「もみもみー」
「何でしょう」
「私ってどう思う?」
「天狗として、いえ生物として終わってますね」
「酷いっ!?」
後輩が辛辣だ
いや後輩じゃなくて部下なんだけどそう呼ぶのはなんか慣れないし、なんとなく嫌だからそう呼んでるのだが。
もみもみ…本名は犬走椛って名前らしいんだけど、私は可愛いからそう呼んでる。
椛は真面目だ、生真面目?取り敢えず仕事は出来る天狗なんだと思う。依頼はちゃんとこなすし先読みもできるし頭の回転も速い。白狼天狗だから身体能力は申し分ないし、白狼哨戒隊の中でも一目置かれるくらいの人格者だそうで。
引き籠りでもそれぐらいの噂は入って来るもので、だから幼馴染の文が当の本人を連れてきた時は本当に驚いたものだ。
「はたてが新聞を作るなんて言うから監視役件手伝いとして椛を付けときました」って凄い笑顔で言われたら頑張らない訳にはいかないのだ、なんたってあれでも私の唯一にして極稀な幼馴染なんだもの。
…言えない、「新聞を作るなんて言えば誉めてもらえると思った」なんて一言も言えない。
▼△▼
「今日も元気に新聞仕上げるよ!」
「ごちゃごちゃ言ってないでさっさと仕上げて下さい」
今日も相変わらず椛が辛辣だ。
折角天気が良いと言うのに仕事を休ませてくれそうにない。
そんな事言うと「天気が良かろうと良く無かろうとあなたは外に出ないでしょうが」とかまた辛辣な事言われるのだが、全部合ってるから言いかえせないのだが。
しかし面倒な事になったものだ
元々「いい加減仕事しろ」「ついでに結婚しろ」とか会う毎会う毎におかんの如く突き詰めてくる文を黙らせるための口実として…いや半ば自棄を起こして「だったら新聞書くわよ」と言っただけに過ぎない。
まあ一枚か二枚書けばそれで文は満足すると思ったのだが…まさか監視役を付けられるとは思わなんだ、自分の後先考えなさにこの時ばかりは後悔した。
まあ、監視役も付いているから仕事はする、暑いけど。
こう見えてもやるときはやる天狗なのだ、暑いけど。
やるけど集中力やら体力がそこまで持つわけも無く、特に前者の方の消耗は著しいので机に突っ伏して許しを請う。
「もみもみ、疲れた」
「気合いが足りないです」
「気合いで何とかなる事って少ないんだよ?」
「気合いの出し惜しみをする貴方には言われたくないです」
「うぐぅっ」
またこちらの心を抉る一言を言いおるわこやつ
確かに仕事のできる椛からすると私は気合が足りないに違いないし苛つくのも分かる。
だがこちとら無理に力が出る訳でも無く、かと言って彼女を無理に断る事も出来ず、ただじとっとした視線で睨みつけるしかできないのだ。
「こっち見ないで下さい」
「ごめんなさい」
あ、やべえ。顔を見られたくないぐらい嫌われてるわこれ。
って言うより白狼天狗に諌められる烏天狗ってどうなのだろう、上司が見たら卒倒するに違いない光景だが。
確かに椛は出来る天狗だ、それは分かる。
しかもスレンダーな体つきで凛々しい顔立ち、男性天狗からの受けも良いと聞く。告白されるたびに断っているらしいのだが勿体ない事だ。
きっと彼女は良い母親になるだろう、そう思う。
さて、ここで私と比べてみよう。
長い間引き籠っていた所為か体力や運動神経は絶望的に無い。
変な所に付いてしまった脂肪のせいで空を飛ぶのに抵抗があるし目線が痛い。
日の光を嫌うように遮っていた所為か血色の無い肌は青白く不気味。
そんな引き籠り生活を送る原因となったこの念写、一度撮られた物しか写せないこの能力は新聞作りにはとても向かない。
加えて文は拙いし構成力は無し、〆切なんて知ったこっちゃない、とてもじゃないけど上手に新聞は作れない。
取材をしようにも、その、誰かを目の前にすると急に頭の中が真っ白になって、何を考えていたのかが分からなくなって。
…駄目だ、勝てる気がしない
と言うより生きてて申し訳ないぐらいな気がしてくる。
「もみもみ」
「はい」
「迷惑かけてごめん」
「そう思ってるならちゃっちゃと仕事終わらせてください」
「はい」
口調は厳しいけど冷蔵庫からアイスを出してくれた、首筋にあてられて思わず「ひゃん」なんてらしくない声が出る。
アイスは貴重な冷却成分なので先っちょから丁寧に食べる、でもあまり勿体ぶるとすぐ溶けてしまうので程々にして全体を咥える。こうするとアイスの全てを美味しく食べられるのだって文が言ってた気がする。
「―――――はたてさん」
「うん?あ、ラムネ味美味しい」
「狙ってるんですか?」
「うん?」
きっと椛は私がラムネ味が好きな事を知っていて買ってくれるんだと思う。
辛辣だけど椛は優しい、大好き。
▼△▼
来たと思ったら「体力づくりをしましょう」だなんて言われた。
熱いので体力を付けないとすぐばててしまう、だからまず外に出て運動しましょうだなんて。まるで私のお母さんみたいな事を言うものだ。
椛は仕事上の監視を任されているだけなので細かい事には気を遣わなくていいのに、やっぱり椛は優しくて仕事ができる。
「いえ、貴方の仕事が滞ると射命丸殿に叱られるので」
「ちったぁ気の利いた発言できないの!?」
「無理です」
あ、はい 無理ですか
そう言う訳で私は外に出る事にしたのだがやはり日が眩しい、眩しすぎて溶けそうになる。
取り敢えず外に出たらいいとか言われたけどやはり、引き籠りを一貫して続けてきた私には厳しいぐらいで。
「大丈夫、ですか」
「…この顔が大丈夫な奴の顔に見えたら あんたの眼球をほじっても良いわね」
「大丈夫じゃなくとも続けてもらいますが」
形式上と言う形で思いやられても辛いだけなんて知らないだろうな、なんて減らず口を叩く余裕も既にどこかに置いてきてしまった。
あんまりにも青白い私の顔を見て椛が歩みを止めたのは何故だろうか、それも文の言いつけか、それとも個人的な思いやりか。
後者だったら嬉しいけどそんな事は微小な可能性と言えど無いだろうな、自分で考えて溜息が付く程。
じりじりと辺りを焦土とする太陽
眩しい日差し、煩い蝉の声
なんでこんな引き籠り日和の日に私は外を出歩いているのだろうか。
汗が垂れる
全身から吹き出した汗が服に染みついて気持ち悪い
木陰に居ても吹き抜ける熱風が気持ち悪い
涼しげな椛の瞳がこちらを見据えているのを感じる
何よその目線、体力のある事を傘にきて憐れんでるのかしら
なんて、そんな事言えないけど
「なんで、そんな体力あるのかしら」
それぐらいしか言えないぐらいに、私は臆病だけど。
軽く返されると思ったけど椛は顎に手を当てて、随分と考えていた。
考えて、考えて
「分かりません」
驚くほどあっけからんと返された
なんだそりゃ、私の期待を返せ 期待?
「だって、白狼天狗ですし」
そう言ったきり、椛は黙ってしまう。
僅かに首筋に滲む汗が真夏を太陽を反射して眩しい。って言うよりエロい。
体力がないから、椛が羨ましい
笑いながらからかうようにそう言いたかったけど、出来なかった。
天高く昇る太陽を見つめる椛はなぜか悲しそうな表情をしていて、その口元がもう一度“白狼天狗”と言う単語を紡いだ気がした。
▼△▼
「尻尾触らせてよ」
「齧られたいんですか?」
「怖い!?」
椛の尻尾触りたい
あのもふもふ触りたい
餡蜜差し出すたびに表情はむすっとしててもばふばふ喜びに打ち震えるあの尻尾に触りたい。
それを見たいがために椛がダイエットを差し迫られる羽目になっているとしても触りたい。
今日も暑い
昨日も暑かった
明日も暑いに違いない
暑い
「暑い」
「はぁ」
「暑い!」
「はいはい」
「暑いよー!」
「煩いです」
静かなだけど有無を言わさぬ声は怖いって。
じっとりとした視線でこっち見るのも止めて欲しい、怖いから。
「いえ、随分とはしたない格好だなと思いまして」
「はしたない?」
「暑いと言えどタンクトップとパンツのみは流石にやり過ぎだと思います」
だって熱いもん、仕方ないもん
そう反論する気力もこの暑さで溶けだしてしまった様で、手をひらひらさせて忠告を追い払う。
だって私、椛ほどすっきりとした体つきじゃないし。こんなだらしない格好なんていつもやってるし。
こちらが直す気の無いのを分かっている様で椛は顔に手を当てて「危ない、危ないです」と呟いているが何が危ないのだろう。
「椛はお母さんみたいだよね」
「おかっ…誰の所為でこんな忠告をしていると思っているのですか」
「そりゃーもみもみが甲斐性あるから頼ってるんだよ、構って欲しい年頃なんだよ」
「齢数百年生きてお年頃もくそも無いでしょうに」
また嫌な事を言われる、取りつく島も無い。
構ってオーラ全開にしても一瞥もしてくれないし挙句「何見てるんですか」と夏の暑さも吹き飛ぶ程冷気たっぷりの目線で見られる。
きっと椛は私が嫌いなんだと思う
この間偶然文と話してるのを見たけれど、その時の椛は本当に嬉しそうな目をしていて尻尾もぶんぶん振っていた。
きっと椛が私の面倒を見てくれるのは、椛が文を好きだからで、きっとその文の命令だからに決まっているのだ。
きっと面倒くさい奴だと思われているに違いなくて、お荷物だと思われているのにも違いなくて。
でもまあ、折角世話してくれるんだから最大限甘えようかななんて考えている私はきっと性格最悪に違いない、引き籠りで脛齧りとかまんまニートじゃん?
そうすると椛は立場的にまんま私の親な訳で、ふむ。
「やっぱり椛はお母さんだね」
「はぁ、私もいつか母親になるでしょうが」
「へぇー…許嫁でも居るの?」
「居ますよ」
「嘘ぉっ!?」
「嘘です」
椛の冗談は冗談に聞こえないから怖い、いや全部怖いじゃん。
いやでもね、料理を振る舞ってくれたりなんだかんだ言って甲斐甲斐しく手伝ってくれたり怖い所ばっかしじゃないと思う…多分。
「じゃあ頭撫でさせて」
「私は犬じゃないです、白狼天狗です」
「いいじゃん可愛いし」
ほら、結構無礼な事言っても怒らない…まあ私が烏天狗だからかもしれないけど。
でもねほら、希望的観測って重要だと思うのよ…ごめんなさい嘘ですごめんなさい。
「じゃあ、ちゃんと服着るから撫でさせて」
「随分と不本意な条件ですね」
「いいじゃんいいじゃん!ほら、餡蜜奢ってあげるからさ!」
ああごめんなさい椛さん、私は他人との距離感が掴めないの。
もっとこう、コミニュケーションスキルとか対天狗スキルとか磨いてたらきちんとしたお話ができるんだろうけど無理に違いない。引き籠りなめんな
「仕方ないですね…餡蜜三杯で妥協しましょう」
「やったっ!」
「手短にお願いします」
「えーい、もふもふわしわし」
「…わふっ」
うん、やっぱり椛は優しくてかわいい。
▼△▼
「では、私は射命丸殿の所に行ってきます」
「行ってらっしゃい、帰りはいつになるのかな」
「日が暮れる頃には帰って来れます」
「分かったー」
「昼飯は作っておいたのでちゃんと食べる事、今日までに新聞を仕上げておく事、それと冷蔵庫のアイスは勝手に食べない事」
「はーい」
朝目覚めると、既に椛は外へと出る準備をしている所だった。朝からご苦労な事で。
出かけざまの忠告を真面目半分、聞き流し半分で受け流したらやっとこさ家には私一人になる。ちっ、昨日アイスをこっそり食べた事がばれてたのか…。
そう言えばこの前文が来た時にそれとなく、でも有無を言わさぬ口調で聞かれたなぁ「なんで歯ブラシが二つあるのか」って。
なんでそんなこと聞かれたのかなぁ。私と、椛の分に決まってるだろうに。
「はたてさんは放っておくと干からびそうなので面倒を見る事にします」とか言われてから我が家には順調に椛の私物が増え始めている。まあ元々私の使用生活スペースが少なかったから全く問題が無いし専属家政婦さんが居るみたいで都合が良いからそのままにしてるんだけど。
その他にも二つの物が何かないか聞かれたから茶碗とか、枕とかぐらいだよって答えておいた。
きっと椛の事だから魚の一匹でも吊って来るに違いない、今から楽しみだ。
姫海棠はたて、元引き籠りで現半引き籠りの半新聞記者
まあ椛の嫌気がさすまではこのままの生活を続けようかと思う、楽だし。やっぱり性格最悪だな私は。
これで椛が私を嫌ってなかったら最高なんだけどなぁ。
■□■
「はたてさんが可愛すぎて生きるのが辛い」
確かこれは「はたての行動を報告する為」の筈だったのだ、少なくとも最初は。
それを出会い頭にこんな惚け話をぶち撒けるあたりこいつの頭は夏じゃなくても溶けてしまっているのだと思う。
カランと、コップの中で氷が揺れた
「はたてさんが可愛すぎて生きるのが辛いです」
いやね、なんでこう思い出す様にでれっとした笑みを浮かべてしまうこいつが当の本人の目の前ではあんな調子なのか分からん。
本人によると「一周して冷静になるんです」だそうだ、この駄犬が。ついでにはたて弄って喜んでるだろ。
「はたてさんが「シャラップ、聞き飽きたわ」辛い」
「あんたね、何度同じ事言い続けるつもり?」
「はたてさんの隅々まで舐め回したい」
「違う事言えぁ良いってもんじゃ無い事知ってる?」
「どこがいけないんでしょう?」
ああ駄目だ、知っていた事だがこいつの頭は沸いてやがる。
いつの間にか同棲紛いの事までおっぱじめるし、肉食獣かこいつは。枕二つで布団が一つの意味も分からないはたてもはたてだが。
「出来る奴」との噂を信用した私が阿保だった、確かに仕事は出来るだろうがその代わり幼馴染の貞操が危機一髪、風前の灯だ。
「気をしっかり持たないと食べてしまいそうです、無論性的な意味で」
「烏天狗に手を出したら即行即決で死罪だからね」
「理解してますよ、しょんぼりするはたてさんが可愛すぎて私はどうすれば」
どこからどこまで理解してるのだろうか、まあこいつの事だから一線はこえないと信じてはいるが…それでも確証は持てないのが恐ろしい。
はたては「何でも完璧に出来て性格も良いわんこ」みたいな認識らしいが確実にこいつは違う「従順なわんこの皮を被ったばりばり肉食系の狼」だ、仕事が出来る分尚性質が悪い。
「この間なんて暑いからってあんなはしたない格好を…思わずぷっつり行きそうでした」
「そうかそうか、襲ってないだろうな?」
「危なかったです」
「そうですか、あはははは」
「ははは」
はたて、我が大切な幼馴染よ。
お前の聖域に肉食獣を入れてしまってすまなかった、謝って済む事じゃない。
あと幾ら天然だからってそろそろそいつの危険性に気付け。多分私が忠告しても無意味だろうから。
相変らず見せつける様に尻尾はぶんぶん振られているし、耳なんて荒ぶり過ぎて二重に見えてきた。
「そういやさ、あんたって頭触られるの嫌がるじゃん、風呂が嫌いな犬に水をぶっかけた時ぐらい」
「例えが苛つきますがそうですね」
「でもさ、はたては問題なく触れるのよね」
「当然じゃないですか、だって…
.
「何でしょう」
「私ってどう思う?」
「天狗として、いえ生物として終わってますね」
「酷いっ!?」
後輩が辛辣だ
いや後輩じゃなくて部下なんだけどそう呼ぶのはなんか慣れないし、なんとなく嫌だからそう呼んでるのだが。
もみもみ…本名は犬走椛って名前らしいんだけど、私は可愛いからそう呼んでる。
椛は真面目だ、生真面目?取り敢えず仕事は出来る天狗なんだと思う。依頼はちゃんとこなすし先読みもできるし頭の回転も速い。白狼天狗だから身体能力は申し分ないし、白狼哨戒隊の中でも一目置かれるくらいの人格者だそうで。
引き籠りでもそれぐらいの噂は入って来るもので、だから幼馴染の文が当の本人を連れてきた時は本当に驚いたものだ。
「はたてが新聞を作るなんて言うから監視役件手伝いとして椛を付けときました」って凄い笑顔で言われたら頑張らない訳にはいかないのだ、なんたってあれでも私の唯一にして極稀な幼馴染なんだもの。
…言えない、「新聞を作るなんて言えば誉めてもらえると思った」なんて一言も言えない。
▼△▼
「今日も元気に新聞仕上げるよ!」
「ごちゃごちゃ言ってないでさっさと仕上げて下さい」
今日も相変わらず椛が辛辣だ。
折角天気が良いと言うのに仕事を休ませてくれそうにない。
そんな事言うと「天気が良かろうと良く無かろうとあなたは外に出ないでしょうが」とかまた辛辣な事言われるのだが、全部合ってるから言いかえせないのだが。
しかし面倒な事になったものだ
元々「いい加減仕事しろ」「ついでに結婚しろ」とか会う毎会う毎におかんの如く突き詰めてくる文を黙らせるための口実として…いや半ば自棄を起こして「だったら新聞書くわよ」と言っただけに過ぎない。
まあ一枚か二枚書けばそれで文は満足すると思ったのだが…まさか監視役を付けられるとは思わなんだ、自分の後先考えなさにこの時ばかりは後悔した。
まあ、監視役も付いているから仕事はする、暑いけど。
こう見えてもやるときはやる天狗なのだ、暑いけど。
やるけど集中力やら体力がそこまで持つわけも無く、特に前者の方の消耗は著しいので机に突っ伏して許しを請う。
「もみもみ、疲れた」
「気合いが足りないです」
「気合いで何とかなる事って少ないんだよ?」
「気合いの出し惜しみをする貴方には言われたくないです」
「うぐぅっ」
またこちらの心を抉る一言を言いおるわこやつ
確かに仕事のできる椛からすると私は気合が足りないに違いないし苛つくのも分かる。
だがこちとら無理に力が出る訳でも無く、かと言って彼女を無理に断る事も出来ず、ただじとっとした視線で睨みつけるしかできないのだ。
「こっち見ないで下さい」
「ごめんなさい」
あ、やべえ。顔を見られたくないぐらい嫌われてるわこれ。
って言うより白狼天狗に諌められる烏天狗ってどうなのだろう、上司が見たら卒倒するに違いない光景だが。
確かに椛は出来る天狗だ、それは分かる。
しかもスレンダーな体つきで凛々しい顔立ち、男性天狗からの受けも良いと聞く。告白されるたびに断っているらしいのだが勿体ない事だ。
きっと彼女は良い母親になるだろう、そう思う。
さて、ここで私と比べてみよう。
長い間引き籠っていた所為か体力や運動神経は絶望的に無い。
変な所に付いてしまった脂肪のせいで空を飛ぶのに抵抗があるし目線が痛い。
日の光を嫌うように遮っていた所為か血色の無い肌は青白く不気味。
そんな引き籠り生活を送る原因となったこの念写、一度撮られた物しか写せないこの能力は新聞作りにはとても向かない。
加えて文は拙いし構成力は無し、〆切なんて知ったこっちゃない、とてもじゃないけど上手に新聞は作れない。
取材をしようにも、その、誰かを目の前にすると急に頭の中が真っ白になって、何を考えていたのかが分からなくなって。
…駄目だ、勝てる気がしない
と言うより生きてて申し訳ないぐらいな気がしてくる。
「もみもみ」
「はい」
「迷惑かけてごめん」
「そう思ってるならちゃっちゃと仕事終わらせてください」
「はい」
口調は厳しいけど冷蔵庫からアイスを出してくれた、首筋にあてられて思わず「ひゃん」なんてらしくない声が出る。
アイスは貴重な冷却成分なので先っちょから丁寧に食べる、でもあまり勿体ぶるとすぐ溶けてしまうので程々にして全体を咥える。こうするとアイスの全てを美味しく食べられるのだって文が言ってた気がする。
「―――――はたてさん」
「うん?あ、ラムネ味美味しい」
「狙ってるんですか?」
「うん?」
きっと椛は私がラムネ味が好きな事を知っていて買ってくれるんだと思う。
辛辣だけど椛は優しい、大好き。
▼△▼
来たと思ったら「体力づくりをしましょう」だなんて言われた。
熱いので体力を付けないとすぐばててしまう、だからまず外に出て運動しましょうだなんて。まるで私のお母さんみたいな事を言うものだ。
椛は仕事上の監視を任されているだけなので細かい事には気を遣わなくていいのに、やっぱり椛は優しくて仕事ができる。
「いえ、貴方の仕事が滞ると射命丸殿に叱られるので」
「ちったぁ気の利いた発言できないの!?」
「無理です」
あ、はい 無理ですか
そう言う訳で私は外に出る事にしたのだがやはり日が眩しい、眩しすぎて溶けそうになる。
取り敢えず外に出たらいいとか言われたけどやはり、引き籠りを一貫して続けてきた私には厳しいぐらいで。
「大丈夫、ですか」
「…この顔が大丈夫な奴の顔に見えたら あんたの眼球をほじっても良いわね」
「大丈夫じゃなくとも続けてもらいますが」
形式上と言う形で思いやられても辛いだけなんて知らないだろうな、なんて減らず口を叩く余裕も既にどこかに置いてきてしまった。
あんまりにも青白い私の顔を見て椛が歩みを止めたのは何故だろうか、それも文の言いつけか、それとも個人的な思いやりか。
後者だったら嬉しいけどそんな事は微小な可能性と言えど無いだろうな、自分で考えて溜息が付く程。
じりじりと辺りを焦土とする太陽
眩しい日差し、煩い蝉の声
なんでこんな引き籠り日和の日に私は外を出歩いているのだろうか。
汗が垂れる
全身から吹き出した汗が服に染みついて気持ち悪い
木陰に居ても吹き抜ける熱風が気持ち悪い
涼しげな椛の瞳がこちらを見据えているのを感じる
何よその目線、体力のある事を傘にきて憐れんでるのかしら
なんて、そんな事言えないけど
「なんで、そんな体力あるのかしら」
それぐらいしか言えないぐらいに、私は臆病だけど。
軽く返されると思ったけど椛は顎に手を当てて、随分と考えていた。
考えて、考えて
「分かりません」
驚くほどあっけからんと返された
なんだそりゃ、私の期待を返せ 期待?
「だって、白狼天狗ですし」
そう言ったきり、椛は黙ってしまう。
僅かに首筋に滲む汗が真夏を太陽を反射して眩しい。って言うよりエロい。
体力がないから、椛が羨ましい
笑いながらからかうようにそう言いたかったけど、出来なかった。
天高く昇る太陽を見つめる椛はなぜか悲しそうな表情をしていて、その口元がもう一度“白狼天狗”と言う単語を紡いだ気がした。
▼△▼
「尻尾触らせてよ」
「齧られたいんですか?」
「怖い!?」
椛の尻尾触りたい
あのもふもふ触りたい
餡蜜差し出すたびに表情はむすっとしててもばふばふ喜びに打ち震えるあの尻尾に触りたい。
それを見たいがために椛がダイエットを差し迫られる羽目になっているとしても触りたい。
今日も暑い
昨日も暑かった
明日も暑いに違いない
暑い
「暑い」
「はぁ」
「暑い!」
「はいはい」
「暑いよー!」
「煩いです」
静かなだけど有無を言わさぬ声は怖いって。
じっとりとした視線でこっち見るのも止めて欲しい、怖いから。
「いえ、随分とはしたない格好だなと思いまして」
「はしたない?」
「暑いと言えどタンクトップとパンツのみは流石にやり過ぎだと思います」
だって熱いもん、仕方ないもん
そう反論する気力もこの暑さで溶けだしてしまった様で、手をひらひらさせて忠告を追い払う。
だって私、椛ほどすっきりとした体つきじゃないし。こんなだらしない格好なんていつもやってるし。
こちらが直す気の無いのを分かっている様で椛は顔に手を当てて「危ない、危ないです」と呟いているが何が危ないのだろう。
「椛はお母さんみたいだよね」
「おかっ…誰の所為でこんな忠告をしていると思っているのですか」
「そりゃーもみもみが甲斐性あるから頼ってるんだよ、構って欲しい年頃なんだよ」
「齢数百年生きてお年頃もくそも無いでしょうに」
また嫌な事を言われる、取りつく島も無い。
構ってオーラ全開にしても一瞥もしてくれないし挙句「何見てるんですか」と夏の暑さも吹き飛ぶ程冷気たっぷりの目線で見られる。
きっと椛は私が嫌いなんだと思う
この間偶然文と話してるのを見たけれど、その時の椛は本当に嬉しそうな目をしていて尻尾もぶんぶん振っていた。
きっと椛が私の面倒を見てくれるのは、椛が文を好きだからで、きっとその文の命令だからに決まっているのだ。
きっと面倒くさい奴だと思われているに違いなくて、お荷物だと思われているのにも違いなくて。
でもまあ、折角世話してくれるんだから最大限甘えようかななんて考えている私はきっと性格最悪に違いない、引き籠りで脛齧りとかまんまニートじゃん?
そうすると椛は立場的にまんま私の親な訳で、ふむ。
「やっぱり椛はお母さんだね」
「はぁ、私もいつか母親になるでしょうが」
「へぇー…許嫁でも居るの?」
「居ますよ」
「嘘ぉっ!?」
「嘘です」
椛の冗談は冗談に聞こえないから怖い、いや全部怖いじゃん。
いやでもね、料理を振る舞ってくれたりなんだかんだ言って甲斐甲斐しく手伝ってくれたり怖い所ばっかしじゃないと思う…多分。
「じゃあ頭撫でさせて」
「私は犬じゃないです、白狼天狗です」
「いいじゃん可愛いし」
ほら、結構無礼な事言っても怒らない…まあ私が烏天狗だからかもしれないけど。
でもねほら、希望的観測って重要だと思うのよ…ごめんなさい嘘ですごめんなさい。
「じゃあ、ちゃんと服着るから撫でさせて」
「随分と不本意な条件ですね」
「いいじゃんいいじゃん!ほら、餡蜜奢ってあげるからさ!」
ああごめんなさい椛さん、私は他人との距離感が掴めないの。
もっとこう、コミニュケーションスキルとか対天狗スキルとか磨いてたらきちんとしたお話ができるんだろうけど無理に違いない。引き籠りなめんな
「仕方ないですね…餡蜜三杯で妥協しましょう」
「やったっ!」
「手短にお願いします」
「えーい、もふもふわしわし」
「…わふっ」
うん、やっぱり椛は優しくてかわいい。
▼△▼
「では、私は射命丸殿の所に行ってきます」
「行ってらっしゃい、帰りはいつになるのかな」
「日が暮れる頃には帰って来れます」
「分かったー」
「昼飯は作っておいたのでちゃんと食べる事、今日までに新聞を仕上げておく事、それと冷蔵庫のアイスは勝手に食べない事」
「はーい」
朝目覚めると、既に椛は外へと出る準備をしている所だった。朝からご苦労な事で。
出かけざまの忠告を真面目半分、聞き流し半分で受け流したらやっとこさ家には私一人になる。ちっ、昨日アイスをこっそり食べた事がばれてたのか…。
そう言えばこの前文が来た時にそれとなく、でも有無を言わさぬ口調で聞かれたなぁ「なんで歯ブラシが二つあるのか」って。
なんでそんなこと聞かれたのかなぁ。私と、椛の分に決まってるだろうに。
「はたてさんは放っておくと干からびそうなので面倒を見る事にします」とか言われてから我が家には順調に椛の私物が増え始めている。まあ元々私の使用生活スペースが少なかったから全く問題が無いし専属家政婦さんが居るみたいで都合が良いからそのままにしてるんだけど。
その他にも二つの物が何かないか聞かれたから茶碗とか、枕とかぐらいだよって答えておいた。
きっと椛の事だから魚の一匹でも吊って来るに違いない、今から楽しみだ。
姫海棠はたて、元引き籠りで現半引き籠りの半新聞記者
まあ椛の嫌気がさすまではこのままの生活を続けようかと思う、楽だし。やっぱり性格最悪だな私は。
これで椛が私を嫌ってなかったら最高なんだけどなぁ。
■□■
「はたてさんが可愛すぎて生きるのが辛い」
確かこれは「はたての行動を報告する為」の筈だったのだ、少なくとも最初は。
それを出会い頭にこんな惚け話をぶち撒けるあたりこいつの頭は夏じゃなくても溶けてしまっているのだと思う。
カランと、コップの中で氷が揺れた
「はたてさんが可愛すぎて生きるのが辛いです」
いやね、なんでこう思い出す様にでれっとした笑みを浮かべてしまうこいつが当の本人の目の前ではあんな調子なのか分からん。
本人によると「一周して冷静になるんです」だそうだ、この駄犬が。ついでにはたて弄って喜んでるだろ。
「はたてさんが「シャラップ、聞き飽きたわ」辛い」
「あんたね、何度同じ事言い続けるつもり?」
「はたてさんの隅々まで舐め回したい」
「違う事言えぁ良いってもんじゃ無い事知ってる?」
「どこがいけないんでしょう?」
ああ駄目だ、知っていた事だがこいつの頭は沸いてやがる。
いつの間にか同棲紛いの事までおっぱじめるし、肉食獣かこいつは。枕二つで布団が一つの意味も分からないはたてもはたてだが。
「出来る奴」との噂を信用した私が阿保だった、確かに仕事は出来るだろうがその代わり幼馴染の貞操が危機一髪、風前の灯だ。
「気をしっかり持たないと食べてしまいそうです、無論性的な意味で」
「烏天狗に手を出したら即行即決で死罪だからね」
「理解してますよ、しょんぼりするはたてさんが可愛すぎて私はどうすれば」
どこからどこまで理解してるのだろうか、まあこいつの事だから一線はこえないと信じてはいるが…それでも確証は持てないのが恐ろしい。
はたては「何でも完璧に出来て性格も良いわんこ」みたいな認識らしいが確実にこいつは違う「従順なわんこの皮を被ったばりばり肉食系の狼」だ、仕事が出来る分尚性質が悪い。
「この間なんて暑いからってあんなはしたない格好を…思わずぷっつり行きそうでした」
「そうかそうか、襲ってないだろうな?」
「危なかったです」
「そうですか、あはははは」
「ははは」
はたて、我が大切な幼馴染よ。
お前の聖域に肉食獣を入れてしまってすまなかった、謝って済む事じゃない。
あと幾ら天然だからってそろそろそいつの危険性に気付け。多分私が忠告しても無意味だろうから。
相変らず見せつける様に尻尾はぶんぶん振られているし、耳なんて荒ぶり過ぎて二重に見えてきた。
「そういやさ、あんたって頭触られるの嫌がるじゃん、風呂が嫌いな犬に水をぶっかけた時ぐらい」
「例えが苛つきますがそうですね」
「でもさ、はたては問題なく触れるのよね」
「当然じゃないですか、だって…
.
あと冷やし美鈴あります?
はたもみはもっと必要である。
はたてを心配する文も良い感じでした。
そんなはたてちゃんを愛でる椛も(・∀・)カワイイ!
はたもみはたもみヒャッホゥ!
椛よ、耐えるんだ、いつかはたたんが「椛になら……いいよ」と言われるその日までッ
それとも変態もみもみの理性が限界を超える日が先?
椛サイドも読みたくなりますね。
はたもみ派の私にはごちそうでした。ありがとうございます。
椛さんのギャップに見事にやられました。ふたりとも可愛いなあもっとやれー!
はたてェ! 気付けェ!! しかし気付かなくてもうまいですうわぁああ。
とか言ってくれれば私も幸せです