Coolier - 新生・東方創想話

膚下紅

2012/06/08 21:34:28
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手紙が気になって仕方がないのです。
目の前に無造作に置かれた、この手紙が。
ならば、読めば良いではないかと、そう仰るのでしょうが、それは出来ません。
何故なら、これは私に宛てられた手紙では無いからです。
では、誰に宛てられたのかと言えば、十中八九、この家の主である、稗田阿求、彼女にでしょう。
書き手が誰かは判りません。判ったところで私に読む権利は生まれません。
そもそも私は人に宛てられた手紙を勝手に読んでしまう程、非常識ではありません。それぐらいはしっかり弁えているつもりです。仮にも寺子屋を開いて、里の子供たちに学を教えている身であるのですから、それも当然のことでしょう。
それでも、気になるのです。
どうしてそれ程気になるのかと言えば、そのだらしなく開かれた手紙に、慧音と、そう私の名前を見付けてしまったからなのです。
幻想郷はさほど広くはありません。知れている顔ばかりです。だから、たまたま名前の同じ別人とは考えにくいのです。珍しかったり、読みにくかったりする名前はごまんとありますが、慧音は私一人でしょう。
だから、手紙に記された慧音とは私の事であるはずです。
前後の文章は見ていません。いや、見たはずなのですが、記憶にはないのです。ですから、どうゆう脈絡で私の名前が出たのかは判りません。
でも、気になるのです。あなたは気にはなりませんか。他者が他者に宛てた手紙の中に自分の名前を見つけてしまったら。いや、判っています、見つけたところで読むのはいけないと仰るのは、よく判ります。
けれど、本来こうした手紙とは秘されるもの。それがどうしてか机の上に堂々と開かれているのです。そして、それをひょいと覗いてしまったのがいけません。
良いことが書いてあれば恥ずかしい、悪いことであれば悲しい。読まなければその感情を味わうこともないのでしょうが、読まなければ気になって苦しい。
そんなことを小一時間程も思いながら、もんもんと過ごしているのです。
コチコチと、柱に掛けられた時計だけが均等な時間を刻んでおります。
そもそも、何故私が、阿求の家に上がり込んでいるのかと言えば、そこからお話致しましょう。

私は上白沢慧音。先程も言いましたように村里で寺子屋を開いております。
朝はその日の授業の準備から始まり、午前と午後三時まではみっちり教えております。それで寺子屋の授業は終わりですが、私には採点やら、片付けやらで、身が空くのは午後五時ぐらい、陽が沈み始めた頃にやっとです。
いつもなら、この刻限になる頃、友人の妹紅、(彼女は藤原妹紅と言うのです)が遊びに来るのですが、どうした訳か最近は顔を見せません。なにやら怪しい屋台を始めたと聞きましたので、そちらが忙しいのかもしれません。
少々性格にがさつな部分もあるので、急に顔を見せなかったり、連絡を寄こさなかったりする事も不思議ではありません。
そう、確か誰かに同じようなことを聞かれました。妹紅を知らないかと。
ええ、誰でしたっけ。あれはそう、ええと。
そう、輝夜です。蓬莱山輝夜です。思いだしました。彼女にも聞かれたのです。
輝夜と言うのは永遠亭の主人で、なんと月の姫様だと言うではありませんか。まあ、それはあなたも承知のことかと思いますので、あえて語りはしませんが。
妹紅と輝夜の関係は、それはもう複雑な関係でございます。主観ではありますが、憎しみ合っている訳では無いのでしょうが、殺し合いをします。いささか奇妙に思われるかも知れませんが、本当の事なのです。どちらかと言えば妹紅の方が吹っかけているような気がしないでもありませんが。
その輝夜が珍しく訪ねてきたのです。前に殺し合いをしてから見ていないのだけれど、知らないかと。もちろん知りませんので、そう答えました。自分を殺そうと来る者を探すと言うのも可笑しな話ですが、まあそれが信愛の印なのでしょう。何やら妹紅はまた、負けてしまったようですので、その辺にも行方を晦ましている理由がありそうです。
そう、輝夜です。彼女が来たのです。いけない、私は最近つと、忘れものが酷くなっているのです。訪ねてこられた時もとっさに名前が出ませんでした。
うんと唸っていると、「何、私のこと忘れたの!」と、えらく可愛い顔で怒られたものです。その顔を見ているうちに何とか思い出すことが出来ました。
そうしたら、「あなたね、働きすぎ、疲れが溜まっているのよ。少しは休まないと」と、心配までされる始末。
「あなたは働かなすぎ」と言葉が喉から出掛かりましたが、ど忘れしたお詫びも込めて言いませんでした。

まあ、それならと私の足は阿求の家へと向いたのです。
稗田阿求、彼女も私の友人です。幻想郷縁起と呼ばれる書物の編纂を行っています。
彼女の境遇も少しばかり、特殊なもので、御阿礼の子として転生を繰り返しているのです。そしてつい最近その転生を果たしたばかりなのです。
その祖は古事記を口述した稗田阿礼まで遡れるとの事。すごいですね。
彼女は九代目の御阿礼の子であるそうです。
そんな彼女と私がどうして知り合ったかと言えば、彼女の世話を任された事が切っ掛けでした。
なんでも転生する時に記憶を全て失うそうなのです。ですから転生後すぐは、日々の生活に必要な基本的な事さえもままなりません。
そのため、彼女の生活の補佐をと、私が頼まれたのです。何故私にと思いますが、多少なりとも私の仕事と彼女の仕事が似通っていたことが関係しているかも知れません。
しかし、どうした訳か私が活躍する事は殆どありませんでした。今回の転生は上手くいったようで、記憶を全て失った訳ではなかったのです。基本的な事は覚えていました。これは非常に珍しい事らしく、皆、驚いていました。
これは彼女がそれだけ優秀だと言う事でしょう。そのかわり人々の期待が集まっているからか、最近は部屋に籠り気味で、書物の編纂と睨めっこの日々が続いているみたいです。
そんな彼女を元気づけてやろうと言うのが一つ、いくら記憶があると言っても、おぼつかない事もままあり、特に身なりに執着する事がないようで、部屋の片づけや、整理整頓も苦手なようなので、少し掃除でもしてやろうかと、そう思って向かったのです。
いけませんね、こんな風に気に掛けるから、ついつい疲れも溜まると言うものです。けれど、頼まれている以上、放っておく訳にも行きません。だいたいお節介じゃなければ寺子屋など開かないと言うものです。
そうして家に着いて見れば、灯りがポツンと一つ。
声を掛けるのですが、返事がありません。けれど、微かに書き物をする音が聞こえます。灯りもあるのだし、きっとまた、編纂に付きっきりになっているのだろうと思いました。
「お邪魔しますよ」と、一応声は掛けましたが、おそらく届いてはいないでしょう。まあ私は半分、もうこの家の住人みたいなものですから、一向に構いません。そうして上がってみれば案の定、部屋は散らかり放題。ひとつ溜息を吐くと、そそくさと片付けを始めた訳です。
そうして見付けてしまったのです、机の上に放り出された手紙を。

さあ、どうしましょうか。阿求はしばらく部屋からは出てこないでしょう。ああなったらこの夜が明けるまで出てこないと言うのも充分に考えられます。
それに考えてみても下さい。この手紙のほっぽり様はどうでしょう。読んでいる途中、または読み終えた後にすぐ書き物に向かった様ではありませんか。この手紙で何か気付いたか、間違いでも指摘されたか。
これらの事実と、文章に私の名前と言う事を考え合わせれば、その間違いを犯したのは私であると言う可能性もあるのです。私が彼女に教えた事が間違いで、それを指摘するような内容の手紙であったなら、今阿求がその間違いを修正しようと、必死に書き物に向かっている責任の一端は私にあるのです。
だいいち、そうであるなら寺子屋を開いている者として許される事ではありません。恐らく読んでも私の間抜けぶりが露呈するだけ、いや、そこまで酷い文章で書かれている事も無いのでしょうが、それは一向に構いません。
重要なのは、私自身、今になっても何か間違った事を教えたと言う心当たりがないのです。
ですから、何を間違えて教えてしまったのか、確認する必要があるのです。唯でさえ、最近物忘れが酷くなっているのですから尚更です。
そうして理論武装をしましたが、結局のところ私は好奇心に負けたのでございます。
ええ、あなたのご想像通り、私は手紙を読んでしまったのです。
万年筆でしょうか、びっしりと文字が書き込まれていました。
書き手の性格を表すような、乱暴に書き殴ったような字面、けれど文章の丁寧さ、それらに薄ら寒い思いを感じました。

拝啓
 突然のお手紙、さぞ驚かれた事でしょう。私もこの様な形で手紙を書くのは初めてでありますから、多小戸惑っております。内容の方も支離滅裂でしょうが、どうか投げ出さず、最後までお読み下さい。そうなれば、全て理解してもらえる事でしょう。

殺されました。
今夜もまた、神風は吹かなかったのです。
もう何度目でしょうか。殺されるのには慣れましたが、再生時のあの感触だけは一向に慣れません。頭が痛く、吐き気が止まないのです。
私は何時になったら父の汚名を雪げるのでしょうか。そればかりが頭の中に反芻しています。
父を辱めた、あの憎き女を消滅させずして、何の顔して父に報告出来るでしょうか。
憤怒、怨嗟、虚脱、嗚咽、涙が止まりません。
焼いても、焼いても、焼き足らず。灰にしても、灰にしても風に舞っては戻ってくるあの女。憎き女の黒煙が月に届くまで、あとどれほどでしょうか。
そもそも、かの女、蓬莱の身である故、消滅させることは叶わないのでしょうか。それならば、私のこの意志も無駄なものであるのでしょうか。父の汚辱は晴らせないのでしょうか。
あの女が殺せぬ事は私が身を持って知っているのです。それでも向かうのはこの抑えきれぬ憎しみ故。それを愛嬌と抜かし、愛情表現などと言われるのが悔しくて仕方がありません。
人妖、皆そう考えていると言えば、断腸の思い。せめて自決の叶う身ならばと、呪ったところで月が変わるべくも無く、虚しいだけです。
しかし、復讐の念に、この心は澄み渡っております。一筋の希望ある故に。
あの女の肉体を消滅させる事は可能です。通常ならそこで終わりであるのでしょうが、蓬莱の身にはまるで意味がないのです。魂こそが本体であるからです。その魂さえ残っていれば永遠に再生出来るのです。
では、その魂を消滅させる事が出来れば、あの女をこの世から消滅させられるのでしょうか。
させられるでしょう。しかし、私にはそこまでの力は無いのです。肉体を消滅させるだけです。
つまり、現状では、私の悲願成就は不可能事なのであります。
しかし、この世界は物理、心理、記憶、と言う、三段階の層からなっていると言う話を聞きます。
物理とは肉体を、心理とは魂を、ならば記憶とは何を指すのでしょうか。
肉体が魂に依存しているのですから、魂もまた、記憶が指し示す何かに依存しているはずです。
ならば、魂を消滅させることが出来なくとも、その記憶に類する何かを消せれば、蓬莱の身とあっても、消滅させる事が可能なのではないでしょうか。魂の設計図たる何かが判れば、私の願いは叶うのであります。
これが、私の見出した希望です。
では、そもそも記憶とは何なのでありましょうか、それを知る必要があります。
独学で調べてもみましたが、その問題はあまりに大きすぎて私の手には余るものでありました。掴みどころが無く、漠然としすぎていたのです。記憶とは何か、そもそもそれに確固たる答えなどないのかも知れませんでした。
私の抱いた希望は潰えたかに思えました。
しかし、意外にも身近なところにその答えはあったのです。それをもたらしてくれたのが、私の数少ない理解者であり、友人である上白沢慧音でありました。彼女は寺子屋を開いていますが、その傍ら歴史の編纂も行っているのです。
ですから、私なんかよりも多くの知識や知恵を持っています。そんな彼女に相談してみたのです、記憶とは何か、と言う事を。
返ってきた初めの答えは私を酷く落胆させました。
慧音曰く、そんなものは判らない。判ったら気持悪い。そもそも私如きが語れるものでは無い、とそう言われたのです。
けれど、気落ちした私の態度を気の毒に思ったのか、ある条件下で言えば、記憶とは文献の事なのだと、そう言う話をしてくれました。
妖怪や、おとぎ話に語られるようになった人間に限って言えば、記憶とは文献の事なのだそうです。
なんでも本来記憶とは、個々に発生して、その中だけで完結しているものらしいのです。大体、人の記憶が正常に機能するのが、六十年。それを過ぎると著しく低下するそうです。それは記憶の増えすぎによる、記憶の混乱を避ける為の措置と言うことでした。
しかし、妖怪などの寿命が著しく長い生き物には、それらが出来ないらしいのです。
つまり、記憶は蓄積され放題と言う事でしょう。そうなればやがて混乱が始まります、記憶と意味が結び付かなくなるのです。そして記憶自体の意味が失われ、やがて消滅する事になるでしょう。記憶が無かった事と同じ状態になるのです。そうなれば妖怪たちは消え去るしかありません。
そうならない為に、妖怪たちはある方法を考え付いたのです。
自分の中にある記憶を少しずつ外部に漏らす様になったのです。そして、それを人間に観測させ、その人間の記憶の一部となって、独立するように仕向けたのでした。
より、その記憶を鮮明にする為に、妖怪は恐怖を、おとぎ話の人間は畏怖の念を伴って、記憶を渡すようになったのです。
人間は記憶を正確に保つ術を持っているのですから、それに頼るのは良い考えであるでしょう。しかし、それには弱点もあったのです。
人は時を越える事が出来ないのが一つ、記憶の分散による元型崩壊が一つ。
この二つの問題です。
妖怪にたいして人間の寿命は微々たる物でしょう、だから妖怪は頻繁に記憶を移し換えなければならなくなりました。しかしそうなると、今度はその記憶が散ってしまうです。
散ってしまえば、再構築されたところで、それは別の妖怪です。新しい妖怪を生むと云うのなら構いませんが、元型を保つ事は出来ないのです。
人間の行動、活動まで操れる訳では無いのです。あくまでも記憶を住まわせる為、一部を間借りするだけなのです。
その問題を解消させる為に、妖怪は人間たちに語らせる事にしたのです。
人々の口を介して、時を越えさせる様にしたのです。唯、口述だけでは矢張り、元の形を保つのは難しいので、もっと完全な方法、文献に残すと言う方法を採用させたのです。
それらを歴史と呼ぶそうです。
だから、妖怪やおとぎ話の人間たちの記憶に限っては、文献であると言えるらしいのです。
しかし、同様の理由で、誰でもが文献を書ける訳では無いようです。慧音曰く、文献を残すには、それ相応の正当性が必要らしいとの事。
そうでなければ、出鱈目な文献が増えすぎて、それもまた分散してしまう事になるからです。
これで、あの女を消滅させる事は可能でしょうか。可能なはずです。
慧音の話を、私の願いと合わせてみれば、要点は二つ。
対象が、今でも充分に語り継がれている事。
著者に、充分な正当性がある事、の二つです。
前者は容易な事であるでしょう、あの女はおとぎ話のかぐや姫そのものであるのですから。今だに、その存在は存分に語られていますし、あまりにも有名でしょう。
つまりそれだけ、記憶が分散されずに継承されていると言う事であり、裏を返せば、それだけ文献に依存していると言うことでもあるのです。
ですから、文献からの抹消によって、あの女を消滅させる事が出来る可能性は十分にあると言うことです。
問題は後者です。私には正当性など皆無です。いや、零と言っても良いでしょう。
例えば、今すぐにでも、あの女など、存在しなかったと言う文献を創る事は可能でしょう。しかし、それは何処にも、誰にも影響を与える事はないはずです。あの女の消滅など以ての外です。
私には、その為の正当性がないのですから。
私によって創られたそれは、稗史と呼ばれるものに分類されるそうです。簡単に言ってしまえば、正当扱いされない歴史、偽物の歴史とされて、現状では笑い者になるだけであります。
ならばどうすれば良いのでしょうか。やっと掴んだ、一筋の希望です。上手くいけば、あの女を消滅させると言う願いが叶うのです。このまま腐らすには惜しいではないですか。
慧音はどうでしょうか。彼女は正当性を以って歴史を記述する能力を持っています。言いかたは悪いですが、彼女が書きさえすれば、嘘も充分に正当足り得るのです。彼女の持っている正当性と言うのはそれ程強力なものなのです。
逆に、私が例え、真実を記したとしても、それは正当性を持った文献、歴史とはみなされないのです。これは皮肉なものであります。けれど、そればかりは私にはどうしようもありません。
でありますから、彼女に頼んでみましょうか。しかし、その結果は、火を見るよりも明らかです。
そのような私個人の、自分勝手な願いを彼女が歴史にするとは到底思えません。
そんな事をするつもりは更々無いのですが、例え脅しをかけてみたところで、彼女の意志はピクリとも動かない事でしょう。そんな彼女であるからこそ、こんな私とも友でいてくれるのです。何より、この薄暗い感情を彼女に晒すのは避けたい事です。
ならば、矢張り諦めるしかないのでしょうか。
いや、居ます。この幻想郷にはもう一人だけ、確かな正当性をもって文献を書ける人物が居るのです。
ええ、そうです。あなたの事です、九代目御阿礼の子様。
どのような名前で転生しますのか、今現在の私では判らないもので、敬称で記す事をお許し下さい。
あなた様の記述能力はおそらく心理の層に属するもの、つまり魂に刻まれているものでしょう。また、その正当性は物理の層、つまり肉体に宿っているはずです。
つまり、あなた様の魂が、御阿礼の子と言う肉体を伴って記述する事によって、初めてその正当性を発揮出来るのです。
一見、私には付け入る隙は無いように思えます。
しかし、慧音と違い、あなた様は転生を繰り返す身であります。
そしてまた、この私も肉体と魂の再生を繰り返す身であるのです。これは転生も同じこと。
つまり、あなた様の転生時に、私の魂を融合し、私ごと御阿礼の子として転生を果たそうと言うのが、私の思いついた計画であります。
更に、このような事を申し上げれば、あなた様はきっと驚く事かと思いますが、実は私とあなた様とは、遡れば、非常に近しい場所で血が繋がっているのです。
しかも、それは正当性を持った文献によって保証されているのです。
つまり、あなた様の魂と、この私の魂はとても良く、似通っているはずなのです。
もし、そうであるならば、あなた様の魂と、私の魂の融合は、比較的に容易な事なのではないかと私は考えた訳なのであります。
この考えが正しければ、私は、私の記憶を保ったまま、記述の正当性を持った肉体を手に入れる事が可能になるのです。なんと素晴らしい事でしょう。
これが上手く行けば、私の長年の願いは叶えられるのです。
しかも、都合の良い事に、明後日の晩には、御阿礼の子の、転生の儀が行われると言うではありませんか。この機会を逃す手はありません。
もし、上手く行かなくとも、私には何も損する事はないのです。
失敗したら私は、私として転生すれば良いだけの事。また別の方法を探すまでです。何より、今は一本の藁にでもすがり付きたい心持なのです。
この計画が完璧に遂行されたのなら、この手紙は必要ありません。すぐにでも捨てて頂いて構いません。
しかし、融合、転生は上手く行ったものの、その過程で、お互いの記憶が混同してしまい、私本来の目的が曖昧になってしまっている時の保険として記したまでです。
この手紙を見つけ、お読みになり、思い出す事があったのであれば、迷わず、あの女を消滅させる為の文献記述に取り掛かって下さい。
そしてもし、この手紙にまったく身に覚えが無ければ、頭のおかしな女から来た、戯言だと一笑に伏し、忘れ、燃やしてしまって下さい。
かしこ
藤原妹紅
九代目、御阿礼の子様

追伸 自分かもしれない方に向けて敬語で手紙を記すと言うのは奇妙なものです

以上が、私の読んだ手紙の内容です。
予想以上に没頭していたようで、外を覗けば、もうぽっかりと月が浮かんでいました。

ねえ、あなた、あなたは一体誰なのです。
先程から一心不乱に書き物を続ける背中に問いかけます。
コチコチと時計だけが応えるのです。
ねえ、あなたは本当に稗田阿求なの。
カリカリと万年筆を動かすばかりで、返事はありません。
業を煮やして、そっと覗いてみれば、そこには竹取物語の文字。
なんだか薄気味悪くなって、私は逃げ出すようにその場を後にしました。
すっかり毒気に当てられた私は、酔いを覚ます様にふらふらと、気付けば竹林に迷い込んでいました。
そう、ここは迷いの竹林。時折風が吹けば、ささらさらさらと、葉が揺れる。
宛ても無く、迷いにまかせて歩いていれば、行く手に、何やら騒がしい声が聞こえてきます。
ああ、あれは。

「てゐ、てゐではないか」
「あん、あぁ、慧音じゃん、どうしたのこんな時間に、こんなところで」
「いや、ちょっと酔いを覚ましに」
「うそ。全然、酒の匂いしないんだけど」
「そう言う意味の酔いじゃなくて」
「まぁ、別に好いんだけどさ」
「てゐ、君こそ何をしているんだい、よりにもよってこんなところで」
「そうそれ、よくぞ訊いてくれました、さすが寺子屋」
と言って彼女は振り返りました。
「ほら、ここって一応、私の縄張りじゃん。だから今夜も見回りしてたんだけどさ」
ほら、あそこと、指をさして私に言います。
「あそこに誰かが勝手に住み着いてたみたいなのよ」
私は指さされた方を見ます。あそこは、
「あれは、廃墟じゃないか。たしか、何季も前からずっと無人だったはず」
「そのはずなんだけどね。まああんなだから私もあまりこの辺りは厳しく見回ってなかったんだけどさ、でも私の縄張りである事に変わりないからね。勝手は許されないよ」
と頬を膨らませて、言った。
「誰が、いたんだろう」
何故だか私の心が早鐘を打ちます。
「さあねえ。何だか生活の跡はあるのに、人が居た気配がしないんだよ。薄気味悪いから撤収作業をしてると言う訳なのよ」
まったく迷惑な話よねと、大袈裟に溜息を吐いてみせます。
「本当に、何だか気味が悪いな」
「うん」
そう言って彼女は頷くと、配下の兎達に何やら喚き始めたのでした。
「これじゃあ駄目だね、こんなに暗くなっちゃあ作業がはかどらないよ。今夜はここまで、続きはまた明日、皆帰るよ」
「どうしたんだい、てゐ」
応える代わりに、彼女は上と、顎で示してみせました。
それにつられて天を仰いでみれば、
月がすっかり、煙の様な雲に覆われていたのでした。
ご安心下さい。
これは唯の戯れ、道理の通らない戯言です。
月もちょっと隠れただけ。
隠れたものは、いずれまた姿を現すでしょう。
それが、同じ月とは限りませんが、ね。

ウホウホウホ。
藤原ドンキーコング妹紅

元ネタは江戸川乱歩『人間椅子』です。
夜歩しょうけら削夜
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コメント



0.200簡易評価
2.70名前が無い程度の能力削除
夜のサーカスというよりただのサンチマンですね。妹紅が痛い子という以外に何も特徴がない気がします。文章は拘りがあっていいと思いました。ただし読みづらい。面白そうと見せかけて底が浅いのが残念です。どうせならもこっと融合しちゃってから遊んで欲しかった。よく作られていても作者に余裕が感じられません。それを目にして読者はつらいのです。
4.無評価名前が無い程度の能力削除
毎回毎回後書きで大物の名前を出して勘違いに浸ってる感が凄い。