「大ちゃん。あたい、空の飛び方忘れた」
「……えっ」
ホーホケキョ。タイミングよくウグイスの鳴き声が聞こえたが、大妖精の受けた衝撃を表す擬音としては最適な鳴き声だった。
チルノは今何と言った?
空の飛び方を忘れた?
まさかそんなこと。昨日まではちゃんと空を飛んでいたのに。
しかし相手はチルノなのだ。幻想郷全体にバカという代名詞が定着しているチルノなのだ。もしかしたら、もしかするかも。
ていうか誰だよ最初にチルノちゃんをバカだって言ったのは。確かに頭は弱いところもあるけど勇気があって機転も利いて力も強い。冷気を操る力は他の追随を許さない。チルノちゃんは凄いんだ。チルノちゃんは私の
けほん。
今まででのことを簡単に思い出してみる。
今日は雲一つ無い快晴。照り付ける夏の日差しで汗が止まらない。
いつもどおり起きて夏の暑さに辟易しながらいつものようにチルノと遊ぼうと霧の湖に訪れた。そのほとりで湖面を眺めてぼんやりしていると、そのうちチルノがやって来た。
おはよう、チルノちゃん。大妖精の挨拶にチルノは冒頭の台詞で返した。
「飛び方を忘れたって、本当に?」
「うん。全然わかんない」
「ちょっと飛んでみて?」
「おう!」
氷の羽が激しく羽ばたきをする。氷冷された空気が辺りに吹かれて涼しい。
しかしだ。空を飛ぼうとしているのはわかるが、チルノの体は全然浮かない。
これではただの扇風機だ。暑がりの大妖精には嬉しい代物だが。
「飛べない、ねぇ」
「どうだ!」
「威張ることじゃないよね」
鼻を鳴らしてどや顔をするチルノに呆れと愛らしさを感じつつ考える。
このままチルノを放ってはおけない。飛べない妖精はただの少女だし、なにより大妖精の良心が許さない。
どうにかして空の飛び方を思い出させてやりたいが、どうすればよいのかわからない。
空の飛び方を教えてやろうにも、感覚的に空を飛んでいる大妖精には教えようがない。
色んな方法を考えて、こんがらがって、そのうち考えるのをやめた。しっかり者で忘れられがちだが、大妖精だってれっきとした妖精なのだ。思考能力はそこらの人間の子供とどっこいどっこいといったところ。
途方に暮れ、そこで閃いた。
「空の飛び方は、すごく上手に空を飛ぶ人に聴けばいいんだ!」
「誰それ。大ちゃん?」
「違うよ。霊夢さんだよ」
「おお、なるほど!」
異変解決の旅に幻想郷を西へ東へ天界へ地底へと飛び回る霊夢の噂は妖精達の間でも有名。きっと彼女なら、チルノの飛べない異変も解決してくれるだろう。
我ながら名案だ、と思う。
「よっし! それじゃ早速行ってくるよ! 大ちゃん、ありがとー! 戻ってくる時は、サイキョーのあたいが戻ってるよ!」
思い立ったらなんとやら。チルノはお礼を言うと大妖精の返事も聞かずに博麗神社へと向かって行った。
後ろで大妖精が何かを叫んだが、先を急ぐチルノはその声に振り返らない。
◇
「霊夢。あたい、空の飛び方忘れた」
「邪魔をするなら帰れ」
煎餅を齧る音が響く博麗神社社務所の一室。突然の来客に霊夢は棘のある一言を投げかける。
来客のチルノはそれが耳に入らなかったかのように部屋に乗り込み、霊夢の座る机に向かい合うように腰を下ろし煎餅に手を伸ばす。
無遠慮な動作に問答無用で札を投げつけてやろうとしたが、札を投げるのが面倒だ。札を取り出すのが面倒だ。煎餅はいくらでもあるし、無くなってもまた買えばよい。
「霊夢。あたいに空の飛び方を思い出させて」
「さっさと帰れ」
「断る!」
霊夢は不機嫌だった。今日は雲一つ無い快晴、しかも昨晩降った雨のせいで湿気もあり不快指数は非常に高い。一日中通気の良いこの部屋でのんびりだらだらと過ごそうとしていた矢先にチルノの襲来だ。
元来短気な霊夢はこれだけで苛々が頂点に達しかけている。どうしたらこの妖精を動かず簡単に追い出せるかな。あ~、でも無視を決め込んだほうが面倒じゃないかな。
ん?
心なしか、部屋の気温が下がったような。
「霊夢。あたいをあの空へ連れてって」
びしっと開け放たれた縁側から見える空を指差すチルノ。その体からは僅かに煙のようなものが見えた。凝縮した水蒸気だ。
これが見えるということは、チルノの周辺の気温が急激に冷やされている証拠。
霊夢は頭上に豆電球が点灯するようなイメージを覚えた。
「チルノ。空を飛びたいのね。じゃあ頑張って羽ばたいてみなさい」
「うん。さっきやってみた。でも飛べなかったよ?」
「あっそう。羽ばたいてくれたら空の飛び方を教えてあげようと思っていたんだけど。残念」
表情を輝かせ、チルノは立ち上がる。あんまり慌てて立ち上がるものだから、机を引っ掛けてひっくり返しそうになった。
霊夢は慌てて煎餅の乗った皿を持って支える。危ない、ここで煎餅をダメにされたら意味が無い。
チルノに向けてガンを飛ばしてみるが、この妖精には効果がない。
「本当!? じゃあ頑張る!」
「頑張れ」
ぱたぱたぱた。チルノの小さな氷の羽が羽ばたきを始める。
ぱたぱたぱた。霊夢はぼんやり頬杖をついている。
「どうだ、霊夢! あたいは頑張ってるよ!」
「うん、頑張ってる。でももっと頑張りなさい」
「おう!」
ぱたぱたぱた。チルノの羽ばたきがもっと強くなった。
ぱたぱたぱた。霊夢の瞼がゆっくり閉じられた。
「どうした霊夢! 降参か!?」
「まさか。貴女が弱すぎて退屈なの」
「なんだとーっ!」
「悔しかったらもっと強く羽ばたきなさい。私を吹き飛ばすくらいの力でね」
「ふん! 笑っていられるのも今のうちだ!」
ばたばたばた。持てる力を全て振り絞る。
ばたばたばた。持てる力を全て抜きさる。
「ぐぬぬぬぬ~……も、もうだめ」
チルノの全力はそう長く持たず、やがて疲れきって羽ばたきが止まり、机に手をついてしまった。
荒れた息を必死で整えている彼女の頭を霊夢が撫でる。この手が何人もの妖怪を殴ってきた手とは思えない優しい手つきだ。
「霊夢?」
「お疲れ。貴女はよく頑張ったわ」
視線をあげてみると、チルノが初めて見る霊夢の笑顔があった。
自分がこんなに優しくされる理由はわからないが、悪いものではない。胸の奥のむずむずした感覚がくすぐったい。
きっとあたいの羽ばたきに負けたんだ。これは負け犬が相手を褒めているんだ。ちょっと恥ずかしいけど、このまま撫でられてやろう。
当然霊夢はそんな事を微塵も考えていない。
霊夢がチルノに羽ばたきを命じたのは、部屋の温度を下げる為。氷の翼が羽ばたけば冷気が部屋に充満し、暫くの間は快適に過ごせると踏んだからだ。
結果、部屋は十分に冷え快適な空間となった。今日一日はのんびり煎餅を齧って暮らせる。冷えすぎてチルノの周囲が所々凍り付いてしまっているが、この程度は許してやろう。
「ま、まああたいが頑張ればこんなもんよ! さ、約束どおり空の飛び方を教えてもらおうかしら!」
「空の飛び方? うん、えっと」
焦りで汗をかく。ああ、せっかく引いた汗なのに。
空の飛び方なんて霊夢も知らない。先ほどの口約束はチルノを釣る為の餌。空の飛び方なんて大妖精と同じく感覚的に空を飛んでいる霊夢に教えられるわけがない。
とにかく何かをでっち上げなくては。怒ったチルノを叩きのめすのは簡単だが、その余波で部屋を凍らされては笑えない。
必死で頭を捻り、一人の少女の顔を思い出した。
「そ、そうだ! 人里の慧音のところへ行きなさい」
「慧音?」
「子供達に勉強を教えている、とっても頭がいい奴よ。彼女ならきっと空の飛び方を教えてくれるわ」
「そうか! 霊夢、ありがとう!」
お礼を言うと霊夢の返事も聞かずに人里へと向かって行った。
後ろで霊夢が呆れた顔をしていたが、先を急ぐチルノはその恐怖に気づかない。
◇
「慧音。あたい、空の飛び方忘れた」
「え、はい、そうですか」
寺子屋の窓から飛び込んだチルノは授業中であるのを気にせず慧音に尋ねる。
授業の邪魔をする輩には頭突きをお見舞いすることで有名な慧音の授業で無駄話をする生徒は一人もおらず、その為しんとしていた教室に入り込んできたチルノの元気な声は逆に生徒達を怯えさせた。
あの妖精、慧音先生の頭突きを喰らうね。痛いんだよね、あれ。思い出しただけでも怖い。何の力も持たない人間の子供だが目配せだけで会話ができる程、この後の展開を予想するのは簡単だった。
しかし慧音は頭突きをする仕草を見せない。
というのも、彼女は頭突きをする相手を生徒か人間に仇なす者だけと決めているからだ。いきなり飛び込んできた見知らぬ妖精に頭突きをするのは彼女のポリシーに反する。
その上、真面目な慧音は突発的な出来事に弱い。授業を思いがけないタイミングで中断させられリズムが狂い、自分がどうすれば良いのか見失っている。
早鐘を打つ心臓に急かされ、呼吸を整え、目を閉じ、息を吸う。
「え~、空の飛び方、ですか。わかりました。お教えしましょう」
「うん、すぐ教えて」
「え、あ、はい……っ!」
言ってから失言に気づく。これまで授業を邪魔する者は容赦無く追い出したり制裁を加えてきた。当然この妖精にもそうすべき。でなければ生徒たちに示しがつかない。
そんな相手に授業を中断させてまで疑問に答えてやろうとするなんて。授業を終えてから飛び方を教えればよいのだが、前言を撤回するようなことはしたくない。
視線を生徒たちの方に向けると、今までで寝ていた子を含めた全員が慧音とチルノを冷ややかに見つめている。その顔には、教えるのかよ。おい、授業しろよ。頭突きは? という抗議文が書かれていた。
横を向けば、眩しくなるほどまっすぐに見つめるチルノ。おら、早く教えろ。そう顔に書いてある。
油の切れたブリキ人形のように生徒とチルノを交互に見渡し、双方の無言の重圧に押しつぶされ。
そしてぷつりと慧音を繋ぎとめていた何かが切れた。
油の挿されたブリキ人形のようにチルノに向き直り、その小さな両肩をがっしり掴む。
おお、小さくチルノが声を漏らした。真剣で、しかし汗をかき、目が回っている慧音が滑稽だ。
「時間が無いから手短に、かつわかりやすく説明してあげましょう。
空を飛ぶ、という行為は言うのは簡単ですが実行するのは非常に難しい。
それは私達には重力という力が常に働いているからです。
重力とは、この地球が私達を引っ張る力のこと。そう、私達が地面に立っているのは、この重力によって引っ張られているから。
もうおわかりですね。空を飛ぶには、重力に負けないように上向きの力を発生させればよいのです。
しかしこれが案外難しい。上向きの力を発生させるだけなら簡単です。
私が貴女を上に向かって思いっきり頭突きをすれば、貴女は上空5m程まで飛んでいくでしょう。
が、当然これは空を飛んでいるとは言えません。空に舞っているという表現が正しいでしょうか。
空を飛ぶには常に自分を浮かせていられるだけの力を発生させつづける必要があるのです。
先程の例では、宙に浮いた貴女に私が頭突きをし続けることになります。こうすれば貴女は空を飛べますが、自由には飛べません。
行き先は私が決めることも出来ますし、また私がいなければ飛べない、何よりも非常に痛いです。
それに貴女は以前は一人で飛べていたのですから、これ以外の方法がきっとあるはずです。
ではここで、他の方がどうやって空を飛んでいるのか考察してみましょう。
霊夢は霊力によって、魔理沙は魔力によって重力を振り切っています。
私の友人に炎を操ることができる者がいますが、彼女は炎で空気を温め、それによって発生する上昇気流で空を飛んでいます。
吸血鬼や天狗など翼を持っている連中は、翼を強く羽ばたかせることで空を飛ぶ力を発生させています。
さて、焦点を貴女に戻しましょう。確か貴女は妖精で、羽を持ち、その力は冷気を操るもの。
羽を持っているのですから羽ばたいて空を飛ぶ、と思いがちですが、これはありえません。
多くの妖精は自分の体を浮かせられるほど強く羽ばたけないのです。そのため何か別の力で空を飛んでいたのでしょう。
私が思うに、貴女は冷気の力で空を飛んでいた。
ここで疑問に思うでしょう。先程の私の友人の話で、空気を温めて空を飛んだ、というのがありましたね。
同様の考えで空気を冷やしてしまったら、今度は下向きの力が発生してしまうのではないか?
答はイエス。冷えた空気は下へと向かいます。これでは空が飛べないでしょう。
ですが、貴女は冷気の力で局所的に低気圧を発生させていたとしたら?
低気圧の中心では上昇気流が発生します。これで体を浮かせ、重力を振り切るだけの揚力を得ていた。
貴女の冷気を操る力を全力全開で発動させ、かつ自分の周辺のみを低気圧にさせる高度な技術。
これらを貴女は使いこなし、空を飛んでいたのです。
ですから空を飛ぶには、貴女の力で低気圧を発生させればよいのです。
わかりましたか?」
「うん! ぜんっぜんわかんない!」
「なん……ですって……」
弾幕のように捲くし立てた言葉は字数のわりに短時間で言い終わることはできたが、非常にわかりにくく退屈なもの。
自分ではわかりやすいように説明していたつもりの慧音はチルノと教室を見渡し、何人かの生徒がまた夢の世界に誘われているのを確認してショックを受ける。
勿論チルノに悪気は無い。自分の感想をそのまま言ってやっただけなのだが、それが慧音を傷つけているのには気づかない。
「ここに来たのは間違いだった! これなら本を読んでいたほうがマシだ」
「ふぐぅ!」
「じゃ、あたいは別の人に空の飛び方訊いてくる。んじゃね」
言ってチルノは窓から飛び出し、寺子屋を後にする。
教室には床に手をつき涙を流す慧音と、この一連の流れを呆然と見送る生徒達が残された。
◇
「おかえり、チルノちゃん。空の飛び方は思い出せた?」
「思い出せない!」
「やっぱり」
チルノは空の飛び方を尋ねて幻想郷中を回った。命蓮寺、妖怪の山、守矢神社、魔理沙の家。思いつく人には全て会ってみた。
けれど誰も空の飛び方を教えてくれない。日は沈みかけ、夕日が世界を紅に染める時間になったので仕方なく霧の湖に戻った。
そこでは大妖精が湖面を見つめて待っていた。帰ってきたチルノを見つけた彼女は冒頭の質問を投げかけ、そして返答は予想通りのものだった。
「あのね、チルノちゃん。私、チルノちゃんが空を飛ぶ方法見つけたんだよ」
「うお、マジか!? さすが大ちゃん、褒めて遣わす!」
「どこで覚えたの、そんな言葉……」
胸を張って言うチルノに苦笑しつつも、そこがチルノらしい。
彼女は自分にないものを沢山持っている。勇気、力、元気、挙げるときりが無い。
だから時々、大妖精はチルノの傍にいてもいいのか悩む時がある。大妖精も妖精の中では力を持っているほうだが、妖怪にも匹敵するチルノとは釣り合わない。
けれど大妖精がチルノと離れる事は決してない。
大妖精もまた、チルノが持っていないものを沢山持っている。
お互いがお互いの持っていないものを補う。これを理想のコンビと呼ばずしてなんと言うのだろう。
「こっちなの。着いてきて」
「うん!」
大妖精が歩を進め、その背中をチルノは追う。
「大ちゃん、どこに行くんだ?」
「チルノちゃんが空を飛べるようになるところ」
「それって何処?」
「秘密だよ~」
「む~。大ちゃんのいじわる」
「ふふふ。ねえチルノちゃん。霊夢さんの神社に行ったんだよね? 帰りが遅かったけど、どうしてたの?」
「霊夢がさ、空の飛び方は慧音が知ってるって言ったから慧音のところに行ったんだ」
「ふんふん」
「でも慧音は何を言ってるのかわかんなかった。それからはいろんな人達に空の飛び方を訊き回ってたぞ!」
「へえ。大変だったね」
「おう!」
「そうだ、今度魔法の森のお店に行かない? 面白い玩具があるらしいよ」
「本当!? 行く行く! 明日行こっ!」
「うん、そうだね。ところでチルノちゃん。下見てみて」
「下? ……湖じゃん。それがどうかしたの?」
「うん、湖だね。じゃあ、今チルノちゃんはどこにいるの?」
「湖の上じゃん」
「チルノちゃん、まだ気づかない?」
「え、何に?」
「チルノちゃん。今、飛んでるよ?」
「……ほぇ?」
きょろきょろ、辺りを見渡す。湖のほとりを歩いていた筈なのに、いつの間にか宙に浮いていた。湖や見上げていた木々は今や視界の下。少し空が近くなったようにも見える。
それはつまり自分が空を飛んでいるという意味で。
「やった……あたい、空を飛んでるよ大ちゃああああああああ!?」
「チルノちゃん!?」
嬉しさのあまりに腕を広げて大妖精に近づこうとしたチルノ。しかし糸が切れたように真っ逆さまに湖へ落ちていく。すぐに大妖精が空を飛んで彼女を受け止めようとするが、非力な妖精の力では無理があった。
静かな湖面が激しく波打ち、しばらくして二人の妖精が顔を出す。
「ぷはっ! 大ちゃん、大丈夫か!?」
「うん、大丈夫」
今が夏とはいえ、冷気を発するチルノと同じ水に浸かっていてはたちまち風邪をひいてしまう。それはチルノも大妖精も理解しているので、急いで岸まで泳いぐ。
濡れた服を絞りながらチルノは考える。今まででずっと飛べなかったのは確かなのだ。しかしさっきは大妖精を追っているうちにいつの間にか空を飛べていた。しかし飛べたのは一瞬で、すぐに落ちてしまった。
じゃあ、今は? 羽を動かし飛ぼうとする。しかしどうやっても、どう頑張っても空に浮かない。
「あのね、チルノちゃん。チルノちゃんはね、空を飛べなくなってなんかいないんだよ」
チルノと同様に服を絞った大妖精の羽はたっぷり水を吸ってしまい、見るからに重そうだ。当分空は飛べないだろう。
それは見ただけでわかるのだが、大妖精の言ったことはチルノは理解できず、大量の疑問符を頭上に浮かべた。
これも大妖精には予想通りの反応だった。
「実はチルノちゃんね、朝霊夢さんの神社に行く時も飛んでたの」
「マジ!?」
「うん。きっと神社から人里に行く時だって。もしかしたら、幻想郷中を回ってる時だって、飛び回ってたかもしれない」
大妖精は頭は弱いが、物事を順序よく考えることはできる。そして誰よりもチルノを知っている。だからチルノが飛べない理由を考え、ある程度の仮説を立てることができた。
湖上の飛行は仮説を立証するための実験だ。実験は成功に終わり、自分の仮説が正しかったことが証明された。
ただ、これはもう苦笑するしかない。チルノらしいといえばらしいのだが、そのように片付けてしまうと今日の出来事が全て馬鹿馬鹿しくなってしまう。
大妖精の仮説は、チルノを語る上で決して外せない特徴を考慮したうえで結論づけられたもの。
その特徴といえば。
「きっとね、チルノちゃんは空を飛ぼうって考えると飛べないんだ。空を飛ぼうって思わないで、あそこに行こうって思えば飛べるんだよ」
「……考えるな、感じろ。ってやつか?」
「多分」
チルノは筋金入りのバカ。
さすがに大妖精もそう認めざるを得なくなった。
「……えっ」
ホーホケキョ。タイミングよくウグイスの鳴き声が聞こえたが、大妖精の受けた衝撃を表す擬音としては最適な鳴き声だった。
チルノは今何と言った?
空の飛び方を忘れた?
まさかそんなこと。昨日まではちゃんと空を飛んでいたのに。
しかし相手はチルノなのだ。幻想郷全体にバカという代名詞が定着しているチルノなのだ。もしかしたら、もしかするかも。
ていうか誰だよ最初にチルノちゃんをバカだって言ったのは。確かに頭は弱いところもあるけど勇気があって機転も利いて力も強い。冷気を操る力は他の追随を許さない。チルノちゃんは凄いんだ。チルノちゃんは私の
けほん。
今まででのことを簡単に思い出してみる。
今日は雲一つ無い快晴。照り付ける夏の日差しで汗が止まらない。
いつもどおり起きて夏の暑さに辟易しながらいつものようにチルノと遊ぼうと霧の湖に訪れた。そのほとりで湖面を眺めてぼんやりしていると、そのうちチルノがやって来た。
おはよう、チルノちゃん。大妖精の挨拶にチルノは冒頭の台詞で返した。
「飛び方を忘れたって、本当に?」
「うん。全然わかんない」
「ちょっと飛んでみて?」
「おう!」
氷の羽が激しく羽ばたきをする。氷冷された空気が辺りに吹かれて涼しい。
しかしだ。空を飛ぼうとしているのはわかるが、チルノの体は全然浮かない。
これではただの扇風機だ。暑がりの大妖精には嬉しい代物だが。
「飛べない、ねぇ」
「どうだ!」
「威張ることじゃないよね」
鼻を鳴らしてどや顔をするチルノに呆れと愛らしさを感じつつ考える。
このままチルノを放ってはおけない。飛べない妖精はただの少女だし、なにより大妖精の良心が許さない。
どうにかして空の飛び方を思い出させてやりたいが、どうすればよいのかわからない。
空の飛び方を教えてやろうにも、感覚的に空を飛んでいる大妖精には教えようがない。
色んな方法を考えて、こんがらがって、そのうち考えるのをやめた。しっかり者で忘れられがちだが、大妖精だってれっきとした妖精なのだ。思考能力はそこらの人間の子供とどっこいどっこいといったところ。
途方に暮れ、そこで閃いた。
「空の飛び方は、すごく上手に空を飛ぶ人に聴けばいいんだ!」
「誰それ。大ちゃん?」
「違うよ。霊夢さんだよ」
「おお、なるほど!」
異変解決の旅に幻想郷を西へ東へ天界へ地底へと飛び回る霊夢の噂は妖精達の間でも有名。きっと彼女なら、チルノの飛べない異変も解決してくれるだろう。
我ながら名案だ、と思う。
「よっし! それじゃ早速行ってくるよ! 大ちゃん、ありがとー! 戻ってくる時は、サイキョーのあたいが戻ってるよ!」
思い立ったらなんとやら。チルノはお礼を言うと大妖精の返事も聞かずに博麗神社へと向かって行った。
後ろで大妖精が何かを叫んだが、先を急ぐチルノはその声に振り返らない。
◇
「霊夢。あたい、空の飛び方忘れた」
「邪魔をするなら帰れ」
煎餅を齧る音が響く博麗神社社務所の一室。突然の来客に霊夢は棘のある一言を投げかける。
来客のチルノはそれが耳に入らなかったかのように部屋に乗り込み、霊夢の座る机に向かい合うように腰を下ろし煎餅に手を伸ばす。
無遠慮な動作に問答無用で札を投げつけてやろうとしたが、札を投げるのが面倒だ。札を取り出すのが面倒だ。煎餅はいくらでもあるし、無くなってもまた買えばよい。
「霊夢。あたいに空の飛び方を思い出させて」
「さっさと帰れ」
「断る!」
霊夢は不機嫌だった。今日は雲一つ無い快晴、しかも昨晩降った雨のせいで湿気もあり不快指数は非常に高い。一日中通気の良いこの部屋でのんびりだらだらと過ごそうとしていた矢先にチルノの襲来だ。
元来短気な霊夢はこれだけで苛々が頂点に達しかけている。どうしたらこの妖精を動かず簡単に追い出せるかな。あ~、でも無視を決め込んだほうが面倒じゃないかな。
ん?
心なしか、部屋の気温が下がったような。
「霊夢。あたいをあの空へ連れてって」
びしっと開け放たれた縁側から見える空を指差すチルノ。その体からは僅かに煙のようなものが見えた。凝縮した水蒸気だ。
これが見えるということは、チルノの周辺の気温が急激に冷やされている証拠。
霊夢は頭上に豆電球が点灯するようなイメージを覚えた。
「チルノ。空を飛びたいのね。じゃあ頑張って羽ばたいてみなさい」
「うん。さっきやってみた。でも飛べなかったよ?」
「あっそう。羽ばたいてくれたら空の飛び方を教えてあげようと思っていたんだけど。残念」
表情を輝かせ、チルノは立ち上がる。あんまり慌てて立ち上がるものだから、机を引っ掛けてひっくり返しそうになった。
霊夢は慌てて煎餅の乗った皿を持って支える。危ない、ここで煎餅をダメにされたら意味が無い。
チルノに向けてガンを飛ばしてみるが、この妖精には効果がない。
「本当!? じゃあ頑張る!」
「頑張れ」
ぱたぱたぱた。チルノの小さな氷の羽が羽ばたきを始める。
ぱたぱたぱた。霊夢はぼんやり頬杖をついている。
「どうだ、霊夢! あたいは頑張ってるよ!」
「うん、頑張ってる。でももっと頑張りなさい」
「おう!」
ぱたぱたぱた。チルノの羽ばたきがもっと強くなった。
ぱたぱたぱた。霊夢の瞼がゆっくり閉じられた。
「どうした霊夢! 降参か!?」
「まさか。貴女が弱すぎて退屈なの」
「なんだとーっ!」
「悔しかったらもっと強く羽ばたきなさい。私を吹き飛ばすくらいの力でね」
「ふん! 笑っていられるのも今のうちだ!」
ばたばたばた。持てる力を全て振り絞る。
ばたばたばた。持てる力を全て抜きさる。
「ぐぬぬぬぬ~……も、もうだめ」
チルノの全力はそう長く持たず、やがて疲れきって羽ばたきが止まり、机に手をついてしまった。
荒れた息を必死で整えている彼女の頭を霊夢が撫でる。この手が何人もの妖怪を殴ってきた手とは思えない優しい手つきだ。
「霊夢?」
「お疲れ。貴女はよく頑張ったわ」
視線をあげてみると、チルノが初めて見る霊夢の笑顔があった。
自分がこんなに優しくされる理由はわからないが、悪いものではない。胸の奥のむずむずした感覚がくすぐったい。
きっとあたいの羽ばたきに負けたんだ。これは負け犬が相手を褒めているんだ。ちょっと恥ずかしいけど、このまま撫でられてやろう。
当然霊夢はそんな事を微塵も考えていない。
霊夢がチルノに羽ばたきを命じたのは、部屋の温度を下げる為。氷の翼が羽ばたけば冷気が部屋に充満し、暫くの間は快適に過ごせると踏んだからだ。
結果、部屋は十分に冷え快適な空間となった。今日一日はのんびり煎餅を齧って暮らせる。冷えすぎてチルノの周囲が所々凍り付いてしまっているが、この程度は許してやろう。
「ま、まああたいが頑張ればこんなもんよ! さ、約束どおり空の飛び方を教えてもらおうかしら!」
「空の飛び方? うん、えっと」
焦りで汗をかく。ああ、せっかく引いた汗なのに。
空の飛び方なんて霊夢も知らない。先ほどの口約束はチルノを釣る為の餌。空の飛び方なんて大妖精と同じく感覚的に空を飛んでいる霊夢に教えられるわけがない。
とにかく何かをでっち上げなくては。怒ったチルノを叩きのめすのは簡単だが、その余波で部屋を凍らされては笑えない。
必死で頭を捻り、一人の少女の顔を思い出した。
「そ、そうだ! 人里の慧音のところへ行きなさい」
「慧音?」
「子供達に勉強を教えている、とっても頭がいい奴よ。彼女ならきっと空の飛び方を教えてくれるわ」
「そうか! 霊夢、ありがとう!」
お礼を言うと霊夢の返事も聞かずに人里へと向かって行った。
後ろで霊夢が呆れた顔をしていたが、先を急ぐチルノはその恐怖に気づかない。
◇
「慧音。あたい、空の飛び方忘れた」
「え、はい、そうですか」
寺子屋の窓から飛び込んだチルノは授業中であるのを気にせず慧音に尋ねる。
授業の邪魔をする輩には頭突きをお見舞いすることで有名な慧音の授業で無駄話をする生徒は一人もおらず、その為しんとしていた教室に入り込んできたチルノの元気な声は逆に生徒達を怯えさせた。
あの妖精、慧音先生の頭突きを喰らうね。痛いんだよね、あれ。思い出しただけでも怖い。何の力も持たない人間の子供だが目配せだけで会話ができる程、この後の展開を予想するのは簡単だった。
しかし慧音は頭突きをする仕草を見せない。
というのも、彼女は頭突きをする相手を生徒か人間に仇なす者だけと決めているからだ。いきなり飛び込んできた見知らぬ妖精に頭突きをするのは彼女のポリシーに反する。
その上、真面目な慧音は突発的な出来事に弱い。授業を思いがけないタイミングで中断させられリズムが狂い、自分がどうすれば良いのか見失っている。
早鐘を打つ心臓に急かされ、呼吸を整え、目を閉じ、息を吸う。
「え~、空の飛び方、ですか。わかりました。お教えしましょう」
「うん、すぐ教えて」
「え、あ、はい……っ!」
言ってから失言に気づく。これまで授業を邪魔する者は容赦無く追い出したり制裁を加えてきた。当然この妖精にもそうすべき。でなければ生徒たちに示しがつかない。
そんな相手に授業を中断させてまで疑問に答えてやろうとするなんて。授業を終えてから飛び方を教えればよいのだが、前言を撤回するようなことはしたくない。
視線を生徒たちの方に向けると、今までで寝ていた子を含めた全員が慧音とチルノを冷ややかに見つめている。その顔には、教えるのかよ。おい、授業しろよ。頭突きは? という抗議文が書かれていた。
横を向けば、眩しくなるほどまっすぐに見つめるチルノ。おら、早く教えろ。そう顔に書いてある。
油の切れたブリキ人形のように生徒とチルノを交互に見渡し、双方の無言の重圧に押しつぶされ。
そしてぷつりと慧音を繋ぎとめていた何かが切れた。
油の挿されたブリキ人形のようにチルノに向き直り、その小さな両肩をがっしり掴む。
おお、小さくチルノが声を漏らした。真剣で、しかし汗をかき、目が回っている慧音が滑稽だ。
「時間が無いから手短に、かつわかりやすく説明してあげましょう。
空を飛ぶ、という行為は言うのは簡単ですが実行するのは非常に難しい。
それは私達には重力という力が常に働いているからです。
重力とは、この地球が私達を引っ張る力のこと。そう、私達が地面に立っているのは、この重力によって引っ張られているから。
もうおわかりですね。空を飛ぶには、重力に負けないように上向きの力を発生させればよいのです。
しかしこれが案外難しい。上向きの力を発生させるだけなら簡単です。
私が貴女を上に向かって思いっきり頭突きをすれば、貴女は上空5m程まで飛んでいくでしょう。
が、当然これは空を飛んでいるとは言えません。空に舞っているという表現が正しいでしょうか。
空を飛ぶには常に自分を浮かせていられるだけの力を発生させつづける必要があるのです。
先程の例では、宙に浮いた貴女に私が頭突きをし続けることになります。こうすれば貴女は空を飛べますが、自由には飛べません。
行き先は私が決めることも出来ますし、また私がいなければ飛べない、何よりも非常に痛いです。
それに貴女は以前は一人で飛べていたのですから、これ以外の方法がきっとあるはずです。
ではここで、他の方がどうやって空を飛んでいるのか考察してみましょう。
霊夢は霊力によって、魔理沙は魔力によって重力を振り切っています。
私の友人に炎を操ることができる者がいますが、彼女は炎で空気を温め、それによって発生する上昇気流で空を飛んでいます。
吸血鬼や天狗など翼を持っている連中は、翼を強く羽ばたかせることで空を飛ぶ力を発生させています。
さて、焦点を貴女に戻しましょう。確か貴女は妖精で、羽を持ち、その力は冷気を操るもの。
羽を持っているのですから羽ばたいて空を飛ぶ、と思いがちですが、これはありえません。
多くの妖精は自分の体を浮かせられるほど強く羽ばたけないのです。そのため何か別の力で空を飛んでいたのでしょう。
私が思うに、貴女は冷気の力で空を飛んでいた。
ここで疑問に思うでしょう。先程の私の友人の話で、空気を温めて空を飛んだ、というのがありましたね。
同様の考えで空気を冷やしてしまったら、今度は下向きの力が発生してしまうのではないか?
答はイエス。冷えた空気は下へと向かいます。これでは空が飛べないでしょう。
ですが、貴女は冷気の力で局所的に低気圧を発生させていたとしたら?
低気圧の中心では上昇気流が発生します。これで体を浮かせ、重力を振り切るだけの揚力を得ていた。
貴女の冷気を操る力を全力全開で発動させ、かつ自分の周辺のみを低気圧にさせる高度な技術。
これらを貴女は使いこなし、空を飛んでいたのです。
ですから空を飛ぶには、貴女の力で低気圧を発生させればよいのです。
わかりましたか?」
「うん! ぜんっぜんわかんない!」
「なん……ですって……」
弾幕のように捲くし立てた言葉は字数のわりに短時間で言い終わることはできたが、非常にわかりにくく退屈なもの。
自分ではわかりやすいように説明していたつもりの慧音はチルノと教室を見渡し、何人かの生徒がまた夢の世界に誘われているのを確認してショックを受ける。
勿論チルノに悪気は無い。自分の感想をそのまま言ってやっただけなのだが、それが慧音を傷つけているのには気づかない。
「ここに来たのは間違いだった! これなら本を読んでいたほうがマシだ」
「ふぐぅ!」
「じゃ、あたいは別の人に空の飛び方訊いてくる。んじゃね」
言ってチルノは窓から飛び出し、寺子屋を後にする。
教室には床に手をつき涙を流す慧音と、この一連の流れを呆然と見送る生徒達が残された。
◇
「おかえり、チルノちゃん。空の飛び方は思い出せた?」
「思い出せない!」
「やっぱり」
チルノは空の飛び方を尋ねて幻想郷中を回った。命蓮寺、妖怪の山、守矢神社、魔理沙の家。思いつく人には全て会ってみた。
けれど誰も空の飛び方を教えてくれない。日は沈みかけ、夕日が世界を紅に染める時間になったので仕方なく霧の湖に戻った。
そこでは大妖精が湖面を見つめて待っていた。帰ってきたチルノを見つけた彼女は冒頭の質問を投げかけ、そして返答は予想通りのものだった。
「あのね、チルノちゃん。私、チルノちゃんが空を飛ぶ方法見つけたんだよ」
「うお、マジか!? さすが大ちゃん、褒めて遣わす!」
「どこで覚えたの、そんな言葉……」
胸を張って言うチルノに苦笑しつつも、そこがチルノらしい。
彼女は自分にないものを沢山持っている。勇気、力、元気、挙げるときりが無い。
だから時々、大妖精はチルノの傍にいてもいいのか悩む時がある。大妖精も妖精の中では力を持っているほうだが、妖怪にも匹敵するチルノとは釣り合わない。
けれど大妖精がチルノと離れる事は決してない。
大妖精もまた、チルノが持っていないものを沢山持っている。
お互いがお互いの持っていないものを補う。これを理想のコンビと呼ばずしてなんと言うのだろう。
「こっちなの。着いてきて」
「うん!」
大妖精が歩を進め、その背中をチルノは追う。
「大ちゃん、どこに行くんだ?」
「チルノちゃんが空を飛べるようになるところ」
「それって何処?」
「秘密だよ~」
「む~。大ちゃんのいじわる」
「ふふふ。ねえチルノちゃん。霊夢さんの神社に行ったんだよね? 帰りが遅かったけど、どうしてたの?」
「霊夢がさ、空の飛び方は慧音が知ってるって言ったから慧音のところに行ったんだ」
「ふんふん」
「でも慧音は何を言ってるのかわかんなかった。それからはいろんな人達に空の飛び方を訊き回ってたぞ!」
「へえ。大変だったね」
「おう!」
「そうだ、今度魔法の森のお店に行かない? 面白い玩具があるらしいよ」
「本当!? 行く行く! 明日行こっ!」
「うん、そうだね。ところでチルノちゃん。下見てみて」
「下? ……湖じゃん。それがどうかしたの?」
「うん、湖だね。じゃあ、今チルノちゃんはどこにいるの?」
「湖の上じゃん」
「チルノちゃん、まだ気づかない?」
「え、何に?」
「チルノちゃん。今、飛んでるよ?」
「……ほぇ?」
きょろきょろ、辺りを見渡す。湖のほとりを歩いていた筈なのに、いつの間にか宙に浮いていた。湖や見上げていた木々は今や視界の下。少し空が近くなったようにも見える。
それはつまり自分が空を飛んでいるという意味で。
「やった……あたい、空を飛んでるよ大ちゃああああああああ!?」
「チルノちゃん!?」
嬉しさのあまりに腕を広げて大妖精に近づこうとしたチルノ。しかし糸が切れたように真っ逆さまに湖へ落ちていく。すぐに大妖精が空を飛んで彼女を受け止めようとするが、非力な妖精の力では無理があった。
静かな湖面が激しく波打ち、しばらくして二人の妖精が顔を出す。
「ぷはっ! 大ちゃん、大丈夫か!?」
「うん、大丈夫」
今が夏とはいえ、冷気を発するチルノと同じ水に浸かっていてはたちまち風邪をひいてしまう。それはチルノも大妖精も理解しているので、急いで岸まで泳いぐ。
濡れた服を絞りながらチルノは考える。今まででずっと飛べなかったのは確かなのだ。しかしさっきは大妖精を追っているうちにいつの間にか空を飛べていた。しかし飛べたのは一瞬で、すぐに落ちてしまった。
じゃあ、今は? 羽を動かし飛ぼうとする。しかしどうやっても、どう頑張っても空に浮かない。
「あのね、チルノちゃん。チルノちゃんはね、空を飛べなくなってなんかいないんだよ」
チルノと同様に服を絞った大妖精の羽はたっぷり水を吸ってしまい、見るからに重そうだ。当分空は飛べないだろう。
それは見ただけでわかるのだが、大妖精の言ったことはチルノは理解できず、大量の疑問符を頭上に浮かべた。
これも大妖精には予想通りの反応だった。
「実はチルノちゃんね、朝霊夢さんの神社に行く時も飛んでたの」
「マジ!?」
「うん。きっと神社から人里に行く時だって。もしかしたら、幻想郷中を回ってる時だって、飛び回ってたかもしれない」
大妖精は頭は弱いが、物事を順序よく考えることはできる。そして誰よりもチルノを知っている。だからチルノが飛べない理由を考え、ある程度の仮説を立てることができた。
湖上の飛行は仮説を立証するための実験だ。実験は成功に終わり、自分の仮説が正しかったことが証明された。
ただ、これはもう苦笑するしかない。チルノらしいといえばらしいのだが、そのように片付けてしまうと今日の出来事が全て馬鹿馬鹿しくなってしまう。
大妖精の仮説は、チルノを語る上で決して外せない特徴を考慮したうえで結論づけられたもの。
その特徴といえば。
「きっとね、チルノちゃんは空を飛ぼうって考えると飛べないんだ。空を飛ぼうって思わないで、あそこに行こうって思えば飛べるんだよ」
「……考えるな、感じろ。ってやつか?」
「多分」
チルノは筋金入りのバカ。
さすがに大妖精もそう認めざるを得なくなった。
でも、チルノが可愛かったし面白かったです!
始まりから落ちまでチルノらしいお話ですねぇ
そして慧音先生ww
日常的
チルノの気持ちも分かると同時に、何ともまったりとした、まさにチルノらしいチルノでした。
大ちゃん可愛くできてますね。