永遠に続く銀の世界も
咲き誇り乱舞する桜花の景色も
一際大きな 美しい十五夜の夜も
彼女には敵わない
そして、叶わない
▼△▼
雪が続いていた
いや、冬が続いて居たんだ
もう皐月にもなるのに降り続く雪の所為で偶に人里に行っても皆が皆嫌な顔をしていた気がする。
別に炬燵と食べるものがあれば十分生きていけるとは思うけれど、私はそろそろ解決しなきゃなーとか、炬燵でボケて蕩けてしまったみたいな頭で考えていた。
なぜって、これは紛れも無い異変で
私が博麗の巫女である以上異変と言うのは私が解決しなくちゃならないからだ。
どうしてだか分からないけど、きっとそんな気がする。
まあどうせ後々来る魔理沙も異変解決を手伝ってくれるだろうし、この前のレミリアの異変も一緒に解決してくれたし。
どうせ来る魔理沙を放っておいて異変解決に乗り出してもいけない、そう勘が言っていたから大人しく溶けている事にする、なぜだか私の勘はよく当たる。
でろっと溶けて体から溢れ出してしまった脳みそを放っておいて、私はそれまでぬくぬくとまた惰眠をむさぼる事にした。
結局魔理沙が来たのはその数日後で、「お前がいつまでたってもちんたらしてるから誘いに来たんだ」とか呆れ顔で言ってたけど。
私としては何日経ったのかよりも魔理沙が来たと言う事が重要で
それでようやく起き上がった私を「ようやく山が動くか」なんて、魔理沙が失礼な事を言っていたから針を刺したら少し泣いた
そうして
長く続いた冬の異変は、ようやく終わり始めた
▼△▼
途中で合流してきた「あらあら、博麗の巫女に成り代わる事は出来なかった様ね」なんて咲夜は軽口を叩いていたけれどもその目は真剣だった、ああ麗しきかな主従愛。
それにしてもスカーフなんて洒落たものは無いし、かと言って耳あてなんて面倒くさいしで寒さ対策なんてまともにして来なかったのが堪える。脇は別問題だ。
まあ、そんな咲夜がいつもの冷静さを少しばかり捨てている理由はこの異変の首謀者にあるだろう。
この異変の一番奥に居るのが並の雑魚じゃ無い事が分かるのか、少なくともレミリアと十分に張り合えるぐらいだろうか。
まあ、私としては異変の首謀者を叩き潰して、その後開かれる宴会の幹事をして、そんだけ。
それが私に出来る事の全部が全部で、そうでなきゃ博麗の巫女では無いって誰かが言っていた気がする、そんなこと聞いたかどうかも忘れちゃったけど、多分。
箒をぶんぶんと振り回しながら「お前はいつも楽観的だな」なんて気の抜けた笑顔で言われて、それが多分私達の中ではスイッチだったんだろう。
私は、お札を確認して一番目に飛び立った
「景気付けだ!しゃきっと行こうぜ!」なんて声を張り上げて飛んで行ったのは魔理沙で
「あんなに最初から飛ばして、ばてるわね」とか大人ぶりながら横を飛んで行くのは咲夜だ。
まあ、魔理沙みたいに張り切り過ぎて火力不足になったら困るからぼちぼち行こうか。
雪の所為で曇った視界を結界で晴らしてから、私は前へ、前へと飛んで行く事にした。
どうせ異変は解決する、博麗の巫女によって解決するから異変なの。
誰かが、そう言った気がする。
▼△▼
飛んでゆく
雪景色の中を
ただ
ただ
飛んでゆく
黒幕だって言ってた雪女はよわっちくて話にならなかった、チルノは相変わらずあれだし。
まあ、頭をさすってたから魔理沙らへんにやられてたんだろう。
落ちてゆく元黒幕の頭の上を飛んでゆく
少し、寒さが和らいだ気がした
飛んでゆく
また
妙な家が立ち並んだ村?見たいなのが下に見えて急に妖怪が襲ってきた、やっぱり弱い。
取り敢えず家の物は取るなとか言ってた気がするけどこてんぱんにしておく、異変の時に出会ったのが悪いとだけ思った。
くるくる回るだけで大したことが無かった
やっぱり落ちてゆくその上を飛んで、私はただ赴くままに進んでゆく。
どうせ妖怪なんて大したのが居ないし、出会い頭に叩くだけよ。
飛んでゆく
飛んでゆく
飛んで
辿り着く
そこに
気が付くと辺り一面が暗くて、陰気
溢れ出る正気は並の人間では小一時間とも持たないだろうと思う。
やけに昏いなと思ったらここは森だった、黒々しい空気が漂う森、果てしなく面倒くさい
こういう場所は苛つく、視界が狭まるし、脱出する時に頭打つと嫌だし
早く出たいものだなんて、そんな事ばっかし考えてしまうから。
寒いし、早く異変を解決して、宴会を適当に誰かに任せて、炬燵で寝たい
そう思ってた矢先に結構強い妖怪の気配
今までとは違う、ピンと張りつめた空気
体が一直線に向かってゆく、風切り音が聞こえるぐらいに
居た
まだ小さくしか見えないけれども、私には分かる
どんどん逃げてゆくそれを追って私は飛ぶ
森の中にまで積もった雪の上を飛んでゆく
耳が痛い、耳あてを持ってくれば良かったかなとか思った時に
居た
居たんだ
ぽっかりと、そこだけ木々が避ける様に生えた広場の真ん中に。
真白い、雪よりも白い
まるでこの雪も彼女が振らせたんじゃないかってぐらい冷めた目が
日に焼けた事が無いんじゃないかって思うぐらいに真白い指先が
人形なんじゃないかって思うぐらいに、綺麗な造形が
彼女を形作り、彩っていた。
――――――しばらくぶりね
その口の端から紡がれる言葉は、一つ一つが音符を持っているみたいで。
でも私の思考はきちんと明確で、聞き惚れる隙を与えてくれない
暫くなんて、いつの事かなんてさっぱり分からないけど。
――――――さっき遭ったばかりだってば
――――――いや、そういう意味じゃなくて
少なくともさっき会ったって事じゃないみたいだ、多分傷付いた風な様子だったから。
いつだっけ、いつ会ったんだっけ、分からない。
分からないけれども、彼女が私を知っていると言う事実に驚き、浮つく。
―――――私のこと覚えてないの? まぁ、どうでもいいけど
ああ駄目だ、なんだか悲しそうな顔をしている。
妖怪の感情なんて知った事では無いって思うけど。
でも、頭の中がパチパチして
胸がぐぐって競り上がるみたいで
息が続かなくて
なんだろう、なんだこれ
これも妖術?それとも魔法?
まあいいや、取り敢えずぶちのめしてから聞くことにしよう。
スペルカードを取りだした私の目には、もう一人の妖怪しか映らなかった。
▼△▼
色取り取りの弾幕が舞う
雪の白と
極彩色と
その中を時々飛び交う人形だろうか、あれは
強い
ちっ、とグレイズしながら汗を拭う
「あら、汗を拭うなんて余裕ね」
「あなたも喋る余裕があるみたいね」
「都会派はいつでも余裕のある戦いをするのよ」
突如、左前から爆発の気配
避けると白い彼女は「あら」と言う風に笑った…気がした。
分からない、表情の一つも読む事が出来ない
「やるじゃない、たかが二色の癖に」
「…面倒くさいわね、七色の癖に」
弾幕の間を縫って飛んでゆく針を人形がすかさず叩き潰し、カウンターとばかりに弾を放つ。
冷静な判断、空間認識、紛れも無く今までとは違う
スペルカードの切れた音がして、一瞬だけ音が死ぬ
「やるわね妖怪」
「流石は博麗の巫女」
「でも、まだまだ」
そうして、また色がぶつかり合う
僅かな言葉
ちらつく刹那
霞める景色
その中を駆ける
ただ一直線に
「私の前で余裕を見せるには、まだ」
眩いほどの弾幕
魔理沙とは違う、力任せじゃなく
規則と、秩序で出来た
「足りないわ」
規則の合間を抜けて
数式の狭間を駆けて
「チェックメイトよ」
辿り着いた
彼女の元に、彼女の前に
辿り着いた
それでも彼女は余裕の顔で微笑む
また、頭を殴られたみたいな衝撃がした
なんだろう、これ
ぼうっと霞む頭で考える、炬燵の中に居る時みたいな 何も考えられなくなる感じ
それは酷く○○で
ああ、綺麗だななんて
地面へと沈んでゆくその姿を見て、そう思った。
▼△▼
やっぱり、放っておいたのはいけなかったかな
ずうっと天を昇っていって、雲より高く昇っていって
仕事が出来なくて荒れまくってた春告精も叩き落として
楽器を持った三姉妹も静かにさせて
辻斬りみたいで堅苦しい言葉使いな奴も蹴散らして
大きな、今まで見た中で一番大きな門のその先の、どこまでも続いて居そうな庭を見て、そう思った。
これから先にある異変の首謀者の事をは考えずに、ずっとその事ばっかり思っていた。
雪の森へと沈んでいった彼女を放って置いて来てしまった事に関して、なぜだか私は罪悪感みたいなものをひしひしと感じていた。
元々罪悪感なんてどんなものかは分からないけれども、少し苦しい。
ただ、「もうちょっと気遣ってやればよかったかな」とか「人形みたいだったな」とか、そんなの。
あの時落ちてゆく彼女を受け止める事が出来た筈だ、そうでなくとも無事を確認したり、居心地の良い場所に置いて行く事ぐらいは出来た筈だ。
なんでこんな事を考えているんだろう、向こうはただの異変に紛れて出てきた妖怪だと言うのに、何で気遣わなければならないのだろうか。
綺麗だった
強かった
そして
私と似ている、そんな気がした
どこが似ているなんて、知らないけれど
頭を振る
紛れも無く暖かくなった空気のおかげでもう耳は痛くない
いいや、どうせこの異変が終わったら宴会が始まる。
敵も味方も、強いも弱いも関係なく万物が萃る祭りが始まる。
きっと彼女も来るだろう、さっきみたいな冷めた表情を浮かべて来るに違いない。そこを捕まえてやろう。
きっと迷惑がるけれども彼女なら話に付き合ってくれる、相槌を打ったりしてくれる、博麗の巫女の勘を舐めてはいけない。
なんで話したいかなんてわからないし、こんなに寒い所じゃ考えが凍ってしまうけれども。
きっと熱に浮かされれば、そんな何もかもが溶けて流れて往くから。
そう思う
相変らず首謀者は出てこないけれど、舞い散る桜は明確にそれが近い事を示している。
もう一度追ってきた辻斬りを打ち抜き、今度こそ沈める
もう少しだ
ぱんと拍子を打ち、駆ける
強大な“気”へと向かって
その先にある春へと向かって
―――――花の下に還るがいいわ、春の亡霊!
―――――花の下で眠るがいいわ、紅白の蝶!
▼△▼
やがて、春は訪れるだろう
山の裾野に
野に
人々の心に
▼△▼
やかましい喧騒の中、私はただふらふらと歩いていた
望みの潰えた幽々子は春度を幻想郷へと返還し、儀礼通りに宴会は開かれる。
唯一桜を咲かせない木を見て、彼女はただ微笑んでいた。
まあ妖夢の方は何が何だか分からずたじたじだったが。
噂をすれば何とやら、私の後ろから妖夢がたかたかと駆けて来る。
「手を貸す事は?」
「あんた、主人の傍には居ないのかしら」
「一日暇を出されたのです、“一人で花見がしたいわ”とか言われまして」
考えはわかりませんが、あの人が幸せそうなので良いです。
そう言う妖夢の目もとは僅かに緩んでいる気がした。
「そう言えば、あんた知らないかしら」
「はぁ」
「七色の魔法使い、人形を連れてる」
暫く考えていた妖夢は首を横に振る、見た事も聞いたことも無いそうだ。
僅かに思考が麻痺しはじめるのを感じる
来ない?
これほどまでに大規模な宴会に来ない?
それとも見つからないのか、覗いてすぐ帰ったか
どれにせよ、私の目的は叶わない
焦りは焦燥に変わり、やがては苛立ちに変わる
初めてだった、これほど誰かに会いたいと思ったのは。
それが、居ない。
「よぉ霊夢、こっち来いよ!」
酔っぱらった魔理沙の声が響いて、我に返った。
そうだ、たかが妖怪だ、なぜこんなにも固執しなければならないのだ。
博麗の巫女は誰にも捕えられず、ただそこに在るだけ。
そうであれと
そうでなければならないと
そう
その通りでなければならないと
それに沿わないと
魔理沙の元に急ぐ
いつもの通り、魔理沙は得意げに自分の活躍を風呂敷を広げて話しては囃されて、照れたり笑ったりしていて。
私はそれをいつもの通りに眺めている
時々「なあ、そうだろう霊夢」なんて言われるのに適当に相槌を打って
渡される祝いの品をお礼を言っては受け取って
話しかけてくる妖怪とかをあしらって、喧嘩がおっぱじまったら仲裁して
それがいつもの通り、それが正しい異変の幕引き
だけど
そんな事をしていても時々脳裏をあの微笑がちらついて
あの色鮮やかな弾幕が、今も鮮明に焼付いていて
それを振り払おうと、必死だった。
▼△▼
異変は終わり、同時に今まで溜めこんでいた分の春が幻想郷に訪れる。
春告精は以前よりさらに狂った速度で空を飛びまわり春を告げまわる、花咲き乱れ、雪は解け、いよいよ遅い春が訪れた。
でも私と言えば春の空気が幻想郷に入ってきてもやっぱり縁側でのんびりとしているだけ、春眠暁を覚えずっていい言葉よね。
のんびりだらりといつもの通りに、お茶を啜ってお菓子を食べて。
あの異変の事が脳裏に一瞬浮かんで
冬の森の、白い彼女の事を思い出して
その時、まるで連鎖反応みたいに不意に思い出す
そういえば、あの森
あの森って魔理沙が住んでいる魔法の森だったっけ
そんな事に気が付いたのはきっと、あれからずっと彼女の事を考えていたからだろうか
考えていた
なんというか、あれからずっとだ
あの弾幕を、至近距離で見せた彼女の顔を、あの微笑を
気になって仕方ない
おかげで食事を抜いては魔理沙やらなんやらに心配されるしで散々だった。
「霊夢が飯を食わないなんて…どうした!呪いか!?それとも生きる事に疲れたのか!?」
なんて必死の形相で失礼極まりない事を言われたのは結構前の事だけど、逆に言えばそれ程この状態が続いて居ると言う事で。
なんというか、だるい。
これが何なのかも分からないまま
私はずっと悶々とした気分のまま過ごしている。
悲しいとか、嬉しいとか
よく分からないまま育った
誰かが辛そうな顔をしていても私はそれがどんな感情なのか分からない。
誰かが笑顔で居ても私はそれが何なのか分からない。
なぜかは分からないけれど昔はそれが辛くて、なぜなのか、どうしてなのか分からなくて。
“カンジョウ”と言うものが無いんだって、不意に気付いた。
多分私はどこかが壊れてしまっていて、それでそんな物を落っことしてしまったんだって。
幸いにもその頃は親しい人なんて一人もいなかった、近くにいるとしてそれは私の力を怖がったり、何かに利用しようと考えているのばかりで私の事なんて見てなかったから。
だから学んだ
誰から見ても普通を装えるように
学んでしまえば楽だった
『誰かに固執しない』事が良い博麗の巫女の証だって誰かが言った
きっとそうなのだろう、私の壊れた心は『良い博麗の巫女』であるのにうってつけだった
魔理沙と会うまでに私はそう言った物を隠す方法や、誰かに合わせて誤魔化す方法なんかを学んで、いっぱい学んで
周りが笑顔なら私も微笑めばいい、周りが苦しそうなら私も俯いて少し深刻そうな顔をすればいい。
そうやって生きてきた
それを使って普通であろうとして、今まで普通に暮らしてきて。
でも、今はそれが 堪らずにもどかしい
初めてだった
また会いたいとか、また見たいとか思ったのは
初めて誰かが気になった
あの微笑を思い出すたびに
あの景色を回想するたびに
胸が高鳴って、奥の奥がバクバクと脈打って
これがカンジョウなのかな
だとしたら、彼女にまた会えばカンジョウが分かるのかな、なんて。
そんなことをまだ、私は夢見ている
もう一度彼女と話したかった
あの口から紡がれてゆく音を聞きたかった
今度は何のしがらみも無しに、本気の彼女と戦ってみたかった
あの沢山の人形が乱舞する様をもう一度見たかった
そんな子供じみた夢を、私はなぜだか諦められなかった。
不意に空を誰かがかっ飛んできて、次第に減速しながら下りてくる気配。
魔理沙だ、丁度良い
魔法の森に住んでいる魔理沙なら何か知っているのかもしれない、灯台下暗しとはまさにこの事。
駄目押しでも良いから聞いてみようか、それで彼女の僅かでも聞きだせたら上々だ。
ほんの少しでも聞きだせたら、私はそれで良かった
その程度だ
「ん?ああ、アリスの事だなそりゃ」
その程度だと、思っていたのに
まさかいきなり釣り上げるとは思わなかった。
大当たりだ、太公望だなんて喜ぶ余裕も無かった。
「いやー珍しい事もあるもんだぜ、明日は雹でも振るんじゃないか?」
「余計なお世話よ、ただこの間の宴会に来なかったから気になっただけ」
霊夢が誰か個人について話すなんて無いからな、なんだか得した気分だなんて暢気に笑いながらこいつは遠慮なく失礼な事を言う。
「大した理由なんて無いわよ」なんて言葉を濁しても魔理沙は「ふぅ~ん、へぇ~」だの言うばかりで、聞いてるか分からないし。
やっぱり気づいているのかもしれない、なんだかんだで付き合い長いし、
まあ、取り敢えずあの魔法使いがアリスと言う名前だと言う事と、魔法の森に住んでいる事は聞きだせた。
上々、情報蒐集はこれにて終了で後は行動に移すだけ、そう考えるとそわそわと居てもたってもいられなくなって、今すぐにでも飛んで行きたくなって。
そんな私の背中に「霊夢」と声がかかる、それは魔理沙の声だった。
「なによ、あんたが人を引き止めるなんて珍しいわね」
「霊夢……気を、付けろよ」
「ん?ああ、妖怪程度なんてことは無いわ」
気が付いた、いつもは楽観的に振舞う魔理沙が僅かな危惧をにじませている事に。
その原因はさっぱりと分からないが、とにかく魔理沙は何かを恐れているみたいだった。
別に襲い掛かられたとしても大丈夫だろう、この間は苦戦したがたかが妖怪にやられるほど私は弱くないのだ。
このままだと埒も開かないので、何か言いたげな魔理沙を背に私は青々とした空に向かって飛んで行く事にする。
目指すはあの魔法の森
私と彼女…アリスが出会った広間のすぐ傍にあると言う、アリスの家。
▼△▼
言われたその場所には、まさに言われたままの家があった
こじんまりとしていて、上品な白亜の家
個々としては上質なそれは、異形の集う魔法の森に置いては見事過ぎる程にミスマッチを醸し出していた、アリスは案外天然なのかもしれない。
家の前に立ち、こほんと、一回咳払い
そして数改心呼吸、なぜだか知らないけれど緊張する
魔法の森の瘴気は冬のそれとは比べ物にならないぐらいだったけど、今の私には気にならないぐらいだ。
そっと小洒落た木の扉へと拳を近づけ、叩く
コンコン
木を叩く音
コンコン
もう一度
コン コン
やっぱり出ない
コン「煩いわね、キツツキじゃあるまいに」
不意打ちの様に整った声が響いて、私は背筋がゾクリと震えるのを感じる。
少しだけ開いた隙間からぬるっと手が伸びて、その後から顔がひょっこりと出てきた
驚く暇も無く、彼女は私の前に表れた
あの時と同じような冷めた瞳を嵌め込んで
アリス
アリス・マーガトロイド
魔法の森に住む人形遣い
私が気になって仕方がない妖怪は、私の姿を認めると僅かに肩をすくめてやる気の感じない声で「驚いた」と声を掛けた。
「あら、久しぶりね紅白の巫女」
「久しぶりね、賑やかな魔法使い」
「都会派は常に落ち着いているものなのよ」
「でも目には優しくないわ、疲れる」
「ふぅん、それで」
減らず口の応酬を繰り返すとまたアリスは僅かに肩を竦めた気がした、しかし一つ一つの仕草が嫌になる程様になっている。
一回ぱちくりと瞬きして、それからまた私をじっと見る。
空色の水晶が私を映している。
「何も無い家だけど」
「お茶ぐらいはあるでしょうよ」
「紅茶しかないわ、生憎」
「生憎博麗の巫女は茶のつく物はなんでも飲むのよ」
「そう、じゃあお入りください日常の略奪者様」
軋みもしないドアがするりと開いて、アリスはどうぞと恭しい仕草で手招きする、私は誘い込まれるように足を進めた。
略奪者なんてなった覚えも無いし別にそんな大したものじゃないけど、なんて妙な気分になりつつ門司を潜る。
そこにあったのは汚れ一つも無い清潔な廊下や、とても妖怪の家なんて思えない程に凝った装飾の梁や装飾品。
綺麗だけど、まるで生活感が無い
空気が死んでいる
ただそこに在るだけで何の意味も持っていない、寂しい空間
まるで生活感の無い部屋を見ていると飾りで作ったんじゃないかと思う。
装飾品代わりの部屋、なんか間違えている気がするんだけどなぁと思ってもそれを指摘できるほど心に余裕はない。
一定の速度で着々と歩を進めてゆくアリスは無言で、やっぱりあの時とは変わっていない。
やがて突き当りにある、他のと比べて一回りほど大きい扉を開けると居間と台所が繋がった「ダイニングキッチンよ」…どうやらアリスは心が読めるらしい。
「あなたって意外に考えが顔に出るのね」
「意外って何よ」
「今代の博麗の巫女は冷酷無比、情け容赦なく妖怪を蹴散らすってもっぱらの噂よ?」
ほんの意外そうな顔をして、言われる。
そんな風に呼ばれていたなんてと私は少し驚く。
そりゃ妖怪に対して情けが無い部分があることは認めるけれども、それはあんまりにも誇張された言い方じゃないだろうか。
「ま、あんたが来た時てっきり討伐されるんじゃないかと思ったわ」
「居留守って事?」
「自分の安全を優先したのよ」
僅かに笑い声が聞こえた気がした
誰の声かは分からないけど、いやに耳に残る笑い声だった。
「じゃあ、なんで出てきたのよ」
「さあ、分からない」
なんだそれ
「本当に分からないのよね、今日は調子が悪いのかしら」
首を少し振って、諦めたかのようにまた肩を僅かに竦める。
私は差し出された椅子に座りながらそんなアリスをじっと見つめた。
アリスはまるで人形のようだと、私はそこで再認識する。
「まあ、お客様を無下に扱うほど私も野蛮じゃなくてよ」
ひゅぅと飛んできた人形が持ってきたお盆からティーカップを持ち上げて私の前に差し出す、ことんと、耳に心地の良い音が聞こえた。
いい香りだ、紅魔館の咲夜が淹れる紅茶にも引けを取らないほどいい香り、都会派と言うのも侮れないなと変な事を考えた。
ちょっと誇らしげなアリスの顔を見て、あの日の人形遣いの顔を思い出す。
あの時、あの異変の時の冷たくて冷めきった眼を
こちらを見て僅かに驚いて「久しぶりね」なんて言ったアリスを思い出す。
「そう言えば、アリスは私を知っているんでしょう?」
「えっ?霊夢を知ってるって?」
「だって久しぶりねとか、覚えてないのとか言ったじゃん」
「うん?ああ……うーん…」
てっきり知っているとばかり思っていたから、言葉を濁したアリスの態度に違和感を覚えた。
暫く斜めを向いて、それから向きなおしたアリスは「あの時の事は、自分でも不思議なぐらいなのよ」と切り出す、しゃらと金の髪が揺れた。
「落ちてから思い出してみたんだけどね、私はあなたを見た事が無いのよ」
「案外都会派って抜けてるのね」
自分でも訳が分からないわと、少し頬を掻きながら困った様に呟いた。
なんでも私の顔を見た途端に顔馴染のような気がして、よくよく考えると全く見ず知らずの他人だなんて失態だわとか、随分と細かい事を気にするタイプらしい。
指をぐにぐにと動かしたり、ぴんっと突っぱねる度にあっちこっちに人形が飛び跳ねて面白い。
そう言えば弾幕の合間に使われた人形にはいろいろな用途があるらしいが…アリスと人形はどんな関係なのだろうか。
使い魔?
部下?
式?
そう聞くとアリスは首を振って
「大切な、お友達」
それだけが、弾む様に零れ出て。
飛びきりささやかな微笑を浮かべて。
私はことんと何かが落ちる音を聞いた。
▼△▼
色々な事を聞いた
例えば人形の事とか、完全な自立人形を作るとかの目標を持っている事とか。
あの異変の時に持っている本は特別強力な魔道書で別に使うつもりはなく脅しのつもりだったとか。
魔理沙には目を付けられるわ咲夜にはパチュリーの手土産にしようとか呟かれたりで役に立たなかったわとまた肩をすくめる、どうやらアリスはこの動作が好きらしかった。
色々な事を話した
急に季節が移り替わったせいで風が蔓延して大変だったとか、別に食料があれば炬燵に居るだけで困らなかったとか、最近餡子菓子が美味しくて体重が心配だとか。
特にアリスを撃墜した後が気になった事を話したら「痛かったわ、ちょっと」とやっぱり肩を竦めて言われた。
結局あれからしばらくして、何とか回復したアリスはその足で家へと向かってシチューを作っていたらしい。
本気を出していなかったのか、それとも都会派はタフネスなのか。
どちらにせよアリスのシチューは食べてみたいと思った、これだけ美味しい茶菓子が作れるのだからきっと絶品のモノが作れるだろうなんて言ったら「まあまあね」なんて返って来た、自信家らしい。
「出来上がったわ、バウムクーヘン」とか言ってアリスがお菓子を持って来て、それのどれもが美味しいから食べ過ぎちゃったり。
あれだけ熾烈な弾幕を放つから戦闘用だと思っていた人形が家事全般を行っていると聞かされてびっくりした事とか。
新鮮だった
アリスの冷めた様な瞳の奥には少しだけの揺らぎがあって、それを見つけていくのは面白かった。
でも、やっぱりアリスは冷めていた
あの時垣間見た彼女の、雪のように冷たい
さも嬉しそうに人形の機微を話す
さも悲しそうに失敗を話す
さも驚いたように私を見る
でも、違う
一般的な感情とアリスのそれは明確に違う
彼女は何も思っていない
彼女は何も感じていない
静かだった
アリスは微笑んではいるけれど、その声に一切の混じり気も無くて
意志も感情も無く、ただ空気を震わせて”ナニカ”を伝えるみたいで。
でも
それを心地よいと感じてしまう私は、やっぱりどこか壊れているのだろうか。
やっぱり彼女と私は似ていると思ってしまうのは、私達が壊れているからだろうか。
窓辺から入る斜陽を浴びる私達はただ静かに、お互いを見つめていた。
アリスのどこまでの蒼くてきれいな瞳には注視すれば私が見えているみたいで、なんだかアリスに捕まえられてるみたいな不思議な気分になって。
アリスにならそれもいいかなって、うっすらと思った。
▼△▼
また来て良い?だなんて、我ながら卑怯な質問だと思う。
アリスはやっぱり肩をすくめて「太っても良いなら、いつでも」なんて言って、きっとそれは彼女なりの最大の賛同なんだって勝手に捻じ曲げて理解する。
きっとアリスは断らない
どんな頼みも決して断らないし、それは彼女の高いプライドが許さないんだろう
だから、また私はアリスの所に行こう
答えは見つからなかった
カンジョウの正体も
私達のどこが似ているかも
なんで私アリスの事をこんなに考えてしまうかも
でも、アリスと話していると何かがストンと落ち付いて
そうしていれば、いつか分かる気がして
もう一度会えば、分かるかな
十回会えば分かるかな、百回会えば分るかな
分からない
分からないけど
いつか
少しづつ地面に別れを告げて、アリスを見る
やっぱりアリスもこっちを見て、微笑んで
私はまた魔法を掛けられた気がした
多分それは、私達が雪の日に出会った時からかかった魔法
会えば会う程、また会いたくなる呪い
何も分からないけれど、今はそれでもいいかなって
そうとだけ 思った。
.
.
の台詞には落胆の響きが混ざってると信じてやまないわけで
どことなく考えの似てる二人が少しずつ意識しあっていくのは大変よいです
少しずつ惹かれていく霊夢、アリスの見せる意味深な仕種が凄く良かったです。
レイアリならなんでもOKなんですけどね
霊夢もその魅力に囚われたか。
でも近しい距離には、まだ遠い。
そんな距離感、中々良かったです。