「霊夢、おかわり」
炬燵から半身だけを出した魔理沙が、虚ろな目を外にやりながら空になった湯呑みを突き出してきた。
「はい、どうぞ」
「どうも…、っておい」
一体なにが気に食わないのか、眉をしかめてこちらを睨んでいる。寄越せと言うからお望みの物をくれてやったというのに、まったく。
手に握った湯呑みの底を見つめて、小さく溜め息を吐いた。
「どうかした?」
「もういい」
気だるげに自ら急須を取り、持っていた空の湯呑みに茶を注ぐ。先ほど淹れたばかりのそれは、ゆっくりと白い湯気をたてている。
「あら、注いで欲しかったの。そうならそうと言いなさいよ。」
「はいはい、言葉が足りなかったな。私が悪かったよ」
互いに皮肉を言い合う仲、私たちは言ってみれば腐れ縁。私は魔理沙をよく知っているし、魔理沙だって私の性格を理解している。おかわり、と言われて素直に茶を注いでやったことは私が記憶している限りではないが、彼女の負けず嫌いな性格ゆえか、神社に来る度にこうして空いた湯呑みを繰り出してくる。いい加減に諦めて欲しいものだが。
「同じ巫女なのに、どうしてここまで差がでるかなぁ。アイツなら、言わなくったって茶やら菓子やら馳走してくれるぜ」
「それなら向こうの神社に行けばいいじゃないの。ウチなんかより、よっぽどイイモノ出してくれるでしょ」
「行ったっていいが、なぁ」
「何よ」
間を繋ぐようにお茶を啜る。コイツ、なんか出鱈目考えてるわね。
「どうしたの、言ってみなさいよ」
「あーほら、私がここに来ないと、霊夢が寂しいだろ。他にまともな客なんて来やしないんだから」
誰がまともな客よ。神社に来るまともな客が、お賽銭も入れないで寛ぐわけないでしょう。
「……お心遣いどうもありがとう」
「なに、孤独と退屈は人を殺しちまうからな。私はただ、親友には長生きして欲しいだけさ」
そう言って得意げな笑みを浮かべる。格好つけてるつもりかしら。どれ、そろそろ反撃といきますか。
「そうねぇ、確かに興味も無い神の教えについてずうっと説かれちゃ、退屈で仕方ないかもね」
「……何が言いたい。言葉が足りてないぜ」
やっぱり、そんなことだろうと思ったわ。すぐ顔に出るんだから。
「大方、しつこく勧誘でもされたんでしょう。大層熱心だものね。もうあれだけ抱えているのに、欲張りだこと」
やはり図星だったのか、口を尖らせて縮まってしまった。炬燵の熱で仄かに朱づいた顔も相まって、ひょっとこのようでなんだか可笑しい。
「茶くらいゆっくり飲ませて欲しいんだがな。面白くもない話のせいで、せっかくの新茶とお高い茶菓子が台無しだったぜ」
悪かったわね安物ばっかりで。好きで出涸らし飲んでんじゃないのよ。
「全く、どうして同じ巫女で…」
「それはさっき聞いたわ。ウチにはウチの、余所には余所の方針ってもんがあんのよ」
「わかったわかった、この話はやめだ。こっちの茶まで台無しにしたくないからな」
切り出したのはアンタでしょうが。まぁ、こんな話をしていても面白くないわね。
話に区切りがついて、部屋には二人が茶を啜る音と、遠くの方で鳴きあう烏達の声だけが響く。
あの子達も、このようなとりとめの無い話をしているのだろうか。
文と違って、私に烏の言葉は理解できないが、同じ無意味な会話にしても、賢い彼ら、あるいは彼女らのことだ。私達よりはよほど建設的な会話をしているに違いない。
目の前で呑気に空を眺める魔法使いを見て、そんなことを考えていた。
ひんやりとした心地よい風が、二人の間を通り抜ける。
「……寒いな、閉めるぞ」
「ん」
魔理沙には少し不快だったらしい。炬燵との一時の別れを惜しむように立ち上がりると、戸に手をかけたまま、またぼんやりと外を眺めている。
「寒いんでしょ。早く閉めたら」
「……ああ。いや、もう秋も終わりだなと思って。四季の中で一番短く感じるよ」
滅多に見ないわけだ、あの姉妹、と呟いて再び炬燵に脚を突っ込んだ。つま先がぶつかって、お互いに位置をずらす。
先ほどより暖かくなったものの、同時に狭くなった空間に、窮屈さを感じる。
「秋と言えば、さ」
「今度は烏がするより賢い話かしら」
「はぁ?」
今の彼女にそのような話は期待できそうもない。いつだったか、暇をもて余した魔理沙に、氷精がなぞなぞを仕掛けられた時と同じ様な顔をしている。
「まあいい、続けるぜ。先週に紅魔館でな、えーと、バルト…いや、ピンポン…違うな」
やはり。里の子どもですら容易に解ける問いに悩む氷精と同じ顔をしている。
「あぁーっと……、そうだ、ペンドルトン。ペンドルトンをしたんだ」
聞いたことの無い単語だ。その語感と紅魔館と言うからには西洋の物で、する、と言うことは遊技か何かだろうか。
「で。その……ルイヴィトン?が秋とどう関係あるのよ」
「運動の秋って言うじゃないか」
なるほど、予想通りその類いか。しかし、秋と言えば運動ではなくて…。
「それを言うなら食欲の秋でしょ」
「秋には色々あるんだよ。葉っぱと一緒で色々」
「じゃあ何をしてもいいことになるじゃない。とりわけ何々の秋、って言う必要がないわ」
「うるさいなぁ。いちいち話の腰を折るなよ、この茶飲み妖怪」
「どんな妖怪よ、それ」
「日がな一日、茶を飲んでは寝るだけのしょうもない妖怪だよ。だいたい神社に居る」
なんと、魔理沙が妖怪だったとは。長い付き合いだが初めて知った。それにしても、間抜けな名前の妖怪だ。生まれ変わってもそんな生き物にはなりたくない。
「あらそう。妖怪は退治しなきゃね。それっ」
畳を指で千切って投げつける。魔理沙の金髪に、緑色がちょこんと引っ付いた。
「馬鹿っ、い草なんて投げるなっ。畳が痛むだろうが」
「ウチの畳が痛もうが、アンタには関係ないでしょ」
「それはそうだが…。おい、取れたか」
「それで、結局何なのよ。さっきの」
「こら、聞けよっ」
「だから訊いてるじゃない」
たまにからかってみたり。魔理沙と居ると、退屈はしない。やり過ぎてへそを曲げてしまうこともあるが。
ああ、くそ、と髪に手櫛をかける。仕切り直しといった具合に、大げさな咳払いをした。
まだ付いてる。さすが茶飲み妖怪、頭に茶柱が立ってるわ。名前通りの間抜けな姿ね。
「……話を戻すぞ。さっき言ったあれは、西洋式の羽根つきみたいなもんだ。二つの陣地の境界に網を張って、相手の陣地に羽根を打ち込む。板も変わっていて、虫取網の網を硬く張った様なのを使うんだ」
身振りを交えて説明する魔理沙。それにしても、遊びの文化というものは意外と、東西で似通ったものがある。前に流行ったサッカーという遊びも、動作そのものは蹴鞠に近い。サッカーの方はかなり忙しいものであったが。
「図書館で指南書を見付けてな。咲夜に頼み込んで、場所と道具を作ってもらったんだ。それでパチュリーのヤツとやってみたんだが」
「ふーん…。え、パチュリー?」
喘息は、と問おうとしたところで、魔理沙がこちらの考えを察したのか、私の言葉に続いて言った。
「そうだ、三分と持たなかったよ」
「当たり前でしょ。なんでよりにもよってパチュリーなのよ」
彼女もよく対戦相手を引き受けたものだ。賢者と呼ばれる程の者が、結果が見えていなかったとは思えない。
「実際に観たことがあるとか言っていたし、本人も持病を克服したいって言うもんでな。まあ案の定だったが」
「あそこなら、他に相手がいくらでもいたでしょう。それこそ咲夜とか」
「いなかったんだこれが。咲夜には無理言って手伝わせた手前、遠慮しちまって。何より忙しいみたいだったしな」
魔理沙の口から遠慮なんて言葉が出てくるとは。少しは私にも向けて欲しい所だ。
「レミリアは。アイツそういうの好きそうじゃない」
「寝てた。なんでも最近調子が良くないとかで、規則正しい生活を心掛けているそうだ。正午までは絶対に起きないらしい。フランもな」
そういえば、すっかり朝型になってしまったわ、などと言っていた。
「じゃあ美鈴。あの子が忙しい時なんてないでしょう」
「いーや、近寄れる雰囲気じゃなかったよ」
「どういうこと?」
「ナイフが飛んできそうだったんでな」
「……なるほどね」
平和過ぎるのも考えものである。いっそ門番ではなくメイドの一人にしてしまえばいいのではないだろうか。咲夜の負担を大きく軽減できるはずだ。
「そんなわけで、私は秋を楽しめなかったんだ。そこで秋が終わっちまう前に、霊夢と秋を味わいたいんだが」
「気が向いたら、ね」
「……連れないねぇ。場所を取り壊される前に気を向けてくれよ」
「うん」
私の相槌から興味が無いことを読み取ったのか、いじけた様子で畳に寝転んだ。
こういう所は昔から少しも変わっていない。だがこのへそ曲がりな性格も、魔理沙が魔理沙たる所以なのだろう。変わったら変わったで、むしろ可愛げが無いかもしれない。
炬燵の陰で見えない魔理沙をつま先でいじくると、落ち着きなく寝返りを打つ音が聞こえた。
そういえば、今は何時になっただろう。障子にうっすら暗い色が指している。まだ中身の入った湯呑みからは、すっかり温度が消えていた。
「魔理沙、ねぇ」
「んー」
「お夕飯どうするの。食べていく?」
「うー」
「ちょっと、魔理沙ってば」
どうやら寝付いてしまったようだ。もしやいじけたわけではなく、単に眠たくなっただけか。
またご馳走になるつもりで来たのだろうか。自分の分だけ作ってもいいが――
「……幸せそうな顔しちゃって。本当に茶を飲んで寝るだけなんて、困った妖怪ね」
これ以上意地悪をしたら、へそが曲がりすぎて一周してしまうかも。お詫びという訳ではないが、運動の秋の
代わりに食欲の秋を楽しんでもらうとしよう。
単純な魔理沙のことだ。好物の一つでも食べさせてやれば、羽根つきのことなんて頭から抜けてしまうに違いない。
冷めきったお茶を飲み干して、台所へ向かう。
今日は少しだけ、準備に時間がかかりそうだ。
おわり
炬燵から半身だけを出した魔理沙が、虚ろな目を外にやりながら空になった湯呑みを突き出してきた。
「はい、どうぞ」
「どうも…、っておい」
一体なにが気に食わないのか、眉をしかめてこちらを睨んでいる。寄越せと言うからお望みの物をくれてやったというのに、まったく。
手に握った湯呑みの底を見つめて、小さく溜め息を吐いた。
「どうかした?」
「もういい」
気だるげに自ら急須を取り、持っていた空の湯呑みに茶を注ぐ。先ほど淹れたばかりのそれは、ゆっくりと白い湯気をたてている。
「あら、注いで欲しかったの。そうならそうと言いなさいよ。」
「はいはい、言葉が足りなかったな。私が悪かったよ」
互いに皮肉を言い合う仲、私たちは言ってみれば腐れ縁。私は魔理沙をよく知っているし、魔理沙だって私の性格を理解している。おかわり、と言われて素直に茶を注いでやったことは私が記憶している限りではないが、彼女の負けず嫌いな性格ゆえか、神社に来る度にこうして空いた湯呑みを繰り出してくる。いい加減に諦めて欲しいものだが。
「同じ巫女なのに、どうしてここまで差がでるかなぁ。アイツなら、言わなくったって茶やら菓子やら馳走してくれるぜ」
「それなら向こうの神社に行けばいいじゃないの。ウチなんかより、よっぽどイイモノ出してくれるでしょ」
「行ったっていいが、なぁ」
「何よ」
間を繋ぐようにお茶を啜る。コイツ、なんか出鱈目考えてるわね。
「どうしたの、言ってみなさいよ」
「あーほら、私がここに来ないと、霊夢が寂しいだろ。他にまともな客なんて来やしないんだから」
誰がまともな客よ。神社に来るまともな客が、お賽銭も入れないで寛ぐわけないでしょう。
「……お心遣いどうもありがとう」
「なに、孤独と退屈は人を殺しちまうからな。私はただ、親友には長生きして欲しいだけさ」
そう言って得意げな笑みを浮かべる。格好つけてるつもりかしら。どれ、そろそろ反撃といきますか。
「そうねぇ、確かに興味も無い神の教えについてずうっと説かれちゃ、退屈で仕方ないかもね」
「……何が言いたい。言葉が足りてないぜ」
やっぱり、そんなことだろうと思ったわ。すぐ顔に出るんだから。
「大方、しつこく勧誘でもされたんでしょう。大層熱心だものね。もうあれだけ抱えているのに、欲張りだこと」
やはり図星だったのか、口を尖らせて縮まってしまった。炬燵の熱で仄かに朱づいた顔も相まって、ひょっとこのようでなんだか可笑しい。
「茶くらいゆっくり飲ませて欲しいんだがな。面白くもない話のせいで、せっかくの新茶とお高い茶菓子が台無しだったぜ」
悪かったわね安物ばっかりで。好きで出涸らし飲んでんじゃないのよ。
「全く、どうして同じ巫女で…」
「それはさっき聞いたわ。ウチにはウチの、余所には余所の方針ってもんがあんのよ」
「わかったわかった、この話はやめだ。こっちの茶まで台無しにしたくないからな」
切り出したのはアンタでしょうが。まぁ、こんな話をしていても面白くないわね。
話に区切りがついて、部屋には二人が茶を啜る音と、遠くの方で鳴きあう烏達の声だけが響く。
あの子達も、このようなとりとめの無い話をしているのだろうか。
文と違って、私に烏の言葉は理解できないが、同じ無意味な会話にしても、賢い彼ら、あるいは彼女らのことだ。私達よりはよほど建設的な会話をしているに違いない。
目の前で呑気に空を眺める魔法使いを見て、そんなことを考えていた。
ひんやりとした心地よい風が、二人の間を通り抜ける。
「……寒いな、閉めるぞ」
「ん」
魔理沙には少し不快だったらしい。炬燵との一時の別れを惜しむように立ち上がりると、戸に手をかけたまま、またぼんやりと外を眺めている。
「寒いんでしょ。早く閉めたら」
「……ああ。いや、もう秋も終わりだなと思って。四季の中で一番短く感じるよ」
滅多に見ないわけだ、あの姉妹、と呟いて再び炬燵に脚を突っ込んだ。つま先がぶつかって、お互いに位置をずらす。
先ほどより暖かくなったものの、同時に狭くなった空間に、窮屈さを感じる。
「秋と言えば、さ」
「今度は烏がするより賢い話かしら」
「はぁ?」
今の彼女にそのような話は期待できそうもない。いつだったか、暇をもて余した魔理沙に、氷精がなぞなぞを仕掛けられた時と同じ様な顔をしている。
「まあいい、続けるぜ。先週に紅魔館でな、えーと、バルト…いや、ピンポン…違うな」
やはり。里の子どもですら容易に解ける問いに悩む氷精と同じ顔をしている。
「あぁーっと……、そうだ、ペンドルトン。ペンドルトンをしたんだ」
聞いたことの無い単語だ。その語感と紅魔館と言うからには西洋の物で、する、と言うことは遊技か何かだろうか。
「で。その……ルイヴィトン?が秋とどう関係あるのよ」
「運動の秋って言うじゃないか」
なるほど、予想通りその類いか。しかし、秋と言えば運動ではなくて…。
「それを言うなら食欲の秋でしょ」
「秋には色々あるんだよ。葉っぱと一緒で色々」
「じゃあ何をしてもいいことになるじゃない。とりわけ何々の秋、って言う必要がないわ」
「うるさいなぁ。いちいち話の腰を折るなよ、この茶飲み妖怪」
「どんな妖怪よ、それ」
「日がな一日、茶を飲んでは寝るだけのしょうもない妖怪だよ。だいたい神社に居る」
なんと、魔理沙が妖怪だったとは。長い付き合いだが初めて知った。それにしても、間抜けな名前の妖怪だ。生まれ変わってもそんな生き物にはなりたくない。
「あらそう。妖怪は退治しなきゃね。それっ」
畳を指で千切って投げつける。魔理沙の金髪に、緑色がちょこんと引っ付いた。
「馬鹿っ、い草なんて投げるなっ。畳が痛むだろうが」
「ウチの畳が痛もうが、アンタには関係ないでしょ」
「それはそうだが…。おい、取れたか」
「それで、結局何なのよ。さっきの」
「こら、聞けよっ」
「だから訊いてるじゃない」
たまにからかってみたり。魔理沙と居ると、退屈はしない。やり過ぎてへそを曲げてしまうこともあるが。
ああ、くそ、と髪に手櫛をかける。仕切り直しといった具合に、大げさな咳払いをした。
まだ付いてる。さすが茶飲み妖怪、頭に茶柱が立ってるわ。名前通りの間抜けな姿ね。
「……話を戻すぞ。さっき言ったあれは、西洋式の羽根つきみたいなもんだ。二つの陣地の境界に網を張って、相手の陣地に羽根を打ち込む。板も変わっていて、虫取網の網を硬く張った様なのを使うんだ」
身振りを交えて説明する魔理沙。それにしても、遊びの文化というものは意外と、東西で似通ったものがある。前に流行ったサッカーという遊びも、動作そのものは蹴鞠に近い。サッカーの方はかなり忙しいものであったが。
「図書館で指南書を見付けてな。咲夜に頼み込んで、場所と道具を作ってもらったんだ。それでパチュリーのヤツとやってみたんだが」
「ふーん…。え、パチュリー?」
喘息は、と問おうとしたところで、魔理沙がこちらの考えを察したのか、私の言葉に続いて言った。
「そうだ、三分と持たなかったよ」
「当たり前でしょ。なんでよりにもよってパチュリーなのよ」
彼女もよく対戦相手を引き受けたものだ。賢者と呼ばれる程の者が、結果が見えていなかったとは思えない。
「実際に観たことがあるとか言っていたし、本人も持病を克服したいって言うもんでな。まあ案の定だったが」
「あそこなら、他に相手がいくらでもいたでしょう。それこそ咲夜とか」
「いなかったんだこれが。咲夜には無理言って手伝わせた手前、遠慮しちまって。何より忙しいみたいだったしな」
魔理沙の口から遠慮なんて言葉が出てくるとは。少しは私にも向けて欲しい所だ。
「レミリアは。アイツそういうの好きそうじゃない」
「寝てた。なんでも最近調子が良くないとかで、規則正しい生活を心掛けているそうだ。正午までは絶対に起きないらしい。フランもな」
そういえば、すっかり朝型になってしまったわ、などと言っていた。
「じゃあ美鈴。あの子が忙しい時なんてないでしょう」
「いーや、近寄れる雰囲気じゃなかったよ」
「どういうこと?」
「ナイフが飛んできそうだったんでな」
「……なるほどね」
平和過ぎるのも考えものである。いっそ門番ではなくメイドの一人にしてしまえばいいのではないだろうか。咲夜の負担を大きく軽減できるはずだ。
「そんなわけで、私は秋を楽しめなかったんだ。そこで秋が終わっちまう前に、霊夢と秋を味わいたいんだが」
「気が向いたら、ね」
「……連れないねぇ。場所を取り壊される前に気を向けてくれよ」
「うん」
私の相槌から興味が無いことを読み取ったのか、いじけた様子で畳に寝転んだ。
こういう所は昔から少しも変わっていない。だがこのへそ曲がりな性格も、魔理沙が魔理沙たる所以なのだろう。変わったら変わったで、むしろ可愛げが無いかもしれない。
炬燵の陰で見えない魔理沙をつま先でいじくると、落ち着きなく寝返りを打つ音が聞こえた。
そういえば、今は何時になっただろう。障子にうっすら暗い色が指している。まだ中身の入った湯呑みからは、すっかり温度が消えていた。
「魔理沙、ねぇ」
「んー」
「お夕飯どうするの。食べていく?」
「うー」
「ちょっと、魔理沙ってば」
どうやら寝付いてしまったようだ。もしやいじけたわけではなく、単に眠たくなっただけか。
またご馳走になるつもりで来たのだろうか。自分の分だけ作ってもいいが――
「……幸せそうな顔しちゃって。本当に茶を飲んで寝るだけなんて、困った妖怪ね」
これ以上意地悪をしたら、へそが曲がりすぎて一周してしまうかも。お詫びという訳ではないが、運動の秋の
代わりに食欲の秋を楽しんでもらうとしよう。
単純な魔理沙のことだ。好物の一つでも食べさせてやれば、羽根つきのことなんて頭から抜けてしまうに違いない。
冷めきったお茶を飲み干して、台所へ向かう。
今日は少しだけ、準備に時間がかかりそうだ。
おわり
初めてとは思えない丁寧な文体で安心して読めます。これからも一読者としてあなたのSSを待ってます。
タイトルから妖怪になった魔理沙と年老いた霊夢がだべる話かと想像したけど、そもそも年老いてなくても霊夢はあんなんだったでござるな。
マッタリふわふわ可愛いお話でした。
何気ない一場面ですが二人の様子が想像しやすく読後感の良い作品でした
魅力的なほのぼのでした。