「どうせ来ないと思うけどな~」
火車を転がす猫は言う。
「誘うだけ無駄よ。妬ましい」
嫉妬する橋姫は言う。
「来る前に声を掛けたけどね。なんなら力ずくで連れてきても良かったんだが……」
一角を持つ怪力乱神の鬼は言う。
夜の色が濃くなりはじめた博麗神社。
夕焼けで紅を柔らかい橙色にした鳥居の上、そこに二柱の鬼が座していた。
一方は瓢箪を、一方は大きな盃を。
境内で着々と行われる、宴会の準備を肴に、酒を呑み交わしていた。
ぷはっ、と瓢箪から口を離し、酒気の混ざった熱い息を吐く萃香。
「ふーん、なんで来ないのかねえ……? 妹は来てるのにさ」
そして、そんなことを隣に座った古くからの友に言った。
「一人が好きなのかもね。
地底にいた頃からだけど、覚の姉は他者との関わりを持たなかったからね。妖怪からも嫌われてたみたいだけど、動物には好かれていたね。だからあいつらが住んでる地霊殿には動物がいっぱいいるんだ。犬とか猫とか烏とか……まあ、他にも色々とね」
同じく酒を嚥下した勇儀が答えた。
「ふぅん……」
萃香は鼻を鳴らすと瓢箪を横に置き、何かを考え始めた。
数秒すると結論に至ったのか、ぽんと手を叩いて口を開いた。
「一人が好きってのは、自分以外の奴のことを考えてるからだよ。不幸せにしたくないとか、これ以上嫌われたくないとか、思いやりと保身が半々くらいなんじゃないかな。
だから一人が好きじゃなくって、一人が好きって事にしてるんだよ」
自分でそう言って、それ以外にあるわけがないと結論付けた。
萃香は体をゆらゆらと揺らして、危なっかしく鳥居の上で立ち上がった。
「ちょっと、地底行ってくる」
「呼びに行くのかい?」
勇儀は萃香の方に目を向けず、ほぼ完成した宴会場を眺めながら言った。
勇儀が問い掛けた時には、既に萃香の下半身は霧に変わって風に流れていた。
「うん、折角呑むんだ。どうせなら沢山で呑んだ方が楽しいに決まってるよ!」
「そーかい、じゃあ行ってらっしゃい」
行ってきます。
刹那の後には、鳥居には一本の角だけが天を向いていた。
「あんたもあいつも、鬼はお節介焼きしか居ないの?」
相棒が失せて一人呑んでいた勇儀に、声が掛かった。
「節介なんて焼かないさ、ただ思うように動くだけさ、私らは」
「無意識で他人の為に動けるなんて、ほんと妬ましいわ」
生ける嫉妬心。水橋パルスィだ。
「そう思うのなら、お前も他人の為に動けばいいだろう? 今からでも萃香に付いて行ったらどうだい?」
「意識的にするなら、それは偽善だし独善だと思うわ」
「偽善、独善。いいじゃないか、しない偽善よりもする偽善さ」
「…………そんな風に考えられる、貴方の陽気な頭が妬ましいわ」
理不尽なまでな嫉妬。
しかし嫉妬こそパルスィの妖怪としての力の源で、存在理由。
嫉妬しないことは、即ち彼女の妖怪としての存在の消滅を意味する。
故に、パルスィは妬むことを止めない、止められない。
「何かを一々考えるのは、疲れるからね。
パルスィよ、お前もいっそのこと妬むことを止め、何も考えずに、気の向くままに生きてみたらどうだ?」
「論外ね。嫉妬のない世界なんて」
「はっはっは! それもまた、一つの生き方かもね!」
何が面白いのか、からからと笑いだす勇儀。
「…………ほんと、妬ましいわ」
ぷいっ、とそっぽを向くパルスィ。
そんなパルスィの様子を見て、勇儀はまた少し口角を上げた。
「ちょっと前までは、そんな風に自分の主張を言う事もなく、ただ『妬ましい』って言うだけだったってのに。
今では主張はするし毒すら吐く。良いんだか悪いんだか、そんな風になったのはいつからだったかねー?」
「な、なんのこと……?」
何故か、目に見えて狼狽えはじめるパルスィ。
「あぁ、そうだ! 思い出した!」
明らかに演技臭く言った。
「さっきの萃香みたいに、宴会に参加しようとしないあんたを私が――――」
「――――か、関係無いわよっ! あなたに対して変な気遣いはいらないって思っただけよ!」
「つまり私を信頼してくれてるわけだね」
「あー、もう……! もう!」
普通、パルスィは話すときは意外と明るく振る舞っている。
嫉妬心を操る程度の能力を持つとは思えないように、振る舞う。
しかし、実際は心中では疎ましく――つまり妬ましく――思っていて、後から悪口を言ったり陰口を言うのが彼女なのだ。
だが勇儀の前では恨み言も言うし、そこまで明るい風には見えない。
「どうなんだ?」
「もう好きに思ってて……」
ある意味、この鬼と姫の間には、一種の絆が芽生えているのかもしれない。
「今回は遠慮しておきます。お気になさらず」
「えぇー……」
地霊殿に到着、古明地さとりを発見、そして第一声が『さぁ、宴会に行くぞ!』。
しかし返された返事はこれだった。
「どうしてさ?」
「お酒なんて一人でも呑めますから」
さとりは木製の椅子を軋ませ、手に持った本の頁を捲りながらそう言った。
「お酒なんてとはな――――」
「――――お酒なんてとは、どういう意味?」
萃香の心を呼んださとりが、それを言葉にする前に、萃香が心の声を言葉に出した。
「え、ぁ…………?」
「『なんて』とは、お酒に失礼だよ!」
「あ、そうです、ね……? すいません……?」
呆気にとられ、思わず謝罪するさとり。
「よし! さぁ、分かったなら一緒に行こう!」
と、さとりの手を持つ萃香。
「い、いや……話を聞いていましたか? 私はお酒な……お酒なら一人でも呑めるので、別にいいと言ったのですが」
「でも一人で呑むよりも大勢で呑んだ方が楽しいから」
「理由になっていません。そもそも私は一人が好きなんです。だから行かないのではなく『行きたくない』のです」
するとさとりは萃香の手を払いのけて、再び本を読む作業に戻った。
「…………さぁ、帰ってください」
「ふぅん…………」
だが帰ろうとしない萃香。
さとりもそれを無視して、本を読み続ける……ふりをして、萃香の心を読んだ。
(一人が好きなんじゃなくて、一人が好きな『ふり』をしてるんでしょー?)
「…………!」
(本当は誰かと関わりたい、けどあんたの覚としての力が、それを邪魔する。
人も妖怪もあんたを嫌って、あんたは人や妖怪を嫌うふりをする)
「…………違います」
(それに怖いんでしょ? 心を読んだ時にその人間が、妖怪があんたを嫌ってると思っているのが。
でも嫌われてるのは知ってる、だって自分は『覚』だから。
だからこれ以上嫌われない為にも、関わらなければいい。自分以外は誰も彼も嫌いだ、そう思うことにしたんだ)
「違いますっ!」
さとりは息を荒げ、本を机に叩きつけた。
椅子から立ち上がり、萃香を睨み付けた。
「……でも、本当に嫌いなのは自分自身。素直になれずにずっと生きている自分」
そして萃香は、今度は心ではなく、言葉を使って語りかけた。
「…………仕方ないじゃないですか。
意識しなくても、私の耳には心の声が入ってくる。抗う事なんて出来ないんですから!」
「なんで抗うの?」
「え……?」
「あんたは何処までにっても『覚』だ。それは変わらない。
私も何処までいっても鬼、それは変えられない。
だったら自分を受け入れないと、いつまで経っても変わらない」
萃香はさとりの目を真っ直ぐに見た。
「私は嫌いじゃないよ、あんたのこと?
まあ、自分に嘘をついているってのはよろしくないけど、まあ及第点なら上げるよ!」
萃香はニコと笑って、少女らしく可愛い笑みを零した。
「嘘は止めてください。今まで私に寄った人は、皆そう言いましたが、実際は――――」
「――――鬼は嘘は吐かない。なんなら心を読めばいい」
「…………今は嫌いじゃなくても、どうせそのうち……」
「自分から歩み寄らないのは、逃げてるのと同じだよ」
くるりと回り、さとりに背を向ける萃香。
そしてゆっくりとさとりから離れた。
「ぁ……」
手を萃香の方へ伸ばすも、届かず空を斬る。
さとりは戸惑いつつも、第三の目を萃香に向けて心を読んだ。
(――――――――――――――――――――)
心は読めない。
心にノイズが掛かって、聞き取れなかった。
それは萃香の心の雑音ではなく、自分自身が萃香の心の声を聞きたくない、そう望んでいるから。
「め……ない……」
読めない。読めない。読めない。
「よ、め……ない……」
違う? 読みたくない、読みたくない、読みたくない。
「よめない、よめない、読めない……!」
ノイズが這いずる脳内。耳を押さえても止まない雑音の波。
地面に蹲り、頭を押さえるさとり。
「読めないです……読めないんですよぉ……!」
いつからか、さとりは泣いていた。
そこに地霊殿を治める主の姿は無く、見た目の年相応の少女が泣いているだけだった。
「ぇ……ぅ、ぅぅ……ひっく……!」
萃香はさとりが心を読むのを待っていたのだろう。
だがしかし、予想に反したさとりの反応。
「ぇー……なんで泣いてんの……?」
頭を掻きながらの一言だった。
「ら、らって……心が読めないんれす……読めないのに読みたくないから……」
「あー、分かった分かった。いいから落ち着けー、な?」
赤子のように泣きじゃくるさとりの肩を叩き、宥める。
数分もそうしていると落ち着いたのか、さとりは鼻をすすりながらも冷静になった。
だが、まだ目尻には涙が残り、頬には涙の跡が残っているし、目が赤くなっている。
「お恥ずかしい所をお見せしました……」
さとりの頬は先程の涙のせいではなく、羞恥から来るそれで赤く染まっていた。
「心が読めな……読みたくなくて、それでも読もうとしたせいで、なんだかパニックになってしまって……」
「へー、覚ってのはそういう事があるもんなんだね」
「こんな事は初めてです……」
「ふぅん…………で、もう読めるの?」
「ぁ……」
思い出したように、胸に絡まる第三の目を萃香に向ける。
(私は好きだ、酒を呑みたい)
「ぁ、えっと……読めました……」
「そっか、じゃあ私は帰るよー」
「え……?」
「酒を呑みたいからね」
言うと、今度こそ出口の方へ歩き出した。
「まあ、来ても良いと思えたなら、博麗神社までおいでよ。
一人にはさせないからさ?」
部屋から出る前に振り返って言って、霧散した。
場所は戻って、再び神社の鳥居の上。
「で、帰って来たわけか?」
「んー、まぁねー」
「来るかねぇ……まぁ、泣きだしたぐらいだし、案外萃香の言った事は当たってるのかもしれないけどね……ほいっと」
萃香から瓢箪を引ったくり、自分の大盃に酒を注ぐ勇儀。
明らかに瓢箪の方が小さいのに、無尽蔵に酒が湧いていた。
「今日は無理でも、次は来れるよ。きっと。
幻想郷は全てを受け入れるんだ、私ら鬼を受け入れておいて『覚』が受け入れられないなんて道理はないさ……」
勇儀から酒を取り返し、天を仰いで勢いよく嚥下する。
「んっんっん…………はぁっ! ん?」
顔を下ろすと、境内に入り口にはさっきまではいなかった少女が立っていた。
胸に手を置いてそわそわと辺りを見回しながら、おっかなびっかりと恐る恐る歩く少女が。
そして少女は萃香の視線に気付くと、頬を紅くしてペコリと頭を下げた。
「くく……ほら勇儀、次と言わず今日来たよ?」
火車を転がす猫は言う。
「誘うだけ無駄よ。妬ましい」
嫉妬する橋姫は言う。
「来る前に声を掛けたけどね。なんなら力ずくで連れてきても良かったんだが……」
一角を持つ怪力乱神の鬼は言う。
夜の色が濃くなりはじめた博麗神社。
夕焼けで紅を柔らかい橙色にした鳥居の上、そこに二柱の鬼が座していた。
一方は瓢箪を、一方は大きな盃を。
境内で着々と行われる、宴会の準備を肴に、酒を呑み交わしていた。
ぷはっ、と瓢箪から口を離し、酒気の混ざった熱い息を吐く萃香。
「ふーん、なんで来ないのかねえ……? 妹は来てるのにさ」
そして、そんなことを隣に座った古くからの友に言った。
「一人が好きなのかもね。
地底にいた頃からだけど、覚の姉は他者との関わりを持たなかったからね。妖怪からも嫌われてたみたいだけど、動物には好かれていたね。だからあいつらが住んでる地霊殿には動物がいっぱいいるんだ。犬とか猫とか烏とか……まあ、他にも色々とね」
同じく酒を嚥下した勇儀が答えた。
「ふぅん……」
萃香は鼻を鳴らすと瓢箪を横に置き、何かを考え始めた。
数秒すると結論に至ったのか、ぽんと手を叩いて口を開いた。
「一人が好きってのは、自分以外の奴のことを考えてるからだよ。不幸せにしたくないとか、これ以上嫌われたくないとか、思いやりと保身が半々くらいなんじゃないかな。
だから一人が好きじゃなくって、一人が好きって事にしてるんだよ」
自分でそう言って、それ以外にあるわけがないと結論付けた。
萃香は体をゆらゆらと揺らして、危なっかしく鳥居の上で立ち上がった。
「ちょっと、地底行ってくる」
「呼びに行くのかい?」
勇儀は萃香の方に目を向けず、ほぼ完成した宴会場を眺めながら言った。
勇儀が問い掛けた時には、既に萃香の下半身は霧に変わって風に流れていた。
「うん、折角呑むんだ。どうせなら沢山で呑んだ方が楽しいに決まってるよ!」
「そーかい、じゃあ行ってらっしゃい」
行ってきます。
刹那の後には、鳥居には一本の角だけが天を向いていた。
「あんたもあいつも、鬼はお節介焼きしか居ないの?」
相棒が失せて一人呑んでいた勇儀に、声が掛かった。
「節介なんて焼かないさ、ただ思うように動くだけさ、私らは」
「無意識で他人の為に動けるなんて、ほんと妬ましいわ」
生ける嫉妬心。水橋パルスィだ。
「そう思うのなら、お前も他人の為に動けばいいだろう? 今からでも萃香に付いて行ったらどうだい?」
「意識的にするなら、それは偽善だし独善だと思うわ」
「偽善、独善。いいじゃないか、しない偽善よりもする偽善さ」
「…………そんな風に考えられる、貴方の陽気な頭が妬ましいわ」
理不尽なまでな嫉妬。
しかし嫉妬こそパルスィの妖怪としての力の源で、存在理由。
嫉妬しないことは、即ち彼女の妖怪としての存在の消滅を意味する。
故に、パルスィは妬むことを止めない、止められない。
「何かを一々考えるのは、疲れるからね。
パルスィよ、お前もいっそのこと妬むことを止め、何も考えずに、気の向くままに生きてみたらどうだ?」
「論外ね。嫉妬のない世界なんて」
「はっはっは! それもまた、一つの生き方かもね!」
何が面白いのか、からからと笑いだす勇儀。
「…………ほんと、妬ましいわ」
ぷいっ、とそっぽを向くパルスィ。
そんなパルスィの様子を見て、勇儀はまた少し口角を上げた。
「ちょっと前までは、そんな風に自分の主張を言う事もなく、ただ『妬ましい』って言うだけだったってのに。
今では主張はするし毒すら吐く。良いんだか悪いんだか、そんな風になったのはいつからだったかねー?」
「な、なんのこと……?」
何故か、目に見えて狼狽えはじめるパルスィ。
「あぁ、そうだ! 思い出した!」
明らかに演技臭く言った。
「さっきの萃香みたいに、宴会に参加しようとしないあんたを私が――――」
「――――か、関係無いわよっ! あなたに対して変な気遣いはいらないって思っただけよ!」
「つまり私を信頼してくれてるわけだね」
「あー、もう……! もう!」
普通、パルスィは話すときは意外と明るく振る舞っている。
嫉妬心を操る程度の能力を持つとは思えないように、振る舞う。
しかし、実際は心中では疎ましく――つまり妬ましく――思っていて、後から悪口を言ったり陰口を言うのが彼女なのだ。
だが勇儀の前では恨み言も言うし、そこまで明るい風には見えない。
「どうなんだ?」
「もう好きに思ってて……」
ある意味、この鬼と姫の間には、一種の絆が芽生えているのかもしれない。
「今回は遠慮しておきます。お気になさらず」
「えぇー……」
地霊殿に到着、古明地さとりを発見、そして第一声が『さぁ、宴会に行くぞ!』。
しかし返された返事はこれだった。
「どうしてさ?」
「お酒なんて一人でも呑めますから」
さとりは木製の椅子を軋ませ、手に持った本の頁を捲りながらそう言った。
「お酒なんてとはな――――」
「――――お酒なんてとは、どういう意味?」
萃香の心を呼んださとりが、それを言葉にする前に、萃香が心の声を言葉に出した。
「え、ぁ…………?」
「『なんて』とは、お酒に失礼だよ!」
「あ、そうです、ね……? すいません……?」
呆気にとられ、思わず謝罪するさとり。
「よし! さぁ、分かったなら一緒に行こう!」
と、さとりの手を持つ萃香。
「い、いや……話を聞いていましたか? 私はお酒な……お酒なら一人でも呑めるので、別にいいと言ったのですが」
「でも一人で呑むよりも大勢で呑んだ方が楽しいから」
「理由になっていません。そもそも私は一人が好きなんです。だから行かないのではなく『行きたくない』のです」
するとさとりは萃香の手を払いのけて、再び本を読む作業に戻った。
「…………さぁ、帰ってください」
「ふぅん…………」
だが帰ろうとしない萃香。
さとりもそれを無視して、本を読み続ける……ふりをして、萃香の心を読んだ。
(一人が好きなんじゃなくて、一人が好きな『ふり』をしてるんでしょー?)
「…………!」
(本当は誰かと関わりたい、けどあんたの覚としての力が、それを邪魔する。
人も妖怪もあんたを嫌って、あんたは人や妖怪を嫌うふりをする)
「…………違います」
(それに怖いんでしょ? 心を読んだ時にその人間が、妖怪があんたを嫌ってると思っているのが。
でも嫌われてるのは知ってる、だって自分は『覚』だから。
だからこれ以上嫌われない為にも、関わらなければいい。自分以外は誰も彼も嫌いだ、そう思うことにしたんだ)
「違いますっ!」
さとりは息を荒げ、本を机に叩きつけた。
椅子から立ち上がり、萃香を睨み付けた。
「……でも、本当に嫌いなのは自分自身。素直になれずにずっと生きている自分」
そして萃香は、今度は心ではなく、言葉を使って語りかけた。
「…………仕方ないじゃないですか。
意識しなくても、私の耳には心の声が入ってくる。抗う事なんて出来ないんですから!」
「なんで抗うの?」
「え……?」
「あんたは何処までにっても『覚』だ。それは変わらない。
私も何処までいっても鬼、それは変えられない。
だったら自分を受け入れないと、いつまで経っても変わらない」
萃香はさとりの目を真っ直ぐに見た。
「私は嫌いじゃないよ、あんたのこと?
まあ、自分に嘘をついているってのはよろしくないけど、まあ及第点なら上げるよ!」
萃香はニコと笑って、少女らしく可愛い笑みを零した。
「嘘は止めてください。今まで私に寄った人は、皆そう言いましたが、実際は――――」
「――――鬼は嘘は吐かない。なんなら心を読めばいい」
「…………今は嫌いじゃなくても、どうせそのうち……」
「自分から歩み寄らないのは、逃げてるのと同じだよ」
くるりと回り、さとりに背を向ける萃香。
そしてゆっくりとさとりから離れた。
「ぁ……」
手を萃香の方へ伸ばすも、届かず空を斬る。
さとりは戸惑いつつも、第三の目を萃香に向けて心を読んだ。
(――――――――――――――――――――)
心は読めない。
心にノイズが掛かって、聞き取れなかった。
それは萃香の心の雑音ではなく、自分自身が萃香の心の声を聞きたくない、そう望んでいるから。
「め……ない……」
読めない。読めない。読めない。
「よ、め……ない……」
違う? 読みたくない、読みたくない、読みたくない。
「よめない、よめない、読めない……!」
ノイズが這いずる脳内。耳を押さえても止まない雑音の波。
地面に蹲り、頭を押さえるさとり。
「読めないです……読めないんですよぉ……!」
いつからか、さとりは泣いていた。
そこに地霊殿を治める主の姿は無く、見た目の年相応の少女が泣いているだけだった。
「ぇ……ぅ、ぅぅ……ひっく……!」
萃香はさとりが心を読むのを待っていたのだろう。
だがしかし、予想に反したさとりの反応。
「ぇー……なんで泣いてんの……?」
頭を掻きながらの一言だった。
「ら、らって……心が読めないんれす……読めないのに読みたくないから……」
「あー、分かった分かった。いいから落ち着けー、な?」
赤子のように泣きじゃくるさとりの肩を叩き、宥める。
数分もそうしていると落ち着いたのか、さとりは鼻をすすりながらも冷静になった。
だが、まだ目尻には涙が残り、頬には涙の跡が残っているし、目が赤くなっている。
「お恥ずかしい所をお見せしました……」
さとりの頬は先程の涙のせいではなく、羞恥から来るそれで赤く染まっていた。
「心が読めな……読みたくなくて、それでも読もうとしたせいで、なんだかパニックになってしまって……」
「へー、覚ってのはそういう事があるもんなんだね」
「こんな事は初めてです……」
「ふぅん…………で、もう読めるの?」
「ぁ……」
思い出したように、胸に絡まる第三の目を萃香に向ける。
(私は好きだ、酒を呑みたい)
「ぁ、えっと……読めました……」
「そっか、じゃあ私は帰るよー」
「え……?」
「酒を呑みたいからね」
言うと、今度こそ出口の方へ歩き出した。
「まあ、来ても良いと思えたなら、博麗神社までおいでよ。
一人にはさせないからさ?」
部屋から出る前に振り返って言って、霧散した。
場所は戻って、再び神社の鳥居の上。
「で、帰って来たわけか?」
「んー、まぁねー」
「来るかねぇ……まぁ、泣きだしたぐらいだし、案外萃香の言った事は当たってるのかもしれないけどね……ほいっと」
萃香から瓢箪を引ったくり、自分の大盃に酒を注ぐ勇儀。
明らかに瓢箪の方が小さいのに、無尽蔵に酒が湧いていた。
「今日は無理でも、次は来れるよ。きっと。
幻想郷は全てを受け入れるんだ、私ら鬼を受け入れておいて『覚』が受け入れられないなんて道理はないさ……」
勇儀から酒を取り返し、天を仰いで勢いよく嚥下する。
「んっんっん…………はぁっ! ん?」
顔を下ろすと、境内に入り口にはさっきまではいなかった少女が立っていた。
胸に手を置いてそわそわと辺りを見回しながら、おっかなびっかりと恐る恐る歩く少女が。
そして少女は萃香の視線に気付くと、頬を紅くしてペコリと頭を下げた。
「くく……ほら勇儀、次と言わず今日来たよ?」
安易に百合に走らないのも、個人的に好みです。
(好きなキャラばっかりだしw)
いっても?
良いですね、こういう終わり方好きです
好みに合ってよかったです。
パンチ不足は確かに否めません……。
とは言え、書き終わってみるともう10時間くらいかけてじっくり書きたいと思いました。
黄十字さん的には、長い方がいいですか、それとも短い方がいいんでしょうかね。
今の創想話の事情はあまり知らないので、少し戸惑い気味ですw
>>奇声を発する程度の能力さん
誤字のご指摘ありがとうございました。
ありがとうございます!
前作でも感想くれましたよね、ありがとうございました。