「ふふふ……まあるい。まあるいつきがうかんでるわ」
私の隣でユラユラと身体を揺らしながら、猪口の中を覗き込んでいるフランドールのその顔は赤い。完全に酔っぱらいのそれだ。
「まったく、弱いのに何で毎回そんなに飲むのよ……」
毎度のごとくこちらの都合なんてお構い無しに突然やって来て、こいつから飲もうと言ってきたのにもかかわらず、結果はご覧の有り様だよ。
縁側に腰掛け、隣に座るフランドールに溜め息一つ。
酔っぱらいからは当然のごとくまともな答えは返ってこない。
「わたしは、れーむといっしょにのみたいの」
「それは光栄ね 」
適当に答えながら、夜空に浮かぶ満月を眺めつつ猪口を傾ける。中身は自分用に台所に常備している日本酒だ。脇に置いた小皿に盛った焼き塩を舐めつつ、少々甘味のある日本酒を口に運ぶ。
元来、私は辛口のお酒が好みで、甘口のものはあまり好まない。それなのに私が今甘口のお酒を飲んでいるのは、単に隣で酔っぱらい、管を巻いているこの吸血娘の好みに合わせたためだ。
私も彼女には随分甘いものだと息を漏らす。
「あはははは」
何が楽しいのか、フランドールは私の隣でケラケラと笑う。
「あんた飲みすぎよ」
「だいじょうぶよれーむ。わたしはだいじょうぶ」
「あんたの大丈夫は信用できないのよ。いいから少し寝てなさい」
元々フランドールは妖怪の割にお酒に弱い。人間である私に圧倒的に劣るのだからその弱さは推して知るべし。
その分さすが吸血鬼と言うべきか、完全に酔って寝てしまえば一時間もしないうちに回復してしまう。
「やだ、れーむとまだのむの」
「却下するわ」
「ぶー」
フランドールは唇を尖らせるが私は取り合わない。
「あんたが寝付くまでは話し相手になってあげるから。今はまず寝なさい」
「むー、じゃあねる!」
「はいはい、そしたら私はまず先に寝床の用意でもしてくるわ」
「えー、やだーここがいい」
腰を浮かせ掛ける私の袖を捕まれる。
酔いで力の調節が出来ていないのか、私の力ではそう簡単に振りほどけそうにない。
溜め息一つ。
「わかった、わかったから放しなさい。これじゃ動けないわ」
「ほんとう?」
「ええ、本当」
目の端に涙を浮かべて私を見上げるフランドール。魅了の魔法でも掛かっているのか、理性の鉄壁も粉砕しそうなその瞳から素早く視線を逸らして答える。
その場にまた腰を落ち着けた。
すると、彼女は嬉しそうに満面の笑みを見せると、私の背後に回る。
背中に軽い衝撃。
背後から腕が回される。
「なによ、これじゃ結局動けないじゃない」
「うふふ、これがいいの」
後ろから抱き締めるように、フランドールは私の背中に顔を埋める。
「れーむはあったかいね」
「あんたの身体は冷たいわね」
「きゅーけつきはあんでっどだから」
「アンデッドは総じて体温は低いものってことかしら?」
「そのとーり」
後ろから笑い声が聞こえる。
けれども、その笑い声も段々と小さくなっていき、やがてそれは寝息へと変わった。
私の身体はホールドされたままだ。外してしまっても良かったが、どうせ一時間もすれば勝手に起きてくるのだ。それなら、と私はそのままでいることにする。起きてくるまでは一人でそこかしこで聴こえる虫の鳴き声に耳を傾けながら、焼き塩を舐めつつ、お酒を飲むとしよう。
「……霊夢……大好き」
不意に聞こえてきた言葉に、一瞬だけ動きを止める。
こいつは、なんだってこうも不意打ちを仕掛けてくるのか。
「……おやすみ、フランドール」
私を捕まえる手に自身の手を重ね、背中に掛かる軽い体重の主に声をかける。
返ってくる言葉は無かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「ぬふぇ!?」
奇妙な叫びを上げるほどに私は驚いた。
それはそうだろう。昨夜の記憶がスッポリ抜け落ちて、私は霊夢の身体をホールドしてその背中に顔を押し付けているのだから、混乱するのも無理無いことだ。
うん、当事者が言うのだから間違いない。
霊夢の背中はやっぱ温かいわね。
「起きたわね、フランドール。とりあえず、まずは放してくれないかしら?」
「え、あ、うん」
言われた通りに霊夢の拘束を解く。
「鯖折りでもされるかと思ったわ」
「むう、そんなことしないよ」
「冗談よ」
霊夢は頬を膨らませた私の頭を撫でる。
そんなことじゃ許さないんだから。
頭を撫でられる。
ただひたすらに頭を撫で続けられる。
「っ! もうわかったわよ! 許してあげるから頭を撫でるのは止めて!」
「そう、ありがとう」
そう言って、彼女は私の頭から手を放す。その顔は少し名残惜しそうだった。
「……それで、どのくらい寝てたの?」
「だいたい一時間くらいね。いつも通りよ」
「そっか、ごめんね。毎回」
「そう思うのなら、正体無くすまで毎回飲むような事をしないでほしいところね。まあいいわ。あんたの場合は朝まで眠りこけることもまず無いし。楽なものよ。もっとも、大分酔いも醒めてしまったけれど」
霊夢の隣に座り直すと、私と彼女の間に置いていた空になった日本酒の一升瓶を猪口と一緒に脇へと退かす。
「どうする、もう一本開けるかしら?」
「止めておくわ。これ以上飲んだところで私の目的は達成できそうもないし」
問い掛けに首を横に振って肩をすくめる。
「それで、なんだって急にふたりでお酒を飲もうなんて言い出したわけ?」
「昨日魔理沙から、霊夢は酔うと口が軽くなるって聞いたの。それで、霊夢を酔わせて本音をあれこれ聞いてみようかなって」
図書館に来ていた魔理沙と偶々会ってそれからミスティアの屋台の話からお酒の話題になって、その時に魔理沙が話していたことだ。
「魔理沙、覚悟しておけよ……。そもそも私よりお酒弱いんだから、一緒に飲もうとした時点であんたが先に酔うのは当然じゃない」
「そうね。残念だわ。次はもっと上手い手を考えるわ」
「本人前に言うことじゃないでしょそれ。諦めなさいよ」
「いや、絶対吐かせてやるんだから」
「だったら、まずは私よりもお酒に強くなることね」
「むー、絶対霊夢の本音を聞かせてもらうんだから!」
「わかったわかった。そしたら一つだけ質問に答えてあげるわ。だからそんな膨れ面しないの」
「ほんと!?」
「ただし本音とは限らないわよ」
彼女は不適に笑う。
「それでも構わないわ」
私は笑みを華麗に受け流す。
だって、私が本当に聞きたいことはたった一つなのだから。
「……じゃあ、霊夢は私が好き?」
私は嫌われるのが怖い。だけど、私は愛し方なんてこれしか知らないから。全力でぶつかって、愚直に私の愛を押し付ける。
だから、こうして言葉にして確かめる。
聞きたいことはただ一つ。好きか、嫌いか、ただそれだけだ。
「そんなことは、言わなくても分かってるんじゃない?」
「分からないよ……」
私が霊夢に好きだと伝えて、これまで彼女から明確な言葉が返って来た事は無い。
「ねえ、教えてよ霊夢」
真っ直ぐに向ける瞳に映るのは、彼女の瞳だ。
答えは分かり切っている。
それは、霊夢が私の唇の隣に口付けを落とした事からも明らかだろう。
「それ以上の答えが知りたければ、後は私を酔わせることね」
そう言うと、空瓶と猪口と小皿を手に立ち上がる。
「片付けてくるわ。少し待ってなさい」
背中を見つめて、温かな感触の残る唇の隣を指先で撫でて、歯噛みする。
「卑怯者」
呟いた言葉は、縁側に吹く夜風に流されて私の耳を通り過ぎていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
台所の流しに空瓶と猪口と小皿を置くと、私はその場にしゃがみこんだ。
「危なかった……」
漏れ出すように言葉を紡ぐ。
フランドールに触れた未だ冷えた感触の残る唇を指先で押さえると、深く息を吐き出した。
正直なところ、あそこで切り上げていなければ、私の理性が持たなかったかもしれない。
あれは場に酔ったと言うのが正しいのだろう。
顔と身体が熱い。
「まったく、素面で言えるわけ無いじゃない。恥ずかしい」
まずは、この火照った顔と身体を冷ましてしまおう。
そう思い、棚から湯呑みを引き出して水を注ぐ。
一息に飲み干して、更にもう一杯。
「次は負けるかもしれないわね……」
湯呑みを片手に、ポツリと漏らした言葉は、博麗の巫女としての勘でも働いたのか、当たるような気がしてならなかった。
END
私の隣でユラユラと身体を揺らしながら、猪口の中を覗き込んでいるフランドールのその顔は赤い。完全に酔っぱらいのそれだ。
「まったく、弱いのに何で毎回そんなに飲むのよ……」
毎度のごとくこちらの都合なんてお構い無しに突然やって来て、こいつから飲もうと言ってきたのにもかかわらず、結果はご覧の有り様だよ。
縁側に腰掛け、隣に座るフランドールに溜め息一つ。
酔っぱらいからは当然のごとくまともな答えは返ってこない。
「わたしは、れーむといっしょにのみたいの」
「それは光栄ね 」
適当に答えながら、夜空に浮かぶ満月を眺めつつ猪口を傾ける。中身は自分用に台所に常備している日本酒だ。脇に置いた小皿に盛った焼き塩を舐めつつ、少々甘味のある日本酒を口に運ぶ。
元来、私は辛口のお酒が好みで、甘口のものはあまり好まない。それなのに私が今甘口のお酒を飲んでいるのは、単に隣で酔っぱらい、管を巻いているこの吸血娘の好みに合わせたためだ。
私も彼女には随分甘いものだと息を漏らす。
「あはははは」
何が楽しいのか、フランドールは私の隣でケラケラと笑う。
「あんた飲みすぎよ」
「だいじょうぶよれーむ。わたしはだいじょうぶ」
「あんたの大丈夫は信用できないのよ。いいから少し寝てなさい」
元々フランドールは妖怪の割にお酒に弱い。人間である私に圧倒的に劣るのだからその弱さは推して知るべし。
その分さすが吸血鬼と言うべきか、完全に酔って寝てしまえば一時間もしないうちに回復してしまう。
「やだ、れーむとまだのむの」
「却下するわ」
「ぶー」
フランドールは唇を尖らせるが私は取り合わない。
「あんたが寝付くまでは話し相手になってあげるから。今はまず寝なさい」
「むー、じゃあねる!」
「はいはい、そしたら私はまず先に寝床の用意でもしてくるわ」
「えー、やだーここがいい」
腰を浮かせ掛ける私の袖を捕まれる。
酔いで力の調節が出来ていないのか、私の力ではそう簡単に振りほどけそうにない。
溜め息一つ。
「わかった、わかったから放しなさい。これじゃ動けないわ」
「ほんとう?」
「ええ、本当」
目の端に涙を浮かべて私を見上げるフランドール。魅了の魔法でも掛かっているのか、理性の鉄壁も粉砕しそうなその瞳から素早く視線を逸らして答える。
その場にまた腰を落ち着けた。
すると、彼女は嬉しそうに満面の笑みを見せると、私の背後に回る。
背中に軽い衝撃。
背後から腕が回される。
「なによ、これじゃ結局動けないじゃない」
「うふふ、これがいいの」
後ろから抱き締めるように、フランドールは私の背中に顔を埋める。
「れーむはあったかいね」
「あんたの身体は冷たいわね」
「きゅーけつきはあんでっどだから」
「アンデッドは総じて体温は低いものってことかしら?」
「そのとーり」
後ろから笑い声が聞こえる。
けれども、その笑い声も段々と小さくなっていき、やがてそれは寝息へと変わった。
私の身体はホールドされたままだ。外してしまっても良かったが、どうせ一時間もすれば勝手に起きてくるのだ。それなら、と私はそのままでいることにする。起きてくるまでは一人でそこかしこで聴こえる虫の鳴き声に耳を傾けながら、焼き塩を舐めつつ、お酒を飲むとしよう。
「……霊夢……大好き」
不意に聞こえてきた言葉に、一瞬だけ動きを止める。
こいつは、なんだってこうも不意打ちを仕掛けてくるのか。
「……おやすみ、フランドール」
私を捕まえる手に自身の手を重ね、背中に掛かる軽い体重の主に声をかける。
返ってくる言葉は無かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「ぬふぇ!?」
奇妙な叫びを上げるほどに私は驚いた。
それはそうだろう。昨夜の記憶がスッポリ抜け落ちて、私は霊夢の身体をホールドしてその背中に顔を押し付けているのだから、混乱するのも無理無いことだ。
うん、当事者が言うのだから間違いない。
霊夢の背中はやっぱ温かいわね。
「起きたわね、フランドール。とりあえず、まずは放してくれないかしら?」
「え、あ、うん」
言われた通りに霊夢の拘束を解く。
「鯖折りでもされるかと思ったわ」
「むう、そんなことしないよ」
「冗談よ」
霊夢は頬を膨らませた私の頭を撫でる。
そんなことじゃ許さないんだから。
頭を撫でられる。
ただひたすらに頭を撫で続けられる。
「っ! もうわかったわよ! 許してあげるから頭を撫でるのは止めて!」
「そう、ありがとう」
そう言って、彼女は私の頭から手を放す。その顔は少し名残惜しそうだった。
「……それで、どのくらい寝てたの?」
「だいたい一時間くらいね。いつも通りよ」
「そっか、ごめんね。毎回」
「そう思うのなら、正体無くすまで毎回飲むような事をしないでほしいところね。まあいいわ。あんたの場合は朝まで眠りこけることもまず無いし。楽なものよ。もっとも、大分酔いも醒めてしまったけれど」
霊夢の隣に座り直すと、私と彼女の間に置いていた空になった日本酒の一升瓶を猪口と一緒に脇へと退かす。
「どうする、もう一本開けるかしら?」
「止めておくわ。これ以上飲んだところで私の目的は達成できそうもないし」
問い掛けに首を横に振って肩をすくめる。
「それで、なんだって急にふたりでお酒を飲もうなんて言い出したわけ?」
「昨日魔理沙から、霊夢は酔うと口が軽くなるって聞いたの。それで、霊夢を酔わせて本音をあれこれ聞いてみようかなって」
図書館に来ていた魔理沙と偶々会ってそれからミスティアの屋台の話からお酒の話題になって、その時に魔理沙が話していたことだ。
「魔理沙、覚悟しておけよ……。そもそも私よりお酒弱いんだから、一緒に飲もうとした時点であんたが先に酔うのは当然じゃない」
「そうね。残念だわ。次はもっと上手い手を考えるわ」
「本人前に言うことじゃないでしょそれ。諦めなさいよ」
「いや、絶対吐かせてやるんだから」
「だったら、まずは私よりもお酒に強くなることね」
「むー、絶対霊夢の本音を聞かせてもらうんだから!」
「わかったわかった。そしたら一つだけ質問に答えてあげるわ。だからそんな膨れ面しないの」
「ほんと!?」
「ただし本音とは限らないわよ」
彼女は不適に笑う。
「それでも構わないわ」
私は笑みを華麗に受け流す。
だって、私が本当に聞きたいことはたった一つなのだから。
「……じゃあ、霊夢は私が好き?」
私は嫌われるのが怖い。だけど、私は愛し方なんてこれしか知らないから。全力でぶつかって、愚直に私の愛を押し付ける。
だから、こうして言葉にして確かめる。
聞きたいことはただ一つ。好きか、嫌いか、ただそれだけだ。
「そんなことは、言わなくても分かってるんじゃない?」
「分からないよ……」
私が霊夢に好きだと伝えて、これまで彼女から明確な言葉が返って来た事は無い。
「ねえ、教えてよ霊夢」
真っ直ぐに向ける瞳に映るのは、彼女の瞳だ。
答えは分かり切っている。
それは、霊夢が私の唇の隣に口付けを落とした事からも明らかだろう。
「それ以上の答えが知りたければ、後は私を酔わせることね」
そう言うと、空瓶と猪口と小皿を手に立ち上がる。
「片付けてくるわ。少し待ってなさい」
背中を見つめて、温かな感触の残る唇の隣を指先で撫でて、歯噛みする。
「卑怯者」
呟いた言葉は、縁側に吹く夜風に流されて私の耳を通り過ぎていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
台所の流しに空瓶と猪口と小皿を置くと、私はその場にしゃがみこんだ。
「危なかった……」
漏れ出すように言葉を紡ぐ。
フランドールに触れた未だ冷えた感触の残る唇を指先で押さえると、深く息を吐き出した。
正直なところ、あそこで切り上げていなければ、私の理性が持たなかったかもしれない。
あれは場に酔ったと言うのが正しいのだろう。
顔と身体が熱い。
「まったく、素面で言えるわけ無いじゃない。恥ずかしい」
まずは、この火照った顔と身体を冷ましてしまおう。
そう思い、棚から湯呑みを引き出して水を注ぐ。
一息に飲み干して、更にもう一杯。
「次は負けるかもしれないわね……」
湯呑みを片手に、ポツリと漏らした言葉は、博麗の巫女としての勘でも働いたのか、当たるような気がしてならなかった。
END
すごいよかったです!!
寝ぼけて霊夢の背骨をバキッとやらずにすんで良かった。
続きも期待しています。
けど素直に伝えてあげてもいいと思うの…
暫しフラ霊のお話はお休みの予定です。スマヌ。
それでも、フラ霊のお話はまた投稿するつもりですので、それまで気長にお待ちいただければと思います。
大好きなカプなのでこれからもお願いします