【撫でで欲しいなっ 早く撫でてほしいな! さとり様にほめられたいな!】
「さとり様! やっと買えましたよ! これ、さとり様が気になってたやつですよね!」
遠くからとても可愛らしい心の声が聞こえたので、きっとわたしのペットの中でも懐いてる方である
お燐、もしくはお空が何か自分の功績を褒めて欲しいのだろう、と私はとても微笑ましい気持ちになった。
扉が開くと、大きめの紙袋を抱えてこちらに笑顔で駆け寄ってくるのはおさげを揺らす赤髪の少女。
心の声は、早く撫でて、褒めて、ととても忙しい。
私は息を切らしているお燐に微笑みかけ、おいで、と手招きをする。
今のところお燐は褒めて褒めてという心の声が騒がしくて、私は何について褒めたらいいのかわからないが、
とりあえず落ち着けるために私の飲みかけである100%りんごジュースを分け与える。
【よかった。買ってきて急いでここに来たからのどが渇いてたのよね。さすがさとり様は優しいなあ。ふうー 美味しい】
「ちょうどのどが渇いていたのですね。それで、何を買ってきたのですか、お燐?」
「あ、これです。見てください」
そう言いお燐は紙袋の中身を自慢げに取り出す。
「あら、こ、これは……!」
紙袋の中身は、シャンプーであった。
しかしそれは、ただの洗髪料ではない。
『今、地底で大人気! 温泉成分のアレヤコレヤを詰め込んだしっとりつるつやあこがれのするするストレートへ!』
と謳われているとてもじゃないがお目にかかれない洗髪料だ。
あまりにも品薄状態が続くため、このシャンプーの存在自体が幻想なのではないかと噂も流れるようなものだ。
実際、私はこのシャンプーの存在を知っているのでしつこく探していたわけだが。
お燐に問うわけでもなく思わず、なぜ……と呟いてしまう。
私がこれを手に入れるためにどれだけの苦労をしたか。
私がこれを手に入れるためにどれだけ足の豆を増やしたことか。(まあ飛べばよかったのだが)
【どうだ、すごいでしょ! 褒めて、撫でて!】
「お燐…… 貴方って子は」
私はお燐を見やり、手を伸ばす。
やっと心の欲求通りに撫でてもらえると思っていたお燐はにこにこ笑顔になり、しっぽをぶるんぶるん回して
私に頭を差し出してくる。
私は、もちろんその頭には手を出さず、右手を後頭部に、左手は腰に回し、お燐を抱き寄せる。
「さ、さとり様!」
【ええええええどゆことどゆことさとりさまなんでだきついてるのえええええやらかいあったかい】
「やってくれましたね。とても感謝します。お燐、ありがとう」
「そ、そんなあたいはえ、と。さとり様が喜ぶなら……」
【いいいいいいにおいいいいいきゃああかわいいさとりさまのいきがかかるえろいいいにおいにゃああああ】
少し心の声に突っ込みたかったが、お燐のやってくれたことは私とってとても喜ばしいことだ。
先述したが、これを手に入れるためには血と汗もにじむ努力をした。
これを使っている人物が居ないか、他人の家の風呂場の窓のあたりで心の声を盗み聞きしたり、
そもそも普通のシャンプーに温泉を入れればこれと同じ物が作れるのじゃないかと試行錯誤したり、
あらゆる地底ドラッグストアに裏金を渡し、入荷したら即、うち(地霊殿)に来るように手回ししたり、本当に色々やった。
それだけ苦労したものが、お燐の手によってウチへやってきた。
お燐には感謝しきれない。
今日の晩御飯は、お燐の大好きなツナフレーク丼にしよう。
「では、お燐がせっかく手に入れたこのシャンプー 使ってみましょう。お燐、本当にありがとう」
抱きつくだけでは、感謝を伝えきれないと思ったので頬に軽いキスを落とした。
私の中で、最大限の感謝の印だ。
【さささささとりさまあああえろいえろいえろいといきふわふわきらびやかくちびるもちもちぷよぷよふにゃああああああああ】
「お燐、私の一張羅を用意しておいてください。私はこのシャンプーを使って生まれ変わってきますね」
「りょ、りょうかいですう…… くふう、むふう」
お燐の肩はびくんびくんと痙攣し、何か満身創痍そうだった。
お燐もあとでお風呂に入ったほうがいいんじゃないのでしょうか。
私はお燐の下着の湿度とか、なんかそこら辺を気にしつつシャンプーを使うため風呂場へ向かった。
ここでのお燐の心の声は、……うん、省略させて頂く。
『今、地底で大人気! 温泉成分のアレヤコレヤを詰め込んだしっとりつるつやあこがれのするするストレートへ!』シャンプー
ここではIOSシャンプーと略させて頂く。
私はIOSシャンプーが初めて売られていたことを覚えている。
地上の山にいる谷河童が旧都でたたき売りをしていたのだ。
シャンプーのたたき売りなど一見とても怪しいので、発売当初は全く売れずにいた。
河童の残念そうな顔が思い出される。
すこし不憫に思った私は一言助言したのだ。
だれか、モニターを雇って実際の効果をビフォーアフターで比較してみてはどうだ、と。
河童はその助言を真摯に聞き、3日ほど行方をくらました後で再び現れたのだ。
ストレートヘアの橋姫と一緒に、だ。
旧都での橋姫の知名度はなかなか高いもので、
(最近地上と地下を行き来するものが増えたもので、そこの番をしている橋姫は嫌でも目につくのであろう。
それにこの前の、地底流行語大賞にこの橋姫からエントリーされた『死ねばいいのに』が大賞を取ったことも影響しているだろう)
旧都は騒然となり、シャンプーの取り合いとなった。
実際私もくせ毛があまり好きではなかったので買いに向かったのだが既に完売しており、手に入らなかった。
河童に在庫は聞いたものの、こんなに売れるとは思わなかった、山に帰らないと作れないし結構時間がかかるよ。
そうだ、地底のドラッグストアに置いてくれるよう頼んでみてよ。あんた、権力者でしょ?
などと勝手極まることを言われたのだが、私自身も欲しかったために承諾したというわけだ。
そこから、長かった。
旧都へ買い物にいけばシャンプーのお陰でくせ毛がストレートになった、
あのシャンプーのお陰で良い匂いがすると職場で評判だ、
あのシャンプーがあったから彼女が出来ました、
などとシャンプーを購入できた勝ち組の心の声が毎度聞こえてくるものだから参ったものだ。
そこまで言われたら欲しくもなる。
私だって、このくせ毛をストレートにしたい。
私だって、いい匂いだって言われたい。
私だって、彼女は、まぁ、うん。
私だって、嫌われ者の私だって、そんな風に言われたかったのだ。
IOSシャンプーで髪を洗うことによって、自身が出る。
IOSシャンプーで髪を洗うことによって、魅力が出る。
IOSシャンプーで髪を洗うことによって、元気が出る。
そう信じる。
髪を一握りするたびに、幸せへ向かって一歩歩いてるようで、丁寧に、丁重に、慎重に洗う。
洗い終わり、浴室を出たら、私は別人になっているはずだ!
あれ。
髪をタオルで丁寧に乾かし、鏡の前にたってみるが、髪はまだくるくるぴょん、と遊んでいる。
気持ち、ストレートに近づいたか……? という感じである。
もっとするするストレートになるはずじゃなかったのか。
私は慌ててシャンプーの『効果』欄を読んでみる。
継続的に続けると、効果は顕著に表れるでしょう
なるほど、毎日続けるのがポイントなんだな。
お燐が出してくれた一張羅に着替えながら効果の文章を何回も噛み締め、反芻する。
もちろんこの一張羅というのは水色で手口にひらひらがついているシャツ、私の髪より少し薄い紫のスカートのことだ。
私が地霊殿の四面に出てきた時の服、で伝わるだろう。
私は気に入っている。
この前バカにされたが気に入っている。
【ふろあがりのさとりさまえろいいいにおいするいいにおい】
「あ、あがりましたかさとり様。これからどこに出かけるのですか?」
「お燐、洋服ありがとう。今日は貴方の好きなツナフレーク丼にするためにツナフレークをいっぱい買ってきます。
楽しみにしといてくださいね」
【ツナフレーク丼! やったあ楽しみ!】
「本当ですか! やったあ楽しみです」
妙にてかてかしていたお燐を後に、旧都へと向かう。
外に出ようとすると、扉の前で後ろから不意に話しかけられた。
「お姉ちゃん、今日は新しいね」
二つ、喜ぶべきことがあった。
一つはIOSシャンプーのことを気づいてくれたこと。
もう一つはその話しかけてくれた人物というのがこいしであること。
こいしがこういうことに気づいてくれるのが、とても嬉しかった。
「お出かけ?」
「ええ。今日はツナフレーク丼よ」
そっかそっかーと喜ぶとも嫌がるともしない返事でこいしはくるくる飛び回る。
危ないからやめて欲しいんだけど……
「旧都にいくんでしょ? 気をつけてね」
「私が何を気をつけるの? 大丈夫よ」
「いや、この前子供にその服だっせーって馬鹿にされてたじゃない」
「……子供は正直よね。心の声と、普通の声、ダブルで攻撃してくるんだもん。特にあの子供は…… 天敵だわ」
「あっははー また帰ってくるやいなや自分の部屋行って布団かぶって落ち込まないでね。お燐もお空も心配してたんだから。
お姉ちゃんの部屋から、きゃああああああって声とばたんばたん音が聞こえるんだもん、そりゃ心配するよ」
子供に馬鹿にされた後、家に帰ってすぐに布団をかぶって奇声を発しながら枕を濡らしたことを思い出す。
ばたんばたんというのは子供の言葉を思い出し、布団に顔を埋め足をバタバタした時の音だろう。
なんとか、子供の言ったこと、子供にはこの服のセンスがわからないのだ、と言い聞かせ立ち直ったのは丸一日後だったと思う。
「……まぁ、できるだけ子供に近づかないことにするわ」
「そーしなよー いってらっしゃーい」
こいしは私に手を振り、見送ってくれた。
こいしが見えなくなったあたりで自分の格好を見なおしてみる。
「そんなにダサいかな……」
少し不安になったものの、今日の私は一味違うことを思い出し、旧都へ向かった。
IOSシャンプーが私にすこし、自信をくれた気がした。
【お、新しいな】
【新しいわね、ふーん、いいわね。妬ましい。死ねばいいのに】
【うんうん、新しいやつだな。】
妖怪や鬼とすれ違うたびに、そんな心の声が聞けるのだ。
私は自分のニヤニヤを抑えるので精一杯だった。
IOSシャンプー万々歳じゃないか。
先ほど鬼の星熊勇儀とすれ違った時に
おお、いいじゃーん! かわいいよ!
と大声で言われたのは恥ずかしかったが、やはりどこか嬉しいものがあった。
それと同時に、自分が旧都で歩いているだけで意外にも「見られている」ことに気づく。
一応、ひと目が付く場所はこの一張羅に手を通し、鏡で30分ほど髪やお肌チェックをしてから出向いているので
心配はないと思うが、これほどだとは思わなかった。
「あの、ツナフレーク缶を8……16個ください」
地底乾物屋でツナフレーク缶を買う際、後ろに並んでいる客の【新しいやつね】【あ、新しい】
という心の声を聞き、思わず多く買ってしまった。
今日のお燐はごちそうだ。
それほど素晴らしいことをやってくれたのだから、当然といえよう。
るんるん気分で乾物屋を後にする。
が、不意に私の気分は急降下した。
先ほど並んでいた客の子供だろうか、店の前の床で地面に絵を書いて遊んでいる。
天敵だ。
私は気付かれないように、怪しまれないように、子供の横を通り過ぎる。
しかし、天敵は手強いのが定石である。
後ろから、あー この前の! という大きな声が聞こえてきた。
私は思わず耳を塞いだが、心の声は防げない。
心の声から逃れるように、その場から駆け足で逃げようとする。
その時であった。
【いつものだっせー姉ちゃんだ! あれ? いつもと違う…… なんか…… いいじゃん】
そう。
この瞬間。
私は勝ったのだ。
私は泣いた。
それと同時である。
自分で見たときはあまりわからなかったが、傍から見れば子供でも分かる変化を与えてくれたIOSシャンプーへの感謝。
それを見つけてくれたお燐への感謝。
幸福が私を駆けまわる。
駆けまわって駆けまわって、私を満たす。
駆けまわって駆けまわって駆けまわって、私を浸透する。
私は天敵に勝ったのだ。
IOSシャンプーのおかげで勝ったのだ。
私は小躍りしそうになる自分を抑えて、地霊殿までスキップで帰った。
それが全然苦と感じることない程私は幸せだったのである。
足の豆が潰れていたのは、この際気にしないことにする。
「ただいまー!」
【つなふれーくつなふれーくつなふれーく♪】
「おかえりなさいさとり様。お燐から聞きました。今日はツナフレーク丼なんですね!」
「そうよ、楽しみにしててね」
またもスキップで台所で向かう。
すると、ルンルン気分の私にお空も気づいたようだ。
「あー!」
「お空、気づいたみたいですね」
「ええ、いいですねさとり様! 似合いますよ」
【なんだ、ここにあったのかー】
「ふふん、もっと褒めていいんですよ」
「でもさとり様、私はどうしましょう」
【うーん、私がさとり様のを?】
「ん? どういうことですか」
「いや、だって、それ、私のですし」
【ちょっと気に入ってるやつだから後で返してほしいなあ】
「…………ごめんなさい、お空。言ってることがわからないわ。
それに、気に入ってるって何を? 私のシャンプーのことじゃなくて?」
「シャンプー? えっと、意味がわかりません」
【シャンプー? シャンプー?】
「……お空は、さっき私の何を褒めてくれたのですか?」
「何って、これですよ」
「うひゃっ」
お空が私のおしりを触ったかと思うと、なぜか感触が刺激的で思わず変な声を上げてしまった。
……なんでこんなに感触がダイレクトに?
疑問に思い、自分のおしりを触る。
…………え?
「な、ででででっかい穴が! おしりに!」
「あはは、さとり様、おしりには穴が開いてるのはあたりまえじゃないですか」
「違うわよ! スカートの! おしりのところに! 穴が!
「え? それって『見せパン』ってやつじゃないんですか?こいし様が言ってましたよ」
「みみみいみみみみせパン?!」
そそそそんな大胆な見せパンがあるか!
なななななんでこんなことに?
いったい、いつから…………
「結構前からだよね、お空?」
「あ、こいし様。 そうですねー私が覚えてないくらい前からですね」
ななななんだって? ままままままて、おちついいつちつけ、落ち着け。
私はこの格好で、旧都に、定期的に、行ったり来たり、パンツ、丸見えで。
「で、なんでお姉ちゃんお空のパンツ履いてるの? いつものだあっさいパンツじゃなくてさ」
「…………だ、ださくないわよ。可愛い、くまさんとか、おうまさんとか、ねこさんとか、描いてある、ださくないわよ……」
「えー あれはダサいですようさとり様」
「私、お姉ちゃんがあまりに堂々と穴開けて旧都に行くから見せパンだと思ってたんだけど、違うの?」
違うに決まっている。
え、じゃあ、なんなの? じゃあ、え?
「さっきこいしが出かけるときに新しいね、って言ってくれたのは……」
「いつものだっさい動物パンツシリーズじゃないから新しいね、って言ったんだよ。
でもそれ見たことあると思ったらお空のパンツなんだよね。で、なんだっけ? シャンプー変えたの? ごめん、気づかなかった」
「すみません、私も気づきませんでしたー」
ふう、落ち着け。
じゃあ、私のIOSシャンプーによる効果は気づかなかったと。
うん、じゃあいつもパンツ晒して歩いてる私に思ってる、
旧都の妖怪や鬼たちの『新しい』って心の声はこいしと一緒で……
「なるほど…… そういうことなのね……」
「どうしたのお姉ちゃん、顔真っ青にしながら血吐いて」
そっかそっか。
もうダメ。死にそう。
私は涙と、鼻水と、口から血が出るのを我慢しながら寝室に向かった。
前回は、丸一日だったけど、今回はもっと。
寝室に入り、布団の中で埃っぽい空気を思いっきり吸う。
――――すーっ
いやあああああああああああああああああああああばばばばばばばばばっばばばばb
ばたんばたんばたんばたんばたんばたんばたんばたん
「全く新しい、地霊殿の主」
おわり
「さとり様! やっと買えましたよ! これ、さとり様が気になってたやつですよね!」
遠くからとても可愛らしい心の声が聞こえたので、きっとわたしのペットの中でも懐いてる方である
お燐、もしくはお空が何か自分の功績を褒めて欲しいのだろう、と私はとても微笑ましい気持ちになった。
扉が開くと、大きめの紙袋を抱えてこちらに笑顔で駆け寄ってくるのはおさげを揺らす赤髪の少女。
心の声は、早く撫でて、褒めて、ととても忙しい。
私は息を切らしているお燐に微笑みかけ、おいで、と手招きをする。
今のところお燐は褒めて褒めてという心の声が騒がしくて、私は何について褒めたらいいのかわからないが、
とりあえず落ち着けるために私の飲みかけである100%りんごジュースを分け与える。
【よかった。買ってきて急いでここに来たからのどが渇いてたのよね。さすがさとり様は優しいなあ。ふうー 美味しい】
「ちょうどのどが渇いていたのですね。それで、何を買ってきたのですか、お燐?」
「あ、これです。見てください」
そう言いお燐は紙袋の中身を自慢げに取り出す。
「あら、こ、これは……!」
紙袋の中身は、シャンプーであった。
しかしそれは、ただの洗髪料ではない。
『今、地底で大人気! 温泉成分のアレヤコレヤを詰め込んだしっとりつるつやあこがれのするするストレートへ!』
と謳われているとてもじゃないがお目にかかれない洗髪料だ。
あまりにも品薄状態が続くため、このシャンプーの存在自体が幻想なのではないかと噂も流れるようなものだ。
実際、私はこのシャンプーの存在を知っているのでしつこく探していたわけだが。
お燐に問うわけでもなく思わず、なぜ……と呟いてしまう。
私がこれを手に入れるためにどれだけの苦労をしたか。
私がこれを手に入れるためにどれだけ足の豆を増やしたことか。(まあ飛べばよかったのだが)
【どうだ、すごいでしょ! 褒めて、撫でて!】
「お燐…… 貴方って子は」
私はお燐を見やり、手を伸ばす。
やっと心の欲求通りに撫でてもらえると思っていたお燐はにこにこ笑顔になり、しっぽをぶるんぶるん回して
私に頭を差し出してくる。
私は、もちろんその頭には手を出さず、右手を後頭部に、左手は腰に回し、お燐を抱き寄せる。
「さ、さとり様!」
【ええええええどゆことどゆことさとりさまなんでだきついてるのえええええやらかいあったかい】
「やってくれましたね。とても感謝します。お燐、ありがとう」
「そ、そんなあたいはえ、と。さとり様が喜ぶなら……」
【いいいいいいにおいいいいいきゃああかわいいさとりさまのいきがかかるえろいいいにおいにゃああああ】
少し心の声に突っ込みたかったが、お燐のやってくれたことは私とってとても喜ばしいことだ。
先述したが、これを手に入れるためには血と汗もにじむ努力をした。
これを使っている人物が居ないか、他人の家の風呂場の窓のあたりで心の声を盗み聞きしたり、
そもそも普通のシャンプーに温泉を入れればこれと同じ物が作れるのじゃないかと試行錯誤したり、
あらゆる地底ドラッグストアに裏金を渡し、入荷したら即、うち(地霊殿)に来るように手回ししたり、本当に色々やった。
それだけ苦労したものが、お燐の手によってウチへやってきた。
お燐には感謝しきれない。
今日の晩御飯は、お燐の大好きなツナフレーク丼にしよう。
「では、お燐がせっかく手に入れたこのシャンプー 使ってみましょう。お燐、本当にありがとう」
抱きつくだけでは、感謝を伝えきれないと思ったので頬に軽いキスを落とした。
私の中で、最大限の感謝の印だ。
【さささささとりさまあああえろいえろいえろいといきふわふわきらびやかくちびるもちもちぷよぷよふにゃああああああああ】
「お燐、私の一張羅を用意しておいてください。私はこのシャンプーを使って生まれ変わってきますね」
「りょ、りょうかいですう…… くふう、むふう」
お燐の肩はびくんびくんと痙攣し、何か満身創痍そうだった。
お燐もあとでお風呂に入ったほうがいいんじゃないのでしょうか。
私はお燐の下着の湿度とか、なんかそこら辺を気にしつつシャンプーを使うため風呂場へ向かった。
ここでのお燐の心の声は、……うん、省略させて頂く。
『今、地底で大人気! 温泉成分のアレヤコレヤを詰め込んだしっとりつるつやあこがれのするするストレートへ!』シャンプー
ここではIOSシャンプーと略させて頂く。
私はIOSシャンプーが初めて売られていたことを覚えている。
地上の山にいる谷河童が旧都でたたき売りをしていたのだ。
シャンプーのたたき売りなど一見とても怪しいので、発売当初は全く売れずにいた。
河童の残念そうな顔が思い出される。
すこし不憫に思った私は一言助言したのだ。
だれか、モニターを雇って実際の効果をビフォーアフターで比較してみてはどうだ、と。
河童はその助言を真摯に聞き、3日ほど行方をくらました後で再び現れたのだ。
ストレートヘアの橋姫と一緒に、だ。
旧都での橋姫の知名度はなかなか高いもので、
(最近地上と地下を行き来するものが増えたもので、そこの番をしている橋姫は嫌でも目につくのであろう。
それにこの前の、地底流行語大賞にこの橋姫からエントリーされた『死ねばいいのに』が大賞を取ったことも影響しているだろう)
旧都は騒然となり、シャンプーの取り合いとなった。
実際私もくせ毛があまり好きではなかったので買いに向かったのだが既に完売しており、手に入らなかった。
河童に在庫は聞いたものの、こんなに売れるとは思わなかった、山に帰らないと作れないし結構時間がかかるよ。
そうだ、地底のドラッグストアに置いてくれるよう頼んでみてよ。あんた、権力者でしょ?
などと勝手極まることを言われたのだが、私自身も欲しかったために承諾したというわけだ。
そこから、長かった。
旧都へ買い物にいけばシャンプーのお陰でくせ毛がストレートになった、
あのシャンプーのお陰で良い匂いがすると職場で評判だ、
あのシャンプーがあったから彼女が出来ました、
などとシャンプーを購入できた勝ち組の心の声が毎度聞こえてくるものだから参ったものだ。
そこまで言われたら欲しくもなる。
私だって、このくせ毛をストレートにしたい。
私だって、いい匂いだって言われたい。
私だって、彼女は、まぁ、うん。
私だって、嫌われ者の私だって、そんな風に言われたかったのだ。
IOSシャンプーで髪を洗うことによって、自身が出る。
IOSシャンプーで髪を洗うことによって、魅力が出る。
IOSシャンプーで髪を洗うことによって、元気が出る。
そう信じる。
髪を一握りするたびに、幸せへ向かって一歩歩いてるようで、丁寧に、丁重に、慎重に洗う。
洗い終わり、浴室を出たら、私は別人になっているはずだ!
あれ。
髪をタオルで丁寧に乾かし、鏡の前にたってみるが、髪はまだくるくるぴょん、と遊んでいる。
気持ち、ストレートに近づいたか……? という感じである。
もっとするするストレートになるはずじゃなかったのか。
私は慌ててシャンプーの『効果』欄を読んでみる。
継続的に続けると、効果は顕著に表れるでしょう
なるほど、毎日続けるのがポイントなんだな。
お燐が出してくれた一張羅に着替えながら効果の文章を何回も噛み締め、反芻する。
もちろんこの一張羅というのは水色で手口にひらひらがついているシャツ、私の髪より少し薄い紫のスカートのことだ。
私が地霊殿の四面に出てきた時の服、で伝わるだろう。
私は気に入っている。
この前バカにされたが気に入っている。
【ふろあがりのさとりさまえろいいいにおいするいいにおい】
「あ、あがりましたかさとり様。これからどこに出かけるのですか?」
「お燐、洋服ありがとう。今日は貴方の好きなツナフレーク丼にするためにツナフレークをいっぱい買ってきます。
楽しみにしといてくださいね」
【ツナフレーク丼! やったあ楽しみ!】
「本当ですか! やったあ楽しみです」
妙にてかてかしていたお燐を後に、旧都へと向かう。
外に出ようとすると、扉の前で後ろから不意に話しかけられた。
「お姉ちゃん、今日は新しいね」
二つ、喜ぶべきことがあった。
一つはIOSシャンプーのことを気づいてくれたこと。
もう一つはその話しかけてくれた人物というのがこいしであること。
こいしがこういうことに気づいてくれるのが、とても嬉しかった。
「お出かけ?」
「ええ。今日はツナフレーク丼よ」
そっかそっかーと喜ぶとも嫌がるともしない返事でこいしはくるくる飛び回る。
危ないからやめて欲しいんだけど……
「旧都にいくんでしょ? 気をつけてね」
「私が何を気をつけるの? 大丈夫よ」
「いや、この前子供にその服だっせーって馬鹿にされてたじゃない」
「……子供は正直よね。心の声と、普通の声、ダブルで攻撃してくるんだもん。特にあの子供は…… 天敵だわ」
「あっははー また帰ってくるやいなや自分の部屋行って布団かぶって落ち込まないでね。お燐もお空も心配してたんだから。
お姉ちゃんの部屋から、きゃああああああって声とばたんばたん音が聞こえるんだもん、そりゃ心配するよ」
子供に馬鹿にされた後、家に帰ってすぐに布団をかぶって奇声を発しながら枕を濡らしたことを思い出す。
ばたんばたんというのは子供の言葉を思い出し、布団に顔を埋め足をバタバタした時の音だろう。
なんとか、子供の言ったこと、子供にはこの服のセンスがわからないのだ、と言い聞かせ立ち直ったのは丸一日後だったと思う。
「……まぁ、できるだけ子供に近づかないことにするわ」
「そーしなよー いってらっしゃーい」
こいしは私に手を振り、見送ってくれた。
こいしが見えなくなったあたりで自分の格好を見なおしてみる。
「そんなにダサいかな……」
少し不安になったものの、今日の私は一味違うことを思い出し、旧都へ向かった。
IOSシャンプーが私にすこし、自信をくれた気がした。
【お、新しいな】
【新しいわね、ふーん、いいわね。妬ましい。死ねばいいのに】
【うんうん、新しいやつだな。】
妖怪や鬼とすれ違うたびに、そんな心の声が聞けるのだ。
私は自分のニヤニヤを抑えるので精一杯だった。
IOSシャンプー万々歳じゃないか。
先ほど鬼の星熊勇儀とすれ違った時に
おお、いいじゃーん! かわいいよ!
と大声で言われたのは恥ずかしかったが、やはりどこか嬉しいものがあった。
それと同時に、自分が旧都で歩いているだけで意外にも「見られている」ことに気づく。
一応、ひと目が付く場所はこの一張羅に手を通し、鏡で30分ほど髪やお肌チェックをしてから出向いているので
心配はないと思うが、これほどだとは思わなかった。
「あの、ツナフレーク缶を8……16個ください」
地底乾物屋でツナフレーク缶を買う際、後ろに並んでいる客の【新しいやつね】【あ、新しい】
という心の声を聞き、思わず多く買ってしまった。
今日のお燐はごちそうだ。
それほど素晴らしいことをやってくれたのだから、当然といえよう。
るんるん気分で乾物屋を後にする。
が、不意に私の気分は急降下した。
先ほど並んでいた客の子供だろうか、店の前の床で地面に絵を書いて遊んでいる。
天敵だ。
私は気付かれないように、怪しまれないように、子供の横を通り過ぎる。
しかし、天敵は手強いのが定石である。
後ろから、あー この前の! という大きな声が聞こえてきた。
私は思わず耳を塞いだが、心の声は防げない。
心の声から逃れるように、その場から駆け足で逃げようとする。
その時であった。
【いつものだっせー姉ちゃんだ! あれ? いつもと違う…… なんか…… いいじゃん】
そう。
この瞬間。
私は勝ったのだ。
私は泣いた。
それと同時である。
自分で見たときはあまりわからなかったが、傍から見れば子供でも分かる変化を与えてくれたIOSシャンプーへの感謝。
それを見つけてくれたお燐への感謝。
幸福が私を駆けまわる。
駆けまわって駆けまわって、私を満たす。
駆けまわって駆けまわって駆けまわって、私を浸透する。
私は天敵に勝ったのだ。
IOSシャンプーのおかげで勝ったのだ。
私は小躍りしそうになる自分を抑えて、地霊殿までスキップで帰った。
それが全然苦と感じることない程私は幸せだったのである。
足の豆が潰れていたのは、この際気にしないことにする。
「ただいまー!」
【つなふれーくつなふれーくつなふれーく♪】
「おかえりなさいさとり様。お燐から聞きました。今日はツナフレーク丼なんですね!」
「そうよ、楽しみにしててね」
またもスキップで台所で向かう。
すると、ルンルン気分の私にお空も気づいたようだ。
「あー!」
「お空、気づいたみたいですね」
「ええ、いいですねさとり様! 似合いますよ」
【なんだ、ここにあったのかー】
「ふふん、もっと褒めていいんですよ」
「でもさとり様、私はどうしましょう」
【うーん、私がさとり様のを?】
「ん? どういうことですか」
「いや、だって、それ、私のですし」
【ちょっと気に入ってるやつだから後で返してほしいなあ】
「…………ごめんなさい、お空。言ってることがわからないわ。
それに、気に入ってるって何を? 私のシャンプーのことじゃなくて?」
「シャンプー? えっと、意味がわかりません」
【シャンプー? シャンプー?】
「……お空は、さっき私の何を褒めてくれたのですか?」
「何って、これですよ」
「うひゃっ」
お空が私のおしりを触ったかと思うと、なぜか感触が刺激的で思わず変な声を上げてしまった。
……なんでこんなに感触がダイレクトに?
疑問に思い、自分のおしりを触る。
…………え?
「な、ででででっかい穴が! おしりに!」
「あはは、さとり様、おしりには穴が開いてるのはあたりまえじゃないですか」
「違うわよ! スカートの! おしりのところに! 穴が!
「え? それって『見せパン』ってやつじゃないんですか?こいし様が言ってましたよ」
「みみみいみみみみせパン?!」
そそそそんな大胆な見せパンがあるか!
なななななんでこんなことに?
いったい、いつから…………
「結構前からだよね、お空?」
「あ、こいし様。 そうですねー私が覚えてないくらい前からですね」
ななななんだって? ままままままて、おちついいつちつけ、落ち着け。
私はこの格好で、旧都に、定期的に、行ったり来たり、パンツ、丸見えで。
「で、なんでお姉ちゃんお空のパンツ履いてるの? いつものだあっさいパンツじゃなくてさ」
「…………だ、ださくないわよ。可愛い、くまさんとか、おうまさんとか、ねこさんとか、描いてある、ださくないわよ……」
「えー あれはダサいですようさとり様」
「私、お姉ちゃんがあまりに堂々と穴開けて旧都に行くから見せパンだと思ってたんだけど、違うの?」
違うに決まっている。
え、じゃあ、なんなの? じゃあ、え?
「さっきこいしが出かけるときに新しいね、って言ってくれたのは……」
「いつものだっさい動物パンツシリーズじゃないから新しいね、って言ったんだよ。
でもそれ見たことあると思ったらお空のパンツなんだよね。で、なんだっけ? シャンプー変えたの? ごめん、気づかなかった」
「すみません、私も気づきませんでしたー」
ふう、落ち着け。
じゃあ、私のIOSシャンプーによる効果は気づかなかったと。
うん、じゃあいつもパンツ晒して歩いてる私に思ってる、
旧都の妖怪や鬼たちの『新しい』って心の声はこいしと一緒で……
「なるほど…… そういうことなのね……」
「どうしたのお姉ちゃん、顔真っ青にしながら血吐いて」
そっかそっか。
もうダメ。死にそう。
私は涙と、鼻水と、口から血が出るのを我慢しながら寝室に向かった。
前回は、丸一日だったけど、今回はもっと。
寝室に入り、布団の中で埃っぽい空気を思いっきり吸う。
――――すーっ
いやあああああああああああああああああああああばばばばばばばばばっばばばばb
ばたんばたんばたんばたんばたんばたんばたんばたん
「全く新しい、地霊殿の主」
おわり
動物パンツより真っ白パンツがいいと思います(しんし)
一番得したのはおりんりんですね、間違い無い。もふもふギュッと。
パンツ? 黒のガーダーベルトかな(しんし)
恥ずかしがっているよりも堂々としている方が逆に違和感がなくなる、のか?
はじめは「新しい→卸したての一張羅に値札タグでもついてるのか?」とか思ってたんですが、こりゃあ予想できんわ。
全員、さとりに敬礼…!
『新しい』だった地底の人々は実に紳士である
ここに居るしんし達とはえれぇ違いだぜ!
でも、私も見たいです(しんし)
でも可愛い!
でもさとり様のパンモロならちょっと見たいかもw