前・後編にする予定です。
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「いやぁ、こんな話するのもどうかと思うんですよね、実際」
「じゃあしなければいいじゃない」
いや、まだ何も喋ってないんですけど。
私――東風谷早苗は今、博麗神社に来ています。境内を掃除中の霊夢さんと談笑(?)中です。
「私まだ話してないじゃないですか」
「だから話す前に中断してあげたんじゃないの。そもそも話すのもどうかとって言ってる」
「霊夢さんには言葉の形式美が足りないですよ。そういう前置きって、相手に食いついてほしいって引っ掛けじゃないですか、基本。あ~食いついてほしいなぁ、食いついてほしいなぁ」
「はいはい、食いついた、食いついた。ぺっぺっ、マズイ餌ね」
「全然聞く気がないの?」
「全然聞きたくないもの」
う~ん、今日の霊夢さんは機嫌が悪いみたい……。
いや? まぁ昨日もこんな感じの対応を取らされた気がするんですけど。昨日と言わず一昨日だって。
「で、どうかと思う話についてなんですけど、霊夢さん」
「どうかと思うわ」
「博麗神社って、いい加減に神様とかこしらえないんですか?」
私がそう言うと、霊夢さんはややムッとしてこちらを睨みつけてきました。
「あのね早苗。私はあんたのとこみたいに、ポンコツ神様が必要なほど落ちぶれちゃいないわよ」
「ポンコツでも、いたらいたでそこそこの意味はあると思うんだけどなぁ」
「……例えばどんなよ」
「ほら、私がこうして博麗神社に遊びに来ているじゃないですか」
「ただの留守番係じゃないの、あの二人」
「留守番も出来ない様な二人じゃないですよ」
でもこの前、遅くに帰ったら台所がちょっとしたボヤ騒ぎになっていた。よく考えると、諏訪子様も神奈子さまも留守番さえできていない気がする……。
「いいわよ、留守番役なんて。だいたい泥棒に来る白黒がいたとしても、百倍返しにして生まれてきたことを後悔させてやるわよ」
ハッ、というセリフを吐き捨てて掃除を続ける霊夢さん。具体的な特徴すぎてまるでどこかの魔法使いことでも言い表しているかのようです。
「アタシを呼んだか? 来てやったぜ」
「「あ、泥棒」」
「おいおい、人聞き悪いこと言うなよ」
噂をすればなんとやらです。白と黒の衣装が特徴的な普通の魔法使いこと霧雨魔理沙さんがやってきました。
「アタシのは借りてるだけだぜ。死んだら返す主義なんだ」
その主義は死ぬまでは無効だから、主義とはいえないと思う。
「で、何の話をしてたんだ?」
「博麗神社に神様はいらないかって話です」
私が言います。
「博麗神社に留守番はいらないかって話よ」
霊夢さんが言います。
おかしいですね。確かに話の流れは間違ってもないんですけど、でもなんか違う気がするのはどうしてでしょう?
「なんだ、霊夢は一人で暮らしているのが寂しくなったのか?」
寂しい? 霊夢さんが?
「魔理沙さん何言ってるんですか。冗談もほどほどにしてくださいよ」
「そうよ、私がそんなしょうもない理由で――」
「寂しいのは霊夢さんよりも賽銭箱だと思いますよ?」
「早苗。あんた、ちょっと神社裏まで来なさい」
「あれ? ちょっと霊夢さん? いや、あの……ねぇなんで裏なんかに?」
唐突にずるずると神社裏まで連れて行かれてのち、私の意識はそこで途絶えました。
~数刻後~
「ひざげりっ!」
「お、よかったな、生きてたぜ」
身体をがガバっと起こし上げると、そこは先ほどいた神社の境内でした。目の前には、魔理沙さんの姿が。……うん? なんかお腹のあたりが少し痛いんですけど……?
「ぐったりして霊夢に引きずられてきた時は焦ったけど。まぁなんだ。命拾いしたな、早苗」
「え、ちょっと……私の身に何が起こったんですか?」
「いや、よくは知らんが、うめきごとのように『ひざが……っ! ひざ……っ!』とか言ってたけどな?」
「何それ、重症じゃないですか」
よくわからないけど頭の片隅に『紅白』『ムエタイ』という単語がひらめいた。一体何のことだろう。
考え出したら嫌な汗が止まらなさそうなので、とりあえず保留することにしておこう。こういうことで頭を遣いすぎたら、この幻想郷じゃやっていけないし。
『ちょっとぉ! なによこれぇっ!』
唐突に神社の奥の方から霊夢さんの声が聞こえてきました。しかもものすごく驚きの様子がします。
何事かと思って私と魔理沙さんが様子を見に行きました。すると、そこには何やら憤慨した雰囲気の霊夢さんが、息まいているじゃありませんか。
「うわ……っ、こりゃ酷いな」
魔理沙さんが思わず言います。霊夢さんの居たところは、神社の中にある居間。普段ご飯を食べたりしているところですね。私も何回かご厄介になりましたけど、でも今はあんまり見る影もありません。
部屋のあちこちに物が散乱していて、まるで誰かが引っかきまわしたような跡があります。これはどう考えても。
「「魔理沙(さん)、正直に言って」」
泥棒(魔理沙)に入られた光景です。
「おい、どうして何の疑いもなくアタシなんだ?」
だって、どう考えても有力候補。
「あのなぁ、アタシはお前達と一緒にいただろうが」
そう言われましても、私は気絶していたのでよく知りませんし。
「……じゃあ他に誰がやったって言うのよ……。これだけ荒らしておいて」
しかしながら、霊夢さんは納得した様子です。まぁ確かに、魔理沙さんが物を泥棒(本人は借りたって言うけど)するのって、紅魔館のパチュリーさんぐらいですしね。
ちなみに森住まいのアリスさんともよく交流があったりするみたいですけど、あの人にはやってないそうです。意外と淡白な関係なんだとか。
とりあえず、私達は部屋の中を掃除することにしました。まぁ特別大きな部屋でもないので、適度に整理したらすぐ元通りになったのが幸いです。
「ほら、だから言ったじゃないですか。やっぱり神様って必要なんだなぁ、うん」
「なんだ、早苗? 神様に掃除でもさせるって言うのか?」
「あぁそれも良いですね」
「随分と罰当たりなことだぜ」
でもあの二人が掃除なんてしようものなら、逆にしっちゃかめっちゃかしそうな気がするし……。あれ、やっぱり神様の有効活用ってそんなにないのかな?
「おかしい」
片付け終わったと同時に、霊夢さんはぽつりと言います。
「霊夢さん? 何がおかしいんですか?」
「…………」
返事がありません。今日の霊夢さんは特別冷たいです。
「おい、霊夢。とりあえず片付いたんだし、茶でも欲しいんだけどな」
魔理沙さんはそんな霊夢さんの様子などお構いなしです。
「しょうがない、ちょっと行ってくるか」
「え? あれ、霊夢さんどこ行くんですか?」
急に思い立ったかと思うと、霊夢さんは今から外に出てそのまま浮遊し始めます。
「おい、霊夢お茶はどうなるんだよ」
「勝手にしなさい。戸棚の一番上に入っているから、自分でいれて」
魔理沙さんにそう言うと、霊夢さんは飛んで行ってしまいました。
一方のところ私はと言えば、おいてけぼりです。寂しいです。ともあれ、自分には現在何の直感も働いてはいませんので、どうすることもできません。
仕方ない、ここは適当に魔理沙さんと暇でも潰しますか。
「魔理沙さん、お茶飲みましょうか」
「戸棚の一番上だったよな、確か」
「戸棚の上から二番目の、右隅です」
「お前、耳詰まっていたのか? 一番上だろ」
「いえ、こっちでいいんです」
戸棚の上から二番目の右隅を開けてみると、食器類の後ろの方に、まるで隠しているかのような形で、お茶葉がありました。
「あれ? 耳掻きはどこだったかな? アタシの方が詰まってるみたいだ」
顔をキョトンとさせながら魔理沙さんが言います。
さてさて、じゃあ魔理沙さんにお茶を飲みながら話してあげよう。さっきの片付けの時、このお茶葉を霊夢さんが大事そうに隠していたことを。
多分これ、高級茶なんですよね。
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結局のところ、霊夢さんを見たのはその日が最後のことでした。
と言っても、過ぎた日数はまだ三日ほどなんですけど。でもですよ。三日もの間、博麗神社に誰もいないだなんて、これはこれで少々大変なことなのだそうです。
いえね? 私は別にそんな焦ってもいないんです。だいたい、霊夢さんが無断で外出することくらい普通のことなだから。知ったこっちゃありません。
「違うのですよ、そういうことじゃなくて。確かにあの子がいなくなるのはいつものことなのだけど、それでも今回ばかりはちょっと厄介だわ」
そう言って、幻想郷の妖怪の長――八雲紫さんは、嘆息混じりに呟きます。
神社の境内はあの日と違って、落ち葉が思っているより散乱しています。あぁ、霊夢さんの掃除ってとりあえず意味はあったんですね。暇つぶしに行っているんだと思いました。
なもんで、私はその霊夢さんに代わって掃除をしていたりします。私の場合もこれ暇つぶしだったりするんですけど、それでも私は完璧にやるつもりです。
以前にも霊夢さんが拉致された時、こうやって掃除していたなぁ。当然、あの時も完璧に掃除していたんですけどね。
「そうですか? う~ん、厄介――なのはいつもそうですけど。でもほら、異変のときだってだいたいこんな感じなんでしょう?」
「そうね、ふらっと飛び出して行ってはふらっと帰ってくる。でもね、どんな時でもあの子が何をやっているかぐらいは分かるわ」
「異変解決じゃ?」
「……だったら、あの子だけが居なくなるのは不自然でしょう。その証拠にあなたが何も行動を起こしてないのだから」
確かに、と心の中で頷いてしまいます。霊夢さんは何かを察して行動を起こしたみたいなんですけど、あの場にいた私と魔理沙さんは、別段なんの直感も得ることはありませんでした。
異変と呼ぶには、ちょっとぬるいかもしれません。ま、私の場合は妖怪退治が楽しくてやっているところがある分、異変の内容によっては霊夢さんほどワーカーホリックにはなれないと思うんですけどね。
「お、紫じゃないか。なんだ、アタシに何か用か?」
「魔理沙。あなたこそ、どうして神社に居るのかしら?」
「留守番をすれば神様になれると聞いてな」
どうしてこの魔法使いはこうも人の話を理解していないんだろう。
「三日間が過ぎてもまだならなんだ。これはもう、永住することを考えた方が良いのか」
ケラケラ笑いながら、魔理沙さんが(さびしそうな)賽銭箱のに腰掛けます。実は魔理沙さん、この三日間ずっと神社に泊まり込みだったりします。
理由は前述の通り、実験好きな彼女の好奇心がそうさせています。
「そういえば、人間のまま神様になることって出来るのか?」
「わたし、わたし」
「別にアタシは巫女になりたいわけじゃないぜ」
現人神とはなんだったのでしょうか。私の存在オールシカトです。
幻想郷って残酷だなぁ。それとも私の信仰不足なのかなぁ。
「一つ手はありますよ」
紫さんが魔理沙さんに言います。しかもえげつない笑みを向けながら。
「何がだ? アタシの手は二つあるぜ」
「あなた不器用なのですから、手が二つあっても一つと変わらないと思うけれど?」
「じゃあそこらへんは足でカバーだ。あと箒」
「だからあなたはせわしないのです」
「不器用だからな。その上お前らと違って人間な分、時間が惜しいんだ」
「神様にでもなれば、時間が関係なくなるとでも言いたいのかしら」
「少なくとも人間よりかはな。妖怪になるよりもマシだ」
そんな欲望まみれな考えをしている人が神様になったら、それこそ幻想郷はおしまいな気がする。
「で、どんな手なんだ?」
「即身仏になって、神社に飾られれば良い。そうして奉られることによって信仰を得て、神様にだってなることができます。時間はかかると思うけれど」
「なんて汚い手だ」
「生きた人間が超越したいなら、そのくらいはしないと」
そんな話をされたら私の立場はどうなるのでしょうか。
「あぁ、もしかしたら霊夢のやつ。即身仏になっていたりしてな」
唐突に魔理沙さんがそう言いました。霊夢さんが……即身仏?
「……いえ、それはないでしょう。それだったら結界に異常があるはずだから」
紫さんも一瞬それを考えてようですけど、しかしすぐさま言い返します。確たる証拠として結界の保持を引き合いに出してくるあたり、霊夢さんの重要性を再認識させられます。
しかしながら、これはこれで妙です。
「あの、紫さん。霊夢さんが行きそうな所に心当たりは?」
「……知っていたら、ここには来ていなわ」
そう、結界のことをすぐさま例に引くということは。まるでそれ以外の情報はないと、そう表しているのと変わりがない。つまり、霊夢さんのことを確かめる情報は現在のところ、その程度しかないのです。
「紫さんが分からないなんて、どうしたんですか? 霊夢さんに限らず、だれかれ構わず唐突にストーカーのごとく現れるじゃないですか」
「冬が近いから、寝不足気味なのよ」
つまりあんまり本調子じゃないと。
「誰かに聞いたりしなかったんですか?」
「残念ながらすでに八件ほど廻ったったわ。ちなみにあなたの神社にも行った。当然のこと空振りだったけど。というか、いくらは私が全快じゃないからと言って……こんなに索敵能力が落ちるなんてありえないことですわ」
「霊夢さんは敵ですか」
「人生は日々、戦場で生きているのと同じなのよ」
だとしたら、この幻想郷はどんなに平和な戦場なんだろうか。残酷何だか、慈悲深いんだか訳が分からない。
「それでもね、八件廻ってそれこそある事実には気がついたわ」
「そろそろ冬眠の時期なのか?」
魔理沙さんがどうでもよさげに聞きます。霊夢さんの死亡安否を振ってきたくせに、もう興味が失せてしまったみたいです。どうせ冗談半分で言ったからなんでしょうけど。
「ええ、今も凄く眠いですわ」
「布団ならあるぜ、アタシが使ってるけどな」
「人の家で寝るほど、私の尻は軽くない」
「そうだな、アタシの尻は軽いぜ。箒に乗るとき重いと大変なんだ」
「私は箒に乗る必要もないので」
ちなみにこの前、魔理沙さんの箒を貸してもらいましたが、とてもじゃないけど痛くて長時間も乗っていられませんでした。尻が軽いというのも案外間違ってはいないと思います。慣れとかもあるんでしょうけど。
「それで、ある事実。といっても大したことじゃないの。ただ単に、霊夢の情報がまったく得られないという事実があっただけ」
「それって……つまり?」
「分からないかしら? あんな有名人が、まったくもって人の目に留まらないなんて、あり得ると思う? 情報提供者は全員特に怪しい態度もありませんでしたし」
「……でも結界があるっていうことは、幻想郷には居るってことなんですよね?」
「そういうことになりますわね」
幻想教に居るはずなのに、幻想郷で姿が見えない。大がかりなかくれんぼでもしてるんでしょうか?
「おやおや、お三方? こんなところで何をしてらっしゃっるんですか?」
全然話も見えてこず、思案も面倒になってきたころ。突如として突風が吹き荒れ、一人の少女が舞い降りてきました。半袖ワイシャツにフリル付きのミニスカートが特徴的な、私が住んでいる山の神社のご近所さん。
「どうもこんにちわ。今日も清く正しい射命丸です」
「夕刊ですか?」
「号外です」
新聞記者の射命丸文さんは、そう言って一枚の紙を渡してきます。えーとなになに………………っ?
「あの、すいません。これって一体?」
「ええ、私もビックリですよ。まさかこんなものが見つかるなんて、ああでもなんか触れたら危険そうだったのでまだ警戒態勢なんですけどね」
文さんのくれた新聞。そこにあった貼ってあった写真は、おおよそ私がよく見慣れたものでした。というよりも、今現在、目の前にいる人物の特徴そのものです。
「あれ、どうかしたのかしら? ちょっと見せてくださらない?」
「あ、どうぞどうぞ」
「いらないわ。一枚あれば十分」
言って、紫さんは私から新聞をぶんどります。そして、しばらく新聞を読んでいくうち、紫さんの顔つきが不機嫌そうに曇っていきます。
「これは……何の冗談かしら?」
やや食い気味に突っ掛かる紫さん。
「あれ? てっきり私は紫さんが仕込んだものだと思っていたんですけど? 違うんですか?」
記事とともに記載されていた写真。
そこには、朽ちてボロボロになった――八卦の萃と太極図を描いた紫色の服を着たガイコツの姿が記載されていたのです。
そうまるで、大妖怪こと八雲紫の亡きがらだとでも言うように。
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「え? 霊夢さんがいなくなっちゃったんですか……?」
悪趣味写真を見せつけられて『あ、こりゃいけないな。さすがに異変調査しないとー』なんて、そこそこ正義感に駆られて飛翔中。私の横を飛んでいる文さんが、怪訝な顔つきをしながら聞いてきます。
「ええ、三日ほど前から」
「月にでも行ってるんですかね? これはスクープの予感がします。あとで調査しなければ……」
「あぁ、その可能性もあるのかぁ……」
前にも霊夢さんが月に行ったことがあったし、なくはない気もする。
でもそれって、現実的には無理ですよね。あの当時だって大がかりなロケット(ガラクタ)で行ったんですし。三日間ですぐに用意できるほどの物じゃあないでしょう(いくらガラクタでも)。
「それで、文さん。例の場所はどこなんですか?」
「山の中腹辺りです。今朝がた、日課の巡回をしていた白狼天狗が見つけたんですがね、しかしこれがおかしいんですよね」
「おかしいって?」
「いえじつはですね――」
言いつつ、文さんは私の後方へと回りこみます。そしてカメラを取り出して――
パシャパシャ!
「きゃあっ! ちょっと何やってるんですかっ!」
パンツを撮られました。
思わず、その場で停止してしまいます。
「は……っ! すいません、身体が勝手にっ!」
最悪だこの人。
身体が勝手に盗撮を行ってしまう。もしもこれが痴漢の言い訳なら、もう厄介なことこの上ありません。生まれながらの犯罪者です。社会的に抹殺だー。
これはあとでお仕置きの必要があるなぁ……。
とは言え、今はこの変態盗撮犯に例の現場を教えてもらうことが最優先ですから、それまでは生かしておかなければ。そのあとは――まぁご想像にお任せします。
「それで、文さん……。おかしなことって?」
憤慨する気持ちを抑えながら、私は聞きます。あぁ、私はなんて我慢強いのでしょう。
「ピンク……」
「怒りますよ、さっさと答えて」
どうしよう、我慢じゃ押さえつけられないほどの殺意が……っ!
「あやややや、いえ。すいませんピンクさん」
「誰がピンクですか、誰が」
いい加減にパンツのことから離れてほしい。
もう嫌だこの人。この感想を胸に抱き、ことの調査が終わった後、必ずお仕置きをする覚悟をしつつ私達は再び移動します。
「それがですね、例のガイコツがいつからあったのか不明なんですよ」
「今朝がた見つけたってことは、昨日のうちに何らかの形であったんじゃないんですか? あぁ、そうですよ。紫さんファンの人が、昨日の夜のうちに同じ格好をして妖怪に食べられちゃったとか」
現在のところ、私の中の有力な説はこれです。妖怪が他の妖怪を食べることは稀です。なにせ餌となる人間がいるのですから、わざわざ厄介な思いをして妖怪を食べるなんて、力自慢でもなきゃしません。
「けどですよ、早苗さん。紫さんファンの人間ともなると、この幻想郷じゃニッチな気がしませんか? それに紫さんは滅多なことじゃ人前に現れませんし、それにそもそも大妖怪八雲紫の恰好をして山に入るだなんて、周りの妖怪に余計な刺激を与えてしまうじゃないですか」
まぁ逆の発想で、紫さんの恰好をすることによって自分を強く見せる。そういう意見もありますけど。
と、射命丸さんも自身の見解を述べてきました。
「それに、あのガイコツの着ている服なんですけど、どうもかなり年季の入ったものなんですよね、これが。なんと言いましょうか……こう、昨日や今日ボロボロになった感じじゃないと言うか……」
確かに、写真を見る限りでは服は朽ちていて、ボロボロと表現するよりはむしろ風化しているとでも言った方がピッタリな印象でした。考えれば考えるほど謎は深まるばかりです。
面倒だなぁ、もっとシンプルな異変は起きないものでしょうか。
そんなこんなの会話を続けてながら飛ぶこと数分。文さんが山の方に指を差します。指定したポイントは何の変哲もない山の中腹にある、木々が生い茂った場所。
降りてみると、一応は厳戒態勢なのか五人の白狼天狗さんがその地区を囲っていました。うわぁ、まるで刑事ドラマの殺人現場みたいだー。
「あら、こんな何にもないところにあるわけ?」
私達が到着すると同時に、紫さんがスキマを使って現れました。いきなりヌッと現れるのは毎度のことなので、もう特に驚いたりしません。
『げぇっ! 八雲紫だっ!』
『一番っ! 三番っ! 守備体型をっ! 二番四番は私とともに弾幕用意っ!』
『『『『了解っ!』』』』
警備をしていた白狼天狗さん達はビビりまくりですが……。
「紫さん、最近妖怪の山で何かしたんですか?」
「あら、失礼なこと言わないでくれるかしら? 私は何もしていません」
いえ、明らかに胡散臭いんですけど。
「けど私の式が何かをした可能性は否定しないわ。この前、山のあたりで結界の調査を頼んだから」
しっかりとした心当たりあるじゃないですか。
「それにしても紫さん写真を見た後すぐにスキマで移動したのに、どうして今頃になって到着したんですか? もうとっくにここへ着いていると思ったのに」
「勘違いしては困るのだけど、いくら私でもこんな何にも特徴のない場所を見つけるのは難しいのです。だから、あなた達が到着したと同時にスキマの座標をあなた達の居る場所へと固定したの」
なるほど、つまりスキマのポイントはこの場所ではなく私達に合わせていたと。
「あら、そう言えば魔理沙はどうしたのかしら?」
「留守番しています」
『言っただろう、私がなりたいのは仏じゃないんだ。そんなもの見たって何の得にもならないぜ』
とのこと。
私だって好き好んで死体が見たいわけじゃないんですけどねぇ。でもここ、私の家(神社)の近所ですし無関心でいるのもどうかと思いまして。
「それで、あれが例の死体かしら」
嘆息混じりに紫さんがガイコツのあるところまで近づいていきます。それにつられて、私と文さんも一緒に近づいていきます。
『うわぁっ! 来たっ!』
『ダメだ逃げろっ! もうあんな目にあうのはこりごりだっ!』
『ああっ、三番逃げんなてめぇっ! アタシが先だっ!』
『あんたも逃げんなよっ!』
『そう言ってるあなたも逃げてるでしょうがっ』
そして白狼天狗さん達は一目散に逃げてしまいました。ホント、何したんでしょうね。
まるで化物でも見たかのような怯えっぷりでしたよ。
「……あれ? 臭くない……ですね?」
「そりゃあそうに決まってるじゃないですか。ガイコツですよ? 早苗さんはあまり見慣れたことがないのですか? 私達天狗は、たまに山に捨てられる人間を見ることがあるので、特に珍しくないんですけど。思っているより無味無臭ですよ、骨なんて」
「いえ……そうじゃなくて」
そりゃ、骨からそんな異臭がするなんて思ってはいなかったけど。
「昨日今日に見つかったばかりの白骨死体なのに、腐敗臭がしない。そう言いたいのかしら?」
私の疑問をズバリ紫さんが的中させます。
「あ、はいそうです。なんか、多少なりとも匂うかなって思ったんですけど」
もうこれは、完全に出来上がった死体……。出来上がりすぎて、何の匂いも死体としての違和感もない。まるで……ずっと前からそこにあったかのような、当然の存在感がそこにある。
これが昨日今日で出来たものなのでしょうか?
「良い線いってるわよ、ピンクちゃん」
「ちょっと待ってください、紫さんも私のパンツ覗いたんですか?」
「そう、これはどう考えても昨日や今日のものじゃない。でも現れたのは今朝がたのこと。不可解な点が多いですわ」
「ねぇ、聞いてないんですかっ!? これって意外と私のプライベートも心配なことなんですけどっ!」
「……そういえばこの死体。人の形がそのまま残っているわね」
「あやややや、そう言えばそうですね。骨だけになっているとはいえ、完全に人の形が残ったままだなんて」
「あれ、シカトなの?」
これだから妖怪って嫌いだ。
「……この死体、死因はともかくとしても、食べられた訳じゃないことは確かね」
「え? どうしてですか?」
「気がつかないかしら? だってこれ、どう考えても身体を人のまま保ちつつ朽ちていった感じがするわ。骨に異常は見当たらないことを見ると、死因は病気かしら。それだったら、妖怪に食べられなかったのも頷けるし」
あぁ、なるほど。確かにそうですね。よく考えてみれば、こんなに原形留めたままで死ぬなんて食べられたんじゃあり得ないことだ。仮に食べた後、パズルのように組み合わせたのだとしてもここまで違和感なく残っているのは、妙なことです。
「……というか、これは人間じゃないわね」
「え? そうなんですか? じゃあ妖怪ですか? もしかして天狗さん?」
「早苗さん、滅多な事言わないでくださいよ。私達天狗がこんな恰好するのは勇気が要りますって。それにここに来る途中でも話しましたけど、その線は薄いはずです」
こんな紫さんと寸分たがわない格好していたら、挑発でもしているのかと思います。と射命丸さん。
言われてみれば、縦社会に厳しい天狗さんがそんなことするのはそこそこ厳しいものがあるかもとは思えます。
仮に紫さんのことをリスペクトしていて、同じ格好をすることを紫さん本人に言って許しを得たとしても、他の妖怪にはこの格好は刺激が強すぎます。格好の的です。
「いいえ、あなたたち。勘違いしないでほしいのだけど、これは天狗じゃなければその他の妖怪でもなんでもないわ。特に集団社会を築くような、同じ種類の仲間が存在するような妖怪じゃない。まぁ最初から予想はしていたのだけど」
神妙な顔つきで紫さんが言います。
そして次に彼女から出てきた言葉は
「多分これは……私ね」
と、今までの考察はいったいなんだったのかと思ってしまうような、しょうもないものでした。
「……紫さん、双子だったんですか?」
「えぇっ! スクープじゃないですかっ! これは驚きですよっ! 『実は双子だった! 幻想郷の賢者の秘められた過去』で明日の一面は決まりですねっ!」
「あのねぇ、あなた達。人の話を最後まで聞きなさい」
人の話をシカトする人に言われたくない。
「現物を見てそれなりに納得できました。考察をしたことと、この格好。それに頭蓋骨の形から察するに、これは私自身の死体と見て間違いありません」
自分の頭蓋骨を見て自分だと理解できる人は珍しいと思う。
「……あのでも一体どういうことなんですか……? 紫さんは今ここにいるじゃないですか。これが紫さんだとしたら……」
「えぇ、それは私にもよく分かりませんが。でも、自分が自分を見ていてそうだと理解できたのだから、それ以上に理由はいらないでしょう」
なんとも曖昧なことを言いますが、しかしどこか納得した様子の紫さん。う~ん、どういうことなんでしょうか。同じ人間が二人もいるだなんて、まるでドッペルゲンガーじゃないですか。
「ふぅ……。ともかく、この死体は私が預からせて――」
ザザ……。
紫さんが喋っている時のことでした。突然、何かのノイズのようなものが辺りに響き渡ります。
ザザ……! ザザザザ……!
ザザザザザザザザザザザザ……!
ノイズはどんどん唸りを大きくし、空気が振動していきます。
「な、なんですか……っ! いったい……っ!」
「ああ、死体がっ!」
誰かがそう言い、気付きます。
死体の方を見てみると、そこには死体の周りの空間が歪んでいるのが確認できました。まるで、ノイズが死体のことを飲み込んでいくような。
パシュンッ! 擬音にすればそんな感じの音とともに、突如としてあの白骨死体は跡かたもなく消失してしまいました。そして、代わりに。
「……玉手箱……?」
死体のあった場所には、黒い玉手箱が一つ置かれていたのです。
とりあえず、今起こったことがなんだったのか分からなかったけれど。
「開けて……みます?」
「「ええ、そうしましょう」」
「ちょっと、二人ともなんで私から距離を取るんですか……!」
一目散に逃げやがりました。だから嫌いなんです妖怪。
とはいっても、このまま玉手箱とにらめっこをしていたって進展はありません。はぁ……。気が進まないけど、やるしかないですよねー。
「ん……。なんかすごく硬いんですけど……この箱……っ!」
ギチギチとという小気味いい音をしつつも、しかし全く開く気配のない箱。私、そんなに力持ちじゃないんだから、こんなに堅く絞められると困ります。もう握力が限界です。
「ちょっと貸して御覧なさい。……っ!」
「ひゅわっ!?」
あんまりにも蓋が硬かったので、紫さんにバトンタッチして渡そうとすると。
バチッ! 持った瞬間に紫さんの手から火花のようなものが飛び散ります。……これってもしかして。
「結界ですかね? 妖怪の類が触ると危ないやつ」
「……どうやらそのようね。あぁ……危うく手をやけどしてしまうところだったわ」
「あやややや、やっぱり触らないで正解でした……」
遠くの方で射命丸さんのそんな声が聞こえてきます。いえ、あなた。今の一瞬でどこまで逃げたんですか、足早すぎでしょう。
「それにしても、なんでまたこんなことを……? 一体だれが……」
「あら、それはだいたい想像がつくじゃない。結界の類を使えるのなんて、結界の制御をしている私か私の式、もしくは神職に努めているような人たち。つまりあなたか霊夢ということになるでしょう」
納得です。幻想郷でも結界使っているのなんて限られています。だとすると、これは。
「霊夢さんが仕込んだんですかね?」
「そうね、その可能性は非常に高いと思うわ」
紫さんが自身の触れることのできない結界を張るわけがない。紫さんの式も同様に。私に至っては、こんな玉手箱を見たこともないし、そもそも結界が貼ってあったことも知らない。
とすれば必然、これは霊夢さんがやったものだと結論が出ます。
「あなた、この結界を解けるかしら」
「やるだけやってみますけど……。でも一体どういうことなんですかね? なんでいきなり現れた箱に霊夢さんの結界なんかが?」
「賢者だからといって答えを何でも知ってるわけじゃないのよ? 私にだって、答えられる内容とそうでないものがあるわ。まぁでも、その結界がだれ宛かくらいは予想できるけれどね?」
「……もしかして、私ですか?」
結界を無視して触ることができるのは人間だけ。しかも今、玉手箱を入手しているのは私です。こう考えるのはあながち間違えでもないでしょう。
「半分正解だわ。恐らく正解はあなたか魔理沙、そのどちらかだったはずよ」
「あぁ~、なるほど。確かにこんな山奥まで来る人間なんて、私と魔理沙さんくらいなものですもんね」
言って、ちょっと傷つきます。これってうちの神社に人間の参拝客が来ないことを自分で言い表していますもんね。やっぱり山にロープウェイでもつけるべきなんですよ。そうすれば人里からも人が来るのに。
「でも結界が張ってあるような物を魔理沙さんに届けようとしますかね?」
「そうしたらそうしたで、魔理沙は無理やりにでもこの結界をこじ開けようとあなたを頼ってくるでしょうし。私が霊夢だったら、どっちでもいいから拾ってもらえればいいと思うわね。ま、箱の中身にもよりますけど」
すごい観察力です。なんかもう、ほんと賢者っぽい。
「さて、ということで。とりあえずあなたはそれをどうにかして開けてくれるかしら。私はちょっと出かけるところができたので」
「開けたら勝手に見ちゃいますけど良いですか?」
「構わないわよ。あなた達宛のものなのだから。それじゃあね」
スキマの中から手をフリフリして、紫さんは飄々と去って行きました。
「あやややや、私もいったん家に帰りましょうかね。ここまでのことを記事にまとめておきたいですし。早苗さんはどうしますか?」
いつの間にか近くに戻ってきていた文さんが言い寄ってきます。
「私は博麗神社に行こうと思います」
「おや? ご自宅に帰っちゃえばいいじゃないですか。結界を解くなら別に博霊神社でなくともいいのでは?」
「いえでも、100%結界を解く自信があるわけじゃないですから。もしも手づまりの時、なんにも手掛かりがないと厳しいですし」
博麗神社にだったら手掛かりぐらいはあるかも。そんな予想を立てた上でのことです。
「なるほど……。分かりました、ではまた何か進展があったら取材させてください。ではでは――」
「あ、待ってください」
飛んで行ってしまおうとする文さんの手を掴んで制止させます。
「あや? なんですか、まだ何か用が?」
何か用? 当然じゃないですか。逆にこっちの方が重要です。
「文さん。あなたのパンツは何色なんですかね?」
その日、山の中腹から天狗の断末魔が響き渡りました。
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「お? 戻ってきたのかよ? 山の方に帰って行ったのかと思ったぜ」
「そんなまるで人を鳥みたいに」
博麗神社に帰ってくると、居間で本を読みながら魔理沙さんがくつろいでいました。こっちは大変な思いをしていたっていうのにこの人は……。
「それで、何かお土産はないのか?」
「魔理沙さんじゃないんですから、そんなどこかに行くたび物を盗ってきたりしませんよ。あ、でも大したものじゃなかったら、とりあえずありますけど」
「大したものじゃなくても大歓迎だぜ」
「これです」
「大したもんだっ! 宝箱じゃないかっ!」
持ってきた玉手箱を渡してみますと、魔理沙さんはハキハキとしながら喜びました。宝箱じゃなくて玉手箱ですよ。学がないのがバレバレです。
「何が入ってるんだっ?」
言いつつも、魔理沙さんは玉手箱に手を掛けます。聞く前に開けようとするのなら聞いてこなければいいのに。
「うぎ……っ! う、ぎぎぎぎぎ……っ! ぶはぁっ! なんだこれ、反抗期かこの箱はっ!」
しかし案の定、結界によって蓋は開きませんでした。やっぱりね、馬鹿力でも無理ですよね。
というわけで、このまま平行線をたどって延々と玉手箱と格闘する魔理沙さんを見ていてもよかったんですけど、そうしている間にも時間は過ぎていくので、事態を進めるためにも憤慨する魔理沙さんに先ほどの白骨死体についての経緯を説明しました。
「なんだよ、それ。じゃあこんなもの、ただのガラクタと同じじゃないか」
「ですから、今からこれを開けようと思ってるんじゃないですか。まぁどのくらい時間が時かかるかは分かりませんけど」
「おいおい、それまでアタシは生殺しじゃないだろう。気になってしょうがないぜ。こんなことならアタシも着いて行けばよかったぜ、まったく……」
「来ないって言ったのは魔理沙さんの方じゃないですか。あ、そうだ。もう一つお土産がありますよ? これもどっちかって言うと大したものじゃないんですけど」
「お? なんだ、それを先に言えよ。一体何を――」
「はい、どうぞ」
さっき手に入れた妖怪パンツですけど。
「……お前は一体なにをしてきたんだぜ?」
「異変調査ですけど?」
「じゃあこれは何なんだぜ?」
「黒のヒモパンですけど?」
しかも脱ぎたてほやほやです。
「ということで、私は結界を解くためにしばらく試行錯誤しますから邪魔しないでくださいね」
「ちょっと待とうなっ!? 待とうなだぜっ!? これは誰のパンツなんだっ!?」
魔理沙さんが何やらごちゃごちゃ言ってますが、今は構ってあげられません。私は私でこの不可解な玉手箱のことを調査しないと。まずは広い場所に移りましょうかね。とりあえず、いつものように賽銭箱前で色々やってみましょう。もしも結界が暴発して家が吹き飛んだら嫌ですし。
ちなみに後日談ですが、これからあとの数日後、魔理沙さんがついに下着ドロまでやりだしたという噂が幻想郷で蔓延します。発信元はどこかの黒い翼が生えた少女だったとか。
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「あっかないじゃないのーっ!」
久しぶりにこんな声を出しました。でもしょうがないじゃないですか。あれから数時間、何をやっても開かずじまい。手当たり次第にそこらへんの物を調べて、何かこの結界に対する有効な策があるかどうかも探してみたけど、それも見つからず。
あぁ、諏訪子様……。神奈子……早苗はもうくじけそうです。助けてください。……おうちに帰ろっかな……。
「もう夕飯の時間だ。今日はてんぷらが食べたいぜ」
「あっち行っててください……。冷やかしに来たのなら帰って……」
「大丈夫か? 疲れてないか? 少し休むか? 飲み物持ってこようか?」
「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……っ! 急に優しくしないでください! 泣いちゃうでしょうっ!」
「面白い奴だぜ、今のお前」
なんだろう、おもちゃにされてる気がする。
「まぁなんだ、こういうことは意外と単純な方法で解決するもんだ」
ポンと魔理沙さんが私の頭を撫でてくれます。ちょっと、キュンとしちゃうじゃないですか。やめて。
「そいうわけで。あ~、あ~……うん。あ~↑。あ~↓。あ~☆」
急に発声練習をし始める魔理沙さん。え? 最後のってどうやるんですか?
「よし、早苗。宝箱をあそこにおけ」
「え? あ、はい」
魔理沙さんが指定したのは、神社の参拝道の途中。中心部あたりです。普通で考えたら魔理沙さんのやりそうなことぐらい分かったはずなんですけど、この時の私は鬱憤が溜まっていたせいで気がつかなかったんです。
言われた通り、私は玉手箱を置きます。それから「よし、離れていろ」と魔理沙さんに言われて7歩ほど箱から離れます。
「よしっ、いくぜっ! マスタースパー」
「すとーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっぷっ!」
やりやがりました、コンチクショウっ! そんなことしたら玉手箱ごと中身も吹っ飛ぶでしょうがッ!
即座にすっ飛んで、ミニ八卦炉を持っている手ごと押さえつけます。
「離せ、早苗っ! この三日間神社に籠りっぱなしでこれ使う機会も少なかったんだっ! だから言わせてくれッ! いい機会なんだっ!」
「何気に私情挟んでますって! 優しい顔して近づいてきたと思ったらこれですかっ! っいうか言うだけですまないでしょうがっ!」
「うるっせぇっ! 離しやがれっ! 久々にでかいの一発撃っとかないと、色々とパンパンになっちまうんだよっ!」
「冒頭部分で自由気ままに飄々と会話してたの誰っ!? 今ここにいる人と喋っている会話のカテゴリー全然違うんですけど!?」
「うがぁ……っ! マ……マスター……」
「あぁ……っ! すっごいちからっ! 全然押さえつけられないっ!」
「マスタースパークッ!」
「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
あんまり擬音を追加すると子供っぽくなるので、ここはあえてこう表しておきましょうか。
世紀末の核戦争って、これと同じくらい酷いのかな……。
「……ふぅ……。スッキリしたぜ」
「しくしくしくしくしく……。もう終わりました……もうだめです。早苗は使命を果たせませんでした……」
私達は一体何をしているのでしょうか……。
気がつくと、神社の地面は黒く焼け焦げて、玉手箱は――
「…………って? 残ってる……?」
「お、ホントだぜ。消し炭にしてやった――じゃなくて。な? 言っただろう? こうやってとりあえず力に任せて単純に考えてみるのも手のうちなんだ」
どの口が言ってる。どの口が。
地面は酷く焦げて、石畳も黒々としていますがしかし玉手箱には傷一つ付いてません。恐る恐る接近してみますあっついっ! 熱いですって!
「あ~あ……。これじゃあ中の物、溶けちゃってるんじゃ……」
アイスとかだったらごめんなさい、霊夢さん。もうドロドロになってます絶対。
「それにしてもアタシのマスパを喰らっても平気だなんて、その箱いったいどうなってるんだ?」
その言い方だとやっぱり箱を壊すこと前提で打ったんですか、あなた。
「う~ん、恐らくは結界の影響なんでしょうけど……。とにかく冷まさないことにはどうにもできませんね。魔理沙さん、家の中から氷持ってきてもらえますか?」
「それより氷の妖精でも捕まえてこようぜ。そっちの方が手っ取り早い。それにアタシの調子が良いんだ。今なら妖精百匹と戦っても負けないぜ」
換算する相手が妖精なあたり、小心者もののような気がします。
「そっちの方が時間かかりますよ。さっさと冷ましましょう。ほら、冷蔵庫冷蔵庫」
とり急いで、私は魔理沙さんと氷を持ってきて、玉手箱に周りや上に置きます。
箱の上に乗せた時、ジューッという音とともに氷が見る見る解けていきます。目玉焼きを焼いているみたいな音がする。
「ちょんちょん。よし、大丈夫ですね」
「なんだ、今のちょんちょんは。可愛さアピールか?」
いいじゃないですか、口に出して言うくらい……。疲れてるんですよ、こうでもしないと自分を保てません。摂氏温度も和らいで、触れるようになった玉手箱を持ち上げる。すると、ちょっとした違和感を感じました。
「……なんかカタカタと……」
パカッ。
何の気なしに蓋に手を当ててみると、なんと思いもかけず簡単に蓋が開いてしまいました。
え~。私の数時間の努力はなんだったのでしょうか。こんなに頑張ってくたくたになったというのに……。もうあれだ、幻想郷も嫌いになりそうだ。
「おうっ! ほらみろ! やっぱり単純だったじゃないか! やっぱり困った時はパワーだぜ」
黙ってください、破壊狂。あなたみたいな人がいるから私みたいな悲劇のヒロインが生まれるんです。
「で、何が入っていたんだぜ?」
「これは……手紙ですかね……? あ、霊夢さんの字です」
入っていたの霊夢さんからのお手紙でした。しかしながら、手紙と表すにはあまりにも単純で。しかしながら、とても伝わりやすいものでした。
『シキュウ、コウリンドウヘイキナサイ
モウヒトツノゲンソウキョウカラ、モトノゲンソウキョウヘ
ジカンガナクナッテシマウマエニハヤク』
切羽詰まっていたのでしょうか。
何せその文字は血で書かれていたのですから。
なんか、まぁ、色々あったみたいですが
応援させて下さい。
頑張れ