小悪魔&魔理沙
静かな図書館の書架の森をカートを押しつつ進む。
カートの上には本が積まれている。
私はこの図書館の司書だ。ここの膨大な本の整理は私の日課である。
書架の中程まで来たところで、私はカートを止める。
そしてそこで詠唱による術式を起動させる。中空に展開した式を操作する。それにより、予め本達に施された魔法が反応し、生き物のように決められた位置へと本達が帰って行く。
限定的な書籍の自動帰還魔法。司書の仕事をするに当たって、自身で組み上げた魔法の一つだ。
「相変わらず面白い魔法ね」
突然の声に振り向いてみれば、そこには天井から吊された燭台の灯りに照らされた人形遣いの姿があった。
「アリスさん、いらしていたのですか」
「ええ、お邪魔しているわよ小悪魔。パチュリーはいるかしら?」
「パチュリー様なら、いつもの所でいつも通り本を読んでらっしゃいますよ」
「そう、わかったわ。ありがとう」
上海人形がお辞儀をして、アリスは私に背を向けた。
紅茶の用意をしようかと、考えつつカートを再び押し始めたところで、書架の影に揺れる存在に気が付いた。
「そこで何しているの、魔理沙」
跳ね上がるような勢いで影の肩が震えた。
おずおずと姿を見せたのは白黒の魔法使い。
私はパチュリー様から一通りの基礎的魔法を教わっており、魔理沙はそんな私の下で魔法を勉強する生徒であり、妹分でもある。
「今日はどうしたのかしら。勉強の予定日でも無かったはずだけれど?」
「小悪魔に会いに来た。じゃあ、理由としては不十分か?」
「そんなことはないわ」
表情を隠すように帽子を深く被る魔理沙に、私は静かに笑みを向けた。
「どうする、予定は無かったけど少し勉強をしていくかしら?」
問い掛けに、魔理沙は小さく頷いた。
私はカートに乗せていた本の中から、一冊を抜き取る。それは、魔法の呪文式の構成を記した本だ。
「それじゃ、これから始めましょうか」
「それはいいんだが……良かったのか?」
書架の脇に腰を下ろした私に、魔理沙が遠慮がちに指さしたのは本の積まれたカートだ。
つまりは私の仕事が終わらないかもしれないことを心配しているのだろう。
「大丈夫よ。今日の分はそれでもうお終いだからすぐ終わるわ」
「そ、そうか」
ホッとした表情をして私の隣に腰を下ろす魔理沙。
本を開く。そうして私は、魔法式の説明を始めた。
「突然来て悪かったな」
魔法式の説明と講義を終えると、魔理沙はそう口を開く。
「少し驚いたけれど、別に何時でも来てくれて構わないわ。魔理沙は私の生徒なんだから」
「……そうか」
私の言葉に魔理沙は少しだけ寂しそうに笑った。
その時、図書館の奥で大きな爆発が起こった。
「なに?!」
あまりに唐突な事態に驚く私達の元に、書架の間を縫うようにして駆ける人影が現れる。
「ケホ、ケホッ、パチェのやつタイミング悪く顔を出した私にいきなりロイヤルフレアとはやってくれるわね」
咳き込みつつ、レミリア様は独りごちる。服は所々焦げている所が見られ、容赦無い攻撃があったことを感じさせる。
「レミリア様、一体どうされたのですか!?」
「おお、小悪魔に魔理沙」
今気付いたといったように、私達に軽く手をあげる。
「侵入者! 襲撃ですか!?」
「いやいや、何でも無いよ」
「しかし、先ほどものすごい音が」
「私がパチェを不用意に怒らせてしまったのよ。全力のロイヤルフレアに襲われたわ。あ、そうだ。ねえ小悪魔、今日は大妖精を見ていないかしら? ずっと探しているのだけれど」
「一体何をやらかしたのですか。大ちゃんは今日は見ていませんよ」
「不慮の事故よ。っといけない、もう追いついてきたみたいね。それじゃ、私は逃げるわ」
そう言うと、レミリア様はその場からかき消えるようなスピードで駆け出す。その数瞬後、私の鼻先を特大のアグニシャインが掠めていった。
「待ちなさいレミィ!」
「待てと言われて待つ奴はいないわよ! それにアリスとのロマンスシーンを偶々見ただけじゃない!」
「まだ言うか! 忘れなさい、今すぐに!」
私の主が紅魔館の主を追いかける。また一つ書架の間で爆発が起こる。その度に、書架に差された本がパラパラとこぼれ落ちた。
「本当に何やってるんですか……」
せっかく綺麗に整えていたのになんてこと。私はただただ頭を押さえた。
「あー……私も手伝うぜ、小悪魔」
「……助かるわ魔理沙」
落ちた本を拾い上げつつ、魔理沙に礼を述べる。と、そこに新たに人影が姿を見せた。
「今日のパチュリーはえらく荒れているわね」
「アリスさんですか。何があったんですか?」
「まあ、ちょっとね。不慮の事故よ。レミリアは悪くないわ」
肩をすくめる彼女。
「あら、魔理沙も来ていたのね」
「おう、アリスも来てたのか」
「私は、パチュリーに用事があって来てたのよ。あなたは何の用事で来てたのかしら? ――ああ、なるほど」
アリスさんは私を見て得心がいったというように頷いて見せた。
「な、なんだよ」
「何でも無いわ。邪魔して悪かったわね。ごゆっくり」
薄く笑って、彼女はその場を立ち去る。
「なんなんだ、アリスの奴」
「さあ、何かしらね?」
アリスさんは魔理沙が私に魔法の講義を受けていることを知っている。それは私が彼女に話したからだけれど。
そんなことはおくびにも出さずに、私は本の整理を再開した。
「手伝ってもらって悪かったわね」
散らばった本の整理を終え、私は一息吐く。
「世話になっているからな」
「あら、魔理沙はそういうことは気にしない質だと思っていたんだけど」
「そんなことはないぜ。受けた恩義は忘れない質なんだよ、私は」
「そんなに大したことはしていないんだけどね」
「そんなことはないぜ。私は助かってる」
肩をすくめる私に魔理沙は勢い込んで答える。
「いいのよ。私が好きでやってるんだから」
魔法の知識を誰かに伝えるというのは思いの外、楽しいものなのだ。
「まあそんなことより、手伝ってくれたお礼を何しないといけないわね。何か希望はあるかしら?」
手伝ってもらった以上は何かお礼をしなければ私自身の気持ちの収まりが悪い。
私の言葉に魔理沙は腕を組んで首を捻る。
そうして、やがて何かを思い浮かんだような顔をして、直ぐに赤い顔をする。
そんな百面相の様を呈する彼女の姿を興味深く眺めながら、口を開く。
「なに? 何かあるならお姉さんに言ってみなさいな」
「そ、それじゃあ今度私の家で実験に付き合ってくれないか?」
「実験?」
「ああ、魔法の実験だ」
「構わないけれど、そんなことで良いの?」
「いいんだ」
聞き返す私に魔理沙は大きく頷く。
本人がそれで良いというならいいけれど。
「わかったわ。じゃあ約束」
「本当か」
「本当よ。約束というのは悪魔にとっては破ることの許されない絶対の法なのよ」
彼女の顔に満面の笑みが咲く。
やれやれ、嬉しそうな顔しちゃって。
それから私達は約束の日にちと時間をその場で決めて、分かれる。
嬉しそうに帰って行く魔理沙の後ろ姿を、私はのんびりと見送ったのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
レミリア&大妖精
自室から持って来た日傘を片手に螺旋階段を上へと目指す。
足下では一歩踏む毎に靴音が響く。
最後の一段を踏みしめて、扉を開く。
「メイド達の話だとここにいるって事だけど……」
ここに来る前に、道すがら休日の大妖精の居場所をメイド妖精に訪ねてみると、彼女はよくこの時計塔で過ごしていると言っていた。
日傘を開いて陽の当たる屋上を進む。
グルリと辺りを見回して、目的の人影がないか探す。
「レミリアお嬢様、こんな陽の高い内から時計塔へ何のご用ですか?」
突然背後から声を掛けられた。心臓が口から飛び出しそうなほどの驚きを抑え、振り向く。
つい先ほどまで何もなかったそこには、緑の髪の私より頭一つ大きな妖精の姿。
彼女の持つ空間移動能力を使ったのだろう。咲夜の時間を操作する能力とはまた違ったワープに近い能力だ。
「大妖精、驚かせないでちょうだい」
「申し訳ありません、レミリアお嬢様」
彼女は一つ、私に頭を下げた。
大妖精の緑の髪が揺れる。
「あなたはこんな所で何をしていたのよ」
「湖を見ていたんです。ここからが一番よく見えるので」
大妖精の見るその方向には、青く輝く水面がよく見えた。
それを見る彼女は懐かしむように目を細めた。
「それで、わざわざこんな所まで一体どうされたのですか?」
「あ、いけない、忘れるところだったわ。これから私に付き合ってもらうわよ」
有無を言わせず、私の差し出した日傘を彼女はのんびりとした笑顔で受け取った。
「さあ、入って頂戴」
「はい、失礼します」
私の開いた扉を大妖精が潜る。
そこは私の部屋だ。部屋に置かれたテーブル。そこにある椅子に座るように促す。
「ちょっと待っていて。すぐに紅茶の用意をするわ」
「そんな、紅茶の用意くらい私がします」
「今日はあなたがお客様なのだから大人しく座っていなさい」
立ち上がろうとする大妖精を抑えて、部屋の角に設置された簡易キッチンに向かう。
大妖精は渋々椅子に腰を落ち着けた。
「だけど、お嬢様は紅茶なんて入れられたのですか?」
「初めての相手にはよく驚かれるけど、咲夜に紅茶の入れ方を教えたのは私よ。もっともあまり教える機会は無かったけどね」
「そうなんですかっ?」
驚きの声を上げる彼女に笑いながら答える。
「咲夜がうちに来る前は偶に美鈴がお茶を出していたんだけれど、あの娘紅茶を入れるのは苦手でね。それに加えてメイド妖精達に入れさせたらどうなるか分かったものじゃ無いからね。結局自分で入れる事が多くて、こうして他人に出せるまでの腕にはなったってわけね」
「へえ……」
何処か感心したように頷く彼女の姿に少し満足して、私は紅茶の用意を進めるのだった。
「さ、どうぞ」
「……頂きます」
私がテーブルの上に置いた紅茶を、彼女は恐る恐るといった様子で手を伸ばした。
一口。
それから驚いた顔をしてから、瞳を輝かせた。
「美味しい!」
素直に出たのであろう言葉に、私は内心ガッツポーズを取ったのだった。
私は恋をしている。
恋の相手は私より頭一つ分大きな緑の髪の妖精だ。
彼女は今、この紅魔館でメイドとして仕事をしている。
そもそも何故紅魔湖の畔に居を構える彼女がこの紅魔館でメイドをしているのか。
その訳は、私自身が彼女を雇い入れたからだ。
その理由を言うなれば、ようするに一目惚れだ。出会った瞬間、どうしようも無く手に入れたくなり、私の側に置いておきたくなってしまったのだ。
問題があるとすれば、彼女がとんでもなく鈍感だったという所だろう。
「……本当にここまでアプローチして一向に気付かないなんてどんだけよ」
「何か仰いましたか?」
「気に入って貰えて良かったって言ったのよ」
「はい。これ何の紅茶なんですか?」
「ケニアというのよ。甘みもあってアイスティーにちょうど良いの。咲夜はおかしなアレンジを加えるからね。こういうまともな紅茶は久しぶりだわ」
私もまた席について紅茶に口を付ける。
「ですがお嬢様、何故急に私をお茶に誘ったのですか?」
「さてね、急にあなたと飲みたくなったのよ」
「ふふふ、それは光栄です」
テーブルの上の燭台が顔を照らす。私の前に座る彼女はただのんびりと紅茶を飲んでいる。
精一杯考えた殺し文句だったのだけれど……。
嘆息。
「お嬢様?」
「……あのね、大妖精。前から言っているでしょう。ふたりきりの時は」
「レミリアと呼んでほしい、でしたか。でも主をそう呼ぶだなんて……」
「主である私自身がそう言っているんだから、何をそんなに遠慮する必要があるのよ」
何かを考えるように私を見る彼女を見返す。
それからやがて考えがまとまったように小さく頷くと、小さく私の名を呼んだ。
「れ、レミリア……さん」
ぞわぞわと嬉しさが私の全身を駆け巡る。
「もう一度言ってみて」
「レミリア……さん」
「うん、それで良いのよ」
満足して大きく頷くと、大妖精はホッと息を吐いた。
「き、緊張しました」
「たかだか名前を呼ぶだけじゃない。何をそんなに緊張するのよ」
「こういう呼び方って、なんだか特別な関係みたいで」
みたいじゃなくて、特別な関係なのに。とは言わないでおく。
「大妖精は私と一緒に居るのは嫌かしら?」
「そんなこと全然ありません。何時だって一緒に居たいです」
「そ、そう。ありがとう」
自身の顔に赤みが差すのが分かる。気を抜くとすぐにこういうことを言うのだから、この娘は本当に……。
内心大きく息を吐く。
「あ、レミリアさん」
「なにかしら?」
「メイド長の小さい頃のお話を聞かせてもらえますか?」
「なに、咲夜の弱みを握るつもり?」
「そうじゃありませんよ。ただの興味です」
「だけど、咲夜の教育は基本的に美鈴に一任していたから、私の知っているあの娘の小さい頃の話なんてそう多くないわよ」
「それでも構いません。教えて下さい」
瞳を輝かせる大妖精に私は苦笑する。
「そうねえ、そしたら咲夜が初めて私に紅茶を出した時の話でもしようかしら……」
咲夜が初めて私に出した紅茶はそれは酷いものだった。渋すぎてとても飲めたものではなかったわね。正直に伝えた時の彼女の落ち込みようといったら、美鈴も大分心配そうな顔をしていたわね。その後は私の満足のいく紅茶を出すために努力を重ねたようだけれど。
当時のことを思い出しつつ話ながら、私は懐かしさに笑み浮かべる。
私の話を聞きながら、大妖精はころころと表情を変える。
「へえ、面白いお話を聞かせて頂きました」
「あまり、言いふらすものではないわよ」
本人の名誉のために。
紅茶に口を付ける。
「そんなことしませんよ。メイド長は私も尊敬しているんです」
「ふふ、慕ってもらえてあの娘も幸せ者ね」
「それに、レミリアさんのことも尊敬しているんです」
吹き出しそうになった紅茶を無理矢理飲み下す。
良い笑顔で本当にサラリと言わないでほしいわね。
「おっと、話し込んでいたらもうじき日が暮れるわね」
室内の置き時計が時間を知らせる。
「せっかくの休みに時間を取らせて悪かったわね、大妖精」
「いえ、楽しかったです。また誘って下さい」
「それは良かったわ」
大妖精に笑みを返す。
「今度は一緒に湖にでも行きましょう」
「それはいいですね。その時には久しぶりにチルノちゃんも一緒にご飯を食べたいです」
「い、いやそうじゃなくてね」
小首を傾げる大妖精に私は内心頭を抱えた。
「……まあいいわ。また今度ね」
まだチャンスはあるのだし、今日はこれで良いわ。
「はい。では、失礼しますね」
そう言って、大妖精は椅子を立つ。それに合わせて、私も椅子を立つと彼女を扉の外へと見送った。
扉を閉める。
テーブルを見れば、そこにはティーカップが二つ。
ソーサーごと持ち上げて、それを片付ける。
片付けてから、私は誰もいない室内で小躍りして見せたのだった。
END
静かな図書館の書架の森をカートを押しつつ進む。
カートの上には本が積まれている。
私はこの図書館の司書だ。ここの膨大な本の整理は私の日課である。
書架の中程まで来たところで、私はカートを止める。
そしてそこで詠唱による術式を起動させる。中空に展開した式を操作する。それにより、予め本達に施された魔法が反応し、生き物のように決められた位置へと本達が帰って行く。
限定的な書籍の自動帰還魔法。司書の仕事をするに当たって、自身で組み上げた魔法の一つだ。
「相変わらず面白い魔法ね」
突然の声に振り向いてみれば、そこには天井から吊された燭台の灯りに照らされた人形遣いの姿があった。
「アリスさん、いらしていたのですか」
「ええ、お邪魔しているわよ小悪魔。パチュリーはいるかしら?」
「パチュリー様なら、いつもの所でいつも通り本を読んでらっしゃいますよ」
「そう、わかったわ。ありがとう」
上海人形がお辞儀をして、アリスは私に背を向けた。
紅茶の用意をしようかと、考えつつカートを再び押し始めたところで、書架の影に揺れる存在に気が付いた。
「そこで何しているの、魔理沙」
跳ね上がるような勢いで影の肩が震えた。
おずおずと姿を見せたのは白黒の魔法使い。
私はパチュリー様から一通りの基礎的魔法を教わっており、魔理沙はそんな私の下で魔法を勉強する生徒であり、妹分でもある。
「今日はどうしたのかしら。勉強の予定日でも無かったはずだけれど?」
「小悪魔に会いに来た。じゃあ、理由としては不十分か?」
「そんなことはないわ」
表情を隠すように帽子を深く被る魔理沙に、私は静かに笑みを向けた。
「どうする、予定は無かったけど少し勉強をしていくかしら?」
問い掛けに、魔理沙は小さく頷いた。
私はカートに乗せていた本の中から、一冊を抜き取る。それは、魔法の呪文式の構成を記した本だ。
「それじゃ、これから始めましょうか」
「それはいいんだが……良かったのか?」
書架の脇に腰を下ろした私に、魔理沙が遠慮がちに指さしたのは本の積まれたカートだ。
つまりは私の仕事が終わらないかもしれないことを心配しているのだろう。
「大丈夫よ。今日の分はそれでもうお終いだからすぐ終わるわ」
「そ、そうか」
ホッとした表情をして私の隣に腰を下ろす魔理沙。
本を開く。そうして私は、魔法式の説明を始めた。
「突然来て悪かったな」
魔法式の説明と講義を終えると、魔理沙はそう口を開く。
「少し驚いたけれど、別に何時でも来てくれて構わないわ。魔理沙は私の生徒なんだから」
「……そうか」
私の言葉に魔理沙は少しだけ寂しそうに笑った。
その時、図書館の奥で大きな爆発が起こった。
「なに?!」
あまりに唐突な事態に驚く私達の元に、書架の間を縫うようにして駆ける人影が現れる。
「ケホ、ケホッ、パチェのやつタイミング悪く顔を出した私にいきなりロイヤルフレアとはやってくれるわね」
咳き込みつつ、レミリア様は独りごちる。服は所々焦げている所が見られ、容赦無い攻撃があったことを感じさせる。
「レミリア様、一体どうされたのですか!?」
「おお、小悪魔に魔理沙」
今気付いたといったように、私達に軽く手をあげる。
「侵入者! 襲撃ですか!?」
「いやいや、何でも無いよ」
「しかし、先ほどものすごい音が」
「私がパチェを不用意に怒らせてしまったのよ。全力のロイヤルフレアに襲われたわ。あ、そうだ。ねえ小悪魔、今日は大妖精を見ていないかしら? ずっと探しているのだけれど」
「一体何をやらかしたのですか。大ちゃんは今日は見ていませんよ」
「不慮の事故よ。っといけない、もう追いついてきたみたいね。それじゃ、私は逃げるわ」
そう言うと、レミリア様はその場からかき消えるようなスピードで駆け出す。その数瞬後、私の鼻先を特大のアグニシャインが掠めていった。
「待ちなさいレミィ!」
「待てと言われて待つ奴はいないわよ! それにアリスとのロマンスシーンを偶々見ただけじゃない!」
「まだ言うか! 忘れなさい、今すぐに!」
私の主が紅魔館の主を追いかける。また一つ書架の間で爆発が起こる。その度に、書架に差された本がパラパラとこぼれ落ちた。
「本当に何やってるんですか……」
せっかく綺麗に整えていたのになんてこと。私はただただ頭を押さえた。
「あー……私も手伝うぜ、小悪魔」
「……助かるわ魔理沙」
落ちた本を拾い上げつつ、魔理沙に礼を述べる。と、そこに新たに人影が姿を見せた。
「今日のパチュリーはえらく荒れているわね」
「アリスさんですか。何があったんですか?」
「まあ、ちょっとね。不慮の事故よ。レミリアは悪くないわ」
肩をすくめる彼女。
「あら、魔理沙も来ていたのね」
「おう、アリスも来てたのか」
「私は、パチュリーに用事があって来てたのよ。あなたは何の用事で来てたのかしら? ――ああ、なるほど」
アリスさんは私を見て得心がいったというように頷いて見せた。
「な、なんだよ」
「何でも無いわ。邪魔して悪かったわね。ごゆっくり」
薄く笑って、彼女はその場を立ち去る。
「なんなんだ、アリスの奴」
「さあ、何かしらね?」
アリスさんは魔理沙が私に魔法の講義を受けていることを知っている。それは私が彼女に話したからだけれど。
そんなことはおくびにも出さずに、私は本の整理を再開した。
「手伝ってもらって悪かったわね」
散らばった本の整理を終え、私は一息吐く。
「世話になっているからな」
「あら、魔理沙はそういうことは気にしない質だと思っていたんだけど」
「そんなことはないぜ。受けた恩義は忘れない質なんだよ、私は」
「そんなに大したことはしていないんだけどね」
「そんなことはないぜ。私は助かってる」
肩をすくめる私に魔理沙は勢い込んで答える。
「いいのよ。私が好きでやってるんだから」
魔法の知識を誰かに伝えるというのは思いの外、楽しいものなのだ。
「まあそんなことより、手伝ってくれたお礼を何しないといけないわね。何か希望はあるかしら?」
手伝ってもらった以上は何かお礼をしなければ私自身の気持ちの収まりが悪い。
私の言葉に魔理沙は腕を組んで首を捻る。
そうして、やがて何かを思い浮かんだような顔をして、直ぐに赤い顔をする。
そんな百面相の様を呈する彼女の姿を興味深く眺めながら、口を開く。
「なに? 何かあるならお姉さんに言ってみなさいな」
「そ、それじゃあ今度私の家で実験に付き合ってくれないか?」
「実験?」
「ああ、魔法の実験だ」
「構わないけれど、そんなことで良いの?」
「いいんだ」
聞き返す私に魔理沙は大きく頷く。
本人がそれで良いというならいいけれど。
「わかったわ。じゃあ約束」
「本当か」
「本当よ。約束というのは悪魔にとっては破ることの許されない絶対の法なのよ」
彼女の顔に満面の笑みが咲く。
やれやれ、嬉しそうな顔しちゃって。
それから私達は約束の日にちと時間をその場で決めて、分かれる。
嬉しそうに帰って行く魔理沙の後ろ姿を、私はのんびりと見送ったのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
レミリア&大妖精
自室から持って来た日傘を片手に螺旋階段を上へと目指す。
足下では一歩踏む毎に靴音が響く。
最後の一段を踏みしめて、扉を開く。
「メイド達の話だとここにいるって事だけど……」
ここに来る前に、道すがら休日の大妖精の居場所をメイド妖精に訪ねてみると、彼女はよくこの時計塔で過ごしていると言っていた。
日傘を開いて陽の当たる屋上を進む。
グルリと辺りを見回して、目的の人影がないか探す。
「レミリアお嬢様、こんな陽の高い内から時計塔へ何のご用ですか?」
突然背後から声を掛けられた。心臓が口から飛び出しそうなほどの驚きを抑え、振り向く。
つい先ほどまで何もなかったそこには、緑の髪の私より頭一つ大きな妖精の姿。
彼女の持つ空間移動能力を使ったのだろう。咲夜の時間を操作する能力とはまた違ったワープに近い能力だ。
「大妖精、驚かせないでちょうだい」
「申し訳ありません、レミリアお嬢様」
彼女は一つ、私に頭を下げた。
大妖精の緑の髪が揺れる。
「あなたはこんな所で何をしていたのよ」
「湖を見ていたんです。ここからが一番よく見えるので」
大妖精の見るその方向には、青く輝く水面がよく見えた。
それを見る彼女は懐かしむように目を細めた。
「それで、わざわざこんな所まで一体どうされたのですか?」
「あ、いけない、忘れるところだったわ。これから私に付き合ってもらうわよ」
有無を言わせず、私の差し出した日傘を彼女はのんびりとした笑顔で受け取った。
「さあ、入って頂戴」
「はい、失礼します」
私の開いた扉を大妖精が潜る。
そこは私の部屋だ。部屋に置かれたテーブル。そこにある椅子に座るように促す。
「ちょっと待っていて。すぐに紅茶の用意をするわ」
「そんな、紅茶の用意くらい私がします」
「今日はあなたがお客様なのだから大人しく座っていなさい」
立ち上がろうとする大妖精を抑えて、部屋の角に設置された簡易キッチンに向かう。
大妖精は渋々椅子に腰を落ち着けた。
「だけど、お嬢様は紅茶なんて入れられたのですか?」
「初めての相手にはよく驚かれるけど、咲夜に紅茶の入れ方を教えたのは私よ。もっともあまり教える機会は無かったけどね」
「そうなんですかっ?」
驚きの声を上げる彼女に笑いながら答える。
「咲夜がうちに来る前は偶に美鈴がお茶を出していたんだけれど、あの娘紅茶を入れるのは苦手でね。それに加えてメイド妖精達に入れさせたらどうなるか分かったものじゃ無いからね。結局自分で入れる事が多くて、こうして他人に出せるまでの腕にはなったってわけね」
「へえ……」
何処か感心したように頷く彼女の姿に少し満足して、私は紅茶の用意を進めるのだった。
「さ、どうぞ」
「……頂きます」
私がテーブルの上に置いた紅茶を、彼女は恐る恐るといった様子で手を伸ばした。
一口。
それから驚いた顔をしてから、瞳を輝かせた。
「美味しい!」
素直に出たのであろう言葉に、私は内心ガッツポーズを取ったのだった。
私は恋をしている。
恋の相手は私より頭一つ分大きな緑の髪の妖精だ。
彼女は今、この紅魔館でメイドとして仕事をしている。
そもそも何故紅魔湖の畔に居を構える彼女がこの紅魔館でメイドをしているのか。
その訳は、私自身が彼女を雇い入れたからだ。
その理由を言うなれば、ようするに一目惚れだ。出会った瞬間、どうしようも無く手に入れたくなり、私の側に置いておきたくなってしまったのだ。
問題があるとすれば、彼女がとんでもなく鈍感だったという所だろう。
「……本当にここまでアプローチして一向に気付かないなんてどんだけよ」
「何か仰いましたか?」
「気に入って貰えて良かったって言ったのよ」
「はい。これ何の紅茶なんですか?」
「ケニアというのよ。甘みもあってアイスティーにちょうど良いの。咲夜はおかしなアレンジを加えるからね。こういうまともな紅茶は久しぶりだわ」
私もまた席について紅茶に口を付ける。
「ですがお嬢様、何故急に私をお茶に誘ったのですか?」
「さてね、急にあなたと飲みたくなったのよ」
「ふふふ、それは光栄です」
テーブルの上の燭台が顔を照らす。私の前に座る彼女はただのんびりと紅茶を飲んでいる。
精一杯考えた殺し文句だったのだけれど……。
嘆息。
「お嬢様?」
「……あのね、大妖精。前から言っているでしょう。ふたりきりの時は」
「レミリアと呼んでほしい、でしたか。でも主をそう呼ぶだなんて……」
「主である私自身がそう言っているんだから、何をそんなに遠慮する必要があるのよ」
何かを考えるように私を見る彼女を見返す。
それからやがて考えがまとまったように小さく頷くと、小さく私の名を呼んだ。
「れ、レミリア……さん」
ぞわぞわと嬉しさが私の全身を駆け巡る。
「もう一度言ってみて」
「レミリア……さん」
「うん、それで良いのよ」
満足して大きく頷くと、大妖精はホッと息を吐いた。
「き、緊張しました」
「たかだか名前を呼ぶだけじゃない。何をそんなに緊張するのよ」
「こういう呼び方って、なんだか特別な関係みたいで」
みたいじゃなくて、特別な関係なのに。とは言わないでおく。
「大妖精は私と一緒に居るのは嫌かしら?」
「そんなこと全然ありません。何時だって一緒に居たいです」
「そ、そう。ありがとう」
自身の顔に赤みが差すのが分かる。気を抜くとすぐにこういうことを言うのだから、この娘は本当に……。
内心大きく息を吐く。
「あ、レミリアさん」
「なにかしら?」
「メイド長の小さい頃のお話を聞かせてもらえますか?」
「なに、咲夜の弱みを握るつもり?」
「そうじゃありませんよ。ただの興味です」
「だけど、咲夜の教育は基本的に美鈴に一任していたから、私の知っているあの娘の小さい頃の話なんてそう多くないわよ」
「それでも構いません。教えて下さい」
瞳を輝かせる大妖精に私は苦笑する。
「そうねえ、そしたら咲夜が初めて私に紅茶を出した時の話でもしようかしら……」
咲夜が初めて私に出した紅茶はそれは酷いものだった。渋すぎてとても飲めたものではなかったわね。正直に伝えた時の彼女の落ち込みようといったら、美鈴も大分心配そうな顔をしていたわね。その後は私の満足のいく紅茶を出すために努力を重ねたようだけれど。
当時のことを思い出しつつ話ながら、私は懐かしさに笑み浮かべる。
私の話を聞きながら、大妖精はころころと表情を変える。
「へえ、面白いお話を聞かせて頂きました」
「あまり、言いふらすものではないわよ」
本人の名誉のために。
紅茶に口を付ける。
「そんなことしませんよ。メイド長は私も尊敬しているんです」
「ふふ、慕ってもらえてあの娘も幸せ者ね」
「それに、レミリアさんのことも尊敬しているんです」
吹き出しそうになった紅茶を無理矢理飲み下す。
良い笑顔で本当にサラリと言わないでほしいわね。
「おっと、話し込んでいたらもうじき日が暮れるわね」
室内の置き時計が時間を知らせる。
「せっかくの休みに時間を取らせて悪かったわね、大妖精」
「いえ、楽しかったです。また誘って下さい」
「それは良かったわ」
大妖精に笑みを返す。
「今度は一緒に湖にでも行きましょう」
「それはいいですね。その時には久しぶりにチルノちゃんも一緒にご飯を食べたいです」
「い、いやそうじゃなくてね」
小首を傾げる大妖精に私は内心頭を抱えた。
「……まあいいわ。また今度ね」
まだチャンスはあるのだし、今日はこれで良いわ。
「はい。では、失礼しますね」
そう言って、大妖精は椅子を立つ。それに合わせて、私も椅子を立つと彼女を扉の外へと見送った。
扉を閉める。
テーブルを見れば、そこにはティーカップが二つ。
ソーサーごと持ち上げて、それを片付ける。
片付けてから、私は誰もいない室内で小躍りして見せたのだった。
END
読み終わった後、あっさりしているとも言えますが
内容を思い出そうとしても特に何もないという印象です。
また、わざわざパチュリーやアリスがいるのに小悪魔に魔法を教わるのも
カップリングの都合かもしれませんが理由付けが欲しいです。
それと、もっと話を動かして欲しかったです。でも、レミリア&大妖精の今後はすごく気になりました。
問題点のご指摘ありがとうございます。今後の課題ですね。