全世界3983万人のファンの皆様方おはようございますこんにちはこんばんははじめましてまた会ったわねとめんどくさいからまとめてご挨拶いたします。
本当は紅茶より珈琲派なのを偽っているけれどお嬢様への忠誠心だけは偽らないことに定評のある紅魔館のメイド長、十六夜咲夜です。
「咲夜」
「はい、お嬢様」
「チョコレー――」
「駄目です」
「うぐ……っ」
ええ、駄目です。何を隠そうチョコレートは現在禁止中。現在進行形で禁止中。チョコレート禁止ングなのです。
「たとえこの私の命令でも――」
「お嬢様」
「……分かってるわよ。言ってみただけ」
何故駄目なのか?
「500年生きた私が、3日という時間をこんなに長く感じるなんて」
「まだ1日目ですお嬢様」
「言わないで、余計長く感じるから」
それは何を隠そうつい最近の、お嬢様の変化が発端。
「咲夜」
「はい、お嬢様」
「チョコレートを食べたいわ」
「チョコレート……ですか?」
「ええ、チョコレート」
私が感じた変化。それは傍から見れば目立たない、だけどとても顕著な変化。
「ちょっと前まで浴びるように食べていたじゃありませんか」
「ええ、でもチョコレートなのよ」
そう、お嬢様は、
「はっきり申し上げますがお嬢様……異常です」
「……え?」
とても異常なほどに、
「お嬢様が飲んでいる、それ」
「紅茶がどうかしたの?」
「それ……チョコレートです」
「……え?」
チョコレートを摂取していたのだ。
「何で私にチョコレート飲ませてんのよ咲夜」
「お嬢様が飲みたいって言ったんじゃないですか」
「……え?」
自分でも気付かなくなるほどに。
「お嬢様」
「……な、なに? 咲夜」
「病院へ行きましょう」
私の行動に躊躇は無かった。
「は、心配要らないわよ咲夜。私はちょっと甘いものが食べたくなっただけで」
「と、言っている間に永遠亭です」
「時止めたわね咲夜!」
全てはエキセントリックでサディスティックでロマンティックでエロティックでアクロバティックでエキゾティックでマジェスティックでサイバネティックなお嬢様のため。
「珍しいわね、吸血鬼の受診なんて」
「きいぃ! 覚えてなさい咲夜!」
たとえ銀の手錠でお嬢様の手足を拘束しようとも、お嬢様にはお嬢様であってほしいから。
「お代は弾むわ。八意永琳」
「患者は平等よメイドさん? それじゃあ、ちゃちゃっと脱がしちゃいましょうか」
「ぎゃーやめろ! 寄るな変態ドクター! 手をワキワキすんな! 咲夜ぁ! 助けて咲夜ぁー!」
あの紅の異変の頃の、悪魔すら泣いて許しを請う、威厳溢れる吸血鬼のお嬢様の柔肌が今まさに見えそうでやばいですしかも手足拘束されているというシチュエーションには全世界の男どものレーヴァティンティンが大暴走をすることに何ら疑問を持つことは無いでしょう。
でも、私は瀟洒、瀟洒は私。例え幻想郷の大きいお友達を狂人に変貌させてしまうと噂されるお嬢様の肌が晒されようと、私は狼狽える訳にはいかない。「!(びっくりマーク)」など心の中にさえ出してはいけないのです。
「典型的な食事中毒ね」
それが、医者の診断結果。
「血液に麻薬系の反応は無かったし、あとは問診の内容聞いただけでもほぼ確定的ね」
「ちょ、私脱がされた意味無――」
「確かに、ここ最近のお嬢様は異常なほどにチョコレートを摂取していました」
「私を無視するな!」
未だに下着姿で涙目なお嬢様……そういうのもあるのか。
「2月半ばから今までの約3ヵ月の間、大量のチョコレートを常に摂取し続けていたなんて……一体どこでとち狂ったわけ? 吸血鬼」
「だいたいバレンタインのせいよ」
そう、お嬢様のいうとおり、元凶は今年のバレンタイン。ブルーダイヤモンドよりも輝かしきカリスマを放つ我等がお嬢様系吸血鬼のお嬢様に、トン単位のチョコレートが贈られるのは仕方のないこと。例えお嬢様が少女であろうとも、象牙の如く美しき八重歯様に一度魅入られたら最後、貢物の一つや二つしなければならない衝動に駆られるのは生物としての本能だから抗おうと考えるのが無謀。母の日にはカーネーション、父の日にはネクタイ、子供の日には兜飾り、敬老の日にはマッサージ機が、正直要らないから全部売っ払って紅魔館の生活費もろもろに充ててます本当にありがとうございます。ということもあり、男女問わずからチョコレートを大量に頂くのも至極当然の自然の理なわけなのです。
「捨てるなりなんなりすればいいじゃない」
分かってない、分かってないわねこのドクタームーンは。人から貰った好意を捨てるなどという無礼を我等がパーフェクトレディーでおわすお嬢様がするわけがない。慈悲深きお嬢様はその気持ち(トン単位)を約三ヵ月かけて全て胃袋に収められた。これは民の親愛とお嬢様の真摯な対応が生み出してしまった悲劇なのです。
「まあ、食事の中毒なんて大抵それらを食べなければ治るから、別段処方箋も要らないわね。吸血鬼の貴女なら……三日もあれば症状も治まるわ。当分は糖分を控えることね」
出ました、月人ギャグ。
「まったく、咲夜の杞憂でとんでもない目に遭ったわ」
ああお嬢様、そんな目で私を見ないでください。私はお嬢様の身に何かあった時のことを思ってジト目も破壊力ありますお嬢様。
と、まあそんなこんなもあって一日目を開始したわけですが……中毒というものは予想以上に馬鹿に出来ない病のようで、
「……はぁ」
急に摂取を止めた事に、体は中々順応出来ないもの。心では分かっていても体は正直。お嬢様はエロ……苦しそうに溜息を漏らすばかり。このままでは館中にお嬢様の吐く二酸化炭素が充満して私が中毒になりかねません。
「お嬢様、紅茶が入りました」
しかし私は完全で瀟洒なメイド。お嬢様がパーフェクトロリータであるように、私もパーフェクトな従者として、お嬢様のケアに抜かりは無いのです。
「咲夜……この紅茶、甘いんだけど」
「ええ、甘い紅茶です」
「お前……私を砂糖中毒者に戻すつもりか?」
ああ、お嬢様が殺気立ってらっしゃる。涎垂れそう。
「ご冗談を。入れたのは砂糖ではなく、甘味料です」
「甘味料?」
そう、抜かりは無いのです。
「月の医者に頼んで処方して頂きました。スクラロースと呼ばれる砂糖とは異なる物質です」
「スクラロース?」
「体内に吸収されずにそのまま排出されるため、甘味だけを楽しむことが出来ます。勿論虫歯にもなりません」
「へえ、便利なものね」
「ちなみに甘さは砂糖の600倍です。これならば砂糖の誤魔化しも利くかと思いまして」
何の準備も無しにお嬢様に砂糖抜きの生活を送らせるような無用心では、とても紅魔館のメイド長は務まらないのです。
「ありがとう咲夜。疑って悪かったわね」
「お気になさらないでください。おかわりでしたら、いくらでも用意出来ますよ?」
そう、全てはお嬢様のために。
二日目。問題が発生。
「紅茶……紅茶よ咲夜……スクラロースが足りないわ……!」
まさかこんなにも早く誤魔化しが利かなくなるとは思わなかった。
「お嬢様、あまり飲みすぎますと……」
「いいから早く持ってきて頂戴……!」
おいたわしやお嬢様。溜息どころか椅子に座ったまま脂汗をかいていらっしゃる。肘掛けをひびが入る程に捕まれて……たかだかチョコレートが生んだ病がここまでお嬢様を苦しめるとは。吸血鬼の弱点にチョコレートを追加したほうがよさそうです。
「無様ね……よもや私が白い粉如きにここまで苦しめられるなんて……!」
お嬢様、その表現はちょっと危険です。ダメ。ゼッタイ。
「心中お察しします。しかし、耐えているのはお嬢様だけではありません」
「え……?」
そう、お嬢様だけではないのです。
「妹様もパチュリー様も美鈴も、いえ、メイド達も含む全ての紅魔館の住人が、現在砂糖を控えているのです」
お嬢様の苦しみは皆の、いえ全ての生きとし生ける者の苦しみなのです。少年漫画を好むわけではありませんが、お前一人だけが背負わなきゃいけない苦しみなんてあっちゃいけないんだ! て感じの台詞の意味が、今なら分かる気がします。
「ふ、ふふ……馬鹿な子達」
ええ馬鹿ですとも。いくらでも馬鹿になってみせます。お嬢様のそんなツンデレ台詞を聞くことが出来るのであれば、この十六夜咲夜、センブリ茶だってジョッキ飲みして見せます。
「でも……駄目よ咲夜。これは私の問題。私の面倒事に、貴女達が付き合う必要は無いわ」
「お嬢様」
「安心なさい咲夜。私は紅魔館の主、レミリア・スカーレットよ……? 白い粉の誘惑になんて――」
ダメ。ゼッタイ。
「負ける……わけが……っく!」
とうとう身体が痙攣する程に禁断症状が強まってきたようです。目まであんなに充血されて……目はいつも通りですね。
「咲夜……私を拘束しなさい……」
「お嬢様?」
「もう……体が言う事を聞かなくなってきているわ……!」
大変です、お嬢様が唐突に厨二になってしまわれました。恐るべし食事中毒。恐るべしスクロース。
「ご安心くださいお嬢様」
「咲……夜……?」
ですが私に抜かりはありません。顔を真っ赤に染めて気息荒く苦しんでいらっしゃるお嬢様を半日かけて油絵として永久保存したい欲求がたとえ芽生えたとしても、私の行動のベクトルは常にお嬢様にしか向けられていないのですから。
「僭越ながら紅茶に睡眠薬を入れさせていただきました。目が覚める頃には、お嬢様の禁断症状も治まっているでしょう」
「咲夜……貴女……」
「ゆっくりお休みくださいませお嬢様。胡桃入りのガトーショコラを用意して、お待ちしています」
「……ほん、と……馬鹿な……子………」
辛いでしょうが辛抱ですお嬢様。私はちょっと木炭とシッカチーフを買ってきます。
三日目。お嬢様はご就寝されたまま、妹様は冷凍こんにゃくゼリーをお食べになり、パチュリー様はクッキーを、美鈴はチョコバットを食べてたので、とりあえず美鈴を刺し、今日の残った最後の仕事は、
「あとは30分待つだけ、と……」
うん、我ながら今回のケーキは過去に作ってきた千を超えるケーキの中でも五本の指に入るであろう究極の仕上がりになりそうです。
お嬢様が糖分を絶って早三日、すっかり肌のつやが無くなってしまわれたお嬢様が復活された時に備えて、最高級のケーキを用意しなければなりません。
ケーキ +(お嬢様 × 三又フォーク)=最強
この崩れることの無い方程式を三日も拝むことが出来ずにいる私ももはや限界なのです。
「待っていてくださいお嬢様。この十六夜咲夜、不肖ながらお嬢様のために――」
ズンッ
……何? 今の地響きは。いや、今の音、お嬢様の寝室から……
「サアアァァアクウゥゥヤアアァァァ……!」
お、お嬢様が壁をぶち抜いて来られた。そんな……象が三匹心停止する程の量の睡眠薬を盛ったはずなのに。
「咲夜……辛い、辛いのヨこのサトウキビ……!」
お嬢様……貴女が今口に咥えられているそれは……
「長ネギです……っ」
「匂う……匂うワぁ……甘い香リガ……!」
……迂闊だった。まさか今まさにオーブンの中で食の化学反応を起こしているスポンジ生地の香りが、お嬢様を起こしてしまうことになるなんて……。
「隠しテ、いるのネ咲夜……私に隠れテ……ケーキを独り占めスるつもりネ……!」
「お嬢様……正気を取り戻してください」
「ソれをヨコセええぇぇ!!」
いけない、完全に正気を失っている。あの誇り高きスカーレットデビルが、よもや甘味に狂ったチョコレートデビルになると一体誰が予測出来たでしょうか。もうお嬢様の狙いは、オーブンの中のスポンジじゃない。ケーキを独り占めしようとした裏切り者の私しか見えていない。
おいたわしやお嬢様……でも、ここで退くわけにはいかないのです。その大理石のような美しき爪を私に向けるのであれば、私はそれを銀の刃で振り払うのみ。
「咲ヤ……私に歯向かうツもり……?」
「目を、覚ましてくださいお嬢様」
お嬢様の敵が、お嬢様自身になった今、
「イツカラ! 私の! 罰ヲ! 拒否するヨうになッた! 咲夜ァ!」
私の敵は、お嬢様なのですから。
「咲夜……」
あのお嬢様が、
「咲夜ァ……」
まるでけだもののように、
「ナゼ……」
ただ猪突猛進に壁をぶち抜いて、目玉を抉られた蜻蛉のように狂って飛び回って、
「何故……!」
私に向けてくださった優しい眼差しが、今では殺意に変わって、
「裏切った……」
駄目だ。
「何故私ヲ裏切ッタ!!」
「お嬢様……」
私は、この爪を払い除けてはいけない。
「答えナサイよ……」
「お嬢様……っ」
この夜空を舞って、お嬢様から逃れることも許されない。
「答エロ咲夜!!」
「すみません……お嬢様」
お許しください。例え一瞬とはいえ、貴女に切っ先を向けた愚かな従者を。
「すみません……お嬢様」
分かっていても、貴女を止めることが出来ない不出来な従者を。
「すみません」
どうか、その爪で私の胸を突いてください。
「咲夜アァ!!」
せめて、貴女の手で私を……、
「……」
「……」
それを、私の生涯最後の我侭に……、
「……咲夜」
それでお嬢様に許されるならば私は、
「咲夜……私を見なさい」
「え……?」
お嬢、様?
「正気に、戻られたのですか……?」
「まったく……やたらと飛び回ってくれたせいで、しょっぱいのが口に入っちゃったじゃない」
しょっぱい……?
「従者を泣かせるだなんて、主失格ね、私も」
「え……?」
私……泣いてた……?
「ごめん咲夜……手間をかけさせたわね」
……ああ、お嬢様だ。
「もう大丈夫。たかだか白い粉なんかに、私はもう負けはしないわ」
お嬢様が、戻ってきた。
「お帰り……なさいませ、お嬢様……っ」
「喉が渇いたわ、咲夜……」
お嬢様……? どうなされたのですか? 急に私に抱きついてきたりなんかして……そんなことされたら、私……、
「だから今夜は……貴女の血を飲ませて頂戴」
「お嬢様……!」
感動のあまり心停止か自害の二択に迫られますよ?
「……クスッ、やっと出してくれたわね」
「え……?」
「「!(びっくりマーク)」を」
「!」
ああ、お嬢様、貴女という人は……!
「私以上に、我慢強いんだから……」
ああ、お嬢様の手が、私の背中に……唇が、私の首筋に……あの八重歯が、私の血管に……!
「お嬢様……!」
もういい、もう私死んでもいい。いや潔く死になさい十六夜咲夜! もう無理、無理ですこれは! もう何も考えられないとか辛抱たまらんとかそういう次元を超えた何かが今まさに私を満たしている!
こんな!
真夜中に!
お嬢様に!
抱かれて!
私の!
血を!
吸って!
いただけるなんて!
しかも!
満月を背景にというオプション付だなんて!
ああ神様、もしも願いが叶うならば、この一枚絵をどうか残しては下さらないでしょうか!
「……!」
あ、あの人影は……あの正門に佇む人影は……!
(美鈴……!)
貴女の手に持っているそれはカメラ? カメラなのね!? 美鈴、貴女まさか……親指! 紅美鈴がカメラを向けたまま私に親指を立てている! 私を、撮ってくれるのね!? ああ美鈴、大手柄よ美鈴! 明日の夕飯は貴女のハンバーグにだけエメンタールチーズを乗せてあげるわ! あともれなくチョコバットを箱で買ってあげる!
「こら咲夜」
「お、お嬢様……」
「私を見なさいと言ったでしょう? 余所見しないの」
ああ、お嬢様、私は……、
「はい、お嬢様……!」
この中毒だけは、死んでも治せそうにありません。
焦げましたよ。ケーキと心が。
~完~
楽しく読みました。あとサイバネティックなお嬢様は新しい。
治るのも早いが、症状もヤバいとな……これで焦らしプレイがうわなにをする
テンポが良くて引き込まれた
何に使う気だ何に!