ふと目が覚めるレティ・ホワイトロック。
彼女は冬の妖怪だ。冬の妖怪ということでそれ以外の季節は基本寝ている。
彼女は寒気を操る。彼女が片手を上げれば地面の水分はたちまち凍り付き霜柱へと姿を変え、雪を降らす。
そんな妖怪である。
寝ぼけ眼で寒気を操り幻想郷に初雪を降らせる為に冷たい空気を呼び込む。
「ふわぁぁ。もう少し寝ていたいけど、仕事しないとー」
寝癖でぼさぼさになった髪を整え、歯を磨き、自分が寝ていた間に溜まった新聞や手紙をポストから取り出す。
「へぇ、新勢力ねぇ」
目覚めのアイスコーヒーを注ぎながら新聞を眺める。
文々。新聞と大きく書かれた新聞の一面にはヘッドフォンをしたにこやかな女性が写っていた。
新聞と新聞の間から一枚の手紙を発見する。
「……し〒イへ? 暗号かしら?」
文字なのか記号なのか判断がつかないほど汚い文字だったが、すぐに解読する事ができた。
「あっ! レティへね。ふふふ、チルノからの手紙ね」
冬以外も眠ることなく元気に飛び回る氷精、チルノはレティを慕っており、彼女もまたチルノを妹の様に可愛がっていた。
「何が書いてあるのかしら?」
期待に胸を躍らせて手紙を読み始める。
平仮名、片仮名、更には多種多様な記号を組み合わせて書かれた(ように見える)手紙を2割ほど解読し、今年もチルノが元気に過ごしていたことを知り、少し暖かい気持ちになったレティは気合を入れる。
「さて、チルノも冬を楽しみにしている事だし、今年は大寒波呼び込むぞ」
身支度を終わらせ、妖怪の山の中腹にある自宅から出る。
上空の温度はまだ高く、霙混じりの雨を降らせ鼻歌交じりに南下する。
目指すは霧の湖。チルノのテリトリーだ。
受ける風は生温く、先ほどの決意は早くも溶けかかっていた。
「嫌ねぇ。今年は暖冬なのかしら?」
「見つけたわよ! 黒幕!」
背後から霊夢の怒声が聞こえたのでレティは速度を緩め振り返る。
「あら、霊夢。お久しぶりね。それより黒幕ってどういうことなのかしら?」
「霙なんて降らせて! 何が目的なの?」
「私だってこんな水気の多い雪なんて降らせたくないわ。全然積もってくれないし。暖冬なのは私の所為じゃないわ。あっ大丈夫よ。これからキンキンに冷えた空気呼び込むから」
「やっぱりあんたが黒幕じゃない!」
「いや、だから暖冬なのは私の所為じゃないって言っているでしょ?」
二人の会話は噛み合う事はなかった。
「こうなったら力ずくで行くしかないわね」
「もう、せっかちね。私の冷気で貴方の頭を冷やしてあげるわ」
両者の間に緊張が走る。
「レティーーーーー」
張り詰めた緊張を壊し、レティに飛びつく一匹の氷精。
「あら、チルノ。元気にしてた?」
チルノの頭を撫でながら抱き着くチルノを引き剥がす。
「うん、あたいの手紙読んでくれたんだね」
「えぇ、読んだわ(8割解読できなかったけど)。ありがとう」
「ちょっとチルノどきなさい! あんたも退治するわよ?」
じゃれ合う二人に怒声を浴びせる霊夢。
「なんだ、霊夢もいたんだ」
「この馬鹿チルノ! もういっぺん言ってみなさい」
「はっ? あたい馬鹿チルノじゃないから」
「生意気ね。チルノのくせに」
「何? このチルノ様とやろうってのか? 馬鹿霊夢?」
「……二人まとめて屋台でかき氷にしてやる」
「ふん。じゃあ、あたいは屋台で氷漬け霊夢の型抜きをしてやる」
「二人とも屋台屋台って、なんの事かしら?」
「今日はうちの神社の夏祭りなの。だから雪を降らされると迷惑なのよっ」
「そうだよ、レティ! 夏祭り一緒に行きたいねって手紙に書いてあっただろ? それでわざわざ真夏なのに出て来てくれたんじゃないの?」
「ちょっと待って、夏祭りって何よ? 私が目を覚ましたということは季節は冬のはずよ」
「季節があんたの睡眠に合わせて動いてると思ったら大間違いよ! とにかく夏祭りの邪魔はさせないわ」
鋭い眼光を飛ばしてくる霊夢を睨み返すと視界の隅に今にも泣きだしそうなチルノの姿が映っていた。
だが、目の前の霊夢のプレッシャーを無視する事は出来ず、冷気を纏い戦闘態勢に入る。
霊夢の手から放たれた札をかわし、スペルカードを取り出す。だがその瞬間、レティの耳にチルノの涙声が届いた。
「レティ、夏祭りの邪魔しに来たの?」
「そんな訳ないじゃないっ! も、もちろんチルノと夏祭りに行きたくて起きてきただけよ。霊夢とは久々にあったから遊んでるだけよ。ね? 霊夢?」
「何のこ――」
レティは霊夢に視線を送ると片眼を閉じ合図を送る。
「そ、そうなのよ。レティったらあんたに会うのが楽しみ過ぎて雪まで降らしちゃって。もうダメじゃない」
棒読みの霊夢だったが、レティが何を思っているのか察していた様子だった。
「なんだー。あたいったら勘違いしてたのか」
「もう嫌ね、チルノってば」
棒読みの霊夢はレティを睨みつける。
「チルノは相変わらずうっかり屋さんねぇ」
レティはチルノの頭を撫でながら霊夢に詫びるように会釈をする。
「えへへ、あたいってば少しうっかりだったわ。じゃあレティ早く神社行こうよ。面白そうな屋台が沢山あるんだから」
博麗神社境内は人妖が入り乱れ、大賑わいの様子。
参拝殿横の広場ではしゃぎ回る妖精や子供達を見ながらレティと霊夢は話をしている。
「本当にありがとう。霊夢っ! 察してくれて本当に助かったわ」
「高くつくわよ。それで、あんたが目覚めた本当の理由は何だったのかしら?」
「それが本当にわからないのよ。夏に目が覚めるだなんて今までに一回もない経験だわ」
「異変の前触れかしら? 何か思い当たる節は?」
「毎年私が目を覚ます時は温度が一定以上下がった時なのよね。今年の夏は涼しかったとか?」
「干物になっちゃうんじゃないかって位毎日暑かったわよ」
「うーん、原因不明ねぇ」
二人してため息をつく。
「しれよりレティ、焼きそばが食べたい」
「自分で買いに行きなさいよ」
「チルノに言ってもいいのよ? レティは偶然目を覚ましただけであんたと夏祭りに来たかった訳じゃないって」
「鬼! 人の弱みを握ったからって」
「何とでも言いなさい」
渋々レティは参道を下り焼きそばの屋台を探しに出かけた。
「おっレティ」
参道ですれ違ったにとりに声をかけられ足を止めるレティ。
「あら、にとり。久しぶりね」
「久しぶりー。珍しいね。夏に起きてるだなんてー」
「そうね。にとりに作ってもらったエアコンのお陰かしら? 毎日快適よ」
にとりは慌てて口を開く。
「やっぱりエアコンの所為だったかー」
「何のこと?」
「いやぁ、あのエアコン。地底用に作った超強力なタイプで、地上で使うには寒すぎるだよね。地底のお屋敷に納めるはずが、手違いでレティの所に届けられちゃったみたいなんだ。ホント、レティの所で良かったよ。普通の人間や妖怪なら凍死してるところだったよ。あっはっはっは」
「そういうことだったのね」
「いやぁ申し訳ない」
余り悪びれた様子が伝わって来ないが、レティも大して気にしている様子はなかった。
とは言え、もう少しで霊夢に退治されかけた事を思い出し、にとりに提案をした。
「そうねぇ、焼きそば一つで許すわ」
「なんだい、それっぽっちで許してくれるの?エアコンの交換は良いの?」
「えぇ、おかげで初めて夏祭りに来れたんですもの」
にとりに買ってもらった焼きそばを手に霊夢の元に戻ってきたレティは事の発端を説明した。
「じゃあにとりが黒幕ってことね」
「まぁそういうことになるのかしら? でも、異変が起こってないんだから良いじゃないの?」
「まぁ今回は大目に見てあげるわ。その代り……」
「はいはい、次は何? かき氷?」
「あんたねぇ。 まるで私があんたに集ってるみたいじゃない!」
「てっきり集られているのかと思っていたわ」
レティの頭に鈍い音と共に陰陽玉が落ちる。
「ごめんなさい」
「さ、早くチルノと遊んで来なさいよ。朝からずっとレティと夏祭りに行くんだって言いふらして幻想郷中飛び回ってたらしいわよ」
「あら、嬉しいわね……」
少し照れた様子で霊夢に返事を返す。
「大目に見てあげるんだから、チルノが悪戯しないように監視してなさい。それじゃあ焼きそばごちそうさま。今日寝たら冬まで目覚ますんじゃないわよ」
「えぇ」
「あっ、後であんたにプレゼントあげるわ」
「プレゼント?」
「えぇ、人生初の夏祭りなんでしょ? とっておきのプレゼントをあげるわ。その代り今年の冬はあんまり寒くしないことっ!」
「ちょっとプレゼントって――」
「花火の準備とか、神楽の準備とか忙しいの。兎に角、プレゼントあげるから暖冬にするように。それじゃ」
さっきまでのぐーたら振りが嘘の様にバタバタと忙しそうに参道の中に入っていく霊夢を引き留める事が出来ず、レティは諦めてチルノの元へ向かった。
「お待たせ、チルノ!」
「遅いよーレティー」
「ごめんね。霊夢と色々話し込んじゃって」
「ふーんだ」
「そんなに拗ねないの。屋台で好きな物買ってあげるから」
「本当っ? じゃあねー、焼きそばと射的とかき氷でしょ? 後はお面とわた飴」
「はいはい。それじゃあ行きましょうか?」
「うんっ」
満面の笑みのチルノに手を引かれながら賑わう参道へ繰り出す。
「この焼きそばすげー美味い」
「そうね」
賑わう参道を歩きながら焼きそばを頬張るチルノ。
一方レティは初めて見る夏祭りに心躍らせ周囲を見渡しながらチルノの横を歩く。赤い提灯が作り出す幻想的な空間を満喫しながら、横を歩く妹のような可愛らしい氷精の言葉に耳を傾ける。
「それでね、あたい言ってやったの。またつまらぬものを凍らせてしまったって」
チルノは食べかけの焼きそばをまき散らしながら上機嫌に歩みを進める。
「そしたらあいつ等、あたいにビビッて逃げだ――」
レティは言葉を遮るように懐から取り出したハンカチでチルノの口元を優しく拭く。
「食べながら話さないの」
「恥ずかしいからやめてよー」
「可愛い顔が焼きそばまみれの方が恥ずかしいわよ?」
優しく微笑むとチルノは頬を赤く染めそっぽを向いてしまう。
「ふんっだ」
「もう、恥ずかしがらないの。それにしても夏祭りって素敵ね」
「そうでしょ? これからは毎年に一緒に来ようね」
「えぇ、頑張って起きるわ」
「約束だよ?」
「えぇ、約束」
食べ終えた焼きそばの紙皿を片手に笑顔のチルノが見上げてくる。
「そうだ! レティ暑くない? キンキンに冷えたかき氷で一服しよう」
そのあとチルノに手を引かれ、かき氷やわた飴、射的に輪投げと夏祭りを楽しんだレティ。
屋台の並ぶ参道を一通り回り、再び参拝殿横の広場に戻ってきた。
「あー、楽しかったわ」
「えへへ、レティが楽しんでくれてあたい嬉しいよ」
「じゃあ帰りましょうか? お家まで送っていくわ」
「うん。レティが送り狼してくれるなら安心だ」
「……チルノ。誰に教わった言葉?」
「んーとね。神社で宴会した時かな。酔っ払た魔理沙をアリスが送っていく時にみんなが言ってた。狼だ―!送り狼だーって」
「そ、そう」
「やっぱ狼は強いから、送ってもらうなら安心だよね」
「そうね。狼なら安心ね」
「やいやいお前ら!レティは狼だぞー! 送り狼だぞー! あたいにちょっかい出したら噛みつかれるぞー」
「こ、こらっ! やめて、大人しくして!」
周囲からの痛い視線を感じながら二人は博麗神社を後にした。
手を繋ぎ薄暗い夜道を進む二人。
今日が終わればレティは再び眠り、冬が来るまで起きることはない。
その事をチルノは本能的に知っているので、博麗神社を離れる度に表情が暗くなる。
「あっ、焼きそば食べるの忘れたから戻ろうよ」
「一番最初に食べたでしょ?」
「そ、そうだっけ?」
「そうよ」
「じゃあ暑いからかき氷食べに戻ろうよ」
「それも食べたわ」
「そ、そうだっけ?」
「私は抹茶味でチルノはいちご味。その次はわた飴。ふわふわしてて雪みたいに口に入れるとすぐ溶けちゃったけど、とっても美味しかった。チルノったら髪の毛にくっつけちゃって大変だったじゃない。その後は射的。私が欲しがった雪だるまのお人形さんをチルノが取ってくれたでしょ。大切にするわね。そして次に行ったのが――」
「あたいだって覚えてるよっ! 次は輪投げでしょ。レティもあたいも下手くそでなにも取れなかった。でもとっても面白かったよ」
「そうね」
「あたい覚えるの得意じゃないけど、今日の事はずーっと覚えておくように頑張る! だからレティも覚えててよ!」
「忘れないわ。チルノと一緒に行った初めての夏祭りですもの。忘れるはずがないわ」
その言葉を聞くと曇っていたチルノの表情も明るくなり再びレティの手を引っ張りながら夜道を進む。
特に会話も無く二人は薄暗い道を歩く。
二人の会話を再開させたのは空に咲く大きな花火だった。
「誰よ? こんな日に弾幕ごっこだなんて」
「……レティ、あれは花火だよ」
「し、知ってるわよ」
恥ずかしさで頬を赤くしながらレティは答える。
「雪が降ってる空も綺麗だけど花火が見える空も綺麗だねー。ねえレティ。少し座って見ていこうよ」
「賛成」
道端に座り込み、夜空に咲く花火を眺める氷精と冬の妖怪。
夜空を染める鮮やかな光。
ある花火は大きな花の様に。ある花火は星の様に。ある花火は滝を逆さにした様に。
そして次に浮かんだ花火は白を基調とした丸い花火だった。丸と丸が重なり雪だるまの様に見える。
下の丸の中には黄色い三又の枝の様に見える光が混ざっている。
「うわっ! あの花火レティみたいだ」
大きな声を上げて喜ぶチルノ。
次に浮かんだ花火は赤を基調としたハート形の花火だった。
ハート形の花火が燃え尽きると、丸で囲まれたアラビア数字を模した花火が夜空を照らした。
「あの巫女、なんてお節介っ!」
「え? レティ何か言った?」
「あっ、何でもないの。そ、それより次の花火はどんな形かしらねぇ」
「そうだなぁ。あたいはやっぱり、丸くてでっかいのが良いな。強そうだし」
ヒュゥゥゥゥと光弾が上空へ昇っていく。
目を輝かせ夜空を見上げるチルノの横で、低音を響かせながら広がる花火を見つめる。
「チルノ、今年の冬は少し温かくなると思うわ」
「えっ? 花火の音で聞こえない」
「ううん、なんでもない」
「それより、見て見て、あの花火すげー大きい」
「ふふ、そうね」
夏の夜、冬の妖怪が暖冬を秘かに誓った。
彼女は冬の妖怪だ。冬の妖怪ということでそれ以外の季節は基本寝ている。
彼女は寒気を操る。彼女が片手を上げれば地面の水分はたちまち凍り付き霜柱へと姿を変え、雪を降らす。
そんな妖怪である。
寝ぼけ眼で寒気を操り幻想郷に初雪を降らせる為に冷たい空気を呼び込む。
「ふわぁぁ。もう少し寝ていたいけど、仕事しないとー」
寝癖でぼさぼさになった髪を整え、歯を磨き、自分が寝ていた間に溜まった新聞や手紙をポストから取り出す。
「へぇ、新勢力ねぇ」
目覚めのアイスコーヒーを注ぎながら新聞を眺める。
文々。新聞と大きく書かれた新聞の一面にはヘッドフォンをしたにこやかな女性が写っていた。
新聞と新聞の間から一枚の手紙を発見する。
「……し〒イへ? 暗号かしら?」
文字なのか記号なのか判断がつかないほど汚い文字だったが、すぐに解読する事ができた。
「あっ! レティへね。ふふふ、チルノからの手紙ね」
冬以外も眠ることなく元気に飛び回る氷精、チルノはレティを慕っており、彼女もまたチルノを妹の様に可愛がっていた。
「何が書いてあるのかしら?」
期待に胸を躍らせて手紙を読み始める。
平仮名、片仮名、更には多種多様な記号を組み合わせて書かれた(ように見える)手紙を2割ほど解読し、今年もチルノが元気に過ごしていたことを知り、少し暖かい気持ちになったレティは気合を入れる。
「さて、チルノも冬を楽しみにしている事だし、今年は大寒波呼び込むぞ」
身支度を終わらせ、妖怪の山の中腹にある自宅から出る。
上空の温度はまだ高く、霙混じりの雨を降らせ鼻歌交じりに南下する。
目指すは霧の湖。チルノのテリトリーだ。
受ける風は生温く、先ほどの決意は早くも溶けかかっていた。
「嫌ねぇ。今年は暖冬なのかしら?」
「見つけたわよ! 黒幕!」
背後から霊夢の怒声が聞こえたのでレティは速度を緩め振り返る。
「あら、霊夢。お久しぶりね。それより黒幕ってどういうことなのかしら?」
「霙なんて降らせて! 何が目的なの?」
「私だってこんな水気の多い雪なんて降らせたくないわ。全然積もってくれないし。暖冬なのは私の所為じゃないわ。あっ大丈夫よ。これからキンキンに冷えた空気呼び込むから」
「やっぱりあんたが黒幕じゃない!」
「いや、だから暖冬なのは私の所為じゃないって言っているでしょ?」
二人の会話は噛み合う事はなかった。
「こうなったら力ずくで行くしかないわね」
「もう、せっかちね。私の冷気で貴方の頭を冷やしてあげるわ」
両者の間に緊張が走る。
「レティーーーーー」
張り詰めた緊張を壊し、レティに飛びつく一匹の氷精。
「あら、チルノ。元気にしてた?」
チルノの頭を撫でながら抱き着くチルノを引き剥がす。
「うん、あたいの手紙読んでくれたんだね」
「えぇ、読んだわ(8割解読できなかったけど)。ありがとう」
「ちょっとチルノどきなさい! あんたも退治するわよ?」
じゃれ合う二人に怒声を浴びせる霊夢。
「なんだ、霊夢もいたんだ」
「この馬鹿チルノ! もういっぺん言ってみなさい」
「はっ? あたい馬鹿チルノじゃないから」
「生意気ね。チルノのくせに」
「何? このチルノ様とやろうってのか? 馬鹿霊夢?」
「……二人まとめて屋台でかき氷にしてやる」
「ふん。じゃあ、あたいは屋台で氷漬け霊夢の型抜きをしてやる」
「二人とも屋台屋台って、なんの事かしら?」
「今日はうちの神社の夏祭りなの。だから雪を降らされると迷惑なのよっ」
「そうだよ、レティ! 夏祭り一緒に行きたいねって手紙に書いてあっただろ? それでわざわざ真夏なのに出て来てくれたんじゃないの?」
「ちょっと待って、夏祭りって何よ? 私が目を覚ましたということは季節は冬のはずよ」
「季節があんたの睡眠に合わせて動いてると思ったら大間違いよ! とにかく夏祭りの邪魔はさせないわ」
鋭い眼光を飛ばしてくる霊夢を睨み返すと視界の隅に今にも泣きだしそうなチルノの姿が映っていた。
だが、目の前の霊夢のプレッシャーを無視する事は出来ず、冷気を纏い戦闘態勢に入る。
霊夢の手から放たれた札をかわし、スペルカードを取り出す。だがその瞬間、レティの耳にチルノの涙声が届いた。
「レティ、夏祭りの邪魔しに来たの?」
「そんな訳ないじゃないっ! も、もちろんチルノと夏祭りに行きたくて起きてきただけよ。霊夢とは久々にあったから遊んでるだけよ。ね? 霊夢?」
「何のこ――」
レティは霊夢に視線を送ると片眼を閉じ合図を送る。
「そ、そうなのよ。レティったらあんたに会うのが楽しみ過ぎて雪まで降らしちゃって。もうダメじゃない」
棒読みの霊夢だったが、レティが何を思っているのか察していた様子だった。
「なんだー。あたいったら勘違いしてたのか」
「もう嫌ね、チルノってば」
棒読みの霊夢はレティを睨みつける。
「チルノは相変わらずうっかり屋さんねぇ」
レティはチルノの頭を撫でながら霊夢に詫びるように会釈をする。
「えへへ、あたいってば少しうっかりだったわ。じゃあレティ早く神社行こうよ。面白そうな屋台が沢山あるんだから」
博麗神社境内は人妖が入り乱れ、大賑わいの様子。
参拝殿横の広場ではしゃぎ回る妖精や子供達を見ながらレティと霊夢は話をしている。
「本当にありがとう。霊夢っ! 察してくれて本当に助かったわ」
「高くつくわよ。それで、あんたが目覚めた本当の理由は何だったのかしら?」
「それが本当にわからないのよ。夏に目が覚めるだなんて今までに一回もない経験だわ」
「異変の前触れかしら? 何か思い当たる節は?」
「毎年私が目を覚ます時は温度が一定以上下がった時なのよね。今年の夏は涼しかったとか?」
「干物になっちゃうんじゃないかって位毎日暑かったわよ」
「うーん、原因不明ねぇ」
二人してため息をつく。
「しれよりレティ、焼きそばが食べたい」
「自分で買いに行きなさいよ」
「チルノに言ってもいいのよ? レティは偶然目を覚ましただけであんたと夏祭りに来たかった訳じゃないって」
「鬼! 人の弱みを握ったからって」
「何とでも言いなさい」
渋々レティは参道を下り焼きそばの屋台を探しに出かけた。
「おっレティ」
参道ですれ違ったにとりに声をかけられ足を止めるレティ。
「あら、にとり。久しぶりね」
「久しぶりー。珍しいね。夏に起きてるだなんてー」
「そうね。にとりに作ってもらったエアコンのお陰かしら? 毎日快適よ」
にとりは慌てて口を開く。
「やっぱりエアコンの所為だったかー」
「何のこと?」
「いやぁ、あのエアコン。地底用に作った超強力なタイプで、地上で使うには寒すぎるだよね。地底のお屋敷に納めるはずが、手違いでレティの所に届けられちゃったみたいなんだ。ホント、レティの所で良かったよ。普通の人間や妖怪なら凍死してるところだったよ。あっはっはっは」
「そういうことだったのね」
「いやぁ申し訳ない」
余り悪びれた様子が伝わって来ないが、レティも大して気にしている様子はなかった。
とは言え、もう少しで霊夢に退治されかけた事を思い出し、にとりに提案をした。
「そうねぇ、焼きそば一つで許すわ」
「なんだい、それっぽっちで許してくれるの?エアコンの交換は良いの?」
「えぇ、おかげで初めて夏祭りに来れたんですもの」
にとりに買ってもらった焼きそばを手に霊夢の元に戻ってきたレティは事の発端を説明した。
「じゃあにとりが黒幕ってことね」
「まぁそういうことになるのかしら? でも、異変が起こってないんだから良いじゃないの?」
「まぁ今回は大目に見てあげるわ。その代り……」
「はいはい、次は何? かき氷?」
「あんたねぇ。 まるで私があんたに集ってるみたいじゃない!」
「てっきり集られているのかと思っていたわ」
レティの頭に鈍い音と共に陰陽玉が落ちる。
「ごめんなさい」
「さ、早くチルノと遊んで来なさいよ。朝からずっとレティと夏祭りに行くんだって言いふらして幻想郷中飛び回ってたらしいわよ」
「あら、嬉しいわね……」
少し照れた様子で霊夢に返事を返す。
「大目に見てあげるんだから、チルノが悪戯しないように監視してなさい。それじゃあ焼きそばごちそうさま。今日寝たら冬まで目覚ますんじゃないわよ」
「えぇ」
「あっ、後であんたにプレゼントあげるわ」
「プレゼント?」
「えぇ、人生初の夏祭りなんでしょ? とっておきのプレゼントをあげるわ。その代り今年の冬はあんまり寒くしないことっ!」
「ちょっとプレゼントって――」
「花火の準備とか、神楽の準備とか忙しいの。兎に角、プレゼントあげるから暖冬にするように。それじゃ」
さっきまでのぐーたら振りが嘘の様にバタバタと忙しそうに参道の中に入っていく霊夢を引き留める事が出来ず、レティは諦めてチルノの元へ向かった。
「お待たせ、チルノ!」
「遅いよーレティー」
「ごめんね。霊夢と色々話し込んじゃって」
「ふーんだ」
「そんなに拗ねないの。屋台で好きな物買ってあげるから」
「本当っ? じゃあねー、焼きそばと射的とかき氷でしょ? 後はお面とわた飴」
「はいはい。それじゃあ行きましょうか?」
「うんっ」
満面の笑みのチルノに手を引かれながら賑わう参道へ繰り出す。
「この焼きそばすげー美味い」
「そうね」
賑わう参道を歩きながら焼きそばを頬張るチルノ。
一方レティは初めて見る夏祭りに心躍らせ周囲を見渡しながらチルノの横を歩く。赤い提灯が作り出す幻想的な空間を満喫しながら、横を歩く妹のような可愛らしい氷精の言葉に耳を傾ける。
「それでね、あたい言ってやったの。またつまらぬものを凍らせてしまったって」
チルノは食べかけの焼きそばをまき散らしながら上機嫌に歩みを進める。
「そしたらあいつ等、あたいにビビッて逃げだ――」
レティは言葉を遮るように懐から取り出したハンカチでチルノの口元を優しく拭く。
「食べながら話さないの」
「恥ずかしいからやめてよー」
「可愛い顔が焼きそばまみれの方が恥ずかしいわよ?」
優しく微笑むとチルノは頬を赤く染めそっぽを向いてしまう。
「ふんっだ」
「もう、恥ずかしがらないの。それにしても夏祭りって素敵ね」
「そうでしょ? これからは毎年に一緒に来ようね」
「えぇ、頑張って起きるわ」
「約束だよ?」
「えぇ、約束」
食べ終えた焼きそばの紙皿を片手に笑顔のチルノが見上げてくる。
「そうだ! レティ暑くない? キンキンに冷えたかき氷で一服しよう」
そのあとチルノに手を引かれ、かき氷やわた飴、射的に輪投げと夏祭りを楽しんだレティ。
屋台の並ぶ参道を一通り回り、再び参拝殿横の広場に戻ってきた。
「あー、楽しかったわ」
「えへへ、レティが楽しんでくれてあたい嬉しいよ」
「じゃあ帰りましょうか? お家まで送っていくわ」
「うん。レティが送り狼してくれるなら安心だ」
「……チルノ。誰に教わった言葉?」
「んーとね。神社で宴会した時かな。酔っ払た魔理沙をアリスが送っていく時にみんなが言ってた。狼だ―!送り狼だーって」
「そ、そう」
「やっぱ狼は強いから、送ってもらうなら安心だよね」
「そうね。狼なら安心ね」
「やいやいお前ら!レティは狼だぞー! 送り狼だぞー! あたいにちょっかい出したら噛みつかれるぞー」
「こ、こらっ! やめて、大人しくして!」
周囲からの痛い視線を感じながら二人は博麗神社を後にした。
手を繋ぎ薄暗い夜道を進む二人。
今日が終わればレティは再び眠り、冬が来るまで起きることはない。
その事をチルノは本能的に知っているので、博麗神社を離れる度に表情が暗くなる。
「あっ、焼きそば食べるの忘れたから戻ろうよ」
「一番最初に食べたでしょ?」
「そ、そうだっけ?」
「そうよ」
「じゃあ暑いからかき氷食べに戻ろうよ」
「それも食べたわ」
「そ、そうだっけ?」
「私は抹茶味でチルノはいちご味。その次はわた飴。ふわふわしてて雪みたいに口に入れるとすぐ溶けちゃったけど、とっても美味しかった。チルノったら髪の毛にくっつけちゃって大変だったじゃない。その後は射的。私が欲しがった雪だるまのお人形さんをチルノが取ってくれたでしょ。大切にするわね。そして次に行ったのが――」
「あたいだって覚えてるよっ! 次は輪投げでしょ。レティもあたいも下手くそでなにも取れなかった。でもとっても面白かったよ」
「そうね」
「あたい覚えるの得意じゃないけど、今日の事はずーっと覚えておくように頑張る! だからレティも覚えててよ!」
「忘れないわ。チルノと一緒に行った初めての夏祭りですもの。忘れるはずがないわ」
その言葉を聞くと曇っていたチルノの表情も明るくなり再びレティの手を引っ張りながら夜道を進む。
特に会話も無く二人は薄暗い道を歩く。
二人の会話を再開させたのは空に咲く大きな花火だった。
「誰よ? こんな日に弾幕ごっこだなんて」
「……レティ、あれは花火だよ」
「し、知ってるわよ」
恥ずかしさで頬を赤くしながらレティは答える。
「雪が降ってる空も綺麗だけど花火が見える空も綺麗だねー。ねえレティ。少し座って見ていこうよ」
「賛成」
道端に座り込み、夜空に咲く花火を眺める氷精と冬の妖怪。
夜空を染める鮮やかな光。
ある花火は大きな花の様に。ある花火は星の様に。ある花火は滝を逆さにした様に。
そして次に浮かんだ花火は白を基調とした丸い花火だった。丸と丸が重なり雪だるまの様に見える。
下の丸の中には黄色い三又の枝の様に見える光が混ざっている。
「うわっ! あの花火レティみたいだ」
大きな声を上げて喜ぶチルノ。
次に浮かんだ花火は赤を基調としたハート形の花火だった。
ハート形の花火が燃え尽きると、丸で囲まれたアラビア数字を模した花火が夜空を照らした。
「あの巫女、なんてお節介っ!」
「え? レティ何か言った?」
「あっ、何でもないの。そ、それより次の花火はどんな形かしらねぇ」
「そうだなぁ。あたいはやっぱり、丸くてでっかいのが良いな。強そうだし」
ヒュゥゥゥゥと光弾が上空へ昇っていく。
目を輝かせ夜空を見上げるチルノの横で、低音を響かせながら広がる花火を見つめる。
「チルノ、今年の冬は少し温かくなると思うわ」
「えっ? 花火の音で聞こえない」
「ううん、なんでもない」
「それより、見て見て、あの花火すげー大きい」
「ふふ、そうね」
夏の夜、冬の妖怪が暖冬を秘かに誓った。
霊夢がイケメン過ぎる
>>手紙を2割ほど解読し、今年もチルノが元気に過ごしていたことを知り、少し暖かい気持ちになったレティ
>>「……レティ、あれは花火だよ」
を読んでとても暖かな気持ちになりました。問答無用で素晴らしいほのぼのです。ありがとうございました。
なんだかとってもほっこりしたので、この点数で。
氷柱が垂れ下がるほどの極端なエアコン(それは冷凍機であってエアコンではないという意見は却下)は、センサー技術が未熟な時代にはしばしばあったそうです
日本における最初の犠牲者は皇太子時代の昭和天皇だったとの事