将来への漠然とした不安に襲われアリスはもう寝ていられなくなった。形のない何かに胸を締め付けられて呼吸を荒くさせる。アリスはベッドに身を起こし、となりで眠っている幽香の背に手を伸ばす。暗がりの中、触れた手のひらを通じて幽香の体温がねまき越し感じられた。あたたかい。
「ねぇ、幽香。ごめん、起きて、幽香」
気づかいと、抑えきれない焦燥のないまぜになったアリスの声が深夜の寝室に響く。
「ん……どうしたの?」
声帯が半分閉じているようなねぼけ声をあげながら、幽香がみじろぎをする。アリスは幽香の声を聞いてほっとして、すると瞳から、ぽろりぽろりと涙が零れ落ちた。
こういう夜を、このところ何度も繰り返している。
「幽香……幽香……」
「アリス、また泣いているの?」
幽香はさして取り乱すこともなく、苦笑して、アリスの体を抱き寄せ、その目元をなめた。幽香のしたの生々しい暖かさが、アリスのざわつく気持ちをいくらかやわらげてくれる。
「私、子育てなんてできない。やっぱり無理なのよ」
何日も繰り返している泣き言をを、また吐き出す。幽香がアリスの背中をさすってくれた。うんざりしたような様子は微塵もない。
アリスはその手が気持ちよかった。
「アリス、そんなことないわ。ねぇ、アリスはきっと良いお母さんになれるわよ」
「無理よ。私はとても神綺様みたいにはなれない」
「アリスはアリスなんだから、神綺になる必要はないでしょう? 彼女みたいになれなくても、アリスが良い母親になれることは間違いないわ」
「でも……」
アリスの胸のうちには、かくあるべし、という絶対の母親感がある。それはアリスの出自に由来する価値観であり、すなわちその中心には創造主たる神綺がでんと構えている。つねに笑顔で、誰にでも優しく、誰しもに愛されている。魔界にすむものは誰しもがそんな神綺を崇拝している。けれども今は、そのまばゆい母性像がアリスを苦しめていた。
神綺と比べて自分はどうなのだろう? 魔法の森の片隅で、孤独を愛しながら人形に囲まれてひっそりと生きている。このような自分が子供に何を示してあげられるのだろう。自分が母に抱いているような尊敬を、与えてやれるのだろうか? そんな不安が、アリスを夜な夜な苦しめるのであった。
「ねぇアリス、案ずるより生むが安しって言うじゃない? もう貴方のおなかには赤ちゃんがいるのだから。この子だって、アリスが泣いていてばかりでは不安になっちゃうわよ?」
幽香がアリスの下腹部を優しくなでた。アリスは腹の置くに、ぽぅと暖かい灯火を感じたような気がした。事実、そこには命がある。かれこれ三ヶ月目だろうか。アリスの胎内には、幽香との霊力の結晶が、人の形を形成しつつある。
「それは、そうだけど……」
「私、アリスが心配だわ」
幽香の声色に、率直な苦悩が混じった。
「このままだと、出産前にアリスがまいってしまいそう。なんとか力になってあげたいのだけれど……はがゆいわ」
「……」
アリスは、満足感と自己嫌悪をかみしめた。あの風見幽香が、自分のために苦心してくれている。それは甘えた感じ方だとは自覚しつつも、嬉しく思わずにはいられなかった。もっともっと、幽香に慰めてほしかった。
「うーん、どうしたらいいのかしらね……」
幽香の悩ましげな声。アリスの口元がこっそりと笑みをつくった。そういうところに、偏屈している自分の感性を感じた。
「まぁ私も心配だなぁ。アリスはノイローゼ気味になってるぜ」
魔理沙が、めずらしく物憂げな声色でそう言った。
「考えすぎなんだよ。ぽーんと生んじまえばいいんだよ。ぽーんとさぁ」
そういう物言いはかつてと変わらず、アリスはくすくすと笑った。とは言え魔理沙も今では一児の母である。何もかもがかつてと同じというわけではない。ただ、こうして博麗神社の縁側で交わすおしゃべりは、いつになっても変わらなかった。
霊夢と早苗が廊下のかどに現れ、それぞれ背中に赤子を背負いながら、お茶を運んでくる。
「私は、アリスさんの不安な気持ちがよく理解できますよ。ちゃんとこの子を立派に育てられるかどうかって、私も不安になることがありましたから。私の場合は幸運にも神奈子様と諏訪子様がそばにいて、励ましてくれたけど……」
「霊夢も、こんな風に気がめいることはあったのか?」
「私はとくには……生めば勝手に育つと思ってるし」
「お前らしい」
「あんたこそどうなのよ」
「私はまぁ、ちょいと事情が皆とは違うからな。そういうのは無かったかな」
魔理沙もまた、背中に赤子を背負っている。金色の産毛が柔らかそうな頭部で風にそよいでいる。時折手足をばたつかせながら、小さな目玉であちらこちらを眺めている。顔つきは、何から何まで魔理沙の面影があった。
「この娘は私のクローン、大事な実験体だ。もちろん大切な娘でもあるが……。育児の心配よりちゃんと生まれるかどうかが楽しみだったからな」
「いかれてるわ。魔女ねぇ」
霊夢と早苗の背負う赤子は、それぞれ紫、神奈子との霊力の結晶である。だが魔理沙の背負う子は、自身の魔力を加工してつくった霊力核を胎内で卵子と結合させるという、恐ろしい実験の賜物であった。
「ねぇ、抱かせてくれない?」
アリスが魔理沙にいった。
「落とすなよ?」
おんぶ紐をしゅるしゅると解いて、魔理沙は赤子を自分の背中からおろす。
「こいつ、まだ首が据わってないからな。しっかり抱いてやってくれ」
「うん」
アリスはよどみのない動作で赤ん坊を受け取る。赤ん坊はどこか両の目をどこか不思議そうにくりくりと動かしながら、アリスの顔を見上げた。アリスの顔が自然と微笑む。アリスはゆっくりと肩を左右に揺らした。
「はは、私よりよっぽどうまく抱くじゃないか」
「私はアリスが何を心配しているのか、よくわからないわね」
茶をすすりながら、霊夢が言った。
「この中で一番母親が似合うのは、あんたでしょうに。何をそこまで心配してるんだか」
「こうして心配すること自体が、母親らしいということなのかもしれませんね」
「だいたいさ、神綺がどれだけ良い母親だったのか知らないけど、その神綺に育てられたアリスなのに、こうやってうじうじしてるんだから。結局のところ、本人しだいなんじゃないの?」
「れ、霊夢さん」
霊夢の率直なもの言いに早苗が苦笑する。アリスもまた、痛いところをつかれたという風に、乾いた笑いを漏らした。
「もちろんそうだけど、それでも子供には幸せな記憶を残してあげたいじゃない? 神綺様は私にそうしてくれた」
「記憶ねぇ。うちの子はお腹をすかせた記憶ばかりになりそうだわ」
「切実だぜ」
「霊夢さん……言ってくれれば、家でつくった山菜を持ってきますから……」
魔理沙の子をあやしつつ、アリスは横目でその会話を笑った。このにぎやかしさの一端に自分がいることが、少しだけアリスの不安をやわらげてくれた。
午後になってアリスは人里へ足を運んだ。村の広場では子供達がはしゃいでいる。広場の端の椅子に腰掛けて、アリスはぼんやりとその様を眺めた。
「どうしたんだ?」
途中、慧音に一度声をかけられた。
「子供を眺めてるの」
アリスがそれだけ言うと、慧音は、ふぅん、と肩をすくめてどこかへ立ち去った。
アリスから少し離れたところで子供がこけた。
「あ……」
アリスは駆け寄りそうになったが、それより早く、その子の母親らしき女性が、子供に駆け寄っていった。
「ふふ」
人知れず微笑み、アリスはまた腰をおろした。
家に帰る頃には、すでに空が赤くなっていた。眼下に目をおろせば、魔法の森は一足はやく夜にのまれている。大地を覆う一面の闇が、時折風に吹かれて蠢いていた。アリスの家は、そんな場所にある。以前は人を寄せ付けないこの環境に心地よさを感じていたのだが。
「幽香の館に引っ越そうかしら……」
そんなことをつぶやきながら家の玄関を開けたアリスを、明るい声が出迎えた。
「おかえりなさい」
「え?」
薄暗い部屋をトタトタと駆け寄ってくるのは、アリスの母親こと魔界神神綺その人であった。
「神綺様、どうして」
「幽香ちゃんが家にきたの。貴方が気落ちしてるから、話を聞いてあげてほしいってね」
思わず言葉を失うような、ずしんとした喜びを、アリスは胸の内に感じた。
「幽香が、魔界に」
幽香はかつて魔界に侵攻したことがあり、今でもブラックリストのトップに飾られている妖怪だ。神綺はともかく他の住人達は相応の歓迎をするだろう。その危険をおして、アリスのために、単身魔界へ行ったのだ。
「幽香は、無事?」
アリスが心配そうに尋ねると神綺はちょっと困った風に笑った。
「ええ。どちらかというとお姉さん達の心配しなきゃいけないかもね……」
「……はは」
風見幽香は伊達ではないのだった。
「さ、ご飯を作ってあるの。一緒に食べましょう?」
「う、うん。えと幽香は?」
「親子の会話の邪魔はしたくない、だって」
「そっか」
「幽香ちゃんがアリスちゃんのだんな様になると聞いて、はじめはちょっと心配したけど……そんなことなかったわねぇ」
言葉にできない暖かさを覚えて、アリスは笑みを浮かべた。家の灯りがともされて、暗く寂しい夜を家のそとへと追いやった。
ありきたりな会話をしながら、一緒に夕食を食べる。けれどそれだけのことでアリスはずいぶんと気持ちが軽くなった。これが母親なのだと、アリスは関心せずにはいられなかった。
自分はこんな風になれるだろうか? ふと沸いたその疑問は、あっというまにアリスの心を満たした。
「どうしたの?」
突然に黙り込んでしまったからか、神綺が少し心配そうに問いかける。
「あのね神綺様――」
アリスは、心によどんでいた物思いのすべてを吐き出した。
アリスの後ろ向きな発言の数々を、神綺は時折あいづちを打ちながら、静かにききいった。アリスは語りながら、なぜ自分はこうも暗い性格なのかと、ますます滅入っていくようだった。母に失望されるのではないかと、そんな不安さえ浮かんできもした。
そしてアリスが語り終えた後、神綺がぽつりと感想のようなものをもらした。とても幸せそうに、呟いた。
「――やっと安心することができた。私はちゃんとお母さんらしくやれてたのね……」
「へ?」
神綺の言葉は、娘の相談を受けた返事にしてはずいぶんと的外れなものに思えた。アリスはその意味がよくわからず、間抜けた声をあげてしまった。
――ちゃんと話を聞いてたのかしら?
アリスの表情にそんな言葉を読み取ったのか、神綺は申し訳なさそうに、愛想笑いをした。それからアリスの手をにぎると、しみじみとして言った。
「アリスちゃんは私にそっくりね」
「え……? そんなこと、ない。私は神綺様とはぜんぜん違う……」
「ううん。アリスちゃんは昔の私そっくりだもの」
「まさか……」
「私、ずっと不安だったのよ。良いお母さんでいられてるかどうかって……。でも、今アリスちゃんが私を褒めてくれて、私のようになりたいといってくれて、私はようやく自身をもてた。自分は間違ってなかったんだって……」
「……」
そんな馬鹿な、という思いがある。アリスにとって神綺は絶対にい揺るぎのない母親像だったのだ。あるいはすべて自分を元気づけるための嘘なのではないだろうか? そう考えたほうがよほど自然に思えた。
神綺がアリスの手を強くにぎった。アリスはそれではっとした。
「アリスちゃんは良いお母さんになれる。昔の私にそっくりなんだもの」
ただそれだけの言葉なのに、アリスの心に熱いものが流れ込んでくる。めがしらが熱くなった。
「でも、どうしたらいいの? どうしたら神綺様みたいになれるの……?」
「悩むのよ。悩んで悩んで、悩み続けるの。そしてどんなに辛いときでも笑顔でいるの。そうすればいつの日かきっと、報われる日がくる。今日の私みたいに」
「本当……?」
「ええ。きっと」
長く無言が続いた後、アリスは強く返事をした。神綺の手を握り返し、大きくうなずいた。
「私、がんばる」
「ええ。応援してる」
神綺の笑みが、アリスを照らした。
「ねぇ、幽香。ごめん、起きて、幽香」
気づかいと、抑えきれない焦燥のないまぜになったアリスの声が深夜の寝室に響く。
「ん……どうしたの?」
声帯が半分閉じているようなねぼけ声をあげながら、幽香がみじろぎをする。アリスは幽香の声を聞いてほっとして、すると瞳から、ぽろりぽろりと涙が零れ落ちた。
こういう夜を、このところ何度も繰り返している。
「幽香……幽香……」
「アリス、また泣いているの?」
幽香はさして取り乱すこともなく、苦笑して、アリスの体を抱き寄せ、その目元をなめた。幽香のしたの生々しい暖かさが、アリスのざわつく気持ちをいくらかやわらげてくれる。
「私、子育てなんてできない。やっぱり無理なのよ」
何日も繰り返している泣き言をを、また吐き出す。幽香がアリスの背中をさすってくれた。うんざりしたような様子は微塵もない。
アリスはその手が気持ちよかった。
「アリス、そんなことないわ。ねぇ、アリスはきっと良いお母さんになれるわよ」
「無理よ。私はとても神綺様みたいにはなれない」
「アリスはアリスなんだから、神綺になる必要はないでしょう? 彼女みたいになれなくても、アリスが良い母親になれることは間違いないわ」
「でも……」
アリスの胸のうちには、かくあるべし、という絶対の母親感がある。それはアリスの出自に由来する価値観であり、すなわちその中心には創造主たる神綺がでんと構えている。つねに笑顔で、誰にでも優しく、誰しもに愛されている。魔界にすむものは誰しもがそんな神綺を崇拝している。けれども今は、そのまばゆい母性像がアリスを苦しめていた。
神綺と比べて自分はどうなのだろう? 魔法の森の片隅で、孤独を愛しながら人形に囲まれてひっそりと生きている。このような自分が子供に何を示してあげられるのだろう。自分が母に抱いているような尊敬を、与えてやれるのだろうか? そんな不安が、アリスを夜な夜な苦しめるのであった。
「ねぇアリス、案ずるより生むが安しって言うじゃない? もう貴方のおなかには赤ちゃんがいるのだから。この子だって、アリスが泣いていてばかりでは不安になっちゃうわよ?」
幽香がアリスの下腹部を優しくなでた。アリスは腹の置くに、ぽぅと暖かい灯火を感じたような気がした。事実、そこには命がある。かれこれ三ヶ月目だろうか。アリスの胎内には、幽香との霊力の結晶が、人の形を形成しつつある。
「それは、そうだけど……」
「私、アリスが心配だわ」
幽香の声色に、率直な苦悩が混じった。
「このままだと、出産前にアリスがまいってしまいそう。なんとか力になってあげたいのだけれど……はがゆいわ」
「……」
アリスは、満足感と自己嫌悪をかみしめた。あの風見幽香が、自分のために苦心してくれている。それは甘えた感じ方だとは自覚しつつも、嬉しく思わずにはいられなかった。もっともっと、幽香に慰めてほしかった。
「うーん、どうしたらいいのかしらね……」
幽香の悩ましげな声。アリスの口元がこっそりと笑みをつくった。そういうところに、偏屈している自分の感性を感じた。
「まぁ私も心配だなぁ。アリスはノイローゼ気味になってるぜ」
魔理沙が、めずらしく物憂げな声色でそう言った。
「考えすぎなんだよ。ぽーんと生んじまえばいいんだよ。ぽーんとさぁ」
そういう物言いはかつてと変わらず、アリスはくすくすと笑った。とは言え魔理沙も今では一児の母である。何もかもがかつてと同じというわけではない。ただ、こうして博麗神社の縁側で交わすおしゃべりは、いつになっても変わらなかった。
霊夢と早苗が廊下のかどに現れ、それぞれ背中に赤子を背負いながら、お茶を運んでくる。
「私は、アリスさんの不安な気持ちがよく理解できますよ。ちゃんとこの子を立派に育てられるかどうかって、私も不安になることがありましたから。私の場合は幸運にも神奈子様と諏訪子様がそばにいて、励ましてくれたけど……」
「霊夢も、こんな風に気がめいることはあったのか?」
「私はとくには……生めば勝手に育つと思ってるし」
「お前らしい」
「あんたこそどうなのよ」
「私はまぁ、ちょいと事情が皆とは違うからな。そういうのは無かったかな」
魔理沙もまた、背中に赤子を背負っている。金色の産毛が柔らかそうな頭部で風にそよいでいる。時折手足をばたつかせながら、小さな目玉であちらこちらを眺めている。顔つきは、何から何まで魔理沙の面影があった。
「この娘は私のクローン、大事な実験体だ。もちろん大切な娘でもあるが……。育児の心配よりちゃんと生まれるかどうかが楽しみだったからな」
「いかれてるわ。魔女ねぇ」
霊夢と早苗の背負う赤子は、それぞれ紫、神奈子との霊力の結晶である。だが魔理沙の背負う子は、自身の魔力を加工してつくった霊力核を胎内で卵子と結合させるという、恐ろしい実験の賜物であった。
「ねぇ、抱かせてくれない?」
アリスが魔理沙にいった。
「落とすなよ?」
おんぶ紐をしゅるしゅると解いて、魔理沙は赤子を自分の背中からおろす。
「こいつ、まだ首が据わってないからな。しっかり抱いてやってくれ」
「うん」
アリスはよどみのない動作で赤ん坊を受け取る。赤ん坊はどこか両の目をどこか不思議そうにくりくりと動かしながら、アリスの顔を見上げた。アリスの顔が自然と微笑む。アリスはゆっくりと肩を左右に揺らした。
「はは、私よりよっぽどうまく抱くじゃないか」
「私はアリスが何を心配しているのか、よくわからないわね」
茶をすすりながら、霊夢が言った。
「この中で一番母親が似合うのは、あんたでしょうに。何をそこまで心配してるんだか」
「こうして心配すること自体が、母親らしいということなのかもしれませんね」
「だいたいさ、神綺がどれだけ良い母親だったのか知らないけど、その神綺に育てられたアリスなのに、こうやってうじうじしてるんだから。結局のところ、本人しだいなんじゃないの?」
「れ、霊夢さん」
霊夢の率直なもの言いに早苗が苦笑する。アリスもまた、痛いところをつかれたという風に、乾いた笑いを漏らした。
「もちろんそうだけど、それでも子供には幸せな記憶を残してあげたいじゃない? 神綺様は私にそうしてくれた」
「記憶ねぇ。うちの子はお腹をすかせた記憶ばかりになりそうだわ」
「切実だぜ」
「霊夢さん……言ってくれれば、家でつくった山菜を持ってきますから……」
魔理沙の子をあやしつつ、アリスは横目でその会話を笑った。このにぎやかしさの一端に自分がいることが、少しだけアリスの不安をやわらげてくれた。
午後になってアリスは人里へ足を運んだ。村の広場では子供達がはしゃいでいる。広場の端の椅子に腰掛けて、アリスはぼんやりとその様を眺めた。
「どうしたんだ?」
途中、慧音に一度声をかけられた。
「子供を眺めてるの」
アリスがそれだけ言うと、慧音は、ふぅん、と肩をすくめてどこかへ立ち去った。
アリスから少し離れたところで子供がこけた。
「あ……」
アリスは駆け寄りそうになったが、それより早く、その子の母親らしき女性が、子供に駆け寄っていった。
「ふふ」
人知れず微笑み、アリスはまた腰をおろした。
家に帰る頃には、すでに空が赤くなっていた。眼下に目をおろせば、魔法の森は一足はやく夜にのまれている。大地を覆う一面の闇が、時折風に吹かれて蠢いていた。アリスの家は、そんな場所にある。以前は人を寄せ付けないこの環境に心地よさを感じていたのだが。
「幽香の館に引っ越そうかしら……」
そんなことをつぶやきながら家の玄関を開けたアリスを、明るい声が出迎えた。
「おかえりなさい」
「え?」
薄暗い部屋をトタトタと駆け寄ってくるのは、アリスの母親こと魔界神神綺その人であった。
「神綺様、どうして」
「幽香ちゃんが家にきたの。貴方が気落ちしてるから、話を聞いてあげてほしいってね」
思わず言葉を失うような、ずしんとした喜びを、アリスは胸の内に感じた。
「幽香が、魔界に」
幽香はかつて魔界に侵攻したことがあり、今でもブラックリストのトップに飾られている妖怪だ。神綺はともかく他の住人達は相応の歓迎をするだろう。その危険をおして、アリスのために、単身魔界へ行ったのだ。
「幽香は、無事?」
アリスが心配そうに尋ねると神綺はちょっと困った風に笑った。
「ええ。どちらかというとお姉さん達の心配しなきゃいけないかもね……」
「……はは」
風見幽香は伊達ではないのだった。
「さ、ご飯を作ってあるの。一緒に食べましょう?」
「う、うん。えと幽香は?」
「親子の会話の邪魔はしたくない、だって」
「そっか」
「幽香ちゃんがアリスちゃんのだんな様になると聞いて、はじめはちょっと心配したけど……そんなことなかったわねぇ」
言葉にできない暖かさを覚えて、アリスは笑みを浮かべた。家の灯りがともされて、暗く寂しい夜を家のそとへと追いやった。
ありきたりな会話をしながら、一緒に夕食を食べる。けれどそれだけのことでアリスはずいぶんと気持ちが軽くなった。これが母親なのだと、アリスは関心せずにはいられなかった。
自分はこんな風になれるだろうか? ふと沸いたその疑問は、あっというまにアリスの心を満たした。
「どうしたの?」
突然に黙り込んでしまったからか、神綺が少し心配そうに問いかける。
「あのね神綺様――」
アリスは、心によどんでいた物思いのすべてを吐き出した。
アリスの後ろ向きな発言の数々を、神綺は時折あいづちを打ちながら、静かにききいった。アリスは語りながら、なぜ自分はこうも暗い性格なのかと、ますます滅入っていくようだった。母に失望されるのではないかと、そんな不安さえ浮かんできもした。
そしてアリスが語り終えた後、神綺がぽつりと感想のようなものをもらした。とても幸せそうに、呟いた。
「――やっと安心することができた。私はちゃんとお母さんらしくやれてたのね……」
「へ?」
神綺の言葉は、娘の相談を受けた返事にしてはずいぶんと的外れなものに思えた。アリスはその意味がよくわからず、間抜けた声をあげてしまった。
――ちゃんと話を聞いてたのかしら?
アリスの表情にそんな言葉を読み取ったのか、神綺は申し訳なさそうに、愛想笑いをした。それからアリスの手をにぎると、しみじみとして言った。
「アリスちゃんは私にそっくりね」
「え……? そんなこと、ない。私は神綺様とはぜんぜん違う……」
「ううん。アリスちゃんは昔の私そっくりだもの」
「まさか……」
「私、ずっと不安だったのよ。良いお母さんでいられてるかどうかって……。でも、今アリスちゃんが私を褒めてくれて、私のようになりたいといってくれて、私はようやく自身をもてた。自分は間違ってなかったんだって……」
「……」
そんな馬鹿な、という思いがある。アリスにとって神綺は絶対にい揺るぎのない母親像だったのだ。あるいはすべて自分を元気づけるための嘘なのではないだろうか? そう考えたほうがよほど自然に思えた。
神綺がアリスの手を強くにぎった。アリスはそれではっとした。
「アリスちゃんは良いお母さんになれる。昔の私にそっくりなんだもの」
ただそれだけの言葉なのに、アリスの心に熱いものが流れ込んでくる。めがしらが熱くなった。
「でも、どうしたらいいの? どうしたら神綺様みたいになれるの……?」
「悩むのよ。悩んで悩んで、悩み続けるの。そしてどんなに辛いときでも笑顔でいるの。そうすればいつの日かきっと、報われる日がくる。今日の私みたいに」
「本当……?」
「ええ。きっと」
長く無言が続いた後、アリスは強く返事をした。神綺の手を握り返し、大きくうなずいた。
「私、がんばる」
「ええ。応援してる」
神綺の笑みが、アリスを照らした。
アリスはいろんな人から助けられて不安を乗り越えたんだね。
今回もとりあえず妊娠してて、なんか安心した
それでいて妊娠に対する 母親になろうとする女性の苦悩をしっかり描いている
もはや妊神と呼ばざるをえない
しかし東方でマタニティーブルーに関する話を見るとは……
妊神!?それだ!まっことKASAさんは妊神である!
良い話ダッタノニナー;;
いえ、良い話でした
好き
魔理沙はクローン作っちゃったかw
俺もこんな母親になれるよう頑張るわ
イイハナシだったな~。……って、あれ?
神綺様マジ賢母
ここをもうちょい詳しく詳細に…
妊娠っていうギミックはいいと思います。話全体に違和感なく溶け込んでいるし霊夢やマリサを持ち出したことで、アリスの悩みもある程度引き立っている
ただ肝心のマタニティブルーから神綺の下りがちょっと平凡すぎる気が
柔らかいゆっくりとした雰囲気で書こうとしたのは理解できるのですが、妊娠という東方ではアクの強いネタと、アリスのほんのりブルーな気分っていう柔らかめなネタが今一共存できてないかなーと
そこんとこkwsk!
それにしても後書きェ……