季節は夏真っ盛り、ジメジメとした暑い日々が幻想郷にも続いていたころ。
今日は特に蒸し暑いからと、天子は下界に降りるのを控えて、年中快適な気候である天界に引き篭もることにした。
自室のベッドの上に横になりながら、外界から流れ着いた漫画を読んで時間を潰す。
そうやって半日も過ごしていれば、部屋の真ん中についと黒い線が引かれ、開いたと思うと見知った顔が姿を現した。
「ふぅ、御機嫌よう」
「おー、紫じゃないの、いらっしゃい」
額に汗を浮かべてスキマから現れた紫は、ふぅと息を吐いてそこら辺に放置されていたクッションに腰を下ろした。
「今日の地上はいつにも増して暑いわ」
「みたいね。流石に今日は、私も下に降りる気にならないわ」
「家が天界にある人は良いわね、こっちでのんびりしてられて」
「その代わり、面白いものなんて何にもなくてつまんないだから、どっちもどっちよ」
紫はスキマから取り出した扇子で、パタパタと首元を仰ぐ。
いつも下ろしている長く綺麗な金髪が、今日は帽子の下にまとめられており、すっきりした首周りには涼しげな風が通り抜けていく。
髪形が変えられて雰囲気が変わった紫を、天子は物珍しげに見ていた。
「その髪も暑いから?」
「えぇ、湿った首元にまとわりついたりして鬱陶しいのよ」
「そこまでするならまずその服装変えなさいよ」
天子に指摘された紫の服は、二人が始めてあったときと同じ導師服だ。
とてもじゃないが夏に着るような服には見えない。
「今日は結界の修復作業があったから。この服のほうが何かと気合が入りやすいのよ。着替えるのも面倒だから、ちょっとここで涼ませてちょうだい」
「家は休憩所じゃないわよ。せめて使用料払え」
「はい、消費期限切れのお饅頭」
「いらないわよそんなの! っていうかあんたさぁ……」
涼みたいなら白玉楼に行けばいいだろうと言いかけて、天子は口をつぐんだ。
天子が今言おうとしたことは正しい。あそこなら幽霊がたくさんいて涼しいし、親友の幽々子とだべりながら妖夢の出したお茶を飲んでここよりゆったりできるだろう。
それなのに、それを無視してこっちに来たということは、それはつまりそういうことなんだろう。
「……まぁ、いたいならいればいいんじゃない」
「あら、珍しく素直ね」
「私はやりたいことに対してはいつも素直よ、それに仕事に疲れた奴を追い出すほど性格悪くないわ」
「あらそう。なんにしろ了承も取れたし休ませて貰おうかしら」
紫は「さぁて、言質も取れたし勝手にしよう」と早速クッションを枕代わりに寝転がった。
「部屋の中だって言うのに空気が澄んでるわね。おかげでお茶も美味しいわ」
「…………」
スキマから取り出したキンキンに冷えた麦茶を取り出して口にしながら、我が家のごとくくつろいでいると、ちらり、ちらりと天子から妙な視線を送られた。
やっぱり鬱陶しく感じてるのかと思いきや、その割には視線に嫌悪感などはない。
紫は妙だなと思いつつ最初は気にしてはいなかったのだが、何度もそういう目を向けられると流石に居辛くなってくる。
「なに、飲みたいのかしら?」
「人の飲みかけなんて欲しがらないわよ」
「美少女と間接キスできるのに?」
「んな、し、しないわよそんなの! そうじゃなくて、なんか違和感あるのよそれ」
「それって?」
「髪形」
「あら、そんなに似合っていない?」
指を刺されて指摘され、紫はほんのわずかに眉をひそめた。
普段は天子の憎まれ口、軽口などは適当に流しているが、やはり見た目に対して否定的な意見を貰うと聞き捨てならないか。
だが天子は、両手を振って大げさに否定した。
「いやいや、そんなことはないんだけどね。いっつも普通に垂らしてたから、ギャップがあるっていうか。あるべき物がそこになくて違和感が酷い」
「ないから気持ちいいんだけれどね。風通しも良くなって涼しいわ」
紫は再び扇子を扇ぎ、首周りを通り抜ける風のちょっとした快感に目を細める。
だが天子は納得できないかのように、ジロジロと紫の首回りを注視していた。
「うーむむむむ……」
「うわぁ、せっかく風通しが良くなったのに、粘っこくて気持ち悪い視線で肌が爛れそうね」
「私の目にそんな兎みたいなビックリおもしろ機能はないわよ! あーもう、それはいいとして、いやよくはないけど置いといて。紫ちょっとそこにある鏡の前に座って」
「鏡?」
天子が指差したのは、身体全体が確認できる姿見だった。
「なんで?」
「いいから早く座ってよ」
有無を言わせぬ態度に、無視してもしつこく食い下がりそうだなと判断した紫は、大人しく言うことを聞くことにした。
天子はその背後に回り込むと、なにやら真剣な顔をして、鏡に映る紫と実物を見定めている。
「ふぅーむ……」
「そんなに見たって何もないわよ。うっとうしいからそろそろやめ」
「そりゃ!」
「きゃっ!?」
そろそろ紫が視線を我慢しきれなくなってきた辺りで、天子は突然紫の背後から抱きついた。
首の横から両腕を回すと胸元辺りで組み合わせて、より身体を密着させる。
「よし完璧」
「なにが完璧なの」
「これで物足りなさもなくなったし、ようやく違和感がなくなったわ。これぞ紫って感じよ」
「勝手に私の定義に変なもの付け足さないで」
鏡に映った姿を見て天子は満足げに頷いているが、対照的に紫は不満を隠そうともしない。
いや、不満というよりも、何か焦っているようにも見える。
「もう、髪なら下ろしてあげるから離れなさい。こんなにくっつかれたら暑いし、それに、その」
「どうしたの?」
「……わかるでしょ? こう暑いと、どうしても出てくるものがね」
「あぁ、そういえば汗とかあったわね。天人は出さないから忘れてたわ」
「わかったら早く離れて」
しかし天子は何故それで嫌がるのか理解できないという顔をして、より身体を密着させた。
「汗かくくらいでどうして嫌がるのよ」
「あなたはもうとっくに忘れてるかもしれないけれどね、汗をかけば基本的に嫌な臭いが出てくるものなの」
「なによ、そんなことないわよ」
一向に天子は離れようとしないばかりか、紫のことお構いなしに、顔を汗で湿った首元にうずめる。
「スゥー、はぁー」
「ちょっ、あなた何やってをやっているの!?」
「いや、結構いい匂いだなって」
「な、なに言っているのよ……」
何の臆面もなく言いのける天子に、紫は顔を逸らして信じられないと口を開くが、鏡には真っ赤になった顔がしっかりと映っていた。
「紫の匂いって、嗅いでると安心してくる匂いよね」
「いいから離れなさい」
「えー、もうちょっと嗅いでたいー」
「犬じゃないんだから、それ以上続けるのなら抵抗させてもらうわよ」
「むむ、わかったわよ。匂い嗅がなきゃいいんでしょ」
鏡越しに紫が睨み付けてきたので――それでも赤面なので怖くなかったが――天子は諦めたように顔を離した。
だが紫が安心したのもつかの間、サッと天子は普段は隠れている紫のうなじに細い舌を伸ばした。
「ぺろり」
「ひゃあっ!?」
紫は抱きついた時とは比較にならないぐらい声をあげ、大きく身体が跳ねた。
だが天子は過敏に反応する身体を押さえつけて、抵抗する暇もないまま舌を這わせ続けた。
「ん……ぺろ……ぴちゃ……」
「いや、んっ! ちょ、止めなさい天子!」
「だっていつもなら、髪が邪魔でこんなのできないじゃない。できるうちにできることやっとかないと損でしょ。それに紫を攻められるチャンスって希少だし」
「損って、馬鹿なこと言ってないで……んぁ!」
どうやら相当弱いのか、少し舌を動かしただけで天子の腕の中で身体が振るえ、嬌声が発せられる。
うなじから感じる舌の感覚だけでも紫は十分恥ずかしかったが、ぴちゃぴちゃと耳に届く湿った音がより羞恥心をくすぐった。
脱出したいところだが精神が乱れすぎてスキマもすぐに使えそうにないし、せめて拘束をはずそうと天子の腕に手を伸ばすが、こう攻め続けられては力が入る傍から抜け落ちてしまう。
「この、早く止めないと後で酷いわ、ひゃうん!」
「ふっふーん、凄んだってその顔じゃ駄目駄目よ。ほら、鏡見てみなさいよ。いっつも澄まし顔のあんたが、こんなに乱れちゃってるわよ」
「そんあ、こと言わないで、ってあ、あ、あぁぁ……」
目の前に鏡があるおかげで、背後にいる天子も紫の表情をハッキリと視認することができていた。
抱き締めた腕を引き剥がそうとするその手は震えて、上気した顔で人様には聞かせ辛い声を出しながらトロンと潤んだ目で悶える。
予想以上に良い反応をされ、本当はちょっといたずらして終わるはずだったのに、もう止め時がわからなくなってしまっていた。
「んぁ。そこ、だめ、舐めちゃ……」
「ほら、こことかどう? んちゅ、ぺろ、」
「やめ、やめ……」
「塩酸っぱいけど、美味しっ」
「止めなさい!」
攻めが止んだその瞬間、紫に最後の力を振り絞られて天子は拘束を解いてしまった。
まずいと思う暇もなく、紫は足元に展開したスキマから脱出した。
そして出てきた先は、さっきまで自分を捕まえていた天子の背後。
「はぁ、はぁ……捕まえた……」
「あ、あり……?」
「……ふぅ、スキマを展開するまで大分時間が掛かったわね」
天子が状況を理解するよりも早く、すでに紫は小柄な身体を後ろから抱き締めてしまっていた。
しきりに瞬きをして困惑する天子に、ニヤリと妖怪らしい危険な笑みを投げかける。
「さて、私は言ったはずよね。早く止めないと酷いって」
「いや、あははははは。そ、そんなおっかない顔してどうしたのかなゆかりーん?」
「倍にして返してあげるから覚悟しなさい」
「ば、倍って、例えばどんな……」
「それは……」
天子にされたことをそのまま返してやろうかと考えていた紫だが、それでは倍返しにはならないと気付いた。
やられた時の二倍くらいしつこく攻めるのもありかもしれないが、それはそれで面白みがない。
ではどうすればいいのか。一体何をすれば倍にして返したことになるだろうか。
さっきのよりもスキンシップとして過激というか、行きすぎなものといえば、例えば……
「……キス、とか?」
「えぇっ!? ちょ、それは、その友達同士でやるにはっ……」
冗談で言ったつもりの紫だったが、困惑した天子の言葉にムッと眉をひそめた。
友達同士でするには……? さっきからあんなに引っ付いて、恥ずかしいことをしておいて何を言っているのか。
もうただの友人という枠内に収めるには、二人の関係は親密過ぎることに気付いていないのか。あるいは気付いていても気にしないようにしてるのか。
それとも、本当に天子は特別な感情など何も抱いていないのか。
恨み辛み、よくない想像、色んな思考が紫の頭の中でグルグルと渦巻いて、一つの結論を出した。
よし、キスしてやろう。
「もう遅いわよ」
紫は静かに言い放つと、天子を押し倒してか細い両腕を押さえながら覆いかぶさった。
獲物を狙う獣のような目で見つめてやると、いつもとは違った怖さに天子は小さく身体をすくませる。
「ちょ、紫なんかこわ」
「怖いのは当然よ、今からお仕置きするんだもの」
「お仕置きって」
「キスよ」
ビクリと天子の身体がはねた。
「あなたは悪いことをした、悪いことをしたならお仕置きされるもの」
そう言い聞かされ、紫の下で天子はその先を想像して身悶えすると、なにか言おうと小さく口を動かそうとした。
嫌がるか? 冗談にして流そうとするか? どちらにしても逃すつもりはない紫は、どう言われようが燃え上がる意思を消されないよう心構えをした。
「……なら、仕方ないよね」
だがその一言で鎮火し、また新しい炎で燃え上がった。
「そう、仕方ないのよ」
天子が特別な感情なんて持ってないんじゃないかなど、心配する必要はなかったか。
だが紫に今更行動を止める気はない、むしろ俄然欲求が湧き上がり、天子の唇を奪いたくなった。
「いくわね……」
紫が唇を天子にゆっくりと近づける。
天子はギュっと目を閉じ、緊張で震えてしまいそうな身体を内股で地面に押さえつけた。
真っ暗闇の中で、たかだか数秒の時間を何分も経っているように感じながら、まだかまだかとその時を待つ。
しかし中々決定的な瞬間は訪れず、『もしかしたら紫が騙してきたんじゃ?』と思って天子が身体の力を抜いた瞬間、ふわっと不意打ちのように唇に柔らかな感触を感じた。
ただしほんの一瞬だけだったが。
「は、はい終わり」
「……えっ?」
感触を楽しむ暇も無いまま紫の顔は離れていってしまい、天子は呆気にとられて開いた目を丸くした。
とりあえず拘束が解除されたので身体を起こすと、顔を赤くして恥ずかしそうに身を縮みこませて口元を押さえている紫が目に入った。
「今ので終わり?」
「そ、そんな目で見ないでちょうだい」
「……へたれ」
「や、やるべきことはやったんだからいいでしょう」
不満げに紫を睨みつける天子、というか実際不満しかない。
お仕置きだの何だの言うから、もっと濃い内容を期待していたのに一瞬くっついただけで終了なんて肩透かしにもほどがある。
ババアの癖してこういうところでウブなのは可愛くて好きだが、これじゃお預け喰らっほうがマシだ。
このままで終わらせたくない。天子は一人で余韻を楽しんでいた紫に流れるような動きで近づき、また首筋に顔を寄せた。
「んちゅっ、ちゅば」
「ひゃ! この、だから止めなさい」
紫は慌ててそれを引き剥がすと、天子は上目遣いでじっと見つめてきた。
「紫、さっきのキスはお仕置きだったのよね?」
「最初にそう言ったじゃない」
「だったらさ、また悪いことしたんだからさ」
天子は懇願するように紫の肩に置いた。
「反省しない悪い子には、もっとお仕置きしないと、駄目よね……?」
もう一度、天子とキス。
それだけで紫の鼓動は早まって、どうにかなってしまいそうで、ほんのわずかに迷ってしまったが、すぐに覚悟を決めて天子の背中に腕を回した。
「天子、じっとね」
「うん……」
二回目のキスは、スムーズに事が運んだ。
天子が身構えて目を閉じた時にはもう、柔らかなふくらみが再び唇に押し付けられていた。
今度はしっかりと、相手の柔らかさが暖かみを持って伝わってくる。
互いに数秒ほど息も出来ず固まっていると、やはり紫のほうから顔を離す。
「今度のお仕置きはどうだったかしら」
「うん、すごい、すごいドキドキする」
胸の心臓が早鐘を打って耳元がうるさい。興奮した身体が空気を求めて息が荒くなる。身体の奥で灯がともっているように熱くなる。行き過ぎた刺激に頭がボーっとする。
でもまだ足りない。
もっと、もっと感じていたい。
「紫、首だして」
「……えぇ」
紫は何の戸惑いもなく、首元を差し出した。
天子は差し出された首筋に口をつけて少しだけ吸い付く。
「それじゃ、お仕置きしないとね」
天子が顔を向けてくると、すぐに紫はキスをした。
今度はさっきよりも長く、放っておけばずっと続いているんじゃないかというほどくっついたままだ。
だがしばらくすると天子の顔色が徐々に悪くなっていき、限界だというように紫から顔を離して大きく肩で息をした。
「はぁ、はぁ……」
「どうしたの」
「いや、息が苦しくて」
ただでさえ興奮しすぎて息が荒いのに、キスの間ずっと息を止めていたから意識が朦朧としてきた。
「鼻で呼吸しながらすればいいじゃない、私もそうしてるわ」
「あれ? その割にはくすぐったくなかったけど」
「鼻に小さなスキマを開いてたからね」
「あぁ、それで……でも私がそれやると紫がくすぐったくない?」
「それくらいなら我慢するわ」
「じゃあ紫も一々スキマ開かなくていいわよ、私も我慢するからさ」
すでにお仕置きだとかいう体裁はどうでもよくなってきていたが、二人とも気にしていなかった。
とにかく今は、この二人っきりの甘い時間を浸っていたい。
「ん……」
どちらともなく唇を重ね合わせる。
先に話し合ったとおり、二人とも鼻で呼吸すると、やはり鼻息が相手の顔を撫でてくすぐった。
普通なら湿気て生暖かい鼻息なんて気持ち悪いだけなのに、今この状況でキスしている相手のものだと思うと嫌悪感など感じない。
それどころか相手の鼻息が荒くなるにつれ、興奮してくれているのだと思うと嬉しくなり、互いに気分を高揚させ高めあっていく。
「ふぅ……ふっ……」
「ん、ふ……ふぅーっ」
いままでで一番濃いキスだった。
気が付けば互いに抱き合い、唇だけでなくぴったりと全身を寄せ合って、身体中で相手を感じようと必死だった。
だんだんとエスカレートしていく中、紫は唇を開くと天子の口の中に入れようとそっと舌を伸ばした。
「ん……」
「――!? やあっ!」
予想外の感覚に目を見開いた天子が、紫を思いっきり突き飛ばしてしまった。
紫もそうなるとは思っていなかったのか、抱きしめていた腕を離してしまい、そのまま頭を壁に打ち付けた。
ガン! と大きな音が鳴りひびく。
「あたっ!」
「あっ、ご、ごめん」
珍しく天子の口から謝罪の言葉が出る。
だが紫は悲しそうな表情を浮かべて身を起こした。
「い、いえ、こっちこそごめんなさい。調子乗っちゃったわね」
この時、紫は一時的な衝動に身を任せて、行動に出てしまったことを後悔していた。
天子を怯えさせてしまうとは、なんて迂闊だっただろう。
「あっ、じゃあこうすればいいのよ!」
そうして落ち込み始めていた紫の手を、天子が手にとって握り締めた。
「こうしとけば暴れたり出来ないからさ」
「……天子、あなた気にしてないの?」
「なにが?」
訊ねられて首をひねった天子に、あぁそんなデリケートな精神じゃなかったなと紫は苦笑した。
「それより紫、焦らさないで……」
「ふふ、こらえ性のない子ね」
「いいから、はやくぅ……」
紫は天子の柔らかな手に指を絡めて握り返した。
続きを待ち望んで目を潤ませる顔に、望みどおりのものを与えようと顔を近づけ。
ガラッ
「天子ちゃん、なんだか騒がしいようだけどどうし……」
二人とも乱入者に目を丸くして固まった。
「………」
「……………」
「…………………」
予想外の人物の登場、予想外の状況。
場が静寂に包まれる中、天子の母はカメラを取り出すと流れるような動作で二人の姿をファインダーに納めてシャッターを切った。
「我が子の春がキター!!!、ちょっと父さんと一緒に出かけてくるから、ぞんっぶんに楽しんでてねー!」
「ちょま、何で母さん天界から出ない癖してカメラなんか持って、待て逃げるなー!!」
天子が止める暇も無いまま、颯爽と母親は身を翻して去っていく。
慌てて紫の手を離して母の後を追おうと部屋から出たところで、家の玄関が勢いよく開けて閉じられる音が聞こえてきた。
「ぬおおおおああああ、あんな写真撮られるなんて……紫、すぐにスキマであのカメラ奪って!」
「ぁぁぁぁぁぁぁ見られた見られた見られた見られた恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしいぃぃぃぃ」
「だあー! こんな時にへたれんなババアー!!!」
耳まで真っ赤にして、顔を抑えた手から震えた声を漏らす紫に天子は怒号を浴びせる。
「だ、だって、あんなところ見られたなんて恥ずかしすぎて死ぬ……」
「わかるけど、わかるけどさ!」
「うぅぅ、もうお嫁にいけない……」
「ああん?」
泣き言を吐く紫に、これまでにないくらい極悪な面を浮かべて天子が睨みをきかせた。
「よりにもよって何言ってんのよ!」
「うぅ、そんな怒らなくたって」
「怒るわよ、なんでよりにもよってあんたが、私の前でそんなことを言うのよ!?」
「天子の前……?」
「いや、だからさー! そのー……」
怒っていた天子が、今度は一転して恥ずかしそうに人差し指を合わせてもじらせはじめた。
「嫁の貰い手ならちゃんといるでしょ」
「え?」
「だから、私が貰えばいいじゃないって言ってるのよバカ!」
大声で叫ばれた内容は、紫の心を大きく揺さぶるには十分過ぎるものだった。
紫の精神に恥ずかしさと嬉しさが連続で襲ってきて、処理の限界を超え前後不覚に陥る。
何が何だかわからなくなった紫の手から、理性という手綱を放してしまった。
「てんし、てんし、てんしかわいい……」
「あれ、紫なんだかおかし」
「てんしぃ!」
うわごとのように呟いていた紫が、天子の身体を押し倒して唇を奪った。
更に天子が状況を理解する暇もないまま、舌を突っ込んで天子の口内を暴れまわった。
「!? んー! んー!?」
「んちゅ、ちゅば、んふ、ちゅぱちゅうぺちゃ、ふうふう、ちゅう、ふうんちゅうちゅちゅば、ぺちゃ、ふうちゅぁんちゅ、んうぷちゅ」
何も考えず、胸の衝動に突き動かされ口の中のあらゆるばしょを舐め尽す。
歯の表と裏をのぞって上顎を撫で回し、舌を暴れまわして頬の裏を叩いたあと、天子の舌から唾を絡め吸い取った。
乱暴な動作に口の端からよだれが漏れて、下になっていた天子の口周りがべとべとに汚れる。
方的な蹂躙から終わるするまで、少なくとも五分はその状態が続いた。
「ハァーハァー」
「んぁ……てんしのよだれおいしい……」
天井を仰いで恍惚とした表情を浮かべる紫の下で、天子は荒い息で空気を取り込むのに必死だった。
ずっと攻められ続けて、キスしてる間はまともに息づく暇が無かった。しっかりと吸い込む空気のなんと美味なことか。
そしてそんな状況が、しっかりと天子からも理性を削ぎ落としていた。
酸欠気味で朦朧としたところに、口内を滅茶苦茶に暴れられて、紫の舌に舐められるたび走る快感に思考が犯されてしまっていた。
「よだれ……」
紫の呟きに反応した天子が、口周りのよがれを指でぬぐって焦点の合っていない目でぼんやりと見つめた。
そして何を思ったか、おもむろに指についたそれを舐めとった。
「ん、ちゅばっ……ゆかりのぉ……」
正確には天子自身の唾液も含まれているのだが、それをわかっているのかいないのか、嬉しそうによだれをすくっては舐め、すくっては舐める。
その一連の動作に再び紫の中で本能が荒ぶった。
「てんし!」
「んぁ、ゆかりぃ」
二人の身体が重なり激しく動く。
今度は天子も紫を受け止め、率先して舌を動かし始めた。
部屋に舐めあう音と鼻息だけが響き続ける。
二人が冷静になるのは、たっぷり半刻はかかるのだった。
「暑いわ、天子」
「そりゃあ、夏だし」
「じゃあもっと、熱くなりましょう?」
「……うん」
今日は特に蒸し暑いからと、天子は下界に降りるのを控えて、年中快適な気候である天界に引き篭もることにした。
自室のベッドの上に横になりながら、外界から流れ着いた漫画を読んで時間を潰す。
そうやって半日も過ごしていれば、部屋の真ん中についと黒い線が引かれ、開いたと思うと見知った顔が姿を現した。
「ふぅ、御機嫌よう」
「おー、紫じゃないの、いらっしゃい」
額に汗を浮かべてスキマから現れた紫は、ふぅと息を吐いてそこら辺に放置されていたクッションに腰を下ろした。
「今日の地上はいつにも増して暑いわ」
「みたいね。流石に今日は、私も下に降りる気にならないわ」
「家が天界にある人は良いわね、こっちでのんびりしてられて」
「その代わり、面白いものなんて何にもなくてつまんないだから、どっちもどっちよ」
紫はスキマから取り出した扇子で、パタパタと首元を仰ぐ。
いつも下ろしている長く綺麗な金髪が、今日は帽子の下にまとめられており、すっきりした首周りには涼しげな風が通り抜けていく。
髪形が変えられて雰囲気が変わった紫を、天子は物珍しげに見ていた。
「その髪も暑いから?」
「えぇ、湿った首元にまとわりついたりして鬱陶しいのよ」
「そこまでするならまずその服装変えなさいよ」
天子に指摘された紫の服は、二人が始めてあったときと同じ導師服だ。
とてもじゃないが夏に着るような服には見えない。
「今日は結界の修復作業があったから。この服のほうが何かと気合が入りやすいのよ。着替えるのも面倒だから、ちょっとここで涼ませてちょうだい」
「家は休憩所じゃないわよ。せめて使用料払え」
「はい、消費期限切れのお饅頭」
「いらないわよそんなの! っていうかあんたさぁ……」
涼みたいなら白玉楼に行けばいいだろうと言いかけて、天子は口をつぐんだ。
天子が今言おうとしたことは正しい。あそこなら幽霊がたくさんいて涼しいし、親友の幽々子とだべりながら妖夢の出したお茶を飲んでここよりゆったりできるだろう。
それなのに、それを無視してこっちに来たということは、それはつまりそういうことなんだろう。
「……まぁ、いたいならいればいいんじゃない」
「あら、珍しく素直ね」
「私はやりたいことに対してはいつも素直よ、それに仕事に疲れた奴を追い出すほど性格悪くないわ」
「あらそう。なんにしろ了承も取れたし休ませて貰おうかしら」
紫は「さぁて、言質も取れたし勝手にしよう」と早速クッションを枕代わりに寝転がった。
「部屋の中だって言うのに空気が澄んでるわね。おかげでお茶も美味しいわ」
「…………」
スキマから取り出したキンキンに冷えた麦茶を取り出して口にしながら、我が家のごとくくつろいでいると、ちらり、ちらりと天子から妙な視線を送られた。
やっぱり鬱陶しく感じてるのかと思いきや、その割には視線に嫌悪感などはない。
紫は妙だなと思いつつ最初は気にしてはいなかったのだが、何度もそういう目を向けられると流石に居辛くなってくる。
「なに、飲みたいのかしら?」
「人の飲みかけなんて欲しがらないわよ」
「美少女と間接キスできるのに?」
「んな、し、しないわよそんなの! そうじゃなくて、なんか違和感あるのよそれ」
「それって?」
「髪形」
「あら、そんなに似合っていない?」
指を刺されて指摘され、紫はほんのわずかに眉をひそめた。
普段は天子の憎まれ口、軽口などは適当に流しているが、やはり見た目に対して否定的な意見を貰うと聞き捨てならないか。
だが天子は、両手を振って大げさに否定した。
「いやいや、そんなことはないんだけどね。いっつも普通に垂らしてたから、ギャップがあるっていうか。あるべき物がそこになくて違和感が酷い」
「ないから気持ちいいんだけれどね。風通しも良くなって涼しいわ」
紫は再び扇子を扇ぎ、首周りを通り抜ける風のちょっとした快感に目を細める。
だが天子は納得できないかのように、ジロジロと紫の首回りを注視していた。
「うーむむむむ……」
「うわぁ、せっかく風通しが良くなったのに、粘っこくて気持ち悪い視線で肌が爛れそうね」
「私の目にそんな兎みたいなビックリおもしろ機能はないわよ! あーもう、それはいいとして、いやよくはないけど置いといて。紫ちょっとそこにある鏡の前に座って」
「鏡?」
天子が指差したのは、身体全体が確認できる姿見だった。
「なんで?」
「いいから早く座ってよ」
有無を言わせぬ態度に、無視してもしつこく食い下がりそうだなと判断した紫は、大人しく言うことを聞くことにした。
天子はその背後に回り込むと、なにやら真剣な顔をして、鏡に映る紫と実物を見定めている。
「ふぅーむ……」
「そんなに見たって何もないわよ。うっとうしいからそろそろやめ」
「そりゃ!」
「きゃっ!?」
そろそろ紫が視線を我慢しきれなくなってきた辺りで、天子は突然紫の背後から抱きついた。
首の横から両腕を回すと胸元辺りで組み合わせて、より身体を密着させる。
「よし完璧」
「なにが完璧なの」
「これで物足りなさもなくなったし、ようやく違和感がなくなったわ。これぞ紫って感じよ」
「勝手に私の定義に変なもの付け足さないで」
鏡に映った姿を見て天子は満足げに頷いているが、対照的に紫は不満を隠そうともしない。
いや、不満というよりも、何か焦っているようにも見える。
「もう、髪なら下ろしてあげるから離れなさい。こんなにくっつかれたら暑いし、それに、その」
「どうしたの?」
「……わかるでしょ? こう暑いと、どうしても出てくるものがね」
「あぁ、そういえば汗とかあったわね。天人は出さないから忘れてたわ」
「わかったら早く離れて」
しかし天子は何故それで嫌がるのか理解できないという顔をして、より身体を密着させた。
「汗かくくらいでどうして嫌がるのよ」
「あなたはもうとっくに忘れてるかもしれないけれどね、汗をかけば基本的に嫌な臭いが出てくるものなの」
「なによ、そんなことないわよ」
一向に天子は離れようとしないばかりか、紫のことお構いなしに、顔を汗で湿った首元にうずめる。
「スゥー、はぁー」
「ちょっ、あなた何やってをやっているの!?」
「いや、結構いい匂いだなって」
「な、なに言っているのよ……」
何の臆面もなく言いのける天子に、紫は顔を逸らして信じられないと口を開くが、鏡には真っ赤になった顔がしっかりと映っていた。
「紫の匂いって、嗅いでると安心してくる匂いよね」
「いいから離れなさい」
「えー、もうちょっと嗅いでたいー」
「犬じゃないんだから、それ以上続けるのなら抵抗させてもらうわよ」
「むむ、わかったわよ。匂い嗅がなきゃいいんでしょ」
鏡越しに紫が睨み付けてきたので――それでも赤面なので怖くなかったが――天子は諦めたように顔を離した。
だが紫が安心したのもつかの間、サッと天子は普段は隠れている紫のうなじに細い舌を伸ばした。
「ぺろり」
「ひゃあっ!?」
紫は抱きついた時とは比較にならないぐらい声をあげ、大きく身体が跳ねた。
だが天子は過敏に反応する身体を押さえつけて、抵抗する暇もないまま舌を這わせ続けた。
「ん……ぺろ……ぴちゃ……」
「いや、んっ! ちょ、止めなさい天子!」
「だっていつもなら、髪が邪魔でこんなのできないじゃない。できるうちにできることやっとかないと損でしょ。それに紫を攻められるチャンスって希少だし」
「損って、馬鹿なこと言ってないで……んぁ!」
どうやら相当弱いのか、少し舌を動かしただけで天子の腕の中で身体が振るえ、嬌声が発せられる。
うなじから感じる舌の感覚だけでも紫は十分恥ずかしかったが、ぴちゃぴちゃと耳に届く湿った音がより羞恥心をくすぐった。
脱出したいところだが精神が乱れすぎてスキマもすぐに使えそうにないし、せめて拘束をはずそうと天子の腕に手を伸ばすが、こう攻め続けられては力が入る傍から抜け落ちてしまう。
「この、早く止めないと後で酷いわ、ひゃうん!」
「ふっふーん、凄んだってその顔じゃ駄目駄目よ。ほら、鏡見てみなさいよ。いっつも澄まし顔のあんたが、こんなに乱れちゃってるわよ」
「そんあ、こと言わないで、ってあ、あ、あぁぁ……」
目の前に鏡があるおかげで、背後にいる天子も紫の表情をハッキリと視認することができていた。
抱き締めた腕を引き剥がそうとするその手は震えて、上気した顔で人様には聞かせ辛い声を出しながらトロンと潤んだ目で悶える。
予想以上に良い反応をされ、本当はちょっといたずらして終わるはずだったのに、もう止め時がわからなくなってしまっていた。
「んぁ。そこ、だめ、舐めちゃ……」
「ほら、こことかどう? んちゅ、ぺろ、」
「やめ、やめ……」
「塩酸っぱいけど、美味しっ」
「止めなさい!」
攻めが止んだその瞬間、紫に最後の力を振り絞られて天子は拘束を解いてしまった。
まずいと思う暇もなく、紫は足元に展開したスキマから脱出した。
そして出てきた先は、さっきまで自分を捕まえていた天子の背後。
「はぁ、はぁ……捕まえた……」
「あ、あり……?」
「……ふぅ、スキマを展開するまで大分時間が掛かったわね」
天子が状況を理解するよりも早く、すでに紫は小柄な身体を後ろから抱き締めてしまっていた。
しきりに瞬きをして困惑する天子に、ニヤリと妖怪らしい危険な笑みを投げかける。
「さて、私は言ったはずよね。早く止めないと酷いって」
「いや、あははははは。そ、そんなおっかない顔してどうしたのかなゆかりーん?」
「倍にして返してあげるから覚悟しなさい」
「ば、倍って、例えばどんな……」
「それは……」
天子にされたことをそのまま返してやろうかと考えていた紫だが、それでは倍返しにはならないと気付いた。
やられた時の二倍くらいしつこく攻めるのもありかもしれないが、それはそれで面白みがない。
ではどうすればいいのか。一体何をすれば倍にして返したことになるだろうか。
さっきのよりもスキンシップとして過激というか、行きすぎなものといえば、例えば……
「……キス、とか?」
「えぇっ!? ちょ、それは、その友達同士でやるにはっ……」
冗談で言ったつもりの紫だったが、困惑した天子の言葉にムッと眉をひそめた。
友達同士でするには……? さっきからあんなに引っ付いて、恥ずかしいことをしておいて何を言っているのか。
もうただの友人という枠内に収めるには、二人の関係は親密過ぎることに気付いていないのか。あるいは気付いていても気にしないようにしてるのか。
それとも、本当に天子は特別な感情など何も抱いていないのか。
恨み辛み、よくない想像、色んな思考が紫の頭の中でグルグルと渦巻いて、一つの結論を出した。
よし、キスしてやろう。
「もう遅いわよ」
紫は静かに言い放つと、天子を押し倒してか細い両腕を押さえながら覆いかぶさった。
獲物を狙う獣のような目で見つめてやると、いつもとは違った怖さに天子は小さく身体をすくませる。
「ちょ、紫なんかこわ」
「怖いのは当然よ、今からお仕置きするんだもの」
「お仕置きって」
「キスよ」
ビクリと天子の身体がはねた。
「あなたは悪いことをした、悪いことをしたならお仕置きされるもの」
そう言い聞かされ、紫の下で天子はその先を想像して身悶えすると、なにか言おうと小さく口を動かそうとした。
嫌がるか? 冗談にして流そうとするか? どちらにしても逃すつもりはない紫は、どう言われようが燃え上がる意思を消されないよう心構えをした。
「……なら、仕方ないよね」
だがその一言で鎮火し、また新しい炎で燃え上がった。
「そう、仕方ないのよ」
天子が特別な感情なんて持ってないんじゃないかなど、心配する必要はなかったか。
だが紫に今更行動を止める気はない、むしろ俄然欲求が湧き上がり、天子の唇を奪いたくなった。
「いくわね……」
紫が唇を天子にゆっくりと近づける。
天子はギュっと目を閉じ、緊張で震えてしまいそうな身体を内股で地面に押さえつけた。
真っ暗闇の中で、たかだか数秒の時間を何分も経っているように感じながら、まだかまだかとその時を待つ。
しかし中々決定的な瞬間は訪れず、『もしかしたら紫が騙してきたんじゃ?』と思って天子が身体の力を抜いた瞬間、ふわっと不意打ちのように唇に柔らかな感触を感じた。
ただしほんの一瞬だけだったが。
「は、はい終わり」
「……えっ?」
感触を楽しむ暇も無いまま紫の顔は離れていってしまい、天子は呆気にとられて開いた目を丸くした。
とりあえず拘束が解除されたので身体を起こすと、顔を赤くして恥ずかしそうに身を縮みこませて口元を押さえている紫が目に入った。
「今ので終わり?」
「そ、そんな目で見ないでちょうだい」
「……へたれ」
「や、やるべきことはやったんだからいいでしょう」
不満げに紫を睨みつける天子、というか実際不満しかない。
お仕置きだの何だの言うから、もっと濃い内容を期待していたのに一瞬くっついただけで終了なんて肩透かしにもほどがある。
ババアの癖してこういうところでウブなのは可愛くて好きだが、これじゃお預け喰らっほうがマシだ。
このままで終わらせたくない。天子は一人で余韻を楽しんでいた紫に流れるような動きで近づき、また首筋に顔を寄せた。
「んちゅっ、ちゅば」
「ひゃ! この、だから止めなさい」
紫は慌ててそれを引き剥がすと、天子は上目遣いでじっと見つめてきた。
「紫、さっきのキスはお仕置きだったのよね?」
「最初にそう言ったじゃない」
「だったらさ、また悪いことしたんだからさ」
天子は懇願するように紫の肩に置いた。
「反省しない悪い子には、もっとお仕置きしないと、駄目よね……?」
もう一度、天子とキス。
それだけで紫の鼓動は早まって、どうにかなってしまいそうで、ほんのわずかに迷ってしまったが、すぐに覚悟を決めて天子の背中に腕を回した。
「天子、じっとね」
「うん……」
二回目のキスは、スムーズに事が運んだ。
天子が身構えて目を閉じた時にはもう、柔らかなふくらみが再び唇に押し付けられていた。
今度はしっかりと、相手の柔らかさが暖かみを持って伝わってくる。
互いに数秒ほど息も出来ず固まっていると、やはり紫のほうから顔を離す。
「今度のお仕置きはどうだったかしら」
「うん、すごい、すごいドキドキする」
胸の心臓が早鐘を打って耳元がうるさい。興奮した身体が空気を求めて息が荒くなる。身体の奥で灯がともっているように熱くなる。行き過ぎた刺激に頭がボーっとする。
でもまだ足りない。
もっと、もっと感じていたい。
「紫、首だして」
「……えぇ」
紫は何の戸惑いもなく、首元を差し出した。
天子は差し出された首筋に口をつけて少しだけ吸い付く。
「それじゃ、お仕置きしないとね」
天子が顔を向けてくると、すぐに紫はキスをした。
今度はさっきよりも長く、放っておけばずっと続いているんじゃないかというほどくっついたままだ。
だがしばらくすると天子の顔色が徐々に悪くなっていき、限界だというように紫から顔を離して大きく肩で息をした。
「はぁ、はぁ……」
「どうしたの」
「いや、息が苦しくて」
ただでさえ興奮しすぎて息が荒いのに、キスの間ずっと息を止めていたから意識が朦朧としてきた。
「鼻で呼吸しながらすればいいじゃない、私もそうしてるわ」
「あれ? その割にはくすぐったくなかったけど」
「鼻に小さなスキマを開いてたからね」
「あぁ、それで……でも私がそれやると紫がくすぐったくない?」
「それくらいなら我慢するわ」
「じゃあ紫も一々スキマ開かなくていいわよ、私も我慢するからさ」
すでにお仕置きだとかいう体裁はどうでもよくなってきていたが、二人とも気にしていなかった。
とにかく今は、この二人っきりの甘い時間を浸っていたい。
「ん……」
どちらともなく唇を重ね合わせる。
先に話し合ったとおり、二人とも鼻で呼吸すると、やはり鼻息が相手の顔を撫でてくすぐった。
普通なら湿気て生暖かい鼻息なんて気持ち悪いだけなのに、今この状況でキスしている相手のものだと思うと嫌悪感など感じない。
それどころか相手の鼻息が荒くなるにつれ、興奮してくれているのだと思うと嬉しくなり、互いに気分を高揚させ高めあっていく。
「ふぅ……ふっ……」
「ん、ふ……ふぅーっ」
いままでで一番濃いキスだった。
気が付けば互いに抱き合い、唇だけでなくぴったりと全身を寄せ合って、身体中で相手を感じようと必死だった。
だんだんとエスカレートしていく中、紫は唇を開くと天子の口の中に入れようとそっと舌を伸ばした。
「ん……」
「――!? やあっ!」
予想外の感覚に目を見開いた天子が、紫を思いっきり突き飛ばしてしまった。
紫もそうなるとは思っていなかったのか、抱きしめていた腕を離してしまい、そのまま頭を壁に打ち付けた。
ガン! と大きな音が鳴りひびく。
「あたっ!」
「あっ、ご、ごめん」
珍しく天子の口から謝罪の言葉が出る。
だが紫は悲しそうな表情を浮かべて身を起こした。
「い、いえ、こっちこそごめんなさい。調子乗っちゃったわね」
この時、紫は一時的な衝動に身を任せて、行動に出てしまったことを後悔していた。
天子を怯えさせてしまうとは、なんて迂闊だっただろう。
「あっ、じゃあこうすればいいのよ!」
そうして落ち込み始めていた紫の手を、天子が手にとって握り締めた。
「こうしとけば暴れたり出来ないからさ」
「……天子、あなた気にしてないの?」
「なにが?」
訊ねられて首をひねった天子に、あぁそんなデリケートな精神じゃなかったなと紫は苦笑した。
「それより紫、焦らさないで……」
「ふふ、こらえ性のない子ね」
「いいから、はやくぅ……」
紫は天子の柔らかな手に指を絡めて握り返した。
続きを待ち望んで目を潤ませる顔に、望みどおりのものを与えようと顔を近づけ。
ガラッ
「天子ちゃん、なんだか騒がしいようだけどどうし……」
二人とも乱入者に目を丸くして固まった。
「………」
「……………」
「…………………」
予想外の人物の登場、予想外の状況。
場が静寂に包まれる中、天子の母はカメラを取り出すと流れるような動作で二人の姿をファインダーに納めてシャッターを切った。
「我が子の春がキター!!!、ちょっと父さんと一緒に出かけてくるから、ぞんっぶんに楽しんでてねー!」
「ちょま、何で母さん天界から出ない癖してカメラなんか持って、待て逃げるなー!!」
天子が止める暇も無いまま、颯爽と母親は身を翻して去っていく。
慌てて紫の手を離して母の後を追おうと部屋から出たところで、家の玄関が勢いよく開けて閉じられる音が聞こえてきた。
「ぬおおおおああああ、あんな写真撮られるなんて……紫、すぐにスキマであのカメラ奪って!」
「ぁぁぁぁぁぁぁ見られた見られた見られた見られた恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしいぃぃぃぃ」
「だあー! こんな時にへたれんなババアー!!!」
耳まで真っ赤にして、顔を抑えた手から震えた声を漏らす紫に天子は怒号を浴びせる。
「だ、だって、あんなところ見られたなんて恥ずかしすぎて死ぬ……」
「わかるけど、わかるけどさ!」
「うぅぅ、もうお嫁にいけない……」
「ああん?」
泣き言を吐く紫に、これまでにないくらい極悪な面を浮かべて天子が睨みをきかせた。
「よりにもよって何言ってんのよ!」
「うぅ、そんな怒らなくたって」
「怒るわよ、なんでよりにもよってあんたが、私の前でそんなことを言うのよ!?」
「天子の前……?」
「いや、だからさー! そのー……」
怒っていた天子が、今度は一転して恥ずかしそうに人差し指を合わせてもじらせはじめた。
「嫁の貰い手ならちゃんといるでしょ」
「え?」
「だから、私が貰えばいいじゃないって言ってるのよバカ!」
大声で叫ばれた内容は、紫の心を大きく揺さぶるには十分過ぎるものだった。
紫の精神に恥ずかしさと嬉しさが連続で襲ってきて、処理の限界を超え前後不覚に陥る。
何が何だかわからなくなった紫の手から、理性という手綱を放してしまった。
「てんし、てんし、てんしかわいい……」
「あれ、紫なんだかおかし」
「てんしぃ!」
うわごとのように呟いていた紫が、天子の身体を押し倒して唇を奪った。
更に天子が状況を理解する暇もないまま、舌を突っ込んで天子の口内を暴れまわった。
「!? んー! んー!?」
「んちゅ、ちゅば、んふ、ちゅぱちゅうぺちゃ、ふうふう、ちゅう、ふうんちゅうちゅちゅば、ぺちゃ、ふうちゅぁんちゅ、んうぷちゅ」
何も考えず、胸の衝動に突き動かされ口の中のあらゆるばしょを舐め尽す。
歯の表と裏をのぞって上顎を撫で回し、舌を暴れまわして頬の裏を叩いたあと、天子の舌から唾を絡め吸い取った。
乱暴な動作に口の端からよだれが漏れて、下になっていた天子の口周りがべとべとに汚れる。
方的な蹂躙から終わるするまで、少なくとも五分はその状態が続いた。
「ハァーハァー」
「んぁ……てんしのよだれおいしい……」
天井を仰いで恍惚とした表情を浮かべる紫の下で、天子は荒い息で空気を取り込むのに必死だった。
ずっと攻められ続けて、キスしてる間はまともに息づく暇が無かった。しっかりと吸い込む空気のなんと美味なことか。
そしてそんな状況が、しっかりと天子からも理性を削ぎ落としていた。
酸欠気味で朦朧としたところに、口内を滅茶苦茶に暴れられて、紫の舌に舐められるたび走る快感に思考が犯されてしまっていた。
「よだれ……」
紫の呟きに反応した天子が、口周りのよがれを指でぬぐって焦点の合っていない目でぼんやりと見つめた。
そして何を思ったか、おもむろに指についたそれを舐めとった。
「ん、ちゅばっ……ゆかりのぉ……」
正確には天子自身の唾液も含まれているのだが、それをわかっているのかいないのか、嬉しそうによだれをすくっては舐め、すくっては舐める。
その一連の動作に再び紫の中で本能が荒ぶった。
「てんし!」
「んぁ、ゆかりぃ」
二人の身体が重なり激しく動く。
今度は天子も紫を受け止め、率先して舌を動かし始めた。
部屋に舐めあう音と鼻息だけが響き続ける。
二人が冷静になるのは、たっぷり半刻はかかるのだった。
「暑いわ、天子」
「そりゃあ、夏だし」
「じゃあもっと、熱くなりましょう?」
「……うん」
ゆかてんちゅっちゅっていいですよね
天子の両親も相当はっちゃけてて良かったです
またブラックのコーヒーが甘くなるほどの作品を期待して待ってます
ちゅっちゅいいよちゅっちゅ
好きな人は好きかもしれない……ということで点数は半分入れときます。
今回はいつにもましてベタついてますね…
しかし天子父が俺らすぎるwww
ごちそうさまでした
ジョロキアが甘く感じられる良きちゅっちゅでした
ここまで散々じれてたのがようやくくっついた感じでこれからのちゅっちゅにも期待が高鳴ります
熱くなりましょうって何をするんでしょうねぇ…