Coolier - 新生・東方創想話

守護者フラン

2012/11/11 12:53:54
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 珍しくひとりで降りてきたレミリア・スカーレットが広大な地下図書館の重い扉を開けたとき、室内ではちょうど妹のフランドールが慧音と魔理沙を相手に大暴れを繰り広げているところだった。
 レミリアはしばらく、押し開いた扉に寄りかかるようにしてそれを眺めていたが、やがて気を取り直して分厚い本がうずたかく積まれた一角へと歩いていった。
 そこは本が本の本棚になっているようなところだったが、遠目で見るより片付けられていて見晴らしもよく、何人かでゆったりと時間を過ごせるよう大小様々の調度品がしつらえられてあった。
 十分近づいたところで、安楽椅子に腰掛けたパチュリーが手元の本から顔をあげ、気落ちしている友人を気遣う表情で傍の長椅子をレミリアに勧めた。それから、ふたりは弾幕合戦に目を向け、時折とんでくる流れ弾が防弾障壁に当たって間近で光るのを見ながら、パチュリーが事の次第を説明した。
 何のことはない、家庭教師に来た慧音がする差し向かいの授業にうんざりしたフランが、きっかけを捕まえて暴れ出しただけのことだった。魔理沙が絡んでいるのは、別件で図書館を訪れていて巻き込まれたか、自分から首を突っ込んだかのどちらかだろう。
 レミリアは半分うわの空で相づちを返したが、それでパチュリーが気分を悪くすることはなかった。長年のつきあいで何度も聞かされてきた懸案が頭の中にあった。パチュリーは最後に話の核心を言って読書に戻ることに決めた。
 話の核心、事の発端はいっぴきの蚊だった。どこからか迷い込んだそれを慧音が叩き潰そうとしたとき、これぞ奇貨とばかりにフランがその能力を使ったのだった。「ありとあらゆるものを破壊する程度の能力」とは自他共に認めるところながら、その本質は姉のレミリアが憂慮するほどのものだった。
 蚊は爆発したりはしなかった。それどころか、慧音が叩いても潰れず、何事もなかったかのように平然として飛び立った。驚いた慧音はくすくす笑う声に気付いてフランを見やり、フランはにんまりとして慧音を見返した。あとは、少しの言葉のやりとりがあれば十分で、すぐ大騒ぎに発展し、何となく嫌な予感がしたレミリアをふらふらと地下に呼び寄せたのだった。
 おそらく、蚊は彼女が生む卵の数ほども死ぬ機会に恵まれたに違いないが、ひとつの傷も負わずに生きて飛んでいた。その命は文字通りフランの手の内にあり、フランの能力によって護られていた。そこは、いくら慧音と言えど簡単には手が届かない場所だったのだ。
 レミリアの憂慮はここにある。フランの「ありとあらゆるものを破壊する程度の能力」は、物体であれ生命であれ、対象の「目」だか「命」だかを自分の手の中に移し、それを握りつぶすことで実現される。では、単に「目」を移されただけで握りつぶされなかった場合、本体の方はどうなるか。その結果がこれだった。
 最初の一撃で効果を確かめたフランは慧音が蚊を退治できるまで遊ぶことに決め、飛び上がって蚊に加勢することを宣言し、また、手の中に移した蚊の「目」は時間経過でするりと抜けてしまうので握り直さねばならず、その隙をつけば蚊を殺せるという意味のことを乱暴かつ手短に付け加えた。そうして始まった弾幕ごっこは、途中、慧音の「最初からやり直す」があったり魔理沙の参戦があったりして、レミリアが訪れたのにも気付かず夢中で続けられ、四半時ほど経ってからようやく決着を見た。
 その間、レミリアのお陰ですっかり集中力の途切れてしまったパチュリーは本を畳み、自力を頼む孤独な友人の横顔に目を注いでいた。レミリアは目を凝らし、耳を澄まして何かを感じ取ろうとしており、実際そうなのかも知れなかった。時折、強く目をつむり、歯を食いしばり、額を押さえ、頭を抱えた。
 レミリアの「運命を操る程度の能力」を疑う者は多いが、パチュリーは疑わない。だが、万能とは思っていないし、時には諦めも肝心だと思っている。運命の分かれ道は時間の最小単位毎に存在するし、時間は無限に分割できるから、誰かの手に負えるような代物ではないのだ。ひとたび変えた運命が次の瞬間、無限の変化を経て元に戻っているとしても何の不思議もない。とはいえ、それでもまだパチュリーは生きているし、それに限らずレミリアの願いが大筋で破綻することはこれまで起こらなかった。だから、そんな能力のないパチュリーはただ祈るしかないのだが――かくあれかし!
 495年を超えて、レミリアは未だにフランの運命と取っ組み合いを続けている。能力を歪めて教え、気が触れていると言い聞かせ、そのほか表現のはばかられる様々なことをして、できる限りその運命から遠ざけて来た。しかし、それが精一杯だった。フラン自身の協力があっても。
 こればかりはどうしようもないのかもしれない。悪魔はいつも、ここぞの大一番では負けてしまうものなのだ。レミリアが床から足を上げて丸くなってしまったのをパチュリーは見た。
 今回の件でフランは学んだだろう。少なくとも、その選択肢が頭の隅に置かれることにはなっただろう。十分な手がかりだった。案外、もうその運命は近くまで来ているのかも知れない。フランが本当の能力に目覚め、色とりどりの封印を解いて、館の外へと出て行く時が。
 どうか、まだ気付きませんように。友人が道を見つけますように。でなければ、ちゃんと覚悟を決めますように。その時が来て、それでおしまいではありませんように……
 運命に導かれてフランが蚊の「目」を握りつぶしたとき、パチュリーは疲れ果てて寝入ってしまったレミリアの顔を拭い、毛布を掛けてやってから、仕方なく読書を再開したのだった。
 はじめまして。
 誰かに読んで貰いたくて書いてみました。
 山のにぎわいになれば幸いです。
 最後まで読んでくれた人に感謝を。
枯れ木
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コメント



0.290簡易評価
1.80名前が無い程度の能力削除
なるほどそういう解釈もあるのかと感じました
話の内容は正直よくわからなかった
5.80名前が無い程度の能力削除
解釈や設定も然ることながら、ここで終わらせてしまうことに衝撃を覚えました。
なんと斬新な切り口!
読み終わったところから想像が膨らんでいくような、なんとも不思議な体験でした。
でも、投げた終わり方のように感じるところもあったかな。区切りのつくまでレールを敷いて欲しかったかもしれない。
7.80奇声を発する程度の能力削除
解釈が新しくこれはこれで面白かったです
9.無評価枯れ木削除
 感想いただき、ありがとうございました。
 新解釈ということで誇らしい気持ちの反面、文才のなさでそれを台無しにしてしまったのかと思うと残念です。

> でも、投げた終わり方のように感じるところもあったかな。

 反論してみようと思いましたが、思えば仰るとおりでした。しかも、書き始める前から投げていたのかもしれません。一番初めに書いたのが、最後の文章だったので。
 この話の続きはとうてい自分では考えつく気がしませんが、読んでみたいものです。
10.70名前が無い程度の能力削除
話の内容はよく分からない所があったが、フランの能力については面白いと思いました
11.80名前が無い程度の能力削除
概念破壊は、物体は破壊できる、という概念自体を破壊して物理破壊不可能にしたりできる、という解釈であってますかね?
なんにせよ、面白いアイディアですね。
膨らましたら、更に面白いものになったかもしれません。
次回作も楽しみです。
12.無評価名前が無い程度の能力削除
フランが愛と勇気に目覚めてヒーローになる話かと思ったらなんか違う。それとも、まだ雛は巣だっていないだけなのかしら。説明足らずな気はありますが、着眼点は見事。
13.無評価削除
コメントを読んでると……あれ、なんか俺の解釈間違ってた……?
フランの能力は使い方次第で、対象を破壊から免れさせることも可能である。つまりフランちゃんは守護神となりえる。そうなればフランちゃんは大人気、引く手数多の存在だ。一方で、その可能性を知るレミリアは妹離れができなくて情報操作やら運命操作やらをしてフランを自分の近くに置いておきたかった。だが今回の一件で、フランの旅立ちへの運命は加速し始めたのだ。
ってことだよな?違う?
15.無評価枯れ木削除
 熱心に読んで頂いているようで良かったです。
 作者の意図としては、概ね5 さんの理解された通りです。

 ついでに全部バラしてしまうと、
■■■■
 フランは本来「ありとあらゆるものを○○する程度の能力」を持っていて、能力に相応しく種族は「○○」だったが、それだと運命が姉妹を引き裂くことは確実だったので、レミリアはなんとか一緒にいられるよう八方手を尽くしてきた……けど、もう限界かも。
■■■■
 っていうお話を書こうとした(そして失敗した)のでした。
16.80名前が無い程度の能力削除
終わりの方が広がりがあっていいですね。
17.80名前が無い程度の能力削除
正直、理解が及ばない点が多かったです。
ですが雰囲気は好み。
19.100名前が無い程度の能力削除
新しい解釈が素晴らしかった。
お嬢様の思惑が、コメを読まないと分からなかったけれども、それを踏まえて読み直すとああなるほど、と思えた。
守護者フランとなるのを防ぐために495年間閉じ込めたり気が違ってると言い聞かせたり、お嬢様のやってることが幼くないかとも思ったが、悪魔的常識から考えたらそんなもんかと思い直しました。
物語の役回り上のことなのかも知れませんが、家庭教師として慧音を招いている辺り、お嬢様も少しずつフランの未来を受け入れているようにも見えました。
終わりが投げっぱなしに見えるとのコメもありましたが、
フランの成長に素直になれず鬱々とするお嬢様とそれに触れるパチェのお話ということで、ここで終わりでいいと思いました。

長くなりましたが、この雰囲気好きです。