これは『機械が泣いた日』『創世』の二編の短編です。
それぞれに話のつながりはありませんので、注意してください。
尚、ショートショートのようなものですので、一味違う東方ワールドとなっておりますのであしからず。
最後に、これらの作品を書こうという気にさせていただきました星新一先生に、最大限の感謝を。
機械が泣いた日
河童が最後のネジを締めると、ついに機械は完成した。
「さあ、できた」
「にとり。作ってくれたのはありがたいが、なぜ玄関ドアのに置くんだ?」
「不審者予防にはもってこいの場所だよ。保証する」
「にとり。気にしてくれるのはありがたいが、この機械が動いたり、そのためのスイッチがないぞ」
「横にあるだけで脅威さ。実は動くと見せかけて、動かない。逆に近づきにくい」
「にとり。その発想はいいが、この埋められたふたつの赤い石はなんだ?」
「今にわかる」
「早く知りたいな。にとり。それはさておき、どうして人型なんだ?」
「魔理沙は人型の機械がある家と、動かないただの機械がある家と、どっちが盗みに入りやすい?」
「紅魔館は案外楽だ。あの門番は、ちょうどこんな感じだからな。しかし、人型は確かに変な圧を感じる」
「だろう。家を守ってくれるんだ。優しくしてあげな。それともうひとつ、理由がある」
「なんだ?」
「人の形だと、なにやら感情が芽生えそうな気がしないか。魔理沙も、機械も」
その後の魔理沙の生活は、まず朝の寝癖を直し、着替えて帽子を被り、特に用が無ければ、機械を磨いたりしていた。
人型だと、妙に愛着がわく。こう、なんというか、守りたい気分にさせてくれる。
にとりの戦略は見事当てはまり、血迷った妖怪などのたぐいが、魔理沙の家を犯しにくることはなくなった。それもこれも、人型の機械のおかげだと、魔理沙はより一層ていねいに機械を保った。
数年後。魔理沙は大人びたが、機械はまだ錆どころか、傷ひとつ付かず、まったく綺麗であり続けた。台風が来ても、動じない機械は、魔理沙の誇りだった。
数十年後。魔理沙の容貌はすっかり変わり、いかにも商店街の安売りに反応しそうな具合だ。いささか体力や弾幕は衰えたが、機械への愛情は怠らなかった。
更に数年後。ついに機械にひとつの傷が生まれた。年を重ねた魔理沙が手入れするとき、さすがに手つきがおぼつかず、擦ってしまった。それでも、嗄れた声で「すまんな」と言う魔理沙は、優しかった。
更に十数年後。ついに動くことがままならなくなり、機械は一人で魔理沙の家を守り続けた。その勇ましい姿を、みなは『守り神』と讃えた。
そして、魔理沙が動かなくなった頃、機械は風に震え、頭に施された金属が剥がれ、膝を曲げて崩れ、両目に埋められた赤い石を、寂しげに落とした。
機械が泣いた日。その日を境に、妖怪たちは魔理沙の家に徐々に近づいていった……。
創世
「お嬢様、次の患者です」
「男か。よし、座れ。待て、そんなに驚かなくてもいいだろう。まさか、噂を聞いてやって来たのではないとでも?」
「いいえ、里の婆様から聞いたんです。過去を、失敗を、取り戻せると。まさか、本当に吸血鬼だとは、思いませんでして。何しろ、この目で実際に見るのは初めてなので……」
「まあ、構わん。そんな人間も多いからな。さてだ、どういった過ちを変える? 失くすことではなく、変えることだけを、考えればよい」
「はい。実は数年前、里の酒場で仲間と呑んでいた時の事です。隣に、いままでに見た事もないような美人が、座ったのです。呑み交わし会話を重ねるうちに、次第に仲も良くなり、やがて付き合い始めたのです」
レミリアが咲夜から紅茶を受け取る。
男がレミリアの動作を気にした。
「構わん。続けろ」
「徐々に互いを意識し始め、ついに告白しました。しかし、返って来た答えは『ノー』。耳を疑いました。既に、彼氏がいたと言うのです。ああ、今も思い出すだけで胸が苦しくなる」
レミリアはつまらなさそうに聞いていた。事実、こんなことはどうでも良いのだ。とりあえず、変えるだけが仕事。思い出など、どうせ無くなるのだから。
「ある夜のことです。私はついに自制が効かなくなり、その彼氏を殺してしまいました。長い鉄の棒で、撲殺です。あまりの憎しみだったのでしょう。気付いたら、顔がどれかわからないほど、殴ってしまっていました。なんとか死体は処理し、今までやり過ごしてきましたが、その後、彼女が塞ぎ込んでしまい、自殺したのです」
「なるほど。つまり、殺人を犯した運命を、変えたいと言うのだな」
「それだけでは、彼氏が残ってしまいます。おそらく、彼女と生活する運命に、なるのでしょう。私が彼女と一生を共にしないと、気が済みません。なんとか、なりませんかね」
「そうだな……。殺された男と、自殺した女の運命は、私から直接操ることはできない。つまり、貴様に殺された男が、別の女を見つければ、万事解決。そこは、貴様が何とかしろ」
「わかりました。お願いします」
「その運命の詳細な日時を言え」
男は、詳しくその時の時間をレミリアたちに話した。
そして男を椅子に頑丈に固定し、身動きをとれないように、縛りつける。
睡眠薬を飲ませ、男がうなだれ、準備は整った。
「さあ、始めようか。八雲紫」
「面倒ね。〈創世〉も楽じゃないわ」
いくらかの時間が経った。
やがて、男が目覚め、興奮したようすで尋ねた。
「どうでしょう。何か、変わりはありますか?」
「自宅を覗け。そこに、目的の女がいれば、運命は変えられた」
レミリアは紫にスキマを出すことを指示し、男はそこから中を覗いた。
「間違いありません。彼女です。もう、あのうるさい妻とはお別れだ。本当に、心から感謝します。ありがとうございます」
「うるさい妻? そんなの、貴様にはいなかったはずだ」
「何を仰いますか。私には妻が……あれ? おかしい。どうしても思い出せない」
「〈創世〉したからだ。貴様の運命は、変えられた」
「ありがとうございます。代金はおいくらで?」
「そうだな、血で償え」
血を吸い取られ終えた男は、咲夜に連れられ、門から里へと戻っていった。
空っぽの紅茶のカップを受け取った咲夜は、レミリアに尋ねた。
「私はまだ、この仕事の意味がわからないのです。以前尋ねたとき、お嬢様は『また今度ね』と仰りました。一体、何をどうされているのですか? 詳しく、お話をしてはもらえませんでしょうか」
咲夜は気になって仕方がないらしい。
執拗にせがまれたレミリアは、ようやく全貌を話し始めた……。
レミリア・スカーレットの、運命を操る程度の能力。
八雲紫の、境界を操る程度の能力。
話は簡単だった。紫が人間の、場合によっては妖怪だが、記憶を辿り、変えてほしい過去を導き、その境界を開く。そこへ、レミリアの運命を操る程度の能力で、過去の変えたい運命を、いともたやすく良い方向へもっていく、というものだった。望みがあれば、ほぼどんな事でも覆せた。
彼女たちの動機は不明だが、博麗の巫女は、行動に移さない。それは、彼女もまた、患者だったからである。
代金は血。死なない程度に搾り取り、レミリアは喉を潤した。血を断ると、それなりの食糧や金、満足できるものを払わなければならなかった。紫は、とくに何もいらないらしい。
驚くべきは、人里から、またはあらゆるところから、吸血鬼を恐れず、患者が次々とやってくることだった。噂は幻想郷を飛び交い、どこからでも、患者はやってきた。それは、人間も妖怪も、同じだった。
彼女たち、実質的に幻想郷の頂点に君臨するような妖怪が、二人も揃っていては、他の妖怪や能力のある者も、さすがに手出しできないでいた。
いまや、世界は彼女たちの思うがままである。
みなはこれを〈創世〉と言い、受ける者を〈患者〉と呼んだ。
「そうでしたか。なんなら、私の運命も変えていただきたいです。実は過去に、大きな失態がありまして……」
「咲夜は、仕事も熱心にするし、私の唯一信用できる従者だ。しかし、過去を弄って、私の従者とならない運命を歩んでしまったら、泣いて済む問題ではなくなる。だから、咲夜だけは、〈創世〉を許可できない」
「……ですわね。失言でした」
「理解してくれて、感謝するわ。では、私は寝ることにする。残りの患者は追い払ってくれ。紫は、ここに停めといて」
「畏まりました」
その後も、〈創世〉は上々だった。殺人を始めとし、仕事での主従関係、男女の恋愛、様々な選抜試験、賭け事、人身事故、安売りする前に買ってしまった品物、更には、たったひとときの右足と左足の出す順番……などの〈創世〉を要求する者も現れ始めた。
レミリアや紫の気苦労は絶えないが、楽な生活を過ごせるということで、続行し、様々なものを取り扱ってきた。
やがて、常連の客も現れた。過去の事をいちいち記録している人間らしく、わざわざ記憶を辿らなくとも、手帳を見れば、すぐに過去の間違った道を見つける事が出来た。
そういう人間に限って、〈創世〉はよく働いた。もちろん、一回の〈創世〉につき、手帳の書かれた内容は、変化していく。それがまた、〈創世〉の対象となった。
いまや常連は大金持ちになり、地位も高くなり、美しい人間に囲まれ、優雅な人生を歩んでいるという。他の患者も、それなりに以前よりは、良い暮らしに改善されたという。
〈創世教〉という宗教も生まれたーー全ては記憶の開拓によって安定し、〈創世〉こそが世の理である。
信徒は日に日に増え、八雲紫の境界と、レミリア・スカーレットのそれに近い印象から肖った、目玉の多い蝙蝠を祀った祠が、人里にいくつも建てられた。それを崇める事で、かつての昔に自らが起こした過ちに、気づくことができるらしい。そうやって患者は〈創世〉を頼り、再び祠の前で両手を合わせた。
〈創世〉は人生をより豊かなものにしてくれる……と、人々は口にした。もはや誰もが、〈創世〉を知っていた。そして、代償を払っていた。
しかし、突如としてそれは崩壊した。多くの患者の運命を〈創世〉したことにより、通常死ぬことのない者が死に、通常生まれることのない者が生まれた。人間関係も崩れ、あらゆる人間の存在が不安定になり、多くの人里の店が閉まった。里は閑散とし、やがて飢饉が訪れ、ついに人間は絶滅の危機に陥った。
外の世界からやってきた人間は、すぐに妖怪の餌となった。それはもちろん、同時に妖怪には食糧難が襲っていたわけで、生きるか死ぬかのサバイバル状態であったからだ。
妖怪も次第に減り始め、共食いや殺し合いが、毎日のように、行われた。血は絶えず大地を蝕み続け、草木は枯れ果て、空気の汚染は甚だしく、緑豊かだった森は死滅した。
ついに頭の狂った妖怪も現れ、残った人間を求め、進撃し始めた。博麗の巫女は進撃を死に物狂いで防いだが、ついに憔悴に堕ちた。
もう、何者も、正常ではなかった。
世界が徐々に、崩壊へと進んでいた……。
患者のいなくなった世界に、レミリアと紫は残っていた。寂しく、紅魔館で息を潜めるだけだった。
そんな彼女たちも、重度の鬱病のようなものに犯されていた。
「世界は滅んだ。もう、何もかもが嫌よ」
「同感。いっそ死のうかしら」
「いや……待て。閃いたぞ。これはとても良い案かもしれない」
「話してよ、レミリア」
「世界を〈創世〉するのよ。幻想郷の記憶を辿り、なにもかも……」
「おもしろそう。そうと決まれば、早速……」
紫は、かつてない、巨大な境界を創った。そこに、レミリアが手を翳す。
〈創世〉が始まった。
膨大な圧力とパワーで、嵐のような突風が吹き荒れる。
「ねえ、〈創世〉を終えたら、貴方や私って、存在してるのかしら?」
「さあね。これからわかることよ」
時空が歪み始め、存在するもの全てが、変貌を遂げた。
こうして世界は新しく〈創世〉された。
この〈創世〉された世界に、新たな創世者が現れなかったら、少しつまらないのかもしれない。
それぞれに話のつながりはありませんので、注意してください。
尚、ショートショートのようなものですので、一味違う東方ワールドとなっておりますのであしからず。
最後に、これらの作品を書こうという気にさせていただきました星新一先生に、最大限の感謝を。
機械が泣いた日
河童が最後のネジを締めると、ついに機械は完成した。
「さあ、できた」
「にとり。作ってくれたのはありがたいが、なぜ玄関ドアのに置くんだ?」
「不審者予防にはもってこいの場所だよ。保証する」
「にとり。気にしてくれるのはありがたいが、この機械が動いたり、そのためのスイッチがないぞ」
「横にあるだけで脅威さ。実は動くと見せかけて、動かない。逆に近づきにくい」
「にとり。その発想はいいが、この埋められたふたつの赤い石はなんだ?」
「今にわかる」
「早く知りたいな。にとり。それはさておき、どうして人型なんだ?」
「魔理沙は人型の機械がある家と、動かないただの機械がある家と、どっちが盗みに入りやすい?」
「紅魔館は案外楽だ。あの門番は、ちょうどこんな感じだからな。しかし、人型は確かに変な圧を感じる」
「だろう。家を守ってくれるんだ。優しくしてあげな。それともうひとつ、理由がある」
「なんだ?」
「人の形だと、なにやら感情が芽生えそうな気がしないか。魔理沙も、機械も」
その後の魔理沙の生活は、まず朝の寝癖を直し、着替えて帽子を被り、特に用が無ければ、機械を磨いたりしていた。
人型だと、妙に愛着がわく。こう、なんというか、守りたい気分にさせてくれる。
にとりの戦略は見事当てはまり、血迷った妖怪などのたぐいが、魔理沙の家を犯しにくることはなくなった。それもこれも、人型の機械のおかげだと、魔理沙はより一層ていねいに機械を保った。
数年後。魔理沙は大人びたが、機械はまだ錆どころか、傷ひとつ付かず、まったく綺麗であり続けた。台風が来ても、動じない機械は、魔理沙の誇りだった。
数十年後。魔理沙の容貌はすっかり変わり、いかにも商店街の安売りに反応しそうな具合だ。いささか体力や弾幕は衰えたが、機械への愛情は怠らなかった。
更に数年後。ついに機械にひとつの傷が生まれた。年を重ねた魔理沙が手入れするとき、さすがに手つきがおぼつかず、擦ってしまった。それでも、嗄れた声で「すまんな」と言う魔理沙は、優しかった。
更に十数年後。ついに動くことがままならなくなり、機械は一人で魔理沙の家を守り続けた。その勇ましい姿を、みなは『守り神』と讃えた。
そして、魔理沙が動かなくなった頃、機械は風に震え、頭に施された金属が剥がれ、膝を曲げて崩れ、両目に埋められた赤い石を、寂しげに落とした。
機械が泣いた日。その日を境に、妖怪たちは魔理沙の家に徐々に近づいていった……。
創世
「お嬢様、次の患者です」
「男か。よし、座れ。待て、そんなに驚かなくてもいいだろう。まさか、噂を聞いてやって来たのではないとでも?」
「いいえ、里の婆様から聞いたんです。過去を、失敗を、取り戻せると。まさか、本当に吸血鬼だとは、思いませんでして。何しろ、この目で実際に見るのは初めてなので……」
「まあ、構わん。そんな人間も多いからな。さてだ、どういった過ちを変える? 失くすことではなく、変えることだけを、考えればよい」
「はい。実は数年前、里の酒場で仲間と呑んでいた時の事です。隣に、いままでに見た事もないような美人が、座ったのです。呑み交わし会話を重ねるうちに、次第に仲も良くなり、やがて付き合い始めたのです」
レミリアが咲夜から紅茶を受け取る。
男がレミリアの動作を気にした。
「構わん。続けろ」
「徐々に互いを意識し始め、ついに告白しました。しかし、返って来た答えは『ノー』。耳を疑いました。既に、彼氏がいたと言うのです。ああ、今も思い出すだけで胸が苦しくなる」
レミリアはつまらなさそうに聞いていた。事実、こんなことはどうでも良いのだ。とりあえず、変えるだけが仕事。思い出など、どうせ無くなるのだから。
「ある夜のことです。私はついに自制が効かなくなり、その彼氏を殺してしまいました。長い鉄の棒で、撲殺です。あまりの憎しみだったのでしょう。気付いたら、顔がどれかわからないほど、殴ってしまっていました。なんとか死体は処理し、今までやり過ごしてきましたが、その後、彼女が塞ぎ込んでしまい、自殺したのです」
「なるほど。つまり、殺人を犯した運命を、変えたいと言うのだな」
「それだけでは、彼氏が残ってしまいます。おそらく、彼女と生活する運命に、なるのでしょう。私が彼女と一生を共にしないと、気が済みません。なんとか、なりませんかね」
「そうだな……。殺された男と、自殺した女の運命は、私から直接操ることはできない。つまり、貴様に殺された男が、別の女を見つければ、万事解決。そこは、貴様が何とかしろ」
「わかりました。お願いします」
「その運命の詳細な日時を言え」
男は、詳しくその時の時間をレミリアたちに話した。
そして男を椅子に頑丈に固定し、身動きをとれないように、縛りつける。
睡眠薬を飲ませ、男がうなだれ、準備は整った。
「さあ、始めようか。八雲紫」
「面倒ね。〈創世〉も楽じゃないわ」
いくらかの時間が経った。
やがて、男が目覚め、興奮したようすで尋ねた。
「どうでしょう。何か、変わりはありますか?」
「自宅を覗け。そこに、目的の女がいれば、運命は変えられた」
レミリアは紫にスキマを出すことを指示し、男はそこから中を覗いた。
「間違いありません。彼女です。もう、あのうるさい妻とはお別れだ。本当に、心から感謝します。ありがとうございます」
「うるさい妻? そんなの、貴様にはいなかったはずだ」
「何を仰いますか。私には妻が……あれ? おかしい。どうしても思い出せない」
「〈創世〉したからだ。貴様の運命は、変えられた」
「ありがとうございます。代金はおいくらで?」
「そうだな、血で償え」
血を吸い取られ終えた男は、咲夜に連れられ、門から里へと戻っていった。
空っぽの紅茶のカップを受け取った咲夜は、レミリアに尋ねた。
「私はまだ、この仕事の意味がわからないのです。以前尋ねたとき、お嬢様は『また今度ね』と仰りました。一体、何をどうされているのですか? 詳しく、お話をしてはもらえませんでしょうか」
咲夜は気になって仕方がないらしい。
執拗にせがまれたレミリアは、ようやく全貌を話し始めた……。
レミリア・スカーレットの、運命を操る程度の能力。
八雲紫の、境界を操る程度の能力。
話は簡単だった。紫が人間の、場合によっては妖怪だが、記憶を辿り、変えてほしい過去を導き、その境界を開く。そこへ、レミリアの運命を操る程度の能力で、過去の変えたい運命を、いともたやすく良い方向へもっていく、というものだった。望みがあれば、ほぼどんな事でも覆せた。
彼女たちの動機は不明だが、博麗の巫女は、行動に移さない。それは、彼女もまた、患者だったからである。
代金は血。死なない程度に搾り取り、レミリアは喉を潤した。血を断ると、それなりの食糧や金、満足できるものを払わなければならなかった。紫は、とくに何もいらないらしい。
驚くべきは、人里から、またはあらゆるところから、吸血鬼を恐れず、患者が次々とやってくることだった。噂は幻想郷を飛び交い、どこからでも、患者はやってきた。それは、人間も妖怪も、同じだった。
彼女たち、実質的に幻想郷の頂点に君臨するような妖怪が、二人も揃っていては、他の妖怪や能力のある者も、さすがに手出しできないでいた。
いまや、世界は彼女たちの思うがままである。
みなはこれを〈創世〉と言い、受ける者を〈患者〉と呼んだ。
「そうでしたか。なんなら、私の運命も変えていただきたいです。実は過去に、大きな失態がありまして……」
「咲夜は、仕事も熱心にするし、私の唯一信用できる従者だ。しかし、過去を弄って、私の従者とならない運命を歩んでしまったら、泣いて済む問題ではなくなる。だから、咲夜だけは、〈創世〉を許可できない」
「……ですわね。失言でした」
「理解してくれて、感謝するわ。では、私は寝ることにする。残りの患者は追い払ってくれ。紫は、ここに停めといて」
「畏まりました」
その後も、〈創世〉は上々だった。殺人を始めとし、仕事での主従関係、男女の恋愛、様々な選抜試験、賭け事、人身事故、安売りする前に買ってしまった品物、更には、たったひとときの右足と左足の出す順番……などの〈創世〉を要求する者も現れ始めた。
レミリアや紫の気苦労は絶えないが、楽な生活を過ごせるということで、続行し、様々なものを取り扱ってきた。
やがて、常連の客も現れた。過去の事をいちいち記録している人間らしく、わざわざ記憶を辿らなくとも、手帳を見れば、すぐに過去の間違った道を見つける事が出来た。
そういう人間に限って、〈創世〉はよく働いた。もちろん、一回の〈創世〉につき、手帳の書かれた内容は、変化していく。それがまた、〈創世〉の対象となった。
いまや常連は大金持ちになり、地位も高くなり、美しい人間に囲まれ、優雅な人生を歩んでいるという。他の患者も、それなりに以前よりは、良い暮らしに改善されたという。
〈創世教〉という宗教も生まれたーー全ては記憶の開拓によって安定し、〈創世〉こそが世の理である。
信徒は日に日に増え、八雲紫の境界と、レミリア・スカーレットのそれに近い印象から肖った、目玉の多い蝙蝠を祀った祠が、人里にいくつも建てられた。それを崇める事で、かつての昔に自らが起こした過ちに、気づくことができるらしい。そうやって患者は〈創世〉を頼り、再び祠の前で両手を合わせた。
〈創世〉は人生をより豊かなものにしてくれる……と、人々は口にした。もはや誰もが、〈創世〉を知っていた。そして、代償を払っていた。
しかし、突如としてそれは崩壊した。多くの患者の運命を〈創世〉したことにより、通常死ぬことのない者が死に、通常生まれることのない者が生まれた。人間関係も崩れ、あらゆる人間の存在が不安定になり、多くの人里の店が閉まった。里は閑散とし、やがて飢饉が訪れ、ついに人間は絶滅の危機に陥った。
外の世界からやってきた人間は、すぐに妖怪の餌となった。それはもちろん、同時に妖怪には食糧難が襲っていたわけで、生きるか死ぬかのサバイバル状態であったからだ。
妖怪も次第に減り始め、共食いや殺し合いが、毎日のように、行われた。血は絶えず大地を蝕み続け、草木は枯れ果て、空気の汚染は甚だしく、緑豊かだった森は死滅した。
ついに頭の狂った妖怪も現れ、残った人間を求め、進撃し始めた。博麗の巫女は進撃を死に物狂いで防いだが、ついに憔悴に堕ちた。
もう、何者も、正常ではなかった。
世界が徐々に、崩壊へと進んでいた……。
患者のいなくなった世界に、レミリアと紫は残っていた。寂しく、紅魔館で息を潜めるだけだった。
そんな彼女たちも、重度の鬱病のようなものに犯されていた。
「世界は滅んだ。もう、何もかもが嫌よ」
「同感。いっそ死のうかしら」
「いや……待て。閃いたぞ。これはとても良い案かもしれない」
「話してよ、レミリア」
「世界を〈創世〉するのよ。幻想郷の記憶を辿り、なにもかも……」
「おもしろそう。そうと決まれば、早速……」
紫は、かつてない、巨大な境界を創った。そこに、レミリアが手を翳す。
〈創世〉が始まった。
膨大な圧力とパワーで、嵐のような突風が吹き荒れる。
「ねえ、〈創世〉を終えたら、貴方や私って、存在してるのかしら?」
「さあね。これからわかることよ」
時空が歪み始め、存在するもの全てが、変貌を遂げた。
こうして世界は新しく〈創世〉された。
この〈創世〉された世界に、新たな創世者が現れなかったら、少しつまらないのかもしれない。
これもいいスパイス。
涙が出ちまう
私は「過去を変える=運命を変える」とは思っていないですけどね。
レミリアが過去を変えることも含めて運命ではないでしょうか?
まー論点が違う所にいちゃもんつけてると言われたらそれまでですけど。
だとしたら、運命も容易く操れますね。
美しい作品でした。
「創世」の方はなんというか…ショートショート向きのお話でないのでは?駆け足すぎて面白みを殺している気がいたします。あと星新一っていうより狂気○郎っぽ(検閲
「創世」はいいですね。落ち着いていてまさに佳作といった趣です。
「ふ~ん」程度で終わってしまう印象でした。
特に「創世」は、うまく表現できませんが、良い感じです。
ただ、個人的に、短編ぐらいの長さがないと満足できない「質より量だよ」派なので、ちょっと不服。
全体に展開が速く感じました。ショートショートというか、ただのプロットにも見えてしまう。