注意事項
シュールギャグとかキャラ崩壊とか。
処女がどうとか、下ネタとか、百合とか、妊娠とか。
そういうのが苦手な人はブラウザバック推奨。
家族揃っての朝食の席で、母さんに変なことを尋ねられた。
「天子ちゃん、あなたいい相手とかいないの?」
「へっ?」
不意打ち気味な質問に、つい桃を頬張っていた口がだらしなく開く。
「いやな、この前天子が異変とやらを起こしてからだいぶ交友関係が増えたそうじゃないか。その中には天子が結婚を前提にお付き合いしたいと思える、そんな相手もいるんじゃないかって、昨日母さんと話してな」
父さんがそれに続いて口を開いて、母さんの言葉を補足した。
「前から天人とのお見合いを用意しても蹴りまくってるし。この際相手が下界出身でもいいから、孫の顔を見せてくれないかなー、なんてな。チラッチラッ」
「そんな必死にチラ見されたって、結婚するどころか恋人にする相手もいないわよ」
「えー、天子ちゃんの孫の顔を見たい一身で長生きしてるのに!」
「それだけで五衰全部出てるのに生きてるんだから大したもんだわ二人とも」
天人の五衰を気合でどうにかするこの両親は何なんだろうか、異能生存体?
隣の家の鈴木さんなんかは、死神に華狩られた一週間後には死んでたのに。
「だいたいさあ、最近なんか変なヤツに気に入られちゃって恋愛がどうとかやってる場合じゃないっていうか……」
ちょっと不気味な親と一緒に桃をかじっていると、ピンポーンと軽快なインターホンの音が鳴り響いた。
「誰よ朝っぱらから、ちょっと見てくるわね」
「帰るまでには結婚するんだぞ!」
「無茶言うなバカ親父」
朝食を一旦置いて玄関へ向かった。
静かに戸を開けると、首だけ家の外に出して来客に対応する。
「ハーイ、新聞の勧誘ならうちは文々。取ってるんで結構で……」
「おはよう、てんこ」
「モ~」
ピシャリと戸を閉めた。
何だろうあれ、玄関の向こうに私の計画を邪魔した宿敵と、白黒の物体が四頭ほどいたんだけど。
ピピピピーンピピピーンポンピピピピーンポピピピ!
「ひっ!?」
インターホンでネクロファンタジア鳴らしてきやがったあのババア!
しかもちょっとズレてるし、朝から不協和音鳴り響かすな!
仕方ないから、誠に遺憾だけど、嫌々ながら玄関を開けて外に出た。
「うるさいから止めろ、近所迷惑でしょうが!」
「見るなり閉め出すなんて酷いじゃないのてんこ」
「私の名前は天子だババア」
きやがった。
ここ最近私の周りに現れては、頭のネジが外れた行動で人のことをおちょくってくるスキマ妖怪紫ババア。
「そんなもの連れてれば誰だって玄関閉めるわよ」
「そんなもの? そんなものってどんなもの? 空を飛ぶようなあんなもの?」
「そこの牛どもに決まってんでしょうが!!」
紫のすぐ横には「モ~モ~」うるさい白黒の四連星。
デカイ図体のこいつらが、家の前の道を占領して塞いでいた。
牛もこうまで集まると圧巻だ……って、ウンチしてやがるし。
お隣さんが死んじゃってから新しい人来てないし、私が掃除しなきゃいけないじゃないか。
「牛四頭と鬼を連れて天人の家をたずねるのが夢だったの」
「どんな夢なのよそれ!?」
「去年の冬眠の時に見た」
「そっちの夢かい! って言うか鬼って……」
「あぁ、それはこっち」
紫が右手に持っていた縄を引っ張るから、縄の先に視線を移す。
「生きててごめんなさい……アル中ニートでごめんなさい……」
なんかいた。
すっごい見覚えある二本角が首に縄でつながれて、弱り果てた顔でなんか呟いてた。
「……なにこれ」
「萃香よ、友人の顔も忘れたの?」
「違うわよそんなことわかってるわよ! なんで萃香が縄つながれて、しかもこんなネガティブなこと言ってるのかって聞いてるのよ!」
「なんとなくでお酒を抜いてみたらこうなったわ」
「これが素なの!?」
いつもあんな陽気だった萃香が、酒がなければこうまで弱り果てるなんて。
まずなんとなくで酒抜いてやるなよ。
「その縄はずしなさいよ、人の首に縄なんて」
「鬼よ」
「人じゃなくてごめんなさい……」
「どっちでもいいし、謝らなくてもいいから。とにかく可哀相じゃないの!」
「あぁ、でも首に何か付けてないと」
「ごめんなさい、生きててごめんなさい、今すぐ首に縄括って死にます……」
「ってしようとするから」
「キープでお願いします」
危なかった、いっそのこと縄を引きちぎろうかと思ったけど、実行しなくて良かった。
危うく友人の死体の第一発見者になるところだった。
「そんなわけで、丁度よく鬼の当てもできたから夢を叶えに」
「正夢になってよかったわねー。じゃあ今すぐ帰れ」
「せっかく来たのにお茶も出さないなんて」
「いいから帰れっつってんのよ!」
「もう、つれないわね。仕方ないから今日は退散しましょう、行くわよ萃香」
「願わくばあの世に連れて……」
「ここがあの世だけどね」
紫は四足歩行に退化した萃香を連れて歩いて帰っていった。
見送る私の横で「モ~」と牛が声を上げる。
「……って、こいつらも連れて帰りなさいよ!?」
そう叫んだときには二人とも姿をくらましていた。
どうしようかなこれ。食べようかな。でも牛の解体方法なんて知らないし無理か。
仕方ないから残された牛は適当に天人が近寄らない場所へ連れて行って、好きに暮らさせることにした。
天界にも草木は生えてるから、大丈夫だろう。多分。
「あっ、それ草じゃなくて転生前の霊だから食べないの」
「モ~」
……多分。
◇ ◆ ◇
「はーい、てんここんにちわ」
「うげっ、八雲紫」
家の前を箒で掃いていると、見たくない顔ブッチギリNo.1の妖怪がスキマから現れた。
この前の牛といい、ここのところ毎日顔出してはちょっかいかけてくる。
スキマから顔だけ出してきたときもあった。あれは結構怖いから止めて欲しい。
「うげっ、なんて失礼な娘ね」
「何度も嫌がらせされたらこうもなるわ。それよりあんま家来ないで欲しいんだけど」
「どうして?」
「私って天界じゃ評判悪いから変な噂立てられたりするのよ」
比那名居家の総領娘はぼっちだとか。
ご飯の桃を取りに行けば「あの桃を使って怪しげな術を開発してるに違いない」とか。
噂の不良天人はぼっちだとか
ちょっと外を歩けば「きっと襲撃をかけるのに容易な家を探しているのだろう」とか。
ぼっちだとか。
ってかなんでこんなにぼっちネタが推されてるのよちくしょう。
「最近は『実は不良天人はあの妖怪と恋仲なのだ』とか意味不明な噂されたし」
「あぁ、その噂広めたの私だから」
「そーなのかー……って、あん?」
ちょっと待て、いまなんつったこのババア。
「えっ? えっ? 何? あんたが広めた?」
「イェス」
「なんで意味不明な噂流してんのよあんた!?」
「だってそれは……ポッ」
「なんでそこで頬を染める」
いっつも何考えてるかわからない紫だけど、今回はマジな感じがした。
えっ、ちょっと待って、いつ私そんなフラグ立てたっけ? まだ10kbも話進んでないぞ。
焦る私の前で、紫は赤くなった頬を押さえて恥ずかしそうにこっちを目を向けた。
「ま、まさか本当に……」
「困り果てるてんこの姿が見たかったからよ、言わせんな恥ずかしい」
「死ねやババア!」
私は右足にこれ以上ないくらいの力を込めると、紫のお尻を思いっきり蹴っ飛ばした。
バビュンと風を切りながら、蹴られたサッカーボールのように空の向こうへ吹っ飛んでいく。
「また来るわああああぁぁぁぁぁ…………」
「二度と来るなー!!!」
ちくしょう! 乙女の純情踏みにじりやがって!
赤くなってるの見てちょっぴりキュンとしちゃったらこれだよ!
「天子ちゃん、何してるの?」
「塩まいてるのよ!」
とりあえず効果の程は不明だが、辺り一面に清められた塩を撒き散らしておいた。
おかげで今度は「塩を使って悪魔を降臨させようとしている」なんて噂が広まってた、ちくしょう。
あのババアいつか絶対死なす。
◇ ◆ ◇
溜まったゴミを袋にまとめて出していると、案の定というかなんというか。
またまた紫と遭遇した。
「こんにちてんこ」
「微妙に略すな、変な風に読み間違えるでしょ」
「更に略せばこんにちん……」
「やめんかい!?」
「あらあら、仲が良いわね二人とも。ちょっと妬いちゃうわぁ」
言い切る前に紫の頭をはたいて遮ると、異変の時とかに顔を合わせた亡霊が紫の後ろから現れた。
「あー、あなたは……幽々子だっけ?」
「そうよ、ちゃんと覚えてもらってたのね」
「あなたまでなにしにここに来たのよ」
「紫とは昔からの友達でね、最近面白い相手が出来たって聞いたから、一緒に見に来たのよ」
「こいつの……」
まさか紫の友達だなんて酔狂な人物が萃香以外にいたとは。
こんなボンクラの友人なんて、正直ロクでもない気がする。
「酷いわボンクラなんて」
「ナチュラルに心読んでくるな。ねぇ、あなた友達の人選間違ってない?」
「幽々子はマイペースで周りを置いていくようなところがあるけど、友人でよかったと思っているわ」
「あんたじゃなくて幽々子に言ったのよ!」
「うふふ、本当に楽しそうね」
見ている分には面白いのか、幽々子は愉快そうに笑う。
楽しいどころか大変疲れてるんだけど。
「あなた笑ってないで助けてよ」
「あら、紫がこんなに楽しそうなのに邪魔なんてできないわ」
「こいつが人のことからかって、楽しそうなのはいつものことでしょ」
紫を指差しながらそう言うと幽々子はおかしそうにクスクス笑う。
「紫ったらあなたのこと本当に気に入ってるのよ」
「はぁ? こいつが?」
紫のほうを向くと私の指に紫色のマニキュア塗ってた。
おいコラ、家事やってる人の指にそんなもん塗るな。調理の時とか不衛生でしょうが。
「そうよ、いつもは金魚のフンの千切れにくさについてとか、どうやれば入れ歯タワーの重心が安定するのかとか話してたのに、最近はあなたのことばっかり話して」
「そんなのと比べられても嬉しくないわ」
その話題を追求した先に何を得ようというのか。
九尾も使役する大妖怪なのに、能力の使い方が明らかに間違っている。
「あんた私のこと気に入ってるなら、からかうようなこと止めなさいよ」
「やめられないとまらない」
「お菓子鼻に突っ込んで死んどきなさいよ……はぁ、せっかく来たんだからお茶くらい飲んでいきなさい」
「あらありがとう」
「てんこの家に入るのは初めてだわ」
「お前は歩いて帰れ。ってかいい加減てんこじゃなくて天子って呼びなさいってば」
「いつも名前を間違えて呼んで、ここぞと言うときに『合ってるでしょう?』ってやればイチコロだって聞いたわ」
「それやった人の相手、別の男にゾッコンだったけどね」
そもそもコイツとクーガー兄貴を同列に扱うのが無理がある。
「本当、紫ったら楽しそう……ぎゃあああぁぁぁぁああああ嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼!!!!」
「ちょま、何事ぉっ!?」
うふうふ笑っていた幽々子が、突然ムンクの叫びのような形相で辺り一帯に響く金切り声を上げだした。
その横で紫は冷静に地面に手を伸ばすと、地面にまかれた白い粉を摘んで舐めとる。
「この地面にまかれているの清めのお塩ね。油断したところで亡霊にこのトラップとは。中々の策士っぷりねてんこ」
「呑気に状況解説してないで。どうすんのよ、幽々子なんか煙出てるわよ!」
「嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼ぁぁぁぁぁ…………あ、何だか慣れてきて変な恍惚感が……」
「それ逆にヤバくない!?」
ムンクから一変してまるで悟ったような顔に変わる幽々子。
体中から白い煙上がってるけど大丈夫なのかこれ。
心配していると、今度は綺麗な蝶が幽々子の周りを舞い始めた。
「あぁ……今までの私は能力を面白半分で使用し、なんと愚かだったのか……」
「なんか悟り始めてるけど、これ幽々子の弾幕じゃなかったっけ?」
「うーん、弱ってるせいで幽々子の能力が制御できなくなってるわね」
「どうなるのそれ?」
「私達には影響ないけど、年寄りだとか病人だとか怪我人だとか五衰が起きた天人だとかがバッタバッタ死ぬ」
「帰れ! 今すぐ帰れ!」
ピンポイントで家の親を狙ってるとしか思えない幽々子と紫の尻を叩いて、天界から追い出した。
「何してるんだ天子?」
「……塩掃除してる」
両親の安全のためにも、塩は撤去することにした。
◇ ◆ ◇
「はぁぁー……」
居間の机で頬杖を吐いていた私は、深い、ふかぁ~い溜息を吐いた。
理由は言わずもがな、最近しつこくこっちに顔を出してくる例のスキマだ。
ほぼ毎日人に嫌がらせしてきて飽きないんだろうか。
「どうした天子。悩みごとか?」
「いや、なんでもないわ」
机の向こうから話しかけてきた父さんへ適当に返事を返す。
この二人は私が紫にたびたびおちょくられてることは知らない。
言う必要もないし、言ったら言ったで鬱陶しくなりそうだからだ。
「あんまり溜息ばかり吐いていると幸せが逃げるというぞ」
「別に逃げるほど幸せなんて……」
「いやねぇ、あなたったら。アレはそんな深刻な悩みじゃないわよ」
「なんだ母さん、わかるのか?」
「えぇ、もちろんよ」
「えっ」
父さんよりも先にまず私から驚愕の声が出た。
わかるってまさか、紫のことを勘付かれた?
「アレは恋の悩みよ」
「はぁ?」
と、驚いたのもつかの間だった。
「……え、違った?」
「ぜんっぜん、違うわよ。なんでそうなるの馬鹿らしい」
「だって最近の天子ちゃん、前と違ってなんだかハキハキして元気そうなんだもん」
いつもどおり、孫の顔が見たい親の誇大妄想と聞き流そうとしたが、その言葉が妙に引っかかった。
「だからてっきり、好きな人でも出来たのかなって」
それって、紫が来て私が元気になったってことなのか。
いや、そんなことあるわけがないと否定したところで、真っ先に紫の顔が浮かんだ事実に気付いて胸の内で毒づいた。
あれはないわ。
「そうだったら嬉しいのにね、あなた?」
「そうだな、本当にそうだったら飛んで跳ねて喜びまくりだなー。そんな親孝行してくれないかなー。チラッチラッ」
「しないからこっち見ない」
父さんの期待を切り捨てると、手に持った湯飲みに注がれたお茶をすすった。
まったく、この両親は何かにつけてこういう話題を持ち出してきて困る。
「そういえば天子、今日のご飯はなんだ?」
「夕食はまだ決まってない。お昼は適当にパンでも食べてて」
「天子ちゃん、おやつは何があるの?」
「今日はなしよ」
「えー」
「文句言わない」
「てんこ、私のお茶も淹れてちょうだい」
「はいはい、いま淹れるわ……」
……あれ、今なんかうさんくさいのがいたような。
「お前さんどなたですかいの?」
「初めてお目にかかります、八雲紫と申しますわ」
「うぎゃー!!?」
何かいる……何かいる!?
すっごい自然にサラッと混じってて、思わず二度見しちゃったよ!
「これ天子ちゃん、女の子がなんて声出してるの」
「そんなこと言ってる場合じゃないわよ母さん! 我が家に疫病神が入り込んでる!」
「天子とはどのようなご関係で」
「結婚を前提にしたお付き合いでして……」
「なんと!」
「しかもあらぬ事実を吹き込んでるし!?」
なにをほざいてるのか、このすっとこどっこいは。
私は父さんと話してる紫の胸倉を掴み上げると、壁に押し付けて緋想の剣を突きつけた。
「ここで死ぬか我が家から立ち去るか、どっちか選べ」
「あら、せっかく私に関係する話題が出たようだから来てみたのに」
「か、か、関係ないわあんたなんか!」
百歩譲って盗み聞きしてたのに何も言わないとしても、それだけは絶対にない!
「天子! DVはいかんぞDVは!」
「いや父さん、きっとお二人はそういう趣味なのよ。生暖かい目で見守りましょう」
「父さん母さん騙されないで、こいつは人の不幸を糧にする最悪の妖怪よ! あと結婚相手だとか嘘だから!」
「嘘だったのか!?」
「まずなんであれで信じるのよ……とにかく、何度こいつに苦汁を舐めさせられたことか!」
「まぁまぁ、お父様もお母様もこれで一つどうか」
紫は私に捕まったままスキマに手を差し込むと、父さんと母さんに饅頭が詰まった箱を差し出した。
「これは?」
「饅頭です、お好きなだけどうぞ」
「……天子、今すぐその方を離しなさい! んむむ、美味いなこれ」
「お父さんの言う通りにしなさい! あぁ、なんて上等な餡子なの」
「寝返るの早過ぎでしょ!」
今日のおやつに困ったくらいで『娘の言葉<饅頭』にならないで。
そんなにあっさり寝返られると、ちょっと泣きたくなっちゃうから。
「てんこ……あなたが傷ついたとき、濡らす胸はいつでもここに空いてるわ」
「あんたが元凶でしょうが!」
「おうふっ!」
この行き場のないやるせなさは、拳に込めて紫に叩き付けた。
「それにしても、てんこの家って腐ったゾンビみたいなニオイがするわね」
「復活早いわねあんた……それより、人の家のことをね……」
「いや、いいんだ天子、本当のことだからな」
「身体臭穢で私たちすっかりくさやみたいなニオイだものねぇ」
実際紫の言う通りだ。
五衰をオールコンプリートしてる両親は、その身体から異様なニオイを醸しだしている。
二人から発せられるニオイの臭いこと臭いこと。
私はもう鼻が慣れてるのでなんとも感じないが、その前に感じた記憶だとゴミ収集車の近くみたいな臭いだったと思う。
「しかしこんなにもなってもまだ生きてらっしゃるなんて、相当珍しいですね。お二人はどういう風に五衰が起きたのでしょうか」
「いやー、死神にだるまさんを転んだをしようと誘われましてな」
「夫婦揃って遊んだところ、止まってる隙に華を刈られちゃったんですよぅ。そこから他の五衰もズブズブと」
「随分とお茶目なご両親ね」
「ぶっちゃけ親じゃなきゃ即行見捨ててるわ」
二人が「だるまさんがころんだしてたら、いつのまにか死神に華を刈られてた」とか言って帰ってきたときは、情けなさで泣いたもんだ。
一度下界の竹林にいる薬師に「頭のネジを治す薬はありますか?」と訊ねたことがあったが、「五衰を治す薬なら」と返された。
一瞬迷ったが、多分また華刈られてイタチごっこになるだけだろうし遠慮しといた。
「しかし、それでは日常生活も大変では。五衰にかかると普通は死、あるいは寝たきりと聞きますが」
「そこらへんは、天子が面倒を見てくれてるんですよな」
「へぇー、ちゃんとご両親の介護するなんて偉いわ」
「当たり前でしょ、なんだかんだ言って親なわけだし」
「その当たり前をできる者はそう多くないわ」
「な、なによいやにまともね、頭でも打った?」
あれ、なにこの妙な雰囲気。
いや、これが妙というか普通な気がするけど、この紫にとってはとにかく妙だ。
「ほーら、いいこいいこ」
「ちょっ、頭なでるな気持ち悪い!」
「あら、てんこの周りは桃の匂いでクサイのが薄れてるわね」
「だからさっさと離れ……」
「お父さんお母さん、てんこを家のトイレにください!」
「私は芳香剤じゃないわよ!?」
やっぱりいつも紫だった。
「ことわるの? 三食昼寝付きの好待遇なのよ?」
「それじゃ朝昼晩便所飯でしょうが! 人の用を見ながらご飯食べれるような変態じゃないわよ!」
「えー」
「えーじゃないっつの……」
なにが哀しくてそんな寂しいぼっちみたいな仕事に就かないといけないのか。
私自身そんなに友達いないけど、そこまで寂しいやつじゃないぞ。
「果たしててんこが友達と思ってる人は、てんこを友達を思っているのかしら……?」
「その言葉そっくりそのままあんたに返すわ」
絶対にこいつは友達100人いると言って、実際には両手であまるほどしかいないタイプだ。
つーかいい加減サラッと心読んでくるのもやめてほしい。
「それより、そろそろ服洗ったりで家掃除したりで忙しいんだけど」
「あらそうなの、じゃあ頑張ってね」
「邪魔だから帰れってんのよ!」
いすわる気満々の紫の首根っこを掴むと、窓の外へと思いっきり放り投げた。
いっそのこと霊夢に結界でも習おうかな……ダメだ、アレ相手に効く気がしない。
「ごめんね二人とも、うるさくしちゃって」
「そんな、遠慮しなくたっていいのよ」
「そうだぞ、せっかく天子の友達がたずねてきてくれたのに追い返すなんて」
「アレを友達と呼ぶにはいささか語弊があるわ父さん」
だからといってなんて呼ぶべきかは思いつかないけど。
あっちからちょっかいかけてくるから、ストーカー? あながち間違いでもない気がする。
「でもよかったわ。天子ちゃん最近元気なかったみたいだけど、紫さんが来てから元気になったみたい」
「へっ?」
「確かにな。ここのところ覇気がなかったが、たった数分で見違えるようだぞ」
「まるで夜に獣のように昂ぶったお父さんみたい」
「生々しい表現をすな!」
やめて!
幼少期に部屋を訪ねたら、ハッスルしてた親を目撃したトラウマを目覚めさせないで!
「やめてやめて、おとうさんおかあさんをいじめないで、わたしちゃんといいこにするからそんなことしないであげて……」
「こら、天子が軽く精神崩壊しちゃってるじゃないか」
「てへぺろっ☆」
「くそう、かわいいやつめ。母さんちょっとこっちきなさい」
「やだ、あなたったらこんな時間から……」
「娘置いてイチャつくなや!」
ちくしょう。紫といいこの親といい、なんで私の周りにはこういうのばっかなんだ!
「二人とも離れろ、そして話を戻せ」
「えー、父さんと母さんとの愛を引き裂くような子に育てた覚えはないぞ」
「ぶーぶー、天子ちゃんの親不孝者ー」
「だまらっしゃい! ……紫がきてから私が元気になった?」
「そうよー、それまで気が抜けてたのにすごく元気になって」
「あれは元気になったんじゃなくてショックで一時的に気が高ぶっただけよ。ゴキブリが出てきたときみたいに」
「気が抜けてたことは否定しないのね?」
「えーと……それは、まぁ」
たしかにここのところ気が抜けてたとは思う。
「しばらく会ってなかったんでしょう?」
「まぁ、ここのところ顔出さなかったわね」
「なるほど、最近天子が元気なかったのはそのせいか」
「いやいやいやいやいや、それはないわー」
なにその紫と会えなかったから寂しがってたみたいな言いかた。
「もう、バカなこと言ってないでこの部屋掃除するから出ててよ」
「天子、自分の心には素直になるべきだぞ?」
「はいはい」
バカなことを抜かす親を部屋の外へ追い出した。
さすがにあの紫とでゆかてんとかないわー。
えっ、タグ見ろって? アーアー、何も聞こえなーい。見えなーい。
「てんこ、ちょっと忘れ物しちゃったわ」
「うわぁっ!?」
とかなんとかやってたら、今度はゴミ箱の中から出てきやがった。
ゴキブリかコイツは。
「いきなりどっから出てくるのよあんたは! 何のようなのよ!?」
「ちょっと忘れ物しちゃってね」
「何よ、そんなのスキマ使って勝手に取っていきなさいよ」
「忘れたのはね……あなたの心なのよ」
「燃えないゴミの日は明日よね、今から出しとくかー」
「あたたたたた、やめて足で押し込まないで。それに私は萌えるゴミよ」
「この場で燃やしてやろうか」
やっぱコイツとはないわー。
◇ ◆ ◇
家の家事は全て私がやっている。もちろんご飯を作るのも私の仕事だ。
普通の天人なんて食べないくらいじゃ死なないから、桃だけかじってわずかな食欲を満たして生きているが、欲深い私はそんなのじゃ耐えられない。
異変を起こしてからと言うもの、私は私の食欲、ついでに親の食欲を満たすために毎日自炊している。
となれば食材も買わなければならないわけで、私は今日も人里に降りて食材を買い集めていた。
「ふぅ。安売りから逃げるやつは主婦だ。逃げないやつはよく訓練された主婦だ。ホント、戦場は地獄だぜー」
まさにアレは浮世の地獄。
安い品を求めて集まる主婦の群の中に飛び込むのは、天人の私でもちょっと勇気がいったものだ。今となっては慣れたものだけど。
戦いの末に手に入れた食材を手提げに詰めて道を歩いていると、甘ったるい匂いが鼻をくすぐった。
歩みを止めて匂いの元へ顔を向けると甘味屋があった。
同時にグゥと私の腹の虫も自分の存在を主張し始める。
「よし、食べるか」
この前、紫が来たときに持って来た饅頭は父さんと母さんが全部食べちゃって私はありつけなかったし、その分はここで取り返すとしよう。
さっそく店の中に入ると、商売繁盛しているようでけっこうな数の人が店の席を埋め尽くしていた。
ありゃ、これじゃ待たないと駄目かなと思っていると、店の奥から店員さんが出てきて私にお辞儀した。
「いらっしゃいませ。申し訳ありませんがご相席でかまいませんでしょうか」
「んー、じゃあそれでいいわ」
「かしこまりました。ではこちらへお越し下さい」
知らない人と顔を合わせて食べるということで少し悩んだが、こういう場所での一期一会も一興かもしれない。
そう思って店員に案内されて店の奥へ進んで。
「お客様、こちらの方とご相席でよろしいでしょうか?」
「よろしいですわ」
「それじゃそこの席しつれ……」
先に席に座っていた極めてうさんくさく、かつ面倒なことこの上ないやつと目が合った。
回れ右。
「待ちなさいてんこ」
「腕を掴むな。呼び止めるな。ってかなんで紫がここにいるのよ!?」
すぐさま帰ろうとした私の腕を、紫に掴まれてしまった。
「なんでまたあんたなのよ、ストーカーか!?」
「失礼ね。ただてんこの行動を監視して、ここに先回りしただけよ」
「それを世間一般ではストーカーと言うのよ!」
「あの、他のお客様にご迷惑ですから大声を出すのはご遠慮下さい」
「あ、すいません」
店員に注意されて頭を下げる。
周りを見れば何事かとこっちを見ている人が結構いた。くそぅ、恥かいた。
「まったく、てんこったらもう少し静かに出来ないの?」
「誰のせいよ誰の」
「まぁ、ストーカーと言うのは冗談で、今回は本当にたまたまよ」
「……ホントでしょうね?」
「本当よ」
嘘を吐いているか?
いや、その場合は大抵すぐに嘘だとバラしてその反応を見てくるタイプだから、多分本当だろう。
ここのところなんとなく紫の行動パターンが何となくわかってきた気がする。
「あ、あの、お客様?」
「ほらほら、店員さんが困ってるじゃない。早く食べるか帰るか決めなさいな」
「あ、すいません。この席で良いですんで」
「そうですか。ご注文はよろしいですか?」
「団子とお茶で」
「私もお団子追加で」
「かしこまりました。ごゆっくりどうぞ」
迷惑かけた手前、何も食べずに出て行くのもアレなので、結局相席で食べることにした。
紫の迎え側に座って、団子とお茶が来るのを待った。
「あんまり食べると太るわよ」
「永遠の美少女は太らないわ」
「どこが少女だババア」
「そういうあなたもウン百歳じゃない」
「私は紫と違って見た目も心も若々しいから」
「つまり精神的に子供だと」
「オーケー、表出ろ」
「お団子とお茶お待たせしました」
「あ、どうも」
ガタンと音を立てて椅子から立ち上がったところで、注文を差し出されて大人しく座りなおした。
「あなたこういうところじゃちゃんとしてるのね」
「私だっていいとこのお嬢様よ。あんたと違って礼儀作法くらいちゃんとしてるの」
「私にはこんな感じなのに」
「お生憎様。あんたに払う礼儀なんてないわよ」
「あら、私は構わないわよ。素のあなたの方がかわいいもの」
「き、キモイこと言うな!」
たまに不意打ちでくるなもう!
気持ちが落ち着かなくて、食べて誤魔化そうと団子を口に中に入れた。
「……ん、美味しいわねここ」
「でしょう。繁盛しているだけあるわ。あなたは買い物の帰りかしら」
「食材の買出しよ」
椅子の下に置いていた手提げを持ち上げて、紫に戦利品を見せ付けた。
「量が少ないわね。それで4人分に足りるのかしら?」
「誰もあんたの分なんか作るなんて言ってない。安売りの時に欲しい品をゲットするのも大変なのに、さらに一人分追加とかやってられないわよ」
「俗っぽい天人ね」
「好きなもの好きなふうに買ってたらお金なくなっちゃうしね。天界の宝とか売ってお金作ってるからその内なくなるし」
現状、私の金銭面は親の貯金を食いつぶすニートみたいなものだ。
と言っても、だいたい100年以上は持つだろうって量の貯金だけど。そういう価値のあるお宝だけは、天界には腐るほどある。
だがいつかなくなる以上は、切り詰めれる部分でなら切り詰めたほうがいい。それにそうやって色々工夫するのは案外楽しいし。
「そこで私の家のトイレで芳香剤の仕事よ」
「なにがそこでよ、引っ張らないでよその話。絶対にしないからねそれ」
「なら永久就職だとか」
「永久……なにそれ?」
「結婚っていうことよ」
「あぁ、そういう意味ね」
今度は予想外の方向へ話が転がってきた。
「また父さん母さんみたいなこと言い出すなあ、あの二人も孫の顔を見せてくれってうるさいし」
二人がそんな感じだから、私もそれとなくそのことについては考えたりもしている。
それで私なりの結論と言うのも既に出来上がっていた。
「でも結婚したりする気はしないわよ、論外だわ」
「相手がいないからかしら」
「そうじゃなくて」
確かに相手がいないのはその通りだけど、本当の理由はもっと別のところにある。
「別にさ、結婚なんて無理にしなくたって、今の私は十分楽しいしね」
この一文だけで説明が出来た気がする。
私は自由気ままにやりたいことをやって生きたい。
楽しく幸せに、その時々で自分が一番楽しいと思えるような選択をしていく。
だからこそ身を固めたりせずに、私は今のまま自由に生きることを選んだ。
「って言っても、好きな人が出来たらどうなるかわからないけどね。ともかく今はそんなわけだから……」
つらつらと考えを述べていると、紫が優しげな瞳で私を見ていることに気付いて言葉を止めた。
思わずその目と目が合って、ドキリと胸が高鳴った。
「な、なによその目は」
「ふふ、楽しんでくれているようで嬉しくてね。この幻想郷を管理するものとして冥利に尽きるわ」
微笑まれて余計に鼓動が加速した。
「そ、それよりあんたこそどうなのよ! ずっと生きてきてそういう相手とかいなかったわけ?」
「残念なながら私に吊り合うことの出来る相手がいなかったわ」
「吊り合うって言うか、付いて行けるやつがいなかったんでしょ」
見立て良し、器量良し、でも性格が明後日の方向にアクロバティックに吹っ飛んでて残念すぎる。
美人は三日で飽きると言うが、紫が相手の場合は三日で逃げ出すだろう。
「なら付いてこれる相手がいたならそいつで決定?」
「あくまでそれは前提条件よ。最終的に好みのタイプかどうかで決めるわ。私達のように永きを生きる存在が、簡単にしたりしたら後々後悔するでしょう」
「まぁそうよね」
などと話し合いながら口をモグモグ動かしていると、気が付いたらお団子は全て食べ終わっていた。
店員を呼んでお勘定をお願いすると、気前良く紫が私の分まで払ってくれた。
「珍しく気が効くじゃない、病気?」
「あなたの中の私はどういう評価なのか、小一時間問い詰めたいわ」
「むしろその性格でどんな評価になると思っているのか、こっちが小一時間問い詰めたいっての」
支払いを終えて、頭を下げる店員を背に紫と店の外に出る。
「ふぅ、美味しかったわ」
「私は話してばっかであんまり味のほう覚えてないわね。ちょっと損した気分」
「なんて奢り甲斐のない」
「あんたのインパクトが強すぎるのよ。自重しろ」
「溢れ出る私の魅力を止めることは誰にもできないわ」
「加齢臭でも出してなさいよ」
いや、くっさい紫もそれはそれで嫌だけど。
「それじゃ私はこれで。お団子ありがとね」
「ちょっと待って。最後に一つだけいいかしら?」
手提げを持っていない方の手をヒラヒラと振って立ち去ろうとしたところで、立ち止まって振り返った。
「もしあなたに好きな人が出来たら、あなたはどうするかしら」
「その話引っ張るなぁ……そうねぇ……」
うーん、と少し考えてみるが、好きな人が出来た状況が未知的過ぎて丸っきり想像できない。
だけど、もしそんな状況になっても変わりようのないと、自信を持って言えるが一つだけあった。
「あんまりよくわかんないけどさ。その時の私がやりたいようにするのは間違いないわね」
「そう。やっぱり、あなたならそうよね。じゃあ夕飯の時にまたね」
「だから来るなっての」
「ちっ」
紫はスキマを開いてその場から消えた。たぶん自分の家に帰ったんだろう
「好きな人ねぇ……」
別れてからもう一度、ぼんやりとだが考えてみる。
私が誰かを好きになるとしたら、それは一体どんなやつだろうか。
もやもやと人物の顔が浮かんできて、やがてハッキリとその顔ができあがってきた。
金髪に紫の瞳、いつも人のことをおちょくってくるあの――
「って、ないない! 絶対にない!!」
なんでそこであいつの顔が浮かんでくるんだ!?
「あぁー! 悪霊退散、悪霊たい……ハッ」
せせら笑いを浮かばせながら脳裏に取り付いてくる幻想を振り払おうと、自分の頭を振り回したところで我に返った。
人里の往来でそんなことをしたせいで、人々の視線が私に集まっていた。
「春だからねぇ……」
「春だしねぇ……」
「春ですよー」
「あ……あはははははー……し、失礼しましたー!」
乾いた笑いを響かせたあと、いたたまれなくなって私はその場を走り去って行った。
春なんかきてないっての!
◇ ◆ ◇
「あー、今日も一日終わったぁ~」
桃の模様が彩られたパジャマに着替えた私はベッドの上で大きく伸びをした。
今日はもう終わりだが、明日は明日で色々ある。夜更かしなどせずとっとと寝てしまって、明日の英気を養おう。
いい夢見れるといいなと思いながら、ベッドのなかにもぐりこんだ。
おやすみ私。
――
――――
――――――
あれ、なんだろうこの感じ。
なにも空間でふよふよ浮いているような、奇妙な非現実感を感じる。
あっこれ夢だ。
おー、夢で夢だとわかるのって時々あるけど久しぶりだ。
これはいい夢見れてるのかもしれない、ワクワクしてきた。
「て――――る?」
っと、なにか声が聞こえてくる。
なになに、これから勇者の問い掛けでも始まるの? ついに私の時代の始まり?
性格は性能的にセクシーギャル一択よね、どれ選べばいいかバッチリ暗記してるわ。
「は――てん――える?」
目の前の空間がぼやけて、声の主が少しずつ浮かび上がり始めた。
同時に声も段々とハッキリと聞こえて……。
「ハロー、てんこ聞こえるー?」
あっれー、なんかすっごい見覚えのある金髪の女。
「えーと、夢から目覚めるにはどうすればいいんだっけかなー」
「人のことを無視するような子に育てた覚えはないわよ」
「うっさい、消え去れ悪夢!」
あんたに育てられた覚えなんてないっつの、というか案の定また紫かよ!
夢の中ですら安息の地はないっていうのか!
「これは私の夢が作り出した紫? それとも入り込んできた紫? どっちにしろ今すぐ消えなさい」
「私が許可もなく人の夢に入り込むような、失礼な女に見えるのかしら? 後者よ」
「わかってるなら入ってくるな!」
悪いとわかってない天然よりも数段性質が悪い。
「さて、てんこ。あんたは目覚めたとき強大な悪と戦う運命にあるわ」
「その悪なら、いま私の目の前にいるけどね」
「けれど安心なさい、そのための力を授けましょう。心の準備はいいですか?」
「いいえ」
「心の準備はいいですか?」
「いいえ」
「心の準備はいいですか?」
「いいえ、絶対にいりません。絶対ロクでもないから」
「大丈夫よ、ちょっと肉体に機械処理するだけだから」
「嫌な予感しかしないわ!!」
変身ヒーローに改造されるくらいならまだいいけど、四肢切断されて妙な戦闘機に搭載されたりしないでしょうねそれ!?
肉体年齢が10台のまま固定されて載せられたり……って、それは元々だったわ。
「まったくわがままばかり言って、それじゃ世界は救えないわ」
「世界の前に自分の幸福が優先よ」
「なるほどその通りね、それじゃ目覚めたときに自分がどうなっているのか楽しみに待っていなさい」
「だからあんたは人の話を聞きなさいよ!?」
「それではごきげんよう、うふふふ」
「ちょっとおおおおおおお!!!?」
――――――
――――
――
「おおおおおおおおお!?」
叫び声をあげた私はベッドの上で目が覚めた。
ハッと冷静に見知った天井を見つめたあと、今まで自分が寝ていたことに気づく。
どうやら夢を見ていたようだけど。
「……何だろう、とてつもない悪夢を見た気がする」
寝汗がびっしょりになりそうな、そんな夢だったような。
まぁ天人は汗かかないからそんなことないけど。
「うー、なんか体が重い気がする……」
まだ寝てたいけど、けど窓の向こうにはまだ低くとも自己主張激しくこれでもかって輝く太陽が。
さっさと起きないと、親が先に起きて飯はまだかと催促してくるなこりゃ。最近二人とも朝が早いし。
「あー、起きないと……」
私は重い体を押して背中からバーニアを噴かすと身体を持ち上げた。
下半身に付いたスラスターも連動して作動して、ベッドの上で私の体が直立する。
「……ん?」
あれ、いま変な描写なかった?
「え、ん、ああ!!?」
視線を下にさげると眼に映ったのはブ厚い鉄塊。
あらゆる弾幕を弾き返しそうな、磨き上げられた黒光りする鉄の装甲。
ハッキリ言おう、下半身がタンクだ。
「ゆかりいいいぃぃぃぃいいいい!!!?」
「ほいほい、なんざましょ」
夢の内容を思い出した私が力の限り叫ぶと、元凶が呑気な声だしてスキマから現れた。
「何? は、こっちの台詞よ! なんなのよ、この下半身!?」
「絶壁と言えば鉄壁、そして鉄壁と言えばタンクよ。ガッチターン( ´紫`)」
「んな子供の発想みたいなのを現実化すなー!!!」
しかもよくみれば体のそこかしこがサイボーグ化されてるし。
右腕はガンダムエクシアのデカい剣で左腕にはギャンの機雷付き大盾……って、機動性が壊滅的なタンク脚に こんな近接装備じゃ相性悪すぎだろ。
……あと胸部が平べったいおっぱいミサイルなのは当て付けか。
「今すぐ元に戻せババア!」
「あら、でもあなたロボット好きじゃない? カナメファンネルとか使ってるし」
「好きでも自分がなりたいとかいう物好きじゃないわ!」
断じて言うが、そこまでロボットに命をささげる突き抜けた変態じゃない。
このままでは埒が明かないと私は躊躇なく右腕のソードを紫に突きつけて脅しをかけた。
「戻せ! 戻さないとぶっ刺す!」
「あらやだ、女の子にぶっさすなんて……ポッ」
「下らないこと言ってないでさっさとやれー!!」
「もう、ジョークも通じないなんて……しかたないわね」
至極残念そうな顔をした紫は、パチンと指を鳴らすと体にあった重さが消え去った。
確認してみると、体中のメカ成分は綺麗サッパリ消えている。
「……戻ったの?」
「戻ったわ」
「一部の隙もなく全部有機物? 実はどこかに無機物が紛れ込んでたりしてない?」
「もちろん、人工物は一つとしてないわ」
「よかった……本当によかった……」
安堵した私はベッドのうえで膝をついた。
あのまま一生サイボーグ少女として人生送らなきゃいけなかったかと思うとゾッとする。
「うぅ、朝っぱらから疲れた……」
あー、まだ起きたばっかりだっていうのにすごい疲れた気がする。
さっさと朝食を作らないと親がうるさいのに。
気だるい体を押して私がベッドから降りると、なんかプラーンってした妙な感覚があった。
「……ん?」
「どうかした?」
「……ち、ちょっと、部屋の外出てて」
いったん廊下に紫を追い出すと、急いで服を脱いで体の異常を確かめた。
パオーンと泣き出しそうな物体Xが、脚のあいだについていた。
「なんじゃこりゃああああぁぁぁぁあああああ!!!!」
本日二度目の叫び声が上がった。
「紫! なんか付いてる! あとなくなってる!」
「胸がないのは前からじゃない」
「そうだけど……って、やっぱ確信犯か!」
なんで人の股間にこんな小汚いものつけてるんだ。
しかもご丁寧にタマつきで!
「ほら、タンクってどっちかっていうと硬派な男のイメージじゃない? だから先に男に性転換させてからタンクにしたのよ」
「じゃない? じゃねーよ! R-18専門のほうでやりなさいよこんな展開! 最悪消されるわよ!?」
「大丈夫よ、週刊少年誌に勃○やらマ○ターベーションやら載せた漫画だってあるんだから」
「そういう問題じゃないっつの!!!」
人並みの常識とか倫理とかないのかこのババアは!
「戻せ! 一刻も早く元の体に戻せええぇぇぇぇ!」
「えー、せっかく頑張ってつけたのに」
「その無駄な才能をもっと別のところに活かしなさいよ!」
「しかたないわねぇ……」
そう言った紫がまた指を鳴らすと、途端に私の下半身に黒光りする鉄塊が。
「って、またこれか!?」
「戻せって言ったじゃないの」
「これにじゃないわよ! 元の女の体に戻せっつってんのよ、この!」
怒り狂った私は、もう勘弁ならないと右腕のソードを思いっきり振りかぶった。
しかしそこはタンク脚の哀しいところ、紫がちょっと宙に浮いて距離を取ればソードの射程距離から外れてしまう。
「こんの、クソッタレー!!!」
「ずいぶんとあらぶってるわね」
「こんな体にされて、腹の立たないやつがいるか!」
「こんな体とはわかってないわね。右腕には妖夢の楼観剣に勝らずとも劣らない切れ味の大型ソード! 左腕には鬼の拳にも耐えられる最硬の盾!」
「うわぁー、性能だけ無駄に豪華」
「胸部のミサイルはあなたの場合に限り威力がないけど、胴体部には大妖怪をも退ける無敵エネルギー発生装置が!!」
「……へぇー、ちなみにそのエネルギー発生装置とやらはどうやれば使えるわけ」
「へそにあたる部分にスイッチがついてるから、そこをポチっと押せば」
「ふん!」
右腕のソードを手に持ったまま、形状の角の部分でへそがあったところを思いっきりブッ叩いた。
ガコッとなにかがはまるような音がして、続いて機械音声が鳴りひびく。
『ピーッ システム 自爆モードを起動します 30秒以内に離脱してください』
「えっ」
「あっ」
不吉な音声が流れて、私と紫は呆気にとられた顔をした。
「おいこらババア、自爆ってなに。ねぇ自爆ってなに」
「ロボに自爆装置ってお約束じゃない?」
「キリッといい表情で言うことじゃねーよ!」
『のこり20秒』
「うぎゃー! カウント進んでるし! ちょっと解除法とかないの!?」
「この緊急時にもツッコミを絶やさないとは、成長したわね天子……」
「どうでもいいし! だいたい私の名前は天子だ!」
「あってるでしょう?」
『のこり10秒』
「はっ……って、名前呼ぶならもっとマシなタイミングで呼んで欲しかったよチクショー!」
「あっ、ちなみに解除法は妖々夢のファンタズムをノーミスクリアよ」
「30秒でできるか!!」
『2……1……』
あっ、これ終わった。
そう思った次の瞬間、視覚的にも精神的にも目の前が真っ白になった。
「ゲホ、ゴホッ……い、生きてるの……?」
「いやはや、さすが私の自信作ね、すさまじいエネルギー量だったわ」
「そんなすまし顔で言っても、髪型アフロじゃ締まらないわよ」
口から黒い煙を吐き出す私の前に、爆発の影響で金色のモコモコを頭に揺らす紫が立っていた。
一矢報いたって感じだけど、瓦礫の山になりはてた哀れな我が家の姿が。
「あぁ、家が……って、それより父さんと母さんは!?」
「お二人なら前もってスキマに避難させてたから無事よ」
「これが噂のすきま空間か、なんて快適な空間なんだ!」
「一生ここにいましょうあなた、ここから出たくないわ」
「……お元気そうでなにより」
紫がスキマを開くと、なんとも幸せそうにべったりする両親の姿があった。
てかキッチリ避難させてた辺り、やっぱりこの事態は予測ずみなわけね。ははは、やるせねぇ。
「あー、でも住む家がこれじゃ……」
「そっちは萃香に立て直させましょう」
「生きててごめんなさい、立て直しますすいません……」
「まだ飲ませてあげてないんかい」
私も哀れだがこっちも負けてないな。
あと、さっきの爆発でエネルギーを使い果たしたからか、私の体は元の状態に戻っていた。
股のあいだに余計なものもついてない。
「それじゃあ、建て直してるあいだは私に家に泊まりなさいな」
「さーて、野宿っていうのもいい経験よね」
「あらあら、親の世話は私に押し付けて、娘は一人自由気ままに生きるわけね」
「うぐ」
それ言われると非常につらい。
「わかったわよ、あんたの家に泊まらせてもらいますとも!」
「泊まらせてあげましょうとも。萃香は家のほうお願いね」
「わかりましてごめんなさい……」
そんなこんなで、しばらくのあいだは紫の家に厄介になることになった。
そのあいだはいつもどおり何事もありすぎる毎日だったが、時間は思ったよりも速く過ぎ去っていった。
でも父さんと母さんが臭いって、紫の式とか式の式とかが愚痴漏らしてたなぁ。マジごめん、けど苦情は元凶に言ってね。
まぁ、住んでる間は色々あったけど、ぶっちゃけいつもどおりと言っていいので省略させてもらう。
というか思い返したくないです。はい。
「おぉー、懐かしい我が家だ!」
そして爆発から一ヶ月ほど、建て直された家の前で、私は思わず歓声をあげた。
そっくりそのままに建て直され……って、なんかだいぶ前に死んだ鈴木さんの敷地まで家が伸びてるんですけど。
まぁ、持ち主ももういないんだしとやかく言わないけど。
「うん、これで枕を高くしてゆっくり寝れるわね」
「あら、私の家の布団は最高級品で、あれ以上にゆっくり寝れるものなんてないわよ」
「そうね、天井に金髪の女が張り付いてこっち見てたり、夢のなかではしゃぎまわったりしなければ、ちゃんとゆっくり寝れるわね」
紫の家に泊まっているあいだ、私に安息の時間はなかったと言っていいだろう。
朝から晩までこの頭のネジが吹っ飛んだババアの相手をするのは、相当に大変だった。
よく振舞われたお酒とか料理とかは美味しかったから、まるっきり嫌なことしかなかったってわけじゃないけどね。
ぐでんぐでんに酔い潰れるまで飲みまくって、気が付いたら朝だったとかしょっちゅうだった。
「家の中では藍が祝いの準備を終わらしてるわ」
「おっ、新居で宴会っていうのもいいわね」
こういうところは紫もけっこう気が効く。
自分がしたいことのためには時間と労力を裂くこともいとわないというか。
ただ問題はそのしたいことが、たいてい常人どころか天才や奇才にまで理解できないってことだけど。
「隣の敷地は誰も使ってないみたいだから、まるごと大部屋にしたわ。祝いの席もそっち」
「あいあーい、んじゃそっち行きましょ」
玄関の敷居をまたぐと、新しく作られた大部屋へ足を運んだ。
襖の向こうからは、すでに飲み始めているのかざわめき声が聞こえてくる。
「ちょっと、もう始まってるじゃないの。ってか誰呼んだのよ」
「とりあえず紅魔郷から始まって、神霊廟までの書籍系含む全キャラに」
「どう考えても多すぎでしょ!?」
圧倒的に『私の知り合い<まだ顔も知らない人』じゃないのそれ。
「何で私お呼ばれしたの?」って疑問に思ってるやつ絶対いるぞ。
「せっかくのお祝いだもの、盛大にやったほうがいいでしょう」
「そんな私の新居祝いに、大げさすぎでしょ」
まぁ、ならいま知り合いになればいいかと思い、私は軽い気持ちで戸を開けた。
すると大部屋にいた連中が一斉にこっちをむいて、入り口から伸びた紅い絨毯のむこうに【祝 紫と天子の結婚祝いパーティー】とデカデカと書かれた横断幕が……。
「おー、やっと主役が登場したぞ!」
「ヒューヒュー! お熱いこって!」
「あやややややや、お二人の心境を聞かせてもらってもいいでしょうか!?」
「……バックしまーす」
その場から踏み出さず、ストンと戸を閉め切った。
「……あっれー、おかしいなー、疲れてるのかしら、いま変な文字が見えたような」
「いつまでも廊下にいるのも寒いわ、早く入ってちょうだいな」
「あぁ、うんごめん」
ここ最近飲みまくりではしゃぎすぎたんだろう。
今日のが終わったらゆっくり休もうと考えて、もう一度部屋を覗いた。
「さーて、天子さんのご両親はいまどんなお気持ちで?」
「いっこくも早く孫の顔が見たいですな!」
「いやー、紫さんには前々からよくしていただいていて」
閉めた戸がパタンと乾いた音を鳴らした。
「……なにこれ」
「見たままよ」
「えっ、ちょっと待って、えっ……難解すぎて頭おかしくなりそうだから端的に説明して」
「てんこ結婚しましょう!」
「するかー!!!」
ふざけてことを抜かす紫の頭を思いっきり殴りつけた。
「プロポーズフッ飛ばして結婚式ってなに考えてんのよ!?」
「ここでてんこから同意を得ればすむことだわ。今までの私が積み重ねから、それだけの好感度はあるはず!」
「むしろマイナスメーター振り切ってるわ!」
どうしてあの行いで好感度アップしてると思うのか、思えるのか。
「うぅ、酷いわてんこ。今日のために入念に下準備を重ねてきたというのに……」
「……もしかして、家壊したのも?」
「それよりも前から」
「もしかして牛連れて家に来たときから?」
「そうよ」
「……うーんとね、紫。天人の視点から見て忠告させてもらうとね」
「えぇ」
「頑張る方向が色々と間違いすぎてるから」
「チクショー!」
おー、珍しい紫の悔し顔……って感心するとこはそれじゃない。
というか、この反応から見ていつもみたいにおちょくってるんじゃなくて本気なのか。マジなのか。
マジで紫って、私のことが好きだったのか。
だとしても今までの紫の行動を思い出して、アレはないわーと呆れていると誰かが私の肩を叩いた。
「誰?」
「よーう、天子、面白いことになってるみたいだなー」
振り返ってみると、浮かれた顔で酒を仰ぐ鬼がいた。
「萃香か、ついにお酒飲めたのね」
「……素面のときのは忘れてくれ、な?」
その話を持ち出すと、とたんに辛気臭い雰囲気で萃香が切実にお願いしてきた。
そんなに嫌なのか、あの状態。
「私はなにも見なかったわよ」
「ありがてぇ……ありがてえ……!」
「それよりもさぁ、そこで泣いてるババアなんとかしてよ」
「いやいや、それは天子が結婚すれば済む話さ」
「うぇー、これと?」
この廊下に座り込んで彼岸花で恋の花占いやってるババアと結婚しろというのか。
「態度こそアレだが紫は真剣さね。そんな邪険にしないで真剣に悩んでから答えてやんな」
「って言われてもさぁ」
「むぅ、アタックのしかたが悪かったのかしら。やっぱり最初は牛じゃなくて鮫を抱えて……てんこはどんなのが良かったかしら?」
「こんなこと言う相手にシリアスになれとかムリ」
「それはそうだけどなぁ……」
萃香もこれは否定できない。
「とにかく、私は部屋に帰ってゆっくり寝させてもらうわ」
「わっ、ちょっ、待てよ! よく考えろ天子!」
「だからムリって……」
「紫は処女なんだぞ?」
「ハァ? なにそのカミングアウト」
相手がいなかったことくらい容易に想像できるけどさ。
「その意味をよく考えてみなよ。これまで処女、そして天子が断れば恐らくこれからも一生処女のまんまだ」
「あっ」
ようするに紫が結婚するようなチャンスは二度とないと言いたいのか。
たしかにこの紫を相手にできるようなやつなんて古今東西探してもそうそういないでしょうけど。
「さぁ、どうする天子、軽い気持ちで人の好意を踏みにじって、紫の女としての生きがいを潰すのか!?」
「うわあああ! やめて、私の良心につけいらないで! なんでそんなに私と紫をくっつけたがるのよ!?」
「人柱」
「正直すぎでしょ!」
紫の被害を私一人に集中させようって魂胆かよ!
「くっ、だけど一生処女だとか言われると無下にするのも心苦しい感じが……」
「私なら切り捨てるけどな」
「鬼は言うこと容赦ないわね」
「ちょっと、二人とも」
わりと真剣に悩み始めていると、彼岸花を散らした紫が話に割り込んできた。
「さっきから好き勝手言ってるけど、私もう処女じゃないわよ」
「えっ」
「えっ」
『チクショー! ……ヒック。ほかの天人のやつら、わらしのことぼっちぼっちいってきやらって!』
『私がいるからてんこはぼっちじゃないのにねぇ。ささ、飲みなさい』
『ゴクゴク……ぷはぁー! だいたいあんたはなんらのよ、わらしにつきまとって、こいびとらとかへんにゃうわさながしれ!』
『私はあなたを愛してるだけよ』
『まーた、そんなくちからでまかせいっちゃって!』
『じゃあ確かめてみる?』
『じょうとうよぉ、しょうめいしれみなさいよぉ!』
「と、二人でベッドインしてそのまま」
「ウソぉぉぉお!!?」
そういえばお酒飲んで、気付いたら全裸で寝てたこととかあったけども! おまけに股間に余計なものついてて、 紫の頭はたいて元に戻させたけども!
なにその場のノリで生涯にかかわる重要なことやっちゃってんの私ぃ!?
「うわぁ、酔いにまかせて人の処女奪ったあげく知らんぷりとか、鬼の私でも引くわぁ」
「私も知らなかったんだって! ってか紫、その時のあんた酔ってないじゃないの、止めなさいよ!」
「むしろ好都合だと思ってノリノリでした!」
「だからってロマンもへったくれもない状況で処女散らすな!」
でも散らしたのは私だしなー!
なんか上手いことハメられた気がしないでもないけど、大事なもの奪っちゃったのは間違いないし。
だからっていきなり結婚っていうのは、でももう式場で宴会始まってるし。
あー、もうー、うー、ぬぐぐぐ……。
「うがぁー! わかったわよ、責任とってやろうじゃないのこんチクショー!!!」
「きゃっほーい、さっすがてんこ話がわかる」
「スゲェ、状況的に追いこまれたとはいえこの決断……天子、お前勇者だよ」
「こうなりゃライデインでもなんでも撃ってやるわよ!! 」
「おい紫、天子のやつ完全にヤケクソだけどこれでいいのか?」
「ハネムーンには二人でオーロラでも見にいこうかしら」
「とりあえず結婚できるならなんでもいいのか」
「ウラー! 主役のお出ましよ!!」
襖を蹴っ飛ばして大部屋に侵入して、あらんかぎりの力を込めて雄叫びを上げた。
「酒だー! アパム、酒持ってこーい!!」
「なんだ天子これから式だっていうのにもう飲むのか」
「これが飲まずにいられるかってんのよ! いいからその酒寄越せ!!」
「うわぁー! 新婦がご乱心だ、誰か抑えろ!」
「止めるな! 冷静になったら負けなんじゃー!!!」
無謀にもこの私を取り押さえようと飛び掛ってくるやつらを、片っ端から蹴って殴って投げ飛ばす。
式場、というか完全に宴会場だったそれは、一転して酒や阿鼻叫喚の地獄絵図に塗り換わった。
「うっさいわ! 宴会の邪魔するな!」
「霊夢が怒った! 退避だ退避、巻き込まれるぞ!」
「このような騒ぎが起きるとは、この世のみならずあの世も救われなければならないのか……」
「幽々子様、悟ってないで逃げますよ!」
「上等よォ! あんたの陰陽玉、銀河のバックスクリーンまで打ち返してやるわよ!」
「このてんこの勇姿はフルハイビジョンで録画して、後日本人に見せてあげましょう」
「うわー、ひどい嫌がらせ……」
――――――
――――
――
「――うぉぉ、酒を寄越せぇぇぇ……って、あら?」
迫ってくる陰陽玉を片っ端から屏風まで打ち返していた私の目に飛び込んできたのは、雲ひとつない青空だった。
起き上がるとバクバクなる胸を手でおさえ、ゆっくりと深呼吸して息を整える。
「ゆ、夢か……悪夢だったわ……」
「どうしたの、そんなに怖い顔して」
声がしたほうに向くと、紫が不思議そうに私の顔を見ていた。
「いや、かなーり嫌な夢を見てね」
「あらそうだったの、寝顔に濡れ雑巾でもかけて起こしてあげればよかったかしら」
「普通に起こしなさいよ……まぁ、懐かしくもあったけどね」
感慨深くつぶやくと、私は視線を下に移して紫のお腹に手を伸ばした。
太ったというには大きすぎるほどふっくら膨れたお腹が、私の手に暖かさを伝えてくれる。
「あの悪夢から一年かぁ」
「もうそろそろ生まれるわ。ときどきお腹の中から蹴られる感覚があるもの」
「元気よね、私たちの子供らしい」
そう、私たちが結婚してからもう一年も経つのだ。
あれから私と紫は同じ屋根の下で毎日を過ごし、紫のお腹の中では、私たちの血を引く新たな生命が芽生えていた。
出産ももう間近で、永遠亭の薬師に取りあげてもらう予定だ。
「しかし、いつかは女として結婚するのを想像したことがあったけど、子供を孕ます側に回るとは思わなかったわ」
「じゃあ今度はあなたが産んでみる?」
「そうじゃなくてさ。いや産むけど」
時々夜間限定で男になってるとはいえ、やっぱり女である以上は子供を産んでみたいし。
その時は調子に乗って両方妊娠しちゃいました、なんてことにならないように気をつけないといけないけど。
「この一年スピーディーだったわね、結婚してオーロラ見にいって一緒に暮らし始めて。それで紫が妊娠して」
「お義父様お義母様も大喜びで、五衰まで治ったわね」
「あれ本当に人類以外のDNA混ざってないのかな」
とうとう気合だけで五衰を治しちゃったし、何者なんだろうかあの親は。
ときどきその血が自分にも混ざっていると思うと、ほんのちょっと怖くなる。
「この一年騒がしかったわ、紫ったら妊娠してもおさまりゃしないし」
「もっとてんこをからかえとガイアが私に囁くのよ」
「そんなガイアなんてカチ割れてしまえ」
結婚してからも、紫がからかってきたり私がからかわれたりで、息をつく暇もないくらいだった。
ホント厄介なヤツと結婚してしまったもんだなと思う。
「……まぁ、でもあんたで良かったかな」
「何がかしら」
「なんでもないわよ、なんでも」
もうこいつなしの生活は考えられない。紫が来る前みたいな静かな生活には二度と戻れないだろう。
そういう風にされてしまった、けど不思議と悪い感じはしなかった。
結婚当初は未来が真っ暗だったけど、結果手祖手こういう気持ちに慣れるのなら、一年前の選択は間違ってなかったと思う。
なんだか感慨深い気持ちになっていると、紫が私の顔を覗いてきた。
「私のてんこがとても可愛いことを考えている気がするわ」
「真顔で恥ずかしいこと言うな。脳みそ沸いてるのかババア」
「うふふ、てーんこぉ」
「うわっ!?」
ガバッと妊婦とは思えない俊敏さで紫が私に抱き付いてきた。
身重の体を私に預けて、胸に頬ずりし始めた。
「うふふふふふふ、かわいいかわいい、私のてんこ」
「気味悪い声出すな! 頬ずり止めなさいってば!」
「ふふ、てんし……」
紫は一旦身を引くと、私の目を見つめて顔を近づけてくる。
「ちょっと、こんなところでキスなんて……」
「ねぇ、天子…………?」
「……もう」
ゆっくり近づいてくる紫に、しょうがないなぁと目を閉じた。
「……トイレ行きたいわ」
「勝手に行ってきなさいよ」
◇ ◆ ◇
「あー、やっぱり紫は紫だ。もうすぐ子供生まれるって言うのに、ぜんっぜん変わらない」
私はグチグチ不満を漏らしながら家に帰ってきた。
すると玄関で外に出かけようとしていた父さんと母さんとバッタリ出くわす。
「あら、天子ちゃんおかえりなさい」
「ただいま。二人は出かけるの?」
「あぁ、孫のための道具を下見にな」
「やっぱり大切な孫に使う大切な道具は厳選しないとね」
「そう言って100回くらい見にいってるわよね」
冷やかしの常連として、店のほうには顔を覚えられてることだろう。
孫の顔を思い浮かべて意気揚々と出かける二人を見送ると、軽い尿意を感じてトイレに向かった。
ドアノブを捻ろうとしたが、ガチッと何かに止められて回らない。
「あれ、紫まだ入ってるの?」
「んぐぐぐ、まだよ」
先にスキマで家に帰っていた紫が、トイレの中から苦しそうな声を出した。
「ちょっとした大難産よ……ふぬぅ!」
「ははは、大変そうね。そういえばここのところ便秘がちがったっけ。私も急いでしたいってわけじゃないし、ゆっくり出しなさいよね」
「ありがとう。けど大丈夫よ、もうちょっとで出そうだから……ふん!」
「おぎゃああああああ!!!」
「ほーら、出た」
「おー、おめでとー、それじゃちゃんとお尻拭いて……」
………………あれ、今の泣き声って。
「おぎゃあ! おぎゃあ!」
「あら、立派な女の子」
「ちょっとおおおお!! なに便所で娘産んでるのあんた!?」
「なんだから朝からちょっとお腹が痛くて、大きいほうかと思って力んでみたら」
「それ陣痛だから! その時点で病院行きなさいよ!!」
陣痛をちょっと痛いていどで済ますな!
大妖怪だからって無理があるでしょそれ!?
「ちょちょちょ、あんたまさか、うちの子便器に飛び込んでないでしょうね!?」
「大丈夫って言ったじゃない。ちゃんと手で受け止めたわ……あっ」
「なに!? どうかしたの!?」
「そういえば通販で頼んだ小説が届くの今日だったわ」
「いいからとっとと病院行けええぇぇえええ!!!」
◇ ◆ ◇
「いいですか、下手をすれば母子ともに大変なことになったかもしれないんですよ?」
「すいません、すいません! 本当にすいません!」
トイレにいた紫をスキマで永遠亭に送り出したあと、急いで追いついた私を待っていたのは、薬師さんのお説教だった。
必死に頭を下げる私の後ろで、紫は楽しそうに赤ん坊のほっぺをつっついている。
「ふふふ、かわいいわぁ」
「あんたもちょっと反省しなさいよ!」
「赤ん坊に怒鳴り声を聞かせると悪影響よ、やめなさいな」
「うぐぐぐ、こいつううぅぅぅ……!」
とりあえずは紫も赤ん坊も健康に異常はないらしい。
へその緒を切ったり産湯に浸けたりして、あらかたの仕事は終わった薬師は部屋からでていった。
私は紫が横になっているベッドのそばに椅子を寄せて腰を下ろす。
「ほら見なさいな。かわいい顔で寝ているわ」
「……あんた、本当に大丈夫なの? どっか痛かったり気持ち悪かったりしない?」
「そうだったら先に言ってるわ」
「気をつけなさいよね。片親とか子供がかわいそうでしょ」
「あなたはどうなのかしら」
「……うっさいババア」
恥ずかしくてそっぽを向くと、紫は嬉しそうに笑った。
なにからなにまで計算してきて性質が悪い。
まぁ、問題がないならそれでいい。これで憂うことなく子供を可愛がれる。
私は紫が抱いていた赤ん坊を覗き込むと、あまりの可愛さにあっというまに心奪われた。
「やぁん、ちっこいぃ~、かわいい~」
「メロメロね」
「あたりまえでしょ私と紫の子なんだから。あー、ホント可愛いわ。この子の将来はみんなから愛されてモテモテね」
「いつかこの子に、『あなたはトイレの中で産まれたのよ』と教える日が楽しみだわ」
「絶対に言わないでよ。普通に永遠亭で産まれたってことにしなさいよ」
「えー」
「子供にトラウマ植えつける気か」
この秘密は墓まで持っていくべきだ。
自分が便所で産まれただなんて誕生秘話聞かされたらこの子泣くぞ。
「あ~、ほっぺたやわらかい~」
「お義父様とお義母様にこのことは?」
「まだよ。二人とも出かけたあとだったし、伝える暇もなかったわ」
「あのお二人方が来ると私たちが楽しむ暇もないし、今は二人で祝いましょうか」
「さんせーい」
あの二人がきたら紫とは別ベクトルに騒がしくなるし。
ちょっとのあいだくらいは、私達二人だけで子供の誕生を祝福しよう。
「それで、この子の名前はどうするの」
「えっとね、私が人間だったころに使ってた名前覚えてる?」
「たしか地子だったかしら」
「そうよ。10年ちょっとしか使ってなかった名前だし、この子にあげようかなって思うんだけど、どう思う?」
「いいんじゃないかしら」
「よし、地子に決まりね」
ついに名前が決まった我が子、地子の頭を優しく撫でた。
「ふふ、あんたの名前は地子よ、ちーこ」
「てんこ、地子を抱いてみない?」
「おぉ、もちろん」
紫がゆっくりと差し出した地子を、ワレモノを扱うよりもずっと優しく丁寧に腕の中に収めた。
「これでいい?」
「そうそう、まだ頭が安定しないから、それを助けてあげるように」
「うん。それにしても思ってたより重たいのね」
「地子が成長すれば、もっと重くなっていくわよ」
「それも楽しみね。どんな子に育つかしら」
私みたいなおてんばか、紫みたいに掴みどころのないタイプか。
腕のなかで眠る小さな赤ん坊が、はたしてどんな女の子に成長していくのか期待に胸が膨らんだ。
「天子、ありがとう」
「ちょっ、妙にまともね。もしかして子供も産まれたし、心を入れ替えてマジメに生きるとか?」
「だが断る」
「即答せずにちょっとは悩みなさいよ。それでありがとうってなにがよ」
「……夢だったから。こうして、好きな人の子を産むことを、ずっと望んでいたから」
「だったら、あんた顔はいいんだから、まともに振舞えばよかったでしょうに」
「何度か考えたことはあったけれど、そうしなくて正解だったわ。あなたと会えたもの」
ほがらかな顔でそう言われて、思わず胸が高鳴った。
いつも変なことばかりしていて、たまにこうやって私の心を鷲掴みにするんだから。
何度も思ってるけど、とんでもないやつと結婚してしまったものだ。
「……まさに飴と鞭ね」
「SMプレイ?」
「違うし。赤ん坊でも地子の前でそういうことあんまり言わない」
「いまは寝てるから大丈夫よ。だから天子」
紫はそっと地子の顔を手で覆い、再び顔を近づけてきた。
誰の目もない病室で、私たちはこっそりと口付けを交わした。
ちょっと、いや割と、いやかなり頭のおかしい妻と騒がしい毎日を送っているけど。
八雲天子はそれなりに幸せだ。
シュールギャグとかキャラ崩壊とか。
処女がどうとか、下ネタとか、百合とか、妊娠とか。
そういうのが苦手な人はブラウザバック推奨。
家族揃っての朝食の席で、母さんに変なことを尋ねられた。
「天子ちゃん、あなたいい相手とかいないの?」
「へっ?」
不意打ち気味な質問に、つい桃を頬張っていた口がだらしなく開く。
「いやな、この前天子が異変とやらを起こしてからだいぶ交友関係が増えたそうじゃないか。その中には天子が結婚を前提にお付き合いしたいと思える、そんな相手もいるんじゃないかって、昨日母さんと話してな」
父さんがそれに続いて口を開いて、母さんの言葉を補足した。
「前から天人とのお見合いを用意しても蹴りまくってるし。この際相手が下界出身でもいいから、孫の顔を見せてくれないかなー、なんてな。チラッチラッ」
「そんな必死にチラ見されたって、結婚するどころか恋人にする相手もいないわよ」
「えー、天子ちゃんの孫の顔を見たい一身で長生きしてるのに!」
「それだけで五衰全部出てるのに生きてるんだから大したもんだわ二人とも」
天人の五衰を気合でどうにかするこの両親は何なんだろうか、異能生存体?
隣の家の鈴木さんなんかは、死神に華狩られた一週間後には死んでたのに。
「だいたいさあ、最近なんか変なヤツに気に入られちゃって恋愛がどうとかやってる場合じゃないっていうか……」
ちょっと不気味な親と一緒に桃をかじっていると、ピンポーンと軽快なインターホンの音が鳴り響いた。
「誰よ朝っぱらから、ちょっと見てくるわね」
「帰るまでには結婚するんだぞ!」
「無茶言うなバカ親父」
朝食を一旦置いて玄関へ向かった。
静かに戸を開けると、首だけ家の外に出して来客に対応する。
「ハーイ、新聞の勧誘ならうちは文々。取ってるんで結構で……」
「おはよう、てんこ」
「モ~」
ピシャリと戸を閉めた。
何だろうあれ、玄関の向こうに私の計画を邪魔した宿敵と、白黒の物体が四頭ほどいたんだけど。
ピピピピーンピピピーンポンピピピピーンポピピピ!
「ひっ!?」
インターホンでネクロファンタジア鳴らしてきやがったあのババア!
しかもちょっとズレてるし、朝から不協和音鳴り響かすな!
仕方ないから、誠に遺憾だけど、嫌々ながら玄関を開けて外に出た。
「うるさいから止めろ、近所迷惑でしょうが!」
「見るなり閉め出すなんて酷いじゃないのてんこ」
「私の名前は天子だババア」
きやがった。
ここ最近私の周りに現れては、頭のネジが外れた行動で人のことをおちょくってくるスキマ妖怪紫ババア。
「そんなもの連れてれば誰だって玄関閉めるわよ」
「そんなもの? そんなものってどんなもの? 空を飛ぶようなあんなもの?」
「そこの牛どもに決まってんでしょうが!!」
紫のすぐ横には「モ~モ~」うるさい白黒の四連星。
デカイ図体のこいつらが、家の前の道を占領して塞いでいた。
牛もこうまで集まると圧巻だ……って、ウンチしてやがるし。
お隣さんが死んじゃってから新しい人来てないし、私が掃除しなきゃいけないじゃないか。
「牛四頭と鬼を連れて天人の家をたずねるのが夢だったの」
「どんな夢なのよそれ!?」
「去年の冬眠の時に見た」
「そっちの夢かい! って言うか鬼って……」
「あぁ、それはこっち」
紫が右手に持っていた縄を引っ張るから、縄の先に視線を移す。
「生きててごめんなさい……アル中ニートでごめんなさい……」
なんかいた。
すっごい見覚えある二本角が首に縄でつながれて、弱り果てた顔でなんか呟いてた。
「……なにこれ」
「萃香よ、友人の顔も忘れたの?」
「違うわよそんなことわかってるわよ! なんで萃香が縄つながれて、しかもこんなネガティブなこと言ってるのかって聞いてるのよ!」
「なんとなくでお酒を抜いてみたらこうなったわ」
「これが素なの!?」
いつもあんな陽気だった萃香が、酒がなければこうまで弱り果てるなんて。
まずなんとなくで酒抜いてやるなよ。
「その縄はずしなさいよ、人の首に縄なんて」
「鬼よ」
「人じゃなくてごめんなさい……」
「どっちでもいいし、謝らなくてもいいから。とにかく可哀相じゃないの!」
「あぁ、でも首に何か付けてないと」
「ごめんなさい、生きててごめんなさい、今すぐ首に縄括って死にます……」
「ってしようとするから」
「キープでお願いします」
危なかった、いっそのこと縄を引きちぎろうかと思ったけど、実行しなくて良かった。
危うく友人の死体の第一発見者になるところだった。
「そんなわけで、丁度よく鬼の当てもできたから夢を叶えに」
「正夢になってよかったわねー。じゃあ今すぐ帰れ」
「せっかく来たのにお茶も出さないなんて」
「いいから帰れっつってんのよ!」
「もう、つれないわね。仕方ないから今日は退散しましょう、行くわよ萃香」
「願わくばあの世に連れて……」
「ここがあの世だけどね」
紫は四足歩行に退化した萃香を連れて歩いて帰っていった。
見送る私の横で「モ~」と牛が声を上げる。
「……って、こいつらも連れて帰りなさいよ!?」
そう叫んだときには二人とも姿をくらましていた。
どうしようかなこれ。食べようかな。でも牛の解体方法なんて知らないし無理か。
仕方ないから残された牛は適当に天人が近寄らない場所へ連れて行って、好きに暮らさせることにした。
天界にも草木は生えてるから、大丈夫だろう。多分。
「あっ、それ草じゃなくて転生前の霊だから食べないの」
「モ~」
……多分。
◇ ◆ ◇
「はーい、てんここんにちわ」
「うげっ、八雲紫」
家の前を箒で掃いていると、見たくない顔ブッチギリNo.1の妖怪がスキマから現れた。
この前の牛といい、ここのところ毎日顔出してはちょっかいかけてくる。
スキマから顔だけ出してきたときもあった。あれは結構怖いから止めて欲しい。
「うげっ、なんて失礼な娘ね」
「何度も嫌がらせされたらこうもなるわ。それよりあんま家来ないで欲しいんだけど」
「どうして?」
「私って天界じゃ評判悪いから変な噂立てられたりするのよ」
比那名居家の総領娘はぼっちだとか。
ご飯の桃を取りに行けば「あの桃を使って怪しげな術を開発してるに違いない」とか。
噂の不良天人はぼっちだとか
ちょっと外を歩けば「きっと襲撃をかけるのに容易な家を探しているのだろう」とか。
ぼっちだとか。
ってかなんでこんなにぼっちネタが推されてるのよちくしょう。
「最近は『実は不良天人はあの妖怪と恋仲なのだ』とか意味不明な噂されたし」
「あぁ、その噂広めたの私だから」
「そーなのかー……って、あん?」
ちょっと待て、いまなんつったこのババア。
「えっ? えっ? 何? あんたが広めた?」
「イェス」
「なんで意味不明な噂流してんのよあんた!?」
「だってそれは……ポッ」
「なんでそこで頬を染める」
いっつも何考えてるかわからない紫だけど、今回はマジな感じがした。
えっ、ちょっと待って、いつ私そんなフラグ立てたっけ? まだ10kbも話進んでないぞ。
焦る私の前で、紫は赤くなった頬を押さえて恥ずかしそうにこっちを目を向けた。
「ま、まさか本当に……」
「困り果てるてんこの姿が見たかったからよ、言わせんな恥ずかしい」
「死ねやババア!」
私は右足にこれ以上ないくらいの力を込めると、紫のお尻を思いっきり蹴っ飛ばした。
バビュンと風を切りながら、蹴られたサッカーボールのように空の向こうへ吹っ飛んでいく。
「また来るわああああぁぁぁぁぁ…………」
「二度と来るなー!!!」
ちくしょう! 乙女の純情踏みにじりやがって!
赤くなってるの見てちょっぴりキュンとしちゃったらこれだよ!
「天子ちゃん、何してるの?」
「塩まいてるのよ!」
とりあえず効果の程は不明だが、辺り一面に清められた塩を撒き散らしておいた。
おかげで今度は「塩を使って悪魔を降臨させようとしている」なんて噂が広まってた、ちくしょう。
あのババアいつか絶対死なす。
◇ ◆ ◇
溜まったゴミを袋にまとめて出していると、案の定というかなんというか。
またまた紫と遭遇した。
「こんにちてんこ」
「微妙に略すな、変な風に読み間違えるでしょ」
「更に略せばこんにちん……」
「やめんかい!?」
「あらあら、仲が良いわね二人とも。ちょっと妬いちゃうわぁ」
言い切る前に紫の頭をはたいて遮ると、異変の時とかに顔を合わせた亡霊が紫の後ろから現れた。
「あー、あなたは……幽々子だっけ?」
「そうよ、ちゃんと覚えてもらってたのね」
「あなたまでなにしにここに来たのよ」
「紫とは昔からの友達でね、最近面白い相手が出来たって聞いたから、一緒に見に来たのよ」
「こいつの……」
まさか紫の友達だなんて酔狂な人物が萃香以外にいたとは。
こんなボンクラの友人なんて、正直ロクでもない気がする。
「酷いわボンクラなんて」
「ナチュラルに心読んでくるな。ねぇ、あなた友達の人選間違ってない?」
「幽々子はマイペースで周りを置いていくようなところがあるけど、友人でよかったと思っているわ」
「あんたじゃなくて幽々子に言ったのよ!」
「うふふ、本当に楽しそうね」
見ている分には面白いのか、幽々子は愉快そうに笑う。
楽しいどころか大変疲れてるんだけど。
「あなた笑ってないで助けてよ」
「あら、紫がこんなに楽しそうなのに邪魔なんてできないわ」
「こいつが人のことからかって、楽しそうなのはいつものことでしょ」
紫を指差しながらそう言うと幽々子はおかしそうにクスクス笑う。
「紫ったらあなたのこと本当に気に入ってるのよ」
「はぁ? こいつが?」
紫のほうを向くと私の指に紫色のマニキュア塗ってた。
おいコラ、家事やってる人の指にそんなもん塗るな。調理の時とか不衛生でしょうが。
「そうよ、いつもは金魚のフンの千切れにくさについてとか、どうやれば入れ歯タワーの重心が安定するのかとか話してたのに、最近はあなたのことばっかり話して」
「そんなのと比べられても嬉しくないわ」
その話題を追求した先に何を得ようというのか。
九尾も使役する大妖怪なのに、能力の使い方が明らかに間違っている。
「あんた私のこと気に入ってるなら、からかうようなこと止めなさいよ」
「やめられないとまらない」
「お菓子鼻に突っ込んで死んどきなさいよ……はぁ、せっかく来たんだからお茶くらい飲んでいきなさい」
「あらありがとう」
「てんこの家に入るのは初めてだわ」
「お前は歩いて帰れ。ってかいい加減てんこじゃなくて天子って呼びなさいってば」
「いつも名前を間違えて呼んで、ここぞと言うときに『合ってるでしょう?』ってやればイチコロだって聞いたわ」
「それやった人の相手、別の男にゾッコンだったけどね」
そもそもコイツとクーガー兄貴を同列に扱うのが無理がある。
「本当、紫ったら楽しそう……ぎゃあああぁぁぁぁああああ嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼!!!!」
「ちょま、何事ぉっ!?」
うふうふ笑っていた幽々子が、突然ムンクの叫びのような形相で辺り一帯に響く金切り声を上げだした。
その横で紫は冷静に地面に手を伸ばすと、地面にまかれた白い粉を摘んで舐めとる。
「この地面にまかれているの清めのお塩ね。油断したところで亡霊にこのトラップとは。中々の策士っぷりねてんこ」
「呑気に状況解説してないで。どうすんのよ、幽々子なんか煙出てるわよ!」
「嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼ぁぁぁぁぁ…………あ、何だか慣れてきて変な恍惚感が……」
「それ逆にヤバくない!?」
ムンクから一変してまるで悟ったような顔に変わる幽々子。
体中から白い煙上がってるけど大丈夫なのかこれ。
心配していると、今度は綺麗な蝶が幽々子の周りを舞い始めた。
「あぁ……今までの私は能力を面白半分で使用し、なんと愚かだったのか……」
「なんか悟り始めてるけど、これ幽々子の弾幕じゃなかったっけ?」
「うーん、弱ってるせいで幽々子の能力が制御できなくなってるわね」
「どうなるのそれ?」
「私達には影響ないけど、年寄りだとか病人だとか怪我人だとか五衰が起きた天人だとかがバッタバッタ死ぬ」
「帰れ! 今すぐ帰れ!」
ピンポイントで家の親を狙ってるとしか思えない幽々子と紫の尻を叩いて、天界から追い出した。
「何してるんだ天子?」
「……塩掃除してる」
両親の安全のためにも、塩は撤去することにした。
◇ ◆ ◇
「はぁぁー……」
居間の机で頬杖を吐いていた私は、深い、ふかぁ~い溜息を吐いた。
理由は言わずもがな、最近しつこくこっちに顔を出してくる例のスキマだ。
ほぼ毎日人に嫌がらせしてきて飽きないんだろうか。
「どうした天子。悩みごとか?」
「いや、なんでもないわ」
机の向こうから話しかけてきた父さんへ適当に返事を返す。
この二人は私が紫にたびたびおちょくられてることは知らない。
言う必要もないし、言ったら言ったで鬱陶しくなりそうだからだ。
「あんまり溜息ばかり吐いていると幸せが逃げるというぞ」
「別に逃げるほど幸せなんて……」
「いやねぇ、あなたったら。アレはそんな深刻な悩みじゃないわよ」
「なんだ母さん、わかるのか?」
「えぇ、もちろんよ」
「えっ」
父さんよりも先にまず私から驚愕の声が出た。
わかるってまさか、紫のことを勘付かれた?
「アレは恋の悩みよ」
「はぁ?」
と、驚いたのもつかの間だった。
「……え、違った?」
「ぜんっぜん、違うわよ。なんでそうなるの馬鹿らしい」
「だって最近の天子ちゃん、前と違ってなんだかハキハキして元気そうなんだもん」
いつもどおり、孫の顔が見たい親の誇大妄想と聞き流そうとしたが、その言葉が妙に引っかかった。
「だからてっきり、好きな人でも出来たのかなって」
それって、紫が来て私が元気になったってことなのか。
いや、そんなことあるわけがないと否定したところで、真っ先に紫の顔が浮かんだ事実に気付いて胸の内で毒づいた。
あれはないわ。
「そうだったら嬉しいのにね、あなた?」
「そうだな、本当にそうだったら飛んで跳ねて喜びまくりだなー。そんな親孝行してくれないかなー。チラッチラッ」
「しないからこっち見ない」
父さんの期待を切り捨てると、手に持った湯飲みに注がれたお茶をすすった。
まったく、この両親は何かにつけてこういう話題を持ち出してきて困る。
「そういえば天子、今日のご飯はなんだ?」
「夕食はまだ決まってない。お昼は適当にパンでも食べてて」
「天子ちゃん、おやつは何があるの?」
「今日はなしよ」
「えー」
「文句言わない」
「てんこ、私のお茶も淹れてちょうだい」
「はいはい、いま淹れるわ……」
……あれ、今なんかうさんくさいのがいたような。
「お前さんどなたですかいの?」
「初めてお目にかかります、八雲紫と申しますわ」
「うぎゃー!!?」
何かいる……何かいる!?
すっごい自然にサラッと混じってて、思わず二度見しちゃったよ!
「これ天子ちゃん、女の子がなんて声出してるの」
「そんなこと言ってる場合じゃないわよ母さん! 我が家に疫病神が入り込んでる!」
「天子とはどのようなご関係で」
「結婚を前提にしたお付き合いでして……」
「なんと!」
「しかもあらぬ事実を吹き込んでるし!?」
なにをほざいてるのか、このすっとこどっこいは。
私は父さんと話してる紫の胸倉を掴み上げると、壁に押し付けて緋想の剣を突きつけた。
「ここで死ぬか我が家から立ち去るか、どっちか選べ」
「あら、せっかく私に関係する話題が出たようだから来てみたのに」
「か、か、関係ないわあんたなんか!」
百歩譲って盗み聞きしてたのに何も言わないとしても、それだけは絶対にない!
「天子! DVはいかんぞDVは!」
「いや父さん、きっとお二人はそういう趣味なのよ。生暖かい目で見守りましょう」
「父さん母さん騙されないで、こいつは人の不幸を糧にする最悪の妖怪よ! あと結婚相手だとか嘘だから!」
「嘘だったのか!?」
「まずなんであれで信じるのよ……とにかく、何度こいつに苦汁を舐めさせられたことか!」
「まぁまぁ、お父様もお母様もこれで一つどうか」
紫は私に捕まったままスキマに手を差し込むと、父さんと母さんに饅頭が詰まった箱を差し出した。
「これは?」
「饅頭です、お好きなだけどうぞ」
「……天子、今すぐその方を離しなさい! んむむ、美味いなこれ」
「お父さんの言う通りにしなさい! あぁ、なんて上等な餡子なの」
「寝返るの早過ぎでしょ!」
今日のおやつに困ったくらいで『娘の言葉<饅頭』にならないで。
そんなにあっさり寝返られると、ちょっと泣きたくなっちゃうから。
「てんこ……あなたが傷ついたとき、濡らす胸はいつでもここに空いてるわ」
「あんたが元凶でしょうが!」
「おうふっ!」
この行き場のないやるせなさは、拳に込めて紫に叩き付けた。
「それにしても、てんこの家って腐ったゾンビみたいなニオイがするわね」
「復活早いわねあんた……それより、人の家のことをね……」
「いや、いいんだ天子、本当のことだからな」
「身体臭穢で私たちすっかりくさやみたいなニオイだものねぇ」
実際紫の言う通りだ。
五衰をオールコンプリートしてる両親は、その身体から異様なニオイを醸しだしている。
二人から発せられるニオイの臭いこと臭いこと。
私はもう鼻が慣れてるのでなんとも感じないが、その前に感じた記憶だとゴミ収集車の近くみたいな臭いだったと思う。
「しかしこんなにもなってもまだ生きてらっしゃるなんて、相当珍しいですね。お二人はどういう風に五衰が起きたのでしょうか」
「いやー、死神にだるまさんを転んだをしようと誘われましてな」
「夫婦揃って遊んだところ、止まってる隙に華を刈られちゃったんですよぅ。そこから他の五衰もズブズブと」
「随分とお茶目なご両親ね」
「ぶっちゃけ親じゃなきゃ即行見捨ててるわ」
二人が「だるまさんがころんだしてたら、いつのまにか死神に華を刈られてた」とか言って帰ってきたときは、情けなさで泣いたもんだ。
一度下界の竹林にいる薬師に「頭のネジを治す薬はありますか?」と訊ねたことがあったが、「五衰を治す薬なら」と返された。
一瞬迷ったが、多分また華刈られてイタチごっこになるだけだろうし遠慮しといた。
「しかし、それでは日常生活も大変では。五衰にかかると普通は死、あるいは寝たきりと聞きますが」
「そこらへんは、天子が面倒を見てくれてるんですよな」
「へぇー、ちゃんとご両親の介護するなんて偉いわ」
「当たり前でしょ、なんだかんだ言って親なわけだし」
「その当たり前をできる者はそう多くないわ」
「な、なによいやにまともね、頭でも打った?」
あれ、なにこの妙な雰囲気。
いや、これが妙というか普通な気がするけど、この紫にとってはとにかく妙だ。
「ほーら、いいこいいこ」
「ちょっ、頭なでるな気持ち悪い!」
「あら、てんこの周りは桃の匂いでクサイのが薄れてるわね」
「だからさっさと離れ……」
「お父さんお母さん、てんこを家のトイレにください!」
「私は芳香剤じゃないわよ!?」
やっぱりいつも紫だった。
「ことわるの? 三食昼寝付きの好待遇なのよ?」
「それじゃ朝昼晩便所飯でしょうが! 人の用を見ながらご飯食べれるような変態じゃないわよ!」
「えー」
「えーじゃないっつの……」
なにが哀しくてそんな寂しいぼっちみたいな仕事に就かないといけないのか。
私自身そんなに友達いないけど、そこまで寂しいやつじゃないぞ。
「果たしててんこが友達と思ってる人は、てんこを友達を思っているのかしら……?」
「その言葉そっくりそのままあんたに返すわ」
絶対にこいつは友達100人いると言って、実際には両手であまるほどしかいないタイプだ。
つーかいい加減サラッと心読んでくるのもやめてほしい。
「それより、そろそろ服洗ったりで家掃除したりで忙しいんだけど」
「あらそうなの、じゃあ頑張ってね」
「邪魔だから帰れってんのよ!」
いすわる気満々の紫の首根っこを掴むと、窓の外へと思いっきり放り投げた。
いっそのこと霊夢に結界でも習おうかな……ダメだ、アレ相手に効く気がしない。
「ごめんね二人とも、うるさくしちゃって」
「そんな、遠慮しなくたっていいのよ」
「そうだぞ、せっかく天子の友達がたずねてきてくれたのに追い返すなんて」
「アレを友達と呼ぶにはいささか語弊があるわ父さん」
だからといってなんて呼ぶべきかは思いつかないけど。
あっちからちょっかいかけてくるから、ストーカー? あながち間違いでもない気がする。
「でもよかったわ。天子ちゃん最近元気なかったみたいだけど、紫さんが来てから元気になったみたい」
「へっ?」
「確かにな。ここのところ覇気がなかったが、たった数分で見違えるようだぞ」
「まるで夜に獣のように昂ぶったお父さんみたい」
「生々しい表現をすな!」
やめて!
幼少期に部屋を訪ねたら、ハッスルしてた親を目撃したトラウマを目覚めさせないで!
「やめてやめて、おとうさんおかあさんをいじめないで、わたしちゃんといいこにするからそんなことしないであげて……」
「こら、天子が軽く精神崩壊しちゃってるじゃないか」
「てへぺろっ☆」
「くそう、かわいいやつめ。母さんちょっとこっちきなさい」
「やだ、あなたったらこんな時間から……」
「娘置いてイチャつくなや!」
ちくしょう。紫といいこの親といい、なんで私の周りにはこういうのばっかなんだ!
「二人とも離れろ、そして話を戻せ」
「えー、父さんと母さんとの愛を引き裂くような子に育てた覚えはないぞ」
「ぶーぶー、天子ちゃんの親不孝者ー」
「だまらっしゃい! ……紫がきてから私が元気になった?」
「そうよー、それまで気が抜けてたのにすごく元気になって」
「あれは元気になったんじゃなくてショックで一時的に気が高ぶっただけよ。ゴキブリが出てきたときみたいに」
「気が抜けてたことは否定しないのね?」
「えーと……それは、まぁ」
たしかにここのところ気が抜けてたとは思う。
「しばらく会ってなかったんでしょう?」
「まぁ、ここのところ顔出さなかったわね」
「なるほど、最近天子が元気なかったのはそのせいか」
「いやいやいやいやいや、それはないわー」
なにその紫と会えなかったから寂しがってたみたいな言いかた。
「もう、バカなこと言ってないでこの部屋掃除するから出ててよ」
「天子、自分の心には素直になるべきだぞ?」
「はいはい」
バカなことを抜かす親を部屋の外へ追い出した。
さすがにあの紫とでゆかてんとかないわー。
えっ、タグ見ろって? アーアー、何も聞こえなーい。見えなーい。
「てんこ、ちょっと忘れ物しちゃったわ」
「うわぁっ!?」
とかなんとかやってたら、今度はゴミ箱の中から出てきやがった。
ゴキブリかコイツは。
「いきなりどっから出てくるのよあんたは! 何のようなのよ!?」
「ちょっと忘れ物しちゃってね」
「何よ、そんなのスキマ使って勝手に取っていきなさいよ」
「忘れたのはね……あなたの心なのよ」
「燃えないゴミの日は明日よね、今から出しとくかー」
「あたたたたた、やめて足で押し込まないで。それに私は萌えるゴミよ」
「この場で燃やしてやろうか」
やっぱコイツとはないわー。
◇ ◆ ◇
家の家事は全て私がやっている。もちろんご飯を作るのも私の仕事だ。
普通の天人なんて食べないくらいじゃ死なないから、桃だけかじってわずかな食欲を満たして生きているが、欲深い私はそんなのじゃ耐えられない。
異変を起こしてからと言うもの、私は私の食欲、ついでに親の食欲を満たすために毎日自炊している。
となれば食材も買わなければならないわけで、私は今日も人里に降りて食材を買い集めていた。
「ふぅ。安売りから逃げるやつは主婦だ。逃げないやつはよく訓練された主婦だ。ホント、戦場は地獄だぜー」
まさにアレは浮世の地獄。
安い品を求めて集まる主婦の群の中に飛び込むのは、天人の私でもちょっと勇気がいったものだ。今となっては慣れたものだけど。
戦いの末に手に入れた食材を手提げに詰めて道を歩いていると、甘ったるい匂いが鼻をくすぐった。
歩みを止めて匂いの元へ顔を向けると甘味屋があった。
同時にグゥと私の腹の虫も自分の存在を主張し始める。
「よし、食べるか」
この前、紫が来たときに持って来た饅頭は父さんと母さんが全部食べちゃって私はありつけなかったし、その分はここで取り返すとしよう。
さっそく店の中に入ると、商売繁盛しているようでけっこうな数の人が店の席を埋め尽くしていた。
ありゃ、これじゃ待たないと駄目かなと思っていると、店の奥から店員さんが出てきて私にお辞儀した。
「いらっしゃいませ。申し訳ありませんがご相席でかまいませんでしょうか」
「んー、じゃあそれでいいわ」
「かしこまりました。ではこちらへお越し下さい」
知らない人と顔を合わせて食べるということで少し悩んだが、こういう場所での一期一会も一興かもしれない。
そう思って店員に案内されて店の奥へ進んで。
「お客様、こちらの方とご相席でよろしいでしょうか?」
「よろしいですわ」
「それじゃそこの席しつれ……」
先に席に座っていた極めてうさんくさく、かつ面倒なことこの上ないやつと目が合った。
回れ右。
「待ちなさいてんこ」
「腕を掴むな。呼び止めるな。ってかなんで紫がここにいるのよ!?」
すぐさま帰ろうとした私の腕を、紫に掴まれてしまった。
「なんでまたあんたなのよ、ストーカーか!?」
「失礼ね。ただてんこの行動を監視して、ここに先回りしただけよ」
「それを世間一般ではストーカーと言うのよ!」
「あの、他のお客様にご迷惑ですから大声を出すのはご遠慮下さい」
「あ、すいません」
店員に注意されて頭を下げる。
周りを見れば何事かとこっちを見ている人が結構いた。くそぅ、恥かいた。
「まったく、てんこったらもう少し静かに出来ないの?」
「誰のせいよ誰の」
「まぁ、ストーカーと言うのは冗談で、今回は本当にたまたまよ」
「……ホントでしょうね?」
「本当よ」
嘘を吐いているか?
いや、その場合は大抵すぐに嘘だとバラしてその反応を見てくるタイプだから、多分本当だろう。
ここのところなんとなく紫の行動パターンが何となくわかってきた気がする。
「あ、あの、お客様?」
「ほらほら、店員さんが困ってるじゃない。早く食べるか帰るか決めなさいな」
「あ、すいません。この席で良いですんで」
「そうですか。ご注文はよろしいですか?」
「団子とお茶で」
「私もお団子追加で」
「かしこまりました。ごゆっくりどうぞ」
迷惑かけた手前、何も食べずに出て行くのもアレなので、結局相席で食べることにした。
紫の迎え側に座って、団子とお茶が来るのを待った。
「あんまり食べると太るわよ」
「永遠の美少女は太らないわ」
「どこが少女だババア」
「そういうあなたもウン百歳じゃない」
「私は紫と違って見た目も心も若々しいから」
「つまり精神的に子供だと」
「オーケー、表出ろ」
「お団子とお茶お待たせしました」
「あ、どうも」
ガタンと音を立てて椅子から立ち上がったところで、注文を差し出されて大人しく座りなおした。
「あなたこういうところじゃちゃんとしてるのね」
「私だっていいとこのお嬢様よ。あんたと違って礼儀作法くらいちゃんとしてるの」
「私にはこんな感じなのに」
「お生憎様。あんたに払う礼儀なんてないわよ」
「あら、私は構わないわよ。素のあなたの方がかわいいもの」
「き、キモイこと言うな!」
たまに不意打ちでくるなもう!
気持ちが落ち着かなくて、食べて誤魔化そうと団子を口に中に入れた。
「……ん、美味しいわねここ」
「でしょう。繁盛しているだけあるわ。あなたは買い物の帰りかしら」
「食材の買出しよ」
椅子の下に置いていた手提げを持ち上げて、紫に戦利品を見せ付けた。
「量が少ないわね。それで4人分に足りるのかしら?」
「誰もあんたの分なんか作るなんて言ってない。安売りの時に欲しい品をゲットするのも大変なのに、さらに一人分追加とかやってられないわよ」
「俗っぽい天人ね」
「好きなもの好きなふうに買ってたらお金なくなっちゃうしね。天界の宝とか売ってお金作ってるからその内なくなるし」
現状、私の金銭面は親の貯金を食いつぶすニートみたいなものだ。
と言っても、だいたい100年以上は持つだろうって量の貯金だけど。そういう価値のあるお宝だけは、天界には腐るほどある。
だがいつかなくなる以上は、切り詰めれる部分でなら切り詰めたほうがいい。それにそうやって色々工夫するのは案外楽しいし。
「そこで私の家のトイレで芳香剤の仕事よ」
「なにがそこでよ、引っ張らないでよその話。絶対にしないからねそれ」
「なら永久就職だとか」
「永久……なにそれ?」
「結婚っていうことよ」
「あぁ、そういう意味ね」
今度は予想外の方向へ話が転がってきた。
「また父さん母さんみたいなこと言い出すなあ、あの二人も孫の顔を見せてくれってうるさいし」
二人がそんな感じだから、私もそれとなくそのことについては考えたりもしている。
それで私なりの結論と言うのも既に出来上がっていた。
「でも結婚したりする気はしないわよ、論外だわ」
「相手がいないからかしら」
「そうじゃなくて」
確かに相手がいないのはその通りだけど、本当の理由はもっと別のところにある。
「別にさ、結婚なんて無理にしなくたって、今の私は十分楽しいしね」
この一文だけで説明が出来た気がする。
私は自由気ままにやりたいことをやって生きたい。
楽しく幸せに、その時々で自分が一番楽しいと思えるような選択をしていく。
だからこそ身を固めたりせずに、私は今のまま自由に生きることを選んだ。
「って言っても、好きな人が出来たらどうなるかわからないけどね。ともかく今はそんなわけだから……」
つらつらと考えを述べていると、紫が優しげな瞳で私を見ていることに気付いて言葉を止めた。
思わずその目と目が合って、ドキリと胸が高鳴った。
「な、なによその目は」
「ふふ、楽しんでくれているようで嬉しくてね。この幻想郷を管理するものとして冥利に尽きるわ」
微笑まれて余計に鼓動が加速した。
「そ、それよりあんたこそどうなのよ! ずっと生きてきてそういう相手とかいなかったわけ?」
「残念なながら私に吊り合うことの出来る相手がいなかったわ」
「吊り合うって言うか、付いて行けるやつがいなかったんでしょ」
見立て良し、器量良し、でも性格が明後日の方向にアクロバティックに吹っ飛んでて残念すぎる。
美人は三日で飽きると言うが、紫が相手の場合は三日で逃げ出すだろう。
「なら付いてこれる相手がいたならそいつで決定?」
「あくまでそれは前提条件よ。最終的に好みのタイプかどうかで決めるわ。私達のように永きを生きる存在が、簡単にしたりしたら後々後悔するでしょう」
「まぁそうよね」
などと話し合いながら口をモグモグ動かしていると、気が付いたらお団子は全て食べ終わっていた。
店員を呼んでお勘定をお願いすると、気前良く紫が私の分まで払ってくれた。
「珍しく気が効くじゃない、病気?」
「あなたの中の私はどういう評価なのか、小一時間問い詰めたいわ」
「むしろその性格でどんな評価になると思っているのか、こっちが小一時間問い詰めたいっての」
支払いを終えて、頭を下げる店員を背に紫と店の外に出る。
「ふぅ、美味しかったわ」
「私は話してばっかであんまり味のほう覚えてないわね。ちょっと損した気分」
「なんて奢り甲斐のない」
「あんたのインパクトが強すぎるのよ。自重しろ」
「溢れ出る私の魅力を止めることは誰にもできないわ」
「加齢臭でも出してなさいよ」
いや、くっさい紫もそれはそれで嫌だけど。
「それじゃ私はこれで。お団子ありがとね」
「ちょっと待って。最後に一つだけいいかしら?」
手提げを持っていない方の手をヒラヒラと振って立ち去ろうとしたところで、立ち止まって振り返った。
「もしあなたに好きな人が出来たら、あなたはどうするかしら」
「その話引っ張るなぁ……そうねぇ……」
うーん、と少し考えてみるが、好きな人が出来た状況が未知的過ぎて丸っきり想像できない。
だけど、もしそんな状況になっても変わりようのないと、自信を持って言えるが一つだけあった。
「あんまりよくわかんないけどさ。その時の私がやりたいようにするのは間違いないわね」
「そう。やっぱり、あなたならそうよね。じゃあ夕飯の時にまたね」
「だから来るなっての」
「ちっ」
紫はスキマを開いてその場から消えた。たぶん自分の家に帰ったんだろう
「好きな人ねぇ……」
別れてからもう一度、ぼんやりとだが考えてみる。
私が誰かを好きになるとしたら、それは一体どんなやつだろうか。
もやもやと人物の顔が浮かんできて、やがてハッキリとその顔ができあがってきた。
金髪に紫の瞳、いつも人のことをおちょくってくるあの――
「って、ないない! 絶対にない!!」
なんでそこであいつの顔が浮かんでくるんだ!?
「あぁー! 悪霊退散、悪霊たい……ハッ」
せせら笑いを浮かばせながら脳裏に取り付いてくる幻想を振り払おうと、自分の頭を振り回したところで我に返った。
人里の往来でそんなことをしたせいで、人々の視線が私に集まっていた。
「春だからねぇ……」
「春だしねぇ……」
「春ですよー」
「あ……あはははははー……し、失礼しましたー!」
乾いた笑いを響かせたあと、いたたまれなくなって私はその場を走り去って行った。
春なんかきてないっての!
◇ ◆ ◇
「あー、今日も一日終わったぁ~」
桃の模様が彩られたパジャマに着替えた私はベッドの上で大きく伸びをした。
今日はもう終わりだが、明日は明日で色々ある。夜更かしなどせずとっとと寝てしまって、明日の英気を養おう。
いい夢見れるといいなと思いながら、ベッドのなかにもぐりこんだ。
おやすみ私。
――
――――
――――――
あれ、なんだろうこの感じ。
なにも空間でふよふよ浮いているような、奇妙な非現実感を感じる。
あっこれ夢だ。
おー、夢で夢だとわかるのって時々あるけど久しぶりだ。
これはいい夢見れてるのかもしれない、ワクワクしてきた。
「て――――る?」
っと、なにか声が聞こえてくる。
なになに、これから勇者の問い掛けでも始まるの? ついに私の時代の始まり?
性格は性能的にセクシーギャル一択よね、どれ選べばいいかバッチリ暗記してるわ。
「は――てん――える?」
目の前の空間がぼやけて、声の主が少しずつ浮かび上がり始めた。
同時に声も段々とハッキリと聞こえて……。
「ハロー、てんこ聞こえるー?」
あっれー、なんかすっごい見覚えのある金髪の女。
「えーと、夢から目覚めるにはどうすればいいんだっけかなー」
「人のことを無視するような子に育てた覚えはないわよ」
「うっさい、消え去れ悪夢!」
あんたに育てられた覚えなんてないっつの、というか案の定また紫かよ!
夢の中ですら安息の地はないっていうのか!
「これは私の夢が作り出した紫? それとも入り込んできた紫? どっちにしろ今すぐ消えなさい」
「私が許可もなく人の夢に入り込むような、失礼な女に見えるのかしら? 後者よ」
「わかってるなら入ってくるな!」
悪いとわかってない天然よりも数段性質が悪い。
「さて、てんこ。あんたは目覚めたとき強大な悪と戦う運命にあるわ」
「その悪なら、いま私の目の前にいるけどね」
「けれど安心なさい、そのための力を授けましょう。心の準備はいいですか?」
「いいえ」
「心の準備はいいですか?」
「いいえ」
「心の準備はいいですか?」
「いいえ、絶対にいりません。絶対ロクでもないから」
「大丈夫よ、ちょっと肉体に機械処理するだけだから」
「嫌な予感しかしないわ!!」
変身ヒーローに改造されるくらいならまだいいけど、四肢切断されて妙な戦闘機に搭載されたりしないでしょうねそれ!?
肉体年齢が10台のまま固定されて載せられたり……って、それは元々だったわ。
「まったくわがままばかり言って、それじゃ世界は救えないわ」
「世界の前に自分の幸福が優先よ」
「なるほどその通りね、それじゃ目覚めたときに自分がどうなっているのか楽しみに待っていなさい」
「だからあんたは人の話を聞きなさいよ!?」
「それではごきげんよう、うふふふ」
「ちょっとおおおおおおお!!!?」
――――――
――――
――
「おおおおおおおおお!?」
叫び声をあげた私はベッドの上で目が覚めた。
ハッと冷静に見知った天井を見つめたあと、今まで自分が寝ていたことに気づく。
どうやら夢を見ていたようだけど。
「……何だろう、とてつもない悪夢を見た気がする」
寝汗がびっしょりになりそうな、そんな夢だったような。
まぁ天人は汗かかないからそんなことないけど。
「うー、なんか体が重い気がする……」
まだ寝てたいけど、けど窓の向こうにはまだ低くとも自己主張激しくこれでもかって輝く太陽が。
さっさと起きないと、親が先に起きて飯はまだかと催促してくるなこりゃ。最近二人とも朝が早いし。
「あー、起きないと……」
私は重い体を押して背中からバーニアを噴かすと身体を持ち上げた。
下半身に付いたスラスターも連動して作動して、ベッドの上で私の体が直立する。
「……ん?」
あれ、いま変な描写なかった?
「え、ん、ああ!!?」
視線を下にさげると眼に映ったのはブ厚い鉄塊。
あらゆる弾幕を弾き返しそうな、磨き上げられた黒光りする鉄の装甲。
ハッキリ言おう、下半身がタンクだ。
「ゆかりいいいぃぃぃぃいいいい!!!?」
「ほいほい、なんざましょ」
夢の内容を思い出した私が力の限り叫ぶと、元凶が呑気な声だしてスキマから現れた。
「何? は、こっちの台詞よ! なんなのよ、この下半身!?」
「絶壁と言えば鉄壁、そして鉄壁と言えばタンクよ。ガッチターン( ´紫`)」
「んな子供の発想みたいなのを現実化すなー!!!」
しかもよくみれば体のそこかしこがサイボーグ化されてるし。
右腕はガンダムエクシアのデカい剣で左腕にはギャンの機雷付き大盾……って、機動性が壊滅的なタンク脚に こんな近接装備じゃ相性悪すぎだろ。
……あと胸部が平べったいおっぱいミサイルなのは当て付けか。
「今すぐ元に戻せババア!」
「あら、でもあなたロボット好きじゃない? カナメファンネルとか使ってるし」
「好きでも自分がなりたいとかいう物好きじゃないわ!」
断じて言うが、そこまでロボットに命をささげる突き抜けた変態じゃない。
このままでは埒が明かないと私は躊躇なく右腕のソードを紫に突きつけて脅しをかけた。
「戻せ! 戻さないとぶっ刺す!」
「あらやだ、女の子にぶっさすなんて……ポッ」
「下らないこと言ってないでさっさとやれー!!」
「もう、ジョークも通じないなんて……しかたないわね」
至極残念そうな顔をした紫は、パチンと指を鳴らすと体にあった重さが消え去った。
確認してみると、体中のメカ成分は綺麗サッパリ消えている。
「……戻ったの?」
「戻ったわ」
「一部の隙もなく全部有機物? 実はどこかに無機物が紛れ込んでたりしてない?」
「もちろん、人工物は一つとしてないわ」
「よかった……本当によかった……」
安堵した私はベッドのうえで膝をついた。
あのまま一生サイボーグ少女として人生送らなきゃいけなかったかと思うとゾッとする。
「うぅ、朝っぱらから疲れた……」
あー、まだ起きたばっかりだっていうのにすごい疲れた気がする。
さっさと朝食を作らないと親がうるさいのに。
気だるい体を押して私がベッドから降りると、なんかプラーンってした妙な感覚があった。
「……ん?」
「どうかした?」
「……ち、ちょっと、部屋の外出てて」
いったん廊下に紫を追い出すと、急いで服を脱いで体の異常を確かめた。
パオーンと泣き出しそうな物体Xが、脚のあいだについていた。
「なんじゃこりゃああああぁぁぁぁあああああ!!!!」
本日二度目の叫び声が上がった。
「紫! なんか付いてる! あとなくなってる!」
「胸がないのは前からじゃない」
「そうだけど……って、やっぱ確信犯か!」
なんで人の股間にこんな小汚いものつけてるんだ。
しかもご丁寧にタマつきで!
「ほら、タンクってどっちかっていうと硬派な男のイメージじゃない? だから先に男に性転換させてからタンクにしたのよ」
「じゃない? じゃねーよ! R-18専門のほうでやりなさいよこんな展開! 最悪消されるわよ!?」
「大丈夫よ、週刊少年誌に勃○やらマ○ターベーションやら載せた漫画だってあるんだから」
「そういう問題じゃないっつの!!!」
人並みの常識とか倫理とかないのかこのババアは!
「戻せ! 一刻も早く元の体に戻せええぇぇぇぇ!」
「えー、せっかく頑張ってつけたのに」
「その無駄な才能をもっと別のところに活かしなさいよ!」
「しかたないわねぇ……」
そう言った紫がまた指を鳴らすと、途端に私の下半身に黒光りする鉄塊が。
「って、またこれか!?」
「戻せって言ったじゃないの」
「これにじゃないわよ! 元の女の体に戻せっつってんのよ、この!」
怒り狂った私は、もう勘弁ならないと右腕のソードを思いっきり振りかぶった。
しかしそこはタンク脚の哀しいところ、紫がちょっと宙に浮いて距離を取ればソードの射程距離から外れてしまう。
「こんの、クソッタレー!!!」
「ずいぶんとあらぶってるわね」
「こんな体にされて、腹の立たないやつがいるか!」
「こんな体とはわかってないわね。右腕には妖夢の楼観剣に勝らずとも劣らない切れ味の大型ソード! 左腕には鬼の拳にも耐えられる最硬の盾!」
「うわぁー、性能だけ無駄に豪華」
「胸部のミサイルはあなたの場合に限り威力がないけど、胴体部には大妖怪をも退ける無敵エネルギー発生装置が!!」
「……へぇー、ちなみにそのエネルギー発生装置とやらはどうやれば使えるわけ」
「へそにあたる部分にスイッチがついてるから、そこをポチっと押せば」
「ふん!」
右腕のソードを手に持ったまま、形状の角の部分でへそがあったところを思いっきりブッ叩いた。
ガコッとなにかがはまるような音がして、続いて機械音声が鳴りひびく。
『ピーッ システム 自爆モードを起動します 30秒以内に離脱してください』
「えっ」
「あっ」
不吉な音声が流れて、私と紫は呆気にとられた顔をした。
「おいこらババア、自爆ってなに。ねぇ自爆ってなに」
「ロボに自爆装置ってお約束じゃない?」
「キリッといい表情で言うことじゃねーよ!」
『のこり20秒』
「うぎゃー! カウント進んでるし! ちょっと解除法とかないの!?」
「この緊急時にもツッコミを絶やさないとは、成長したわね天子……」
「どうでもいいし! だいたい私の名前は天子だ!」
「あってるでしょう?」
『のこり10秒』
「はっ……って、名前呼ぶならもっとマシなタイミングで呼んで欲しかったよチクショー!」
「あっ、ちなみに解除法は妖々夢のファンタズムをノーミスクリアよ」
「30秒でできるか!!」
『2……1……』
あっ、これ終わった。
そう思った次の瞬間、視覚的にも精神的にも目の前が真っ白になった。
「ゲホ、ゴホッ……い、生きてるの……?」
「いやはや、さすが私の自信作ね、すさまじいエネルギー量だったわ」
「そんなすまし顔で言っても、髪型アフロじゃ締まらないわよ」
口から黒い煙を吐き出す私の前に、爆発の影響で金色のモコモコを頭に揺らす紫が立っていた。
一矢報いたって感じだけど、瓦礫の山になりはてた哀れな我が家の姿が。
「あぁ、家が……って、それより父さんと母さんは!?」
「お二人なら前もってスキマに避難させてたから無事よ」
「これが噂のすきま空間か、なんて快適な空間なんだ!」
「一生ここにいましょうあなた、ここから出たくないわ」
「……お元気そうでなにより」
紫がスキマを開くと、なんとも幸せそうにべったりする両親の姿があった。
てかキッチリ避難させてた辺り、やっぱりこの事態は予測ずみなわけね。ははは、やるせねぇ。
「あー、でも住む家がこれじゃ……」
「そっちは萃香に立て直させましょう」
「生きててごめんなさい、立て直しますすいません……」
「まだ飲ませてあげてないんかい」
私も哀れだがこっちも負けてないな。
あと、さっきの爆発でエネルギーを使い果たしたからか、私の体は元の状態に戻っていた。
股のあいだに余計なものもついてない。
「それじゃあ、建て直してるあいだは私に家に泊まりなさいな」
「さーて、野宿っていうのもいい経験よね」
「あらあら、親の世話は私に押し付けて、娘は一人自由気ままに生きるわけね」
「うぐ」
それ言われると非常につらい。
「わかったわよ、あんたの家に泊まらせてもらいますとも!」
「泊まらせてあげましょうとも。萃香は家のほうお願いね」
「わかりましてごめんなさい……」
そんなこんなで、しばらくのあいだは紫の家に厄介になることになった。
そのあいだはいつもどおり何事もありすぎる毎日だったが、時間は思ったよりも速く過ぎ去っていった。
でも父さんと母さんが臭いって、紫の式とか式の式とかが愚痴漏らしてたなぁ。マジごめん、けど苦情は元凶に言ってね。
まぁ、住んでる間は色々あったけど、ぶっちゃけいつもどおりと言っていいので省略させてもらう。
というか思い返したくないです。はい。
「おぉー、懐かしい我が家だ!」
そして爆発から一ヶ月ほど、建て直された家の前で、私は思わず歓声をあげた。
そっくりそのままに建て直され……って、なんかだいぶ前に死んだ鈴木さんの敷地まで家が伸びてるんですけど。
まぁ、持ち主ももういないんだしとやかく言わないけど。
「うん、これで枕を高くしてゆっくり寝れるわね」
「あら、私の家の布団は最高級品で、あれ以上にゆっくり寝れるものなんてないわよ」
「そうね、天井に金髪の女が張り付いてこっち見てたり、夢のなかではしゃぎまわったりしなければ、ちゃんとゆっくり寝れるわね」
紫の家に泊まっているあいだ、私に安息の時間はなかったと言っていいだろう。
朝から晩までこの頭のネジが吹っ飛んだババアの相手をするのは、相当に大変だった。
よく振舞われたお酒とか料理とかは美味しかったから、まるっきり嫌なことしかなかったってわけじゃないけどね。
ぐでんぐでんに酔い潰れるまで飲みまくって、気が付いたら朝だったとかしょっちゅうだった。
「家の中では藍が祝いの準備を終わらしてるわ」
「おっ、新居で宴会っていうのもいいわね」
こういうところは紫もけっこう気が効く。
自分がしたいことのためには時間と労力を裂くこともいとわないというか。
ただ問題はそのしたいことが、たいてい常人どころか天才や奇才にまで理解できないってことだけど。
「隣の敷地は誰も使ってないみたいだから、まるごと大部屋にしたわ。祝いの席もそっち」
「あいあーい、んじゃそっち行きましょ」
玄関の敷居をまたぐと、新しく作られた大部屋へ足を運んだ。
襖の向こうからは、すでに飲み始めているのかざわめき声が聞こえてくる。
「ちょっと、もう始まってるじゃないの。ってか誰呼んだのよ」
「とりあえず紅魔郷から始まって、神霊廟までの書籍系含む全キャラに」
「どう考えても多すぎでしょ!?」
圧倒的に『私の知り合い<まだ顔も知らない人』じゃないのそれ。
「何で私お呼ばれしたの?」って疑問に思ってるやつ絶対いるぞ。
「せっかくのお祝いだもの、盛大にやったほうがいいでしょう」
「そんな私の新居祝いに、大げさすぎでしょ」
まぁ、ならいま知り合いになればいいかと思い、私は軽い気持ちで戸を開けた。
すると大部屋にいた連中が一斉にこっちをむいて、入り口から伸びた紅い絨毯のむこうに【祝 紫と天子の結婚祝いパーティー】とデカデカと書かれた横断幕が……。
「おー、やっと主役が登場したぞ!」
「ヒューヒュー! お熱いこって!」
「あやややややや、お二人の心境を聞かせてもらってもいいでしょうか!?」
「……バックしまーす」
その場から踏み出さず、ストンと戸を閉め切った。
「……あっれー、おかしいなー、疲れてるのかしら、いま変な文字が見えたような」
「いつまでも廊下にいるのも寒いわ、早く入ってちょうだいな」
「あぁ、うんごめん」
ここ最近飲みまくりではしゃぎすぎたんだろう。
今日のが終わったらゆっくり休もうと考えて、もう一度部屋を覗いた。
「さーて、天子さんのご両親はいまどんなお気持ちで?」
「いっこくも早く孫の顔が見たいですな!」
「いやー、紫さんには前々からよくしていただいていて」
閉めた戸がパタンと乾いた音を鳴らした。
「……なにこれ」
「見たままよ」
「えっ、ちょっと待って、えっ……難解すぎて頭おかしくなりそうだから端的に説明して」
「てんこ結婚しましょう!」
「するかー!!!」
ふざけてことを抜かす紫の頭を思いっきり殴りつけた。
「プロポーズフッ飛ばして結婚式ってなに考えてんのよ!?」
「ここでてんこから同意を得ればすむことだわ。今までの私が積み重ねから、それだけの好感度はあるはず!」
「むしろマイナスメーター振り切ってるわ!」
どうしてあの行いで好感度アップしてると思うのか、思えるのか。
「うぅ、酷いわてんこ。今日のために入念に下準備を重ねてきたというのに……」
「……もしかして、家壊したのも?」
「それよりも前から」
「もしかして牛連れて家に来たときから?」
「そうよ」
「……うーんとね、紫。天人の視点から見て忠告させてもらうとね」
「えぇ」
「頑張る方向が色々と間違いすぎてるから」
「チクショー!」
おー、珍しい紫の悔し顔……って感心するとこはそれじゃない。
というか、この反応から見ていつもみたいにおちょくってるんじゃなくて本気なのか。マジなのか。
マジで紫って、私のことが好きだったのか。
だとしても今までの紫の行動を思い出して、アレはないわーと呆れていると誰かが私の肩を叩いた。
「誰?」
「よーう、天子、面白いことになってるみたいだなー」
振り返ってみると、浮かれた顔で酒を仰ぐ鬼がいた。
「萃香か、ついにお酒飲めたのね」
「……素面のときのは忘れてくれ、な?」
その話を持ち出すと、とたんに辛気臭い雰囲気で萃香が切実にお願いしてきた。
そんなに嫌なのか、あの状態。
「私はなにも見なかったわよ」
「ありがてぇ……ありがてえ……!」
「それよりもさぁ、そこで泣いてるババアなんとかしてよ」
「いやいや、それは天子が結婚すれば済む話さ」
「うぇー、これと?」
この廊下に座り込んで彼岸花で恋の花占いやってるババアと結婚しろというのか。
「態度こそアレだが紫は真剣さね。そんな邪険にしないで真剣に悩んでから答えてやんな」
「って言われてもさぁ」
「むぅ、アタックのしかたが悪かったのかしら。やっぱり最初は牛じゃなくて鮫を抱えて……てんこはどんなのが良かったかしら?」
「こんなこと言う相手にシリアスになれとかムリ」
「それはそうだけどなぁ……」
萃香もこれは否定できない。
「とにかく、私は部屋に帰ってゆっくり寝させてもらうわ」
「わっ、ちょっ、待てよ! よく考えろ天子!」
「だからムリって……」
「紫は処女なんだぞ?」
「ハァ? なにそのカミングアウト」
相手がいなかったことくらい容易に想像できるけどさ。
「その意味をよく考えてみなよ。これまで処女、そして天子が断れば恐らくこれからも一生処女のまんまだ」
「あっ」
ようするに紫が結婚するようなチャンスは二度とないと言いたいのか。
たしかにこの紫を相手にできるようなやつなんて古今東西探してもそうそういないでしょうけど。
「さぁ、どうする天子、軽い気持ちで人の好意を踏みにじって、紫の女としての生きがいを潰すのか!?」
「うわあああ! やめて、私の良心につけいらないで! なんでそんなに私と紫をくっつけたがるのよ!?」
「人柱」
「正直すぎでしょ!」
紫の被害を私一人に集中させようって魂胆かよ!
「くっ、だけど一生処女だとか言われると無下にするのも心苦しい感じが……」
「私なら切り捨てるけどな」
「鬼は言うこと容赦ないわね」
「ちょっと、二人とも」
わりと真剣に悩み始めていると、彼岸花を散らした紫が話に割り込んできた。
「さっきから好き勝手言ってるけど、私もう処女じゃないわよ」
「えっ」
「えっ」
『チクショー! ……ヒック。ほかの天人のやつら、わらしのことぼっちぼっちいってきやらって!』
『私がいるからてんこはぼっちじゃないのにねぇ。ささ、飲みなさい』
『ゴクゴク……ぷはぁー! だいたいあんたはなんらのよ、わらしにつきまとって、こいびとらとかへんにゃうわさながしれ!』
『私はあなたを愛してるだけよ』
『まーた、そんなくちからでまかせいっちゃって!』
『じゃあ確かめてみる?』
『じょうとうよぉ、しょうめいしれみなさいよぉ!』
「と、二人でベッドインしてそのまま」
「ウソぉぉぉお!!?」
そういえばお酒飲んで、気付いたら全裸で寝てたこととかあったけども! おまけに股間に余計なものついてて、 紫の頭はたいて元に戻させたけども!
なにその場のノリで生涯にかかわる重要なことやっちゃってんの私ぃ!?
「うわぁ、酔いにまかせて人の処女奪ったあげく知らんぷりとか、鬼の私でも引くわぁ」
「私も知らなかったんだって! ってか紫、その時のあんた酔ってないじゃないの、止めなさいよ!」
「むしろ好都合だと思ってノリノリでした!」
「だからってロマンもへったくれもない状況で処女散らすな!」
でも散らしたのは私だしなー!
なんか上手いことハメられた気がしないでもないけど、大事なもの奪っちゃったのは間違いないし。
だからっていきなり結婚っていうのは、でももう式場で宴会始まってるし。
あー、もうー、うー、ぬぐぐぐ……。
「うがぁー! わかったわよ、責任とってやろうじゃないのこんチクショー!!!」
「きゃっほーい、さっすがてんこ話がわかる」
「スゲェ、状況的に追いこまれたとはいえこの決断……天子、お前勇者だよ」
「こうなりゃライデインでもなんでも撃ってやるわよ!! 」
「おい紫、天子のやつ完全にヤケクソだけどこれでいいのか?」
「ハネムーンには二人でオーロラでも見にいこうかしら」
「とりあえず結婚できるならなんでもいいのか」
「ウラー! 主役のお出ましよ!!」
襖を蹴っ飛ばして大部屋に侵入して、あらんかぎりの力を込めて雄叫びを上げた。
「酒だー! アパム、酒持ってこーい!!」
「なんだ天子これから式だっていうのにもう飲むのか」
「これが飲まずにいられるかってんのよ! いいからその酒寄越せ!!」
「うわぁー! 新婦がご乱心だ、誰か抑えろ!」
「止めるな! 冷静になったら負けなんじゃー!!!」
無謀にもこの私を取り押さえようと飛び掛ってくるやつらを、片っ端から蹴って殴って投げ飛ばす。
式場、というか完全に宴会場だったそれは、一転して酒や阿鼻叫喚の地獄絵図に塗り換わった。
「うっさいわ! 宴会の邪魔するな!」
「霊夢が怒った! 退避だ退避、巻き込まれるぞ!」
「このような騒ぎが起きるとは、この世のみならずあの世も救われなければならないのか……」
「幽々子様、悟ってないで逃げますよ!」
「上等よォ! あんたの陰陽玉、銀河のバックスクリーンまで打ち返してやるわよ!」
「このてんこの勇姿はフルハイビジョンで録画して、後日本人に見せてあげましょう」
「うわー、ひどい嫌がらせ……」
――――――
――――
――
「――うぉぉ、酒を寄越せぇぇぇ……って、あら?」
迫ってくる陰陽玉を片っ端から屏風まで打ち返していた私の目に飛び込んできたのは、雲ひとつない青空だった。
起き上がるとバクバクなる胸を手でおさえ、ゆっくりと深呼吸して息を整える。
「ゆ、夢か……悪夢だったわ……」
「どうしたの、そんなに怖い顔して」
声がしたほうに向くと、紫が不思議そうに私の顔を見ていた。
「いや、かなーり嫌な夢を見てね」
「あらそうだったの、寝顔に濡れ雑巾でもかけて起こしてあげればよかったかしら」
「普通に起こしなさいよ……まぁ、懐かしくもあったけどね」
感慨深くつぶやくと、私は視線を下に移して紫のお腹に手を伸ばした。
太ったというには大きすぎるほどふっくら膨れたお腹が、私の手に暖かさを伝えてくれる。
「あの悪夢から一年かぁ」
「もうそろそろ生まれるわ。ときどきお腹の中から蹴られる感覚があるもの」
「元気よね、私たちの子供らしい」
そう、私たちが結婚してからもう一年も経つのだ。
あれから私と紫は同じ屋根の下で毎日を過ごし、紫のお腹の中では、私たちの血を引く新たな生命が芽生えていた。
出産ももう間近で、永遠亭の薬師に取りあげてもらう予定だ。
「しかし、いつかは女として結婚するのを想像したことがあったけど、子供を孕ます側に回るとは思わなかったわ」
「じゃあ今度はあなたが産んでみる?」
「そうじゃなくてさ。いや産むけど」
時々夜間限定で男になってるとはいえ、やっぱり女である以上は子供を産んでみたいし。
その時は調子に乗って両方妊娠しちゃいました、なんてことにならないように気をつけないといけないけど。
「この一年スピーディーだったわね、結婚してオーロラ見にいって一緒に暮らし始めて。それで紫が妊娠して」
「お義父様お義母様も大喜びで、五衰まで治ったわね」
「あれ本当に人類以外のDNA混ざってないのかな」
とうとう気合だけで五衰を治しちゃったし、何者なんだろうかあの親は。
ときどきその血が自分にも混ざっていると思うと、ほんのちょっと怖くなる。
「この一年騒がしかったわ、紫ったら妊娠してもおさまりゃしないし」
「もっとてんこをからかえとガイアが私に囁くのよ」
「そんなガイアなんてカチ割れてしまえ」
結婚してからも、紫がからかってきたり私がからかわれたりで、息をつく暇もないくらいだった。
ホント厄介なヤツと結婚してしまったもんだなと思う。
「……まぁ、でもあんたで良かったかな」
「何がかしら」
「なんでもないわよ、なんでも」
もうこいつなしの生活は考えられない。紫が来る前みたいな静かな生活には二度と戻れないだろう。
そういう風にされてしまった、けど不思議と悪い感じはしなかった。
結婚当初は未来が真っ暗だったけど、結果手祖手こういう気持ちに慣れるのなら、一年前の選択は間違ってなかったと思う。
なんだか感慨深い気持ちになっていると、紫が私の顔を覗いてきた。
「私のてんこがとても可愛いことを考えている気がするわ」
「真顔で恥ずかしいこと言うな。脳みそ沸いてるのかババア」
「うふふ、てーんこぉ」
「うわっ!?」
ガバッと妊婦とは思えない俊敏さで紫が私に抱き付いてきた。
身重の体を私に預けて、胸に頬ずりし始めた。
「うふふふふふふ、かわいいかわいい、私のてんこ」
「気味悪い声出すな! 頬ずり止めなさいってば!」
「ふふ、てんし……」
紫は一旦身を引くと、私の目を見つめて顔を近づけてくる。
「ちょっと、こんなところでキスなんて……」
「ねぇ、天子…………?」
「……もう」
ゆっくり近づいてくる紫に、しょうがないなぁと目を閉じた。
「……トイレ行きたいわ」
「勝手に行ってきなさいよ」
◇ ◆ ◇
「あー、やっぱり紫は紫だ。もうすぐ子供生まれるって言うのに、ぜんっぜん変わらない」
私はグチグチ不満を漏らしながら家に帰ってきた。
すると玄関で外に出かけようとしていた父さんと母さんとバッタリ出くわす。
「あら、天子ちゃんおかえりなさい」
「ただいま。二人は出かけるの?」
「あぁ、孫のための道具を下見にな」
「やっぱり大切な孫に使う大切な道具は厳選しないとね」
「そう言って100回くらい見にいってるわよね」
冷やかしの常連として、店のほうには顔を覚えられてることだろう。
孫の顔を思い浮かべて意気揚々と出かける二人を見送ると、軽い尿意を感じてトイレに向かった。
ドアノブを捻ろうとしたが、ガチッと何かに止められて回らない。
「あれ、紫まだ入ってるの?」
「んぐぐぐ、まだよ」
先にスキマで家に帰っていた紫が、トイレの中から苦しそうな声を出した。
「ちょっとした大難産よ……ふぬぅ!」
「ははは、大変そうね。そういえばここのところ便秘がちがったっけ。私も急いでしたいってわけじゃないし、ゆっくり出しなさいよね」
「ありがとう。けど大丈夫よ、もうちょっとで出そうだから……ふん!」
「おぎゃああああああ!!!」
「ほーら、出た」
「おー、おめでとー、それじゃちゃんとお尻拭いて……」
………………あれ、今の泣き声って。
「おぎゃあ! おぎゃあ!」
「あら、立派な女の子」
「ちょっとおおおお!! なに便所で娘産んでるのあんた!?」
「なんだから朝からちょっとお腹が痛くて、大きいほうかと思って力んでみたら」
「それ陣痛だから! その時点で病院行きなさいよ!!」
陣痛をちょっと痛いていどで済ますな!
大妖怪だからって無理があるでしょそれ!?
「ちょちょちょ、あんたまさか、うちの子便器に飛び込んでないでしょうね!?」
「大丈夫って言ったじゃない。ちゃんと手で受け止めたわ……あっ」
「なに!? どうかしたの!?」
「そういえば通販で頼んだ小説が届くの今日だったわ」
「いいからとっとと病院行けええぇぇえええ!!!」
◇ ◆ ◇
「いいですか、下手をすれば母子ともに大変なことになったかもしれないんですよ?」
「すいません、すいません! 本当にすいません!」
トイレにいた紫をスキマで永遠亭に送り出したあと、急いで追いついた私を待っていたのは、薬師さんのお説教だった。
必死に頭を下げる私の後ろで、紫は楽しそうに赤ん坊のほっぺをつっついている。
「ふふふ、かわいいわぁ」
「あんたもちょっと反省しなさいよ!」
「赤ん坊に怒鳴り声を聞かせると悪影響よ、やめなさいな」
「うぐぐぐ、こいつううぅぅぅ……!」
とりあえずは紫も赤ん坊も健康に異常はないらしい。
へその緒を切ったり産湯に浸けたりして、あらかたの仕事は終わった薬師は部屋からでていった。
私は紫が横になっているベッドのそばに椅子を寄せて腰を下ろす。
「ほら見なさいな。かわいい顔で寝ているわ」
「……あんた、本当に大丈夫なの? どっか痛かったり気持ち悪かったりしない?」
「そうだったら先に言ってるわ」
「気をつけなさいよね。片親とか子供がかわいそうでしょ」
「あなたはどうなのかしら」
「……うっさいババア」
恥ずかしくてそっぽを向くと、紫は嬉しそうに笑った。
なにからなにまで計算してきて性質が悪い。
まぁ、問題がないならそれでいい。これで憂うことなく子供を可愛がれる。
私は紫が抱いていた赤ん坊を覗き込むと、あまりの可愛さにあっというまに心奪われた。
「やぁん、ちっこいぃ~、かわいい~」
「メロメロね」
「あたりまえでしょ私と紫の子なんだから。あー、ホント可愛いわ。この子の将来はみんなから愛されてモテモテね」
「いつかこの子に、『あなたはトイレの中で産まれたのよ』と教える日が楽しみだわ」
「絶対に言わないでよ。普通に永遠亭で産まれたってことにしなさいよ」
「えー」
「子供にトラウマ植えつける気か」
この秘密は墓まで持っていくべきだ。
自分が便所で産まれただなんて誕生秘話聞かされたらこの子泣くぞ。
「あ~、ほっぺたやわらかい~」
「お義父様とお義母様にこのことは?」
「まだよ。二人とも出かけたあとだったし、伝える暇もなかったわ」
「あのお二人方が来ると私たちが楽しむ暇もないし、今は二人で祝いましょうか」
「さんせーい」
あの二人がきたら紫とは別ベクトルに騒がしくなるし。
ちょっとのあいだくらいは、私達二人だけで子供の誕生を祝福しよう。
「それで、この子の名前はどうするの」
「えっとね、私が人間だったころに使ってた名前覚えてる?」
「たしか地子だったかしら」
「そうよ。10年ちょっとしか使ってなかった名前だし、この子にあげようかなって思うんだけど、どう思う?」
「いいんじゃないかしら」
「よし、地子に決まりね」
ついに名前が決まった我が子、地子の頭を優しく撫でた。
「ふふ、あんたの名前は地子よ、ちーこ」
「てんこ、地子を抱いてみない?」
「おぉ、もちろん」
紫がゆっくりと差し出した地子を、ワレモノを扱うよりもずっと優しく丁寧に腕の中に収めた。
「これでいい?」
「そうそう、まだ頭が安定しないから、それを助けてあげるように」
「うん。それにしても思ってたより重たいのね」
「地子が成長すれば、もっと重くなっていくわよ」
「それも楽しみね。どんな子に育つかしら」
私みたいなおてんばか、紫みたいに掴みどころのないタイプか。
腕のなかで眠る小さな赤ん坊が、はたしてどんな女の子に成長していくのか期待に胸が膨らんだ。
「天子、ありがとう」
「ちょっ、妙にまともね。もしかして子供も産まれたし、心を入れ替えてマジメに生きるとか?」
「だが断る」
「即答せずにちょっとは悩みなさいよ。それでありがとうってなにがよ」
「……夢だったから。こうして、好きな人の子を産むことを、ずっと望んでいたから」
「だったら、あんた顔はいいんだから、まともに振舞えばよかったでしょうに」
「何度か考えたことはあったけれど、そうしなくて正解だったわ。あなたと会えたもの」
ほがらかな顔でそう言われて、思わず胸が高鳴った。
いつも変なことばかりしていて、たまにこうやって私の心を鷲掴みにするんだから。
何度も思ってるけど、とんでもないやつと結婚してしまったものだ。
「……まさに飴と鞭ね」
「SMプレイ?」
「違うし。赤ん坊でも地子の前でそういうことあんまり言わない」
「いまは寝てるから大丈夫よ。だから天子」
紫はそっと地子の顔を手で覆い、再び顔を近づけてきた。
誰の目もない病室で、私たちはこっそりと口付けを交わした。
ちょっと、いや割と、いやかなり頭のおかしい妻と騒がしい毎日を送っているけど。
八雲天子はそれなりに幸せだ。
相変わらず壊れておいでで…
>>妖々夢のファントム
ファンタズムかな
天子が、紫をなぜ好きになったのかが、どうしても読み取れないw
牛四頭云々は、何か元ネタがあるんでしょうか?
あ、あと感性と歓声を間違っているところがあったような。
こういうゆかてんもいいなあ
天子ちゃんが幸せならそれで