Coolier - 新生・東方創想話

またたく間にトカゲとなった

2012/08/21 22:00:35
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◆ はじまり

 紅い館にくらす魔女。
 暗い図書室、埃だらけの本棚を、
 彼女はゆっくり行き来する。
 主人のレミリアさしおいて、全ての知識はほしいまま。
 これにはさすがに、吸血鬼も困り顔。
 けれども魔女は今日だって、本の知識とにらめっこ。
 その魔女パチュリー・ノーレッジ、紫色のもやしっ子。
 今日はパチュリー大慌て。
 朝から廊下をかけまわり、司書の小悪魔よびつける。
「小悪魔どこにいるの、さっさと姿をみせなさい。
 私の司書! 使い魔!
 この本を見なさい。あなたの意見をよこしなさい」
 あわてて顔出す小悪魔は、いまだ寝巻のシュミーズ一枚。
 なんてった今は朝、陽も出たばかりでうす明るい。
 寝起きでぐだぐだ、髪はよれよれ、目元はどんより。
 一方パチュリーはいつものローブ、紫色のおきにいり。
 寝不足でぐだぐだ、髪はよれよれ、目元はどんより。
「小悪魔、なんてみっともない姿なの。
 いいえ着替える暇はなくってよ。
 さあこの本をみてみなさい」
 二人はさっそく椅子にかけ、机に本をひろげる。
 小悪魔はお茶をいれようと席を立つが、
 そんなことは許されない。
 本の熱に浮かされたパチュリーには、
 お茶を沸かす一分一秒さえ惜しいのだ。
 二人はうつろな目で本を覗きこんだ。
 重々しき文体でつづられたる問いと答えがある。

    ”貴方がもし強大な仲間を欲しがったなら?
      この魔法を実践することが近道だろう”

 つづいて、簡潔な筆跡と、シンプルな挿絵で手順がある。
「古い魔法ですね」
 小悪魔はあくびをかみしめ、かわりに言葉を漏らした。
「やはり貴方もそう思うのね」
 パチュリーは嬉々として答える。
 しかしその顔はあっという間に沈みこむ。
 それもそのはず、パチュリーは古い魔法が得意でない。
 古い魔法を扱うならば、
 三つのことを守らなければならない。
 難解な儀式。
 奇妙な呪文。
 なにより作法が大事だ。
「このいにしえの魔法は、紛うことなき魔女の魔法。
 黒服に身をつつみ、とんがり帽子をまぶかくかぶる。
 体には軟膏を塗りたくり、ウィッチボールを用意する。
 そんな魔女のための魔法!
 ああ、もうこれだけで目まいがしそう。
 けど目をそらしてはいけないわ。
 まだまだ文章は続いているの。
 この魔法には材料がいる。
 死人の歯に、海うさぎの舌、極めつけは竜の生き血。
 これらを用意しおえたら、次に待つのは複雑な手順。
 それをすっかり終えたとき、術者は呪文を唱えるの。
 ウオーホアマ・アノケトゥンエヘー・エトゥンアン、と。
 なんて、なんてへんてこな!」
 嘆くパチュリー。けれども希望がなくもなかった。
 今日の天気は朝からくもり。
 どんよりと負の力がたれこめる絶好の魔術日和だ。
 天気が味方しているのだ、
 他の何かも味方しないわけがない。
 しかるにパチュリー、気も急くあまり仕度をはじめる。
 ちょうどそのとき扉はひらく。
 おいでになったのは霧雨魔理沙。
 これにはパチュリー面食らう。
 魔理沙が朝っぱらからやってくるなど、
 中々お目にかかれない。
 まいこむ偶然、希望の一つに違いない。
 魔理沙の黒く白い服が、まったく輝いて見えてくる。
 パチュリーはさっそく魔理沙をつかまえた。
「魔理沙。ちょうどいいところにきたわ。
 そう、こんなにちょうどいいことが今まであったかしら。
 貴方は私に協力するのよ」
「なんだいきなり。私は忙しいんだ」
「ほら、月並みな言葉を吐くヒマはあるじゃない。
 うそつきね!」
 魔理沙が抵抗するというのなら、
 パチュリーも引き下がりなどはしない。
 他人の忙しさなど、
 新たな知識に夢はせる彼女には、
 マッチ一本の価値もない。
「いいこと魔理沙。この世には二つの忙しさがある。
 一つはいつでも換えがきくつまらない忙しさ。
 もう一つは、
 思いついたそのときから果たさねばならぬ真実の忙しさ。
 そこいくと貴方の忙しさは、
 これは私にも小悪魔にも断言できる、
 つまらない忙しさなのよ」
 魔理沙はまるで、今日一日を否定されたようだった。
 茫然としたあと、すかさず怒りをあらわにする。
 ところがパチュリー涼しい顔で、
 怒りの火の粉に鼻を鳴らす。
 魔理沙の息継ぎ見計らい、再び多忙の心理を解く。
 横から眺める小悪魔は、
 凛々しくも図々しいご主人に、
 なにやら羨望のまなざしだ。
 何度も。そう何度も!
 忙しさの何たるかを唱えられては、
 さすがの魔理沙も勢いそがれる。
 しまいに魔理沙は心を折られ、協力すると言ってしまう。
「さあ魔理沙。私とともに行くのなら、
 覚えておくことがある。
 探すべきは三つの材料。
 死人の歯、海ねずみの舌、竜の生き血。
 ゆめゆめ忘るべからず」
「歯に舌に、竜の生き血だって?」
「そう! 間違いなくね。豚でも牛でも、犬でも猫でもない。
 竜の生き血が欲しいのよ」
「豚の血だったらどうなるんだ」
「伝承に沿わず魔法を作ればバツが下る。
 もし豚の血を用いるものなら、
 我々は呪いをうけて豚になってしまうでしょう。
 牛なら牛に、犬なら犬に」
 魔理沙は材料とともに、必要な作法も教えられた。
 魔女の魔法を作るのならば、
 その当人も魔女らしくあらねばならない。
 魔理沙はいやいや拒否するが、それは決して避けられない。
 二人は体に軟膏を塗り合った。
 たっぷりどろどろになったところで、
 服を裏返して着用した。
 これぞ魔女の作法である。
 あいにくガラス玉は身近になかった。
 契約の印の代わりに、インクで首筋にマークを描いた。
 使い魔は小悪魔だけであり、その小悪魔は留守番をした。
 とんがり帽子は魔理沙だけがかぶっていた。
 だが心は準備万端だ。
 いざ図書室を離れんとする二人。
 館の廊下でレミリアとすれ違うと、挨拶も早々に外へ出た。
 レミリアは思わず、従者の咲夜へ愚痴たものだ。
「みて、パチェが外出を。
 服も裏返っていたし、今日は槍が降りそうね」
「はいお嬢様。私が思うに、
 より危険なものが降り注ぐ予感ですわ」
 改めてみた天気は、暗雲、灰色、かつてない魔術日和。
 パチュリーはここで気付いて、
 魔理沙に新たな言葉を授ける。
「我らが求める魔法において、
 もっとも大事なことを忘れていたわ。
 全てのしめに語るべき、魔法の呪文を。
 ウオーホアマ・アノケトゥンエヘー・エトゥンアン。
 魔理沙も覚えておきなさい」
「なんてへんてこな魔法だ」
「馬鹿らしいほどにね。
 けどそれこそが、魔法の魔法たるゆえん。
 神秘の力は神秘の言葉となっている」
 二人が呪文を反芻しあう。
 館の屋根でカラスが鳴くと、庭の隅で黒猫が走った。
 驚く二人だったが、まるで魔法が効いたようだった。
 二人はますます勢いづいて、いよいよ空へ飛び立った。


◆ 材料その一

 まずは死人の歯を探そう。
 そうパチュリーが提案し、魔理沙は無闇にうなづいた。
 なれど探す当てが分からない。
 死人の歯なぞどこにある。そもそも死人はどこにいる。
 パチュリーに問われても、
 魔理沙は答えることなどできやしない。
 死人の居場所を知らないし、体がかゆくて仕方ない。
 塗りたくった軟膏が、チクチク肌を刺激した。
 魔理沙をよそにパチュリーが、一人結論を導き出す。
「死人は道を歩かない。死人は山を登らない。
 彼らはすっかり眠って起きないからよ。
 死人の寝床を探せばよい。まったく簡単な二文字を、
 どうして今まで思いつかなかったのかしら!」
 さだまる目標。二人は向きを変えて速度をあげる。
 幻想郷の野山をこえて、人里またぎ、むかった先は命蓮寺。
 裏に回れば冷たく静かな墓地がある。
 二人は墓地にあたりをつけると、斜めに高度を下げていく。
 まったく簡単な二文字とは、墓地のことだった。
 そのとき轟音が鳴り響く。
 二人は驚き、まっさかさまに落下した。
 驚いたから落ちたのではない。
 轟音が二人の飛行を妨げたのだ。
 命蓮寺の鐘の音が、うらさびしく鳴り響く。
 パチュリーはある迷信を思いだす。
 魔女は教会の鐘の音で、空飛ぶ力が失せてしまうという。
 なるほど命蓮寺は、
 教会ではないにせよ、
 聖なる場所には違いない。
 パチュリーは腰を痛めた魔理沙に手をかす。
「いてえ。なんだよ」
「魔理沙、
 どうやら私たちはぐっと魔女に近づいているみたいよ。
 いい兆候だわ。ただし鐘の音には要注意ね」
「魔女になると神社のまわりも飛べないのかよ」
 するとこの魔女、
 自分の箒が折れてしまっていることを知る。
 愛用の竹ぼうきは、中央から真っ二つ。
 見るも無残な相棒を、茫然自失で見下ろすばかり。
 なれどパチュリーには関係ない。
 彼女は折るものをもっていない。
 ともあれ墓地に降り立った。
 二人はさっそく死人を求め、吟味の視線を墓石にむけた。
 ところが視線は奪われる。
 墓石の影からぬっと踊り出た者に、二人は思わず身構える。
 次に、よろこび。
 目の前のキョンシーを、死人と呼ばずになんと呼ぶ。
 土を掘り返さなくてよくなった、
 あとは歯を抜くだけである。
「なんだお前らー。ここは私有地だぞー」
 宮古芳香の注意など、二人の耳に届きはしない。
 それよりも見よ、芳香の口から覗く歯を。
 欠けて歪んで黄ばんでいて、これぞ死人の歯ではないか。
 二人は手早く芳香に近づき、薄汚い口に狙いをつけた。
 ところが芳香、二人の両手を瞬くうちにとらえてしまう。
 キョンシーの力の並々ならぬところである。
 これが二人の甘いところ、死人はどれも同じだと、
 鷹をくくって挑んだ結果だ。
 両腕が拘束されたとなっては、二人になす術はない。
 いつもの魔法や弾幕が、歯を抜いてくれればいいのだが。
「いきなり飛びかかってくるとは、さては悪い奴らだな」
 争うつもりの芳香を前に、二人は生唾のみこんだ。
 ところが一喝の声。
 声を発した人物に、この場の誰もがふりむいた。
「何をしているのです。ここは私有地ですよ」
 現れたのは寺の僧侶、聖白蓮その人だ。
 パチュリーはしめたとばかり、白蓮へ声をかける。
「なるほど、ここは誰の私有地ですって?」
 すかさず返ってきた声は、二つ重なる奇妙な声。
「のみこさまの!」
「わたしの!」
 遠くから耳をそばだてた者ならば、
 きっとこう聞こえただろう。

    "のわこしまの!"

 パチュリーは二人の意見を聞きとって、
 自分の都合で決めつけた。
「では聖の私有地という前提にたち、話を進めようじゃない」
「なんだとー。お前の耳はふしあなか」
「このふしあなな私のささやかなお願いを聞いてください。
 というのも実は、
 ある差し迫った仕事のために、
 なんとしても死人の歯がほしいのです。
 このふしあなでささやかな私、無茶は言わないわ。
 ただ死人の歯がほんの一本あれば、幸せになれるのよ」
 パチュリーの低姿勢に、僧侶の心が揺れ動く。
「いいでしょう、どこの誰とも知らぬ貴方ですが、
 服を裏返しに着ている貴方ですが、
 心まで裏返ってはいますまい。
 どうぞ特別に、好きな墓から好きな死人を掘りだして、
 好きな歯をお好きなように抜きなさい」
「私を無視するなら好きなだけ仲間を呼ぶぞー」
 かくして二人は死人の歯へと辿り着く。
 手近な墓からどくろを掘りだし、歯を一本ちょうだいする。
 強いていうなら、大きく太い奥歯にした。
「次へいこうぜ、日が暮れる前にな」
「そうだーさっさとどこかへ消え失せろー。
 魔女は魔女らしく、森の奥で毒りんごでも作ってろ!」
 飛び立とうとする二人だが、魔理沙が慌てて取りやめる。
 乗り物がなければ、空を飛ぶ気になりゃしない。
 慌てる魔理沙を見る白蓮、ふたたび心がかたむいた。
 彼女の良心は、大きなかまを運ぶに至る。
 人もすっぽりつっこめて、
 ぐつぐつことこと煮込めるくらいな。
 魔理沙はうろたえ、パチュリーは納得の顔。
「かつて大なべに乗って飛んだ魔女がいたそうよ。
 魔理沙、貴方はますます魔女じみてきたようね。
 私も負けてられないわ」
 二人はさっそく贈り物へと乗り込んだが、
 底がとても柔らかい。
 かと思うと猫が鳴き、なべからたくさん飛び出した。
 これも魔女の力かと、二人は顔を見合わせる。


◆ 材料その二

 体に軟膏塗りたくり、
 服はまるごと裏返し、
 大なべに乗って空を行くのは誰?
 それは魔理沙、加えてパチュリー。
 探し求める材料は、残すところあと二つ。
 海うさぎの舌に、竜の生き血。
 海がどこだかご存じないが、うさぎのすみかは知っている。
 人里より離れたところ、深い竹林にいけばよい。
 この竹林、
 方向音痴と火の元はおことわりだが、
 それ以外なら大歓迎。
 しかるに二人はどちらでもないにせよ、
 真っ青な竹林が好きではない。
 急ぎの用事も背を追い立てる。
 大がま走らせ、竹林を空の上から飛び越えた。
 うさぎの暮らす永遠亭は、あっという間に目の前だ。
 玄関前に降り立って、その全貌を見渡した。
 立派に横長、伝統ある武家屋敷のたたずまい。
 二人が玄関へ近づく前に、戸ががらがらと引き開かれた。
 踊り出たるは鈴仙・優曇華院・イナバ。
 またしても材料からおいでなすった!
 花のように揺れる耳といい、わたがしのような尻尾といい、
 セーラー服を除いてはウサギと言う他ないではないか。
 いよいよ自分の運を信じざるをえないと、
 パチュリーは魔理沙へ耳打ちする。
 魔理沙もこれにはうなづく所存だ。
 そんな二人をいざ知らず、鈴仙ゆったり口ひらく。
「なんだ、貴方たちでしたか。
 丸いものが飛んできたから、てっきり月の追っ手かと。
 まあ、とにかくご用をうかがいましょう」
 最後の言葉を聞くや否や、二人はすかさず距離をつめる。
 鈴仙は驚くひまもないうちに、
 魔理沙に羽交い絞めにされる。
 うろたえる月ウサギに立ちはだかるのは、
 不敵な笑みの紫もやし。
「さあ、海うさぎの舌を引っこ抜くわよ」
「ま、待ってください。海? そんなとんでもない。
 私は月のウサギです」
「月にも海はあると聞くわ。となると月の海うさぎね」
「私の出身は陸地です!」
 舌がなくなると今の文句も吐き出せない。
 そんな不自由はごめんな鈴仙、暴れる力もひとしおだ。
 魔理沙はがくがく必死に受け止め、
 パチュリーはただ止むのを待った。
 そんな騒ぎを聞きつけて、奥から駆け足の音がした。
 八意永琳のご登場。
 さらなるお出迎えではあるものの、
 魔女二人の眼中には、
 いまだ鈴仙のみが写る。
 この珍事に永琳は、次なる言葉を投げかける。
「あらあら御客人がた、裏返った服の治療をしてほしいの?」
「軟膏まで塗っているのに、治療なんていらないわ。
 ちょっと舌をもらいにきたの」
「舌をもらうとは物騒な。
 ただならぬ自体とお見受けしますが、
 どうぞ私めにご相談くださいな」
 さてパチュリーは語りだす。
 魔法のことから材料巡り、
 秘密の呪文に至るまで、
 全てが肝だと言わんばかりに一語一句に力をこめる。
 いやまさに、全てが肝なのだ。海うさぎの舌とても。
 そうでなければたった今、
 鈴仙と魔理沙が密着しているはずがない。
 おおよそ事情を知った永琳、するどく言葉を切り返す。
 弟子の危機は見逃せないとみた。
「貴方たちが東奔西走している理由はわかったわ。
 しかし、とんだ勘違いをしているじゃない」
「ない! 断じて、勘違いなどは一つとしてないわ」
「あら、勘違いが二つに増えたみたいね。
 まず貴方たちは、海うさぎの舌の正体をいまだ知らない。
 おつぎは、言われずとも悟りなさい」
 そして始まるのは、永琳女史の華麗なる講釈である。
「お静かに。
 魔女も私のかわいい弟子も、黙して話を聞きなさい。
 結論から申せば、
 海うさぎの舌とは、
 舌にあって舌にあらず。
 これすなわち、海うさぎの耳なのよ。
 ここで言う耳とは、
 まさしく頭にふたつ突き出た、
 ひらべったい集音器官に他ならない。
 うさぎの耳はひらべったいのに加えて、
 多少長くはあるけれど。
 舌と耳、
 紛らわしいでしょうけど、
 これも仕方のないことよ。
 昔のおっちょこちょいさんが、ある勘違いをしたからね。
 海うさぎの中で、
 ひらべったくてものを感じる箇所といえば?
 彼はこう考えました。それは舌だとね。
 さらなる不幸なことには、
 その勘違いが記録され、
 次の世代に伝わってしまったの。
 しかし彼を怨んではいけないわ。
 馬鹿げた間違いは、
 言葉の世界ではたびたび起こりえることだもの。
 さあ、分かったかしらお二方。
 貴方たちが求めるべき材料は、
 舌ではなく耳だということが」
 女史の話は、本にはのっていなかった。
 法螺を吹くなと息巻くパチュリー、
 ところが女史はけろっとしている。
 またも口から放たれるのは、
 でどころ分からぬうさぎの舌の真相だ。
 言葉は積み重なり、
 重量を増し、
 パチュリーは押しつぶされてうめき声をあげはじめる。
 ついに根をあげ、気持ちを曲げる。
「わかったわ。海うさぎの舌は、耳なのね。
 ならさっさと耳をよこしなさい」
 いつしか鈴仙の拘束も解かれ、所在なさげに立つ魔理沙。
 あんまり出番がないからと、うさぎと二人で話しこむ。
 パチュリーの催促を受けた永琳、
 すぐさまビンを持ってくる。
「これは乾燥した耳。おっと、海うさぎの耳。いや、舌よ。
 三ダースは入っているけど、一本だけあげましょう。
 けれども今日はオマケして、特別二本にしてあげます」
「やったわ魔理沙。一本に加えて二本、つまり三本も」
「誰が足し算をしろと言いましたか」
 かくして二本の海うさぎの舌が、
 乾燥のあまりパンの耳のようにも見えるその舌が、
 二人の手元に渡った。
 パチュリーは天にも昇る気分になって、
 お礼もいわず大なべへと駆け寄った。
 いつの間にやら群がるカラスを、
 罵声と手ぶりで追い払いつつ。
 ところで魔理沙はこのやり取りの隙に乗じられ、
 たらふく薬剤を買わされた。
 ガマの油、トカゲの尻尾、値が張ったのは優曇華の花。
 荷物が増えて狭くなった大なべに、同乗者は苦言を呈す。
「これじゃまるで闇鍋ね」


◆ 材料その三

 死人の歯、海うさぎの舌ときて、残すところはあと一つ。
 竜の生き血、
 恐ろしきその響きに二人の嘆息はやむことがない。
 幻想郷に竜はいない。
 あの四つん這いの火炎放射器がいなければ、
 生き血どころか爪の垢さえままならない。
 しかし忘れてはいけない。
 今日のパチュリーには希望があり、運もある。
 希望は新たな解釈となって、即座に頭にひらめいた。
「この幻想郷にも竜はいるじゃない。龍神よ。
 四つん這いではなく火炎を吐くかも疑わしいけど、
 リュウという響きはまったく同じ。
 さしあたって問題は、どうやって彼に出会うかよ」
 予想だにしない発言に、魔理沙はたまらず眉よせる。
 龍といえば幻想郷の創造神。
 伝わるのはわずかな資料と噂だが、
 その力は誰もが知るところ。
 いくらなんでも本気じゃあるまい、そう魔理沙は考える。
 不安がる魔理沙の姿は、パチュリーにはちがって見えた。
「大丈夫よ。龍神に会う方法だって、
 私はばっちり思いついたの。
 ここに幻想郷縁起があるならば、
 理由をすっかり説明できるのだけど。
 今はとにかく博麗神社へ向かいましょう」
 大なべは、
 それはそれは驚くべき速さで幻想郷の空を駆けた。
 取り巻きには大勢のカラスがいたが、
 二人は邪魔というくらいにしか思っていなかった。
 うっそうとした野山の中腹に神社はある。
 朱色の鳥居は、素晴らしい目印として機能した。
 難なく神社を見つけた二人は、さっさと庭へ降り立った。
 縁側におわすは次なる人物。
 博麗霊夢と八雲紫。
 パチュリーはまたしても、自らの幸運に感謝した。
「探さずして目標と出会うなんて、私は自分が怖いわ。
 ねえ魔理沙、もはや龍神は目の前よ。
 そう言っても過言でないわ」
 ふんぞりかえるパチュリーを、胡散臭げに見つめる霊夢。
 横で茶をのむ紫といえば、含み笑いをあやしく浮かべる。
「八雲紫、妖怪の賢者と見込んで話があるわ」
「龍神様のことかしら」
 さすが賢者で大妖怪、会話の先回りもお得意だ。
 物分かりのよさにかけて、
 勝ち目がないと知ったので、
 パチュリー素直にうなづいた。
「貴方ならば空の上の神様にだって、
 会う術があるでしょう」
「会えるわ。会ったこともある。
 けれど申し訳ない。その方法は気安く喋っちゃいけないの。
 なぜと尋ねられても言えないわ。
 そのときは、笑ってごまかしちゃうんだから」
 もとより尋ねる用意はしていない。
 紫もやしの喉の奥には、たった二つの語句しかない。

    ”よかった、ぜひ教えてちょうだい”

 あるいは、

    ”分かったわ、なら力づくで教えてもらう”

 である。
 そしてこの場合、
 パチュリーがもっと冷静だったならば、
 黙るという選択肢があったものの、
 間もなく後者が選ばれた。
 さらに合わせて、
 パチュリーがあと少し冷静だったならば、
 力に任せはしなかった。
 パチュリーは戸惑う魔理沙も巻き添えに、
 二人で空へ飛び上がる。
 紫と、ついでに霊夢も後につづく。
 弾幕ごっこが始まった。
 ところが見どころもないままに、
 二人はすぐさま不利になる。
 なんといっても、魔理沙が厳しい。
 大なべに乗っていたのでは、
 きらめく弾を前にして、
 避ける隙間がありはしない。
 たまらずパチュリー怒鳴ったものだ。
「こら魔理沙! そのどんくさいなべを捨てなさい」
 などとよそ見をしようものなら、
 雨あられの光の嵐が、
 もう目の前まで迫ってくる。
 逃げ場がなくなり、パチュリー慌ててなべの影へ。
 二人揃って隠れていると弾はやたらと降り注ぎ、
 鍋とぶつかりぱちぱち弾ける。
 これぞ好奇とみた紫が、呆れる霊夢へ指示をだす。
「しめたわ霊夢。
 ここはひとつ、ゲームと洒落こもうじゃない。
 難しいことではないわ。ビリヤードの要領よ」
 霊夢はしぶしぶ従った。
 大きな陰陽玉を取り出すと、狙いを定めて発射する。
 陰陽玉がぶつかると、なべは激しく軌道を変えた。
 ポケットにこそ入らなかったが、森の中へと落下した。
 数多の衝撃を受けた大なべは、
 もはや鉄くずに近づいていた。
 二人の魔女は鉄から這いだし、
 もやしのほうが地団太をふむ。
「なんてこと! これじゃ三つめの材料が手に入らない」
「元から無茶だったんだよ」
 魔理沙はすました顔で言い返し、
 自分の持ち物をたしかめた。
 医者から買ったものは無事だが、
 大なべだけは目もあてられぬ。
 そこで魔理沙は思いつく。
 とかげの尻尾を取り出して、荒れる仲間へ見せつけた。
「そうだ、竜だ。これも竜なんだ。
 サラマンダーというイモリがいるが、
 こいつの名前が驚くことに竜の名前と瓜二つだぜ。
 イモリを竜と思えばいいんだ。
 イモリの生き血が竜のそれだ」
「サラマンダーくらい、私だって知っているわ!
 けれど、ふん、考え方は面白い。
 魔理沙の案でいきましょう」
 二人はイモリを目標に、ひとまず森から抜け出した。
 神社へつづく階段に出たところ、
 二人を待っていたものは、
 まっくろな霧と絨毯だ。
 何事かと察する前に、
 その二つに襲われて、
 何かをしこたま投げつけられる。
 いきなり現れた狂騒も、獣臭さが答えとなった。
 これはカラスと野良猫だわ! パチュリーの声は届かない。
 あげくの果て、
 口の中に弾力あるぬめったものが入りこみ、
 息もできなくなるほど驚いた。
 ほとぼり冷めると、
 イモリにまみれた二人組は、
 ぐったりと座りこむ。
 舌に張り付くイモリを剥がして、
 パチュリーはうめくように呟いた。
「私たちは朝とは比べ物にならないくらい、
 立派な魔女に近づいているみたいだわ。
 昔からよく言うし、本にも書かれていることよ。
 カラスと黒猫は魔女の使い魔だとね。
 さっきのが証拠よ」
「やれやれ。
 その本の筆者は、使い魔の増えすぎに注意!
 とは書いてくれなかったのか」
 使い魔が集めてくれたイモリは大量。
 二人はせっせと掻きよせて、
 入れ物がないからと、
 仕方なしに魔理沙の帽子を利用した。


◆ おしまい

 満身創痍の魔理沙とパチュリー、ひっそり館へ帰宅する。
 図書室に戻るや否やパチュリーは、
 すぐさま小悪魔よびつける。
 ところが返事の一つもない。
 図書室にいないのだ。
 二人は汚れた体を気にしつつ、さっそく魔法にとりかかる。
 パチュリーは今ひとたびその内容を魔理沙へ説いた。
「いいこと魔理沙。
 必要なのは材料、手順、しきたりに魔法の呪文。
 材料としきたりは完璧よ。
 というわけで、今から手順を披露するわ。
 そのあとには、これがもっとも重要!
 魔法の呪文を唱えるの。
 画竜点睛を欠かぬように」
「もちろんだ。
 ウオーホアマ・アノケトゥンエヘー・エトゥンアン。
 みろ、へんてこな魔法の呪文もバッチリだろ」
 パチュリーは満足げにうなづきながら、
 テーブルの上に材料をひっくりかえした。
 ついに始まる魔法の作成。その手順はご覧のとおり。
 まず、死人の歯を一本ばかり、砕いてつぶして粉にする。
 そこに竜の生き血を注ぎ込み、
 ダマが消えるまで混ぜ合わせる。
 つぎは海うさぎの舌の出番だ。
 これを天ぷらの下準備のように、
 作った液体にまんべんなく浸す。
 舌が液体を充分に吸い取ったら新たな行程へいく。
 海うさぎの舌を、紙の上へと移し替える。
 ただの紙ではない。
 魔術文字と魔方陣のたっぷり書かれた、特別なものである。
 海うさぎの舌から垂れ流れる液体が、
 紙をたっぷり濡らしたところで、
 魔法の呪文をいざ唱える。
「さあ、いくわよ魔理沙。一緒に唱えるの」
 ウオーホアマ・アノケトゥンエヘー・エトゥンアン!
 二人は息の合った姿をみせた。
 しめの呪文は高らかに響き渡り、
 図書室をかすかにふるわせた。
 本棚と本棚の隙間でつぎつぎと反響して、
 やがて小さくなっていく。
 沈黙。
 じっと変化を待つ二人、ところがそよ風すら吹かない。
「不安だな。念のためにもういっかい唱えるか」
「やめなさい。手順を無視すれば呪いあるのみ。
 とは言うものの、不安には同意だわ。
 妙だもの、何も起こらない。
 強大なる仲間とやらが、姿を見せない。
 まさか人見知りというわけでもないでしょうに」
 と、そのとき、二人を包む静寂が、叫び声に破られる。
 声と同時に、二人の前に小悪魔がやってきた。
「ぱ、パチュリー様! 上が大変なことに!」
 三人は図書室を出る。
 待っていたのは地獄絵図。
 紅魔館のメイドたちは、
 哀れにも一瞬のうちに、
 かつ元の身長を残したまま、
 みんなほとんどイモリとなっていた。
 うるさく遊び回っていたメイドたちは、
 今や一層うるさい呻き声で合唱しあうばかりだった。
 叫び声の主はというと、そんな館の当主である。
「いったい何が起きたのよ!」
 部下の惨状を見渡しながら、金切り声を絞り出す。
 となりの咲夜は涙目で、鼻にハンカチあてていた。
 パチュリー他二名が現れると、
 レミリアの視線は、
 これ以上ない怒りをもって向けられた。
「パチェ! 貴方なにをしたの」
「これが魔女の魔法がもたらす力、
 失敗とはいえ恐ろしいわね」
「魔法! 貴方の魔法のしわざね! しかも失敗ですって!」
「そうよ。
 やはりイモリの血では代用できなかったというわけね。
 海うさぎの舌も怪しいところだわ」
「そんな話はどうでもいいの、さっさと元に戻しなさい!」
 やたらめったら叱りつけられ、
 パチュリーも熱をもちはじめる。
「やかましい! レミィもイモリにしてあげましょうか」
 パチュリーが啖呵をきったその瞬間、レミリアが青ざめる。
 となりの咲夜にいたっては、よろけて床にへたりこむ。
 魔理沙と小悪魔までも、情けない声をあげる。
 この場に鏡があったならば、
 本人も絶句していたはずだろう。
 パチュリーは気がつけば、見事なイモリになっていたのだ。
そそわはちょっと見ない間に、縦表示ができるようになったんですね。
驚きました。

さて、今回の話では「詩」っぽい文体を試みました。あるいは童話とも。
それに伴い、内容はかなりアリエナイ方向に進ませていただきました。
実は魔法の効果については、明確には決めていません。
今野
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コメント



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3.100もんてまん削除
縦表示、最初自分も驚きました。けれど自分的には読み慣れた横表示がいいですね。

独特な雰囲気の作品です。良いと思います。
4.80奇声を発する程度の能力削除
雰囲気も良く読みやすかったです
6.80名前が無い程度の能力削除
このリズムはほとんど童話のものだ。
それにしてもでっけえ鍋に入って空を飛ぶだなんて……クッパか。
12.100名前が無い程度の能力削除
リズムが面白いですね、あと独特な雰囲気が……てコメント被ってますやん。
 しかし忘れてはいけない。
 今日のパチュリーには希望があり、運もある。
この文章がたまらなく好きです。
13.50名前が無い程度の能力削除
(iPhone匿名評価)