朝、起きたら尻尾が海老の天ぷらになっていた。
「紫様ッ!!」
必死の形相で屋敷中を駆けずり回り、縁側で小さなスキマを凝視する我が主――妖怪の賢者、八雲紫様に私は掴みかかった。式神としてあるまじき行為であるが、緊急事態なのだ、致し方なし。
しかし、そんな私の剣幕などまるで気にした風もなく、紫様は五月蝿そうにぱたぱたとこちらを手で払うような動きを見せた。
「いま忙しいのよ。あとになさい」
「……何を見ているんです?」
「霊夢の卵焼き。ガードが固くてなかなか取れないのよ」
つまみ食いですか。
「そんなことより! 聞いてください! というか見てくださいッ!」
「……もう、しょうがないわね。いったい何の、さわ、ぎ……」
ようやくこちらを見た紫様は、私の尻尾を見て唖然とした。
しかし、だがしかしである。
「紫様、私の身体に何かしませんでしたか?」
この人は私の――八雲藍の式を設計した張本人なのだ。こんな肉体の変容、この御方以外にできるわけがない。
「あー、いや……あれじゃないわよね……? だって、ほら、全然関係ないところだったし、ね。うん」
案の定、紫様は明後日のほうを向いてぶつぶつと何事か呟いている。
「何かしたんですね?」
「……ええ。昨日、貴女の式神としての能力を向上させる良い方法を思いついてね。夜のうちに式に組み込んだわ。実感がわかないかしら?」
「実務に臨んでみないと、なんともですね。それに、いまはそれよりも圧倒的な異変が起きていますから」
私は身体を捻ってがさりと紫様に尻尾を見せる。……否、“尻尾だったもの”を、だ。
臀部から花弁のように広がるそれは、いつもの九尾ではなく。
漂う香りは香ばしく、きつね色の衣に包まれたそれは、紛れもなく海老の天ぷらだった。
私は九本の海老天をがさがさと揺らしながら、半眼で紫様に問いかける。
「紫様、やらかしましたね?」
「…………あ、あらァ、随分と美味しそうになったわね」
「声が裏返ってますよ」
「そォんなことないわよ?」
紫様は懐から取り出した扇子をぱっと広げてぱたぱた。目が泳いでいる。
「馬鹿ね、藍。私が何の理由もなく尻尾を海老天に差し替えるわけないじゃない」
「と、言いますと……?」
「……仕様よ」
「バグなんですね?」
「ち、違うわよ!」
言うに事欠いて「仕様です」ときたものだ。残念ながら私は、そう言えば納得してくれる頭の悪いクライアントではない。そんな言い訳で押し切れると思ったら大間違いですよ、紫様。
「はいはい。なんでもいいですから、早く元に戻してくださいね」
「嫌よ! せっかく組んだのに!」
しまった。意地を張り始めてしまった。
「いえ、ですがね」
「いいじゃない海老天! 藍も好きでしょ!?」
「好きですけど、尻尾にしたいほどではありません」
「あー、ほら、あれよあれ! 遭難した時もこれで安心よ!?」
「腹を膨らませても、妖怪には大して意味がないでしょう」
取り分け私は式であるゆえ、空腹を満たすには胃袋にものを入れるよりも、妖力の供給を受けることのほうが好ましいのだ。
「それ以前に、遭難する理由があるとすれば、それはこの海老天ですよ」
「……なんで?」
「これ、なんだかずっと温かさを保っているんですよね、私の妖力を勝手に使って!」
「いいじゃない。いつでもあつあつを食べられるなんて」
「やかましいですよ! それに、歩くたびに海老天同士が擦れて天かすがこぼれるんですよ!」
「いいじゃない。ヘンゼルとグレーテル的な」
「そんな脂っこい道しるべいりませんよ! それよりも! 天かすがこぼれるたびに、削れた部分が自動的に再生するのはどういうことですか!? しかも私の妖力を勝手に使って!」
「造形は大事よね」
「やかましいですよ! 私いま、歩くだけで妖力がゴリゴリ削られているんですよ!? しかも床に天かすをこぼしながら!」
「ヘンゼ」
「それはもう結構です。このままだと、うちは一日も経たない間に天かすまみれですよ」
「う。」
さすがにそれは嫌だったのか、紫様はうめき声をあげて言葉を詰まらせた。よし、いまのうちに畳み掛けて、さっさと直していただこう。
と、
「紫様、藍様、おはようございます!」
背後から聞こえた元気の良い声にがさりと――ほらまた天かすがこぼれた――振り向けば、化け猫の少女――私の可愛い可愛い式である橙が立っていた。
「ああ、おはよう、橙」
「口論になっているようですけど、朝からどうしたんですか?……えっ」
近くまで寄ってきた橙は、私の臀部を見て唖然とした。そうだよな。そうなるよなァ……
ああ、できれば橙には見られたくなかった。こんな、尻尾が海老天になっている姿など。
「あ、あのな、橙、安心しなさい。すぐに直させるから、な?」
「どうかしら、橙? 美味しそうでしょ?」
「紫様、ちょっと黙っててください」
「ら、藍様……」
「ああ、そうだな油っこいよな。すまない、少し離れていなさい。すぐに――」
「ご無礼をお許しくださいっ!」
「え?」
言うなり、橙は私の背後に回りこむと、九本の海老天、その一本に食らいついた!
「いだだだだ!? 橙、やめなさい! 神経! 神経通ってるからこれッ!」
「えっ、ええ!?」
慌てて橙は海老天から口を離し、私は地面に膝をついた。日ごろの鍛錬の賜物だろうか、良い食いつきだった……
「紫様、なんで神経が通ってるんですか……!?」
「そりゃあ、尻尾だもの」
「でも海老天ですよ!?」
「それより橙。お味はどうかしら?」
橙は申し訳なさそうにもぐもぐと咀嚼を続け――あ、本当だ、ちょっと食い千切られてる……――こくんと飲み込むと、
「とても……美味しいです」
頬を緩ませて答えた。その回答はいけない!
振り向けば、紫様が開いた扇子を大仰に振って高らかに言う。
「橙! 台所から大皿と塩、それと天つゆを持ってきなさい!」
ほらこうなった!
「はい! ただいま!」
「あっ、こら橙、待ちなさぶっ!?」
慌てて橙を追おうとしたが、何かに足を取られて地面に顔を打ち付けてしまった。がさがさと頭に天かすが降り注ぐ。
鼻を押さえながら足元を見ると、右足がスキマにすっぽりとはまっていた。しかも、しっかり固定されているようでまったく動かせない!
と、その隙に紫様は私の背後に立って。
「ちょっと失礼」
橙が食い千切った跡が残っている海老天を掴んだ。
そして、
「え、ちょっと待ってくだ――」
「ふんっ!」
思い切り引っこ抜いた。
「あだぁ!!」
激痛にのた打ち回る私をよそに、折りよく橙が持ってきた大皿に海老天を乗せた紫様は、丁寧に塩をまぶすと、
「あら、こうすると本当に元の尻尾みたいね」
などと笑いながら、先がほんのりと白くなった海老天に大口を開けてかぶりついた。
八尾となった私は、地に突っ伏したまま恨めしげに主を見上げるが、当の紫様は頬に手をあて舌鼓。
「あらあらあらあら……。衣はサクサク、中はふんわり。美味しゅうございますわ」
「紫様……」
「さすが私。完璧な出来ね」
あくまでもバグではないと、仕様だと言い切りたいようである。
「橙、次は天つゆで頂きましょうか」
「はい」
というか橙よ。主の尻尾を――いや、いまは海老天だが……とにかく、そんなに美味しそうに食べるんじゃない。
私の思いが通じたのか、こちらの視線に気付いたからか、橙は私のほうを見ながら紫様の袖を引く。
「紫様、紫様」
「なあに、橙?」
「藍様にも海老天を」
違う、そうじゃない。
「ああ、藍はいいのよ。いつでも食べられるから」
「では、私の尻尾も何かの食べ物に」
何故ッ!?
「海老天だけでは飽きてしまうでしょう。ですから私も」
嗚呼、橙……なんてできた式なんだ。私は嬉しいよ。だが違う、そういうことではないんだよ、橙……
ほら、紫様が下卑た笑みを浮かべてらっしゃるじゃないか。
「そうね……色合いから見て、チョコバナナにでもしてみましょうか。少し短くなってしまうけれど」
「チョコバナナ! いいですね!」
「そう、チョコバナナ」
「……」
「チョコバナナ」
「なんでこっちを見て言うんですか。というか、そんなわけの分からない改造しないでくださいよ。橙は私の式なんですから」
「あら、藍は食べたくないの? 橙のチョコバナナ」
「……その言い方はやめていただけませんか」
「橙の、美味しい、オイシイ、チョコバナナ」
「やめて!!」
さあ、そろそろ堪忍袋の緒が切れたぞ。
「紫様……もう、謝っても許しませんからね……!」
「あらぁ? 主に刃向かおうというのかしら?」
紫様の嘲笑を無視して、私は妖力を振り絞った。右足に食らいついているスキマを無理やり外して立ち上がる。ちなみに、妖力を高めた影響か、臀部から新たに九本目の海老天が生えてきた。
「橙、お前は迷い家へ行きなさい」
「え?」
「いいから、早く行きなさい」
「は、はい……」
橙にはこの場を去ってもらい、これで準備は完了した。
そして私は紫様に背を向け、肩越しに微笑んで、
「紫様」
「なに?」
「後片付け、宜しくお願いしますね」
縁側を全速力で駆け出した。
「えっ」
臀部から生える九本の海老天が互いにぶつかり合い、激しく天かすを撒き散らした。しかし、それに構わず私は屋敷中を走り回った。
「あ! ちょっと藍! 待ちなさい!」
私の意図に気付いた藍様が慌てて追ってくるが、もう遅い。私は縁側を駆け、居間を駆け、紫様の寝室を駆け……さすがに自室と橙の部屋は避けた。
がしゃがしゃと海老天が悲鳴を上げ、天かすが辺りに飛び散る。
「藍! やめなさい!」
紫様の怒声が聞こえたが、甘い!
直後、足元にスキマが現れたが私はギリギリのところで宙に浮いて回避する。これでも幾百年と紫様の式神を勤めてきたのだ。いかに掴みどころのない主と言えど、多少なりともパターンは読める!
足元は回避した。となれば次は……
「藍!」
眼前にスキマ! だがこれも予想通り! 私はくるりと身を捻ってスキマへの突入を回避した。大方、スキマの中に閉じ込めておしおきでもしようと思ったのだろうが、そうは問屋がおろさない。
しかし、こうも上手く避けられるとは思っていなかったが。
「紫様! 確かに改良は効果があったようです! いつもより身体が軽いですよ!」
「ら、藍!」
スキマが開く。私はそれを回避する。
こうして回避行動をするたびにも、海老天は暴れ、屋敷に天かすが散らばっていく。これは掃除が大変そうだな。
だがそれは私の仕事ではない。私はいま、まさに身を削っているのだ。このまま走り続ければ、天かすを落とし続ければ、いずれ妖力は尽き、私は動けなくなるだろう。最悪、式が剥がれてしまうかもしれない。そうなれば、ここを掃除するものはただひとり!
「私が動けない間、屋敷の家事は任せましたよ!」
「やめて! 藍! 私が悪かったから!」
もはや涙目の紫様が展開するスキマをのらりくらりと回避しながら、私は妖力が尽きて倒れるまで走り続けた。
…………
目覚めた時、私の尻尾は元の九尾に戻っていた。紫様も自身のミスを認めてくださったので、私の行動は無駄に終わらずに済んだと言える。屋敷の掃除は紫様がしてくれたようだが、完璧ではなかったため、結局は私がすることになった。が、まあ、それはいい。
ミスを認めることは、大切なことである。致命的なミスほど、無理に取り繕うとすれば、後々苦労するのは自分なのだから――
…………
後日、式の能力向上の妙案を思いついた私は、さっそく橙の式に適用してみた。結果、尻尾がチョコバナナになった。
尻尾の復旧にかかった三日間、紫様に煽られ続けたことは言うまでもない。
了
「紫様ッ!!」
必死の形相で屋敷中を駆けずり回り、縁側で小さなスキマを凝視する我が主――妖怪の賢者、八雲紫様に私は掴みかかった。式神としてあるまじき行為であるが、緊急事態なのだ、致し方なし。
しかし、そんな私の剣幕などまるで気にした風もなく、紫様は五月蝿そうにぱたぱたとこちらを手で払うような動きを見せた。
「いま忙しいのよ。あとになさい」
「……何を見ているんです?」
「霊夢の卵焼き。ガードが固くてなかなか取れないのよ」
つまみ食いですか。
「そんなことより! 聞いてください! というか見てくださいッ!」
「……もう、しょうがないわね。いったい何の、さわ、ぎ……」
ようやくこちらを見た紫様は、私の尻尾を見て唖然とした。
しかし、だがしかしである。
「紫様、私の身体に何かしませんでしたか?」
この人は私の――八雲藍の式を設計した張本人なのだ。こんな肉体の変容、この御方以外にできるわけがない。
「あー、いや……あれじゃないわよね……? だって、ほら、全然関係ないところだったし、ね。うん」
案の定、紫様は明後日のほうを向いてぶつぶつと何事か呟いている。
「何かしたんですね?」
「……ええ。昨日、貴女の式神としての能力を向上させる良い方法を思いついてね。夜のうちに式に組み込んだわ。実感がわかないかしら?」
「実務に臨んでみないと、なんともですね。それに、いまはそれよりも圧倒的な異変が起きていますから」
私は身体を捻ってがさりと紫様に尻尾を見せる。……否、“尻尾だったもの”を、だ。
臀部から花弁のように広がるそれは、いつもの九尾ではなく。
漂う香りは香ばしく、きつね色の衣に包まれたそれは、紛れもなく海老の天ぷらだった。
私は九本の海老天をがさがさと揺らしながら、半眼で紫様に問いかける。
「紫様、やらかしましたね?」
「…………あ、あらァ、随分と美味しそうになったわね」
「声が裏返ってますよ」
「そォんなことないわよ?」
紫様は懐から取り出した扇子をぱっと広げてぱたぱた。目が泳いでいる。
「馬鹿ね、藍。私が何の理由もなく尻尾を海老天に差し替えるわけないじゃない」
「と、言いますと……?」
「……仕様よ」
「バグなんですね?」
「ち、違うわよ!」
言うに事欠いて「仕様です」ときたものだ。残念ながら私は、そう言えば納得してくれる頭の悪いクライアントではない。そんな言い訳で押し切れると思ったら大間違いですよ、紫様。
「はいはい。なんでもいいですから、早く元に戻してくださいね」
「嫌よ! せっかく組んだのに!」
しまった。意地を張り始めてしまった。
「いえ、ですがね」
「いいじゃない海老天! 藍も好きでしょ!?」
「好きですけど、尻尾にしたいほどではありません」
「あー、ほら、あれよあれ! 遭難した時もこれで安心よ!?」
「腹を膨らませても、妖怪には大して意味がないでしょう」
取り分け私は式であるゆえ、空腹を満たすには胃袋にものを入れるよりも、妖力の供給を受けることのほうが好ましいのだ。
「それ以前に、遭難する理由があるとすれば、それはこの海老天ですよ」
「……なんで?」
「これ、なんだかずっと温かさを保っているんですよね、私の妖力を勝手に使って!」
「いいじゃない。いつでもあつあつを食べられるなんて」
「やかましいですよ! それに、歩くたびに海老天同士が擦れて天かすがこぼれるんですよ!」
「いいじゃない。ヘンゼルとグレーテル的な」
「そんな脂っこい道しるべいりませんよ! それよりも! 天かすがこぼれるたびに、削れた部分が自動的に再生するのはどういうことですか!? しかも私の妖力を勝手に使って!」
「造形は大事よね」
「やかましいですよ! 私いま、歩くだけで妖力がゴリゴリ削られているんですよ!? しかも床に天かすをこぼしながら!」
「ヘンゼ」
「それはもう結構です。このままだと、うちは一日も経たない間に天かすまみれですよ」
「う。」
さすがにそれは嫌だったのか、紫様はうめき声をあげて言葉を詰まらせた。よし、いまのうちに畳み掛けて、さっさと直していただこう。
と、
「紫様、藍様、おはようございます!」
背後から聞こえた元気の良い声にがさりと――ほらまた天かすがこぼれた――振り向けば、化け猫の少女――私の可愛い可愛い式である橙が立っていた。
「ああ、おはよう、橙」
「口論になっているようですけど、朝からどうしたんですか?……えっ」
近くまで寄ってきた橙は、私の臀部を見て唖然とした。そうだよな。そうなるよなァ……
ああ、できれば橙には見られたくなかった。こんな、尻尾が海老天になっている姿など。
「あ、あのな、橙、安心しなさい。すぐに直させるから、な?」
「どうかしら、橙? 美味しそうでしょ?」
「紫様、ちょっと黙っててください」
「ら、藍様……」
「ああ、そうだな油っこいよな。すまない、少し離れていなさい。すぐに――」
「ご無礼をお許しくださいっ!」
「え?」
言うなり、橙は私の背後に回りこむと、九本の海老天、その一本に食らいついた!
「いだだだだ!? 橙、やめなさい! 神経! 神経通ってるからこれッ!」
「えっ、ええ!?」
慌てて橙は海老天から口を離し、私は地面に膝をついた。日ごろの鍛錬の賜物だろうか、良い食いつきだった……
「紫様、なんで神経が通ってるんですか……!?」
「そりゃあ、尻尾だもの」
「でも海老天ですよ!?」
「それより橙。お味はどうかしら?」
橙は申し訳なさそうにもぐもぐと咀嚼を続け――あ、本当だ、ちょっと食い千切られてる……――こくんと飲み込むと、
「とても……美味しいです」
頬を緩ませて答えた。その回答はいけない!
振り向けば、紫様が開いた扇子を大仰に振って高らかに言う。
「橙! 台所から大皿と塩、それと天つゆを持ってきなさい!」
ほらこうなった!
「はい! ただいま!」
「あっ、こら橙、待ちなさぶっ!?」
慌てて橙を追おうとしたが、何かに足を取られて地面に顔を打ち付けてしまった。がさがさと頭に天かすが降り注ぐ。
鼻を押さえながら足元を見ると、右足がスキマにすっぽりとはまっていた。しかも、しっかり固定されているようでまったく動かせない!
と、その隙に紫様は私の背後に立って。
「ちょっと失礼」
橙が食い千切った跡が残っている海老天を掴んだ。
そして、
「え、ちょっと待ってくだ――」
「ふんっ!」
思い切り引っこ抜いた。
「あだぁ!!」
激痛にのた打ち回る私をよそに、折りよく橙が持ってきた大皿に海老天を乗せた紫様は、丁寧に塩をまぶすと、
「あら、こうすると本当に元の尻尾みたいね」
などと笑いながら、先がほんのりと白くなった海老天に大口を開けてかぶりついた。
八尾となった私は、地に突っ伏したまま恨めしげに主を見上げるが、当の紫様は頬に手をあて舌鼓。
「あらあらあらあら……。衣はサクサク、中はふんわり。美味しゅうございますわ」
「紫様……」
「さすが私。完璧な出来ね」
あくまでもバグではないと、仕様だと言い切りたいようである。
「橙、次は天つゆで頂きましょうか」
「はい」
というか橙よ。主の尻尾を――いや、いまは海老天だが……とにかく、そんなに美味しそうに食べるんじゃない。
私の思いが通じたのか、こちらの視線に気付いたからか、橙は私のほうを見ながら紫様の袖を引く。
「紫様、紫様」
「なあに、橙?」
「藍様にも海老天を」
違う、そうじゃない。
「ああ、藍はいいのよ。いつでも食べられるから」
「では、私の尻尾も何かの食べ物に」
何故ッ!?
「海老天だけでは飽きてしまうでしょう。ですから私も」
嗚呼、橙……なんてできた式なんだ。私は嬉しいよ。だが違う、そういうことではないんだよ、橙……
ほら、紫様が下卑た笑みを浮かべてらっしゃるじゃないか。
「そうね……色合いから見て、チョコバナナにでもしてみましょうか。少し短くなってしまうけれど」
「チョコバナナ! いいですね!」
「そう、チョコバナナ」
「……」
「チョコバナナ」
「なんでこっちを見て言うんですか。というか、そんなわけの分からない改造しないでくださいよ。橙は私の式なんですから」
「あら、藍は食べたくないの? 橙のチョコバナナ」
「……その言い方はやめていただけませんか」
「橙の、美味しい、オイシイ、チョコバナナ」
「やめて!!」
さあ、そろそろ堪忍袋の緒が切れたぞ。
「紫様……もう、謝っても許しませんからね……!」
「あらぁ? 主に刃向かおうというのかしら?」
紫様の嘲笑を無視して、私は妖力を振り絞った。右足に食らいついているスキマを無理やり外して立ち上がる。ちなみに、妖力を高めた影響か、臀部から新たに九本目の海老天が生えてきた。
「橙、お前は迷い家へ行きなさい」
「え?」
「いいから、早く行きなさい」
「は、はい……」
橙にはこの場を去ってもらい、これで準備は完了した。
そして私は紫様に背を向け、肩越しに微笑んで、
「紫様」
「なに?」
「後片付け、宜しくお願いしますね」
縁側を全速力で駆け出した。
「えっ」
臀部から生える九本の海老天が互いにぶつかり合い、激しく天かすを撒き散らした。しかし、それに構わず私は屋敷中を走り回った。
「あ! ちょっと藍! 待ちなさい!」
私の意図に気付いた藍様が慌てて追ってくるが、もう遅い。私は縁側を駆け、居間を駆け、紫様の寝室を駆け……さすがに自室と橙の部屋は避けた。
がしゃがしゃと海老天が悲鳴を上げ、天かすが辺りに飛び散る。
「藍! やめなさい!」
紫様の怒声が聞こえたが、甘い!
直後、足元にスキマが現れたが私はギリギリのところで宙に浮いて回避する。これでも幾百年と紫様の式神を勤めてきたのだ。いかに掴みどころのない主と言えど、多少なりともパターンは読める!
足元は回避した。となれば次は……
「藍!」
眼前にスキマ! だがこれも予想通り! 私はくるりと身を捻ってスキマへの突入を回避した。大方、スキマの中に閉じ込めておしおきでもしようと思ったのだろうが、そうは問屋がおろさない。
しかし、こうも上手く避けられるとは思っていなかったが。
「紫様! 確かに改良は効果があったようです! いつもより身体が軽いですよ!」
「ら、藍!」
スキマが開く。私はそれを回避する。
こうして回避行動をするたびにも、海老天は暴れ、屋敷に天かすが散らばっていく。これは掃除が大変そうだな。
だがそれは私の仕事ではない。私はいま、まさに身を削っているのだ。このまま走り続ければ、天かすを落とし続ければ、いずれ妖力は尽き、私は動けなくなるだろう。最悪、式が剥がれてしまうかもしれない。そうなれば、ここを掃除するものはただひとり!
「私が動けない間、屋敷の家事は任せましたよ!」
「やめて! 藍! 私が悪かったから!」
もはや涙目の紫様が展開するスキマをのらりくらりと回避しながら、私は妖力が尽きて倒れるまで走り続けた。
…………
目覚めた時、私の尻尾は元の九尾に戻っていた。紫様も自身のミスを認めてくださったので、私の行動は無駄に終わらずに済んだと言える。屋敷の掃除は紫様がしてくれたようだが、完璧ではなかったため、結局は私がすることになった。が、まあ、それはいい。
ミスを認めることは、大切なことである。致命的なミスほど、無理に取り繕うとすれば、後々苦労するのは自分なのだから――
…………
後日、式の能力向上の妙案を思いついた私は、さっそく橙の式に適用してみた。結果、尻尾がチョコバナナになった。
尻尾の復旧にかかった三日間、紫様に煽られ続けたことは言うまでもない。
了
こういう作品は大好きですw
藍様の海老天食べてみたいかも
アイデアがよく練ってあってアホらしい作品は大好きです
ところで橙のその後の話はまだなんですかね?
天かすポロポロとか掃除大変だよ!
それにしても常駐して力を喰いまくるビジュアル重視の機能とか、マジで勘弁していただきたいw
そしてなぜそのコメを作品に…w
涙目で追いかける紫様が天カスでギトギトになった廊下で盛大に滑ってる様子が目に浮かぶww
しかし自分のチョコバナナをぺろぺろする橙とかなんというエロさだ……
ていうかあなたナニ書いてるんですかww
※コメをした者です。天丼と藍様がいろいろと美味しそうだったので仕方ありませんでした。
焦るんじゃない 俺は腹が減っているだけなんだ
というか大切な尻尾食べないであげてw
勢いって大事ですよね。特にこの手の作品だと。
有無を言わさぬ展開が素敵です。ちょっと先が読めてしまう点がもったいなかったかもしれません。
あと勝手に1番目のコメントは評価したいです
しかし個人的には藍の海老天を食べた橙が海原雄山ばりに怒鳴り込んでくる演出をした方が……ないな。
面白かったです。
だけど、嫌いじゃないぜそういうの!ひゃっほう!