この話は、拙作、「ヤクモラン」から続く、「幽香が咲かせ、幻想の花」シリーズの設定を用いています。
ですが、幽香が幻想郷の人物をモチーフにして植物を創っている、とういことを許容していただければ問題ありません。
いいよ、気にしないよ、という方は、本文をお楽しみください。
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「まっかだなぁ、まっかだなぁ、つたぁのはっぱがまっかだなぁ―――」
久しぶりに人里に下りて来てみたけれど、山の景色に負けず劣らず、見事な秋の装いを見せている。幻想郷の秋を司る身としては、自然と気分が良くなって、思わず歌を口ずさんでしまう。
「もみじのはっぱも――― あら?」
寺子屋の裏手には、もみじの老木が一本立っている。……はずだった。そのもみじは、年老いていながらも、毎年この時期になると綺麗に紅く色付き、知る人ぞ知る隠れた紅葉狩りスポットになっていたのだ。私も、その紅葉を楽しみにしている者の中の一人だったのだが、その老木があるはずの場所には、人が一人、良くて二人くらいが座れる程度の切り株があるだけだった。
「あのもみじの木、無くなっちゃったの?」
もう、あの見事な紅葉も見れないのだという寂しさが半分と、もう半分、実はこちらの方が重要だったりもするのだが、おそらくは、今年からはあの光景も見れなくなるのだろうという残念な思いが、私に声を出させていた。
誰に尋ねるともなく呟いた問いかけに、応えが返ってきた。
「残念なことですが、もう、寿命を迎えたのです。里の植物医と相談して、切り倒しました。」
背後からの声に振り向くと、寺子屋の先生をやっている慧音の姿があった。
「お久しぶりです、静葉様。」
「お久しぶり。毎年、楽しみにしてたんだけどねぇ。楽しみが一つ減っちゃった。」
「紅葉の神様に目をかけていただいて、彼の老木も光栄だったでしょう。鮮やかに色付く紅葉は、私も楽しみにしていたものでしたから。」
「んん、それもあるけれど、どちらかというと、もう一つの方が気になるんだよね。今年は、アレ、やってる様子は無いの?」
「アレ? あぁ、アレですか。幸か不幸か、まだ続いているようです。……静葉様、少し身を隠しましょう。ちょうど良いタイミングで、アレが見れますよ。」
慧音が小声で耳打ちし、足早に物陰に隠れる。私も、慧音の隣に身をひそませた。
私たちが息をひそめて間もなく、一人の女の子が切り株に近付いてきた。周囲を見回しているところを見ると誰かを探しているようだったが、目的の相手はいなかったようで、ちょこんと切り株の上に腰をおろした。顔を俯かせて、少しだけ頬を紅く染めている。
「ほうほう、伝説のもみじの木の風習は、受け継がれてるみたいだね。」
「えぇ。いつのころからか、寺子屋の裏にあるもみじの木の下で思いを告げると成就する、なんて話が子どもたちの中で広まったようで、そのせいか、木を切ると決まった時は、子どもたちからは猛反対を受けました。」
「いいことじゃない。いいねぇ、若いってのは。初心な様子は見ていて飽きないよ。」
「そんな…… そ、そもそも、寺子屋の生徒くらいの子にはまだ早すぎます。もう少し、節度というものをわきまえられる年頃になってからでないと。」
「おや? じゃあ、つかぬことを聞くけど、慧音先生? 先生くらいになれば、堂々と思いを告げられる、ということかな? もしや、木を切ってしまった事を一番残念に思ってるのは、けいぇぁっ!?」
言葉を言い切るのを待たずに、慧音から頭突きが飛んできた。神様相手に容赦がないとは思ったが、私の方も少し言いすぎたと思う。ふらふらする頭を片手で押さえながら、もう片方の手でごめんごめんとアピールする。被っている帽子を整えながら慧音が応える。
「いくら神様でも、おふざけがすぎますよ。ほら、そうしてる間に、相手の子が来たようです。」
切り株の方を見ると、女の子が顔をあげて笑顔を浮かべていた。やってきた男の子の方は、やはり照れているのか、ぎこちない仕草で女の子の所へ近付いていく。女の子が立ちあがり、男の子と1、2歩くらいの距離を開けて向かい合った。
一瞬、視線があってしまったのだろうか、二人が慌てて顔を背ける。その状態のまま、女の子の方が、何かを呟くように口を動かした。そして、しばらくの間、静寂が訪れ……
男の子の方が、ぼそっと何かを呟いたようなしぐさを見せると、逃げるようにその場から走り去ってしまった。残された女の子の方はと言うと、何かを言いたげに手を伸ばしたものの、すぐに力なくその手を降ろして俯いてしまった。
「……あらら、これは、もしかして―――」
「先程、私が幸か不幸かと言ったのは、これが原因なのです。もみじの木があった頃は、不思議に思うくらい想いは成就していたようなのですが、今年はというと、このような結果になることが多いみたいで……」
「うむむ……」
伝説のもみじの木、そのものに力があったかどうかは知る由もない。それでも、たかだか木が一本無くなったくらいで、伝説が廃れていいと言えるだろうか。
「……決めた!」
突然大きな声をあげて立ちあがった私に驚いたのだろう。慧音が目を丸くして私を見上げている。
「と、突然どうしたのですか?」
「新しいもみじの木を植えましょう。そして、伝説のもみじの木を復活させるの。正確には、二代目襲名ってことになるんだろうけど、細かいことは気にしない。」
それじゃ、行ってくるわ。と告げて、私は空に舞い上がった。一緒に舞い上がる木の葉が無くて、どことなく寂しい思いを感じる。
空の上から例の女の子の方を見ると、顔を俯かせているせいで、地面にぽろぽろと涙がこぼれ落ちていた。人ごとだとはいっても、悲しそうな雰囲気を漂わせているのを放っておくのは、あまり気持ちのいいものではない。もやもやしたものを抱えながら、私は太陽の畑に向かった。
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「たのもーっ!」
太陽の畑の中に建つ一軒家。その玄関の前で声を張り上げる。次の瞬間、私の視界は白く染まった。気が付くと、私は仰向けに地面に倒れており、どーん、どーん、という音が、頭の中で反響していた。
「……あら、誰もいないじゃないの。妖精の悪戯かしら。」
気だるそうな声を聞き、私は身を起こす。
「だれが、妖精、ですって?」
「ふぅん、結構丈夫じゃないの。さすがは神の端くれっていうところかしら。」
「端くれとはなによ。だいたい、来客に対してレーザーぶっぱとか、常識外れもいいところよ。」
「喧嘩を売りに来た相手に対して、先制攻撃を仕掛けることは、それほど常識外れではない気がするけれど。……で? まだ、やる?」
玄関の奥には、日傘をさして笑みを浮かべる幽香の姿が見える。もっとも、玄関などという障壁は、さっきの一撃で跡かたもなく吹き飛んだのだが。
「そっちが来ないなら、今度は私が―――」
「いやいやいや、今度はって言うけれど、私は一度も手を出してないし。そもそも喧嘩を売りに来たわけじゃないから。だから、お願いだから、その傘をこちらにむけるのはやめて。ほんと、エネルギー充填とか勘弁して下さい、お願いします。」
キュインキュインという第二射目のチャージ音が止み、私はほっと胸をなでおろす。とりあえず、すぐに用件を告げないと自分の身が危険だ。
「喧嘩を売りに来たのでないなら、何のために来たのよ。」
「率直に言うわ。あなたの力で、木を一本立ててほしいの。鮮やかに紅く色付く紅葉の木。あなたの力を持ってすれば、簡単なことでしょう?」
すると、幽香は訝しげな表情を向けてきた。
「どうして?」
幽香の言葉に、私は目を丸くする。
「どうして、って、どういうこと?」
「どうして、私があなたの言うことを聞かないといけないの? 私だって暇じゃないのよ。わざわざあなたの為に時間を割くなんてことは、それなりの対価が無い限りは御断りよ。」
さすがに一筋縄ではいかない。改めて考えれば、幽香程の妖怪がそんな簡単に頼みごとを聞いてくれるわけがないのだ。
どうすればいい? 力づくで言うことを聞かせるなんて論外だ。かといって、対価? 対価と言われても、何を取引のネタにすればいい? いろいろと考えた末、私は苦肉の策と言うべき行動をとることにした。
まず、近くにあった落ち葉を手に取り、静かに呟く。
「神の力を侮らないで…… 見せてあげるわ。」
思いがけない行動だったのか、さすがの幽香も身がまえたようだ。すかさず、わたしは落ち葉を突きつけて、叫ぶ。
「本当の紅葉は、こうよう!」
……周囲の空気感なんて関係ない。たとえ、この場だけ、冬の気候を先取りしていようが関係ない。そもそも、手に取った落ち葉はひまわりの葉であり、紅葉などするわけがない。しかし、ここで怯んでは私の負けだ。たたみかけるように、私は言葉を紡ぐ。
「……も、もっと、あかいもみじは、あっかい? ……も、もう、みじかいわよ。このもみじの木の枝は。……ま、まともなカエデを買えって、言ったじゃ―――」
言い終わる前に第二射目を頂きました、本当にありがとうございます。……だれだ? 幽香に取り入る唯一の方法は、ダジャレを言うことだって言いふらした奴は。ただでさえ手をつけられない相手を怒らせてしまった。慧音にどう伝えようかと考えていると、幽香が何かを呟いているのが聞こえてきた。
「……怖い。」
私の聞き間違いだろう。あの幽香が怖れるものなど、あるはずがない。ダメージが大きくて力が思ったように入らない中、私はよろよろと、体を起こす。
「あぁ、焼き芋が怖いわぁ……」
ようやく起き上がったのに、膝から崩れるように倒れこんでしまった。それは怖いとは言わない。むしろ、押すなよ、押すなよ、の意志を伝えているということだ。……ということは、これは、つまり、対価の要求ということだろうか。
「あ、あの、つまりは、焼き芋を御所望ということで?」
「私は焼き芋が怖いって言ってるの。……もう、そんなこと言うから、熱いお茶も怖くなってきたじゃないの。あぁ、怖い怖い。」
「……わかりましたよ。私がそいつらを退治して身ぐるみを差し出せばいいということでしょう。」
すると、幽香はにっこりと笑顔を見せてくる。悔しいが、これ以上墓穴を掘るような真似はしたくない。素直に要求に応えるのが最善の策だろう。
痛む身体に鞭打って、私は人里に向けて飛び立った。
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「焼き芋、よし。お茶、よし。これで、準備は整った。……あら、あの姿は?」
人里へのお使いの帰り道、空の上からなんとなく地上を見下ろした時、見覚えのある姿が目に入った。確か、寺子屋の裏手の一件で思いを散らした女の子ではなかったか。問題は、ここが人里の外だということだ。まだ日が高いとはいえ、人間の女の子の一人歩きは危険だろう。放っておくわけにもいかず、私は声をかけることにした。
「もしもし、こんなところに女の子が一人ぼっちなんて危ないよ。」
空から降りてきた相手に声をかけられたせいか、女の子は驚き身構える。しかし、すぐに強気な口調で答えを返してきた。
「……何よ。あなただって女の子でしょう? 空を飛べるってことはただの女の子じゃないんだろうけど、だからって、馬鹿にしないで。」
そう言って駆けだそうとしたようだったが、足がもつれて盛大に転倒している。なんとか自力で身を起こしたのも束の間、肩を震わせ、声をあげて泣き出してしまった。
そのまま見ているわけにもいかず、私は持っていた焼き芋の一つを半分に割って手渡した。立ち上る湯気と甘い香りに、油断していると涎が溢れてしまう。
「ほら、コレあげるから泣くのはやめな。せっかくのかわいい顔が台無しだよ。」
女の子は目元を拭いながら焼き芋を受け取る。私が道端の草むらに腰をおろして残った半分の焼き芋にかぶりつくと、女の子も真似をするように横に座って焼き芋を食べ始めた。
しばらく一緒になって食べていると、女の子が小さな声で呟いた。
「私、かわいくなんかない。」
「突然何を言い出すの? 私から見れば、あなたは充分かわいいと思うのだけど。」
「嘘。本当にかわいかったら、私、ふられたりしなかった。」
……自身があるのかないのだか。あえて言うならば、自信が無いところを気性でカバーしているというところだろう。ここは何も知らないふりをして、話を聞いてみることにしよう。
「ふられた、って、何があったの?」
「……伝説のもみじの木の話は知ってるでしょう? 私、今日、試してみたんだけど…… 駄目だったの。」
「……なんて言われたのか、聞いてもいい?」
「……お前の顔なんて、見たくない、って。」
改めて、その時の状況を思い返してみる。何かの言葉を呟いた後、男の子の方は逃げるように走り去って行った。たぶん、この時に、件の言葉をかけられたのだろう。しかし、その前の二人の反応はどうだったか。視線があっただけで互いに慌てるような仕草を見せていたはずだ。
「相手の子がその言葉を言った時、どんな顔をしてたか覚えてる?」
思い出させるのは辛いだろうが、大切なことなので問いかける。この質問の答えによっては、あるいは……
「どんなだったろう…… 俯いてたから、良く見えてなかった。でも、なんだか頬のあたりが紅くなってた、ような気がする。たぶん、私があんな事したから、怒らせちゃったんだ。」
答えを聞いて安心した。この子の想いは、このまま散らせてしまうには惜しい。
「……脈あり、ね。」
「え?」
「うん、やっぱり、あなた、かわいいわ。」
「そんなこと言って、また人のことをからかおうっていうの?」
「そんなつもりはないって。たぶん、相手の子は、あなたがかわいすぎて、上手く思いを受け止められなかったんじゃないかな。なんというか、好きな子ほどいじめたくなる、みたいなやつ。」
「なぁっ!?」
見る見るうちに、女の子の頬が紅く染まっていく。趣味が悪いと言われるかもしれないが、こういう初々しい反応を見るのは、なかなかに楽しい。こんな反応を見せられては、この子の想いを成就させるために、協力してやらないわけにはいかないだろう。
「今日の夕暮れ、もう一度、寺子屋の裏手に相手の子を誘って来なさい。そこにあるもみじの木の下で思いを告げれば、きっと相手に届くでしょう。」
「何を言ってるの? もみじの木は切られちゃって、もう無いじゃない。」
「私を信じて、言われた通りにしてみなさい。大丈夫、私は嘘をついたりはしないから。」
と言っても、演出の為の準備を整えるのはこれからだ。空へ舞い上がろうとした時、女の子から声をかけられた。
「待って! お姉ちゃん、名前はなんていうの?」
「……静葉。」
「静葉、って、まさか……!」
「早く人里に戻りな。この辺はまだ人里に近いけれど、危ないことには変わりないからね。」
茫然と立ち尽くす女の子を残し、周囲の落葉を御供につれて、私は飛び立った。
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太陽の畑に付くと、そこには異様な光景があった。一面に拡がるひまわりの花の中に、存在を主張するように一本のもみじの木がたっている。
「あら、遅かったのね。どこかで道草でも食ってたの?」
幽香に指定された品物を渡す。……焼き芋を一本横領したことを気づかれないかひやひやしていたが、よく考えると本数は指定されていない。きっと、大丈夫なはずだ。
「御苦労様。……ちょっと冷えてるけど、人里からは距離があるし、許容範囲ってことで許してあげるわ。」
「お気に行ってもらえたようでなにより…… ところで、幽香さん? 大切なことが抜けていたようなので、改めて依頼を確認したいのだけれども。」
「何よ。私は要求した対価を提供したわよ。」
「実は、もみじの木を立ててほしい場所は、ここじゃなくて、人里の寺子屋の裏なの。……あぁ、そんなにわかりやすく嫌そうな顔をしないで。用件を正しく伝えなかったことは私の不手際だから、謝るから。」
何やら考え込んでいる幽香に対して、必死で説得を試みる。それでも、幽香は私の言葉に耳を傾けている様子は無い。ここまでかと思った時、幽香が呟いた。
「寺子屋の裏…… そういうことだったのね。」
そして、幽香が両手でもみじの木をつかんだと思った次の瞬間―――
「そいやぁっ!」
地面が揺れるほどの衝撃と共に、もみじの木が根っこごと引き抜かれていた。幽香は涼しげな顔で、一本の大木を抱えている。
「行くわよ。」
そう言って、幽香はそのまま空へ飛び上がった。あまりの出来事に、私は口を開けてポカンとした表情のまま立ちつくしている。
「何やってるの? 早くしなさい。ついてこないなら置いていくわよ。」
「……は、はいぃっ!」
幽香の一言で気を取り直し、私も空へと飛び上がり、幽香の後についていった。
一本の大木を抱えたまま空を飛ぶ姿などを見られようものなら、人里を混乱させてしまうだろう。それなのに、幽香は躊躇なく人里へと入り込んでいった。そして、寺子屋の裏手に回ると、例の切り株があったところに、持ってきたもみじの木を突き刺した。
「せいやぁっ!」
「ゆ、幽香! いくらなんでもやり過ぎだって!」
周囲を揺らす衝撃に気づいて、誰かが来るかもしれない。できれば穏便に済ませたかっただけに、展開についていくのが精一杯だ。そして案の定、異変に気づいて駆け付けた者がいた。
「なんだ、今の振動は! ……お前は、幽香! それに、静葉様!? いったい、何が起きている?」
「久しぶりね、慧音。もみじの木を切るんだったら、私に一言相談してくれれば良かったのに。そうしたら、今回みたいな回りくどい話にはならなかったでしょうね。」
なぜ、寺子屋の裏にもみじがあった事を幽香が知っているのか。その事実も気になるが、それ以上にもみじの木が心配だ。あんな扱い方をして、無事でいられるとは思えない。もみじの木に駆け寄って手を触れる。
「幽香、扱いが雑すぎるって。……この子だって、痛がってる。」
「子どもたちに語り継がれていく木なんだから、これくらいの衝撃には耐えてくれないと困るわ。」
「語り継がれていくって、幽香、どこまで知ってるの?」
「……それは、私から話しましょう。静葉様。」
状況を理解したらしく、落ち着いた口調で慧音が説明を始めた。
「そもそも、伝説のもみじの木というのは、私が幽香に依頼して立ててもらった、何の変哲もないただのもみじだったのです。」
「そうだったの!? ……ってことは、やっぱり―――」
「本来の目的は教育の為です。季節の変化を身近に体験することで、子どもたちの情操教育に役立てようとしたのです。それが、いつの間にか伝説の木になってしまって……」
「いろんな意味で目立ってたからね。そういうものを、子どもが見逃すわけがないじゃない。モデルになった二人がいたのかもしれないし、誰かが冗談で言いだしたものが本当になったのかもしれない。いずれにしても、子ども達によって、ただのもみじの木は伝説の木になったってことよ。」
ただのもみじの木が、伝説の木になった。神である私が言うのもなんだけれど、信仰の力はそれほどに強力なものなのだろう。ただ、何の変哲もない木が信仰を受け続けるのは荷が重かった。
「……今度のもみじは、ちゃんと伝説になってくれるかな。」
「心配はいらないわよ。今回のもみじは普通のもみじとは違う。あなたを参考にして創ったものだからね。」
「私を、参考に?」
「少なくとも、丈夫さだけは申し分ないはずよ。身を持って体験したあなたなら、わかるでしょう?」
「……あぁ、なるほど。」
「静葉様、一体、幽香とはどんな話をしてきたのですか?」
慧音の問いかけに、私は苦笑いで応えた。確かに、丈夫さだけは保証できるだろう。そして、もう一つの心配の方なのだが―――
「―――みんな、隠れるよ。もうすぐ、伝説の第一号となる二人が来るはずだから。」
「もうすぐって、静葉様、何を?」
「言われた通りにしておきましょう。きっと、面白い光景がみられるのだろうから。」
そして、私達三人は物陰に隠れる。ちょうど日が沈みかけている頃で、夕陽を背に立つもみじの紅色が美しく見える。
しばらくすると、例の女の子が歩いて来るのが見えた。
「あの子は…… まさか、静葉様が?」
「さすがに、あのまま放っておくのはかわいそうだと思ってね。もう一度、機会を作ってあげようとしただけ。……私の見立てだと、きっと成功するはずだから。」
「そういうものでしょうか…… 一度は失敗しているのですよ。私たちはこの目で見ていたじゃないですか。」
「慧音…… あなたも、こういうの好きなんじゃない。」
「黙れ、幽香! あの時は、偶然、静葉様が……」
「しーっ、大きな声を出さない。……思うに、もみじの木は舞台装置の一つなんだよ。前回は、必要な舞台装置が欠けていたから失敗した。でも、今は全てがそろっている。だから、大丈夫。」
最後の大丈夫は、慧音へというより、むしろ自分に言い聞かせていた。これだけ大掛かりな準備と演出をしていながら失敗したなんて、目が当てられない。
女の子の方を見ると、目を丸くしてもみじを見上げていた。頬を紅潮させているのは、もみじに見惚れているせいだろうか。しばらく眺めていると、女の子は何かに気づいたらしく、後ろを振り返った。相手の男の子がやってきたようだ。
「へぇ、あれが相手の子か。ほっぺた真っ赤にしちゃって、初々しいわ。」
「そう言っても、一度は女の子の想いを振っちゃってるからね。初々しいというのが、そのまま通用するかはわからないなぁ。」
「ねぇ、あの二人、どんなこと言いあってるのかしらね?」
「幽香、いきなり何を言い出す。」
「……こんなところに呼びだすなんて、一体何のつもりだい? ……ほら、あなたは女の子の役!」
「え!? わ、私が!? ……ご、ごめんなさい。迷惑だったかしら? ……これでいいのかな。」
「静葉様まで! もう、勝手にしてください!」
慧音が怒ってしまったようだが、私では幽香の行為は止められない。否、幽香の行為に、私が巻き込まれているのだ。私や慧音の気持ちをそっちのけにして、幽香は話を進めていく。
「迷惑なんかじゃないさ。……それで、用件はなんだい?」
「……もう、わかってるんでしょう? もみじの木の下に呼びだしたんだったら、目的は一つしかないわ。」
「伝説のもみじ、か…… でも、あの木はもう、切られて無くなってる筈じゃなかったっけ?」
「それじゃあ、今、私たちの目の前にあるもみじの木は何?」
「それは……」
「私にも、どうしてなのかはわからない。でも、今、確かにもみじの木はあるの。伝説のもみじの木が、私を、いや、私達を祝福してくれてるって、そう思うのはいけないことかな?」
「そんなことを聞かれても、答えることなんて―――」
「だめ。ちゃんと答えて。私は、あなたへの想いを告げるわ。だから、逃げないで。私の目を見て、答えを聞かせて。」
「……」
「……」
「……」
「好き。これからも、ずっと一緒にいて。」
「……わかった。」
そして、幽香が私の身体を抱きしめてきた。突然の出来事に、私は困惑して手を振りほどこうとする。しかし、幽香の力が強いせいなのだろう。振りほどくことはできず、幽香のなすがままになっている。
「ちょっと、幽香! やり過ぎだって!」
「何言ってるの? あの二人だっていい雰囲気じゃないの。」
もみじの方を見ると、確かに幽香の言うとおり、いい感じで抱き合っているのが見えた。……いやいやいや、さすがにこれは慧音も黙ってはいないだろう。そう思って慧音の方を見てみると、顔を真っ赤にして呆然と立ち尽くしている姿が見えた。
「慧音!? 慧音、しっかりしなって! 子どもにはまだ早いって言ってたでしょう? もっと節度をわきまえられるような年頃になってからって、ねぇ、聞こえてるんだったら返事してよ!」
「……こら。人の腕の中で他の人の事を考えるのは、失礼なことじゃなくて?」
「幽香も幽香で、どこまでノリノリなんだよ! そこまで再現する必要はないでしょう? ……いや、なんで顔を近づけてるの? まって、それは、それだけは―――」
何が起ころうとしているのかを悟って、私は咄嗟に目を閉じる。しかし、いくら待っていても期待しているようなことは起こらない。いや、違う。期待しているなんてことはない。そうだ、期待ではなく、予測だ。困惑していたせいで、期待なんていう妙な感情を持ってしまったのだ。
それでも、あまりに時間が長すぎる。緊張していたせいで気づかなかったが、身体の拘束も解けている。恐る恐る目を開けてみると、少し離れたところに幽香が立っていた。
「幽香っ! 神をからかうなんて、この罰あたりがっ!」
「あら、ようやくお目覚め? それに、私はからかった覚えはないわよ。あなたがその気なら、そのまま―――」
「ひゃぁっ! な、何を言ってるの!」
「ふふふ、冗談が通じない神様ね。いや、どちらかというと、あっちの方が純粋なのかもしれないわね。」
幽香が視線を向けた先に目をやると、さっき見た時と同じ状態で慧音が固まっていた。
「慧音…… そこまでだったか……」
「今度の伝説の木は、前よりも力が強いかもしれないわね。それが吉と出るか、凶と出るか。」
「……まぁ、慧音の事はどうにかするとして―――」
私は周囲を見渡して、あの二人を探した。どうやら、悪いようにはならなかったらしい。仲良く寄り添って歩く、二人の姿を見つけることが出来たのだ。
「これにて、一件落着、かな。」
「……沈む夕日に、照らされて、真っ赤なほっぺたの、君と僕……」
「あら、幽香がその歌を知ってるなんて、なんか意外だね。」
「侮らないで。私だって、これくらいの教養はあるわよ。」
二人の姿を見てふと思う。夕陽、もみじ、それからほっぺた、一番鮮やかに紅く染まるのはどれだろう。紅葉を司る身としては、もみじの鮮やかさを譲るつもりはないのだけれど、今のような光景を見ていると、もしかしたらと思ってしまう。そもそも、三者は比較できるものではないのかもしれない。むしろ、相乗効果で、それらは一層鮮やかさを増すのだろう。
紅く色付くもみじの木の下で、私は新しい伝説の始まりの姿を見送った。
ですが、幽香が幻想郷の人物をモチーフにして植物を創っている、とういことを許容していただければ問題ありません。
いいよ、気にしないよ、という方は、本文をお楽しみください。
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「まっかだなぁ、まっかだなぁ、つたぁのはっぱがまっかだなぁ―――」
久しぶりに人里に下りて来てみたけれど、山の景色に負けず劣らず、見事な秋の装いを見せている。幻想郷の秋を司る身としては、自然と気分が良くなって、思わず歌を口ずさんでしまう。
「もみじのはっぱも――― あら?」
寺子屋の裏手には、もみじの老木が一本立っている。……はずだった。そのもみじは、年老いていながらも、毎年この時期になると綺麗に紅く色付き、知る人ぞ知る隠れた紅葉狩りスポットになっていたのだ。私も、その紅葉を楽しみにしている者の中の一人だったのだが、その老木があるはずの場所には、人が一人、良くて二人くらいが座れる程度の切り株があるだけだった。
「あのもみじの木、無くなっちゃったの?」
もう、あの見事な紅葉も見れないのだという寂しさが半分と、もう半分、実はこちらの方が重要だったりもするのだが、おそらくは、今年からはあの光景も見れなくなるのだろうという残念な思いが、私に声を出させていた。
誰に尋ねるともなく呟いた問いかけに、応えが返ってきた。
「残念なことですが、もう、寿命を迎えたのです。里の植物医と相談して、切り倒しました。」
背後からの声に振り向くと、寺子屋の先生をやっている慧音の姿があった。
「お久しぶりです、静葉様。」
「お久しぶり。毎年、楽しみにしてたんだけどねぇ。楽しみが一つ減っちゃった。」
「紅葉の神様に目をかけていただいて、彼の老木も光栄だったでしょう。鮮やかに色付く紅葉は、私も楽しみにしていたものでしたから。」
「んん、それもあるけれど、どちらかというと、もう一つの方が気になるんだよね。今年は、アレ、やってる様子は無いの?」
「アレ? あぁ、アレですか。幸か不幸か、まだ続いているようです。……静葉様、少し身を隠しましょう。ちょうど良いタイミングで、アレが見れますよ。」
慧音が小声で耳打ちし、足早に物陰に隠れる。私も、慧音の隣に身をひそませた。
私たちが息をひそめて間もなく、一人の女の子が切り株に近付いてきた。周囲を見回しているところを見ると誰かを探しているようだったが、目的の相手はいなかったようで、ちょこんと切り株の上に腰をおろした。顔を俯かせて、少しだけ頬を紅く染めている。
「ほうほう、伝説のもみじの木の風習は、受け継がれてるみたいだね。」
「えぇ。いつのころからか、寺子屋の裏にあるもみじの木の下で思いを告げると成就する、なんて話が子どもたちの中で広まったようで、そのせいか、木を切ると決まった時は、子どもたちからは猛反対を受けました。」
「いいことじゃない。いいねぇ、若いってのは。初心な様子は見ていて飽きないよ。」
「そんな…… そ、そもそも、寺子屋の生徒くらいの子にはまだ早すぎます。もう少し、節度というものをわきまえられる年頃になってからでないと。」
「おや? じゃあ、つかぬことを聞くけど、慧音先生? 先生くらいになれば、堂々と思いを告げられる、ということかな? もしや、木を切ってしまった事を一番残念に思ってるのは、けいぇぁっ!?」
言葉を言い切るのを待たずに、慧音から頭突きが飛んできた。神様相手に容赦がないとは思ったが、私の方も少し言いすぎたと思う。ふらふらする頭を片手で押さえながら、もう片方の手でごめんごめんとアピールする。被っている帽子を整えながら慧音が応える。
「いくら神様でも、おふざけがすぎますよ。ほら、そうしてる間に、相手の子が来たようです。」
切り株の方を見ると、女の子が顔をあげて笑顔を浮かべていた。やってきた男の子の方は、やはり照れているのか、ぎこちない仕草で女の子の所へ近付いていく。女の子が立ちあがり、男の子と1、2歩くらいの距離を開けて向かい合った。
一瞬、視線があってしまったのだろうか、二人が慌てて顔を背ける。その状態のまま、女の子の方が、何かを呟くように口を動かした。そして、しばらくの間、静寂が訪れ……
男の子の方が、ぼそっと何かを呟いたようなしぐさを見せると、逃げるようにその場から走り去ってしまった。残された女の子の方はと言うと、何かを言いたげに手を伸ばしたものの、すぐに力なくその手を降ろして俯いてしまった。
「……あらら、これは、もしかして―――」
「先程、私が幸か不幸かと言ったのは、これが原因なのです。もみじの木があった頃は、不思議に思うくらい想いは成就していたようなのですが、今年はというと、このような結果になることが多いみたいで……」
「うむむ……」
伝説のもみじの木、そのものに力があったかどうかは知る由もない。それでも、たかだか木が一本無くなったくらいで、伝説が廃れていいと言えるだろうか。
「……決めた!」
突然大きな声をあげて立ちあがった私に驚いたのだろう。慧音が目を丸くして私を見上げている。
「と、突然どうしたのですか?」
「新しいもみじの木を植えましょう。そして、伝説のもみじの木を復活させるの。正確には、二代目襲名ってことになるんだろうけど、細かいことは気にしない。」
それじゃ、行ってくるわ。と告げて、私は空に舞い上がった。一緒に舞い上がる木の葉が無くて、どことなく寂しい思いを感じる。
空の上から例の女の子の方を見ると、顔を俯かせているせいで、地面にぽろぽろと涙がこぼれ落ちていた。人ごとだとはいっても、悲しそうな雰囲気を漂わせているのを放っておくのは、あまり気持ちのいいものではない。もやもやしたものを抱えながら、私は太陽の畑に向かった。
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「たのもーっ!」
太陽の畑の中に建つ一軒家。その玄関の前で声を張り上げる。次の瞬間、私の視界は白く染まった。気が付くと、私は仰向けに地面に倒れており、どーん、どーん、という音が、頭の中で反響していた。
「……あら、誰もいないじゃないの。妖精の悪戯かしら。」
気だるそうな声を聞き、私は身を起こす。
「だれが、妖精、ですって?」
「ふぅん、結構丈夫じゃないの。さすがは神の端くれっていうところかしら。」
「端くれとはなによ。だいたい、来客に対してレーザーぶっぱとか、常識外れもいいところよ。」
「喧嘩を売りに来た相手に対して、先制攻撃を仕掛けることは、それほど常識外れではない気がするけれど。……で? まだ、やる?」
玄関の奥には、日傘をさして笑みを浮かべる幽香の姿が見える。もっとも、玄関などという障壁は、さっきの一撃で跡かたもなく吹き飛んだのだが。
「そっちが来ないなら、今度は私が―――」
「いやいやいや、今度はって言うけれど、私は一度も手を出してないし。そもそも喧嘩を売りに来たわけじゃないから。だから、お願いだから、その傘をこちらにむけるのはやめて。ほんと、エネルギー充填とか勘弁して下さい、お願いします。」
キュインキュインという第二射目のチャージ音が止み、私はほっと胸をなでおろす。とりあえず、すぐに用件を告げないと自分の身が危険だ。
「喧嘩を売りに来たのでないなら、何のために来たのよ。」
「率直に言うわ。あなたの力で、木を一本立ててほしいの。鮮やかに紅く色付く紅葉の木。あなたの力を持ってすれば、簡単なことでしょう?」
すると、幽香は訝しげな表情を向けてきた。
「どうして?」
幽香の言葉に、私は目を丸くする。
「どうして、って、どういうこと?」
「どうして、私があなたの言うことを聞かないといけないの? 私だって暇じゃないのよ。わざわざあなたの為に時間を割くなんてことは、それなりの対価が無い限りは御断りよ。」
さすがに一筋縄ではいかない。改めて考えれば、幽香程の妖怪がそんな簡単に頼みごとを聞いてくれるわけがないのだ。
どうすればいい? 力づくで言うことを聞かせるなんて論外だ。かといって、対価? 対価と言われても、何を取引のネタにすればいい? いろいろと考えた末、私は苦肉の策と言うべき行動をとることにした。
まず、近くにあった落ち葉を手に取り、静かに呟く。
「神の力を侮らないで…… 見せてあげるわ。」
思いがけない行動だったのか、さすがの幽香も身がまえたようだ。すかさず、わたしは落ち葉を突きつけて、叫ぶ。
「本当の紅葉は、こうよう!」
……周囲の空気感なんて関係ない。たとえ、この場だけ、冬の気候を先取りしていようが関係ない。そもそも、手に取った落ち葉はひまわりの葉であり、紅葉などするわけがない。しかし、ここで怯んでは私の負けだ。たたみかけるように、私は言葉を紡ぐ。
「……も、もっと、あかいもみじは、あっかい? ……も、もう、みじかいわよ。このもみじの木の枝は。……ま、まともなカエデを買えって、言ったじゃ―――」
言い終わる前に第二射目を頂きました、本当にありがとうございます。……だれだ? 幽香に取り入る唯一の方法は、ダジャレを言うことだって言いふらした奴は。ただでさえ手をつけられない相手を怒らせてしまった。慧音にどう伝えようかと考えていると、幽香が何かを呟いているのが聞こえてきた。
「……怖い。」
私の聞き間違いだろう。あの幽香が怖れるものなど、あるはずがない。ダメージが大きくて力が思ったように入らない中、私はよろよろと、体を起こす。
「あぁ、焼き芋が怖いわぁ……」
ようやく起き上がったのに、膝から崩れるように倒れこんでしまった。それは怖いとは言わない。むしろ、押すなよ、押すなよ、の意志を伝えているということだ。……ということは、これは、つまり、対価の要求ということだろうか。
「あ、あの、つまりは、焼き芋を御所望ということで?」
「私は焼き芋が怖いって言ってるの。……もう、そんなこと言うから、熱いお茶も怖くなってきたじゃないの。あぁ、怖い怖い。」
「……わかりましたよ。私がそいつらを退治して身ぐるみを差し出せばいいということでしょう。」
すると、幽香はにっこりと笑顔を見せてくる。悔しいが、これ以上墓穴を掘るような真似はしたくない。素直に要求に応えるのが最善の策だろう。
痛む身体に鞭打って、私は人里に向けて飛び立った。
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「焼き芋、よし。お茶、よし。これで、準備は整った。……あら、あの姿は?」
人里へのお使いの帰り道、空の上からなんとなく地上を見下ろした時、見覚えのある姿が目に入った。確か、寺子屋の裏手の一件で思いを散らした女の子ではなかったか。問題は、ここが人里の外だということだ。まだ日が高いとはいえ、人間の女の子の一人歩きは危険だろう。放っておくわけにもいかず、私は声をかけることにした。
「もしもし、こんなところに女の子が一人ぼっちなんて危ないよ。」
空から降りてきた相手に声をかけられたせいか、女の子は驚き身構える。しかし、すぐに強気な口調で答えを返してきた。
「……何よ。あなただって女の子でしょう? 空を飛べるってことはただの女の子じゃないんだろうけど、だからって、馬鹿にしないで。」
そう言って駆けだそうとしたようだったが、足がもつれて盛大に転倒している。なんとか自力で身を起こしたのも束の間、肩を震わせ、声をあげて泣き出してしまった。
そのまま見ているわけにもいかず、私は持っていた焼き芋の一つを半分に割って手渡した。立ち上る湯気と甘い香りに、油断していると涎が溢れてしまう。
「ほら、コレあげるから泣くのはやめな。せっかくのかわいい顔が台無しだよ。」
女の子は目元を拭いながら焼き芋を受け取る。私が道端の草むらに腰をおろして残った半分の焼き芋にかぶりつくと、女の子も真似をするように横に座って焼き芋を食べ始めた。
しばらく一緒になって食べていると、女の子が小さな声で呟いた。
「私、かわいくなんかない。」
「突然何を言い出すの? 私から見れば、あなたは充分かわいいと思うのだけど。」
「嘘。本当にかわいかったら、私、ふられたりしなかった。」
……自身があるのかないのだか。あえて言うならば、自信が無いところを気性でカバーしているというところだろう。ここは何も知らないふりをして、話を聞いてみることにしよう。
「ふられた、って、何があったの?」
「……伝説のもみじの木の話は知ってるでしょう? 私、今日、試してみたんだけど…… 駄目だったの。」
「……なんて言われたのか、聞いてもいい?」
「……お前の顔なんて、見たくない、って。」
改めて、その時の状況を思い返してみる。何かの言葉を呟いた後、男の子の方は逃げるように走り去って行った。たぶん、この時に、件の言葉をかけられたのだろう。しかし、その前の二人の反応はどうだったか。視線があっただけで互いに慌てるような仕草を見せていたはずだ。
「相手の子がその言葉を言った時、どんな顔をしてたか覚えてる?」
思い出させるのは辛いだろうが、大切なことなので問いかける。この質問の答えによっては、あるいは……
「どんなだったろう…… 俯いてたから、良く見えてなかった。でも、なんだか頬のあたりが紅くなってた、ような気がする。たぶん、私があんな事したから、怒らせちゃったんだ。」
答えを聞いて安心した。この子の想いは、このまま散らせてしまうには惜しい。
「……脈あり、ね。」
「え?」
「うん、やっぱり、あなた、かわいいわ。」
「そんなこと言って、また人のことをからかおうっていうの?」
「そんなつもりはないって。たぶん、相手の子は、あなたがかわいすぎて、上手く思いを受け止められなかったんじゃないかな。なんというか、好きな子ほどいじめたくなる、みたいなやつ。」
「なぁっ!?」
見る見るうちに、女の子の頬が紅く染まっていく。趣味が悪いと言われるかもしれないが、こういう初々しい反応を見るのは、なかなかに楽しい。こんな反応を見せられては、この子の想いを成就させるために、協力してやらないわけにはいかないだろう。
「今日の夕暮れ、もう一度、寺子屋の裏手に相手の子を誘って来なさい。そこにあるもみじの木の下で思いを告げれば、きっと相手に届くでしょう。」
「何を言ってるの? もみじの木は切られちゃって、もう無いじゃない。」
「私を信じて、言われた通りにしてみなさい。大丈夫、私は嘘をついたりはしないから。」
と言っても、演出の為の準備を整えるのはこれからだ。空へ舞い上がろうとした時、女の子から声をかけられた。
「待って! お姉ちゃん、名前はなんていうの?」
「……静葉。」
「静葉、って、まさか……!」
「早く人里に戻りな。この辺はまだ人里に近いけれど、危ないことには変わりないからね。」
茫然と立ち尽くす女の子を残し、周囲の落葉を御供につれて、私は飛び立った。
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太陽の畑に付くと、そこには異様な光景があった。一面に拡がるひまわりの花の中に、存在を主張するように一本のもみじの木がたっている。
「あら、遅かったのね。どこかで道草でも食ってたの?」
幽香に指定された品物を渡す。……焼き芋を一本横領したことを気づかれないかひやひやしていたが、よく考えると本数は指定されていない。きっと、大丈夫なはずだ。
「御苦労様。……ちょっと冷えてるけど、人里からは距離があるし、許容範囲ってことで許してあげるわ。」
「お気に行ってもらえたようでなにより…… ところで、幽香さん? 大切なことが抜けていたようなので、改めて依頼を確認したいのだけれども。」
「何よ。私は要求した対価を提供したわよ。」
「実は、もみじの木を立ててほしい場所は、ここじゃなくて、人里の寺子屋の裏なの。……あぁ、そんなにわかりやすく嫌そうな顔をしないで。用件を正しく伝えなかったことは私の不手際だから、謝るから。」
何やら考え込んでいる幽香に対して、必死で説得を試みる。それでも、幽香は私の言葉に耳を傾けている様子は無い。ここまでかと思った時、幽香が呟いた。
「寺子屋の裏…… そういうことだったのね。」
そして、幽香が両手でもみじの木をつかんだと思った次の瞬間―――
「そいやぁっ!」
地面が揺れるほどの衝撃と共に、もみじの木が根っこごと引き抜かれていた。幽香は涼しげな顔で、一本の大木を抱えている。
「行くわよ。」
そう言って、幽香はそのまま空へ飛び上がった。あまりの出来事に、私は口を開けてポカンとした表情のまま立ちつくしている。
「何やってるの? 早くしなさい。ついてこないなら置いていくわよ。」
「……は、はいぃっ!」
幽香の一言で気を取り直し、私も空へと飛び上がり、幽香の後についていった。
一本の大木を抱えたまま空を飛ぶ姿などを見られようものなら、人里を混乱させてしまうだろう。それなのに、幽香は躊躇なく人里へと入り込んでいった。そして、寺子屋の裏手に回ると、例の切り株があったところに、持ってきたもみじの木を突き刺した。
「せいやぁっ!」
「ゆ、幽香! いくらなんでもやり過ぎだって!」
周囲を揺らす衝撃に気づいて、誰かが来るかもしれない。できれば穏便に済ませたかっただけに、展開についていくのが精一杯だ。そして案の定、異変に気づいて駆け付けた者がいた。
「なんだ、今の振動は! ……お前は、幽香! それに、静葉様!? いったい、何が起きている?」
「久しぶりね、慧音。もみじの木を切るんだったら、私に一言相談してくれれば良かったのに。そうしたら、今回みたいな回りくどい話にはならなかったでしょうね。」
なぜ、寺子屋の裏にもみじがあった事を幽香が知っているのか。その事実も気になるが、それ以上にもみじの木が心配だ。あんな扱い方をして、無事でいられるとは思えない。もみじの木に駆け寄って手を触れる。
「幽香、扱いが雑すぎるって。……この子だって、痛がってる。」
「子どもたちに語り継がれていく木なんだから、これくらいの衝撃には耐えてくれないと困るわ。」
「語り継がれていくって、幽香、どこまで知ってるの?」
「……それは、私から話しましょう。静葉様。」
状況を理解したらしく、落ち着いた口調で慧音が説明を始めた。
「そもそも、伝説のもみじの木というのは、私が幽香に依頼して立ててもらった、何の変哲もないただのもみじだったのです。」
「そうだったの!? ……ってことは、やっぱり―――」
「本来の目的は教育の為です。季節の変化を身近に体験することで、子どもたちの情操教育に役立てようとしたのです。それが、いつの間にか伝説の木になってしまって……」
「いろんな意味で目立ってたからね。そういうものを、子どもが見逃すわけがないじゃない。モデルになった二人がいたのかもしれないし、誰かが冗談で言いだしたものが本当になったのかもしれない。いずれにしても、子ども達によって、ただのもみじの木は伝説の木になったってことよ。」
ただのもみじの木が、伝説の木になった。神である私が言うのもなんだけれど、信仰の力はそれほどに強力なものなのだろう。ただ、何の変哲もない木が信仰を受け続けるのは荷が重かった。
「……今度のもみじは、ちゃんと伝説になってくれるかな。」
「心配はいらないわよ。今回のもみじは普通のもみじとは違う。あなたを参考にして創ったものだからね。」
「私を、参考に?」
「少なくとも、丈夫さだけは申し分ないはずよ。身を持って体験したあなたなら、わかるでしょう?」
「……あぁ、なるほど。」
「静葉様、一体、幽香とはどんな話をしてきたのですか?」
慧音の問いかけに、私は苦笑いで応えた。確かに、丈夫さだけは保証できるだろう。そして、もう一つの心配の方なのだが―――
「―――みんな、隠れるよ。もうすぐ、伝説の第一号となる二人が来るはずだから。」
「もうすぐって、静葉様、何を?」
「言われた通りにしておきましょう。きっと、面白い光景がみられるのだろうから。」
そして、私達三人は物陰に隠れる。ちょうど日が沈みかけている頃で、夕陽を背に立つもみじの紅色が美しく見える。
しばらくすると、例の女の子が歩いて来るのが見えた。
「あの子は…… まさか、静葉様が?」
「さすがに、あのまま放っておくのはかわいそうだと思ってね。もう一度、機会を作ってあげようとしただけ。……私の見立てだと、きっと成功するはずだから。」
「そういうものでしょうか…… 一度は失敗しているのですよ。私たちはこの目で見ていたじゃないですか。」
「慧音…… あなたも、こういうの好きなんじゃない。」
「黙れ、幽香! あの時は、偶然、静葉様が……」
「しーっ、大きな声を出さない。……思うに、もみじの木は舞台装置の一つなんだよ。前回は、必要な舞台装置が欠けていたから失敗した。でも、今は全てがそろっている。だから、大丈夫。」
最後の大丈夫は、慧音へというより、むしろ自分に言い聞かせていた。これだけ大掛かりな準備と演出をしていながら失敗したなんて、目が当てられない。
女の子の方を見ると、目を丸くしてもみじを見上げていた。頬を紅潮させているのは、もみじに見惚れているせいだろうか。しばらく眺めていると、女の子は何かに気づいたらしく、後ろを振り返った。相手の男の子がやってきたようだ。
「へぇ、あれが相手の子か。ほっぺた真っ赤にしちゃって、初々しいわ。」
「そう言っても、一度は女の子の想いを振っちゃってるからね。初々しいというのが、そのまま通用するかはわからないなぁ。」
「ねぇ、あの二人、どんなこと言いあってるのかしらね?」
「幽香、いきなり何を言い出す。」
「……こんなところに呼びだすなんて、一体何のつもりだい? ……ほら、あなたは女の子の役!」
「え!? わ、私が!? ……ご、ごめんなさい。迷惑だったかしら? ……これでいいのかな。」
「静葉様まで! もう、勝手にしてください!」
慧音が怒ってしまったようだが、私では幽香の行為は止められない。否、幽香の行為に、私が巻き込まれているのだ。私や慧音の気持ちをそっちのけにして、幽香は話を進めていく。
「迷惑なんかじゃないさ。……それで、用件はなんだい?」
「……もう、わかってるんでしょう? もみじの木の下に呼びだしたんだったら、目的は一つしかないわ。」
「伝説のもみじ、か…… でも、あの木はもう、切られて無くなってる筈じゃなかったっけ?」
「それじゃあ、今、私たちの目の前にあるもみじの木は何?」
「それは……」
「私にも、どうしてなのかはわからない。でも、今、確かにもみじの木はあるの。伝説のもみじの木が、私を、いや、私達を祝福してくれてるって、そう思うのはいけないことかな?」
「そんなことを聞かれても、答えることなんて―――」
「だめ。ちゃんと答えて。私は、あなたへの想いを告げるわ。だから、逃げないで。私の目を見て、答えを聞かせて。」
「……」
「……」
「……」
「好き。これからも、ずっと一緒にいて。」
「……わかった。」
そして、幽香が私の身体を抱きしめてきた。突然の出来事に、私は困惑して手を振りほどこうとする。しかし、幽香の力が強いせいなのだろう。振りほどくことはできず、幽香のなすがままになっている。
「ちょっと、幽香! やり過ぎだって!」
「何言ってるの? あの二人だっていい雰囲気じゃないの。」
もみじの方を見ると、確かに幽香の言うとおり、いい感じで抱き合っているのが見えた。……いやいやいや、さすがにこれは慧音も黙ってはいないだろう。そう思って慧音の方を見てみると、顔を真っ赤にして呆然と立ち尽くしている姿が見えた。
「慧音!? 慧音、しっかりしなって! 子どもにはまだ早いって言ってたでしょう? もっと節度をわきまえられるような年頃になってからって、ねぇ、聞こえてるんだったら返事してよ!」
「……こら。人の腕の中で他の人の事を考えるのは、失礼なことじゃなくて?」
「幽香も幽香で、どこまでノリノリなんだよ! そこまで再現する必要はないでしょう? ……いや、なんで顔を近づけてるの? まって、それは、それだけは―――」
何が起ころうとしているのかを悟って、私は咄嗟に目を閉じる。しかし、いくら待っていても期待しているようなことは起こらない。いや、違う。期待しているなんてことはない。そうだ、期待ではなく、予測だ。困惑していたせいで、期待なんていう妙な感情を持ってしまったのだ。
それでも、あまりに時間が長すぎる。緊張していたせいで気づかなかったが、身体の拘束も解けている。恐る恐る目を開けてみると、少し離れたところに幽香が立っていた。
「幽香っ! 神をからかうなんて、この罰あたりがっ!」
「あら、ようやくお目覚め? それに、私はからかった覚えはないわよ。あなたがその気なら、そのまま―――」
「ひゃぁっ! な、何を言ってるの!」
「ふふふ、冗談が通じない神様ね。いや、どちらかというと、あっちの方が純粋なのかもしれないわね。」
幽香が視線を向けた先に目をやると、さっき見た時と同じ状態で慧音が固まっていた。
「慧音…… そこまでだったか……」
「今度の伝説の木は、前よりも力が強いかもしれないわね。それが吉と出るか、凶と出るか。」
「……まぁ、慧音の事はどうにかするとして―――」
私は周囲を見渡して、あの二人を探した。どうやら、悪いようにはならなかったらしい。仲良く寄り添って歩く、二人の姿を見つけることが出来たのだ。
「これにて、一件落着、かな。」
「……沈む夕日に、照らされて、真っ赤なほっぺたの、君と僕……」
「あら、幽香がその歌を知ってるなんて、なんか意外だね。」
「侮らないで。私だって、これくらいの教養はあるわよ。」
二人の姿を見てふと思う。夕陽、もみじ、それからほっぺた、一番鮮やかに紅く染まるのはどれだろう。紅葉を司る身としては、もみじの鮮やかさを譲るつもりはないのだけれど、今のような光景を見ていると、もしかしたらと思ってしまう。そもそも、三者は比較できるものではないのかもしれない。むしろ、相乗効果で、それらは一層鮮やかさを増すのだろう。
紅く色付くもみじの木の下で、私は新しい伝説の始まりの姿を見送った。
葉が落ちてから正月の前までの一月のみ。小さい木なら六月に葉を全て毟れば
植え替えが可能ですが・・・。まだ葉のある時期に成木を動かすのはプロでもやら
ないでしょう。特に大木なんていうサイズでは確実に木の寿命を大幅にすり減らす
事は確実でしょう。(どんなに手を尽くしても十年が限度でしょう)
話には直接関係ないことですが、どうもこういったことが気になるたちで・・・。話は
好きなのですが、点数はこのくらいで。