「魔理沙~おなか減った~」
「……仕方ねぇな。なんか作ってやるよ」
「作るって……またキノコスープとか?」
「……ルーミアが不満なら作らないけどな」
「ふえぇ~ほかに何かないの~?」
「嫌なら食うな」
「……食べる」
私がそう言うと、魔理沙は笑いながら部屋の奥へと消えていった。きっと、準備をしにいったんだろう。
時刻はお昼ごろ。つまり、おなかが減る時間。だから、おなかが減った。
何か食べたい。
でも、食事をするにはおいしいものを食べたいのは人間も妖怪もおんなじだと思う。
なのに、魔理沙と言ったらどうしてこうも食に対して興味が無いのだろうか。
魔理沙の家に住み着くようになったのはいつごろだったかな。
――そんなことはもう忘れたけど、その頃から魔理沙の家ではほぼキノコしか食べてないような気がする。
でもそれは仕方ないことだとは思う。
だって魔理沙は魔法の研究ばっかりしてて、食事に気が回ってないような気がするし、人里にあまり行かない魔理沙がろくな食材を持っているわけがない。ほかに何もないことなんて、分かってて聞いてる質問だ。
結局は、家の前やら森の中やらに生えてるキノコを食べるしかない。
――だから仕方ない、それは分かっているんだけれども。
せめて、キノコのスープだとか、キノコを焼いただけとかとかそういうのはやめてほしいと思う。
流石に、魔理沙は食事に興味がなさすぎるんじゃないか。
おいしいものを食べたいと思わないのか。
私は妖怪だから人間を食べればいいんだけど、それにも限度があった。
もちろん、人間を食べたからって即、巫女とかに退治されるわけじゃないけど、私はたくさん食べたい。
里を食い潰すくらいのことはしたい、と思う。
でも、やっちゃいけない。そこまでやったら面倒なことになるのはわかってる。
だったら、どうするか。
それは、魔理沙に面倒を見てもらうことだった。
キノコしか出てこないけど、それだけでありがたかった。
森の中で人間以外の食べ物にはぜんぜんありつけないし、妖精はろくなものを食べてない。
獣だって簡単には獲れないし、人里には近づけないし――キノコもどれを食べていいのか分からない。
だから、魔理沙には感謝してる。
――でも、やっぱりこう考えてもおいしいものを食べたいのは私の本能であって、抗えないものなのだ。
たくさん食べたいの次には、おいしいもの食べたい。
決してキノコがまずいわけではないんだけど、これだけ食べると流石に飽きる。
でも、魔理沙に食べさせてもらってるわけだし……どうすればいいだろう。
――なんて頭の中がぐるぐるしてると、いつの間にか料理と呼べないようなキノコが出てきて、文句を言いながらも食べることになるのだ。
今日も、きっとそんな感じだな。なんて、考えるようになってきたのはもう諦めてる証拠かもしれない。
それに、やっぱり魔理沙に逆らいたくないだけなのかも。
だってなんだかんだで魔理沙が大好きだから。
そうじゃなかったらずっとここになんていないと思う。
魔理沙には友達がたくさんいる。
それは、魔理沙には何か心惹かれるようなものがあって、きっとみんなそれに引っ張られてるんだと思う。
私は、そんな人たちの一人に過ぎないのだけれど、それはそれで幸せだ。
あ、魔理沙が出てきた。なんか調理をするには時間が短すぎるような気がするけど――
「わりぃ、ルーミア」
「……ふぇ?」
「キノコ、きらしてたみたいだ」
魔理沙はなんだか申し訳なさそうに、あさっての方向を向きながらそう言った。
私としては、それは、困る。
おいしいもの以前に、何も食べられないんじゃ話にならない。
「……おなか減った」
「そういわれてもな」
「……おなか減ったおなか減ったおなか減ったー!」
「おいおい」
ああ、ダメだ。これじゃ赤ん坊みたい。あんまり見たことはないけど。
ほんとはダメだって分かってる。でもおなかが減ったんだから仕方がない。
だから、無茶なことを言いたくなる。
「ねぇ、家の前とかに生えてないの?」
「ない」
「……じゃあ魔理沙森に行ってとってきてよー」
「無茶言うな」
「……魔理沙ぁー」
「無理なもんは無理だ」
キノコ採りには意外と時間がかかる。
そんなに頻繁に行くわけには行かないので、一度にたくさん取ってくるからだ。
でも、どうしても何か食べたい。なんとかする方法は無いのか考える。
「……魔理沙だって今日のばんごはんとか困るでしょ」
「今日は研究って決めてるからな。余計なことに体力を使いたくない」
「面倒くさいだけじゃないの!?」
「そうとも言う」
「……そうとしか言わないー!」
「別に晩飯とか一日くらい食わなくてもなぁ」
……魔理沙はこういう人間だ。
ばんごはんを一日食べないだけで私にとっては死活問題だ。
魔理沙がいなかった時なんてしょっちゅう死にかけてたんじゃないか。
この身が不自由すぎて困る。……食べるのは幸せなんだけど。
でも、ここで魔理沙を苦労して説得しても、食べられるのはキノコ。
それって、一体得なんだろうか。
「……もう、可愛いな。分かった分かった、仕方ない」
「……へ?」
「よし、ルーミア。お前にたまにはうまいもん食わせてやるよ」
「うまいもん?」
「ああ、とびっきり、な。……ってほどでもないかな」
魔理沙は、何故か自身ありげにそう言った。
正直言って、よくわかんない。
でも、なんだかおいしいものが食べられるみたいだ。
あんまり期待はしないほうがいいみたいだけど、キノコ以外のものが食べられるってことなんだろうか。
それだったら、やっぱり期待する。
「よし、じゃ出かけるぞ」
「……どこに?」
「どこにって、決まってるだろ」
そういって、魔理沙は親指で向こう側を指した。
その、向こう側。――え、そっちって、もしかして……
「人間の里だ。里に行くぞ、ルーミア」
「えっ、でも、私、妖怪だし」
「気にすんな、大丈夫だ」
「えっ、でも」
「私がついてるから安心しろ」
魔理沙は、今度も自身ありげにそう言った。
でも、全然安心できない。
そうそうばれることはないと思うけど、妖怪だってばれたらどうなるか。
そう考えると、逆に魔理沙が心配。
「ほれ、行くぞ」
「えっ、ちょっと待って」
「行かないのか?」
人間の里は危ない。というか行っちゃダメ。
でも、おなか減った。
でも、怖いし、行きたくない。
でも、おなか減った、行きたい。
でも――
「どっちかだ、はっきりしろルーミア」
「……行く」
結局、空腹には勝てなかった。
仕方ないこと、なんだと思う。
――――――――――――――――――――
「ほら見ろ、ルーミア。屋台が並んでるぞ」
「うん……」
ついに、人間の里に来てしまった。
魔理沙は人間だから平気だと思うけど、私は妖怪だから気が気じゃない。
はずだったけど。
おいそうな匂いがしてくる。
やっぱり、おなか減ったなぁ。
「ルーミア、何が食べたい?」
「……う~ん」
正直言ってここらの人間を食い尽くしたいくらいだけど、そんなことは流石に言えない。
「……分かんない」
「まぁ、そりゃそうだな。ここらのものは全部初めて見る感じか」
そういうつもりで言ったわけじゃなかったけど、確かに見たことのないような食べ物ばかりだ。
人間の里――というよりも、人間がたくさんいる場所は、たがが外れてしまいそうなのでずっと避けてきた。
魔理沙と一緒にいるからなのか、割と平気だけど。
「じゃあ、これでいいかな。多分お前向きだ」
「へ?」
私が魔理沙のほうを向くよりも先に、魔理沙がお店の人に声をかけていた。
物を買うにはお金が必要、って誰かから聞いた気がする。大ちゃんだったかな?
魔理沙はそういうのも盗んじゃうのかな、って思ってたけどちゃんとお金を払って物を買ってる。
珍しいようだけど、本当は当たり前のことだから、気にしないようにしないと。
おんなじのを、二個買ってた。きっと魔理沙も食べるんだろう。
「ほらよ、食え」
魔理沙が、買った物の片方を私に差し出してきた。
ひょっとしたら二個ともくれるんじゃないかと心の底では思ってたから、ほんのちょっぴり残念。
「……魔理沙って、ちゃんとお金出すんだね」
「当たり前だろ。食い物は、死ぬまで借りられないから、な」
「ふ~ん、そーなのかー」
「そんなことより早く食え。冷めちまうだろ」
「これ、何?」
「肉まんだ肉まん。豚まんとも言うぞ」
「知らない」
そういえば、魔理沙が持ってるお金はどこから調達してるんだろう。
――疑うとキリがないので、魔理沙の言うとおりにすることにした。
もちろん、手元にある食べ物――肉まん、だったかな。それからは手に温かさが伝わっていて、食べたらおいしいということがこれだけで分かるような気がした。
見た目はまんまるくて、でも、底は平べったい。変なくぼみが上についてるのは何でなんだろう。
食べてみることにする。
「むぐ、はふはひ」
一口目。思ったより中が熱くて、口を離してしまいそうだったけど、なんとか噛み千切る。
「んむ、むぐ」
「こら、もうちょっと上品に食え」
魔理沙こそ。
って言いたいけど、口の中にまだ肉まんが残ってて、しゃべれない。
「……どうだ、ルーミア」
「ん」
「ルーミア、おいしいか?」
「……おいひい」
「そうか、良かったぜ」
おいしい。
正直な感想、そうとしか言えない。
生まれて初めて食べた、味。
中にお肉が入っててびっくりしたけど――あ、だから『肉』まんなのかー。
……そのお肉が、いままで食べた人間とは似てるようで違くて。
動物にも似てるようだけど、美味しさが全然違う。
口の中に広がる肉汁が、そしてお肉と絶妙に合うおまんじゅうみたいなのが、私をいっぱい幸せにしてくれる。
っていうと、稚拙って表現になるのかな。
でも、やっぱり、食事をするってこういうことなんだ。
人間を食べるのは、こう、なんというか、魂に感じるようなおいしさなんだけど。
こういうのを食べるのは、人間とは違う、変わった満足感がある。
言っちゃあ悪いけど、魔理沙のキノコじゃあ得られないものが、ここにある。
「はむ、むぐ、もぐ」
「おいおい、そんながっつくなよ」
二口目。
やっぱり、口いっぱいに幸せが広がる。
熱くて、口を火傷しそうなくらい。
おいしいものは、すぐになくなってしまうから残念だ。
あっという間に、私の肉まんは、後一口になってしまった。
「ルーミア、たかが肉まんでそんなさびしそうな顔するなって」
「むー……」
「仕方ないな、分かった、私の残りをあげ――」
魔理沙が最後まで言う前に、私は右手で残った肉まんを口の中に放り込み、左手で魔理沙の肉まんを取り上げていた。
ほぼ条件反射に近い形に、自分でびっくりする。
どうしたらいいか分からない、だから、とりあえず魔理沙に向かってお辞儀をした。
……なんで?
「はは、ルーミア、何してんだ。そんなに肉まんが美味しかったか?」
「む~……」
何やってんだ、私。
恥ずかしいのを隠したいから、魔理沙から貰った肉まんに口をつけることにする。
……やっぱり、おいしい。
私のだろうと魔理沙のだろうと、肉まんは肉まんだ。いや、分かってるけどね。
「いいか、ルーミア。こういうの、ジューシーって言うんだぜ?」
「ひゅーひー?」
どうやら肉まんは凄くジューシーな食べ物らしい。
……というか、なんで魔理沙がそんなことを知ってるんだろう。
食には興味がないんじゃなかったんだろうか。
――そういえば、魔理沙に直接聞いたことがない。
ちょうど今口に含んでる分を飲み下したところだ、聞いてみることにする。
「魔理沙って何でそんな事知ってるの?」
「ん? ああ、そういう話はアリスとするからな」
「ありす?」
「あれ、話さなかったっけか。たまにアリスの家行って食事とかしてるんだぜ」
「……食事?」
「ああ、アリスは料理が上手いからな」
そんなことはどうでもいい。
私が知りたいのは、そんなことじゃない。
「もしかして、魔理沙。私に隠れておいしいもの食べてたの?」
「……は?」
きょとん、と言うような表情で魔理沙は私を見つめた。
その視線に対して私も、ぐっと見つめる。
「……いやいや隠れてって訳じゃないぜ?」
「うそ」
「いやそんなつもりは無かったんだけどなぁ」
「私だっておいしいもの食べたいのに……!」
「うぇっ! ちょっと待てルーミア、顔が怖いぞ」
だって怒ってるもん。
そんなこと言われたって困る。
「分かった分かった分かった」
「……何が」
「いや、お前の、その、なんつーか……食に対する執念みたいのは分かったからさ」
「……別にいいもん」
「いや、そう拗ねるな」
「拗ねてない」
「その、なんだ……定期的に、ここに連れてきてやるから」
「……へ?」
ここ――人間の里に連れてきてくれる、ということか。
だとしたら、それは私にとってとても嬉しいことではあるんだけども、ちょっと怖いし、それに来ていいのかどうか。あとお金――
「ほら、約束だ約束」
「……うん」
魔理沙と約束の指切りをした。
なんだかんだで丸め込まれてしまったということか。
だったら、反論したほうがいいのかも。
「いや、やっぱり魔理――」
「ほら、ルーミア、あっちに鯛焼き売ってるぜ! ……と言っても分からないか」
やはり、魔理沙はいつもこんな調子だ。
私は魔理沙に向かってわざとらしく溜め息をついた。
魔理沙がそれに気付く。
「おいおい、なんだその態度はー」
「だって、魔理沙が~」
「私がどうしたんだ」
「……もういい」
「だったらほら、鯛焼き食いに行くぞ。それともいらないのか?」
「……ん」
「ルーミア」
「……食べる」
「よし」
もう、丸め込まれたっていいや。
そういうのも、悪くない気がしてきた。
もちろん、おいしいものが食べられるっていうのもあるけど、そうじゃない。
魔理沙だから。きっとそれが一番の理由。
――そんなことを考えながら、私は魔理沙にくっついた。
なんだかとても幸せな気持ちになってきたからだ。
「おいおい、どうしたルーミア」
「なんでもないよ~」
「まったく……そんなくっついてると邪魔だぜ」
そう言って、魔理沙は私の体を引き剥がした。
そして、手を私のほうに差し出した。
「ほら、行くぞ」
「……うん!」
そういえば、肉まんをすっかり忘れていた。
それをぱくっと口の中に放り込んで、ぎゅっと魔理沙の手を握る。
ああ、やっぱり幸せだな~と、なんとなく思った。
さっきまでこの手には、おいしい食べ物が握られてたけど。
今度のぬくもりは、それに負けないくらい温かいような気がした。
ルーミアが可愛くて満足です。
文章も読みやすかった。
しかし、魔理沙といながら人を食べ尽くしたいと思うルーミアはちと怖いw
なかなかの名言だと思います!w