日は高くお昼時。空腹の妹紅は、てきぱきと食事の用意を調えていた。
「さて、お茶の用意もしたし、では、いただきます」
そう云うと、手をパンと合わせてから箸を取り、御飯の上に鮒寿司を乗せた。
発酵させた食べ物だけあって香りが強いが、もう馴れたもので気にも止めない。
そして急須を手に、切り身にかけようとしたところ、思い留まり急須を置く。
「……いやいや、ここは、まず」
白米の上には三切れの鮒寿司。まずは一切れの半分をそのまま囓ることにした。魚卵のほろほろ加減も良いが、何より身が締まっていて力強い。お茶をかけてしまうとこの感じはなくなってしまうので惜しい。
「ん、いい味……やぁ。人里から離れていると、こういうのが食べやすくて好い」
ほくほくと喜色満面で、白米を頬張る。
それから、おもむろにお茶をかけだす。身が柔らかくなっていくのが、箸で突くと良く判った。
頬がにやける。
美味しいものを食べると妹紅はにやついてしまう癖があったが、既に味を知っているもので好物ともなれば、箸触りと香りだけで笑顔が抑えきれない。
「改めて、いただきま」
「妹紅、居るか?」
ガラガラと戸が開く。そして、慧音が顔を覗かせた。
「あ」
妹紅がそう云ったと思うと、慧音はピシリと戸を閉めた。
しばしの沈黙が訪れた。
「……あ、あの、慧音?」
「………」
微妙に悶絶しているのが戸の向こうの気配で判った。
「く、くさや、か!?」
「いや、熟寿司」
「鮒寿司かっ!」
発酵食品が大の苦手な半人半妖は、鼻を押さえて悶絶していた。
妹紅は、好物の鮒寿司の茶漬けを味わいながらも手早く食べ終え、外で体育座りしている慧音の様子を見に外に出た。
「……すまない。昼食を、焦らせて」
「いや、私元々食べるの早いから気にしてないけど、大丈夫?」
「少し、キツい」
慧音は鼻が敏感だった。というより、半妖になる前から五感は鋭い方であったが、半妖になってからは特に感覚は鋭敏になっていた。その事によって、元々独特の香りを持つ食品が苦手だった慧音にとって、くさやや鮒寿司、そして納豆の様な食品は、天敵となってしまっていたのである。
そして、それらは妹紅の好物であった。
「部屋入るか?」
「くんくん……妹紅の手から糠の匂いがするから嫌だ」
糠漬けも駄目かぁ、と妹紅は頬をひくつかせた。
流石に慧音も漬け物まで駄目ということはないのだが、糠漬けと鮒寿司、そして慧音の読みとしては恐らく買い置きしてある納豆の香りが混ざり合ってカオスしてる妹紅邸には、いくらなんでも踏み込む勇気はなかった。人里離れていることを好いことに、妹紅は容赦なく香りが強いものを買い置きするし調理もした。また、自分で拵えたりもした。タイミングが悪ければ、当の本人である妹紅でさえ顔をしかめる程の強烈な香りのちゃんぽんになることもあった。
その辺りの可能性を知っておきながら、戸を叩いて確認もせずに開閉した慧音が今は悪い。
とはいえ、目の前で思いっ切り凹んでいる慧音にそう云うのも躊躇われたので、妹紅はハァと溜め息一つ吐いて、話を変えることにした。
「で、どうしたんだ? 用事でもあったの?」
「あぁ、いや、その、つい先程永遠亭に用事があったので、単純に様子を見に。最近人里に顔を出してないだろ?」
帰りがけになんとなく寄ってみただけであった。
「そっか。それは……運が悪かったな」
「なんか、油断した」
明らかにげっそりとした表情。匂いに酔った様である。
「人里まで送ろうか。丁度食後だし、久しぶりに団子でも摘みたかったところだ。ここしばらく人里に行ってなかったし」
妹紅は、妖術の強化の為にしばし篭もっていたのである。それだからわざわざ慧音が訪れたという経緯もあるので、無碍にすることもできなかった。
「なんかすまないな。だが、お言葉に甘えよう」
そして二人は、団子屋へと向かっていった。
そして茶屋は、変な新商品を意欲的に開発していた。
そしてそれは、納豆団子であった。
慧音はお亡くなりになった。
「だ、大丈夫か慧音!」
「……なぜ、団子屋に、納豆の香りが……!」
流石に死んではいなかったが、ぴくぴくと虫の息。
「お客さんが倒れたって聞いたけど、何処だい? 大丈夫なのかい? って、あれ?」
「どうしたのよ萃香。あれ。慧音に妹紅じゃない。っていうか、なんで慧音倒れてるの?」
すると、茶屋の中から出てきたのは意外や意外、鬼と鬼。正確には、萃香とレミリアであった。
「なんで、お前らが茶屋に?」
目を丸くしている妹紅に、顔を見合わせる二人。良く見れば、そろってエプロンなどをいている。
それから、まずは私から語るとばかりにレミリアが腕を組んで不敵に笑う。
「此処の団子が気に入ったのよ。団子もだが餡も良い。だから、そんな美味いものなら、更に好きな物加えたら一層美味しくなるんじゃないかと思ってね。咲夜に反対されたから、お忍びで新商品開発させてもらってるのよ」
なんとも云えない理由と何とも云えない行動であった。
すると今度は萃香が口を開く。
「私は甘い物がそんなに好きってわけでもないんだけど、此処の団子を霊夢が気に入っていてね。ついでに土産でも買っていこうと思ったら、この吸血鬼がなんぞ面白そうなことをしているじゃないか。というわけで、少しばかり私も混ざってみようかと思ってね」
こちらもまた、何とも云えない感じである。
要するに、食べ物を玩具にしている感が否めない。
「あんたらそんな動機でお店に迷惑を」
その言葉は、レミリアの歯を見せた笑みに打ち消される。
「確かにこれは私のワガママを押し付けているだけだけど、咲夜やこの団子屋や、それなりに調理を見てきたのよ? 自分でやったらどうなるか判らないけど、どういう感じにやれば大袈裟な失敗はしないかくらい心得てるわ」
「近くで見てて私もちょっと意外だったんだけど、意外に的を射てるのがなかなか面白いものだよ、この吸血鬼のデタラメな発想というのは」
「ええい、気安く頭をぽんぽん叩くな酔っ払い! 大人しく給仕でもしてろ!」
「はっはっはっ。酒の団子も頼むよ」
そう云うと、笑いながら萃香は団子屋に消えていった。
「……二人とも真面目に労働しているのか?」
「あいつが真面目かどうかはさておいて、私は真剣に取り組んではいるわ。なんなら食べてみる?」
そして差し出された団子の匂いに、慧音の体が大きく跳ね上がった。
間違いない。これは、納豆だ。
「……奇抜すぎないか?」
生地自体に練り込んであると思わしき納豆の香り。上に掛かっているのは、みたらしでもなく……八丁味噌の様に思える。
「勘違いしないで欲しいけど、餡団子やみたらし団子の団子とは、そもそも団子自体の味付けも変えてあるわ。納豆自体の匂いは消せてないけど、納豆が嫌いじゃなければ美味しいはずよ」
そう云われては、納豆好きとして食べないわけにはいかない。
若干、気は引けるが、あと後で死にかけている慧音が気に掛かるが、とりあえず一本。
食感はもちもち。糸引いたりはしなかった。味噌饅頭に近い風味。ほんのりしょっぱいところが、お茶よりはお酒に合いそうに思えた。
「……悪くない」
「でしょう」
鼻高々。自分の発想で生まれたものだけに、褒められるのは素直に嬉しいらしい。
ここまで真面目に団子作ってるとは思っていなかっただけに妹紅は唖然としてしまったが、何より楽しそうなその姿に、思わずくすりと笑みをこぼしてしまった。レミリアの容姿が幼いだけに、また、自分より実年齢も下であるだけに、何か、とても微笑ましく思えてしまった。
「今はあの鬼のわがままで、洋酒と和酒の団子作ってるんだけど、こっちはなかなか難しくてね。生地に入れるだけじゃなんだけど、餡とも難しいし……あの馬鹿鬼、酔える団子にしろとか無茶な注文してくるし……」
そして睨み付ける鬼は、客にふらふらしながら団子を届けている。その様子を心配する声がないのは、既に馴染みの光景なのだろう。
それを確認しようにも、慧音は伸びている。
「そっか。ではまた、新しい団子が出来たら楽しみに食べさせてもらおうかな」
「えぇ、楽しみにしてるといいわ。ところで、慧音が泡吹きそうだぞ」
「うわぁ!? 慧音!?」
現在納豆団子を作っている店頭に倒れているだけに、香りが直撃し続けていた様子。気絶しているので避けられない無防備な鼻腔を、納豆や味噌や酒やその他諸々の香りが吹き抜けて、鋭敏な半妖はその敏感さ故に意識のみならず命さえ手放すところであった。
この後、いぐさの香る慧音宅にて慧音はどうにか息を吹き返した。
そしてほぼ同時刻、今度はレミリアの持って帰った納豆団子の所為で、納豆嫌いの咲夜が卒倒することになる。
ほんの些細な、悲劇であった。
「さて、お茶の用意もしたし、では、いただきます」
そう云うと、手をパンと合わせてから箸を取り、御飯の上に鮒寿司を乗せた。
発酵させた食べ物だけあって香りが強いが、もう馴れたもので気にも止めない。
そして急須を手に、切り身にかけようとしたところ、思い留まり急須を置く。
「……いやいや、ここは、まず」
白米の上には三切れの鮒寿司。まずは一切れの半分をそのまま囓ることにした。魚卵のほろほろ加減も良いが、何より身が締まっていて力強い。お茶をかけてしまうとこの感じはなくなってしまうので惜しい。
「ん、いい味……やぁ。人里から離れていると、こういうのが食べやすくて好い」
ほくほくと喜色満面で、白米を頬張る。
それから、おもむろにお茶をかけだす。身が柔らかくなっていくのが、箸で突くと良く判った。
頬がにやける。
美味しいものを食べると妹紅はにやついてしまう癖があったが、既に味を知っているもので好物ともなれば、箸触りと香りだけで笑顔が抑えきれない。
「改めて、いただきま」
「妹紅、居るか?」
ガラガラと戸が開く。そして、慧音が顔を覗かせた。
「あ」
妹紅がそう云ったと思うと、慧音はピシリと戸を閉めた。
しばしの沈黙が訪れた。
「……あ、あの、慧音?」
「………」
微妙に悶絶しているのが戸の向こうの気配で判った。
「く、くさや、か!?」
「いや、熟寿司」
「鮒寿司かっ!」
発酵食品が大の苦手な半人半妖は、鼻を押さえて悶絶していた。
妹紅は、好物の鮒寿司の茶漬けを味わいながらも手早く食べ終え、外で体育座りしている慧音の様子を見に外に出た。
「……すまない。昼食を、焦らせて」
「いや、私元々食べるの早いから気にしてないけど、大丈夫?」
「少し、キツい」
慧音は鼻が敏感だった。というより、半妖になる前から五感は鋭い方であったが、半妖になってからは特に感覚は鋭敏になっていた。その事によって、元々独特の香りを持つ食品が苦手だった慧音にとって、くさやや鮒寿司、そして納豆の様な食品は、天敵となってしまっていたのである。
そして、それらは妹紅の好物であった。
「部屋入るか?」
「くんくん……妹紅の手から糠の匂いがするから嫌だ」
糠漬けも駄目かぁ、と妹紅は頬をひくつかせた。
流石に慧音も漬け物まで駄目ということはないのだが、糠漬けと鮒寿司、そして慧音の読みとしては恐らく買い置きしてある納豆の香りが混ざり合ってカオスしてる妹紅邸には、いくらなんでも踏み込む勇気はなかった。人里離れていることを好いことに、妹紅は容赦なく香りが強いものを買い置きするし調理もした。また、自分で拵えたりもした。タイミングが悪ければ、当の本人である妹紅でさえ顔をしかめる程の強烈な香りのちゃんぽんになることもあった。
その辺りの可能性を知っておきながら、戸を叩いて確認もせずに開閉した慧音が今は悪い。
とはいえ、目の前で思いっ切り凹んでいる慧音にそう云うのも躊躇われたので、妹紅はハァと溜め息一つ吐いて、話を変えることにした。
「で、どうしたんだ? 用事でもあったの?」
「あぁ、いや、その、つい先程永遠亭に用事があったので、単純に様子を見に。最近人里に顔を出してないだろ?」
帰りがけになんとなく寄ってみただけであった。
「そっか。それは……運が悪かったな」
「なんか、油断した」
明らかにげっそりとした表情。匂いに酔った様である。
「人里まで送ろうか。丁度食後だし、久しぶりに団子でも摘みたかったところだ。ここしばらく人里に行ってなかったし」
妹紅は、妖術の強化の為にしばし篭もっていたのである。それだからわざわざ慧音が訪れたという経緯もあるので、無碍にすることもできなかった。
「なんかすまないな。だが、お言葉に甘えよう」
そして二人は、団子屋へと向かっていった。
そして茶屋は、変な新商品を意欲的に開発していた。
そしてそれは、納豆団子であった。
慧音はお亡くなりになった。
「だ、大丈夫か慧音!」
「……なぜ、団子屋に、納豆の香りが……!」
流石に死んではいなかったが、ぴくぴくと虫の息。
「お客さんが倒れたって聞いたけど、何処だい? 大丈夫なのかい? って、あれ?」
「どうしたのよ萃香。あれ。慧音に妹紅じゃない。っていうか、なんで慧音倒れてるの?」
すると、茶屋の中から出てきたのは意外や意外、鬼と鬼。正確には、萃香とレミリアであった。
「なんで、お前らが茶屋に?」
目を丸くしている妹紅に、顔を見合わせる二人。良く見れば、そろってエプロンなどをいている。
それから、まずは私から語るとばかりにレミリアが腕を組んで不敵に笑う。
「此処の団子が気に入ったのよ。団子もだが餡も良い。だから、そんな美味いものなら、更に好きな物加えたら一層美味しくなるんじゃないかと思ってね。咲夜に反対されたから、お忍びで新商品開発させてもらってるのよ」
なんとも云えない理由と何とも云えない行動であった。
すると今度は萃香が口を開く。
「私は甘い物がそんなに好きってわけでもないんだけど、此処の団子を霊夢が気に入っていてね。ついでに土産でも買っていこうと思ったら、この吸血鬼がなんぞ面白そうなことをしているじゃないか。というわけで、少しばかり私も混ざってみようかと思ってね」
こちらもまた、何とも云えない感じである。
要するに、食べ物を玩具にしている感が否めない。
「あんたらそんな動機でお店に迷惑を」
その言葉は、レミリアの歯を見せた笑みに打ち消される。
「確かにこれは私のワガママを押し付けているだけだけど、咲夜やこの団子屋や、それなりに調理を見てきたのよ? 自分でやったらどうなるか判らないけど、どういう感じにやれば大袈裟な失敗はしないかくらい心得てるわ」
「近くで見てて私もちょっと意外だったんだけど、意外に的を射てるのがなかなか面白いものだよ、この吸血鬼のデタラメな発想というのは」
「ええい、気安く頭をぽんぽん叩くな酔っ払い! 大人しく給仕でもしてろ!」
「はっはっはっ。酒の団子も頼むよ」
そう云うと、笑いながら萃香は団子屋に消えていった。
「……二人とも真面目に労働しているのか?」
「あいつが真面目かどうかはさておいて、私は真剣に取り組んではいるわ。なんなら食べてみる?」
そして差し出された団子の匂いに、慧音の体が大きく跳ね上がった。
間違いない。これは、納豆だ。
「……奇抜すぎないか?」
生地自体に練り込んであると思わしき納豆の香り。上に掛かっているのは、みたらしでもなく……八丁味噌の様に思える。
「勘違いしないで欲しいけど、餡団子やみたらし団子の団子とは、そもそも団子自体の味付けも変えてあるわ。納豆自体の匂いは消せてないけど、納豆が嫌いじゃなければ美味しいはずよ」
そう云われては、納豆好きとして食べないわけにはいかない。
若干、気は引けるが、あと後で死にかけている慧音が気に掛かるが、とりあえず一本。
食感はもちもち。糸引いたりはしなかった。味噌饅頭に近い風味。ほんのりしょっぱいところが、お茶よりはお酒に合いそうに思えた。
「……悪くない」
「でしょう」
鼻高々。自分の発想で生まれたものだけに、褒められるのは素直に嬉しいらしい。
ここまで真面目に団子作ってるとは思っていなかっただけに妹紅は唖然としてしまったが、何より楽しそうなその姿に、思わずくすりと笑みをこぼしてしまった。レミリアの容姿が幼いだけに、また、自分より実年齢も下であるだけに、何か、とても微笑ましく思えてしまった。
「今はあの鬼のわがままで、洋酒と和酒の団子作ってるんだけど、こっちはなかなか難しくてね。生地に入れるだけじゃなんだけど、餡とも難しいし……あの馬鹿鬼、酔える団子にしろとか無茶な注文してくるし……」
そして睨み付ける鬼は、客にふらふらしながら団子を届けている。その様子を心配する声がないのは、既に馴染みの光景なのだろう。
それを確認しようにも、慧音は伸びている。
「そっか。ではまた、新しい団子が出来たら楽しみに食べさせてもらおうかな」
「えぇ、楽しみにしてるといいわ。ところで、慧音が泡吹きそうだぞ」
「うわぁ!? 慧音!?」
現在納豆団子を作っている店頭に倒れているだけに、香りが直撃し続けていた様子。気絶しているので避けられない無防備な鼻腔を、納豆や味噌や酒やその他諸々の香りが吹き抜けて、鋭敏な半妖はその敏感さ故に意識のみならず命さえ手放すところであった。
この後、いぐさの香る慧音宅にて慧音はどうにか息を吹き返した。
そしてほぼ同時刻、今度はレミリアの持って帰った納豆団子の所為で、納豆嫌いの咲夜が卒倒することになる。
ほんの些細な、悲劇であった。
でも、納豆団子がどんな代物なのか想像できないです…
慧音が不憫だ…鼻が良い人や臭いの駄目な人には辛い食べ物だもんね…
次回作も楽しみに待ってますね!
でもなかなか分かり合える人がいないのが現実。
納豆で涙目になってしまう慧音先生かわいい慧音先生。
しかしこれは、人里に攻め入りたい妖怪は、今度から全身に納豆を塗りたくれば慧音に勝てるな(マテ
頑張れ慧音先生! Never Never give up(←マテw)
全くです。レミリアみたいなセレブがサ店で働いてるとか俺得
労働するもちもちしたおぜうをこねくりまわして口に含みたい
私も苦手ですが、この話は面白かったです。
けーね、咲夜さんカワイソス。