とある朝、紅魔館のメイド十六夜咲夜は、烏天狗の発行する新聞を広げている、自分の主人を発見した。
普段は、紙面にザッと目を通すだけで、一つの記事を食い入るように読んでいる事など滅多にない。
よくよく見ると、瞳が僅かに輝いているようにも見える。
それを確認した瞬間、咲夜はクルリとその場で反転する。
こういう時、主人は必ず何かしらのアクションを起こす。
そして、その割を一番食うのは、他ならぬ自分なのだ。
決して焦らず、優雅な歩みを崩さずに。けれど、急いで部屋からの脱出を試みる。
避難訓練の心構えである。
扉まで辿り着き、ドアノブを引こうとした瞬間。
「へえ、なるほどねえ。ふーん。こういうのもあるのね‥‥」
独り言と呼ぶには、些か大き過ぎる声が、咲夜の耳に届いた。
ここで「あら、どうかなさいましたか? お嬢様」とでも声をかけてしまえば、そこでゲームセット。
内容は定かではないが、少なからず面倒くさい事になるのは避けられない。
そこで咲夜は、伝家の宝刀を引き抜く。
「‥‥‥‥」
聞こえなかったふりをして、そのまま歩を進める事にしたのだ。
否、それでは人聞きが悪い。
咲夜は、自分の耳に届いた声が、ひょっとしたら空耳だったのではないかなあ? と考える事で、一切の罪悪感を抱かずに、この窮地を脱する、最良の策を選んだのである。
「ねえちょっと咲夜。これ読んでみなさいよ」
無駄だった。
咲夜の試みは、直接話しかけられるという、回避不能の一撃をもって、失敗に終わったのだ。
いつの時代も、権力者は、弱者の必死の足掻きを、何気ない言動一つで粉微塵に打ち砕いてしまうものなのである。
「はい。では失礼して‥‥ええと、何々?」
諦めてレミリアの指差す記事に目を走らせる咲夜。
そこには、概ねこんな事が書いてあった。
「『命連寺にて、信者との交流会開催』
先日、命蓮寺では、大きなイベントが開かれた。
寺では人々に食事を振る舞い、終始和やかな雰囲気だったという。
また、会の途中では、集まった人々それぞれの、色々な一等賞を探すという興味深い催しも行われたそうである。
「里で一番笑顔が素敵なのは?」「一番頼りになるのは?」という、各々が用意した設問に、参加者は悩みながらも、非常に楽しんでいたようだ」
記事を読み終えた咲夜が、新聞をレミリアに返す。
「なるほど。他人の誇るべき長所を探す、ですか」
「ええ。割と素敵だと思わない?」
「確かに。流石は聖さんとその一派、という感じですね」
聖白蓮は、幻想郷では比較的珍しい、人格者として有名なのだ。
「そこでさ、私達もやってみましょうよ」
「え? これをですか?」
「そうよ。悪魔の館にだって、優しさは必要だわ。殺伐とした世の中、せめて自分が籍をおく場所でくらいは、癒しに包まれていたっていいじゃない」
「はあ‥‥」
「とある偉大な悪魔が、こんな言葉を残しているわ。「悪魔にだって、友情はあるんだ」‥‥とね‥‥」
「そ、それが何か?」
「いや、流れで使ってみたくなっただけ。とにかく、皆に声をかけておいて頂戴」
「み、皆って‥‥全員ですか?」
「そりゃそうよ。仲間外れがいたら、可哀想じゃない」
レミリアは実にノリノリだが、咲夜の胸には一抹の不安が残る。
そこで、こんな進言をした。
「お嬢様。全員参加となると、準備も大変です。それに、あまり大がかりにして、万が一楽しくなかった場合、その微妙な空気たるや、考えるだけで恐ろしくはないですか?」
「ん? ま、まあ、それは確かに」
レミリアを中心に集まる面々。
そこから発せられる、刺すような視線。
想像したレミリアは、思わず身震いした。
「そこで、こうしてみてはどうですか? まずは、我々幹部陣だけで、リハーサルを行いましょう。その結果、盛り上がりそうならば、全員を集め直して改めて開催。今一つアレな感じだったら、無かった事に」
「うーん、それが無難かもね。じゃ、まずはそうしましょうか」
「では、その趣旨で声をかけておきますね」
「うん、よろしく。あ、そうだ、咲夜」
「はい?」
「あんた、さっき私の言葉、聞こえなかった事にしたでしょ」
「‥‥‥‥はい?」
「それだよ! まさに!‥‥そういう、都合の悪い事には関わらないように、みたいなの、よくないと思うわよ?」
「はい‥‥」
レミリアからの本気のダメ出しに、物凄くテンションの下がった咲夜であった。
「はあ、紅魔館の一等賞、ですか?」
「ええ。お互いに褒め合って気分よくなりましょ。って事よ」
「なるほどね。まあ、たまにはいいんじゃないかしら」
「質問は、各自で用意してくださいね」
「私も参加していいんですか?」
「勿論。あとあなたには、審査もお願いしたいわ」
「面白そう! どんな一番を聞こうかな!」
「軽いお菓子も用意しますから、楽しみにしていてくださいね」
参加人数が少ない事もあり、スムーズに伝令は行き届いた。
後は開催を待つばかりの状況なのだが、咲夜の胸に芽生えた不安は、大きくなる一方であった。
「と、いうわけで、話の大筋は咲夜に聞いたわね?」
「はーい」
「ルールなんだけど、各自が準備した問題を順番に発表。それに対する答え‥‥というか、まあ投票ね。が、一番多かった者を、基本的には一等賞として認めるわ」
「基本的には?」
「ほら、票がばらける事もあるだろうし、他の人の意見を聞いて、やっぱりそっちの方が相応しいかなって思う事もあるでしょ?」
「ああ、確かに」
「そこで、票数とか色んな事情を総合的に判断した上で、小悪魔に最終的な一等賞を選出して貰う事にしましょう」
「まあ、小悪魔なら、後々に遺恨も残りづらいだろうし‥‥」
「つまり、自分のプレゼン次第で、一等賞を勝ち取る事も出来るって事ですね」
「そういう事よ。じゃ、早速始めましょうか。小悪魔には司会もやってもらうから、用意してきた質問の紙を渡してあげて頂戴」
「はーい」
こうして、余所の考えた面白そうな企画を丸パクリした会は幕を開けたのである。
「えー、それでは最初の問題を読ませて頂きます」
「案外、ちょっとドキドキするわね」
「問題! ‥‥え!?‥‥こ、紅魔館で、一番‥‥男にモテなさそうなのは?」
「な、何それ!」
「ちょっと待ってくださいよ!」
明らかに会の趣旨と反した設問に、一同がどよめく。
その時、周囲の反応に堪え切れなくなったのか、パチュリーの口から空気が漏れた。
「ぷふっ!」
「パチェ! あんたの仕業ね!」
「うふふふ、ごめんなさいね。まあ、こういう質問の一つくらいあった方が、面白いじゃない」
「まったく‥‥まあいいわ。あまり毒気が無さ過ぎても、確かに面白くないしね」
「では、各自が一番だと思う人の名前を、フリップに書いて出して下さい」
冷静に司会を務める小悪魔。
だが、彼女は見逃していなかった。
「こういう質問の一つくらい」とパチュリーが言った瞬間、他のメンバーが一様に目を泳がせていた事を。
「では、出揃ったようなので発表させて頂きます。えー‥‥
「フラン」「フラン様」「パチュリー様」「レミィ」「パチュリー」
‥‥となっていますね。では、それぞれ理由も言ってみてください」
「ほら、やっぱりこの中では、フランが一番子供っぽいじゃない? だから、男にモテるっていうのには、まだ早いでしょう?」
「私も、お嬢様と同意見ですね」
レミリアと咲夜が、当たり障りの無い答えを返す。
「なるほど‥‥では、続いてパチュリー様を選んだ方にも聞いてみましょう。美鈴さん、如何ですか?」
「ほらあの‥‥パチュリー様ってこう‥‥暗いじゃないですか。根が。だからまあ、まずモテないだろうと」
「ちょっと!」
美鈴の答えに、パチュリーが立ち上がって抗議する。
「いい!? 世の男性が皆、元気で明るい女が好きだと思ったら大間違いよ!」
「いや、あの‥‥」
「世の中には、需用と供給があるの! 巷に溢れ返る元気女なんかより、知的で物静かな女の方が、絶対数が少ない分、必要とされている筈なのよ!」
「くくっ‥‥」
必死に自己弁護をするパチュリーの姿に、数名の口から噛み殺した笑い声が漏れる。
この修羅場を打開するため、小悪魔は会を進行させた。
「で、ではここで次に‥‥フランドール様は、なぜパチュリー様を?」
「偏屈だから!」
「ぐふっ!」
「あっはっはっはっは!」
ストレートな物言いに、とどめを刺されるパチュリー。
それを見て、手を叩いて大喜びするレミリア。
が、この後、パチュリーは逆襲を開始する。
「ち、ちなみにパチュリー様は、レミリアお嬢様を挙げていますが‥‥」
「当然よ。もう、長い事一緒にいるけれど、レミィが男の存在を匂わせてる時なんか、一瞬たりとも無かったもの」
「ぐう! パ、パチェ!」
「あ、一回だけあったわね? 男に猛烈なアピールかけてた事。子供扱いされて、相手にしてもらってなかったけれど! おっほっほっほ! おーっほっほっほ!」
「キィーッ! よくもあの時の事を!」
古い話を持ち出すパチュリー。
激昂するレミリア。
その光景に、他の者は口々に呟く。
「み、醜い‥‥」
「なんという嫌な争い‥‥」
「これもう‥‥私、家出していいレベルだよね?」
その後も、耳を塞ぎたくなるような言い争いは、しばらく続いたが、フランドールの「もう、一番モテないの私でいいから」という大人の発言で、一応の決着が付く事になる。
「はあ‥‥最初から無駄に疲れたわ。それじゃ、気を取り直して次の質問に行って頂戴」
「はい。それじゃあ‥‥あ、これはレミリアお嬢様のですね。ええと‥‥この中で一番、気配りが上手なのは?」
「あ、すごいまとも」
「まともっていうか‥‥こういうのが本来の趣旨じゃないの?」
先ほどとはうってかわって、選ばれて嬉しい一等賞。
答えを書く面々の表情も穏やかである。
「では、発表しますね。えー‥‥
「咲夜」「美鈴」「お嬢様」「咲夜」「お姉さま」
となっています。レミリアお嬢様と咲夜さんが同着ですね」
「あら」
「それじゃあ、理由を発表して行きましょう。咲夜さんはお嬢様とパチュリー様が挙げていますが‥‥」
「まあ、メイドだし」
「それが本分みたいな部分もあるでしょ?」
「なるほど。ご尤もですね。お嬢様を選んだのは、美鈴さんと妹様ですね」
「咲夜さんと迷ったんですけどね。このタイミングで、この設問を用意していたのが決め手ですかね」
「なんだかんだで、一番紅魔館に住んでる皆の事考えてくれてると思うよ」
「そうですね。流石はお嬢様といったところですかね。それから‥‥咲夜さんは美鈴さんとのお答えですが」
「ええ。なんていうか‥‥ムードメイカーっていうのかしら。なんとなく、周りに安心感を与える感じがするでしょう?」
「ああ、なんとなくわかりますね。ふーむ、難しいところですが‥‥私の独断で、今回の一番は、レミリアお嬢様とさせて頂きたいと思います」
「あら、いいの?」
「いいんじゃない?」
「異議なし」
「ありがと」
「‥‥‥‥」
「‥‥なんか、嬉しいけど、こっ恥ずかしいわね」
「あはははは」
僅かに頬を染めるレミリア。
その様子に笑みをこぼす面々。
ようやく、会が正常に動き始めたと思われた。
「では次の問題ですが‥‥うーん、これは‥‥」
「どうしたの?」
「まあ、読んでみますね。えー、この中で一番、裏表が激しそうなのは?」
「うわ」
「また、そんな感じなの?」
「誰の質問ですか?」
「妹様ですね」
「なんか、ごめんね」
「まったく‥‥ま、仕方ないわ。パパッと終わらせましょ」
せっかくいい方向に流れが向き始めた矢先、一問目に続いて他人を貶める系統の設問。
恐らくフランドールも、自分一人くらいなら、多少浮いた事を書いても構わないと思っていたのであろう。
「おっと、回答が出揃いましたね。‥‥おや?
「美鈴」「美鈴」「私」「美鈴」「めーりん」
となっています。なんと、パーフェクトですね」
「おお」
意外な展開に、場が少し盛り上がる。
「って、自分で自分を? それも、こんなネガティブな問題で」
「なんで?」
「まあ、それも含めて理由を聞いて行きましょうか。ではまず、咲夜さんから」
「ほら、美鈴って、なんとなく人を煙にまくような物言いとかするじゃない。なんかこう‥‥人当たりはいいんだけど、腹に一物もってそうな」
「ああ、はいはい。わかるわかる。私も同意見よ」
「私もー」
咲夜の言葉に、パチュリーとフランドールが頷く。
その様子に、美鈴は若干複雑そうに苦笑いしている。
「美鈴さんは、自分の名前を書いていますね?」
「はい。消去法で。他の皆はなんていうか‥‥裏表とか、そういうレベルじゃないですもん。強いて言うなら、両裏面っていうか‥‥これで、更に裏があるとか言われたら、泣きながら荷物まとめますね」
「おい」
「さ、さあ、それじゃ、他の意見も聞いてみましょうね!」
「そ、そうですね!」
美鈴の失言で、不穏な空気が流れかけたが、小悪魔の好フォローが冴える。
命拾いした美鈴は、小悪魔に頭を下げた。
「では、お嬢様は? 長い付き合いなだけに、色々な面を知っていそうですね」
「ちょっと長くなるけど、いい?」
「別に構いませんよ」
それじゃあ、と、レミリアは咳払いをして、語り始める。
「あれは‥‥そうねえ、何年‥‥何百年前の事だったかしら。当時の私達って、今ほど平和に毎日を過ごしてたわけじゃないのよ。吸血鬼狩り、魔女狩りなんてのもあったし、割と殺伐とした生活を強いられている時期もあったの。
そんな時、一人の侵入者が捕らえられたわ。お父様の首を狙って入って来たらしいんだけど、まあ、返り討ちにされたわけ。
で、そいつは捕虜として扱われる事になったのね? 背後に大きな組織でもあるんじゃないか、って。で、まあ調査の結果、何か情報を持ってそうだったのね。そうするとどうなるかっていうと、何とかしてその情報を引き出そうとなるじゃない? けどまあ、今度はその方法に困るわけよ。
色々話し合ったんだけど、その時に、当時既に門番として働いてた美鈴が割って入るわけよ。「まあ待ってください」と。「私に任せてみては貰えませんか」と。
それでまあ、皆も納得したわけね。「北風と太陽なんて話もあるし、強引に話を引き出すよりは、美鈴みたいなのが優しく接するのも、逆に効果的じゃないか」って。
結局、その日から、捕虜の拘束してある部屋に、美鈴が通う事になったのね。一人で。なんでも、あんまり大勢で押し掛けると警戒されるでしょうって事だったんで、これにも皆納得したわけよ。
で、本題はここからなんだけどね‥‥」
そこまで話したところで、レミリアは一度息を整える。
周りを見ると、どうやら話の内容に食い付いてきているようだった。
その様子に気を良くしたレミリアは、話を再開する。
「ある日、私が自分の部屋にいるとね。物音が聞こえるわけよ。で、気になったから音の出所を探してみると、どうも、例の捕虜がいる部屋から聞こえてくるのね。
その時、思ったのよ。「もしかしたら、あいつが暴れてるんじゃないか?」「だとしたら、美鈴が危ないんじゃないか?」って。
で、どうしても気になって、こっそりドアを開けて、隙間から覗いてみたのよ。そしたら‥‥あの光景は、今でも網膜に焼き付いてるわね」
ゴクリと唾を飲み込む音が聞こえる。
「もうね、あれよ。500年の人生の中で、あんなに楽しそうに相手をいたぶる奴なんて、見た事ないわ。」
「ええええ!?」
「あれはもう、トラウマになるわね。無抵抗の相手を、どうしてあんなに愉快そうに痛めつけられるんだろうと‥‥その日から、私の中での美鈴像が大きく変わったわ」
話を聞き終えた面々が、美鈴に目を向ける。
その視線には、軽蔑の色がハッキリと浮かんでいる。
一方、美鈴は、口をパクパクとさせ、必死に首を振っていた。
その光景に満足したレミリアは、言葉を続けた。
「‥‥なんて、そんな話があったとしても、案外不思議に思わないでしょ? 現に、あんたらも信じたみたいだし」
「え?」
「嘘よ嘘。流石に。まあ、そういう話がすんなり作れちゃうくらい、腹の奥に何を抱えてるか分からない子って事よ」
ケラケラと笑いながら、レミリアは言う。
他の者も、作り話だとわかり、胸を撫で下ろしている。
が、ここで納得できないのは、当の美鈴だった。
「ひ、ひどいじゃないですか! いくらなんでも!」
「あら、気に障った?」
「当たり前ですよ! 今後私が、そういう目で見られたら、どうするつもりですか!」
「あら、だけど、あながち完全な作り話ってわけでもないでしょう?」
「え?」
「いいわ。この際、美鈴が案外、悪魔の従者に相応しい子だって事、皆に教えておいてあげる」
終わったと思われたレミリアの話が、再び続く。
内容が内容なだけに、周りの者もしっかりと話を聞く体制が出来ていた。
「こんだけ長い間一緒にいると、本当に稀だけど、ちょっと本気で戦う場面ってのが出てくるわけよ。お互いの譲れない部分だったり、誇りのためだったり。
それでまあ、今まで‥‥三回くらいかしら。美鈴と本気でやり合ったのね。ただ、やっぱり私って強いじゃない? 種族的に。初めは互角に見えても、少しずつ優劣が付いてくるのよ。それで、いよいよ勝てないってなった時に、美鈴がどうするかって言うと‥‥」
「わー! ちょっと! やめてくださいよ!」
慌てて美鈴がレミリアの話に水を差す。
「昔の話じゃないですか!」
「昔の話なら、別にいいじゃない。
もう、このままじゃ勝てないって状況に、美鈴が追い込まれるとね‥‥まず、目を狙い始めるのね。露骨に」
「うわっ!」
「もう、その時点で、こっちとしてはドン引きなんだけどね。それが最終的には、目、鳩尾、ヒザしか狙わなくなってくるの」
「うわー‥‥」
「まあ、最終的には、それでも私が勝ったのよ。それが初めて本気でやり合った時の話ね。で、何十年か後に、また似たような機会があったんだけどさ‥‥もう、最初から目を狙ってくんの。あれはビックリしたわ。顔にさ、書いてあるの。「私はこれからあなたの眼球を潰します」って」
「容赦なしですね」
「で、更にビックリしたのがね。美鈴のキックが、当たったのよ。それで、何か変だな? って思ったらさ、靴に鉄板入ってんの」
「完全に殺す気じゃないですか!」
「そう。仮にも主人相手によ? もう、信じらんないわよ。ね?」
レミリアに話を振られた美鈴は、額に手を当て項垂れていた。
が、何とか声を絞り出す。
「ち、違うんですよ。あの‥‥私って、門番じゃないですか。つまり、護りの要なわけですよ。そしたらもう‥‥何としても負けは許されないじゃないですか。そういう、責任感の表れっていうか‥‥」
「その護りの要が、なんで主人を亡き者にしようとしてくんのよ」
「それはあの‥‥あの頃は私も若かったっていうか‥‥負けたくないなあって‥‥」
「ダメじゃん。門番とか関係ないじゃん」
「ええと‥‥その節は本当にすみませんでした」
「謝った!」
「非を認めた!」
「うう‥‥もう許してくださいよお」
渾身の言い逃れを、瞬く間に打ち砕かれ、美鈴は既に涙目であった。
それを見てスッキリしたレミリアは、話を戻す。
「ま、いいわ。それより、そろそろ次の問題に移りましょうよ。後残ってるのは‥‥美鈴と咲夜?」
まだ質問を発表していない者を確認し、何かを感じたのか、レミリアは露骨に嫌な顔をする。
「先に言っとくけど、もし、あまりにも変な事書いてあったら、容赦なく中断させるから。じゃ、小悪魔読んで」
「では美鈴さんのから。えーと‥‥この中で、一番性欲が‥‥」
「はいアウトー!」
レミリアの予感は的中した。
「あんた、何考えてんの?」
「ダメでした?」
「ダメに決まってんでしょ! もういいわ。次、ラストの咲夜ね。読んで」
「はい。では‥‥この中で、一番性癖‥‥」
「アウトー! ストーップ!」
既にわかっていたのか、レミリアの反応は素早かった。
問題の読み上げを中止させ、二人に詰め寄る。
対する咲夜と美鈴は、怒られる雰囲気を感じ取り、自然と正座している。
「あのさ‥‥なんで?」
「はい?」
「なんで、二人でこういう事すんの?」
「ええと‥‥」
「まあ、どっちかだけが、こういう事書くならね? 百歩譲って許せるわよ。‥‥なんで二人ですんの?」
「その‥‥私は、あの‥‥みんな普通の事書くだろうし、一人くらいふざけてもいいかなって‥‥」
「咲夜は?」
「あ、その‥‥私は、初めはちゃんと書いてたんですけど‥‥「この中で一番センスがいいのは?」って‥‥」
「いいじゃん、それ。この会にピッタリじゃない。何? なんで変えたの?」
「たまたま、美鈴の書いた内容が目に入りまして‥‥いいなぁ、って。ウケそうだなぁ、って」
「‥‥私もウケたいなぁって?」
「はい」
「バカじゃないのホントに」
「ただ、あの‥‥こう言うのもなんですけど、この企画を我々がやるのは、ちょっと無茶なんじゃないかと、早い段階で少し思ってました」
当初から咲夜の胸にあった不安。
それは、盛り上がる、盛り上がらないどころの話では無かった。
紅魔館と命蓮寺では、根本的に、集まっている人材の方向性が違うのだ。
【比較】
紅魔館 命蓮寺
レミリア 「一番の気配り上手は?」 白蓮「一番笑顔が素敵なのは?」
フラン 「一番裏表が激しそうなのは?」 星 「一番頼りになる人は?」
パチュリー「一番モテなさそうなのは?」 一輪「一番の料理上手は?」
咲夜 「一番性癖に問題がありそうなのは?」 水蜜「一番の力持ちは?」
美鈴 「一番性欲が強そうなのは?」 ナズーリン「一番お洒落なのは?」
こうである。
これでは、同じような事を行っても、同じ結果が得られるわけが無い。
咲夜の言い分も尤もである。
だが‥‥
「うっさいわよ! 基本的に、あんたと美鈴のせいじゃない!」
レミリアの言い分は、もっと正しかった。
「もー! なんでそうやって‥‥面白く見せようとすんのよ! 自分を! いいじゃないの普通で!」
「まあ、そう言われれば反論の余地がないんですが」
「そもそも、面白くしようとした結果、なんで品が無くなるのよ! しかも二人して! どんだけ仲良しなのよ!」
「あっはっは‥‥まあ、仲は割といい方ですね」
「うっさいよ!」
「あ、そうですわ。お嬢様。この仲で、一番仲がいいコンビは? というのは‥‥」
「もういいっての!」
いつもと違う、和やかに癒されるのを目的として開催された遊び。
その結末は、いつも通りに、和やかさも癒しも、微塵も感じられないものだった。
普段は、紙面にザッと目を通すだけで、一つの記事を食い入るように読んでいる事など滅多にない。
よくよく見ると、瞳が僅かに輝いているようにも見える。
それを確認した瞬間、咲夜はクルリとその場で反転する。
こういう時、主人は必ず何かしらのアクションを起こす。
そして、その割を一番食うのは、他ならぬ自分なのだ。
決して焦らず、優雅な歩みを崩さずに。けれど、急いで部屋からの脱出を試みる。
避難訓練の心構えである。
扉まで辿り着き、ドアノブを引こうとした瞬間。
「へえ、なるほどねえ。ふーん。こういうのもあるのね‥‥」
独り言と呼ぶには、些か大き過ぎる声が、咲夜の耳に届いた。
ここで「あら、どうかなさいましたか? お嬢様」とでも声をかけてしまえば、そこでゲームセット。
内容は定かではないが、少なからず面倒くさい事になるのは避けられない。
そこで咲夜は、伝家の宝刀を引き抜く。
「‥‥‥‥」
聞こえなかったふりをして、そのまま歩を進める事にしたのだ。
否、それでは人聞きが悪い。
咲夜は、自分の耳に届いた声が、ひょっとしたら空耳だったのではないかなあ? と考える事で、一切の罪悪感を抱かずに、この窮地を脱する、最良の策を選んだのである。
「ねえちょっと咲夜。これ読んでみなさいよ」
無駄だった。
咲夜の試みは、直接話しかけられるという、回避不能の一撃をもって、失敗に終わったのだ。
いつの時代も、権力者は、弱者の必死の足掻きを、何気ない言動一つで粉微塵に打ち砕いてしまうものなのである。
「はい。では失礼して‥‥ええと、何々?」
諦めてレミリアの指差す記事に目を走らせる咲夜。
そこには、概ねこんな事が書いてあった。
「『命連寺にて、信者との交流会開催』
先日、命蓮寺では、大きなイベントが開かれた。
寺では人々に食事を振る舞い、終始和やかな雰囲気だったという。
また、会の途中では、集まった人々それぞれの、色々な一等賞を探すという興味深い催しも行われたそうである。
「里で一番笑顔が素敵なのは?」「一番頼りになるのは?」という、各々が用意した設問に、参加者は悩みながらも、非常に楽しんでいたようだ」
記事を読み終えた咲夜が、新聞をレミリアに返す。
「なるほど。他人の誇るべき長所を探す、ですか」
「ええ。割と素敵だと思わない?」
「確かに。流石は聖さんとその一派、という感じですね」
聖白蓮は、幻想郷では比較的珍しい、人格者として有名なのだ。
「そこでさ、私達もやってみましょうよ」
「え? これをですか?」
「そうよ。悪魔の館にだって、優しさは必要だわ。殺伐とした世の中、せめて自分が籍をおく場所でくらいは、癒しに包まれていたっていいじゃない」
「はあ‥‥」
「とある偉大な悪魔が、こんな言葉を残しているわ。「悪魔にだって、友情はあるんだ」‥‥とね‥‥」
「そ、それが何か?」
「いや、流れで使ってみたくなっただけ。とにかく、皆に声をかけておいて頂戴」
「み、皆って‥‥全員ですか?」
「そりゃそうよ。仲間外れがいたら、可哀想じゃない」
レミリアは実にノリノリだが、咲夜の胸には一抹の不安が残る。
そこで、こんな進言をした。
「お嬢様。全員参加となると、準備も大変です。それに、あまり大がかりにして、万が一楽しくなかった場合、その微妙な空気たるや、考えるだけで恐ろしくはないですか?」
「ん? ま、まあ、それは確かに」
レミリアを中心に集まる面々。
そこから発せられる、刺すような視線。
想像したレミリアは、思わず身震いした。
「そこで、こうしてみてはどうですか? まずは、我々幹部陣だけで、リハーサルを行いましょう。その結果、盛り上がりそうならば、全員を集め直して改めて開催。今一つアレな感じだったら、無かった事に」
「うーん、それが無難かもね。じゃ、まずはそうしましょうか」
「では、その趣旨で声をかけておきますね」
「うん、よろしく。あ、そうだ、咲夜」
「はい?」
「あんた、さっき私の言葉、聞こえなかった事にしたでしょ」
「‥‥‥‥はい?」
「それだよ! まさに!‥‥そういう、都合の悪い事には関わらないように、みたいなの、よくないと思うわよ?」
「はい‥‥」
レミリアからの本気のダメ出しに、物凄くテンションの下がった咲夜であった。
「はあ、紅魔館の一等賞、ですか?」
「ええ。お互いに褒め合って気分よくなりましょ。って事よ」
「なるほどね。まあ、たまにはいいんじゃないかしら」
「質問は、各自で用意してくださいね」
「私も参加していいんですか?」
「勿論。あとあなたには、審査もお願いしたいわ」
「面白そう! どんな一番を聞こうかな!」
「軽いお菓子も用意しますから、楽しみにしていてくださいね」
参加人数が少ない事もあり、スムーズに伝令は行き届いた。
後は開催を待つばかりの状況なのだが、咲夜の胸に芽生えた不安は、大きくなる一方であった。
「と、いうわけで、話の大筋は咲夜に聞いたわね?」
「はーい」
「ルールなんだけど、各自が準備した問題を順番に発表。それに対する答え‥‥というか、まあ投票ね。が、一番多かった者を、基本的には一等賞として認めるわ」
「基本的には?」
「ほら、票がばらける事もあるだろうし、他の人の意見を聞いて、やっぱりそっちの方が相応しいかなって思う事もあるでしょ?」
「ああ、確かに」
「そこで、票数とか色んな事情を総合的に判断した上で、小悪魔に最終的な一等賞を選出して貰う事にしましょう」
「まあ、小悪魔なら、後々に遺恨も残りづらいだろうし‥‥」
「つまり、自分のプレゼン次第で、一等賞を勝ち取る事も出来るって事ですね」
「そういう事よ。じゃ、早速始めましょうか。小悪魔には司会もやってもらうから、用意してきた質問の紙を渡してあげて頂戴」
「はーい」
こうして、余所の考えた面白そうな企画を丸パクリした会は幕を開けたのである。
「えー、それでは最初の問題を読ませて頂きます」
「案外、ちょっとドキドキするわね」
「問題! ‥‥え!?‥‥こ、紅魔館で、一番‥‥男にモテなさそうなのは?」
「な、何それ!」
「ちょっと待ってくださいよ!」
明らかに会の趣旨と反した設問に、一同がどよめく。
その時、周囲の反応に堪え切れなくなったのか、パチュリーの口から空気が漏れた。
「ぷふっ!」
「パチェ! あんたの仕業ね!」
「うふふふ、ごめんなさいね。まあ、こういう質問の一つくらいあった方が、面白いじゃない」
「まったく‥‥まあいいわ。あまり毒気が無さ過ぎても、確かに面白くないしね」
「では、各自が一番だと思う人の名前を、フリップに書いて出して下さい」
冷静に司会を務める小悪魔。
だが、彼女は見逃していなかった。
「こういう質問の一つくらい」とパチュリーが言った瞬間、他のメンバーが一様に目を泳がせていた事を。
「では、出揃ったようなので発表させて頂きます。えー‥‥
「フラン」「フラン様」「パチュリー様」「レミィ」「パチュリー」
‥‥となっていますね。では、それぞれ理由も言ってみてください」
「ほら、やっぱりこの中では、フランが一番子供っぽいじゃない? だから、男にモテるっていうのには、まだ早いでしょう?」
「私も、お嬢様と同意見ですね」
レミリアと咲夜が、当たり障りの無い答えを返す。
「なるほど‥‥では、続いてパチュリー様を選んだ方にも聞いてみましょう。美鈴さん、如何ですか?」
「ほらあの‥‥パチュリー様ってこう‥‥暗いじゃないですか。根が。だからまあ、まずモテないだろうと」
「ちょっと!」
美鈴の答えに、パチュリーが立ち上がって抗議する。
「いい!? 世の男性が皆、元気で明るい女が好きだと思ったら大間違いよ!」
「いや、あの‥‥」
「世の中には、需用と供給があるの! 巷に溢れ返る元気女なんかより、知的で物静かな女の方が、絶対数が少ない分、必要とされている筈なのよ!」
「くくっ‥‥」
必死に自己弁護をするパチュリーの姿に、数名の口から噛み殺した笑い声が漏れる。
この修羅場を打開するため、小悪魔は会を進行させた。
「で、ではここで次に‥‥フランドール様は、なぜパチュリー様を?」
「偏屈だから!」
「ぐふっ!」
「あっはっはっはっは!」
ストレートな物言いに、とどめを刺されるパチュリー。
それを見て、手を叩いて大喜びするレミリア。
が、この後、パチュリーは逆襲を開始する。
「ち、ちなみにパチュリー様は、レミリアお嬢様を挙げていますが‥‥」
「当然よ。もう、長い事一緒にいるけれど、レミィが男の存在を匂わせてる時なんか、一瞬たりとも無かったもの」
「ぐう! パ、パチェ!」
「あ、一回だけあったわね? 男に猛烈なアピールかけてた事。子供扱いされて、相手にしてもらってなかったけれど! おっほっほっほ! おーっほっほっほ!」
「キィーッ! よくもあの時の事を!」
古い話を持ち出すパチュリー。
激昂するレミリア。
その光景に、他の者は口々に呟く。
「み、醜い‥‥」
「なんという嫌な争い‥‥」
「これもう‥‥私、家出していいレベルだよね?」
その後も、耳を塞ぎたくなるような言い争いは、しばらく続いたが、フランドールの「もう、一番モテないの私でいいから」という大人の発言で、一応の決着が付く事になる。
「はあ‥‥最初から無駄に疲れたわ。それじゃ、気を取り直して次の質問に行って頂戴」
「はい。それじゃあ‥‥あ、これはレミリアお嬢様のですね。ええと‥‥この中で一番、気配りが上手なのは?」
「あ、すごいまとも」
「まともっていうか‥‥こういうのが本来の趣旨じゃないの?」
先ほどとはうってかわって、選ばれて嬉しい一等賞。
答えを書く面々の表情も穏やかである。
「では、発表しますね。えー‥‥
「咲夜」「美鈴」「お嬢様」「咲夜」「お姉さま」
となっています。レミリアお嬢様と咲夜さんが同着ですね」
「あら」
「それじゃあ、理由を発表して行きましょう。咲夜さんはお嬢様とパチュリー様が挙げていますが‥‥」
「まあ、メイドだし」
「それが本分みたいな部分もあるでしょ?」
「なるほど。ご尤もですね。お嬢様を選んだのは、美鈴さんと妹様ですね」
「咲夜さんと迷ったんですけどね。このタイミングで、この設問を用意していたのが決め手ですかね」
「なんだかんだで、一番紅魔館に住んでる皆の事考えてくれてると思うよ」
「そうですね。流石はお嬢様といったところですかね。それから‥‥咲夜さんは美鈴さんとのお答えですが」
「ええ。なんていうか‥‥ムードメイカーっていうのかしら。なんとなく、周りに安心感を与える感じがするでしょう?」
「ああ、なんとなくわかりますね。ふーむ、難しいところですが‥‥私の独断で、今回の一番は、レミリアお嬢様とさせて頂きたいと思います」
「あら、いいの?」
「いいんじゃない?」
「異議なし」
「ありがと」
「‥‥‥‥」
「‥‥なんか、嬉しいけど、こっ恥ずかしいわね」
「あはははは」
僅かに頬を染めるレミリア。
その様子に笑みをこぼす面々。
ようやく、会が正常に動き始めたと思われた。
「では次の問題ですが‥‥うーん、これは‥‥」
「どうしたの?」
「まあ、読んでみますね。えー、この中で一番、裏表が激しそうなのは?」
「うわ」
「また、そんな感じなの?」
「誰の質問ですか?」
「妹様ですね」
「なんか、ごめんね」
「まったく‥‥ま、仕方ないわ。パパッと終わらせましょ」
せっかくいい方向に流れが向き始めた矢先、一問目に続いて他人を貶める系統の設問。
恐らくフランドールも、自分一人くらいなら、多少浮いた事を書いても構わないと思っていたのであろう。
「おっと、回答が出揃いましたね。‥‥おや?
「美鈴」「美鈴」「私」「美鈴」「めーりん」
となっています。なんと、パーフェクトですね」
「おお」
意外な展開に、場が少し盛り上がる。
「って、自分で自分を? それも、こんなネガティブな問題で」
「なんで?」
「まあ、それも含めて理由を聞いて行きましょうか。ではまず、咲夜さんから」
「ほら、美鈴って、なんとなく人を煙にまくような物言いとかするじゃない。なんかこう‥‥人当たりはいいんだけど、腹に一物もってそうな」
「ああ、はいはい。わかるわかる。私も同意見よ」
「私もー」
咲夜の言葉に、パチュリーとフランドールが頷く。
その様子に、美鈴は若干複雑そうに苦笑いしている。
「美鈴さんは、自分の名前を書いていますね?」
「はい。消去法で。他の皆はなんていうか‥‥裏表とか、そういうレベルじゃないですもん。強いて言うなら、両裏面っていうか‥‥これで、更に裏があるとか言われたら、泣きながら荷物まとめますね」
「おい」
「さ、さあ、それじゃ、他の意見も聞いてみましょうね!」
「そ、そうですね!」
美鈴の失言で、不穏な空気が流れかけたが、小悪魔の好フォローが冴える。
命拾いした美鈴は、小悪魔に頭を下げた。
「では、お嬢様は? 長い付き合いなだけに、色々な面を知っていそうですね」
「ちょっと長くなるけど、いい?」
「別に構いませんよ」
それじゃあ、と、レミリアは咳払いをして、語り始める。
「あれは‥‥そうねえ、何年‥‥何百年前の事だったかしら。当時の私達って、今ほど平和に毎日を過ごしてたわけじゃないのよ。吸血鬼狩り、魔女狩りなんてのもあったし、割と殺伐とした生活を強いられている時期もあったの。
そんな時、一人の侵入者が捕らえられたわ。お父様の首を狙って入って来たらしいんだけど、まあ、返り討ちにされたわけ。
で、そいつは捕虜として扱われる事になったのね? 背後に大きな組織でもあるんじゃないか、って。で、まあ調査の結果、何か情報を持ってそうだったのね。そうするとどうなるかっていうと、何とかしてその情報を引き出そうとなるじゃない? けどまあ、今度はその方法に困るわけよ。
色々話し合ったんだけど、その時に、当時既に門番として働いてた美鈴が割って入るわけよ。「まあ待ってください」と。「私に任せてみては貰えませんか」と。
それでまあ、皆も納得したわけね。「北風と太陽なんて話もあるし、強引に話を引き出すよりは、美鈴みたいなのが優しく接するのも、逆に効果的じゃないか」って。
結局、その日から、捕虜の拘束してある部屋に、美鈴が通う事になったのね。一人で。なんでも、あんまり大勢で押し掛けると警戒されるでしょうって事だったんで、これにも皆納得したわけよ。
で、本題はここからなんだけどね‥‥」
そこまで話したところで、レミリアは一度息を整える。
周りを見ると、どうやら話の内容に食い付いてきているようだった。
その様子に気を良くしたレミリアは、話を再開する。
「ある日、私が自分の部屋にいるとね。物音が聞こえるわけよ。で、気になったから音の出所を探してみると、どうも、例の捕虜がいる部屋から聞こえてくるのね。
その時、思ったのよ。「もしかしたら、あいつが暴れてるんじゃないか?」「だとしたら、美鈴が危ないんじゃないか?」って。
で、どうしても気になって、こっそりドアを開けて、隙間から覗いてみたのよ。そしたら‥‥あの光景は、今でも網膜に焼き付いてるわね」
ゴクリと唾を飲み込む音が聞こえる。
「もうね、あれよ。500年の人生の中で、あんなに楽しそうに相手をいたぶる奴なんて、見た事ないわ。」
「ええええ!?」
「あれはもう、トラウマになるわね。無抵抗の相手を、どうしてあんなに愉快そうに痛めつけられるんだろうと‥‥その日から、私の中での美鈴像が大きく変わったわ」
話を聞き終えた面々が、美鈴に目を向ける。
その視線には、軽蔑の色がハッキリと浮かんでいる。
一方、美鈴は、口をパクパクとさせ、必死に首を振っていた。
その光景に満足したレミリアは、言葉を続けた。
「‥‥なんて、そんな話があったとしても、案外不思議に思わないでしょ? 現に、あんたらも信じたみたいだし」
「え?」
「嘘よ嘘。流石に。まあ、そういう話がすんなり作れちゃうくらい、腹の奥に何を抱えてるか分からない子って事よ」
ケラケラと笑いながら、レミリアは言う。
他の者も、作り話だとわかり、胸を撫で下ろしている。
が、ここで納得できないのは、当の美鈴だった。
「ひ、ひどいじゃないですか! いくらなんでも!」
「あら、気に障った?」
「当たり前ですよ! 今後私が、そういう目で見られたら、どうするつもりですか!」
「あら、だけど、あながち完全な作り話ってわけでもないでしょう?」
「え?」
「いいわ。この際、美鈴が案外、悪魔の従者に相応しい子だって事、皆に教えておいてあげる」
終わったと思われたレミリアの話が、再び続く。
内容が内容なだけに、周りの者もしっかりと話を聞く体制が出来ていた。
「こんだけ長い間一緒にいると、本当に稀だけど、ちょっと本気で戦う場面ってのが出てくるわけよ。お互いの譲れない部分だったり、誇りのためだったり。
それでまあ、今まで‥‥三回くらいかしら。美鈴と本気でやり合ったのね。ただ、やっぱり私って強いじゃない? 種族的に。初めは互角に見えても、少しずつ優劣が付いてくるのよ。それで、いよいよ勝てないってなった時に、美鈴がどうするかって言うと‥‥」
「わー! ちょっと! やめてくださいよ!」
慌てて美鈴がレミリアの話に水を差す。
「昔の話じゃないですか!」
「昔の話なら、別にいいじゃない。
もう、このままじゃ勝てないって状況に、美鈴が追い込まれるとね‥‥まず、目を狙い始めるのね。露骨に」
「うわっ!」
「もう、その時点で、こっちとしてはドン引きなんだけどね。それが最終的には、目、鳩尾、ヒザしか狙わなくなってくるの」
「うわー‥‥」
「まあ、最終的には、それでも私が勝ったのよ。それが初めて本気でやり合った時の話ね。で、何十年か後に、また似たような機会があったんだけどさ‥‥もう、最初から目を狙ってくんの。あれはビックリしたわ。顔にさ、書いてあるの。「私はこれからあなたの眼球を潰します」って」
「容赦なしですね」
「で、更にビックリしたのがね。美鈴のキックが、当たったのよ。それで、何か変だな? って思ったらさ、靴に鉄板入ってんの」
「完全に殺す気じゃないですか!」
「そう。仮にも主人相手によ? もう、信じらんないわよ。ね?」
レミリアに話を振られた美鈴は、額に手を当て項垂れていた。
が、何とか声を絞り出す。
「ち、違うんですよ。あの‥‥私って、門番じゃないですか。つまり、護りの要なわけですよ。そしたらもう‥‥何としても負けは許されないじゃないですか。そういう、責任感の表れっていうか‥‥」
「その護りの要が、なんで主人を亡き者にしようとしてくんのよ」
「それはあの‥‥あの頃は私も若かったっていうか‥‥負けたくないなあって‥‥」
「ダメじゃん。門番とか関係ないじゃん」
「ええと‥‥その節は本当にすみませんでした」
「謝った!」
「非を認めた!」
「うう‥‥もう許してくださいよお」
渾身の言い逃れを、瞬く間に打ち砕かれ、美鈴は既に涙目であった。
それを見てスッキリしたレミリアは、話を戻す。
「ま、いいわ。それより、そろそろ次の問題に移りましょうよ。後残ってるのは‥‥美鈴と咲夜?」
まだ質問を発表していない者を確認し、何かを感じたのか、レミリアは露骨に嫌な顔をする。
「先に言っとくけど、もし、あまりにも変な事書いてあったら、容赦なく中断させるから。じゃ、小悪魔読んで」
「では美鈴さんのから。えーと‥‥この中で、一番性欲が‥‥」
「はいアウトー!」
レミリアの予感は的中した。
「あんた、何考えてんの?」
「ダメでした?」
「ダメに決まってんでしょ! もういいわ。次、ラストの咲夜ね。読んで」
「はい。では‥‥この中で、一番性癖‥‥」
「アウトー! ストーップ!」
既にわかっていたのか、レミリアの反応は素早かった。
問題の読み上げを中止させ、二人に詰め寄る。
対する咲夜と美鈴は、怒られる雰囲気を感じ取り、自然と正座している。
「あのさ‥‥なんで?」
「はい?」
「なんで、二人でこういう事すんの?」
「ええと‥‥」
「まあ、どっちかだけが、こういう事書くならね? 百歩譲って許せるわよ。‥‥なんで二人ですんの?」
「その‥‥私は、あの‥‥みんな普通の事書くだろうし、一人くらいふざけてもいいかなって‥‥」
「咲夜は?」
「あ、その‥‥私は、初めはちゃんと書いてたんですけど‥‥「この中で一番センスがいいのは?」って‥‥」
「いいじゃん、それ。この会にピッタリじゃない。何? なんで変えたの?」
「たまたま、美鈴の書いた内容が目に入りまして‥‥いいなぁ、って。ウケそうだなぁ、って」
「‥‥私もウケたいなぁって?」
「はい」
「バカじゃないのホントに」
「ただ、あの‥‥こう言うのもなんですけど、この企画を我々がやるのは、ちょっと無茶なんじゃないかと、早い段階で少し思ってました」
当初から咲夜の胸にあった不安。
それは、盛り上がる、盛り上がらないどころの話では無かった。
紅魔館と命蓮寺では、根本的に、集まっている人材の方向性が違うのだ。
【比較】
紅魔館 命蓮寺
レミリア 「一番の気配り上手は?」 白蓮「一番笑顔が素敵なのは?」
フラン 「一番裏表が激しそうなのは?」 星 「一番頼りになる人は?」
パチュリー「一番モテなさそうなのは?」 一輪「一番の料理上手は?」
咲夜 「一番性癖に問題がありそうなのは?」 水蜜「一番の力持ちは?」
美鈴 「一番性欲が強そうなのは?」 ナズーリン「一番お洒落なのは?」
こうである。
これでは、同じような事を行っても、同じ結果が得られるわけが無い。
咲夜の言い分も尤もである。
だが‥‥
「うっさいわよ! 基本的に、あんたと美鈴のせいじゃない!」
レミリアの言い分は、もっと正しかった。
「もー! なんでそうやって‥‥面白く見せようとすんのよ! 自分を! いいじゃないの普通で!」
「まあ、そう言われれば反論の余地がないんですが」
「そもそも、面白くしようとした結果、なんで品が無くなるのよ! しかも二人して! どんだけ仲良しなのよ!」
「あっはっは‥‥まあ、仲は割といい方ですね」
「うっさいよ!」
「あ、そうですわ。お嬢様。この仲で、一番仲がいいコンビは? というのは‥‥」
「もういいっての!」
いつもと違う、和やかに癒されるのを目的として開催された遊び。
その結末は、いつも通りに、和やかさも癒しも、微塵も感じられないものだった。
サ○シャインw不意打ち過ぎるww
サディスティックな美鈴も面白そう、というかこの美鈴は自覚してるのかいっ
実に素敵な紅魔館でした。
>小悪魔「『う』で始まる、面白い言葉は?」
>全員 「うんこ」
うん、読みたい。ぜひ読みたいです。
あの絵柄で脳内再生余裕でした
ところで咲夜さんと美鈴さんの設問が凄く気になるwww
命蓮寺組はアレだ、なんかこう、作為的な物を感じる
>「バカじゃないのホントに」
ってツッコミで笑ってしまった