常識にとらわれない幻想郷とはいえ、夏が暑いことは変わらない。蝉が鳴くには少しばかり早いとはいえ、館の外は太陽の熱線が降り注いでいることだろう。まぁ、季節を問わずに地下の図書館で読書に勤しむ私には、気候の変動など気に留めることではないのだが。
「……」
額から流れ、頬を伝う雫の感覚を認識して、私は状況を分析する。ここは地下の図書館だ。光源は魔力で灯るトーチ一つ。図書館の外の廊下にキャンドルが設置されているとはいえ、その程度の熱量では熱さを自覚するようなことはありえない。私は読んでいた本に栞を挟み、熱源の正体を確かめるために席を立った。
それなりに広い図書館だが、自分のテリトリーである以上、その中で起きている変化を察知することはたやすい。侵入者がいればトラップが作動する仕掛けになっているが、今は作動していない。と言うことは、熱源を生み出している原因は内部的要因だ。図書館の内部的要因で、私ではないもの。答えは実に単純なものである。
「……小悪魔。図書館をサウナにでもするつもり?」
極端に大きな熱量の中心に、肩で息をしながらうずくまる小悪魔がいた。汗に濡れたワイシャツが肌にぴったりと張り付いていて、なんとなく艶めかしい雰囲気を醸し出している。
「あ、はぁ、パチュリー、さま……」
「ずいぶんと消耗してるわね。整理してた本の中に、厄介な相手でも封印されてたりしたのかしら。」
「い、いえ、そういうわけ、では……」
小悪魔の周囲には魔法の障壁が張られていた。おそらくは小悪魔が張ったものだろうが、それだけでここまで消耗するとは思えない。障壁の中で何をしていたのか。それが、熱源は何かという問いの答えになるはずだが。
「なんでも、なんでもないんです。大したことなんて無いんですよ。」
顔の前で両手を振りながら、必死に何かを隠そうとしている。明らかになんでもないことはないのだが、今はこれ以上追及しても効果はなさそうだ。
「そう。」
軽く頷いて小悪魔に背を向ける。直後、ほっとした気配を感じて、改めて小悪魔に振り返ると、わかりやすいくらい驚いた表情がそこにあった。無防備さに呆れつつ、私は小悪魔に声をかける。
「大したことが無い、ということに嘘が無い事を願うわ。ただ、今日は図書館の中がいつもより暑いみたいなの。もしも原因を知っているなら、出来るだけ緩和できるようにしてもらえるかしら。」
目を白黒させながら、必死に口をぱくぱくしている。少し驚かせてやろうという気持ちはあったけれど、ここまで驚かれるのは想定外だ。小悪魔が何かを隠しているのは確からしいが、そこまで私に知られたくないことなのだろうか。どれだけ隠そうとしても、図書館の中である限り、私に隠し通すことなんてできっこないのに。
「じゃあね。……軽くシャワーでも浴びて来なさい。本の整理を続けるにしても、そのままじゃあ何かとアレでしょう?」
私は元の机に戻る為に歩き出す。しばらくして、背後で魔法障壁が消える気配を感じた。少しずつ、暑さは緩和しているようだ。わかったことは二つ。熱源は小悪魔である事。小悪魔が何かを隠していること。面倒なことが起きないかという心配事は、浮かんだ瞬間にかき消した。何かが起きたとしても、ここは私のテリトリーだし、それに―――
「ん……」
栞を辿って本を開く。我ながら、この図書館は読書をするために最適な空間だと思う。それなのに、この館の住人がここを訪れる機会は多くない。主の性格上、静かに読書に耽ることよりは、賑やかな宴会を開く方が好ましいのだろう。ページをめくる時の紙の擦れる音だけが響く。私は、本に記された知識の海に意識を投じた。
=======================================================================================================
小悪魔とのやりとりがあった日以降、定期的に、図書館内部の温暖化現象が発生するようになった。そのたびに小悪魔を探し当てて様子を見るのだが、いつも、なんでもない、の一点張り。共通しているのは、小悪魔が汗びっしょりで消耗していること。そして、小悪魔の周囲には魔法障壁が張られていること。これに加えて、局地的に高温になっている事を合わせると、一つの仮説が浮かび上がってくる。
「確か、この辺りにしまったはずだけど。」
魔道書を保管する区画を探る。小悪魔の行動を推理するに、私に隠れて魔法の練習でもしているのだろう。そう思い立った私は、その中でも熱を発生させる属性の魔法、火に属する魔法の魔道書を、一冊一冊確認していた。
「無い、わね。」
火符「アグニシャイン」。その魔道書が見つからなかった。術式を見直すようなことはないから、魔道書を失うこと自体は大した痛手ではないのだが、誰かがそこに記された術式を再現しようとするならば、少々厄介なことになる。それが、私と同等のレベルの魔法使いであるならともかくとして―――
「さすがに、障壁を張りながらの練習なんてしたら、消耗するのも無理はないわね。」
小悪魔レベルの魔力で、どの程度使いこなせるものか。悪魔である以上、多少なりとも魔力はあるはずなのだが、消耗した様子から察するに、まだまだ未熟であるはずだ。問題は、何故この魔道書を選んだのかということなのだが―――
「―――あら?」
少しばかりまずいことに気がついてしまった。火符「アグニシャイン」と共に並んでいるはずの、火符「アグニシャイン上級」の魔道書も、この場所には無い。
「あの子……」
これまでの「練習」で、どちらを使おうとしていたのかはわからない。だが、悪い方に考えるとするならば、つまり、今まで「上級」の魔法を使ったことがなく、「初級」のレベルであれだけ消耗していたとしたら。額に感じる冷汗の感覚。
「―――きゃあぁぁぁっ!」
叫び声と共に、一際大きな熱量が圧力を持って押し寄せてきた。悪い予想は的中するものだとは言うが、それでも、最悪の状況だけは起きていない事を願った。考えるよりも先に身体が動いたのは久しぶりのことだ。私は、出来る限りの速さで熱源に向かって行った。
熱源に辿りついた時、予想通りの景色が拡がっていた。魔法障壁が破られた残照。その中心で倒れている小悪魔。周りは、火の海。
「プリンセスウンディネ!」
すぐさま、水の魔法を放つ。スペルカードの制限をつけずに放った魔法は、一面に拡がる火をたやすく鎮火した。本棚が少しばかり焦げてしまったようだが、大事には至らなかったようだ。
「……う、うぅ。」
水を浴びたおかげなのか、倒れこんでいた小悪魔がゆっくりと身を起こした。
「大丈夫?」
近付いて声をかけると、一瞬だけ驚いた表情を見せた。しかし、すぐに表情は崩れ、ぽろぽろと涙を流し始めた。
「すみません…… すみません……」
謝罪の言葉を繰り返す小悪魔を、優しく抱きかかえる。小悪魔が落ち着くまでの間、髪を撫でたり、背中を軽く叩いてあげたりして、様子を伺っていた。私に隠してまで魔法の練習をしようとしていた、その気持ちはどこからきたものなのだろう。頃合いを見計らって、私は話を切り出した。
「小悪魔、もう、話は出来るかしら?」
「……はい。」
「そう…… 怪我はない? 火傷とかしてない?」
「……はい。パチュリー様が、助けてくれたおかげで……」
「そうね。私が助けに来なかったら、どうなっていたかしらね。この図書館の中で何をしているか、私に隠し通せると思っていたのかしら?」
「い、あ、そ、それは、その……」
「ここ最近の温度上昇の原因があなたであることくらい、とっくにわかっていたわ。問題は、なんであなたが温度上昇の原因になったのかということ。そうね、とりあえず、魔道書を持ちだした理由から、教えてもらえるかしら。」
小悪魔はついに観念したようだ。さすがに、こういう事態を引き起こした以上、隠し通すことはできないと理解したのだろう。
「私…… パチュリー様に憧れているんです。」
「……は?」
予期しない答えが返ってきた為、つい間抜けな返事をしてしまった。
「ですから、私、パチュリー様に憧れているんです。」
「うむむ…… ま、まぁ、それはともかくとして、それが、魔道書を持ちだした理由と、どう関係しているの?」
「憧れの、パチュリー様の魔法を使えるようになれば、パチュリー様に近付けるんじゃないかって。それで―――」
「ちょっと待って、それだけの理由で、魔道書を持ちだしたの?」
「いえ、それだけではありません。もちろん、今話した理由が大きいのですが、その、もう一つの理由というのは……」
「理由というのは?」
「……スペルカードを使いたかったんです。」
開いた口がふさがらない、という感覚を味わったのは、この時が初めてだった。憧れを持たれるのは嬉しいけれど、もう一つの理由は、さすがに簡単には容認しきれない。そもそも、スペルカードは人の真似をして身につけるような代物ではない。……いや、そうやって身につけた者に心当たりはあるが、それは例外中の例外というものだ。
「なんというか…… 呆れて物が言えないわ。」
「パチュリー様、やっぱり、怒ってます、よね。」
「えぇ、怒るわよ。あなた、自分の力量をわきまえなさい。一応確かめるけれど、暴発したのは「上級」の魔法よね?」
「は…… はい。その通りです。」
「いい? あの魔法は、私だから扱える魔法なの。少なくとも、今のあなたでは扱いきれない物なのよ。」
「はい…… 身に染みました。」
「だから、今後は私に隠れて練習するなんて真似はやめなさい。」
「……」
小悪魔は、答えに躊躇しているようだった。どれだけの意志があったのかはわからない。でも、まだまだ未熟であることには違いがない。
「その代わり―――」
小悪魔の意志を尊重して、被害を出さないようにするための方法とは―――
「私が、ちゃんと教えてあげるから。」
言いかえれば、私の監視している場所以外では魔法の練習をするな、ということなのだが、私にとって、これ以上の譲歩はない。小悪魔にとっても、そこまで悪い条件ではないはずだ。その証拠に、さっきまで泣き顔だった小悪魔に、笑顔が戻っている。
「は、はい! よろしくお願いします!」
元気な声で返事をして、ぺこりと頭を下げる。私としては、やれやれという気持ちでいっぱいなのだが、とりあえずは問題解決といったところだろう。
「それでは、パチュリー様、早速ですが―――」
「ちょっと待って。その前に―――」
水に濡れた服を指し示す。小悪魔を抱きしめていたせいで、私の服までびしょびしょになっている。
「軽く、シャワーを浴びてきましょう。このままいては、風邪をひいちゃうわ。」
しばらくは、小悪魔の魔法練習につきあうことになるだろう。唯一の励みといえば、小悪魔が私に抱いている憧れという感情だ。冷静になって考えてみると、これは想いを告白されたということになるのだろうか。……うん、考えるのは後回しだ。とりあえずは、初級の魔法を制御できる程度を目標にしよう。未熟な小悪魔の笑顔を見ながら、私はそんなことを考えた。
「……」
額から流れ、頬を伝う雫の感覚を認識して、私は状況を分析する。ここは地下の図書館だ。光源は魔力で灯るトーチ一つ。図書館の外の廊下にキャンドルが設置されているとはいえ、その程度の熱量では熱さを自覚するようなことはありえない。私は読んでいた本に栞を挟み、熱源の正体を確かめるために席を立った。
それなりに広い図書館だが、自分のテリトリーである以上、その中で起きている変化を察知することはたやすい。侵入者がいればトラップが作動する仕掛けになっているが、今は作動していない。と言うことは、熱源を生み出している原因は内部的要因だ。図書館の内部的要因で、私ではないもの。答えは実に単純なものである。
「……小悪魔。図書館をサウナにでもするつもり?」
極端に大きな熱量の中心に、肩で息をしながらうずくまる小悪魔がいた。汗に濡れたワイシャツが肌にぴったりと張り付いていて、なんとなく艶めかしい雰囲気を醸し出している。
「あ、はぁ、パチュリー、さま……」
「ずいぶんと消耗してるわね。整理してた本の中に、厄介な相手でも封印されてたりしたのかしら。」
「い、いえ、そういうわけ、では……」
小悪魔の周囲には魔法の障壁が張られていた。おそらくは小悪魔が張ったものだろうが、それだけでここまで消耗するとは思えない。障壁の中で何をしていたのか。それが、熱源は何かという問いの答えになるはずだが。
「なんでも、なんでもないんです。大したことなんて無いんですよ。」
顔の前で両手を振りながら、必死に何かを隠そうとしている。明らかになんでもないことはないのだが、今はこれ以上追及しても効果はなさそうだ。
「そう。」
軽く頷いて小悪魔に背を向ける。直後、ほっとした気配を感じて、改めて小悪魔に振り返ると、わかりやすいくらい驚いた表情がそこにあった。無防備さに呆れつつ、私は小悪魔に声をかける。
「大したことが無い、ということに嘘が無い事を願うわ。ただ、今日は図書館の中がいつもより暑いみたいなの。もしも原因を知っているなら、出来るだけ緩和できるようにしてもらえるかしら。」
目を白黒させながら、必死に口をぱくぱくしている。少し驚かせてやろうという気持ちはあったけれど、ここまで驚かれるのは想定外だ。小悪魔が何かを隠しているのは確からしいが、そこまで私に知られたくないことなのだろうか。どれだけ隠そうとしても、図書館の中である限り、私に隠し通すことなんてできっこないのに。
「じゃあね。……軽くシャワーでも浴びて来なさい。本の整理を続けるにしても、そのままじゃあ何かとアレでしょう?」
私は元の机に戻る為に歩き出す。しばらくして、背後で魔法障壁が消える気配を感じた。少しずつ、暑さは緩和しているようだ。わかったことは二つ。熱源は小悪魔である事。小悪魔が何かを隠していること。面倒なことが起きないかという心配事は、浮かんだ瞬間にかき消した。何かが起きたとしても、ここは私のテリトリーだし、それに―――
「ん……」
栞を辿って本を開く。我ながら、この図書館は読書をするために最適な空間だと思う。それなのに、この館の住人がここを訪れる機会は多くない。主の性格上、静かに読書に耽ることよりは、賑やかな宴会を開く方が好ましいのだろう。ページをめくる時の紙の擦れる音だけが響く。私は、本に記された知識の海に意識を投じた。
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小悪魔とのやりとりがあった日以降、定期的に、図書館内部の温暖化現象が発生するようになった。そのたびに小悪魔を探し当てて様子を見るのだが、いつも、なんでもない、の一点張り。共通しているのは、小悪魔が汗びっしょりで消耗していること。そして、小悪魔の周囲には魔法障壁が張られていること。これに加えて、局地的に高温になっている事を合わせると、一つの仮説が浮かび上がってくる。
「確か、この辺りにしまったはずだけど。」
魔道書を保管する区画を探る。小悪魔の行動を推理するに、私に隠れて魔法の練習でもしているのだろう。そう思い立った私は、その中でも熱を発生させる属性の魔法、火に属する魔法の魔道書を、一冊一冊確認していた。
「無い、わね。」
火符「アグニシャイン」。その魔道書が見つからなかった。術式を見直すようなことはないから、魔道書を失うこと自体は大した痛手ではないのだが、誰かがそこに記された術式を再現しようとするならば、少々厄介なことになる。それが、私と同等のレベルの魔法使いであるならともかくとして―――
「さすがに、障壁を張りながらの練習なんてしたら、消耗するのも無理はないわね。」
小悪魔レベルの魔力で、どの程度使いこなせるものか。悪魔である以上、多少なりとも魔力はあるはずなのだが、消耗した様子から察するに、まだまだ未熟であるはずだ。問題は、何故この魔道書を選んだのかということなのだが―――
「―――あら?」
少しばかりまずいことに気がついてしまった。火符「アグニシャイン」と共に並んでいるはずの、火符「アグニシャイン上級」の魔道書も、この場所には無い。
「あの子……」
これまでの「練習」で、どちらを使おうとしていたのかはわからない。だが、悪い方に考えるとするならば、つまり、今まで「上級」の魔法を使ったことがなく、「初級」のレベルであれだけ消耗していたとしたら。額に感じる冷汗の感覚。
「―――きゃあぁぁぁっ!」
叫び声と共に、一際大きな熱量が圧力を持って押し寄せてきた。悪い予想は的中するものだとは言うが、それでも、最悪の状況だけは起きていない事を願った。考えるよりも先に身体が動いたのは久しぶりのことだ。私は、出来る限りの速さで熱源に向かって行った。
熱源に辿りついた時、予想通りの景色が拡がっていた。魔法障壁が破られた残照。その中心で倒れている小悪魔。周りは、火の海。
「プリンセスウンディネ!」
すぐさま、水の魔法を放つ。スペルカードの制限をつけずに放った魔法は、一面に拡がる火をたやすく鎮火した。本棚が少しばかり焦げてしまったようだが、大事には至らなかったようだ。
「……う、うぅ。」
水を浴びたおかげなのか、倒れこんでいた小悪魔がゆっくりと身を起こした。
「大丈夫?」
近付いて声をかけると、一瞬だけ驚いた表情を見せた。しかし、すぐに表情は崩れ、ぽろぽろと涙を流し始めた。
「すみません…… すみません……」
謝罪の言葉を繰り返す小悪魔を、優しく抱きかかえる。小悪魔が落ち着くまでの間、髪を撫でたり、背中を軽く叩いてあげたりして、様子を伺っていた。私に隠してまで魔法の練習をしようとしていた、その気持ちはどこからきたものなのだろう。頃合いを見計らって、私は話を切り出した。
「小悪魔、もう、話は出来るかしら?」
「……はい。」
「そう…… 怪我はない? 火傷とかしてない?」
「……はい。パチュリー様が、助けてくれたおかげで……」
「そうね。私が助けに来なかったら、どうなっていたかしらね。この図書館の中で何をしているか、私に隠し通せると思っていたのかしら?」
「い、あ、そ、それは、その……」
「ここ最近の温度上昇の原因があなたであることくらい、とっくにわかっていたわ。問題は、なんであなたが温度上昇の原因になったのかということ。そうね、とりあえず、魔道書を持ちだした理由から、教えてもらえるかしら。」
小悪魔はついに観念したようだ。さすがに、こういう事態を引き起こした以上、隠し通すことはできないと理解したのだろう。
「私…… パチュリー様に憧れているんです。」
「……は?」
予期しない答えが返ってきた為、つい間抜けな返事をしてしまった。
「ですから、私、パチュリー様に憧れているんです。」
「うむむ…… ま、まぁ、それはともかくとして、それが、魔道書を持ちだした理由と、どう関係しているの?」
「憧れの、パチュリー様の魔法を使えるようになれば、パチュリー様に近付けるんじゃないかって。それで―――」
「ちょっと待って、それだけの理由で、魔道書を持ちだしたの?」
「いえ、それだけではありません。もちろん、今話した理由が大きいのですが、その、もう一つの理由というのは……」
「理由というのは?」
「……スペルカードを使いたかったんです。」
開いた口がふさがらない、という感覚を味わったのは、この時が初めてだった。憧れを持たれるのは嬉しいけれど、もう一つの理由は、さすがに簡単には容認しきれない。そもそも、スペルカードは人の真似をして身につけるような代物ではない。……いや、そうやって身につけた者に心当たりはあるが、それは例外中の例外というものだ。
「なんというか…… 呆れて物が言えないわ。」
「パチュリー様、やっぱり、怒ってます、よね。」
「えぇ、怒るわよ。あなた、自分の力量をわきまえなさい。一応確かめるけれど、暴発したのは「上級」の魔法よね?」
「は…… はい。その通りです。」
「いい? あの魔法は、私だから扱える魔法なの。少なくとも、今のあなたでは扱いきれない物なのよ。」
「はい…… 身に染みました。」
「だから、今後は私に隠れて練習するなんて真似はやめなさい。」
「……」
小悪魔は、答えに躊躇しているようだった。どれだけの意志があったのかはわからない。でも、まだまだ未熟であることには違いがない。
「その代わり―――」
小悪魔の意志を尊重して、被害を出さないようにするための方法とは―――
「私が、ちゃんと教えてあげるから。」
言いかえれば、私の監視している場所以外では魔法の練習をするな、ということなのだが、私にとって、これ以上の譲歩はない。小悪魔にとっても、そこまで悪い条件ではないはずだ。その証拠に、さっきまで泣き顔だった小悪魔に、笑顔が戻っている。
「は、はい! よろしくお願いします!」
元気な声で返事をして、ぺこりと頭を下げる。私としては、やれやれという気持ちでいっぱいなのだが、とりあえずは問題解決といったところだろう。
「それでは、パチュリー様、早速ですが―――」
「ちょっと待って。その前に―――」
水に濡れた服を指し示す。小悪魔を抱きしめていたせいで、私の服までびしょびしょになっている。
「軽く、シャワーを浴びてきましょう。このままいては、風邪をひいちゃうわ。」
しばらくは、小悪魔の魔法練習につきあうことになるだろう。唯一の励みといえば、小悪魔が私に抱いている憧れという感情だ。冷静になって考えてみると、これは想いを告白されたということになるのだろうか。……うん、考えるのは後回しだ。とりあえずは、初級の魔法を制御できる程度を目標にしよう。未熟な小悪魔の笑顔を見ながら、私はそんなことを考えた。
後・・・立ち絵も!