幻想郷で闘萃という遊びが空前絶後の大ブームとなりました。
闘萃とはその名の通り萃香を戦わせる遊びです。萃香は草むら、森の中、または家屋の中などを探し回ると見つかります。これをお互いに用意して戦わせるという、いたってシンプルな遊びです。
今や幻想郷に闘萃を知らないひとはいません。大人も子どもも人も妖怪も、誰もが闘萃に親しんでいるのです。
そんな時代ですから萃香というのは、非常に価値の高いものとなりました。
ことさら強い萃香となると、その価値は並の数倍、数十倍と膨れ上がります。紅魔館の主、永遠亭の姫、地霊殿などの、権威も財産もあるような所では、強い萃香に目を付けては高い金で買い取りました。
このために幻想郷では萃香で一山当てようと、多くの人々が野山を駆けて強い萃香を見つけ、大事に育てました。
所変わって博麗神社ではお金が底を着きようとしていました。もともと参拝客の少ない神社ですが、闘萃がブームとなってからは輪をかけてめっきりといった様子で、賽銭箱はいつも空っぽでした。
もはや明日の食事すらも危ういといった状況でしたので、とうとう霊夢も頭を悩ませてしまいます。
「どうしたんだ。頭を抱えるほど楽しいことでもあったのか」
「異変だわ」
「なんの?」
「お金がない」
「なんだ。いつものことじゃないか」
遊びに来ていた魔理沙は、つまらないとばかりに頭を組みます。
「それもこれも闘萃のせいよ。あれのせいで誰も神社にやってこなくなったわ」
「やってくるにしても妖怪連中ばっかだったけどな」
それもそうですが確かに博麗神社には妖怪もやってこなくなっていました。みんな闘萃に夢中になって、それどころではないのです。
「そんなことよりもさ」
「そんなこととはなによ」
「いいから、これを見てみろよ」
魔理沙は持っていた紙を出しました。
紙は数枚ありましたが、書いてあることは大体こうでした。
求む 最強萃香 金額は相談の上で
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自慢の萃香 高額買い取り致します
「これがなんなの?」
「実は今度の宴会で闘萃大会をやるようなんだ。だからどこの連中も今は強い萃香を求めて幻想郷中を廻ってる」
「つまり強い萃香を見つければ」
「一攫千金ってわけだ」
もちろん霊夢はその話に飛びつきました。
聞けば萃香は幻想郷のいたるところにいると言います。霊夢はまずはと神社の回りを探しました。
「どうしたの? なにか探しているようだけど」
華扇がやってきて霊夢に聞きます。
「萃香を探してるの」
「う……そ、そうですか」
「ええ。強い萃香を見つければ高値で売れるのよ」
霊夢はとても楽しそうに話しますが、その言葉だけではとても危なく感じます。
「またそんな欲にまみれたことを考えているのですか」
「いいじゃない。どうせ暇なんだし」
「あなたの仕事は神に仕えることでしょう」
「一儲けできたら神社の改築費用にするわよ」
華扇の呆れる様子などには目もくれないで、霊夢は黙々と草むらや縁の下などを中心に探してまわります。
「神社にはいないわね」
霊夢は萃香を探すために空へ飛び立ちました。
しかし、いくら探しても萃香の姿は見あたりません。
「ちょっと! どこにでもいるんじゃなかったの!」
怒り心頭で帰路につきます。
翌日もその翌日も探しましたが見つかりません。範囲を広げ幻想郷を飛び回りましたがついには一匹も手に入れることはできませんでした。
「もういいー。もうつかれたー」
「結局一匹も見つからなかったんですか」
「そうよ。まったく無駄なことをしたわ。あーあ」
霊夢はすっかりやる気がなくなった様子で、腕をぷらぷらと伸ばしてちゃぶ台に突っ伏しています。
「しょうがないですね。ここはひとつ私が手を貸しましょう」
そう言うと華扇は神社からお香を拝借して焚きました。その上から炙りにかけるように紙をかざしますと、煙を吸って紙になにやら浮かびあがりました。どうやら文字ではなくて絵のようです。
「この絵の場所に行ってみなさい」
絵を見れば見覚えのあるところでした。行ってみますと、はたしてそこには萃香がいました。
しかもその大きさは、並のものよりも一回りも二回りも大きいものでした。霊夢は喜ぶことも忘れてすぐさまそれを捕まえます。
「やった。ついに手にいれたわ」
目の前でまじまじと眺めると、今にも飛びかかって襲いそうな鋭い目に角は金色に光っていて、手から離れようと何度も暴れ狂っています。
「うんうん。これはまさしく良い萃香だわ」
高値で売れるに違いない。そう確信して、まるで宝石を扱うように大切に持ち帰りました。
「どうでしたか」
「言われたとおり本当にいたわ」
「なんだ。それなら私にも絵をくれたっていいじゃないか」
同じく萃香を探していた魔理沙も成果なしといった有様でしたので、うらめしそうに華扇を見つめます。
「いえ、この術は一回きりと決めていますので」
「なんだよケチなやつだな」
「仙人が気まぐれをおこしただけだわ。なにを言ったって無駄なことよ」
反対に霊夢はご機嫌な様子。文句を言う魔理沙をたしなめるのでした。
見つけた萃香は籠に入れて大切にしました。なけなしの酒まで与えて、霊夢はすっかり上機嫌でした。
さて、その日の夜のことです。
草木も眠る頃に、魔理沙は博麗神社にやって来ました。
霊夢が眠っているのを確認して、魔理沙はこっそり部屋の中へ入ります。
「このまま萃香が売られるのは、ちょっと納得いかないからな」
強い萃香を持ってるのなら、賭け闘萃で小金を稼げると考えたのです。
「わたしはやさしいからな。朝までには返してやるぜ」
霊夢相手に盗みを働くのはさすがにシャレになりません。魔理沙は霊夢が寝ている間だけ、萃香を借りようと思っていました。
しかし籠の中から取りだそうとしますと、この機を逃さまいとばかりに中から萃香が飛び出したのです。
あわてて、つかまえようと手を伸ばしますが、萃香はすばしっこくてなかなか捕まりません。
それどころか、凶暴な萃香は逃げずに魔理沙の顔に飛びかかってまいりました。
驚いた魔理沙は、それをはたき落としてしまいます。
あ、しまった
そう思ったときにはもう遅く、地面に叩きつけられた萃香はそのまま動かなくなり、やがて黒い霧となって宙に消えてしまいました。
「こ、これはヤバいことになったぜ」
乾いた声で魔理沙は言いました。
「逃げるか。どこか誰も知らない所へ」
「何をしているのです」
陰の方から声がしました。魔理沙は驚いて振り返ります。
「か、華扇か!」
「見たところ霊夢の萃香を盗ろうとして、誤って駄目にしてしまったようですね」
「違う! 盗むつもりじゃなかったんだ」
なぜそこにいる? という言葉も忘れて魔理沙はたじろぎます。
「言い訳は無用です。欲を制御できないからそのような目に遭うのです。これは少し罰がいりますね」
華扇が右手を出しますと、魔理沙の額をちょんと一突きします。その場で魔理沙は崩れ落ち、そのまま目が覚めることはありませんでした。
萃香が駄目になったと知り、霊夢はもはや生きてる意味もないといった様子でした。
「もういいわー。わたしこのまま死ぬわー」
「元気を出しなさいよ。あなたは元気だけが取り柄ではありませんか。あの世にいる魔理沙も悲しみますよ」
魔理沙は朝に死んだ姿で見つかりました。華扇が言うには萃香を駄目にしたことに罪を感じて命を絶ったとのことです。今は布団に寝かされて埋葬されるのを待つ身となっています。
「魔理沙も魔理沙よ。自殺なんかして誰が喜ぶのよ。そんなにもうしわけがないのなら、せめて財産を譲渡してから死になさいよね」
「まあまあ。ほら、先ほど萃香を見つけたので捕まえておきましたよ。代わりにこれを売ればいいではいいではありませんか」
「無駄よ。そんなちっちゃなのじゃ誰も見向きなんてしないわ」
ちゃぶ台に突っ伏した状態から顔だけを向けて答えます。
「見た目で決めつけるのは良くありませんね。試しに戦わせてみてはどうですか。意外と強いのかもしれませんよ」
「もう里に行く気力もないわよ」
そうこう話している間に、博麗神社に早苗がやって来ました。
「こんにちは。霊夢さん。華扇さん。なんの話をしてるんですか」
「いえ、闘萃のことでちょっと」
「あー闘萃ですか。いま流行ってますもんね。私も大好きですよ」
「早苗は闘萃をやってるんですか」
「やってるもなにも……。こう見えて私、山の方じゃ名の知れたスイカーなんですよー」
「スイカー……?」
「萃香バトラー。略してスイカーですっ!」
「はあ。まあ、ちょうどよかった。ほら、霊夢。里に行かずに済みましたね。早苗と戦いなさい」
「ちっ。なんでうちに来るのよ」
「あれ、私ってもしかして歓迎されてません」
華扇に諭されるままにしぶしぶと霊夢は闘萃をすることになりました。
「素人相手ですから手加減はしてあげますね」
「はいはい」
早苗は萃香を出しました。堂々とした体躯で毛並みも良く、角も強固で見るからに強そうです。
対して霊夢の方はというと、早苗のよりも一回り小さくて、やる気のない表情をしていました。弱いとまではいいませんが、前に見つけた萃香と比べますと、どうしても頼りなく感じてしまいます。
「行きますよ―
チャージ三回
フリーエントリー
ノーオプションバトルッ!」
「な、なんなのよ」
「行っけえええ。私のエインシェント ゴッド オブ萃香ー!」
早苗の萃香が勢いも良く突撃を仕掛けます。それなのに霊夢の方はというとぴくりとも動こうとはしません。
これは負けたと思い、早々に霊夢は諦めました。
ところが霊夢の萃香はいとも簡単に突撃をはじき返しました。そして怯んだところを投げ飛ばしてしまいます。
憐れ、早苗の萃香は山の方へと飛んでいき、そのまま星となりました。
「うそ……勝った?」
「ちょ、ちょっと……え、負けたんですか」
あまりの出来事に早苗は呆然として目をぱちくりさせています。
そして、糸が切れたようにがっくりと膝をついてしまいました。
「そんなあ。私の手塩にかけて育てたエインシェント ゴッド オブ萃香が……。寝る時もお風呂の時もずっと一緒だったエインシェント ゴッド オブ萃香が……」
「すごいわ。ほんとにこいつ強いじゃない!」
霊夢はさっきまで様子はどこへやらで、すっかり元気になってはしゃぎます。
やる気のなさそうな萃香を大事そうに抱えて。
すぐに霊夢は里へ闘萃に行きますと、全戦全勝。山へ行っても負けなしでした。
その噂で、翌日には霊夢の所に幻想郷の有力者が集まりました。萃香はそこで競りにかけられ、高値で取り引きされました。
「これだけあればしばらくは食うに困らないわね」
「ですが、それは霊夢の力で手に入れたわけではない、悪貨だということを忘れては駄目ですよ。これからはもっとしっかりと努力して神社の参拝客を増やしなさい」
「わ、分かってるわよ。まあ今回のことはあんたのお陰なわけだし、晩御飯くらいはご馳走するわよ」
「うー頭がいたいぜ」
よろよろと魔理沙がやって来ました。
「あら魔理沙。生き返ったの」
「人を尸解仙みたいに言うなよ」
実際、本当に死んでいたのですが、のんきそうに魔理沙は言いました。
「しかし、なんだかえらい疲れたな。なんにもやってないはずなのに」
「そうね。あんたはずっと死んでいたからね」
「それが夢の中ではそうじゃなかったんだよ。あれ、死人って夢を見るものなのか」
「ほう。それはどんな夢だったのですか」
華扇がにやにやとした様子で魔理沙に尋ねました。
「それがな。夢の中で私は萃香になって何度も闘萃で戦うんだ。で、さんざん戦わされるんだが、どれだけ戦っても萃香だから一円の儲けにもならない。最後にはレミリアに売られちまってさ。頭に来たから顔を引っかいてやったら握りつぶされた。そしたら目が覚めたってわけだ」
その夜、華扇と魔理沙は博麗神社でごちそうになったとのことです。
闘萃とはその名の通り萃香を戦わせる遊びです。萃香は草むら、森の中、または家屋の中などを探し回ると見つかります。これをお互いに用意して戦わせるという、いたってシンプルな遊びです。
今や幻想郷に闘萃を知らないひとはいません。大人も子どもも人も妖怪も、誰もが闘萃に親しんでいるのです。
そんな時代ですから萃香というのは、非常に価値の高いものとなりました。
ことさら強い萃香となると、その価値は並の数倍、数十倍と膨れ上がります。紅魔館の主、永遠亭の姫、地霊殿などの、権威も財産もあるような所では、強い萃香に目を付けては高い金で買い取りました。
このために幻想郷では萃香で一山当てようと、多くの人々が野山を駆けて強い萃香を見つけ、大事に育てました。
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「どうしたんだ。頭を抱えるほど楽しいことでもあったのか」
「異変だわ」
「なんの?」
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「なんだ。いつものことじゃないか」
遊びに来ていた魔理沙は、つまらないとばかりに頭を組みます。
「それもこれも闘萃のせいよ。あれのせいで誰も神社にやってこなくなったわ」
「やってくるにしても妖怪連中ばっかだったけどな」
それもそうですが確かに博麗神社には妖怪もやってこなくなっていました。みんな闘萃に夢中になって、それどころではないのです。
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「そんなこととはなによ」
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「これがなんなの?」
「実は今度の宴会で闘萃大会をやるようなんだ。だからどこの連中も今は強い萃香を求めて幻想郷中を廻ってる」
「つまり強い萃香を見つければ」
「一攫千金ってわけだ」
もちろん霊夢はその話に飛びつきました。
聞けば萃香は幻想郷のいたるところにいると言います。霊夢はまずはと神社の回りを探しました。
「どうしたの? なにか探しているようだけど」
華扇がやってきて霊夢に聞きます。
「萃香を探してるの」
「う……そ、そうですか」
「ええ。強い萃香を見つければ高値で売れるのよ」
霊夢はとても楽しそうに話しますが、その言葉だけではとても危なく感じます。
「またそんな欲にまみれたことを考えているのですか」
「いいじゃない。どうせ暇なんだし」
「あなたの仕事は神に仕えることでしょう」
「一儲けできたら神社の改築費用にするわよ」
華扇の呆れる様子などには目もくれないで、霊夢は黙々と草むらや縁の下などを中心に探してまわります。
「神社にはいないわね」
霊夢は萃香を探すために空へ飛び立ちました。
しかし、いくら探しても萃香の姿は見あたりません。
「ちょっと! どこにでもいるんじゃなかったの!」
怒り心頭で帰路につきます。
翌日もその翌日も探しましたが見つかりません。範囲を広げ幻想郷を飛び回りましたがついには一匹も手に入れることはできませんでした。
「もういいー。もうつかれたー」
「結局一匹も見つからなかったんですか」
「そうよ。まったく無駄なことをしたわ。あーあ」
霊夢はすっかりやる気がなくなった様子で、腕をぷらぷらと伸ばしてちゃぶ台に突っ伏しています。
「しょうがないですね。ここはひとつ私が手を貸しましょう」
そう言うと華扇は神社からお香を拝借して焚きました。その上から炙りにかけるように紙をかざしますと、煙を吸って紙になにやら浮かびあがりました。どうやら文字ではなくて絵のようです。
「この絵の場所に行ってみなさい」
絵を見れば見覚えのあるところでした。行ってみますと、はたしてそこには萃香がいました。
しかもその大きさは、並のものよりも一回りも二回りも大きいものでした。霊夢は喜ぶことも忘れてすぐさまそれを捕まえます。
「やった。ついに手にいれたわ」
目の前でまじまじと眺めると、今にも飛びかかって襲いそうな鋭い目に角は金色に光っていて、手から離れようと何度も暴れ狂っています。
「うんうん。これはまさしく良い萃香だわ」
高値で売れるに違いない。そう確信して、まるで宝石を扱うように大切に持ち帰りました。
「どうでしたか」
「言われたとおり本当にいたわ」
「なんだ。それなら私にも絵をくれたっていいじゃないか」
同じく萃香を探していた魔理沙も成果なしといった有様でしたので、うらめしそうに華扇を見つめます。
「いえ、この術は一回きりと決めていますので」
「なんだよケチなやつだな」
「仙人が気まぐれをおこしただけだわ。なにを言ったって無駄なことよ」
反対に霊夢はご機嫌な様子。文句を言う魔理沙をたしなめるのでした。
見つけた萃香は籠に入れて大切にしました。なけなしの酒まで与えて、霊夢はすっかり上機嫌でした。
さて、その日の夜のことです。
草木も眠る頃に、魔理沙は博麗神社にやって来ました。
霊夢が眠っているのを確認して、魔理沙はこっそり部屋の中へ入ります。
「このまま萃香が売られるのは、ちょっと納得いかないからな」
強い萃香を持ってるのなら、賭け闘萃で小金を稼げると考えたのです。
「わたしはやさしいからな。朝までには返してやるぜ」
霊夢相手に盗みを働くのはさすがにシャレになりません。魔理沙は霊夢が寝ている間だけ、萃香を借りようと思っていました。
しかし籠の中から取りだそうとしますと、この機を逃さまいとばかりに中から萃香が飛び出したのです。
あわてて、つかまえようと手を伸ばしますが、萃香はすばしっこくてなかなか捕まりません。
それどころか、凶暴な萃香は逃げずに魔理沙の顔に飛びかかってまいりました。
驚いた魔理沙は、それをはたき落としてしまいます。
あ、しまった
そう思ったときにはもう遅く、地面に叩きつけられた萃香はそのまま動かなくなり、やがて黒い霧となって宙に消えてしまいました。
「こ、これはヤバいことになったぜ」
乾いた声で魔理沙は言いました。
「逃げるか。どこか誰も知らない所へ」
「何をしているのです」
陰の方から声がしました。魔理沙は驚いて振り返ります。
「か、華扇か!」
「見たところ霊夢の萃香を盗ろうとして、誤って駄目にしてしまったようですね」
「違う! 盗むつもりじゃなかったんだ」
なぜそこにいる? という言葉も忘れて魔理沙はたじろぎます。
「言い訳は無用です。欲を制御できないからそのような目に遭うのです。これは少し罰がいりますね」
華扇が右手を出しますと、魔理沙の額をちょんと一突きします。その場で魔理沙は崩れ落ち、そのまま目が覚めることはありませんでした。
萃香が駄目になったと知り、霊夢はもはや生きてる意味もないといった様子でした。
「もういいわー。わたしこのまま死ぬわー」
「元気を出しなさいよ。あなたは元気だけが取り柄ではありませんか。あの世にいる魔理沙も悲しみますよ」
魔理沙は朝に死んだ姿で見つかりました。華扇が言うには萃香を駄目にしたことに罪を感じて命を絶ったとのことです。今は布団に寝かされて埋葬されるのを待つ身となっています。
「魔理沙も魔理沙よ。自殺なんかして誰が喜ぶのよ。そんなにもうしわけがないのなら、せめて財産を譲渡してから死になさいよね」
「まあまあ。ほら、先ほど萃香を見つけたので捕まえておきましたよ。代わりにこれを売ればいいではいいではありませんか」
「無駄よ。そんなちっちゃなのじゃ誰も見向きなんてしないわ」
ちゃぶ台に突っ伏した状態から顔だけを向けて答えます。
「見た目で決めつけるのは良くありませんね。試しに戦わせてみてはどうですか。意外と強いのかもしれませんよ」
「もう里に行く気力もないわよ」
そうこう話している間に、博麗神社に早苗がやって来ました。
「こんにちは。霊夢さん。華扇さん。なんの話をしてるんですか」
「いえ、闘萃のことでちょっと」
「あー闘萃ですか。いま流行ってますもんね。私も大好きですよ」
「早苗は闘萃をやってるんですか」
「やってるもなにも……。こう見えて私、山の方じゃ名の知れたスイカーなんですよー」
「スイカー……?」
「萃香バトラー。略してスイカーですっ!」
「はあ。まあ、ちょうどよかった。ほら、霊夢。里に行かずに済みましたね。早苗と戦いなさい」
「ちっ。なんでうちに来るのよ」
「あれ、私ってもしかして歓迎されてません」
華扇に諭されるままにしぶしぶと霊夢は闘萃をすることになりました。
「素人相手ですから手加減はしてあげますね」
「はいはい」
早苗は萃香を出しました。堂々とした体躯で毛並みも良く、角も強固で見るからに強そうです。
対して霊夢の方はというと、早苗のよりも一回り小さくて、やる気のない表情をしていました。弱いとまではいいませんが、前に見つけた萃香と比べますと、どうしても頼りなく感じてしまいます。
「行きますよ―
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早苗の萃香が勢いも良く突撃を仕掛けます。それなのに霊夢の方はというとぴくりとも動こうとはしません。
これは負けたと思い、早々に霊夢は諦めました。
ところが霊夢の萃香はいとも簡単に突撃をはじき返しました。そして怯んだところを投げ飛ばしてしまいます。
憐れ、早苗の萃香は山の方へと飛んでいき、そのまま星となりました。
「うそ……勝った?」
「ちょ、ちょっと……え、負けたんですか」
あまりの出来事に早苗は呆然として目をぱちくりさせています。
そして、糸が切れたようにがっくりと膝をついてしまいました。
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霊夢はさっきまで様子はどこへやらで、すっかり元気になってはしゃぎます。
やる気のなさそうな萃香を大事そうに抱えて。
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その噂で、翌日には霊夢の所に幻想郷の有力者が集まりました。萃香はそこで競りにかけられ、高値で取り引きされました。
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実際、本当に死んでいたのですが、のんきそうに魔理沙は言いました。
「しかし、なんだかえらい疲れたな。なんにもやってないはずなのに」
「そうね。あんたはずっと死んでいたからね」
「それが夢の中ではそうじゃなかったんだよ。あれ、死人って夢を見るものなのか」
「ほう。それはどんな夢だったのですか」
華扇がにやにやとした様子で魔理沙に尋ねました。
「それがな。夢の中で私は萃香になって何度も闘萃で戦うんだ。で、さんざん戦わされるんだが、どれだけ戦っても萃香だから一円の儲けにもならない。最後にはレミリアに売られちまってさ。頭に来たから顔を引っかいてやったら握りつぶされた。そしたら目が覚めたってわけだ」
その夜、華扇と魔理沙は博麗神社でごちそうになったとのことです。