私は明日未明、死ぬらしい。今日かもしれない。
また閻魔様のもとで働くと思うと鬱だが、御阿礼の子は幻想郷縁起を編纂し続ける宿命であるのだから仕方あるまい。別段非常なる苦でもない。
転生術――全ての下準備を遂行させ、いつ死んでも良いようにされてきた。時は満ちたのだ。後はそれがどう訪れるか、それが問題だ。
だいたいの目処が今日明日なだけ。なんとなくそんな感じ。
稗田阿求、27歳。早すぎる死に悔いはない。過去に8回やってきた。血を吐いて息を閉ざすだけの簡単な使命。ただ、転生を終えて景色と環境が少しだけ変わるのが、居た堪れない。
妖怪の友達はごまんといるが、かなり親しいというわけではない。どちらかというと里の人間と長い時間過ごしたかった。
いや、どうせ慣れたことだ。
ところで、私はいつか達成したいと思っていた壮大な夢がある。素朴な人間なら誰でも夢見る超能力。
――空を飛ぶこと。
羽根もなく、妖力もなく、時間もなく。自力では飛べないことは承知の上だが、どうせ死ぬなら昇天の前に試したかった。
神の力の触れんことを。
私は今、屋根にいる。庭の高い木々に囲まれているので、外からは見えない。悲劇的な瞬間は私しか見れないのだ。
腕時計を見る。午後22時30分頃。数分後に生きているかもわからない今こそ、逆に空を飛ぶ意欲が湧く。
和装で来たのは間違いではない。地獄で質素な格好で訪れては、また馬鹿にされる。どうせ真っ白な服に着替えるのだが、薄れた転生前の記憶を紡いで死を想起することができる、私しか知らない感性だ。
私は軒先に忍び寄った。下には鹿威し。瓦がずれ、ガランと音を立てる。和装が鋭利なものに触れて破ける音がした。
もし飛べたら、どうするのか。私は疑問が芽生えた。前方は草木で覆われてるが、木の根元を縫うように潜れば塀を越えられるだろう。
目的の場所はない。いずれ、藻掻き抗おうとも地獄へ行ける。幻想郷の空を飛ぶだけで充分だった。
「――飛ぼう」
私は瓦屋根を蹴って軒先から飛び出した。すると、眼科の地面はスッと後ろに消え去り、私は目を瞑るあいだに空へと舞い上がっていた。
これ以上にない喜び。人間が、私が空を飛んでいる感動は、夢中なので表すことができない。ただ、表情は爽快感に溢れ、希望を見出したようだった。
私は幻想郷を飛び回った。妖怪の山や霧の湖、博麗神社。運良く妖怪とは遭遇せず、まだ飛び続けている。
月に叢雲花に風というが、最高だ。死んでもいい。
どれくらい経っただろうか。気持ち良すぎて降りることを躊躇われた。簡単な話、空で死ねばいいのだった。わざわざ降り立つこともない。
そう思うと、心が軽い。
見上げれば満月と目が合った。
「あ、死ぬかも」
そう思った瞬間、私は浮力を失って地上へ急降下していた。
満月――死に様を照らすとは嫌味なものね。
飛んでいた場所は相当高かったらしい。まだ落下している。しかし、私は充分に幸福だった。
自分の死の時間が気になり、腕時計の明かりを付け、時刻を確認する。
午前0時00分24秒。昨日でいう明日だ。死の宣告による、約束された死。
ふと、腕時計には英語が表示されていることに気がつく。
『SAT.』
座って、ではない。三文字でも理解できる、土曜日の英語表記。サタデー。
まだ今日は土曜日になったばかりだ。まるで土曜日になった瞬間に飛べなくなったように。
――その時、これは神様の悪戯だと直感した。
私は冗談っぽく、なんとなく思ったことを口にしてみる。
「昨日は金曜日だったのか」
非常に悪趣味な神様である。
私は苦笑いした。
私は地面を叩いた反動で、もう一度天へと高く昇った。
輪廻の途へ。
空が飛べたんだし、まあいいか。
また閻魔様のもとで働くと思うと鬱だが、御阿礼の子は幻想郷縁起を編纂し続ける宿命であるのだから仕方あるまい。別段非常なる苦でもない。
転生術――全ての下準備を遂行させ、いつ死んでも良いようにされてきた。時は満ちたのだ。後はそれがどう訪れるか、それが問題だ。
だいたいの目処が今日明日なだけ。なんとなくそんな感じ。
稗田阿求、27歳。早すぎる死に悔いはない。過去に8回やってきた。血を吐いて息を閉ざすだけの簡単な使命。ただ、転生を終えて景色と環境が少しだけ変わるのが、居た堪れない。
妖怪の友達はごまんといるが、かなり親しいというわけではない。どちらかというと里の人間と長い時間過ごしたかった。
いや、どうせ慣れたことだ。
ところで、私はいつか達成したいと思っていた壮大な夢がある。素朴な人間なら誰でも夢見る超能力。
――空を飛ぶこと。
羽根もなく、妖力もなく、時間もなく。自力では飛べないことは承知の上だが、どうせ死ぬなら昇天の前に試したかった。
神の力の触れんことを。
私は今、屋根にいる。庭の高い木々に囲まれているので、外からは見えない。悲劇的な瞬間は私しか見れないのだ。
腕時計を見る。午後22時30分頃。数分後に生きているかもわからない今こそ、逆に空を飛ぶ意欲が湧く。
和装で来たのは間違いではない。地獄で質素な格好で訪れては、また馬鹿にされる。どうせ真っ白な服に着替えるのだが、薄れた転生前の記憶を紡いで死を想起することができる、私しか知らない感性だ。
私は軒先に忍び寄った。下には鹿威し。瓦がずれ、ガランと音を立てる。和装が鋭利なものに触れて破ける音がした。
もし飛べたら、どうするのか。私は疑問が芽生えた。前方は草木で覆われてるが、木の根元を縫うように潜れば塀を越えられるだろう。
目的の場所はない。いずれ、藻掻き抗おうとも地獄へ行ける。幻想郷の空を飛ぶだけで充分だった。
「――飛ぼう」
私は瓦屋根を蹴って軒先から飛び出した。すると、眼科の地面はスッと後ろに消え去り、私は目を瞑るあいだに空へと舞い上がっていた。
これ以上にない喜び。人間が、私が空を飛んでいる感動は、夢中なので表すことができない。ただ、表情は爽快感に溢れ、希望を見出したようだった。
私は幻想郷を飛び回った。妖怪の山や霧の湖、博麗神社。運良く妖怪とは遭遇せず、まだ飛び続けている。
月に叢雲花に風というが、最高だ。死んでもいい。
どれくらい経っただろうか。気持ち良すぎて降りることを躊躇われた。簡単な話、空で死ねばいいのだった。わざわざ降り立つこともない。
そう思うと、心が軽い。
見上げれば満月と目が合った。
「あ、死ぬかも」
そう思った瞬間、私は浮力を失って地上へ急降下していた。
満月――死に様を照らすとは嫌味なものね。
飛んでいた場所は相当高かったらしい。まだ落下している。しかし、私は充分に幸福だった。
自分の死の時間が気になり、腕時計の明かりを付け、時刻を確認する。
午前0時00分24秒。昨日でいう明日だ。死の宣告による、約束された死。
ふと、腕時計には英語が表示されていることに気がつく。
『SAT.』
座って、ではない。三文字でも理解できる、土曜日の英語表記。サタデー。
まだ今日は土曜日になったばかりだ。まるで土曜日になった瞬間に飛べなくなったように。
――その時、これは神様の悪戯だと直感した。
私は冗談っぽく、なんとなく思ったことを口にしてみる。
「昨日は金曜日だったのか」
非常に悪趣味な神様である。
私は苦笑いした。
私は地面を叩いた反動で、もう一度天へと高く昇った。
輪廻の途へ。
空が飛べたんだし、まあいいか。
阿求「いっそ殺せ」
心だけ飛んでるのかと思ったらマジフライトだったとは。
飛べると思ったから飛べる。幻想郷ではそんなものなのかな。
幻想郷だからこそ、と思う。
悲しくも魅せられる作品でした。
この雰囲気作りは見事。
阿礼の子十番目の名前は、最近再評価された某二代目皇帝の幼名しかありませんね