「これはこれは、メイド長。門番隊の宿舎に何かご用ですか?」
お嬢様方のお休みになられた朝。僅かな空いた時間に、水筒を片手に訪れた私の姿を見止め声を掛けてきた彼女は、美鈴を隊長とする紅魔館が誇る門番隊の一番の古株だ。
本館から少々離れた門からほど近い場所に建てられた門番隊用の宿舎の前で、朝の稽古を行っていたこの妖精は、振っていた身の丈を軽く超える長さの斧槍を止めて私に頭を下げた。その動きに合わせてポニーテールにした黒髪が揺れる。
「美鈴、いるかしら?」
「隊長にご用ですか。この時間であれば食堂か或いはご自身の部屋で寛いでいるのでは無いでしょうか?」
「そう、なら食堂に行ってみるわ。ありがとう」
私が手を振ると、彼女はまた稽古に戻っていった。
宿舎へと足を踏み入れると直ぐ左手に食堂へと続く扉がある。三十人は軽く入れるような広さのあるそこを覗いてみると、窓の少ない紅魔館と違い採光のための窓があり明るい室内ではテーブルを囲んで非番の門番隊のメンバー達がメイド妖精達とおしゃべりをしていた。また、厨房で食事を作っている妖精の姿も見受けられた。
しかし、その中に美鈴の姿は見受けられず、私は少しだけ肩を落とす。
そっと扉を閉めて廊下の奥にある階段へと足を進める。
美鈴の部屋は二階の廊下の奥にある。両側に扉があり、右手の扉が美鈴の部屋だ。
質素なデザインの、それでいて高級感を失わない程度の造りの扉を二度叩く。
内からの返事は無い。
「……いないのかしら?」
試しにドアノブを捻ってみると、予想に反して扉はあっさりと開いた。
室内に足を踏み入れる。
昔から変わらず、物の少ない部屋に左手、カーテンの閉められた南向きの窓の下にあるベッドに彼女の姿があった。
「何よ美鈴、いるのなら返事くらいしてくれても……」
言葉はだんだんと小さくなり、溜息に変わる。
ベッドの上で美鈴は膝を折って眠りについていたからだ。
起こさないように、私は靴音を起てずに美鈴の側に寄る。近くにあった椅子を音がしないように時間を止めてベッドの近く、彼女の顔の見える位置まで引き寄せて座る。
それからしばらくその顔を眺めてみるが、起きる気配は無い。
「……そんな無防備な寝顔晒しちゃって。襲われちゃうわよ。主に私に」
その顔に唇を近づけて。
「私は襲われちゃうんですか?」
ばっちりと目が合ってしまった。
思わず仰け反って、反動で椅子ごと後ろにひっくり返りそうになり手を引かれる。
派手な音と共に椅子が倒れた。
私は美鈴の腕の中。
「危なかったですね」
「あなた、何時から目覚ましてたのよ」
「さっきですよ。気付いたら目の前に咲夜さんの顔があって内心驚きました。私に何かご用ですか? あ、本当に襲いに来たとか」
「ばか、そんなわけ無いでしょう」
「そうですか。残念です」
「……ばか」
私の言葉に、彼女はただ笑う。
解放されてベッドから下りた私は水筒を片手に掲げて問いかける。
「……紅茶でも一緒にいかが?」
「はい、喜んでいただきます」
椅子を立て直して、そこに座り香霖堂で手に入れた魔法瓶の蓋を開いた。
蓋をひっくり返して、水筒の頂点のボタンを押す。カチっと小さな音を起てる。それから注ぎ口から蓋の中に湯気の立ち上る液体を注いだ。
「今日はレモンティーにしてみたわ」
蓋を美鈴に渡す。普段から考えれば、不作法にもほどがあるが、今はふたりだけ。特に互いに気にすることはない。
彼女が紅茶に口を付ける。
「こうして咲夜さんと紅茶を飲むのも久しぶりですね」
「そうだったかしら?」
「一週間ぶりくらいです」
「それは久しぶりって言うのかしら?」
「私からすれば久しぶりですよ」
返された蓋を受け取る。
そこにまた紅茶を注ぐと今度は自身が飲む。
蓋が一つしか無いので、ふたりで飲む時はこうして一つの器を使って回し飲んでいる。
レモンの香りがよく出ている。我ながら良い出来だ。
フッと息を吐く。
それに気が付いて、美鈴が私に声を掛ける。
「お疲れですか、咲夜さん」
「ん、そう見える?」
「はい、少しだけ」
「そっか。美鈴には敵わないわね」
「伊達に長年付き合っていませんよ」
誇らしげに胸を張る美鈴。
それに苦笑する。
何の話も無しに突然美鈴の元を訪れたのは、彼女と一緒に紅茶を飲むというのもその内の一つではあるのだが、実際はもう一つ目的があった。
「本当は美鈴にお願いしようかと思ってきたの」
「そうでしたか。それなら、早速始めましょうか」
「ええ、お願いするわ」
座っていた椅子に水筒と蓋を置いて、靴と靴下を脱いで私は彼女の座っているベッドに俯せになる。
そうして、スカートの間から晒した素足に温かなもの触れる。
それは美鈴の手だ。
ゆっくりと丹念に、彼女の手が私の足を揉みほぐしていく。
マッサージ。今日のもう一つの目的というのがこれだ。
以前に一度、彼女にやってもらってからというもの、その技術の虜になり、不定期ではあるがこうしてマッサージをしてもらっている。
何時してもらっているのかは秘密。
「くふぅ……」
思わず息が漏れる。手の動きに合わせて刮ぎ落とすように、疲れという不純物が溶けて消えていき、後には心地の良い快感が残るのだからこれで声を上げるなとは無理というものだ。
「どうですか? って聞くまでもありませんか」
「ええ、最高よ」
背後で美鈴の笑う気配がする。
その間にも太もも、ふくらはぎ、足裏とマッサージが続けられる。
その度に無意識に艶っぽい声が漏れる。
長時間とも言えるほどの感覚でいて、その実十分程度しか経っていない至福の時間は、しかし私に活力を与えてくれる。
「どうします、このまま上半身もやりますか?」
「そうね、このままお願いするわ」
「では服を脱いで下さい」
「脱がして頂戴」
のっそりと起き上がって、美鈴に向き直る。もう自分で脱ぐのも億劫なほどこの感覚に浸っていたい。
彼女が苦笑しているが気にしない。
「分かりました」
てきぱきと手慣れた様子で私の服を脱がしていく。
ショーツ一枚残して脱がされて、私は再び俯せになる。
手が背中に触れる。
筋肉の緊張をほぐしていく。
全身が弛緩していき、やがて私はいつの間にかまどろみへと落ちていった。
「終わりましたよ。起きて下さい」
気が付けば、目の前に美鈴の顔があった。
「あれ、私寝てた?」
「はい、それはもうぐっすりと」
ベッドから身体を起こす。
掛けられていたブランケットが肩から落ちた。裸体が露わになる。
「美鈴、私の服は?」
「はい、どうぞ」
差し出されたのは私が着ていたメイド服。
それに手早く着替えて、ベッドから下りる。
「どのくらい寝てた?」
「一時間ほどですよ」
彼女が見せたのは私の懐中時計だ。
時計を受け取って腰に付ける。
「身体は問題ありませんか?」
「ええ、問題無いわ。ありがとう」
気分は清々しく身体は軽く、まるで自分の身体じゃ無いみたい。
「どういたしまして」
「何かお礼をしないといけないわね」
「咲夜さんの持って来た紅茶を頂きました」
「そんなので良いの?」
「後は私の悪戯心です」
「何それ?」
「明日にでも分かりますよ」
そう言って笑う彼女の顔は、悪戯を楽しむ悪魔の顔だった。
椅子の上に置かれた蓋のされた軽くなった水筒を手に取る。
「マッサージありがとう、美鈴」
「いえいえ、お役に立てたのなら光栄です」
恭しく頭を下げる美鈴。
水筒を胸に抱き私は、この部屋の唯一の扉に歩み寄る。
「次来る時はお茶菓子も一緒に持ってくるわ。今度はゆっくり飲みましょう」
「いいですね。楽しみにしていますよ」
笑みを持って見送る美鈴にじゃあね、と軽く手を振って、ドアノブを捻ると足取り軽く廊下へと歩を進めた。
翌日、私は首筋に見付けた小さな痣を隠すためにあれこれと工夫をして、それでもなお主に見付けられてしまい、その原因を必死に誤魔化すことになるのはまた別の話。
美鈴、覚えてろ。
END
お嬢様方のお休みになられた朝。僅かな空いた時間に、水筒を片手に訪れた私の姿を見止め声を掛けてきた彼女は、美鈴を隊長とする紅魔館が誇る門番隊の一番の古株だ。
本館から少々離れた門からほど近い場所に建てられた門番隊用の宿舎の前で、朝の稽古を行っていたこの妖精は、振っていた身の丈を軽く超える長さの斧槍を止めて私に頭を下げた。その動きに合わせてポニーテールにした黒髪が揺れる。
「美鈴、いるかしら?」
「隊長にご用ですか。この時間であれば食堂か或いはご自身の部屋で寛いでいるのでは無いでしょうか?」
「そう、なら食堂に行ってみるわ。ありがとう」
私が手を振ると、彼女はまた稽古に戻っていった。
宿舎へと足を踏み入れると直ぐ左手に食堂へと続く扉がある。三十人は軽く入れるような広さのあるそこを覗いてみると、窓の少ない紅魔館と違い採光のための窓があり明るい室内ではテーブルを囲んで非番の門番隊のメンバー達がメイド妖精達とおしゃべりをしていた。また、厨房で食事を作っている妖精の姿も見受けられた。
しかし、その中に美鈴の姿は見受けられず、私は少しだけ肩を落とす。
そっと扉を閉めて廊下の奥にある階段へと足を進める。
美鈴の部屋は二階の廊下の奥にある。両側に扉があり、右手の扉が美鈴の部屋だ。
質素なデザインの、それでいて高級感を失わない程度の造りの扉を二度叩く。
内からの返事は無い。
「……いないのかしら?」
試しにドアノブを捻ってみると、予想に反して扉はあっさりと開いた。
室内に足を踏み入れる。
昔から変わらず、物の少ない部屋に左手、カーテンの閉められた南向きの窓の下にあるベッドに彼女の姿があった。
「何よ美鈴、いるのなら返事くらいしてくれても……」
言葉はだんだんと小さくなり、溜息に変わる。
ベッドの上で美鈴は膝を折って眠りについていたからだ。
起こさないように、私は靴音を起てずに美鈴の側に寄る。近くにあった椅子を音がしないように時間を止めてベッドの近く、彼女の顔の見える位置まで引き寄せて座る。
それからしばらくその顔を眺めてみるが、起きる気配は無い。
「……そんな無防備な寝顔晒しちゃって。襲われちゃうわよ。主に私に」
その顔に唇を近づけて。
「私は襲われちゃうんですか?」
ばっちりと目が合ってしまった。
思わず仰け反って、反動で椅子ごと後ろにひっくり返りそうになり手を引かれる。
派手な音と共に椅子が倒れた。
私は美鈴の腕の中。
「危なかったですね」
「あなた、何時から目覚ましてたのよ」
「さっきですよ。気付いたら目の前に咲夜さんの顔があって内心驚きました。私に何かご用ですか? あ、本当に襲いに来たとか」
「ばか、そんなわけ無いでしょう」
「そうですか。残念です」
「……ばか」
私の言葉に、彼女はただ笑う。
解放されてベッドから下りた私は水筒を片手に掲げて問いかける。
「……紅茶でも一緒にいかが?」
「はい、喜んでいただきます」
椅子を立て直して、そこに座り香霖堂で手に入れた魔法瓶の蓋を開いた。
蓋をひっくり返して、水筒の頂点のボタンを押す。カチっと小さな音を起てる。それから注ぎ口から蓋の中に湯気の立ち上る液体を注いだ。
「今日はレモンティーにしてみたわ」
蓋を美鈴に渡す。普段から考えれば、不作法にもほどがあるが、今はふたりだけ。特に互いに気にすることはない。
彼女が紅茶に口を付ける。
「こうして咲夜さんと紅茶を飲むのも久しぶりですね」
「そうだったかしら?」
「一週間ぶりくらいです」
「それは久しぶりって言うのかしら?」
「私からすれば久しぶりですよ」
返された蓋を受け取る。
そこにまた紅茶を注ぐと今度は自身が飲む。
蓋が一つしか無いので、ふたりで飲む時はこうして一つの器を使って回し飲んでいる。
レモンの香りがよく出ている。我ながら良い出来だ。
フッと息を吐く。
それに気が付いて、美鈴が私に声を掛ける。
「お疲れですか、咲夜さん」
「ん、そう見える?」
「はい、少しだけ」
「そっか。美鈴には敵わないわね」
「伊達に長年付き合っていませんよ」
誇らしげに胸を張る美鈴。
それに苦笑する。
何の話も無しに突然美鈴の元を訪れたのは、彼女と一緒に紅茶を飲むというのもその内の一つではあるのだが、実際はもう一つ目的があった。
「本当は美鈴にお願いしようかと思ってきたの」
「そうでしたか。それなら、早速始めましょうか」
「ええ、お願いするわ」
座っていた椅子に水筒と蓋を置いて、靴と靴下を脱いで私は彼女の座っているベッドに俯せになる。
そうして、スカートの間から晒した素足に温かなもの触れる。
それは美鈴の手だ。
ゆっくりと丹念に、彼女の手が私の足を揉みほぐしていく。
マッサージ。今日のもう一つの目的というのがこれだ。
以前に一度、彼女にやってもらってからというもの、その技術の虜になり、不定期ではあるがこうしてマッサージをしてもらっている。
何時してもらっているのかは秘密。
「くふぅ……」
思わず息が漏れる。手の動きに合わせて刮ぎ落とすように、疲れという不純物が溶けて消えていき、後には心地の良い快感が残るのだからこれで声を上げるなとは無理というものだ。
「どうですか? って聞くまでもありませんか」
「ええ、最高よ」
背後で美鈴の笑う気配がする。
その間にも太もも、ふくらはぎ、足裏とマッサージが続けられる。
その度に無意識に艶っぽい声が漏れる。
長時間とも言えるほどの感覚でいて、その実十分程度しか経っていない至福の時間は、しかし私に活力を与えてくれる。
「どうします、このまま上半身もやりますか?」
「そうね、このままお願いするわ」
「では服を脱いで下さい」
「脱がして頂戴」
のっそりと起き上がって、美鈴に向き直る。もう自分で脱ぐのも億劫なほどこの感覚に浸っていたい。
彼女が苦笑しているが気にしない。
「分かりました」
てきぱきと手慣れた様子で私の服を脱がしていく。
ショーツ一枚残して脱がされて、私は再び俯せになる。
手が背中に触れる。
筋肉の緊張をほぐしていく。
全身が弛緩していき、やがて私はいつの間にかまどろみへと落ちていった。
「終わりましたよ。起きて下さい」
気が付けば、目の前に美鈴の顔があった。
「あれ、私寝てた?」
「はい、それはもうぐっすりと」
ベッドから身体を起こす。
掛けられていたブランケットが肩から落ちた。裸体が露わになる。
「美鈴、私の服は?」
「はい、どうぞ」
差し出されたのは私が着ていたメイド服。
それに手早く着替えて、ベッドから下りる。
「どのくらい寝てた?」
「一時間ほどですよ」
彼女が見せたのは私の懐中時計だ。
時計を受け取って腰に付ける。
「身体は問題ありませんか?」
「ええ、問題無いわ。ありがとう」
気分は清々しく身体は軽く、まるで自分の身体じゃ無いみたい。
「どういたしまして」
「何かお礼をしないといけないわね」
「咲夜さんの持って来た紅茶を頂きました」
「そんなので良いの?」
「後は私の悪戯心です」
「何それ?」
「明日にでも分かりますよ」
そう言って笑う彼女の顔は、悪戯を楽しむ悪魔の顔だった。
椅子の上に置かれた蓋のされた軽くなった水筒を手に取る。
「マッサージありがとう、美鈴」
「いえいえ、お役に立てたのなら光栄です」
恭しく頭を下げる美鈴。
水筒を胸に抱き私は、この部屋の唯一の扉に歩み寄る。
「次来る時はお茶菓子も一緒に持ってくるわ。今度はゆっくり飲みましょう」
「いいですね。楽しみにしていますよ」
笑みを持って見送る美鈴にじゃあね、と軽く手を振って、ドアノブを捻ると足取り軽く廊下へと歩を進めた。
翌日、私は首筋に見付けた小さな痣を隠すためにあれこれと工夫をして、それでもなお主に見付けられてしまい、その原因を必死に誤魔化すことになるのはまた別の話。
美鈴、覚えてろ。
END
やったー
これはいいめーさく
やはりめーさくはいいものだ。
やられた!最後にやられた!
やっぱりめーさくは最高
甘いっ甘すぎるぜ!