Coolier - 新生・東方創想話

歩け! イヌバシリさん vol.7

2012/10/14 21:31:06
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※超絶オリジナル設定注意。
※一部残虐表現有り。



一作目は作品集144
二作目は作品集148
三作目は作品集154
四作目は作品集159
五作目は作品集165
六作目は作品集171 にあります。



【人物紹介】

犬走椛:白狼天狗。哨戒が仕事。両親を上層部に殺されている。昔、大天狗の下で裏稼業をこなしていた。

射命丸文:鴉天狗。新聞記者。椛のことを好いている。現在、神奈子から“ある事”を知らされたのが切っ掛けで天狗側から守矢神社に寝返った。

姫海棠はたて:鴉天狗。新聞記者。元引篭もり。文と椛のおかげで社会復帰できた。現在は天魔のもとで修行中。本人は知らないが、天魔の遠縁にあたる。ポテンシャルが高い。

大天狗:中間管理職。椛の上司。結婚願望の強さなら妖怪の山で並ぶ者はいない。昔はブイブイ言わしていた。椛のことを親しみをこめて「モミちゃん」と呼ぶ。

天魔:天狗社会の首領。見た目は童女だが、天狗の中では最も高齢。最強の天狗。自身の血が少し入っているはたてを可愛く思い、弟子に取った。

八坂神奈子:守矢神社の神 その1。信仰を得るためなら手段を選ばない。信仰のためなら他者を容赦なく蹴落とし、早苗すら利用する。

洩矢諏訪子:守矢神社の神 その2。祟り神を統括するだけあってか残忍な一面を時折垣間見せる。いつも早苗のことを気に掛けている。

東風谷早苗:守矢神社の巫女。現人神。椛のことをそこそこ気に入っている。





【 episode.1 蒟蒻物語 ~ Lord of the ko-n-nya-ku ~ 】


報告書を提出するために大天狗の屋敷を訪れた犬走椛。

「失礼します。報告書をお持ちしました」

廊下に立ち、襖の向こうにいるであろう大天狗に声をかける。

「もぐもぐもぐもぐ」
「 ? 」

返事の代わりに、何かを咀嚼する音が聞こえてきた。

「開けますよ。良いですね?」

不審に思い、一言断ってから襖を開ける。

「ひらっふぁい(いらっしゃい)」

左手で携帯食を持ち、右手で化粧をしつつ新聞を読む妙齢の女性、大天狗が椛を出迎えた。

「あふぁへほうしはっへ(朝寝坊しちゃって)」
「わかりましたから。食うか喋るか読むか化粧するか、どれか一つにしてください」

ニュアンスで大天狗の言いたいことを察して、彼女の両手が空くのを待つ。

「いやーごめんごめん。さっき起きたばっかりでさぁ。慌てて準備してたのよ」
「こっちは早番で、朝飯も食わずに駆けずり回ってるっていうのに貴女様は…」

椛の腹がくぅと鳴った。

「駄目よ朝食抜いちゃ。しっかり食べないと大きくなれないわよ? 私の爺様知ってる? 朝飯を欠かさなかったから身長6mもあったんだから」
「おかしいですって大天狗様の家系」
「棺おけに入れるのも一苦労だったわ。墓石代も馬鹿にならなかったし」
「大きすぎて古墳みたいになってますもんね。お爺様のお墓」

その場所はちょっとした山の名所になっている。

「モミちゃん。お話しながら仕事しててもいいかな?」
「ええ。どうぞ」

椛の了解を取ってから書類に判子を捺し始めた。内容などろくに確かめもせず次々と捺していく。

「今日は何時になく急いでますね?」

いくら寝坊したからとはいえ、これほどまでに慌てるものなのかと疑問に思う。

「今夜ね、山伏天狗の連中と合コンすることが急遽決まったのよ。だから残業したくないの」
「相変わらずですね」
「そんでもって、山伏天狗側が天魔ちゃんの大ファンでね。『連れて来てくれたら費用は全部持つ』って言ってくれたのよ」

これから天魔に合コンへ参加するよう説得しなければならなかった。
そのため、可能な限り時間を稼いでおきたかった。

「何故、山伏天狗は小さい容姿の異性を好むのでしょうね?」
「生粋のペドフィリア集団だもんねあいつら」

工場に篭り、印刷業を生業とする山伏天狗には何故か小児性愛者が多い。
容姿が幼ければ種族見境なく嫁婿候補に入れてしまう習性がある。
ある意味最も恐ろしい天狗である。

「大天狗様は行っても無駄なんじゃないですか?」
「ロリコンほど、心のどこかで姉さん女房を求めているのよ」
「どこから来るんですかその発想は」
「いいもん。最悪、黄色帽子にスモック着て乗り込むから」
「捕まりますよ?」
「何でよ!?」

わりと真剣に椛はそう思った。

「そもそも天魔様がいらっしゃるとは到底思えませんが」
「お菓子食べ放題とか言えばホイホイついてくるわよ」
「そんな単純なお方でしたっけ?」

子供の見た目なれど中身は老婆である。そのような俗な集まりに参加する姿が想像できなかった。

「まぁモノは試しよ。訊くだけ訊いてみるわ。だからちょっとついて来て」
「なんですか急に?」

大天狗は椛を連れて庭まで移動する。
彼女の手には、来る途中に蔵から引張り出した弓が握られていた。

「天魔ちゃんが合コンに参加してもらうには、天魔ちゃんの機嫌を良くする必要があります」
「交渉の基本ですね」
「なので合コンの誘いは矢文で送ろうと思います」
「なぜ矢文?」
「あの子って忍者びいきだからね、矢文が飛んでくるとすごくハシャぐのよ」
「そういえば戦国時代に貧しい農民集めて忍の里作ったのってあの方でしたね」
「天魔ちゃんが暖簾分けした忍者集団の天魔一族とか今どうしてるのかしら?」

ちなみに大天狗が持つ弓は、人並み外れた天狗の膂力にも決して折れる事のない妖弓である。
力がある者が引けば、山の一つや二つ、軽く越えてしまう。

「モミちゃんには、私の矢が天魔ちゃんの屋敷にしっかりと届いたか見てて欲しいのよ」
「私は別に構いませんが、危なくないですか?」
「大丈夫。先端の鏃(やじり)を外して吸盤にしたわ。これで危なくないわ」
「でもすごい速度で飛ぶんですよ? 運悪く誰かに当たったら骨折じゃすみませんよ。危なくないわけないですって」
「ちゃんと狙うから問題無いわ。だから危なくないわけないなんてないのよ」
「弓を使うの久しぶりなんでしょ? 危なくないわけないなんてないわけ……あれ? ちょっと待ってください」

椛が混乱し軽い頭痛に苛まれている間に、大天狗は矢を番えて引き絞る。
狙いは遥か遠くの山頂に向けられている。

「角度よーし、弓の張りよーし、風向きは南南西」
「北北東です」
「誤差の範囲よ」
「何処に飛ばす気ですか?」
「オリャ!!」

周囲に轟音と暴風を起しながら矢は空の彼方へと飛んでいった。
矢の行く末を椛の千里眼が見守る。

「どう?」
「方角は良かったです。しかしお屋敷よりずっと手前の茂みに落ちました」
「リトライね。もう少し強く引かないと」
「危ないんですから、次で決めてくださいよ」

椛は不安だけを感じながら、目的地である天魔の屋敷へ視線を送った。







天魔の屋敷。
姫海棠はたてが天魔の弟子となって数ヶ月。
この日も彼女は屋敷の庭で鍛錬を積んでいた。

「ほれあと5回じゃ。4…3…2…1…よし」
「ああーもう駄目」

ようやく腕立てが天魔の指定した数に達して、地面にへたれこむ。

「絶対明日筋肉痛だー、動きたくないー」
「根性無いのう最近の若い奴は」

弟子となってから今日まで、基礎体力の向上が主な内容となっており、特別な技や術はまだ何一つ教わっていない。
基礎が大事だという事は重々理解しているため、はたては現状に特に不満は無い。

「よし、じゃあ次は何にしようかの」
「まだやるんですか!?」
「当たり前じゃ」
「失礼します天魔様、お客様がお見えになっております」

次の鍛錬を考えていると、侍女がやって来てそう知らせた。

「ふむ、そうか。予定よりちと早かったのう。お通しせよ」
「かしこまりました」

侍女は恭しく頭を下げてから門の方へ向かった。

「じゃあ今日はここまでって事で失礼します」
「どこへ行く?」

今までの疲労など無かったかのようにサッと立ち上がり帰ろうとするはたてのスカートを掴む。

「え、だってお客さんがいらしたんじゃないんですか?」
「お主のためにここに招いたのじゃ」
「私のため?」
「お連れ致しました」

侍女の背後に二人の少女が立っていた。

「ご無沙汰しております。秋静葉です」
「本日はお招きいただきてありがとうございます。秋穣子です」

はたてにも面識のある人物だった。

「お忙しい中、わざわざお越しいただき感謝致します」

天狗の最高位は、秋を象徴する神に向かい深く頭を下げた。

「よしてください天魔さん、私達の仲じゃないですか」
「あのこれ、私が作ったコンニャクです」
「これは忝(かたじけ)ない」

穣子が真空パックで包装されたコンニャクを天魔に差し出す。
真空パックに入っているのは、穣子が作った後、河童の工場へ持って行き、パック詰めに加工してもらっているからだ。
この時期に秋穣子が作るコンニャクは大変美味とされ、山の面々に非常に人気がある。作られる数に限りがあるという理由から高級品として扱われている。

「おっと、紹介が遅れたの」

コンニャクを受け取ってから天魔ははたての方を向く。

「お二人は古よりこの山に居られる神でな、静葉殿は秋の訪れを、穣子殿は豊穣を司る格式高い御方達である」
(あ、そんなにすごい神様だったんだ)
「姉の静葉殿は古武術の達人でもある。いつも同じ基礎体力中心の修行では飽きると思ってな、特別講師を頼んだのじゃ」
「達人だなんてそんな。ちょっと秋式防衛術が使えるくらいですよ」
「秋式防衛術?」

静葉が謙遜しつつ放った聞き慣れない単語に、はたては小さく首を傾げる。

「秋式防衛術は優れた護身術じゃ。秋になると本領を発揮する有名な流派である。今日はその骨子となる動きをご教授していただく。色々と参考になるであろう」
(全シーズンオールラウンドに戦える流派の方が良かった)
「とりあえずビギナー向けにいくつかメニューを用意しました」

静葉が練習メニューと書かれた紙を広げる。



―――――――――― 【 秋式防衛術 練習メニュー 】 ――――――――――


秋の味覚をふんだんに使ったトレーニング ~ノスタルジックな気持ちを貴方に~

①焚き火の中から爆ぜて飛び出してきた栗を掴む。
目的:瞬発力の強化。

②栗の木を揺らして落下してきたイガを回避する。
目的:直感を磨く。

③米粒に筆で秋の好きな所を挙げ連ねる。(140字以内)
目的:集中力を鍛える。

④道具を用いず素手でカボチャをハロウィンランタンにする。
目的:指先の強化。

⑤茹でたマツタケを出来るだけ艶っぽく頬張る。
目的:女を磨く。

⑥ヒグマロン(捕獲レベル8)を倒す。
目的:修行の成果を発揮する。

―――――――――― 【 秋式防衛術 練習メニュー 】 ――――――――――

「何がしたいの!? 特に⑤番! それとヒグマロンって何!?」

意味がわからないまま、静葉の指導の下、はたての特訓は始まった。



①焚き火の中から爆ぜて飛び出してきた栗を掴む。

「焚き火の中から弾けて出てきた栗をキャッチして身を守りなさい!」
「アチッ! 危なッ!」

②栗の木を揺らして落下してきたイガを回避する。

「目で見ては落ちてくるイガに対応できないわ! 自分の勘を信じなさい!」
「痛ッ! 刺さった! 刺さってる!? 普通に痛い!!」

③米粒に筆で秋の好きな所を挙げ連ねる。(140字以内)

「一筆一筆心を篭めて…」
「出来ました」
「早っ!? しかも達筆!」
「こやつ、こういう所だけは器用なんじゃよ」

④道具を用いず素手でカボチャをハロウィンのランタンにする。

「このカボチャは固いわよ。天狗の力をフルに発揮して!」
「固い……ギブ」
「もっと根性見せんか!」

⑤茹でたマツタケを出来るだけ艶っぽく頬張る。

「さあ、この傘が開きかけのマツタケを出来るだけいやらしく食べるのよ」
「何の特訓?」
「“女”の特訓よ。それとも秋ナスの方が良かった?」
「そういうのは別所で儂が教える故、今回は良いぞ」
「いいですってば!!」

⑥ヒグマロン(捕獲レベル8)を倒す。

「ヒグマロンは体の毛が栗のイガになっているヒグマよ。殴る時は注意して!」
「山にこんなヒグマいましたっけ!?」
「肉が甘くて美味いぞ。ポンズに良く合う」
「味の解説よりも倒すアドバイスください!」



こうして一通りのメニューをこなし終えた。

「さて、この6つの特訓であなたの“秋力”もだいぶ上がったわ」

静葉は満足げに頷く。

(秋力って何だろう? 5しかないと『ゴミめ』って言われるのかな)
「それじゃあこれから本番を…」

静葉の言葉は、突如響き渡った轟音によりかき消された。
音がした方を振り返ると、屋敷を囲う塀の一部が崩れていた。









大天狗の屋敷。

「今度はどうなった?」
「やっと命中しました」
「よっしゃ!」

17本目でようやく成功し、大天狗はグッと拳を握る。

「それでお屋敷の塀が吹き飛びました」
「へ?」

吸盤はがっかりするほど効果を発揮しなかった。

「天魔様がこちらを見ていますね」
「どんな顔してる?」
「まな板の上の魚を捌いてるような顔してます」
「それガチで怒ってる時の表情だわ」
「屋敷から何かこちらに飛んできてます。鷹のようですね」
「天魔ちゃんの使役する鳥の中で一番優秀な子だね」

数分後、その鷹が屋敷の庭に降り立つ。

『ご機嫌麗しゅう大天狗殿』

鷹が嘴を開閉させて声を発する。
天魔が鷹に念を送り、喋らせているのだ。

『貴殿の矢文で我が家の壁に大穴が開いたのだが、何か釈明は?』
「うん、ごめんね。責任持って直すから」
『して肝心の文の内容が合同コムパの誘いじゃと?』

それは大天狗が期待していた声色とは程遠いものだった。

「参加してくれたら嬉しいなー……なんて……だめ?」
『では今からそちらに返事を“送る”ので、受け取っていただけるかな?』
「せっかく話してるんだから、今教えてくれた方が助かるなー」
『…』
「天魔ちゃん?」

鷹は「ケェ」と啼いてから、鮮やかな青色が広がる大空へ飛び立った。
大天狗はゆっくりと振り返る。

「まずい事になったわよモミちゃん」
「私はこれで」
「待った!」

そそくさとその場を離れようとする椛の肩を掴む。

「ウェイト! プリーズウェイト!」
「ドンタッチ!」
「まさかの英語!」
「離してください! 私は無関係でしょ!」
「そもそもモミちゃんが届けに行ってくれればこんな事には!」
「矢文で届けるって頑なになってたのは何処の誰ですか! それに私10本目外した時に『持ってきましょうか?』って進言しましたよね!?」
「とにかく助けて!」






天魔の屋敷。
鷹を引上げさせてから、天魔は辺りを見渡していた。大天狗にぶつける物を探していた。

「何か良いものはないかのう? 柔らかくて壊れにくいのがあると嬉しい」

柔らかい、という言葉に一抹の優しさを垣間見せる。

「私のコンニャクが最適かと」

穣子が自ら持参した土産を推した。

「いや、食べ物を使うというのはちと気が引ける」
「ご安心ください。私のコンニャクはどんな衝撃にも崩れず、10mの高さから落ちた玉子も割らずに受け止められる事が可能だと、河童との共同試験で実証済みです。
 河童の村長からは『まるで超展性チタン合金がコンニャクになったような究極の一品ね』と高い評価を頂いております」
(食べ物を金属に例えちゃったよ河童村長)

結局、他に投げるのに適した物が見るからなかったため、消去法でコンニャクが選ばれた。

「では大天狗様には、このコンニャクを美味しく頂いてもらうとしよう」

天魔は真空パックに『断る』とペンで記入してから、さっきまで塀があった場所に立つ。
視線の先には大天狗の屋敷があった。

「久しぶりに全力を出すか」

自分の手前にコンニャクを放り投げ、軽く助走をつけてから蹴飛ばした。



――― 亜高速で蹴り飛ばされたコンニャク

「天魔様が何かを飛ばしました。高く上がってます」

手で作った筒で天魔の屋敷を見ていた椛がそう報告する。

「風を読む天才の天魔ちゃんよ、落下地点は間違いなくここね」

――― 上昇を続けるコンニャク

「モミちゃん。私の部屋から『獅子殺し』取ってきて。ぶった斬っちゃる」
「あれ? その剣って昔に小天狗の奴に譲りませんでした?」
「アイツが死んだ時に形見として貰った。無断で」
「窃盗って言うらしいですよそれ」
「本当に? 初耳だわ」

――― 天に張られていた博麗大結界にぶち当たるコンニャク

「ようやく落ちてきますね。あと30秒くらいで着弾します」
「あー、私の目でも見えてきた。あれ石じゃない? 完全に終わったわ私ん家」
「石っぽい色してますけど違いますね。『秋蒟蒻。秋穣子作』って書かれています」
「コンニャクかー『獅子殺し』って何故かコンニャクだけは斬れないのよねぇ。それ以外なら何でも斬れるのに」
「意味わかんないですよねあの妖刀」

――― 落下まで25秒

「私の頭くらいある大きさのコンニャクが天から落下してきた時の衝撃ってどのくらいですかね?」
「ん~~~発破1個分?」
「帰ります」
「大丈夫よ幸い時間はまだある。当方に迎撃の用意ありよ」

大天狗は自室に戻り、修験者が持つ錫杖と呼ばれる杖を持ってきた。

「宝杖『空木倒し』。こいつで打ち返す」
「それも小天狗のでしたよね?」
「どうせ持ち主がいないんだから、誰かが使わないともったいないわ」
「椿木小天狗流棒術の開祖が生前愛用してた錫杖でコンニャク叩くとか、アイツ草葉の陰で泣いてますよ」

――― 落下まで10秒

落下地点に立ち、素振りをしてみる。

「良い音。バントでホームランできそうね」
「それは流石に…」

――― 迫り来るコンニャク。落下まで5秒

「へい! カマン!」

――― 落下まで3秒

「もらったぁぁ!!」

――― 空振る杖

――― すれ違うコンニャク

――― 諦めて耳を塞ぐ椛

「…」

「…」

「おや?」

しかし想像していた衝撃は何時まで経っても伝わってこなかった。
驚くことに、コンニャクは地面に落ちることなく、宙に留まり浮いていた。

「これは一体?」
「どうやら私のフルスイングが速過ぎて『真空』が生まれたみたいね。吸い寄せる力が発生したことで、このコンニャクは一時的に浮いているのよ」
「そんな滅茶苦茶な」

その直後、コンニャクは地面に落ちた。ぷるんとコンニャクが揺れただけで被害は無かった。

「これ欲しい? 秋姉妹印のコンニャクっていったらごく少数しか市場に出回らない高級品よ? 朝ごはんまだなんでしょ?」
「頂けるんでしたら」









天魔屋敷。

「土煙が立っていないところを見ると、どうやら受け止められてしまったようじゃな。流石は大天狗殿」

残念極まりないという表情の天魔。

「こうなってしまった事じゃし、今日の鍛錬はここまでじゃな。すまんのう、せっかく来ていただいたのに」
「いえいえお気になさらず。またご都合が良い時に呼んでください。私も穣子もお待ちしております」
「そうそう。なんたって秋はまだまだ始まったばかりですから」

一礼して、秋姉妹は帰っていった。

「じゃあ私も失礼しますね」
「待たれよ。お主に渡したいものがある。オイ」
「 ? 」

帰ろうとしたはたてを呼び止め、離れた位置に控えさせていた侍女を呼んだ。
やって来た侍女の手には一振りの刀があった。

「次回から剣術指南も鍛錬の内容に盛り込む。受け取れ」
「剣の修行!? やった!」
「基礎だけじゃぞ? 本格的にやるつもりは無い」
「あ、そうですか…」

喜びも束の間、すぐ釘を刺されて、シュンと落ち込む。

「剣術の基本動作くらいは覚えておいて損は無いからの。知っておけば剣士と対峙した時、対処の仕方がわかるからな」
「椛みたいになりたかったのに」
「お主では人生の殆どを剣に費やしても無理じゃな。才能なさそうじゃから」
「そこまで絶望的ですか?」

向き不向きがあるのはわかっているが、こうもはっきりと言われると傷つく。

「暇なときはこれを素振りしておれ」
「でもこれ真剣ですよね?」
「軽い木剣なんぞ振って何の意味がある?」

鞘から抜くと、磨かれた鏡のような刀身がはたての顔を歪めることなく映し出した。
椛達に支給されている剣よりも刀身が反っているため、剣というよりも刀と呼ぶほうが正しかった。

「くれぐれも家の中で振るでないぞ? 周りに誰もおらんことを確認するのじゃぞ? ナマクラじゃが刃物である、用心せい」
「気をつけます」

スカートのため腰に差す事が出来ないので、紐を肩に通して忍者のように担いだ。

「なんかカッコイイ」
「素振りをサボるでないぞ」
「はーい」

その重みに胸が高鳴るのを感じつつ、天魔の屋敷を出た。





















守矢神社。
祭具が一定の仕来りに従い並べられた本殿の中。八坂神奈子と射命丸文が神妙な面持ちで向かい合ってた。
神奈子の口から、これから起す計画の全容が告げられる。

「荒れますね。天狗社会どころか、妖怪の山、いや、場合によっては幻想郷全土にまで波紋が広がりますよ」

文は、かつて椛が守矢神社に誘拐された折、神奈子からある“事実”を告げられ。それが切っ掛けで守矢側に寝返った。
寝返ってから今日まで、天狗しか知りえない情報を密かに二柱に流していた。

「怖気づいた?」
「まさか、喜んで片棒を担がせていただきます」
「期待してるよ。お前さんが天狗社会の反応をスポイルしてくれる事を」

「ちょっとちょっと! なんか天狗の重鎮二人の動きがおかしいよ!」

二人の話が終わったちょうどその時、ドタバタと足音を立てながら洩矢諏訪子が入ってきた。

「何があったの諏訪子?」
「私が散歩してたらさ、上空を矢が何本も通過していったんだよ、発射元を探したら大天狗の屋敷からだった」
「その矢で何処を狙っていたのですか?」
「天魔の屋敷だった。その内の一本が天魔屋敷の壁を壊してた」
「なんだって!?」
「本当ですかそれ!?」

嘘のような話に二人は目を見開く。

「その後、天魔の屋敷から何かが・・・良く見えなかったけど『石』みたいな奴だった。それが大天狗の屋敷に打ち込まれた」
「あのお二人が仲違い? 天狗史で一度も聞いたことありませんよそんな事」
「どうやら情報を集める必要があるみたいね」
「そだね」

文は神奈子と諏訪子から視線を注がれているの気付く。

「わかってます。内通者とかそういう事を抜きにしても、気になる事ですし」
「こいつを持っていきなさい。役に立つわ」

神奈子からお守りを受け取ってから大天狗の屋敷に向かった。








(はてさて、どうやって調べましょうか)

大天狗の屋敷まで来た文。
茂みに身を隠しながら門の方を覗き見ると、大天狗と椛が会話していた。

「いやー、寿命が縮んだわ」
「誰のせいですか誰の」
「ごめんごめん」
「じゃあ私は大工と左官屋に天魔様の屋敷に行くよう伝えてきますから、ちゃんと謝りに行ってくださいよ」
「そうするわ」

そこで二人は別々の方向へ歩いていった。

(ここからでは良く聞こえませんでしたが、椛さんが何か知っているようですね)

椛の後を追った。








大天狗の屋敷を出た椛の機嫌は良かった。

(思わぬ棚ボタだった)

その手には貰ったコンニャクが包まれた風呂敷があった。

(珍品らしいから高く売れると仰っていたし、その金で干し肉でも買おうか)

大天狗曰く、愛好家が多いため需要過多の状況で、コンニャクにしては驚きの額で取引されているらしい。
自分が食べてしまうという選択肢は無かった。貧乏舌の自分には過ぎたモノだと考えていた。

「こんにちは椛さん」

偶然を装い、文は椛の前に現れる。

「ああ、文さん。こんにちは」
「これからどちらへ?」
「ちょっと大通りまで」
「ご一緒してもいいですか?」
「え、ええ…構いませんよ」
(今何か都合の悪そうな顔をしましたね)

普段の彼女が滅多に見せない態度に疑いの色が強まる。

(困ったな。大天狗様から『朝食べてないんでしょ?』と心配され、貰ったコンニャクを売り払うのを、文さんに見られてしまう)

椛の視線が手に持った風呂敷に向いたのを、文は見逃さなかった。

(椛さんってこんなガラの風呂敷を持ってましたっけ?)

風呂敷は、大天狗が真空パックのままだと持ちづらいから、と気を利かせて貰ったものである。
そのことを当然知らない文は、尋ねる。

「ところで椛さん、その風呂敷は?」
「え? こ、これの中身ですか? 着替えとか色々です。色々」
(中身までは訊いてもないのに。中に見られては困るものでもあるんでしょうか?)

椛が見せた一瞬の焦り顔からそう推理した。
椛の事がますます怪しく思えてきた。

「そういえば、大天狗様のお屋敷から矢が放たれたのを目撃したという話を聞いたのですが、何かご存知ありませんか?」
「さ、さぁ? 初耳ですそんなの。さっきまで中に居ましたけど何も無かったですよ?」
「妙ですね。目撃情報が何件もあったのに」
「鳥か何かと見間違えたんじゃないですか?」
(間違いない。椛さんは関わっている)

直後に大天狗と会話していたのだ、知らないわけなどない。
知っていてあえて隠しているとわかった。

(合コンの誘いの矢文を天魔屋敷に打ち込んで大目玉くらったなんて情けなくて言えるわけない。あまつさえそれに関わってしまったなんて口が裂けても)

自分の名誉のために椛は惚けていた。

『文、状況はどう?』
「ッ!?」

突然耳元から聞こえた神奈子の声に驚き、文は顔を左右に振った。

「どうしました?」
「ちょっと耳の近くを羽虫が通ったので驚いただけです」

文は神社を出る前に渡されたお守りを思い出す。

『お前さんに持たせたお守りには特殊な印が結んである。持っているだけで念で会話が出来る』
『そういうのは事前に説明してくれませんか?』
『それで何かわかったの?』
『天魔様と大天狗様の間に何かあったのは間違いなさそうです。それに椛さんが関わっている事も』

そこまで説明して椛の持っている風呂敷に目が行く。

『椛さんが持ってる風呂敷も、何か関係ありそうです』
『奪える?』
『無茶言わないでくださいよ。相手は椛さんですよ』
『そう』

ここで一旦神奈子は念話を切って、目の前にいた諏訪子と目を合わせた。

「よし、早苗に奪わせよう。おーい! さな・・・」
「私が行くよ」

鳥居の前で掃き掃除をしている早苗を呼ぼうとする声を、諏訪子が遮った。

「そうね、そっちの方が確実だわ」
「白々しい、私を向かわせるために早苗の名前を出したんだろうに」

吐き捨てるように言って、神社の裏手から諏訪子は出かけた。







念話が切れてしばらく経つ。
文と椛はまだ大通りには着いておらず、人通りの少ない山道を歩いていた。
とりあえず文は取り留めの無い話で場を繋いでいた。

「この前、新聞大会の時に。入稿締切の前日に原稿と写真を寝タバコで燃やした馬鹿がいまして」
小柄な少女が椛の横を通り過ぎた。音も気配も無く。
「それでどうなったんで……ん?」

会話に夢中になっていたら、右手が急に軽くなったのを感じ、足を止めて振り返った。

「あっれ~~? こんな所に風呂敷が落ちてたぞ?」

たった今まで椛が持っていた風呂敷を抱えて不敵に笑う諏訪子の姿がそこにはあった。
彼女の顔を見た瞬間、椛は両手の爪が熱くなる感覚に囚われる。

「返していただけますか?」
「『返せ』とは人聞きが悪いね。拾っただけさ」
「では拾っていただきありがとうございます。助かりました。それ私のなんです」
「それを証明する物は?」

頭の上に風呂敷を乗せて意地悪く訊いてきた。
返す気など無いとその口ぶりから理解する。
余裕の笑みを見せる諏訪子だったが、次の瞬間にそれは消えることになる。

「なにか拾ったよ?」

諏訪子の背後から現れたはたてが、諏訪子から風呂敷を取り上げた。
はたては帰り道の途中、二人の姿を見つけ、合流しようとした矢先に諏訪子の強奪現場に出くわした。
振り向いた諏訪子から露骨に敵意を向けられる。

「返してくれるかなお姫ちゃん?」
「姫? 確かに姫海棠って苗字だけど」
「返してもらおうか」
「返せって、これ椛のでしょ?」
「それを決めるのは私さ!」

奪い取るべくカエルのように飛び跳ねた。
しかし。

「椛、パス」
「あ、この!」

諏訪子の手が届くよりも早く、はたては椛に風呂敷を投げ渡していた。

「よこせ!」
「文さん!」

椛は文に向けて放る。

「待て畜生!」
「はたてパス!」

文からはたてへ風呂敷が戻ってくる。

「この! お前らいい加減に!」
「椛、と見せかけて文にパス!」
「うわああああああああああん!!」

三人の間をグルグルと回る諏訪子。
しばらくこの光景は続いた。


「そろそろやめましょう! なんかこれイジメみたいです!」

徐々に罪悪感を感じ始めた文の呼びかけで、二人は止まる。

「…」

風呂敷のパス回しが終わると、諏訪子は三人から少し離れた所で砂に字を書き始めた。

「すんごいイジけてますよ?」
「自業自得でしょうあれは。私の風呂敷盗もうとしたんですから」
「でもなんかこっちが悪者の雰囲気だよ」

諏訪子を遠巻きに見ながら話し合う。
とりあえず近づいて様子を見ることにした。
代表で文が話しかける。

「あのー諏訪子さ…ッ!!」

その瞬間、文は戦慄した。
覗き込んで見た諏訪子の口元が三日月のように歪んでいた。
そして地面に書いていた字はただの落書きではなかった。

「下がって!!」

椛とはたてを掴んで後方に飛ぶ。
諏訪子は一度両手を合わせてから、地面を叩いた。

「口寄せ! いでよ大沼主!」

諏訪子を中心にして地面から大きな煙が上がる。

「けほっ、何この煙?」

次の瞬間、はたてが持っていた風呂敷が消えた。

「あれ!? うそ!?」

煙が徐々に薄くなっていくと、自分達の前方に巨大なシルエットが浮かんでいるのに気がついた。

「お前らなんかコイツでケチョンケチョンにしてやるからな!!」

煙が完全に晴れると、諏訪子は大ガマの頭の上で胡坐をかき、三人を見下ろしていた。

「この大ガマは確か」
「知ってるんですか文さん?」
「麓の沼に住む大ガマです。一度、取材した事があります」

かつて文は、この大ガマが同胞を凍らせて遊ぶ氷精に報復したという記事を書いた事があった。
当時取材した時は大人2人分の大きさだったが、今の大ガマはその時よりも一回り大きくなっているような気がした。

「このカエル、あんまり強そうには見えな……伏せてっ!」

本能的に危機を感じた椛が咄嗟に二人の前に飛び出して盾を翳(かざ)す。

「何ッ!?」

椛の手から今の今まで持っていた盾が消えていた。
大ガマが喉をゴクリを鳴らす。一瞬だけ喉の表面が盾の形に盛り上がった。

「あの舌か」

頭上の羽虫を捕らえる超高速のカエルの舌。それに椛の盾は絡め取られて奪われた。はたてが持っていた風呂敷も同様の方法で奪われた。

「すごいだろう? 麓にデッカイ蛙が沼の主をやっているという噂を聞いて会いにいったんだ」

大ガマの頭をペシペシと叩きながら上機嫌に自慢する。

「会ってみると中々気骨のある奴だったからね。気に入ったから傘下に加えたの……マ゛ッ!?」

大ガマが自分の頭を掻くように繰り出したビンタが諏訪子に直撃し、椛達がいる方角まで払い飛ばした。
諏訪子の体はまるで枕のように軽々と地面を転がって跳ねながら三人の足元までやってくる。

「あのカエル。部下じゃないの?」

はたてが屈んで尋ねる。

「せ、戦力としてス、スカウトしただけだから。主従関係までは結んでない」

ゴロリと諏訪子は寝返りをうつ。

「あーもーなんか面倒臭くなってきた! いいやもうっ! そっちで好きにやってて!」

パス回しの被害にあい、召喚したカエルに裏切られやる気をなくしたのか、不貞寝してしまった。

「諏訪子様、トレーナーレベルが足りなかったんだ」
「ふむ、つまりあの蛙は制御不能で、風呂敷は自力で取り戻すしかないと」

状況を整理する文の頭に、お守りを通して神奈子が語りかける。

『文、風呂敷を呑んだカエルはこっちで回収する。だから天狗共の足を引張ってカエルをその場から逃がしなさい。わかっ…』
「おっと手が滑った」

神奈子の言葉の途中で、ポケットに入っていたお守りを地面に捨てた。

「ちょっと、聞いているの? ……帰ってきたらキツい灸を据える必要があるわね」

念が切れたその意味を理解し、神奈子は歯噛みした。
外野の声が消えて、文は目の前の敵に専念する。

「さてと、このカエルをどう料理してしま、危なッ!?」

悪寒を感じた文は本能的にその場から飛び去る。
直後、鈍い音と共に地面が凹んだ。

「これは」

大ガマは先ほど飲み込んだ椛の盾を舌先に巻きつけて、それをハンマーのように振っていた。

「こいつ、人様の盾を…うおっ!」

咄嗟に剣を前に突き出して受け止める。
受けた衝撃が剣を通じて椛の骨の芯まで伝わる。

「椛さん!」
「椛!」
「お二人とも下がって! こいつに素手は危険です!」

二撃目はもう次の瞬間には来ていた。

「ぐぅ!」

一撃目と二撃目の間の時間が恐ろしいほど短かった。
口に盾が納まったと思ったら、次の瞬間にはもう目の前に来てる

(この蝦蟇公、力も侮れないが、問題は速度だ)

獲物を一瞬で捕らえて呑み込むカエルの舌。
その舌から放たれる一撃は、直感と反射神経を駆使してかろうじて対応できる速度だった。
しかもそれが間を置かずに襲い来るとなれば脅威以外の何者でもない。

「これ本当にデカイだけのカエルですか?」
「おそらく、諏訪子様の力を受けて通常よりパワーアップしてるかと」
「それってちょっとヤバくない?」

そう話している間も、何発も椛に殺到していた。かろうじてそれを防ぎきる。

「調子に、乗るな!!」

迫ってきた舌に、真正面から剣をぶつけた。
少しは効いたのか、舌の連撃が止まった。

(なんだこの胸騒ぎは?)

椛の予感は的中する。大ガマは口の中で力を溜めていた。
そして今、その力を解放した。

「ッ!?」

再び椛を目指して一直線に飛んできた大ガマの舌。

(速いが防げる)

だがここで変化が起きた。

(舌をしならせて軌道を変えた!?)

腹に向かってきた盾は、急に方向を変えて椛の顔面に迫った。
咄嗟に跳躍、剣を引き顔の前に翳(かざ)してのけ反る

「ごっ!!」

浮き上がった椛の体を肉厚の盾が吹き飛ばす。

「椛!」
「大丈夫ですか!!」

仲間の心配の束の間。大ガマの目は次なる獲物を求めていた。

「くっ!」

次に狙われたのは文だった。
自身に向けられた鉄塊を足を上げて下駄で受け止める。
押された勢いを利用して後方に飛び、舌の間合いから逃れる。

「なんて力」

受け止めた一本歯下駄はその一撃でへし折れた。
一瞬だけ足首に激痛が走り、足の甲が痺れる。
しばらくはまともに動けそうにない。

「文ッ」
「はたて! 前!!」
「…あ」

文は今の衝撃で後ろに移動しており、大ガマの舌が届く範囲にいるのは彼女だけになっていた。
はたてと大ガマの視線が合った。
大ガマの口が開く。
文と椛を退けた沼の主の武器がはたてに向け伸ばされた。

(――避ける? それはもう手遅れ。――手で防ぐ? 指が全部折れる。腕も折れる。――文みたいに足で防ぐ? 今日は草鞋だった。――後ろに跳んで衝撃を…あ、もう目の前だ)

1/20秒の速度で迫る舌、その速度に引けを取らぬ速さではたての思考は回転する。

(そういえば“これ”があった)

腰を捻り背中を大ガマに向けた。
担いでいた刀に盾が衝突し、その衝撃ではたては地面を転がす。

「痛たたたたた」

紐が切れ、刀が背中から外れて飛んでいったお陰で直に衝撃が伝わらなかった事と、受身が上手く取れた事が幸いして背中の軽い打撲だけで済んだ。

「本当にアドリブに強いですねはたては」
「それほどでも」
「借りますよはたてさん」
「 ? 」

はたてと文の背後。弾かれた刀を椛が拾っていた。
刀の鞘を肩と頬で挟み、片手だけで抜刀する。軽くなった鞘が音を立てる事無く静かに落ちる。
抜き身の刀身に山の美しい景色が映りこんでいた。

「いい刀ですね」
「天魔様はナマクラだって言っていたよ」
「これがナマクラなら私達の剣なんて丸めた新聞紙ですよ」

右手に自前の剣を、左手にはたてが持っていた刀を携えて二人の前に立ち大ガマを睨みつける。

「すまし顔をしていられるのも今の内だぞ蝦蟇公。形成は逆転した」

先ほどまであった焦りの色が今はもう無かった。

「待ってください椛さん」

大ガマの間合いに入ろうとする椛を文が呼び止めた。

「まさか『カエルを殺すな』なんて言うんじゃないでしょうね?」
「違います。せっかく三人揃っているのですから三人で勝ちましょう、とご提案を」

『三人』という部分を文は強調した。

「…」

全く予想していなかった返答に、椛は絶句し、目を閉じた。次に目を開いた時、椛の体から殺気が消えていた。

(そうするのも悪くない)

素直にそう思えた。

「私は何をすれば?」
「少しの間、大ガマさんと遊んであげていてください。その間に私とはたてでやっつける準備しますから」
「承りました。お安い御用です」

三度、浅い呼吸を繰り返してから、再び対峙する。

「案ずるな沼の主よ、命までは取らない」

一歩前踏み込む。大ガマの舌が届く境界線を跨いだ。
大ガマの口撃が再開された。

「らぁっ!」

真正面から受け止めず、盾の側面を剣で叩くことで軌道を変え受け流す。
間を置かずに放たれた二撃目の舌を、はたてから借りた左手の刀で弾く。

「遅い」

直後の三撃目を右手の剣で払う。

「すごい、太鼓のバチみたいに軽々と」
「見とれてないでこっちも準備しますよ」
「準備?」

一撃を防ぐ度に椛は一歩前進する。そうやって段々と大ガマとの距離を縮めていく。

「舌が疲れたのか? 軽くなってきてるぞ?」

その言葉の直後、舌の連射が止まる。
大ガマは舌を口に収めると溜め始めた。

(これはさっきの)

椛は右足を引き、剣と刀を右腰の位置に持って来た姿勢で制止する。
放たれた舌は途中で軌道を変え、椛の顔に急接近した。

「二度も通じるかッ!!」

地面から空へ、腕を大きく振り上げた。
来るとわかっていた。だからタイミングはぴったりだった。盾の底の部分を二本で強打してやった。
盾は上空へと跳ね上げられ、それと繋がっていた舌が引張られて、大ガマは天を仰がされた。
真っ白な腹が椛達の前に無防備に晒される。

「今ですはたて!」
「え! 私!?」

はたての背後に立っていた文は、天狗の扇を手に振りかぶる。

「いっっきなさい! はたてぇぇぇぇ!!」
「えええええええ!!!」

煽いだ扇から生み出される圧縮された空気の塊。それがはたての背中にぶつかった。
大ガマのいる方向へ吹き飛ばされる。

「えっ!? ちょっと! え!?」
「その勢いを利用して大ガマさんを蹴りなさい!!」
「そんなの出来るわけ!」
「いえ、すでに出来てます。ほんとアドリブに強い」
「ほえ?」

回っていた目が正常に戻り、状況を確認する。自身の足が大ガマの腹に深々とめり込んでいた。


「ぐぇ」

大ガマの大口から、風呂敷が吐き出された。

「あ、出てきた」

それにはたては手を伸ばす。
しかし。

「この時を待っていた!!」

はたての手ともう一つ。風呂敷に伸ばされた手があった。

「諏訪子様!?」

不貞寝してやる気の無い風を装っていた。
はたての肩を足場に、さらに跳ぶ。誰もが諏訪子に奪われると思った。

「ごふっ」

誰にとっても予想できない事が起きた。
風呂敷に指先が触れ、勝利を確信した諏訪子に、大ガマが吐き出したもう一つのモノが衝突した。

「アレは!?」

それは子供の姿をしていた。蒼い髪に藍いリボンに青のワンピース、背中には結晶のような六枚の羽があった。

「チルノさん!!」
「誰です?」
「この世の全てのカエルを凍らせるために生まれた妖精です」

きっと大ガマに挑み、呑まれた直後に口寄せされてしまったのだろうと察した。
はたての手に、風呂敷が落ちてくる。

「一件落着だね」
「しかし思えばコイツも気の毒ですね」

椛は仰向けに倒れる大ガマに近づく。

「無理矢理呼び出されて、わけのわからないまま戦わされ…」
「見事ナリ少女ヨ。良キ勝負デアッタ」

白い煙が上がった後、大ガマは呼び出される前に居た沼に戻った。

「あのカエル、喋れるんだ」
「喋れますよ。チルノさんの事を聞いた時も流暢にお話してましたから。最初に言ったじゃないですか『取材した』って」
「あの見た目で、高尚な事言われるとなんか腹立ちますね」

諏訪子の方を見ると、氷精に因縁をつけられて弾幕ごっこを始めていた。
当分終わりそうになさそうだった。

「大天狗様が要らないからと貰いましたが、これのせいでとんだ災難です」

風呂敷の包みを開けた。
現れた中身にはたては見覚えがあった。

「あ、天魔様が蹴った奴だ」
「その場にいたんですかはたてさん?」
「うん、ちょうど鍛錬の途中だったから」
「あの、お二人とも。一体何の話ですか?」

状況の飲み込めていない文に、二人が事の顛末を説明する。

「えーと、大天狗様がおふざけで射った矢文が、天魔様の塀を破壊して、その報復としてコンニャクを投げつけたと?」
「大体そんな感じです」
「どうしてすぐに真実を教えてくださらなかったんですか」
「言えるわけないでしょう。恥ずかしすぎて」
「私の苦労って何だったんですか」

あまりのしょうもない事実に文は膝から崩れる。

「…」

椛は真空パックに包まれ、綺麗なままのコンニャクを手に考える。
結論が出ると、コンニャクを文の前に差し出した。

「あの、これ良かったら私達で食べませんか? 一度カエルの腹に入ったものとはいえ、綺麗に包装されてましたし」

最初は売るつもりだったが、こうして三人で取り返した今となっては、もはや自分だけの物でない気がした。

「なんか美容にも効果があるとか、腹持ちがいいとか、素材の味がそのままとか……駄目ですか?」

不安げな表情で尋ねる椛。

「ふふっ」

たった今までくたびれた様子の文に生気が戻った。
答えなど決まっていた。








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