Coolier - 新生・東方創想話

風見幽香といつものお店~今日はちょっと年上風味~

2012/08/25 09:29:15
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 轟音。爆音。そして騒音。
 響き渡る音の連鎖に人々は戸惑い、動物は顕在化した危険を察知し、彼らよりも早くその場から離脱していく。
「ふん……! なかなかやるじゃない」
「天人と言うのは、無駄に頑健な体を持つ生き物と聞いていたけれど。
 なかなかどうして、頑丈さだけは大したものね」
 抉れた地面を蹴散らし、立ち上がるのは青い髪と裏腹の、真っ赤な刃を持つ刀を携えた少女――比那名居天子。
 そしてそれに相対するのは、淡い桃色の傘を優雅にかざした花の妖怪――風見幽香。
「それはどうも。
 けれど、頑丈さだけが私のとりえだと思ってる?」
「頭の中身の軽さも、と思っているわ」
「あ、そう!」
 天子の手にした剣が地面に突き刺さる。
 途端、大地は割れ、そこから飛び出す人間を遥かに超える巨大さの岩の塊が空中へといくつもいくつも浮かび上がる。
「力と能力も、天人のとりえの一つよ」
「自分でそれを言うとは、大した自信家ね」
「あんたに言われたくないわ!」
 浮かび上がった岩の塊が、一斉に幽香に襲い掛かる。
 それを、あるものはよけ、あるものは左手一本で砕く幽香。
 だが、それに気を取られた彼女の背後に回った天子は、「隙あり!」と叫び、彼女の背中に手にした剣を叩きつけようとする。
「相手を後ろから攻撃するのは、あまりほめられた行為じゃないわね。
 まぁ、否定はしないけれど」
 つぶやく幽香は、前方から飛んできた岩の塊に手をつき、そこを支点に体を上空に半回転させた。
 視界に映る天子の姿。
 天子は、その岩の軌道を予測しているのか、仮に幽香がその岩を利用して反撃をしてきたとしてもよけられる角度で突っ込んできている。
 ――バカに見えて、割と考えてるわね。
 幽香はつぶやき、岩についた手で岩を掴むと、それを持ち上げた。
 天子の剣は、幽香が盾としてかざした岩を粉砕し、幽香に迫る。
 眼前に迫る赤の刃。しかし、幽香は慌てず騒がず、右手の傘を一瞬で畳むと、それで天子の剣を受け止める。
「緋想の剣を受けるなんて……! それ、どういう傘よ!」
「私のお気に入りの傘よ。
 もっとも、ちょっと私の妖力で強化しているけれど」
 響き渡る金属音。
 次の瞬間、幽香は相手の剣を払いのけ、左手を、天子の顔の前にかざす。
「吹っ飛びなさい」
 そこから放たれる青白い閃光。先ほど、天子を吹き飛ばしたのと同じ一撃だ。
 しかし、天子も同じ攻撃を何度も何度も食らうほど愚かではない。
 閃光が放たれるのを目で確認して、コンマ数秒のうちに己の足で、その閃光の先端を捉える。
 そして、迫る閃光の勢いを利用して、彼女は上空へとジャンプし、攻撃を回避した。
「へぇ……!?」
 さすがにその動きは予測していなかったのか、目を見張る幽香。
 天子は空中でくるりと回転した後、剣の先端を幽香に向ける。
「レーザー攻撃は、あんたの専売特許ってわけじゃないわ!」
 反撃に放たれる赤い光。
 それを、幽香は手にした傘を広げて受け止める。
「……なるほど。これは大した攻撃ね」
 傘の表面を沿うようにレーザーはきれいに左右へと流れていくが、圧力までは消せない。
 自分の右手に伝わる強烈な衝撃に、幽香は笑みと共に歯を食いしばる。
 そして、攻撃が終わると同時に反撃を放とうとするのだが、すでに視界の中に天子はいない。
 相手の姿を探して周囲を見渡す幽香。その瞬間、確実に彼女の動きは止まり、隙が生まれていた。
「余裕を見せている奴ってのは、その余裕の中に油断とか隙ってものを作ってるのよね!」
「――!? そっちかっ!」
 気づいた時にはすでに遅い。
 幽香の懐に飛び込んでいた天子は、手にした刃で幽香の胴体を薙いだ。
 刃を返した一撃のため、彼女の体が一刀両断になると言うことはなかったが、その分、衝撃が強く叩き込まれる。
 幽香は唇をかみ締め、その一撃の勢いに逆らわないように体を流し、何とか攻撃を耐え切ると、天子から離れていく。
「……やるわね。私に一撃を食らわした奴は、世の中、そう多くはないわ。誇ってもいい」
「ありがと。素直に嬉しいわ」
「けれど、貴女は不憫な人ね」
「は?」
「私をなめすぎた」
 幽香はその瞬間、全くの動作を伴わない、ノーモーションからの閃光を放ってきた。
 その攻撃にはさすがに対応できず、天子は手にした剣でその閃光を受け止めるので精一杯だ。
「あっ、あぶなっ……!」
「天人は自意識過剰。そして尊大。実力に裏打ちされたその自信、覚えておいてあげる」
 その言葉と共に、天子が受け止めている光の衝撃が強くなる。
 何が起きたのか。目の前、そして周囲全てが光に包まれている状態では、天子はそれを知ることが出来ない。
 ただ、必死に剣を握る手に力を込めるだけだ。
「私と同じところがあるわね。貴女。
 私も確かに自信たっぷり、実力もたっぷり。けれど、私と貴女とでは、決定的に違うところがある」
 幽香はそういうと、右手に構える傘を相手に向ける。
「私は相手に手加減しない」
 その言葉の後、更なる攻撃――すなわち、先ほどから天子に向けて連続して放っている閃光の後を押すように、また閃光を放った。
 三発目の閃光が天子に直撃する。
 いよいよ剣を構えていることが困難になっても、天子は歯を食いしばるだけで敗北宣言はしなかった。
「宣言。五発目で、貴女は負けを認める」
 四発目の閃光が放たれる。
 その攻撃で、ついに天子は衝撃に負け、剣を弾かれてしまう。
 四発分の重なった閃光が彼女を直撃し、その体を大地にたたきつけると共にクレーターを作り出す。
 爆発。そして爆風。爆煙。
 その全てが収まった後、天子は見る。
「これにて終了。ジ・エンド」
 それは、五発目の閃光が無慈悲に放たれ、彼女を直撃する、その瞬間だった。


 ――と、いうわけで。
「……わかったわよ。はいこれ、申し込み用紙」
「ったくもー!
 何で、たかが申し込み用紙一枚書くだけで、あんな大騒ぎ起こさにゃならんのよ、あんた達は!?」
 ここは花の妖怪、風見幽香が経営する(と言っても、実質的な経営者は、現在、目を三角にしている人物であるが)喫茶『かざみ』人里支店の一室。
 天子はぶっすーっとした顔で、手にした紙を彼女――この店のパトロンであるアリス・マーガトロイドに突き出している。
「幽香! あとで、あっちのクレーター、直しておきなさいよ!」
「ちょっと! 悪いのはこいつで、私はただ応じただけ……」
「それにしたってやり方ってもんがあるでしょ!
 客商売は評判が大切なのよ! 評判が!」
「……ぐぅ」
 言い返すことが出来ず、肩をすくめて押し黙る幽香。
 ――さて、何でこんなようなことになったのかというと、アリスの新たな経営戦略である『人里支店』の出店を果たした『かざみ』であるが、『より、たくさんの人に親しむような店舗になりましょう』と言うアリスの新たな提言により、『お菓子教室』を開催することになっている。
 もう、これは一ヶ月以上前から文の新聞によって周囲に告知されていることであるのだが、その告示を見てやってきたのが、この比那名居天子。
『じゃあ、参加をするなら、この申し込み用紙に書いてね』とアリスが紙面を出したところ、なぜか『んなことやってられるわけないでしょ!』と怒り出したのだ。
『なら、参加しなければいいでしょ』とアリスは相手を一蹴したのだが、そこで天子が『この私が、こんなちっぽけな店にやってきてやったのよ!』などと言い出したものだから、幽香が『……何ですって?』と怒ったのである。
 そこで、最初の大騒ぎになった、というのが今回のオチであった。
「あんたらはほんっとーにバカよね! 争い以外に物事の解決方法知らないわけ!?」
「いや……」
「その……」
「これでうちの評判が落ちたら、天子! あんたのところに損害賠償請求するわよ!」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! あのクレーター作ったの、そもそもこいつ……!」
「そもそもの原因作ったのはどっちよ!?」
「え? えっと……それを言われると……」
「幽香も!
 罰として、あのクレーター直すのはもちろん、迷惑をかけた人たちの家一軒一軒回って謝罪してきなさい!」
「そんなめんどくさいこと……!」
「や・る・の。いい?」
「……はいわかりました」
 本気で怒っているアリスと言うものは、それはそれは恐ろしいものであったと、後のワーハクタク及び幻想郷縁起は述懐する。
 ともあれ、散々怒鳴って怒りもやや晴れたのか、アリスは『そもそも、あんたは何で参加することにしたの』と天子に問いかける。
 そも、彼女は一応は天界の『お姫様』である。その人物が、言い方は悪いが下々のものに教えを請うというのは珍しいことである。
 ましてや、この彼女、壮絶なまでの自信家であると共に手のつけられないプライドの高さを誇ると言う、極めて厄介な扱いにくい性質の人物なのである。その彼女が、自分のプライドを曲げてまで、『教師』を持つと言うのは、アリスには理解できなかった。
「その……何だっていいでしょ! 別に!
 私も女だもの! 料理の一つや二つ、ちょちょいとこなせなくてどうすんのよ!」
「まぁ、その理由は納得が行くけれど……。
 だったら、それこそあんたの側女とかいつも隣にいる衣玖さんに頼めば……」
「何だっていいじゃない!
 ほら、申し込み用紙! これでいいんでしょ!?」
「……ま、いいけどね」
 なぜかぷりぷり怒る天子に、アリスはひょいと肩をすくめると、その申し込み用紙を受け取った。
 後ろからふよふよやってきた人形(露西亜)がそれをアリスから受け取り、奥へとふよふよ持っていく。
「今回、申し込んできたのは、合計で40人。
 講座は週に二回、午後1時からここで開かれるから。遅れずに来なさいよ」
「ふん、わかってるわよ。
 それじゃ、またね」
「あ、その前に。あんたも幽香と一緒に、クレーター直すの手伝っていくこと。
 いいわね?」
「……はいごめんなさい」
 にっこり笑顔のアリスさんは最強であったと、またもや後のワーハクタクと幻想郷縁起とどこぞの閻魔と聖人が語ることになるのだが以下略。


「お嬢様」
「あら、何かしら。咲夜」
「このようなチラシをご存知ですか?」
「ふーん……なになに?
『みんなで一緒にケーキを作りませんか? 喫茶「かざみ」店主によるお菓子作成講座のご案内』
 これは……」
「見ての通りのものです。
 私たちが、たまに行っていることですが、こうしたお料理講座などは大変に好評を博しております。
 そこにアリスが目をつけ、真似をしてきたのではないかと」
「……これって、この技術を学べば、あそこのケーキをいつでも自分で作って食べられると言うことかしら」
「お嬢様よだれ」
「はっ!?」
 甘いもの大好き、けれど歯磨き大嫌いのお嬢様は、慌てて口許のよだれをぐしぐしおべべの袖でぬぐった。実にはしたない。
 それはともあれ、そのチラシを持ってきた従者は『いかが致しましょう?』と視線で問いかける。
「そうね……。別にいいのではなくて?」
「左様ですか」
「こうしたキャンペーンを打つのは悪いことではないもの。
 よそが行っているキャンペーンを潰す理由もないのだし。好きにさせておきなさい」
「畏まりました。
 ああ、あと、この講座にお嬢様を登録しておきました。頑張ってきてください」
「えっ!?」
「ケーキ、期待していますので」
 にこっと微笑む彼女に、ちびっこお嬢様は顔をぱぁっと輝かせると、『任せておきなさい!』と胸を叩いたのだった。



「皆さん、こんにちは。
 喫茶『かざみ』のアリス・マーガトロイドです」
『こんにちは!』
「本日はお忙しい中、お集まりいただき、ありがとうございました」
 それから、およそ一週間後。
 始まった、『風見幽香先生』によるお菓子作成講座に集まったのは、やはりというか何と言うか、大半が年若い女の子達であった。
 それに混じって、紅の館のお嬢様(+お側のメイド)だの『妖夢! ケーキがお腹一杯食べられるいい方法を思いついたわ!』と目の輝きおかしい主人によって、この講座に行くように命令された半人少女だの、『うどんげ。うちの小さい子たちに、ケーキを食べさせてあげましょう』『わかりました、師匠!』と使命感と共にやってきたうさみみ少女だの、『霊夢さんに美味しいケーキを……! そして、幽香さんの実力があれば、きっとわたしの料理音痴を直してくれる!』と期待と切実な思いを持ってやってきた緑色の巫女だの、『お姉ちゃんも行こうね。参加用紙出してきちゃった』『またあなたはそういう勝手なことをしてー!』と無意識の力で何でもありなことする妹と、それに振り回される姉だの、『ケーキ。最高のお菓子ですね』と贅沢禁止しているはずのお寺の主だの、『このように美味な菓子、我は食べたことがないぞ! 一緒に行って、作り方を学ぶのだ、屠自古!』と目をきらきら輝かせたアホの子とそれに付き合わされる苦労人幽霊だの、『仙人は質素を尊ぶ。だからといって、たまの贅沢を禁止する理由があるでしょうかいやない!』とケーキと言うか洋菓子にすっかり魅了された仙人だのといったやたら豪華なメンツもいたりする。
「……何なのよ、これ」
 さっきから、『あれ? 天子じゃないか』と声をかけられっぱなしの天人も、またそこに。
 顔見知りなど幽香とアリスしかいないと思い込んでいただけに、このメンツの顔ぶれは全く予想外だったらしい。
 アリスに無理を言って、部屋の一番後ろの席を与えてもらえたものの、少し不満げそして少し不安そうな顔つきで、彼女はアリスの言葉を聴いている。
「それでは、本日の講師をご紹介いたします。風見幽香先生です」
 アリスのアナウンスの後、店の主人である幽香が現れる。
 ぎくしゃくぎくしゃくと、右手と右足一緒に出しながらやってきた彼女の顔は真っ赤であった。
「あっ、あの、かっ、風見幽香ですっ! ほ、本日は、えっと、皆さん、よろしくお願いしまひゅっ!?」
 声が裏返った。
 どうやら相当緊張しているらしい彼女に対して、あちこちから、『幽香さん、かわいい』だの『意外な一面ね……』だの『幽香お姉さま素敵ですっ』だのといった声も上がっている。
「それでは早速、講座を開始いたします。
 まずは幽香先生。お手本をお願いします」
「は、はい。えと……こう、でいいのよね」
 その間、わずか5秒。
 一瞬、幽香の腕がぶれたと思った瞬間、彼女の前に用意されたテーブルの上に見事なデコレーションケーキが鎮座していた。
 参加者一同、沈黙。
「あんたしか出来ないことやってどうすんのよっ!?」
 そこで即座にアリスのツッコミが華麗に決まった。
「普通にやりなさい、普通に!」
「普通……普通に、ね。
 ……ちょっと待って。普通にケーキ焼くのってどうするんだったかしら」
「あんた普段どういう風にケーキ作ってるのよ!?」
「こういう風に」
 またもや一瞬でテーブルの上に現れるデコレーションケーキ(チョコレート)。
 まさしく神技であると共に、何やら面妖な事態が発生していることを疑わせない光景でもあった。
 これはある意味、プロが己のやり方を極めていった結果、一般的な手法を忘れてしまうそれに近いだろう。所謂『守破離』の頂点であった。
 ……多分、違うと思われるが。
「えーっと……あ、そうそう。まずはスポンジを焼くんだったわね。
 そうよ、そうそう。思い出したわ」
「……大丈夫なの? あんた」
「任せなさい」
 実に不安であったが、こっち方面の実力は、アリスは幽香に全くかなわない。
 一応、相手の経験と実力を信じて、彼女はその場を幽香に任せることにしたらしかった。
「それでは、まず、スポンジを作ります。
 手元の材料を確認して」
「確認して『ください』」
「……ください」
 しかし、厳しい『アリス・マーガトロイド・チェック』は入るのであるが。
「……ねぇ。『湯煎』って何?」
「湯煎というのは、このようなものでして……」
「面倒ね。普通に溶かしたらダメなのかしら」
「焦げますよ」
「なるほど」
 湯煎も知らないお嬢様の隣に佇むメイドの表情は優しい。しかし、目ははらはらしっぱなしであり、『お嬢様、何かしでかさないかしら』と言う不安で一杯であるようだった。
「ねぇ、妖夢ちゃん。うまくスポンジがあわ立たないんだけど……」
「スピードが足りないんですよ。
 こうやって、ボウルを抱えるように持って、手元のスナップを利用してみてください」
「うん、わかった。
 ……おお! 出来た! すごい!」
「でしょ?」
「うん。すごいね。
 さすが妖夢ちゃん。えらいえらい」
「……あれ? 何で私が頭なでられてるんだろう」
 と言うびみょんなやり取りを見ていた幽香は、「あと、もう少し力を込めてみて」とうさみみさんにアドバイス。
 彼女は誰かのアドバイス(というか指示)は冷静に、かつ、真面目で真摯に聞くようにしつけられてきたためか、ふんふん、とうなずきながら手元の泡だて器を動かしている。
「……幽香先生。全然出来ないです……」
「……アリスごめん。この子、付きっ切りでお願い……」
「……早苗。あなた、どうやったらこういう事態になるの?」
 すでに料理が爆発している緑色の巫女にアリスが呆れ声でツッコミ入れる。
 一体何がどうなったのか、もはや見ているものにもわからないほどの有様であったという。
「なかなか料理と言うのは楽しいものだな。
 見よ、屠自古! うまくいったぞ!」
「……それ、『うまくいった』って言わないから」
「何!? どこが悪いのだ!」
「物部さん。スポンジの泡立て方が足りないですよ」
「う、ううむ……。
 なるほど、そうなのか……。教えてくれてありがとう、白蓮殿。
 で、屠自古よ。どうやるのだ」
「講師に聞きなさいよ!」
 そもそも無理やり引っ張ってこられただけで、今回の講座にあんまり興味のない彼女のツッコミに、アホの子は『それもそうか』と視線で幽香を探し、声を上げる。
「それはね、これをこうして……」
「ふむふむ」
「こう」
 幽香は泡だて器をボウルに立てて、一瞬、それを回転させた。
 傍目には、たった一回、かき混ぜたようにしか見えなかっただろう。しかし、ボウルの中のスポンジは見事に練り上げられており、しっとりとした、かつ、ふんわりとした様相に出来上がっていた。
『おお!』とアホの子、目をきらきら。
「なるほど。こうやるのか!」
「いやそれ絶対無理だから……」
「幽香! 他の人が出来るレベルで教えなさい!」
「これくらい出来るわよ」
「絶・対・無・理!」
 ましてや、このアホの子のように人の言うことすぐ信じ込んでしまう相手には、幽香のようなやり方は禁忌である。
 相手を100%の素人に見立てなければ、こうした講義は成功しない。相手にある程度の素養がある状態を期待するのではなく、全くの素人を相手にした状態で行うのが『講座』と言うものである。
「おお~……。
 お姉さん、上手だね」
「料理にはそれなりに自信がありますから」
「ちょっとなめていい?」
「ダメです。つまみ食いはよくありませんよ」
「ちぇ~」
「……こいし。あなたはやらないのですか?」
「こいしちゃんは食べる人!」
「……すみません。ご迷惑をおかけします」
「……いいのよ? 別に……」
 そして、妹は講座を受けるのをすっかり姉に任せ、同じテーブルになった仙人の手際に感心していた。
 仙人も彼女の姉も料理の腕は大したものである。だからなのか、彼女の関心は、目の前の仙人へと向いているようだった。
「で、あなたはなかなか手際が悪いわね」
「うっさいわね。
 っていうか、出来ないわよ。これ。どうやってんのよ」
「手元のマニュアル、見てる?」
 幽香が先日、アリスに『いいから用意しなさい』と言われて用意したケーキ作成の教科書のようなものがテーブルにはそれぞれ置かれている。
 他の参加者は幽香や周囲の面々にアドバイスを請いながらも、基本は、手元のマニュアルに従っているようだ。
 一方、天子はというと、全くそれを開く気配を見せず、独学でやろうとしているようだった。
「材料は……っと。
 あなた、このサイズで作るなら卵が足りないわよ」
「ふ、ふん! そんなのわかってたわよ!」
「あと、砂糖を入れすぎ。
 こんなに砂糖を入れたら甘くて食べられないわ。作り直して」
「うっ……ぐ……!
 べ、別にいいわよ! これでやるわ!」
「あなたねぇ」
 ふぅ、と幽香は腰に手を当ててため息をつく。
「何のために来たのか知らないけれど、講座の邪魔になるわ」
「……くっ……」
「真面目にやる気がないなら帰って」
 厳しい言葉に、天子は沈黙する。
 沈黙したまま、手元で四苦八苦していたボウルをテーブルの上に置いて、彼女は半ばやけになって言った。
「あんたの実力はわかってるわ。
 けど、あんたが本当に私よりすごいって言うところ、証明してみせてよ!」
「はいはい」
 そこで『ふざけるな』と一喝されるかと思っていた天子は、自分の言葉にも拘わらず、『え?』という言葉を続けてしまう。
 幽香はテーブルの上に置かれているパックから、卵を二つ、取り出した。
 そして、それをテーブルの上に置いて、言う。
「いいものを作るには、素材を見極めるのも大切よ。
 もちろん、技術もそう。
 けれど、どんなに素晴らしい技術を持っていても、作る基がダメならダメなのよ」
「……」
「あなた、これ、どっちが古い卵かわかる?」
 幽香に示された二つの卵。
 それをじっと見つめる天子は、『……こっち』と右側の卵を指差した。
「じゃあ、私は左の卵にするわ」
「私と違うものを選んだってこと?」
「そう思いたいなら思ってなさい」
 幽香は二つの卵を手に取ると、小さなボウルに水を入れ、どこから出したのか、それに塩を加えて簡単な塩水を作った。
 そして、
「残念。左ね」
 浮かんだ卵と沈んだ卵。
 幽香が示した方の卵が、水の中に沈んでいた。
「これは第二段階の講座の内容。
 いいものを見極める『目』を養いましょう、という、ね」
 テーブルの上に置かれている食材は二種類ある。
『スポンジ、クリームを作る際にはこちらを使ってください』と書かれたフリップが置かれたものと、『こちらには手を出さないでください』と書かれたもの。
 天子が手を出していたのは、後者だった。
「あなた、天邪鬼でしょ」
「……ふん」
「真面目にやらないなら帰って。
 真面目にやるなら、しっかり、私の話を聞いてなさい」
 ぴしゃりと言って、幽香は前に戻っていく。
 そして、『それでは、次の講座に移ります』と一言。
「……何よ」
 次の講座はクリーム作成講座。
 もちろん、スポンジの種が出来ていることが前提で、話は進んでいく。
 苦戦していた者達も、天子を除き、皆、スポンジの種を作ることには成功しているようだ。
「私だって……頑張るんだから……!」
 彼女はそうつぶやき、視線を上げる。
 その一瞬、幽香と視線が絡み合ったような――そんな気がした。


「ねぇ、アリス。
 あの天人、なかなか厄介ね」
「そうね。
 まぁ、彼女はいつもあんな感じよ」
 講座が終わり、片づけをしながら、二人はそんな会話を交わす。
 ちなみに、本日も『かざみ』本店は営業中なのだが、そちらを担当しているのはアリスの人形たちであった。店主である幽香がこちらにいても、特に問題は発生しない。人気商品の売り切れが続出している可能性はあるのだが。
 そのためか、アリスは幽香に店のことは特に尋ねたりはしていない。
「けど、昔の自分を見ているようじゃない?」
「私はあそこまで素直じゃない性格ではなかったわ」
「よく言うわね」
 と、コメントするアリスに対しても、彼女たちの片づけを手伝っている人形たちからは『マスターもよく言うよね』『そうかも』と言われていたりする。
「けれど、彼女、頑張ったわ」
 本日の講座のメニューは、基本中の基本、いちごのショートケーキ。
 参加者たちは、皆、『普段、自分で作るより美味しい』と言う出来のものを作ることが出来ている(その中には当然、今回が初めてという者達も含まれているのは言うまでもない)。
 天子は一人、完成品を作ることが出来なかったのだが、それでも『ケーキらしきもの』を作ることは出来ていた。
 崩れたスポンジ。どろっとしたクリーム。不ぞろいのいちご。
 彼女は回りを見て悔しそうな表情を浮かべていたが、それでもある程度の満足は得ていたらしい。
「『今度はもっと頑張る』って言ってたしね」
「へぇ」
 そんなところはかわいいわね、と幽香は言った。
「何が目的かは知らないけれど、自分のプライドへし折って頭を下げに来たんだから。
 期待していいんじゃない?」
「それはあなたがどうこうすることだから、私は何も言わないけどね。
 ……つーか、幽香。あんた、もっと真面目に講師やってちょうだいね? 誰にでも出来るレベルの技術で」
「……それってどれくらいかしら」
「おい」
 10秒あればホールケーキを二つ三つ作れる腕前の彼女は腕組みして本気で首をかしげている。
『こいつほんとに大丈夫か』な目をアリスは向けながら、しかし、幽香に任せるしかないとその場を諦め、「……じゃ、私は帰るから」と頭痛をこらえるような仕草で階段を下りていく。
「ああ、アリス。
 冷蔵庫に、あなたの分のケーキを作って入れておいたわ。持って帰って試食をお願い」
「あーもー、はいはい!」
 階下から聞こえる声に満足したようにうなずき、幽香は会場を見渡す。
 がらんとなった空間。
 そこをじっと見ていた彼女は、その口許に小さな笑みを浮かべたのだった。


「本日は、当店自慢のケーキ、『花の蜜ケーキ』を作ります」
 それから三日後。
 二度目の講座が開始となった。
 やっぱり、司会進行を担当するのはアリスだ。幽香はと言うと、相変わらず、何だかぎこちない笑みを浮かべながら『が、がんばりましょー!』とひっくり返った声を上げる。
「……あの」
 自分のテーブルを見て、手を挙げる天子。
 しかし、アリスはそれに取り合わず、幽香に講師役を任せるような発言をして、マイクを彼女に手渡している。
 天子は『……まぁ、いいか』と手を収め、黙って幽香の説明を聞いている。
 そして、
「ちょっと、いい?」
『それでは、まずはスポンジ作りから』と始まる幽香のケーキ作成講座。
 皆、先日と同じようにケーキのスポンジ作りを始めている。しかし、今回の『かざみ特製花の蜜ケーキ』は、違う。
 スポンジを作成する段階で、そこに香り付けと味付けのために幽香が用意した花の蜜を混ぜる必要がある。この比重が絶妙であり、講座に参加した面々のテーブルには、その配合表が置かれている。
『厳守』と書かれたそれを忠実に、皆、守っているようだ。
 その中で、天子はやってきた幽香に声をかける。
「何?」
「……何で私だけ、前回のやり直しなわけ?」
「あなただけまともに作れてなかったでしょ」
 出来の悪い子には補習が必要である、ということらしい。
 天子は一瞬、何かを言いかけたが、黙って幽香に従った。
 ボウルを用意し、その中に、先日のように材料を混ぜていく。
「比重を間違わないようにね」
「わかってる」
「あと、泡立ての方法も。
 わからなかったら……そうね。彼女に聞くといいわ」
 参加者の中で、最も手際がいいのはとある寺の住職だった。彼女、その寺の中でも一番料理がうまいと評判らしい。
 にも拘わらず、厨房には決して立たせてもらえないらしいのだが。
 理由はと言うと――、
「あら、幽香さん。これ、素晴らしいですね」
「そうでしょう。私が厳選に厳選を重ねて、品種改良もした花から取り出したのよ」
「とても甘くて薫り高くて……素敵なお味です」
「わかってくれて嬉しいわ。
 アリスなんて『どれ使っても一緒でしょ?』なんて、最初の頃、言ってたのよ」
「まあ。うふふ」
 ――という具合に、幽香と意気投合してしまえるほど『材料』と『手順』にこだわること。
 何せ、味噌汁一つ作るにしても、『最高の味噌』を求めて、一ヶ月の旅に出てしまうほどなのだ。そんな輩に厨房任せた日には、全員、餓死してしまうだろう。
「えっと……こうやって……」
 周りの、手際のいい人の手元を見ながら、そして先日とは違い、広げたマニュアルを見ながら、天子は不慣れな様子でがしゃがしゃと泡だて器を動かしていく。
 それでも、先日よりはずっとスムーズに出来ているのが嬉しいのか、その顔も少しだけ笑顔が浮かんでいる。
「ねぇ、早くしなさいよ!」
「はい、お嬢様」
 その隣のテーブルでは、紅の館の名物お嬢様が、連れてきたメイドがスポンジの種に花の蜜を混ぜるところを見つめている。
 本来、彼女がやらなければいけないはずなのだが、メイド曰く『お嬢様にこんな細かい作業できません』ということで代わってもらったらしい。
 なお、ケーキ作成に当たり、難しいところは全部メイドの彼女が担当し、お嬢様はスポンジやクリームの材料を混ぜ、かき混ぜる程度のことしかやっていないのを追記しておく。
 それでも出来上がったものには満足して、館の住人に『わたしが作ったのよ!』と胸を張ってしまう辺りがお嬢様がお嬢様たる所以であった。
「私の方がレミリアよりマシよ」
 天子はつぶやき、スポンジの出来を確認する。
 取り出した泡だて器から、とろりとボウルの中に落ちていくそれを見て、『ねぇ、これくらいでいいの?』と、彼女は幽香を呼んだ。
「そうね。これくらいがいいわ。
 何よ、やれば出来るじゃない」
「ふ、ふん! 当然だもん!」
「はいはい。
 じゃあ、これからクリームを作るのだけど、少し待っていて。他の人がスポンジを作るまでね」
「……わかったわよ」
「基本が大事。アレンジは基本をマスターしてからよ」
 さもないとああなるわ、と幽香が示すのは、一体何があったのか、顔をべったべたに花の蜜で汚した緑巫女の姿。
 あんなではあるが、アリスの手助けもあって、先日は無事にケーキを作れている。ちなみに、持って帰ったそれを見て、彼女の神社に在る二人の神様は『……奇跡だ』『早苗……神にも出来ない奇跡を起こしたんだね』と、ほめてるんだか徹底的にこけにしてるんだかわからない感想を投げている。
「……ねぇ」
「何?」
「……私さ、この前、帰る時に考えたの」
「ふぅん?」
「その……こっちから『教えて』って言ったのに、あんな態度取ったのはよくなかったと思うわ。
 け、けど、そう言う態度を取らせたそっちにだって責任があるんだからね! それはわかってるでしょ!?」
「はいはい」
「……私だったら、あんな態度、取られたら『なんだこいつ』って思って、多分、もう相手にしないと思う。
 けど……その……あんたは、私の相手、してくれてるよね」
「まぁね」
「……悪かったわね。ごめん」
「別に気にしてないわ」
 これまで、他人に謝ることなどしなかった彼女が、言葉だけとは言え、彼女なりに素直に幽香に謝罪する。
 幽香はそれを笑いながら流すと、前のテーブルへと歩いていき、『それでは、次は特製クリームを作ります』と声を上げる。
「ねぇ、妖夢ちゃん」
「はい?」
「天子さん、何か心境の変化でもあったのかな?」
「え?」
「……ああ、妖夢ちゃんには聞こえなかったか。
 何でもないよ。気にしないで」
「はい、鈴仙さん」
 回りよりも遥かに耳のいいうさみみ少女が苦笑を浮かべて、そして、視線を天子に向ける。
 心なしか、彼女の横顔が、いつもの彼女よりも大人びて見えたような気がした。

「じゃあ、次はクリームの作り方よ」
「えっと、生クリームと……これだっけ?」
「そう。うちはいちごの果汁を混ぜて作るの」
 だから、うちのケーキは少し赤いのよ、と幽香は言う。
 天子は言われるがままに、生クリームに砂糖といちごの果汁を混ぜ、かき混ぜ始める。
「どう? おいしそうだと思うでしょ」
「……別に。私、ケーキとか食べないし」
「へぇ、そう。
 アリス~! 以前、この子がうちで買っていったケーキのリスト、出せる~!?」
「あーもーわかったわかった!」
 天子は顔を真っ赤にして怒ると、ふん、とそっぽを向いてしまった。
 幽香にからかわれていることを察したのか、彼女の方に視線を向けようとしない天子。
 その彼女に、幽香はくすくす笑いながら、「嘘ついたって無駄なのよ」と一言。
「あなた、今回、何のためにここに来たの?」
「何のため、って。
 料理の一つも出来なきゃ……」
「なら、家庭料理を学べばいいでしょう。
 ご飯に味噌汁、漬物、その他色々。何でケーキなの。ケーキなんて食べなくても生きていけるわよ」
「か、かっこいいじゃない。お菓子が作れる人、って」
「へぇ~」
 にやにや笑いながら、幽香は天子の顔をじっと見る。
 天子は照れくさいのかそれとも恥ずかしいのか、『う、うるさいわね!』と怒鳴って、幽香から、また視線を外す。
「ほら、手元がお留守。クリームは、一度、固まったら使い物にならないわよ」
「うっさいな!」
 かちゃかちゃ一生懸命、クリームをあわ立てる天子。
 その彼女の後ろに楚々と近寄って、地底姉妹の妹が、ひょいと顔を覗かせる。
 いつものように他人の無意識の領域に入り込んでいるためか、幽香にも天子にも気づかれていないようだ。
 彼女はにんまりと笑うと、テーブルの上から、ひょいといちごをつまんで口の中に入れてしまった。
 そして、またこそこそ退散していく。無論、テーブルに戻るなり、その姉から『こいし! つまみ食いはダメと言ってるでしょ!』と怒られてしまうのだが。
「あなたは子供ね」
「はぁ? 何よ、それ。こう見えて、私は結構、長生き……」
「それを言ったら、私はあなたなんて及びもつかないくらいに長生きよ」
「うぐ……」
 幽香は笑いながら、そんなことを言う。
「それ、誰にあげたいの?」
「……別に、誰かにあげたいとかそんなんじゃ……。自分で食べたいだけだし……」
「そう」
「……?」
「まぁ、それならいいわ」
 ぽんぽん、と幽香の手は天子の頭に。
 彼女の方が、天子よりも若干ではあるが背が高い。何となく『姉にたしなめられる妹』と言う図式になっている。
「クリームを作り終わったら、これでスポンジにクリームを塗っていくの。
 あと、スポンジは三段に切って、その間にもクリームを挟むのよ。
 いちごをどう入れていくかはあなたに任せるわ」
「……ふんだ」
「美味しいケーキ、もうすぐ出来るわね」


「本日は、皆さん、お疲れ様でした。
 また次回の講座にも、ぜひ、いらしてください」
「ありがとうございました、幽香さん。おかげで美味しいケーキが作れました」
「幽香お姉さま、ありがとうございます! あの、これ、どうか受け取ってください!」
「幽香さん、わたしも!」
「私もお願いします!」
「大人気ね」
 きゃーきゃー女の子達に囲まれて、幽香はしどろもどろの状態である。
 それを外から眺めるアリスは『よかったじゃない。みんなに好かれて』と視線で言葉を送っていた。
「よし、屠自古! 早速、これを持って帰るとしよう! きっと、太子さま達も喜んでくださるはずだ!」
「それ、わたしがほとんど作ったんだけどね」
「細かいことなど気にしてはいかんと青娥殿が言っておったぞ!」
「あーもーはいはいわかったわかった……」
 アホの子のお世話は大変。誰もが納得する光景を描きながら、話をする二人は帰っていく。
「まあ、そうなのですか。
 仙人さまも、それはそれは」
「いえいえ、白蓮さんこそ」
「まあまあ」
「いえいえ」
 と、この二人はテーブルを一つ利用させてもらって、自分で作ったケーキをぱくついている。
 ちなみに、1ホール丸ごと抱えて、である。
「……胸焼けしそうです」
「だねぇ……」
「うちの幽々子さまも、さすがに1ホールは食べないって言うのに……」
「甘党恐るべし……」
 作ったケーキを丁寧に包んで持って帰る半人少女と、『これはちっちゃい子達のプレゼント』と、少しだけ嬉しそうに笑ううさみみ少女が連れ立ってその場を後にする。
「出来た……!
 出来ましたよ! 見てください、さとりさん、こいしさん!」
「……えらい不恰好ですね……」
「うわ、美味しそう! お姉さん、ちょっと食べていい?」
「はい! どうぞ!」
「わーい! ……むぐむぐ……。
 うん、ぐっじょぶ!」
「この調子で、料理下手を克服します!」
「……あはは」
 アリスの手伝いが8割から9割ほど入って、周りの参加者の中でぶっちぎり最底辺のできばえのケーキを作ってしまえる緑の巫女に、地底姉妹の姉は苦笑を隠せない。
 とはいえ、見た目は不恰好でも味はしっかりしたものが出来たのだ。彼女にとって、これは大きな進歩であるのだろう――そう、姉は思ったらしい。『もう一口』と手を出そうとする妹の後ろ襟を掴むと、『それでは、わたし達はこれで』とその場を去っていく。
「さあ、帰るわよ! これを持って帰れば、きっと、みんな喜ぶわ!」
「そうですね」
「うふふ。わたしもやれば出来るじゃない! さすがスカーレットの名を受け継ぐもの!」
「そうですね」
 威張るお嬢様の手には、今日、作ったケーキ。
 その姿を後ろで微笑ましく眺めるメイドは、内心で、『けど、作ったの、ほとんど私ですけどね』とつぶやいている。
 しかし、威張ってるお嬢様が実にかわいらしく愛らしいので、わざわざ余計なセリフを口に出すことはやめたらしい。
 彼女はお嬢様と共にその場を後にする。帰り際、『大変ですね』と視線で話しかけてくるアリスに『いえいえ』と視線で返しながら。
 ――そして。
「うまく出来た? 天子」
「……まぁ、一応」
「よかったじゃない」
 テーブルの上に置かれた、少し赤みがかったクリームが特徴の、喫茶『かざみ』のいちごショート。
 それを見つめていた天子は、声をかけてきたアリスに、顔を赤くして返答する。
「幽香の奴、なかなか教えるのが上手なのよね。
 まぁ、とんでもないスキルでやろうとするところは問題だけど」
「……そう」
「それ、生ものだから。早く食べないと傷むわよ」
「わかってるわよ。そんなこと」
「一人で食べるには、ちょっと大きすぎたかもしれないけどね」
 ケーキのサイズは、直径22センチ。一人用とはとてもいえないサイズである。
 それを氷室なり何なりで冷蔵するにしても、もって二日か三日。その間では、とてもではないが食べきるのは無理だろう。
「ちゃんと素直に言えば、こっちがそれを拒否する理由なんてないんだけどね」
「ふん」
「はい、これ」
「……? 何これ」
「幽香から」
 渡される、小さな、ラッピングされた箱。
『開けていい?』と天子は問いかけ、それをアリスから受け取る。
 ――中から現れたのは、一枚のチョコレートだった。
 表面にはホワイトチョコで『ぷれぜんとふぉ~ゆ~』と書かれている。
「……っ!?」
「隠したってばればれなのよ」
 顔を真っ赤どころか完熟トマトもかくやというくらいに赤くして、口をぱくぱくさせる天子に、アリスは笑いながら言った。
「それ、ケーキに載せて持っていってあげてね」
 彼女は反論できずにうつむいてしまう。
 とにかくひたすら恥ずかしい――その感情が全てだった。
 天子はチョコレートをしまうと、ケーキを胸に抱えて、その場から走り去ってしまう。
 スカートの裾を翻して駆けて行った彼女を見送って、アリスはつぶやく。
「ほんと、子供みたい」
 その表現は、天子を限りなく的確に表現していたのだった。


「総領娘さま! どこへ行っていたんですか!」
 彼女が天界へ帰って来るなり、目を三角にして怒る相手がいる。
 言うまでもなく、彼女のお目付け役とも言える女――永江衣玖だ。
「全くもう……。そうやって、御身がふらふらしていてはいけませんといっているでしょう。
 どうしてそれをわかってくださらないのですか。
 また地上に行ってきたのでしょう? 私も一緒に頭を下げに行きますから……」
 と、まくし立てた彼女の前に、天子は手にした包みを突き出す。
「……ん」
「はい?」
「ん!」
 うつむいて、顔を赤くしたまま突き出すそれ。
 衣玖は首をかしげながら、『……私に?』と尋ねる。
 天子は何度も何度も首を縦に振った。
 衣玖は『……はて、これは一体どういうことかしら?』と相手の行動を不審に思いながらも、「ありがとうございます」とそれを受け取る。
 そうして、
「あら……ケーキ」
「……以前、衣玖と一緒に地上に行ったでしょ」
「ええ。総領娘さまが壊した建物の修繕代金を支払うために」
「その帰りに……その……お菓子、食べたでしょ……。ケーキ……」
「そうですね」
「……衣玖、『美味しい』って言ってたから」
 衣玖とは決して視線を合わそうとしないまま、天子はつぶやく。
「……迷惑かけてごめんなさい」
 そうして、小さな小さな声で、ぽつりと言った。
 衣玖は目をぱちくりとさせながら、天子のそんな仕草を見ている。
「……謝ろうって思ってて……それで……何かきっかけが欲しくて……その……」
「それで、これを買ってきたんですか?」
「……それ、私が作った」
「本当ですか!? すごいじゃないですか! 包丁なんて握ったことがないのに!」
「うぐぐ……!」
 ほめてるんだかバカにしてるんだかわからない衣玖のセリフに、天子の顔も複雑だ。
 衣玖は何度も『そうですか』とうなずきながら、ケーキを見る。
 その時、ケーキの頭に『ぷれぜんとふぉ~ゆ~』と書かれたチョコレートの板が乗っていることに気づいたのか、『なるほど』と彼女は微笑んだ。
「ありがとうございます。嬉しいですよ」
「……あ、ありがたく食べなさいよね! この私が作ったんだから!」
「はいはい」
「そ、それじゃ、私はこれで……!」
「けれど、総領娘さま」
 ぐいっと。
 彼女の手が衣玖に掴まれる。
「それとこれとは別です。
 また勝手に地上に行って。ダメだと、何度も申し上げているでしょう」
 天子はしばらく、その場で動きを停止した後、『……うぐぐ』と呻く。
「だから、罰です」
 彼女は天子の手を引くと、自分の方に向き直らせる。
 そうして、手に持ったケーキを天子の顔の前にかざすと、言った。
「食べ物は大切にしましょう。
 ――こんなに一杯、私だけじゃ食べきれませんよ。ね?」
「……衣玖のバカ」
 彼女の言葉に隠された真意に気づいたのか。
 うつむく天子は、少しだけ嬉しそうにつぶやいたのだった。





 以下、文々。新聞一面より抜粋


 ~喫茶『かざみ』人里支店にてお菓子の作成教室開催!~

 先日、開店した、本紙読者おなじみの喫茶店『かざみ』の人里支店にて、このたび、多くの参加者を募ってのお菓子教室が開かれる運びとなった。
 提案したのは本喫茶店のパトロンであるアリス・マーガトロイド女史であり、彼女曰く、人里の、より多くの人たちとの交流を考えて今回の企画を行ったとのことである。
 お菓子教室は本喫茶店店主の風見幽香女史が直に様々なお菓子の制作方法を教えてくれる講座となっている。
 本紙記者も挑戦してみたところ、恥ずかしい話であるが、こうした洋菓子を作ったことがない当方であるが、それでも驚くくらい美味しいケーキを作ることが出来た。教え方はとても丁寧であり、本教室オリジナルのマニュアルまで配布してもらえると言う徹底っぷりである。
 美味しいお菓子を自分でも作ってみたい方。『かざみ』の味を盗んで、自宅でいつも美味しい『かざみ』のお菓子を堪能したい方。はたまた、一念発起してお菓子職人を目指す方など、参加者は問わないとのことである。
 本お菓子教室は週に二回、喫茶『かざみ』の人里支店二階で行われている。
 ただし、店主の都合などで開催時期がずれることがあるのは愛嬌である。
 参加を希望する方は、喫茶『かざみ』本店もしくは支店に置かれている申し込み用紙に必要事項を記入して、お店のポストに入れて欲しいとのこと。
 また、本紙読者に限り、本紙に付属させていただいた申し込み用紙を記入し、当方まで送っていただければ、当方が責任を持って『かざみ』に届けさせていただくつもりである。
 なお、本お菓子教室は喫茶『かざみ』のキャンペーンであるため、今のところ、開催期限は無期限であるが、キャンペーンの終了があることは記憶の片隅にでもとどめておいて欲しい。
 今なら、お菓子教室参加者全員に、先述のお菓子作成マニュアルの他、店主特製ミニチョコ詰め合わせをプレゼント中である。
 大勢の方の参加をお待ちします、という風見幽香女史の言葉もいただけている。
 一度、このお菓子教室に参加してみてはいかがだろうか? きっと、次の日からは、諸君らも見事なパティシエ・パティシエールになっているはずである。
                                      著:射命丸文
風見幽香のお菓子作成教室申込用紙

以下の項目に必要事項を記入してください。

1:お名前
2:住所
3:ご連絡方法    手紙    魔力通信    妖精ネットワーク (いずれかに○をつけてください)

以下の項目は自由記載です

4:お菓子教室に参加してみたい理由
5:かざみで一番好きなお菓子
6:店主への一言

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
あ、ありのまま今起こったことを話すぜ!
お姉さんなゆうかりんのネタを考えたら天子が妹役になっていた!
な、何を言っているんだかわからないと思うが、俺も何が起きたのかわからなかった……。
年上属性だとか生意気な妹かわいいだとか、そんなちゃちなものじゃ断じてない……!
もっと恐ろしい、ゆうかりんのてんこのかわいさの片鱗を味わったぜ……!
haruka
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コメント



0.1740簡易評価
10.100名前が無い程度の能力削除
天子愛してる。
キッチリと自分で反省して適応するのはいい子だなぁ。

相変わらずアリスに頭の上がらない幽香も可愛い!
気の弱い幽香お父さんと、肝っ玉なアリスお母さんって感じ。子供はまだですか?

しかし、幽香の技術って必要に迫られて開発された技術なんだろうなぁ。
その技術に対して、アリスはお返しをする必要がある!
具体的にはアリスデレなさい!(結論)
充分デレてる気もするけど、もうちょっと分かり易く言葉と態度で伝えてあげて下さい。
12.100名前が無い程度の能力削除
てんこちゃんちゅっちゅ
16.100名前が無い程度の能力削除
幽々子さまが1ホール食べない……? あれ、でもいつぞやはたしか……?
ま、まあ、直径が小さかったんだよね。きっとそうだよ。
17.90奇声を発する程度の能力削除
天子が良い子で良かったです
19.50名前が無い程度の能力削除
(iPhone匿名評価)
26.100名前が無い程度の能力削除
なんというかざみワールド!俺もすぐに申し込みしなくては!
39.100名前が無い程度の能力削除
幽香がケーキ作っているとこ見てみたい・・・
40.100名前が無い程度の能力削除
ゆゆさまがワンホール全部食べないのは、みょんの食べる分を考えてるからなんだろうな。