X月X日
本日、お嬢様の御側付きを拝命。
身に余る光栄。ご恩返しのためにも誠心誠意尽くさねば。
お嬢様のための日誌を書くことにする。
我が身に何事かあった際、後任の者が役立ててくれればよいが。
今宵ご挨拶をするもご機嫌が悪かったようで、一方的に私が話しかける形になってしまった。
気難しいとは聞いていた。
それ以上にとても美しいお方だった。
X月X日
御側付き拝命から今日で一週間。お嬢様がついにお声をかけてくださった。
毎日お菓子を手作りしたかいがあったというもの。今日は焼き菓子。
とても嬉しい。「ご苦労」の一言だったけれど毎日の励みになる。
偏食をなんとかできないか。
味の好みもわかってきたしお食事も私が用意する? 要相談。
X月X日
記念すべき一ヶ月目。お嬢様ともだいぶ馴れ親しんだと思うのはうぬぼれか。
お嬢様は明日から始まる戦闘訓練を楽しみにしておられるが、不安も感じられる。
私も参加すると伝えた時は安堵の色が見られた。がんばろう。
今宵はお食事を半分以上残されてしまった。
あまり厳しくしないようノーレッジ様にご相談すべきか?
しかしそれではお嬢様の誇りを傷つけてしまうかも。
がんばってお嬢様を支えよう。お嬢様が宵闇に羽ばたける日まで折れてなるものか。
リンゴで甘味を出せば。
X月X日
予定通り今日は腕試しのための狩りに出かけた。護衛として同行。領内の狩り場へ。
吸血鬼日和の曇天。雨にならなければよいがノーレッジ様もご一緒なので大丈夫だろう。
現在は洞窟でキャンプ中。護衛隊のホンメーリンと親しくなる。
私と同時期に雇われたらしい。受け持ちが違うためお互い全然知らなかった。
お嬢様は少々お疲れの様子。慣れぬ山歩きのせいか。
背負って歩かされた。ノーレッジ様に叱られてしまう。
今日の成果は野兎だけ。お嬢様は虎を狩りたいと言っている。この国にはいませんよ。
X月X日
お嬢様が大きな牡鹿を仕留められた。
見事な角と毛皮であり剥製にしようと意気込んでおられたが、加減を誤り頭部を粉砕。
大変残念がっておられた。
牡鹿を調理して皆様に振舞う。評判だった。お嬢様には心臓を。喜んでおられた。
メーリンが鹿の角と骨を煎じて薬を調合。お嬢様が昼寝していたので私も手伝う。
薬の出来はよかったのだけど、お嬢様は鹿の角が無事だったため持ち帰るつもりだったらしい。
二人して怒られてしまった。
明日帰る。
X月X日
館に侵入者。お嬢様の寝室にて発見。
警備の者はなにをやっていたのかと憤慨する。賊は相当の手だれ。
好戦的なお嬢様はみずから成敗しようとなされた。
賊は潜入と暗殺の達人のようなのに正面から挑むのはやめてほしい。
銀剣で斬られそうなところを私がかばう。
燭台で受け止めたので怪我は無かったが、私がやられたと勘違いしたお嬢様が暴れ出してしまう。
その潜在能力は驚嘆に値するもので、賊は撤退を余儀なくされた。
日中だというのにお嬢様は外まで追いかけようとする。止めるのに苦労した。
賊はメーリンが討った。功績を認められ褒美が出るとのこと。我がことのように嬉しい。
お嬢様は自分の手で討てなかったため不機嫌になってしまった。
明日はリンゴのケーキでご機嫌を取ろう。
X月X日
メーリンが戦闘訓練の格闘担当になった。ケンポーでクンフーを鍛えるとのこと。
御側付きとして当然私も参加しなきゃならない。どうしてこうなった。
メーリンとは気安い友達だったのに、上下関係が生まれてしまうとは。
吸血鬼の剛腕ははるかにメーリンを上回っているのだが、力任せの空回りばかり。
お嬢様は猪突猛進である。
メーリンの技は冴え渡っており、お嬢様は数え切れないほど地面に転がった。
「無礼者」「お父様に言いつけてやる」と喚かれる。
そのお父様のご命令でやっているのをご理解願いたい。
X月X日
正教会より聖堂騎士がワラキア領に派遣される。
討伐隊の半数が死亡。戦場に行きたがるお嬢様を止めるのに苦労する。
あまりに駄々をこねるので流水で囲わせてもらった。
貧弱なボキャブラリーで罵詈雑言を吐かれるも我慢。すべてお嬢様のためだ。
戦闘訓練の成果が出始めているのはいいが、すっかりうぬぼれておられる。
実戦経験を積むべきなのはわかるが、今の実力で聖堂騎士の相手は無茶だろう。
手ごろな雑魚が来たらお嬢様に任せるよう手配しておくか。
メーリンは無事だろうか。聖堂騎士残党の追撃に行ったまま帰ってこない。
お嬢様もメーリンには懐いておられるし、私も
帰ってきたとの連絡がたった今入った。よかった。
X月X日
お嬢様の初陣。近くの人里を焼き討ちする。
一般人ばかりなので楽勝だったが、お嬢様は部下に突撃ばかり命じてフォローに苦労する。
さすがに教会に攻め入るのに真正面から突っ込むのはないだろう。
扉には聖餅が張られており、もうちょっとでお嬢様の手が焼け落ちるところだった。
教会内部も聖餅やら聖水やら祝福儀礼の施された短剣などがあった。
なぜお嬢様はそのことごとくに引っかかろうとするのか?
戦闘訓練より戦術教育が必要なのではないか?
教会のあちこちにニンニクの花があり、すっかりニンニク臭くなってしまう。
確かにニンニクは臭くて苦手だけど、苦手ってだけで我慢できるのよね。
ニンニクに弱い吸血鬼がいたからって、すべての吸血鬼に通用するとは思わないでほしい。
X月X日
先日の焼き討ちで活躍したせいで、警備隊長に任じられてしまった。
お嬢様の突撃を防ぎ、私が隊を指揮した手腕を認められたおかげである。
御側付きのままでいたかったのだけれど、下っ端を率いられる人材が不足しているとのこと。
公に実力を認められたのは嬉しいが、手柄を横取りされたとお嬢様から妬まれる。胃が痛い。
戦闘訓練でボコボコにされる。全身が痛い。
X月X日
ワラキアで一番身軽と評判の人間が賊として侵入したらしい。
いつぞやのようにお嬢様を狙われてはたまらないので警備を厳重にする。
警備隊長になって大きな権限を得たのは、なんだかんだで嬉しいかも。
正式に配下となったメーリンにお嬢様の護衛を命ずる。彼女なら安心。
他者の目が無い時でも面白がって「隊長」と呼んでくる。
友達なんだから名前呼びでいいのに……。
格闘訓練で意地悪く「教官」と呼んでやった仕返しかチクショー。
まだまだお嬢様にお仕えしたいが、人間との争いはますます激化。
人間に討たれた吸血鬼も少なくない。
戦力増強を図らねば。
X月X日
時計台にてお嬢様が賊を発見。
時計台はあちこちに歯車があり、身軽な賊が隠れ潜むには打ってつけ。
逆に突撃思考のお嬢様は時計台を壊さないよう戦おうとしていいようにやられてしまった。
時計台を壊されては困るのだけれど、お嬢様の御身と比べるべくもない。
全身ナイフだらけになるよりは、賊ごと時計台を破壊してしまってもよかったのに。
銀のナイフではなくて命拾いした。
賊は私が捕まえた。せっかく生け捕りにしたのだし利用できないか?
お嬢様の看病もしなきゃ。
X月X日
先日の賊に呪いをかけてモンスター化させる。公の許可を取り時計台の防衛に回す。
お嬢様が暴れたせいで崩れそうだし、新たな賊が侵入したらもろとも崩してしまえばいい。
一日でお嬢様は快癒。また焼き討ちに行って汚名返上したいそうだ。
X月X日
人間との争いが激化の一途をたどる。
お嬢様も積極的に人間狩りへ参加。どうやって公を説き伏せたのか。
警備隊長になった私は城の警備のため同行できない。悔しい。
お嬢様も残念がっておられた。御側付きになった当初からは考えられない反応。
ちょっと、いや、かなり嬉しい。
地下道の罠設置の指揮を執る。
お嬢様のための日誌なのに、お嬢様の留守を記すのは矛盾めいている気が。
お嬢様が心配だ。メーリンが一緒だから大丈夫だと思うけど。
X月X日
お嬢様の消息が途絶える。
公から捜索隊を任される。
X月X日
護衛の遺体を発見。
お嬢様とメーリンの姿は発見できず。
どうかご無事で。
X月X日
ヴァンパイアハンターと遭遇。
捕らえて拷問するも情報無し。
X月X日
お嬢様とメーリンらしき容姿の者が攻め落としたと噂される城砦を探索。
破損状況から二人の仕業と思われるが手がかり無し。
X月X日
お嬢様とメーリンが昨晩帰還したとの伝令が公から届き、我々も急いで領内に帰還する。
お嬢様は部隊を全滅させてしまったため、挽回すべく人里や教会を焼いて回っていたそうだ。
それならそうとご連絡くださればよろしいものを。
メーリンは連絡を怠った罰を受けそうになったけど、お嬢様に騙されてたので減給ですんだ。
もう使い魔を報告に向かわせたと言われたらしい。
責任感じて落ち込んだメーリンを慰めるのに苦労した。
明日はお嬢様の誕生日。
リンゴのお菓子をいっぱい作ろう!
X月X日
お嬢様が重傷を負われた。
私のミスだ。
昨日、お嬢様がすでに城へ戻られていると聞いて慌てて戻った際、尾行されていた。
単身乗り込み領内に潜んでいたヴァンパイアハンターとお嬢様が遭遇。
不意打ちを受けてしまう。
手足は凍りつき、羽は焼け落ち、祝福を受けた杖で頭部をえぐられてしまった。
生きているのが不思議なくらいだ。桁外れの生命力を持つ公の血を継いでいるおかげか。
此度の失態、首を斬ってお詫び申し上げるべきだ。
だがこの状況で私が抜けては領内の防衛に支障が出てしまう。
ヴァンパイアハンターはその場に居合わせたサイクロプスの魔力によって石化させられている。
しばらくすれば完全に石と化し死に絶えるだろう。お嬢様の苦しみを存分に味わうといい。
私はなにをしていたのだ。
私の手で仇を討つべきだったのに。
私が身代わりとなるべきだったのに。
暢気にお菓子作りなんか。
もう厨房には立つまい。私はお嬢様をお守りする楯でありたい。
X月X日
警備隊長解任。
御側付きに戻る。
お嬢様はまだ目覚めない。
窓のある部屋にて毎晩月明かりを浴びせることに。
日中に陽光が入らぬよう注意を怠るべからず。
X月X日
まだ目覚めない。
メーリンが集めてきてくれた処女の生き血を少しずつ飲ませる。反応無し。
X月X日
目覚めない。
生き血にリンゴの果汁を混ぜる。
X月X日
目覚めない。
もうすぐ満月。吸血鬼の再生能力が最大限に発揮される日も近い。
X月X日
目覚めない。
最近、人間の反撃が無い。
公の勝利が決まればお嬢様も安らかに静養できるだろう。
明日は満月。お嬢様がどうかどうかご快癒されますよう。
■月X日
正教会から新たなヴァン■■アハンターが派遣されたらしい。
時計台が落とされたとの報告が。
よくない予感がする。メーリンをお嬢様の護衛に回してくれるよう公に頼みに行こう。
焦っているのか手汗が酷い。
お嬢様の部屋にメー■■と一緒に詰めている。
時計台のあいつは呪いが解け、ハンターと同行している。■しておけばよかった。
そればかりかサイク■プスが討たれ、お嬢様に深手を負わせた人間も復活してしまった。
この手で始末しに行きたいがここを離れる訳にはいかない。
ハンター達が地下道に入った。あの罠の数々を突破できようはずがない。
だが胸騒ぎが強くなる。
地下道は広大で、警■隊長だったとはいえ新参者の私には知らない領域もある。
お嬢様を避難させるべきだろうか。■■■。
此度の敵の正体は真正ヴァンパイアハンターと名高い■■■■■の末裔
エントランスを突破される メーリンをこっちに回したせい? 私の責■だ
ハ■ターの中にア■■■■様がいる模様
未だ人間の味方をなさるか。
もし死を司る■■様が敗れでもしたら奴等は■■■■■
■嬢様を逃がす
これを読んでいる者 このお方は■■■■■■
■■■ュラ公のご息女
もしもの時はどうか■■■■■■ ■■■■
X月X日
公が討たれた。
ノーレッジ様とは逃亡中にはぐれてしまう。ご無事だといいが。
この隠れ家が見つかるのも時間の問題。トランシルバニアにはもういられない。
お嬢様の容態は優れず。長距離を移動するのは危険か。
メーリンがいてくれてよかった。
X月X日
お嬢様に回復の兆し。
メーリンから漢字を教えてもらった。
ホン 紅
メーリン 美鈴
姓は赤い色を意味し、名前は美しい鈴という。綺麗な名前。
X月X日
お嬢様が記憶と正気を失っていた。
どうすればいい。
X月X日
お嬢様が暴れて逃走経路がひとつつぶれた。
すっかり気が触れてしまっておられる。
頭をえぐられたせい?
快癒できるのか?
美鈴が泣いてる。
X月X日
私と美鈴で追っ手を■■ける。教会の三下どもだ。
お嬢様は力のコントロールができず、追っ手への■撃に私達を巻き込んだ。
■まみれの私達を見て■しそうに笑っ■■た。
彼女は本当に■■様なのか。
これでは■■■することすらままならない。
X月■日
お嬢様が大暴れしたため、生存が教会に漏れた。
■■■■■が追ってく■との情報も。
なん■かしなくては。
血が止まらない。
■■X日
逃走経路は■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
追っ手を■けたかもし■■い。休まねば身体が持たない。
■嬢様に睡眠の魔法をかける。
日誌■血まみれだ。
X月X日
逃走がようやく軌道に乗った。
お嬢様を一日中眠らせるのは魔力の消耗が激しい。
最後まで持つのか。
X月X日
公。不甲斐ない我々をお許しください。
もうすぐ■■■■■■■■■■■
X月X日
■■■■へ到着。
お■様を地下に■■。
X月X日
公の娘が■き延びていると、どうせ知れ渡っているのだ。
もはや隠し立てで■■い。
■らば隠さず、その上にさらに嘘を塗り固め■■。
今日からお嬢様には■カー■■トの姓を名乗っていただ■。
悪魔が名前を偽るのは■■だが、奥方様の旧姓なので問題ないだろう。
私の■と奥方様は■■なので、名を偽らずともお嬢様の■になりすますことができる。
記憶喪失を利用させてもらおう。
レ■■ア・■■ーレッ■が公の血を引く者と宣言し、教会の目を私に向けるのだ。
吉と出るか凶と出るか。
ともあれ公の名を穢す訳にはいかな■■
我が全身全霊を持って■■を高め、いつか■嬢様にお返ししよう。
その日までお嬢様の■を演じ、公や奥方様の分まで愛を注ごう。
もしか■■ら真実を打ち明ける前に、私と美鈴は■を落としているかもしれません。
その時は、誰か信用の■■る者へこの■誌が渡るようにしておきます。
■の日誌を読んだのなら、どうか■ラン■■■様にお渡しください。
御身を欺いた罪、許され■■■思っておりません。
もし一人前にな■■た時、我■が存命であれば、如何なる罰も甘んじて受けましょう。
■■■■ールお嬢様へ。
■■キュラ公の血を引く最後の■として、誇り高く生きてくださいませ。
▼▼▼▼▼▼▼
あちこちインクや血が滲んだ日誌が燃え尽きる様をまじまじと見つめていると、慌しい足音が近づいてきた。
小さく息を吐き、天蓋つきのベッドに腰かけて漫画本を開く。
重たい扉が乱暴に開け放たれ、小さなレディが血相を変えて飛び込んできた。
レディは部屋の有様を見てわなわなと震え、こちらを凝視してくる。
「あら、ノックも無しに入ってくるだなんて、親しき仲にも礼儀ありよお姉さま」
「ふ、フッ、フラン! これは一体全体どういうこと!?」
「どうって」
フランドール・スカーレットは漫画本を開いたまま、部屋の隅の本棚を見やった。
ごうごうと燃えている。魔導書やら歴史書やらがことごとく灰へと変化している最中だった。
無事なのは、ベッドに積まれた漫画本だけ。
「漫画、読ませてもらってるわ」
「それが、どうして、私の部屋が火事になってるのよー!?」
牙を剥いて怒鳴るのは紅魔館の主レミリア・スカーレットである。
怒り心頭。今にも頭から煙が出そうだ。
実際に煙を出しているのは現在進行形で燃えてる本や調度品なのだけれど。
「落ち着いてお姉さま。単純な話よ。私は漫画を読みにきた。中央のテーブルで読んでいた。燭台を倒しちゃった。熱いから漫画本を持ってベッドに避難したの。オーケイ?」
「消火しろー!!」
レミリアが地団駄を踏むや、廊下から妖精メイドがバケツを持ってなだれ込んできた。
当主の部屋を水浸しにする勢いで次々に炎へ水をぶっかけていく。
「ええい、よりにもよって咲夜が留守でパチェが寝込んでる時に、こんな、こんな~……! あそこにはパチェから借りた超レア物の魔導書や、お父様の形見の歴史書、レミリア・スカーレット様の華麗なる自伝なんかもあったのに~」
「燃えちゃいなよそんな自伝」
どうでもよさそうに言い、フランドールは漫画を読み進めた。
妖精メイドの悲鳴や、木の弾ける音が耳に心地よい。
「苦節うん百年……ロンドンから幻想郷に引っ越して、フランもよーやくまともになってきたと思ったらご覧の有様だよ! なんなの、ねえなんなの、わざと? 嫌がらせ? 姉をイジメてそんなに楽しい?」
「うん――とっても」
それはそれは爽やかな笑顔だったという。
フランドールのその態度に堪忍袋の緒が切れ、レミリアの全身から強烈な魔力が放たれる。
嵐のような突風が部屋中を駆け巡り、ふっ飛ばされた妖精メイドは壁に打ちつけられ、火の手はますます広がった。ベッドのシーツも炎上する。
中には炎に飛び込んでしまった妖精メイドも。
「きゃああー! メイドAが火の中に!?」
「アツッ、あちゃちゃちゃー!? 助け、助けてぇー!」
「うおっ、しまった!?」
慌てたレミリアが火の中に飛び込み妖精メイドAを救助しようとする。
他にも壁に頭をぶつけて血を流してるメイド達もいて、レミリアの自室は混沌の坩堝と化していた。
漫画本のみ抱えたフランドールはゆったりした足取りで退室すると、廊下の壁にもたれて座り込み、暢気に漫画を読み始めた。部屋の中から悲鳴や救助を求める声が騒々しく聞こえ、すすのついた妖精メイドが次々に部屋から飛び出してきた。
「うおー!」
最後に、両脇に妖精メイドを抱えたレミリアが飛び出す。
片方の妖精メイドは服が焼け焦げていて、もう片方の妖精メイドは頭から血を流して目を回している。
レミリアは、服も髪も焼け焦げており、頭から血も流し、ぜいぜいと息を切らしている。
「二名、こいつ等を医務室へ。一名、応援を呼びに行け。残り、消火活動を続けろ。部屋は駄目にしていい、被害を広めるな」
『はい!』
主君のあざやかな指揮に従い、妖精メイドはいっせいに駆け出した。
気絶した同僚を背負った二名がよたよたしながら廊下の角を曲がるのを見届けると、レミリアは眉を吊り上げてフランドールを睨む。
「フラン……よくもやってくれたわね」
「漫画は無事だったんだし、別にいいじゃない」
「よくない! ああ、もう、どこでどう教育を間違ったのかしら……お父様に顔向けできないわ」
額に手を当ててへたり込むレミリア。
部屋の戸からは黒煙がもくもくと出ており、レミリアの全身もすすまみれだ。
「ねえ。家を継いだのはお姉さまなんだし、私は遊び呆けてたっていいじゃない」
「馬鹿言わない! 私の身になにかあったら、家を継ぐのはフランドールなのよ!?」
「えー? イヤよめんどくさい」
「めんどーでも継ぐの!」
「ていうかさ」
漫画本から顔を上げる。
「お姉さまになにかするよーなヤツがいたら、私がぶち壊すから大丈夫よ」
それはそれは爽やかな笑顔だったという。
予想外の愛らしい応対にレミリアは赤面してしまう。
「んなっ……!?」
「あっ、照れてる照れてる」
「照れてない!」
「フッ……くふふっ、アハハハハ」
「なにを笑ってる!」
「とおーっ」
「わっ!?」
フランドールは漫画本を投げ捨てると、すすまみれのレミリアに飛びついた。
受け止められるも咄嗟のことだったのでレミリアは尻餅を突いてしまう。
「こ、こらフラン! すすで汚れる、はしたない」
「あはは、ふふっ。ツェペシの末裔とかホラ吹いてないで、スカーレットの名を高めなさいよ」
「ホラじゃない! フラン、ツェペシの血はちゃんと受け継がれている。一人前の吸血鬼として胸を張れるよう――」
「はーいはいはい。どうでもいいわそんなこと。私がお姉さまの妹であることに変わりはないんだから」
「……フラン……?」
「そぉい!」
唐突に、フランドールは吸血鬼の剛腕によってレミリアを投げ飛ばす。
投げ飛ばした先は炎の海と化した部屋の中。
「ギャアアアアアアッ!! 火が、火がぁ~!」
「アッハハハハ! アハッ、アハハハハ!! お姉さまならそれくらい平気よね? バイバーイ」
「フラァァァン! 待ちなさい、待っ……アチチチッ!」
高笑いをしたまま、姉譲りのすすまみれになったフランドールは逃げ出した。
どうせ少々、気が触れているのだ。
紅魔館はレミリアに任せて、自分は勝手気ままに遊んで暮らせばいい。
きっと続く。
いつまでも続く。
レミリアの妹としての楽しい日々がずっとずっと。
それでいい。
そうでなきゃイヤだ。
だからまだまだ困らせてやる。
だからもっともっともわがままを言ってやる。
その妨げになるものなんか、みんな壊れてしまえばいい。
燃え尽きて灰になってしまえばいい。
部屋の壁をぶち破って火達磨のレミリアが現れる。
その形相はまさしく悪魔。
「フランー! 今日という今日は許さん、レディのいろはを徹底的に叩き込んでやる。物理的に!」
「キャハッ! お姉さまが怒ったー、逃っげろー!」
今日も紅魔館は騒がしい。
怒り心頭のレミリアが追いかけて。
楽しく笑うフランドールが追いかけられて。
妖精メイドが慌てふためき。
魔女がベッドの中で耳をふさぎ。
メイド長が帰って早々大忙しになって。
門番は平和を噛みしめながら喧騒に耳を傾け、メイド長からお土産にもらったリンゴをかじって呟く。
「"お嬢様"が望むなら、この日常を守るのも悪くない――そうは思いませんか? "隊長"」
FIN
本日、お嬢様の御側付きを拝命。
身に余る光栄。ご恩返しのためにも誠心誠意尽くさねば。
お嬢様のための日誌を書くことにする。
我が身に何事かあった際、後任の者が役立ててくれればよいが。
今宵ご挨拶をするもご機嫌が悪かったようで、一方的に私が話しかける形になってしまった。
気難しいとは聞いていた。
それ以上にとても美しいお方だった。
X月X日
御側付き拝命から今日で一週間。お嬢様がついにお声をかけてくださった。
毎日お菓子を手作りしたかいがあったというもの。今日は焼き菓子。
とても嬉しい。「ご苦労」の一言だったけれど毎日の励みになる。
偏食をなんとかできないか。
味の好みもわかってきたしお食事も私が用意する? 要相談。
X月X日
記念すべき一ヶ月目。お嬢様ともだいぶ馴れ親しんだと思うのはうぬぼれか。
お嬢様は明日から始まる戦闘訓練を楽しみにしておられるが、不安も感じられる。
私も参加すると伝えた時は安堵の色が見られた。がんばろう。
今宵はお食事を半分以上残されてしまった。
あまり厳しくしないようノーレッジ様にご相談すべきか?
しかしそれではお嬢様の誇りを傷つけてしまうかも。
がんばってお嬢様を支えよう。お嬢様が宵闇に羽ばたける日まで折れてなるものか。
リンゴで甘味を出せば。
X月X日
予定通り今日は腕試しのための狩りに出かけた。護衛として同行。領内の狩り場へ。
吸血鬼日和の曇天。雨にならなければよいがノーレッジ様もご一緒なので大丈夫だろう。
現在は洞窟でキャンプ中。護衛隊のホンメーリンと親しくなる。
私と同時期に雇われたらしい。受け持ちが違うためお互い全然知らなかった。
お嬢様は少々お疲れの様子。慣れぬ山歩きのせいか。
背負って歩かされた。ノーレッジ様に叱られてしまう。
今日の成果は野兎だけ。お嬢様は虎を狩りたいと言っている。この国にはいませんよ。
X月X日
お嬢様が大きな牡鹿を仕留められた。
見事な角と毛皮であり剥製にしようと意気込んでおられたが、加減を誤り頭部を粉砕。
大変残念がっておられた。
牡鹿を調理して皆様に振舞う。評判だった。お嬢様には心臓を。喜んでおられた。
メーリンが鹿の角と骨を煎じて薬を調合。お嬢様が昼寝していたので私も手伝う。
薬の出来はよかったのだけど、お嬢様は鹿の角が無事だったため持ち帰るつもりだったらしい。
二人して怒られてしまった。
明日帰る。
X月X日
館に侵入者。お嬢様の寝室にて発見。
警備の者はなにをやっていたのかと憤慨する。賊は相当の手だれ。
好戦的なお嬢様はみずから成敗しようとなされた。
賊は潜入と暗殺の達人のようなのに正面から挑むのはやめてほしい。
銀剣で斬られそうなところを私がかばう。
燭台で受け止めたので怪我は無かったが、私がやられたと勘違いしたお嬢様が暴れ出してしまう。
その潜在能力は驚嘆に値するもので、賊は撤退を余儀なくされた。
日中だというのにお嬢様は外まで追いかけようとする。止めるのに苦労した。
賊はメーリンが討った。功績を認められ褒美が出るとのこと。我がことのように嬉しい。
お嬢様は自分の手で討てなかったため不機嫌になってしまった。
明日はリンゴのケーキでご機嫌を取ろう。
X月X日
メーリンが戦闘訓練の格闘担当になった。ケンポーでクンフーを鍛えるとのこと。
御側付きとして当然私も参加しなきゃならない。どうしてこうなった。
メーリンとは気安い友達だったのに、上下関係が生まれてしまうとは。
吸血鬼の剛腕ははるかにメーリンを上回っているのだが、力任せの空回りばかり。
お嬢様は猪突猛進である。
メーリンの技は冴え渡っており、お嬢様は数え切れないほど地面に転がった。
「無礼者」「お父様に言いつけてやる」と喚かれる。
そのお父様のご命令でやっているのをご理解願いたい。
X月X日
正教会より聖堂騎士がワラキア領に派遣される。
討伐隊の半数が死亡。戦場に行きたがるお嬢様を止めるのに苦労する。
あまりに駄々をこねるので流水で囲わせてもらった。
貧弱なボキャブラリーで罵詈雑言を吐かれるも我慢。すべてお嬢様のためだ。
戦闘訓練の成果が出始めているのはいいが、すっかりうぬぼれておられる。
実戦経験を積むべきなのはわかるが、今の実力で聖堂騎士の相手は無茶だろう。
手ごろな雑魚が来たらお嬢様に任せるよう手配しておくか。
メーリンは無事だろうか。聖堂騎士残党の追撃に行ったまま帰ってこない。
お嬢様もメーリンには懐いておられるし、私も
帰ってきたとの連絡がたった今入った。よかった。
X月X日
お嬢様の初陣。近くの人里を焼き討ちする。
一般人ばかりなので楽勝だったが、お嬢様は部下に突撃ばかり命じてフォローに苦労する。
さすがに教会に攻め入るのに真正面から突っ込むのはないだろう。
扉には聖餅が張られており、もうちょっとでお嬢様の手が焼け落ちるところだった。
教会内部も聖餅やら聖水やら祝福儀礼の施された短剣などがあった。
なぜお嬢様はそのことごとくに引っかかろうとするのか?
戦闘訓練より戦術教育が必要なのではないか?
教会のあちこちにニンニクの花があり、すっかりニンニク臭くなってしまう。
確かにニンニクは臭くて苦手だけど、苦手ってだけで我慢できるのよね。
ニンニクに弱い吸血鬼がいたからって、すべての吸血鬼に通用するとは思わないでほしい。
X月X日
先日の焼き討ちで活躍したせいで、警備隊長に任じられてしまった。
お嬢様の突撃を防ぎ、私が隊を指揮した手腕を認められたおかげである。
御側付きのままでいたかったのだけれど、下っ端を率いられる人材が不足しているとのこと。
公に実力を認められたのは嬉しいが、手柄を横取りされたとお嬢様から妬まれる。胃が痛い。
戦闘訓練でボコボコにされる。全身が痛い。
X月X日
ワラキアで一番身軽と評判の人間が賊として侵入したらしい。
いつぞやのようにお嬢様を狙われてはたまらないので警備を厳重にする。
警備隊長になって大きな権限を得たのは、なんだかんだで嬉しいかも。
正式に配下となったメーリンにお嬢様の護衛を命ずる。彼女なら安心。
他者の目が無い時でも面白がって「隊長」と呼んでくる。
友達なんだから名前呼びでいいのに……。
格闘訓練で意地悪く「教官」と呼んでやった仕返しかチクショー。
まだまだお嬢様にお仕えしたいが、人間との争いはますます激化。
人間に討たれた吸血鬼も少なくない。
戦力増強を図らねば。
X月X日
時計台にてお嬢様が賊を発見。
時計台はあちこちに歯車があり、身軽な賊が隠れ潜むには打ってつけ。
逆に突撃思考のお嬢様は時計台を壊さないよう戦おうとしていいようにやられてしまった。
時計台を壊されては困るのだけれど、お嬢様の御身と比べるべくもない。
全身ナイフだらけになるよりは、賊ごと時計台を破壊してしまってもよかったのに。
銀のナイフではなくて命拾いした。
賊は私が捕まえた。せっかく生け捕りにしたのだし利用できないか?
お嬢様の看病もしなきゃ。
X月X日
先日の賊に呪いをかけてモンスター化させる。公の許可を取り時計台の防衛に回す。
お嬢様が暴れたせいで崩れそうだし、新たな賊が侵入したらもろとも崩してしまえばいい。
一日でお嬢様は快癒。また焼き討ちに行って汚名返上したいそうだ。
X月X日
人間との争いが激化の一途をたどる。
お嬢様も積極的に人間狩りへ参加。どうやって公を説き伏せたのか。
警備隊長になった私は城の警備のため同行できない。悔しい。
お嬢様も残念がっておられた。御側付きになった当初からは考えられない反応。
ちょっと、いや、かなり嬉しい。
地下道の罠設置の指揮を執る。
お嬢様のための日誌なのに、お嬢様の留守を記すのは矛盾めいている気が。
お嬢様が心配だ。メーリンが一緒だから大丈夫だと思うけど。
X月X日
お嬢様の消息が途絶える。
公から捜索隊を任される。
X月X日
護衛の遺体を発見。
お嬢様とメーリンの姿は発見できず。
どうかご無事で。
X月X日
ヴァンパイアハンターと遭遇。
捕らえて拷問するも情報無し。
X月X日
お嬢様とメーリンらしき容姿の者が攻め落としたと噂される城砦を探索。
破損状況から二人の仕業と思われるが手がかり無し。
X月X日
お嬢様とメーリンが昨晩帰還したとの伝令が公から届き、我々も急いで領内に帰還する。
お嬢様は部隊を全滅させてしまったため、挽回すべく人里や教会を焼いて回っていたそうだ。
それならそうとご連絡くださればよろしいものを。
メーリンは連絡を怠った罰を受けそうになったけど、お嬢様に騙されてたので減給ですんだ。
もう使い魔を報告に向かわせたと言われたらしい。
責任感じて落ち込んだメーリンを慰めるのに苦労した。
明日はお嬢様の誕生日。
リンゴのお菓子をいっぱい作ろう!
X月X日
お嬢様が重傷を負われた。
私のミスだ。
昨日、お嬢様がすでに城へ戻られていると聞いて慌てて戻った際、尾行されていた。
単身乗り込み領内に潜んでいたヴァンパイアハンターとお嬢様が遭遇。
不意打ちを受けてしまう。
手足は凍りつき、羽は焼け落ち、祝福を受けた杖で頭部をえぐられてしまった。
生きているのが不思議なくらいだ。桁外れの生命力を持つ公の血を継いでいるおかげか。
此度の失態、首を斬ってお詫び申し上げるべきだ。
だがこの状況で私が抜けては領内の防衛に支障が出てしまう。
ヴァンパイアハンターはその場に居合わせたサイクロプスの魔力によって石化させられている。
しばらくすれば完全に石と化し死に絶えるだろう。お嬢様の苦しみを存分に味わうといい。
私はなにをしていたのだ。
私の手で仇を討つべきだったのに。
私が身代わりとなるべきだったのに。
暢気にお菓子作りなんか。
もう厨房には立つまい。私はお嬢様をお守りする楯でありたい。
X月X日
警備隊長解任。
御側付きに戻る。
お嬢様はまだ目覚めない。
窓のある部屋にて毎晩月明かりを浴びせることに。
日中に陽光が入らぬよう注意を怠るべからず。
X月X日
まだ目覚めない。
メーリンが集めてきてくれた処女の生き血を少しずつ飲ませる。反応無し。
X月X日
目覚めない。
生き血にリンゴの果汁を混ぜる。
X月X日
目覚めない。
もうすぐ満月。吸血鬼の再生能力が最大限に発揮される日も近い。
X月X日
目覚めない。
最近、人間の反撃が無い。
公の勝利が決まればお嬢様も安らかに静養できるだろう。
明日は満月。お嬢様がどうかどうかご快癒されますよう。
■月X日
正教会から新たなヴァン■■アハンターが派遣されたらしい。
時計台が落とされたとの報告が。
よくない予感がする。メーリンをお嬢様の護衛に回してくれるよう公に頼みに行こう。
焦っているのか手汗が酷い。
お嬢様の部屋にメー■■と一緒に詰めている。
時計台のあいつは呪いが解け、ハンターと同行している。■しておけばよかった。
そればかりかサイク■プスが討たれ、お嬢様に深手を負わせた人間も復活してしまった。
この手で始末しに行きたいがここを離れる訳にはいかない。
ハンター達が地下道に入った。あの罠の数々を突破できようはずがない。
だが胸騒ぎが強くなる。
地下道は広大で、警■隊長だったとはいえ新参者の私には知らない領域もある。
お嬢様を避難させるべきだろうか。■■■。
此度の敵の正体は真正ヴァンパイアハンターと名高い■■■■■の末裔
エントランスを突破される メーリンをこっちに回したせい? 私の責■だ
ハ■ターの中にア■■■■様がいる模様
未だ人間の味方をなさるか。
もし死を司る■■様が敗れでもしたら奴等は■■■■■
■嬢様を逃がす
これを読んでいる者 このお方は■■■■■■
■■■ュラ公のご息女
もしもの時はどうか■■■■■■ ■■■■
X月X日
公が討たれた。
ノーレッジ様とは逃亡中にはぐれてしまう。ご無事だといいが。
この隠れ家が見つかるのも時間の問題。トランシルバニアにはもういられない。
お嬢様の容態は優れず。長距離を移動するのは危険か。
メーリンがいてくれてよかった。
X月X日
お嬢様に回復の兆し。
メーリンから漢字を教えてもらった。
ホン 紅
メーリン 美鈴
姓は赤い色を意味し、名前は美しい鈴という。綺麗な名前。
X月X日
お嬢様が記憶と正気を失っていた。
どうすればいい。
X月X日
お嬢様が暴れて逃走経路がひとつつぶれた。
すっかり気が触れてしまっておられる。
頭をえぐられたせい?
快癒できるのか?
美鈴が泣いてる。
X月X日
私と美鈴で追っ手を■■ける。教会の三下どもだ。
お嬢様は力のコントロールができず、追っ手への■撃に私達を巻き込んだ。
■まみれの私達を見て■しそうに笑っ■■た。
彼女は本当に■■様なのか。
これでは■■■することすらままならない。
X月■日
お嬢様が大暴れしたため、生存が教会に漏れた。
■■■■■が追ってく■との情報も。
なん■かしなくては。
血が止まらない。
■■X日
逃走経路は■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
追っ手を■けたかもし■■い。休まねば身体が持たない。
■嬢様に睡眠の魔法をかける。
日誌■血まみれだ。
X月X日
逃走がようやく軌道に乗った。
お嬢様を一日中眠らせるのは魔力の消耗が激しい。
最後まで持つのか。
X月X日
公。不甲斐ない我々をお許しください。
もうすぐ■■■■■■■■■■■
X月X日
■■■■へ到着。
お■様を地下に■■。
X月X日
公の娘が■き延びていると、どうせ知れ渡っているのだ。
もはや隠し立てで■■い。
■らば隠さず、その上にさらに嘘を塗り固め■■。
今日からお嬢様には■カー■■トの姓を名乗っていただ■。
悪魔が名前を偽るのは■■だが、奥方様の旧姓なので問題ないだろう。
私の■と奥方様は■■なので、名を偽らずともお嬢様の■になりすますことができる。
記憶喪失を利用させてもらおう。
レ■■ア・■■ーレッ■が公の血を引く者と宣言し、教会の目を私に向けるのだ。
吉と出るか凶と出るか。
ともあれ公の名を穢す訳にはいかな■■
我が全身全霊を持って■■を高め、いつか■嬢様にお返ししよう。
その日までお嬢様の■を演じ、公や奥方様の分まで愛を注ごう。
もしか■■ら真実を打ち明ける前に、私と美鈴は■を落としているかもしれません。
その時は、誰か信用の■■る者へこの■誌が渡るようにしておきます。
■の日誌を読んだのなら、どうか■ラン■■■様にお渡しください。
御身を欺いた罪、許され■■■思っておりません。
もし一人前にな■■た時、我■が存命であれば、如何なる罰も甘んじて受けましょう。
■■■■ールお嬢様へ。
■■キュラ公の血を引く最後の■として、誇り高く生きてくださいませ。
▼▼▼▼▼▼▼
あちこちインクや血が滲んだ日誌が燃え尽きる様をまじまじと見つめていると、慌しい足音が近づいてきた。
小さく息を吐き、天蓋つきのベッドに腰かけて漫画本を開く。
重たい扉が乱暴に開け放たれ、小さなレディが血相を変えて飛び込んできた。
レディは部屋の有様を見てわなわなと震え、こちらを凝視してくる。
「あら、ノックも無しに入ってくるだなんて、親しき仲にも礼儀ありよお姉さま」
「ふ、フッ、フラン! これは一体全体どういうこと!?」
「どうって」
フランドール・スカーレットは漫画本を開いたまま、部屋の隅の本棚を見やった。
ごうごうと燃えている。魔導書やら歴史書やらがことごとく灰へと変化している最中だった。
無事なのは、ベッドに積まれた漫画本だけ。
「漫画、読ませてもらってるわ」
「それが、どうして、私の部屋が火事になってるのよー!?」
牙を剥いて怒鳴るのは紅魔館の主レミリア・スカーレットである。
怒り心頭。今にも頭から煙が出そうだ。
実際に煙を出しているのは現在進行形で燃えてる本や調度品なのだけれど。
「落ち着いてお姉さま。単純な話よ。私は漫画を読みにきた。中央のテーブルで読んでいた。燭台を倒しちゃった。熱いから漫画本を持ってベッドに避難したの。オーケイ?」
「消火しろー!!」
レミリアが地団駄を踏むや、廊下から妖精メイドがバケツを持ってなだれ込んできた。
当主の部屋を水浸しにする勢いで次々に炎へ水をぶっかけていく。
「ええい、よりにもよって咲夜が留守でパチェが寝込んでる時に、こんな、こんな~……! あそこにはパチェから借りた超レア物の魔導書や、お父様の形見の歴史書、レミリア・スカーレット様の華麗なる自伝なんかもあったのに~」
「燃えちゃいなよそんな自伝」
どうでもよさそうに言い、フランドールは漫画を読み進めた。
妖精メイドの悲鳴や、木の弾ける音が耳に心地よい。
「苦節うん百年……ロンドンから幻想郷に引っ越して、フランもよーやくまともになってきたと思ったらご覧の有様だよ! なんなの、ねえなんなの、わざと? 嫌がらせ? 姉をイジメてそんなに楽しい?」
「うん――とっても」
それはそれは爽やかな笑顔だったという。
フランドールのその態度に堪忍袋の緒が切れ、レミリアの全身から強烈な魔力が放たれる。
嵐のような突風が部屋中を駆け巡り、ふっ飛ばされた妖精メイドは壁に打ちつけられ、火の手はますます広がった。ベッドのシーツも炎上する。
中には炎に飛び込んでしまった妖精メイドも。
「きゃああー! メイドAが火の中に!?」
「アツッ、あちゃちゃちゃー!? 助け、助けてぇー!」
「うおっ、しまった!?」
慌てたレミリアが火の中に飛び込み妖精メイドAを救助しようとする。
他にも壁に頭をぶつけて血を流してるメイド達もいて、レミリアの自室は混沌の坩堝と化していた。
漫画本のみ抱えたフランドールはゆったりした足取りで退室すると、廊下の壁にもたれて座り込み、暢気に漫画を読み始めた。部屋の中から悲鳴や救助を求める声が騒々しく聞こえ、すすのついた妖精メイドが次々に部屋から飛び出してきた。
「うおー!」
最後に、両脇に妖精メイドを抱えたレミリアが飛び出す。
片方の妖精メイドは服が焼け焦げていて、もう片方の妖精メイドは頭から血を流して目を回している。
レミリアは、服も髪も焼け焦げており、頭から血も流し、ぜいぜいと息を切らしている。
「二名、こいつ等を医務室へ。一名、応援を呼びに行け。残り、消火活動を続けろ。部屋は駄目にしていい、被害を広めるな」
『はい!』
主君のあざやかな指揮に従い、妖精メイドはいっせいに駆け出した。
気絶した同僚を背負った二名がよたよたしながら廊下の角を曲がるのを見届けると、レミリアは眉を吊り上げてフランドールを睨む。
「フラン……よくもやってくれたわね」
「漫画は無事だったんだし、別にいいじゃない」
「よくない! ああ、もう、どこでどう教育を間違ったのかしら……お父様に顔向けできないわ」
額に手を当ててへたり込むレミリア。
部屋の戸からは黒煙がもくもくと出ており、レミリアの全身もすすまみれだ。
「ねえ。家を継いだのはお姉さまなんだし、私は遊び呆けてたっていいじゃない」
「馬鹿言わない! 私の身になにかあったら、家を継ぐのはフランドールなのよ!?」
「えー? イヤよめんどくさい」
「めんどーでも継ぐの!」
「ていうかさ」
漫画本から顔を上げる。
「お姉さまになにかするよーなヤツがいたら、私がぶち壊すから大丈夫よ」
それはそれは爽やかな笑顔だったという。
予想外の愛らしい応対にレミリアは赤面してしまう。
「んなっ……!?」
「あっ、照れてる照れてる」
「照れてない!」
「フッ……くふふっ、アハハハハ」
「なにを笑ってる!」
「とおーっ」
「わっ!?」
フランドールは漫画本を投げ捨てると、すすまみれのレミリアに飛びついた。
受け止められるも咄嗟のことだったのでレミリアは尻餅を突いてしまう。
「こ、こらフラン! すすで汚れる、はしたない」
「あはは、ふふっ。ツェペシの末裔とかホラ吹いてないで、スカーレットの名を高めなさいよ」
「ホラじゃない! フラン、ツェペシの血はちゃんと受け継がれている。一人前の吸血鬼として胸を張れるよう――」
「はーいはいはい。どうでもいいわそんなこと。私がお姉さまの妹であることに変わりはないんだから」
「……フラン……?」
「そぉい!」
唐突に、フランドールは吸血鬼の剛腕によってレミリアを投げ飛ばす。
投げ飛ばした先は炎の海と化した部屋の中。
「ギャアアアアアアッ!! 火が、火がぁ~!」
「アッハハハハ! アハッ、アハハハハ!! お姉さまならそれくらい平気よね? バイバーイ」
「フラァァァン! 待ちなさい、待っ……アチチチッ!」
高笑いをしたまま、姉譲りのすすまみれになったフランドールは逃げ出した。
どうせ少々、気が触れているのだ。
紅魔館はレミリアに任せて、自分は勝手気ままに遊んで暮らせばいい。
きっと続く。
いつまでも続く。
レミリアの妹としての楽しい日々がずっとずっと。
それでいい。
そうでなきゃイヤだ。
だからまだまだ困らせてやる。
だからもっともっともわがままを言ってやる。
その妨げになるものなんか、みんな壊れてしまえばいい。
燃え尽きて灰になってしまえばいい。
部屋の壁をぶち破って火達磨のレミリアが現れる。
その形相はまさしく悪魔。
「フランー! 今日という今日は許さん、レディのいろはを徹底的に叩き込んでやる。物理的に!」
「キャハッ! お姉さまが怒ったー、逃っげろー!」
今日も紅魔館は騒がしい。
怒り心頭のレミリアが追いかけて。
楽しく笑うフランドールが追いかけられて。
妖精メイドが慌てふためき。
魔女がベッドの中で耳をふさぎ。
メイド長が帰って早々大忙しになって。
門番は平和を噛みしめながら喧騒に耳を傾け、メイド長からお土産にもらったリンゴをかじって呟く。
「"お嬢様"が望むなら、この日常を守るのも悪くない――そうは思いませんか? "隊長"」
FIN
この時点で理解してにやついてしまったw
日誌を読み進んでいくやり方と非常にマッチした面白いストーリだと思う
元より、悪魔城伝説好きなこともあって食い入るように読んでしまった。
途中、読めない文章が混じった時、もしかしたら死んだかと心配したものの……
最後の美鈴の言葉も良い味。
眼福でした。
なるほどこういう解釈もありか。
「こりゃあかん……全滅だ……」と思ったのは秘密。
相変わらず濃い話が読めて助かります。
後半のやり取りも悲惨な状況wなはずなのにほっこりしてしまいました。
しかしホァイやドゥエとやり合って生きているとはただモンじゃないね!
面白かったです。
この解釈は新しい…!
実に意外でした
フランはどうやら過去を思い出しているみたいだけど、現状を受け入れるに至る心情の変遷が不明なので、そこだけ疑問が残りましたね。
さすがです!
それでいて説得力があり
何よりすごく面白かったです!
面白かったです、こんな解釈があったとは。
面白かったです。
って事はパチェもそれを承知で親友になってくれたのか、或いは○○○の為か
美鈴との絆が割と強く描写されてて良いですね
それにしても、マクシームやアルバスみたいな奴らがバンパイアハンターじゃなくて安心した
美鈴の最後の台詞いいなぁ
愛する姉の妹で在り続ける、その望みの前には過去なんてどうでも良かったんだろうなぁ。
全てを察しているのか呟いただけか、いずれにせよ美鈴素敵です。