチュリー様ー、次の依頼が届きましたー」
次の日、浮かない顔で読書をするパチュリーのもとに、次の依頼が届いた。
「ああ。そこら辺に置いといてくれる?」
「わかりました。……パチュリー様、どうしたんですか?なんか元気が無いようですけど」
心配そうな顔でこちらを見る小悪魔を見て、少し聞いてみたくなった。
「ねえ小悪魔」
「何でしょう、パチュリー様」
「……恋って、何だと思う?」
「……恋、ですか?」
「そう。恋」
小悪魔は少し考えを巡らせたあと、パチュリーの顔をじっと見つめる。
「な、何よ」
「そうですねえ……これは私の場合なんですが――」
小悪魔の顔が、ふっと緩んだ。
「私は、好きな人が笑顔になったり、悲しんでいたり、怒っていたり、悩んでいたり、そんなのをただ見てるだけで、幸せになれます」
「悲しんだり怒ったりしていても幸せなの?」
「ええ、もちろんです。もちろんその人が幸せであるのに越したことはないですが……私は、その人のすべてが好きなんです。怒った姿も、悲しんでいる姿も、その人のありのままの姿をただ見ているのが、何よりも幸せなんです」
ちょっと自分勝手ですけどね、といって笑う小悪魔を見て、またよく分からなくなる。
「それって恋なの?ただ見てるだけで幸せ、相手が悲しんでいても幸せって……それは、ただの憧れとは違うの?」
「さあ……どうなんでしょうか。私にはよくわかりません。でも」
彼女は、とびきりの笑顔でこう言った。
「一緒にいたいと思う。それだけで、私にとっては紛れも無い『恋』なんです」
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それから3時間。パチュリーは、未だに依頼書を見れないでいた。
「恋、か……」
小悪魔の言葉、レミリアの告白、自分の感情、そしてアリスのこと。そんな理解できないモノたちが、頭の中をグルグルと回っていた。
ラブレターを書く。ただそれだけのことなのに、依頼書に手を伸ばしただけで、頭の中がぐちゃぐちゃになってしまう。
「もう……なんなのよ……」
恋の形は人によって違う。それは分かっていた。そんな言葉は、本の中にいくらでも書いてあったから。だが、それを実感したことなどない。ましてや、それに自分も当てはまるなんてことは考えたこともなかった。
依頼書に手を伸ばす。頭の中がぐちゃぐちゃになる。自分は恋をしてるかもしれない。いやそんなはずはない。
これを見たら、答えが出てしまうかもしれない。出てしまえば、もう自分の気持ちに言い訳はできなくなる。
――言い訳?私は言い訳をしている?違う。そんなわけない。私が恋なんてしてるわけがない。でももしそうだったら……
コトン、という音にふと我に返る。
机の上には、白い湯気を上げる紅茶のティーカップと小さなケーキ、そして「お疲れ様です」と書かれたメモが置いてあった。
「――っ!」
――見られていた。こんな恥ずかしい姿を。自分の気持ちもわからず悶々としているこんな姿を。
「……ああもう!」
熱々の紅茶を一気に流しこむ。
「んん!……ゲホッゲホッ」
咳き込みながら、がちゃん、とティーカップをソーサーに叩きつけた。
「いいわよ!書くわよ!書いてやるわよ!自分の気持ちなんて知ったこっちゃない!咲夜なんかにバカにされてたまるもんですか!!!」
意を決して、二つ折りになった依頼書をゆっくりと開く。
依頼人は――
「……う、うあぁ……」
依頼人:レミリア・スカーレット
対象者:アリス・マーガトロイド
依頼内容:私は、口下手だから。よろしくお願いするわ。
顔の血の気が、サーッと引いていくのを感じた。
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「パチュリー様。紅茶をおもちしました」
「……ありがとう、小悪魔。そこに置いておいてくれる?」
あれから3日。ずっと机に張り付いて原稿や資料に何度も手を伸ばすものの、結局ラブレターは一文字も進んでいなかった。
「……あまり無理をしないでくださいね。お体に障ります」
「わかってるわ。ありがとう」
心配そうな顔で去っていく小悪魔の後ろ姿を見て、パチュリーは大きくため息を付いた。
「どうすればいいのかしら……」
「何が?」
突然の声に驚いて振り向くと、そこにはふよふよと飛んでいるチルノがいた。
「な、なんであなたがここに?」
「んー……わかんない」
「どういうことよ……美鈴や咲夜には止められなかったの?」
「めーりんは寝てた。さくやには会わなかったな」
「はあ……あの門番め……」
美鈴のいつも通りの職務怠慢に頭を抱える。
「で、ここに何しに来たの?」
「だから、わかんないって言ってるじゃん。お屋敷の中で迷っちゃって、気づいたらここにいたのよ」
「あ、そう……」
何のためにこの屋敷に入ってきたのかを聞こうとしたのだが、どうせ聞き直したところでまともな答えが入ってくるとも思えないので、もう諦めることにした。
「はあ……で?あなたこれからどうするの?帰り道は分かるの?」
「道はわかんないけど……とりあえず、あそぼう!」
「私と?」
「そうよ。他にだれがいるってのさ」
「あのねえ……見て分かるでしょう?私は仕事をしてるの。暇じゃないのよ」
「えー、うそだあ。めーりんがいつもいってるよ。『パチュリー様はいつもただ暇そうに本を読んでるだけでお食事も寝床ももらえて羨ましい』って」
「……」
無言で外に殺意のこもった視線を向ける。
「だからさあ、あそぼうよー、パチュリー」
「嫌よ。今私は忙しいの。どっか行ってなさい」
「えー、そんなのイヤだよヒマだもん」
「うるさい。これ以上うるさくすると力づくで追い出すわよ」
「え?弾幕ごっこしてくれるの?いやったあ!」
「あーもう!違うわよ!出て行けって言ってるの!」
全く噛み合わない会話に頭を抱えるパチュリー。と、その時、机の上から紙が一枚ひらりと舞い落ちた。
「ん?なんだこれ」
「――!それはダメ!」
それは、ラブレター原稿の没案だった。
「なになに……」
チルノは原稿を拾い上げ、じっと眺める。
――見られた。知られてしまった。この私がラブレターなんて書いているところを。恥ずかしい。これで私は幻想郷中の笑いものだ。これから私は「魔女のくせに魔導書も書けずにラブレターなんて恥ずかしいものを書いて生活してる」なんて後ろ指を差されながら生きていくんだ……
「……よめない」
ずっこけた。
「……あなた、字の練習したんじゃなかったの?」
「うん。でも忘れちゃった」
「あ、そうなの……」
ともあれ、ホッとしてため息をつく。
「はあ……とりあえず、それは返しなさい」
「えー」
「読めないんだから持ってても一緒でしょ」
「むー……」
しぶしぶ手紙を机の上に置く彼女を見て、ふと聞いてみたくなった。
「ねえチルノ」
「ん?なに?」
「あなた、アリスの事が好きなのよね?」
「えっ……そ、そうだけど」
突然の質問に、少し恥ずかしそうに答える。
「な、なんで知ってるの?」
「それは……まあいろいろあったのよ」
「そっかー、いろいろかー……」
適当なごまかしを素直に信じる彼女に、少し真面目な顔で問いかけた。
「あなたは、アリスのどういうところが好きになったの?」
もしかしたら、この気持ちに対する答えがわかるかも知れない。そう思ったのだ。
「んー、わかんない」
だから、あっけらかんとした笑顔でそんなことを言われ、パチュリーは余計に混乱した。
「あなた、アリスのどこが好きかもわからないのに好きなの?」
「うん、そうだよ?」
「それって、本当に好きなの?恋してるって言えるの?」
チルノは少しむっとした顔になる。
「なによ。あたいがアリスのこと好きじゃないっていってるの?」
「いや、そこまでは言わないけど……」
彼女がアリスを本気で好きなのは知っている。でも、だからこそ、こんなところが好きだとか、こんな姿が好きだとか、そういう答えが聞けると思ったのだ。
口ごもるパチュリーを見て、チルノは怒ったようにこう言い放つ。
「あたいは、アリスのことなんにもわかんないけど、アリスのことが好きだよ!」
頬をほんのり赤く染めて、それでもしっかりとパチュリーを見つめる。
「どこが好きだとか、そんなのどうでもいいじゃん!あたいはアリスのこと全然知らないけど、でも、アリスといっしょにいたいし、ぎゅってしてほしいし、いっしょにあそんでほしい。だれがなんていっても、あたいはアリスのことが好きなの!」
そう言って小さな胸を張るチルノが、とても眩しく見えた。
「……あなたは凄いわね。そんなに胸を張って『好きだ』って言えるなんて」
「そ、そうかな?」
「凄いわよ。私なんかとは大違い」
そうこぼした瞬間、溜まった水がどっと溢れ出すように、今まで言えなかったような言葉が次から次へどんどんと流れ出した。
「私は、自分の気持ちもわからなくて、それを知る勇気もなくて、おまけに友人の気持ちを知っても何もできない、そういう奴なのよ」
――どうせすぐに忘れるだろう。それに……もうバレたっていい。なるようになれ、よ。
パチュリーは、今までのことを全部、チルノに向かってぶちまけた。
チルノは、難しい顔で周りをふよふよと漂っていた。
-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
「……んー、よくわかんないんだけど」
パチュリーが話し終わったあと、チルノはパチュリーの前で止まって、パチュリーの目をじっと見つめる。
「パチュリーは、アリスのこと好きなの?」
「いや、だからそれがわからないって言ってるの」
「なんで?いっしょにいたいし、お話もしたいし、ぎゅーってしてもらいたいんでしょ?」
「う……まあそうだけど」
恥ずかしげもなくそんなことを言われ、赤面する。
「それなら、好きなんじゃないの?」
「そう、なのかしら」
相変わらず納得出来ないパチュリー。それを見て、チルノは首を傾げた。
「パチュリーは人を好きになるのがイヤなの?」
その言葉を聞いた瞬間、頭が真っ白になった。
「なんかよくわかんないけど、パチュリーはアリスのこと好きになりたくないのかなーって、そんな気がするんだけど」
「そ、そんなこと……」
頭が回らない中、必死で思い返す。アリスのことが好きなのかもしれないと思った時、何故それを否定した?ただ嫌だったから?恥ずかしかったから?それだけなのか?
「誰かを好きになるのって、別に悪いことじゃないし、恥ずかしいことじゃない。ふつうのコトじゃない。誰が誰を好きになったっていいじゃん。なにがいけないのさ」
そして、天窓から夕日の差しこむ中、少し恥ずかしそうにはにかんだ。
「妖精だって人間だって魔女だって、恋したっていいじゃない。だって、好きなものは好きなんだもん。仕方ないじゃない」
頭の中の霧が、さっと晴れた気がした。
「……そうね」
そう言って、どこかすっきりした顔でチルノを見つめる。
「ありがとう。貴女がいてくれて助かったわ」
「えへへ。当然よ。あたいは最強だからね!」
にこやかに笑うちょっと大人な氷精を見て、パチュリーは、自分の気持ちにようやく気がついた。
――私は、アリスが好きなんだ。
-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
Dear Alice
こんにちは、アリス。
この前は悪かったわね。私とパチュリーが話し始めたのを見て、気を使ってくれたんでしょう。気を回させてしまってごめんなさいね。本当、うちの咲夜にも見習わせたいくらいだわ。
でもね、実は私、少し悲しかったのよ。気を使ってくれたのはわかるけれど、本当は、私はアリスともっとお話したかった。それだけじゃないわ。一緒にお茶を飲んで、一緒に食事をして、一緒に日が暮れて、一緒に夜が明けるまで過ごしたかった。
本当はね、あの日、私はあなたに告白する気だったの。あなたのことが好きだ、って。だけど、やっぱり恥ずかしいじゃない。だから、ああやって他の用事を作って、恥ずかしさをごまかしてたのよ。でも、ダメね。そのせいで折角の機会を逃しちゃった。
だから今、この場で言うわ。
私は、あなたのことが好き。
あなたの全てを私のものにしたい。
あなたを、愛しています。
断るも断らないも、あなたの自由よ。答えがなんであれ、そんなことは気にせず、いつでもうちにいらっしゃいな。歓迎するわ。
お返事、待っています。
Remilia Scarlet
-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
「――ふう。こんなものかしら」
筆をおいて紅茶をすすり、一息つく。
資料に書かれていたのは、あの日のことだった。
レミリアは、アリスがこの図書館にいるのを知っていて、咲夜に色々と準備をさせていたらしい。でも、結局恥ずかしさに負けて、機会を逃してしまった。だから、もう絶対にそんなことがないように、恥を忍んで他人に頼むことにした、ということだそうだ。
「ふふ。レミィらしいわ」
綿密な計画と周到な準備でどんなことでもあと一歩というところまでは成功させるのに、いつも一番大事なところで失敗する親友の姿を思い浮かべて、小さく笑みをこぼした。
「パチュリー様、お夜食をお持ちしました」
音もなく、咲夜がクッキーを持って現れる。
「ありがとう。いただくわ」
一口かじると、口の中にハチミツの甘さとシナモンの香りがふわっと広がった。
「最近疲れてらしたようですので、リラックスしていただけるように、隠し味を少し加えてみました」
紅茶を少し口に含むと、クッキーの甘い残り香と紅茶のまろやかな香りが混ざり合って、口から鼻へとゆっくりと広がっていく。そして、飲み込んで息を深く吐くと、その香りと一緒に、疲れがふっと抜けていくような気分になった。
「お味の方はいかがですか?」
「ありがとう。とても美味しいわ」
「光栄ですわ」
そう言って、新しいカップをどこからともなく取り出して机の上に置き、紅茶を注いだ。
「ところで、お仕事の進捗の方はいかがですか?」
「ええ。書き終わったわ」
「そうですか。ありがとうございます。でしたら、」
言いかけた言葉を途中で遮る。
「いいえ。今回は私が直接渡すわ。レミィと少し話したいこともあるし」
咲夜は一瞬驚いた顔をした。が、すぐに納得したような顔になる。
「そうですか。でしたら、お茶の用意をいたしますか?」
「いいえ、大丈夫よ。そんなに時間がかかる話でもないし」
「わかりました。では、私は席を外しておきますね」
「ええ。そうして頂戴」
紅茶をくっと飲み干し部屋を出ていくパチュリーを、咲夜は温かい目で見つめていた。
-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
「レミィ、いる?」
紅魔館の最上階。時計塔の一番上、レミリアの一番お気に入りの場所。扉を開くと、空に上った三日月を背に、紅魔館のお嬢様はバルコニーで優雅にワインを傾けていた。
「あらパチェ、ごきげんよう。あなたが図書館を出るなんて珍しいわね。どういう風の吹きまわしかしら?」
「ちょっとね。星が見たくなったのよ」
「あらそう」
含みがあるような、そうでないような。パチュリーが来るのを知っていたような、そうでもないような。そんないつもの会話を交わし、椅子に腰掛ける。
「一杯、どうかしら?」
「あら、ありがとう。いただくわ」
血のように赤いワインと真っ黒な空、そして黄色く輝く月。そんな幻想的な風景の中、恋する魔女と吸血鬼は静かに杯を合わせる。
「外で飲むワインもまた格別ね」
「あらそう?いつも外で飲んでいるから私にはわからないわ」
他愛もない会話を交わす二人。そして、二人のグラスが空になる頃。パチュリーは、わずかに残ったワインをグラスの中でくるくると弄ぶ親友に、そっと手紙を差し出した。
「あら、これは何かしら?」
「ご依頼の品よ。遅れて済まなかったわね」
「ご依頼の品?何のことかしら」
――あれ?
思っていたのと違う反応に首を傾げる。
そして、レミリアは手紙をそっと開き――
「――っ!」
バン、とそのまま閉じた。
「ええっ!?なんで!?なんでパチェがこれを!?」
「え?咲夜から話を聞いていないの?」
「た、確かに、これは咲夜に頼んだものだけど!でも、え、なんでパチェから!?」
さっきまでの余裕の表情はどこへやら、顔を真っ赤にしてうろたえる。
「ちょ、ちょっと待ってレミィ。あなた、私が、その、ラブレターの代筆の仕事をやってるの、知ってる?」
「へ?」
目を丸くする彼女に、パチュリーはこれまでのことを簡単に説明した。
「……えええ……私めちゃくちゃ恥ずかしいじゃない……あんなかっこいいこと言っておいて、こっそり他人に頼んだのがバレるとか……しかもその相手がパチェとか……」
「そうね……。私はてっきり知ってて頼んだんだと思ってたから、『ああ、レミィは私に本気で宣戦布告してきたんだな』って、むしろ覚悟を決めてここに来たのだけれど」
「うわあああ……知ってるってことにしておけばよかったあああ……」
どんどんドツボにはまっていく彼女を見て、完全に気が抜ける。
「ううう……紅魔館の主の威厳台無しだわ……」
頭を抱えるかわいらしいこの館の主の頭を撫で、ふう、と小さくため息をついた。
「ねえレミィ」
「……なに?」
「私も、アリスが好きよ」
「……そう」
「ええ」
それだけ言って、静かに月を見上げる。ゆっくりと流れていく時間。負けない、と宣言しに来たはずなのに、なぜだか、心はとても暖かかった。
-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
その少し前。
「咲夜さん!手紙は!?」
「残念ながらパチュリー様が持っていったわ」
「ええっ!?そんなあ……私の密かな楽しみが……」
「全ッ然密かじゃないけれどね」
図書館の前では、使用人たちの間の抜けた会話が響いていた。
Case3.5:戦いの結末
二日後の昼下がり。図書館の主パチュリーは、いつものように日の当たる場所で、紅茶を飲みつつ本を読んでいた。紅茶がいつもよりも少し甘く温かく感じるのは、多分気のせいなのだろう。でも、そう思ってしまうほど、彼女の心はとても暖かく、静かで、そして何故だか少し気恥ずかしかった。
「んっ……」
読み終わった本を閉じ、少し背伸びをする。天窓を見上げると、青い空が広がっている。ふと、こんな日はアリスと一緒にゆっくり本が読みたいな、などと考えてしまい、少し顔が赤くなった。
自分は恋をしている。それを認めただけなのに、こんなにも気持ちが穏やかになったのがおかしくて、思わずクスリと笑ってしまう。それほどまでに、とてもいい気分だった。
と、そんなゆっくりとした時間が流れる図書館に、キーッと扉が開く音が小さく響く。まっすぐこちらへ向かってきて、机の端にちょこんと腰掛けたのは、レミリアだった。
「フラれたわ」
「……そう。お疲れ様」
それだけ言って黙りこむ。机に座って足をぶらぶらさせながら天窓を見上げる彼女の横顔を見て、悲しいような安心したような、何とも言えない気分になった。
「……ま、仕方ないのだけどね。アリスが、自分の言葉で気持ちも伝えられない情けない人を好きになるような子なら、私も手に入れたいだなんて思わなかっただろうし」
揺らしていた足で反動をつけて、ぴょんと机から飛び降りる。
「あとはまあ、パチェが頑張ってくれればそれでいいわ」
「私?」
「ええそうよ。だって、アリスがパチェと恋に落ちてうちに住むようになれば、それってつまり、アリスがこの紅魔館の主である私のものになるってことじゃない」
そう言って笑う親友を見て、少し胸が締め付けられるような気がした。
「レミィは……それでいいの?」
「……ええ。アリスが私のものになることに変わりはないもの」
そんな強がりと一緒に小さく鼻を啜る音がしたのを、パチュリーは聞き逃さなかった。
「さて、と。私はそろそろ寝ようかなー。昼間は眠くてたまらんね」
すこしわざとらしく別れを口にして、小さなライバルは地下図書館をあとにする。
「じゃあ、またね。頑張ってね、パチェ」
いつかと同じ言葉を口にして、図書館を出ていく。
扉が閉まる直前、そんな彼女に向かって、パチュリーは小さく呟いた。
「……ありがとう」
聞こえたかどうかは、わからないけれど。
Case4:???
「この前まではテンパっていてわからなかったけれど」
パチュリーは、紅茶を飲みつつ一人つぶやく。
「咲夜が持ってくる依頼って、宛先が全部アリスなのよね……」
二人連続までならまだ分かる。しかし三人連続となると、これはもう明らかに狙ってやっているだろう。
「次の依頼の宛先がアリスだったら、これは本気で呪ってもいいわよね……」
そんなことを言っていると、目の前の机の上にいきなり依頼書が現れた。驚いて周りを見渡しても、咲夜の姿は見えない。
――嫌な予感がする。
非常に開きたくなかったが、このままにしておいてもどうにもならないので、仕方なく依頼書を開く。
依頼人:十六夜咲夜
対象者:アリス・マーガトロイド
依頼内容:よろしくお願いします。素晴らしい文章を期待しておりますわ。
「咲夜ああああああああああああああああ!!!!!!!」
湖畔の赤い館に、ブチ切れた魔女の怒号が響き渡った。
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やっほ~☆さくやだよぉ~☆
今日はねぇ~、アリスちゃんに言いたいことがあるんだ~☆
あのねぇ~、う~んとねぇ~、私ね、アリスちゃんのことがだ~~~~いすきなの☆
きゃ~~~~~!言っちゃった!はずかしい~~~~~~☆
お返事、待ってるねぇ~☆
あなたのステキなおともだち マジカル☆さくや
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「咲夜ああああ!!!出てきなさい!!!!!ご依頼通り書き上げてやったわよ!!!!!!」
叫んでみるも、返事はない。
「とっとと取りに来なさいよ!!!そして姿を表して私にボコボコにされなさい!!!!!」
図書館内に虚しく声が響く。シーンと静まった図書館内で、自分の手の中の原稿を見てふと我に返り、手紙の内容を見返す。
「私……なにやってるのかしら……」
頭の悪い文章を見て、くだらないことに時間を無駄にした事に気づいて頭を抱えた。
「はあ……」
ため息をついて、今までの依頼原稿の下書きや資料の山をぼーっと眺める。
「私も、書いてみようかしら……」
ふと、そんなことを思って机の上に目を戻すと、そこには「原稿、受け取っておきました。ありがとうございます」と書かれたメモと、湯気を上げる紅茶が置かれていた。
「うおあああああ!!!!!やられたああああああああ!!!!!!」
頭を抱えて悔しがるパチュリー。しかし、いつもはそんなパチュリーを見つめているはずの小悪魔は、なぜか今日は図書館のどこにも見当たらなかった。
Case4.5:悩める魔女と恋の魔法使い
「書けない……」
それから数時間。パチュリーは目の前のラブレター(仮)と格闘し続けていた。
「いざ我が身になって書こうとすると、予想以上に難しいものね」
横に積んである本の山を眺める。そこにあるのは、手紙の書き方や綺麗な文章の書き方の本、そして大量の恋愛小説だった。参考にしようとして持ってきたのだが、どれを当てはめてみても、どの言葉をどうアレンジしても、なんとなくしっくりこない。そして結局自分で考えて書くことにしたのだが……
「はぁ……これもなんか違う」
くしゃくしゃに丸めて投げ捨てる。机の横の自走式くずかごは、もういっぱいになっていた。
新しい紙に手を伸ばして、筆を走らせる。10分ほどでさっと書き上げて筆を置き、原稿をじっくり眺める。読みやすい文字。綺麗な表現。完結でわかりやすい文章。何も問題ない、はずだ。しかし、いくら読んでも、いくら書きなおしてみても、何か違うという感覚が拭えないのだ。
――何が違うのかしら。
すっかり冷えきった紅茶の最後の一口を飲み込みながら、背もたれに体を預け、目を閉じる。
このまま寝てしまおうか、などとボーっと考えていると、急に図書館の扉が大きな音を立てて勢い良く開き、扉の外から風が吹き込んできた。
「ちょいとお邪魔するぜ!」
突然の大声に驚いて目を開けると、箒に乗って突っ込んできた魔理沙が、目の前で急ブレーキをかけていた。そして――
「わぷっ!」
まるでどこかの漫画のように、舞い上がった書きかけのラブレターが、彼女の顔に見事にかぶさった。
「なんだこれ?」
「……っ!ダメ!」
急いで椅子から身を乗り出し、手紙を奪い返す。
が、乗り出した体が机に引っかかってしまった。
「あっ!」
「あーあーあー。何してるんだよ……」
案の定、机の上に積んであった依頼原稿の山が崩れ落ちてしまう。そしてその中から魔理沙がつまみ上げたのは、今までの四枚の依頼書をまとめた束だった。
「ん?これ、どこかで……」
拾い上げた紙をパラパラとめくっていた手が急に止まる。
「こ、これはね、いろいろと理由があって――」
何とか言い訳をしようと必死で言葉を探した。が、
「……ぷっ……くくく……あっはっはっはっは!」
魔理沙の大きな笑い声で完全に遮られてしまった。
「あはははははは!あのラブレターの代筆ってやつ、パチュリーがやってたのか!なるほどな!ようやく納得したぜ!」
――ああ、終わった。このおしゃべりに知られたからには、このことはすぐに幻想郷中に広まってしまうだろう。もうおしまいだ……。
「あっはっはっはっは……ゲッホゲッホ!あははははははは!」
「……何よ!何か文句あるの!?私を馬鹿にしてるわけ!?」
落ち込むパチュリーをよそに大声で笑い続ける魔理沙に段々と腹が立ってきて、手元にあったペンを投げつけた。
「あいた!あはははは……はあ、いや、そういうわけじゃないんだぜ……ふう」
ようやく落ち着いたらしい彼女を睨みつける。おもいっきり睨みつけられた魔理沙は、頬をかいて、少し赤くなった顔でまた少し笑う。
「いや、別にパチュリーのことを笑ってたわけじゃないんだぜ。ただ……自分が書いた『パチュリーには内緒な』ってのを見て、なんかもう恥ずかしくて笑うしかなくなっちまってな」
「本当に……?」
「そんなに睨むなよ、本当だって。いやまあ多少は……そういう気持ちもあったけどさ」
「やっぱり馬鹿にしてるじゃない」
「あはははは!すまんすまん。悪かったよごめんごめ――……ごめんなさい本気で謝りますからそのグリモワールをしまって下さい」
グリモワールが机の引き出しにしまわれたのを見て、土下座の体勢から恐る恐る立ち上がる。
「全く……殺されるかと思ったぜ」
「何よ。あなたが悪いんじゃない」
「だからごめんって謝ってるだろ?全く、心がせまいぜ」
「あなた、本当に殺されたいようね……」
「まあまあ、そんなに怒るなって」
「怒らせたのはあんたでしょうが……」
怒りも恥ずかしさも通り越して呆れ果てる彼女を尻目に、魔理沙は勝手にどこかから椅子を持ってきて、椅子の背を前にして腰掛けた。
「で、それが自分の分のラブレター、と」
パチュリーが持っている原稿を見て、にやりと笑う。
「んなっ、なんでそれを……」
「お、図星か?」
「あ……う……」
あまりにも単純な手に見事に引っかかり、何も言えなくなる。
「パチュリーはわかりやすいからな。で、相手は誰だ?アリスか?」
おもいっきりど真ん中を突かれ、顔が真っ赤になる。
「ふーん、なるほどねえ……」
少し考えるような仕草のあと、何かを思いついたように小さく手を叩いた。
「よし!じゃあ今日はお詫びとして、この恋の魔法使いこと魔理沙さんが、恋とは何なのかを特別に教えてやろう!」
突然の提案に、パチュリーは冷めた目で彼女を見つめる。
「あなた、フラれたじゃない」
「うぐっ……!い、いや、本質はそこじゃないんだ。私がフラれたかどうかじゃなくて、私がパチュリーがフラれないようにアドバイスできるかどうかが大事なんだ!」
「まあそうだけど……なんという信憑性の薄い話なのかしら」
大きくため息をつく。
「ええいうるさい!そんなことは私の話を聞いてから言うんだな!」
大げさに咳払いをして、真剣な顔になってパチュリーの目を見つめる。
「いいか?恋の成就に必要なのは、ただひとつ。『自分の気持ちを、飾らず、自分の言葉でそのまま相手に伝えること』だけだ」
「……いや、あなた自分の言葉で伝えてないじゃない」
瞬時にツッコむ。だが、魔理沙から帰ってきた答えは、予想外のものだった。
「ああ、あのラブレターな、実は私、使ってないんだわ」
「……は?」
「いや、最初は、恋文なんてこっ恥ずかしくて書けるかー、って思って依頼書を送ったんだが、すぐに考えなおしてな。結局届いた手紙は私の机に入れっぱなしなんだ」
まさかのことにポカーンとなる。それを見て、魔理沙は少し恥ずかしそうに笑いながら話を続けた。
「で、そこから自分で手紙を書き上げて、そのままアリスのところに行って、直接手渡ししてきたんだぜ。告白の言葉を言うためにな。……結果はまあ、見ての通りなんだけどな」
少し寂しげに笑う彼女の顔は、ついこの前見たレミリアの顔とそっくりで、また少し胸が痛くなる。
「まあ、そんな話は置いておいて」
その雰囲気ををごまかすように明るい声で言い、また真剣な顔に戻って、パチュリーの目をしっかりと見つめる。
「いいか。相手に『好きだ』という時は、自分の言葉で伝えなきゃダメだ。自分の、何よりも一番大事な気持ちを伝えるのに、他の人の言葉を借りたりなんかしたら、気持ちがその言葉に隠れちまう」
見つめる目に、力がこもる。
「絶対に、自分の気持ちから逃げちゃいけない。ただそのまま、自分の気持ちを、そのまま言葉にすればいい。何も難しいことを考える必要なんてない。飾る必要なんかないんだよ。取り繕う必要なんかないんだ。何よりも一番きれいな言葉ってのは、自分の想いそのものなんだから。だから――」
拳を前につきだして、ちょっと照れながら明るくはにかむ。
「恋はまっすぐ、パワーだぜ!」
時刻は夕刻。紅い館の図書館は、彼女の髪の色を映したかのように、温かい金色に染まっていた。
-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
夜。魔法の森のアリス宅には、二人の来客が訪れていた。
「ふーん、なるほどねえ。どうりで最近、その、ラブレターがよく来ると思ったわ」
仕掛け人二人から話を聞いたアリスは、飲んでいた紅茶をテーブルの上に静かにおいた。
「やっぱり、迷惑だったでしょうか……」
申し訳なさそうな顔をしているのは、パチュリーの使い魔、小悪魔。
「多少はね。でもまあ、怒ってはいないわ。だって、別に嘘の告白をさせたわけじゃないんでしょう?」
「ええ、もちろんよ。第一、嘘の告白なんかさせようものなら、万が一パチュリー様に気づかれたら、私の命がいくつあっても足りないもの」
冗談めかして答えたのは、紅魔館のメイド、咲夜。この二人が、今回の計画の仕掛け人だった。
「よくやるわねえ……」
はあ、と一つ大きなため息をついて、かぶりを振る。そして、少し真面目な顔になって、二人に問いかける。
「で、あなた達は本当にそれでいいの?私の気持ちはもう知っているわけでしょう?」
すると、ふたりは顔を見合わせて、少し笑った。
「ええ。私は、パチュリー様が幸せにしているところを見るのが何よりの幸せなんです。だから、それを止める理由なんて何一つないですよ」
本当に幸せそうな優しい笑顔で、小悪魔は大きく頷いた。
「咲夜、あなたは?」
「私の気持ちは、もう伝えてあるでしょう?ほら、その手紙で」
「このなんだかよくわからないふざけたような文面で?」
「……冗談よ。まあ大した理由じゃないのだけれど」
湯気を上げる紅茶を、全員のカップに注いで回る。
「私は、確かにアリスのことが好きで、私のものにしたいと思っているわ。でもね、それはアリスの幸せを壊してまで得たいと思うものじゃないのよ」
紅茶を注ぎ終わり、咲夜はそのままアリスの向かい側の椅子に腰かけた。
「小悪魔ほどではないけど、私も、あなたが幸せになってくれることが何よりも幸せなのよ。だから、これでいいの」
これからは毎日会えるようになるわけだしね、と言って小さく笑う。
「そう。それならよかった」
そう言って、紅茶を一口すするアリス。少しはちみつの入った咲夜特製の紅茶は、心地良い甘さと温かさで、心と体をゆっくりと温めてくれた。
「じゃあ、もう時間も遅いことだし。あなた達、ここで夕飯でもどうかしら?」
「いいんですか?ご迷惑じゃなければ……」
「ええ、もちろんよ」
にっこり微笑み、夕飯を作りに席を立つ。
「咲夜、あなたも食べていくわよね。少し手伝ってくれるかしら?」
「ええ、もちろんよ」
二人はキッチンに向かい、小悪魔は一人、おそらく今夜は寝ずにラブレターと格闘しているであろう主人を思って、ゆっくりと窓から外を見上げた。
「パチュリー様、頑張ってください……」
空には、黄色い月が明るく静かに浮かんでいた。
アリス宅のキッチンでは、突然、ガン、と言う音と共に、咲夜が足を押さえてうずくまっていた。
「ど、どうしたの?」
「……足の小指を……ぶつけたわ……」
「ふふっ。多分それ、パチュリーの呪いだわ」
「ええ、そうかもね……」
「ああん……パチュリー様……そこはダメですよお……」
食卓のテーブルに突っ伏して眠る小悪魔は、むにゃむにゃと寝言を言いながら、にへらと緩んだ笑顔でよだれを垂らしていた。
「……自分の気持ちを、そのまま……そのまま……」
月が照らす夜の図書館。蝋燭の光の元、ゆっくりながらも少しずつ筆を走らせていくパチュリーの横には、謎の魔法陣が青白い光を放っていた。
そんな彼女らを優しく包み込むように、夜は、ゆっくりと更けていくのだった。
Case5: 恋する大図書館
ある晴れた日の昼下がり。紅い館の地下図書館には、今日もアリスが訪れていた。
「パチュリー、借りてた本、机の上においておくわね」
「え、ええ」
いつもと同じ会話、いつもと同じ光景。しかし、パチュリーの手は、いつもよりも汗ばんでいた。
「ね、ねえアリス!」
自分のものとは思えないほど高い声が出て、顔が一瞬で熱くなる。
「ん?どうしたの、パチュリー?」
本棚を端から順に眺めながら聞き返してくる。
「え、えーと……きょ、今日はいいお天気だと思わない?」
「そうね。ここからじゃ少し分かりにくいけど、雲ひとつない青空だったわ」
握っていた手を一度開き、ぎゅっと強く握り直す。
「だから、その、あの……」
――大丈夫。私ならできる。私なら言える。
息を大きく吸い込む。
「今から私と、ピクニックに行かない!?」
真っ赤な顔で、手も足も震えていて。それでも目だけはアリスをじっと見つめたまま、そう大声で叫んだ。
「……そうね。こんな天気だもの、図書館に閉じこもってるのはもったいないかもね」
今日の空のように曇りのない笑顔を見て、ふっと力が抜ける。
――いや、ここで終わりじゃない。ここからが本番なのよ。しっかりしなさい私!
気合を入れなおして、椅子から立ち上がった。
「じゃ、じゃあ、行きましょう!」
そう言って、ぎこちない足取りで扉に向かう。その手には、自分の想いを精一杯込めて書き上げたラブレターが、しっかりと握られていた。
一人置いていかれたアリスは、苦笑しながら倒れた椅子を立てなおして、パチュリーの後を追って図書館を出ていった。
昼の明るい日差しに照らされた紅魔館の玄関前。
「うへへへ……パチュリー様ごちそうさまです……」
がちがちになったパチュリーと、少し遅れて笑顔でその後に続くアリスが紅魔館の扉を出ていくのを生垣の裏から覗きながら、小悪魔は相変わらず鼻血を垂らしていた。
「おっと、こんなところで鼻血を垂らしてる場合じゃないですね。急いで追いかけないと……」
二人の後を追おうと生垣を飛び出そうとして、
「ぐえっ」
「野暮なことするんじゃないの」
突然現れた咲夜に首元を掴まれた。
「えへへ……バレてましたか」
「あなたは行動が分かりやすすぎるのよ……」
呆れ顔でため息をつく。
「でもまあ、作戦は大成功、ってことでいいんじゃないですか?」
「そうね。まあ、本当に成功するかはパチュリー様次第なのだけれど」
二人はそう言って、上を見上げる。
雲ひとつ無い青空と、降り注ぐ暖かい日差し。今日は、絶好のピクニック日和だった。
Fin
とある昼下がり、紅魔館地下図書館の主、パチュリー・ノーレッジは、紅魔館のメイド、十六夜咲夜からの思いもよらぬ依頼に困惑の声を上げた。
「ええ。最近、お嬢様が宴会ばかり催すおかげで、紅魔館の財政が危なくなっておりまして」
「はあ。確かに最近宴会多かったものねえ……。で、なんでラブレター?なんで私なの?魔法書や評論文ならまだしも、そういうのは専門外なのだけれど」
「それはわかっておりますわ。ですが、魔法書ということになりますと、一冊作るのにかなりの時間がかかってしまいますし、この幻想郷では買う人など香霖堂の店主かアリスくらいしかいませんから」
「ああ……。あの黒ねずみは買うどころか盗んでいくでしょうしね……」
幻想郷に魔法書の需要はほとんど無い。評論など言わずもがなだ。その上、買っていくどころか盗んでいく奴さえいる。それではいくら書いたところでお話にならないのだ。
「でも、私はやらないわよ?そんなもの書いた経験なんてないし、第一そんな恥ずかしいことできるわけがないじゃない」
「もちろんパチュリー様の名前は出しません。依頼書や手紙の受け渡しも時間を止めたまま行い、依頼先がわからないように細心の注意を払います。それでもダメでしょうか」
「ダメね。名前が出なくたって、恥ずかしいものは恥ずかしいもの」
「どうしても、ですか?」
「ええ。私は食べるものがなくなっても死にはしないし。レミィの尻拭いをするつもりはないわよ」
「そうですか……」
がっくりと肩を落とす咲夜。しかしその目は、むしろ不敵な笑みをたたえていた。
「そうですね。100年も生きていても恋愛経験のない女性だって、たまにはいますものね。パチュリー様ならもちろんそれくらいの経験はお持ちだろうと思っていたのですが、仕方ないです」
去り際に、心底残念そうにそんなことを言い放つ。
「……あなた、言うわね。今ちょっとカチーンときたわよ……」
「あら、それは申し訳ございませんパチュリー様。いくらいつも本ばかり読んで雑用も小悪魔に押し付けて自分は全く働かないパチュリー様でも、ラブレターくらいなら書けるだろうと思ってお願い申しあげたのですが、見込み違いだったようですわ」
「……っ!」
「しかもこれだけいつもいつも本を読んでるのですから、恋愛小説などはとうの昔に読み飽きるほど読んでいると思っていたのですが、それでも書けないとおっしゃるとは……パチュリー様ほどの方なら経験がもし無かったとしてもそれくらいのことならできると思ったのですが」
「なっ!別に書けないとは言ってないわよ!ただそんな恥ずかしいことしたくないってだけの話よ!」
「え?本当ですか?……しかし恋愛経験もなく、本ばかり読んでいる頭でっかちのパチュリー様に、本当に書けるのですか?それなら私が書いたほうがよっぽどいい気もしますが……」
「書けるわよそれくらい!魔法書に比べればそんなもの朝飯前よ!バカにしないでもらえる!?」
「いえいえ、バカにしているつもりはないのですよ?ですが、いつも雑用は小悪魔に任せっぱなしで、自分は私が淹れた紅茶を飲みながら優雅に一日中読書タイムを満喫していらっしゃるパチュリー様に、本当にそんなことできるのかなーと」
「書 け る わ よ !ほらここに紙持って来なさい!何枚でも何十枚でも書いてやるわ!!!」
「いえいえ、無理して書いていただかなくても結構ですよ?パチュリー様が読書に勤しんでいらっしゃる間に、私が忙しい合間を縫って、それこそ時間を止めてでも書けばいいだけのことですから。パチュリー様にわざわざ書いていただかなくても大丈夫ですよ?」
「無理して!?誰が無理しないと書けないなんて言ったのかしら!?そんなもの読書の傍らにでも余裕で書けるわ!いいから早く持って来なさい!」
ニヤリと笑って舞い戻る咲夜。
「本当ですか?助かります。では、片手間にとはいえ一応仕事なので、その前にこちらの契約書にサインしていただけますか?」
「何よ早くよこしなさい!……ほらこれでいいんでしょ!?」
「はい。ありがとうございます。それでは、依頼が届いたらすぐにこちらにお持ちしますね。それでは」
「届いたらすぐに持って来なさいよ!目にもの見せてやろうじゃない!」
契約書を受け取った咲夜は、見えないところで勝ち誇った笑みを浮かべながら、図書館から消えるように出ていった。
残されたパチュリーは、不満気な顔で文句をたれながら読書に戻る。
「なによバカにしてくれちゃって。それくらい簡単に書けるわよ。私を誰だと思ってるの……」
そして、ふとあることに気づく。
「……ん?」
自分がラブレター代筆の依頼を受けてしまったことに。
「あああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
図書館に、魔女の叫びが響き渡った。
「はあああああ……パチュリー様……かわいい……」
主のそんな姿を見て、本棚の裏では小悪魔が鼻血を垂らしていた。
Case1:恥ずかしがり屋の魔法使い
時は流れて夕方。
「あああ……私としたことが……なんという単純な手に引っかかったのかしら……」
自分の馬鹿正直さに呆れ果てる魔女のもとに、早速一件目の依頼が届く。
「パチュリー様ー。ラブレターの依頼が届いてますよー」
「ああ、小悪魔、そのへんにおいておいてくれる?」
「はーい」
「で、咲夜は?」
「私にこれを渡してどこかに行かれましたよ。『今日はお嬢様のおやつの買い出しに行かなければいけませんので』とかなんとか」
「……逃げたわね」
なにか一言言ってやらないと気が済まないパチュリーは、「足の小指をぶつける呪い」とか「蜘蛛の巣が顔に引っかかる呪い」とかをかけてやろうかと思ったが、さすがにそんなことに労力を割くのも馬鹿らしいと思い、仕方なく仕事にとりかかることにした。
「ええと、なになに……」
依頼書に目をやる。
依頼人:霧雨魔理沙
対象者:アリス・マーガトロイド
依頼内容:私には恋文なんてこっ恥ずかしい文章は書けないから、よろしく頼むぜ!あ、パチュリーとか霊夢とかには内緒な!
「おもいっきりバレてるじゃないの……」
自称・恋の魔法使いの突っ込みどころしかない文章にいきなり出鼻をくじかれ、頭を抱えた。
「で、これを読め、と」
そしてその隣に山積みにされている調査資料を見て、更に頭を抱える。
「どこから持ってきたのよこんな資料。プライバシーも何もあったもんじゃないわ」
身長や体重、出身地はもちろん、人間関係や二人の出会い、さらには全く関係ないと思われる好きな食べ物やハマっている酒などなどとんでもない量のデータを見て、咲夜の本気にちょっと寒気を覚えた。
「大体魔法書10冊分ってとこかしら。……まあ1時間もあれば読み終わるでしょうけど」
誰へというわけでもなく速読のプチ自慢をしつつ、パチュリーは仕方なく資料を読む作業に入る。その机の上には、いつの間にやら湯気を上げる温かい紅茶とお茶菓子が置かれていた。
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「ふう……」
パチュリーの溜息とともに、ばらばらに散らばっていた資料が集まっていく。そして、ティーカップを置くコトン、という音とともに、すべての資料が元の場所に収まった。
「ひと通りは読み終えたけど……」
ちらりと空になっているはずのティーカップとお皿に目をやる。
「あんのアホメイド、嘘を隠す気もさらさら無いわね……まあありがたいといえばありがたいのだけれど」
そこには湯気を上げる新しい紅茶と、クリームといちごで可愛らしく飾り付けられたショートケーキがあった。
一口食べてみる。
「……美味しいわね」
甘いケーキを食べても苦い顔のパチュリーは、気を取り直して机の上に目をやった。
「一応メモは取ったけれど……」
・春雪異変の際に出会う。
・魔法使いという共通点から、永夜異変など様々な場所で共闘している。
・その際、文句を言いながらも丁寧に怪我の手当てをしてくれたアリスに心惹かれるようになる。
・現在は、宴会や魔法の研究などを通じて仲を深めようとしているが、未だに一歩踏み出せずにいる。
……以上。
「あのバカメイド、量ばっかり集めてもしょうがないっての……ほとんどがまるで無駄な情報じゃない」
ため息をつきつつ、誰もいない虚空を見つめて文句を垂れる。
「ここから、恋文をねえ……」
投げ出しかけたパチュリーの頭に、ふと昼間の咲夜の言葉がよぎった。
『いくらいつも本ばかり読んで雑用も小悪魔に押し付けて自分は全く働かないパチュリー様でも、ラブレターくらいなら書けるだろうと思ってお願い申しあげたのですが、見込み違いだったようですわ』
……イラッときた。
「ふ、ふふふ……やってやろうじゃない。この大魔法使いパチュリー・ノーレッジに喧嘩を売ったことを後悔させてやるわ!」
ものすごい勢いでその優秀な頭脳をフル回転させるパチュリー。しかし彼女は、恋文を上手く書いたところで咲夜を後悔させることはまったくもって不可能なことにも、恋文というものは頭をいくら回転させたところで上手く書けるかどうかにはほとんど影響しないということにも、そしてそんなちょっとアレな主人を本棚の影から小悪魔が今にも鼻血を噴き出させようかというような表情で見つめていることにも気が付かないのであった。
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拝啓 アリス・マーガトロイド様
春の陽気もうららかな今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。
この度、どうしてもあなたに伝えたいことがあり、こうしてお手紙をさし上げる運びとなりました。
どうか、私の正直な気持ちを聞いて下さい。
私、霧雨魔理沙は、あなたのことをお慕い申し上げております。
あなたの美しさ、可憐さ、そして何よりその優しさに、私は心を奪われました。
できることならば、あなたの傍で、これからの人生を歩んでいけたらと思っています。
お返事、お待ちしています。
霧雨 魔理沙
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「どう?これでも私を恋愛経験のないただのニートなんて言うかしら?」
次の日の朝、手紙を受け取リに来た咲夜に、パチュリーは得意げに大きく胸を張って手紙を突き出した。
「ええ、とても素晴らしいですわパチュリー様。まるでしおらしい乙女のような可愛らしい文面です」
「当り前じゃないの!私を誰だと思ってるのよ」
この上のないドヤ顔でこっちを見てくるパチュリーを見て、思わず笑ってしまいそうになりながら手紙を封筒にしまう。
「ではパチュリー様、こちらを魔理沙に届けて参ります」
「ええ、お願いするわ。しっかりと代金をふんだくってきなさい」
とても上機嫌に言うパチュリーを見て、咲夜は少し含みのあるような笑みを浮かべ、図書館を後にするのだった。
「咲夜さん!その手紙、読ませて下さい!!!!」
図書館から出た瞬間に、小悪魔がものすごい形相で迫ってきたのは予想外だったが。
Case1.5:魔法使いたちの午後
次の日の午後、紅魔館の図書館には、天窓からの日の当たるいつもの場所でいつもの様に読書タイムを楽しんでいるパチュリーと、借りていた本を返しに来たアリスの姿があった。
「本、ここに置いとくわね」
「……ええ」
「何かおすすめの本ってあるかしら?」
「……別にないわ」
「そう。じゃあ、これ借りていっていいかしら?」
「……どうぞご自由に」
「ありがとうパチュリー。また今度返しにくるわね」
そう言って、いつものように花のような可愛らしい笑顔でアリスは図書館を出ていく。
――アリスと話すのは苦手だ。あの笑顔を見ると、いつもの様にスラスラと言葉が出てこない。そして、アリスが帰ったあと、どうしてこんなにそっけない対応しかできないのかと、自己嫌悪に陥るのだ。
「はあ。何なのよ全く」
読書に戻ろうとしたその時、バリーンと大きな音とともに、天窓から黒い物体が図書館に飛び込んできた。
「借りてくぜ!死ぬまでな!」
「……本を盗っていくのはまだいいとして、せめて窓を壊さないでもらえるかしら、黒い盗人さん?」
「堂々と正面から入ったら咲夜に見つかるだろう?あと私は盗人じゃない。本を一生借りに来たただの図書館利用者だぜ」
そう言って本を盗って行こうとする魔理沙の顔を見たパチュリーは、少しだけ違和感を感じた。
「魔理沙、あなた……目が腫れてない?」
「えっ?」
急に挙動不審になる魔理沙。いや、挙動どころか窓から入ってきて本を盗っていく時点で元々ただの不審者なのだが。
「い、いや、そんなこと無いぜ!そうこれは……たまたま!そう、たまたま目にゴミが入っただけなんだぜ!」
いやーこの図書館は埃っぽいからなー、などと言いつつ目を隠そうとする魔理沙を見て、何が起こったかを悟った。
「そ、それじゃあな!また借りに来るぜ!」
そう言って、帽子を目深にかぶって、慌てて図書館を出ていく。それを見て、パチュリーは、ぎゅっと胸が締め付けられたような気分になった。
「……そう。フラれたのね」
誰へともなしにつぶやく。
――自分の手紙がもう少し上手ければ、あの恋だって叶ったかもしれないのに。
でも、なぜだか、そんな切ない気持ちと同時に、少しだけ安心感を覚えている自分に気がついて、パチュリーは首を傾げるのだった。
Case2:努力家の小さな妖精
「パチュリー様ー、次の依頼が届きましたよー」
「ああ、机の上に置いておいてくれる?」
「分かりましたー」
数日後の夜、パチュリーのもとに、次の依頼が届いた。
「咲夜は?」
「ええと、なんでも異変を解決しに行かなきゃならないそうで……」
「だから?」
「私にこれを渡して、どこかに」
別にもう怒ってなどいないことくらいはわかっているはずなのだが、今回も咲夜は姿を見せない。
まあいいわ、と言って、机に向かった。
「……前回は魔理沙に申し訳ないことをしてしまったからね。上手い文章を書けばいいわけじゃない。もっと相手の気持になって、きちんと、気持ちが伝わるように書かないと……」
依頼書に目を通す。
依頼人:チルノ(咲夜が書いた字)
対象者:アリス・マーガトロイド(同上)
依頼内容:(なんだかよくわからない絵)
「……ど、どうしろってのよおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」
絶叫した。
「これでどうやって相手の気持ちになればいいってのよ!無理でしょ!これ思考回路が根本から違うじゃないの!!!というか本当にこいつはアリスが好きなの!?!?!?何か間違えてるんじゃないの!?こんなのハードル高すぎるわよおおおおおおおおおおおゴフッゲフッグホゲホッ!!!」
「ちょ、ちょっと落ち着いて下さいパチュリー様!発作が!発作が出てます!!!」
「はああ!?落ち着け?!これが落ち着いていられグフッゲホッ」
「だ、大丈夫ですか!?今お薬をお持ちしますから……パチュリー様?……パチュリー様!?」
「……むきゅう……」
「パ、パチュリー様ああああああああああああああ!!!!!!」
パチュリーは机に倒れ伏して動かなくなった。
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~少女卒倒中により爽やかな別映像をお楽しみ下さい~
「ねえ咲夜。図書館が騒がしいようだけれど、何かやってるのかしら?」
「さあ。私には分かりかねますわ。パチュリー様が新しい魔術の実験でもしてらっしゃるのではないでしょうか」
「まあそれならいいのだけれど。……あら、この紅茶おいしいわね。茶葉を変えたのかしら?」
「いいえ、茶葉はそのままですわ。ただ、隠し味に少しはちみつを加えてみました。お気に召しましたか?」
「ええ、寝起きの頭には最高だわ。そういえば咲夜、この間の宴会の件だけど――」
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5分くらい後、なんとか回復したパチュリーは、息を整えつつ机に向かっていた。
「はあ、はあ……。なんで出てこないかと思ったら……突き返されると思って逃げたわね、あんのクソメイドが……相手を選びなさいっての……」
ブチブチと文句をたれながらも、仕方なく机の上に置いてある資料と向き合う。
「……今回はまた随分と少ないわね」
今回の資料は、文庫サイズの紙、というかメモが、たったの3枚しか無かった。
「まあ、あの妖精のことを調べろっていう方が無理よね。本人から聞き出そうにも覚えてないだろうし、彼女の友人もどうせ有益な情報なんて持ってないだろうし」
バカだからね、と付け加えて、3枚の紙に目を通す。
1枚目。
依頼人の趣味、普段の生活、交友関係など。特に有益な情報は無し。
2枚目。
今のアリスとの関係について。アリスが紅魔館に来る際、たまに一緒に遊んでいる(というかアリスが遊んであげている)のを見かける、との情報。というか美鈴談。
そして、3枚目。
本人が書いたと思われる、なんだかよくわからない、落書きのようなものが並んでいた。
「なにこれ。文字?……す……だ……き……」
よくわからないので裏返してみる。裏までびっしりと書かれた文字?記号?の上に、咲夜のものらしきメモが貼ってあった。
『友人に教えてもらいながら、字の練習をしていたそうです』
そして、そのすぐ近くに、何とか読めるくらいの拙さで、こんな一言が書いてあった。
『だいすき』
「…………」
その一言をじっと見つめる。
「……はあ。ここまで練習したんだから、バカはバカなりに最後まで自分で頑張りなさいっての」
少しため息を付いて、(いつの間にか置いてあった)紅茶をすする。
「仕方ないわね。一度引き受けた仕事なんだから、投げ出すわけには行かないもの」
紅茶の味は、なんだかいつもより少し、甘かった。
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ありすへ
だいすきです。
ずっといっしょにいてほしいです。
おへんじまってます。
ちるの
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「はい。これでいいかしら」
次の日の朝、朝食を届けに来た咲夜に、完成した原稿を手渡す。
「ありがとうございます。出来はどうでしたか?」
「知らないわよそんなの。それはアリスが判断することじゃないのかしら?」
咲夜がふと机の上に目をやると、そこには何枚もの下書きが積み重なっていた。そしてその山の中に、なんだか見たこともない道具が見える。こんなに簡単な文章だけれど、きっと、チルノの気持ちを少しでも汲み取ろうと、必死であのメモを読み解いたのだろう。
「……そうですね。お疲れ様です。ゆっくりお休み下さい」
眠気で赤い目をしたパチュリーにねぎらいの言葉をかけて、咲夜は図書館をあとにした。きっと昼食はいらないだろうな、そんなことを思いながら。
「咲夜さん!手紙を!」
出た瞬間に、相変わらずな小悪魔にぶち壊しにされたけれど。
Case2.5:見つめ合うと素直に以下略
数日後。いつものようにアリスが本を返しにやって来た。
「ここ、置いておくわね」
「……ええ」
いつも通りの素っ気ない会話。しかし。
「パチェー、いるー?」
今日は少しだけ、いつもと違っていた。
「あらレミリア。こんにちは」
「あら、アリス。来てたのね。ご機嫌いかが?」
「悪くないわよ。この図書館の主さんが面白い本をいっぱい貸してくれたからね」
「そう。それは良かったわ。で、その主さんはどこにいるのかしら?」
「机で読書中よ」
ありがとう、とアリスに礼を言って、レミリアは上機嫌で机の方へ向かう。
「もー、いるなら返事くらいしてくれたっていいじゃないの」
「……たまにはそういう日もあるのよ」
「ふーん、そう。よくわからないけど、まあいいわ。で、来週の宴会の件なのだけれど――」
話し始めたレミリアとパチュリー。アリスはそれを見て、二人に声をかけた。
「……さてと。じゃあ私はおいとまするわね。本を貸してくれてありがとう、パチュリー。また来るわ」
「あらアリス、もう帰るの?せっかく私が来たっていうのに」
「ごめんなさいねレミリア。もう少しここに居たいところだったけど、人里で人形劇を頼まれてるのよ」
「あら、それは仕方ないわね。咲夜!お客様をお見送りして差し上げなさい!」
「気にしなくていいわよ。彼女も忙しいだろうし。一人で帰るわ」
「あらそう?なら、また今度ね、アリス」
「ええ、また」
そう言って図書館を出ていくアリスを見て、レミリアは感嘆のため息をつく。
「はあ……全く、よくできた子よねえあの子。うちのメイドにしたいくらいだわ」
「……そうね」
「今のだって、私達が話し始めたのを見て、邪魔にならないように帰ったでしょう。うちの咲夜にも見習ってほしいわ」
「ええ、そうね……」
アリスをべた褒めするレミリアを見て、なんとも言えない気持ちで紅茶をすする。レミリアは、そんなパチュリーを、何か思いついたような顔で見つめた。
「……何よ」
「パチェってさあ、アリスが来ると無口になるわよね」
「……」
「もしかして、あの子のこと、好きなの?」
「ブフォッ!!」
吹き出した紅茶が、ニヤニヤした悪魔の顔に見事にぶちまけられた。
「ちょ、ちょっとパチェ汚い!」
「ゲホッゲホッ、な、なんでそうなるのよ!?」
「もー……図星なの?」
「ど、どこをどう見たらそうなるのよ……」
「え?それは……どこからどう見ても?」
「はあ?そんなわけないでしょう。大体――」
言いかけて気づいた。否定するような理由がなにもないことに。
「大体、何?」
いたずらっぽい笑みを浮かべるレミリア。
――確かに、私はあの子のことが好き、と自覚しているわけではない。でも、それ以前に、咲夜の言うとおり、私は恋をしたことがない。だから、気づいていないだけで、もしかして、私はあの子のことを好きなんじゃないか……?
アリスと一緒にいる時のことを思い返してみる。
上手く喋れない。そっけない態度しか取れない。そんな自分にいらいらする。でも、アリスが帰るときいつも、もっとここにいて欲しい、もっとおしゃべりしたい、そう思っていた。いつも、アリスが来るのを心待ちにしていた。
おかしい。彼女が来るたび自分にいらいらしてばかりいるはずなのに。ストレスばかりたまるはずなのに。なんでこんなことになっているのだろう。矛盾してる。変だ。意味がわからない。まさか本当に……?
「……ふふ、冗談よ」
レミリアの声で我に返る。
「ただ苦手なだけなのかもしれないし、本当に好きなのかもしれない。もしかしたら、命を取る機会を虎視眈々と狙ってるのかもしれない。そんなもの見ただけで判断できるものじゃないわ」
「……何よそれ」
「他人の気持ちは分からんね、って話よ。どこからどう見たとしても、他人の考えなんて分かるもんじゃない。自分の感情ですらわからないこともいくらでもあるんだから」
「……」
自分の感情がわからない。まさにそれだ。アリスといる時間が楽しいのは事実だ。しかし、これは本当に恋なのだろうか?魔理沙のようなきっかけもない。チルノのような情熱もない。あるのはただ、一緒に居たいという感情と、気恥ずかしさだけだ。
こんなのを、恋と呼べるのだろうか。
「っと、そんな話をしに来たんじゃないんだったわ。さっきの話の続きなんだけど――」
――私は、アリスのことが好きなんだろうか。
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「――っと、オッケー。じゃあ今度の宴会はこの企画で決まりね。ありがとうパチェ。助かったわ」
10分くらい後、宴会の話を終え、レミリアは座っていた机から立ち上がった。
「え、ええ。これくらいお安い御用よ」
結局、話は殆ど聞いていなかった。ただ、ええ、とか、そうね、とか言っていただけだったのだが、彼女は勝手に納得したようだった。
「あ、そういえば一つ言い忘れていたけれど」
部屋を出ていこうと扉の前まで来たところで、ふとこちらを振り返る。
「私は、アリスのことが好きよ」
空気が、止まった。
「それだけよ。読書の邪魔して悪かったわね」
「……ちょ、ちょっと待ってレミィ!」
急いで呼び止める。
――でも、何を話す?
――私はレミィに何を言いたいの?
――私は、なぜレミィを呼び止めたの?
自分で自分の思考がわからなくなる。
「どうしたの?なにもないなら行くわよ」
そう言って歩き出すレミリアに向かって、何とか言葉を絞り出した。
「……ねえレミィ」
「なあに、パチェ?」
背を向けたまま答える。
「恋って、何?」
「さてね。私にもわからんよ」
両手を上げてわからない、というジェスチャーをするレミリア。そして、扉に手をかけたところで、ふと立ち止まった。
「『恋愛の真の本質は、自由である』」
そして、扉を大きく開け放つ。
「恋愛なんてものに、決まった形なんてないんじゃないかしら?相手を殺したいと思おうが、相手を犯したいと思おうが、それはそいつなりの恋愛の形よ。だから」
開け放した扉の向こうで、レミリアはくるんと振り返る。
「頑張ってね、パチェ。応援してるわ」
そう言って笑う親友の顔は、いつもよりずっと大人びて見えた。
Case3:口下手な幼い悪魔
「パチュリー様ー、次の依頼が届きましたー」
次の日、浮かない顔で読書をするパチュリーのもとに、次の依頼が届いた。
「ああ。そこら辺に置いといてくれる?」
「わかりました。……パチュリー様、どうしたんですか?なんか元気が無いようですけど」
心配そうな顔でこちらを見る小悪魔を見て、少し聞いてみたくなった。
「ねえ小悪魔」
「何でしょう、パチュリー様」
「……恋って、何だと思う?」
「……恋、ですか?」
「そう。恋」
小悪魔は少し考えを巡らせたあと、パチュリーの顔をじっと見つめる。
「な、何よ」
「そうですねえ……これは私の場合なんですが――」
小悪魔の顔が、ふっと緩んだ。
「私は、好きな人が笑顔になったり、悲しんでいたり、怒っていたり、悩んでいたり、そんなのをただ見てるだけで、幸せになれます」
「悲しんだり怒ったりしていても幸せなの?」
「ええ、もちろんです。もちろんその人が幸せであるのに越したことはないですが……私は、その人のすべてが好きなんです。怒った姿も、悲しんでいる姿も、その人のありのままの姿をただ見ているのが、何よりも幸せなんです」
ちょっと自分勝手ですけどね、といって笑う小悪魔を見て、またよく分からなくなる。
「それって恋なの?ただ見てるだけで幸せ、相手が悲しんでいても幸せって……それは、ただの憧れとは違うの?」
「さあ……どうなんでしょうか。私にはよくわかりません。でも」
彼女は、とびきりの笑顔でこう言った。
「一緒にいたいと思う。それだけで、私にとっては紛れも無い『恋』なんです」
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それから3時間。パチュリーは、未だに依頼書を見れないでいた。
「恋、か……」
小悪魔の言葉、レミリアの告白、自分の感情、そしてアリスのこと。そんな理解できないモノたちが、頭の中をグルグルと回っていた。
ラブレターを書く。ただそれだけのことなのに、依頼書に手を伸ばしただけで、頭の中がぐちゃぐちゃになってしまう。
「もう……なんなのよ……」
恋の形は人によって違う。それは分かっていた。そんな言葉は、本の中にいくらでも書いてあったから。だが、それを実感したことなどない。ましてや、それに自分も当てはまるなんてことは考えたこともなかった。
依頼書に手を伸ばす。頭の中がぐちゃぐちゃになる。自分は恋をしてるかもしれない。いやそんなはずはない。
これを見たら、答えが出てしまうかもしれない。出てしまえば、もう自分の気持ちに言い訳はできなくなる。
――言い訳?私は言い訳をしている?違う。そんなわけない。私が恋なんてしてるわけがない。でももしそうだったら……
コトン、という音にふと我に返る。
机の上には、白い湯気を上げる紅茶のティーカップと小さなケーキ、そして「お疲れ様です」と書かれたメモが置いてあった。
「――っ!」
――見られていた。こんな恥ずかしい姿を。自分の気持ちもわからず悶々としているこんな姿を。
「……ああもう!」
熱々の紅茶を一気に流しこむ。
「んん!……ゲホッゲホッ」
咳き込みながら、がちゃん、とティーカップをソーサーに叩きつけた。
「いいわよ!書くわよ!書いてやるわよ!自分の気持ちなんて知ったこっちゃない!咲夜なんかにバカにされてたまるもんですか!!!」
意を決して、二つ折りになった依頼書をゆっくりと開く。
依頼人は――
「……う、うあぁ……」
依頼人:レミリア・スカーレット
対象者:アリス・マーガトロイド
依頼内容:私は、口下手だから。よろしくお願いするわ。
顔の血の気が、サーッと引いていくのを感じた。
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「パチュリー様。紅茶をおもちしました」
「……ありがとう、小悪魔。そこに置いておいてくれる?」
あれから3日。ずっと机に張り付いて原稿や資料に何度も手を伸ばすものの、結局ラブレターは一文字も進んでいなかった。
「……あまり無理をしないでくださいね。お体に障ります」
「わかってるわ。ありがとう」
心配そうな顔で去っていく小悪魔の後ろ姿を見て、パチュリーは大きくため息を付いた。
「どうすればいいのかしら……」
「何が?」
突然の声に驚いて振り向くと、そこにはふよふよと飛んでいるチルノがいた。
「な、なんであなたがここに?」
「んー……わかんない」
「どういうことよ……美鈴や咲夜には止められなかったの?」
「めーりんは寝てた。さくやには会わなかったな」
「はあ……あの門番め……」
美鈴のいつも通りの職務怠慢に頭を抱える。
「で、ここに何しに来たの?」
「だから、わかんないって言ってるじゃん。お屋敷の中で迷っちゃって、気づいたらここにいたのよ」
「あ、そう……」
何のためにこの屋敷に入ってきたのかを聞こうとしたのだが、どうせ聞き直したところでまともな答えが入ってくるとも思えないので、もう諦めることにした。
「はあ……で?あなたこれからどうするの?帰り道は分かるの?」
「道はわかんないけど……とりあえず、あそぼう!」
「私と?」
「そうよ。他にだれがいるってのさ」
「あのねえ……見て分かるでしょう?私は仕事をしてるの。暇じゃないのよ」
「えー、うそだあ。めーりんがいつもいってるよ。『パチュリー様はいつもただ暇そうに本を読んでるだけでお食事も寝床ももらえて羨ましい』って」
「……」
無言で外に殺意のこもった視線を向ける。
「だからさあ、あそぼうよー、パチュリー」
「嫌よ。今私は忙しいの。どっか行ってなさい」
「えー、そんなのイヤだよヒマだもん」
「うるさい。これ以上うるさくすると力づくで追い出すわよ」
「え?弾幕ごっこしてくれるの?いやったあ!」
「あーもう!違うわよ!出て行けって言ってるの!」
全く噛み合わない会話に頭を抱えるパチュリー。と、その時、机の上から紙が一枚ひらりと舞い落ちた。
「ん?なんだこれ」
「――!それはダメ!」
それは、ラブレター原稿の没案だった。
「なになに……」
チルノは原稿を拾い上げ、じっと眺める。
――見られた。知られてしまった。この私がラブレターなんて書いているところを。恥ずかしい。これで私は幻想郷中の笑いものだ。これから私は「魔女のくせに魔導書も書けずにラブレターなんて恥ずかしいものを書いて生活してる」なんて後ろ指を差されながら生きていくんだ……
「……よめない」
ずっこけた。
「……あなた、字の練習したんじゃなかったの?」
「うん。でも忘れちゃった」
「あ、そうなの……」
ともあれ、ホッとしてため息をつく。
「はあ……とりあえず、それは返しなさい」
「えー」
「読めないんだから持ってても一緒でしょ」
「むー……」
しぶしぶ手紙を机の上に置く彼女を見て、ふと聞いてみたくなった。
「ねえチルノ」
「ん?なに?」
「あなた、アリスの事が好きなのよね?」
「えっ……そ、そうだけど」
突然の質問に、少し恥ずかしそうに答える。
「な、なんで知ってるの?」
「それは……まあいろいろあったのよ」
「そっかー、いろいろかー……」
適当なごまかしを素直に信じる彼女に、少し真面目な顔で問いかけた。
「あなたは、アリスのどういうところが好きになったの?」
もしかしたら、この気持ちに対する答えがわかるかも知れない。そう思ったのだ。
「んー、わかんない」
だから、あっけらかんとした笑顔でそんなことを言われ、パチュリーは余計に混乱した。
「あなた、アリスのどこが好きかもわからないのに好きなの?」
「うん、そうだよ?」
「それって、本当に好きなの?恋してるって言えるの?」
チルノは少しむっとした顔になる。
「なによ。あたいがアリスのこと好きじゃないっていってるの?」
「いや、そこまでは言わないけど……」
彼女がアリスを本気で好きなのは知っている。でも、だからこそ、こんなところが好きだとか、こんな姿が好きだとか、そういう答えが聞けると思ったのだ。
口ごもるパチュリーを見て、チルノは怒ったようにこう言い放つ。
「あたいは、アリスのことなんにもわかんないけど、アリスのことが好きだよ!」
頬をほんのり赤く染めて、それでもしっかりとパチュリーを見つめる。
「どこが好きだとか、そんなのどうでもいいじゃん!あたいはアリスのこと全然知らないけど、でも、アリスといっしょにいたいし、ぎゅってしてほしいし、いっしょにあそんでほしい。だれがなんていっても、あたいはアリスのことが好きなの!」
そう言って小さな胸を張るチルノが、とても眩しく見えた。
「……あなたは凄いわね。そんなに胸を張って『好きだ』って言えるなんて」
「そ、そうかな?」
「凄いわよ。私なんかとは大違い」
そうこぼした瞬間、溜まった水がどっと溢れ出すように、今まで言えなかったような言葉が次から次へどんどんと流れ出した。
「私は、自分の気持ちもわからなくて、それを知る勇気もなくて、おまけに友人の気持ちを知っても何もできない、そういう奴なのよ」
――どうせすぐに忘れるだろう。それに……もうバレたっていい。なるようになれ、よ。
パチュリーは、今までのことを全部、チルノに向かってぶちまけた。
チルノは、難しい顔で周りをふよふよと漂っていた。
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「……んー、よくわかんないんだけど」
パチュリーが話し終わったあと、チルノはパチュリーの前で止まって、パチュリーの目をじっと見つめる。
「パチュリーは、アリスのこと好きなの?」
「いや、だからそれがわからないって言ってるの」
「なんで?いっしょにいたいし、お話もしたいし、ぎゅーってしてもらいたいんでしょ?」
「う……まあそうだけど」
恥ずかしげもなくそんなことを言われ、赤面する。
「それなら、好きなんじゃないの?」
「そう、なのかしら」
相変わらず納得出来ないパチュリー。それを見て、チルノは首を傾げた。
「パチュリーは人を好きになるのがイヤなの?」
その言葉を聞いた瞬間、頭が真っ白になった。
「なんかよくわかんないけど、パチュリーはアリスのこと好きになりたくないのかなーって、そんな気がするんだけど」
「そ、そんなこと……」
頭が回らない中、必死で思い返す。アリスのことが好きなのかもしれないと思った時、何故それを否定した?ただ嫌だったから?恥ずかしかったから?それだけなのか?
「誰かを好きになるのって、別に悪いことじゃないし、恥ずかしいことじゃない。ふつうのコトじゃない。誰が誰を好きになったっていいじゃん。なにがいけないのさ」
そして、天窓から夕日の差しこむ中、少し恥ずかしそうにはにかんだ。
「妖精だって人間だって魔女だって、恋したっていいじゃない。だって、好きなものは好きなんだもん。仕方ないじゃない」
頭の中の霧が、さっと晴れた気がした。
「……そうね」
そう言って、どこかすっきりした顔でチルノを見つめる。
「ありがとう。貴女がいてくれて助かったわ」
「えへへ。当然よ。あたいは最強だからね!」
にこやかに笑うちょっと大人な氷精を見て、パチュリーは、自分の気持ちにようやく気がついた。
――私は、アリスが好きなんだ。
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Dear Alice
こんにちは、アリス。
この前は悪かったわね。私とパチュリーが話し始めたのを見て、気を使ってくれたんでしょう。気を回させてしまってごめんなさいね。本当、うちの咲夜にも見習わせたいくらいだわ。
でもね、実は私、少し悲しかったのよ。気を使ってくれたのはわかるけれど、本当は、私はアリスともっとお話したかった。それだけじゃないわ。一緒にお茶を飲んで、一緒に食事をして、一緒に日が暮れて、一緒に夜が明けるまで過ごしたかった。
本当はね、あの日、私はあなたに告白する気だったの。あなたのことが好きだ、って。だけど、やっぱり恥ずかしいじゃない。だから、ああやって他の用事を作って、恥ずかしさをごまかしてたのよ。でも、ダメね。そのせいで折角の機会を逃しちゃった。
だから今、この場で言うわ。
私は、あなたのことが好き。
あなたの全てを私のものにしたい。
あなたを、愛しています。
断るも断らないも、あなたの自由よ。答えがなんであれ、そんなことは気にせず、いつでもうちにいらっしゃいな。歓迎するわ。
お返事、待っています。
Remilia Scarlet
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「――ふう。こんなものかしら」
筆をおいて紅茶をすすり、一息つく。
資料に書かれていたのは、あの日のことだった。
レミリアは、アリスがこの図書館にいるのを知っていて、咲夜に色々と準備をさせていたらしい。でも、結局恥ずかしさに負けて、機会を逃してしまった。だから、もう絶対にそんなことがないように、恥を忍んで他人に頼むことにした、ということだそうだ。
「ふふ。レミィらしいわ」
綿密な計画と周到な準備でどんなことでもあと一歩というところまでは成功させるのに、いつも一番大事なところで失敗する親友の姿を思い浮かべて、小さく笑みをこぼした。
「パチュリー様、お夜食をお持ちしました」
音もなく、咲夜がクッキーを持って現れる。
「ありがとう。いただくわ」
一口かじると、口の中にハチミツの甘さとシナモンの香りがふわっと広がった。
「最近疲れてらしたようですので、リラックスしていただけるように、隠し味を少し加えてみました」
紅茶を少し口に含むと、クッキーの甘い残り香と紅茶のまろやかな香りが混ざり合って、口から鼻へとゆっくりと広がっていく。そして、飲み込んで息を深く吐くと、その香りと一緒に、疲れがふっと抜けていくような気分になった。
「お味の方はいかがですか?」
「ありがとう。とても美味しいわ」
「光栄ですわ」
そう言って、新しいカップをどこからともなく取り出して机の上に置き、紅茶を注いだ。
「ところで、お仕事の進捗の方はいかがですか?」
「ええ。書き終わったわ」
「そうですか。ありがとうございます。でしたら、」
言いかけた言葉を途中で遮る。
「いいえ。今回は私が直接渡すわ。レミィと少し話したいこともあるし」
咲夜は一瞬驚いた顔をした。が、すぐに納得したような顔になる。
「そうですか。でしたら、お茶の用意をいたしますか?」
「いいえ、大丈夫よ。そんなに時間がかかる話でもないし」
「わかりました。では、私は席を外しておきますね」
「ええ。そうして頂戴」
紅茶をくっと飲み干し部屋を出ていくパチュリーを、咲夜は温かい目で見つめていた。
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「レミィ、いる?」
紅魔館の最上階。時計塔の一番上、レミリアの一番お気に入りの場所。扉を開くと、空に上った三日月を背に、紅魔館のお嬢様はバルコニーで優雅にワインを傾けていた。
「あらパチェ、ごきげんよう。あなたが図書館を出るなんて珍しいわね。どういう風の吹きまわしかしら?」
「ちょっとね。星が見たくなったのよ」
「あらそう」
含みがあるような、そうでないような。パチュリーが来るのを知っていたような、そうでもないような。そんないつもの会話を交わし、椅子に腰掛ける。
「一杯、どうかしら?」
「あら、ありがとう。いただくわ」
血のように赤いワインと真っ黒な空、そして黄色く輝く月。そんな幻想的な風景の中、恋する魔女と吸血鬼は静かに杯を合わせる。
「外で飲むワインもまた格別ね」
「あらそう?いつも外で飲んでいるから私にはわからないわ」
他愛もない会話を交わす二人。そして、二人のグラスが空になる頃。パチュリーは、わずかに残ったワインをグラスの中でくるくると弄ぶ親友に、そっと手紙を差し出した。
「あら、これは何かしら?」
「ご依頼の品よ。遅れて済まなかったわね」
「ご依頼の品?何のことかしら」
――あれ?
思っていたのと違う反応に首を傾げる。
そして、レミリアは手紙をそっと開き――
「――っ!」
バン、とそのまま閉じた。
「ええっ!?なんで!?なんでパチェがこれを!?」
「え?咲夜から話を聞いていないの?」
「た、確かに、これは咲夜に頼んだものだけど!でも、え、なんでパチェから!?」
さっきまでの余裕の表情はどこへやら、顔を真っ赤にしてうろたえる。
「ちょ、ちょっと待ってレミィ。あなた、私が、その、ラブレターの代筆の仕事をやってるの、知ってる?」
「へ?」
目を丸くする彼女に、パチュリーはこれまでのことを簡単に説明した。
「……えええ……私めちゃくちゃ恥ずかしいじゃない……あんなかっこいいこと言っておいて、こっそり他人に頼んだのがバレるとか……しかもその相手がパチェとか……」
「そうね……。私はてっきり知ってて頼んだんだと思ってたから、『ああ、レミィは私に本気で宣戦布告してきたんだな』って、むしろ覚悟を決めてここに来たのだけれど」
「うわあああ……知ってるってことにしておけばよかったあああ……」
どんどんドツボにはまっていく彼女を見て、完全に気が抜ける。
「ううう……紅魔館の主の威厳台無しだわ……」
頭を抱えるかわいらしいこの館の主の頭を撫で、ふう、と小さくため息をついた。
「ねえレミィ」
「……なに?」
「私も、アリスが好きよ」
「……そう」
「ええ」
それだけ言って、静かに月を見上げる。ゆっくりと流れていく時間。負けない、と宣言しに来たはずなのに、なぜだか、心はとても暖かかった。
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その少し前。
「咲夜さん!手紙は!?」
「残念ながらパチュリー様が持っていったわ」
「ええっ!?そんなあ……私の密かな楽しみが……」
「全ッ然密かじゃないけれどね」
図書館の前では、使用人たちの間の抜けた会話が響いていた。
Case3.5:戦いの結末
二日後の昼下がり。図書館の主パチュリーは、いつものように日の当たる場所で、紅茶を飲みつつ本を読んでいた。紅茶がいつもよりも少し甘く温かく感じるのは、多分気のせいなのだろう。でも、そう思ってしまうほど、彼女の心はとても暖かく、静かで、そして何故だか少し気恥ずかしかった。
「んっ……」
読み終わった本を閉じ、少し背伸びをする。天窓を見上げると、青い空が広がっている。ふと、こんな日はアリスと一緒にゆっくり本が読みたいな、などと考えてしまい、少し顔が赤くなった。
自分は恋をしている。それを認めただけなのに、こんなにも気持ちが穏やかになったのがおかしくて、思わずクスリと笑ってしまう。それほどまでに、とてもいい気分だった。
と、そんなゆっくりとした時間が流れる図書館に、キーッと扉が開く音が小さく響く。まっすぐこちらへ向かってきて、机の端にちょこんと腰掛けたのは、レミリアだった。
「フラれたわ」
「……そう。お疲れ様」
それだけ言って黙りこむ。机に座って足をぶらぶらさせながら天窓を見上げる彼女の横顔を見て、悲しいような安心したような、何とも言えない気分になった。
「……ま、仕方ないのだけどね。アリスが、自分の言葉で気持ちも伝えられない情けない人を好きになるような子なら、私も手に入れたいだなんて思わなかっただろうし」
揺らしていた足で反動をつけて、ぴょんと机から飛び降りる。
「あとはまあ、パチェが頑張ってくれればそれでいいわ」
「私?」
「ええそうよ。だって、アリスがパチェと恋に落ちてうちに住むようになれば、それってつまり、アリスがこの紅魔館の主である私のものになるってことじゃない」
そう言って笑う親友を見て、少し胸が締め付けられるような気がした。
「レミィは……それでいいの?」
「……ええ。アリスが私のものになることに変わりはないもの」
そんな強がりと一緒に小さく鼻を啜る音がしたのを、パチュリーは聞き逃さなかった。
「さて、と。私はそろそろ寝ようかなー。昼間は眠くてたまらんね」
すこしわざとらしく別れを口にして、小さなライバルは地下図書館をあとにする。
「じゃあ、またね。頑張ってね、パチェ」
いつかと同じ言葉を口にして、図書館を出ていく。
扉が閉まる直前、そんな彼女に向かって、パチュリーは小さく呟いた。
「……ありがとう」
聞こえたかどうかは、わからないけれど。
Case4:???
「この前まではテンパっていてわからなかったけれど」
パチュリーは、紅茶を飲みつつ一人つぶやく。
「咲夜が持ってくる依頼って、宛先が全部アリスなのよね……」
二人連続までならまだ分かる。しかし三人連続となると、これはもう明らかに狙ってやっているだろう。
「次の依頼の宛先がアリスだったら、これは本気で呪ってもいいわよね……」
そんなことを言っていると、目の前の机の上にいきなり依頼書が現れた。驚いて周りを見渡しても、咲夜の姿は見えない。
――嫌な予感がする。
非常に開きたくなかったが、このままにしておいてもどうにもならないので、仕方なく依頼書を開く。
依頼人:十六夜咲夜
対象者:アリス・マーガトロイド
依頼内容:よろしくお願いします。素晴らしい文章を期待しておりますわ。
「咲夜ああああああああああああああああ!!!!!!!」
湖畔の赤い館に、ブチ切れた魔女の怒号が響き渡った。
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やっほ~☆さくやだよぉ~☆
今日はねぇ~、アリスちゃんに言いたいことがあるんだ~☆
あのねぇ~、う~んとねぇ~、私ね、アリスちゃんのことがだ~~~~いすきなの☆
きゃ~~~~~!言っちゃった!はずかしい~~~~~~☆
お返事、待ってるねぇ~☆
あなたのステキなおともだち マジカル☆さくや
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「咲夜ああああ!!!出てきなさい!!!!!ご依頼通り書き上げてやったわよ!!!!!!」
叫んでみるも、返事はない。
「とっとと取りに来なさいよ!!!そして姿を表して私にボコボコにされなさい!!!!!」
図書館内に虚しく声が響く。シーンと静まった図書館内で、自分の手の中の原稿を見てふと我に返り、手紙の内容を見返す。
「私……なにやってるのかしら……」
頭の悪い文章を見て、くだらないことに時間を無駄にした事に気づいて頭を抱えた。
「はあ……」
ため息をついて、今までの依頼原稿の下書きや資料の山をぼーっと眺める。
「私も、書いてみようかしら……」
ふと、そんなことを思って机の上に目を戻すと、そこには「原稿、受け取っておきました。ありがとうございます」と書かれたメモと、湯気を上げる紅茶が置かれていた。
「うおあああああ!!!!!やられたああああああああ!!!!!!」
頭を抱えて悔しがるパチュリー。しかし、いつもはそんなパチュリーを見つめているはずの小悪魔は、なぜか今日は図書館のどこにも見当たらなかった。
Case4.5:悩める魔女と恋の魔法使い
「書けない……」
それから数時間。パチュリーは目の前のラブレター(仮)と格闘し続けていた。
「いざ我が身になって書こうとすると、予想以上に難しいものね」
横に積んである本の山を眺める。そこにあるのは、手紙の書き方や綺麗な文章の書き方の本、そして大量の恋愛小説だった。参考にしようとして持ってきたのだが、どれを当てはめてみても、どの言葉をどうアレンジしても、なんとなくしっくりこない。そして結局自分で考えて書くことにしたのだが……
「はぁ……これもなんか違う」
くしゃくしゃに丸めて投げ捨てる。机の横の自走式くずかごは、もういっぱいになっていた。
新しい紙に手を伸ばして、筆を走らせる。10分ほどでさっと書き上げて筆を置き、原稿をじっくり眺める。読みやすい文字。綺麗な表現。完結でわかりやすい文章。何も問題ない、はずだ。しかし、いくら読んでも、いくら書きなおしてみても、何か違うという感覚が拭えないのだ。
――何が違うのかしら。
すっかり冷えきった紅茶の最後の一口を飲み込みながら、背もたれに体を預け、目を閉じる。
このまま寝てしまおうか、などとボーっと考えていると、急に図書館の扉が大きな音を立てて勢い良く開き、扉の外から風が吹き込んできた。
「ちょいとお邪魔するぜ!」
突然の大声に驚いて目を開けると、箒に乗って突っ込んできた魔理沙が、目の前で急ブレーキをかけていた。そして――
「わぷっ!」
まるでどこかの漫画のように、舞い上がった書きかけのラブレターが、彼女の顔に見事にかぶさった。
「なんだこれ?」
「……っ!ダメ!」
急いで椅子から身を乗り出し、手紙を奪い返す。
が、乗り出した体が机に引っかかってしまった。
「あっ!」
「あーあーあー。何してるんだよ……」
案の定、机の上に積んであった依頼原稿の山が崩れ落ちてしまう。そしてその中から魔理沙がつまみ上げたのは、今までの四枚の依頼書をまとめた束だった。
「ん?これ、どこかで……」
拾い上げた紙をパラパラとめくっていた手が急に止まる。
「こ、これはね、いろいろと理由があって――」
何とか言い訳をしようと必死で言葉を探した。が、
「……ぷっ……くくく……あっはっはっはっは!」
魔理沙の大きな笑い声で完全に遮られてしまった。
「あはははははは!あのラブレターの代筆ってやつ、パチュリーがやってたのか!なるほどな!ようやく納得したぜ!」
――ああ、終わった。このおしゃべりに知られたからには、このことはすぐに幻想郷中に広まってしまうだろう。もうおしまいだ……。
「あっはっはっはっは……ゲッホゲッホ!あははははははは!」
「……何よ!何か文句あるの!?私を馬鹿にしてるわけ!?」
落ち込むパチュリーをよそに大声で笑い続ける魔理沙に段々と腹が立ってきて、手元にあったペンを投げつけた。
「あいた!あはははは……はあ、いや、そういうわけじゃないんだぜ……ふう」
ようやく落ち着いたらしい彼女を睨みつける。おもいっきり睨みつけられた魔理沙は、頬をかいて、少し赤くなった顔でまた少し笑う。
「いや、別にパチュリーのことを笑ってたわけじゃないんだぜ。ただ……自分が書いた『パチュリーには内緒な』ってのを見て、なんかもう恥ずかしくて笑うしかなくなっちまってな」
「本当に……?」
「そんなに睨むなよ、本当だって。いやまあ多少は……そういう気持ちもあったけどさ」
「やっぱり馬鹿にしてるじゃない」
「あはははは!すまんすまん。悪かったよごめんごめ――……ごめんなさい本気で謝りますからそのグリモワールをしまって下さい」
グリモワールが机の引き出しにしまわれたのを見て、土下座の体勢から恐る恐る立ち上がる。
「全く……殺されるかと思ったぜ」
「何よ。あなたが悪いんじゃない」
「だからごめんって謝ってるだろ?全く、心がせまいぜ」
「あなた、本当に殺されたいようね……」
「まあまあ、そんなに怒るなって」
「怒らせたのはあんたでしょうが……」
怒りも恥ずかしさも通り越して呆れ果てる彼女を尻目に、魔理沙は勝手にどこかから椅子を持ってきて、椅子の背を前にして腰掛けた。
「で、それが自分の分のラブレター、と」
パチュリーが持っている原稿を見て、にやりと笑う。
「んなっ、なんでそれを……」
「お、図星か?」
「あ……う……」
あまりにも単純な手に見事に引っかかり、何も言えなくなる。
「パチュリーはわかりやすいからな。で、相手は誰だ?アリスか?」
おもいっきりど真ん中を突かれ、顔が真っ赤になる。
「ふーん、なるほどねえ……」
少し考えるような仕草のあと、何かを思いついたように小さく手を叩いた。
「よし!じゃあ今日はお詫びとして、この恋の魔法使いこと魔理沙さんが、恋とは何なのかを特別に教えてやろう!」
突然の提案に、パチュリーは冷めた目で彼女を見つめる。
「あなた、フラれたじゃない」
「うぐっ……!い、いや、本質はそこじゃないんだ。私がフラれたかどうかじゃなくて、私がパチュリーがフラれないようにアドバイスできるかどうかが大事なんだ!」
「まあそうだけど……なんという信憑性の薄い話なのかしら」
大きくため息をつく。
「ええいうるさい!そんなことは私の話を聞いてから言うんだな!」
大げさに咳払いをして、真剣な顔になってパチュリーの目を見つめる。
「いいか?恋の成就に必要なのは、ただひとつ。『自分の気持ちを、飾らず、自分の言葉でそのまま相手に伝えること』だけだ」
「……いや、あなた自分の言葉で伝えてないじゃない」
瞬時にツッコむ。だが、魔理沙から帰ってきた答えは、予想外のものだった。
「ああ、あのラブレターな、実は私、使ってないんだわ」
「……は?」
「いや、最初は、恋文なんてこっ恥ずかしくて書けるかー、って思って依頼書を送ったんだが、すぐに考えなおしてな。結局届いた手紙は私の机に入れっぱなしなんだ」
まさかのことにポカーンとなる。それを見て、魔理沙は少し恥ずかしそうに笑いながら話を続けた。
「で、そこから自分で手紙を書き上げて、そのままアリスのところに行って、直接手渡ししてきたんだぜ。告白の言葉を言うためにな。……結果はまあ、見ての通りなんだけどな」
少し寂しげに笑う彼女の顔は、ついこの前見たレミリアの顔とそっくりで、また少し胸が痛くなる。
「まあ、そんな話は置いておいて」
その雰囲気ををごまかすように明るい声で言い、また真剣な顔に戻って、パチュリーの目をしっかりと見つめる。
「いいか。相手に『好きだ』という時は、自分の言葉で伝えなきゃダメだ。自分の、何よりも一番大事な気持ちを伝えるのに、他の人の言葉を借りたりなんかしたら、気持ちがその言葉に隠れちまう」
見つめる目に、力がこもる。
「絶対に、自分の気持ちから逃げちゃいけない。ただそのまま、自分の気持ちを、そのまま言葉にすればいい。何も難しいことを考える必要なんてない。飾る必要なんかないんだよ。取り繕う必要なんかないんだ。何よりも一番きれいな言葉ってのは、自分の想いそのものなんだから。だから――」
拳を前につきだして、ちょっと照れながら明るくはにかむ。
「恋はまっすぐ、パワーだぜ!」
時刻は夕刻。紅い館の図書館は、彼女の髪の色を映したかのように、温かい金色に染まっていた。
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夜。魔法の森のアリス宅には、二人の来客が訪れていた。
「ふーん、なるほどねえ。どうりで最近、その、ラブレターがよく来ると思ったわ」
仕掛け人二人から話を聞いたアリスは、飲んでいた紅茶をテーブルの上に静かにおいた。
「やっぱり、迷惑だったでしょうか……」
申し訳なさそうな顔をしているのは、パチュリーの使い魔、小悪魔。
「多少はね。でもまあ、怒ってはいないわ。だって、別に嘘の告白をさせたわけじゃないんでしょう?」
「ええ、もちろんよ。第一、嘘の告白なんかさせようものなら、万が一パチュリー様に気づかれたら、私の命がいくつあっても足りないもの」
冗談めかして答えたのは、紅魔館のメイド、咲夜。この二人が、今回の計画の仕掛け人だった。
「よくやるわねえ……」
はあ、と一つ大きなため息をついて、かぶりを振る。そして、少し真面目な顔になって、二人に問いかける。
「で、あなた達は本当にそれでいいの?私の気持ちはもう知っているわけでしょう?」
すると、ふたりは顔を見合わせて、少し笑った。
「ええ。私は、パチュリー様が幸せにしているところを見るのが何よりの幸せなんです。だから、それを止める理由なんて何一つないですよ」
本当に幸せそうな優しい笑顔で、小悪魔は大きく頷いた。
「咲夜、あなたは?」
「私の気持ちは、もう伝えてあるでしょう?ほら、その手紙で」
「このなんだかよくわからないふざけたような文面で?」
「……冗談よ。まあ大した理由じゃないのだけれど」
湯気を上げる紅茶を、全員のカップに注いで回る。
「私は、確かにアリスのことが好きで、私のものにしたいと思っているわ。でもね、それはアリスの幸せを壊してまで得たいと思うものじゃないのよ」
紅茶を注ぎ終わり、咲夜はそのままアリスの向かい側の椅子に腰かけた。
「小悪魔ほどではないけど、私も、あなたが幸せになってくれることが何よりも幸せなのよ。だから、これでいいの」
これからは毎日会えるようになるわけだしね、と言って小さく笑う。
「そう。それならよかった」
そう言って、紅茶を一口すするアリス。少しはちみつの入った咲夜特製の紅茶は、心地良い甘さと温かさで、心と体をゆっくりと温めてくれた。
「じゃあ、もう時間も遅いことだし。あなた達、ここで夕飯でもどうかしら?」
「いいんですか?ご迷惑じゃなければ……」
「ええ、もちろんよ」
にっこり微笑み、夕飯を作りに席を立つ。
「咲夜、あなたも食べていくわよね。少し手伝ってくれるかしら?」
「ええ、もちろんよ」
二人はキッチンに向かい、小悪魔は一人、おそらく今夜は寝ずにラブレターと格闘しているであろう主人を思って、ゆっくりと窓から外を見上げた。
「パチュリー様、頑張ってください……」
空には、黄色い月が明るく静かに浮かんでいた。
アリス宅のキッチンでは、突然、ガン、と言う音と共に、咲夜が足を押さえてうずくまっていた。
「ど、どうしたの?」
「……足の小指を……ぶつけたわ……」
「ふふっ。多分それ、パチュリーの呪いだわ」
「ええ、そうかもね……」
「ああん……パチュリー様……そこはダメですよお……」
食卓のテーブルに突っ伏して眠る小悪魔は、むにゃむにゃと寝言を言いながら、にへらと緩んだ笑顔でよだれを垂らしていた。
「……自分の気持ちを、そのまま……そのまま……」
月が照らす夜の図書館。蝋燭の光の元、ゆっくりながらも少しずつ筆を走らせていくパチュリーの横には、謎の魔法陣が青白い光を放っていた。
そんな彼女らを優しく包み込むように、夜は、ゆっくりと更けていくのだった。
Case5: 恋する大図書館
ある晴れた日の昼下がり。紅い館の地下図書館には、今日もアリスが訪れていた。
「パチュリー、借りてた本、机の上においておくわね」
「え、ええ」
いつもと同じ会話、いつもと同じ光景。しかし、パチュリーの手は、いつもよりも汗ばんでいた。
「ね、ねえアリス!」
自分のものとは思えないほど高い声が出て、顔が一瞬で熱くなる。
「ん?どうしたの、パチュリー?」
本棚を端から順に眺めながら聞き返してくる。
「え、えーと……きょ、今日はいいお天気だと思わない?」
「そうね。ここからじゃ少し分かりにくいけど、雲ひとつない青空だったわ」
握っていた手を一度開き、ぎゅっと強く握り直す。
「だから、その、あの……」
――大丈夫。私ならできる。私なら言える。
息を大きく吸い込む。
「今から私と、ピクニックに行かない!?」
真っ赤な顔で、手も足も震えていて。それでも目だけはアリスをじっと見つめたまま、そう大声で叫んだ。
「……そうね。こんな天気だもの、図書館に閉じこもってるのはもったいないかもね」
今日の空のように曇りのない笑顔を見て、ふっと力が抜ける。
――いや、ここで終わりじゃない。ここからが本番なのよ。しっかりしなさい私!
気合を入れなおして、椅子から立ち上がった。
「じゃ、じゃあ、行きましょう!」
そう言って、ぎこちない足取りで扉に向かう。その手には、自分の想いを精一杯込めて書き上げたラブレターが、しっかりと握られていた。
一人置いていかれたアリスは、苦笑しながら倒れた椅子を立てなおして、パチュリーの後を追って図書館を出ていった。
昼の明るい日差しに照らされた紅魔館の玄関前。
「うへへへ……パチュリー様ごちそうさまです……」
がちがちになったパチュリーと、少し遅れて笑顔でその後に続くアリスが紅魔館の扉を出ていくのを生垣の裏から覗きながら、小悪魔は相変わらず鼻血を垂らしていた。
「おっと、こんなところで鼻血を垂らしてる場合じゃないですね。急いで追いかけないと……」
二人の後を追おうと生垣を飛び出そうとして、
「ぐえっ」
「野暮なことするんじゃないの」
突然現れた咲夜に首元を掴まれた。
「えへへ……バレてましたか」
「あなたは行動が分かりやすすぎるのよ……」
呆れ顔でため息をつく。
「でもまあ、作戦は大成功、ってことでいいんじゃないですか?」
「そうね。まあ、本当に成功するかはパチュリー様次第なのだけれど」
二人はそう言って、上を見上げる。
雲ひとつ無い青空と、降り注ぐ暖かい日差し。今日は、絶好のピクニック日和だった。
Fin
皆それぞれ考えがあって面白かったです
そして小悪魔は自重しろ
自分は何故かチルノが一番印象的でした。
誤字報告 Case2のレミィと咲夜の会話のシーンより、
>~魔術の実験でもしてらっしゃるのではないでしょうか。」
最後の“。”が余分ですかね。
妖精に相談に乗ってもらう魔女というのは新鮮でよかったと思います。
霊夢は犠牲になったのだ…尺の都合という犠牲にな…
紅魔勢が連敗していき、これは大穴の霊夢さんワンチャンあるかと思ってたら後書きでワロタw アリスは早く紅魔館に移住してあげるべきそうするべき
誤字・表現など微修正しました。
誤字報告とかを頂いても、今後は対応できません。サーセンwww
ただ、ここがよかった、ここがダメなどのアドバイス等はいただけたら非常に嬉しいです。
今後とも宜しくおねがいします。
これはあとがきに書くべき文章であった……orz