古明地さとりは平穏と引きこもりをこよなく愛する少女である。
『他人の心を読む能力』を持つゆえに、自分から他人と接触する事を拒み、自らが地霊殿に引きこもる事で他人を守っている。
自ら争い事に飛び込む事もなく、もっぱら部屋で本を読んだりして過ごす。
そんなさとり様は大声で叫ぶなんて行為はめったにしない。っていうか、アタイは聞いた事がない。
だからこそ、その日のさとり様の絶叫はアタイ――火焔猫燐だけでなく、地霊殿全体を騒がす事となった。
『古明地こいしに10円ハゲができました』
「ど、どうしたんですかさとり様!?」
血相を変えてさとり様がいるであろうリビングへと飛び込む。
そこにいるのはこいし様とさとり様の二人。こいし様が上着を脱いでいるところから、おそらくさとり様がこいし様の帰りを出迎えたところだろう。
さとり様は口を金魚みたいにぱくぱくさせながらこいし様の頭のとある一点を差していた。
何事かと思って、あたいもその指しているところを見るが、別段変わった様子は見られない。
強いて言うならば、帽子を脱いでいるといったところだろうか。
「お姉ちゃん、何か私の頭についてる?」
こいし様も不思議そうな顔をしている。
どうやら事態を理解しているのはさとり様一人という事になるらしい。
「こ、こ、こ、こ、こいし……。
あなたの……頭の、それは……なに?」
唇を震わせながら、息も絶え絶えに言葉を紡ぐさとり様。
こいし様もさとり様の言っている意味が分からないようで、自分でも頭に手をあてたりしている。
アタイももう一度こいし様の頭を注視してみるが、特に変わったところは――
「あっ!」
そこでアタイは気づいた。
「こいし様に……10円ハゲができてる……」
後頭部のやや右辺り、髪の多いこいし様だから非常に分かりにくかったが、そこにはぽっかりと直径3センチくらいのクレーターができていた。
10円ハゲ――正式名称円形脱毛症とは主に精神的ストレスにより髪の毛が落ちる症状である。
こいし様は誰かによって精神的ストレスを与えられこの症状に陥ってしまったというわけだ。
「え、うそ!?」
こいし様はその様子に気付き、髪を研いでみたり分け目を変えたりして隠そうとするけれど、やっぱりその10円ハゲはその存在を明らかにさせていた。
「なんという事を……!!」
ぎりり、と歯を噛み締める音がした。
その声には怒りが混じり、発した少女からはどす黒いオーラがでているが如く、辺りに緊迫を撒き散らしていた。
言うまでもなく、その正体はさとり様である。
さとり様は、アタイが見てきた中で最高に最悪に怒っていた。
「こいしの髪に――あのつややかで透き通っていて地底ビューティー、別名エンジェルヘアーとまで呼ばれているこいしの髪に、まさか10円ハゲができるなんて!!」
「エンジェル・ヘアーって呼ばれているんですか?」
「主に私が呼んでいるわ!」
自分しか呼んでいない単語を地底に住む者みんなが呼んでいるような言い方をしないでもらいたい。
ちなみに地底ビューティーの方も、おそらくさとり様専用の呼び方であろう事から、こちらは聞かないでおく事にした。
「お燐、お空、すぐに出撃準備よ!!
こいしをキズモノにした奴に恐怖という名の代価を払わせてやるわっ!!」
「えぇ!? そんな急に言われても……。
っていうか、さとり様はどこへ向かわれるつもりなんですか?」
このアタイの問いにさとり様は、ふふん、と鼻息を鳴らした。
まるでこのサードアイを持つ自分に分からない事はない、とでも言いたげな表情である。
「旧都よ。悪い事をするのは鬼畜生であると昔から相場は決まっているの」
☆ ☆ ☆
旧都――それは地上より忌み嫌われてきた妖怪たちが移り住んだ地底の楽園である。
地霊殿暮らしのアタイ達は、さとり様の権力によってぬくぬく年中蒸しパン生活を送っているが、ここに住む妖怪たちはそうはいかない。
弱肉強食の世界に生き、隙を見せたら後ろからやられかねない危険な場所であり、旧都の妖怪たちは日々怯えながら安息の見えない暮らしを送っている。
そんな旧都の妖怪たちの中でも一際実力を持っているのが鬼であり、その頂点に立っているのが星熊勇儀ねーさんである。
勇儀ねーさんはその力を持って旧都を表向きは安定した場所に見せている。だが、一度鬼が決めた法律を破ると、裏ではとんでもない拷問が待ち受けているとのもっぱらの噂だ。
ここにくるとアタイは自然に背筋が伸び、嫌でも緊張を強いられる。
背中に冷たい汗が流れ、常に周りの様子をうかがって歩く。
さとり様がいるおかげで、周りの妖怪たちが手出しする事はありえないのだが、それでもやはりここは地霊殿と空気が違う。
そうこうしている間にアタイ達は勇儀ねーさんの屋敷へとたどり着いた。
さとり様は勇儀ねーさんこそがこいし様に精神的ストレスを与えた張本人だと確信しているらしい。
「さとり様、どうしますか? 門番の鬼がそう簡単に通してくれるでしょうか?」
いくつかスペルカードを用意しながら尋ねる。
さとり様は地底の重要な会議の時にこの屋敷を出入りする事もあるが、基本的に地霊殿と旧都はお互い不干渉を暗黙の了解としている。
力では絶対負けない鬼たちと、能力では絶対に負けないさとり様の間には絶対に埋まらない溝が存在していた。
「関係ないわ。鬼畜生に容赦する必要なんて微塵にもないもの」
そう言うと、さとり様は堂々と門に近づく。
門番の鬼はやってきた妖怪がさとり様だと気づき構えるが、本人は何の躊躇もなく歩みを進める。
「ま――っ!!」
その鬼は制止の声すら上げる事はできなかった。
なぜなら、それよりも先にさとり様の能力が発動していからである。
「生まれたばかりの赤ん坊を人質に取られたくなかったら道を開けなさい!」
「ぐっ……!」
これぞアタイ達の主人であるさとり様の『心を読む程度の能力』である。
一度発動すれば防ぎきる事は不可能。後は誰にも知られたくない過去から恥ずかしい黒歴史まで全部をばらされてしまう最低最悪の力である。
この能力の犠牲になりトラウマを植え付けられた被害者が何人いる事か……。
「携帯電話の待ち受け画面にしているのでしょう? これは男の子かしら? あなたの指を必死に掴もうとしている姿なんて愛らしいわね」
「ちょっ……やめて……」
鬼が哀願するが、それでさとり様が止まるはずもない。
「だらしのない顔をしているのね。まぁ、それも無理もない話なのかしらね。
強面で知られる力自慢のあなたが、息子の前ではこんな情けない顔をしている姿なんて誰にも知られたくないものね」
「む、息子は関係ないだろ!!」
「粋がっても無駄よ。
『は~い、パパでちゅよ~。ひーちゃんはあんよがお上手でちゅね~』……。はぁ、旧都の妖怪たちが聞いて呆れるわね。
これを地底全体に広めたらどうなるのかしらね。
うふふふふっ……」
「いやあぁああああぁぁぁ~!!!!!!!」
まるで変態に襲われた少女のような叫び声をあげて、どこかへ逃げていく鬼。
彼の顔に鼻水と涙が流れていた事をアタイは見逃さなかった。
「さて、行きましょうか」
こちらを振り返りにっこりと笑うさとり様。
アタイの主人は鬼より怖かった。
それと同時に、やっぱり地霊殿と旧都が相容れないのは当然だな、とも思った。
「おいおい、一体どうしたってんだ? 叫び声をあげて何かあったのかい?」
「真打ちの登場ね」
アタイ達が向かおうとしていた屋敷からやってきたのは目当ての鬼である勇儀ねーさんだった。
勇儀ねーさんは相変わらず徳利を持っており、昼間からお酒を飲んでいるらしかった。
「おや、さとりじゃないか。
あれ? 今日は何か会議でもあったかな?」
「勇儀。私がここに来た理由は一つよ」
「おん?」
「こいしをキズモノにした最低な鬼がこの場所にいるわ。そいつを今すぐここに連れて来て頂戴。
それとも、犯人はあなたなのかしら?」
さとり様は勇儀ねーさんに対しても容赦なしだった。
「何の事だ? こいしがキズモノにされたって……
別になんともないように見えるが?」
勇儀ねーさんはこいし様の姿を眺めながら言葉を返す。
ちなみに現在のこいし様は帽子をかぶっているので、あの10円ハゲを見る事はできない。
「シラを切るつもり? ネタはすでにあがっているわ。
それともこの私に対して嘘が貫き通せるとでも思っているの?」
「いや、だから何の話だって……」
勇儀ねーさんも先ほどの鬼のように、そこから先の言葉を紡ぐ事は敵わなかった。
さとり様のサードアイが怪しく光る。
公開処刑の始まりである。
「へぇ、勇儀って案外可愛いもの好きなのね」
「待て! いきなり心を読むのは反則だろ!?」
勇儀ねーさんは即座にさとり様の能力発動に気づいて声をあげるが、もちろんそれで止まるさとり様ではない。
むしろ、相手が嫌がれば嫌がる程さとり様は喜ぶタイプである。
アタイはさとり様のペットでよかったと心の底から思う。
「最近のブームはキティちゃん、ね。
へぇ、人里限定キティに妖怪の山限定キティ。それに命蓮寺限定キティまで集めたのね」
「やめて……、それはマジで冗談にならない」
勇儀ねーさんの声に少女らしさが混じりだす。
「あら、最近発売された神霊廟限定キティまで集めるなんてよっぽどサンリオフリークなのね。
あぁ、でもさすがに地霊殿限定キティを集める事はできなかったようね。うちまで買いに来たらあなたのサンリオ好きがばれてしまうものね。
その代わり今はネットオークションで地霊殿限定キティを落とすのに必死なわけよね。
言ってくれたら持ってきてあげるのに。もちろんあなた好みのピンクのリボンで包んであげるのも忘れないわ」
「違っ……それは仲間が欲しいから私が代わりに買ってきただけで、私が欲しいわけでは……」
ついには弁解し始める勇儀ねーさん。
だが、それはさとり様の前では無意味であり、そもそも弁解している時点で認めているようなものでもある。
「隠したって無駄よ。私には全て分かるもの。
その証拠に、勇儀のスペルカードに『三歩必殺』というのがあったわよね。
四天王奥義と名付けるだけあってずいぶんお気に入りのスペルカードなのよね」
「あ、あぁ。私の得意技だからな」
矛先が変わったと判断した勇儀ねーさんは、即座にさとり様の言葉に乗る。
それがこの先待ち受ける過酷な運命の始まりだとも知らずに。
「でも、実は『三歩必殺』ではなく『サンリオ必殺』にしたかったのよね」
「う……ぐっ……!!
そ、そんな事あるわけがないじゃないかっ!」
「えぇ、あなたは結局『サンリオ必殺』を諦めた。
力の勇儀と恐れられているあなたが実はサンリオキャラクター好きだって知られたら、威厳が地に落ちてしまうものね」
「あ……あ……う……」
白目をむいて泡を吹き始める勇儀ねーさん。
言葉は時としてナイフより鋭いものとなる。
「だけど、あなたのサンリオ好きはそれを許さなかった。
常にどこかにサンリオグッズを身につけておきたい。だけど、それを他人に見られるわけにはいかない。
悩んだあなたが見つけた唯一の策。それが……!」
さとり様は勇儀ねーさんが持っている徳利を差す。
「その徳利の中!
徳利を酒で満たし、その中にキティちゃんのストラップを入れておけば誰にも見つかる事はない。
おまけに酒をこぼさずに戦うという酔興な鬼らしい理由を表向きにあげておけば、誰にも疑う余地はない。
……もちろん私を除いて」
「な、なぁ、さとりぃ。お前は……いや、あなた様は何がお望みなのでしょうか?
ストレス発散にこの私めを苛めに来ただけなのでしょうか?」
ついに勇儀ねーさんが折れる。
しかも敬語で絶対遵守のその姿勢は、さとり様に完全敗北を誓った証であった。
「そんなくだらない理由で来たのではないわ。
私の要件はただ一つ。こいしをキズモノにした犯人を追っているのよ」
「私が聞いた話によりますと、旧都にはあなた様の妹様を汚してしまったという輩は聞いた事がありません。
もちろんこの矮小な私ですから、旧都の全てを知っているわけではありませんが、それでも地底にその犯人がいない確率は高いと思われます」
「地底にいないとなると……、ホシは地上という事になるわね。
オッケー、お空にお燐、次の侵略目標は地上よ!!
そこでこいしをキズモノにした犯人に死すら生易しいと感じる地獄を見せてやるわ!!」
そうして颯爽とその場を去るさとり様。
もちろんアフターケアはなし。
後に残されたのは心に深い傷を負ってしまった鬼が二匹だけだった。
☆ ☆ ☆
次にアタイ達がやってきたのは博麗神社である。
地上で異変と言えば博麗神社であり、ここに来れば真犯人が分かるとさとり様は堂々と宣言した。
春のどかうららかな陽気が降り注ぐ。
地底にずっと籠っていたから分からなかったが、地上はこんなにも優しい暖かさに包まれている。
アタイは真犯人捜しではなく、ピクニックとして地上に来たかったなぁ、と思っていた。
博麗神社の巫女こと博麗霊夢おねーさんは、この季節に相応しく縁側にてお茶を啜ってこの陽気を謳歌していた。
「こんにちは、霊夢さん。
おひさしぶりですね。地底の一件以来でしょうか?」
勇儀ねーさんの時と違い、一応社交辞令から始めるさとり様。
だが、霊夢おねーさんはさとり様を見てあからさまに嫌な顔をする。
「げっ、覚り妖怪……。地上に一体何のようなのよ?」
「いえ、私の妹のこいしが誰かのキズモノにされまして、その犯人を追っているのです。
霊夢さんは何かご存じではないでしょうか?」
「無意識の妹がキズモノ? 見たところ何もないように見えるけど?」
「えぇ、見た目には分かりませんが、内面においてこいしは深く傷ついています」
「ふぅ~ん、残念だけど――」
「あなたもシラを切るおつもりなんですね」
霊夢おねーさんの言葉をさとり様が遮る。
弾幕勝負では霊夢おねーさんに敗れた経験のあるさとり様だが、こういった戦い方ならばさとり様に勝てる人間は存在しない。
「私、霊夢さんはもっといい方だと思っていたんですよ」
「は? あんた、いきなり何を言ってるの?」
さとり様のその言動に、アタイは霊夢おねーさんと同じく疑問を覚える。
いつものような心を抉る言動ではなかったからだ。
「言葉ではお金の事ばかりの霊夢さんですけど、本当は幻想郷を一番愛している方ですものね」
「へ? だから、何を言ってるのよあんたは……」
そして、アタイは知る事となる。
古明地さとりの本当の恐怖を。
「妖怪も人間も平等がモットーのように言ってますけど、本当のところは人間のフォローを一番に考えられてます。さすがだと思います」
「いや、違うし……」
「何をおっしゃいますか。深夜人間が寝静まった頃に行われる人里巡回は嘘だとは言わせませんよ」
「あれは深夜の散歩のついでで……」
「人里で起こった騒動も回りくどいやり方で解決してますよね。
わざと寺子屋の教師さんに頼んで、決して自分が解決したとは言わない」
「あれはたまたまよ。私の行いが偶然解決に繋がっただけで……」
「時々人里の依頼を無償で解決し回ってもいますよね。
それに命蓮寺が早く幻想郷において馴染むように裏で手を回したり、最近出てきた新興勢力の方々のフォローにも回っていらっしゃいますね。
博麗の巫女として素晴らしい行いだと思います。私も地霊殿の主を長い間務めさせていただいておりますが、決してマネできない所業です」
時として……。
他人を傷つける言葉というのは二種類存在する。
一つ目が地底において門番や勇儀ねーさんに対して行った直接的に相手の恥ずかしい過去を抉る方法である。
直接的な言葉で言われるので心に響く攻撃であり、これはまさに負の言葉攻めとも言い変える事ができる。
そして二つ目が、現在霊夢おねーさんに対して行っている邪の言葉攻めである。
この攻めの厄介な点は、一見攻撃しているように見えない点にある。
傍から見れば相手を誉めているようにしか見えないからである。
だが、それが誉め慣れていない相手に対して行うと立派な凶器となる。
名付けて褒め殺しと呼ばれるこの方法は、主にツンデレに対して大きな武器になる。
霊夢おねーさんのスタンスは『誰に対しても平等』及び『金』であり、この二つを否定される事は人格否定に等しい行為なのである。
「私が大好きなのはお金だけで、人里に赴いているのはたまたまで、本当は異変が起こらない限りは動かないつもりで、でも、やっぱり困っている人を見たら、ううん、困っている妖怪でも何でも構わず助けたくなっちゃうっていうかなんというか……。
って、私、なんでこんな事を他人に話さないといけないのよ!
私は博麗の巫女で、誰に対しても平等でないといけない立場なのに」
「御苦労さまでした。誰もあなたをねぎらう事はできませんが、私はあなたの頑張りをよく分かっています」
「……う、う、うわあああぁぁぁああぁんっ!!!!!!!」
ついに霊夢おねーさんが泣き崩れた。
それを、さとり様は厭らしい笑みを浮かべながらそっと包みこむ。
全てはさとり様が暴きだした霊夢さんの隠したい部分なのに、美談に変えてしまうとは我が主ながら称賛に値する。
「本当は、誰かにずっと誉めてもらいたくて、でもそんな事言っちゃいけなくて……魔理沙みたいに本当は、もっと心を吐き出したかったのに……」
「えぇ、分かっています。分かっていますから、もういいのです。
ところで――」
「え?」
「この事実を幻想郷中に広められたくなかったら、こいしをキズモノにした真犯人を吐いてくれませんか?」
「は?」
「いえ、だから霊夢さんなら分かるのでしょう? そのために私は来たのですから」
そんな事を、さとり様はさらっ、といつもと同じ口調で言うのである。
「どうしたんですか? もしかして言えないんですか?
いえ、それならそれで霊夢さんは本当はいい人である事を幻想郷中に伝えるだけですから構わないんですよ。
でも、きっと明日からあなたを見る目が変わるのは確かでしょうね。
あぁ、もしかしたら霊夢さんの本性を知った人々は感謝の念が極まってお祭り騒ぎになるのかもしれませんね。
そしたら博麗神社の平穏が少し乱れてしまうかもしれませんが、そこはまぁ有名税というところで我慢してください」
「……ちょっと待て」
霊夢おねーさんの涙が止まる。
「あんたは鬼なの?」
「あんな鬼畜生と同じにしないでください。
私は妹を想う気持ちだけで地上に出てきているんです。心ない鬼と一緒にされては心外です」
「というか、私の涙を返せ」
「あら、おかしな事をおっしゃいますね。私はあなたに涙を促したつもりはありません。
あなたが勝手に泣いただけです」
「うがああぁぁぁっっ!!!!!」
霊夢おねーさんは即座にさとり様と距離をとりスペルカードを取り出した。
言って聞かないなら力でねじ伏せるつもりらしい。
だが、それはこの場においては手段にすらならない。
なぜなら、すでに勝負はついているからである。
「力でねじ伏せるつもりですか……。
ですが、残念です。あなたと戦闘になったら私は全力で逃げます。逃げて天狗のところへ行きます。
そしたら、どうなるでしょうか? ……あぁ、口の軽い私は悪い女なのかもしれませんね」
「…………」
黙る霊夢おねーさん。
項垂れる霊夢おねーさん。
それを見ながらアタイは、地上が地底と繋がりを絶った理由はこの人のせいなんじゃないかと思い始めていた。
☆ ☆ ☆
「結論から言って――」
そう切り出したのは永遠亭を根城にしている医者の永琳おねーさんである。
永遠亭ならこいし様の10円ハゲの原因が分かると霊夢おねーさんに言われてやってきたアタイ達は、永琳おねーさんの助手である兎と一悶着があった後こうして診察を受ける運びとなった。
助手兎は泣きながら布団にくるまってしまっていたが、彼女の身に何が起きたのかはアタイの口から語る事はできない。
あえて言うならば、中二病乙というところであろうか。
それにしても、地底の征服から始まって、地上の攻略と来て、最後には宇宙人との交渉まで発展するとは微塵にも予想していなかった。
思えばアタイも遠くまで来たものである。
「結論から言って、あなたの妹さんをキズモノにした犯人ならすでに目安はついているわ。
いえ、目安がつくなんて曖昧な表現をする必要もないわね。
私はその犯人が分かっている。そして彼女はこの中にいる」
「なんですって!?」
心を読むのも忘れて永琳おねーさんの話を食い入るように聞いているさとり様。
アタイは、今言われた事に対して思い返していた。
今現在この場にいるのは永琳おねーさんと悪戯兎、ベッドでうなされている助手兎の永遠亭勢三人。さとり様顔負けのひきこもり姫は現在もその激務をこなしている最中のため数には入れていない。
そして、アタイ達地霊殿勢四人。すなわちアタイ、お空、さとり様、それにこいし様である。
この計七人の中の誰が犯人となるのか……。
アタイには検討もつかなかった。
「そう、犯人はあなたよ!!」
永琳おねーさんが指を差した人物。
それは――
「お空、あなただったのね……」
「うにゅ? 何の事?」
お空であった。
たしかにお空ならば、こいし様に精神的ストレスを与える事も可能であろう。
現にアタイもお空の天然さにはいつも頭を悩ませる次第である。
「あ、間違えた……」
「は?」
あっさり訂正する永琳おねーさん。
その潔さは、アタイも含めてこの場にいる全員が呆気に取られたに違いない。
「冗談を言うのはやめてください。
こいしのこれからを決めかねない大事な時なのですから」
さとり様は次に冗談を言えばサードアイを発動させると言わんばかりに、永琳おねーさんを睨みつける。
永琳おねーさんはそれをあっさりと受け流す。
さすがに宇宙人にはサードアイは脅威となりにくいらしい。
「では改めて……」
永琳おねーさんが周囲を見回す。
誰かがごくりと唾を飲み込んだ。
誰かと表現したが、それはアタイかもしれない。
それほどまでに辺りには緊張が満ちていた。
「犯人はあなたです、さとりさん」
「……冗談はやめてください、と言ったはずですが?」
「冗談ではないわ」
さとり様も表情を変える事は少ないが、この永琳おねーさんもポーカーフェイスである。
先ほど冗談を言った時と同じ顔で今の発言を行っている。
「よく考えれば簡単に分かる事よ。
妹さんにできた円形脱毛症は精神的ストレスがたまる事によって発症するわ。
彼女の身の周りにおいて、一番精神的ストレスを与える人物は誰?
間違いなくあなたでしょう? 妹に円形脱毛症ができたからって、出会う人全てにトラウマを植え付ける姉がどこにいるっていうのよ」
正論だった。
間違いなく永琳おねーさんの言う事は正論だった。
そして、それは常識でもあった。
さとり様のそばで暮してきたアタイ達は、誰もがおもいつく常識をどこかに置いてきたのかもしれない。
「そんな……まさか……」
さとり様は視線を宙に彷徨わせる。
永琳おねーさんの言う事に理解はできても納得はできていない様子である。
「こいし……。
今の話は本当なの? 本当に私があなたに精神的ストレスを与えてしまっていたの?」
最後の手段と言わんばかりに、さとり様はこいし様に助けを求める。
だが、無情にもこいし様はこくりとうなずいた。
「ごめん、お姉ちゃん。
いくら私のためだと言っても、それはぶっちゃけやりすぎだと思う。
私のためなのは分かっているつもりだったけど、お姉ちゃんのやる事は見ていてつらかった」
「あぁ……こいし……」
さとり様が泣き崩れる。
妹を溺愛していたがために、姉は世界を敵とみなした。
だが、妹が望んでいた事は戦いではなく、平穏だったのだ。
妹にとって、姉が始めた戦争は自身の心を痛めつける凶器にしかならなかったのである。
「ごめん、ごめんね、こいし。
こんな不甲斐ない姉で……。情けないよね……」
「ううん、そんなことない。
お姉ちゃんの気持ちは嬉しかったもの。ただそのベクトルのリミッターが外れていただけで」
「こいし、あなたはこんな私を許してくれると言うの?」
「当たり前だよ。
私だってお姉ちゃんの事が好きなんだから」
「こいし……」
「お姉ちゃん……」
こうして、こいし様に10円ハゲができた事から始まった事件は終わりを告げた。
犠牲も多かったのかもしれない。
だが、犠牲なくして成果は挙げられない。
さとり様とこいし様は幾多の犠牲を踏み越えて、今ようやく気持ちが通じ合ったのかもしれない。
アタイは、一ペットとして我が主とその妹を祝福しようと思った。
この時は。
古明地さとりは平穏と引きこもりをこよなく愛する少女である。
『他人の心を読む能力』を持つゆえに、自分から他人と接触する事を拒み、自らが地霊殿に引きこもる事で他人を守っている。
自ら争い事に飛び込む事もなく、もっぱら部屋で本を読んだりして過ごす。
古明地こいしに白髪が生えました
ただし、妹絡みの時は除く。
しかし、隠し場所が徳利ではせっかく集めたキティちゃんが酒臭くなってしまう気が…姐さんならむしろ良いか
霊夢可愛いよ霊夢。さとりに罵られたいのもこいしにジト目で見られたいのも全部同意。
次回も楽しみに待ってますね!
うん、覚が地底に追いやられたのは当然だと思います。
>> 勇儀ねーさんの声に少女らしさが混じりだす。
ここでノックアウトされたw
サンリオ必殺はいくらなんでも無いw
アグレッジヴなさとりもこれはこれでアリですな。
さとり様には究極嗜虐生物の称号がお似合いだ
ああ、勇儀ねーさんにご当地キティちゃんの詰め合わせ持っていって仲良くなりたい。
精神的VS肉体的究極嗜虐生物で幽香さんとの対決見てみたい