「しかし、見れば見る程紅魔館ってアレのパクリだよな」
珍しく魔理沙が図書館ではなく、私――レミリアのところへやってきたと思ったら開口一番そう言った。
コイツは私に喧嘩を売っているのか?
私は奥歯を噛みしめながら即座に飛びかかろうとしたが、それはあまりにもカリスマから逸脱した行為と言えたので、なんとか自制する事にした。
だが、自分は抑えきれたものの、この紅魔館の主としてのプライドは抑えつける事ができない。
今や私はブロークンハートなのだ。
「聞き捨てならないわね。
魔理沙、一体何のどういうところがパクリなのか言ってみなさい」
感情を抑えつけすぎたのかもしれない。
魔理沙は私の怒りを覚った様子もなく、口笛を吹きながら周りを見渡している。
「ゴシックだよ。ゴシック。
建築やらファッション、さらには文学まで幅広いジャンルまで使われている言葉だからお前でも知っているだろ?
それらにはとある共通点があってな――そうだな、小説が一番分かりやすいか。
『フランケンシュタイン』やら『オペラ座の怪人』などに出てくるゴシックのキーワードに、この館は丸パクリなんだよ」
「吸血鬼の館なんだから当たり前でしょうに」
魔理沙の話に一言付け加えるのなら、私達吸血鬼もそのゴシックのキーワードに含まれるのだから。
「そうか? だが、時代はいつでも変化してくものだぜ?
伝統に縛られるのも悪くはないと言えるが、それではお前のカリスマが許さないんじゃないのか?」
「なるほどね……。
つまりはこの紅魔館はゴシックの要素で作られた館であり、そこに私独自のテイストが一切含まれていない。そういう事ね」
「簡単に言えばそうなるな」
魔理沙の提案に私は心を揺り動かされ始めていた。
たしかこの館は建設してから何百年と経っているが、その間に改築は一切行っていない。建設当時そのままである。
今までの私はそれを当たり前の事だと思っていたが、どうやらそれは外部から見れば当たり前ではないらしい。
吸血鬼は紅を好むもの――そういった既成概念をぶち壊すためにも、ここは魔理沙に乗ってみるのも一興かもしれない。
たとえ魔理沙がバカな提案をしても、最終決定権は私にあるのだから悪いようにはならないだろう。
「いいわ、魔理沙。
今からそのゴシックの要素を一つずつ挙げていきなさい。
改善すべき要素であるならば、この私が紅魔館を生まれ変わらせてあげるわ」
「……そうだな、まずは外観からだな。
最初に『霧』っていう要素があったんだが、これはもう以前の異変で解決済みだな」
紅霧異変。
それは私と魔理沙が出会う事になった――今思い返してみれば懐かしい出来事である。
同時にその時私は吸血鬼より強い人間がいる事を知った。
「次に『湖の畔に建っている洋館』だな。
洋館から湖に隠し通路が繋がっているっていうケースが圧倒的に多い」
「湖ね……。水源としての水はすでに確保済みなのだから、手を加えても何の問題もなさそうね。
……咲夜、来なさい。いるんでしょ?」
音もなく私の従者である咲夜が現れる。
いつもの光景なので、私は別段驚く事はしない。
「氷精を騙して湖全体を凍らしてスケートリンクを作りなさい。
騙す方法は……そうね、湖を全部凍らしたら何か面白い事が起きる、とでも言えばいいわ」
「湖全部を凍らすのか? これはまた、やる事が派手だな」
「ふふん、私らしいでしょ?」
胸を張ってみせる。
「私が行う事は全てカリスマに溢れていて、それでいて私独自のテイストが含まれていなければいけないのよ」
「なんだかよく分からないが、とにかくお前が独自性にこだわっているのは分かった」
……むぅ、誉められていない気分がするのは気のせいだろうか。
「それで、どうするんだ?
湖を凍らせるだけでなく、その後の事もちゃんと考えてあるんだろ?」
「よく分かっているじゃない。
さすが以前のスペルカード戦で私に敗北を刻みつけただけの事はあるわね」
「誉めても何も出ないぜ?」
「安心なさい。あなたから何かが得られるとは思ってないから」
「……微妙に傷つく言葉だな」
魔理沙がいじける。
さっきのお返しはこれで果たしたと言えるだろう。
吸血鬼の王たるもの仕返しはきっちり行うべきものである。
「スケートリンクを作ったのはね、毎年冬になったらそこで社交会を行うからよ。
名付けて『レミリー・オン・アイス』。どう、画期的なアイデアでしょう?」
「せっかくのスケートリンクを冬にしか使わないのかよ……。全く持って贅沢な使い方だな」
かつて氷上でパーティーを行った貴族はいるのだろうか?
いや、いない。このレミリアこそがその第一人者となるのだ。
吸血鬼の王となった後でも、開拓精神を忘れてはいけない。現状に満足するという事はすなわち堕落であり、堕落した者に新発見は得られないのだ。
「だが、これでゴシック要素は一つクリアだな。
氷上パーティーするゴシック小説もそれはそれで面白そうだが、いかんせんシュールすぎる」
「でしょう? ならば、次のゴシック要素を言いなさい。
全て私が独自テイストを盛り込んで既存をぶち壊してあげるから」
なんだろう、なんかだんだんと楽しくなってきた。
最初魔理沙にゴシックに丸パクリだと言われた時は乗り気ではなかったが、やってみると案外楽しい。
これだけ楽しいのならもっと以前に改築を考えればよかったとまで思う。
「次は……『地下室のマッドサイエンティスト』だな。
さっき挙げたゴシック小説で例を挙げれば、『フランケンシュタイン』における博士だな。
地下室に籠り、人の目を浴びる事なく黙々と自分の研究に没頭する。
やがてはその研究が狂気へと変わって行くのも知らずに――っていうところだろうか?」
「その要素に当てはまるのはパチェね。
たしかに、私もパチェの研究を理解しているわけではないし、この機会にはっきりさせておくのがいいかもしれないわね」
パチェに変な顔をされた。
いや、変な顔というのは表現が生ぬるいのかもしれない。
もっとはっきりとした表現を使うのなら、「何コイツ。ついに頭がおかしくなったのかしら?」と言いたげな顔である。
パチェは知識人ゆえによく他人を卑下する事が多いのだが、その時の顔は付き合いが長い私ですら見た事がない蔑んだ表情だった。
「……こほん。最近耳が悪くなっているのかもしれないわね。
頭で理解しきれない幻聴が聞こえたような気がするわ。
レミィ、悪いのだけれどもう一度はっきりと要点を纏めて言ってくれるかしら?」
「おっけー、パチェ。
じゃあもう一回言うわよ」
私はパチェの目を見ながら呼吸を行い、肺の中を十分に酸素で満たす。
そしてはっきりと告げる。
「この図書館で『アリスのティーパーティー』を行いなさい」
「…………」
パチェのこめかみが引き攣っているのが見える。
おそらく彼女はこう言いたいのを我慢しているのだろう。
「もし、レミィじゃなかったらロイヤルフレアを発動させてるのに……」と。
「はぁ……、私の聞き方が悪かったのかもしれないわね。
レミィ、現状を一つずつ確認していくわね」
「おっけー、パチェ。分からない事があったら何でも質問していいわ」
「まず一つ目」
パチェが人差し指を立ててみせる。
「誰が『アリスのティーパーティー』を行うの?」
「パチェ」
次に中指を立てた。
「……二つ目。
私はパチュリー=ノーレッジであって、どこぞの人形遣いではないのだけれど?」
「勘違いしているわね、パチェ。
アリスと聞いて既存の知識にとらわれ過ぎだわ。
私が言っているアリスとは不思議の国のアリスの事よ。あんな陰気臭い人形マニアと一緒にされも困るわ」
加えてあの人形遣いは、自身の人形に爆薬を乗せて攻撃に使う超危険人物でもある。
私の考えている『アリスのティーパーティー』にはほど遠い人物なのは間違いない。
「把握したわ。
つまりレミィは図書館で優雅に紅茶を啜れと言っているので間違いないわね」
「端的に言えばそんな感じね。
本当は金髪のカツラを被ってヴィクトリアンドレスに身を包んでくれれば完璧なんだけど、そこまでは強制できないわ。
代わりに小悪魔に兎の格好でもさせてくれれば構わないわ」
「甘いわね、レミィ。『不思議な国のアリス』に出てくる兎はタキシード及び懐中時計が標準装備よ。
やるからには完璧に。そうでしょ?」
さすが我が友人。
一つの事を言えば百の事が伝わっている。
「おっけー、パチェ。話が早くて助かるわ」
「たまに趣向を変えるのもおもしろいかもしれないわね」
「あ~、やっぱり私の存在はあっさり無視されるんですね。
いや、分かってるからいいんですけどね。えぇ、いいんですよ。
でも、私とて悪魔ですからねぇ。悪魔が兎の格好をするのはちょっとプライドが許さないというかなんというか……」
ふふふっ、と笑いあう私とパチェの二人の前に些細な独り事はあっさりと無視される。
それにいじけた小悪魔がしゃがみこんで地面に『の』の字を書き始めるが、パチェから「兎耳と懐中時計を調達してきて」と声がかかるとすぐに行動に移り始めた。
案外小悪魔もノリノリらしい。
私も同種族だから分かるが、本来悪魔というのは楽しい事が大好きなのである。
「どう、魔理沙。これで『地下室のマッドサイエンティスト』はクリアでしょ?」
一連の状況を見ていた魔理沙に自信満々で尋ねる。
「ん~、そうだな。
『不思議な国のアリス』自体がゴシックっていえばゴシックになってしまうんだが、『地下室のマッドサイエンティスト』が『アリス』をするなんてギャグでしかないからな。
一応は合格じゃないか?」
「ふふふっ、これで私のカリスマが存分に発揮された紅魔館に一歩近づいたわけね。
次はどこを変えてやろうかしらね。ふふふふっ……」
ナチュラルハイとでもいうのだろうか。
次にどこを変えるのか考えるだけでワクワクしている。
最初はただの暇つぶしと考えていたが、これはどうやら壮大なプロジェクトと考えても問題なさそうだった。
場所を戻して私の自室。
プロジェクトの匂いを嗅ぎつけたのか美鈴が合流し、自室には私と魔理沙と美鈴の三人となった。
いや、咲夜も控えているから合計で四人か。
そうなると、次に変えるべき要素はおのずと決まってくる。
「さて、魔理沙。次の要素を言いなさい」
私の意図が伝わったのかどうか分からないが、魔理沙は咲夜と美鈴の顔を見回してから答えた。
「『何か秘密がありそうなメイド』と『謎の異国人』だな。
どちらかと言うとゴシック小説よりゴシックホラーに登場する要素なんだが、『謎の異国人』は『オペラ座の怪人』にも登場しているし、一緒くたにしてもまぁ問題ないだろ」
「私、謎の異国人だったんですか!?」
今更美鈴が驚く。
本当に今更過ぎて説明する気にもなれない。
咲夜の方は、表情を変えずいつものままである。
さすが私の従者と言えよう。
「たぶんそう来るだろうと予想はできていたけど、咲夜と美鈴の役割から考えると難しいわね……」
先ほどのパチェは地下の図書館という一つの場所に留まってくれているから変えるのは容易かった。
だが、咲夜はメイドであり、美鈴は門番という紅魔館の顔というべき役割を持っている。
下手に変えると紅魔館の品位をも下げてしまう危険性がある。
……さて、これをどう調理すべきか。
「逆に考えてみましょう。
『何か秘密がありそうなメイド』が要素になっているのなら、いっその事咲夜には悩みがなさそうな能天気なメイドにしてみてはどうかしら。
美鈴の方は大道芸をさせてみる。これなら『謎の異国人』要素は消え去り、『大道芸をする異国人』要素と全く違ったものになるわ」
想像してみる。
ケース① もし、紅魔館の洒落たメイドが悩みのなさそうな能天気メイドになったら
「グッテンダーク、お嬢様。今日も燦々太陽SUN♪ ララ☆サンシャインな一日ですよ?」
「いろいろとつっこみたいところはあるけど、とりあえずカーテンは閉めて。
日光で肌が焼ける」
「あれぇ? そうなんですかぁ? あっ、お嬢様って吸血鬼でしたっけ?
咲夜ってばうっかりSUN♪ てへっ♪」
「朝からうざいテンションね……」
「さっ、起きてくださいお嬢様♪
こんないい天気なのにベッドに引きこもって惰眠を貪るなんてダメ廃人一歩手前ですよ?
ほら、太陽もあんなにいい笑顔っ♪
こんな日にはお弁当を持って出かけるのもいいかもしれないですね♪
あぁ、世界はなんでこんなにも希望に満ちているのかしら?」
「うざい事この上ないわね……」
結論。
紅魔館の品位が落ちる。却下。
ケース② もし、紅魔館の門番が大道芸をする異国人になったら
「ねぇ、美鈴。ここのボスが強すぎて倒せないんだけど?」
「お嬢様、そちらのボスは純粋にレベルを上げて殴るのが勝利への近道です。
原作通りにバギーちゃんを突撃させても無意味なのでご注意くださいね」
「あぁ、そっか。さすが美鈴。頼りになるわね」
「いやぁ、こんな事でよろしいのならいつでも歓迎ですよ。
伊達に門番するフリしてゲームしてませんからね」
「あははっ……
――いや、門番はちゃんとしろよ?」
「ちょっ、お嬢様!? グングニルをお尻に刺すのは勘弁を!!
いやああぁぁぁああああっ!!!!!!」
結論。
いつもと変わらない気がする。ってか、美鈴は大道芸してないじゃん。却下。
想像終了。
他人に意見を求めるまでもなく、自分の中で却下となった。
これは思っていたよりも難しいかもしれない。
紅魔館の品位を落とさず、かつ今ある日常と大きく変えなければならず、さらに私独自のテイストが含まれていないといけない。
これは、私が幻想郷に来て以来の最大の難問なのかもしれない。
私がこの難敵に対してうんうん唸っている時だった。
『アリスのティーパーティー』の準備中だった小悪魔がやってきた。
「咲夜さん、懐中時計のレプリカを作り終えたので、これ返しますね。
ありがとうございました」
「あら、小悪魔もう作り終えたのね」
……二人の会話を見ていて、私の脳髄に刺激する何かを感じた。
『アリスのティーパーティー』において、小悪魔は兎の格好をする事でその役割を演じる事となった。
つまり。
咲夜や美鈴にも何かの格好をさせて、その役割を演じさせればこの問題は解決するのではないだろうか?
「思いついたわ」
私の一言に、みんなの視線が注目される。
「咲夜はアヒルのきぐるみを着て、美鈴は犬のきぐるみを着なさい。
それで万事解決よ」
「……アヒルに犬とは、またえらい変化球を投げてきたものだな」
驚いているのか感心しているのか、それとも呆れているのか。魔理沙はそうコメントしてきた。
だが、私とてその答えはすでに用意済みである。
「甘いわね、魔理沙。
私が思いつきで動物のきぐるみを思いついたとでも思って?」
「まぁ、お前の事だから何らかの意図があるとは思っているが……」
「正当に評価してくれているようで嬉しいわ。
そもそもね、アヒルのきぐるみを被っているメイドに何か秘密があるように思えて?
同様に犬のきぐるみを被っている門番に謎要素があるように思えて?
つまりは、アヒルという要素を纏う事によって能天気という要素を自然に取り込む事ができ、犬という要素を纏う事によって謎要素を消し去る事ができるという寸法なのよ」
そもそも、私が最初に思いついた『悩みがなさそうな能天気メイド』は間違いではなかったのである。
やり方が直球すぎて紅魔館に合わなかっただけなのだ。
だから、動物のきぐるみというオブラートに包みこめば、その要素はおのずと解決されるのである。
「では、アヒルと犬のきぐるみを用意してきますね」
うちのメイドは話が早くて助かる。
――と、いつもは言うところなのだが、今回は違う。
「咲夜、待ちなさい」
「なんでしょうか?」
自分に何か不備でもあったのかしら、と言わん気に不安な顔を見せる。
そんな咲夜に対して、私は堂々と言ってやる。
「咲夜は今アヒルよ。人間の言葉を使ってはいけないわ」
「では、私はどうやってコミュニケーションを取ればよろしいのですか?」
「ぐわわっ、と鳴けばいいわ」
「ぐわぁ?」
アヒルの鳴き真似をする元洒落たメイド。そこに『秘密がありそうなメイド』要素は完全に失われていた。
うん、我ながら完璧すぎる仕事だ。
「そして、美鈴の方は……そうね」
ごくり、と美鈴が唾を飲み込む音が聞こえた。
「決めセリフは『今日はハチミツ食べてないなぁ……』よ。
何か言葉に詰まった時はこのセリフを使いなさい」
「…………。
今日はハチミツ食べてないなぁ……」
長い沈黙の後、美鈴はそう口にした。
きぐるみを纏わずにセリフのみだったのにも関わらず、美鈴からは謎要素は一切なくなっていた。
私って天才じゃないのかしら?
そう思わずにはいられない成果だった。
「おっけー、魔理沙。
紅魔館に残っているゴシック要素は残り一つ、そうよね?」
ここまで来ると魔理沙に問うまでもなく、私には容易に想像がついた。
「『フランケンシュタイン』におけるフランケンシュタインそのもの。
つまりは『地下室に幽閉されている怪物』。それが紅魔館に残る最後のゴシック要素よ!」
「うん、お姉さまが頭おかしいのは分かった♪」
地下のフランの部屋を訪れた私と魔理沙はこの一大プロジェクトを入念に説明。
それを聞いたフランの返答がこれだった。
馬鹿な妹め。この完璧なプロジェクトの意味さえ理解できないとは。
「姉に頭おかしいと言うのは失礼極まりないわ。
それは誇り高き吸血鬼の行動から逸脱していると言えるわね。
訂正なさい、フラン」
優雅に、かつ華麗に返答したつもりだったが、我が妹には私の気持ちが一片も伝わらなかったらしい。
「分かった、お姉さま。
それじゃあね、イッペンアタマヒヤシテコイ」
にこり、と満面な笑みを浮かべながら、だが中身は冷徹極まりないそのセリフは、この私に絶大なプレッシャーを与える結果となった。
スカーレット家最後で最大の血統と言われたフランならではの行動と言えよう。
だが、私とてここで引くわけにはいかなかった。
姉としてのプライド、紅魔館当主としてのプライド、ゴシック要素排除という使命感、それに加えて若干の遊び心が今の私を動かしていた。
「おっけー、フラン。今は理解できないならそれで構わないわ。
でも、あなたはやがて気付くでしょうね、この姉の偉大さを。その時になってから私に感謝してもらっても何ら問題ないわ。
フラン、この姉の寛容さに感謝なさいね」
「いや、だから私の言う事を聞いてよ、エセカリスマお姉さま」
「……そうね、フランの魅力と言えばこの私すら認めざるを得ないその可愛らしく、それでいて妖艶で幼女たる容姿と言えるわね。
このチャームポイントを崩さずにゴシック要素を排除しなければならないわ」
「ねぇ、お姉さまって頭沸いてるの? それとも手遅れなの?」
「そこで思いついたのがコレよ」
私が取り出したのはネズミ耳だった。
『ふかふか手触りによる癒しだけでなく、つければ貴方もネズミに大変身!』と謳い文句をつけていた命蓮寺のお土産品である。
本物のネズミが作っているだけあって、私の目から見てもコレは極上の一品であると断言できた。
コレをフランがつけたところを想像するだけで鼻血が出てしまいそうな程の可愛さが出来上がるのは、もちろん言うまでもない事だろう。
だが、私がネズミ耳を取り出したのにはもう一つの理由があった。
「兎、アヒル、犬ときて最後はネズミか。
動物のオンパレードだな」
魔理沙がふぅむ、と肯く。
「いいところに気付いたわね。
えぇ、ただ単に紅魔館にゴシック要素を排除するだけなら私でなくともできるわ。
でも、私ならゴシック要素を排除しつつ、新たに動物属性を入れる事で整合性及びオリジナリティを表現する事ができるのよ。
これがカリスマでなかったら、なんと呼べばいいのかしらね?」
「あほ?」
「さっきから失礼すぎる妹ね」
さすがに我慢の限界が近づき、私はフランを睨む。
「さっ、フランは偉大なる姉を信じてこのネズミ耳をつければいいの。
そうすれば紅魔館は新たに生まれ変わる事ができるのよ」
「……ねぇ、お姉さま。私少し気になったのだけれど、確認してもいいかな?」
ようやくフランが私の意図を理解し始めてくれたようである。
私は満足げに肯きながら答えた。
「お姉さまは紅魔館におけるゴシック要素を排除するのに動いているのよね?
方向性がアホなのは置いておいて」
「えぇ、その通りよフラン。
一言多いのが気になるけど、この際聞かなかった事にしてあげるわ」
「それでパチュリーと小悪魔が『アリスのティーパーティー』を演じて、咲夜がアヒル、美鈴が犬、それで私がネズミをする事になったんだよね。
口に出すと改めてアホなのが丸わかりなのはやっぱり置いておくとして」
「あなたにも私のカリスマが伝わってくれていたようで嬉しいわ。
姉をアホ呼ばわりする妹が少し気になるところだけど」
「何か一つだけ忘れているような気がしない?」
……ぞくっ、と何か背筋を冷たいものが伝ったような感触を覚えた。
フランは笑っている。
そこに殺気も怒気も何も感じられないはずなのに、私は何かの恐怖に襲われていた。
吸血鬼として非常に情けない行為なのは分かっているが、正直なところ私は今怖いと思っていた。
それはなぜか。
物理的な恐怖なら500年生きてきた中で何度か体験した事があった。
銀のナイフを喉元に突きつけられた時。
四肢が損壊し全く動けなくなった時。
そんな時でも私は精神的な恐怖は感じた事はなかった。
それが、今感じている。
例えるのなら、私が今まで積み上げてきた尊厳とかカリスマとかが根元から崩れてしまうような。――そんな精神的な恐怖。
「――じゃあ、お姉さまは何を演じるの?」
「あ、甘いわねフラン。私は無闇に紅魔館を変えているわけではないわ。
あくまでもゴシック要素を排除しているだけ。
『レミリア=スカーレット』にゴシック要素は存在しないのだから、私を変える必要は全くないの」
言ってて気付いた。私は大きな過ちを犯してしまっていた事を。
思えば、このプロジェクトの導入部分において、私は自分で魔理沙に言っていたのではないか。
「ねぇ、魔理沙。『吸血鬼の当主』も立派なゴシック要素だよね?」
フランの問いに、魔理沙は一度こちらの顔を確認した。
私の無言のお願いを、魔理沙は――
あっさりと無視した。
「あ、あぁ。その通りだぜフラン。
『吸血鬼』はゴシックから離す事ができない要素だな」
「りょーかい。
……咲夜、いるんでしょ?」
「ぐわぁ?」
こんな時でもアヒルの真似を忘れない咲夜の行為は感心を通り越して称賛に値する。
……だが今はそんな事よりも、このカリスマが崩壊しそうな状況をなんとかしてほしかった。
「私にネズミ耳を用意したという事は、もちろんお姉さまにも同じものを用意しているっていう事だよね?」
「ぐわ」
緊張感に欠けたアヒルの鳴き声と供に咲夜が取り出したのは、もう一対のネズミ耳。
アヒルのきぐるみを纏い能天気を自然に手に入れた咲夜だったが、従来の洒落た従者要素は全く色あせる事はなかった。
よって。
ここに、私――レミリア=スカーレットの当主としてのカリスマと、吸血鬼としてのプライドと、姉としての尊厳はあっさりと崩れ去る事となった。
そして同時に、レッミーマウスとフランマウスの誕生の瞬間でもあった。
……もはや、私は吸血鬼の当主ではない。
ここにいる私はネズミのキャラクター。
受け入れたくない現実が徐々に脳内を浸食し、言い換えるなら私の頭はヤケになってきていた。
「これにて紅魔館のゴシック要素は失われたわ。
明日からは生まれ変わった紅魔館――
『幻想レミリーランド』の開幕をここに宣言する!!」
おしまい。
珍しく魔理沙が図書館ではなく、私――レミリアのところへやってきたと思ったら開口一番そう言った。
コイツは私に喧嘩を売っているのか?
私は奥歯を噛みしめながら即座に飛びかかろうとしたが、それはあまりにもカリスマから逸脱した行為と言えたので、なんとか自制する事にした。
だが、自分は抑えきれたものの、この紅魔館の主としてのプライドは抑えつける事ができない。
今や私はブロークンハートなのだ。
「聞き捨てならないわね。
魔理沙、一体何のどういうところがパクリなのか言ってみなさい」
感情を抑えつけすぎたのかもしれない。
魔理沙は私の怒りを覚った様子もなく、口笛を吹きながら周りを見渡している。
「ゴシックだよ。ゴシック。
建築やらファッション、さらには文学まで幅広いジャンルまで使われている言葉だからお前でも知っているだろ?
それらにはとある共通点があってな――そうだな、小説が一番分かりやすいか。
『フランケンシュタイン』やら『オペラ座の怪人』などに出てくるゴシックのキーワードに、この館は丸パクリなんだよ」
「吸血鬼の館なんだから当たり前でしょうに」
魔理沙の話に一言付け加えるのなら、私達吸血鬼もそのゴシックのキーワードに含まれるのだから。
「そうか? だが、時代はいつでも変化してくものだぜ?
伝統に縛られるのも悪くはないと言えるが、それではお前のカリスマが許さないんじゃないのか?」
「なるほどね……。
つまりはこの紅魔館はゴシックの要素で作られた館であり、そこに私独自のテイストが一切含まれていない。そういう事ね」
「簡単に言えばそうなるな」
魔理沙の提案に私は心を揺り動かされ始めていた。
たしかこの館は建設してから何百年と経っているが、その間に改築は一切行っていない。建設当時そのままである。
今までの私はそれを当たり前の事だと思っていたが、どうやらそれは外部から見れば当たり前ではないらしい。
吸血鬼は紅を好むもの――そういった既成概念をぶち壊すためにも、ここは魔理沙に乗ってみるのも一興かもしれない。
たとえ魔理沙がバカな提案をしても、最終決定権は私にあるのだから悪いようにはならないだろう。
「いいわ、魔理沙。
今からそのゴシックの要素を一つずつ挙げていきなさい。
改善すべき要素であるならば、この私が紅魔館を生まれ変わらせてあげるわ」
「……そうだな、まずは外観からだな。
最初に『霧』っていう要素があったんだが、これはもう以前の異変で解決済みだな」
紅霧異変。
それは私と魔理沙が出会う事になった――今思い返してみれば懐かしい出来事である。
同時にその時私は吸血鬼より強い人間がいる事を知った。
「次に『湖の畔に建っている洋館』だな。
洋館から湖に隠し通路が繋がっているっていうケースが圧倒的に多い」
「湖ね……。水源としての水はすでに確保済みなのだから、手を加えても何の問題もなさそうね。
……咲夜、来なさい。いるんでしょ?」
音もなく私の従者である咲夜が現れる。
いつもの光景なので、私は別段驚く事はしない。
「氷精を騙して湖全体を凍らしてスケートリンクを作りなさい。
騙す方法は……そうね、湖を全部凍らしたら何か面白い事が起きる、とでも言えばいいわ」
「湖全部を凍らすのか? これはまた、やる事が派手だな」
「ふふん、私らしいでしょ?」
胸を張ってみせる。
「私が行う事は全てカリスマに溢れていて、それでいて私独自のテイストが含まれていなければいけないのよ」
「なんだかよく分からないが、とにかくお前が独自性にこだわっているのは分かった」
……むぅ、誉められていない気分がするのは気のせいだろうか。
「それで、どうするんだ?
湖を凍らせるだけでなく、その後の事もちゃんと考えてあるんだろ?」
「よく分かっているじゃない。
さすが以前のスペルカード戦で私に敗北を刻みつけただけの事はあるわね」
「誉めても何も出ないぜ?」
「安心なさい。あなたから何かが得られるとは思ってないから」
「……微妙に傷つく言葉だな」
魔理沙がいじける。
さっきのお返しはこれで果たしたと言えるだろう。
吸血鬼の王たるもの仕返しはきっちり行うべきものである。
「スケートリンクを作ったのはね、毎年冬になったらそこで社交会を行うからよ。
名付けて『レミリー・オン・アイス』。どう、画期的なアイデアでしょう?」
「せっかくのスケートリンクを冬にしか使わないのかよ……。全く持って贅沢な使い方だな」
かつて氷上でパーティーを行った貴族はいるのだろうか?
いや、いない。このレミリアこそがその第一人者となるのだ。
吸血鬼の王となった後でも、開拓精神を忘れてはいけない。現状に満足するという事はすなわち堕落であり、堕落した者に新発見は得られないのだ。
「だが、これでゴシック要素は一つクリアだな。
氷上パーティーするゴシック小説もそれはそれで面白そうだが、いかんせんシュールすぎる」
「でしょう? ならば、次のゴシック要素を言いなさい。
全て私が独自テイストを盛り込んで既存をぶち壊してあげるから」
なんだろう、なんかだんだんと楽しくなってきた。
最初魔理沙にゴシックに丸パクリだと言われた時は乗り気ではなかったが、やってみると案外楽しい。
これだけ楽しいのならもっと以前に改築を考えればよかったとまで思う。
「次は……『地下室のマッドサイエンティスト』だな。
さっき挙げたゴシック小説で例を挙げれば、『フランケンシュタイン』における博士だな。
地下室に籠り、人の目を浴びる事なく黙々と自分の研究に没頭する。
やがてはその研究が狂気へと変わって行くのも知らずに――っていうところだろうか?」
「その要素に当てはまるのはパチェね。
たしかに、私もパチェの研究を理解しているわけではないし、この機会にはっきりさせておくのがいいかもしれないわね」
パチェに変な顔をされた。
いや、変な顔というのは表現が生ぬるいのかもしれない。
もっとはっきりとした表現を使うのなら、「何コイツ。ついに頭がおかしくなったのかしら?」と言いたげな顔である。
パチェは知識人ゆえによく他人を卑下する事が多いのだが、その時の顔は付き合いが長い私ですら見た事がない蔑んだ表情だった。
「……こほん。最近耳が悪くなっているのかもしれないわね。
頭で理解しきれない幻聴が聞こえたような気がするわ。
レミィ、悪いのだけれどもう一度はっきりと要点を纏めて言ってくれるかしら?」
「おっけー、パチェ。
じゃあもう一回言うわよ」
私はパチェの目を見ながら呼吸を行い、肺の中を十分に酸素で満たす。
そしてはっきりと告げる。
「この図書館で『アリスのティーパーティー』を行いなさい」
「…………」
パチェのこめかみが引き攣っているのが見える。
おそらく彼女はこう言いたいのを我慢しているのだろう。
「もし、レミィじゃなかったらロイヤルフレアを発動させてるのに……」と。
「はぁ……、私の聞き方が悪かったのかもしれないわね。
レミィ、現状を一つずつ確認していくわね」
「おっけー、パチェ。分からない事があったら何でも質問していいわ」
「まず一つ目」
パチェが人差し指を立ててみせる。
「誰が『アリスのティーパーティー』を行うの?」
「パチェ」
次に中指を立てた。
「……二つ目。
私はパチュリー=ノーレッジであって、どこぞの人形遣いではないのだけれど?」
「勘違いしているわね、パチェ。
アリスと聞いて既存の知識にとらわれ過ぎだわ。
私が言っているアリスとは不思議の国のアリスの事よ。あんな陰気臭い人形マニアと一緒にされも困るわ」
加えてあの人形遣いは、自身の人形に爆薬を乗せて攻撃に使う超危険人物でもある。
私の考えている『アリスのティーパーティー』にはほど遠い人物なのは間違いない。
「把握したわ。
つまりレミィは図書館で優雅に紅茶を啜れと言っているので間違いないわね」
「端的に言えばそんな感じね。
本当は金髪のカツラを被ってヴィクトリアンドレスに身を包んでくれれば完璧なんだけど、そこまでは強制できないわ。
代わりに小悪魔に兎の格好でもさせてくれれば構わないわ」
「甘いわね、レミィ。『不思議な国のアリス』に出てくる兎はタキシード及び懐中時計が標準装備よ。
やるからには完璧に。そうでしょ?」
さすが我が友人。
一つの事を言えば百の事が伝わっている。
「おっけー、パチェ。話が早くて助かるわ」
「たまに趣向を変えるのもおもしろいかもしれないわね」
「あ~、やっぱり私の存在はあっさり無視されるんですね。
いや、分かってるからいいんですけどね。えぇ、いいんですよ。
でも、私とて悪魔ですからねぇ。悪魔が兎の格好をするのはちょっとプライドが許さないというかなんというか……」
ふふふっ、と笑いあう私とパチェの二人の前に些細な独り事はあっさりと無視される。
それにいじけた小悪魔がしゃがみこんで地面に『の』の字を書き始めるが、パチェから「兎耳と懐中時計を調達してきて」と声がかかるとすぐに行動に移り始めた。
案外小悪魔もノリノリらしい。
私も同種族だから分かるが、本来悪魔というのは楽しい事が大好きなのである。
「どう、魔理沙。これで『地下室のマッドサイエンティスト』はクリアでしょ?」
一連の状況を見ていた魔理沙に自信満々で尋ねる。
「ん~、そうだな。
『不思議な国のアリス』自体がゴシックっていえばゴシックになってしまうんだが、『地下室のマッドサイエンティスト』が『アリス』をするなんてギャグでしかないからな。
一応は合格じゃないか?」
「ふふふっ、これで私のカリスマが存分に発揮された紅魔館に一歩近づいたわけね。
次はどこを変えてやろうかしらね。ふふふふっ……」
ナチュラルハイとでもいうのだろうか。
次にどこを変えるのか考えるだけでワクワクしている。
最初はただの暇つぶしと考えていたが、これはどうやら壮大なプロジェクトと考えても問題なさそうだった。
場所を戻して私の自室。
プロジェクトの匂いを嗅ぎつけたのか美鈴が合流し、自室には私と魔理沙と美鈴の三人となった。
いや、咲夜も控えているから合計で四人か。
そうなると、次に変えるべき要素はおのずと決まってくる。
「さて、魔理沙。次の要素を言いなさい」
私の意図が伝わったのかどうか分からないが、魔理沙は咲夜と美鈴の顔を見回してから答えた。
「『何か秘密がありそうなメイド』と『謎の異国人』だな。
どちらかと言うとゴシック小説よりゴシックホラーに登場する要素なんだが、『謎の異国人』は『オペラ座の怪人』にも登場しているし、一緒くたにしてもまぁ問題ないだろ」
「私、謎の異国人だったんですか!?」
今更美鈴が驚く。
本当に今更過ぎて説明する気にもなれない。
咲夜の方は、表情を変えずいつものままである。
さすが私の従者と言えよう。
「たぶんそう来るだろうと予想はできていたけど、咲夜と美鈴の役割から考えると難しいわね……」
先ほどのパチェは地下の図書館という一つの場所に留まってくれているから変えるのは容易かった。
だが、咲夜はメイドであり、美鈴は門番という紅魔館の顔というべき役割を持っている。
下手に変えると紅魔館の品位をも下げてしまう危険性がある。
……さて、これをどう調理すべきか。
「逆に考えてみましょう。
『何か秘密がありそうなメイド』が要素になっているのなら、いっその事咲夜には悩みがなさそうな能天気なメイドにしてみてはどうかしら。
美鈴の方は大道芸をさせてみる。これなら『謎の異国人』要素は消え去り、『大道芸をする異国人』要素と全く違ったものになるわ」
想像してみる。
ケース① もし、紅魔館の洒落たメイドが悩みのなさそうな能天気メイドになったら
「グッテンダーク、お嬢様。今日も燦々太陽SUN♪ ララ☆サンシャインな一日ですよ?」
「いろいろとつっこみたいところはあるけど、とりあえずカーテンは閉めて。
日光で肌が焼ける」
「あれぇ? そうなんですかぁ? あっ、お嬢様って吸血鬼でしたっけ?
咲夜ってばうっかりSUN♪ てへっ♪」
「朝からうざいテンションね……」
「さっ、起きてくださいお嬢様♪
こんないい天気なのにベッドに引きこもって惰眠を貪るなんてダメ廃人一歩手前ですよ?
ほら、太陽もあんなにいい笑顔っ♪
こんな日にはお弁当を持って出かけるのもいいかもしれないですね♪
あぁ、世界はなんでこんなにも希望に満ちているのかしら?」
「うざい事この上ないわね……」
結論。
紅魔館の品位が落ちる。却下。
ケース② もし、紅魔館の門番が大道芸をする異国人になったら
「ねぇ、美鈴。ここのボスが強すぎて倒せないんだけど?」
「お嬢様、そちらのボスは純粋にレベルを上げて殴るのが勝利への近道です。
原作通りにバギーちゃんを突撃させても無意味なのでご注意くださいね」
「あぁ、そっか。さすが美鈴。頼りになるわね」
「いやぁ、こんな事でよろしいのならいつでも歓迎ですよ。
伊達に門番するフリしてゲームしてませんからね」
「あははっ……
――いや、門番はちゃんとしろよ?」
「ちょっ、お嬢様!? グングニルをお尻に刺すのは勘弁を!!
いやああぁぁぁああああっ!!!!!!」
結論。
いつもと変わらない気がする。ってか、美鈴は大道芸してないじゃん。却下。
想像終了。
他人に意見を求めるまでもなく、自分の中で却下となった。
これは思っていたよりも難しいかもしれない。
紅魔館の品位を落とさず、かつ今ある日常と大きく変えなければならず、さらに私独自のテイストが含まれていないといけない。
これは、私が幻想郷に来て以来の最大の難問なのかもしれない。
私がこの難敵に対してうんうん唸っている時だった。
『アリスのティーパーティー』の準備中だった小悪魔がやってきた。
「咲夜さん、懐中時計のレプリカを作り終えたので、これ返しますね。
ありがとうございました」
「あら、小悪魔もう作り終えたのね」
……二人の会話を見ていて、私の脳髄に刺激する何かを感じた。
『アリスのティーパーティー』において、小悪魔は兎の格好をする事でその役割を演じる事となった。
つまり。
咲夜や美鈴にも何かの格好をさせて、その役割を演じさせればこの問題は解決するのではないだろうか?
「思いついたわ」
私の一言に、みんなの視線が注目される。
「咲夜はアヒルのきぐるみを着て、美鈴は犬のきぐるみを着なさい。
それで万事解決よ」
「……アヒルに犬とは、またえらい変化球を投げてきたものだな」
驚いているのか感心しているのか、それとも呆れているのか。魔理沙はそうコメントしてきた。
だが、私とてその答えはすでに用意済みである。
「甘いわね、魔理沙。
私が思いつきで動物のきぐるみを思いついたとでも思って?」
「まぁ、お前の事だから何らかの意図があるとは思っているが……」
「正当に評価してくれているようで嬉しいわ。
そもそもね、アヒルのきぐるみを被っているメイドに何か秘密があるように思えて?
同様に犬のきぐるみを被っている門番に謎要素があるように思えて?
つまりは、アヒルという要素を纏う事によって能天気という要素を自然に取り込む事ができ、犬という要素を纏う事によって謎要素を消し去る事ができるという寸法なのよ」
そもそも、私が最初に思いついた『悩みがなさそうな能天気メイド』は間違いではなかったのである。
やり方が直球すぎて紅魔館に合わなかっただけなのだ。
だから、動物のきぐるみというオブラートに包みこめば、その要素はおのずと解決されるのである。
「では、アヒルと犬のきぐるみを用意してきますね」
うちのメイドは話が早くて助かる。
――と、いつもは言うところなのだが、今回は違う。
「咲夜、待ちなさい」
「なんでしょうか?」
自分に何か不備でもあったのかしら、と言わん気に不安な顔を見せる。
そんな咲夜に対して、私は堂々と言ってやる。
「咲夜は今アヒルよ。人間の言葉を使ってはいけないわ」
「では、私はどうやってコミュニケーションを取ればよろしいのですか?」
「ぐわわっ、と鳴けばいいわ」
「ぐわぁ?」
アヒルの鳴き真似をする元洒落たメイド。そこに『秘密がありそうなメイド』要素は完全に失われていた。
うん、我ながら完璧すぎる仕事だ。
「そして、美鈴の方は……そうね」
ごくり、と美鈴が唾を飲み込む音が聞こえた。
「決めセリフは『今日はハチミツ食べてないなぁ……』よ。
何か言葉に詰まった時はこのセリフを使いなさい」
「…………。
今日はハチミツ食べてないなぁ……」
長い沈黙の後、美鈴はそう口にした。
きぐるみを纏わずにセリフのみだったのにも関わらず、美鈴からは謎要素は一切なくなっていた。
私って天才じゃないのかしら?
そう思わずにはいられない成果だった。
「おっけー、魔理沙。
紅魔館に残っているゴシック要素は残り一つ、そうよね?」
ここまで来ると魔理沙に問うまでもなく、私には容易に想像がついた。
「『フランケンシュタイン』におけるフランケンシュタインそのもの。
つまりは『地下室に幽閉されている怪物』。それが紅魔館に残る最後のゴシック要素よ!」
「うん、お姉さまが頭おかしいのは分かった♪」
地下のフランの部屋を訪れた私と魔理沙はこの一大プロジェクトを入念に説明。
それを聞いたフランの返答がこれだった。
馬鹿な妹め。この完璧なプロジェクトの意味さえ理解できないとは。
「姉に頭おかしいと言うのは失礼極まりないわ。
それは誇り高き吸血鬼の行動から逸脱していると言えるわね。
訂正なさい、フラン」
優雅に、かつ華麗に返答したつもりだったが、我が妹には私の気持ちが一片も伝わらなかったらしい。
「分かった、お姉さま。
それじゃあね、イッペンアタマヒヤシテコイ」
にこり、と満面な笑みを浮かべながら、だが中身は冷徹極まりないそのセリフは、この私に絶大なプレッシャーを与える結果となった。
スカーレット家最後で最大の血統と言われたフランならではの行動と言えよう。
だが、私とてここで引くわけにはいかなかった。
姉としてのプライド、紅魔館当主としてのプライド、ゴシック要素排除という使命感、それに加えて若干の遊び心が今の私を動かしていた。
「おっけー、フラン。今は理解できないならそれで構わないわ。
でも、あなたはやがて気付くでしょうね、この姉の偉大さを。その時になってから私に感謝してもらっても何ら問題ないわ。
フラン、この姉の寛容さに感謝なさいね」
「いや、だから私の言う事を聞いてよ、エセカリスマお姉さま」
「……そうね、フランの魅力と言えばこの私すら認めざるを得ないその可愛らしく、それでいて妖艶で幼女たる容姿と言えるわね。
このチャームポイントを崩さずにゴシック要素を排除しなければならないわ」
「ねぇ、お姉さまって頭沸いてるの? それとも手遅れなの?」
「そこで思いついたのがコレよ」
私が取り出したのはネズミ耳だった。
『ふかふか手触りによる癒しだけでなく、つければ貴方もネズミに大変身!』と謳い文句をつけていた命蓮寺のお土産品である。
本物のネズミが作っているだけあって、私の目から見てもコレは極上の一品であると断言できた。
コレをフランがつけたところを想像するだけで鼻血が出てしまいそうな程の可愛さが出来上がるのは、もちろん言うまでもない事だろう。
だが、私がネズミ耳を取り出したのにはもう一つの理由があった。
「兎、アヒル、犬ときて最後はネズミか。
動物のオンパレードだな」
魔理沙がふぅむ、と肯く。
「いいところに気付いたわね。
えぇ、ただ単に紅魔館にゴシック要素を排除するだけなら私でなくともできるわ。
でも、私ならゴシック要素を排除しつつ、新たに動物属性を入れる事で整合性及びオリジナリティを表現する事ができるのよ。
これがカリスマでなかったら、なんと呼べばいいのかしらね?」
「あほ?」
「さっきから失礼すぎる妹ね」
さすがに我慢の限界が近づき、私はフランを睨む。
「さっ、フランは偉大なる姉を信じてこのネズミ耳をつければいいの。
そうすれば紅魔館は新たに生まれ変わる事ができるのよ」
「……ねぇ、お姉さま。私少し気になったのだけれど、確認してもいいかな?」
ようやくフランが私の意図を理解し始めてくれたようである。
私は満足げに肯きながら答えた。
「お姉さまは紅魔館におけるゴシック要素を排除するのに動いているのよね?
方向性がアホなのは置いておいて」
「えぇ、その通りよフラン。
一言多いのが気になるけど、この際聞かなかった事にしてあげるわ」
「それでパチュリーと小悪魔が『アリスのティーパーティー』を演じて、咲夜がアヒル、美鈴が犬、それで私がネズミをする事になったんだよね。
口に出すと改めてアホなのが丸わかりなのはやっぱり置いておくとして」
「あなたにも私のカリスマが伝わってくれていたようで嬉しいわ。
姉をアホ呼ばわりする妹が少し気になるところだけど」
「何か一つだけ忘れているような気がしない?」
……ぞくっ、と何か背筋を冷たいものが伝ったような感触を覚えた。
フランは笑っている。
そこに殺気も怒気も何も感じられないはずなのに、私は何かの恐怖に襲われていた。
吸血鬼として非常に情けない行為なのは分かっているが、正直なところ私は今怖いと思っていた。
それはなぜか。
物理的な恐怖なら500年生きてきた中で何度か体験した事があった。
銀のナイフを喉元に突きつけられた時。
四肢が損壊し全く動けなくなった時。
そんな時でも私は精神的な恐怖は感じた事はなかった。
それが、今感じている。
例えるのなら、私が今まで積み上げてきた尊厳とかカリスマとかが根元から崩れてしまうような。――そんな精神的な恐怖。
「――じゃあ、お姉さまは何を演じるの?」
「あ、甘いわねフラン。私は無闇に紅魔館を変えているわけではないわ。
あくまでもゴシック要素を排除しているだけ。
『レミリア=スカーレット』にゴシック要素は存在しないのだから、私を変える必要は全くないの」
言ってて気付いた。私は大きな過ちを犯してしまっていた事を。
思えば、このプロジェクトの導入部分において、私は自分で魔理沙に言っていたのではないか。
「ねぇ、魔理沙。『吸血鬼の当主』も立派なゴシック要素だよね?」
フランの問いに、魔理沙は一度こちらの顔を確認した。
私の無言のお願いを、魔理沙は――
あっさりと無視した。
「あ、あぁ。その通りだぜフラン。
『吸血鬼』はゴシックから離す事ができない要素だな」
「りょーかい。
……咲夜、いるんでしょ?」
「ぐわぁ?」
こんな時でもアヒルの真似を忘れない咲夜の行為は感心を通り越して称賛に値する。
……だが今はそんな事よりも、このカリスマが崩壊しそうな状況をなんとかしてほしかった。
「私にネズミ耳を用意したという事は、もちろんお姉さまにも同じものを用意しているっていう事だよね?」
「ぐわ」
緊張感に欠けたアヒルの鳴き声と供に咲夜が取り出したのは、もう一対のネズミ耳。
アヒルのきぐるみを纏い能天気を自然に手に入れた咲夜だったが、従来の洒落た従者要素は全く色あせる事はなかった。
よって。
ここに、私――レミリア=スカーレットの当主としてのカリスマと、吸血鬼としてのプライドと、姉としての尊厳はあっさりと崩れ去る事となった。
そして同時に、レッミーマウスとフランマウスの誕生の瞬間でもあった。
……もはや、私は吸血鬼の当主ではない。
ここにいる私はネズミのキャラクター。
受け入れたくない現実が徐々に脳内を浸食し、言い換えるなら私の頭はヤケになってきていた。
「これにて紅魔館のゴシック要素は失われたわ。
明日からは生まれ変わった紅魔館――
『幻想レミリーランド』の開幕をここに宣言する!!」
おしまい。