神社を訪れると、霊夢さんが紫さんに筋肉バスターをかけていました。
ある紅茶の似合いそうな昼下がりのことです、早苗です。
「ちょっと霊夢さん!?」
私は状況の把握を試みます。きっと何かの間違いだろう。例えば、転んだ拍子にこうなったとか、スキマから降りて来た紫さんがちょうどこのポーズの霊夢さんに収まったとか、そんな感じに違いない。
「ああ、早苗。いらっしゃい」
その態勢で対応しないでください。まずは紫さん下ろしましょうよ。
「いらっしゃいじゃないでしょう。一体何してるんですか!?」
「何って、見て分からない?弾幕ごっこよ」
「弾幕を辞書で引いてください、割とマジで」
そう言っている内に、紫さんが前のめりに落下する。ゴツンと頭部を石畳にぶつけ、痛々しい音が響く。血が滲んでないかしら?大丈夫?
「ふふ、霊夢」
あ、案外元気そうでした。そしてうつ伏せ状態で紫さんは一言。
「私の勝ちね」
瞬間、どこが!?とあんぐり口を開けてしまった。
「悔しいけどそうね」
「霊夢さん!?」
今、私の常識の外で何かが起こっています、早苗です。
「忘れたの、早苗?スペルカード戦は美しい方が勝ちなのよ」
「いや知ってますよ。知ってますけども。ていうか今のスペルカードなんですか?」
「ええ。紫奥義『筋肉バスター』ですわ」
「しかも術者は紫さん!?出した方がダメージ受けるって何かもう、いろいろダメじゃないですか」
「くっ……ダメージが!」
「霊夢さん!?」
霊夢さんが膝から崩れる。何で、どうして?紫さんが力のベクトルを操作してダメージを与えた?どこぞの片方通行さんみたいに?
などと思考を巡らせていると紫さんが立ち上がり、服の埃を払った。
「ま、ゆっくりしてきなさい」
「私の神社なんだけど」
神社にあがると霊夢さんはテキパキとしかし面倒臭そうに私と紫さんのお茶を準備してくださった。
ふーむ、高級品ではないのにこの香り立ちは、さすがですね霊夢さん。
「あんた用事あったの?」
「ああ、いえ。分社の様子を見にこようかと」
「という体で、愛しの霊夢のところへって感じ?」
「てい♪」
残念です、大振りのお祓い棒は受け止められてしまいました。
「ごめんなさいっ」
「霊夢さん!?」
「いや、心の整理が……」
「霊夢さん!?紫さんが勝手に言っただけですから!」
「あ、そうなの?」
とまあ冗談混じりでいつもと変わらない談笑が続く。
なんだろう。幻想郷に来る前はこんなに笑ったことがあったかなあ。
幻想郷では常識に囚われてはいけない。
筋肉バスターだけでなく、それは友人関係も同じなのでしょう。ふふ。今日は楽しかったです。
「そうだ紫さん。さっきの筋肉バスターってどういう原理でダメージを与えるんですか?」
「興味ありますの?」
「ええ、実に」
「では、一戦いかがです?」
というわけで紫さんとのスペルカード戦を始めることになった。実は初めて戦うんですよね、この妖怪さんとは。
境内で対立した私と紫さんを、霊夢さんが茶をすすりながら置物の様に見ている。
「秘術『グレイソーマタージ』!」
「廃線『ぶらり廃駅下車の旅』」
「は?」
ドカーンと、目の前に現れた列車に私は轢かれた。そのまま空中に放り出される。
え、何あれ?弾幕?人乗ってませんでした?車掌さん、私を轢いた瞬間この世の終わりみたいな顔してましたよ。
「あら、生きてましたのね」
「殺す気ですか!?」
なんとか轢かれる瞬間に現人神ガードしましたが、なかなか痛かったです。
ちらりと空中でバランスを戻しながら紫さんの方を見る。
「い、いない?」
「こちらですわ」
「!!?」
しまった、背後だ!
ガシッと体を掴まれる。バランスが十分に戻っていないため、抵抗のての字もできない。
「お見せしましょう。紫奥義……」
アレが……来る!
「『筋肉……』」
私はひっくり返される。上を向けられ、足を掴まれた。抵抗しないとっ!
……ん?あれ?上?
確かこの技って。
「『バスター』!!……あ、やべっ」
ゴスーーン!!
境内の石畳に見事な筋肉バスター状態の私と紫さんが降り注ぐ。
沈黙。
それは一瞬とも永遠とも言えた。
見守っている霊夢さんがお茶を2回ほどすすった後でしょうか、そのままの状態で私は紫さんに質問を投げかけました。
「あの、紫さん?」
「何かしら?」
「大丈夫ですか?」
「……ふっ」
盛大に鼻血を吹いて、ごしゃりと紫さんが後ろに倒れこむ。その拍子に掴まれている私は、柔道でいう背負い投げ状態になる。
「あ、ちょっと待っ……」
ドスンと、私は強く背中を打ち付けた。
私が覚えているのはここまでです。結局筋肉バスターの原理はわかりませんでした。
◇
ちゅん…ちゅん…
あれ?雀の鳴き声?
私は起き上がろうとすると、背中に激痛を覚えた。
ああ、そうか。昨日筋肉バスターを掛けられて、そのまま背負い投げされたんでした。
「うう、心なしか腰まで痛いで……」
横を見ると、私の隣に霊夢さんがいます。裸。私も。
よく見るとここは博麗神社。
「霊夢さん!?」
「ふぁっ……あら、おはよう早苗」
霊夢さんが起きました。
待ってください。今、私の脳というコンピュータがフル稼働して状況をインストールしています。
数秒黙っていると、霊夢さんの顔が段々赤くなっていきます。
「その、早苗……なかなか激しかったじゃない」
「おはようございました!!!」
私は被っていた毛布をひったくると、それを体に巻きつけ神社を雷光の如き早さで飛び出す。
『発見!毛布一枚の巫女妖怪か!?』なんて記事にされても今なら厭わない。
「うわあああああああああああああん!!!」
◇
「という事なんです……」
「そ、そうか」
私はちょうど家捜しに入って来た魔理沙さんに相談しました。
魔理沙さんは困った顔しながらも、きちんと考えてくれています。嬉しいです。常識が私の目の前にいます。
「ちゃんと、責任は取った方がいいぜ?」
「そういう事ではなくてですね!?」
さらに事情を説明。ふんふんと頷いてやっと状況を理解してくれた模様。
「遊ばれてるな」
「やっぱりですか!?でもあの2人があそこまでするとは思い難しく……」
「橙と藍あたりだろう。あいつらの化けの技術は目を見張るからな」
「しかしなぜこの様な事を」
「さてな。お前が常識に囚われてはいけないとか言ってるから、それを体現してくれたんじゃないか?」
「はぁ……」
幻想郷の常識を一から覚え直さないといけないみたいですね。
強制妖怪退治や、挨拶代わりの弾幕ごっこはやめにします。
「わかりました。これからは常識人早苗でいきます!」
「おぉ!その調子だぜ」
◇
「あれ以来早苗を見なくなったわね」
「ああ。ちょっと刷り込みすぎたか?」
「いいえ。処方箋にはあれ位が用法容量適量ですわ」
「まあしかし、お前たち自ら演技するとは流石だな」
「ふふ、あれはあれで楽しかったですわ」
おや?神社の中から声が聞こえます。霊夢さんと紫さんと魔理沙さんの声ですね。ちょうど良いですわ。
「こんにちは」
私は神社の前で声をかけます。
「おっと噂をすれば影だぜ」
「本当ね。入っていいわよー」
「お邪魔します」
私は扉を開け、膝をついてお辞儀を一つ。常識人早苗のお目見えですわ。
「いらっしゃい、さな……」
「こんにちは、皆様。本日はご機嫌麗しゅうございます」
「…………」
「…………」
「おや?どうなされたのでございますか?」
「あんた、それ、着物……?」
そうです。私はあの脇を露出させたはしたない巫女服を捨て、誰が見ても和む着物を着用したのです。そう、それは、
「はい。いつでも常識を持ち合わす、大和撫子こそ最高の人と思いまして」
「そ、そうか……」
「あ、あの。どこかおかしかったでしょうか?」
3人が顔を見合わせる。
「「「ナ、ナイス常識よ(間違ってないけど、違くね!?)」」」
「はいっ!」
私は嬉しくなり、にっこりと笑いました。
「あ、霊夢さん。責任は取らせていただきますわ」
「早苗!?なに三つ指ついての!?」
[終]