「香霖って先代の巫女とも面識があるんだよな?」
いつものように暇つぶしに香霖堂を訪れた魔理沙は、店主の霖之助に世間話のつもりで何気なく聞いた。
霖之助は少しだけ黙った後に「ああ。」と肯定した。
その反応が少し不思議に思い、魔理沙は続けて質問をする。
「なあ、なんて名前だったんだ?」
「…忘れたよ。」
忘れた? 里の者たちならともかく、こいつに限って何かを忘れるという事はあるのだろうか?
まだ私の実家の霧雨店に勤めていた頃から来る客を全て覚えているこいつが?
「…何か言いたくないことにでも触ったみたいだな。 すまない。」
「いや、気にしないでくれ。」
この時はコレで終わったのだ。
そう、霊夢が里の子供を引き取るまで。
---------------------------------------------------------------
「ん? 誰だ、お前?」
いつものように暇つぶしに博麗神社を訪れた魔理沙は、境内を掃除している見知らぬ少女に尋ねた。
見知らぬ少女はいきなりの空からの来客にビクッと驚き、慌てて駆け出し霊夢を呼んできた。
「あー、魔理沙。いらっしゃい。」
霊夢が素直に歓迎の言葉をするなんて何時以来だろうか? もしかして、初めてかもしれない。
「おいおい、どうした? 歓迎の言葉なんて…明日は異変か?」
「たまにはね。 お茶でもどう?」
「頂くぜ。 それより…」
「柳絮(りゅうじょ)、お茶をお願い。」
「は、はい。」
子供は箒を持ったまま、走っていく。
「…アレは誰だ? お前が産んだのか?」
「私がいつ妊娠してたのよ…後で紹介するわ。」
暫くして、盆に急須と湯のみを2つ乗せて少女が現れる。
「これは怖い妖怪じゃないから、貴女もココに居ていいのよ。 貴女の分の湯のみも持って来なさい。」
霊夢が優しく諭す。 傍若無人を我で行く彼女にしては珍しいことだ。
「見たところ、歳は4つか5つってところか?」
「確か5歳よ。 名前は柳絮。 …博麗柳絮よ。」
何か今、聞き捨てならない言葉を聞いた気がする。
「…博麗?」
「ええ、昨日から私の娘になったわ。 アレが次代の博麗の巫女よ。」
「お前、結婚したのか!? 相手は誰だ?」
霊夢はため息をひとつついて答える。
「その質問は聞き飽きたけど…相手は居ないわ。あの子は里の子供。私の養子になったのよ。」
「なんでまた…」
酔狂な事を? と口に出す前に少女が姿を現した。
「ほら、柳絮。ご挨拶は?」
「は、初めまして。 ひd…博麗柳絮です。 好きな食べ物はイチゴです! いご、よろしくおねがいします。」
「よく出来ました。」
霊夢が満面の笑みで頭を撫でる。
5歳にしては素直でしっかりしている。 霊夢とは全然違った性格のようだ。
苗字のところを間違えそうになった辺り、まだ日が浅いという事だろうか?
「霧雨魔理沙だ、よろしくな。 好物はキノコだ。 アダルトな奴はまだだけどな?」
出来るだけさわやかに返す。
「あだると?」
少女が首を傾げる。
「少しオヤジが入ってるのよ。気にしないで。」
後ろから少女の頭を撫でながら、こっちを睨んでいる霊夢の顔が怖い。
次代の巫女、柳絮と魔理沙の出会いはそんな感じだった。
彼女は霊夢の指導の元、生きる術を覚え、仕事を覚えて、3年経った頃には異変解決の手伝いまでこなすようになった。
才能は霊夢には遠く及ばないが、それでも努力で補う姿は私の幼い頃を思わせるようで、私は次第に彼女に親近感を抱くようになった。
そして更に1年の月日が経った。
---------------------------------------------------------------
「よ、遊びに来たぜ?」
いつものように暇つぶしに博麗神社を訪れた魔理沙は、境内を掃除している柳絮に声を掛けた。
「あ、魔理沙さん、おはよう御座います。 いま、お茶入れますね。 姉さんに内緒でお茶菓子も出しちゃいます」
霊夢の義理の娘は歳の近さもあるせいか、霊夢の事を母とは呼ばす姉と呼ぶようになった。
「霊夢はどうしている?」
「奥でまだ寝てます。」
「ん? お天道さまはもうとっくに真上を過ぎてるぜ?」
「あはははは…」
笑いながらお茶の準備をしている柳絮を見ながら
「ほんと、親に似なくてよかったわ。」
「放っておいてよ。」
後ろの襖が開いて霊夢が顔を出す。
「おいおい、盗み聞きとは関心しないな。」
「日頃から他人の物を盗んでいる貴女に言われたくないわ。」
「私は盗んでいないぞ。借りてるだけだ。」
そこに盆に急須と湯のみを3つ乗せて柳絮が現れる。
「お待たせしましたー。 姉さんも、おはようございます。」
「おはよう柳絮。 でも、こいつにお茶請けはいらないわ、空気で充分よ。」
「私がお出ししたんだから、これでいいんです~。」
霊夢は柳絮に甘い。 そして修行の際は目を疑う程厳しい。
「あ、お茶とお茶菓子の追加してきますね。」
柳絮がお盆を持って立ち上がり、台所の方へ歩いて行く。
「そろそろね…」
霊夢が軒先から空を見上げてポツリと呟く。
雨を溜め込んだ雨雲からぽつりぽつりと降り始めた。
梅雨時という事もあり、雨は数日の間降り続いた。
私は雨に濡れるのが好きな人でないので、あまり出たくない。
ちょうど溜まっていた借り物の本を読んで過ごす。
そう「晴行雨読」というやつだぜ。
久々に空に太陽が見えたので、私は博麗神社に行く事にした。
「よ、遊びに来たぜ?」
いつものように博麗神社を訪れた魔理沙は、いつものように境内を掃除している柳絮に声を掛けた。
「あ、魔理沙さん、おはよう御座います。 いま、お茶入れますね。 今日はいいお茶菓子が入ったんですよ」
「ああ、頼むぜ。」
いつものように軒先に腰掛けて、お茶を啜る。
「アイツはどうしてる?」
「アイツ?」
柳絮はポカンとしたまま、首を傾げる。
「お前の親だよ。 まだ寝てるのか?」
「里に居ますよ。 寝てるかどうかわからないけど…どうしたんですか?」
「珍しいな、アイツが買い出しか?」
「え? 誰のことです?」
「だから、先代の…」
名前が出てこない。
ど忘れかと思ったが、顔も思い出せない。
破天荒で傍若無人でいつも面倒くさそうに異変を解決していたアイツが思い出せない。
ふと、香霖に昔尋ねたことを思い出す。
『香霖って先代の巫女とも面識があるんだよな?』
『…ああ。』
『なあ、なんて名前だったんだ?』
『…忘れたよ。』
そして、私はいま柳絮に向かってアイツのことを『先代の』と尋ねた。
「すまない。また来るぜ。」
「はぁ…」
最後までポカンとした顔をしていた柳絮を残し、香霖堂へ向かう。
「なあ、香霖。 アンタは何を知っている!? アイツはどこへ行ったんだ!?」
香霖堂についてすぐに、霖之助を問い詰める。
「そうか、また巫女が居なくなったか…」
"また" 居なくなった?
「僕のよく知る最初の巫女もそうだった。 ある日突然居なくなり、名前も顔も思い出せない。」
アイツと同じだ。
「僕は半妖だからこの程度で済んでいるのかもしれない。
里の人達に至っては、みな彼女を慕っていたハズなのに。
そう言われると居たなぁ程度にしか思い出そうともしない。」
そう言われるとアレだけアイツと一緒に行動しながら、誰からも先代について聞くことが無かった。
アイツはこうなることを知っていたのだろうか?
「何か知っている人か妖怪が居るとしたら、全てを記録している御阿礼の子か、妖怪の賢者辺りだろう。」
そいつらに聞けば、アイツを追うことが出来る!
私は礼も言わず香霖堂を後にした。
「僕も魔理沙ほどの行動力があれば、彼女を救う事が出来たのだろうか?」
香霖堂の開店初日の店の前に立つ自分と見知らぬ巫女が笑っている写真を眺めながら彼は呟いた。
---------------------------------------------------------------
「おい、紫は居るか?」
白玉楼に着くと、庭の選定をしている妖夢に向かって尋ねる。
「紫様? お出でになっていますが、何か?」
「聞きたいことがある。」
「ただいま、幽々子様との御雑談中です。 お控え下さい。」
剣の柄に手をかけ、身体を低く構える。
「頼む、アイツの事が聞きたいんだ、今は争っている暇はないんだよ!」
いつもと雰囲気が違う魔理沙の様子を見て思ったのか、柄から手を離し妖夢が答える
「すまないけど、幽々子様とのお話が済むまでは通すわけには行きません。」
「くっ」
八卦炉に手を掛ける。今は一刻を争う時、出来れば争って時間を使いたくはない。
「私なら構わないわ」
二人の間に空間の隙間が生まれ、八雲紫が姿を現す。
「なんの用?…って聞くまでもないか。」
「ああ、アイツの事だ。 どこに居る!?」
「…どこにも居ないわ。」
紫の反応は酷く冷めたものだった。
「貴女は博麗の巫女がどういった存在かご存知?」
博麗神社に住み、妖怪を退治し、結界を維持する。
「それほど重要な仕事を、"何故"人間の小娘風情が出来るか考えたことは?」
先代の巫女が特別優れているという事ではない。
代々の巫女は代替わりをしながら、それをこなせていたのだ。
そう、人間の小娘風情が…だ。
「あれは妖怪に対する絶対強者よ。」
たかだか20にも満たない少女が幻想郷最強とまで言われる所以…
「博麗の巫女は初代阿礼が生み出した対妖怪用のスペシャリスト。
彼は人の全盛期の力を別の人間にそのまま移す術を施したのよ。
代を重ねる毎に強さを増し、やがて全ての妖怪を滅ぼせる能力まで格上げする。
それが博麗システムの概要。博麗の巫女の真相。」
阿礼…阿求?
「言霊は力だわ。 名前すら意味を持つ。 意味とは力を現す。
移す人間の力は博麗システムにより、彼女の全ては受け継がれる。
名前すら受け継がれるため、どこにもその巫女の名前が残ることはない。
妖怪に対する記憶も知識という意味では当代の巫女に継がれているわ。」
…名前が無くなる。
当代の巫女…博麗柳絮?
「そうよ。 あの子は先代のことを姉さんと呼んでいたけど、それもあながち間違いではない。
当代と先代は従姉妹。次代の巫女は全て稗田の一族から選ばれる。」
稗田…それがアイツの最初の苗字?
「次代の巫女は、当代の巫女を殺して、その心臓を喰らうことで力を継承する。
幽霊になることもなく彼女は吸収されて力になる。
笑えるわね、果たしてそんな存在を人間と呼べるのかしらか?
初代阿礼は妖怪を殺すために妖怪を生み出したのよ。」
お前は知っていてそれを許したのか?
「私は幻想郷の存続を第一に考えているわ。
先代の巫女に情が無かった訳ではない。
ただ、現時点では博麗の巫女を除き博麗結界を維持できる人間・妖怪は居ない。」
確かに幻想郷を第一に…コイツの正しいスタンスだ。
それでも何か許せなかった。
「先代の名前は私にも覚えていないわ。 ただ、御阿礼の子なら分かるかもしれないわね。」
---------------------------------------------------------------
人里に着いた頃にはすっかり陽は暮れていた。
稗田家の門を叩いたときは夕飯時を過ぎていたにも関わらず、メイドによってすんなり迎え入れられた。
「霧雨魔理沙様ですね? こちらへどうぞ。
主人から貴女が来たら如何なる状況でもお通しするように仰せつかっております。」
歓迎されているのは慣れていない。
こんな状況なら尚更だった。
「お待たせしました。」
応接間に通された後、暫くして阿求が姿を現した。
「どこまでご存知で?」
落ち着いた様子が苛立たせる。
「アイツが居なくなり、紫からお前が創りだした下らないシステムの事までだ。」
「そうですか…それでは何をお聞きになりたいですか? 姉のことですか?」
「姉?」
「先代の博麗の巫女は私の実姉に当たります。」
「お前…なんで…」
そんなに冷静なんだよ。
「仕方なのないことなので。 もう何年も前から覚悟はしておりました。
もっとも、姉が私のことを妹だと知ったのは、当代の巫女を引き取った時ですが…」
「アイツの…アイツの名前を教えて欲しい。」
少しだけ目を伏せてから阿求が答える。
「申し訳ありません。 私の立場を持ってしても姉の名前は分かりません。
名よりも力を…そう考えた昔の私の考えにより残す術を持ちあわせていません。」
「そうかよ…アイツはあんなに頑張って異変解決したにも関わらず、顔も名前も残すことは出来なかったんだな」
あんなに好きだったのに、今ではなんでそうなったのかも分からない。
彼女の人生に意味なんてものはあったのだろうか?
「これを…。」
阿求が一枚の手紙を差し出した。
「これは?」
「姉から貴女に宛てた手紙です。」
『魔理沙、これを貴女が見る頃は私はもう居ないのでしょうね…』
そうチープな言葉で始まったその手紙はあっという間に読み終わってしまった。
『最後に、出来るなら貴女の力で柳絮を救ってあげてください。 ■■■■』
名前が書いてあったと思しきところは焼け焦げたように真っ黒になっていた。
「なあ、阿求。」
「はい、何でしょうか?」
「私は今は普通だけど…アンタの作った下らないシステムは絶対壊してみせるから。」
「はい、よろしくおねがいします。」
頭を下げた阿求の足元に水滴が零れた気がした。
---------------------------------------------------------------
40年が経った。
捨虫の魔法のお陰で私は歳を取らず、見た目は10代後半のままだ。
レミリアやパチュリーに頼み込んで紅魔館に住ませて貰い図書館に篭り
アリスに頭を下げて新たな魔法を教わった。
文字通り寝る必要も食べる必要もない私は寝食の時間すら魔法の勉強に注ぎ込めた。
私が知っている博麗の巫女は6人目になり、稗田阿求も既に居なくなった。
しかし、遂に博麗結界の引き継ぐことができた。
これで負の連鎖のシステムが止まった。
次に御阿礼の子が生まれたら、「ざまーみろ」と報告するつもりだ。
私は名前すら分からなくなった歴代の巫女の名前を継ぐ為、博麗の苗字を名乗り当代の巫女と一緒に博麗神社に住みだした。
当代の巫女は傍若無人な所があり、私が最初に会った巫女に近い気がする。
「ちょっと、魔理沙。 サボらないで掃除してよ!」
当代の巫女は霊夢と名乗った。
いつものように暇つぶしに香霖堂を訪れた魔理沙は、店主の霖之助に世間話のつもりで何気なく聞いた。
霖之助は少しだけ黙った後に「ああ。」と肯定した。
その反応が少し不思議に思い、魔理沙は続けて質問をする。
「なあ、なんて名前だったんだ?」
「…忘れたよ。」
忘れた? 里の者たちならともかく、こいつに限って何かを忘れるという事はあるのだろうか?
まだ私の実家の霧雨店に勤めていた頃から来る客を全て覚えているこいつが?
「…何か言いたくないことにでも触ったみたいだな。 すまない。」
「いや、気にしないでくれ。」
この時はコレで終わったのだ。
そう、霊夢が里の子供を引き取るまで。
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「ん? 誰だ、お前?」
いつものように暇つぶしに博麗神社を訪れた魔理沙は、境内を掃除している見知らぬ少女に尋ねた。
見知らぬ少女はいきなりの空からの来客にビクッと驚き、慌てて駆け出し霊夢を呼んできた。
「あー、魔理沙。いらっしゃい。」
霊夢が素直に歓迎の言葉をするなんて何時以来だろうか? もしかして、初めてかもしれない。
「おいおい、どうした? 歓迎の言葉なんて…明日は異変か?」
「たまにはね。 お茶でもどう?」
「頂くぜ。 それより…」
「柳絮(りゅうじょ)、お茶をお願い。」
「は、はい。」
子供は箒を持ったまま、走っていく。
「…アレは誰だ? お前が産んだのか?」
「私がいつ妊娠してたのよ…後で紹介するわ。」
暫くして、盆に急須と湯のみを2つ乗せて少女が現れる。
「これは怖い妖怪じゃないから、貴女もココに居ていいのよ。 貴女の分の湯のみも持って来なさい。」
霊夢が優しく諭す。 傍若無人を我で行く彼女にしては珍しいことだ。
「見たところ、歳は4つか5つってところか?」
「確か5歳よ。 名前は柳絮。 …博麗柳絮よ。」
何か今、聞き捨てならない言葉を聞いた気がする。
「…博麗?」
「ええ、昨日から私の娘になったわ。 アレが次代の博麗の巫女よ。」
「お前、結婚したのか!? 相手は誰だ?」
霊夢はため息をひとつついて答える。
「その質問は聞き飽きたけど…相手は居ないわ。あの子は里の子供。私の養子になったのよ。」
「なんでまた…」
酔狂な事を? と口に出す前に少女が姿を現した。
「ほら、柳絮。ご挨拶は?」
「は、初めまして。 ひd…博麗柳絮です。 好きな食べ物はイチゴです! いご、よろしくおねがいします。」
「よく出来ました。」
霊夢が満面の笑みで頭を撫でる。
5歳にしては素直でしっかりしている。 霊夢とは全然違った性格のようだ。
苗字のところを間違えそうになった辺り、まだ日が浅いという事だろうか?
「霧雨魔理沙だ、よろしくな。 好物はキノコだ。 アダルトな奴はまだだけどな?」
出来るだけさわやかに返す。
「あだると?」
少女が首を傾げる。
「少しオヤジが入ってるのよ。気にしないで。」
後ろから少女の頭を撫でながら、こっちを睨んでいる霊夢の顔が怖い。
次代の巫女、柳絮と魔理沙の出会いはそんな感じだった。
彼女は霊夢の指導の元、生きる術を覚え、仕事を覚えて、3年経った頃には異変解決の手伝いまでこなすようになった。
才能は霊夢には遠く及ばないが、それでも努力で補う姿は私の幼い頃を思わせるようで、私は次第に彼女に親近感を抱くようになった。
そして更に1年の月日が経った。
---------------------------------------------------------------
「よ、遊びに来たぜ?」
いつものように暇つぶしに博麗神社を訪れた魔理沙は、境内を掃除している柳絮に声を掛けた。
「あ、魔理沙さん、おはよう御座います。 いま、お茶入れますね。 姉さんに内緒でお茶菓子も出しちゃいます」
霊夢の義理の娘は歳の近さもあるせいか、霊夢の事を母とは呼ばす姉と呼ぶようになった。
「霊夢はどうしている?」
「奥でまだ寝てます。」
「ん? お天道さまはもうとっくに真上を過ぎてるぜ?」
「あはははは…」
笑いながらお茶の準備をしている柳絮を見ながら
「ほんと、親に似なくてよかったわ。」
「放っておいてよ。」
後ろの襖が開いて霊夢が顔を出す。
「おいおい、盗み聞きとは関心しないな。」
「日頃から他人の物を盗んでいる貴女に言われたくないわ。」
「私は盗んでいないぞ。借りてるだけだ。」
そこに盆に急須と湯のみを3つ乗せて柳絮が現れる。
「お待たせしましたー。 姉さんも、おはようございます。」
「おはよう柳絮。 でも、こいつにお茶請けはいらないわ、空気で充分よ。」
「私がお出ししたんだから、これでいいんです~。」
霊夢は柳絮に甘い。 そして修行の際は目を疑う程厳しい。
「あ、お茶とお茶菓子の追加してきますね。」
柳絮がお盆を持って立ち上がり、台所の方へ歩いて行く。
「そろそろね…」
霊夢が軒先から空を見上げてポツリと呟く。
雨を溜め込んだ雨雲からぽつりぽつりと降り始めた。
梅雨時という事もあり、雨は数日の間降り続いた。
私は雨に濡れるのが好きな人でないので、あまり出たくない。
ちょうど溜まっていた借り物の本を読んで過ごす。
そう「晴行雨読」というやつだぜ。
久々に空に太陽が見えたので、私は博麗神社に行く事にした。
「よ、遊びに来たぜ?」
いつものように博麗神社を訪れた魔理沙は、いつものように境内を掃除している柳絮に声を掛けた。
「あ、魔理沙さん、おはよう御座います。 いま、お茶入れますね。 今日はいいお茶菓子が入ったんですよ」
「ああ、頼むぜ。」
いつものように軒先に腰掛けて、お茶を啜る。
「アイツはどうしてる?」
「アイツ?」
柳絮はポカンとしたまま、首を傾げる。
「お前の親だよ。 まだ寝てるのか?」
「里に居ますよ。 寝てるかどうかわからないけど…どうしたんですか?」
「珍しいな、アイツが買い出しか?」
「え? 誰のことです?」
「だから、先代の…」
名前が出てこない。
ど忘れかと思ったが、顔も思い出せない。
破天荒で傍若無人でいつも面倒くさそうに異変を解決していたアイツが思い出せない。
ふと、香霖に昔尋ねたことを思い出す。
『香霖って先代の巫女とも面識があるんだよな?』
『…ああ。』
『なあ、なんて名前だったんだ?』
『…忘れたよ。』
そして、私はいま柳絮に向かってアイツのことを『先代の』と尋ねた。
「すまない。また来るぜ。」
「はぁ…」
最後までポカンとした顔をしていた柳絮を残し、香霖堂へ向かう。
「なあ、香霖。 アンタは何を知っている!? アイツはどこへ行ったんだ!?」
香霖堂についてすぐに、霖之助を問い詰める。
「そうか、また巫女が居なくなったか…」
"また" 居なくなった?
「僕のよく知る最初の巫女もそうだった。 ある日突然居なくなり、名前も顔も思い出せない。」
アイツと同じだ。
「僕は半妖だからこの程度で済んでいるのかもしれない。
里の人達に至っては、みな彼女を慕っていたハズなのに。
そう言われると居たなぁ程度にしか思い出そうともしない。」
そう言われるとアレだけアイツと一緒に行動しながら、誰からも先代について聞くことが無かった。
アイツはこうなることを知っていたのだろうか?
「何か知っている人か妖怪が居るとしたら、全てを記録している御阿礼の子か、妖怪の賢者辺りだろう。」
そいつらに聞けば、アイツを追うことが出来る!
私は礼も言わず香霖堂を後にした。
「僕も魔理沙ほどの行動力があれば、彼女を救う事が出来たのだろうか?」
香霖堂の開店初日の店の前に立つ自分と見知らぬ巫女が笑っている写真を眺めながら彼は呟いた。
---------------------------------------------------------------
「おい、紫は居るか?」
白玉楼に着くと、庭の選定をしている妖夢に向かって尋ねる。
「紫様? お出でになっていますが、何か?」
「聞きたいことがある。」
「ただいま、幽々子様との御雑談中です。 お控え下さい。」
剣の柄に手をかけ、身体を低く構える。
「頼む、アイツの事が聞きたいんだ、今は争っている暇はないんだよ!」
いつもと雰囲気が違う魔理沙の様子を見て思ったのか、柄から手を離し妖夢が答える
「すまないけど、幽々子様とのお話が済むまでは通すわけには行きません。」
「くっ」
八卦炉に手を掛ける。今は一刻を争う時、出来れば争って時間を使いたくはない。
「私なら構わないわ」
二人の間に空間の隙間が生まれ、八雲紫が姿を現す。
「なんの用?…って聞くまでもないか。」
「ああ、アイツの事だ。 どこに居る!?」
「…どこにも居ないわ。」
紫の反応は酷く冷めたものだった。
「貴女は博麗の巫女がどういった存在かご存知?」
博麗神社に住み、妖怪を退治し、結界を維持する。
「それほど重要な仕事を、"何故"人間の小娘風情が出来るか考えたことは?」
先代の巫女が特別優れているという事ではない。
代々の巫女は代替わりをしながら、それをこなせていたのだ。
そう、人間の小娘風情が…だ。
「あれは妖怪に対する絶対強者よ。」
たかだか20にも満たない少女が幻想郷最強とまで言われる所以…
「博麗の巫女は初代阿礼が生み出した対妖怪用のスペシャリスト。
彼は人の全盛期の力を別の人間にそのまま移す術を施したのよ。
代を重ねる毎に強さを増し、やがて全ての妖怪を滅ぼせる能力まで格上げする。
それが博麗システムの概要。博麗の巫女の真相。」
阿礼…阿求?
「言霊は力だわ。 名前すら意味を持つ。 意味とは力を現す。
移す人間の力は博麗システムにより、彼女の全ては受け継がれる。
名前すら受け継がれるため、どこにもその巫女の名前が残ることはない。
妖怪に対する記憶も知識という意味では当代の巫女に継がれているわ。」
…名前が無くなる。
当代の巫女…博麗柳絮?
「そうよ。 あの子は先代のことを姉さんと呼んでいたけど、それもあながち間違いではない。
当代と先代は従姉妹。次代の巫女は全て稗田の一族から選ばれる。」
稗田…それがアイツの最初の苗字?
「次代の巫女は、当代の巫女を殺して、その心臓を喰らうことで力を継承する。
幽霊になることもなく彼女は吸収されて力になる。
笑えるわね、果たしてそんな存在を人間と呼べるのかしらか?
初代阿礼は妖怪を殺すために妖怪を生み出したのよ。」
お前は知っていてそれを許したのか?
「私は幻想郷の存続を第一に考えているわ。
先代の巫女に情が無かった訳ではない。
ただ、現時点では博麗の巫女を除き博麗結界を維持できる人間・妖怪は居ない。」
確かに幻想郷を第一に…コイツの正しいスタンスだ。
それでも何か許せなかった。
「先代の名前は私にも覚えていないわ。 ただ、御阿礼の子なら分かるかもしれないわね。」
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人里に着いた頃にはすっかり陽は暮れていた。
稗田家の門を叩いたときは夕飯時を過ぎていたにも関わらず、メイドによってすんなり迎え入れられた。
「霧雨魔理沙様ですね? こちらへどうぞ。
主人から貴女が来たら如何なる状況でもお通しするように仰せつかっております。」
歓迎されているのは慣れていない。
こんな状況なら尚更だった。
「お待たせしました。」
応接間に通された後、暫くして阿求が姿を現した。
「どこまでご存知で?」
落ち着いた様子が苛立たせる。
「アイツが居なくなり、紫からお前が創りだした下らないシステムの事までだ。」
「そうですか…それでは何をお聞きになりたいですか? 姉のことですか?」
「姉?」
「先代の博麗の巫女は私の実姉に当たります。」
「お前…なんで…」
そんなに冷静なんだよ。
「仕方なのないことなので。 もう何年も前から覚悟はしておりました。
もっとも、姉が私のことを妹だと知ったのは、当代の巫女を引き取った時ですが…」
「アイツの…アイツの名前を教えて欲しい。」
少しだけ目を伏せてから阿求が答える。
「申し訳ありません。 私の立場を持ってしても姉の名前は分かりません。
名よりも力を…そう考えた昔の私の考えにより残す術を持ちあわせていません。」
「そうかよ…アイツはあんなに頑張って異変解決したにも関わらず、顔も名前も残すことは出来なかったんだな」
あんなに好きだったのに、今ではなんでそうなったのかも分からない。
彼女の人生に意味なんてものはあったのだろうか?
「これを…。」
阿求が一枚の手紙を差し出した。
「これは?」
「姉から貴女に宛てた手紙です。」
『魔理沙、これを貴女が見る頃は私はもう居ないのでしょうね…』
そうチープな言葉で始まったその手紙はあっという間に読み終わってしまった。
『最後に、出来るなら貴女の力で柳絮を救ってあげてください。 ■■■■』
名前が書いてあったと思しきところは焼け焦げたように真っ黒になっていた。
「なあ、阿求。」
「はい、何でしょうか?」
「私は今は普通だけど…アンタの作った下らないシステムは絶対壊してみせるから。」
「はい、よろしくおねがいします。」
頭を下げた阿求の足元に水滴が零れた気がした。
---------------------------------------------------------------
40年が経った。
捨虫の魔法のお陰で私は歳を取らず、見た目は10代後半のままだ。
レミリアやパチュリーに頼み込んで紅魔館に住ませて貰い図書館に篭り
アリスに頭を下げて新たな魔法を教わった。
文字通り寝る必要も食べる必要もない私は寝食の時間すら魔法の勉強に注ぎ込めた。
私が知っている博麗の巫女は6人目になり、稗田阿求も既に居なくなった。
しかし、遂に博麗結界の引き継ぐことができた。
これで負の連鎖のシステムが止まった。
次に御阿礼の子が生まれたら、「ざまーみろ」と報告するつもりだ。
私は名前すら分からなくなった歴代の巫女の名前を継ぐ為、博麗の苗字を名乗り当代の巫女と一緒に博麗神社に住みだした。
当代の巫女は傍若無人な所があり、私が最初に会った巫女に近い気がする。
「ちょっと、魔理沙。 サボらないで掃除してよ!」
当代の巫女は霊夢と名乗った。
なんといいますか、ダイジェスト版というか総集編と言うか。
霊夢たちの馴れ合いや霖之助との絡みを加えたら落差ができていいかもしれませんね
「先代の名前は私にも覚えていないわ。」
「仕方なのないことなので。」
他のみなさんも上げてるように、説明や描写が不足しているように感じました。
・捨虫の魔法
不老不死の魔法らしいけど具体的にはどんな魔法?
・柳絮
本文で由来を説明できれば
・40年経って解決
どうやって解決したかが盛り上がるところだと
でも、話はとても面白かったです。なぜ原作で先代の名前が出てこないなど、この話でいろいろ考えたりできました。
先にこっちに上げるべきでしたね。
>3さん
>6さん
SSということであっさり読めるという事を意識してた為、端折りすぎてしまったみたいですね。
霖之助自体は先代の巫女と旧知の仲だった程度に抑えたかったので、あれ以上出番を出す事は無かったですね。情報も持ってなさそうですし…。
>4さん
>12さん
ご厚情痛み入ります。
文章力の欠片もございませんが、精進してみたいと思います。
>8さん
誤字報告ありがとうございます。
考えさせられると言って頂けると恐縮です。
・捨虫の魔法が不老長寿。
・捨食の魔法が飲食が要らなくなる。←こちら抜けてました(´ω`;)
東方の設定では、この2つの魔法を覚えることで、正式に魔法使いになれるらしいです。
・柳絮の才
非凡な才能を持つ女性を表す諺ですが、名前が浮かばなかったので取ってきただけで
作品書いてる途中で「才能は霊夢(能力引き継ぎ状態)に負けてる」って書いてるし、あんまり意味が無いです。
…が、一発変換出来るとはいえ もっと読み易い名前の方が良かったですね。
・40年
魔理沙(=努力家)の為、一発でレベルアップって感じではなく。
本読んで魔法覚えて、本読んで魔法覚えて、時々異変解決しての繰り返しになるので
面白み無いなぁ…と端折りました。
博麗結界を扱える程度の能力を持った不老の人が出来たので、カニバって能力継承する必要が無くなった。・・・って感じです。
>9さん
同日なら大丈夫かなぁと思っていましたが、確かにその通りですね。
申し訳ありません、次回からは先にこちらに上げることに致します。