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「―― パルスィ、今朝何食べた?」
「……はい?」
唐突なその質問に、橋姫・水橋パルスィは面食らった顔で尋ね返すしか出来なかった。
「そのまんまの意味だよ。今朝は何を食べて来たんだい?」
何故尋ね返すのか、と言わんばかりの表情で、火焔猫燐は同じ質問を繰り返し、目を細める。
地霊殿内の一室、しまう機会を見失った炬燵を挟んでの会話。湯気を立てる湯呑みを少しどかし、燐は炬燵に肘をついた。
明らかにパルスィの答えを待っている。質問の意図も分からないが、彼女は正直に答えた。
「今朝……ねぇ。普通に、食パン一枚だったと思うけど」
「まんま?」
「ジャムくらい塗ったわよ」
同じく肘をつき、ふぅ、と息をつきながらパルスィ。すると燐は、ニヤニヤと笑みを浮かべながら意味ありげに頷いた。
「そっかそっか。割と覚えてるもんなんだね」
「これしか食べてないのに、覚えてられない方が変じゃないの」
いい加減、彼女が何を言いたいのか気になったパルスィだったが、その前に燐の方が口を開く。
「んじゃお返しに、あたいが食べたモンも教えてあげる。
今朝は妖怪の山で釣れたばっかりのイワナの塩焼きに、カブとしめじのお味噌汁。それにほうれん草のおひたしだね。
あっと、もちろんご飯もあるさ。やっぱり焼き魚はご飯によく合うね。あの絶妙な塩加減と脂の乗り、一口でご飯一杯いけるくらいさ。
お空のやつも朝からご飯三杯も食べてたよ。いやはや、食べ盛りっていいねぇ。ま、あたいも同じくらい食べたんだけどね。
やっぱり自分で作るとまた格別だね。いつも作ってくれるさとり様のご飯も最高だけど、またこう、違ったベクトルの……」
「……お燐、あなたさては自慢したかっただけね?」
「うん」
ヨダレを垂らさんばかりの表情で語り続け、その果てに臆面も無く頷く燐。パルスィのため息が二倍に増えた。
さり気無く自作である事を匂わせつつ、家内にも好評だった事やその美味しさをとうとうと語る辺り、やはり確信犯。
「あなたが作ったの?」
「そそ。普段はさとり様が作ってくれる事が多いんだけど、たまにはね。で、せっかく作るならって事で気合い入れてみたのさ。
パルスィにも食べさせてあげたかったよ。旨味が染み込んだカブとしめじがたっぷり入った味噌汁の味わい深さといったらもう、たまらんね。
ほうれん草だって忘れちゃいないよ、おかかと醤油だけのシンプルな味付けだけど十二分にウマイ。脇役っぽくても立派なおかずだ。
ちなみに栄養バランスも良いってさとり様に褒められたよ。普段は朝に弱いらしいこいし様がご飯おかわりしてるのを見て、もう感無量っていうか」
「ストップストップ! あなたのご飯が大好評だったってのはもう分かったわよ。
まあ、そんなに美味しいなら私も食べてみたかったわね」
「そ、そうかい? 機会があったら呼んだげるよ。へへー」
飽きる事無く喋り続ける燐を押し留める。開きっ放しな口につっかえ棒を差し込んでやりたい衝動をどうにか押え、パルスィは褒めてみた。
自慢を止める目的の方便と言えばそうなるが、半分くらいは本音だ。腹の虫が目を覚ましてしまった。
そんな彼女の言葉を真正面から受け止め、燐は照れたように顔を赤らめた。嬉しそうにぴこぴこと耳が動く。皮肉は言われ慣れていないのだろうか。
その後も燐は、自分の食生活についてのアレコレを随分と楽しそうに語ってくる。
「お空のお陰で毎日のようにゆで卵食べてるけど、やっぱ味付けは塩が一番だね。色々試したけど一周したよ」
だの、
「カレーにゃジャガイモが入ってなきゃダメだね。ただ、入れると足が早くなるのが困りものでさ。
結局別に茹でて、後から入れるのが一番なのかなぁって思うよ。煮崩れもしないしね」
だの。パルスィも興味深げに聞いていたが、
(お燐って、料理好きだったのかしら)
ちらりとそんな事を考える。茶飲み友達になってそれなりに長い付き合いだが、初めて知った一面かも知れない。
結局その日は、朝食の話題を振られてから帰るまでほぼずっとクッキング燐のオンステージ。
「パルスィも、毎日のご飯には気を遣いなよ。美味しいモン食べたいだろ?」
「まあ、そうだけどさ」
それを別れの挨拶代わりに、パルスィは地霊殿を後にした。
帰りの道すがら、彼女は最初の質問を思い返す。
(あんだけ豪勢なメニューを聞かされちゃうと、パン一枚ってのはちょっと寂しいわね……)
パンは嫌いじゃない、むしろ好きではあるし何が悪いという訳でも無い。しかし、あの自慢話を聞かされると少々悩んでしまう。
(いやいや、私だってそれなりにいい朝ご飯食べてるはず)
今朝はともかく、普段は―― そう思い返そうとして、思わずパルスィは帰路に着く足を止めてしまった。
(……私、昨日の朝は何食べたんだっけ……?)
この年でもうボケてしまったか。いや違う。自分の名前も友人の名前も住んでる場所も、さっきまでいた地霊殿で燐が食べた煎餅の枚数も覚えている。
では何故思い出せないのか。理由はあまりに単純、自分の食生活に対する興味関心があまりに薄いからだった。
『美味しいモン食べたいだろ?』
燐の別れ際の言葉を反芻して、思わず顎をつまんで考え事。確かに美味しい物は大好きだし、少しは料理もする。
しかし現実問題、朝食メニューも思い出せないくらいには朝食に対する情熱が無い。というかロクに食べていない。
(朝は忙しいとか面倒とか、理由はいくらでもつけられるけど)
今日の会話で、少し考えが変わった。たまには、立派な朝食でも食べて一日を健やかに過ごすべきなのかも知れない。
パルスィはようやく歩き出した。食べ物の事ばかり考えていたせいで、いい加減そろそろ腹が減ってしょうがない。
(あさごはん、か)
その甘美な響きに頭を支配されたパルスィは、家に入る直前で鍵を上手く挿せず三回も取り落した。
・
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「むぐ」
口の中を小麦で満たしながら呟く橋のたもと。少し遅く起きてしまった為、今朝の朝食もパン一個。
もっとも、今度はロールパンにしてみた辺りがパルスィなりの反抗だ。
(遅く起きたのを言い訳にするのはよくないかしら)
もふもふとくわえたパンを咀嚼しながら、ぼんやり。少しくらい気合いを入れてみようと思ったそばからこの体たらくでは、決意も萎んでしまう。
まあ、強迫観念に囚われてしまっては料理を嫌いになりかねない。のんびりやろう、と思い直して彼女はパンを飲み込んだ。
(とは言え、いきなり食材を買いに走ってもねぇ……)
レシピをきちんと考える、という行為すら久しいパルスィ。何を作るのかも、コンセプトも考えずに市場へ突っ込んでもきっと何も出来ない。
欄干に背を預けたままの長考。彼女の呼吸に合わせ、上下する肩と胸意外に動く物の無い橋。
不意に彼女は、飛び跳ねるような勢いで橋から背中を引き剥がした。
「とりあえず、何かヒントを探しましょう」
声に出す事で、目標を明確にする。このまま考えても埒が明かない。ならば、色んな人の朝食像を聞いて回るのだ。
その中で食べたい物が見つかるかも知れない。とんとん、と背中を軽く叩いて、パルスィは歩き出した。
「―― というワケで、あなたの朝ごはんについて教えてもらえるかしら」
「お仕事早かったからまだなんにも食べてないの。おなかすいたー」
再び地霊殿の一室。昨日は燐と向かい合った炬燵で、今度は鴉っ娘・霊烏路空と向き合う。
間欠泉を管理する仕事がある空は、時には早番で出向く事もある。この日はもう終わったらしく、二つ返事でパルスィの相談に乗ってくれた。
というより、単に話し相手が欲しかっただけのようにも見える。燐は仕事でいない。
「パンでよかったらあるけど、いる?」
「いいの!? ありがとー!」
来る途中で再び買ってきたロールパンの紙袋を示すと、空は途端に眠そうだった目を輝かせる。
パルスィが一つ手に取り、差し出す。彼女はパン喰い競争のようにかぶりついた。
「手に取って食べなさいな」
「むにゅ、もふにゅ」
「飲み込んでからでいいわよ」
「んにゅ」
口いっぱいにパンを頬張ったまま、手をパタパタ振る空にパルスィは苦笑い。美味しい、という事を伝えたいのは分かった。
んぐんぐ、と彼女が口の中を空っぽにするのを待ってから、再度質問をぶつけてみる。
「で。あなたは普段、朝はどんな物を食べてるのか教えてもらってもいいかしら」
「んー。ご飯が多い気もするけどパンの時もあるし……あとゆで卵」
「おかずとかは?」
「なんだっけかなぁ。あ、ゆで卵はあるよ」
「自分で作る事ってある?」
「ううん、いつもさとり様が作ってくれるから……そうそう、ゆでたま」
「卵大好きなのは分かったから」
「えへへー」
二言目にはゆで卵、な空にパルスィは苦笑いの表情を崩せないまま。しかしハードボイルドには程遠い空、照れ笑いでそれに応える。
「まあ確かに、卵は栄養価の面で見れば抜群に優れてると言えるけれど。調理も簡単だし、朝にはいいわね」
「ゆでるだけであんなにおいしいもんね」
「他にもあるでしょう。焼くとか、炒るとか」
「あー、確かにねぇ。塩が一番だってお燐は言ってたけど、そのまんまでもいいし、最近はマヨネーズとかもおいしいなぁって」
「……本当にあなたはゆで卵が好きなのね」
「うにゅ! でも、パンも好きだよ」
「もう一個食べたいならそう言いなさいな」
「ありがとー」
袋からパンをもう一個出して渡すと、空は嬉しそうに笑ってそれをかじる。
何だか無性に嬉しくなるのは、彼女がとても美味しそうに食べているからだろうか。
(私が焼いたわけじゃないけどね)
頭の中で苦笑いを再び。その食べっぷりをみていたら、自分でも食べたくなった。
「あなたみたいに美味しそうに食べてもらえたら、そのパンも幸せでしょうね」
言いながらパルスィは、手だけを紙袋に突っ込んだ―― が、明らかにロールパンとは違った手応えが返ってきた。
「?」
くしゃり、と何か柔らかくてふわふわした、繊維のようなものを掴んだ気がする。
もう少し手を動かす。少し硬い物に当たった。ひょい、と取り上げてみた。
「……へ?」
出てきたのは、小さな帽子。パン屋さんがつけてくれたオマケ、では無いだろう。
と、その瞬間。
「ばぁー!」
「きゃあっ!?」
手元の紙袋がいきなり大きく開いたかと思えば、中からにょきっ、と人の顔が出てきたのだから驚くのは当たり前だ。
その拍子に中に入っていたロールパンが二、三個、ころころと畳を転がっていく。
「これ、地底の市場で毎朝やってるパン屋さんのでしょ。おいしいよね、これ」
「食べてたの? ていうか何してるの……?」
「あー、まってぇー!」
会話するパルスィと空に気付かれず、パン屋さんの紙袋へと蛇の如くスニーキング。
こんな芸当が出来るのは、幻想郷広しと言えど古明地こいし一人を置いて他にはいまい。
目を点にするパルスィに対し、口元にパンくずを付けたこいしは紙袋をマフラーのように首に巻いたままけらけらと笑っている。寝転がったままのその光景は実にシュールレアリズム。
そんな彼女達を尻目に、空はころころ転がっていくパンを追いかけてどたばた。
「だって、なんか二人が楽しそうなお話してるから、混ぜてもらおうと思って。あとお腹すいてたから」
「普通に言いなさいよ……心臓が爆散しちゃうかと思ったじゃない」
「あー、七つに飛び散ったパルスィの心臓の欠片を全部集めれば妬んでもらえるんだっけ?」
「妬まれるだけって」
んしょ、と身体を起こしつつパルスィから帽子を受け取ったこいし。紙袋を引っぺがすと、一つだけ残っていたロールパン―― 少し平べったくなっている―― がころり。
手でキャッチしたそれを美味しそうにかじる彼女に、パルスィはため息。どうにも、ここの住人と話しているとため息が多い。
嫌なのでは無く、自分の常識の範囲外にある人物が多いからだろう。
「あー、よかったぁ……あれ、こいし様だー。なにしてるんですか?」
「パン食べに来たー」
「食べさせてあげるから、あなたもちょっと話に付き合ってくれない?」
「むふ?」
転がって行ったロールパンを無事回収し、それらの埃を叩きながら戻って来た空はようやくここでこいしの存在に気付いたようだ。完全に意識をパンに奪われていたらしい。
もふもふとパンを口に押し込むこいしにパルスィが尋ねると、ここでようやく彼女は寝転がっていた身体を起こして正座に直る。
「お空にも訊いてたんだけど……私の食生活の参考にしたいから、普段どんな朝ご飯食べてるのか教えてくれる?」
「とは言っても色々あるからねー。お姉ちゃん料理うまいし、レパートリーも豊富だから」
「みんなそう言ってたけど、さとりがいつも作ってるのね。仮にも主だし、おさんどん係が別にいるものだとばかり」
「うん。前は他の子が作ってたんだけどお姉ちゃんがね、料理好きだからってやりだしてそれ以来ずっと。
元々うまいのもあるし、みんなの心を読んでだいたい食べたそうなものを作ってくれるから大好評だよ」
わたしはちょっと寂しいけどね、とこいしは呟いて笑う。そう、彼女の心だけは誰にも読み解く事は叶わない。
はっとした表情になり、パルスィは思わず頭を下げた。
「ご、ごめんなさい。そんなつもりじゃ」
「いいよいいよ、パルスィはいちいちそういうの気にし過ぎだって。
それにわたしの希望じゃなくてもおいしいし、食べたいものがあれば直接言うし」
「合理的なんだか、そうじゃないんだか……」
「うにゅ! さとり様はね、いつも私の心を読んでゆで卵置いてくれるんだよ!」
「読むまでもないわね」
ははは、とひとしきり笑って、今度はこいしの方が口を開いた。
「でもさ、パルスィは何か食べたいものってないの? ご飯のメニューなんて、その時食べたいものとかでいいんじゃないかなぁ」
「うーん、それはそうなんだけど……料理とか、食生活ってのにあまり執着がなかったから、どうしていいか分からなくて。
何かヒントとか、きっかけでもあればって思ったんだけど……」
「だからー、難しく考えすぎだってば。お空を見習いなよ」
「うにゅ? よく分かんないけど、照れるよぉ」
急に呼ばれた空は、事情が分からないながらも頬を染めて照れる。
今度はそんな彼女に質問してみた。
「お空はどう? ここ最近でさ、嬉しかった朝ご飯のメニューとかある?」
「んーとね、昨日お燐が作ってくれたのがすごくおいしかった!」
「ああ、そういえば確かにおいしかったねぇ。パルスィ、昨日お燐がさ」
「聞いてるわよ。昨日遊びに来た時に散々自慢されたわ」
昨日の実に生き生きした燐の表情まで明確に思い出し、幾許かの嫉妬心を吐き出すかのようにパルスィはため息。
「すっごくおいしかったんだから。ご飯いっぱいおかわりしちゃった」
「すごい食べてたものね。わたしも……あ、そうだ」
うんうん、と頷いていたこいしは唐突にポンと手を打つ。
「パルスィ、いいこと思い付いたよ。誰かに作ってあげたらどう? 朝ご飯」
「えっ?」
いきなりの提案にパルスィは面食らった表情だ。こいしは横に座る空の肩を叩きながら続ける。
「お空はさ、お燐が大好きだから。そのままでもおいしいものが、お燐が作ったものならもっともっとおいしく感じられると思うの。
そんな理屈で、誰かに作ってあげなよ。その人が食べたいものを作れば、おのずとメニューも決まるし力も入るんじゃない?」
「で、でも……確かに言いたいことは分かるけど」
「パルスィは、何かきっかけが欲しかったんでしょ? 好きな人に作るご飯なら、いつもより気合も入るでしょうし、きっとおいしくなるよ。
希望を聞けばそれを元にレパートリーも増えるでしょうし、いいことづくめだよ」
「うー……そんな簡単に言わないでよ」
パルスィはどこか恥ずかしそうに、もじもじと身体を揺らす。自分の事でも一杯一杯なのに、誰か他の人に作ってみろと来たものだ。
そもそも、自分の作った料理を食べてくれそうな者などいるのか。しかし、己の交友関係に自信の無い彼女の心情を見透かしたかのように、こいしが笑って言った。
「特に思いつかなかったら、わたしが食べてあげるからさ。楽しみにしてるよ」
「うにゅ、ゆで卵があるとうれしいなぁ」
「勝手なコトを……」
口ではぶつくさ言っても、パルスィは嬉しそうだ。自分の作った料理を食べてくれる者が少なくとも存在するその事実は、確かに彼女を勇気付ける。
(人に作る、ねぇ……)
正直に言ってハードルをますます上げられた気はするが、目標を決めて貰っただけでも有難いと思い直した。
あの頃に比べれば、少しはポジティブな物の考え方が出来るようになったようだ。
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地底とは元々、故あって地上にはいられなくなった者達の集まる場所。
押し潰されそうな程暗く、身震いする程静かで、泣きたくなる程寂しい所だった―― 筈なのだが。
(ホント、騒がしいわねぇ)
目の前を行き交う妖怪達の表情は、一様にとは言えないかも知れないがほぼ明るい。
左右を見渡せば小さな露店が立ち並び、買い物客で賑わう市場。
人も場所も変わっていく。それは地底とて例外では無い。だがそれは決して悪い事じゃない。
人ごみが苦手なパルスィでも、そう思っていた。
「あれ、魚がこんなに安いなんて珍しいね」
「あーよ、山の方からいっぱい取れたからってんで安く仕入れられたんだ。よかったらどう?」
どこかの店先から、そんな弾んだ会話が聞こえてくる。
碌にプランも無いままだが、彼女とて食材を求めて市場へと足を運んだ身。早い所、そんな輪の中に入らなければ良い物を先に売られてしまう。
(でも、何を作ろう……?)
『作ってあげる相手が食べたい物を作ればいい』とこいしは言っていたが、そもそも誰に食べさせるのかが決まっていない事に気付いた。
このノープラン具合にパルスィは、己の食事に対する意識の低さと、計画性の無さを突き付けられたような気分になり、少し首の角度が落ちる。
(もう少し、考えてから来るべきだったわね……どうしよう、うーん)
そのまま考え込んでしまう。いつまでも通りの真ん中に突っ立っていたら通行の邪魔になってしまうし、考えながらゆっくりと歩き出した。
誰かに作るなんてやはりハードルが高い。最初は自分の好きな物でも作るべきか。しかしそれなら何か。ここは誰かに尋ねるべきか。
(いやでも、自分の好物すら人に訊かないと分からないって。そもそもさぁ……)
ますます悩んでしまった。堂々巡りのまま思考がこれっぽっちも先に進まない。と、そんな折である。
「あれー、パルスィ! 珍しいね、ここで会うなんて」
「えっ、あっ?」
首の角度を下げたまま歩いていたらいきなり前方から声を掛けられ、まるで電柱にぶつかったかのように足が止まった。
慌てて顔を上げると、すぐ目の前。薄暗い地底においても尚明るい笑顔がそこにある。
「さっき橋に行ったんだけどいなかったからさ、寂しかったんだよ? でもよかったぁ」
土蜘蛛妖怪の黒谷ヤマメは、もう一度その顔をまじまじと見て、相手がパルスィである事をきちんと確認すると安堵の表情でそう続けた。
やや長めの明るい金髪が、嬉しそうな彼女の動き一つ一つに合わせて揺れ動く。その光景はまるで水面に跳ね返る陽光のようで、碌に光の刺さない地底ではとても眩しい。
「や、ヤマメ……何してるの? こんなトコで」
「何って、お買いものに決まってるじゃない。やだなぁ」
いきなりの遭遇にパルスィは、そんな決まりきった事を尋ねてしまう。当然のように、ヤマメには笑われた。
彼女は編みかごを持っており、程々の内容物で膨らんだそれの上からぴょこんと、長ネギが生えている。
どこの昭和の世界から来たのか、と問いたくなる伝統的買い物オカンスタイルだ。落ち着いた配色のワンピース風な服装も、そんなイメージを助長している。
「パルスィはどうしたの? やっぱりお買いもの?」
「え、ええ、まあ。あさ……」
興味津々なヤマメに尋ねられ、正直に答えかけてパルスィは口をつぐんだ。
ありのまま、正直に話すのは何だか恥ずかしい。それも、買う物もメニューも決めずに食材を求めて来ましたなどと。
「あさ?」
断片的に聞き取った言葉を繰り返し、ヤマメは首を傾ける。
早く何か言わなければ、と少しばかりの焦りを募らせるパルスィであったが。
ふと、一筋の光明を見た気がした。
(……そっか、ヤマメなら……)
狭い地底とは言え多少は友人のいるパルスィだが、今目の前にいるヤマメとの付き合いが最も長い。無二の親友、と言ってもいいかも知れない。
彼女が相手なら、きっと何一つ隠し事せずに話せるし、頼み事だって出来る。
パルスィが何かを頼んだ時、ヤマメがそれを拒んだ記憶は、はっきり言って無い。
「ぱ、パルスィ。そんなにじっと見られたら恥ずかしいよ」
「ヤマメ、ちょっと頼みがあるんだけど」
「へ? なぁに?」
ずっと顔を見られていたので、恥ずかしそうに頬を染めるヤマメに向かってようやく切り出す。やはり彼女は聞く態度を見せてくれた。
一拍の間を置き、息を大きめに吸ってパルスィは続けた。
「その、さ……私に、朝ご飯を作ってくれないかしら?」
騒がしい市場の中でも、その声ははっきりと聞き取れただろう。
パルスィが作ってあげる話のはずだったのに―― 本人もそれは考えている。だが、何も題材が思い付かないままではしょうがない。
ならいっそ、逆に誰かに作ってもらえればそれを基にアイディアが浮かぶかも知れない。
ヤマメには何度か夕飯をご馳走になった記憶もあるし、彼女なら急な頼みでも聞いてくれるだろう。
流石に急すぎると思い、フォローの言葉を口に出しかけたが――
「あ、その、無理じゃなかったら」
「……ホントに! パルスィ、食べてくれるの!?」
その必要が無いどころか、目を輝かせるヤマメ。むしろパルスィの方が戸惑う始末。
「へっ!? あ、その、うん……」
「ありがとう! 嬉しいなぁ、パルスィが私のご飯食べてくれるなんて。
じゃあこれから毎朝お邪魔することになっちゃうけど、その分おいしいの作るから!
パルスィいつもお寝坊さんだし、ついでに起こしてあげるね! 必要ならお弁当も毎朝作るし、それと……」
「ちょちょ、ちょっと! べ、別に一回だけでいいのよ」
何かを勘違いしているヤマメに、大慌てでパルスィは割り込んだ。その顔はほんのりと赤い。『永久就職』の四文字が脳内でコンチェルトグロッソ大回転。
余談だが、『俺の為に毎朝味噌汁を作ってくれ!』というプロポーズ文句も最近幻想郷に来たらしく、里で流行の殺し文句になっているらしい。
「そうなの? そっかぁ……まあいいや、いつ? 明日でもいいけど」
どこか残念そうにしつつヤマメに尋ねられ、パルスィは頷いた。
「え、ええ。それじゃ、明日でもいいかしら」
「了解! 何か食べたいものある?」
「あ、その。メニューは、ヤマメに全部お任せしたいんだけどいい?」
「うん、いいよ。それじゃー出来上がってのお楽しみってコトで」
気を取り直したのか、意気込む彼女にパルスィは付け加える。
先刻のしょんぼり顔はどこへやら、ころりと笑顔になって頷いた。安堵したような、残念なような妙な気分になる。
ヤマメはそのまま、明日の買い物もついでにしていくと言う。せっかくなので肩を並べて一緒に市場を歩き回った。
「それにしても、地底でよくこんなに野菜とか色々手に入るわね」
「もちろん地底で作ってるのもあるけど、やっぱ太陽の光は必要だから地上から仕入れてるんだって。
地上のヒトから見ても私たちはお得意さんらしいし……あ、これくださーい」
軒先で籠に盛られた野菜を眺めながらの会話。改めてヤマメの買い物を見ていると、明らかに手慣れている。
きっともう、何を作るのかなんて決まっているのだろう。
(楽しみだけど、お腹空いてきちゃった……)
「パルスィ、よかったら今日うちに泊まって行かない? 夕ご飯も一緒に食べようよ!」
彼女の胸中と腹の虫を見抜いたかは定かでは無いが、ヤマメは振り返ってそんなお誘い。がくがくと頷くパルスィを見て、嬉しそうに目を細めた。
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まるでスライムに包まれているかのような、柔らかく纏わりつくまどろみ。
―― とんとん、とんとん。
遠くから何かを叩くような、軽い音。
それに気付いたパルスィは少しずつ、少しずつ意識を引き剥がしていく。
(……あ、いいにおい……)
段々と意識が明瞭になってきた頃、彼女の鼻が何とも言えぬ芳香を捕まえた。
軽く深呼吸。どうやら、ダシの香りらしい。
(そっか、ヤマメが朝ご飯作ってくれるんだっけ)
ゆっくりと布団から身体を起こす。隣の布団で寝ていた筈のヤマメはおらず、きちんとめくれ上がった掛布団だけが残されていた。
腰の辺りまでずり上がっていたタオルケットを足で直し、そのまま両足を布団から引き抜く。
足を乗せた掛布団カバーのひんやりとした感触が、布団の中で温められた素足に心地良い。
「んっ、しょ」
少し気合いを入れるように声を出しつつ、勢いを付けて立ち上がった。
部屋から出る際、入り口付近にあった鏡に映った己の姿。普段それなりに気を遣って整えている髪も今はぼさぼさで寝癖が少しついている。
若干、部屋を出るのが躊躇われた。しかし朝食の誘惑に負けてそのままドアを開けた。
「あっ、パルスィ! おはよう!」
「おはよ……早いのね」
「まだ寝ててよかったのにー」
台所へ向かうと、菜箸片手にあくせく料理中のヤマメがいた。彼女もまだパジャマ姿だが、その上にエプロンを身に着けてしっかりと料理スタイル。
髪もいつも通りに整えてリボンで結んであるし、その顔に眠気は微塵も感じられない。
「もう少しかかるから、ゆっくりしてていいよ?」
「ううん、もう起きちゃったし……それより、作るとこ見ててもいい?」
「いいよ! でもちょっと恥ずかしいかも……あっと、ちょっと待ってね」
パルスィの要望にヤマメは照れながら頷くも、火に掛けられた片手鍋が湯気を吹いているのに気付いて慌てて蓋を取る。
調理用のかまどが複数据え付けられている時点で、彼女が普段料理をしている事が分かる。三つもあり、内二つが稼働中。
一つは米を炊いているようで、蓋を乗せられた釜がぐらぐらと煮えている。中身は見えない。
その隣のかまどに乗せられた鍋の蓋をヤマメが取ると、その中からはいくつもの黄色い円がこんにちは。
それと同時に、ふわり、と漂う甘い香り。どこか懐かしいその匂いは、パルスィにも覚えがあった。
「さつまいも?」
「あったりー。そろそろ茹で上がるかな」
頷き、ヤマメは竹串を取り出してまんまるのど真ん中に突き刺す。すんなりと通った。
まるで湖の水面に揺らめく満月が分身したかのような光景に、思わずぼけっと見とれてしまう。
「ん、いい感じ」
彼女は呟き、さつまいもの鍋を火から下ろすと水場へ持って行き、茹で汁をこぼす。
かと思えば1cmにも満たない程度だけ湯を残し、再び火にかけた。塩をぱらりと回しかけ、蓋をかぶせる。
少し待ってから、ヤマメはその鍋を前後にがたがたと揺すり始めた。
やがて火を止め、もう一つの空いたかまどに向かう。そこには既に焼き網が乗せられていた。
「メインはこれだよ」
「魚かぁ、まさに日本の朝食ね」
「幻想郷を話せ、ここは日本語……ありゃ?」
「混ざってるわよ」
すっとぼけたような会話をしつつ、ヤマメはまな板に載せた二尾の川魚をてきぱきと捌いていく。
腹部を裂いて内臓を取り出し、エラを取り除いて、軽く流水で血を流してから水気を拭い取って塩を振る。
ひれの部分には多めに刷り込むようにし、全体に馴染ませてから一旦置いておく。
「三枚下ろしなんて余裕って感じね。流石じゃない」
「えへへ、ありがと。で、その間にこれね。首の辺りがおろすのに適してるんだってさ」
「へぇ」
ヤマメが取り出したるは大根。それも首元の太い部分だ。おろし金でガシガシと下ろしていく。
彼女が少し疲れた様子なのを見計らい、手を止めさせる意味も込めてパルスィは尋ねてみた。
「ねぇヤマメ、あの魚って昨日買ってたやつ?」
「うん、そうだよ」
「何の魚? 私あんまり詳しくないから、特徴のあるやつ以外は同じに見えちゃって」
するとヤマメは大根を置き、パルスィに向き直るとしたり顔で自らの鼻先をちょんちょんと指差す。
ふっふー、と得意気に笑うヤマメだが、彼女はどうにも意味が分からず数秒間考え込む。
「……え?」
「わかんない? もう、パルスィったらぁ」
少しばかり不満げなヤマメは頬を膨らませる。何故自分を指差すのか―― ここでようやく、パルスィはポンと手を打った。
「……もしかして、ヤマメ?」
「さっすがパルスィ! うりゃー!」
途端に弾けるような笑顔になって、ヤマメはハイテンションのまま大根を一気にすり下ろした。ごりごりごり。
読んで字の如く、ヤマメ。平たく言えばサクラマスの淡水版だ。ちなみに漢字では山女と書く。
「長く料理してれば、ダジャレでメニューを決められるくらいの余裕も生まれるのねぇ」
「でも普通においしいよ? クセのない味だから色んな料理にできるしね」
大根が終わると焼き網に乗せたヤマメ(魚)二尾を火にかけ、早速焼き始める。
かまどに点火し焼き始めた後もヤマメ(蜘蛛)はその前を離れようとしない。火加減なんかの調節があるのだろう。
少し経ったくらいでは魚に変化が無いので、パルスィはその場を離れる。視線を少し巡らせると、食卓の上に鍋が置かれている。
蓋がかぶせられたそれは、手を近付けると温かい。
「見てもいい?」
「いいよー」
ヤマメに許可を貰って蓋を取ると、途端にパルスィの顔を包む湯気。そして味噌の香り。
「味噌汁まで作ってたの」
「そりゃあお味噌汁は欲しいでしょー。簡単なやつだけどさ」
見る限り、具は短冊切りにした大根と人参でやや白っぽい色合い。
ふと横を見ると、味見に使ったであろうお玉と小皿が残されている。もう一度視線を戻せば、ヤマメは魚の方に集中していてこちらには背を向けている。
ごくり、と喉が鳴った。
(ちょっとだけ……)
音を立てぬようお玉を手に取り、そっと味噌汁をすくい上げる。流石に具を乗せるのは躊躇われたが汁を小皿に注いで、一気に啜った。
ず、と小さな音を立てたかと思えば、口の中に広がるいりこだしの風味。シンプルな内容だからこそか、はっきりと野菜の味まで感じられた。
(おいしい……なんだ、私の舌も結構イケてるじゃない)
空きっ腹を抱えるパルスィには、例え小皿に少しでも十分に濃厚。
ちょっぴりいい気分になりながら、小皿とお玉を戻して――
「……あ」
味噌汁の味に夢中になる余り、すぐ横にヤマメがいる事に気付かなかった。
彼女はまるで素敵なおもちゃを見つけた子供のような悪戯っぽい笑みを顔中に浮かべて、パルスィの頬を指先でちょんちょんとつつく。
「みぃーたぁーぞぉー……うふふ。そんなにお腹すいてた?」
「う、うるさいわね。目の前でこんないい匂い振りまかれたら、飲まない方が失礼でしょうに」
「まあ別にいいんだけどね。むしろ、そんなにおいしそうに見えたのが嬉しいかな」
顔を赤くし、言い訳がましく唇を尖らせるパルスィにもう一度笑って彼女は魚の方へ戻る。
既にじりじりと焼ける音が聞こえてきており、ヤマメは菜箸で焼いている面を少し確認すると網の上でひっくり返した。
まだ少々早かったのか焦げ目は薄いが、茶色く焼き網の模様が入ったその表面は十分魅力的に映る。
「あれ、ちょっと早かったかな」
「十分おいしそうじゃない」
そのままもう暫く片面を焼き、再度ひっくり返す。今度はきっちりと焦げ目が付いて、見た目から香ばしい。
「ヒレにも塩をすり込むのは、ヒレが焦げてぼろぼろになるのを防ぐためなんだってさ」
「ふぅん」
ヤマメのお料理知識にパルスィが相槌を打つ間に焼き上がったようで、彼女は菜箸で器用に魚を摘み上げて皿の上へ。
こんがり焼けた表面と所々に残る塩の白さの対比が美しく、パルスィも思わずごくりと唾液を飲み込む。
「あとちょっとだから、待っててねパルスィ」
「私も手伝うわ」
「ありがと! じゃあコレお願い」
ぼーっと待っているのはヤマメに悪い気がする上、今抱えている空腹を余計に強く感じてしまいそうだったので自ら手伝いを申し出た。
差し出された食器類を並べていくパルスィを尻目に、彼女はずっと火にかけていた釜の様子を確かめる。
蓋を取った途端、まるで何かの封を切ったかのように台所中ぶわっと広がる醤油とだしの香り。
「ヤマメぇ~……その範囲攻撃は反則よ……」
「えへへー」
ただの白飯では無く、炊き込みご飯だったようで匂いをキャッチしたパルスィから弱々しい声が上がった。空腹の余り食卓に手を着き、へなへな崩れ落ちる。
ぺろりと舌を出し、悪戯っぽく笑ってヤマメはしゃもじで釜の中身をかき混ぜた。
米一粒一粒までしっかりと醤油とだしが染み込んだご飯を茶碗に盛り、それから大きめの深皿を出す。
先程作ったさつまいもをまとめて盛り付け、そのまま食卓へ。
「まだあったかいけど、もっと熱い方がおいしいよね」
ヤマメはそう言って、既に作っておいた味噌汁の鍋を再び火にかける。軽く沸騰しかけた所で下ろし、お椀へよそう。
「パルスィ、できたよー」
「ま、待ってましたぁ……もう限界……」
配膳も終えたヤマメの言葉に、既に着席済みのパルスィは今にもぺちゃんこになりそうな声で何とか答えた。
正直な話、朝はそこまで食欲の無い事が多い彼女にとって、ここまで朝食を待ち焦がれたのは久々。
「はい、お茶」
「ありがと。それじゃ……」
「いただきます!」
座敷のテーブルに向かい合って座って、ヤマメから温かい緑茶を受け取り、準備万端。きちんと手を合わせた二人の声が重なって、思わず互いに噴き出した。
(改めて見ると、本当においしそうね……)
パルスィはいきなり手を伸ばしかけたが、とりあえず食卓を観察してみる。
ごぼうと人参の入った炊き込みご飯に味噌汁、わざわざダジャレの為に用意したのかヤマメの塩焼きにさつまいもの粉ふき芋。
主食に汁物、主菜そして副菜とバランス良く組み合わせられた献立だが、栄養云々の理屈を全て抜きにして美味しそうだ。
全ての皿が視覚、嗅覚双方から空腹のパルスィを攻め立てる。我慢ならず、とうとう箸を手に取った。
しかしふと顔を上げると、ヤマメはまだ料理に手を付けずじっとこちらを見ているではないか。
「どうしたの?」
「ん? パルスィが食べたら食べようと思って」
「恥ずかしいじゃない……」
『わくわく』の四文字が躍るヤマメの表情に、思わず顔が熱くなる。だが彼女自身、散々前置きしたせいでそろそろ限界だ。
とりあえず、一度口にしたせいか最も強く惹かれた味噌汁の椀を手に取り、口に運ぶ。
先の味見程度の一口とは比べ物にならないくらいの風味。何も食べていなかった口の中に、塩気のある味噌汁が染み込むその感覚に思わず目を見開く。
「……ほぅ」
我知らず、ため息が漏れた。殆ど口を離さず、柔らかく煮込まれた具の大根と人参を口に押し込む。
歯を立てる必要すら無く、舌だけで咀嚼出来るくらい。ぐしゅ、と噛むとたっぷりと含まれたダシが染み出してきて、見開いたばかりの目をうっとりと閉じた。
「………」
野菜ならではの旨味に思いを馳せていたら、前方からぎらぎらした強い視線を感じたので仕方無く目を開ける。
当然と言えば当然だが、ヤマメが身を乗り出してこちらを見ていた。
「この状況で、まずいなんて言うはずないでしょ。おいしいわよ、すっごく」
「ホントに!? ありがと、パルスィ!」
恥ずかしくてぶっきらぼうな口調になってしまったが、それにも関わらずヤマメは大層安堵して笑みを浮かべた。
彼女もようやく手にした箸を開いて、パルスィと同じく味噌汁から食べ始める。何となく、一通り彼女が食べる様子を見てから口を開いた。
「これ、作る所見てなかったんだけど……何が入ってるの? 淡泊な感じの具しか入ってないのに、味がちゃんとしてるっていうか……うまく言えないけど」
「うん? 普通にいりこでダシとって、お味噌溶いただけだよ。具はダイコンとにんじんしか入ってないし。
最初は何かキノコでも入れようかと思ったんだけど、いいのが手に入らなくて」
ヤマメの答えに、パルスィは顔には出さずとも驚いていた。ダシという存在の強さを改めて思い知らされた。
うーむ、と唸りながら茶碗を手にし、ご飯を一口。醤油ベースで味付けされたご飯は程良い濃さで、噛めば噛むほど味が出るような錯覚すら覚える。
食べ進めると、時折顔を出すごぼうのしゃっきりした食感が飽きさせない。無論そこにもしっかりと味が染みている。
「炊き込みご飯って、作るの面倒じゃない? 下味とか」
「そんなコトないよ? まあきちんと作ろうと思ったら色々あるけど、ご飯炊く時にだし汁とか醤油とか具を混ぜるだけでも意外といけるよ」
「へーぇ……そんな簡単でここまでおいしくなるのね」
答えるヤマメの口ぶりは明らかに料理慣れした者のそれで、パルスィは驚かされてばっかりだ。
さつまいもに箸を伸ばす。唯一大皿に盛られたそれは、しばらく食べていない焼き芋を思い起こさせる黄色と紫の対比が眩しい。
口に運んで噛むと、ほくほくしていながらもパサついた感触は無く、じんわりと甘い。
焼き芋のようなはっきりした甘さを想像していたが、思っていたよりもほのかで淡い印象。
「あ、おいしい……けど、思ったより甘くないかも」
「ちょっと塩入れただけだしね。箸休めなら薄めの方がいいかなって思ったけど、もっと甘いのがよかった?」
「ううん、このくらいで丁度いいと思うわ」
「よかったぁ。もっと甘くするならお砂糖入れるとか、照りをつけていっそグラッセ風にしちゃうとかかな」
デザートならともかく、おかずの一環ならこのくらいがいいだろう。もう一つ口に運んで噛むと、改めて優しい甘さ。
味のバランスを考えたヤマメの気遣いが込められていると思うと、思わずぎゅっと噛み締めたくなる。
(さて、そろそろメインなんだけど……)
ここまででも十二分に豪勢な朝食を堪能しているパルスィだが、目の前に鎮座するヤマメ(魚)をまるまる一尾使った塩焼きが手つかずだ。
その荘厳とも言える佇まいに思わずヨダレが溢れる―― が、一つ問題がある。
「パルスィ、お魚食べないの? キライだった?」
少ししょぼくれた様子のヤマメ(蜘蛛)が尋ねてきて、彼女は大慌てで否定。
「そ、そんなワケないじゃない。魚の塩焼きなんてごちそうよ。ただ……」
「ただ?」
否定された事で嬉しそうなヤマメ(略)が続きを促すと、パルスィは恥ずかしそうに顔を伏せた。
「えっと、その……私ね……さ、魚を食べるのが苦手で。好きなんだけど、きれいに食べる方法がイマイチ分からないの。
せっかく作ってくれたんだから汚い食べ方はしたくないけど、自信がなくて……」
「なぁんだ、そんなの!」
おずおずと切り出したパルスィの言葉を途中で遮るように、ヤマメはドンと胸を叩いた。
「全然気にしないよ、食べてくれるってだけですごく嬉しいんだからさ。でもせっかくだし、私でよかったら教えよっか? 魚食べる時のコツ」
「本当に? 是非お願いできるかしら」
ヤマメは頷き、箸を手にして手元にある自分の分の魚を示す。パルスィに合わせて食べていた為か、こちらも手付かずだ。
「んとね。いきなり切り開いたり、無理に分解しようとするとぐちゃぐちゃになっちゃうコトが多いと思うの。
だから最初は、徐々に身をほぐしながらお魚の上半分だけを食べるといいよ。スライスするイメージかな」
「太い骨で区切って?」
「そうそう。皮ごと食べられるよ」
会話をしながら実践。ヤマメが箸を使って器用に身をほぐし、口に運ぶ。
パルスィもそれに倣い、魚の表面に箸を入れた。割るようにして身を取り、皮ごと食べようとして――
「……私をた・べ・て。なんてねー」
「ぶっはぁッ!」
聞いた事も無いようなヤマメのアヤしい声色に、口に運びかけた魚の身がすぽーんと飛んでいく。直前に飲んだお茶の飛沫が、虹を描いた。
飛んできた魚を口でナイスキャッチし、もぐもぐやりながら当の本人はけらけらと笑った。
「パルスィ、お行儀! 食べ物飛ばしちゃダメだよ」
「だ、誰のせいだと……げふっ、ごほっ」
味噌汁を口に含んでリセットを図るも、ヤマメの顔を見るだけで思い出してしまって再びむせそうになる。
ようやく落ち着きを取り戻したパルスィは、改めてほぐした魚の身を一口、ぱくり。
しっかり塩を振ったせいか、目の覚めそうな強い塩気。しかし身から染みだす脂がそれを程良く中和し、同時に旨味へと変えてくれている。
じゅる、と自然に唾液が分泌されていくのがパルスィにも分かった。
「どうかなぁ」
「塩加減の事なら心配ないわ、かなりのご飯泥棒ね」
「普通のご飯の方がよかった? 炊き込みご飯じゃしょっぱいかな」
「ううん。どっちもおいしいから大丈夫」
パルスィに食べてもらう事は嬉しいと同時に緊張もするようで、ヤマメはしきりに感想を尋ねてくる。
そして彼女が肯定的な言葉を返す度に、ほっと一息つきながら笑うのだ。
「それでね、上半分を食べたら今度は頭を持って、骨をはがすの。お箸を差し込んで、押さえつけるとうまくいくよ」
「えっとぉ……こう?」
アドバイス通りに箸を骨と身の間に挿し込み、力を込めると骨だけがぺろりと剥がれる。思わずヤマメは拍手。
「うまいうまい! ほら、きれいにはがれた……で、下半分を食べると」
「なるほどね」
ふむふむ、と頷きつつもパルスィは箸を動かし、まるで掃き掃除を早回しで見ているかのような速度で皿の上を片付けていく。
「あ、パルスィ。ご飯まだ食べるなら私が」
「いいの? じゃあお願いするわ」
「ご飯重たくしてありますよ~、ってね」
「どういう意味の発言なのかしら……って多くない?」
おかず類が残った状態で茶碗を空にしたパルスィにヤマメが申し出ると、彼女は少し恥ずかしそうに頷いた。お代わりまでするなんてパルスィの、それも朝食にしてみればかなりの食事量だ。
明らかに一杯目よりも大量のご飯を盛ってやり、ヤマメはとても嬉しそう。
「まだあるからね」
「さすがに三杯目は……おかずも残ってるし」
キラキラした期待の眼差しを向けられても、胃袋の容量には限界がある。苦笑いしながら、パルスィはさつまいもを箸で摘んで口に放り込んだ。
その後も彼女は食べる事に夢中で、ヤマメが話を振らない限りは一心不乱に皿や茶碗と格闘している。
(パルスィ、すっごくおいしそうに食べてくれてる……)
目を細めてそんな彼女を見つめるヤマメの表情はまるで母親のようでもある。オカンスタイル健在。
結局、それから大した時間もかからずに二人は食卓に並べられた料理を粗方全て平らげてしまった。
「ごちそうさま」
またしても言葉が重なり、くすりと笑み。
「ちょっと苦しいわね……流石に食べ過ぎたかしら」
正座から胡坐に崩し、ふぅ、と息をつくパルスィ。朝からこんなに食べたのは初めてかも知れない。
「パルスィ、どうだった? 味付け濃かったりしなかった?」
「どうだったって……さっきも言ったけど、こんなに食べてからまずいなんて言うはずないでしょうに。青汁じゃないんだから」
「ほ、ホント? よかったぁ……ありがとね、パルスィ」
「お礼を言うのは私の方よ、ありがとう」
不安げな面持ちのヤマメに笑みを向ける。少し恥ずかしくて顔を逸らした。
こうして笑い合っていると無性に幸せな気分に浸れる。が、彼女は本来の目的を思い出していた。
自分が作るべき朝食のきっかけ。今目の前で空っぽになった皿をじっと見つめ、パルスィは考えた。
(ヤマメみたいに料理のセンスがあれば、このメニューを参考にもできるんでしょうけど……)
あまり自信は無い。しかし何も生まれないのでは、ただご馳走になっただけで終わってしまう。
せっかくヤマメにここまで豪勢な朝食を作らせたのだ、何かを得なければ申し訳が立たない。
悶々と考え込む彼女を現実世界へ引き戻したのは、かちゃり、という食器が立てた音だった。
「今片付けちゃうから。そしたらまたお茶いれるね」
ヤマメが手際良く二人分の食器を手元に積んでいく。はっと気付き、慌てて立ち上がった。
「ごめんなさい、私も……」
「ありがと、でもいいよ。パルスィはゆっくりしてなって」
「でも……」
「だーめ! パルスィはお客さんなんだから座ってなきゃいけないの。ね?」
軽くウィンクひとつでパルスィを再度着席させ、ヤマメはまとめて食器を運んで行った。
再び戻って来て、多少の量が残ったさつまいも入りの深皿にもクッキングシートのような紙を被せて台所へ。
(はぁ……ヤマメにおんぶにだっこじゃないの……)
自分の為にここまでしてくれるのは嬉しいが、何も出来ない自分が少し情けなくも思える。
と、その時。思い悩むパルスィの頭の中に、見覚えのある人影がひょっこりと現れた。
その人物は天井からぶら下がったヒモを引き、ぱちりと蛍光灯のスイッチを入れる。
『パルスィは、何かきっかけが欲しかったんでしょ? 好きな人に作るご飯なら、いつもより気合も入るでしょうし、きっとおいしくなるよ――』
蛍光灯に照らされた人影―― こいしの声が脳内に蘇った。まあ要は閃いたという事の彼女なりの湾曲表現であるが――
(ああ、そっか……)
何も、レシピの参考だとか難しい話じゃなくたっていい。きっかけがあれば人は動けるものだ。
布巾を持って、テーブルを拭きにやって来たヤマメの横顔を見ながら、パルスィは心の中ではっきりと頷く。
―― ヤマメに、お返しがしたい。理由なんて、きっかけなんて、それだけで十分だ。
技術が無くても、経験が不足してても。やろうと思えば何かが出来るはず。こいしの言いたかった事が、やっと分かった気がした。
「……へ? ぱ、パルスィ……そんなに見つめられたら、そのぉ……」
いつの間にか視線に気付いたヤマメが、真っ赤な顔を布巾で隠しながら照れていた。
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それから半日後、パルスィは再び溢れるざわめきの中にいた。
自分の左右を、前後を、欲しい物を求めて右往左往する人々に囲まれながら歩いていく。
昨日と違うのは、彼女自身にも目的意識がある事。
(難しい事は分からないけど、思いつきの力って案外馬鹿にできないわよね?)
どこかの誰かが言ってた気がするその言葉を、言い聞かせるように脳内で反芻する。
ヤマメには『用事を思い出した』と言って別れを告げてきた。残念そうな彼女の表情は、今は忘れる事にする。
パルスィには料理があまり分からない。それでも、無難な調理法や組み合わせを考え、思い付く事は可能だ。
市場を歩き、軒先に並んだ食材を眺め続けて十分弱。ようやく、足が止まった。
(これなら、多分マズくはならないわよね? あとは……そうだ、アレを使って……)
パズルと言うには大袈裟だが、パルスィは脳内で必死に食材同士を組み合わせる。
何とかメニューのようなものは決まった。多分、上手くいく。
それにヤマメなら、例え美味しく無かったとしても笑って許してくれるだろう―― そんな考えがあったのも、まあ事実だ。
(100%の自信に変換できないのは、まあ諦めましょう)
やれやれと首を振り、パルスィは目の前の肉屋へ。
「これ、頂けるかしら?」
「毎度あり!」
そんなやり取りを二、三軒。重くなった買い物袋を手に、パルスィはそそくさと市場を後にした。
何となく、知り合いには見られたくない姿だと率直に思ったからだ。
(さて、今日はとっとと寝なきゃ)
―― 特に、ヤマメには。
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長い付き合いの親友同士でも、知らない事、教えない事は沢山あるのが当然だ。
だがパルスィは知っている。玄関先に据え付けられた、大きめのプランター。今は何も植えられていない。
そこに突き刺さったままの、小さなシャベル。おもむろに引っこ抜くと―― きらり。
(あったあった。セキュリティ的には大丈夫なのかしら)
テープで留められた、ヤマメの自宅玄関の鍵。万が一の為の合鍵をここに隠している事を知っているのは、パルスィ以外では果たして何人いるのだろう。
(いくら友達でも、普通鍵の在り処なんて教えるかしら……)
それは、ヤマメからパルスィへの信頼の証であるという事を考えると、どうしようも無くこっ恥ずかしくなるのでそれ以上の思考をやめた。
なるべく音を立てないように鍵を鍵穴へ差し込み、捻る。がちゃ、と鈍い音。思いの外大きくて、思わず肩が竦んだ。
時刻は午前五時半、元より薄暗い地底もますます暗い明け方。とは言え朝の早い者なら既に起きる時刻でもある。
パルスィがいるのは当然、自宅では無い。ヤマメの家の前、それも合鍵でわざわざ侵入しようとしているのだ。
(開いた、わよね?)
少しだけ、玄関の引き戸に手を掛けて力を込めてみる。音も無くスライドして、微かに開いた扉。ほっと一息つき、彼女は傍らに置いていた買い物袋を地面から引っ張り上げた。
その中には、昼間に買った食材がぎっしり詰まっていて少々重たい。
(……お邪魔します)
その想いはただ一つ、『こっそり朝食を作っておいて喜ばせたい』。急な頼みにも嫌な顔一つせず―― それどころか嬉々として―― 朝食を振る舞ってくれたヤマメへの、恩返しでもある。
この『こっそり』がパルスィにとっては結構なポイントで、誰かに見つからぬよう素早く帰ったのもその為。
一歩間違えば、というより普通に不法侵入な気もするが。勝手に入っても、ヤマメなら許してくれる。そんな根拠の無い、だけど確信があった。
怒られたら、謝り倒す覚悟は出来ている。
「うわぁ」
一歩踏み入れて、足が止まる。玄関入って即座にお出迎えしてくれた、厳重な蜘蛛の巣。なるほど、これなら鍵が見つかっても容易には入れない。
しかし、朝食を作りに来たパルスィが逆に料理されてしまっては困る。そっと掻い潜り、奥へ。
ふと、ヤマメの自室を覗いてみた。鍵はかかっておらず、畳張りの和室の真ん中で薄い布団に包まるヤマメがいた。
すやすや、と可愛らしい寝息を立てるその顔が暗くて見えない事を少々残念に思いつつ、パルスィは台所へ。
(えーっと……これか)
そっと照明を灯し、すぐに明るさを絞る。ヤマメの寝ている部屋の扉は閉まっているが、何がきっかけで起きてくるか分からない。
技術も足りなければ明るさも不足、その上なるべく物音を立てないようにしなければならない。深呼吸一つし、パルスィは準備に取り掛かった。
まず最初に取り出したるは、肉屋で安く売っていた鶏の手羽元。軽く切れ目を入れて鍋へ。
それらが浸るくらいの水を入れて、点火したかまどで火に掛けた。この際点火に用いたマッチを擦る音でも、ヤマメを起こさないか怖くなってしまうのは最早仕方ない。
(起きちゃったら、その時はその時!)
思い直して、次の作業へ。
まな板と包丁を用意し、袋から取り出した玉ねぎ、人参を水で洗って皮を剥く。
玉ねぎはともかく、人参の皮を包丁で剥くのはなかなか難しい。少し油断すると、すぐに身まで削ってしまう。
(ヤマメなら、こんなのも簡単にこなすのかしら)
包丁を使っている所を昨日の朝は見られなかったのだが、きっとそうに違いない。
僅かばかりの嫉妬心と対抗心を燻らせつつ、六角形気味に形状を変えた人参をまな板に置いた。
ヘタと先端を切り落とし、輪切りに。それを千切りのようにし、そこから更に90度返して細かく刻む。
微塵切りのやり方がよく分からないが、細かく刻めればそれでいい。大事なのは完成品だ。
(本当は、ちゃんとしたやり方があるんでしょうけど)
続いての玉ねぎも似たようなやり方だ。まず縦に細かく切れ目を入れて、それから90度返して刻む。
当然のように目と鼻の痛みに襲われ、涙で手元が見えず度々中断する羽目に。古典的だが強烈だ。
ひぃひぃ言いながらも微塵切りを完了し、一息。目元の涙を拭って鍋を確認すると、既に沸騰して灰汁が出ていた。
お玉で掬い取り、暫し待ち。昨日朝の食卓でダシの重要性を思い知らされただけあって、すぐ次の工程へ移る気にはなれない。
再び浮いて来た灰汁を取り除いてから時計を確認すると、手羽元を煮込み始めてから既に二十五分は経過したようだ。
(もういいかしら?)
鍋に張った水はすっかり白濁し、程良く脂も浮いていていかにもなガラスープ風。漂うチキンスープの香りに、思わず唾液を飲み込んだ。
そこへ刻んだ玉ねぎと人参を加え、軽く混ぜてから火加減を少し弱めて再び放置へ。火加減だけ気を付ければ、放っておいても煮込まれてくれる。
その間にパルスィは、台所をきょろりと見渡して何かを探す。お目当ては台所の片隅に置かれていた。
ヤマメが作ってくれた朝食の残り物であるさつまいも。そのまま翌日に食べるつもりだったのだろうが、パルスィはラップ代わりに被せられていたペーパーを取り去った。
(残り物を活用できるって素敵じゃない)
もしヤマメが食べてしまっていたらどうしようと思っていたが、残っていて安堵。必死に考えた甲斐があるというものだ。少しくらいの自画自賛も許されよう。
鍋やらフライパンやらがぎっしり詰められた棚を漁ると、案の定出てきた蒸し器。しかしそれを取り出そうとした時に、がちゃり、と別の鍋が音を立てたので思わず息を呑んだ。
ヤマメの寝ている部屋の方へ視線を飛ばす。金属音の残響も消え去り、何も動きが無い事を確認してからようやく彼女は安堵のため息をついた。蒸し器に水を入れ、別のかまどで火にかける。
温まって来た所で残り物のさつまいもを入れて蓋をし、蒸す。とは言ってもこれは温める目的なので長時間かける必要は無い。
ほんの数分で火から下ろしてみると、きちんと温め直せたようでほかほかと立ち上る湯気。そのまま食べたいのを堪え、それを深皿に戻した。
(とは言え、すぐ潰しちゃうんだけど)
目の細かい網と竹べらを用いて、温め直したばかりのさつまいもを裏ごしする。温めたお陰か労せず完了。
そこに、家から持ってきたメイプルシロップを少しずつ加え、混ぜていく。蜂蜜と迷ったが、クセの無い方が良いかと思いシロップにした。彼女なりの考えだ。
(このくらい? いや、もう少し……)
何しろ初めての試みなので加減が分からない。ティースプーンでペーストを少し取り、味見をしてみる。十分な甘さにも感じたが、そのまま食べる訳では無い。
もう少しだけメイプルシロップを加え、再びラップ代わりの紙を被せておいた。とりあえずは完了だ。
鍋に意識を戻すと、先程加えた野菜もすっかり火が通って馴染んだ様子だが、いかんせん長時間煮込んだせいか、スープのかさが減っている。
水を加えて量を調整しつつ、塩胡椒。そのまま煮込み続行しつつ、時計を見やる。いつの間にか、時刻は既に七時近かった。
(そろそろ起きちゃうかも)
もう、調理も終盤に差し掛かって良いだろう。そう判断したパルスィが取り出したのは卵。
器に卵を二個割り入れ、塩胡椒を少し多めに振ってから溶く。
先程蒸し器を使ったかまどにフライパンを乗せ、バターを落としてからそっと卵を流し入れる。
そこまでは良かったのだが、ふとパルスィは気付いた。
(あれ? オムレツってどんな感じに焼けばできるのかしら……)
ただ卵を焼く、という事しか考えていなかったパルスィ。どうすればあの形とふわふわした食感を再現出来るのか。
しかし既に賽は投げられておりもう後戻りは叶わない。無情にも卵はフライパンの中で固まっていく。
「あっ、ちょ……あっ、あー……」
まごまごする間に卵は半分以上固まってしまい、料理素人のパルスィでもここからオムレツは不可能と悟った。
諦めて、彼女は菜箸でまとめつつもう少し火を通す。やや半熟の部分が残った状態で皿へと盛り付けた。
ややいびつな形の卵焼き状態。味は大して変わらない筈なのだがパルスィは唇を尖らせる。
「うー……」
しかし落ち込んでも仕方は無いので、もう一つは開き直って最初から卵焼きに。
狙って作っても形がいびつな事には変わらず、正直凹んだがバターの香りが何とも美味しそうなので目を瞑る事にした。いっそ目隠しして食べて貰おうか。
(味で勝負、ってコトで……)
大事なのはハートだ、とまるで少年漫画の主人公の如きポジティブさを発揮して残りの作業にかかる。普段からこれくらい前向きなら、という心の声は無視した。
一度水でかさ増ししたスープの様子を見ると、再び煮詰められて程良い量と濃さ。軽く小皿に取って味見してみると、
(……うそ。すっごくおいしい……)
自分でも驚いてしまうくらい、はっきりとした鶏肉と野菜の旨味が溶け込んでいて思わず茫然。自然と身体が震えた。
塩加減も丁度良く、これ以上味を調える必要は無さそうだ。
「これならヤマメも喜んでくれるかしら」
嬉しさの余り、口に出して呟いた。確実に美味しいと言える料理を自分の手で作れたという事実に、感動を禁じ得ない。
ここで気を抜いては全てを台無しにしかねないと、パルスィは最後の工程へ。
(このやり方で、いいわよね……? 他にないし)
食パンをスライスし、かまどの火で炙ってトーストに。しかも魚用の焼き網で。
ピザなんかを焼ける窯でもあればともかく、流石にそこまでは無いようなのでこのような無理矢理トーストと相成った。
トースターも普及していない幻想郷、いつだって進歩を助けるのは『○○が食べたい』というハングリー精神だ。
片面にこんがりと焼き色を付け、パルスィは網を置いた。もう片面が残っているが、こちらにはバターを塗る。つまり、食べる直前に焼きたい。
チキンスープを深めの皿によそい、卵焼きと一緒に並べる。片手間で沸かしておいたお湯で紅茶も淹れ、ほぼ準備万端。
(……できた、か……)
―― いよいよ、ヤマメを起こす。時計を見れば既に七時半前、起きてても不思議じゃないが幸いこの時間まで眠ってくれていた。朝食にも丁度良い時間だ。
台所を離れると、改めて感じられるブイヨンとバター、それにトーストの焼けた香ばしい匂い。起きた時のリアクションが楽しみで、自然と心臓が早鐘を打つ。
深呼吸でそれらの芳香と多量の酸素を取り込み、昂る気持ちを押さえ付けて、パルスィはヤマメの眠る部屋のドアを開いた。
・
・
・
来た時と変わらず、ヤマメは薄い布団に包まったまますやすや。
部屋の照明を入れると、一瞬だけ眩しそうな顔になりつつも、ころりと寝返りを打って未だ眠りの世界へしがみ付くヤマメ。
(……かわいい……)
彼女の枕元にしゃがみ込み、起こす前に思わずほっぺたをぷにぷに。とても柔らかい。
「うにゃ……」
声と共に瞼がぴくり、と動いた。そろそろ起きてしまいそうだ。
ひとしきり遊んでから、パルスィはそっと彼女の肩を叩く。
「ヤマメ、起きて」
「んー……はぇ?」
軽く叩いてから揺さぶってみると、むにゃむにゃと寝ぼけた声を出すばかりだったヤマメの瞼が微かに開いた。
ゆっくりと目を開けていき、ぼんやりとしていた目の焦点が段々と定まってきて――
「んぅ……あ、ぱる……へぇっ!? ぱ、パルスィ!?」
素っ頓狂な声と共に半身が跳ね起きた。ふわり舞い上がる掛布団。布団が―― いや、敢えて言うまい。
「おはよ、ヤマメ」
「な、あ、え……お、おはよ、パルスィ。な、なんでパルスィがいるの? 泊まったっけ?」
「ごめんなさい、合鍵を借りたわ」
「べ、別にそれはいいんだけど……ま、待って。私、顔も洗ってないし髪の毛もボサボサだし……んあー、もう!」
寝起きを見られたせいか、羞恥の余り顔を真っ赤にするヤマメ。吹っ飛んだ掛布団を引っ掴み、頭から被ってかたつむり。
思わず、くすりと笑ってしまってからパルスィは布団を引き剥がす。
「そんなの気にしないわよ。ていうか気にする間柄でもないじゃない」
「そ、そ、そう、だよね……」
のそのそと這い出してきたヤマメはここでようやく、台所から流れ込んでくる匂いに気付いたようで辺りをきょろり。
「……ん? なんか、いいにおい……」
「ああ、それはね……ちょっと、来てもらっていい?」
パルスィはそう言うと、一足先に部屋を出る。
平静を装ってはいるが内心は緊張でいっぱい、今にも心臓が破裂しそう。自分で七つ集めても妬んでくれる者がいない。
今の騒ぎで外れていたパジャマの上の方のボタンを慌てて留め、まだ少し恥ずかしそうにしながらヤマメもそれに続いた。
「んと、ね……まずはさ、昨日はどうもありがとう」
「え? やだぁ、いいよそんなの」
改まって礼など言われるとやはり照れてしまう。ふるふると首を振りながらヤマメはパルスィの背中を追っていく。
不意に、その背中が止まった。
「だから……だから、今日は私が作ったの」
「へ?」
「朝ご飯。ヤマメに食べてほしくて……ヤマメが作ってくれたのには全然敵わないけど、もしよかったら……」
「作った……って、朝ご飯? 私、に……えっ!?」
まだ少々寝ぼけていたのか、パルスィの言葉をしっかり理解するのに数秒を要した。
彼女を押しのけるように、ヤマメは居間へ転がり込む。
そこで見たのは、食卓に並べられた食器類。少し深めのスープ皿からは鶏肉と野菜が入っていると思しきスープが湯気を立てていて、その横にはどうやら卵焼き。
かまどには焼きかけの食パンがあって、今まさに焼き色を付けている最中。カップに入っているのは紅茶だろうか。
それが、向かい合った状態できちんと二人分。朝起きて、朝食が出来ているなんて経験は人生で初めてだった。
「……その、もっと綺麗に盛り付けとかできたらよかったんだけど、ごめん。私、やっぱりヤマメと比べると不器用だから……。
口に合わなかったら本当に申し訳ないとは思うんだけど……ヤマメ?」
緊張からか冷や汗の伝うパルスィの言葉だが、ヤマメは反応しない。茫然と立ち尽くすばかり。
もう十秒程待って、流石に不安が大きくなり始めたパルスィに返ってきたのは、ぐす、と鼻を啜るような音だった。
「ぱ、パルスィが……私に……ホント、なの?」
「幻に見え……って! な、な、何で泣いてるのよ!? そんなに食べたくない!?」
目元を手で拭っても、新たに涙が滲んでくる。目を潤ませるヤマメにパルスィは仰天し、動転の余りか思わずツッコミのような言葉が口を突いて出た。
少し慌てた様子で、ヤマメは首を横に振る。
「ち、ちがっ……泣いてなんか。だ、だけどさ、パルスィが、わざわざ私のためにごはん作ってくれたんだよ? こんなの、うれしすぎて……」
パジャマの袖でもう少し強く目元を拭って、ヤマメは精一杯の笑顔を集めて浮かべた。今の感情を表現出来る、唯一の表情。
とにかく彼女が嫌がっていないと分かって、無性に安堵したパルスィは強引に彼女の背中を押していく。
「あーもう、嬉しいなら泣かないの! 全く、ヤマメったら……これだけの事で泣けちゃうその純粋さが妬ましいったらありゃしないわ。
ほら、さっさと座ってよ。冷めちゃう前に食べないとヤマメを食べるわよ」
「え、えへへ。ありがと、パルスィ」
座布団に座らせ、パルスィは台所へ。パンのもう片面をしっかりと焼き、皿に乗せて今度こそ完成。
台所の片隅に置いていた深皿も持ってきて、自身も着席した。
「はい、それじゃ」
「いただきます!」
きちんと手を合わせて挨拶。二日連続、二人での朝食が始まった。
「わ、ちゃんと焼けてる。すごいなぁ」
こんがりと焦げ目の付いたトーストにヤマメは思わず感嘆の声。そんな彼女に、パルスィは手元にあった大小二つの皿を示してみせた。
「で、早速なんだけど……まずはバター塗ってさ」
「うんうん」
説明しながらバターナイフで温かいトーストにバターを塗り付ける。パルスィの実演を頷きながら聞くヤマメ。
「それでさ、この上から……これ」
「あれ? これって……さつまいもかな。まさか」
彼女が出したのは、パルスィ謹製のさつまいもペースト。シロップを混ぜて軽く練ったあまーい一品。
「ええ、昨日の残りを使わせてもらったの。食べるつもりだったらごめんなさい」
「そんなこと。すごいよパルスィ、残り物活用だなんてまるでベテラン主婦みたい!」
「褒めてるのよね?」
目を輝かせるヤマメに、パルスィは苦笑い。気を取り直した彼女は再度バターナイフで、今度はペーストをパンに塗りつけていく。
バターよりは少々塗り難いようで、まるでごてごてとセメントを塗っている気分になる。しかし空腹に響く甘い香りのお陰かストレスは無い。
「せっかくだから、こうしてパンに塗ったらおいしいかもって。裏ごしして、メイプルシロップと混ぜてみたの。
ヤマメ、よかったら先に食べてもらってもいい? ちょっと緊張しちゃって」
「いいよ! わぁ、楽しみ」
言われた通り、バター、ペーストの順でトーストをコーティングするヤマメ。まるで工作に励む小さな子供のようで、とても楽しそうだ。
鼻歌混じりで塗り終えて、さつまいもペーストが余りそうだったので上にごてっと乗っけて完成。
バターとさつまいもの香りが程良くブレンドされ、まるでスイートポテトのよう。待ち切れないと言わんばかりに大口を開けてかぶり付いた。
しっかり焼いたせいか、ざくっ、とお腹の空くような軽い音。ざくざくと香ばしい食感を楽しむヤマメだったが、不意に目を見開いた。
「これおいしいよ! 甘いし歯応えもいいし……おいもとパンってこんなに合うんだね」
「ほ、ホント? じゃ、私も」
「毒見のつもりだったの? ひどいなぁ」
「あなたなら毒も平気そうだし……んむ、本当においしいじゃない」
「パルスィのいじわるー」
相変わらずどこへ向かっているのか分からない低空飛行な会話をしつつも、その優しい甘さに魅了される二人がいた。
融けたバターの塩味がよりさつまいもとシロップの甘さを引き立てており、それがこんがり香ばしいトーストとの相性をより良い物にしている。
スイートポテトが好きなパルスィの思い付きは、かなり良い線をいっていたと言うべきか。
ざく、がしゅ、とカリカリに焼けたパンの耳を噛み砕く音ばかりが響く食卓。集団催眠に陥ったかのような独特の空気の中、はっと気付いたのは製作者のパルスィだった。
「いっけない、おかずも食べてよ。特に、これなんか本当に頑張ったんだから」
「うんうん、分かってるよ。じゃ、こっちの卵から」
「……頑張れなかった方から食べるの?」
「お楽しみはあとあと」
洋食というかパン食なのに、きっちりと箸が用意されている。ヤマメは嬉々としてその黄色いカタマリに箸を入れて一口サイズに切り取った。
口に運んで、もぐもぐ。飲み下してから、彼女は意外そうな声を上げた。
「……あっ、卵焼きだから甘いかと思ったらそうじゃないんだね。しかもバターっぽい」
「……オムレツのつもりだったんだけど、やり方が分からなかったのよ。
パンが甘いから塩気の方がいいかなって、塩胡椒をちょっと強めに振ってみたんだけど……どう? しょっぱい?」
「んーん、ちょうどいいよ。おいしいおいしい。それにさ、このくらい塩気あるならご飯にも合うんじゃないかな」
ヤマメの言葉はお世辞では無いようで、嬉しそうに笑いながら次々と卵焼きを口の中へ放り込んでいく。時々先のトーストをかじって、またにっこり。
次はちゃんとオムレツ、または卵焼きを作れるようになろう。心に誓いながらふわりと柔らかい卵焼きを噛み締めるパルスィであった。なるほど、確かにおかずには良さげな味だ。
「で、これがパルスィの自信作?」
「そんな言い方されると怖いわね……まあ手はかかってるかな」
微塵切りにした野菜と手羽元の旨味が溶け込んだチキンスープ。見た目にもまさにメインと言えるそれを前に、ヤマメはニヤリと笑ってみせる。
「大丈夫、私はおいしいと思ってるからさ」
「普通逆よねぇ」
製作者を逆に励ましながら、ヤマメはスプーンで野菜ごとスープをすくい、一口で飲み込む。
「気にしない気にしない……んん、本当においしいってこれ! 色合い薄めだから薄めの味付けかなって思ったけど、こんなに濃いなんて」
「どれ……あっ、確かに。味見した時よりもっと濃いかも……」
「なんかさ、お肉が骨付きってのも得した気分になるよね」
「食べにくいけどね。包丁で外そうかなとは思ったんだけど」
パルスィの抱える不安もすぐに氷解し、互いにスプーンを動かしては笑顔を浮かべる。
微塵切りにした野菜は少々物足りないかとの不安もあったが、むしろスープと一体化するようにとろけた食感が舌に優しく、満足出来るものだった。
肉については安いという理由で手羽元を選んだが、ダシという点では正解だったようだ。骨の無い物の方が食べやすいのは事実だろうし、次は別のもので試すべきかも知れない。
他愛の無い会話を繰り返す内、二人の手元にある皿からは料理の姿が忽然と消えていた。
「あ、それじゃあ」
「ごちそうさま」
デジャヴを感じる挨拶。手を合わせてお辞儀一つ、ヤマメは満足げな息をついた。
「ふぅ。パルスィ、すっごくおいしかったよ! 本当にありがとう!」
「そ、そんな……こちらこそ、ありがとね。ヤマメ料理上手だし、口に合うかなって」
「もー、散々言ってるじゃない、おいしいって。もっと自信持ってよ」
食べ終えて尚不安の隠せないパルスィ。これは最早性分なので仕方の無い部分ではあるのだが、ヤマメは笑みを崩さず励ましてやる。
その笑顔を見ているだけで、自分の全てを肯定して貰えた気分になれるのは単純だろうか。
心地良い満腹感と満たされた感覚。今までの朝食の席では絶対に味わえなかったもの。
―― 今この瞬間が幸せと言えないのなら、きっとこの世は地獄の底だ。
「じゃ、片付けるからちょっと待ってて」
「パルスィ、手伝うよ」
「ダメよ、座ってて。ゲストに手伝わせないって言ったのはあなたよ?」
「ここ、私の家だよ?」
「……ぬぐ」
それ以上反論の糸口を見出せず、パルスィは観念してヤマメにお手伝いを頼む事に。
本人がやりたがっているのだから、良いだろう―― そういう事にしつつ、あっと言う間に後片付け完了。
(朝ご飯って、本当にいいものね)
隣で皿を一緒に洗ってくれるヤマメの顔を見ていると、心からそう思えた。明日からも、もう少しだけでいいから気を遣ってみよう。
こうして、パルスィを取り巻いた朝食騒動は全て収束したかに見えたが。
「ねぇヤマメ、ちょっと出掛けるんだけど……付き合ってくれない?」
「いいよ! どこに行くの?」
「え? うふふ、それはね……」
出掛け支度をしながら尋ねると、二つ返事で了承の言葉。当然のように尋ねられ、パルスィは含み笑いしながらそれに答えた。
そうだ、まだ終わってはいない。最後の一大イベントが残っている。画竜点睛を欠く事などあってはならないのだ。
二人は肩を並べて家を出る。心なしか、いつもよりずっと空気が美味しかった。
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時は初夏も近いというのに、未だ出しっ放しの炬燵。最早風物詩の様相を呈し始めた、そんな和室。
地霊殿のどの辺りかは分からないが、多分利用の多い一室。お茶請けに出された煎餅を割りながら、二人は待っていた。
「今日はお仕事ないんだって。ナイスタイミングだね」
「あったらあったで、仕事帰りを襲撃すればよりグッドタイミングだったんでしょうけど」
肩が触れ合う距離で、隣のヤマメとそんな会話。意地悪そうに笑って、パルスィは煎餅の欠片を口に放り込んだ。
それを出された緑茶で流し込んだその時、見計らったかのようにすらりと開く襖。
「やー、ごめんよ。せっかく来てくれたのに待たせちゃって」
「いいわよ、気にしないで」
「お邪魔してまーす」
待っていた人物、燐が姿を現した。陳謝する彼女に手をヒラヒラ振り、着席を促す。
二人の向かいに座り、自分の分のお茶を淹れてふぅふぅ冷ましながら彼女は笑った。
「それにしても、二人揃ってどうしたんだい。結婚の報告かい?」
「ぶっふーッ!!」
燐の臆面も無い言い草に、パルスィの口から盛大なるカテキンシャワー。
「や、やだぁ。まだ先だよぉ」
「冗談だって、ごめんごめ……んあ?」
「ま、ま、ま、全く何を……え、先って」
顔の真っ赤なヤマメが呟くが、その内容に思わず二人してフリーズ。パルスィどころか、燐の顔もみるみる赤く。
暫しの沈黙を経て、ようやく落ち着いた一同は本来の話題へと移った。
「ふー、いきなりお腹いっぱい……さぁて。二人とも、あたいに何かあるのかな。話し相手になってくれるなら大歓迎だけど」
「それはまあ、その通りなんだけど……その前にさ。ね、ヤマメ」
「うんうん」
既にヤマメも、パルスィから一切の事情を聞いている。だからこそ、今この瞬間が楽しくてたまらない。
二人が炬燵で隠すようにして置いた、大きな布袋。中には粗熱を取ったスープの鍋が入っている。
後でこいしや空を始めとした地霊殿の住人なんかも呼ぶつもりだが、とにかく目の前に座る燐に告げねばならない。
パルスィが今、とっても楽しそうに笑っているその理由を。
「なんだい、随分と楽しそうだね。あたいにも教えておくれよ」
「そうね……それじゃ、お燐」
「うん?」
首を傾げる燐に、もう待ち切れないパルスィは尋ねるような口調をぶつける。
当然のように訊き返されて―― さあ、待ちに待った瞬間だ。
パルスィとヤマメは顔を見合わせ、ありったけの笑顔を掻き集めてから前を向いた。
せーの、で口を開く。
『―― お燐、今朝何食べた?』
料理も凄く美味しそうでしたしヤマメちゃんはかわいいしとっても満足です
一言だけ、一言だけ言わせて欲しい。……ヤマパルだ!
ジャパニーズ・オカンスタイルの破壊力マジはねぇ。
そしてハラヘッタ。ちょっとバター塗った食パンにあんこを乗せて食べてくる。
( ⌒) ∩_ _
/,. ノ i .,,E)
./ /" / /"
./ / _、_ / ノ'
/ / ,_ノ` )/ /
( / good job!
ヽ |
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ごちそうさまです
ああ、毎朝、パルスィにご飯を作りに行きたい!
あえて、完璧じゃない朝ごはんにしているところもポイント高いですね。
きのこが入ってなかったり、卵焼きが失敗したり。完璧じゃなくてもいいじゃない、そこに愛があるならばって感じで。
明日の朝ごはんは、チキンスープと、オムレツを作ることにしよう。そんなことを思いました。
面白かったです!
話の内容も。
夕飯のスパゲティ食べながら読んだことも。
市販のソースに小松菜ともやし炒めたのをつけただけだがな!
炒めるぐらいしか調理してねえやここ3年……
雰囲気とか、表現とか、上手く言えませんがすごく面白い話でした。
(正直作者様が笑わせようとしてくれたところではあまり笑えなかったのでしたが・・・ヤマメがヤマメ焼いてるところとか?)
最近遅起きばっかりだったので、これを機に早起きの習慣をつけようと思わせてくれました。
この感想を書いてる時間も寝るにはちょうどいい時間ですね。
早寝して早起きして、パルスィ達のような妬ましい朝を迎えられる日を夢見て今日はおとなしく寝てみます。
無性に早起きしたくなってくる不思議。
それにしてもヤマメ可愛い。
……明日は少し早起きして、おなかを空かせてみようか。
今から朝飯作るか
そしてパルスィ可愛い。
作者様の話が良いお話過ぎてひねくれ者の僕なんぞは毎回浄化されて…わあまた体が消える~!
きちんと考えて作ると、普段料理しない人でもおいしいものって作れるもんですね。
朝はいつもパンだけども、早起きして料理してみようかな?
さぞかしたっぷりと自慢仕返したんでしょうねw
というのは冗談として、何というキャラたちのかわいさでしょうか!
パルスィを中心に登場人物が非常に細やかに描写されていてほのぼのとした気持ちにさせてくれますね。
ここが幻想郷だったんですね。ヤマパルイイヨー。
最後の地霊殿への訪問にはやられました。
パルスィさん、私にも朝ご飯をつくってもらえませんか?
良作、ご馳走様でした(二重の意味で
しかし、後書きがまた良い味出してますね
ごちそうさま。
いただきます。ごちそうさまでした。
もはや朝ごはん食べてないな、私は。
明日はカロリーメイトでも食べます。きっと。
でもその中にこれだけの愛情が含まれていると思うと、
少しだけ、食べるのに気合いを入れるかな、とも思えました。
素敵なお話をありがとうございました。面白かったです。
ごちそうさまでした!